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シネマティックなジャズ・コンポジション アリソン・ミラーズ・ブーム・ティック・ブーム

Allison Miller’s Boom Tic Boom.jpg

シンディ・ブラックマン、テリ・リン・キャリントンといった大御所から、
キム・トンプソンやニッキー・グラスピーまで、
いまや女性ドラマーは珍しくなくなりましたね。
アリソン・ミラーは、ブルックリンをベースに活動する女性ジャズ・ドラマーで、
ブーム・ティック・ブームというグループを率いて10年来活動しています。
5作目となる新作は、アリソンのコンポーザーとしての才能が開花した、
素晴らしい作品となりました。

ピアノ、ベース、クラリネット、コルネット、ヴァイオリン、ベース、ドラムスという、
なんだかアーリー・ジャズ時代みたいなバンド編成ですけれど、
クラリネット、コルネット、ヴァイオリンが、
親しみやすくユーモアに富んだアリソンのコンポーズに、
絶妙なカラーリングを施しているんです。

たとえば‘The Ride’ では、フリーなドラム・ソロのイントロに続いて、
スカ/レゲエを参照したリズムへチェンジし、混沌としたアヴァンな演奏がしばし続くと、
一転チェンバー・ミュージックへと移っていきます。
かと思えば、いつの間にかゴーゴーのビートへと接続していくなど、
曲の中で場面をどんどん動かしていくところが、すごく面白くいんです。

なんの前触れもなく、クレズマーの旋律が唐突に飛び出すと、
その途端、エキゾティックな香りがふわーっと立ち上る場面など、クラクラしますよ。
ヴァイオリンがノン・ヴィブラートで、解放弦を鳴らすフィドルのような奏法をするせいか、
シド・ペイジのプレイを連想させ、
ダン・ヒックス&ヒズ・ホット・リックスの韜晦味にも通じるものをおぼえます。
いやあ、一筋縄でいきませんね、この人の作曲能力。

流れるようなアリソンの長いドラム・ソロや、ピアノがフリーに暴れる場面も、
すべてアリソンが組織立てたアレンジの中に収まっていて、
自由に演奏させるけれど、放任はしないといった構成に共感を覚えます。
そんなアリソンのセンスがシネマティックな物語性をコンポーズに与えていて、
もうワクワクが止まりません。

Allison Miller’s Boom Tic Boom "GLITTER WOLF" Royal Potato Family no number (2019)
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狂おしくもステッパー アンディ・ストークス

Andy Stokes  NOW.jpg

16年の前作を買い逃していたら、1年後に運良く再プレスされ、
感涙にむせび泣いたノースウェストのソウル王、アンディ・ストークス。
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2017-07-08
インディ・アルバムが再プレスされることはめったにないから、
はじめに買い逃すと、二度と手に入らなくなっちゃいますからねえ。
新作は売り切れになる前に、ソッコー買いましたよ。
といっても、去年の4月に出ていたのを、いまごろ気付いたマヌケぶりなんですが。

次作はフル・アルバムを!と期待してたんですが、
またしてもEPで、たったの6曲。少なっ!
無駄に長ったらしいアルバムも困るけど、
2作連続ミニ・アルバムというのも、じらしが過ぎます。

前作はラルフ “ファントム” ステイシーがプロデュースしていましたが、
今作のアタマの2曲は、クリス・ブラウンのプロデュースで知られるPK。
これが極上の仕上がりで、ヴェテランならではのディープなノドを、
アーバンで華やかなステッパーにのせています。
これほどコンテンポラリーなR&Bにマッチする才能を持ちながら、
なんでメジャーで活躍できないんでしょうかねえ。
インディの世界にいることじたい、もったいなく思いますよ。

ラストはなんとスヌープ・ドッグをゲストに迎え、
DJバトルキャットのプロデュースによる、アゲアゲのヒップホップ・トラック。
いや~、もうじっとなんかしてらんない。腰がうずきます。
サイコーでっす!

Andy Stokes "NOW" New5 N5CD002 (2018)
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21世紀のサザン・ソウル レブラド

Lebrado  LET’S PARTY.jpg

イェ~イ、ごっきげぇ~ん!
これぞ21世紀のサザン・ソウルと太鼓判を押せる傑作が、ついにフィジカル化。
いやあ、待ち遠しかった、というのとはちょっと違って、
どうせフィジカルにはならんだろうと諦めていただけに、オドロキ、やがて感涙なのです。

ノース・カロライナ、ウィンゲート出身のシンガー、レブラド。
ケイ=シー&ジョジョの末弟といった方が、話は早いですかね。
00年作“X” 所収の‘Suicide’ でセカンド・ヴァースを歌っていたのが、
レブラドなのでありますよ。

その熱い歌いっぷりは、まさしくリアル・ソウル。
ホレボレとしてしまうサザン・ソウル・マナーなヴォーカルに、ご飯3杯はいけます。
90年代R&Bサウンドをベースに、チタリン・サーキットのいなたさが
いい塩梅のプロダクションとなっていて、
南部ローカルらしいヴォーカルのニュアンスを滲み出しているんですよっ。
う~、たまらんっ!

アトランタのプロデューサー、ブルース・ビラップスが全曲作曲。
メリハリの利いた起承転結のあるソングライティングは、歌ものの王道ですね。
ここ最近のR&Bの曲って、この前のH.E.R. が典型ですけれど、
ループだけでできてたり、起承転結がないのが多くなりましたよね。
それはおそらくヒップホップの影響なんでしょうけれど、
ここでは、ヒップホップ登場前の伝統ソウルらしい歌ものをしっかりと聞かせてくれます。
この狂おしい高揚感は、ゴスペルを基礎にしてなけりゃ、生まれっこないですって。

Lebrado "LET’S PARTY" Makecents no number (2018)
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バス・トロンボニスト・フロム・ヴァージニア レジナルド・チャップマン

Reginald Chapman  PROTOTYPE.jpg

こりゃあ、いい!
トロンボーン5管が分厚いソリを聞かせるソウル・ジャズ。

主役は、リッチモンドを拠点に活動するブラス・ファンク・バンド、
ノー・BS!・ブラス・バンドで活躍するバス・トロンボニストのレジナルド・チャップマン。
本作がデビュー・ソロ作という、ライアン・ポーターやトロンボーン・ショーティに続く、
注目のトロンボニストです。

短いバス・トロンボーンのソロに続いて始まる
‘You Go To My Head’ には意表を突かれました。
ビリー・ホリデイが歌った、あの「忘れられぬ君」ですよ。
ずいぶんとまた、古い曲を選んだもんだなあ。
サム・リードという女性シンガーが歌っているんですが、
ソウル・テイストのフレイヴァーですっかりリフレッシュメントされた仕上がりが、
新鮮に響きます。

ほかにも公民権運動のアンセム‘We Shall Overcome’ を
取り上げているのには、イマドキ?と思ったものですけれど、
トランプのアメリカだからこそ、<いまどき>なのかもしれませんね。
アルバム中、もっともモーダルな演奏を繰り広げているところに、
レジナルドの気概が伝わってくるようじゃないですか。

バックは、ブッチャー・ブラウンの中心メンバーを起用していて、
コーリー・フォンヴィルのドラムス、アンドリュー・ランダッツォ、
デヴォン・ハリソン(DJハリソン)のキーボードが大活躍。
なかでもDJハリソンは、レコーディングとミックスのクレジットがあり、
本作のキー・パーソンといえそう。

タイトルに『プロトタイプ』とあるとおり、37分弱の本作はミニ・アルバムの扱いらしく、
本人はフル・アルバムの制作を考えているもよう。はやくも次作が待ち遠しいです。

Reginald Chapman "PROTOTYPE" Flesh Selects FSX027 (2018)
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伝承歌の世界観 クレア・ヘイスティングス

Claire Hastings  THOSE WHO ROAM.jpg

スコットランド、きてるなあ。
ハンナ・ラリティにファラと、注目のアルバムが続出じゃないですか。
去年大注目したアイオナ・ファイフのミニ・アルバムが出るというので、
心待ちにしていたところ、それとはまた別の嬉しいアルバムが届きましたよ。

それが、ウクレレを弾き歌う女性歌手クレア・ヘイスティングスのソロ第2作。
女性4人組のトップ・フロア・テイヴァーズのメンバーとしても活動している人ですね。
今回はウクレレはお休みで、歌に徹し、エレクトリック楽器の使用もなし。
ギター、フィドル、ピアノ、アコーディオンの4人が伴奏を務めています。

今作のテーマは「旅」で、伝承曲を中心に自作の2曲と、
アメリカのルーツ・ロック・バンド、ブラスターズのメンバー、
デイヴ・アルヴィンの‘King Of Callifornia’ を取り上げています。
デビュー作と変わらぬ凛とした粒立ちの良い発声に、ホレボレとしますねえ。
スコットランドの女性歌手って、声の透明感に共通性があって、
イングランドとはまったく異なる土地柄を感じます。

そして、きりりとしたシンギングをもりたてる伴奏がまた見事です。
たった4人の伴奏とはいえ、フィドルを多重録音するなど、
丁寧なアレンジが施されていて、クレジットはありませんが、
通奏低音のように流れるシンセやエフェクトも、ごく控えめながら使われています。

アルバムの最後を締めくくるのは、
18世紀起源とされるイングランドの伝承曲‘Ten Thousand Miles’。
ニック・ジョーンズの名唱でも知られるこの唄は、
アメリカでは‘Fare Thee Well’ のタイトルで知られ、
ボブ・ディランやジョーン・バエズほか、
多くのフォーク・シンガーが取り上げてきた旅の唄ですね。

クレアはこの曲を無伴奏の多重唱で歌っていて、
旅立つ恋人との別れを、映画のワン・シーンのように描写します。
伝承歌の世界では、歌い手が余計な感情を加えず、
詩と旋律が生み出す情感だけで、雄弁な物語となりうることを、
このトラックは証明しています。

Claire Hastings "THOSE WHO ROAM" Luckenbooth LUCKEN002CD (2019)
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サンバ・カンソーンの傑作盤 エルザ・ラランジェイラ

Elza Laranjeira  A NOITE DO MEU BEM.jpg

今回のジスコベルタスのリイシューで一番驚いたのが、
エルザ・ラランジェイラのデビュー作。
プレ=ボサ・ノーヴァ期に活躍した歌手で、
のちにボサ・ノーヴァを大衆歌謡化した人気歌手
アゴスチーニョ・ドス・サントスの奥さんになった人ですね。

エルザの63年の代表作“A MÚSICA DE JOBIM E VINICIUS” は、
ヴィニシウスとジョビンのコンビで制作した2作のうちの1枚で、
もう1枚は、ボサ・ノーヴァ第0号アルバムとして
有名なエリゼッチ・カルドーゾの『想いあふれて』だったのだから、
どれだけ貴重なアルバムだったかわかろうというものでしょう。
ブラジルで2度もCD化されたので、
マニアならずとも耳にしている人は多いと思いますが、
デビュー作がこれまた極上の逸品で、びっくり。

いやあ、すごい。
この人、ボサ・ノーヴァ歌手なんかじゃなく、
超一級のサンバ・カンソーン歌手だったんですねえ。
デビュー作のタイトル曲が、サンバ・カンソーン名曲中の名曲、
ドローレス・ドゥランの‘A Noite Do Meu Bem’ というのにも、泣かされます。

驚くのは、曲によりさまざまに声を変えて歌えるという、表現力の高さ。
抜きんでた歌唱力の証明でもあるわけですけれど、
清楚なチャーミングさを溢れさせるかと思えば、妖艶な表情もみせ、
はたまた、ざっくばらんな下町娘ふうにもなるなど、さまざまなキャラを演じてみせます。

なかでも絶品なのが、繊細な歌い回しとダイナミックに歌い上げる両極を、
鮮やかに披露したヴィニシウス=ジョビン作の‘Eu Sei Que Vou Te Amar’。
この素晴らしい歌唱があったからこそ、
のちにあのヴィニシウス=ジョビン曲集の制作へとつながったんじゃないでしょうか。

マリア・クレウザが好きな人なら、シビれることうけあいの
サンバ・カンソーンの傑作盤です。

Elza Laranjeira "A NOITE DO MEU BEM" RGE/Discobertas DBSL102 (1960)
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知られざるサンバ・カンソーンの名歌手 エレーナ・ジ・リマ

Helena De Lima  A VOZ E O SORRIO DE HELENA DE LIMA.jpg

ブラジルのリイシュー専門レーベル、
ジスコベルタスの新作ニュースに心踊ったのは、ひさしぶり。
ここ数年ジスコベルタスのリイシューは、
守備範囲外のジョーヴェン・グアルダやブレーガ、ディスコものが続いていたので、
乏しい資金を散財せずにすんでいたんですけれども。

ところが今回は、往年のサンバ・カンソーン女性歌手という、
60歳以上男性客限定みたいなラインナップで、
まんまとターゲットになってしまいました。
エリゼッチ・カルドーゾの79年作『冬の季節』という、
往年のサンバ・ファンには懐かしい名作のCD化もあったりして、
日本盤を持っているサンバ・ファンなら、即買い必至でしょう。

エリゼッチのアルバムはサンバ・ファンならよくご存じと思うので、
日本ではまったく知られていない、エレーナ・ジ・リマを取り上げましょう。
今回CD化されたのは61年のRGE盤で、もちろんこれが初CD化ですけど、
そもそもエレーナ・ジ・リマを聴いている人って、日本に何人いるんでしょうね。

ブラジル音楽のディスク・ガイドで、その名を目にしたことはないし、
ぼくの記憶のある限りでは、40年前に中村とうようさんが
「中南米音楽」(「ラティーナ」の旧名です)に寄稿していた、
ブラジル音楽のレーベル別連載記事で触れていたのがあったくらいのもので、
ほかにエレーナ・ジ・リマについて書かれた記事なんて、見たことないもんなあ。

それくらい日本ではまったく知られていないサンバ・カンソーン歌手ですけれど、
エリゼッチやマイーザのような大物を聴いているのに、
エレーナ・ジ・リマを知らずにいるのは、もったいない。
アルト・ヴォイスの落ち着いた声で歌う人で、押し出しの強さはないものの、
その控えめな歌いぶりが、ツウを喜ばせるタイプといえます。

エレーナ・ジ・リマは26年リオ生まれ。22歳でリオのナイトクラブで歌い始めると、
瞬く間に大人気となり、50年代初めにはサン・パウロのナイトクラブに引き抜かれ、
成功を収めた歌手です。52年にコンチネンタルへ初録音し、
56年に出した初のレコード(10インチ)は、ぼくも持っています。

Helena De Lima.jpg   Helena De Lima  VALE A PENA OUVIR HELENA.jpg
Helena De Lima  UMA NOITE NO CANGACEIRO.jpg   Helena De Lima  É BREVE O TEMPO DAS ROSAS.jpg

この10インチは未CD化ですけれど、
エレーナ・ジ・リマのアルバムはけっこうCD化されていて、
これまで58年コンチネンタル盤、65年RGE盤、75年コパカバーナ盤が出ているんですよ。
特に65年のRGE盤はエレーナの代表作とされる名作で、
サンバ・カンソーンが好きなら、外せない作品でしょう。
CDが出てからだいぶ経つので、LPの方が簡単に見つかるかもしれませんね。

古いブラジル盤は、ボサ・ノーヴァの狂乱ブームが過ぎても、
高値安定してしまった感がありますけれど、
サンバ・カンソーンは客がつかないから、今でも手ごろな値段で買えるはずです。
古いサンバ・カンソーンが再評価されるなんてことは、
これからも、まあないでしょうね(タメ息)。

Helena De Lima "A VOZ E O SORRIO DE HELENA DE LIMA" RGE/Discobertas DBSL104 (1961)
[10インチ] Helena De Lima "DENTRO DA NOITE" Continental LPP38 (1956)
Helena De Lima "VALE A PENA OUVIR HELENA" Continental/Warner 5051011128028 (1958)
Helena De Lima "UMA NOITE NO CANGACEIRO" RGE 0496-2 (1965)
Helena De Lima "É BREVE O TEMPO DAS ROSAS" Copacabana/EMI 527305-2 (1975)
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おぢさん、恋をする H.E.R.

H.E.R..jpg

これが10代の歌声とは!
恋に疲れたやるせなさを表現できる、大人びたヴォーカル。
アンビエントなサウンドスケープを、ゆったりとたゆたうヴォイスに、息を呑みました。
一瞬たりとも声を張ることのない、柔らかで落ち着きのある声。
少女独特のキンと立つ声が苦手なぼくには、生理的にとてもなじむ女声です。

今年21となる新人女性R&Bシンガーが
16~17年にアナログと配信で出したEP3作をCD化した作品。
全21曲、収録時間72分を超すヴォリュームは、
少し前までのR&Bマナー(最近は40分程度に落ち着いてきましたね)ですけれど、
おなか一杯にならないのは、ヴォーカルの魅力ゆえ。

全曲ミディアム・スロー・ジャム。
90年代を思わすメロウなトラックが並びますけれど、
ヒット性のありそうな飛び抜けた曲がなく、
起伏の乏しい幻想的な曲調が並びます。
フックの利いたメロディもなければ、キャッチーなラインもないのに、
アルバム全体を通じて覆う、濃密な空気感に金縛りとなります。

甘美なサウンドの中でけだるく揺れる吐息めいたヴォーカルは、
ほのかな体温を伝え、時にいじらしいオンナ心を示したり、
また時につれなく歌ってみせたりと、その歌の表情は、
デリカシーの極致と呼びたくなります。
エモーショナルに歌っても、歌が強くならないのは、
感情表現が昇華しているからこそ。
その成熟した表現力に舌を巻きます。

そっと歌い出す‘Every Kind Of Way’ の歌い口に、もうクラクラ。
おぢさん、恋をしそうです。

H.E.R. "H.E.R." RCA 19075-93269-2 (2019)
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潮風のサンバ バルラヴェント

Barlavento.jpg

なんて爽やかなんでしょうか。
ジャケット写真そのままに、
バイーアの潮風を感じるサンバを、たっぷりと満喫できるアルバムです。

07年に結成されたというバイーア3人組、バルラヴェントの3作目。
ナザレー出身のサンビスタ、ロッキ・フェレイラをゲストに迎えた1曲目から、
バイーアらしさイッパイのサンバを繰り広げます。
シャラーンと高音を響かせるスティール弦のアクースティック・ギターの響きが、
潮の香りを運び、カンカン、コンコンと愛らしく鳴るアゴゴに頬が緩みます。

目の覚めるようなみずみずしいメロディを、3人はソフトに歌います。
ハーモニーを織り交ぜたコーラスは、伝統サンバをベースとしながら、
オーセンティック一辺倒ではない、MPBからのポップ・センスが発揮され、
とてもフレッシュです。

‘A Banda Que Samba’ のイントロで飛び出すトロンボーンのソリは、
まるでトロンバンガみたい。ヴァイオリンの使い方もシャレてますねえ。
こうした楽器の起用や扱い方に、
伝統サンバに軸足を置きながら、現代的なサウンドを生み出すセンスを感じます。

カンドンブレ由来のリズムを使ったアフロ・サンバをやっても、
ちっともディープな感触にならないのは、洗練された彼らの音楽性ゆえでしょう。
アコーディオンをフィーチャーしたシャメゴも、
のんびりとした田舎情緒を上手に演出しています。

こんなにほんわかした庶民的なサンバって、
今日びなかなか得難いんじゃないでしょうか。

Barlavento "QUEBRAMAR" MCK MCKPAC0231 (2018)
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ショラールあふるるブラジルのジャズ エドゥアルド・ベロニ

Eduardo Belloni.jpg

オーソドックスなジャズ・ギター・アルバム。
一言でいえばそれに尽きるんですけど、これがとびっきりの内容なんです。
3年前に出ていたサン・パウロの新進ギタリストのデビュー作で、気付いて良かったあ。
正統派のジャズ・ギターでこれほどの逸品、ありそうでなかなかありませんよ。
ギターのトーン、ソロ・ワーク、アンサンブル、楽曲、アレンジ、
すべてがハイ・レヴェルという、欠点の見当たらないアルバムです。

箱ものギター特有のクリアで柔らかなトーンに、まず、耳が反応します。
指板をすべるなめらかなソロは、柔肌を愛撫するジゴロの指先のよう。
都会の夜のムード溢れるメロウな楽曲を引き立てる、
歌心溢れるラインの組み立て方にも、ウナらされます。

泣けるメロディ満載で、インストなのがもったいないと思えるほど、
「歌」を感じさせるトラックが並びます。
メロディは甘すぎず、苦みも含んだメロウさが、実にセクシーなんです。
せつなさや、やるせなさもたっぷり混じった、
心の傷みを優しく包み込む楽曲にシビれます。
メカニカルなラインをテーマに持つ‘Cotopaxi’ ですら、
なんともいえない哀感が漂うんだから、この人の作曲能力の高さがわかりますね。

サウンドにブラジルのテイストはないものの、
これほどの歌心あふれる作曲能力は、やはりブラジルならでは。
フェリーピ・ヴィラス・ボアスに続く、要注目のギタリストです。

Eduardo Belloni "BACK TO THE BEGINNING" no label no number (2016)
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ポルト・アレグレの今 マルモータ

Marmota.jpg

うぉー、カッコいい。
ブラジルのジャズ、ホントに来てるなあ。大豊作であります。
今聴いていたのは、11年にポルト・アレグレで結成されたマルモータのセカンド作。
ルデーリをホウフツさせる、コンテンポラリー・ジャズのグループです。
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2017-09-24
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2018-09-13

ピアノ、ギター、ベース、ドラムスのカルテットで、編成こそルデーリと異なれど、
同じく新世代コンテンポラリー・ジャズのサウンド志向のグループです。
じっさい、メンバーが影響を受けたというミュージシャンに、
アーロン・パークス、ティグラン・ハマシャン、アリ・ホーニグのほか、、
シャイ・マエストロ、アヴィシャイ・コーエン、ギラッド・ヘクセルマンなど、
注目の集まるイスラエルの精鋭たちの名をあげるところからも、
彼らの音楽性は想像がつきますよね。

メロディに合わせてテンポが自在に動き、
変拍子を多用したリズム・アプローチは、まさしく現代ジャズのアイデンティティ。
ルデーリとの個性の違いといえば、マルモータの方がよりアンサンブルの中で
即興するスペースが広く取られていることでしょうか。

ルデーリのかっちりとしたアンサンブルに比べると、
ラフともえいる自由さが、マルモータの魅力でしょう。
特に、クライマックスで躍動的なドラミングを繰り広げる
ドラマーの熱量のあるプレイには、引きこまれます。

ドラマー以外の3人は、11年結成直前にバークリーで勉強していたという経歴も
ナットクの世界標準のジャズですね。
それにしても、ベロ・オリゾンチそしてポルト・アレグレと、
ブラジルの地方都市でジャズの新世代が育っているのに目を見張らされます。
ついこの前まで、ポルト・アレグレというと、
ガウーショ(牛追い)のイメージしかなかったんですけど、完全に時代錯誤ですね。

Marmota "A MARGEM" Audio Porto AP40001 (2017)
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ヘヴィーに変貌したトゥアレグ・ロック ケル・アスーフ

Kel Assouf  BLACK TENERE.jpg

おぅ! こういうサウンドを待ってたんだよ。
ニジェールのトゥアレグ人ギタリスト、アブバカル・アナナ・アルーナ率いる
多国籍ユニット、ケル・アスーフの新作。
過去2作からぐんと跳躍した、トゥアレグ・ロック・アルバムを作りあげてくれました。

前2作のサウンド・メイキングが、ロックを志向しているわりには、
どこか徹底できていないツメの甘さを感じて、気になっていたんですよね。
可愛らしい女性コーラスも、ロック・サウンドにはそぐわなかったし、ビートも軽めで、
もっと重量感のあるグルーヴが必要だよなと、不満が残っていたんです。

それが今作の変貌ぶりはどうですか!
3ペースのシンプルな編成となり、グッと重心が下がって、
ボトムの厚いサウンドになり、ヘヴィーなロック・サウンドに変わりました。
ドラマーの交替が大正解だったんじゃないですかね。
やるならこのくらい徹底しなくっちゃね、という胸がすく仕上がりに大満足です。

昨年アマール808で注目を浴びたチュニジア人プロデューサー、
ソフィアン・ベン・ユーセフが、前作に続いてプロデュースとアレンジをしているんですが、
今回グリッタービートへ移籍したことも功を奏したのか、
ソフィアンのアレンジの活躍ぶりがうかがえます。

まずベーシストの不在を、ソフィアンのキーボードが担っていること。
なんだかシンセ・ベースが活躍する最近のジャズみたい、
なんて連想も沸き起こりますけれど、それは関係ないにせよ、
ハモンドやモーグなどのヴィンテージな鍵盤使いが、
シンプルな編成の中で、ラウドなサウンドづくりに寄与していますね。
パワー・プレイのように聞こえるサウンドのなかで、
緻密に鍵盤の音を重ねていることがわかります。

ニジェールのトゥアレグ系ミュージシャンでトゥアレグ・ロックを聞かせるといえば、
ボンビーノが筆頭格でしたけれど、ケル・アスーフが良きライヴァルとなりそうですね。

Kel Assouf "BLACK TENERE" Glitterbeat GBCD068 (2019)
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抑えの美学 エイヨルフ・ダーレ・シーエン・ジャズオーケストラ

Scheen Jazzorkester Eyolf Dale.jpg

これまであまり関心を向けてこなかったジャズ・オーケストラの作品が、
がぜん面白く感じられるようになったのは、
ジャズが「アンサンブルの時代」を迎えた象徴でもあるんでしょうね。
マリア・シュナイダー・オーケストラに耳目を集めるようになってだいぶ経ちますけど、
最近では、このノルウェイのジャズ・オーケストラが気に入りました。

エイヨルフ・ダーレというピアニストが率いる、シーエン・ジャズオーケストラ。
シーエンとは、エイヨルフが住むノルウェー南部の都市で、
ノルウェイ国立音楽大学の准教授でもあるエイヨルフが、
大学のあるオスロまで通勤する退屈な時間を使って作曲したという作品です。
タイトルの『通勤者レポート』とは、そういうわけなんですね。

車窓に広がる冬の空模様が流れ行く様子を、
描写するかのような映像的なオープニングは、
シーエンからオスロへの電車からの眺めでしょうか。
イントロのクラシカルなピアノのタッチから、
北欧ジャズらしいサウンドが横溢しますけれど、
続く2曲目は、オリエンタルな旋律を細かく動かしていくアレンジで、
がらりと雰囲気が変わります。

オリエンタルなメロディばかりでなく、アコーディオンを起用するような音色の選択、
優雅なワルツを取り入れたリズム処理など、
エキゾティックに響く要素をあちこちに散りばめながら、
あくまでもスパイスにとどめた、抑制の利いた作編曲がすばらしいですね。

美しく整ったオーケストレーションで聞かせるクラシカルなトラックもあれば、
幾何学的なラインでアグレッシヴに攻めるトラックもあるという、
バランス感覚のある作曲と、抑えの利いた編曲が豊かな色彩感を生み出し、
音楽に風格をもたらしています。

Scheen Jazzorkester Eyolf Dale "COMMUTER REPORT" Losen LLOS204-2 (2018)
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カセ・マディとズマナ・テレタに捧ぐ バセク・クヤテ&ンゴニ・バ

Bassekou Kouyate & Ngoni Ba  MIRI.jpg

カセ・マディが亡くなった今、マンデ音楽の未来は、
この人の肩にかかっているんじゃないでしょうか。

07年に“SEGU BLUE” でデビューしたバセク・クヤテ率いるンゴニ・バは、
4台のンゴニでアンサンブルを組むという、それまでなかった斬新な編成で、
マンデの伝統音楽を見事に現代化してみせました。
あのデビュー作は、フレッシュなアンサンブルが奏でる重厚なサウンドと、
ロックから借用したリックを、ンゴニでさりげなく弾く耳新しさに、
めちゃカンゲキしたことを、いまでもよく覚えていますよ。

その後バセクは、トゥマニ・ジャバテやアビブ・コイテらと活動するかたわら、
アメリカのバンジョー・プレイヤー、ベラ・フレックとのセッションや、
「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」の本来の企画だった、
アフリカ音楽とキューバ音楽とのセッション『アフロキュービズム』へ参加するなど、
マンデ・ポップの可能性を拡張し続けています。
ポール・マッカートニーやデイモン・アルバーンとの共演で、
国際的にもその名を知られ、西アフリカ音楽を代表する音楽家の一人となりました。

グリッタービートから出した前作では、エレクトリク・ンゴニを前面に打ち出し、
ロック的なビート処理で現代的なサウンドにぐっと寄せた作品となっていましたが、
今回の新作は一転、原点回帰な作風となっています。
サウンドは生音中心で、アンプリファイド以外のエフェクト使用は感じられません。

一聴、「こなれたなあ」という満たされた思いにとらわれましたね。
キューバ音楽を取り入れたノスタルジックな味わいの‘Wele Cuba’も、
ンゴニ・バの音楽性にまったく違和感なく溶け込んでいます。
今回すごくいいのが、味わいを増したバセクの奥方、アミー・サッコの歌。
初々しくもあったデビュー作のフレッシュな歌声から、
徐々に渋みを増して、サビの利いた深みのある声になりましたねえ。
もちろんグリオらしい節回しは、天下一品です。

バセクのプレイでは、インストのタイトル曲で披露する、流麗なソロが聴きどころ。
望郷の念を抱かせるアイロニーに富んだ楽想とともに、グッときちゃいましたよ。
ここぞという場面で、速弾きを過不足なくプレイするところに、円熟を感じさせます。
また‘Wele Ni’ では、ボトルネックを使いンゴニをスライド奏法で弾くという、
これまた初のトライをしていて、ンゴニ奏者として
たゆみなく進化を続けていることがわかります。

デビュー作からゲスト起用され続けてきた、
故カセ・マディ、故ズマナ・テレタの大先輩両名に捧げられた本作、
個人的にはデビュー作と並ぶ愛聴盤となりそうです。

Bassekou Kouyate & Ngoni Ba "MIRI" Out Here OH032 (2018)
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影絵芝居の人形遣いとルークトゥン ノーンディアオ・スワンウェントーン

Nongdiaw Suwanwenthong  KAMRANGJAI HAI KHONSU VOL.3.jpg   Nongdiaw Suwanwenthong  LOM HAIJAI NAI ROONGPHAK.jpg

ルークトゥンというのは、やっぱりタイ演歌なんだなあと、
エル・スールの原田さんと一緒にYouTube を観ていて、感じ入ってしまいました。
ノーンディアオ・スワンウェントーンという、タイ南部の盲目の歌手なんですが、
その歌声の素晴らしさは、中央のルークトゥン歌手にないディープさがあります。
ディープといってもアクが強いわけではなく、むしろ歌い口はなめらかで、
底に秘めた激情が伝わる、力のある歌い手ですね。

この人のミュージック・ヴィデオではなく、
影絵芝居のナン・タルンの舞台裏を映したヴィデオに、
盲目の人形遣いが複数の人形を操りながら、何人もの登場人物のセリフを使い分け、
場面転換時にはストーリーの説明を吟唱するのがあるんですが、
どうもノーンディアオに、顔がそっくりなんですよね。
ひょっとしてこの人、ナン・タルンの人形遣いから、
歌手に転身した人なんじゃないかなあ。

ちなみに、ナン・タルンの人形遣いのことをナイ・ナンと呼びますが、
エル・スールのサイトのコメントに「影絵芝居 “ナインナン”」とあるのは、
人形遣いのナイ・ナンと影絵芝居のナン・タルンを勘違いしたものと思います。

タイの影絵芝居というと、
アユタヤ朝時代まで起源が遡る、タイ中部のナン・ヤイが有名です。
大きな人形がカンボジアの影絵芝居スバエクとそっくりなのは、
アユタヤ朝がクメール王国を征服した戦利品だったことのあらわれでしょう。
そうしたナン・ヤイとは、南部のナン・タルンは起源が異なり、
17~18世紀にジャワのワヤンの影響を受けて生み出されたものです。
ナン・ヤイの人形より小型で、手足が動くところもワヤンと同じです。

ナン・ヤイが貴族階級の知識人を対象としたのとは対照的に、
ナン・タルンは民衆が生み出した大衆芸能で、
宗教儀礼より娯楽色の強い演目が多いのが特徴です。
民主化運動が盛んになった70年代には、
政治色の強いナン・タルンも多く演じられたそうです。

伴奏の楽団も伝統楽器ばかりでなく、ギターやベース、ドラムスまで使われ、
タイ南部ではVCDがたくさん作られているのも、
庶民の間で息づく芸能の証明といえますね。

ノーンディアオのCDでも、ダブル・リードの縦笛ピーがフィーチャーされていて、
ナン・タルンの伴奏音楽をかろうじて連想させますけれど、
直接ナン・タルンを思わせる部分はありませんね。
サウンド・プロダクションは、ホーンやストリングスもたっぷり使った、
ローカル色のないタイ歌謡の標準スタイルといえます。
イサーン・ルークトゥンのように、
南部のローカルな味わいのルークトゥンがあってもいいのにねえ。
ナン・タルンの音楽を取り入れたルークトゥンも、聴いてみたくなります。

Nongdiaw Suwanwenthong "KAMRANGJAI HAI KHONSU VOL.3" Koy 54 (2011)
Nongdiaw Suwanwenthong "LOM HAIJAI NAI ROONGPHAK" Koy no number (2018)
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オルカディアン・フォーク・カルテット ファラ

Fara  TIMES FROM TIMES FALL.jpg

ハンナ・ラリティのデビュー作の記事にいただいたコメントで、
山岸伸一さんから教わった、スコットランド、オークニーの女性4人組ファラの新作。
フィドル3人とピアノというユニークな編成のグループで、今作が2作目。

オープニングのポルカ、ジグ、リールの三連メドレーから、もうエキサイティング。
キリリと立ち上る3台のフィドルの響きに、
後ろからピアノがゴンゴンと打楽器の如く押し出していく
若々しいプレイに、ワクワクしちゃいましたよ。
曲はすべて彼女たちのオリジナルですけれど、
どれもオークニーの伝統に沿っていて、知らずに聞けば、伝承曲としか思えませんね。

ソングの可憐なみずみずしさにも、目を見開かされます。
う~ん、若いって、ほんとにいいねえ。
コーラス・ハーモニーも音を重ねて厚みを作るのではなくて、ずらしてレイヤーしたりと、
さりげないんだけど、アレンジに繊細な工夫が施されているのがよくわかります。
ピアノもアクースティックばかりでなく、‘See It All’ ではエレクトリックを使い、
柔らかな音色使いで、心あたたまるサウンドを作り出していますね。

ラスト・トラックは、短編映画を観るかのようなドラマを感じさせるインスト演奏で、
アルバムの聴後感をとても豊かなものにしていて、満足度はもう100%。
作編曲のアイディア、音色の選択、リズム・センスと、
いずれも抜きん出た音楽性を持つこの4人組、すごい才能です。
前作の垢抜けないフォークぽいジャケット・デザインから、
一転ロック・バンドかとみまがうカッコいいジャケットになったのにも、
オルカディアン・フォーク・カルテットとしての気概を感じさせます。

Fara "TIMES FROM TIMES FALL" Fara FARA002 (2018)
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アンゴラのロス・コンパドレス ドン・カエターノ&ゼカ・サー

Dom Cateano & Zeca Sa.jpg

わお! ようやく手に入ったぞ、ドン・カエターノのアルバム。

ドン・カエターノは、アンゴラの内戦時代をサヴァイヴしたヴェテラン・センバ・シンガー。
数多くのバンドを渡り歩いた人ですけれど、もっともよく知られるのは、
アンゴラで初めてエレクトリック・ギターを導入した植民地時代のトップ・バンド、
ジョーヴェンス・ド・プレンダの81年再結成後のフロント・シンガーを務めたこと。
ブダの編集盤“ANGOLA 80s” にも、ジョーヴェンス・ド・プレンダをバックに歌った
86年のシングル曲‘Tia’ が収録されていたし、ジョーヴェンス・ド・プレンダの
ドイツの91年ライヴ盤でも歌っていましたね。

Angola 80  1978-1990.jpg   Os Jovens Do Prenda.jpg

40代に入り、ようやく97年にソロ・アルバム“ADÃO E EVA” を出し、
その後もアルバムを2枚出したんですけれど、入手困難でとうとう見つからず。
それだけに、このゼカ・サーとの共同名義の新作が届いたのは、嬉しかったなあ。

ドン・カエターノは、アンゴラ政府(MPLA)がキューバとソ連の支援を受けていた70年代、
政府後援の留学生として77年にキューバへ渡っています。
この時、留学生の音楽仲間だったアントニオ・メンデス・デ・カルヴァーリョとともに、
キューバの人気デュオ、ロス・コンパドレスにあやかったデュオ活動を始めたところ、
キューバのアンゴラ人学生コミュニティの間で人気が沸騰。
そこでさらにメンバーを増やしたコンボ・レヴォルシオンを結成し、
キューバで3年間活動します。

その後アンゴラへ帰国すると、ゼカ・サーとともに、
アンゴラ版ロス・コンパドレスを復活させ、
ドンがジョーヴェンス・ド・プレンダに招かれるまで、デュオ活動を続けたのでした。
コンビを組んだゼカ・サーは、ドンが16歳のときに結成したグループ、
セヴン・ボーイズのメンバーで、ドンにとって幼なじみのもっとも古い音楽仲間です。
『35周年メモリアル』という新作のタイトルどおり、35年ぶりに再会した作品なのですね。

ほとんどの曲が二人の共作で、おそらく当時の曲なのでしょう。
二人の曲ではない‘Un Larara’ は、
本家ロス・コンパドレスの‘Hay Un Run Run’ のカヴァーです。
二人の土臭い声がいいんだよあ。
野趣に富んだこの滋味深さは、ヴェテランにしか出せない味わいですよ。

グァラーチャ、ソンゴ、ボレーロといったキューバのスタイルに、
センバをミックスしたサウンドも、たまりません。
ディカンザが刻む軽快なリズムや、メレンゲでタンボーラが叩くのと同じ
ト・ト・ト・トというリズムにのせて奏でられるアコーディオンに、
センバらしさがよく表われています。
ほっこりとしたラテン調センバは、キゾンバとはまたセンスの違ったサウンドで、
得難い味があります。

Dom Caetano & Zeca Sá "MEMÓRIAS 35 ANOS" Xikote Produções no number (2018)
v.a. "ANGOLA 80’S 1978-1990" Buda Musique 82994-2
Orquestra Os Jovens Do Prenda "BERLIN FESTA!" Piranha PIR40-2 (1991)
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スーダニーズ・ファンク・バンドの名盤復活 ザ・スコーピオンズ&サリフ・アブ・バクル

The Scorpions & Saif Abu Bakr.jpg

ハビービ・ファンクは、ドイツのヒップホップ・レーベル、
ジャカルタのサブ・レーベルとして、15年にスタートした復刻専門レーベル。
アラブ/北アフリカの70年代レア・グルーヴをリイシューするという、
これまで誰も目を向けなかった秘境にスポットを当てています。

カタログには、モロッコのファンクやら、アルジェリアの電子音楽など、
好奇心をくすぐるタイトルが並んでいるんですけれど、
聴いてみると、どれもC級D級クラスの作品ばかりで、アテが外れます。
う~ん、もっと面白い音源があるような気はするんですけれどねえ。

「スーダンのジェイムズ・ブラウン」と称されるカマル・ケイラにも、がっかり。
曲にスーダンらしさはまるでなく、バンドの演奏もお粗末な限りで、
チューニングの甘いギターにイライラされっぱなし。
CD1枚聴き通すのは、相当苦痛でした。
やっぱダメだ、このレーベル、と見限ろうとしてたところ、
9作目にして、ようやくリイシューする価値ありの逸品が登場しましたよ。

それがスーダンのバンド、ザ・スコーピオンズ。
彼らが80年にゆいいつ残したレコード、クウェートのブザイドフォン盤を
ストレート・リイシューしたものです。
オークションで1000ドル超えして、マニアの間で話題となっていたレコードですね。
16年にブートレグLPがイタリアで作られましたけど(落札者の仕業?)、
今回は権利者とギャランティ契約も結んだ正規リイシュー。
じっさい音を聴いて、なるほどウワサにたがわぬ逸品だということがわかりました。

The Scorpions eBay.jpg

ムハンマド・ワルディやアブデル・カリム・エル・カブリのスーダン歌謡とは
世代の違いを感じさせる、ファンク・バンド・サウンドが痛快です。
それでいて楽曲は、5音音階のスーダン特有のメロディなんだから、
北米ソウルのヘタクソなコピーにすぎないカマル・ケイラとは、雲泥の差。
サリフ・アブ・バクルのヴォーカルもソウルフルだし、バンドのグルーヴも一級品です。

スコーピオンズは、ライナーの解説によると、
アメリカン・スクールに通っていたアル・タイブ・ラベーが、
ロックンロールに感化されて当時のスーダンとしては珍しいギターを始め、
トランペッターのアメル・ナセルとボンゴのアル・トムとともに始めたバンドとのこと。
ライナーには、60年結成という記述と、65年に3人で初セッションしたという記述が
混在していますけれど、いずれにせよ60年代に始まった学生バンドが、
洋楽ポップスに影響を受けた先達のシャーハベール・アフメドを範として成長し、
70年代に活躍したバンドなのですね。

バンド結成当初のスーダンでは楽器の輸入が難しく、ドラムスを手作りしたことや、
アメル・ナセルが、ルイ・アームストロングとの出会いによって、
クラリネットからトランペットへ持ち替え、猛練習の末に
スーダンのトップ・クラスのプレイヤーとなったことなど、
ライナーからは、当時のスーダンの若者の奮闘ぶりがうかがえます。

シャーハベールのバンドに対抗する演奏力をつけるため、
エチオピアのハイレ・セラシエ1世皇帝劇場オーケストラの
サックス奏者ゲタ・ショウアから、指南を受けたこともあるそうです。
やがて、シャーハベールのレパートリーのコピーで、
スコーピオンズが人気を得るようになると、
本家本元が怒って裁判沙汰となり、
コピー演奏を禁じられる判決が下るという事件も起きたのだとか。

その後アル・タイブ・ラベーは70年代にバンドを脱退し、
新たにヨルダン出身のオルガン奏者や
コンゴ民主共和国出身のベーシストを迎え、スーダン国内ばかりでなく、
レバノン、クウェート、チャド、ナイジェリアへもツアーをして名声を高めます。
なかでもクウェートとは、ラジオ出演や、
カジノと1年間の専属契約を結ぶなど関係が深く、
彼らのゆいいつのレコードが80年に残されたのですね。

The Scorpions & Saif Abu Bakr "JAZZ, JAZZ, JAZZ" Habibi Funk HABIBI009
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アンゴラ内戦時代のサヴァイヴァー ロベルチーニョ

Robertinho  YOSSO IXALA.jpg

アンゴラ独立後のクーデター事件によって粛清の犠牲となった、
ダヴィッド・ゼー、アルトゥール・ヌネス、ウルバーノ・デ・カストロの後進歌手として、
80年代の内戦の時代に活動していたロベルチーニョ。

その後、ソ連崩壊による冷戦終結によって、
アンゴラで敵対し合っていた二大勢力が包括和平協定に調印し、
91年にアンゴラに束の間の平和が訪れ、
ようやくロベルチーニョはソロ・デビューLP“JOANA” を出します。
さらに93年にはセカンドLP“SAMBA SAMBA” を出すも、
資源戦争へと様相を変えた戦闘がまたも勃発、
歌手活動を停止せざるを得なくなったといいます。

16年になって、23年ぶりにリリースされた3作目は、
90年に出した2作のレパートリーを再演したアルバムとなっています。
念願の復帰に奮い立ったのか、ヴェテランの歌声というよりは、
ハイ・トーン・ヴォイスのハツラツとした歌いっぷりが印象的で、
90年代のLPを聴いたことはありませんが、
それを凌ぐ出来になったんじゃないですかね。

Angola 80  1978-1990.jpg

ロベルチーニョは78年に初シングルを出していて、
自身最大のヒット曲となった88年の‘Sanguito’(ファンク・センバ!)は、
ブダの名編集盤“ANGOLA 80’S 1978-1990” でも聴くことができますけれど、
この時と歌声がぜんぜん変わっていません。

R&Bやヒップホップを通過した、新世代のキレのいいセンバとは違う
朴訥とした味わいこそ、内戦時代のサヴァイヴァーならではでしょう。
洗練ばかりが美点じゃないよ、と教えられるかのよう。

これで順調に現役復帰かと思いきや、なんとその後逮捕され、現在係争中。
なんでも新作をひっさげて、17年にブラジルへツアーをして帰国したところ、
ブラジルの空港で見知らぬ人物から預かった2つのスーツケースから
コカイン9キロが発見され、昨年5月に逮捕されてしまったんだとか。
本人は関与を否定していますが、9月に起訴され、
その後の報道がありません。どうなったんだろう。

Robertinho "YOSSO IXALA" Xikote Produções no number (2016)
V.A. "ANGOLA 80’S 1978-1990" Buda Musique 82994-2
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ゴキゲンななめの謎ジャケ フィエル・ディディ

Fiel Didi  NOSSA SENHORA DA MUXIMA.jpg   Fiel Didi  EM DEFESA DO SEMBA.jpg

うわははは、なんだこのブッちょうずら。
11年に“COISAS DE PAIXÃO” で遅咲きの歌手デビューを果たした、
アンゴラのセンバ・シンガー、フィエル・ディディの3作目。

13年の2作目“EM DEFESA DO SEMBA” を、
3年前のミュージック・マガジン誌に紹介記事を書いたものの、
その時は日本に入荷せず、今回ようやく新作と一緒に入荷したんですけれど、
その新作のジャケット写真の不機嫌なことといったら。
いったい撮影時に何があったんでしょうね。

中身の方は、そんなジャケ写を忘れる、明るい表情のセンバがたーっぷり。
この人のセンバは、哀愁味があまり表に出てこなくて、人懐っこいんですよ。
ここ数年、若手による新世代のセンバばかり聴いていた気がしますけど、
こういうオールド・スクールなセンバには、ほっこりしますねえ。

フィエル・ディディはもともと歌手ではなく、政治家だったという異色の人。
青少年スポーツ大臣やルアンダ州副知事などを歴任し、
その後ホテル経営や観光業を営む実業家へと転身したアンゴラ政財界の大物です。
ジャケット裏には湖畔のコテージみたいな建物が写っていますけど、
これもフィエルが経営しているホテルなのかな?
それにしてもヒドいピンボケ写真で、
ジャケットを制作したデザイナー、なんか悪意でもあったのか。

レパートリーは、アルトゥール・ヌネスやウルバーノ・デ・カストロなど、
70年代センバの曲が中心。タイトル曲も、ヴェテラン・シンガー・ソングライター、
エリアス・ディアー・キムエゾの曲です。
ディカンザ(スクレイパー)をシャカシャカと刻むリズムに、
アコーディオンの涼風のような響きが、オールド・センバの味をよく伝えていますよ。
サウンド・プロダクションもキゾンバのような洗練されたコンテンポラリーではなく、
ほどよいチープさを残しているところがいいんだなあ。
フィエルのざっくばらんとした、あけっぴろげな歌い方も、
実に庶民的というか、いい雰囲気で、聴いているだけで、しぜんに笑みがこぼれます。

Fiel Didi "NOSSA SENHORA DA MUXIMA" Xikote Produções no number (2018)
Fiel Didi "EM DEFESA DO SEMBA" Xikote Produções no number (2013)
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南ア・ディープ・ハウスの傑作 シミー

Simmy  TUGELA FAIRY.jpg

もう1人の南ア新人は、シミーことシンフィウェ・ンホラングレラ。
出身はムリンド・ザ・ヴォーカリストと同じクワズールー=ナタール州で、
より内陸部のツゲラ・フェリー。齢も24と、ムリンド・ザ・ヴォーカリストと1つ違い。
出身も年齢も近い2人ですけど、音楽性は違って、シミーの方はディープ・ハウスです。
クワイトが再び盛り上がってきたのにつられて、ハウスも盛り上がっているんでしょうか。
南アは、昔からハウスが人気ありますよね。

13年、クワズールー=ナタル大学で社会工学を学んでいたシミーは、
ハウス・プロデューサーのサン=エル・ミュージシャンと出会い、
共演を求められたといいます。
その時は学位取得を優先して断ったそうですが、卒業後にジョハネスバーグに向かい、
サン=エル・ミュージシャンのもとで活動してきたとのこと。
デビュー作もサン=エル・ミュージシャンのプロデュースで、
彼のレーベルからリリースされました。
「KARAOKE QUEEN」と胸に書かれたTシャツを着ている、
バック・インレイの写真には笑ってしまいました。

選び抜かれた鍵盤の音色、デリケイトにプログラミングされたビート、
身体がふわりと軽くなる浮遊感のあるサウンドは、ネオ・ソウルとも親和性があり、
重みのあるボトムのビートが、濃密な空間を生み出します。
シミーの歌いぶりは、ハウス・トラックのフィーチャリング・ヴォーカリストそのもの。
ヴォーカルが自己主張するのではなく、
サウンドやコーラスに自分のヴォイスを溶け合わせることに、心を砕いています。

ダンスフロア向けでない、リヴィング・ルームで聴くためのディープ・ハウス。
クワイトが盛り上がったゼロ年代前半に、南ア産ハウスもけっこう聴いたんですけれど、
これほどのクオリティのアルバムには出会えませんでした。
ビートメイクのセンスなんて、US/EU産ディープ・ハウスを凌いでるんじゃないですかね。

あと、終盤に1曲(‘Lashona Ilanga’)だけ、
南アらしいゴスペル・フィールなトラックがあるのは意外性満点で、聴きものです。
南ア・ディープ・ハウスの傑作、しばらく手放せそうにありません。

Simmy "TUGELA FAIRY" El World Music CDCOL8342 (2018)
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王道の南ア・ポップ新人 ムリンド・ザ・ヴォーカリスト

Mlindo The Vocalist  EMAKHAYA.jpg

南アから、男女若手2人それぞれのデビュー作が届きました。

まずはじめは、クワズールー=ナタール州南岸、ポート・シェプストーン出身という、
ムリンド・ザ・ヴォーカリストことリンドクレ・マジェデジ。
若干23歳の新人で、ヒット・メイカーのDJマフォリサにインターネットで見出され、
一躍ブレイクしたというアフロポップのシンガーです。

そのデビュー作から溢れ出す、
南アらしいオーセンティックな味わいをもった歌い口に、
グイグイ引き込まれてしまいました。
どっしりとしたスロー中心で迫り、ダンス・ナンバーのアップ曲はまったくなし。
じっくりと歌う落ち着いた歌いぶりにも、びっくりさせられました。

え? この人、まだ23歳なんだよね?と思わず確かめなくなるほど、
若さに似合わない、風格のある歌を歌える人で、
じわじわと聴く者の胸に、狂おしさを沁み込ませていくあたり、力量を感じさせます。
終盤の‘Lengoma’ を初めて聴いた時は、思わずもらい泣きしてしまったほど。
胸に沁みる、いい曲です。
歌詞はわかりませんが、鎮魂の祈りを強烈に感じさせる曲です。

「アパルトヘイト」を知らないポスト・アパルトヘイト世代の音楽家が増えるなか、
ムリンドは母親や叔父の体験を通して、アパルトヘイト時代の苦闘から
多くのインスピレーションを得ているというので、
そういう思いが、きっと歌に込められているんでしょう。
共演を願うアーティストとして、オリヴァー・ムトゥクジの名をあげるなんて、
嬉しい若者じゃないですか。そのコメントだけで、この人の音楽性ばかりでなく、
人間性が伝わってくるようです。

クワイトやヒップホップR&Bを消化したコンテンポラリー・サウンドは、
グローバル・ポップとして通用するハイ・クオリティなプロダクションが施されていて、
南ア・アフロポップの進化を実感させます。
アップデイトされた現代のプロダクションにのせて、
南アらしいメロディと歌い口で王道のポップスを歌うムリンド。
ザ・ヴォーカリストの芸名は伊達じゃありませんよ。

Mlindo The Vocalist "EMAKHAYA" Sony Music CDSAR019 (2018)
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セネガル文化再発見の旅 クンバ・ガウロ

Coumba Gawlo  TERROU WAAR.jpg

セネガルを代表する女性歌手、クンバ・ガウロの3年ぶりの新作。
昨年暮れの12月7日に、現地セネガルでCDとUSB(!)のフォーマットで
リリースされたんですが、これは力作ですねえ。
セネガルの多様な民族、各地方の文化遺産を掘り下げて歌うという企画に加え、
2月24日に予定されている大統領選挙に向け、
セネガル社会の団結と平和への願いを込めたアルバムとなっています。

こういう企画なら、元文化観光大臣のユッスー・ンドゥールこそやるべきじゃない?
と思うところですけれど、近年、ユニセフやUNDP(国連開発計画)など、
さまざまな国連機関の活動に積極的に参画してきた、クンバらしい仕事ともいえます。
ぼくがクンバの慈善活動に共感するのは、
2010年のハイチ地震の時、クンバがアフリカの音楽家で、
真っ先に支援の手を差し伸べたことを、よく覚えているからです。

2010年1月12日、ハイチの首都ポルトープランスを襲った地震によって、
大統領府や国会議事堂が倒壊し、死者31万6千人に及ぶ
未曾有の大災害となったことは、みなさんも覚えていますよね。
クンバはこの時、苦しむハイチの人々のために、
アフリカが何もコミットしようとしないことに苛立ちを覚え、
3月に“Africa for Haiti” の旗印をあげ、
プロジェクト・コーディネイターを引き受けました。

クンバは、ロクア・カンザにハイチ救援ソングの作曲を依頼し、
アフリカ中の音楽家に声をかけ
ウム・サンガレ、セクーバ・バンビーノ、パパ・ウェンバ、アルファ・ブロンディ、
ユッスー・ンドゥール、オマール・ペン、バーバ・マール、アイチャ・コネ、
イドリッサ・ジョップ、イスマエル・ローを集め、レコーディングを実現しました。
その後、大規模なチャリティ・コンサートをダカールで敢行しています。

この時にクンバが取った行動は、クインシー・ジョーンズとライオネル・リッチーによる
“We Are The World 25 Years for Haiti” のレコーディングよりも、
はるかに大きな意義のあるものと、ぼくの目には映りました。
クンバのプロジェクトは、日本ではニュースにすらなりませんでしたが、
クンバの志は、ぼくの胸にしかと刻みこまれたのですよ。

そんなぼくが信頼を置くクンバの新作のテーマは、「セネガル文化再発見の旅」。
セネガルを代表するスター歌手としての、
強烈な自覚があってこそ作り上げられた作品といえます。
クンバ出自のプールだけでなく、ウォロフ、セレール、バンバラ、ジョラなど、
セネガルのさまざまな民族に由来する曲を取り上げ、
曲中に特徴的なダンス・リズムを差し挟みながら、
セネガル音楽のカラフルな魅力を浮き彫りにしています。

ホーン・セクションやパーカッション・アンサンブルが炸裂する
ンバラ・マナーなトラックもあるものの、
コラ、ハラム、リティ、バラフォン、ウードをフィーチャーした、
セネガルの民俗色を打ち出したサウンドづくりが聴きものです。
もちろんプールの曲では、濁った音色とひび割れた響きが特徴のプールの笛が奏でられ、
グリオ育ちのクンバの歌声を、グッと引き立てていますよ。

作曲家、脚本家、詩人、画家と多方面に活躍し、17年に亡くなった父親の
レイ・バンバ・セックに捧げたレクイエムもあれば、
サッカーのアフリカ・カップのアンセムとなった、
高揚感溢れるハッピー・チューンもあり。
全曲生音・人力演奏のなか、ファーダ・フレディと共作したこの曲のみ、
打ち込み使いとなっていて、プロダクションはダーラ・J・ファミリーが担当し、
ボーナス・トラックとしてアルバム・ラストに収録されています。

アフリカのスター歌手という立場で、社会的な責任も引き受け、
それを担おうとする意気込みに、ぼくはクンバの人間性を感じてきましたけれど、
今回の新作ほどその姿勢をはっきり打ち出した作品はありません。
2年前に来日公演が計画されたものの、直前になって頓挫してしまいましたが、
ぜひ今年こそ実現してほしいものです。

Coumba Gawlo "TERROU WAAR" Sabar no number (2018)
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アフリカン・クロスオーヴァー・エキゾティカ オニパ

Onipa  OPEN MY EYES.jpg

エスニック雑貨屋なんかでよく売ってる、似非アフリカンな仮面。
アフリカ現地の土産物屋に並んでいるコピー商品なら、まだマシな方で、
インドネシアのバリ島あたりで作っているフェイクものをよく目にします。
アフリカの仮面もオセアニアの仮面も見分けがつかない人なら、
なんとも思わないんでしょうけれど、プリミティヴ・アートを愛する者には、
そのあまりなガラクタぶりに、目をそむけずにはおられません。

インチキな匂いがぷんぷん漂うジャケ画に、そんなことを思いながら、
まったく期待せずに聴いてみたんですが、あらららら。
意外にもオモロイどころか、ゴキゲンじゃないですか。
バッタもんの面白さを超越した、アフリカン・ダンス・ミュージックです。

コノノを思わすアンプリファイド・リケンベをフィーチャーした1曲目、
スークース・ギターが活躍するアフロ・ディスコの2曲目、
ヘヴィーなシンセ・ベースに、
コラやカルカベが絡み合うトラックをバックにラップする3曲目、
シャンガーン・エレクトロをパクった4曲目と、
アフリカのトライバルなダンス・ビートを縦横無尽にクロスオーヴァーするオニパは、
イギリス白人ギタリストとガーナ人シンガーのデュオ。

ギタリストのトム・エクセルは、サウンドウェイやトゥルー・ソーツなどのレーベルで、
プロデューサー兼エンジニアとして活躍してきた人で、
なるほどそういうキャリアの人なら、思いつきそうなアイディアですね。
そして歌っているのが、コンゴ人でもなけりゃ、
シャンガーンやツォンガでもないガーナ人で、
アカン語で歌っているっていうんだから、笑っちゃいます。フェイクやん!

アルバムはさきほどの4曲に、
ハウス、ガラージュ、エレクトロニカのリミックス・ヴァージョン3トラックを加えたもの。
クラブでかけたら大ウケしそうな、理屈抜きに楽しめるダンス・アルバムです。
レス・バクスター、マーティン・デニー、アーサー・ライマンのセンスで、
クラブ・ミュージックを通過させた
アフリカン・クロスオーヴァー・エキゾティカでしょうか。

Onipa "OPEN MY EYES" Wormfood MWF005 (2018)
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ルーツ・レゲエとDJとヒップホップ カバカ・ピラミッド

Kabaka Pyramid  KONTRABAND.jpg

う~ん、カッコいい。
このカッコよさがどこから来てるのか、ちゃんと知りたくなりますねえ。

スレンテンが流行したあたりからレゲエ離れしてしまって、はや30年以上。
ダンスホール・レゲエ以降のレゲエの歩みをぜんぜんわかっていない、
完全なるレゲエ門外漢なんであります。
ちょうど1年前、ジェシー・ロイヤルの初アルバムを聴いて、
ルーツ・レゲエのリヴァイヴァルを実感したわけでしたけれど、
カバカ・ピラミッドというこの人もまた、ラスタ・リヴァイヴァル・ムーヴメントの
アーティストのひとりなんだそうで、一聴してグッと胸をわしづかみにされました。

70年代レゲエのヴァイブを、そのまま引き継いでいるジェシー・ロイヤルとは
少し違った個性の持ち主で、そのスタイルにはダンスホール以降の要素が
ふんだんに取り入れられているのを感じます。
そうしたスキルをルーツ・レゲエのマナーでやっているという印象なんですけれど、
そこらあたりの魅力について、誰か詳しい人、ぼくにレクしてくれないかしらん。

DJの節回しを歌に取り入れた唱法が、むちゃくちゃカッコよく、
こういう唱法を、シングジェイというのだということも、今回初めて知りましたけれど、
こういうスタイルはヒップホップの影響なんでしょうか。
もともとヒップホップは、ジャマイカのDJカルチャーの影響下で生まれたものですけれど、
このシングジェイというスタイルは、ヒップホップ由来のニュアンスが強く、
ジャマイカのDJカルチャーが独自に発展したというより、
アメリカへ飛び火したヒップホップからのフィードバックのように感じます。
リディムもヒップホップのリズムだしねえ。

もともとラップに近いスタイルを持っていた伝統芸が、
ヒップホップからの影響を受けて、現代的にリフレッシュメントした例に、
セネガルのタスがありますけれど、ここで聞けるシングジェイにも、
それと同じものを感じるんですよね。

レゲエやヒップホップがユニバーサルな音楽となってすでに久しく、
世界各地のフォークロアと結びついて、新たな魅力を生み出す一方で、
オールド・スクールなスタイルに回帰して、またオリジナルとは違った
別の魅力も生み出しているんですね。
そんなことを感じさせられた、カバカ・ピラミッドのアルバムでした。

Kabaka Pyramid "KONTRABAND" Ghetto Youths International/Bebble Rock Music no number (2018)
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前進を続けるユーカンダンツ

Ukandanz  YEKETELALE.jpg

うお~ぅ、ユーカンダンツ、前進してるなあ。

エチオピア黄金時代のクラシックスを、
変拍子使いのラウドなオルタナ・ロックへ変貌させるという、
ドギモを抜くアイディアで、脳天をブン殴られたデビュー作。
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2012-12-27
その衝撃が冷めやらぬ間に来日もしてくれて、
その実力がホンモノであることを、しっかりと確かめられました。

ユーカンダンツの手柄は、黄金期のエチオピア歌謡をオルタナ・ロック化することで、
エチオピア音楽が持つ「臭み」を蘇らせたことにありました。
90年代以降のエチオピアン・ポップが、
フュージョン寄りのサウンドでコンテンポラリー化したことで、
「洗練」を獲得した代わりに、「エグ味」や「臭み」といった
エチオピア音楽唯一無比の個性を手放してしまったからです。

そこにユーカンダンツは、まったく異なるサウンド・アプローチで、
エチオピア歌謡が持っていた、独特の臭みを取り返したのです。
これ、案外気付いていない人が多いというか、
ユーカンダンツのハードコアなサウンドばかりに注目が集まりがちですけれど、
彼らの最大の功績は、
エチオピア歌謡のエグ味の奪還にあったと、ぼくは考えています。

その点で、前作はぼくには不満でした。
バンドのヘヴィーなサウンドに負けじと、
アスナケ・ゲブレイエスが無理に声を張り上げていたからです。
ああ、アスナケは何か勘違いしてるな、と思いました。

デビュー作では、バンドのサウンドがいくら鋭角に歌に切り込んでこようと、
アスナケは自分の唱法を変えずに歌ったからこそ、あの傑作が誕生しました。
シャウトなんかしなくたって、十分なパワフルなヴォーカリストなのに、
ロック・サウンドに無理に合わそうと唱法を変えたことで、
こぶしの妙味が失われてしまったのは、致命傷でした。
今作はそれに気づいたのか、アスナケは本来の唱法に戻って、
存分にメリスマを利かせて歌っています。そうそう、こうでなくっちゃあね。

そして今回は、シンセ・ベースとドラムスのメンバー・チェンジによって、
バンド・サウンドも変化しました。
ファンキーなブレイクなどを使い、ヒップホップのセンスも加味したサウンドとなって、
エレクトロ・ファンクなサウンドも随所にみせています。
ビート・ミュージックのようなセンスもうかがわせ、
前2作にはなかったサウンドが新鮮です。

レパートリーは、今回もテラフン・ゲセセ、マハムド・アハメド、ギルマ・ベイェネなど、
往年の名曲を題材に、思い切り現代化していて、エチオピア歌謡が持っていた芯を
アスナケの卓抜した歌唱力で、再解釈しています。
ラストのマハムド・アハメドが得意とした、グラゲのダンス・ナンバーもサイコーです!

Ukandanz "YEKETELALE" Buda Musique 860332 (2018)
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マリア・テレーザ・デ・ノローニャの全録音集

Maria Teresa De Noronha.jpg

すごいボックスが登場しました!
最愛なるファド歌手、マリア・テレーザ・デ・ノローニャの全録音集であります。
そうかあ、2018年はノローニャ生誕100周年だったんですねえ。

ファド歌手の最高峰といえば、文句なしにアマリア・ロドリゲスですけれど、
一番よく聴くファド歌手となると、
やっぱりぼくはマリア・テレーザ・デ・ノローニャですね。
なかでも、ポルトガルEMIが06年に出した4枚組はノローニャの決定版で、
どれだけ愛聴したことか。
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2009-11-27
すぐに廃盤となってしまったため、入手しそこねた方が多かったようですけれど、
そんなファンにとっては朗報でしょう。

世界的に有名になったアマリア・ロドリゲスと同世代のファド歌手ながら、
73年に引退してしまったがため、ポルトガル国外ではほとんど知られていないノローニャ。
新世代のファド歌手からファドを知り、昔のファドはアマリア・ロドリゲスしか知らない、
なんて若い人にこそ、ぜひ聴いてほしい人です。
今の時代には、ディープなアマリアより、
なめらかでナチュラルな味わいのノローニャの方が、きっとウケもいいはず。

CD6枚にDVD1枚と60ページのブックレットを収めたこのボックス、
未発表や初公開のレア・トラックも満載なんですが、
いわゆるマニア向けに作られていないところがミソ。
「コンプリート」ぎらいのぼくでも、手放しに絶賛できる内容になっています。

ぼくが「コンプリート」ものに関心がないのは、
凡演や駄演まで聞かされるのは、まっぴらだと思っているからですけれど、
ノローニャはコンプリートで聴いても満足できる、数少ない音楽家のひとりといえます。
それは、円熟期に引退してしまい、録音量がけっして多くないことに加え、
デビューから引退まで、ノローニャのみずみずしい歌いぶりは一貫していて、
録音も粒揃いだったことの証明でもあります。

さて、中身をみると、ディスク1~3がスタジオ録音。
59年にヴァレンティン・デ・カルヴァーリョと契約してからの録音を録音順にまとめ、
未発売のテスト録音3曲に続き、初EPから71年録音のラストLPまで収録しています。
そしてディスク3の最後に、ヴァレンティン・デ・カルヴァーリョと契約する以前の
SP録音16曲をクロノロジカルに収録。52年にメロディアへ録音した初SPの2曲に、
53年から55年にロウシノルから出たSP7枚分14曲が並びます。

ディスク4・5は、ラジオ録音。
ポルトガル放送局で隔週放送されたノローニャのファド番組は、
ノローニャがプロ・デビューした翌年の39年から始まり、
47年の結婚後の数年ブランクを除いて、
62年12月までロングランとなった人気番組でした。
ここに収録された音源は、熱烈なノローニャ・ファンが自宅のラジオの前にマイクを立てて
家庭用レコーダーに録音した、プライヴェート・コレクションから編集されたものです。

録音をしたのは当時まだ16歳だったという、ファド・コレクターのヌーノ・デ・シケイラ。
パット・ブーン、ポール・アンカ、プラターズと同様、
ノローニャのファドに夢中だったそうで、
60年から番組が終わる62年まで、自宅前を横切るバスの騒音に邪魔されながらも、
出来る限り録音を残したとのこと。
解説のブックレットには、
自分のコレクションがCD化されたことへの謝辞が載せられています。

そして、ディスク5の最後に収録されたボーナス・トラックが目玉。
こちらは国営放送局が残した公式記録で、
39年録音の2曲、46年録音の3曲、49年録音の1曲が収録されています。
こんな若い頃のノローニャの歌声を聞けるとは、思いもよりませんでした。
39年の2曲はノローニャの初録音で、まだ20歳ですよ!
声をぐぅーっと伸ばす張りきった歌いぶりが、ういういしく聞こえます。
この録音時の写真がブックレットに載せられているのも、注目です。

ディスク6は、これまた初めて耳にするライヴ録音で、
63年録音の5曲と70年録音の4曲を収録。
大衆的なファド・ハウスで活動したファディスタと違い、
若い頃からスペインやブラジルの社交界から招かれる貴族出身の歌手だった
ノローニャは、大勢の観客を前にしたコンサートのライヴ録音を残していて、
円熟期の歌いぶりを楽しむことができます。

そして注目のDVDは、往時の国営テレビ放送を収録したもので、
59年放映と67年放映の2つの番組を収録。
完璧なまでのヴォイス・コントロールで音の強弱をつけ、
上がり下がりの激しい古典ファドの難曲を、いともスムーズに歌ってのけます。
吐息混じりにひそやかに歌うデリケイトさは、悶絶もの。
映像でノローニャのエレガントな歌いぶりを観ながら聴くと、
あらためてエクスタシーに酔いしれますねえ。

伴奏を務めるラウール・ネリーのギターラの妙技にも、目を見張ります。
59年の番組中にインスト演奏があり、右手のフィンガリングが生み出す、
美しいサウンドには、ウナらされました。
ギターラ2台、ギター2台、低音ギター1台という珍しい編成の
67年の番組も見ものです。

つんどくだけで棚の肥やしになるボックスとは大違いの、
いつも手元に置いて、楽しめることうけあいのボックス。一生もんです!

[6CD+DVD] Maria Teresa De Noronha "INTEGRAL" Edições Valentim De Carvalho SPA0663-2
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母のわらべ唄 書生節

大正滑稽はやり唄 -書生節と小唄による風刺・モダン・生活-.jpg

♪ラメチャンタラ ギッチョンチョンで パイノパイノパイ
パリコト パナナで フライ フライ フライ♪

大正時代のコミック・ソング「東京節」を知ったのは、いつだったんだろう。
小学生の時、ザ・ドリフターズがカヴァーしているのを聞いて、
すぐ一緒に歌えたくらいだから、もっと幼い頃、たぶん母親が歌うのを聴いて、
覚えたんじゃないかと思うんですけれど。

ぼくの幼児期の音楽体験といえば、
もっぱら父親のラテン・レコード・コレクションでしたけれど、
そういう正統(?)な音楽体験じゃなくて、
母親が歌っていたわらべ唄とはいえない珍妙な歌が面白く、
何とはなしに覚えてしまったものが、いくつもあります。
それが書生節の「東京節」や、数え唄の「日露戦争」といった俗謡でした。

母は昭和6年、芝の愛宕町で板長の次女に生まれました。
女学生の時に東京大空襲に遭い、愛宕山の愛宕神社へ逃げ込んで、
命からがら助かったという戦争体験をした世代の人です。

子供の頃に聞かせてくれた母の俗謡は、母のリアルタイムの時代の唄ではなく、
明治生まれの祖母から習った唄が多く、
女の子のお手玉唄などが多かったように思います。
その歌詞が、西南の役だったり、日露戦争だったりと、
あまりにも時代がかった不思議なもので、それで妙に記憶に残ったんでしょうね。

街角のうた 書生節の世界.jpg

そんな記憶をまざまざと呼び覚まされたのが、
93年に出た『街角のうた 書生節の世界』です。
この時初めて母の歌の原曲を聴き、
タイムスリップするような感覚をおぼえましたけれど、そればかりでなく、
秋山楓谷・静代、鳥取春陽、神長瞭月の歌いっぷりは、めちゃくちゃ新鮮でした。
このCDはすごく愛聴したんですが、その後書生節を聴くチャンスは訪れず、
今回のCD復刻まで、26年も待たされてしまいました。

父が、戦中期のハワイアン・バンド、カルア・カマアイナスのメンバーとご学友という、
帝大生のおぼっちゃまくんだったのに対し、
母は、ひと筋違いにお妾横丁があるような庶民的な下町育ちだった好対照さが、
ぼくの音楽嗜好の両極を育ててくれたように思えてくるのでした。

v.a. 「大正滑稽はやり唄 -書生節と小唄による風刺・モダン・生活-」 ぐらもくらぶ G10043
v.a. 「街角のうた 書生節の世界」 大道楽 DAI005
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ストリート育ちのサンバの強度 アナイー・ローザ

Anaí Rosa  ATRACA GERALDO PEREIRA.jpg

サンバの現代的な再解釈といえば、
ロムロ・フローエスの前衛サンビスタぶりが筆頭格といえそうですけれど、
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2015-02-01
ジェラルド・ペレイラをカヴァーしたアナイー・ローザの新作も、
すごく面白いアルバムに仕上がりましたね。
昨年がジェラルド・ペレイラの生誕100周年だったのか。
これなら、ジェラルドも天国で喜んでいるんじゃないかな。

プロデュースは、ジルベルト・モンチとカカ・マシャード。
いい仕事しましたねえ。
酒と女とケンカに明け暮れ、ボヘミアン人生をまっとうした(?)、
ジェラルド・ペレイラのサンバに独特なファンキーさが、
アヴァンなセンスによって、現代的な意匠として見事蘇っています。

アナイー・ローザは、原曲のメロディを崩さず忠実に歌っていて、
プロダクションがあの手この手で演出しているんですよ。
シンコペイトするジェラルドのサンバは、
どんなにイジっても、ぜんぜん壊れないというか、
現代的なアレンジにも耐えうる強度を持っている証明ですね。
ジェラルドのサンバが持つファンキーな感覚を、
現代的なアレンジが浮き彫りにしています。

ロムロ・フローエスが前に出したネルソン・カヴァキーニョのカヴァー作は、
案外面白くなかったんですけれど、それはアレンジの問題じゃなくて、
原曲が持つ力の違いのように思えたんですけれど、
本作を聴いて、その考えは間違いじゃないと確信が持てましたね。

ネルソン・カヴァキーニョなどの深い抒情味を持つマンゲイラのサンバに、
アヴァンなアレンジを施すと、どうしても作為が前に出すぎて、
不自然になってしまうんですよ。
ところが、ジェラルド・ペレイラのようなノエール・ローザから受け継いだ
街角のボッサ感覚に富んだサンバには、
アヴァンなセンスを平気で受け容れてしまう度量が備わっています。
それはいわば、ストリートが育てたサンバの強度なんじゃないでしょうか。

コミュニティに育まれたサンバの抒情にはない、
ケンカと酒に明け暮れたマランドロ(やくざもの)の腕っぷしの強さのようなものが、
そのサンバにはある。そんなことを感じさせてくれるアルバムなのでした。

Anaí Rosa "ATRACA GERALDO PEREIRA" SESC CDSS0118/18 (2018)
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フレッシュな古典ショーロ トリオ・ジューリオ

Trio Júlio.jpg

現代的なインストルメンタルと一緒に、
こういうオーセンティックなショーロの良さを味わえるアルバムが届くというのが嬉しい。
7弦ギター、バンドリン、パンデイロを演奏する、ジューリオ3兄弟のデビュー作です。

リオ出身の3人はパンデイロのマグノが兄で、
7弦ギターのマルロンとバンドリンのマイコンが双子の弟だそうです。
レパートリーはすべてマルロンとマイコンのオリジナル。
ショーロ第1世代の代表的な音楽家アナクレット・ジ・メデイロスや、
ジャコー・ド・バンドリンにオマージュを捧げた曲があるなど、
その作風も古典的といえます。

デビュー作とはいえ、すでに音楽学校で先生もやっている彼らのプレイは、
実力十分、余裕のある演奏ぶりで、伝統的なショーロを聞かせてくれます。
曲により、カヴァキーニョやピアノのゲストも加わり、
アコーディオンとザブンバのゲストを招いたバイオーンや、
トランペット、トロンボーン、サックスの3管入りのフレーヴォもあるなど、
多彩な内容で、カラフルなアルバムとなっています。

アルバムのオープニングとラストがマシーシというのも、
このグループの音楽性を象徴しているようで、
特にラストのホーン・セクション入りで、
古典的なマーチング・サウンドを聞かせるマシーシは、
最近めったに演奏されることのないスタイルだけに、
おおっと前のめりになっちゃいました。

この曲にゲスト参加したオス・マトゥトスは、
3年前に話題となったイリニウ・ジ・アルメイダの曲集を演奏していた
メンバーが主要となっているグループ。
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2016-06-23
オフィクレイドのエヴェルソン・モラエスもいますよ。

ショーロの古典にまでさかのぼったオリジナルを、
フレッシュに聞かせるステキな3人組です。

Trio Júlio "MINHA FELICIDADE" no label no number (2017)
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