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ヴェトナムの子守唄 ハッズー

RU CON NAM BỘ.jpg

ヴェトナムの子守唄を集めたアルバムだそうです。
こうした子守唄をハッズーと呼ぶことは、初めて知りました。

ダン・バウ(一弦琴)とダン・チャン(筝)を伴奏に、
二人のヴェテラン女性歌手、ジエウ・ドゥックとフオン・ロアンが歌います。
なるほど子守唄というだけあって、起伏があまりない、
穏やかなメロディをゆったりと歌っています。

ダン・バウのゆらぎ音に合わせて、細やかなヴィブラートを使いながら歌っていて、
う~ん、こういう響きを耳にして、ヴェトナムの子供たちは寝つくわけですか。
小さい頃からこういう音感で育てられたら、
微分音のゆらぐ響きが、ヴェトナム人の心の奥底に根付くのも当然ですね。
大人になってからハッズーを聴くと、ヴェトナム人はお母さんを想い出すんだそう。
子守唄は母親たちによって伝承される音楽なのですね。

外国人にとってハッズーは、スンダ音楽にも通じるヒーリング効果をおぼえます。
ヴェトナム独特のゆらぎ音に身を任せていると、呼吸が整い、
心が落ち着いていくのを覚えます。なんだかヨガにも合いそうじゃないですか。
そういえばヨガの呼吸法ではないですけれど、赤ん坊を寝かしつけるとき、
鼻呼吸を赤ん坊に合わせてやると、すぐに寝落ちするんですよね。
ぐずった時なんかでも、これをやるとテキメンだったなあ。

ジャケットのイラスト画にあるように、子供がハンモックで昼寝をしている様子は、
7年前ヴェトナムへ行った時、田舎でよく目にしました。
ハンモックは赤ちゃんをあやすためのゆりかごにもなっていて、
お母さんたちは子供を寝かしつけながら、こういう子守唄を歌うんでしょうねえ。
ヴェトナムも都市化が進んでくると、こうした子守唄は、
田舎でしか伝承されなくなっていくのかもしれません。

このアルバムには、コンテンポラリーなザンカーのプロダクションによる
インスト演奏も5曲収録されていますが、子守唄と一緒した企画意図は不明。
全編子守唄だけにして欲しかったです。

Diệu Đức, Phượng Loan and Trương Minh Châu "RU CON NAM BỘ " Saigon Vafaco no number (2012)
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芳醇なザンカー トー・ガー

Tố Nga  GIẾNG QUÊ.jpg

40歳過ぎのトー・ガーは、ヴェテランのザンカー歌手。
数多くの音楽賞を受賞し、ヴェトナム国立交響楽団にもノミネートされ、
20年間に及ぶ歌手活動をしながらも、不幸な結婚生活によって、
長く苦しんでいたんだそう。

結婚生活にピリオドを打って昨年リリースした本作は、
歌手生活20周年を祝うとともに、再出発の記念作として出したとのこと。
故郷の中北部ハティンにちなんだ歌を集め、
心機一転のアルバムとしたようです。

トー・ガーは温かな声質が魅力の歌い手で、
声の太さに懐の深さと落ち着きが感じられて、
安心してその歌に身をゆだねられます。
強力な歌唱力を持ったザンカー歌手がひしめくなかで、
トー・ガーの歌は技巧を前面に押し出すことがないので、
ゆったりと落ち着いて聴くことができます。
強力過ぎない、フツーにうまい歌手の方が、聴き疲れなくていいですね。

歌を過不足なくバックアップするプロダクションも、
出しゃばることなく、かつ要所要所を引き締め、申し分ありません。
ダン・バウ(一弦琴)やダン・チャン(筝)などの、
ゆらぐ弦の響きを効果的に配しながら、
柔らかな弦オーケストラが包み込むサウンドは、芳醇と呼ぶにふさわしいもの。
ヴェテランらしい歌唱とマッチして、香しいアルバムに仕上がりました。

Tố Nga "GIẾNG QUÊ" Thúy Nga no number (2017)
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ザンカー期待のミドル・ティーン フオン・ミー・チー

Phương Mỹ Chi  THƯƠNG VỀ MIỀN TRUNG.jpg

紫のシックなアオザイをまとっているものの、顔立ちの幼さは隠せません。
かなり若そうだけれど、いくつなのかと思えば、まだ14歳というフオン・ミー・チー。
03年ホーチミン生まれ、13年に「ザ・ヴォイス・キッズ」というコンテストに参加、
グランプリは取れなかったものの一躍注目を集めて、14年にデビュー作をリリース。
学業のかたわら、週末限りの歌手活動をしていて、
アメリカに行き、カジノのショウで歌った経験もあるのだとか。

若いのにカイルオンが好きでフーン・ランをアイドルとして、
歌のレッスンに励んできたというのだから、
ザンカー歌手としては本格派ですね。
歌唱力は確かで、14歳という幼さはまったく感じさせません。
ニュ・クインやヒエン・トウックの歌唱スタイルも学んできたというのだから、スゴい。

昨年10月にリリースした第2作となる本作は、
ザンカー6曲のほか、ボレーロも4曲取り上げています。
ボレーロを歌っても、大人ぽい歌に挑戦して背伸びしているという印象を与えず、
しっかりと聞かせるところに、この人の実力が表われています。

デビュー作のジャケットや、芸能ニュースなどの写真では黒縁の眼鏡をかけていて、
メガネ女子なルックスがキュートなんですけど、
今回のジャケットはメガネを外しているのが、ちょっと残念。

今後声に表情が出てくると、もっと表現の幅が広がり、すごい歌手になりそう。
ザンカー期待のミドル・ティーンです。

Phương Mỹ Chi "THƯƠNG VỀ MIỀN TRUNG" Quang Lê/Viettan Studio no number (2017)
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北中部ヴェトナムの人情 グエン・フオン・タイン

Nguyễn Phương Thanh  NỖI NHỚ MIỀN TRUNG.jpg

ヴェトナムの新作がまとまって手に入りました。
それも全部ザンカー(民歌)系の歌手ばかり。
ここのところ、ボレーロと称される抒情歌謡路線の歌手ばかり聴いていたので、
こうした民謡系の歌手をまとめて聴くのは、ひさしぶりな気がします。

最初に聴いたのは、グエン・フオン・タインという若い女性歌手のアルバム。
第一声で、その高い歌唱力がくっきりとわかる人ですね。
クリアーな発声、ヴィブラートやメリスマ使いの技巧ともに、ほれぼれするウマさです。
口腔の中で、まろやかに膨らむ豊かな発声に、才能を感じさせます。
高音域へ駆け上っていくシャープな歌いぶりも清廉で、胸をすきますよ。
ハイ・トーンがキンキンしないのは、丸みを帯びた発声ゆえですね。

コンテンポラリー・サウンドの中に、ダン・バウ(一弦琴)、ダン・チャン(筝)、
サオ(竹笛)といったヴェトナムの音色を織り交ぜたプロダクションも、
デリケイトに組み立てられていて、申し分ありません。
曲の雄大さを、弦オーケストレーションのアレンジが鮮やかに演出しています。

88年北中部ゲアン省ドールオンに生まれたグエン・フオン・タインは、
11年のサオマイ・コンテストの民歌部門で2位を獲り、12年にデビューした歌手。
13年に歌手のティエン・マインと結婚し、その後長男を出産し、
4年間のブランクを経ての新作だそうです。
ティエン・マインと結婚したのが11月23日だそうで、あれまあ奇遇ですねえ、
ワタクシの結婚記念日と一緒じゃありませんか。すみません、どーでもいいことであります。

育休明けの本作は、故郷に帰ってのアルバムということで、
ジャケットも故郷のラム川を背景に、タイトルは『中部の想い出』と、
故郷にちなんだ曲を歌っています。
ハイ・トーンに伸び上がるパートと、しっとりと穏やかに歌うパートとのバランスもよく、
歌いすぎることのない、抑制の利いた歌唱が見事です。
なんでもハノイ文化大学で歌の教師もしているとのこと。なるほどであります。

Nguyễn Phương Thanh "VOL.3 : NỖI NHỚ MIỀN TRUNG" Thăng Long no number (2017)
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熱帯夜の睡眠導入剤 佳明

佳明 伊人梦.jpg

酷暑の熱にうなされた身体に、これほど沁みる声はありません。
佳明(ジャーミン)という大陸の女性歌手、初めて聴きましたけれど、
そのアルト・ヴォイスの魅力に、いっぺんでトリコとなりました。

こんな低音で、ささやくように歌う女性歌手も、珍しいんじゃないでしょうか。
ウィスパー・ヴォイスといっても、セクシーさを演出するためではない、
むしろ色気を封印するかのような、大人の女性の声のテクスチャに魅入られました。
その声には、荒ぶる心を静め、ささくれた気持ちをなぐさめる力があり、
おおらかな歌声に、いつしか安心して身をゆだねてしまいます。

その低音の声の魅力を倍化させる楽曲が、またいいんです。
全曲静かなメロディ。ドラマティックな演出もなければ、泣かせるような起伏もなく、
淡々とした曲ばかりで、ほんのりとした温かさが伝わるメロディが胸に染み入ります。

ギターが爪弾くアルペジオに、
ベースとドラムスのリズム・セクションが控えめに伴奏をつけ、
曲によりエレピ、アコーディオン、古筝、ヴァイオリン、メロディカ、オカリナ、
クラリネット、バラライカなどが、そっと彩りを添えます。
どこまでもひそやかなアレンジは、デリケイトの極致といえ、
楽曲に合わせた楽器の選択含め、
すみずみまで神経の行き届いた、プロフェッショナルな仕事ぶりが光ります。

プロデューサーは、台湾きっての名アレンジャー尤景仰。
レコーディングは台北の2か所と北京で行われ、
楽曲も台湾の作曲家の作品を多く取り上げているようです。

歌詞を慈しむように歌うジャーミンは、
ゆったりとしたヴィブラートと声の強弱で、
低音ヴォイスに情感をのせていくところがなんとも絶妙で、
聴けば聴くほどに引き込まれてしまいます。
心を落ち着けて寝落ちするための、最高の睡眠導入剤です。

佳明 「伊人梦」 龙源音乐 HD107 (2016)
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ヴェトナムのアンプラグド・ボレーロ ゴック・ハン

Ngọc Hân  ACOUSTIC & BOLERO.jpg

ナイロン弦ギター2台とカホンをバックに、女性歌手が歌う。
といっても、ペルーのクリオージョ音楽じゃないですよ。
なんとこれが、ヴェトナムなんだな。

『アクースティック&ボレーロ』というタイトルどおり、
戦前抒情歌謡をこんなシンプルな伴奏で歌うという試み、これは初めてですねえ。
それにしても、カホンとは。

爪弾くギターに、濡れそぼるメロディが絡むところは、
まるで昭和ムード歌謡のようでもあるんですけれど、
ウェットにならない、からりとしたクールさがあるのが、ヴェトナム歌謡の良さ。
ベタつかない、後味爽やかな哀感が、胸に沁みます。
カホンが入らず、ソプラノ・サックスやエレクトリック・ベースが入る曲もあります。

メコン・デルタ地方のタップムオイ出身のゴック・ハンは、
14年にデビューしたばかりの新人。
しっとりとしていて、ハイ・トーンで可憐な女らしさが香る歌声がいいですね。
さりげないヴィブラートやこぶし使いにも、品があります。

本作は本篇の7曲のあとに、男性歌手とデュエットした6曲が収録されています。
こちらは、ダン・バウ、ダン・チャン、ダン・ニーなど、
伝統の香りもたっぷりなザンカー色のある抒情歌謡となっていて、
別のアルバムとカップリングしたんでしょうかね。
それにしては、アルバム・タイトルは前半部分しか指していないし、
よくわからないアメリカ盤です。

ゴック・ハンはどこの事務所にも所属せず、フリーランスで歌っている歌手とのこと。
YouTube にミュージック・ヴィデオはたくさん上がっていますが、
本国ヴェトナムではCDが出ている様子がありません。
どういうことなんでしょう。

Ngọc Hân "ACOUSTIC & BOLERO - NGỌC HÂN" DL Music no number (2017)
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ミャンマーの伝統曲1000プロジェクト

BEST COLLECTION OF VOLUME 1.jpg

13年から井口寛さんがミャンマーで取り組まれているレコーディング・プロジェクトが、
ようやく公開の運びとなりました。

ビルマ人の伝統音楽1000曲を記録・保存するという壮大なプロジェクトで、
プロデューサーは、ヤンゴン国立文化芸術大学音楽学部長兼教授のディラモー。
74年生まれのディラモーは、ヤンゴン国立文化芸術大学の第一期生で、
03~06年には東京藝術大学で学び修士号を取得し、
13年からヤンゴン国立文化芸術大学音楽学部長兼教授に任命されるほか、
ギタ・キャブヤー音楽センター の音楽監督を務めながら、自身の作品も発表しています。

そのディラモーと井口さんがタッグを組んだ本プロジェクトから、
6月にまず111曲を公開し、今後段階的に発表して、
20年には1000曲のコレクションを完成させる予定だといいます。
このコレクションは、
ミャンマー・ミュージック・ネットワーク(MMN)がディストリビューターとなり、
CD制作、ネット配信、ストリーミングで広く発表することとなっていて、
その第一弾となるCDがこのほど完成しました。

CDには、発表された111曲中の11曲が収録され、
古典歌謡、流行歌謡、劇中歌、器楽曲(サイン・ワイン)、民謡、ナッ信仰の音楽といった
カテゴリーの、それぞれ重要なレパートリーが選ばれています。
次世代への継承を目的とした記録・保存プロジェクトは、
教育プログラムに利用することも念頭にあるのでしょうから、
選ばれた11曲は、ベスト・パフォーマンスというより、
レパートリーの重要度が優先されているんでしょう。

となれば、未収録の100曲が聴きたくなってしまいますねえ。
CDに収録された11曲のクオリティの高さを考えれば、
重要レパートリーでないものの、
もっとスゴいパフォーマンスが記録されているんじゃないかと想像をめぐらせてしまいます。
それくらい、この11曲の演奏水準、歌唱の高さは圧倒的です。
フィーチャーされている男女の歌手も、滋味溢れるヴェテランから、
みずみずしい歌声を聞かせる若手まで百花繚乱。
『BEAUTY OF TRADITION』シリーズで日本盤も出たカインズィンシュエの清廉な歌には、
心が洗われました。

ジャズのセンイチならぬ、ミャンマーのセン(1000)・プロジェクト。
20年まで目が離せません。

V.A. "BEST COLLECTION OF VOLUME 1 : 1000 MYANMAR TRADITIONAL SONGS COLLECTION"
KMA & Diramore no number (2018)
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歌謡モーラムの女王様 バーンイェン・ラーケン

150516_Baanyien Raaken.jpg

タイのモーラムを聴き始めた90年代は、ケーンやピンを伴奏に歌う、
昔ながらの伝統モーラムを先に好きになってしまったせいで、
西洋楽器を取り入れたルークトゥン・モーラム、いわゆるポップ・モーラムには、
あまり魅力を感じることができませんでした。

西洋音楽の取り入れ方が中途半端というか、
インドネシアのダンドゥットのように、西洋音楽を取り入れながら、
自分たちの音楽の独自性を輝かせるのではなく、
安直な折衷によって、せっかくの独自性をむしろ弱めているように
思えてならなかったからです。

そんな不満を抱えていた頃に出た、バーンイェン・ラーケンの“MEE MAI MOR LAM” は、
こういうサウンド・プロダクションで聴かせてほしかったんだよと、
叫びたくなる快作でした。
バーンイェン・ラーケンといえば、
70年代の初め、モーラム歌謡化の波に乗って登場したアイドル・モーラムの先駆けで、
すでに当時ポップ・モーラムの女王として君臨していた歌手です。

98年に出した本作は、ケーンやピンをたっぷりとフィーチャーして、
ラム・クローンの新装アップテンポ版ともいえるラム・シンや、
地方のさまざまなモーラム、ラム・コーンサン、ラム・タンワーイ、ラム・コーンケーン、
ラム・カーラシンなどを歌った意欲作で、
伝統モーラムのラム・クローンをしっかりと習得した実力派ならではの、
練り上げられたこぶし回しを堪能できる傑作でした。

Banyen Raakaen  LAM PHLOEN DAEN ISAN.jpg   Banyen Raakaen  LAM PHLOEN GLOM LOK.jpg

バーンイェンがデビューした70年代当初の初期のラム・プルーンのサウンドは、
90年代半ばにJKCやサウンドがCD化していたので、
ケーンが生み出すリズムに、ヘヴィーなベースが絡んで
グルーヴを巻き起こす快感は、すでに体験済み。
この方向性をなぜ進化させなかったのかとずっと思っていただけに、
本作はまさしく快心のアルバムでした。
15年にバーンイェンが来日した時に、本作にサインを入れてもらいましたけれど、
ご本人も自信作といってましたもんねえ。円熟期に入ったバーンイェンの代表作ですよ。

Banyen Raakaen  KHUEN PHEN KHEN FAI.jpg

そして、バーンイェンの初期のラム・プルーンを楽しめるレコードも
1枚だけ持っていたんですけれど、これがデビュー・アルバムだったとは、
昨年出た本『旅するタイ・イサーン音楽ディスク・ガイド TRIP TO ISAN』
を読むまで知りませんでした。
この本によると、バーンイェンのデビュー・アルバムは2枚あり、
ぼくが持っているソムチャイ・トンカオ盤がオリジナルで、
よく見かけるピン・ケーン盤もまったく同内容とのこと。

Banyen Rakkaen  LAM PHLOEN WORLD-CLASS.jpg

そのピン・ケーン盤のジャケットを使ったバーンイェンの初期録音の編集CDが
日本盤で出たんですが、これがスゴイ。
前半はデビュー作の曲が続きますけれど、シングル盤から取った中盤が聴きもの。
“Lam Yao Salab Toei” の艶っぽいこぶし回しに絡む、重厚なオルガンに降参です。
終盤にはJKC盤収録の曲も入っていますけれど、聴いたことのない曲も多く、大感激。
若くみずみずしいバーンイェンの歌いっぷりも悩ましい、最高作です。

Banyen Raakaen "MEE MAI MOR LAM" MMG MS049839 (1998)
Banyen Raakaen "LAM PHLOEN DAEN ISAN" JKC JKCCD154
Banyen Raakaen "LAM PHLOEN GLOM LOK" Sound SCD2015
[LP] Banyen Raakaen "KHUEN PHEN KHEN FAI" Somchai Thongkhao HLP2044
Banyen Rakkaen 『LAM PHLOEN WORLD-CLASS : THE ESSENTIAL BANYEN RAKKAEN』 EM EM1174CD
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武骨なココ名人 メストリ・フェルージェン

FERRUGEM.jpg

セルジオ・カシアーノがプロデュースした、
オリンダのココ名人のアルバムが、もう1枚入っています。
メストリ・フェルージェンことウィルソン・ビスポ・ドス・サントスの11年作。
こちらは2作目で、07年にデビューCDを出していますが、ぼくは未聴です。
残念ながら16年に亡くなったとのことで、このアルバムが遺作となったようですね。

ゼカ・ド・ロレッチは、打楽器とコーラスのみの
オーセンティックなココに徹していましたけれど、
メストリ・フェルージェンはショッチ、バイオーン、サンバなども歌っていて、
伴奏にもギター、バンドリン、トロンボーンが加わり、
華やかなノルデスチ・サウンドが楽しめます。

のんしゃらんとした、あけすけな歌いぶりが、いいじゃないですか。
酔っぱらいの歌のようにも聞こえなくはない、自由さがすがすがしく、
音程の怪しさすら、愛おしく聞こえます。
飾りのない古老の丸裸の歌を、若々しい男女のコーラスが守り立てていますよ。

「ラメント」と題されたスローの自作曲など、
バンドリンがむせび泣くオブリガードを奏でる、泣きのメロディなんですが、
そんな情感など無視するかのように、フェルージェンの歌いぶりは武骨そのもの。
やけっぱちな歌いっぷりから、やるせなさを醸し出すのだから、年輪のなせる技ですねえ。
こういう味わい深さは、古老の域に達しなければ、出るもんじゃありません。

自作以外では、伴奏陣のセルジオ・カシアーノやジュリアーノ・オランダの曲を歌うほか、
ジェラルド・マイアの曲が光ります。
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2012-01-06
07年のデビュー作も聴いてみたいですねえ。

Mestre Ferrugem "FERRUGEM" Sambada no number (2011)
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ココの真髄 ゼカ・ド・ロレッチ

Zeca Do Rolete.jpg

ここ10年近くノルデスチ産CDの入荷が途絶えていましたけれど、
どうやら安定供給のルートが開拓されたようで、嬉しい限り。
さっそく入ってきた作品の中に、とびっきりの1枚がありました。

それが、オリンダ生まれ、ココを半世紀以上歌ってきたという
ゼカ・ド・ロレッチことジョゼー・ガルディーノ・ドス・サントスの11年作。
68歳にして初アルバムというのは、裏山サンビスタにもよくある話ですね。

リオやサンパウロの伝統サンバ同様、
ペルナンブーコの伝統ココの歌い手の多くも職業音楽家ではなく、
人知れず消えていく才能もきっと多いはず。
こんなしっかりとしたプロデュースのもとでアルバムが制作されるのは、
ごく一握りに過ぎないでしょうけれど、
それゆえに実力確かな人が選ばれるのだから、半端な作品になるはずがありません。

セカ・ド・ロレッチもその例外でなく、
強靭なノド、鍛えられた節回しで、野性味あふれるココを聞かせてくれます。
バックは打楽器とコーラスのみ、旋律楽器は一切加わらない純正ココです。
コール・アンド・レスポンスの厚みのあるコーラスも逞しく、
パーカッションの残響音をよく捉えた録音に足腰誘われ、ジッとしてられなくなります。

サトウキビ菓子を意味するロレッチという芸名は、
ロレッチを学校などの前で子供たちに売っていたのに由来するのだとか。
歌っている自作曲のなかには、曾祖父、祖父、父の3代にわたって継がれてきた詞もあり、
漁師の生活や海にまつわる題材をテーマにしているそうです。
ジャケットに古いラジオがたくさん並んでいるのは、
アンティークのラジオを修理して収集するのが趣味なんだそうで、
親しみの持てるオヤジさんですね。

20020822_Mestre Ambrosio.jpg

レシーフェのローカル・インディ制作による伝統ココのアルバムというと、
プロデュース不在の単調なアルバムも少なくないんですが、
デジパックのジャケット・デザインからも制作姿勢の確かさが伝わる、
サンバダの作品なら間違いありません。
音楽監督、アレンジを務めているのは、セルジオ・カシアーノ。おぉ、懐かしい。
メストリ・アンブロージオでパーカッションを叩いていた彼じゃないですか。
02年の来日ステージでのセルジオの歌いっぷりも、よく覚えていますよ。

それにしても、この野趣に富んだ味わい深い歌はどうです。グッときますよねえ。
ココの歌い手では、アウリーニョ・ド・ココというスゴいおばちゃんもいるんですけれど、
さしずめ二人は、オリンダのココの現役の歌い手の中で、キングとクイーンですね。

Aurinha E Grupo Rala Coco  EU AVISTE.jpg   Aurinha Do Coco  SEU GRITO.jpg

アウリーニョが初アルバムを出したのも遅く、04年作がデビュー作でした。
ナナ・ヴァスコンセロスが献辞を書いていた2作目の07年作は、
アウリーニョの素晴らしいノドを堪能できる伝統ココの名作で、忘れられません。
全編打楽器のみなれど、1曲だけマシエル・サルーがラベッカをぎこぎこと弾いているのも、
聴きものとなっていました。

ココの真髄、ここにありといったゼカ・ド・ロレッチに、
ひさしぶりにアウリーニョ・ド・ココを思い出し、
とっかえひっかえのココ祭りとなっております。

Zeca Do Rolete "ZECA DO ROLETE" Sambada no number (2011)
Mestre Ambrósio "TERCEIRO SAMBA" Chaos 2-495961 (2001)
Aurinha E Grupo Rala Coco "EU AVISTEI" no label no number (2004)
Aurinha Do Coco "SEU GRITO" no label no number (2007)
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アンゴラ音楽の歴史的名盤、発見! ルイ・ミンガス

Ruy Mingas  MONANGAMBÉ E OUTRAS CANÇÕES ANGOLANAS.jpg

アンゴラの往年のシンガー、ルイ・ミンガスの見覚えのないCDを見つけました。
ポルトガル盤なんですけれど、こ、これって、ひょっとして、70年のデビュー作では?
500円コーナーにあった中古CDを救出して持ち帰り、早速調べてみましたとも、ええ。

ルイ・ミンガスの70年のデビュー作
“ANGOLA CANÇÕES POR RUI MINGAS” と照らし合わせてみると、
A面1曲目“Mu Cinkola” が、“Monangambé” に差替えられています。
ディスコグラフィにあたると、このヴァージョンで77年に再発されたLPがあり、
その再発LPを94年にCD化したものが、これだったんですねえ。

たった2枚しかアルバムを残さなかった、アンゴラ音楽史に残る大物、
ルイ・ミンガスの歴史的名盤、そのデビュー作がCD化されていたとは、
ぜんぜん知りませんでした。大発見です。
95年にCD化された2作目の方は、日本にも入ってきましたけれど、
こちらは日本未入荷じゃないですか。ぼくはまったく見たことがありません。
日本でこのCDの存在を知っている人って、果たしているのかしらん。

ルイ・ミンガスは、アンゴラ音楽の伝説のグループ、ンゴラ・リトモスのメンバーで、
「アンゴラのポピュラー音楽の父」と称されたリセウ・ヴィエイラ・ディアスの甥っ子。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2017-01-15
ルイがリスボンへ留学していた59年、
リセウ・ヴィエイラ・ディアスが逮捕されたのと時を同じくして、高級官僚だった父親も、
植民地政府に批判的だったことから不当逮捕されてしまいます。
ルイが20歳の出来事でした。

学業を終えたルイは、ポルトガルの兵役につき、ギネア=ビサウへ送られます。
そこで62年、アンゴラ解放人民運動(MPLA)の兵士
アントニオ・ジャシントの詞に曲をつけた“Monangambé” を歌い、
これがアンゴラ国内で絶大な人気を呼びました。
独立運動に神経をとがらせていた植民地政府は、この曲の録音を禁じ、
アンゴラ独立目前となる74年まで、レコード化されることはありませんでした。

独立闘争が激しさを増していた70年、ルイはリスボン録音のデビューLPを出します。
“Muxima” をはじめとするンゴラ・リトモスのレパートリーを多く取り上げる一方、
そこに“Monangambé” を収められることはありませんでした。
そして73年、2作目の“TEMAS ANGOLANOS” を出します。

Ruy Mingas  TEMAS ANGOLANOS.jpg

ルイはこの2作しか制作しませんでしたが、
“Monangambé” は、74年にリリースされた4曲入りEPに収録されて世に出ました。

独立闘争時代を象徴する記念碑的な曲となった“Monangambé” は、
ブダから出た名編集盤“ANGOLA 60’S 1956-1970” に収録されています。
ルイは独立を果たしたあと、アンゴラ国歌“Angola Avante!”(進めアンゴラ)も作曲し、
スポーツ大臣、ポルトガル大使などを歴任しました。

暗喩に富んだ歌詞で歌われる、ギター弾き語りの“Monangambé” ばかりでなく、
どの曲もしみじみと哀愁に富んでいて、これがアンゴラ人の琴線に触れるんですね。
ギターの弾き語りを中心に、フルートや男女コーラス、
ディカンザなどのパーカッションが付くというシンプルな伴奏が、
センチメントなメロディを引き立てます。

ボンガとテタ・ランドが共作した名曲“Muadiakimi” のような、
アップ・テンポのダンス・チューンのセンバでさえ、
浮き立つような明るさがなく、深い闇に沈み込んでいくような哀感が漂います。

それは独立闘争で流された血ばかりでなく、
はるかかなたの奴隷貿易時代から、
黒人たちが強いられてきた苦難が生み出した、
拭い難い哀しみが宿されているからと思わずにはおれません。
マルチーニョ・ダ・ヴィラが77年のアフロ回帰作でこの曲をカヴァーしたのも、
そこに宿るディープな黒人性に、共感したからだったのではないでしょうか。

Ruy Mingas "MONANGAMBÉ E OUTRAS CANÇÕES ANGOLANAS" Strauss ST02011010202 (1977)
Ruy Mingas "TEMAS ANGOLANOS" Strauss ST1067 (1973)
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カーボ・ヴェルデ人が好んだクンビアとメレンゲ ルイス・モライス

Luis Morais e Voz De Cabo Verde.jpg

ルイス・モライスの古いCDが目にとまって、おや、珍しい、と手に取ってみたら、
ルイス・モライスのレコード・ジャケットのデザインを
コラージュしたDJのミックスCDで、なあ~んだ、どおりで。
このCDが日本に入ってきたのなんて、見たことないもんねえ。
旧ポルトガル領アフリカ圏のレコードをCD化していたポルトガルのレーベル、
ソン・ダフリカから、15年以上前に出たCDです。

ルイス・モライスは、「カーボ・ヴェルデ音楽の父」と称される管楽器奏者。
セネガルのダカールの名門ナイト・クラブ、ミアミで活動後、
50年代末にオランダへ渡って、カーボ・ヴェルデ音楽の名グループ、
ヴォス・デ・カーボ・ベルデを結成した人です。

Luis Morais_Boa Festas.jpg   Luis Morais Boa Festas Lusafrica.jpg

67年に録音した初ソロ作のタイトル曲“Boas Festas” は、
カーボ・ヴェルデ人なら知らない人はいないという名曲ですね。
ルイス・モライスのこのデビュー作もソン・ダフリカからCD化されましたけれど、
ソン・ダフリカ盤は日本未入荷の入手困難盤で、容易に聞けないのが難。
でも、のちにフランスのルサフリカから10曲追加してCD化され、
ようやく聞きやすくなりました。ジャケットはオリジナルではないですけれど、
美しい水彩画が音楽にとてもよく合っています。

このデビュー作では、カヴァキーニョ、ギターなどの弦楽器アンサンブルに
打楽器を加えたアクースティックな楽器編成で、
ブラジルのショーロに近いサウンドを聞かせていましたが、
70年代に入ると、オルガンやエレクトリック・ギターを取り入れて、
コラデイラにラテン音楽をミックスした音楽を始めるようになります。

その頃のレコードと思われるのが、最初にあげた黒いジャケットの72年作です。
この当時のルイス・モライスたちのサウンドがユニークなのは、
クンビアやメレンゲを盛んに取り入れたことでした。
この当時西アフリカではキューバ音楽が大流行しましたけれど、
彼らはキューバ音楽ではなくて、クンビアやメレンゲに注目したんですね。

Luis Morais EP.jpg

そのきっかけや理由はわからないんですけれども、
このアルバムでも、ルイス・カラフのメレンゲを3曲もカヴァーしています。
メレンゲはフナナーとリズムが似ているので、親近感を持ったんでしょうかね。
でも、クンビアはなぜなんだろう。

オルガンのひなびた響きやエレクトリック楽器が入ることで、
かえってサウンドに朴訥とした味わいが増しています。
これがもう少し後になると、オルガンがシンセに取って代わってしまい、
サウンドがチープになってしまうので、
カーボ・ヴェルデ音楽の哀愁味を引き立てる田舎ぽい素朴さを味わえるのは、
この時期ならではといえますね。

Luis Morais "LUIS MORAIS E VOZ DE CABO VERDE" Sons D’África CD419-02 (1972)
Luis Morais "BOAS FESTAS" Sons D’África C096 (1967)
Luis Morais "BOAS FESTAS" Lusafrica 362792 (1967)
[EP] Luís Morais "SÓ CUMBIAS=8" Estúdios Nacional Filmes VCV1065
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エチオピア伝統派の力作 タデセ・メケテ

Tadesse Mekete  MAN MERETE - SITOTA.jpg

エチオピア盤の新作で2枚組とは珍しいですね。
それも伝統派の歌手であれば、なおのこと。
84年生まれのタデセ・メケテは、アディス・アベバの南東99キロに位置する
オロミア州都アダマ出身の歌手。
結婚式の祝い歌などを歌っている歌手だそうで、ぼくは初めて聴きました。
少しハスキーさのあるノドでハツラツと歌う、力量のある歌い手です。

2枚のアルバムには、それぞれタイトルが付けられていますけれど、
2枚続けて聴いても、サウンドに変わりはないようです。
どちらもコンテンポラリーなサウンドで、マシンコ、クラール、
ワシントなどの伝統楽器をフィーチャーしたプロダクションとなっています。

反復の多い曲を手拍子とともに歌ったり、お囃子とのコール・アンド・レスポンスなど、
アムハラの民俗性を感じさせる曲がぎっしり詰まっています。
なかでも“SITOTA”の2曲目、♪ヤー、ホー♪という掛け声が印象的な‘Hayloga’は、
戦闘の前の儀式で歌われてきた、アズマリの伝統的なレパートリーで、
来日したデレブ・デサレンもステージで歌っていましたね、
名アズマリ、チャラッチョウ・アシェナの遺作でも聴くことのできる名曲です。
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2013-11-22

そして、充実の2枚組のラストを締めくくるのは、
エチオピア最強の不気味旋法アンチホイェを使った曲で、
10分30秒に及ぶ長尺トラックの濃厚さが、もうたまりません。
つい「最強の不気味旋法」などと口ばしっちゃいましたけれど、
アンチホイェは、怪奇映画に使ったらピッタリといった暗黒メロディを紡ぎます。

エチオピア独特のメロディを特徴づける4つの主要旋法、
ティジータ、バティ、アンバセルの中でも、もっともエグ味のある強烈な旋法で、
エチオピアン・ポップに耳馴染みのある人なら、ああ、あれかとすぐわかりますよね。

アンチホイェのねぶるような旋律にしつこく追い回され、
聴き手はなすすべもなく昇天するほかありません。
エキゾ度満点なこの曲をラスト・トラックに置いたことで、
力作2枚組が引き締まりました。

Tadesse Mekete "MAN MERETE - SITOTA" Revo Communication & Event no number (2018)
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WE ARE ALL ALONE ミスター・フィンガーズ

Mr Fingers  Cerebral Hemispheres.jpg

たゆたう鍵盤、その合間を縫うピアノの旋律、揺れるアンビエンスは、
まごうかたなきミスター・フィンガーズのアンニュイな音楽世界。
はぁ~、もう、タメ息を漏らす以外、なにもできませんね。

ミスター・フィンガーズ名義では24年ぶりとなる今回の新作、
ラリー・ハードの名義でアルバムをリリースしていたから、
それほどのブランクは感じていなかったんですけれど、
オープニングの“Full Moon” が始まったとたん、
91年の“INTRODUCTION” と変わらぬ妖気が一気に流れ出てきて、
あっという間に部屋の空気を重く、そして濃いものへと変えていきます。

どうしたら、こんなせつないメロディが書けるんでしょうね。
都会の夜の寂寥感、ぬくもりの残るベッドに沈み込む甘い記憶、
押し殺しきれない哀しみ、痛みを耐え忍びながら揺れる思い。
そんなさまざまな感情を沸き起こすミスター・フィンガーズの音楽が、
けっしてドラマティックに盛り上がったりしないのは、
ハウスのビートが感情の高ぶりをなだめ、チル・アウトさせるからでしょう。

胸を締め付ける楽曲の数々は、
メロディカやヴィブラフォンの響きも取り込んだ、選び抜かれたキーボードの音色と、
デリケイトなビートメイキングによって支えられています。
これまでになく純度を高めた音楽世界は、
俗世間を解脱したスピリチュアルな領域へと足を踏み入れつつも、
フィーチャリングされたヴォーカリストが、俗界へ引き戻す役割を果たしています。

ジャケットの高層階から見える都市の風景は、
ガラスが雨に叩かれたからなのか、それとも涙に濡れた視界なのか。
耽美に堕ちることをよしとせず、都会の孤独に揺れる感情を丁寧にすくい上げる
ラリー・ハードの作曲能力が、最高度に発揮された傑作です。

Mr Fingers "CEREBRAL HEMISPHERES" Alleviated no number (2018)
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母音の声を息に変えるマジック マイケル・フランクス

Michael Franks  THE MUSIC IN MY HEAD.jpg

決定的な1枚があるから、ファンと呼べるシンガーやミュージシャンがいます。
ぼくにとってマイケル・フランクスは、そういう人。
75年の“THE ART OF TEA” がすべてというか、
この1枚を溺愛するものだから、ほかのアルバムはどうしたって霞んでしまいます。

自分にとってのマスターピースが1枚あれば、わざわざ新作をフォローしなくてもいい、
そんな気分にさせる人の一人だったマイケル・フランクスですけれど、
なにか呼ぶものがあったんでしょうね。
新作を聴いてみたら、見事にハマってしまって、絶賛愛聴中であります。

40年以上経っても、何一つ変わらない音楽性。
音楽性ばかりか、歌いぶりだって、ぜんぜん変わっていない。
もともとウィスパー系の歌い手さんだから、経年劣化しにくいのか。
いやいや、そんなことないよな。マイケルは今73歳というから、
ジョアン・ジルベルトが初来日した時と同い年ですよ。

あの時のジョアン・ジルベルトなんて、すっかり老け込んで音域が低くなり、
90年代まではあった色気も、すっかりなくなっちゃってたもんねえ。
あの当時メディアは、奇跡の来日!なんて騒いでジョアンを神格化してたから、
そんなことを言う人は誰一人もいなかったけれど、
その後『イン・トーキョー』が中古盤店に山積みになってる事実が、
それをいみじくも物語ってますよ。客は正直ですからねえ。

それを考えると、マイケルの声のみずみずしさは、ちょっと驚異的。
あと、もうひとつ今回気付かされたのは、発声がすごく魅力的な人なんだなということ。
ディクションが明快で、歌詞の一語一語が、
すごくはっきり聴き取れるんですよね、マイケルの歌って。
これも“THE ART OF TEA” の時からまったく変わっていなくて、
子音を放つ時の発音が、とてもきれいなことに感じ入りました。
母音の声を息に変えてしまうことで、子音の響きがしっかりと立つんですね。
これって、ウィスパー・ヴォイスのマジックなのかな。

ボサ・ノーヴァやサンバのリズム使いのうまさ、
巧みなコード・プログレッションや転調によって生み出される、
フックの利いたソングライティング、
過不足ないバックが生み出すジェントルなサウンドは、マイケルの変わらない魅力。
新作、絶品です。

Michael Franks "THE MUSIC IN MY HEAD" Shanachie 5459 (2018)
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ニュー・アフリカン・アイデンティティ ファトゥマタ・ジャワラ

Fatoumata Diawara  Fenfo.jpg

11年のデビュー以降、ボビー・ウォーマック、ハービー・ハンコック、
デーモン・アルバーン、アマドゥ&マリアム、スナーキー・パピー、
キューバのピアニスト、ロベルト・フォンセカとのプロジェクトなど、
ソロ・アクトとしての活動より、インターナショナルな他流試合で
キャリアを広げてきたファトゥマタ・ジャワラ。

7年ぶりの新作の知らせにも、
そのファッショナブルなジャケット写真にかえって不安はつのり、
グローバリズムにからめ取られた音楽になっているのではと懸念してたんですが、
まったくの杞憂でありました。
長いインターバルを経てリリースされた2作目は、
彼女のルーツであるワスル音楽に、しっかりと根差した作品となっています。
しかも今作では、デビュー作とは比べ物にならない逞しい歌声を聞かせていて、
ひと回りもふた回りも成長したのを感じさせます。

ファトゥマタのソングライティングにも、幅が広がりましたね。
そのためプロダクションも、ロック、ファンク、ブルース、フォーキーと、
曲ごとに意匠の凝らしがいがあるというもの。
それでいて、メロディにはくっきりとワスルが刻印されているんだから、
頼もしいじゃないですか。
前作はファトゥマタが弾くアクースティック・ギターを核にした
シンプルなサウンドでしたけれど、
今作はリズム・セクションを押し出してグルーヴ感を強め、
コーラスをレイヤーさせて、サウンドを華やかにしています。
ワスル音楽のローカルな味わいを活かしながら
インターナショナルに通用するサウンドづくりは、
先輩のウム・サンガレを範としたものでしょう。

目にも鮮やかなジャケットや、
ライナーの強烈なインパクトのある写真の数々を撮影したのは、
エチオピア人写真家のアイーダ・ムルネー。
ワシントン・ポストのフォトジャーナリストとして長く活躍し、
ニュー・ヨーク近代美術館MoMAの現代写真展でも注目された
女性フォトグラファーです。

近年、新たなアフリカのアイデンティティを探ることをテーマに、
従来のアフリカ観をひっくり返す、斬新な作品を生み出す作家が次々と現れてきました。
アイーダ・ムルネーもその一人で、カメルーンのサミュエル・フォッソ、
南アフリカのザネーレ・ムホーリ、ウガンダのサラ・ワイスワといった
ファトグラファーに、注目が集まっています。

ファトゥマタ・ジャワラは、
ワスル地方にルーツを持つマリ人両親のもとコート・ジヴォワールで生まれ、
幼い頃から父親の舞踏団に加わってダンスを習い、
女優の叔母の影響を受け、わずか17歳で女優となって成功を収め、
フランスへ移り住み、女優と並行して歌手活動を始めたという経歴の持ち主です。
多文化主義とアイデンティティに、おそらく自覚的な育ち方をしたであろう
ファトゥマタのようなアフリカ人が、アフリカの伝統を拡張しようとする
若いフォトグラファーと共振するのも必然で、
本作はそんなニュー・アフリカン・アイデンティティ志向を結実させた傑作といえます。

Fatoumata Diawara "FENFO : SOMETHING TO SAY" Montuno 3355752 (2018)
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