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ルーツ・レゲエとDJとヒップホップ カバカ・ピラミッド

Kabaka Pyramid  KONTRABAND.jpg

う~ん、カッコいい。
このカッコよさがどこから来てるのか、ちゃんと知りたくなりますねえ。

スレンテンが流行したあたりからレゲエ離れしてしまって、はや30年以上。
ダンスホール・レゲエ以降のレゲエの歩みをぜんぜんわかっていない、
完全なるレゲエ門外漢なんであります。
ちょうど1年前、ジェシー・ロイヤルの初アルバムを聴いて、
ルーツ・レゲエのリヴァイヴァルを実感したわけでしたけれど、
カバカ・ピラミッドというこの人もまた、ラスタ・リヴァイヴァル・ムーヴメントの
アーティストのひとりなんだそうで、一聴してグッと胸をわしづかみにされました。

70年代レゲエのヴァイブを、そのまま引き継いでいるジェシー・ロイヤルとは
少し違った個性の持ち主で、そのスタイルにはダンスホール以降の要素が
ふんだんに取り入れられているのを感じます。
そうしたスキルをルーツ・レゲエのマナーでやっているという印象なんですけれど、
そこらあたりの魅力について、誰か詳しい人、ぼくにレクしてくれないかしらん。

DJの節回しを歌に取り入れた唱法が、むちゃくちゃカッコよく、
こういう唱法を、シングジェイというのだということも、今回初めて知りましたけれど、
こういうスタイルはヒップホップの影響なんでしょうか。
もともとヒップホップは、ジャマイカのDJカルチャーの影響下で生まれたものですけれど、
このシングジェイというスタイルは、ヒップホップ由来のニュアンスが強く、
ジャマイカのDJカルチャーが独自に発展したというより、
アメリカへ飛び火したヒップホップからのフィードバックのように感じます。
リディムもヒップホップのリズムだしねえ。

もともとラップに近いスタイルを持っていた伝統芸が、
ヒップホップからの影響を受けて、現代的にリフレッシュメントした例に、
セネガルのタスがありますけれど、ここで聞けるシングジェイにも、
それと同じものを感じるんですよね。

レゲエやヒップホップがユニバーサルな音楽となってすでに久しく、
世界各地のフォークロアと結びついて、新たな魅力を生み出す一方で、
オールド・スクールなスタイルに回帰して、またオリジナルとは違った
別の魅力も生み出しているんですね。
そんなことを感じさせられた、カバカ・ピラミッドのアルバムでした。

Kabaka Pyramid "KONTRABAND" Ghetto Youths International/Bebble Rock Music no number (2018)
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前進を続けるユーカンダンツ

Ukandanz  YEKETELALE.jpg

うお~ぅ、ユーカンダンツ、前進してるなあ。

エチオピア黄金時代のクラシックスを、
変拍子使いのラウドなオルタナ・ロックへ変貌させるという、
ドギモを抜くアイディアで、脳天をブン殴られたデビュー作。
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2012-12-27
その衝撃が冷めやらぬ間に来日もしてくれて、
その実力がホンモノであることを、しっかりと確かめられました。

ユーカンダンツの手柄は、黄金期のエチオピア歌謡をオルタナ・ロック化することで、
エチオピア音楽が持つ「臭み」を蘇らせたことにありました。
90年代以降のエチオピアン・ポップが、
フュージョン寄りのサウンドでコンテンポラリー化したことで、
「洗練」を獲得した代わりに、「エグ味」や「臭み」といった
エチオピア音楽唯一無比の個性を手放してしまったからです。

そこにユーカンダンツは、まったく異なるサウンド・アプローチで、
エチオピア歌謡が持っていた、独特の臭みを取り返したのです。
これ、案外気付いていない人が多いというか、
ユーカンダンツのハードコアなサウンドばかりに注目が集まりがちですけれど、
彼らの最大の功績は、
エチオピア歌謡のエグ味の奪還にあったと、ぼくは考えています。

その点で、前作はぼくには不満でした。
バンドのヘヴィーなサウンドに負けじと、
アスナケ・ゲブレイエスが無理に声を張り上げていたからです。
ああ、アスナケは何か勘違いしてるな、と思いました。

デビュー作では、バンドのサウンドがいくら鋭角に歌に切り込んでこようと、
アスナケは自分の唱法を変えずに歌ったからこそ、あの傑作が誕生しました。
シャウトなんかしなくたって、十分なパワフルなヴォーカリストなのに、
ロック・サウンドに無理に合わそうと唱法を変えたことで、
こぶしの妙味が失われてしまったのは、致命傷でした。
今作はそれに気づいたのか、アスナケは本来の唱法に戻って、
存分にメリスマを利かせて歌っています。そうそう、こうでなくっちゃあね。

そして今回は、シンセ・ベースとドラムスのメンバー・チェンジによって、
バンド・サウンドも変化しました。
ファンキーなブレイクなどを使い、ヒップホップのセンスも加味したサウンドとなって、
エレクトロ・ファンクなサウンドも随所にみせています。
ビート・ミュージックのようなセンスもうかがわせ、
前2作にはなかったサウンドが新鮮です。

レパートリーは、今回もテラフン・ゲセセ、マハムド・アハメド、ギルマ・ベイェネなど、
往年の名曲を題材に、思い切り現代化していて、エチオピア歌謡が持っていた芯を
アスナケの卓抜した歌唱力で、再解釈しています。
ラストのマハムド・アハメドが得意とした、グラゲのダンス・ナンバーもサイコーです!

Ukandanz "YEKETELALE" Buda Musique 860332 (2018)
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マリア・テレーザ・デ・ノローニャの全録音集

Maria Teresa De Noronha.jpg

すごいボックスが登場しました!
最愛なるファド歌手、マリア・テレーザ・デ・ノローニャの全録音集であります。
そうかあ、2018年はノローニャ生誕100周年だったんですねえ。

ファド歌手の最高峰といえば、文句なしにアマリア・ロドリゲスですけれど、
一番よく聴くファド歌手となると、
やっぱりぼくはマリア・テレーザ・デ・ノローニャですね。
なかでも、ポルトガルEMIが06年に出した4枚組はノローニャの決定版で、
どれだけ愛聴したことか。
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2009-11-27
すぐに廃盤となってしまったため、入手しそこねた方が多かったようですけれど、
そんなファンにとっては朗報でしょう。

世界的に有名になったアマリア・ロドリゲスと同世代のファド歌手ながら、
73年に引退してしまったがため、ポルトガル国外ではほとんど知られていないノローニャ。
新世代のファド歌手からファドを知り、昔のファドはアマリア・ロドリゲスしか知らない、
なんて若い人にこそ、ぜひ聴いてほしい人です。
今の時代には、ディープなアマリアより、
なめらかでナチュラルな味わいのノローニャの方が、きっとウケもいいはず。

CD6枚にDVD1枚と60ページのブックレットを収めたこのボックス、
未発表や初公開のレア・トラックも満載なんですが、
いわゆるマニア向けに作られていないところがミソ。
「コンプリート」ぎらいのぼくでも、手放しに絶賛できる内容になっています。

ぼくが「コンプリート」ものに関心がないのは、
凡演や駄演まで聞かされるのは、まっぴらだと思っているからですけれど、
ノローニャはコンプリートで聴いても満足できる、数少ない音楽家のひとりといえます。
それは、円熟期に引退してしまい、録音量がけっして多くないことに加え、
デビューから引退まで、ノローニャのみずみずしい歌いぶりは一貫していて、
録音も粒揃いだったことの証明でもあります。

さて、中身をみると、ディスク1~3がスタジオ録音。
59年にヴァレンティン・デ・カルヴァーリョと契約してからの録音を録音順にまとめ、
未発売のテスト録音3曲に続き、初EPから71年録音のラストLPまで収録しています。
そしてディスク3の最後に、ヴァレンティン・デ・カルヴァーリョと契約する以前の
SP録音16曲をクロノロジカルに収録。52年にメロディアへ録音した初SPの2曲に、
53年から55年にロウシノルから出たSP7枚分14曲が並びます。

ディスク4・5は、ラジオ録音。
ポルトガル放送局で隔週放送されたノローニャのファド番組は、
ノローニャがプロ・デビューした翌年の39年から始まり、
47年の結婚後の数年ブランクを除いて、
62年12月までロングランとなった人気番組でした。
ここに収録された音源は、熱烈なノローニャ・ファンが自宅のラジオの前にマイクを立てて
家庭用レコーダーに録音した、プライヴェート・コレクションから編集されたものです。

録音をしたのは当時まだ16歳だったという、ファド・コレクターのヌーノ・デ・シケイラ。
パット・ブーン、ポール・アンカ、プラターズと同様、
ノローニャのファドに夢中だったそうで、
60年から番組が終わる62年まで、自宅前を横切るバスの騒音に邪魔されながらも、
出来る限り録音を残したとのこと。
解説のブックレットには、
自分のコレクションがCD化されたことへの謝辞が載せられています。

そして、ディスク5の最後に収録されたボーナス・トラックが目玉。
こちらは国営放送局が残した公式記録で、
39年録音の2曲、46年録音の3曲、49年録音の1曲が収録されています。
こんな若い頃のノローニャの歌声を聞けるとは、思いもよりませんでした。
39年の2曲はノローニャの初録音で、まだ20歳ですよ!
声をぐぅーっと伸ばす張りきった歌いぶりが、ういういしく聞こえます。
この録音時の写真がブックレットに載せられているのも、注目です。

ディスク6は、これまた初めて耳にするライヴ録音で、
63年録音の5曲と70年録音の4曲を収録。
大衆的なファド・ハウスで活動したファディスタと違い、
若い頃からスペインやブラジルの社交界から招かれる貴族出身の歌手だった
ノローニャは、大勢の観客を前にしたコンサートのライヴ録音を残していて、
円熟期の歌いぶりを楽しむことができます。

そして注目のDVDは、往時の国営テレビ放送を収録したもので、
59年放映と67年放映の2つの番組を収録。
完璧なまでのヴォイス・コントロールで音の強弱をつけ、
上がり下がりの激しい古典ファドの難曲を、いともスムーズに歌ってのけます。
吐息混じりにひそやかに歌うデリケイトさは、悶絶もの。
映像でノローニャのエレガントな歌いぶりを観ながら聴くと、
あらためてエクスタシーに酔いしれますねえ。

伴奏を務めるラウール・ネリーのギターラの妙技にも、目を見張ります。
59年の番組中にインスト演奏があり、右手のフィンガリングが生み出す、
美しいサウンドには、ウナらされました。
ギターラ2台、ギター2台、低音ギター1台という珍しい編成の
67年の番組も見ものです。

つんどくだけで棚の肥やしになるボックスとは大違いの、
いつも手元に置いて、楽しめることうけあいのボックス。一生もんです!

[6CD+DVD] Maria Teresa De Noronha "INTEGRAL" Edições Valentim De Carvalho SPA0663-2
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母のわらべ唄 書生節

大正滑稽はやり唄 -書生節と小唄による風刺・モダン・生活-.jpg

♪ラメチャンタラ ギッチョンチョンで パイノパイノパイ
パリコト パナナで フライ フライ フライ♪

大正時代のコミック・ソング「東京節」を知ったのは、いつだったんだろう。
小学生の時、ザ・ドリフターズがカヴァーしているのを聞いて、
すぐ一緒に歌えたくらいだから、もっと幼い頃、たぶん母親が歌うのを聴いて、
覚えたんじゃないかと思うんですけれど。

ぼくの幼児期の音楽体験といえば、
もっぱら父親のラテン・レコード・コレクションでしたけれど、
そういう正統(?)な音楽体験じゃなくて、
母親が歌っていたわらべ唄とはいえない珍妙な歌が面白く、
何とはなしに覚えてしまったものが、いくつもあります。
それが書生節の「東京節」や、数え唄の「日露戦争」といった俗謡でした。

母は昭和6年、芝の愛宕町で板長の次女に生まれました。
女学生の時に東京大空襲に遭い、愛宕山の愛宕神社へ逃げ込んで、
命からがら助かったという戦争体験をした世代の人です。

子供の頃に聞かせてくれた母の俗謡は、母のリアルタイムの時代の唄ではなく、
明治生まれの祖母から習った唄が多く、
女の子のお手玉唄などが多かったように思います。
その歌詞が、西南の役だったり、日露戦争だったりと、
あまりにも時代がかった不思議なもので、それで妙に記憶に残ったんでしょうね。

街角のうた 書生節の世界.jpg

そんな記憶をまざまざと呼び覚まされたのが、
93年に出た『街角のうた 書生節の世界』です。
この時初めて母の歌の原曲を聴き、
タイムスリップするような感覚をおぼえましたけれど、そればかりでなく、
秋山楓谷・静代、鳥取春陽、神長瞭月の歌いっぷりは、めちゃくちゃ新鮮でした。
このCDはすごく愛聴したんですが、その後書生節を聴くチャンスは訪れず、
今回のCD復刻まで、26年も待たされてしまいました。

父が、戦中期のハワイアン・バンド、カルア・カマアイナスのメンバーとご学友という、
帝大生のおぼっちゃまくんだったのに対し、
母は、ひと筋違いにお妾横丁があるような庶民的な下町育ちだった好対照さが、
ぼくの音楽嗜好の両極を育ててくれたように思えてくるのでした。

v.a. 「大正滑稽はやり唄 -書生節と小唄による風刺・モダン・生活-」 ぐらもくらぶ G10043
v.a. 「街角のうた 書生節の世界」 大道楽 DAI005
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ストリート育ちのサンバの強度 アナイー・ローザ

Anaí Rosa  ATRACA GERALDO PEREIRA.jpg

サンバの現代的な再解釈といえば、
ロムロ・フローエスの前衛サンビスタぶりが筆頭格といえそうですけれど、
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2015-02-01
ジェラルド・ペレイラをカヴァーしたアナイー・ローザの新作も、
すごく面白いアルバムに仕上がりましたね。
昨年がジェラルド・ペレイラの生誕100周年だったのか。
これなら、ジェラルドも天国で喜んでいるんじゃないかな。

プロデュースは、ジルベルト・モンチとカカ・マシャード。
いい仕事しましたねえ。
酒と女とケンカに明け暮れ、ボヘミアン人生をまっとうした(?)、
ジェラルド・ペレイラのサンバに独特なファンキーさが、
アヴァンなセンスによって、現代的な意匠として見事蘇っています。

アナイー・ローザは、原曲のメロディを崩さず忠実に歌っていて、
プロダクションがあの手この手で演出しているんですよ。
シンコペイトするジェラルドのサンバは、
どんなにイジっても、ぜんぜん壊れないというか、
現代的なアレンジにも耐えうる強度を持っている証明ですね。
ジェラルドのサンバが持つファンキーな感覚を、
現代的なアレンジが浮き彫りにしています。

ロムロ・フローエスが前に出したネルソン・カヴァキーニョのカヴァー作は、
案外面白くなかったんですけれど、それはアレンジの問題じゃなくて、
原曲が持つ力の違いのように思えたんですけれど、
本作を聴いて、その考えは間違いじゃないと確信が持てましたね。

ネルソン・カヴァキーニョなどの深い抒情味を持つマンゲイラのサンバに、
アヴァンなアレンジを施すと、どうしても作為が前に出すぎて、
不自然になってしまうんですよ。
ところが、ジェラルド・ペレイラのようなノエール・ローザから受け継いだ
街角のボッサ感覚に富んだサンバには、
アヴァンなセンスを平気で受け容れてしまう度量が備わっています。
それはいわば、ストリートが育てたサンバの強度なんじゃないでしょうか。

コミュニティに育まれたサンバの抒情にはない、
ケンカと酒に明け暮れたマランドロ(やくざもの)の腕っぷしの強さのようなものが、
そのサンバにはある。そんなことを感じさせてくれるアルバムなのでした。

Anaí Rosa "ATRACA GERALDO PEREIRA" SESC CDSS0118/18 (2018)
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フレッシュな古典ショーロ トリオ・ジューリオ

Trio Júlio.jpg

現代的なインストルメンタルと一緒に、
こういうオーセンティックなショーロの良さを味わえるアルバムが届くというのが嬉しい。
7弦ギター、バンドリン、パンデイロを演奏する、ジューリオ3兄弟のデビュー作です。

リオ出身の3人はパンデイロのマグノが兄で、
7弦ギターのマルロンとバンドリンのマイコンが双子の弟だそうです。
レパートリーはすべてマルロンとマイコンのオリジナル。
ショーロ第1世代の代表的な音楽家アナクレット・ジ・メデイロスや、
ジャコー・ド・バンドリンにオマージュを捧げた曲があるなど、
その作風も古典的といえます。

デビュー作とはいえ、すでに音楽学校で先生もやっている彼らのプレイは、
実力十分、余裕のある演奏ぶりで、伝統的なショーロを聞かせてくれます。
曲により、カヴァキーニョやピアノのゲストも加わり、
アコーディオンとザブンバのゲストを招いたバイオーンや、
トランペット、トロンボーン、サックスの3管入りのフレーヴォもあるなど、
多彩な内容で、カラフルなアルバムとなっています。

アルバムのオープニングとラストがマシーシというのも、
このグループの音楽性を象徴しているようで、
特にラストのホーン・セクション入りで、
古典的なマーチング・サウンドを聞かせるマシーシは、
最近めったに演奏されることのないスタイルだけに、
おおっと前のめりになっちゃいました。

この曲にゲスト参加したオス・マトゥトスは、
3年前に話題となったイリネウ・ジ・アルメイダの曲集を演奏していた
メンバーが主要となっているグループ。
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2016-06-23
オフィクレイドのエヴェルソン・モラエスもいますよ。

ショーロの古典にまでさかのぼったオリジナルを、
フレッシュに聞かせるステキな3人組です。

Trio Júlio "MINHA FELICIDADE" no label no number (2017)
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アミルトン・ジ・オランダの後継者登場 カラピッショ・ランジェル

Carrapicho Rangel  NA ESTRADA DA LUZ.jpg

おー、いつかは出てくるとは思っていたけど、ついに出てきましたね、
アミルトン・ジ・オランダの後を追う、頼もしき若手バンドリン奏者が。
サンバウロ州の内陸、アララクアラ出身というカラピッショ・ランジェル。
少し前にアナ・コスタとのデュオ作が出て、初めてこの人を知りましたけれど
ブラジルの新世代ジャズ・レーベルとして注目の集まる
ブラックストリームからの新作ということで、さっそく買ってまいりましたよ。

ジャコー・ド・バンドリンやルペルシ・ミランダといった
先達のバンドリン奏者から学んだショーロの素養をしっかりと持ったうえで、
現代的なインストルメンタル、いまや素直にジャズと呼んでいい領域に
踏み込んだプレイをする人で、まさしくアミルトン・ジ・オランダの後継者。

音楽性はほぼアミルトン・ジ・オランダ・キンテートと同じといっていんじゃないかな。
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2010-04-22
こちらの編成はピアノ、ベース、ドラムスのカルテットですけれど、
主役のバンドリンだけが弾きまくるのではなく、ピアノ、ベース、ドラムスが
緊密なアンサンブルをかたどる複雑なアレンジを施していて、
かなりテクニカルな演奏を聞かせます。

どんなに速弾きをしても、メカニカルな演奏やアブストラクトにならないのは、
楽曲がいずれも、ブラジルの歌心豊かなメロディ揃いだからですね。
ショーロ、サンバ、フレーヴォとさまざまなフォーマットを借りながら、
そこに変拍子を取り入れるなど、高度なジャズのテクニックを組み込んでいくところが、
まさにアミルトン・ジ・オランダが切り拓いてきた音楽性そのものでしょう。

優雅さとテクニカルなかっこよさが同居するプレイ、
これまでアミルトン・ジ・オランダだけのお家芸ともいえた、
10弦バンドリンの世界を、共に発展させる若きライヴァルの登場です。

Carrapicho Rangel "NA ESTRADA DA LUZ" Blaxtream BXT0021 (2018)
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ブラジリアン・ネオ・ソウル・ディーヴァ パトリシア・マルクス

Patricia Marx  NOVA.jpg

グレッチェン・パーラトを思わせる、
ひそやかでデリケイトな歌声に、息をのみました。
短いオープニングのイントロに続いて、するりとすべり込む、
綿菓子のようなふわーっとしたサウンドに、もう夢見心地。
人力ドラムスの生音グルーヴ、
鍵盤をレイヤーしたサウンドがもたらすネオ・ソウルの快楽。
う~ん、パトリシア・マルクスの新作、やるじゃない。

5歳でテレビ・デビュー、9歳で歌手デビューした
パトリシアの歌声を初めて聴いたのは、
ブラジル音楽評論家の大島守がプロデュースした
92年作の“NEOCLÁSSICO” でした。
そのアルバムは、当時としては珍しい本格的なボサ・ノーヴァ作品でしたけれど、
その後出た、クラブ・ミュージック仕様の95年作“QUERO MAIS” の方が、
この人の本領だったと思います。

Patricia  NEOCLÁSSICO.jpg   Patricia Marx  QUERO MAIS.jpg

ジョルジ・ヴェルシーロ、エジ・モッタ、マックス・ジ・カストロの曲に、
‘What's Going On’ やジャクソン5の‘Never Can Say Goodbye’ を取り上げた
レア・グルーヴ感覚満載のメロウ・グルーヴなアルバム。
なんとカルトーラの‘Acontece’ まで歌っているんですよ。
DJユースに重宝しそうな作品で、その昔家族とのドライヴでよく聴いたものです。
車を運転しなくなって15年、すっかりご無沙汰ですけど。

その後は、トラーマから出したエレクトロ/ラウンジ・ボサのアルバムや、
DJのブルーノ・Eと結婚して発表した共同名義作などがありましたけれど、
ロンドンのクラブ・シーンに関与するようになってからの作品はあまり興味を持てず、
すっかり疎遠となっていたので、この新作には見直しましたね。

エルベルト・メデイロスの鍵盤が生み出す甘美なサウンドが、
とにかくここち良いったら、ありません。
ムーンチャイルドあたりを参照してそうな音づくりで、
スネアの音が大きなドラム・サウンドも、イマドキといえますね。
パトリシアの声も、以前より脱力した軽い声で歌っていて、とても魅力的です。

Patricia Marx "NOVA" LAB 344 83369338 (2018)
Patricia "NEOCLÁSSICO" Camerati TCD1007-2 (1992)
Patricia Marx "QUERO MAIS" Lux 011023-2 (1995)
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小アジアの詩情 ディレク・コチェ

Dılek Koç  SEVDALIM AMAN.jpg

去年の暮れに買ったトルコ旧作が良くって、ここのところのお気に入り。
寒くなってくると、アナトリアの叙情を伝える弦楽アンサンブルが沁みますねえ。
それにしてもこのアルバムはユニークです。
ディレク・コチェというトルコの女性歌手のアルバムなんですが、
なんとこれがトルコ盤じゃなくて、ギリシャ盤なんですね。
しかもグリケリアが4曲で一緒にデュエットしているのだから、ビックリです。

へー、10年にこんなアルバムが出ていたのかと、今頃気付いたわけなんですが、
日本未入荷だったわけでなく、どうやらぼくが見逃していただけみたい。
このあと15年にもアルバムを出していて、
そちらは見覚えがあるものの、う~ん、なんで買わなかったのかなあ。

というわけで、かなり遅まきながら、聴いているわけなんですが、
なんとも大胆な企画でデビューしたものです。
日本人歌手が韓国の大物歌手のゲストも得て、韓国でデビューしました、みたいな。
いや、それ以上のインパクトだろうな。
トルコとギリシャの関係は、日韓どころじゃない険悪さですからねえ。
いや、最近の日韓も、それに迫るヤな雰囲気になりつつありますが。

ディレク・コチェはイスタンブール工科大学で建築を学んだあと、
ギリシャ第2の都市、テッサロニキに移住したという経歴の持ち主。
オスマン・トルコ時代に、コンスタンティノープル(現イスタンブール)に次ぐ
歴史的都市だったテッサロニキに暮らして、
ギリシャ歌謡に潜むトルコ民謡の陰を見い出したといいます。

ビザンティン音楽を学ぶ一方で、トルコ民謡をもっと深く知る必要性も感じて、
伝説の吟遊詩人アーシュク・ヴェイセルを熱心に聴くようになったのだとか。
そうしたトルコとギリシャが共有していた音楽文化を探訪しながら、
バルカンや東地中海のレパートリーも加えていくようになったといいます。
伝統的な弦楽アンサンブルで、アナトリアの詩情を歌った本作、
ミュージシャンは全員ギリシャ人のようですが、見事なものです。
トルコ人リスナーにも大いにアピールすることウケアイでしょう。

たいへんな力作にもかかわらず、
ディレク・コチェの肩の力が抜けた歌唱が、またいいじゃないですか。
さっぱりとした歌いぶりが、小アジアの歌心を再認識させてくれるようです。

Dılek Koç "SEVDALIM AMAN" Eros 3901167073 (2010)
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イサーンの節回し ノーンマイ・ムアンチョンペー

Nongmai MuangChompae  FAN KAO KUE PAO MAI.jpg

ルークトゥンやモーラムは、ごく一部の人気歌手をのぞき、
ほぼCD生産をストップしてしまったみたいですね。
フィジカルはMP3 CDかカラオケVCDのみになりつつあるというこの傾向、
タイばかりでなく、ほかの国にもどんどん広がっていくんだろうなあ。
というわけで、めぼしい新作が手に入らなくなったタイ歌謡でありますけれど、
旧作のなかから、絶品のモーラムを見つけちゃいました。

ノーンマイ・ムアンチョンペーというこの女性歌手、
ジャケットを見ると、かなりキャリアのありそうな顔立ちで、
イントロからいきなりググッと引き込まれました。
なに、このボトムの厚み。
地を這うベース・ラインのグルーヴィなことといったら、こりゃ、たまら~ん!

レーベルがグラミーのような大手ではなく、ダイアモンドという庶民派レーベルなので、
アレンジもたいして凝っておらず、プロダクションも豪華とはいかないものの、
このグルーヴは天下一品でしょう。
タメの利いたベースが、ビートに重量感をもたらし、
中低域が薄くなりがちなモーラムのサウンドを、ぐっと聴きごたえあるものにしています。

ノーマン・ムアンチョンペーのイサーン丸出しのこぶし回しが、
文句なしの実力を発揮しています。クセの強い声も、いいなあ。
楽団一座を率いて、ドサ回りを相当こなしてきた者でなければ、
バンドを引っ張っていく、これだけの歌いっぷりはできないでしょう。
これぞイサーンといった節回しが、本場モーラムの濃厚な味わいを醸し出し、
スロー・ナンバーのイサーン・ルークトゥンも、実に味わい深く歌っています。

Nongmai MuangChompae "FAN KAO KUE PAO MAI" Diamond Studio TOP751 (2013)
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ジャズマスターの業師 ネルス・クライン

The Nels Cline 4  CURRENTS, CONSTELLATIONS.jpg

センスのいいジャケットに目を引かれました。
おお、ジュリアン・ラージが参加しているのかと、
試聴機のヘッドホンをつけて、ボタンを押すと、
ジャーーーーーンと、ギターのカッティング一発。
はやここで、胸が高鳴っちゃいました。
ベース・ラインが走り出すと、ギター2台が後を追うように走り出します。
うぉー、カッコいい。

ネルス・クライン? 誰、それ?
ウィルコのギタリストなの? ウィルコ、聴いたことないしという、
あいかわらずのしょーもないロック音痴でありますが、
こんな即興系のカッコいいギター弾く人なのね。
ジョン・ゾーンやフレッド・フリスを思わせるアヴァンなギターに、即トリコとなりました。

ジュリアン・ラージとのツイン・ギターで、
堂々と個性を競い合ってるんだから、すごい実力じゃないの。
壊れた感じのアヴァンなロックから美しいスロー、
さらにインド音楽の影響を感じさせる曲など、楽曲の幅広さも魅力です。
それに合わせてギターのサウンドも多彩で、エフェクター使いは控えめですけれど、
ハーモニクス奏法など、引き出しの多さにキャリアが裏打ちされています。

カーラ・ブレイの‘Temporary’ のような不定形なリズムにのせて、
アブストラクトなラインを作るのもうまいし、この人、ほんとにロック・ギタリストなの?
なんか、即興系ギタリストとしか思えないんですけど。

あわててチェックしてみたら、なんとぼくより二つも年上。
おいおい、ヴェテランじゃない。ジュリアン・ラージと親子ほども年が違うぞ。
やっぱり出身はジャズだったんですね。
チボ・マットの本田ゆかさんの旦那さんだったとは。
ティナリウェンの11年作“TASSILLI” の1曲目でギター弾いてるのも、彼だったのか。

14年にはジュリアン・ラージとのデュオ作も出してたのかあ。完全に見逃してるな(恥)。
お互いの手の内を理解した、よく通じ合っているプレイは、そのせいなんですね。
緊張と調和も見事な、ツイン・ギター・カルテットの魅力に富んだ傑作、
このメンツでライヴ観たいです。

The Nels Cline 4 "CURRENTS, CONSTELLATIONS" Blue Note 00602567429104 (2018)
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ジャズを超える音楽作品 ネイト・スミス

Nate Smith  KINFOLK.jpg

ネイト・スミスって、クリス・デイヴと1つ違いなんですね。
二人ともすでに中堅どころのドラマーなのに、
年下の若手ミュージシャンとの共演が多いせいか、
新世代ジャズのイメージが強いんですけれど、もう40も半ばなんですよねえ。

ネイト・スミスの10年前のリーダー作は、自分ではほとんどドラムスを叩かず、
打ち込み使いのR&B色の強いヴォーカル・アルバムだったので、
17年の本作もプロデューサー作品なのかと、勘違いしておりました。
こちらもコンセプト・アルバムながら、
まごうかたなき現代的なジャズ作品じゃないですか。
いやー、聞き逃さずにすんで、良かったわあ。

スゴイですよ、このアルバムの完成度。
クリス・バワーズ(ピアノ)、フィマ・エフロン(ベース)、
ジェレミー・モスト(ギター)、ジャリール・ショウ(アルト&ソプラノ・サックス)
の4人を中心に、デイヴ・ホランド(アコースティック・ベース)、
クリス・ポッター(テナー・サックス)、アダム・ロジャース、
リオネール・ルエケ(ギター)、グレッチェン・パーラト(ヴォーカル)という
豪華メンバーを揃え、ネイト・スミスの音楽世界を十二分に広げています。

ネオ・ソウルあり、ジャズ・ファンクあり、ミナス風ブラジリアンあり、
牧歌的なアメリカーナありと、スナーキー・パピーにも似た
華やかなクロスオーヴァー・ジャズを繰り広げるなかで、
ヌケのよい爽快なドラミングが生み出すグルーヴは、やはり天下一品。
多彩な作風を演出する作曲家としての高い才能も示していて、
穏やかな楽想に沿った映像的な演奏も、見事です。
ドラマー、コンポーザー、プロデューサー、それぞれの才能の成熟を感じさせる
スケールの大きな音楽作品です。

Nate Smith "KINFOLK: POSTCARDS FROM EVERYWHERE" Ropeadope no number (2017)
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スウィンギン・アイリッシュ・フィドル ジェリー・オコナー

Gerry O’Connor  LAST NIGHT’S JOY.jpg

もう一丁、とびっきり清廉な1枚を。
こちらはアイリッシュで、歌ものでなく、インスト演奏。
ラ・ルーやスカイラークの活躍で知られるフィドルの名手、
ジェリー・オコナーのソロ作です。
バンジョー奏者のジェリー・オコナーじゃありませんよ、念のため。

ジェリーほどの名手ながら、これが2作目というのも意外ですけど、
ソロ・アルバムはなんと14年ぶりというんだから、
寡作ぶりにも程があるというもの。

ジェリー・オコーナーは北部ラウス州のダンドーク出身。
母親のローズ・オコナーは、多くの演奏家を育てた
ラウスを代表するフィドル奏者で、ジェリーもローズからフィドルを仕込まれたんでした。
ジェリーの息子のドーナル・オコナーも優れたフィドル奏者で、
ギターも弾くほか、プロデューサーとしても活躍しています。
本作では、フィドル、テナー・ギター、ピアノを演奏していて、
プロデュースとミックスも手がけています。

最初に挙げた同姓同名のバンジョー奏者も参加して、
なんとも軽やかでスウィンギーなフィドルの名人芸を堪能することができます。
伴奏のピアノやギターがリズムを生み出すのではなく、
ジェリーのボウイングがこのスウィング感をもたらしているところが、スゴイですね。
ダンスせずにはおれないグルーヴ感いっぱいのプレイで、身体がむずむずします。
アイリッシュ・ダンスのステップを習いたくなりますねえ。

うきうきするリールやジグに、歌ごころ溢れる美しいエアのほか、
1曲米国産ポルカをやっているのも聴きものです。
ジェリーの軽妙なスタイルとすごくマッチしていますね。
ジャケットの暗い写真があまりに不釣り合いな、
春の光を想わすすがすがしいアルバムです。

Gerry O’Connor "LAST NIGHT’S JOY" Lughnasa Music LUGCD966 (2018)
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スコットランドの新星デビュー ハンナ・ラリティ

Hannah Rarity  NEATH THE GLOAMING STAR.jpg

またしても清廉な歌声がスコットランドから届きました。
18年のBBCラジオ、スコットランド若手伝統音楽家賞を受賞した、
グラスゴーの若き新進女性歌手のデビュー作。
このクリアーなクリスタル・ヴォイスに、
ココロときめかないトラッド/フォーク・ファンなんて、いないでしょう。

ただきれいに歌うだけじゃありません。
アルバム1曲目を飾るのは、ジーニー・ロバートソンが歌った伝承曲の
‘The Moon Shine On My Bed Last Night’ なんだから、
スコットランド古謡へのまなざしも確かです。

才能豊かな若きハンナを盛り立てるのが、ベーシストでプロデューサーの
イアン・バートン、シボーン・ミラーやキム・カーニーなど、
多くの女性トラッド/フォーク・シンガーのプロデュースを務めるほか、
ジャズ・フィールドでの活躍もめざましいミュージシャンです。

そのせいか、イントロや間奏などなにげないところで、
おやっと思わせるハーモニーやフレージングを聞かせるところは、イアンの仕業でしょうか。
トラッド/フォークの味を損なわないように、目立たないところで、
カクシ味的なアレンジが利いています。

ハンナの歌いぶりで引き込まれたのが、
ディック・ゴーハンが歌った伝承曲の‘Erin Go Bragh’。
ひそやかに歌う曲とは違う力の入った歌いぶりに、
はっちゃけた素の顔が垣間見れて、とても魅力的でした。

フィル・カニンガムのアコーディオンをバックに、
デイヴィ・スティールの曲で静かに締めくくった、アルバム・ラストまで、
コンテンポラリーなフォーク・サウンドも抑制が利いていて、満足感が得られます。

Hannah Rarity "NEATH THE GLOAMING STAR" Hannanh Rarity HR085NEA (2018)
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王道ポップ・ライを更新したサウンドで カデール・ジャポネ

Kader Japonais  DREAM.jpg

おお、このメジャー感、スゴイな。
ここまでポップにしたライっていうのも、いいもんだね。
ジャケットからして、ライの場末感なんてみじんもない爽やかさですよ。

トゥアレグ・バンドとも共演するし、アラブ歌謡路線でもいけるという、
カデール・ジャポネの18年の新作は、この人のヴァーサタイルな才能が、
本来のポップ・ライという土俵で存分に発揮された快作になりました。
ノリにノッているのが、その歌いぶりからもしっかりと伝わってきますよ。

アナログ・シンセの温かな響きがいいじゃないですか。
ひらひらと鳴るクラリネットもグッときますよ。
80年代のポップ・ライのサウンドが完全に復活していますね。
フラメンコを取り入れているのも、同じベクトルでしょう。
ライアンビー、レッガーダなどのダンサブル路線を経て、
ライも一周回り終えたというか、歌謡路線にしっかりと戻ってきたのを感じます。

それもソフィアン・サイーディのようなレトロ路線ではなく、
しっかりと現代に更新されたサウンドとなっているところに、
王道のポップ・ライの逞しさをおぼえます。
なんら新しいことをしているわけでもないのに、
いや、むしろいっさいの新機軸を打ち出さずに、
これだけフレッシュなサウンドを作れるところが、手柄じゃないですかね。

Kader Japonais "DREAM" Villa Prod no number (2018)
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年明けはシャアビから カメル・シアムール

Kamel Syamour  DDUNIT.jpg

あけましておめでとうございます。

暮れの12月から良作が続出で、嬉しい悲鳴をあげっぱなしなんであります。
お気に入りのヘヴィロテ盤も聴きたし、未聴CDの山も片づけにゃならんし、
これじゃ正月休みが足りない~♪
とにかく買うCD、買うCD、全部いいんだから、仕事なんかしてる場合じゃない(?)。
このブログの記事もたまりにたまってしまい、ひと月先まで予約済という始末です。

そんなわけで、どれを年明け第1弾にしようかと思案してたんですが、
カビール人シンガー、カメル・シアムールの2作目にしました。
ここ数年聴いたシャアビで、間違いなくこれは最高作ですね。

シャアビというと、つい古いものばかり聴いてしまう傾向が強くて、
というのも、どうも最近のシャアビはガツンとこないというか、
スムースすぎて物足りないからなんですが、この人は違いました。
苦味のある声に、シャアビならではのメリスマには、
いにしえのシャアビの味わいがしっかりと宿っています。

それもそのはず、この人、90年代にパリへ渡ってから、
イディールやスアード・マッシ、アクリ・デなどのバックをつとめながら、
長い下積みを経て、ようやく09年にデビュー作を出したというのだから、
キャリア十分なわけですね。
なんだかソフィアン・サイーディといい、最近のアルジェリア音楽では、
こういう隠れたヴェテランの活躍が目立ちますね。

バックはすべて生演奏、カメルが弾くマンドーラを中心に、
ヴァイオリン、バンジョー、アコーディオン、ガイタ、ダルブッカなどの編成に、
男性コーラスやゲストの女性シンガーも加わるという、
100%シャアビのサウンドが嬉しい。

曲により、ストリングス・セクションが加わったり、ピアノを起用するほか、
うっすらと鳴らすキーボードのカクシ味も利いてますね。
リズム・アレンジには現代的なセンスが聴き取れ、
まぎれもなくシャアビの今の姿をくっきりと捉えた力作といえます。

個人的に嬉しかったのが、42年にフランスへ渡ったカビール人歌手
スリマン・アゼムの代表曲‘Baba Ghayu’ をカヴァーしていること。
スリマン・アゼムはカビール系移民の支持を集めて大成功を収めた歌手で、
カメルのいわば大先輩。
スリマンのオリジナル・ヴァージョンをイントロにサンプルして、
するりとレゲエ・アレンジにしたカメル・ヴァージョンへとすべり込む演出がイキです。

Slimane Azem  LES MAÎTRES DE LA CHANSON KABYLE.jpg

スリマン・アゼムのオリジナル・ヴァージョンが入ったAAA盤を聴き直してみましたけれど、
スリマンへのリスペクトが感じられる仕上がりじゃないですか。
こういう秀逸なカヴァーをするところにも実力をうかがわせる、
カビール系シャアビの傑作です。

Kamel Syamour "DDUNIT" Gosto no number (2014)
Slimane Azem "LES MAÎTRES DE LA CHANSON KABYLE : VOL.Ⅱ- LE FABULISTE" Club Du Disque Arabe AAA092
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