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アダルト・オリエンテッド・シャバービー アンガーム

Angham  Hala Khasa Gedan.jpg

ああ、ようやっと手に入りました。
エジプト最高のフィメール・シンガー、アンガームの新作。

15年の復帰作から3年ぶりとなった昨年の前作“RAH TETHKERNI” は、
リシャール・ボナ、ヴィクター・ウッテン、ルイス・コンテなどが参加した
アメリカ録音を含むアルバムで、新たにハリージにも挑戦した意欲作となっていました。
ところが、これが入手できなくってねえ。
なんとか手に入れようと、四方八方手を尽くしたんだけど、とうとう実らず。

ロターナがフィジカル生産に後ろ向きなのは承知しているものの、
アラブ世界のトップ・スターの新作すら、まともに流通しないんだから、ヒドいもんです。
きっと関係者に見本盤を配るわずかな数くらいしか、いまやCDは作ってないんだろうなあ。
結果、ロターナのCDは、アラブのお金持ちのマニアにしか行き渡らず、
一般庶民はダウンロードかストリーミングで聞けってか。しくしく。
19年の新作もまたダメかなあと思っていたので、
レバノンのお店から、「あるよ。」のメールをもらった時は、小躍りしてしまいました。

アルバムのっけから、アンガーム節が炸裂。
アンガームの十八番、ほろほろと泣き崩れるようなメリスマが冴えわたります。
エジプト・トップ・クラスの歌唱力をこれでもかと見せつけるかのように、
ヴォーカルを伴奏からくっきりと浮かび上がらせたミックス・バランスが絶妙です。
若い頃は、その高すぎる歌唱力が
かえって情感を損なうマイナス面もあったアンガームですけれど、
いまやその熟したメリスマが、
切ないオンナ心を十二分に伝える最強の武器となっていますね。

新作はハリージなどの新趣向はなく、
カーヌーン、ヴァイオリン、ダルブッカが舞う王道のアラブ歌謡から、
ルンバ・フラメンカ調など、ヴァラエティに富んだポップなシャバービー路線。
ダンス・トラックを排し、じっくりと歌を聞かせる
アダルト・オリエンテッドなシャバービーに仕上がっています。
かつてのクラウス・オマーガンを思わすストリングス・オーケストレーションにも、
うっとりさせられますよ。

今作のプロデューサーは、
アンガームと結婚したばかりの新しい夫、アフメド・イブラヒム。
アラビア文字だらけのライナーの中で、数少ないアルファベットで
「スペシャル・サンクス」「ミュージック・プロデューサー」
「アフメド・イブラヒム」と大書きされた文字が、ひときわ目立ちます。
以前、結婚した途端に浮気が発覚した2番目の夫とも結局離婚して、
今度が3度目の結婚になったわけですけれど、はや暗雲が立ち込めているようですねえ。

アンガームの新しい夫アフメド・イブラヒムが、
既婚者で子持ちであったことを公表せずに、二人の結婚が発表されたことに、
エジプトのメディアは非難を集中。しかもアフメドの前妻が、
アンガームと親しいシリアのトップ歌手アサラの夫の姪だったことが発覚し、
二人の友情にヒビが入ることも懸念されている模様です。
さらに、アンガームがアーメッドに送った
バースデイ・レターの写真がネットに晒されたりと、
相変わらずスキャンダルに事欠かないアンガームなのでありました。

Angham "HALA KHASA GEDEN" Rotana CDROT2028 (2019)
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60年代のトゥンテー・テインタン

Twante Thein Tan  SHWE GANDAWIN (3).jpg   Twante Thein Tan  SHWE GANDAWIN (1).jpg

少しづつですけれど、ビルマ大衆歌謡の黄金時代の録音が
CD復刻されるようになってきたようで、積年の渇きがいやされる思いがします。
その皮切りが、一昨年のコー・アウンジーの3枚でしたけれど、
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2017-09-20
今度は90年代まで息長く活躍したヴェテラン歌手トゥンテー・テインタン。
芸名のとおりトゥンテー出身の歌手で、41年生まれ、63年デビュー。
歌手のほか役者としても人気を博し、大衆から愛された歌手です。

今回手に入れたのは、『ベスト集第3集』。
実は、すでに『ベスト集第1集』を持っていたんですが、
冒頭1~4曲目に、シンセサイザーやドラムスも入る、
晩年の90年代とおぼしき録音が収録されていて、
後半5~11曲目が60年代録音という、妙な編集になっていたんですね。

この第3集は、1~8曲目までが60年代録音で、
9~11曲目からシンセ入りの80年代録音。
う~ん、同時期の録音でまとめてくれた方が聴きやすいんですけれどねえ。
未入手の第2集も新旧入り乱れているのかな。

『ベスト集』の表紙は、後年のトゥンテー・テインタンの写真があしらわれていますが、
ビルマ女性の憧れの的だったという、若き日のイケメンなポートレイトをあしらった
CD“TEA YE THEIN TAN ALWAN PYAY” も出ています。
ただし、内容はエレクトリック化した80年代以降の録音なので、ご注意のほど。
なんでこういう紛らわしいことするのかなあ。

さて、その注目の60年代録音ですけれど、
ピアノ(サンダヤー)、ヴァイオリン、トランペット、サックスなどの管楽器に、
ミャンマー伝統の響きを添えるチャルメラ(フネー)、太鼓、シンバル(リン・グイン)が
混然一体となって、ミャンマー独特の旋律を奏でます。
ミュート・トランペットのひなびた音色もまた、味わい深く聞こえます。

この時代のビルマ歌謡ほど、東洋と西洋が濃厚にミクスチャーされた音楽も
なかなかないんじゃないでしょうか。
のちのミャンマータンズィンでは、サイン・ワインも加わり、
西洋スタイルのバンド・スタイルの演奏とスイッチしながら曲が進行する、
摩訶不思議な音楽へと発展していきますが、
この時代はサイン・ワインを使わずとも、
ピアノやヴァイオリンが濃厚なビルマ臭を漂わせる一方で、
サックスとトランペットのソリは西洋のビッグバンド・スタイルのアレンジで、
東洋と西洋がくんずほぐれつしています。

トゥンテー・テインタンの歌もハツラツとしていて、
こぶしを利かせながら、明るい表情でメリハリのある歌い回しを披露しています。
台詞が入る曲もあり、往時の映画挿入歌も収録されているようですよ。

Twante Thein Tan "SHWE GANDAWIN (3)" Man Thiri CDMTR21086
Twante Thein Tan "SHWE GANDAWIN (1)" Man Thiri CDMTR21087
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マルチニークの過去と現在が交錯する伝統ポップ デデ・サン=プリ

Dede Saint Prix  Mi Bagay La.jpg

デデ・サン=プリの絶好調がとまらない。
新作はなんと2枚組。今ノリにのっている様子が、うかがえるようじゃないですか。
マルチニークの大衆芸能を受け継いで現代化する音楽家として、
もっとも理想的な仕事をしているのが、この人なんじゃないですかね。

前作も良い出来でしたけれど、ちょっとした不満もあったので、
ミュージック・マガジン誌の17年ラテン部門1位は、少し甘いかなと思いましたが、
今作は掛け値なしの最高傑作。ケチのつけようなど、これっぽっちもありません。

ディスク1の1曲目を、太鼓と笛のシュヴァル・ブワでスタートするように、
デデは自分の立脚点をはっきりと明示しながら、
どの曲においても伝統と現代をしっかりと往来させた音楽を生み出していますよ。

たとえば、麗しい女性コーラスを従えたズーク色の強いトラックでも、
タンブール(太鼓)やシャシャ(シェイカー)のリズムが強烈な自己主張をするし、
デデのエネルギッシュな歌が野趣に富んだ味わいを醸し出し、
洗練されたオシャレなズークとは、ほど遠い仕上がりとなるわけですね。

その一方、打楽器と笛のみで男声の囃子とコール&レスポンスする
アフロ・カリビアンの伝統色濃いトラック‘Racine’ では、
プログラミングを大胆に施すといった具合で、
伝統音楽の民俗性をムキ出しにすることもありません。

オーセンティック一辺倒でもなければ、モダンに偏るでもない、
伝統と現代のはざまで、さまざまなアイディアで料理した全32曲。
マルチニークの多様な伝統リズムにビギンやズーク、
サルサやメレンゲ、ハイチ音楽、アフリカ音楽までも取り入れています。
そこに忍ばされたアイディアを読み解く面白さは、
カリブ海音楽ファンなら、たまらないものですね。

それにしても、各曲それぞれ違った趣向で繰り広げていく構成は、圧巻です。
同じようなサウンドが連続することがないから、
2枚組という長さが苦になるどころか、あっという間に感じますよ。
次々に湧き出すアイディアをもとに、さまざまなセッションを繰り広げていったら、
この曲数になってしまったみたいなイキオイが伝わってきますね。

‘Fraternité’ ではコラとンゴニがフィーチャーされて、
西アフリカ風になるのかと思いきや、ルンバ・コンゴレーズとなって、のけぞり。
しかもリード・ヴォーカルを取るのが、コンゴ共和国出身のヴェテラン歌手、
バルー・カンタなのだから、びっくりです。
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2015-06-23

カメルーン出身の異才ブリック・バッシーを迎えた
‘Nou Sanblé’ の愛らしさも聴きものなら、
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2015-09-27
グアドループ出身のフランスのラッパー、MCジャニックを迎えた‘LPK Janik’ では、
デデ自身がプログラミングしたダンスホール・トラックに仕上げるという芸当に降参です。
デデの引き出しの多さは、ヴェテランの蓄積の賜物ですね。

デデはトレードマークのバンブー・フルートのほか、
ほら貝(コンケ・ド・ランビ)も吹きますけれど、
今作では特にほら貝を効果的に使った曲が、強く印象に残りました。
フォークロアな‘Kongo’ はもちろんのこと、
‘Kilti’ での、ピアノ、ベース、トランペットがジャズ的なソロを取る脇で、
ほら貝が伝統的な旋律のリフレインを吹くという、
まさしく伝統と現代を拮抗させたアレンジが、すごく面白いんです。

今作に起用されたミュージシャンは、前作にも増して多彩で、実力者揃い。
特にピアニストの充実ぶりがすごくて、マルチニーク・オール・スターズですね。
前作で、キーボードをチープな音色で無神経に鳴らしていた
ロランド・ピエール=シャルルを起用しなかったのは大正解といえます。

主だったところをあげてみると、
アラン・ジャン=マリー、ティエリー・ヴァトン、
グレゴリー・プリヴァ、エルヴェ・セルカル(p)、
ジャン=フィリップ・ファンファン(ds)、ティエリー・ファンファン、
ミシェル・アリボ(b)、ジャン=フィリップ・マテリー(vo)といった面々。
これだけの才能を集めたからこそ、
デデの豊富なアイディアを具現化できたともいえる大傑作です。

Dédé Saint-Prix "MI BAGAY LA" Anbalari Edisyon 16007-2 (2018)
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アズマリのメリスマ ギザチュウ・テショム

Gizachew Teshome  DES BELONAL.jpg

なんて味のあるコブシ回しなんだろうか。
メリスマの利かせ方ばかりでなく、発声の強弱を駆使して
風が舞うような節回しを描く、その技量の高さにタメ息がでます。

ヴァイタルに歌えば野趣な味わいがにじみ出るし、いやあ、いい歌い手ですねえ。
アズマリでなければできない芸当、その鍛え抜かれた芸能の深淵が
まさにそこに表現されている、そんな思いを強くさせる見事な歌唱です。

ギザチュウ・テショム。
経歴などのバイオ情報が見つからなくて、詳細はわかりませんが、
間違いなくアズマリ出身、中堅どころといった歌手でしょうか。
11年にこんなアルバムがカナダで出ていたとは知りませんでした。
これほど素晴らしいシンガーをずっと知らずにいたなんて、などと反省しながら、
データベースに打ちこんでいたら、あれ? この人の旧作を持ってる!
ぜんぜん記憶になくて、棚をごそごそ探して、ジャケットを見て、ようやく思い出しました。

Gizachew Teshome  YEHUNA.jpg

エチオピアで出た08年作(表紙の2001はエチオピア暦)で、
今回手に入れたカナダのサミー・プラス・プロダクションからも出ているようです。
歌はいいんだけど、プロダクションがちょっと難だったような覚えがあったんですが、
聴き返してみたら、やっぱりその通りでした。
主役のせっかく歌の上手さを、シンセやサックスなどバックの音がジャマしたり、
ヴォーカルがサウンドに埋没気味となっているミックスもいただけません。

そんな08年作の欠点をすべて改善してみせた本作は、
ギザチュウのヴォーカルが前面に押し出され、
クラール、マシンコ、ワシントなどの伝統楽器と、
サックスやエレクトリック・ギターとの絡みもこなれています。

反復フレーズでじわじわと熱を帯びていくのは、アズマリのお約束。
ウチコミ使いと思えぬグルーヴィなビート感も申し分ありません。
辛口の女声のお囃子と、パワフルなギザチュウとのかけあいに手に汗握れば、
絶妙なタイミングで炸裂するウルレーションに昇天します。

Gizachew Teshome "DES BELONAL" Samy Plus Production no number (2011)
Gizachew Teshome "YEHUNA" Master Sound no number (2008)
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サハラン・ロックの嘆き エムドゥ・モクタール

Mdou Moctar  Ilana.jpg

『パープル・レイン』のトゥアレグ・バージョン映画
“AKOUNAK TEDALAT TAHA TAZOUGHA” で主役を演じた
エムドゥ・モクタールの新作がリリースされました。
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2018-12-04

前作は弾き語りのアルバムでしたけれど、
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2017-10-18
今作は、エムドゥ本領発揮のギター・バンド・スタイルのアルバム。
あ、ちなみに、「ムドゥ」と書いている人がいますけれど、
映画を観ればわかるとおり、現地ではエムドゥと呼ばれています。
Mdou はM.dou を省略したものだからなんですね。

さて、今回は初の本格的なスタジオ録音。
アメリカへ渡り、デトロイトでレコーディングしています。
エムドゥのリード・ギターに、リズム・ギター、ベース、ドラムスの4ピース・バンドで、
ベースはワシントンのアヴァンギャルド・バンド、
レ・リノセロスのベーシスト、マイケル・コルトゥンが務めていて、
マイケルは、レーベル・オーナーのクリストファー・カークリーとともに、
プロデューサーにもその名を連ねています。

レ・リノセロスは、ヘヴィー・メタル、マス・ロック、ノイズ、音響系、
クレズマー、レゲエなどをごたまぜしたバンドで、
ツァッディークからアルバムをリリースしているといえば、おおよその想像はつくかな。
そのレ・リノセロスのリーダーであるマイケルは、カマレ・ンゴニを弾いたり、
‘Takamba’ なんてタイトルの曲も書いていたので、
きっとサハラの音楽にも通じている人なんでしょうね。

冒頭のかすかな音量で分散和音をピッキングするギターに、
歌とコーラスのかけあいが静かに重なり合う幻惑的なオープニングから、
独特の雰囲気に包まれます。
静寂を破るドラムスのフィルに導かれて、
エレクトリック・ギターの金属的な響きを高らかに奏でられる時点で、
はや持っていかれちゃいました。

じわじわと熱を帯びて、曲後半になるほどに激しさは増し、
エムドゥのギターがジミ・ヘンドリックスばりに唸りを上げます。
左右のチャンネルを行き来するギター・ソロには、めまいがしそう。

この痛快なロック・サウンドは、先輩格ボンビーノと共通するセンスで、
エムドゥはボンビーノの強力な対抗馬となりましたね。
二人ともヴォーカルは弱いものの、それを補って余りある
力量のあるギター・ミュージックを聞かせてくれます。

二人の違いと言えば、割り切りの良いドライなボンビーノに比べ、
エムドゥにはアソウフが醸し出すディープな情感が強くあるところでしょうか。
タミクレストの寂寥感を思わす、サハラン・ロックのブルージーな嘆きが、
たまらなく人を惹きつけます。

Mdou Moctar "ILANA:THE CREATOR" Sahel Sounds SS051 (2019)
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30年ぶりの再会 ピポ・ジェルトルード

Pipo Gertrude  SAVAN’ BLÉ-A.jpg

マラヴォワのフロントを務めた名クルーナーのラルフ・タマールが退団し、
後任を務めたシンガーが、ピポ・ジェルトルードでした。
コーラスの一員にトニー・シャスールも加え、マラヴォワは89年に来日しましたが、
正直ラルフ・タマールが抜けた穴は大きすぎて、
ピポの力量では到底埋められないというのが、
後楽園ホールのライヴ後の率直な感想でありました。

あの時のライヴでは、ピポがメインで歌いましたけれど、
数曲歌ったトニーの方が良かったという記憶が残っています。
あれから四半世紀。ミジコペイの活躍によって、
トニー・シャスールが魅力溢れるシンガーに成長したことを、
再認識させられましたけれど、なんとピポの新作も出ていたんですねえ。

ピポのソロ・アルバムというと、ひょっとして93年のアルバム以来でしょうか。
ほかにアルバムが出ていたら、ゴメンナサイですけれど、
ぼくにはすっごく久しぶり感のあるアルバムです。
CD裏には「2017」のクレジットがあるものの、18年2月に出たという本作、
シュヴァル・ブワなどマルチニークの伝統色も生かした、
オーガニック・サウンドのズークを聞かせてくれます。

ヌケのいいサウンドの要となっているのは、ロナルド・チュール。
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2017-02-20
ほとんどの曲のアレンジをロナルドが担っていて、
エレガントなビギン・ジャズのニュアンスを醸し出すピアノ・プレイを堪能できます。

リズム・セクションも強力で、
ジャン=フィリップ・ファンファンが叩くシンバルとハイハットの高音と、
バゴが叩く太鼓の低音の絶妙なコンビネーションが、
リズムをグルーヴさせているところも、アルバムの聴きどころとなっています。

ピポのヴォーカルは、昔と変わらないスウィートかつスマートな歌いぶりで、
ラルフ・タマールと比較するような無茶を言わなければ、
十分魅力のあるヴォーカリストですよね。
ほとんどがピポのオリジナル曲ですが、
ジミー・クリフの‘Many Rivers To Cross’ のカヴァーもなかなかの聴きもの。

ラップも飛び出す‘Je Suis Content’ は、ホーン・セクションとシンセサイザーが
80年頃のマグナム・バンドを思わせるソウル色の濃いコンパなら、
‘An Pèp An Sel Konba’ は、ル・フラール・デジャンふうのコンパで、
ハイチ音楽ファンならカンゲキすることウケアイ。

伝統リズムを強調した民俗色濃い‘Chagrin La Tcho’ もあれば、
アルバム・ラストの‘Bay Lavwa’ はシュヴァル・ブワと、
ジャズ色の濃いミジコペイに対してピポのソロ作は、
マルチニークのフォークロアもたっぷりと詰まった快作になりました。

Pipo Gertrude "SAVAN’ BLÉ-A" Solibo Music SM2017-001 (2017)
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クレオール・ビッグ・バンド・ジャズ ミジコペイ

Mizikopéyi  MIZIKOPÉYI CREOLE BIG BAND.jpg

いったいどれくらい、ミジコペイのライヴDVDを観たかなあ。
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2015-03-07
3か月近く毎日観続けたくらいだから、100回はもちろん下らないし、
その後も週末に観返したりしてたから、200回以上は観たかも。

フィナーレの高揚感がたまんないんですよね。
ぼくもここでは立ち上がって、踊りながら画面最後のテロップを追ったものです。
いまでも、トニー・シャスールやバンド・メンバーの所作ひとつひとつが、
脳裏にくっきりと刻み込まれていますよ。
あれほど夢中になったライヴ映像は、シティ・ヌールハリザの
ロイヤル・アルバート・ホールのライヴVCD以来でしたねえ。

で、あの14年のライヴDVD以来となる、ミジコペイの新作であります。
これまでミジコペイのスタジオ作は、
バンドのダイナミズムをうまく封じ込めずにいました。
あれだけ迫力のあるDVDを観てしまった後だけに、不安もあったんですが、
これまでのスタジオ録音のなかでは、一番の出来になったんじゃないでしょうか。

クレオール・ビッグ・バンドの名を冠したタイトル通り、
ビッグ・バンドのジャズ・サウンドを全面に押し出した仕上がりとなっています。
音楽監督のピアニスト、ティエリー・ヴァトンがほとんどの曲をアレンジしていて、
第1トランペットのクリスチャン・マルティネスが2曲でアレンジをしています。
いずれも旧来のビッグ・バンド・スタイルのジャズ・アレンジで、
「スターダスト」なんてレパートリーがどハマリですね。
ここのところ、新世代ジャズのオーケストレーションばかり聴いていたせいか、
昔ながらのビッグ・バンド・アレンジが、かえって新鮮に響きましたよ。

そして今作の目玉は、
これまでオリジナル曲中心だったレパートリーから、がらりと変わった選曲です。
クレオール・ジャズをアイデンティファイするかのように、
カリの大名作‘Racines’ を筆頭に、ユジュヌ・モナの‘Bwa Brilé’、
マリウス・クルティエの‘Laïni’、マリオ・カノンジュの‘Péyi-Mwen Jòdi’ を
取り上げているのが注目されます。
トニー・シャスールが16年に芸歴30周年記念ライヴで披露していた、
アレクサンドル・ステリオの古典ビギン曲‘Gran Tomobil’ は、
初のスタジオ録音となりましたね。

さらにクレオール・ジャズを拡張する視点から、
ハイチのシンガー・ソングライター、ベートーヴァ・オバスの出世作‘Si’ に、
レユニオンのジャズ・ピアニスト、メディ・ジェルヴィルの‘Di Amwin’ という
マルチニーク以外のレパートリーを取り上げた選曲眼には、ウナらされました。
両名ともぼくのごひいきの音楽家ながら、
知名度の低さが悔やまれてならなかっただけに、
ミジコペイが取り上げてくれたのは、嬉しさひとしおです。

Beethova Obas  SI....jpg

それにしても、ヘイシャン・エレガンスの極致ともいえる‘Si’ が
取り上げられるとは、カンゲキです。
思わずひさしぶりに、棚から取り出して聴き返してみましたけれど、
いやあ、これもハイチ音楽の名盤ですね。

Mizikopéyi "CREOLE BIG BAND" Aztec Musique/3M 3M-CM2581 (2018)
Beethova Obas "SI..." Déclic Communication 001-2 (1993)
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60年代シングル時代のアパラ カスム・アディオ

Kasumu Adio & His Apala Group   ORIKI IBEJI.jpg

おぉ、カスム・アディオのCDが出た!
なんて喜ぶ日本人は、ぼくくらいのものでしょうけれど、
アインラ・オモウラ登場以前、ハルナ・イショラの全盛期だった
60年代末から70年代に人気を集めたアパラのシンガーです。

ハルナ・イショラと同郷のイジェブ=イボ出身で、
19年生まれのハルナ・イショラよりは、だいぶ若い28年の生まれ。
24年生まれのリガリ・ムカイバと競い合いながら、
ハルナ・イショラ独走のアパラ・シーンをにぎわせた歌手の一人です。
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2015-02-07

41年にプロ歌手となり、48年に初録音、
デッカから69年に出したシングル‘ORIKI IBEJI’(WAX135)がヒットし、
このシングルが本CDに収録されています。
LP時代のようなA・B面2トラックではなく、短めの6トラックが収録されているので、
おそらくシングル盤3枚をCD化したものじゃないでしょうか。
CDには‘In the 60's’ の文字も見えますから、
おそらく同時期の60年代末に出たものと思われます。

Kasumu Adio & His Apala Group.jpg   Yoruba Street Percussion.jpg

この人のレコードは手に入りにくくて、ぼくも10インチとLP1枚しか持っておらず、
LPの方は手放してしまいました。たしかLPの方は、
演奏が退屈だったような記憶が残っていますけれど、
このCDと一緒に入ってきた『第5集』がやはりLP時代の復刻で、
トーキング・ドラムほかパーカッション・アンサンブルにメリハリがなく、単調でしたね。
60年代のシングル時代の録音の方が良かった人なのかもしれません。
この時期のものとしては、オリジナル・ミュージック盤
“YORUBA STREET PERCUSSION” でカスムの曲を2曲聴くことができます。

重厚で威厳のあるハルナのいぶし銀の声とも、
からっとした枯れた味わいのリカリ・ムカイバの声とも違う、
クールで苦味の少ないカスムのヴォーカルは、クリーンなハリのある声で、
また違った味わいのアパラを聞かせます。
歌と囃子の合間に割って入ってくるトーキング・ドラムや、
各種パーカッションのフィルも絶品です。
アギディボがごんごん、ぐいんぐいんと、
アンサンブルを低音部からグルーヴさせていて、ゾクゾクしますよ。

Kasumu Adio & His Apala Group "VOL.1: ORIKI IBEJI" Afrodisia (Nigeria) WAPS114
[10インチ] Kasumu Adio and His Apala Group "KASUMU ADIO AND HIS APALA GROUP" Decca WAL1062
v.a. "YORUBA STREET PERCUSSION" Original Music OMCD016
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クール・ミスB ベティ・ブライアント

Betty Bryant  PROJECT 88.jpg

カンサス・シティ生まれで、ジェイ・マクシャンはお師匠さん、
アール・グラントとはマブダチだったという、
「クール・ミスB」の異名を持つ女性弾き語りピアニスト、ベティ・ブライアント。

御年88歳で、これだけ歌えちゃう!
そもそも老人声でないのが、驚異的じゃないですか。
ピアノも達者で、ブギウギで鍛えた運指は
衰え知らずなのだから、脱帽です。

いやあ、このくらいの齢の女性って、なんでこんなに元気なのかなあ。
実は、うちの母も同い年なんですけれどね。
この人が病気になったことがないという、ちょっと考えられない人でして、ええ。
じっさい寝込んだ姿なんて見たことないし、インフルエンザはおろか、
風邪もひいた記憶がないっていうんだから、ほんとに人間かよ、と。

で、そのベティさんの新作のタイトル「プロジェクト88」は、
88歳の米寿と88鍵のピアノをひっかけて、
テナー・サックスのロバート・カイルを中心に、
大勢の仲間を集めて企画されたもの。

メンバーには、なんとあのジェイムズ・ギャドソンも参加していて、
‘Just You, Just Me’ では歌も披露して、ベティとデュエットしているんです。
たったの2曲というのが、なんとも惜しいというか、全曲叩いて欲しかったなあ。
ギャドソンのドラムスってシンプルなんだけど、グルーヴがふくよかで、
あったかいから、すぐわかる。ぼくの大好きなドラマーです。

‘Oh, Lady Be Good’‘Ain't Nobody's Business’ といった
カンサス・シティ・ジャズ好みの古いナンバーがいいのは当然として、
ベティのオリジナルがまた良いんだなあ。
‘My Beloved’ なんて甘いスローや、
アクースティック・ギターとフルートをフィーチャーした
小粋なサンバの‘Cho Cho’ のセンスの新しさに、ウナらされます。
すごいよね、ミュージシャシップの若さが。

なんでもベティは、代官山のジャズ・クラブ「タブローズ・ラウンジ」に、
13年間も定期的に出演していたんだそう。
なんだあ、それを知っていたら、一度くらい母を誘って観に行ったのに。

Betty Bryant "PROJECT 88" bry-mar music no number (2019)
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若手育つボレーロ・シーン レー・クエン

Lệ Quyên  KHÚC TÌNH XƯA 5  HẸN HÒ.jpg

そしてもう1作が、シリーズ化したボレーロ集“KHÚC TÌNH XƯA” の第5弾。
初めてぼくがレー・クエンと出会ったのが、このシリーズの初作でした。
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2011-12-11
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2012-08-21

本シリーズの前作“KHÚC TÌNH XƯA : LỆ QUYÊN - LAM PHƯƠNG” が、
「ミュージック・マガジン」のベスト・アルバム2017ワールド・ミュージック部門で
2位となったのには、さすがにぼくもビックリしましたよ。
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2017-03-20

レー・クエンを絶賛しているヤツなんて、ぼく一人だけのもので、
長い間ずっと孤軍奮闘だったんですから、えぇ。
日本盤が出るわけでなし、大型輸入CDショップには相手もされず、
日本で在庫しているのは、セレクト・ショップ2店だけというお寒い状況で、
よくぞ2位という破格の評価をしてくれたものです。

世の流行やら業界事情などではなく、真に内容を評価してくれたからこそで、
これは本当に嬉しかったですよ。カンゲキしました。
毎年のように一人絶賛しているのも、アホみたいというか、
どうせ人から呆れられているのだろうと、
個人の年間ベストに入れるのを、初めて遠慮した年のアルバムだっただけに、
カタキをとってくれたみたいな気分で、痛快至極でありました。

さて、その日本を代表する音楽誌で年間2位の評価を得た作品の次作となる本作は、
2部構成という初の企画。
前半の1部はレー一人が歌いますが、後半の2部は、ボレーロ・コンテストで入賞し、
レーが育ててきた若手歌手たちとのデュエットという構成になっています。
レー・クエンが歌い始めたのをきっかけに、
古いヴェトナム歌謡は、ボレーロのジャンル名で親しまれるようになりました。
当時を知るオールド・ファンばかりでなく、若者にも受け入れらて、
コンテストが開催されるほか、レー・クエンのフォロワーが登場するまでの
盛り上がりをみせています。
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2015-04-26

今作でレーとデュエットした7人のうち、ぼくが耳をそばだてられたのは、
9曲目のマイ・フォンという女性歌手。
ザンカー系の素養をうかがわせる、発声とこぶしを駆使する歌手で、
繊細なこぶし使いや、厚みのある中音域の落ち着いたトーンがいいですね。
レーと一緒に歌って、レーの声より前にせり出してくる押しの強さは、傑出しています。

そして、レー・クエン自身も成長しています。
出だしの第一声の、軽やかなハイ・トーンに驚きました。
一瞬、え? これ、レー・クエンか?と戸惑い、
しばらく別人じゃないのかと、首をひねりながら聴き進めていくうちに、
ようやく彼女の声だとわかりました。
シリーズ初作の頃から考えると、レーの発声もずいぶん軽やかになりました。

前作にもその傾向はうかがえましたけれど、今回かなりはっきりしましたね。
低音のアルト・ヴォイスで、ぐぅーっと声を絞り上げる、
レーのトレードマークともいえる歌い回しが、影を潜めるようになったともいえます。
これでレー・クエンが苦手といっていた人も、あらためてファンになる人が出てくるかも。

レーが語るところによると、これまでのレコーディングでは、
歌の世界に没入するあまり、完パケのあとは憔悴しきっていたとのこと。
歌の主人公の悲哀に打ちのめされ、自室にひきこもってしまうほど、
メンタル面で打撃を受けていたんだそうです。
それが結婚や出産を経て、より歌を快適に、自然に歌えるようになったといいます。
こうしたメンタル面での成長が、エモーショナルなアルト・ヴォイスを抑えて、
軽やかさをもたらしたようですね。

このシリーズを始める前、レーがまだカヴァー歌手だった若い頃は、
古い叙情歌謡にトライしてみても、詩の解釈や歌い込みが不足していて、
自分の未熟さを痛感していたといいます。
歌の主人公になりきれるよう、自らを追い込まないと歌えなかったそうで、
そうした激しさが、あの深い情念をもたらしたんですね。
それが人生経験を積むようになって、歌との距離感をコントロールできるようになり、
楽に歌えるようになってきたと、インタヴューで彼女は語っています。

ボレーロ・ブームのさきがけでとして、後進を育てつつも、
みずからも成長を続けるレー・クエン、頼もしい人です。
芸歴20周年を迎える今年、12月には記念コンサートも予定され、
すでに20年記念プロジェクトがスタートしているそうです。

Lệ Quyên "KHÚC TÌNH XƯA 5 : HẸN HÒ" Viettan Studio no number (2019)
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悲恋を歌わせたら世界一 レー・クエン

Lệ Quyên  TÌNH KHÔN NGUÔI  VOL.6.jpg

少しごぶさたになっていたヴェトナムのボレーロ・クイーン、レー・クエン。
2年ぶりに、また彼女の歌に溺れる日々がやってきました(←喜んでる)。
う~ん、心おどりますねえ。

2年ぶりなのは、昨年リリースされた『チン・コン・ソン集』ががっかりだったから。
8年前のヴェトナム旅行でレー・クエンを発見して以来、
新作が出るたび、欠かさずに記事を書いてきましたが、
前作の『チン・コン・ソン集』は、さすがに書く気はおこりませんでした。

次作は『チン・コン・ソン集』という話が漏れ伝わってきた時点で、
イヤな予感はしていたんです。シロウトぽい歌手が、とつとつと歌ってこそ
味の出るチン・コン・ソンの曲をレーが歌うだなんて、
あまりにも歌い手の資質を無視した、無謀な企画。
彼女はどう対峙するつもりだろう、何か妙案でもあるのかしらんと気をもみましたが、
仕上がりは、彼女の持ち味と全くかみ合っておらず、レー初の失敗作。
アルバムが出るたび傑作というレー・クエンも、ついにつまづいちゃいましたね。

というわけで、ひさしぶりになったレー・クエンなんですが、
年初め早々から、いきなり2作同時リリースです。
前にもこういうことがありましたけれど、意欲満々じゃないですか。
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2014-02-18

実は『チン・コン・ソン集』もセールスは芳しくなく、イニシャルが4000枚だけ。
ところが、今回の2作は発売初日でいきなり7000枚がはけたとのこと。
ヴェトナム歌謡界で一番怠惰な歌手と、レー本人も告白するとおり、
これまでミュージック・ヴィデオの制作をしてこなかったものの、
今回は新作から2曲のヴィデオ・クリップを制作して、やる気も十分です。
発売前の1月3日にハノイ・オペラ・ハウスで、
発売当日の1月10日にはホーチミンで、新作お披露目のコンサートが行われたそうです。

ここ最近のレーは、若手作曲家によるポップス・アルバムと、
ヴェトナム戦前の作曲家たちによる抒情歌謡のボレーロ・アルバムを、
それぞれ制作していて、今回の2作もそれに従っています。
今回紹介するのは、第6集と銘されたポップス・アルバムの方。
「6」のカウントの仕方がいまひとつよくわからなくて、
というのも、もっと多くのポップス作を出しているからなんですが、
今回のパッケージ・デザインの美しさには、目を見開かされます。
アート・ディレクションのファッション・センスは、
今のヴェトナムのクオリティの高さを表していますね。
おなじみとなったホルダー・ケ-スには、
歌詞と美麗写真を表裏にしたカード6枚が入っています。

カード枚数からもおわかりのとおり、全6曲。
収録時間30分に満たないミニ・アルバムですが、内容は濃いですよ。
レー・クエンお得意の、情感たっぷりに悲恋を歌ったラヴ・ソング集です。
アクースティック・ギターを効果的に使い、ヌケのあるサウンドを作っていて、
レーの歌いぶりも重々しくならないよう、歌いぶりを変化させているのに気付きます。
軽やかなハイ・トーンを意識的に使い、発声の仕方を変えていますね。

それでも、にじみ出る情念の濃さは、レーならではでしょう。
悲恋を歌わせたら、この人を凌ぐ人は世界にいないのではと思わせるほど、
胸の奥を締め付けられるような深い情感を絞り出す。やっぱりスゴイですよ。
ヴェトナム語をまったく介さない人間が、その歌いぶりとメロディに、
これほど感情を揺さぶられてしまうのだから、
あらためて歌の力のスゴ味を思い知らされます。

Lệ Quyên "TÌNH KHÔN NGUÔI VOL.6" Viettan Studio no number (2019)
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無敵の推進力 ファヴィオ・ゴウヴェア

Fabio Gouvea Quinteto  MEODO DO ACASO.jpg

あれこれサンプルを聴いて、もう1枚拾い上げたのが、
ファヴィオ・ゴウヴェアというギタリストの17年作。
最近好作品を連発している注目のジャズ・レーベル、ブラックストリームのアルバムです。

CDが手元に届き、クレジットを見て、ビックリ。
クインテートのピアノはベト・コレーアで、ドラムスはクレベール・アルメイダ。
なんとまあ、同じようなメンツのアルバムを2枚同時に買っていたんでした。
サンプルを聴いてピンときたのは、
やっぱりクレベールのドラミングに反応したからだったのかな。

ファヴィオ・ゴウヴェアは、サン・パウロ出身のギタリストで、
96年にアンドレ・マルケス、クレベール・アルメイダとともに
トリオ・クルピーラを結成し、いまもなお活動を続けているという人。
トリオ・クルピーラって、重要なグループだったんだなあと、再認識しました。

ファビオもまたエルメート・パスコアール一派で、
イチベレ・ズヴァルギのトラとしてベースを弾くこともあるのだそう。
ギター以外にも、フルートも吹くマルチ・プレイヤーで、
本作でもフルートをプレイしています。

で、オープニングの‘Moema Morenou’ から強烈。マラカトゥのリズムが炸裂し、
クレベール・アルメイダのキレ味抜群なドラミングが冴えわたります。
ドー・ジ・カルヴァーリョのサックスが快調にトばして、
うぉーと、前のめりになっていると、ベース・ソロになって一転クールになり、
続いてファヴィオのギター・ソロへと移っていく。カッコよすぎ!
なんとこの曲、パウリーニョ・ダ・ヴィオラと
エルトン・エデイロスの作というのだから、驚きます。
この二人のコンビで、マラカトゥを作っていたなんて、意外ですねえ。

2曲目はもろにエルメートなテクニカルなコンポジション、
3曲目もアブストラクトなテーマを持つものの、
ウタゴコロに富んだメロディが出入りするので、具象性から離れることはなく、
難解な印象をこれっぽちも与えず、めちゃ親しみやすい。
さらに、密度の高いアンサンブル・ワークと、
ぐいぐいと疾走していく推進力のあるグルーヴが、気持ちのいいのなんのって!
無敵だぁ。

ベト・コレーアのデビュー作でも演奏していた7拍子の‘Camisa 10’ を
こちらでもやっていて、終盤にメンバーがコーラスする高揚感は悶絶もの。
こりゃあ、ベト・コレーアのアルバムと抱き合わせで、
2~3か月ヘヴィ・ロテになること疑いなしですね。

Fabio Gouvea Quinteto "MÉTODO DO ACASO" Blaxtream BXT0013 (2017)
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ブラジルの豊かなリズム遺産を応用したジャズ ベト・コレーア

Beto Corrêa  DIAS MELHORES.jpg

またしてもエルメート・パスコアール門下生で、スゴイ逸材と出くわしました。
ミナス出身で、現在はサン・パウロで活動するというピアニスト、
ベト・コレーアのデビュー作です。
昨年、イチベレ・ズヴァルギのアルバムに衝撃を受け、
あらためてエルメート一派のアルバムをいろいろとチェックしているうちに、
昨年出た本作を知ることができました。

それにしても、あれほど敵視していた
エルメート・パスコアールに目を向ける日が来るとは、思いもよらなかったなあ。
あのハッタリさえなければ、エルメート・ミュージックはブラジルのジャズとして、
これほどまでに輝くのかという感慨を、新たにしています。
毛嫌いしていた期間があまり長すぎて、結構聴き逃している作品も多い気もしますけど。

ベト・コレーアは、アンドレ・マルケスの代役として、
エルメートのグループに加わることもあるといい、サン・パウロの名門の音楽学校、
タトゥイー音楽院の講師を務めている人だそう。
本作は、サン・パウロの精鋭たちを集めたクインテット編成で、
軽やかに弾むスピード感溢れるドラミングを聞かせるのは、クレベール・アルメイダ。
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2018-06-11
あのクレベールのデビュー作でピアノを弾いていたのが、ベト・コレーアだったんですねえ。

本作もクレベール・アルメイダのデビュー作同様、
ブラジルのさまざまなリズムを応用しながら、魅力あるメロディアスなコンポーズを
聞かせる趣向で、ゆいいつアブストラクトなピアノ・リフを持つ‘Pega O Saci’ で、
エルメート派の片鱗をみせます。

ユニークなのは、ギタリストがカイピーラ・ギターも弾いていることで、
ベト自身もアコーディオンを弾く曲もあり、楽器の選択もブラジルのジャズならではです。
サンバ、バイオーン、フレーヴォを取り入れているほか、すごく新鮮に響くのが、
マラニョン州の伝統的なブンバ・メウ・ボイのリズムを取り入れた‘Nobilho Brasileiro’。
さらに、アルゼンチンのチャカレーラの3拍子+2拍子を応用した‘Cinco Entrevado’ の
リズム・アプローチも斬新で、めちゃめちゃカッコいい。

ブラジルの豊かなリズムをふんだんに応用するほか、
ベトの出自であるミナスを強烈に感じさせる、
特徴的なメロディもそこかしこから飛び出し、
まさにブラジルでしか生み出せないジャズを味あわせてくれます。

Beto Corrêa "DIAS MELHORES" no label RB055 (2018)
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呑んべえのサンバ ネルソン・サルジェント

Nelson Sargento  91 Anos De Samba.jpg

現役最古参のマンゲイラのサンビスタ、ネルソン・サルジェント。
16年にクラウンド・ファンディングで制作された91歳をお祝いするCDが、
ようやく日本に入っていました。
さすがに90を越すと、総入れ歯らしきフガフガ声になるのも仕方ありませんが、
どこか憎めない愛らしさを感じさせるのは、お人柄でしょうね。

ちょうど昨年9月に他界したウィルソン・モレイラの遺作も届いたところだったんですが、
あまりに衰えたウィルソンの歌いぶりは、
黒光りしたウィルソンのサンバの絶頂期を知る者には辛すぎて、
手を伸ばすことができませんでした。

ウィルソン・モレイラの享年より高齢となるネルソンだって、
衰えは隠せないわけですけれど、そこは持ち味の違いなんでしょう。
‘De Boteco Em Boteco’(飲み屋から飲み屋に)なんてサンバも作る、
ダメおやじの茶目っ気が、老いを味わいに変えてしまうのでした。
あ、でも、こんな感想は、ネルソンの初レコードとなった79年のエルドラード盤から
ずっと聴き続けてきたファンの勝手な思い入れかもしれません。
ネルソンを初めて聴くという人に、いきなり本作をオススメはしにくいですね。

もしネルソンを聴いたことがなければ、まだ元気いっぱいだった時代の代表作
“ENCANTO DA PAISAGEM”(邦題『裏山の風景』)を
まず聴いてもらった方がいいに決まってますもんねえ。
田中勝則さんが制作した86年のネルソンの代表作を知っていればこそ、
この老いたネルソンの本作も、微笑ましく聞こえるというものです。

Nelson Sargento  ENCANTO DA PAISAGEM.jpg

本作には、その“ENCANTO DA PAISAGEM” にも入っていた
代表曲がずらりと並んでいます。
伴奏には、エルトン・メデイロスとの共同名義作や
ネルソン・カヴァキーニョに捧げた作品で共演した
ショーロ・グループのガロ・プレートが務めるほか、
サポート・ヴォーカルに、昨年来日したペドロ・ミランダが駆けつけています。
ガロ・プレートを聴くのもずいぶんとひさしぶりだなあ。
90年代の2作や30周年記念アルバムを愛聴しましたけれど、
その後もずっと活動を続けていたんですね。
アルバムの音楽監督とアレンジは、メンバーのバンドリン奏者
アフォンソ・マシャードが仕切っています。

Elton Medeiros, Nelson Sargento & Galo Preto  SÓ CARTOLA.jpg   Galo Preto, Nelson Sargento and Soraya Ravenle  O DONO DAS CALÇADAS.jpg
Galo Preto  BEM-TE-VI.jpg   Galo Preto  SÓ PAULINHO DA VIOLA.jpg
Galo Preto  30 ANOS.jpg   Pedro Miranda  PIMENTEIRA.jpg

マンゲイラの深い抒情味をたたえた作風は、カルトーラの直弟子の名にふさわしく、
サンバ/ショーロの演奏にのると、一層味わい深さが増します。
ひょうひょうとした風来坊的な面もみせるネルソンのサンバは、
カルトーラのサンバほど芸術性の高さや孤高のベールをまとっておらず、
呑んべえのサンバともいえるくだけた性格は、どこかホッとできるものです。

このメンツがネルソンを盛り立てる様子がなんとも微笑ましくて、
すごく温かいムードがアルバム全体を包んでいるんですね。
ペドロ・ミランダやガロ・プレートのメンバーに歌わせる曲も多いので、
ネルソンの老いた声があまり目立たないのも、うまい構成です。

ネルソン最大の当たり曲‘Agoniza Mas Não Morre’(邦題「サンバは死なず」)は、
ガロ・プレートの演奏のみの歌なし。
それなのに、コンサート会場で観客全員が大合唱しているような
空耳をおぼえるのは、ファンの欲目でしょうか。
この曲でアルバムが終わると、多幸感に包まれますよ。

ジャケット・カヴァーの絵も、ネルソン・サルジェント画伯の作品。
ファンには『裏山の風景』でもおなじみのモチーフで、
ネルソン・サルジェント・ファンをどこまでも喜ばせる仕掛けがイッパイの作品です。

Nelson Sargento "91 ANOS DE SAMBA" no label no number (2016)
Nelson Sargento "ENCANTO DA PAISAGEM" Rob Digital RD075 (1986)
Elton Medeiros, Nelson Sargento & Galo Preto "SÓ CARTOLA" Rob Digital RD016 (1998)
Galo Preto, Nelson Sargento and Soraya Ravenle "O DONO DAS CALÇADAS" PMCD Produções 351.721 (2001)
Galo Preto "BEM-TE-VI" Leblon LB012 (1992)
Galo Preto "SÓ PAULINHO DA VIOLA" Leblon LB036 (1994)
Galo Preto "30 ANOS" Rob Digital RD089 (2005)
Pedro Miranda "PIMENTEIRA" no label PM001 (2009)
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洗練の歌唱力 トッサポン・ヒンマパーン

Tossapol Hinmaporn  4SCD5162.jpg

長い間その名を忘れていた、トッサポン・ヒンマパーン。
タイの仏教歌謡レーに入れ込んでいた15年ほど前、よく聴いた歌手なんですが、
18年の新作に出くわして、ずいぶん聴いていなかったことに気付きました。

仏教説話を大衆歌謡化したレーは、
ポーン・ピロムからワイポット・ペットスパンに受け継がれ、
その後進としてトッサポン・ヒンマパーンが活躍するようになったわけですけれど、
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2013-12-12
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2013-12-14
クセのないなめらかなこぶし回しを聞かせるトッサポンは、
先達の二人とは違う、洗練された技巧の持ち主です。

レーを歌いこなすには高い歌唱力が必要で、
モーラム以上の技巧が要求されるというのは、なるほどとうなずける話ですけれど、
トッサポンのサラリと歌ってのける技量の高さはスゴイですよ。
技巧を聴く者に意識させないスムーズな歌唱が、
トッサポンの歌唱力の高さを表わしています。

「ふんがふんが唱法」とぼくが勝手に命名しているレー独特のヨーデル似のハミングも、
歌い手によってはすごくアクが強くなるんですが、
トッサポンの軽やかさは、他の歌手には真似のできないところじゃないでしょうか。

新作でもトッサポンの歌唱力の安定度は、折り紙付きといえます。
ただサウンドの方が、ひと昔前のルークトゥンみたいで、
キーボードの音色やドラムスのフィルがいなたすぎで、ちょっと残念でしたねえ。
むしろゼロ年代のアルバムの方が、ソー(胡弓)、ラナート(木琴)、ピー(縦笛)を
全面的にフィーチャーしていて、西洋楽器を使ったポップなサウンドとのバランスも
良かったように思います。

Tossapol Hinmaporn  FSCD9103.jpg   Tossapol Hinmaporn  FSCD9304.jpg
Tossapol Hinmaporn  FSCD9334.jpg   Tossapol Hinmaporn  FSCD6090.jpg

00年の“LAE TUM KWAN NARK” や、ベースを加えてボトムを厚くした
04年の“TOSSAPOL LAI THAI” は名作だったし、西洋楽器を排して、
全編ピーパート編成によるオーセンティックな伝統サウンドで迫った
05年の“TEE KWAI KAO AONG” は、本格的なレーを聴ける名盤でした。

驚いたのは、03年の“LAE LUANG POR TOH” ですね。
ジャケットを見て、本格的なレーが聴けるのかなと思いきや、
プロダクションはキーボードにエレクトリック・ギターやベースが加わる
ルークトゥン・レー・スタイル。
ところが、歌の方は、ほとんどメロディを感じさせない語り物の世界で、
29分弱の長尺の曲2曲のみという内容。
あまりにも単調で、正直退屈は隠せませんが、
これまたレーの深淵を見るかのようで、手放せないものとなりました。

Wiphoj Pechsoopun &Tossapol Hinmaporn.jpg

さらにレーの世界を知るのに役立ったのが、
06年のワイポット・ペットスパンと共演したVCDです。
ゴザを敷いた舞台の中央に花飾りと果物がお供えされていて、
そこにワイポットとトッサポンが座って交互に歌うんですが、
その様子はまるでカッワーリーのよう。

伴奏を務めるバンド編成の楽団は少し離れた脇で立って演奏していて、
観客はワイポットとトッサポンの周りを囲むように、静かに座って聴いていますが、
離れたところでは、立ち上がって踊る男女たちもいます。
村々で日常的に行われている仏教行事を垣間見れるようで、
大ステージで大勢の踊り子が舞うルークトゥンのコンサートとはまったく違った、
もっと庶民的な音楽の場であることが、これを見てようやくわかりました。

Tossapol Hinmaporn "LAE TOSSAPOL NAI KLIANG TIANG PRA" Four’s 4SCD5162 (2018)
Tossapol Hinmaporn "LAE TUM KWAN NARK" Four’s FSCD9103 (2000)
Tossapol Hinmaporn "TOSSAPOL LAI THAI" Four’s FSCD9304 (2004)
Tossapol Hinmaporn "TEE KWAI KAO AONG" Four’s FSCD9334 (2005)
Tossapol Hinmaporn "LAE LUANG POR TOH" Four’s FSCD6090 (2003)
[VCD] Wiphoj Pechsoopun &Tossapol Hinmaporn "BOON KOO BUAD" MGA FSVCD6192 (2006)
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ミクラ・アシアのアブない快楽 ディミトリ・ニトラリ

Dimitra Ntourali  TA ORAIA TIS SMYRNIS.jpg

ギリシャの女性歌手でサントゥーリを演奏する人といえば、
アレッティ・ケティメが一時期話題になりましたけれど、
ディミトリ・ニトラリというこの女性、アレッティ嬢よりはだいぶお年を召しています。
垢抜けないジャケ・デザインが妙に引っかかって買ってみたら、これが大当たりでした。

レンベーティカ色濃い古いスタイルのライカを歌う人で、
戦前スミルナ派の妖しくもいかがわしいムードをぷんぷんと撒き散らしているんですよ。
13年作という近作で、この濃厚な味わいは、ちょっとスゴいですよねえ。
イッパツで魅了されてしまいました。
プロフィールを調べてみたのですが、インターネットには情報がありません。
ご本人のフェイスブックはありましたけれど、バイオグラフィは載っていませんでした。

本作のほかにもう1枚CDが出ているほかは、
ディモーティカのコンピレーションにサントゥーリ奏者として名前を連ねているくらいで、
歌手としてのアルバムはほかになさそうです。
普段はサントゥーリ奏者として活動している人なんでしょうか。

サントゥーリのきらびやかな弦音が引き立つ、
ヴァイオリン、バグラマ、ブズーキなどの弦楽アンサンブルが、
ミクラ・アシアのムードを濃厚に醸し出します。
ダルブッカのパーカッシヴな打音やクラリネットの妖しい響きは、
かつてのイズミールの裏街へといざなわれるようで、
悪の華を垣間見る、アブない快楽に引きずり込まれる思いがします。

Dimitra Ntourali "TA ORAIA TIS SMYRNIS" Athinaiki Diskografii 116 (2013)
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ボレーロ天使、登場 クイン・チャン

Quỳnh Trang  BOLERO - HOA TÍM NGƯỜI XƯA.jpg

ヴェトナム伝統歌謡に、注目の新人が登場しましたよ。
南中部トゥイホア出身、97年生まれの22歳というクイン・チャンは、
「ボレーロ天使」のニックネームが付いた逸材。
ヴェトナム本国では、まだフィジカルは出ていないようなんですが、
配信リリースのアルバムから編集されたCDが、アメリカで発売されました。

これが極上なんです!
ザンカー(民歌)を基礎とする確かな歌唱力と、
スウィートな歌声は、なるほど「天使」の名に値します。
じっさい4歳の時から、ザンカーを歌っていたといい、
本名のトゥイ・チャンは同姓同名の有名な歌手がいるため、
母親がクイン・チャンという名を付けたそうです。

クイン・チャンのアイドルは、ニュ・クインとフィ・ニュンということで、
しっとりとした歌の味わいは、若い頃のニュ・クイン以上じゃないかな。
そしてクイン・チャンは、その憧れのフィ・ニュンの後ろ盾を得て、
ステージに立つようになったといいます。
ミュージック・ヴィデオのヒットによって、クイン・チャンは瞬く間に人気を獲得し、
彼女のフェイスブックは、すでに3万人を超すフォロワーがいるんですよ。

繊細なこぶし回しに、得も言われぬ情感をこめるスキルが、すごい。
泣き節もしつこくなく、伏し目がちの控えめな女性の愁いを、
さっぱりと歌ってみせる軽やかさもあって、
歌を重苦しくしないバランス感覚が見事です。
音楽学校出の歌手にありがちな、歌いすぎるところもまったくなく、
歌いぶりには、終始抑制が効いています。

ダン・バウ(1弦琴)、ダン・チャン(筝)、ギター・フィムロンといった
ヴェトナム民俗の弦の響きをたっぷりと取り入れたプロダクションも申し分なし。
顔立ちが誰かに似てるなあと思ったんですけれど、
水谷豊の娘、趣里によく似ていて、いっそう親しみがわきます。

Quỳnh Trang "BOLERO: HOA TÍM NGƯỜI XƯA" V TVCD171 (2018)
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シネマティックなジャズ・コンポジション アリソン・ミラーズ・ブーム・ティック・ブーム

Allison Miller’s Boom Tic Boom.jpg

シンディ・ブラックマン、テリ・リン・キャリントンといった大御所から、
キム・トンプソンやニッキー・グラスピーまで、
いまや女性ドラマーは珍しくなくなりましたね。
アリソン・ミラーは、ブルックリンをベースに活動する女性ジャズ・ドラマーで、
ブーム・ティック・ブームというグループを率いて10年来活動しています。
5作目となる新作は、アリソンのコンポーザーとしての才能が開花した、
素晴らしい作品となりました。

ピアノ、ベース、クラリネット、コルネット、ヴァイオリン、ベース、ドラムスという、
なんだかアーリー・ジャズ時代みたいなバンド編成ですけれど、
クラリネット、コルネット、ヴァイオリンが、
親しみやすくユーモアに富んだアリソンのコンポーズに、
絶妙なカラーリングを施しているんです。

たとえば‘The Ride’ では、フリーなドラム・ソロのイントロに続いて、
スカ/レゲエを参照したリズムへチェンジし、混沌としたアヴァンな演奏がしばし続くと、
一転チェンバー・ミュージックへと移っていきます。
かと思えば、いつの間にかゴーゴーのビートへと接続していくなど、
曲の中で場面をどんどん動かしていくところが、すごく面白くいんです。

なんの前触れもなく、クレズマーの旋律が唐突に飛び出すと、
その途端、エキゾティックな香りがふわーっと立ち上る場面など、クラクラしますよ。
ヴァイオリンがノン・ヴィブラートで、解放弦を鳴らすフィドルのような奏法をするせいか、
シド・ペイジのプレイを連想させ、
ダン・ヒックス&ヒズ・ホット・リックスの韜晦味にも通じるものをおぼえます。
いやあ、一筋縄でいきませんね、この人の作曲能力。

流れるようなアリソンの長いドラム・ソロや、ピアノがフリーに暴れる場面も、
すべてアリソンが組織立てたアレンジの中に収まっていて、
自由に演奏させるけれど、放任はしないといった構成に共感を覚えます。
そんなアリソンのセンスがシネマティックな物語性をコンポーズに与えていて、
もうワクワクが止まりません。

Allison Miller’s Boom Tic Boom "GLITTER WOLF" Royal Potato Family no number (2019)
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狂おしくもステッパー アンディ・ストークス

Andy Stokes  NOW.jpg

16年の前作を買い逃していたら、1年後に運良く再プレスされ、
感涙にむせび泣いたノースウェストのソウル王、アンディ・ストークス。
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2017-07-08
インディ・アルバムが再プレスされることはめったにないから、
はじめに買い逃すと、二度と手に入らなくなっちゃいますからねえ。
新作は売り切れになる前に、ソッコー買いましたよ。
といっても、去年の4月に出ていたのを、いまごろ気付いたマヌケぶりなんですが。

次作はフル・アルバムを!と期待してたんですが、
またしてもEPで、たったの6曲。少なっ!
無駄に長ったらしいアルバムも困るけど、
2作連続ミニ・アルバムというのも、じらしが過ぎます。

前作はラルフ “ファントム” ステイシーがプロデュースしていましたが、
今作のアタマの2曲は、クリス・ブラウンのプロデュースで知られるPK。
これが極上の仕上がりで、ヴェテランならではのディープなノドを、
アーバンで華やかなステッパーにのせています。
これほどコンテンポラリーなR&Bにマッチする才能を持ちながら、
なんでメジャーで活躍できないんでしょうかねえ。
インディの世界にいることじたい、もったいなく思いますよ。

ラストはなんとスヌープ・ドッグをゲストに迎え、
DJバトルキャットのプロデュースによる、アゲアゲのヒップホップ・トラック。
いや~、もうじっとなんかしてらんない。腰がうずきます。
サイコーでっす!

Andy Stokes "NOW" New5 N5CD002 (2018)
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21世紀のサザン・ソウル レブラド

Lebrado  LET’S PARTY.jpg

イェ~イ、ごっきげぇ~ん!
これぞ21世紀のサザン・ソウルと太鼓判を押せる傑作が、ついにフィジカル化。
いやあ、待ち遠しかった、というのとはちょっと違って、
どうせフィジカルにはならんだろうと諦めていただけに、オドロキ、やがて感涙なのです。

ノース・カロライナ、ウィンゲート出身のシンガー、レブラド。
ケイ=シー&ジョジョの末弟といった方が、話は早いですかね。
00年作“X” 所収の‘Suicide’ でセカンド・ヴァースを歌っていたのが、
レブラドなのでありますよ。

その熱い歌いっぷりは、まさしくリアル・ソウル。
ホレボレとしてしまうサザン・ソウル・マナーなヴォーカルに、ご飯3杯はいけます。
90年代R&Bサウンドをベースに、チタリン・サーキットのいなたさが
いい塩梅のプロダクションとなっていて、
南部ローカルらしいヴォーカルのニュアンスを滲み出しているんですよっ。
う~、たまらんっ!

アトランタのプロデューサー、ブルース・ビラップスが全曲作曲。
メリハリの利いた起承転結のあるソングライティングは、歌ものの王道ですね。
ここ最近のR&Bの曲って、この前のH.E.R. が典型ですけれど、
ループだけでできてたり、起承転結がないのが多くなりましたよね。
それはおそらくヒップホップの影響なんでしょうけれど、
ここでは、ヒップホップ登場前の伝統ソウルらしい歌ものをしっかりと聞かせてくれます。
この狂おしい高揚感は、ゴスペルを基礎にしてなけりゃ、生まれっこないですって。

Lebrado "LET’S PARTY" Makecents no number (2018)
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バス・トロンボニスト・フロム・ヴァージニア レジナルド・チャップマン

Reginald Chapman  PROTOTYPE.jpg

こりゃあ、いい!
トロンボーン5管が分厚いソリを聞かせるソウル・ジャズ。

主役は、リッチモンドを拠点に活動するブラス・ファンク・バンド、
ノー・BS!・ブラス・バンドで活躍するバス・トロンボニストのレジナルド・チャップマン。
本作がデビュー・ソロ作という、ライアン・ポーターやトロンボーン・ショーティに続く、
注目のトロンボニストです。

短いバス・トロンボーンのソロに続いて始まる
‘You Go To My Head’ には意表を突かれました。
ビリー・ホリデイが歌った、あの「忘れられぬ君」ですよ。
ずいぶんとまた、古い曲を選んだもんだなあ。
サム・リードという女性シンガーが歌っているんですが、
ソウル・テイストのフレイヴァーですっかりリフレッシュメントされた仕上がりが、
新鮮に響きます。

ほかにも公民権運動のアンセム‘We Shall Overcome’ を
取り上げているのには、イマドキ?と思ったものですけれど、
トランプのアメリカだからこそ、<いまどき>なのかもしれませんね。
アルバム中、もっともモーダルな演奏を繰り広げているところに、
レジナルドの気概が伝わってくるようじゃないですか。

バックは、ブッチャー・ブラウンの中心メンバーを起用していて、
コーリー・フォンヴィルのドラムス、アンドリュー・ランダッツォ、
デヴォン・ハリソン(DJハリソン)のキーボードが大活躍。
なかでもDJハリソンは、レコーディングとミックスのクレジットがあり、
本作のキー・パーソンといえそう。

タイトルに『プロトタイプ』とあるとおり、37分弱の本作はミニ・アルバムの扱いらしく、
本人はフル・アルバムの制作を考えているもよう。はやくも次作が待ち遠しいです。

Reginald Chapman "PROTOTYPE" Flesh Selects FSX027 (2018)
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伝承歌の世界観 クレア・ヘイスティングス

Claire Hastings  THOSE WHO ROAM.jpg

スコットランド、きてるなあ。
ハンナ・ラリティにファラと、注目のアルバムが続出じゃないですか。
去年大注目したアイオナ・ファイフのミニ・アルバムが出るというので、
心待ちにしていたところ、それとはまた別の嬉しいアルバムが届きましたよ。

それが、ウクレレを弾き歌う女性歌手クレア・ヘイスティングスのソロ第2作。
女性4人組のトップ・フロア・テイヴァーズのメンバーとしても活動している人ですね。
今回はウクレレはお休みで、歌に徹し、エレクトリック楽器の使用もなし。
ギター、フィドル、ピアノ、アコーディオンの4人が伴奏を務めています。

今作のテーマは「旅」で、伝承曲を中心に自作の2曲と、
アメリカのルーツ・ロック・バンド、ブラスターズのメンバー、
デイヴ・アルヴィンの‘King Of Callifornia’ を取り上げています。
デビュー作と変わらぬ凛とした粒立ちの良い発声に、ホレボレとしますねえ。
スコットランドの女性歌手って、声の透明感に共通性があって、
イングランドとはまったく異なる土地柄を感じます。

そして、きりりとしたシンギングをもりたてる伴奏がまた見事です。
たった4人の伴奏とはいえ、フィドルを多重録音するなど、
丁寧なアレンジが施されていて、クレジットはありませんが、
通奏低音のように流れるシンセやエフェクトも、ごく控えめながら使われています。

アルバムの最後を締めくくるのは、
18世紀起源とされるイングランドの伝承曲‘Ten Thousand Miles’。
ニック・ジョーンズの名唱でも知られるこの唄は、
アメリカでは‘Fare Thee Well’ のタイトルで知られ、
ボブ・ディランやジョーン・バエズほか、
多くのフォーク・シンガーが取り上げてきた旅の唄ですね。

クレアはこの曲を無伴奏の多重唱で歌っていて、
旅立つ恋人との別れを、映画のワン・シーンのように描写します。
伝承歌の世界では、歌い手が余計な感情を加えず、
詩と旋律が生み出す情感だけで、雄弁な物語となりうることを、
このトラックは証明しています。

Claire Hastings "THOSE WHO ROAM" Luckenbooth LUCKEN002CD (2019)
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サンバ・カンソーンの傑作盤 エルザ・ラランジェイラ

Elza Laranjeira  A NOITE DO MEU BEM.jpg

今回のジスコベルタスのリイシューで一番驚いたのが、
エルザ・ラランジェイラのデビュー作。
プレ=ボサ・ノーヴァ期に活躍した歌手で、
のちにボサ・ノーヴァを大衆歌謡化した人気歌手
アゴスチーニョ・ドス・サントスの奥さんになった人ですね。

エルザの63年の代表作“A MÚSICA DE JOBIM E VINICIUS” は、
ヴィニシウスとジョビンのコンビで制作した2作のうちの1枚で、
もう1枚は、ボサ・ノーヴァ第0号アルバムとして
有名なエリゼッチ・カルドーゾの『想いあふれて』だったのだから、
どれだけ貴重なアルバムだったかわかろうというものでしょう。
ブラジルで2度もCD化されたので、
マニアならずとも耳にしている人は多いと思いますが、
デビュー作がこれまた極上の逸品で、びっくり。

いやあ、すごい。
この人、ボサ・ノーヴァ歌手なんかじゃなく、
超一級のサンバ・カンソーン歌手だったんですねえ。
デビュー作のタイトル曲が、サンバ・カンソーン名曲中の名曲、
ドローレス・ドゥランの‘A Noite Do Meu Bem’ というのにも、泣かされます。

驚くのは、曲によりさまざまに声を変えて歌えるという、表現力の高さ。
抜きんでた歌唱力の証明でもあるわけですけれど、
清楚なチャーミングさを溢れさせるかと思えば、妖艶な表情もみせ、
はたまた、ざっくばらんな下町娘ふうにもなるなど、さまざまなキャラを演じてみせます。

なかでも絶品なのが、繊細な歌い回しとダイナミックに歌い上げる両極を、
鮮やかに披露したヴィニシウス=ジョビン作の‘Eu Sei Que Vou Te Amar’。
この素晴らしい歌唱があったからこそ、
のちにあのヴィニシウス=ジョビン曲集の制作へとつながったんじゃないでしょうか。

マリア・クレウザが好きな人なら、シビれることうけあいの
サンバ・カンソーンの傑作盤です。

Elza Laranjeira "A NOITE DO MEU BEM" RGE/Discobertas DBSL102 (1960)
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知られざるサンバ・カンソーンの名歌手 エレーナ・ジ・リマ

Helena De Lima  A VOZ E O SORRIO DE HELENA DE LIMA.jpg

ブラジルのリイシュー専門レーベル、
ジスコベルタスの新作ニュースに心踊ったのは、ひさしぶり。
ここ数年ジスコベルタスのリイシューは、
守備範囲外のジョーヴェン・グアルダやブレーガ、ディスコものが続いていたので、
乏しい資金を散財せずにすんでいたんですけれども。

ところが今回は、往年のサンバ・カンソーン女性歌手という、
60歳以上男性客限定みたいなラインナップで、
まんまとターゲットになってしまいました。
エリゼッチ・カルドーゾの79年作『冬の季節』という、
往年のサンバ・ファンには懐かしい名作のCD化もあったりして、
日本盤を持っているサンバ・ファンなら、即買い必至でしょう。

エリゼッチのアルバムはサンバ・ファンならよくご存じと思うので、
日本ではまったく知られていない、エレーナ・ジ・リマを取り上げましょう。
今回CD化されたのは61年のRGE盤で、もちろんこれが初CD化ですけど、
そもそもエレーナ・ジ・リマを聴いている人って、日本に何人いるんでしょうね。

ブラジル音楽のディスク・ガイドで、その名を目にしたことはないし、
ぼくの記憶のある限りでは、40年前に中村とうようさんが
「中南米音楽」(「ラティーナ」の旧名です)に寄稿していた、
ブラジル音楽のレーベル別連載記事で触れていたのがあったくらいのもので、
ほかにエレーナ・ジ・リマについて書かれた記事なんて、見たことないもんなあ。

それくらい日本ではまったく知られていないサンバ・カンソーン歌手ですけれど、
エリゼッチやマイーザのような大物を聴いているのに、
エレーナ・ジ・リマを知らずにいるのは、もったいない。
アルト・ヴォイスの落ち着いた声で歌う人で、押し出しの強さはないものの、
その控えめな歌いぶりが、ツウを喜ばせるタイプといえます。

エレーナ・ジ・リマは26年リオ生まれ。22歳でリオのナイトクラブで歌い始めると、
瞬く間に大人気となり、50年代初めにはサン・パウロのナイトクラブに引き抜かれ、
成功を収めた歌手です。52年にコンチネンタルへ初録音し、
56年に出した初のレコード(10インチ)は、ぼくも持っています。

Helena De Lima.jpg   Helena De Lima  VALE A PENA OUVIR HELENA.jpg
Helena De Lima  UMA NOITE NO CANGACEIRO.jpg   Helena De Lima  É BREVE O TEMPO DAS ROSAS.jpg

この10インチは未CD化ですけれど、
エレーナ・ジ・リマのアルバムはけっこうCD化されていて、
これまで58年コンチネンタル盤、65年RGE盤、75年コパカバーナ盤が出ているんですよ。
特に65年のRGE盤はエレーナの代表作とされる名作で、
サンバ・カンソーンが好きなら、外せない作品でしょう。
CDが出てからだいぶ経つので、LPの方が簡単に見つかるかもしれませんね。

古いブラジル盤は、ボサ・ノーヴァの狂乱ブームが過ぎても、
高値安定してしまった感がありますけれど、
サンバ・カンソーンは客がつかないから、今でも手ごろな値段で買えるはずです。
古いサンバ・カンソーンが再評価されるなんてことは、
これからも、まあないでしょうね(タメ息)。

Helena De Lima "A VOZ E O SORRIO DE HELENA DE LIMA" RGE/Discobertas DBSL104 (1961)
[10インチ] Helena De Lima "DENTRO DA NOITE" Continental LPP38 (1956)
Helena De Lima "VALE A PENA OUVIR HELENA" Continental/Warner 5051011128028 (1958)
Helena De Lima "UMA NOITE NO CANGACEIRO" RGE 0496-2 (1965)
Helena De Lima "É BREVE O TEMPO DAS ROSAS" Copacabana/EMI 527305-2 (1975)
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おぢさん、恋をする H.E.R.

H.E.R..jpg

これが10代の歌声とは!
恋に疲れたやるせなさを表現できる、大人びたヴォーカル。
アンビエントなサウンドスケープを、ゆったりとたゆたうヴォイスに、息を呑みました。
一瞬たりとも声を張ることのない、柔らかで落ち着きのある声。
少女独特のキンと立つ声が苦手なぼくには、生理的にとてもなじむ女声です。

今年21となる新人女性R&Bシンガーが
16~17年にアナログと配信で出したEP3作をCD化した作品。
全21曲、収録時間72分を超すヴォリュームは、
少し前までのR&Bマナー(最近は40分程度に落ち着いてきましたね)ですけれど、
おなか一杯にならないのは、ヴォーカルの魅力ゆえ。

全曲ミディアム・スロー・ジャム。
90年代を思わすメロウなトラックが並びますけれど、
ヒット性のありそうな飛び抜けた曲がなく、
起伏の乏しい幻想的な曲調が並びます。
フックの利いたメロディもなければ、キャッチーなラインもないのに、
アルバム全体を通じて覆う、濃密な空気感に金縛りとなります。

甘美なサウンドの中でけだるく揺れる吐息めいたヴォーカルは、
ほのかな体温を伝え、時にいじらしいオンナ心を示したり、
また時につれなく歌ってみせたりと、その歌の表情は、
デリカシーの極致と呼びたくなります。
エモーショナルに歌っても、歌が強くならないのは、
感情表現が昇華しているからこそ。
その成熟した表現力に舌を巻きます。

そっと歌い出す‘Every Kind Of Way’ の歌い口に、もうクラクラ。
おぢさん、恋をしそうです。

H.E.R. "H.E.R." RCA 19075-93269-2 (2019)
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潮風のサンバ バルラヴェント

Barlavento.jpg

なんて爽やかなんでしょうか。
ジャケット写真そのままに、
バイーアの潮風を感じるサンバを、たっぷりと満喫できるアルバムです。

07年に結成されたというバイーア3人組、バルラヴェントの3作目。
ナザレー出身のサンビスタ、ロッキ・フェレイラをゲストに迎えた1曲目から、
バイーアらしさイッパイのサンバを繰り広げます。
シャラーンと高音を響かせるスティール弦のアクースティック・ギターの響きが、
潮の香りを運び、カンカン、コンコンと愛らしく鳴るアゴゴに頬が緩みます。

目の覚めるようなみずみずしいメロディを、3人はソフトに歌います。
ハーモニーを織り交ぜたコーラスは、伝統サンバをベースとしながら、
オーセンティック一辺倒ではない、MPBからのポップ・センスが発揮され、
とてもフレッシュです。

‘A Banda Que Samba’ のイントロで飛び出すトロンボーンのソリは、
まるでトロンバンガみたい。ヴァイオリンの使い方もシャレてますねえ。
こうした楽器の起用や扱い方に、
伝統サンバに軸足を置きながら、現代的なサウンドを生み出すセンスを感じます。

カンドンブレ由来のリズムを使ったアフロ・サンバをやっても、
ちっともディープな感触にならないのは、洗練された彼らの音楽性ゆえでしょう。
アコーディオンをフィーチャーしたシャメゴも、
のんびりとした田舎情緒を上手に演出しています。

こんなにほんわかした庶民的なサンバって、
今日びなかなか得難いんじゃないでしょうか。

Barlavento "QUEBRAMAR" MCK MCKPAC0231 (2018)
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ショラールあふるるブラジルのジャズ エドゥアルド・ベロニ

Eduardo Belloni.jpg

オーソドックスなジャズ・ギター・アルバム。
一言でいえばそれに尽きるんですけど、これがとびっきりの内容なんです。
3年前に出ていたサン・パウロの新進ギタリストのデビュー作で、気付いて良かったあ。
正統派のジャズ・ギターでこれほどの逸品、ありそうでなかなかありませんよ。
ギターのトーン、ソロ・ワーク、アンサンブル、楽曲、アレンジ、
すべてがハイ・レヴェルという、欠点の見当たらないアルバムです。

箱ものギター特有のクリアで柔らかなトーンに、まず、耳が反応します。
指板をすべるなめらかなソロは、柔肌を愛撫するジゴロの指先のよう。
都会の夜のムード溢れるメロウな楽曲を引き立てる、
歌心溢れるラインの組み立て方にも、ウナらされます。

泣けるメロディ満載で、インストなのがもったいないと思えるほど、
「歌」を感じさせるトラックが並びます。
メロディは甘すぎず、苦みも含んだメロウさが、実にセクシーなんです。
せつなさや、やるせなさもたっぷり混じった、
心の傷みを優しく包み込む楽曲にシビれます。
メカニカルなラインをテーマに持つ‘Cotopaxi’ ですら、
なんともいえない哀感が漂うんだから、この人の作曲能力の高さがわかりますね。

サウンドにブラジルのテイストはないものの、
これほどの歌心あふれる作曲能力は、やはりブラジルならでは。
フェリーピ・ヴィラス・ボアスに続く、要注目のギタリストです。

Eduardo Belloni "BACK TO THE BEGINNING" no label no number (2016)
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ポルト・アレグレの今 マルモータ

Marmota.jpg

うぉー、カッコいい。
ブラジルのジャズ、ホントに来てるなあ。大豊作であります。
今聴いていたのは、11年にポルト・アレグレで結成されたマルモータのセカンド作。
ルデーリをホウフツさせる、コンテンポラリー・ジャズのグループです。
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2017-09-24
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2018-09-13

ピアノ、ギター、ベース、ドラムスのカルテットで、編成こそルデーリと異なれど、
同じく新世代コンテンポラリー・ジャズのサウンド志向のグループです。
じっさい、メンバーが影響を受けたというミュージシャンに、
アーロン・パークス、ティグラン・ハマシャン、アリ・ホーニグのほか、、
シャイ・マエストロ、アヴィシャイ・コーエン、ギラッド・ヘクセルマンなど、
注目の集まるイスラエルの精鋭たちの名をあげるところからも、
彼らの音楽性は想像がつきますよね。

メロディに合わせてテンポが自在に動き、
変拍子を多用したリズム・アプローチは、まさしく現代ジャズのアイデンティティ。
ルデーリとの個性の違いといえば、マルモータの方がよりアンサンブルの中で
即興するスペースが広く取られていることでしょうか。

ルデーリのかっちりとしたアンサンブルに比べると、
ラフともえいる自由さが、マルモータの魅力でしょう。
特に、クライマックスで躍動的なドラミングを繰り広げる
ドラマーの熱量のあるプレイには、引きこまれます。

ドラマー以外の3人は、11年結成直前にバークリーで勉強していたという経歴も
ナットクの世界標準のジャズですね。
それにしても、ベロ・オリゾンチそしてポルト・アレグレと、
ブラジルの地方都市でジャズの新世代が育っているのに目を見張らされます。
ついこの前まで、ポルト・アレグレというと、
ガウーショ(牛追い)のイメージしかなかったんですけど、完全に時代錯誤ですね。

Marmota "A MARGEM" Audio Porto AP40001 (2017)
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ヘヴィーに変貌したトゥアレグ・ロック ケル・アスーフ

Kel Assouf  BLACK TENERE.jpg

おぅ! こういうサウンドを待ってたんだよ。
ニジェールのトゥアレグ人ギタリスト、アブバカル・アナナ・アルーナ率いる
多国籍ユニット、ケル・アスーフの新作。
過去2作からぐんと跳躍した、トゥアレグ・ロック・アルバムを作りあげてくれました。

前2作のサウンド・メイキングが、ロックを志向しているわりには、
どこか徹底できていないツメの甘さを感じて、気になっていたんですよね。
可愛らしい女性コーラスも、ロック・サウンドにはそぐわなかったし、ビートも軽めで、
もっと重量感のあるグルーヴが必要だよなと、不満が残っていたんです。

それが今作の変貌ぶりはどうですか!
3ペースのシンプルな編成となり、グッと重心が下がって、
ボトムの厚いサウンドになり、ヘヴィーなロック・サウンドに変わりました。
ドラマーの交替が大正解だったんじゃないですかね。
やるならこのくらい徹底しなくっちゃね、という胸がすく仕上がりに大満足です。

昨年アマール808で注目を浴びたチュニジア人プロデューサー、
ソフィアン・ベン・ユーセフが、前作に続いてプロデュースとアレンジをしているんですが、
今回グリッタービートへ移籍したことも功を奏したのか、
ソフィアンのアレンジの活躍ぶりがうかがえます。

まずベーシストの不在を、ソフィアンのキーボードが担っていること。
なんだかシンセ・ベースが活躍する最近のジャズみたい、
なんて連想も沸き起こりますけれど、それは関係ないにせよ、
ハモンドやモーグなどのヴィンテージな鍵盤使いが、
シンプルな編成の中で、ラウドなサウンドづくりに寄与していますね。
パワー・プレイのように聞こえるサウンドのなかで、
緻密に鍵盤の音を重ねていることがわかります。

ニジェールのトゥアレグ系ミュージシャンでトゥアレグ・ロックを聞かせるといえば、
ボンビーノが筆頭格でしたけれど、ケル・アスーフが良きライヴァルとなりそうですね。

Kel Assouf "BLACK TENERE" Glitterbeat GBCD068 (2019)
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抑えの美学 エイヨルフ・ダーレ・シーエン・ジャズオーケストラ

Scheen Jazzorkester Eyolf Dale.jpg

これまであまり関心を向けてこなかったジャズ・オーケストラの作品が、
がぜん面白く感じられるようになったのは、
ジャズが「アンサンブルの時代」を迎えた象徴でもあるんでしょうね。
マリア・シュナイダー・オーケストラに耳目を集めるようになってだいぶ経ちますけど、
最近では、このノルウェイのジャズ・オーケストラが気に入りました。

エイヨルフ・ダーレというピアニストが率いる、シーエン・ジャズオーケストラ。
シーエンとは、エイヨルフが住むノルウェー南部の都市で、
ノルウェイ国立音楽大学の准教授でもあるエイヨルフが、
大学のあるオスロまで通勤する退屈な時間を使って作曲したという作品です。
タイトルの『通勤者レポート』とは、そういうわけなんですね。

車窓に広がる冬の空模様が流れ行く様子を、
描写するかのような映像的なオープニングは、
シーエンからオスロへの電車からの眺めでしょうか。
イントロのクラシカルなピアノのタッチから、
北欧ジャズらしいサウンドが横溢しますけれど、
続く2曲目は、オリエンタルな旋律を細かく動かしていくアレンジで、
がらりと雰囲気が変わります。

オリエンタルなメロディばかりでなく、アコーディオンを起用するような音色の選択、
優雅なワルツを取り入れたリズム処理など、
エキゾティックに響く要素をあちこちに散りばめながら、
あくまでもスパイスにとどめた、抑制の利いた作編曲がすばらしいですね。

美しく整ったオーケストレーションで聞かせるクラシカルなトラックもあれば、
幾何学的なラインでアグレッシヴに攻めるトラックもあるという、
バランス感覚のある作曲と、抑えの利いた編曲が豊かな色彩感を生み出し、
音楽に風格をもたらしています。

Scheen Jazzorkester Eyolf Dale "COMMUTER REPORT" Losen LLOS204-2 (2018)
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