So-net無料ブログ作成
  • ブログをはじめる
  • ログイン

サウンの魅力 ゾー・ウィン・マウン

Zaw Win Maung.jpg

ミャンマーのサウン(竪琴)を中心とする小編成の室内楽演奏が、
夏バテした身体に、やさしく染みます。

暑さ疲れしたこの時期に聴きたくなる音楽というと、
ひと昔前まで、インドネシアのガムラン・ドゥグンやカチャピ・スリンが定番でしたけれど、
ミャンマーの古典音楽レーベル、イースタン・カントリー・プロダクションのカタログが
充実するようになってからは、インドネシアからミャンマーに移っちゃいましたね。
渋味の強い、ペロッグやスレンドロといったインドネシアの音階と違って、
ミャンマーの音感には苦みがなく、
どこか爽やかな花の香りがするメロディも、お気に入りの要素です。

59年マンダレーに生まれたゾー・ウィン・マウンは、
20世紀最高のサウン名人と呼ばれた
インレー・ミン・マウン(1937-2001)に14歳からサウンを学んだという音楽家。
アタックの強いピッキングと、ボキボキと角張ったリズム感は、
インレー師匠ゆずりといえそうですね。
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2016-01-15

サウンに限らず、コラやアルパ、アイリッシュ・ハープといったハープ属の弦楽器は、
指で弦を「はじく」楽器であって、指を滑らせてグリッサンドする楽器じゃないというのが、
昔から変わらないぼくの考え方。
突っかかるようなアタックの強いリズムが、弦さばきにスピード感を与え、
一音一音をシャープに立ち上らせるゾー・ウィン・マウンのプレイは、
この楽器の魅力を最大限に引き立てています。

サウンの伴奏を務めるのは、
太鼓、鈴、ウッド・ブロックといったリズム・キーパー役の打楽器で、
ゆいいつサウンに絡むのは、竹笛のパルウェーもしくはチャルメラのフネーのみ。
曲のテーマやメロディを、サウンとユニゾンで奏で、あたりの空気を浄化してくれます。
静謐な曲ばかりでなく、フネーが加わる曲では、
金属製の打楽器が打ち鳴らされて華やかなサウンドとなり、
室内楽的な演奏にありがちな、眠りに誘われる退屈さとは無縁です。

イースタン・カントリー・プロダクションのサウン演奏の作品というと、
レーベル第1号作品を飾ったライン・ウィン・マウンのアルバムが多数あるんですが、
流麗な弾き方でリズムの弱いライン・ウィン・マウンを、ぼくは買っていません。
以前ぼくがバトゥル・セク・クヤテのコラになぞらえたこともある、
インレー・ミン・マウンの野趣に富み、奔放な技巧を知る人にこそ、
ぜひ聴いてほしいサウンの名作です。

Zaw Win Maung "“THET-WAI” ON THE FLORAL BRIDGE" Eastern Country Production ECP-N23
コメント(0) 

ジャズ・サンバでリラクシン QAP

QAP  NA ESCUTA.jpg

もう1枚、ブラジルのジャズで、スゴいとかじゃなくて、
リラクシンなアルバムでお気に入りとなっているのが、こちら。

サンパウロの若手ギタリスト、アンドレ・ペローゾ率いるユニットのアルバムで、
ユニット名はカルテート・アンドレ・ペローゾの頭文字をとったもの。
トロンボーン、ベース、ドラムスという変則的なカルテットです。

ジャジーなジャズ・サンバを聞かせるグループで、
トロンボーンとギターという組み合わせが、ブラジルらしいというか、
ジャズ・サンバをやるのに、もってこいの相性といえます。
アンドレくんのギターは、オーソドックスなスタイルで、
ナイロン弦ギターでは、エリオ・デルミーロの影響もうかがえますね。

また、曲がいいんだな。全曲アンドレの作ですけれど、
メロディアスな曲揃いで、歌詞をつけて歌ものにしないともったいないくらい。
ジョアン・ドナートにオマージュを捧げた曲がありますけれど、
ドナートの作風にもつうじるものがありますね。
1曲サックスをゲストに迎え、ギターとのデュオ演奏するほかは
すべてカルテットによる演奏ですけれど、各曲すべて趣向が違っていて、
爽やかな後味を残します。

QAP "NA ESCUTA" no label no number (2018)
コメント(0) 

八面六臂の活躍 ガブリエル・グロッシ

Gabriel Grossi Quinteto  #EM MOVIMENTO.jpg

ブラジルのジャズ・ハーモニカ奏者、ガブリエル・グロッシの活躍がめざましいですね。
クロマチック・ハーモニカのプレーヤーでガブリエルが世界ナンバー・ワンなのは、
ぼくの欲目なんかじゃなく、衆目の一致するところになったんじゃないかな。
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2014-11-05

先日も、グロッシのハーモニカとトロンボーンをフロントに、
ピアノ、ベース、ドラムスによるキンテート編成のライヴが出たばかり。
そのライヴでは、大ヴェテランのトロンボーン奏者ラウル・ジ・ソウザに、
ガブリエルの大先輩であるハーモニカ奏者のマウリシオ・エイニョルンのほか、
エルメート・パスコアールがゲスト参加していたのに、驚かされました。

ガブリエルはエルメート・パスコアール関係のミュージシャンとの共演も多く、
ドラマーのパウロ・アルメイダ、ピアニストのグスターヴォ・ボンボナート、
サックス奏者ジョタ・ペなど、
エルメート・グループで活躍するミュージシャンのアルバムに、
必ずといっていいほど顔を出していますけれど、よもやエルメート御大みずから、
ガブリエルのライヴに登場するとは予期しませんでした。

それにしてもここ最近、にわかにエルメート・パスコアールづいているのは、
妙な気分だなあ。なんせ、エルメート・パスコアールといえば、
キューバのチューチョ・バルデースと並んで、
ぼくが受け付けられない二大音楽家なもんで。
このライヴではエルメートはメロディカを吹いていて、
そのプレイはどうってことないですけど、
ヴォーカル・パフォーマンスで観客を沸かせるギミックに、
きったねー声で相変わらずこんなことしてんのかと、シラけました。

Pedro De Alcântara convida Gabriel Grossi.jpg

そんなこともあって、ライブ盤を取り上げないままでいたら、
南部ヴィトーリア出身のピアニスト、ペドロ・ヂ・アルカンタラのアルバムに
フィーチャリングでガブリエルが客演したアルバムが極上で、
ここのところの愛聴盤となっています。
オープニングとラストがバイオーン、ほかにサンバのリズムも使ったトラックもあり、
ブラジルの現代的ジャズの力作の合間に、
こういうリラックスしたジャズ作品を聴くのも、いいものです。

Gabriel Grossi Quinteto "#EM MOVIMENTO - AO VIVO" Maximamo no number (2018)
Pedro De Alcântara convida Gabriel Grossi "SACI" Piano Produções Musicais no number (2018)
コメント(2) 

新時代YO-POP アデクンレ・ゴールド

Adekunle Gold  About 30.jpg

つい「アンドリュー・ゴールド」と言いまつがってしまう、
ナイジャ・ポップのニュー・スター、アデクンレ・ゴールド。
2年前に大ヒットを記録したデビュー作“GOLD” に続く新作は、
70年代西海岸ポップをホウフツとさせる爽快なポップ・アルバムで、
アンドリュー・ゴールドの言いまつがいも、まんざらでないかも。

オープニングから、ふくよかに弾むトーキング・ドラムのビートにのる、
抜けるような青空の広がるサウンドに、思わず眩暈をおぼえました。
スケール感のある、こんなに爽やかなメロディが、喧噪と渋滞にまみれた
レゴス出身の若者から生み出されるなんて、にわかに信じがたいほど。
こういう作風を持ったヨルバ人ソングライターが登場するとは、
想像だにしませんでしたねえ。

少年時代はサニー・アデやエベネザー・オベイに夢中で、
教会のジュニア・コーラス・グループに加わり、
15歳で初めて曲を書いたというアデクンレ。
そんな経歴を表わすように、アデクンレが書く曲には、
ヨルバの古謡やジュジュ、ハイライフの影響あらたかなメロディがふんだんで、
クラシックなハイライフの薫り高い‘Mama’には、オールド・ファンも頬がゆるむはず。

ジュジュから受け継いだ軽妙な歌い口も魅力なら、
歌詞は英語でも、コーラスがヨルバ語で歌われる楽曲、
そこかしこにフィーチャーされるトーキング・ドラムなどなど、
サウンドのはしはしにヨルバ色が色濃くにじみます。

とはいえ、このアルバムでまずハートをつかまれるのは、サウンドのフレッシュさでしょう。
マリブのビーチやサンセット・ブルヴァードといった西海岸イメージが浮かぶ、
アーバナイズしたシティ・ポップ・センスのサウンドスケープには、誰もが魅せられるはず。
甘酢っぱい若さに溢れた音楽には、ヒップホップやグライムの影はなく、
近年のナイジャ・ポップで盛り上がるアフロビーツとは、
一線を画したサウンドになっています。

ヌケのいいサウンドと、軽やかなリズムの心地よさは、
今年初めにホレこんだシミと、テイストがよく似てますね。
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2018-02-07
そういえば、シミのアルバムにもアデクンレがゲスト参加していたし、
このアルバムでもクレジットはないものの、‘Pablo Alakori’には、
シミの声がはっきりと聴きとれますよ。
なんでも二人は恋仲だそうで、ロンドンで5月に本作のお披露目コンサートを行った時にも、
ステージにシミが登場して、アデクンレと一緒に歌ったそうです。

異色のトラックは、シェウン・クティをゲストに迎えたアフロビートの‘Mr. Foolish’。
これまたクレジットはありませんが、分厚いホーン・アンサンブルやトラップ・ドラム、
パーカッションなどには、エジプト80のメンバーが参加してるんじゃないでしょうか。
こういう曲も入ることによって、アルバムがピリッと締まります。

アデクンレは自身の音楽を「アーバン・ハイライフ」と称しているようですけれど、
ぼくは、新時代YO-POP(「ヨルバ・ポップ」の意)と呼びたいなあ。
ヨー=ポップは、ジュジュ・シンガーのセグン・アデワレが
80年代に打ち出したスタイルだったんですが、当時のジュジュ・シーンでは、
ほとんど広まらずに消えてしまいました。
今のナイジャ・ポップの中で、アデンクレのスタイルこそ、
ヨー=ポップの名にふさわしいものはないと思います。

Adekunle Gold "ABOUT 30" Afro Urban no number (2018)
コメント(0) 

王道トランペットと現代的ビートの快楽 ルビーニョ・アントゥネス

Rubinho Antunes.jpg

待ってましたっ! ルデーリの新作ならぬルビーニョ・アントゥネスの新作。
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2017-09-24
思わずルデーリと口走ったのは、ピアノがフィリップ・バーデン・パウエルから、
ファビオ・レアンドロに交替しただけで、
主役のトランペットとリズム・セクションの二人は同じだからです。
しかもギターには、ルデーリの昨年の新作にゲスト参加していた
ヴィニシウス・ゴメスが加わってるんだから、こりゃ、裏ルデーリですね。

本作もルデーリ同様、ブラジル色皆無の現代的なジャズで、
細かくリズムを割っていくダニエル・ジ・パウラのドラムスのキモチよさが、
なんといっても一番の快感なんですよ。

ルビーニョ・アントゥネスのトランペットは、派手さのない堅実なプレイが特徴。
‘Indi’のように、シャープなトーンで攻めているトラックもあるものの、
基本ふくよかな太めの音色の落ち着いたトーンで、
歌ごころのあるプレイを持ち味としています。

おやっと思ったのは、スキャット・ヴォーカルで1曲ゲスト参加したカミーユ・ベルトー。
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2018-05-26
なるほど両者の音楽性には通じるものがあり、
グローバル時代はさまざまな才能が、たやすく国境を越えて繋がっていくのを実感します。
ルビーニョは11年から14年までフランスに暮らしていたのだそうで、
フランスのジャズ・シーンで注目を集める、レバノン出身のイブラヒム・マーロフとも
共振するものがありそうですね。

ルビーニョは、エルメート・パスコアールのビッグ・バンドやバンダ・マンチケイラ、
サンパウロのシンフォニック・ジャズ・オーケストラ、マリア・シュナイダーなど、
オーケストラとの共演歴も多く、そうしたキャリアが
正統的ともいえる王道のトランペット吹奏に表われているのを感じます。

Rubinho Antunes "EXPEDIÇÕES" Blaxtream BXT0017 (2018)
コメント(2) 

ブラジリアン・ジャズの万華鏡 イチベレ・ズヴァルギ

Itiberê Zwarg & Grupo.jpg

ブラジルのジャズ、大豊作です。
2018年の決定打といえそうな、スゴい新作が出ましたよ。

エルメート・パスコアール・バンドのベーシストという、イチベレ・ズヴァルギのアルバム。
エルメート・パスコアールをずっと遠ざけてきたので、
ぼくは初めて知る人ですけれど、
77年からエルメートのグループに在籍し、ベーシストとしてだけでなく、
作編曲家としても活躍してきたというのだから、
エルメートの重鎮ブレーンといえる人なんでしょう。

ハッタリの強いエルメートの音楽のうさんくささとは大違いの、
高度なオーケストレーション・スキルを持った才人です。
エルメート自身がやれば、プリテンシャスの塊みたいになる音楽も、
門下生たちがやると、これほど芳醇な音楽に変貌するのかと目を見開かされました。
エルメートのバンド・メンバーは、逸材揃いですね。

なによりも驚かされたのが、そのコンポジションとアレンジ。
複雑なキメと変拍子を多用した難易度の高いコンポジションと、
随所に不協和音のセクショナル・ハーモニーを織り交ぜながら、
アヴァンギャルドに逸脱することなく、コンテンポラリーに着地するアレンジが絶妙です。
曲によって3管から8管まで使い、鍵盤、ギター、リズム隊という編成で、
近年のラージ・アンサンブルに通じる快楽を味わえますよ。

くるくると変わっていく場面展開は、「めくるめく」という表現がぴったりで、
スリリングなフレーズを縦横無尽に編み込んだ編曲は、まさに音楽の万華鏡ですね。
リズムもノルデスチ・ジャズと呼びたくなるほど、
バイオーン、ショッチ、マラカトゥなど多彩なノルデスチの伝統リズムを取り入れています。
イチベレはサン・パウロ生まれのパウリスタなので、
ノルデスチのリズム応用は、エルメートの影響なんでしょうが、その咀嚼ぶりは見事です。
そのリズムも曲中でどんどん変化し、
高速サンバへと滑るように移り変わるなど、妖怪変化の楽しさ。

高度な音楽性を卓越したユーモアにくるみ、
伸びやかに聞かせる演奏の表情が、すばらしく魅力的じゃないですか。
ちっとも難解じゃないし、スノビズムなんてものとも無縁。
歓喜に溢れた、まさに音楽の遊園地ですよ。

イチベレ自身のスキャットや、メンバーのヴォイス・パフォーマンスの即興が妙に生々しく、
滑らかで流麗な旋律が展開するアレンジに、
生臭いアクセントを付けているところも、この音楽に体温を与えていて、嬉しくなります。

Itiberê Zwarg & Grupo "INTUITIVO" SESC CDSS0110/18 (2018)
コメント(0) 

ゼネストでグウォ・カ アキヨ

Akiyo  40 ANOS G.A.M.E.jpg   Akiyo  MASTODONT.jpg

グアドループのカーニヴァル・グループ、アキヨの新作は、
結成40周年を記念する3枚組超大作。
夜のメイン・ストリートをパレードする写真をジャケットにあしらった前作が、
収録時間わずか36分と、少々物足りなかっただけに、
今回の全40曲、総収録時間199分という圧巻のヴォリュームには大満足です。

アキヨといえば忘れられないのが、09年にグアドループ島で勃発したゼネストです。
フランス本土の1.6倍以上という物価高に怒りを爆発させた市民1万人が、
08年12月16日、生活状況の改善を掲げてポワンタ・ピートル市の街頭をデモし、
このデモをきっかけに、49の労働組合や政党、社会・文化団体が結集し、
LKP(過剰搾取反対連合)が結成されました。
このときLKPに参加した団体の一つが、アキヨだったのです。

アキヨは、カーニヴァルに参加する単なる音楽グループではなく、
ブラジル、サルヴァドールのオロドゥンにも匹敵する文化団体であることを、
この時あらためて再認識させられたものでした。

グアドループで独立運動が高まった78年に結成されたアキヨは、
反植民地主義・反戦・反核を掲げる、
急進的な文化抵抗運動のグループだったんですね。
80年代にはカリブ革命同盟が爆弾闘争を繰り広げ、独立運動が激化しますが、
アキヨを設立した主要メンバーで画家でもあるジョエル・ナンキンは、
破壊活動の罪で83年から89年の間、投獄されています。
ナンキンがシャバに出て、アキヨのデビュー作がリリースされたのは、93年のこと。
アキヨ結成から、じつに15年もの歳月が流れていました。
現在、ジョエル・ナンキンはアキヨを脱退していますけれど、
95年の第2作“DÉKATMAN” のジャケットで、
ナンキンのグラフィックが飾られていましたね。

Akiyo  DÉKATMAN.jpg

さて、09年のゼネストの話題に戻ると、
LKPは賃上げや生活必需品の値下げなど165の要求項目を綱領に掲げ、
1月20日からグアドループ全島で無期限のゼネストに突入、公共サービスはもちろん、
商店、学校、ガソリンスタンドなど、すべての経済活動が停止しました。
奇しくも1月20日はオバーマがアメリカ大統領に就任した日であり、
フランス海外県の出来事は、国際的な関心を呼ぶことはありませんでした。

グアドループのゼネストはその後も収まることなく、
ついに2月5日にはマルチニークやインド洋のレユニオン島へも飛び火し、
2月17日には暴徒化したデモ隊が商店を襲撃し、車を放火して、死者1名を出します。

こうしたゼネストのさなか、
LKPの主要団体である労働組合UGTGのエリ・ドモタ代表と、
県知事や経営者団体の代表らが団体交渉を行っていたビルを、
アキヨの何十人ものメンバーが取り囲み、
太鼓を打ち鳴らし、夜通しグウォ・カを演奏したそうです。

ゼネストは6週間もの長期間に及び、
グアドループのLKPならびにマルチニークの団交組織
<2月5日集団>の要求はほぼ全面的に受け入れられ、
同意書に双方が署名した3月4日、クレオールの太鼓とリズムにのった社会運動は、
労働者側の全面勝利を収めたのでした。

しかし、これがいっときの勝利であったことは、忘れてはいけないでしょう。
植民地時代を引きずる社会構造に、本質的なメスは入れられず、
抜本的な改革への道筋すら、いまだつけられていません。
かつてマラヴォワのメンバーに、公務員が多いのを奇妙に思ったものでしたけれど、
これはフランス政府の海外県に対する温情主義政策により、
本土の1.4倍の公務員給与が支払われ、
労働者3人に1人が公務員といういびつな就業構造を示していた実例だったんですね。
20代の失業率が50%を超す雇用状況も、依然として改善されないままです。

ともあれ、ゼネストの勝利が、アキヨの活動を勢いづけたことは確かでした。
40周年記念作は、グアドループのカーニヴァルとグウォ・カの再生を通して、
クレオール文化を発展させてきたアキヨの歴史を体現しています。
多様な伝統リズムにのせた、
現代的なアレンジのパーカッション・ミュージックは、聴きどころ満載。
通奏低音のように鳴り響くチャントをバックに、
野太い声が筋肉隆々のヴォーカルを聞かせる‘Krak-la’には胸を打たれました。

Akiyo "40 ANOS G.A.M.E" Mouvman Kiltirel Akiyo MKA008 (2018)
Akiyo "MASTODONT" Mouvman Kiltirel Akiyo MKA007 (2013)
Akiyo "DÉKATMAN" Déclic Communication 50491-2 (1995)
コメント(0) 

ロック・ステディの雑多な歌謡性 フィリス・ディロン

Phyllis Dillon  ONE LIFE TO LIVE.jpg

うわぉ、懐かしいですね。
ロック・ステディ時代に人気を博した、フィリス・ディロンの名盤が再CD化されましたよ。
とうの昔にCD化されていた名作ですけれど、
今回のCD化はオリジナルのトレジャー・アイル盤のジャケット・デザインを踏襲し、
当時のシングルから16曲を追加するという、
まさにフィリス・ディロンの決定盤といえるもの。

ジャケット写真の容貌こそ、
ジャマイカン・ソウル・クイーンといった風格を感じさせるフィリスですけれど、
その声は少女のようなキュートさで、ソウルフルというタイプではありませんね。
彼女がロック・ステディの代表的なシンガーとなったのも、
そんなキューティーな魅力が、歌謡性の強いロック・ステディという音楽と、
ベスト・マッチだったからでしょう。

ドン・ドラモンドの殺人事件を契機に、スカがジャマイカ音楽のシーンから忽然と消え、
66年を境にロック・ステディへと移ろっていったのは、
「ダンス音楽から歌ものへ」という変化を意味していたように、ぼくには思えます。
そしてロック・ステディの歌謡性は、その後初期レゲエがうまく回収できたからこそ、
ロック・ステディの流行はわずか3年という短い期間で終った、
という理解もできるように思うんですけれど、いかがでしょう。

フィリス・ディロンがロック・ステディの歌謡性をいかに体現していたかは、
彼女が取り上げたカヴァー曲を見るだけでも、まるわかりです。
ビートルズの‘Something’、バカラックの‘Close To You’ という王道ポップスに、
シュレルズの‘A Thing Of The Past’ などのアメリカのR&B、
スティーヴン・スティルスの‘Love The One You're With’ や
マーリナ・ショウの‘Woman Of The Ghetto’ といった、
ロック、ジャズの同時代ヒット曲、さらには‘Perfedia’ なんて、
古~いポップスまで歌っていたんですからねえ。

‘Perfedia’ は、グレン・ミラーやザビア・クガードといった楽団や、
ナット・キング・コール、ジュリー・ロンドンなど大勢の歌手がカヴァーしてきた
メキシコの作曲家アルベルト・ドミンゲスが作曲した名曲ですけれど、
フィリスのロック・ステディ・カヴァーは、
この曲の秀逸なヴァージョンとなりました。

‘We Belong Together’ のようなせつないメロディなど、
フィリスの甘い乙女ヴォーカルにもろハマリだし、
彼女自身のオリジナル曲‘Don't Stay Away’ は、
ロック・ステディ永遠の名曲ですね。

幅広な選曲の中には、フィリスに明らかに向いていない曲もあり、
マーリナ・ショウの‘Woman Of The Ghetto’ など、
頑張って歌ってはいるものの、彼女のカワイイ声質では、
迫力不足となるのもしかたありません。

そんな相性の良し悪しは、曲によりあるにせよ、
ロック・ステディという音楽が持つ雑多な歌謡性の中で、
フィリスがさまざまな表情を見せるところが、このCDの最大の聴きどころといえますね。
のちのレゲエの時代になると、
こうした雑味がきれいさっぱりとなくなってしまうから、なおさらです。

音楽面では、ボブ・マーリーのカヴァー‘Nice Time’ を
カリプソにアレンジしているところが、なんといっても最大の注目の的。
ジャマイカン・カリプソのメントではなく、
本格的なトリニダッド流儀のジャップ・アップ・スタイルのカリプソなのだから、
嬉しいじゃないですか。
トレジャー・アイルのハウス・バンド、
トミー・マクックとスーパーソニックスの演奏もパーフェクトな、
ジャマイカ音楽がもっとも歌謡に振り切れた時代の傑作です。

Phyllis Dillon "ONE LIFE TO LIVE" Doctor Bird DBCD021
コメント(5) 

カソンケのマンデ・ポップ ジェネバ&フスコ

Djeneba & Fousco  KAYEBA KHASSO.jpg

マリ西部、カソンケ人グリオ夫婦のデビュー作です。

『カソ地方カイから』というタイトルにあるカソ地方とは、
17~19世紀にカイを中心に栄えたカソ王国の勢力範囲を指していて、
カソ王国は、現在のセネガルに及ぶ広範囲な地域を治めていました。

今ではカイやカソ地方というと、マリの西のはずれというイメージがありますけれど、
1880年にフランスが西アフリカに進出して植民地政府を築いた時には、
内陸部進出の拠点としてカイに首都が置かれ、
ダカール・ニジェール鉄道の建設が進められた中心地だったんですね。

植民地政府からフランス領スーダンと改称した後も、
カイはフランス領スーダンの首都であり続け、
バマコへは1904年になって遷都されたのでした。
カイという地名が、ソニンケ語で「雨季に水没する低湿地」を意味する語に
由来するとおり、セネガル川増水期には、カイまで船舶が航行できる
交通の要衝だったのです。

セネガルとモーリタニアの国境に近いカソ地方トゥコト生まれの夫ジェネバと、
カイ生まれの妻フスコは、12年に結婚したグリオの夫婦で、
フスコは、マリ帝国を築いた伝説の王スンジャタ・ケイタに仕えた最初のグリオ、
バラ・ファセケ・クヤテの直系子孫というのだから、たいへんです。

いきなりグリオの強力なヴォーカルが飛び出すかと思いきや、
冒頭の‘Regrets’ は寂寥感漂う穏やかなマンデ・フォーキーで、
ちょっとはぐらかされた気分。

続くレゲエ・アレンジの‘Kono’ は、ブリッジでリズムがチェンジして、
マンデらしいスローのメロディになるという面白い構成の曲で、
ここでも二人は、けっして声を張り上げたりはしません。
それでも、やはりグリオだなあとウナらされるのが、芯のある声。
大向こうな歌い方などけっしてしていないのに、
きりっとした押し出しの強い声が要所要所で響くのは、さすがです。

序盤は抑えた歌唱を聞かせるものの、
伝統曲が続く中盤あたりから徐々にギアを上げていき、
5曲目の‘Miniamba’ で、フスコがこれぞグリオの吟唱といえる歌声を聞かせ、
続く‘Djeliyaba’ では、ジェネバも本領を発揮した歌いぶりを聞かせます。

バックの演奏では、ヤクバ・コネのエレクトリック・ギターが断然光ります。
熱帯の夜を切り裂くような硬い音色に、胸が熱くなりましたよ。
アクースティックな音づくりが主流となって、
久しくこうしたエレクトリック・ギターが聞かれなくなっていたので、
70年代を思わすギター・サウンドに、思わず頬が緩みました。
マンディング・ギターらしいフレージングも、嬉しいですねえ。

ほかには、フランス人チェロ奏者の起用が話題になりそうですけれど、
それよりぼくが耳をそばだてられたのは、カソンケらしいパーカッションの起用。
クレジットには書かれていませんけれど、ドゥンドゥンゴやタマが聞こえてくるのは、
カソンケの音楽ならではですね。

特にカソンケ・ドゥンドゥンと呼ばれるドゥンドゥンゴは、
カソンケを象徴するパーカッション。
タマはセネガルのンバラでよく知られるトーキング・ドラムですけれど、
カソンケでもよく使われるのは、アビブ・コイテで知られている通りです。
ドゥンドゥンゴやタマは、同じマンデ・ポップでも
マリンケやバンバラでは使われることがないので、
カソンケのマンデ・ポップをアイデンティファイしているといえます。

Djeneba & Fousco "KAYEBA KHASSO" 438 Produtions 762602 (2017)
コメント(0) 

コンテンポラリーR&B+ザディコ コリー・ブルッサード

Koray Broussard & Zydeco Unit.jpg

プリミティヴでハードエッジなケイジャン・ミュージックから急転直下、
今度はえらくナンパで、スタイリッシュなザディコであります。
耳ざわりのいいスムースなザディコなんてと、いつもなら背を向けるところなんですけど、
これは後を引くというか、また聴き返したくなって、繰り返し聴くうちに、
すっかりお気に入りになってしまいました。

ロウテル・プレイボーイズを率いた
伝説のザディコ・プレイヤー、デルトン・ブラザーズの孫で、
以前『クレオールの帰還』というアルバムを取り上げたこともある
ジェフリ-・ブルッサードを叔父に持つ、コリー・ブルッサード。
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2011-05-15
やっぱり名門ブルッサード家の出身は、ダテじゃないんですねえ。

コリーのヴォーカルは線が細く、へなちょこと思えるほどなのに、
そんな弱点を補ってあまりあるのが、ソングライティングの魅力。
ありていにいえば、コンテンポラリーR&Bの影響大なメロディ・センスと
リフ作りのうまさということに尽きるんですけど、そのセンスは飛び抜けています。
王道のザディコでありつつ、こんなに洗練されたタッチの構成を持った楽曲は、
これまでのザディコにはなかったですよねえ。
コーラスのハーモニーは、まるでコンテンポラリーR&Bです。

ザディコの伝統音楽としての本質をきっちりと押さえながら、
一方で若い世代らしく、ごく自然に親しんできたR&Bを、
無理なく溶け込ませているところが実に自然体で、
取ってつけたふうじゃないんですね。
スムースでポップなザディコが素直に楽しめる秘訣も、そこにありそうです。

ジェフリーのドロドロのダウンホームなザディコも格別ですけれど、
コリーの洗練されたポップ風味も、いかにもイマドキらしくて、
まぎれもないザディコのアコーディオンのサウンドを、
キレよくクールに聞かせるところは、得難い個性です。

コンテンポラリーR&Bと無理なく溶け合った秀逸さでいえば、
セネガルのンバラの若手シンガー、ビライムくんと双璧ですね。
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2015-05-18

Koray Broussard & Zydeco Unit "MORE TIME" no label no number (2016)
コメント(0) 

ルイジアナ・クレオールのロッキン・ケイジャン ジョーダン・ティボドー

Jourdan Thibodeaux et Les Rôdailleurs.jpg

すげぇ!
こんなごりごりの伝統ケイジャンが今日び聴けるなんて、奇跡的に思えますよ。
しかも歌っているのが、まだ31歳という若手フィドラーで、
これがデビュー作だというんだから、応援したくなるじゃないですか。

プリミティヴなケイジャンの味わいをまき散らす、ジョーダン・ティボドーは、
ルイジアナ州セント・マーティン郡サイプレス・アイランドという町の出身とのこと。
セントマーティン郡といえば、アメリカ合衆国の郡の中でも、
もっとも多くのネイティヴ・フレンチ・スピーカーの住人が暮らす土地柄。
サウス・ルイジアナでは、
年々ケイジャン・フレンチを話す人口が減っていると聞きますけれど、
音楽ではこういう若手がちゃんと登場するんだから、
ケイジャンの伝統は、脈々と受け継がれているということですよね。

このデビュー作で歌われているのも、もちろんケイジャン・フレンチ。
べらんめえ調の粗削りなジョーダンのヴォーカルは、原石の輝きを放っていて、
痛快ですねえ。パンキッシュな歌いぶりも、ロックぽいニュアンスより、
荒くれ者のケイジャンの姿を投影しているかのよう。
やけっぱちに歌う‘T'as Fait Ton Lit’ なんて、
声色も変わってやぶれかぶれなエネルギーをほとばしらせ、
強烈なキャラクターを露わにしています。

ジョーダンのフィドルをバックアップしているのが、
セドリック・ワトソンのアコーディオンに、ギター、ベース、ドラムスの4人組。
シンプルで引き締まったサウンドの逞しさは、痛快至極であります。
セドリック・ワトソンは、ジョーダンの先輩にあたるケイジャン・フィドラーですけれど、
ここでは後輩のためにアコーディオンに専念していて、‘Pas Paré’ 1曲のみ、
ジョーダンとフィドル・デュオを繰り広げていますよ。

ギターとドラムスは、曲によりコンビが交替しますが、
ドラムスのひとりジェイ・ミラーは、アコーディオンの名職人ラリー・ミラーの孫だそう。
ラリー・ミラーといえば、「ボン・ケイジャン」のブランド名で知られる
ケイジャン・アコーディオンの製作者で、
ケイジャン・フレンチ・ミュージック・アソシエーションを設立した中心人物の一人です。
メンバーも、ケイジャンの伝統を背負ったツワモノが揃っているわけですね。

レパートリーも本格的で、‘Blues Reconnaisant’ では、
ザディコのベースとなった、手拍子と足踏みによるコール・アンド・レスポンスの歌ジュレを
取り入れています。ブラック・クレオールのディープなルーツまで踏み込むあたり、
ルイジアナ・クレオール文化を伝承する気概を感じさせるじゃないですか。

ロスト・バイユー・ランブラーズやブルー・ランナーズといった先輩に続いて登場した、
ロッキン・ケイジャンのエネルギッシュなニュー・スター。
ライヴで踊りたいですねえ。誰か日本に呼んでくださ~い!

Jourdan Thibodeaux et Les Rôdailleurs "BOUE, BOUCANE, ET BOUTEILLES" Valcour VALCD0042 (2018)
コメント(0) 

子世代にヤられる快感 クラックラックス

CRCK_LCKS.jpg

バンド名もメンバーの名前もぜんぜん知らない、
初めて知るアーティストにヤられるという、快感。
キャリアをよーく知ってるようなヴェテランの新作だったら、
こんなカンゲキは味わえません。
自分の子供と同年齢の若い世代が頼もしく思えるのって、嬉しいねえ。
これって、子育てを終えた親世代の感慨でしょうか。

そんな歓喜に打ち震えたのが、クラッククラックス。
これが3作目という新作EPと偶然出くわして、ビックリ仰天。
今年の日本ものはceroの新作が圧勝と思っていたのに、
あっさりとそれを超える作品が登場したのには、心底驚かされました。
聞けばceroのサポート・メンバーを務めていたというんだから、
う~ん、才能ある者どうし、みんな繋がっているんだねえ。

それにしても、すごいな、この5人組。
ジャズがポップスのフィールドに越境するとこうなるという、
とんでもないテクニックとスキルが、圧倒的な説得力で迫ってくる作品です。
なんでも、ヴォーカルの小田朋美は東京藝大作曲科卒、
キーボードの小西遼はバークリー卒って、そりゃスキルがあるのも当然だわ。

ドラムスは石若駿。この人の名前だけはウワサを聞いたことがあり、
東京藝大器楽科を首席卒業という経歴を耳にしたことがあります。
でも、学校の優等生がポップスやジャズの世界で通用するわけでなし、
なんて思ってたんですが、彼のプレイに初めて接してみたら、
ウワハハハと笑うしかありませんでした。なんすか、この超弩級のテクニックは。
キックとスネアがズレまくる「zero」なんて、
クリス・デイヴかよと、ツッコミを入れずにはおれないプレイだし、
「No Goodbye」のドラミングは、ロナルド・ブルーナー・ジュニアばりだし。

ハイライトは、オープニングの短いイントロに続いて始まる「O.K」。
このハッピーなダンス・トラックは、何度聴いても、踊り出さずにはおれません。
あと数か月で還暦を迎えようというオヤジに、
クラブのフロアで踊りたいと本気で思わせるんだから、スゴいよ、ほんと。
極上ポップのコード進行とハーモニー・センスを兼ね備えた、キラー・トラックですね。

一方、個人的に一番苦手とする、日本の70年代フォークを思わせる曲
(「病室でハミング」)もあって、最初、げっ、とか思ったものの、
途中から巧みな変拍子にすべり込むアレンジに舌を巻き、
激しいビートに変化して怒涛の展開を迎える後半には、
ひれ伏したくなりましたよ、もう。

小田朋美の歌唱力、特に日本語の表現力は、圧倒的ですね。
水曜日のカンパネラのコムアイもスゴいけど、彼女以上の才能だな。
水曜日のカンパネラのトラックメイクの通俗さを、ずっと残念に思っていただけに、
歌と演奏がとんでもなく高いレヴェルで拮抗し合う
クラックラックスのサウンドには、快哉を叫びたい気持ちでイッパイになりました。

CRCK/LCKS 「DOUBLE RIFT」 アポロサウンズ POCS1710 (2018)
コメント(0) 

ジャズがデザインするサウンド・センス キーファー

Kiefer HAPPYSAD.jpg

「これって、ジャズなの?」
そう問いかけずにはおれなくなるような作品が、
次から次に飛び出すようになって、がぜんジャズ周辺が面白くなってきました。

この<ジャズ周辺>としか呼べない現象は、
一ジャンルとしてラベリングされたり、固定化されるのを拒むかのように、
アメーバのようにあらゆるジャンルに触手を伸ばし、呑みこんでいくイキオイがあります。
この現象は、ジャンルが溶解することに面白味があるんだから、
新たなネーミングを付けて、小さなワクに押し込めるようなことはしないで、
このままミュージック・シーンをかき回し続けていってほしいですね。

インプロヴィゼーションよりもサウンドをデザインして、ポップスにも寄っていくし、
インストゥルメンタル音楽というアイデンティティすら、関係ねぇといわんばかりの、
ヴォーカリストをフィーチャーしまくり、歌ものを取り込むそのアティチュード。
ヒップホップのヨレたりズレたりするビートを生演奏したり、
リズムを細かく割ったりポリリズムを組み合わせる、
新しいグルーヴをクリエイトする一方、
クラシックや現代音楽に寄せていく志向もあって、
ラージ・アンサンブルと呼ばれる現代的なオーケストレーションを提示するのも、
新しい傾向のひとつです。

アカデミックなジャズ表現が、ヒップホップやオルタナ・ロックの感性とシンクロしたり、
クラシックのテクニックを獲得したり、
世界各地のルーツ・ミュージックの遺産を掘り下げたりと、
さまざまな展開を見せながら、名前の付いていない音楽が生み出されていくのを
目撃できるなんて、ワクワクしますよね。
なんだかよくわかんないけれど、魅力的な音楽が次々登場するなんて、
サイコーに刺激的ですよ。

そんなことをあらためて痛感させられたのが、
西海岸で注目を集める若きピアニストでビートメイカーの、
キーファー・ジョン・シャックルフォードのセカンドでした。
キーファーは、去年テラス・マーティンと来日したポーリーシーズのメンバーのうち、
ゆいいつ非アフリカ系として参加していたキーボーディストですね。
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2017-10-02

オープニングから、重心の低いビートに映える、
くぐもった音色のノスタルジックなピアノの響きのトリコとなりました。
白日夢のような、妖しくもメロウなサウンドを奏でるエレピの音色にも酔わされます。
ヒップホップのビートメイキングが多彩で、
こればっかりはヒップホップで育った世代ならではのセンスと技術でしょうねえ。

浮遊感のあるサウンドスケープ、卓越したビート・メイクが織り成す、
妖しいまでにセクシーなサウンドは、
ジャジー・ヒップホップとかエレクトロニカといった言葉だけでは説明できない、
現代のジャズがデザインする、センスの新しさをおぼえます。

Kiefer "HAPPYSAD" Stones Throw STH2389 (2018)
コメント(0) 

その他好き セルジオ・アルバッシ

Sérgio Albach  CLARONE NO CHORO.jpg

「その他」が好き。

こればっかりは、性分なんでしょうねえ。
世の流行やメインストリームに反応しないハグレ者ゆえ、
人が目もくれないところを、熱心に探し回る人生を送ってきたんであります。

耳慣れた音楽より、未知の音楽を求めては、
「その他」コーナーに放り込まれた、分類不可能や評価の定まらないレコードを漁り、
聞いたことのない楽器があれば、その音色を知りたくて世界各地の民俗音楽を聴き、
ジャズの専門店に足を運んでは、「その他楽器」のコーナーで、
念入りにレコードを探してきたもんです。

そうしてジャズの場合、ドロシー・アシュビーのハープ、
トゥーツ・シールマンスのハーモニカ、マイケル・ウルバニアックのヴァイオリン、
オセロ・モリノーのスティール・ドラム、
ハワード・ジョンソンのチューバと出会ってきました。
さらには、ユーフォニウム、フレンチ・ホルン、バスーン、バグパイプ、ほら貝なんて、
「その他楽器」上級者(?)向きのプレイヤーも知りましたけれど、
バス・クラリネットはエリック・ドルフィーという大物がいたので、
それほど「その他」感はなかったかな。

とはいえ、ブラジルのショーロでバス・クラリネットというのは、初耳です。
クラリネットならば、ルイス・アメリカーノに始まり、
カシンビーニョ、アベル・フェレイラ、パウロ・モウラ、
パウロ・セルジオ・サントスという歴代の名手を、
大勢輩出してきたショーロですけれど、
バス・クラリネットを吹く人というのは、記憶にありません。

ブラジルではクラロンと呼ぶことも、今回初めて知りましたが、
本作の主役セルジオ・アルバッシは、
ブラジル南部パラナ州の州都クリチーバの音楽家。
文化都市として有名なこの地の、
クリチーバ吹奏楽オーケストラの音楽監督も務めていて、
本作が2作目とのこと。

セルジオのクラロンのほかは、7弦ギター、ギター、バンドリン、
パーカッションという典型的なレジオナル編成で、
レパートリーはショーロの古典曲がずらり並んでいます。
耳馴染みのあるメロディをバス・クラリネットならぬクラロンで聴けるので、
この楽器の響きをじっくりと味わうことができますね。

吹奏楽オーケストラを率いる人だけに、
楽器の鳴らし方はジャズ・ミュージシャンとは違って、
倍音の少ない、芯のあるクリアな音色を聞かせます。
なめらかなパッセージや軽やかなタンギングは、高度なテクニックに裏打ちされていて、
木管楽器が持つ深みのある、優美な音色を奏でます。

アルバムのハイライトは、クラリネット奏者ナイロール・プロヴェッタをゲストに招き、
デュオ演奏したアベル・フェレイラの名曲‘Chorando Baixinho’。
クラロンとクラリネットの音色の違いが際立つ、聴きものの演奏となっているんですが、
こうして聴くと、バス・クラリネットって、けっこう音域広いんですねえ。
この楽器が持つ豊かな表現力を教えられた思いがする1枚です。

Sérgio Albach "CLARONE NO CHORO" Tratore SA01CD (2018)
コメント(0) 

ティグリニャのどすこいヴォーカル アベベ・アラヤ

Abebe Araya.jpg

この泥臭さ!

ひび割れた声でヴァイタルに歌う、ヴォーカルの味わいがたまりません。
ティグリニャ独特のどすこいツー・ビートにのせて、
絶妙なこぶし使いを聞かせる歌いっぷりにホレボレするばかりです。

こぶし使いがライのハレドに似ているような気がするのは、ぼくだけですかね。
そういえば顔立ちや、ちりちりヘアというルックスまで似ているじゃないですか。
歌える顔の典型なのかもしれませんね。

ウチコミにサックス、ギターによるコンテンポラリーな伝統サウンドは、
十年一日といえる平凡さですけれど、ヴォーカルの良さを引き立てれば、
それで十分じゃないでしょうかね。
鍵盤系の音色はよく選び抜かれていて、
レイヤーしたサウンドがチープな印象を与えないし、
サックスとベースがユニゾンを取ったり、別のラインを作ったりしながら、
安定したグルーヴを生み出しています。

ティグリニャの曲は、一本調子になりがちなところもありますけれど、
本作にはヒネリのあるメロディや、珍しいコードを聞かせる曲もあって、飽きさせません。
とはいえ、なんといっても聴きものは、主役アベベ・アラヤの歌いぶり。
粗塩の独特の苦みを思わすヴォーカルの味わいは、格別です。

Abebe Araya "GIZ’E" no label no number (2018)
コメント(0) 

アンバセルの女王 マリトゥ・レゲセ

Maritu Legesse  YIGEMASHIRAI.jpg   Maritu Legesse  YEBATI NIGIST.jpg

エチオピア北部ウォロ地方を代表する伝統派歌手、マリトゥ・レゲセの新作が出ました。
ウォロの伝統音楽グループ、ラリベラ・キネットの看板歌手として70年代に活躍し、
ウォロ文化センター設立者の一人にも名を連ねた名歌手です。
高い名声を持つ人ですけれど、アルバムは少なく、これが2作目のはず。

マリトゥが有名になるのは、地元のウォロを離れ、
アムハラ州東部の町デセのナイトクラブ、ワリアで歌うようになってからで、
さらにアディス・アベバへ進出して、
エチオピアを代表する伝統派歌手の一人として目されるようになりました。

エチオピア文化大使としての役割を担ってさまざまな代表団に加わり
アメリカやヨーロッパのツアーも経験しています。
86年には音楽監督テスファイエ・レンマに見いだされ、
テラフン・ゲセセ、マハムード・アハメッドもメンバーだったピ-プル・トゥ・ピープル団に
迎え入れられました。

こうした輝かしい経歴の一方、私生活は幸福ではなかったようで、
12人の子供をもうけながら11人と死別し、
その11人の子供たちの葬式に出席することも許されなかったとのこと。
のちに夫とも離婚し、99年にアメリカへ渡り、
06年に遅すぎる初ソロ作をナホンからリリースしました。

本作はそれ以来の作と思われ、すでにエチオピアに帰国しているようですね。
音域が少し低くなったかなという印象を受けましたけれど、
伸び上がるハイ・トーンのシャープさや、音を伸ばして大きく揺さぶるように
メリスマを利かせる強烈さは、相変わらず。
この大きなメリスマ使いがマリトゥの個性で、
鍛え抜かれたこぶし回しは、圧巻の一語に尽きます。

マリトゥは、ウォロが発祥の地とされる
エチオピア音階のアンバセルを使った曲を得意としていて、
「アンバセルの女王」の異名を持っています。
本作のハイライトが6曲目の、そのものずばりのタイトル‘Ambassel’ で、
強烈なメリスマを響かせるマリトゥの絶唱に圧倒されます。

Maritu Legesse "YIGEMASHIRAI" Vocal no number (2018)
Maritu Legesse "YEBATI NIGIST" Nahom NR3537 (2006)
コメント(0) 

エチオピアン・ポップ・スター登場 ベティ・G

Betty G. (Bruktwit Getahun)  MANEW FITSUM.jpg   Betty G  WEGEGTA.jpg

エチオピアから、ナイジェリアのティワ・サヴェイジや
南アのリラに匹敵するポップ・レディの登場です。

15年のデビュー作でも、キリリとした歌声や、
弾けるポップ・サウンドにのせてハツラツと歌うさまが、強い印象を残しましたね。
従来のエチオピアの女性歌手にない現代的なオーラをまとっていて、
新世代の登場を予感させるのに、十分なアルバムでした。

プロダクションも、従来のエチオピアン・ポップとは段違いのクリエイションで、
ヒップホップR&B、ロック、EDM、レゲエの咀嚼ぶりは、
ナイジェリアや南アのポップとまったく遜色がなく、舌を巻きました。
エチオピアにもすごいクリエイターがいるんだなと瞠目したものです。

ただ残念だったのは、汎アフリカン・ポップスに照準が当たりすぎていて、
ご当地エチオピア色がきわめて希薄だったこと。
アムハラ色のある曲もわずかにありはしたものの、
アルバム全体の中では影が薄く、
それが、ちょっともったいないなあと思ったんでありました。

ところが、3年ぶりとなったセカンド作では、
エチオピアの田舎の朝の風景が浮かぶ生活音を背景に、
サックスが吹かれるオープニングのイントロに、おっ、と耳をそばだてられました。
続いて、トランペットとサックスの合奏に、ケベロ(太鼓)のビートと
ハチロクの手拍子が絡むところで、もう身を乗り出してしまいましたよ。

アムハラの匂いが香り立つ2曲目は、マシンコやワシントをフィーチャリングしつつ、
コンテンポラリーな伝統ものとは一線を画す斬新なアレンジが施されていて、
こういうのが聴きたかったんだよと、小躍りしてしまいました。

デビュー作同様、プロダクションのモダンぶりは、エチオピアのトップ・レヴェル。
曲ごとカラフルな意匠で楽しませてくれますが、
そのなかで、アムハラのメロディやリズムを絶妙に生かしているのが、今作の良さです。

7曲目の‘Sin Jaaladhaa’ のアムハラ独特の民俗的なメロディを
とびっきりジャジーに洗練したアレンジも、実に新鮮。
ハーモニー、コード感、リズムのいずれをとっても、
これまでのエチオピアン・ポップスになかったセンスを感じさせます。

この方向性ならば、海外のプロデューサーが目をかけること必至というか、
ご本人やプロダクション・サイドも、
インターナショナル・マーケットをネラっているんだろうから、
うまくチャンスがつかめるといいですね。

Betty G. (Bruktwit Getahun) "MANEW FITSUM" Sigma Entertainment & Events no number (2015)
Betty G "WEGEGTA" Yisakal Entertainment no number (2018)
コメント(0) 

祝祭のフォーク・ジャズ チャールズ・ブラッキーン

Charles Brackeen.jpg

アンソニー・ブラクストンとデレク・ベイリーのデュオをきっかけに、
ブラクストンのCDやら、昔よく聴いたジャズCDを芋づる式に聴き返していたら、
チャールズ・ブラッキーンの88年シルクハート盤にたどり着きました。

ああぁ、やっぱ、素晴らしいわ。ぜんぜん色褪せてませんね。
祝祭感たっぷりのメロディを、チャールズ・ブラッキーンのテナー・サックスと、
オル・ダラのトランペットが合奏するタイトル曲の冒頭から、気分はウキウキ。
ニュー・オーリンズ・ムード漂う、元気モリモリわいてくる曲なんですけれど、
また2曲目の‘Banner’ がまるで南ア・ジャズみたいなメロディで、
頬が緩んでしまうんです。

こんなにおおらかで、懐の深い曲を書けるジャズ・マンなんて、
当時のアメリカのジャズ、
とりわけフリー/ロフト・ジャズの近辺では、希有な存在でした。
ダラー・ブランドに通じる、雄大な南ア・ジャズを思わせるんだから、感涙もんです。
チャールズの出身であるオクラホマの大平原を想わすその楽曲からは、
彼のフォーク・ルーツが垣間見えるように思えます。

祝祭感たっぷりの曲にのせて歌うチャールズの武骨なテナーが、いいんです。
小難しいことなどしない、大きくゆったりと吹くテナーは、
ガッツ溢れるまさにブラックネスの塊。
シンプルともいえる、そのわかりやすさは、
なぜこれがジャズのメインストリームにならないのかと、ずっと思っていたし、
30年経っても、その感想は変わりません。

ファラオ・サンダースのテクニカルな絶叫や、
ビリー・ハーパーの高度な技術に裏打ちされたブラックネスも、十分スゴ味は感じますけど、
チャールズの魅力は、ファラオやハーパーよりもっと素朴で、
ゴツゴツとした演奏の触感にあります。

ぜんぜん洗練されていない、田舎臭いテナー表現が、
聴く者の根源的なところを揺り動かして、身体の細胞を活性化させるんですよ。
サックスから押し出されるチャールズのブロウは、
どれも確信に満ちていて、堂々たる風格を感じさせます。

フレッド・ホプキンスにアンドリュー・シリルという、
最強の骨太リズム・セクションを従えた88年の名作、
ぜんぜん話題にもならなかったのも、
当時の日本のジャズ評論のレヴェルを考えれば、むべなるかな。
ジャズをひたむきに求める人だけが出会えた、逸品だったのでした。

Charles Brackeen "WORSHIPPERS COME NIGH" Silkheart SHCD111 (1988)
コメント(2) 

メアリー・ハルヴァーソンの推薦盤 アンソニー・ブラクストン

Anthony Braxton - Derek Bailey  MOMENT PRÉCIEUX.jpg

ジャズ・ギタリストの偉才、メアリー・ハルヴァーソンの
最新インタヴュー記事を読んでいたら、いきなり冒頭に
「師であるアンソニー・ブラクストンのバンドへの参加」と書かれていて、びっくり。
アンソニー・ブラクストンと共演歴があることは知ってたけど、教え子だったんですか。

初めてメアリーのプレイを聴いた時、
エリック・ドルフィーの生まれ変わりかと思ったもんですけど、
なるほどアンソニー・ブラクストンの音楽性とも親和性が高く、
ブラクストンから直接学んでいたとは、激しくナットクできる話であります。
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2017-08-13

さらにその記事を読んでいて、メアリーがアンソニー・ブラクストンのおすすめとして、
デレク・ベイリーとのデュオ作品“MOMENT PRÉCIEUX” を最初に挙げていたのには、
思わずヒザを打ちましたよ。
ブラクストンの膨大な作品で、ぼくが聴いたことがあるのはごくわずかにすぎませんけれど、
その中でも本作は、とりわけ愛着のあるマイ・フェバリット・アルバム。

デレク・ベイリーのアルバムとしても、忘れがたい作品なんですけれど、
このアルバムについて言及しているテキストなんて、
これまでお目にかかったことがなかったので、いやあ、嬉しかったなあ。

ほかにメアリーは、名盤“SOLO ALTO” を挙げていましたけれど、
こちらはブラクストンの代表作として超有名なアルバムなので意外性はないものの、
“QUARTET (SANTA CRUZ) 1993” を選んでいたのには、ご同慶の至りでありました。
う~ん、メアリーとはシュミ合うなあ。

話を戻して、“MOMENT PRÉCIEUX” は、
メアリーが最初に聴いたブラクストンのレコードだったそうです。
カナダで86年に開かれた音楽祭でのライヴなので、
ひょっとしてメアリーは生で聴いたのかなと思いましたけど、
86年といえばまだ彼女は8歳だから、まさかね。

「彼がいかに偉大なインプロヴァイザーであるか堪能できる素晴らしいレコード」と
コメントしているのは、まったくの同感。
知られざる名盤に光をあててくれて、嬉しいのなんのって。
ひさしぶりに棚から取り出して聴き始めたら、止まらなくなって、
ブラクストン祭りになっちゃいました。

Anthony Braxton - Derek Bailey "MOMENT PRÉCIEUX" Les Disques VICTO VICTOcd02 (1987)
コメント(2) 

ソンガイ・ポップの最高作 ハマ・サンカレ

Hama Sankare.jpg

味わい深いソンガイ・ブルースを歌うおじさんが登場しましたよ。
年季の入った顔立ちに、ヴェテランであることは容易に想像がつきますけれど、
本作がデビュー作とのこと。

ハマは愛称らしく、本名はアルファ・ウスマン・サンカレとのことで、
ん?と思って、チェックしてみたら、アフェル・ボクームのバンド、
アルキバルでカラバシを叩いていたおじさんじゃないですか。
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2009-06-20
アルキバルでアフェルのサポート役を務めるギタリスト、ママドゥ・ケリーのバンドでも、
サンカレはカラバシを叩いていますよ。
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2013-10-03

あれ? ということは、と思って調べてみたら、やっぱり。
外務省主催のアフリカン・フェスタで09年に来日した
アフェル・ボクームに同行したメンバーの一人で、カラバシを叩いていた人です。
あの時アフェル・ボクームと一緒にやってきた
サポート・ギターのママドゥ・ケリーとハマ・サンカレの二人とも、
クレアモント・ミュージックからリーダー作を出したというわけですね。

Hama Afel Mamady.jpg

で、このカラバシおじさんハマ・サンカレのデビュー作。
同じクレアモント・ミュージックからリーダー作を出している、
若きソンガイ・ギタリストのオマール・コナテに、ベース、ドラムス、
ンジャルカ(1弦フィドル)、ジュルケル(1弦ギター)という布陣で聞かせます。

おやっと驚くのが、ボニー・レイットに劣らぬスゴ腕で知られる、
アメリカ人女性スライド・ギタリスト、シンディ・キャッシュダラーのゲスト参加。
ワイゼンボーンとラップ・スティールを弾いているんですけれど、
ソンガイ・サウンドとよく馴染んでいて、絶妙なアクセントを付けています。
彼女の起用は大成功ですね。

冒頭の‘Middo Wara’と8曲目‘Maliwo Kayergaba’ は、
打ち込みを施したソンガイ・テクノ。
レイラ・ゴビのアルバムでも手腕を発揮していたデヴィッド・ハーローの仕事で、
生音アンサンブルとのミックス・バランスの絶妙なことといったら!
素朴ともいえるソンガイ・サウンドに、よくこれほど打ち込みを溶け込ませたものですねえ。
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2017-11-25

ハマ・サンカレの叩くカラバシがスウィングする、
ソンガイのダンス・ミュージック、タカンバの‘Mali Gando’ に、
プール(フルフルデ)語で歌うタイトル曲のほか、ボゾ語で歌う曲もあります。
ジャーナリスティックな話題を呼ぶことのないソンガイ・ポップですけれど、
ここ最近活発になっているリリースの中でも、これは最高作でしょう。

Hama Sankare "BALLÉBÉ" Clermont Music CLE018 (2017)
コメント(0) 

掘り起こされた野趣な芸能のエネルギー

阿波の遊行.jpg

オドロキのアーカイヴ。
こんなスゴい音源が残されていたんですねえ。
68年から20年間に渡り四国で採集された、数百時間に及ぶ唄や芸能の音楽。

これを<民謡>と呼ぶのは、いささかためらいを覚えます。
世間に流布する商業化された民謡とは、あまりに落差がありすぎるからで、
中世から歌い継がれてきた、神様に捧げる踊り歌などの古謡が、
いかにストロングかを思い知らされる、圧巻のアーカイヴです。

冒頭の「津田のよしこの」三連チャンで、いきなりノックアウトくらいました。
こんなディープな盆踊り歌は、めったに聞けるもんじゃありません。
衆会の者たちが思い思いに手拍子を叩いては歌い出し、
「いっちょ、踊ったろ」なんてオッサンのつぶやきもが聞こえてきます。
リズムに合わせて太鼓が打ち鳴らされると、ますます興が乗っていき、
「えらい、やっちゃ、えらい、やっちゃ」の」囃子に煽られ、
爺さんや婆さんが交互に、唾も飛び散るような勢いで歌い出します。
このグルーヴ、まるでサンバ・ジ・ローダじゃないですか。

その強烈な大衆臭に圧倒されていると、今度は一転、神踊り歌や神楽となって、
場が清められるような神聖な雰囲気に包まれます。
とはいえ、よーく聴いていると、その神踊りのはしばしからも、奔放な野性が顔を出します。
神を祀るというタテマエの皮を一枚めくってみれば、
祭りのエロスがほとばしるのが聴き取れるじゃありませんか。背中がぞわぞわしますねえ。

爺さん婆さんが歌う、戯れ歌や作業唄がすごくいいんですよ。
こういう歌を歌ってくれるまでに、相当な時間をかけていることは、容易に想像がつきます。
ヨソから偉い先生がやってきて、ちょっとばかりの民俗調査をやってみたところで、
村人はお行儀のいい歌しか歌いやしません。
こんなに野趣で、なまなましい歌は、
心を許した者でなければ、けっして録ることはできません。
ホンモノの、生きた<野の唄>です。

三番叟などの放浪の門付け芸、浄瑠璃崩しの盆踊り歌、念仏踊り、子守唄、
2枚のディスクにぎっしりと収められた、四国の芸能の豊かさにウナらされるとともに、
その濃厚さにも圧倒されるばかりです。
そして、アッと驚かされたのが、ディスク2の中盤、お鯉さんこと多田小餘綾の
歌と三味線の登場です。がらりと雰囲気が変わり、これぞ洗練の極致といった
お鯉さんの「阿波よしこの」は芸術品です。
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2011-08-23
そのルーツである、冒頭の「津田のよしこの」のむき出しの野性味との距離感には、
眩暈を覚えますね。
そのふり幅にこそ、四国の芸能の豊かさが示されているじゃないですか。

民族誌(エスノグラフィー)として整理されたものを、
いまいちど音楽の側から整理し直すことの意義は、
かつてマイケル・ベアードがアフリカのフィールド録音を再編集した
“AFRICAN GEMS” で示してくれましたよね。
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2014-07-08
日本でもそれに匹敵する仕事が現れてきたのには、嬉しくなります。

V.A. 『阿波の遊行』 那賀町音盤 NCO001
コメント(2) 

蘇るクメールの古謡

Pleng Kar Boran Ensemble.jpg

1921年、カンボジアの各地を旅した二人のフランス人によって
採集された54曲の古謡が、『カンボジアの歌』と題して出版されました。
これらの歌は次第に人々の記憶から消えていき、クメール・ルージュ時代に
多くの伝統音楽家が処刑されたことによって、
完全に失われた歌となってしまったそうです。

カンボジアの伝統文化を復興しようという機運から、この本に目が向けられ、
当時の歌を蘇らせるプロジェクトが08年に始まり、
入念なリハーサルを経て、09年にリリースされたのが本作とのこと。
チャペイ(長棹の三弦楽器)、トロー(二胡)、スコー(太鼓)といった伝統楽器による
9人のアンアンブルで、細やかなこぶしを回しながら歌う男性歌手が、
晴れやかに古謡を歌い上げています。

ここには、民謡、婚礼音楽、精霊礼拝の歌など、
さまざまなタイプの8曲が選ばれています。
20世紀初頭に、こうした歌がどのように演奏され、歌われていたのかは、
西洋音楽の記譜法で書かれたピアノ譜から解明することは不可能で、
暗中模索の中で編曲やアンサンブルの編成をしたとのこと。

ごくわずかの地方に残る、年一回の儀式で歌われる精霊崇拝の歌などを
ヒントにしながら再現するなど、民俗音楽学者をはじめ、
さまざまな音楽関係者の英知を結集しながら、再現を試みてきたといいます。

果たして、オリジナルの演奏に近づくことができたかどうかは、
こころもとないと関係者は言いますが、
失われた伝統を甦らせるのに大事なことは、
それがオリジナルどおりか、正当なのかどうかよりも、
伝統に愛着を持ち、蘇らせようとする、人々の英知そのものの方でしょう。
そうした人々の情熱、伝統を取り戻す営みこそが、なにより尊く思えます。

クメール・ルージュの蛮行は記憶に新しいものの、
カンボジアの歴史を遡れば、中世のクメール王朝以降、
アユタヤ(タイ)やフエ(ヴェトナム)に侵略される暗黒の時代を経て、
音楽や舞踏の芸能が死に絶えては復興をするを、繰り返してきたんですよね。
1432年にアユタヤ朝に滅ぼされた時には、宮廷文化を維持してきた踊り子や楽士、
建築士、彫刻家などを含めた、9万人もの芸能者が捕虜としてアユタヤに連れ去られ、
クメール文化は跡形もなく消え去った歴史があるほどです。

これを聴きながら、文化芸能というのは、
人々が生きる営みそのものなんだなあと、あらためて感じ入りましたね。
カンボジアのような過酷な歴史をたどった国で、
音楽や舞踏がどうしていま現在の姿を保っているのかを思うと、
その意味の重さを改めて、考え直さずにはおれません。
そこには、無念の別れや死を遂げた祖先への強い哀惜や、
人々の祈りが込められているのが、いやおうなく感じ取れるからです。

そんなことを想うと、伝統の上にあぐらをかき、保存の名のもとに、
形骸化しただけの演奏をただ繰り返す音楽家は、
放逐すべきとさえ思えてきますね。

Pleng Kar Boran Ensemble "CAMBODIAN FORGOTTEN SONGS" Bophana Audivisual Resource Center no number (2009)
コメント(0) 

雪山に赤コート ゴー・ンジャイ

Go N’Diaye  SAMA OXYGENE.jpg

イキのいいンバラ・シンガーの登場です。
ハジけまくるサバールやタマのパーカッション・アンサンブルにのせて、
キレのいい歌いっぷりを聞かせていて、若さがまばゆいくらいですよ。

ゴー・ンジャイことゴルギ・ンジャイは、
ダカールの東に位置する内陸の都市リュフィスク出身の若手シンガー。
15年の前作“DELUSI” がヒットして注目を集め、
昨年12月に本作をリリースしたといいます。
全6曲31分足らずのミニ・アルバムですけれど、内容は超充実しています。

2人のアレンジャーによる2つのセッションでレコーディングされていて、
ドラマーのみ両セッションで叩いているものの、ほかの顔ぶれは全員異なります。
ミュージシャンもみな若手なんじゃないでしょうか。
スピード感溢れる演奏には、若いエネルギーが漲っていますね。
なんと片方のセッションでタマを叩いているのは、
先日エルヴェ・サンブのコンサートで飛び入りしたサンバ・ンドクなのでした。
売れっ子ですねえ。
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2018-06-17

じっくりと歌うパートからハイトーン・ヴォイスを振り絞るパートまで、
幅のある表現力を持ち、ダイナミクス豊かな歌いぶりにはホレボレします。
キャッチーな“Kaay Waay” など楽曲も優れていて、
本人が書いているのかどうかはわかりませんが、もし本人の作曲とすれば、
ソングライティングの才も大したものです。

ホーン・セクションも加えた予算をかけたレコーディングで、
ぜひ聴いてみたい、今伸び盛りの期待のシンガーです。

Go N’Diaye "SAMA OXYGENE" ABG no number (2017)
コメント(0) 

若きシランデイロ メストリ・アンデルソン・ミゲル

Mestre Anderson Miguel.jpg

ノルデスチからもう1枚新作が届きました。
シランダのメストリというので、またも知られざるヴェテランの古老かと思いきや、
めちゃめちゃ若い声に、青臭さいっぱいの歌いぶりに、腰が砕けました。
あわてて、ジャケットをよくよく見れば、まだ若そうな顔立ち。
聞けば、まだ22歳の若者だというのだから、
これで「メストリ」名乗るなんざ、おこがましいんじゃないの。

とはいえ、ブラス・バンドとパーカッション隊にのせて、
オーセンティックなシランダを歌っているんだから、本格派です。
なんでも8歳から両親の影響で歌い始め、
12歳でマラカトゥのバッキ・ソルトのグループの一員に加わり、
13歳からは武者修行に出て本格的にマラカトゥを学び、
メストリの称号を得たというのだから、ダテじゃないわけですね。失礼しました。
19歳でプロ・デビューした時には、「マラカトゥのネイマール」の異名が付いたほどで、
すでに本作は3作目だそうです。齢は若いですけど、実力者なんですね。

シランダといえば、輪になって男女が踊るノルデスチの有名なダンス音楽ですけれど、
全編でマラカトゥに通じる哀愁味のあるメロディが溢れ、すごくいい感じ。
胸の奥にしまいこんだ切なさを振り払うように、
涙を汗に変えて踊る、北東部人気質を強烈に感じさせます。

ユニークなのは、コーラスが不在で、主役のミゲル君がずっと歌っていること。
コーラスとのコール・アンド・レスポンスがないせいか、
サウンドには華やかさがなく、シンプルな音づくりとなっています。
わざとスキマを多くして、スペースを作っている狙いを感じますね。
ミゲル君の歌に応答するようにホーン・セクションのラインが鳴り響くので、
いっそう<泣き>のメロディが、くっきりと浮かび上がりますよ。

面白いのは、カクシ味のように使われている2台のエレクトリック・ギターの絡み。
粘りのある太いリズム・ギターの裏で、か細い音色でリフを弾くギターが、
なんとも情けない音を出しているところは、ニクい演出ですねえ。
ぺなぺなしたミュート音を使ったりして、とても面白い効果を上げています。

Siba  FULORESTA DO SAMBA.jpg   Siba & Barachinha  NO BAQUE SOLTO SOMENTE.jpg

タイトル曲は、シランダではなくバッキ・ソルトで、これがまたすごい本格的。
いったいプロデューサーは誰かと思いきや、やっぱりシバ。う~ん、さすがですね。
シバといえば、メストリ・アンブロージオの解散後、
故郷ナザレー・ダ・マタの先達を迎えてソロ・アルバムを制作し、
ディープなマラカトゥ・フラルとバッキ・ソルトを聞かせてくれましたよね。
あの名作2作は、今も燦然と輝いていますよ。

ノルデスチ内陸部の伝統に奥深く分け入りながら、
現代性をしっかりと組み込んでいく手腕は、シバなればこそ。
ぺなぺなギターを弾いているのも、どうやらシバのようですよ。

Mestre Anderson Miguel "SONOROSA" EAEO EAEOCD005i (2018)
Siba "FULORESTA DO SAMBA" no label no number (2002)
Siba & Barachinha "NO BAQUE SOLTO SOMENTE" Terreiro TDCD054 (2003)
コメント(0) 

蘇るシカゴ・ブルース黄金時代 ジョニー・タッカー

Johnny Tucker.jpg

驚愕!
シカゴ・ブルース黄金時代のサウンドが蘇るだなんて、そんなんアリか?
思わず頬をつねりたくなるような新作です。

ジョニー・タッカーって、
はるか昔にフィリップ・ウォーカーとロウエル・フルスンのバックで
来日したドラマーじゃないですか。えぇ~、こんなに歌える人だったのか!
あ、いや、そういえば、六本木ピットインで観たライヴで、確か1曲だけ歌って、
このドラマー、歌えるなあ、と思ったことがあったっけな。
あれは、フィリップ・ウォーカーの時だったか、ロウエル・フルスンの時だったか、
もう40年も前のことで、記憶もあいまいですけれど。

黄金時代のチェス・サウンドが乗り移ったようなサウンドにのせて、
ハウリン・ウルフばりのタフなブルース・ヴォーカルが炸裂するんだから、たまりません。
チェス・サウンド一辺倒ではなくて、曲により多彩なサウンドを演出していて、
コブラ時代のオーティス・ラッシュやファイア時代のエルモア・ジェイムズ、
そのほかにも、ヒューバート・サムリンやリトル・ウォーターなど、
往年の名手たちのサウンドが、これでもかというくらい迫ってくるんだから、
これ聴いて悶絶しないブルース・ファンはいないでしょう。

ちなみに、バックを務めるのは全員白人。
ブルースが人類の遺産になったことを、これほど実感させるアルバムもありませんね。
ジョニー・タッカーのコクのあるディープな歌いぶりには、
たっぷりとした満腹感が得られます。

全15曲、ジョニー・タッカーのオリジナルというのにも脱帽です。
ゴリゴリのシカゴ・ブルースあり、
サム・クック・スタイルのソウルもありという芸幅の広さで、
これほどの才能を、なぜこれまでしまい込んでいたんでしょうねえ。
いや、じっくりと時間をかけて、熟成させてきたのかもしれないなあ。

クレジットにはスタジオ・ライヴで録られたとあり、
オープン・リールを使ったモノラル録音というのも、
イマドキ贅沢なレコーディングといえます。
この濃密な空気感は、間違いなくそんなレコーデイング環境を反映したもので、
あとからいくらでも編集できるデジタル・レコーディングじゃあ、
このダイナミクスは出ないでしょう。
まごうことなく、2018年のベスト・ブルース・アルバムです!

Johnny Tucker "SEVEN DAY BLUES" Highjohn 007 (2017)
コメント(3) 

役者の歌声 ルオン・トゥイ・リン

Lương Thuỳ Linh  CON NHỆN GIĂNG MÙNG.jpg

今回買ったなかで、ゆいいつザンカーでなく、本格的な伝統ものだったのが、
北部の大衆歌劇ハット・チェオのアルバム。
歌うのは、北部タイビン出身の女優ルオン・トゥイ・リン。
タイビン文化芸術学校でチェオを学び、軍隊チェオ劇団に入団、
11年の国立プロ演劇祭で金賞も受賞し、同じ年にデビュー作を出したという人です。

昨年リリースした本作は2作目で、貫禄の歌いぶりを聞かせてくれます。
歌の表情の豊かさは、演劇の音楽ならではといえ、
大衆オペラの雰囲気をたっぷりと味わえますね。
ハット・チェオは、京劇の影響を感じさせる華やかなサウンドが特徴ですけれど、
さまざまなヴェトナムの伝統楽器が雅やかな響きを奏でるなかで、
すうーっと、立ち上ってくるルオンの発声が鮮やかです。

選ばれている10曲はすべて歌曲なので、劇の台詞が入ることもなく、
純然とした歌ものとして聴くことができます。
3人の男性歌手がルオンと掛け合いする曲もあります。
ハット・チェオというと、ドラが鳴り渡るような派手な曲をイメージしますけれど、
少ない伴奏楽器で歌う曲など、さまざまなタイプの曲があって、退屈しません。

芝居っけたっぷりのルオンの歌いぶり、そして声の表情にも惹きつけられますが、
やはり華のある発声に感じ入ってしまいますね。
芯のある声の強さは、マイクなしでもよく通るだろうなと感じさせます。
ハット・チェオに限らず、カイルオンやトゥオンでも、
役者の歌声には独特の力強さがあります。

Lương Thuỳ Linh "ALBUM CHEO VOL.2 : CON NHỆN GIĂNG MÙNG" Thăng Long no number (2017)
コメント(0) 

ヴェトナムの子守唄 ハッズー

RU CON NAM BỘ.jpg

ヴェトナムの子守唄を集めたアルバムだそうです。
こうした子守唄をハッズーと呼ぶことは、初めて知りました。

ダン・バウ(一弦琴)とダン・チャン(筝)を伴奏に、
二人のヴェテラン女性歌手、ジエウ・ドゥックとフオン・ロアンが歌います。
なるほど子守唄というだけあって、起伏があまりない、
穏やかなメロディをゆったりと歌っています。

ダン・バウのゆらぎ音に合わせて、細やかなヴィブラートを使いながら歌っていて、
う~ん、こういう響きを耳にして、ヴェトナムの子供たちは寝つくわけですか。
小さい頃からこういう音感で育てられたら、
微分音のゆらぐ響きが、ヴェトナム人の心の奥底に根付くのも当然ですね。
大人になってからハッズーを聴くと、ヴェトナム人はお母さんを想い出すんだそう。
子守唄は母親たちによって伝承される音楽なのですね。

外国人にとってハッズーは、スンダ音楽にも通じるヒーリング効果をおぼえます。
ヴェトナム独特のゆらぎ音に身を任せていると、呼吸が整い、
心が落ち着いていくのを覚えます。なんだかヨガにも合いそうじゃないですか。
そういえばヨガの呼吸法ではないですけれど、赤ん坊を寝かしつけるとき、
鼻呼吸を赤ん坊に合わせてやると、すぐに寝落ちするんですよね。
ぐずった時なんかでも、これをやるとテキメンだったなあ。

ジャケットのイラスト画にあるように、子供がハンモックで昼寝をしている様子は、
7年前ヴェトナムへ行った時、田舎でよく目にしました。
ハンモックは赤ちゃんをあやすためのゆりかごにもなっていて、
お母さんたちは子供を寝かしつけながら、こういう子守唄を歌うんでしょうねえ。
ヴェトナムも都市化が進んでくると、こうした子守唄は、
田舎でしか伝承されなくなっていくのかもしれません。

このアルバムには、コンテンポラリーなザンカーのプロダクションによる
インスト演奏も5曲収録されていますが、子守唄と一緒した企画意図は不明。
全編子守唄だけにして欲しかったです。

Diệu Đức, Phượng Loan and Trương Minh Châu "RU CON NAM BỘ " Saigon Vafaco no number (2012)
コメント(0) 

芳醇なザンカー トー・ガー

Tố Nga  GIẾNG QUÊ.jpg

40歳過ぎのトー・ガーは、ヴェテランのザンカー歌手。
数多くの音楽賞を受賞し、ヴェトナム国立交響楽団にもノミネートされ、
20年間に及ぶ歌手活動をしながらも、不幸な結婚生活によって、
長く苦しんでいたんだそう。

結婚生活にピリオドを打って昨年リリースした本作は、
歌手生活20周年を祝うとともに、再出発の記念作として出したとのこと。
故郷の中北部ハティンにちなんだ歌を集め、
心機一転のアルバムとしたようです。

トー・ガーは温かな声質が魅力の歌い手で、
声の太さに懐の深さと落ち着きが感じられて、
安心してその歌に身をゆだねられます。
強力な歌唱力を持ったザンカー歌手がひしめくなかで、
トー・ガーの歌は技巧を前面に押し出すことがないので、
ゆったりと落ち着いて聴くことができます。
強力過ぎない、フツーにうまい歌手の方が、聴き疲れなくていいですね。

歌を過不足なくバックアップするプロダクションも、
出しゃばることなく、かつ要所要所を引き締め、申し分ありません。
ダン・バウ(一弦琴)やダン・チャン(筝)などの、
ゆらぐ弦の響きを効果的に配しながら、
柔らかな弦オーケストラが包み込むサウンドは、芳醇と呼ぶにふさわしいもの。
ヴェテランらしい歌唱とマッチして、香しいアルバムに仕上がりました。

Tố Nga "GIẾNG QUÊ" Thúy Nga no number (2017)
コメント(0) 

ザンカー期待のミドル・ティーン フオン・ミー・チー

Phương Mỹ Chi  THƯƠNG VỀ MIỀN TRUNG.jpg

紫のシックなアオザイをまとっているものの、顔立ちの幼さは隠せません。
かなり若そうだけれど、いくつなのかと思えば、まだ14歳というフオン・ミー・チー。
03年ホーチミン生まれ、13年に「ザ・ヴォイス・キッズ」というコンテストに参加、
グランプリは取れなかったものの一躍注目を集めて、14年にデビュー作をリリース。
学業のかたわら、週末限りの歌手活動をしていて、
アメリカに行き、カジノのショウで歌った経験もあるのだとか。

若いのにカイルオンが好きでフーン・ランをアイドルとして、
歌のレッスンに励んできたというのだから、
ザンカー歌手としては本格派ですね。
歌唱力は確かで、14歳という幼さはまったく感じさせません。
ニュ・クインやヒエン・トウックの歌唱スタイルも学んできたというのだから、スゴい。

昨年10月にリリースした第2作となる本作は、
ザンカー6曲のほか、ボレーロも4曲取り上げています。
ボレーロを歌っても、大人ぽい歌に挑戦して背伸びしているという印象を与えず、
しっかりと聞かせるところに、この人の実力が表われています。

デビュー作のジャケットや、芸能ニュースなどの写真では黒縁の眼鏡をかけていて、
メガネ女子なルックスがキュートなんですけど、
今回のジャケットはメガネを外しているのが、ちょっと残念。

今後声に表情が出てくると、もっと表現の幅が広がり、すごい歌手になりそう。
ザンカー期待のミドル・ティーンです。

Phương Mỹ Chi "THƯƠNG VỀ MIỀN TRUNG" Quang Lê/Viettan Studio no number (2017)
コメント(0) 

北中部ヴェトナムの人情 グエン・フオン・タイン

Nguyễn Phương Thanh  NỖI NHỚ MIỀN TRUNG.jpg

ヴェトナムの新作がまとまって手に入りました。
それも全部ザンカー(民歌)系の歌手ばかり。
ここのところ、ボレーロと称される抒情歌謡路線の歌手ばかり聴いていたので、
こうした民謡系の歌手をまとめて聴くのは、ひさしぶりな気がします。

最初に聴いたのは、グエン・フオン・タインという若い女性歌手のアルバム。
第一声で、その高い歌唱力がくっきりとわかる人ですね。
クリアーな発声、ヴィブラートやメリスマ使いの技巧ともに、ほれぼれするウマさです。
口腔の中で、まろやかに膨らむ豊かな発声に、才能を感じさせます。
高音域へ駆け上っていくシャープな歌いぶりも清廉で、胸をすきますよ。
ハイ・トーンがキンキンしないのは、丸みを帯びた発声ゆえですね。

コンテンポラリー・サウンドの中に、ダン・バウ(一弦琴)、ダン・チャン(筝)、
サオ(竹笛)といったヴェトナムの音色を織り交ぜたプロダクションも、
デリケイトに組み立てられていて、申し分ありません。
曲の雄大さを、弦オーケストレーションのアレンジが鮮やかに演出しています。

88年北中部ゲアン省ドールオンに生まれたグエン・フオン・タインは、
11年のサオマイ・コンテストの民歌部門で2位を獲り、12年にデビューした歌手。
13年に歌手のティエン・マインと結婚し、その後長男を出産し、
4年間のブランクを経ての新作だそうです。
ティエン・マインと結婚したのが11月23日だそうで、あれまあ奇遇ですねえ、
ワタクシの結婚記念日と一緒じゃありませんか。すみません、どーでもいいことであります。

育休明けの本作は、故郷に帰ってのアルバムということで、
ジャケットも故郷のラム川を背景に、タイトルは『中部の想い出』と、
故郷にちなんだ曲を歌っています。
ハイ・トーンに伸び上がるパートと、しっとりと穏やかに歌うパートとのバランスもよく、
歌いすぎることのない、抑制の利いた歌唱が見事です。
なんでもハノイ文化大学で歌の教師もしているとのこと。なるほどであります。

Nguyễn Phương Thanh "VOL.3 : NỖI NHỚ MIỀN TRUNG" Thăng Long no number (2017)
コメント(0)