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受け継がれるノルデスチのフォークロア サガランナ

Sagaranna  VÉU DO DIA.jpg

レシーフェの男女6人の若者が09年に結成した、
サガランナというグループの14年デビュー作を手に入れました。
ノルデスチの沿岸部ゾナ・ダ・マタの民衆音楽であるココやカヴァーロ・マリーニョに、
レペンチスタと呼ばれる吟遊詩人が伝えてきた音楽を現代化しているグループです。

ここのところ、ノルデスチからの便りが途絶えていましたが、
キンテート・ヴィオラードやメストリ・アンブロージオといった先輩たちに続いて、
ノルデスチの豊かな芸能を継承する若手が、ちゃんと育っているんですねえ。
サガランナの音楽性も、まさにそのキンテート・ヴィオラードが持つフォーク・サウンドと、
メストリ・アンブロージオのロック感覚を受け継いでいて、
土臭いフォークロアを現代に生きるポップスとして昇華しています。

野趣な味わいはなく、すっきりとしたサウンドに仕上げているのは、
サンパウロの若手に通じるイマドキの若者のセンスでしょうか。
ドラムレスの打楽器主体の生音による伝統サウンドながら、
リズム・アレンジなどに、現代的な手さばきがしっかりと聞き取れますね。
ぎこぎこ鳴る田舎フィドルや鉄弦ギターの響きもこざっぱりとしていて、
すがすがしく聞けるアルバムです。

Sagaranna "VÉU DO DIA" no label no number (2014)
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伝説のエンボラードル メストリ・ガロ・プレート

Mestre Galo Preto.jpg

「黒鶏」のニックネームを持つメストリ・ガロ・プレートこと、
トマス・アキノ・レオンが、81歳にして初レコーディングをした作品。
ガロ・プレートというと、ネルソン・サルジェントと縁の深いショーロ・グループが
思い浮かぶところですけれど、この人は、ノルデスチのココの歌い手です。

35年、ペルナンブーコ州アグレスチのキロンボの生まれ。
12歳でレシーフェへ出て、イモの行商をしながら、
ココやエンボラーダを歌っているところを見出され、
ラジオに出演したところから、歌手のキャリアをスタートさせたといいます。

レコーディングの機会には恵まれなかったものの、
十分なキャリアを持つ実力者なので、キレのある歌いっぷり、
リズムへのノリは、81歳という年齢をまったく感じさせません。
歌声こそ老いは隠せないとはいえ、それとて枯れた味わいとなって、
得難いコクがありますよ。

ココ、エンボラーダ、マラカトゥといった北東部音楽を、
パンデイロ、ザブンバ、ガンザなどの打楽器アンサンブルに、
女性コーラスを交え、華やいだ雰囲気が楽しいですねえ。
ド・ド・ド・ド・ドッ♪と合いの手のように入るザブンバのビートが、
腹にずしんと響いて、キモチいいったらないですね。

数曲でアコーディオンも加わりますけれど、
打楽器だけの伴奏でも、ぜんぜん退屈しませんね。
ココやエンボラーダは、詩の即興に注目されるあまり、
メロディは単調といったものも多いんですけれど、
メストリの書く曲はとてもメロディアスで、ポップともいえます。

Mestre Galo Preto "HISTÓRIAS QUE ANDEI" no label GLP2016 (2016)
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アフロポリタンが到達した最高傑作 バロジ

201801324 Baloji_Kinshasa Succursale.jpg   201801324 Baloji_137 Avenue Kaniama.jpg

バロジ、でか!
190センチくらい、あるんじゃないの?
22日、代官山の会場(晴れたら空に豆まいて)の入口で、
ぼくの後ろに何気にご本人が立っていて、思わず腰を折って見上げてしまいました。

開演前に知人と、バンド連れてきてるのかな?
ひょっとしてバロジ一人でカラオケだったりして、
なんて話をしていたら、ドラマーとギタリストを帯同とのこと。
あれまあ、ベースはいないのかと、やや気落ちしてたら、
さっきバロジに取材してきたばかりという石田昌隆さんが隣にやって来て、
ギタリストはディジー・マンジェクだよと耳打ちされ、仰天。

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まじですか! あのO・K・ジャズで鳴らしたギター・レジェンドですよ!
うお~、スゴい人連れてきたな、バロジ。
じっさい、ステージ上でのマンジェクの存在感たら、なかった。
何気ないフレーズに、奥行きありまくり。
ツー・フィンガーで、あらゆるルンバ定石のリックを、余裕シャクシャク繰り出すんだから。
ニマッと笑う横顔なんて、B・B・キングそっくりじゃないですか。
非ルンバのヒップホップ・トラックでは、エフェクターを利かせ、
ピック使いでリックも変えるという柔軟性は、ヴェテランの成せる業ですね。
Tボーン・ウォーカーばりの背面弾きも、定番芸なのでしょう。

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そして主役のバロジは、モデルばりの細身のスタイルにも似合わず、声がデカい。
男っぷりも最高で、婦女子イチコロじゃない?
フロウも快活で、なめらか。艶やかな声は、CDで聴く以上の魅力がありました。
ブルキナベのドラマーは、PCの音出しとコーラスも兼任。
ヒップホップとルンバ・コンゴレーズを麗しく融合させたビートとサウンドで、
ベース不在のボトム不足も気にならず、気持ちよく踊れました。

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あっという間の60分。
アンコールには応じず、あさってのフリー・コンサートは、
メンバーも増えるのでぜひ来てねというメッセージを残して、あっけなく終了。

そして迎えた24日、アンスティチュ・フランセ東京の恒例イヴェント、
フランコフォニー・フェスティバルへ出演したバロジ一行、
ベースとキーボードの二人が加わり、ようやくメンバーが勢揃い。
なんでも昨日ようやく日本に到着したとかで、なんかトラブってたんだろうね。
22日同様、メンバー全員ライト・グレーの揃いのスーツに、
ピンクのチーフを胸にさした衣装で、びしっと決めてます。

やっぱ、ベースがいるといないとじゃ、グルーヴは段違い。
6弦ベースを抱え、ルンバ定型をはみ出すプレイで、
ヒップホップ・ビートとの相性もバツグン。ソロでは巧者ぶりがうかがえましたよ。
そしてキーボードは、ジャジーなフレーズも得意のような、
ヒップホップ・サイドのプレイヤーとお見受けしました。
22日とまったく同じの演目なれど大満足、
多幸感に身体を満たしたのはぼくばかりじゃないでしょう。

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で、バロジの新作。
23日が世界リリース日だったので、24日のライヴが始まる2時間前、
輸入CDショップでオリジナルのUK盤をぎりぎりセーフで入手しました。
ライヴが終わり、帰宅してから、ようやく聴くことができたんですが、
これがすんごい力作で、ブッ飛びましたよ。

8年前、アフリカに多くの独立国が誕生した「アフリカの年」から、
半世紀を迎えた記念すべき年にリリースした前作は、
コンゴ音楽の歴史的名曲「独立チャチャ」をカヴァーするという、
歴史的意義が込められた傑作でした。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2010-07-25
そんなレトロ趣味のおかげで、
普段ヒップホップを聞かないオールド・ファンも絶賛しましたけれど、
あのテの演出は一回限りのものだから、
次作はどうくるんだろうと思っていたんですよね。

そんな心配というか、懸念をよそに届けられた新作は、
こちらの想像をはるかに上回る、才能がぎっしりと詰まったトラック揃いでした。
コンゴ国内のアーティストからは出てきようのない、
まさしくアフロピアンだからこそ生み出せる世界観が、濃密に噴出しています。

リリックがわからずとも、サウンドが物語性を饒舌に示しているじゃないですか。
ヒップホップ、ルンバ・コンゴレーズ、ファンク、ジャズの要素を、
カット・アンド・ペーストしながら、
パッチワークのように組み合わせる工夫が機知に富んでいて、
そのアイディアにバロジの才能が光ります。
ソマリアのドゥル・ドゥル・バンドをサンプルするマニアックぶりにも舌を巻いたし、
エレクトロと生演奏のブレンドぶりも、絶妙というほかありません。

苦手なフレンチ・ラップやポエトリー・リーディングが、
どうしてこれほど耳に心地よく響くんだろう。
こういうのもフランスで最近流行するアフロ・トラップと呼んでいいんだろうか?
ベルギー暮らしが長いというのに、フランス語より英語の方が得意というのも、
変わっているよなあ。リンガラ語やスワヒリ語はまったくダメらしいし。

現地のコンゴ音楽は、ンドンボロからエレクトロへと向かうトレンドにあり、
アフリカとヨーロッパの往来によって、
ますますデジタル・ミュージックやアフロビーツへの接近が著しいことは、
キンシャサ帰りの奥村恵子さんがレポートされていましたね。

そこに、バロジやピエール・クウェンダーズのような
アフロポリタンのミュージシャンたちが、
コンゴ音楽を咀嚼したハイブリッドな音楽を生み出していることは、
いずれ現地のシーンにも、大きな刺激を与えていくはずです。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2017-10-08

バロジの今作は、単にアフリカン・ヒップホップ最高峰のアルバムというばかりでなく、
今後のアフリカ音楽を変貌させていく起爆剤が、
彼らのようなアフロポリタンだということを確信させます。

[CD+DVD] Baloji "KINSHASA SUCCURSALE" EMI 5099962993128 (2010)
Baloji "137 AVENUE KANIAMA" Bella Union BELLA709CD (2018)
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サンバにロック魂を注入して サンダミ

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ここのところサンバ・ソウルの良作に恵まれていますけれど、
今度のは「ソウル」ではなく、「ロック」。
サンバとロックをクロスオーヴァーした痛快作です。

『サンバの100年』と銘打ち、
初のサンバとされる1917年ドンガ作の「ペロ・テレフォーニ」に始まり、
ノエール・ローザの“Com Que Ropa?”、
エリゼッチ・カルドーゾの名唱で知られる“Barracão”、
ジョルジ・ベンの“Mas Que Nada”、カルナヴァル・ナンバーの大定番“Tristeza”、
ゼー・ケチの“A Voz Do Morro、カルトーラの“O Sol Nascerá” など、
サンバ・ファンなら知らぬ曲のない、一緒に歌える曲ばっかりのレパートリーを
ロック調のリフを加えたアレンジで聞かせます。

サンダミは、75年サンパウロのバウル生まれ。
わずか2歳の時から両親にくっついて、エスコーラでパレードをしていたというから、
生粋のサンバ育ちですね。
98年にデビュー、すでに20年のキャリアを持つ人で、
本作もそんなキャリアがにじみ出たアルバムといえます。

子供の頃からサンバが身体に染みついた、
オルタナ・ロック/ヒップホップ世代によるサンバで、
アレンジにロックの意匠をまとってはいても、その歌は、ゴリゴリの伝統サンバそのもの。
だから、このアルバムを「サンバ・ロック」とは呼びたくはありません。

伝統サンバを歌いながらも、自然にロック感覚がにじみ出るという自然体ぶりが好ましくて、
その「狙ってない」感が、いいんですよ。
いわゆる作りモノ感がない仕上がりが、とても気持ちよく聞けるアルバムです。

Sandamí "100 ANOS DE SAMBA" Radar RS4009 (2017)
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明朗明快にて無敵 アート・ファジル

Art Fazil  Syair Melayu.jpg   Art Fazil  RENTAK.jpg

シンガポールのシンガー・ソングライター、アート・ファジルのアルバムでは、
09年に出た“SYAIR MELAYU” が忘れられません。
かつてサンディーが歌った“Ikan Kekek” や、“Rasa Sayang” といった
マレイシアやインドネシアの民謡を取り上げた企画作で、
アート・ファジルらしいフォーク・ロック的なプロダクションで歌ったアルバムでした。

マレイシアの伝統系歌手がねっとりと歌うムラユ歌謡とは、
ひと味もふた味も違う、とびっきり爽やかなサウンドが新鮮で、
風通しの良い、ゆるく涼し気なムードにトリコになったものでした。
あのアルバムはかなり売れたようで、
のちに未発表曲を追加したリミックス盤で再発されましたね。

さて、そのアート・ファジルのひさしぶりの新作です。
のっけのラガマフィン調の底抜けな明るさに、ぱあっと陽の光を浴びる気分。
一緒にコーラスせずにはおれない、フックの利いたメロディにやられました。
外見こそ、お気楽なポップ・アルバムといった装いながら、
そこに練り込まれた音楽性の深さには、舌を巻きますよ。

冒頭のラガマフィンから、ダンスホール・レゲエ、バイーアのブロコ・アフロ、
チカーノ・ロックを、ムラユのメロディにミックスしていて、
楽器使いもアコーデイオン、ガンブス、レバーナから、
ビリンバウやピファナみたいな笛まで繰り出し、見事なアレンジで聞かせます。
この奥行き、そのうえでの明朗さは、ただもんじゃないですね、やっぱり。

こういう音楽を聴いていると、
暗い顔して、深刻ぶった音楽なんて聴いてるのが、バカバカしくなりますよ。
明朗明快さが、いかにストロングで、深みもあるかという、
大衆芸術の真髄を気付かせてくれる、強力な1枚です。

Art Fazil "SYAIR MELAYU" Life SLCD1008 (2009)
Art Fazil "RENTAK" Moro MR1606-002-2 (2016)
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進め! エチオ・ロック・バンド ジャノ

Jano  LERASIH NEW.jpg

エチオピア初のロック・バンドと自他ともに認められるジャノの、6年ぶりセカンド作。

メタル・ギターがぎゅわんぎゅわんと鳴り響く、
様式化したロック・サウンドではありますが、
いやー、理屈抜き、キモチいいじゃないですか。
すがすがしいというか、胸をすきますよ。

前作ではメンバー10人だったのが、今回は8人となり、
ヴォーカリストに南アフリカ出身のシャキナーを起用するなど、
一部メンバーが変更されているようです。
前作のクレジットはアルファベット表記で書かれてありましたが、
今作はすべてゲエズ文字でクレジットされているので、
どのメンバーが代わったのか、突き合わせることができません。

前作のデビュー作は、ビル・ラズウェルがプロデュースし、
NYダウンタウン派のミュージシャンたちも起用して、
オルタナ色のあるロック・サウンドを生み出していましたけれど、
今回はそのようなオルタナ色はなし。
ストレートなヘヴィ・メタ調のロック・サウンドとなっています。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2013-07-03

今作の方が、カジュアルなジャノの姿なんでしょうね。
異邦人にはエグ味をおぼえるエチオピア旋法を使わずとも、
エチオピアらしいメロディ使いや手拍子のリズムを交えて、
マシンコ、クラール、ワシント、ケベロといった伝統楽器をカクシ味に使うのも、
あくまでも国内向けといったニュアンスが強く、
外国人リスナーなど意識していない自然な感じが、素直に聞けます。

ギンギンのメタルばかりでなく、アクースティック・ギターをメインに据えた、
シンプルなアメリカン・ロック調の曲などもあったりと、
メロディアスな楽曲をカラフルなプロダクションで楽しませてくれます。

今回のレコーディングとミックスはイタリアで行い、アメリカでマスタリングをしていて、
しっかり時間をかけて制作をしてることがわかります。
イニシャルで6万枚プレスというのだから、現地での人気のほどがうかがえる、
エチオ・ロック・バンドの快作です。

Jano "LERASIH NEW" Kistet no number (2018)
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LPデビュー前の初期シングル編集盤 アインラ・オモウラ

Ayinla Omowura  Alujonu Elere.jpg

ええぇ~???

デスクトップの画面に向かって、人前で大声あげちゃいましたよ(恥)。
エル・スール・レコーズの新入荷のページに載った、
アインラ・オモウラの“VOL.21”と書かれた見覚えのないCD。
http://elsurrecords.com/2018/03/05/ayinla-omowura-alujonu-elere/

心の中で「なんじゃ、そりゃぁ!!!」と絶叫しながら、
あわてふためいて、取り置きのお願いメールを打ったのでした。
原田さんから「ラスト1でした」の返信をもらい、ホッと胸をなでおろし、
すぐさま謎の「第21集」のリサーチを始めましたよ。

「謎」というのは、ナイジェリア、アパラの大スター、アインラ・オモウラが、
71~81年にナイジェリアEMIから出したLPは、第20集までだからです。
第21集が出ていたなんて、聞いたこともない。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2009-09-10
アホみたいに大騒ぎをしたのは、そういう理由からだったんです。

遠藤斗志也さんのディスコグラフィにあたって、ナゾは判明しました。
http://endolab.jp/endo/EAOmowura.html
タイトルを照合すると、第19集と第20集の間にリリースされていた、
初期シングルの編集盤だったんですね。
第21集を銘打ちながら、レコード番号が498番という、
第20集より若い番号となっていたのは、そういうことだったのか。

アインラ・オモウラが生前に出したのは第18集までで、
第19集と第20集は没後に出されたものなのですが、
その間に出た“Great Hits” のサブ・タイトルの付いた編集盤を、
CD化に際して第21集としちゃったわけですね。
まったくもー、人騒がせなんだから。

で、この『第21集』、デビューLPの『第1集』をリリースする前に出された
シングル盤を集めたものらしく、6トラックが収録されています。
曲目リストには9曲のタイトルが載っているので、
何曲かがメドレーとなっているようですね。

現時点のディスコグラフィで判明しているシングルは、以下の4枚。
70年6月録音の“Aja T'o F'oju S'ejo”(番号不明)、
70年9月録音の“Ema Fowo S’oya Si Wano”(HNEP 506)、
71年7月20日録音の“Danfo O Siere/Ema Tori Owo Pania”(HNEP 533)
“Anjonu Elere”(HNEP 534)。

上記のうち、初シングルの“Aja T'o F'oju S'ejo” だけが曲目にはなく、
70年9月録音のシングルがほかに2枚ある(曲目・番号不明)ことがわかっているので、
以上の5トラックに、もう1トラックを追加した内容となっているものと思われます。
聴いてみると、6トラック目の曲のみ、アインラ・オモウラの声の感じが違うので、
これだけが上記以外の別の録音時のものなのかもしれません。

アインラ・オモウラは、50年代にレコード(SP)・デビューを果たしていたものの、
当時アパラの大スターだったハルナ・イショラとスタイルが違うことから、
大手のレコード会社から、なかなか目をかけられずにいました。
70年にロンドン帰りのナイジェリアEMIのレコーディング・エンジニア、
ベンソン・イドニジェが、アインラの才能を見出してレコーディングをするも、
大物ディストリビューターのチーフ・ボラリンワ・アビオロに
取扱いを拒否されたほどでした。

アビオロにディストリビュートを断られたイドニジェは、
わずか300枚のプレスからスタートしましたが、イバダンでウケが良いことを知り、
イバダンのディストリビューター、アルハジ・アデトゥンジに卸すと、
瞬く間に1000枚が売れ、4500枚が追加オーダーされました。
ここから、アインラ・オモウラの快進撃が始まり、
イドニジェはさっそく初LPの制作にとりかかり、
71年に出た『第1集』は、5万枚を超す大ベスト・セラーとなったのです。

Ayinla Omowura and His Apala Group "ALUJONU ELERE" Ivory Music NEMI(CD)0498
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アニクラポを外しても正統なアフロビート シェウン・クティ

Seun Kuti & Egypt 80 BLACK TIMES.jpg

今のアフリカ音楽絶好調の頂点に、この男がいる。
胸を張ってそう言える、傑作です。
いや、ぼくが胸を張ったところで、しょうがないんですけれどもね。

08年のデビュー作“MANY THINGS” から数えて4作目。
デビュー作にして、父から譲り受けたアフロビートを完璧に蘇らせたシェウン。
アフロビートを継承する才能のない、兄の不甲斐ないアルバム(新作もダメ)に、
さんざん付き合わされてきただけに、
シェウンの登場は、本当にカンゲキしたものでした。
アルバムを重ねながら、ブレることなく、
みずからのアフロビートを深め続けるシェウンは、頼もしい限りです。

今回のアルバムは8曲を収録し、LPでは2枚組で出ていますけれど、
これが親父のフェラ・クティだったら、アルバム4枚分に匹敵する内容ですよ。
そう思わずにおれないのは、1曲がすごくコンパクトにアレンジされているからなんですね。
冒頭の“Last Revolutionary” から、イントロまもなく
女性コーラスとホーン・セクションが飛び出し、
いきなりクライマックスへ上り詰めるのに、
「は、早い、早すぎる!」と口走りたくなるほど。

これがフェラのレコードなら、嵐の前の静けさのような、
バンドのリズム・セクションの演奏から始まるのが常で、
ホーン・セクションが激しいリフを奏でるまでに、ゆうに5~6分はかかり、
フェラのヴォーカルや女性コーラスが登場するのには、さらに2~3分演奏が続くのが定石。
レコード片面いっぱいの曲が、わずか6~9分の演奏に凝縮されているのだから、
曲が始まるなり、いきなりクライマックスの早漏感を、どうしたって覚えます。

とはいえ、フェラ・クティ未体験の、1曲3分のポップス・ファンにとっては、
これでも十分長い曲に聞こえるでしょうけれどねえ。
ワールド・ミュージック・ファンなら、
ヌスラット・ファテ・アリー・ハーンのリアルワールド盤みたいな編集といえば、
うなずいてくれるかしらん。

前作から4年というインターヴァルも、
アルバム4枚分の内容が凝縮されているかと思えば、ナットク感がありますよね。
前作にあった、ハイライフをやるような温故知新の試みやヒップホップへの接近はなく、
先に言ったとおり、アルバム片面ヴァージョンで聞いてみたいと思わせる
正統アフロビートの強力な8トラックが並びます。
(ウィズキッドよ、“African Dreams” をこころして聴くように)

ドラムスとホーン・セクションがユニゾンで進行する“Kuku Kee Me” など、
今作は、リズム・セクションとホーン・セクションの緊密な絡みがスゴい。
タイトル曲でゲストのカルロス・サンターナがギター・ソロを弾いていても、
あえてギター・ソロのためのスペースを空けず、
そこで勝手に弾いてろ式のアレンジにしているのがいいんだな。

そのために、ギターとホーンの音がぶつかりまくって、
混雑したサウンドになるんですけれど、これが大正解。
凡庸なプロデューサーは、こういうところをきれいに交通整理しちゃうんだけど、
それだと、バンドもゲストのギターも、双方のエネルギーを削ぐことにしかなりません。

シェウンのヴォーカルと各楽器間は、分離のいいミックスになっていますが、
バンドの一体感は損われずに重厚なグルーヴを生み出していて、
アフロビートのエネルギーを最大限に生かしたサウンドとなっています。
プロデューサーのロバート・グラスパー(クレジットはなく、謝辞のみに名前があり)が、
どういう仕事をしたのか不明ですが、こうしたところに寄与したのなら、グッジョブです。

Seun Kuti & Egypt 80 "BLACK TIMES" Strut STRUT163CD (2018)
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超弩級のカヴァキーニョ奏者 メシアス・ブリット

Messias Britto  Cavaquiho Polifonico.jpg   Messias Britto  BAIANATO.jpg

立て続けに、ショーロの新作であります。
今度はバイーアの若手カヴァキーニョ奏者のセカンド作。
14年のデビュー作で、目の覚めるような早弾きを披露して、
ショーロ・ファンの間で話題となった、メシアス・ブリットです。

あのデビュー作は良かったよねえ。
息つかせぬ高速パッセージを繰り出すバカテクぶりに、目がテンになりましたけれど、
アミルトン・ジ・オランダのようなショーロの枠をハミ出した、
現代的なインストゥルメンタルではなく、
伝統ショーロのフォーマットを崩さない音楽性に、頼もしさをおぼえたもんです。

ほぼ自作曲で固めたレパートリーには、バイオーンやフレーヴォもあり、
アルバム・タイトルや、
サルバドールのランドマークを描いたジャケットが示していたように、
バイーア産のショーロであることをアイデンティファイしていました。
本来リズム楽器であるカヴァキーニョがソロ演奏するために、
もう一人リズム役のカヴァキーニョ奏者が伴奏に加わっています。

高速のショーロ・ナンバーばかりでなく、スローでは絶妙な歌ゴコロを聞かせていて、
クレジットはありませんが、サンパウロへ渡って演奏活動をしている
ピアニストの米田真希子が、しみじみとしたプレイで主役を守り立てています。

さて、新作の方ですが、これがびっくり、カヴァキーニョの完全独奏アルバム。
ブリットたった一人で、多重録音することもなしにソロ演奏するとは、攻めてますねえ。
まだ2作目でこういう挑戦するのも冒険なら、
それを見事になしとげる実力に、ウナらされます。

オープニングの愛らしいルイス・ゴンザーガのバイオーンから、
ナザレーの「オデオン」やヴァルジール・アゼヴェードなどのショーロ・ナンバー、
「カリニョーゾ」やアリ・バローゾのサンバ・カンソーン、
ジョビンの「シェガ・ジ・サウダージ」、などの有名曲も今回は取り上げ、
自作曲と半々といったレパートリーとなりました。

感心するのは、ブリットのフレージングの美しさ。
これこそまさしくショーロの真髄で、メロディの歌わせ方に、
ジャズではないショーロとしてのインスト音楽のアイデンティティがあります。
「カリニョーゾ」の歌わせ方なんて、見事じゃないですか。
さらっと短く早弾きを交えたり、美しいハーモニクスを加えても、
けっして弾きすぎない、技巧をひけらかせないプレイ・スタイルが見事です。

この人には、このままジャズを勉強しないで、ショーロの味を保っていてほしいなあ。
現代的なインストも大好きだけれど、
だからといって、こういう古典的なショーロの味も失ってほしくない。
ジャズを身につけると、こういうメロディの歌わせ方を失う人がほとんどなので、
ブリットくんには、ぜひ今後もショーロの世界で精進していくことを願います。

Messias Britto "CAVAQUINHO POLIFÔNICO" no label no number (2017)
Messias Britto "BAIANATO" no label no number (2014)
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ショーロの醍醐味 ファビオ・ペロン

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サンパウロの若手バンドリン奏者の3作目。

前2作目を試聴した時、大勢のゲストを迎えすぎていて、
主役の個性がぼやけ、捉えどころがなかったような記憶が残っています。
演奏内容もショーロというより、
ジャズ的なアプローチのインスト作品だったんじゃなかったっけ。
ま、いずれにせよ、その時は手を伸ばさず、やり過ごしてしまったんですが、
ファビオ・ペロンという名前は、しっかりと頭の片隅に残りました。

で、この本作、表紙デザインこそモダン・インスト系に見えますが、
中身は純然たるショーロ・アルバム。
それもバンドリンと7弦ギター、ギターの3人のみで
全編を通しているんだから、相当な実力がなければできないことです。

7弦ギタリストは、サンパウロ・ショーロ・シーンの重鎮、ゼー・バルベイロ。
主役を徹底的に引き立てて、裏方に回ることにかけては、
当代随一のショロンといえる名手なので、彼の名があるだけでも、内容保証付きです。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2010-07-31

そして、主役のファビオは、技巧派ともいえる実力者。
その実力をしっかりと聞かせる見せ場を作りつつも、
アルバム全体としてはテクニックに流れず、
歌ゴコロあふれるプレイに心を砕いています。
その丁寧なニュアンスのつけ方が、
エレガントなメロディをいっそう引き立てて、胸に響きますよ。

ショーロ好きは、こういう地味なアルバムにこそ
ショーロの醍醐味をおぼえるというか、長く付き合えるアルバムになるのです。

Fábio Peron "AFINIDADES" no label no number (2016)
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オグン神に捧ぐ ボンガール

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昨年、オリンダのアフロ・ブラジレイロ宗教音楽グループ、ボンガールの16年作を入手し、
デビュー作以来10年ぶりの再会にカンゲキしたばかりだったんですが、
はや17年リリースの最新作が届きました。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2017-06-02

今作はタイトルに示されるとおり、鉄の神オグンにまつわる歌を歌っています。
溶接の作業場を演じたジャケットも、オグン神の「鉄」をイメージしたものなんでしょう。
オープニングは、彼らの活動拠点であるアフロ・ブラジレイロ宗教ナソーン・シャンバの
テレイロで録音された、シャンバの儀式でのエシュとオグンに捧げた歌で、
15分に及ぶ長尺の打楽器とコーラスによる歌と演奏は、ライヴ感に溢れ臨場感たっぷり。
腹にずしんずしんと響く打音が、快感ですねえ。

しかし、このオープニング以降のトラックは、
鉄の神オグンに捧げるために、金管楽器のブラス・セクションを加えた曲があるほか、
ギターやバンドリンを加えたり、アコーディオンがフィーチャーされる曲など、
コンテンポラリーなアレンジも施して、パーカッション・ミュージックをベースとしながら、
色彩感のあるサウンドに仕上げています。

宗教音楽のパーカッション・ミュージックは、
オーセンティックな素の演奏のままだと、部外者はなかなか入り込めないし、
だからといって、旋律楽器を取り入れてポップ仕立てにしても、
宗教音楽の本質を歪めることになっては意味がなく、案外その塩梅が難しいもの。
ボンガールはその課題を見事にクリアしています。

Bongar "OGUM IÊ!" no label no number (2017)
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M-BASE の南アジア的展開 レズ・アバシ

Rez Abbasi  UNFILTERES UNIVERSE.jpg

2017年のジャズは、ヴィジェイ・アイヤーの“FAR FROM OVER” が
ぶっちぎりのベストでしたけれど、
そのヴィジェイが参加したレズ・アバシの新作が、これまた快作じゃないですか。

レズ・アバシは、65年パキスタン、カラチの生まれ、
4歳の時に家族がロサンゼルスへ移住して、アメリカで育ったギタリストです。
インド移民2世のヴィジェイともども、
南アジアにルーツを持つジャズ・ミュージシャンですが、
本作にはもう一人インド系アメリカ人サックス奏者のルドレシュ・マハンサッパも参加して、
M-BASE の南アジア的展開とでも呼びたいジャズを繰り広げています。

変拍子にアブストラクトな旋律、しっかりと構成されたコンポジションは、
まさしくM-BASEゆずり。ドラマティックな展開をみせる曲の中で、
緻密な演奏ぶりと豪快なインプロヴィゼーションの同居が聴きどころですね。
長尺のトラックの合間に差し挟まれた、短いギター・ソロ演奏も、
まるでラーガを聴くかのようで、これまたエイジアン・M-BASE的といえます。

曲中でたえずリズムが変化していき、
テンポも早くなったり遅くなったりを繰り返す不安定さが、すごくスリリングです。
エンディングも唐突といってもいいくらい、すぱっと終わり、
もったいつけないところが、すごくいいな。

レズ・アバシのギターは、インプロヴィゼーションで際立たせるより、
トータルなサウンド・メイキングに注力しているといった印象。
むしろソロで活躍するのは、ルドルシュのアルト・サックスの方で、
ぶっといチューブからぶりぶりと中身を押し出してくるような、
粘っこいトーンに魅力があります。

ルドレシュ・マハンサッパにレズ・アバシ、ドラムスのダン・ワイスの3人は、
インド=パック・コアリションとしても活動してきた仲だけに、
息の合ったプレイを聞かせていて、
ゲストで参加したチェロの弓弾きが、サウンドにアクセントを与えています。
むしろここでは、ヴィジェイ・アイヤーのピアノが控えめで、
バックに回ってサウンドの厚みを付ける引き立て役に終始しているといえそうです。

Rez Abbasi "UNFILTERED UNIVERSE" Whirlwind Recordings WR4713 (2017)
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見逃していたビギン・ジャズの快作 アラン・ジャン=マリー

Alain Jean-Marie  GWADA RAMA.jpg

ジャズCDショップに足を向ける機会が、ずいぶん多くなった気がします。
この前、アウトレットのコーナーをパタパタとめくっていたら、
アラン・ジャン=マリーのビギン・ジャズのアルバムを発見しちゃいました。

あー、そういえば、だいぶ前にアラン・ジャン=マリーの69年デビュー作のCDが
再プレスされて出回っているのに気付いたのも、このお店だったっけか。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2012-12-03

ジャズ・ファン好みのスタンダードを演奏したピアノ・トリオなどで、
フレンチ・ジャズの粋なピアニストと思われている
アラン・ジャン・=マリーですけれど、
カリブ音楽ファンにとっては、なんといってもグアドループ島出身の、
ビギン・ピアニストのマエストロとして認識されていますよね。

今回見つけた09年作も、内容はフレンチ・カリブのクレオール・ジャズ。
アランのピアノ、ベース、ドラムスに、
グアドループのグウォ・カのグループのパーカッショニストを加えたカルテット編成で、
ビギン、マズルカ、グウォ・カなど、
アンティーユ色全開のレパートリーを聞かせてくれます。
カッサヴのデュヴァリュー&デシムスが作曲したズーク・ナンバーもやっていますよ。

う~ん、こんなアルバムが出ていたとは、知りませんでしたねえ。
アウトレットに出てたくらいだから、ジャズのショップでは売れなかったんでしょう。
ワールドのショップで扱うべきアイテムを、バイヤーが売り先を間違えた感ありあり。

09年作だから、この当時で64歳ですか。
ピアノのタッチに衰えは、まったく感じさせませんね。
昨年、トニー・シャスールのラ・シガールでのデビュー30周年ライヴで、
アランがゲストに招かれて1曲弾いていましたよね。
ソロの運指にややもたつきが感じられ、お年を召した感がありつつも、
左手のタメの利いたリズム感に、いぶし銀な味わいがあって、
う~ん、さすがだなあとウナったばかり。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2017-03-06

あの時より十年近く若いので、プレイもかくしゃくとしているし、
老練な味わいもたっぷり。ビギン・ジャズのファンにはたまらない快作です。

Alain Jean-Marie "GWADA RAMA" Thierry Gairouard Production TG/OM01 (2009)
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オプティミズムなポップが放つ希望 マフィキゾロ

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マフィキゾロが帰ってきた!

クワイトはもう下火になったとか聞いていたんですけれど、
南アへ足しげく通っている板谷曜子さんからお話を聞くと、
最近またクワイトが盛り上がりを見せているのだとか。

だからかどうかはわかりませんが、去年の11月にリリースされた
クワイトの大スター、マフィキゾロの新作が、ごっきげ~ん ♪
04年にメンバーの一人がソウェトの路上で射殺されるという痛ましい事件によって、
トリオからデュオとなってからのマフィキゾロでは、これ、最高作じゃないですか。

前13年作“REUNITED” も、かつての華を取り戻した感はあったものの、
表紙のポップさとは裏腹の、ダークなムードや諦観のようなものがまだ残っていて、
このチームのオプティミズムな良さが、発揮しきれていませんでした。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2013-08-06

でも、今作は、吹っ切れましたね。
9作目を数える結成20周年記念作となった今作は、
マフィキゾロの親しみやすいポップ感覚が全面展開して、キラッキラ輝いています。

オープニングの“Love Potion” から、「これぞ南ア」といったメロディが満載。
鈴が鳴るようなギターも、いかにも南ア流で、頬が緩みます。
やっぱり彼らには、クールに構えるより、こういうポップさが似合うな。
あと、ビートメイクが多彩になったところもいいですね。
“Umama” のハネるリズムなんて、もうサイコーです。
前作はハウス寄りの単調なビートメイクが、退屈なところもありましたからね。

全16曲には、さまざまなアーティストがフィーチャリングされています。
ブラック・コーヒーとも共演したことのある女性歌手モニーク・ビンガムの起用は、
意外じゃありませんでしたが、シリーナ・ジョンソンにはびっくり。
これ、シル・ジョンソンの娘のシリーナ? ひょっとして同名異人か。
コーラス・パートをコサ語で歌っているんだけども。
本当にあのシリーナだとしたら、どういう縁なのか知りたいところ。
ほかには、ナイジェリアからイェミ・アラデ、ウィズキッド(ここにもか!)、
タンザニアからボンゴ・フレーヴァーの新人、ハーモナイズもかけつけています。

厳しい南アの現実の中で、20年間サヴァイヴしてきた彼らだからこそ、
持ち味のオプティミズムで、これからも希望を与え続けてもらいたいものです。

最後に、蛇足のこぼれ話を。
今回たまたま偶然に、ドイツ経由で南ア盤を入手できましたけれど、
昨年、南アからの直輸入ルートがなくなり困り果てています。
20年近く懇意にしていた南アのオンライン・ショップが
閉鎖あるいは国外配送を中止してしまい、途方に暮れているのでした。
板谷さ~ん、ぜひ南アからの入手ルートの開拓、期待してま~す。

Mafikizolo "20" Universal CDRBL918 (2017)
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71歳タクシー・ドライヴァーの再起 ハイル・メルギア

Hailu Mergia  LALA BELU.jpg

なんと、ハイル・メルギアの新録の登場です!

かつてハイル・メルギアが在籍していたワリアス・バンドで、
ともに鍵盤担当だったギルマ・ベイェネの復帰作が出たのが、ちょうど1年前。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2017-03-12
今度はハイル・メルギアが前線復帰するとは、なんだか感慨深いものがありますねえ。

81年、ワリアス・バンドがアメリカ・ツアーをするも失敗に終わり、
夢破れた二人は、他のメンバーがエチオピアへ帰国するのを横目に見ながら、
そのままアメリカに移り住んだのですね。

ハイル・メルギアは、ワリアス・バンド脱退後、
ズラ・バンドを結成して演奏活動を続けましたが、
エチオピアでの輝かしいキャリアとは比べものにならないドサ回り生活だったらしく、
当時録音した多重録音のカセット作品には、
いかにも場末に身をやつした音楽家といった感の、
うらぶれムードが独特の味わいを醸し出していましたよね。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2013-07-25

そのズラ・バンドも92年には解散してしまい、
その後ハイルは、ワシントンDCで空港のタクシー・ドライヴァーとして生計を立て、
音楽の現場第一線から身を引いていたのでした。
ところが20年後、事態は大きく動きます。

アフリカ音楽カセットのマニアというモノ好きな若者が、
ハイルの85年のカセット作を発見し、自身主宰のレーベル、
オウサム・テープス・フロム・アフリカから13年にリイシューすると、
ピッチフォークなど一部のメディアから人気が沸騰。
ハイルは、一躍注目のアーティストとして取り上げられるようになったのでした。
これを機に、ハイルは演奏活動を再開し、
翌年には、エチオピア音楽黄金時代に残した77年のレア盤傑作までも復刻され、
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2014-11-25
さらに注目を集めて、ついに今回の新録に至ったというわけですね。

編成は、ハイルが弾く鍵盤にベース、ドラムスのトリオというシンプルさ。
フリー・ジャズ系のポーランド人ベーシスト、マイク・マコウスキーと、
大友良英とペリルというバンドを組んでいた
オーストラリア人ドラマーのトニー・バックという人選は、成功です。

ハイルは、アコーデイオン、ピアノ、エレクトリック・ピアノ、オルガン、
メロデイカと多彩な鍵盤を弾き分け、中には次々と楽器を替えて演奏する曲もあります。
ベースがマシンコのように弓弾きを聞かせたり、ドラムスも多彩なリズムを叩き分けたり、
ハイルのエチオ・ジャズをよく理解したプレイをしていますよ。
6曲目のハイルのピアノ・ソロのあとに、シークレット・トラックが2曲あって、
ハイルが歌を披露するというお楽しみもあります。

ところで、今回のリリース・インフォメーションに、「15年ぶりの新作」とあり、
03年にラスト・レコーディングがあったことを示唆しているんですが、
未発表作があったんでしょうか。
85年のカセット作以後のハイルの作品を知らないので、これも気になるところです。

Hailu Mergia "LALA BELU" Awesome Tapes From Africa ATFA028 (2018)
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カビールのやるせない切なさ アムジーク

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なんて泣ける歌が詰まったアルバムでしょうか。
カビールの歌は、涙の味がします。

人生の苦渋を移し替えたような、苦味のあるメロディ、
勝ちめのない勝負とわかっていても、闘わなければならない者を励ます歌。
そんなふうに感じるのは、ぼくだけでしょうか。
グッとくる男泣きの曲の数々に、すっかりマイってしまいました。
どうしてこんなに胸を打つメロディばかりが並んでいるんでしょう。

強い男に憧れながらも、オノレの未熟さにため息がもれる、弱き男のアイロニー。
そんな弱き男の味方というか、弱い男の応援歌となってくれるのが、
カビールの歌だという気がしてならないんですよ。
無頼の雰囲気を漂わせるのも、真の強さを持ち合わせない弱さの裏返しで、
抗えない運命に立ち向かう者を奮い立たせる勇気を、その歌は与えてくれます。

双子の兄弟を含む若き在仏カビール3人組のアムジークは、
ベルベルの自称「アマジーグ」と「ムジーク」を結び付けた名前でしょうか。
マンドーラ、バンジョー、ギター、ヴァイオリン、ピアノ、ベンディール、
ダルブッカなどの生音を中心とするサウンドに、シンセやストリングスを施し、
ユニゾンのコーラスを中心とした歌を聞かせてくれます。

幸福感のある明るい歌にさえ、やるせない切なさが宿る、
心優しき男のロマン溢れるアルバムです。

Amzik "ASUYU N TEMZI" Music Pro 194/16 (2016)
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