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南スーダンのファニーなポップス パンチョル・デン・アジャン・ラック

Panchol Deng Ajang Luk  THE VOICE OF SOUTH SUDAN.jpg

南スーダンのポップス?
あの国にポップスなんて存在するのか?
独立早々の国境紛争から内戦に突入した南スーダンの惨状を思えば、
当然わき上がる疑問です。

南スーダンの国旗の三色を背に、『南スーダンの声』と題した本作の主役、
パンチョル・デン・アジャン・ラックは、内戦を避けて国外に脱出した難民たちにとって、
レジェンド扱いされている歌手だとのこと。
いかにも低予算なチープな打ち込みは、ポンチャックの南スーダン・ヴァージョンの体で、
聴き始めはやれやれという気分にさせられたんですけれど、
聴き進めていくうちに、グングン引きつけられてしまいました。

いかにもスーダンらしいおおらかなメロディと、
2・4拍でハネるリズムがユーモラスというか、ファニーというか、
とにかく楽しいことこのうえないんですよ。
オルガン、シンセサイザー、シンセ・ベースをレイヤーしたスッカスカのサウンド、
キーボードのキュートな音色に、クスクス笑いを誘われます。
アコーディオンやエレクトリック・ギターは手弾きのようで、
シンセ・ベースでなく、手弾きらしきベースが聞こえる曲もあるんですけれど、
見事にチューニングが合っていなくて、アブなく妖しいサウンドを生み出しています。
何が功を奏するか、わからないもんですね。

パンチョル・デン・アジャン・ラックは、現在の南スーダン、デュック・パディエット群で、
69年の生まれ。兄弟の多くを失くし、父親は76年に、母親は90年に他界。
内戦のため通っていた学校も閉鎖され、初等教育も満足に受けられなかったそう。
歌手活動だけでなく、レスリングの選手としても活躍したが、
ディンカ人主体の反政府組織SPLMによる内戦が激しくなった91年には、
ほとんど芸能活動が不可能となり、
現在は難民キャンプを回って避難民を勇気づけているという。
国外へ逃れた難民の支援を受け、13年にカナダ、15年と17年にオーストラリア、
17年にアメリカへ招待されて公演を行っています。

ハイル・メルギアの85年の多重録音盤が好きな人や
アフリカ音楽カセットのマニア、ブライアン・シンコヴィッツさんのレーベル、
オウサム・テープス・フロム・アフリカのファンには、絶好の一枚でしょう。

Panchol Deng Ajang Luk "THE VOICE OF SOUTH SUDAN" JBT no number (2017)
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スーダンのブルース・レジェンド アブドゥル・アジーズ・ムハンマド・ダウード

Abd Al Aziz Mohammed Daoud.jpg

黄金の宝が眠っていることはわかっているのに、
待てど暮らせど、いっこうに発掘されないスーダン大衆歌謡。
オスティナート・レコーズのヴィック・ソーホニーが手がけ始めたので、
その成り行きを見守っていたところ、まったく別のところから、
ヴィンテージものがひょっこりリイシューされました。

それがアリゾナ州トゥーソンを拠点とする
ブルー・ナイル・レコーズというレーベルがリリースした、
アブドゥル・アジーズ・ムハンマド・ダウードのリイシュー作。
アメリカに渡ったスーダン人が主宰しているレーベルのようです。

アブドゥル・アジーズ・ムハンマド・ダウードは、伝統的なハギーバから
スーダン歌謡の現代化が大きく進んだ60年代に活躍した歌手。
北部の町ベルベル出身で、生年はライナーには30年とありますが、
ぼくの手元にある資料では22年説と16年説があり、ちょっと不確かのようですね。

少年時代のクッターブ(コーラン学校)では、コーラン朗唱に優れた生徒だったものの、
歌が好きでよく大声で歌っていたダウードは、
音楽を禁じるイスラームの教えに背いたとして、よく鞭打たれとのこと。
47年にラジオ・スーダン(ウム・ドゥルマン・ラジオ局)で歌い始めたダウードは、
ハギーバなどの大衆歌謡ばかりでなく、スーフィーの古い聖歌や
コーランの一節を吟唱したり、即興のコメディを歌うなど、
さまざまなレパートリーを歌える歌手としてその才能が高く評価され、
スーダンの著名な作曲家や詩人が競うようにダウードのために曲を書いたといいます。

50~60年代に人気を博したダウードのスタイルは、「ブルース」と呼ばれ、
やがて「スーダンのハウリン・ウルフ」の異名をとり
(アメリカのブルース・シンガーとは無関係)、
このCDにも、「スーダニーズ・ブルース・レジェンド」と記されています。
ウム・ドゥルマン・ラジオ局の公式記録では、ダウードは49を超すアルバムを残し、
186曲を録音したとあり、国内ばかりでなくアラブ諸国をツアーし、
74年にはドイツ、アメリカへも渡っています。

本CDは、60年代のオリジナル音源をもとに、
93年に伴奏をオーヴァー・ダブして差し替えられたもの。
ディスク化されたのは、今回が初のようですけれど、
せっかくお化粧直しした音源を、なぜ眠らせておいたんでしょうね。
そこいらの事情はよくわかりませんが、
ヴォーカルと伴奏に不自然さはなく、違和感なく聴くことができます。
オリジナルの録音時期は、けっこう幅がありそうです。

アコーディオン、ウード、エレクトリック・ギター、ボンゴが繰り出す
まろやかなビートがたまりません。ヴァイオリン・セクションが舞う
エレガントなサウンドは、スーダン歌謡の醍醐味といえます。
ダウードの気っ風のいい歌いっぷりやこぶしの利かせ方は、
まさに熟練の味わいで、奥行きのある歌声に懐の深さを感じます。
ブルース・シンガーというより音頭取りと言った方が、日本人にはピタッときますね。
60年代のオリジナル音源も、ぜひ聴いてみたいものです。

Abd Al Aziz Mohammed Daoud "THE BEST OF ABD AL AZIZ MOHAMMED DAOUD VOLUME ONE" Blue Nile BLN1804
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21世紀に蘇るレンベーティカ ヴィヴィ・ヴーツェラ

Vivi Voutsela KARDIOKLEFTRA.jpg

マリカ・ニーヌを聴いていて、この春カンゲキしたレンベーティカ新作を
取り上げそこねてたのを思い出しました。
これがデビュー作という、女性歌手ヴィヴィ・ヴーツェラのアルバムです。

デビュー作で、戦前スミルナ派のレンベーティカのレパートリーを歌うというのも
スゴい話なんですけれど、こういうアルバムがぽろっと出るところが、
まさしくギリシャ歌謡の奥深さなんでしょうねえ。
デビュー作といっても、それなりにキャリアを積んでいる人らしく、
レンベーティカの古典曲を集めた企画アルバムなどに録音を残していて、
古いレンベーティカへの並々ならぬ情熱がうかがえます。

あれ? この曲、知ってると、熱心なレンベーティカ・ファンなら、
耳馴染みのある曲も多いはずで、曲目をチェックしてみたところ、
2曲目の‘Marikaki’ と8曲目の‘Spasta Fos Mou’ は、
ローザ・エスケナージのよく知られた代表曲。

6曲目の‘Mesa Sto Pasalimani’ と9曲目の‘Spasta Fos Mou’ は
スミルナ派を代表する女性歌手リタ・アバジの歌で知られ、
3曲目のステラーキス・ペルピニアーディスの‘I Foni Tou Argile’ は、
ダラーラスもカヴァーした曲ですね。
タイトル曲の‘Kardiokleftra’ は、歌手以上にヴァイオリン、サントゥーリ、
ギターの演奏家として名高いヨルゴス・カヴーラスの曲で、
7曲目の‘Nisiotopoula’ もヨルゴス・カヴーラスの曲です。

1曲だけ戦後の曲が取り上げられていて、10曲目の‘Sevilianes’ は、
サロニカ生まれのユダヤ人女性歌手ステラ・ハスキルの曲。
47年の曲ということで、この曲のみ伴奏に弦楽オーケストラを加えて、
ゴージャスなサウンドにしています。

伴奏を取り仕切るのは、ヴァイオリンのキリアコス・グヴェンタス。
ロンドンのロイヤル・アカデミーでも学んだ音楽家で、
ライカからいにしえのレンベーティカまで通じるプロフェッサーと称される人とのこと。
古きレンベーティカの伝統的な編成を基礎としながら、
現代の息吹を感じさせるアンサンブルのアレンジが、
ヌケのいいサウンドを生み出しています。

そんなリフレッシュメントされたサウンドに応えるように、
透明感のあるヴィヴィの節回しが、実にさわやかで、
ディープでブルージーな前世紀のレンベーティカの猥雑さとは、別物ですね。
単なるスミルナ派の再現にとどまらないモダンなセンスが、
レンベーティカ消滅後、半世紀の時を経て、新たに蘇らせたのを実感します。
トルコのシャルクやサナートが再興したのとも、シンクロしているような気も。

Kaiti Ntali  TA REMBETICA.jpg

ジェネラル・ミュージックというこのレーベル、
12年にもケイティ・ンタリのレンベーティカ集を出していましたけれど、
レンベーティカ・ファンは注目する必要がありそうですね。

Vivi Voutsela "KARDIOKLEFTRA" General Music GM2392 (2019)
Kaiti Ntali "TA REMBETICA" General Music GM5288 (2012)
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戦後レンベーティカの恋唄 マリカ・ニーヌ

Marika Ninou  MIA VRADIA STOU TZIMI TOU XONTROU.jpg

これまた原田さんから、するりと差し出された温故知新盤。
アラブの旧作もそうですけど、ギリシャも古いCDがまだ結構残っているらしく、
CD衰退の現在、CDショップとしては古いカタログに活路を見出すのは、
手堅い選択でありますね。

30年くらい前によく聴いた、レンベーティカの名女性歌手マリカ・ニーヌ。
レンベーティカをギリシャの国民歌謡に引き上げたヴァシリス・ツィツァーニスとのコンビで
有名になった人ですけれど、このCDは見たおぼえがないなあ。
バック・インレイを見るとライヴ録音らしく、ありがたくいただいてまいりましたよ。

55年にアテネの「太っちょジミー」というタヴェルナ(居酒屋)で
アマチュア録音されたものが、77年に発掘されてLP化され、
92年にCDリイシューされたものとのこと。
55年というと、マリカはすでにツィツァーニスとのコンビを解消し、
ソロ歌手として独立していた時期。太っちょジミーは、
ツィツァーニスとのコンビ時代からレギュラー出演していた馴染みのお店です。

ライヴ録音といっても観客の拍手はカットされていて、
録音はあまりよくありませんが、臨場感がすごいんです。
ブズーキ、ヴァイオリンなどの弦楽器に、ピアノ、アコーディオン、
さらに男性コーラスも加わった伴奏のグルーヴィなことといったら。
なまめかしいヴァイオリンや、硬い弦の響きがリズムのエッジを立てるブズーキなど、
戦前とは異なる近代化されたレンベーティカ・サウンドが楽しめます。
そっけなく歌う、マリカの張りのあるヴォーカルも、なまなましいですね。

この2年後には癌がもとで亡くなってしまう、晩年の時期のマリカですけれど、
ここで聞かれる歌声からは、病気の影はまったく感じ取れません。
54年に癌の手術をしていて、その翌年の録音になるわけですけれど、
このギリシャならではの歌声には、35歳の若さで亡くなってしまったのが、
つくづく悔やまれます。レンベーティカからライカ時代に移っても、
存分に活躍できたはずなのに。

レンベーティカというと、ついSP時代のディープなスミルナ派ばかり
聴き返してしまうんですけれど、レンベーティカが消滅する50年代に、
最後の輝きを放ったピレウス派の、
センチメンタルな恋唄の良さが詰まった好盤でした。

Marika Ninou "MIA VRADIA STOU TZIMI TOU XONTROU" D.P.I. Atheneum D.P.I.066
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親しみやすさに込められた強靭なメッセージ ジアード・ラハバーニ

Ziad Rahbani  BIL AFRAH.jpg

エル・スール・レコーズに行くと、ジアード・ラハバーニの70年代のCDが入荷中。
「あれ、懐かしい」と思わず口にすると、
「いいですよねえ、これ。まだ在庫があったんで、入れてみたんですけど、
インストだから売れないかなあ」とは原田さん。
ところが、その後すぐさま売り切れとなったようで、
さすがはエル・スールのお客さん、いいモノをよくご存じです。

アラブ古典の器楽演奏というと、ちょっと敷居の高いものが多いですけれど、
なかでもこれはもっとも親しみやすい一枚として知られている名作。
フェイルーズの息子で、いまや母のアルバム・プロデュースもするまでになった
ジアードですけれど、まだ当時は20歳そこそこの気鋭の若手音楽家でした。

原田さんがいみじくも「アラブのデスカルガ」と言っていたように、
自由闊達なジャム・セッションを味わえるアルバムなんですね。
ぼくもひさしぶりにCD棚から引っ張り出して聴き直しましたけれど、
うん、やっぱり極上品ですね。

表紙には正装したメンバーが勢揃いしていますが、
ジャケット裏のレコーディング風景を撮ったスナップ・ショットの方が、
演奏の雰囲気をよく表わしていて、スタジオで演奏している
普段着姿のリラックスした様子が、ありありと伝わってきます。
掛け声をかけたり、手拍子も交えたりと、レコーディングの緊張感など、どこへやら。
即興する演奏者をはやしたり、笑い声まで録音されていて、
そのリラックス・ムードがさらに演奏をいきいきとさせています。

フィリップスから77年に出された本作は10曲の組曲で、
ジアード・ラハバーニの自作曲に、近代アラブ音楽の基礎を作った
サイード・ダルウィーシュの曲や、レバノンの作曲家で音楽プロデューサーの
ハリーム・エル・ルーミー(マージダ・エル・ルーミーのお父さん)の曲、
アルメニア民謡がメドレーで演奏されます。
CDには、LPに記載のなかった‘Moukadimat Sahriye’が5曲目にクレジットされています。
ただし、組曲形式だから38分弱のノンストップで、CDも1トラック扱いとなっています。

宗派対立が極限まで達し、ベイルートで内戦がぼっ発した75年、
ジアードはこのビル・アフラー組曲を演奏するため、
クリスチャンとムスリム両方の音楽家を集めて、
ビル・アフラー・アンサンブルを編成しました。
のちにジアードは、「ベイルートのボブ・ディラン」と称されるとおり、
社会批評家として政治的立場を鮮明にしましたけれど、
若干19歳にして、宗派を超えて器楽演奏をすることで、
無言の雄弁なメッセージを放ったのです。

なぜ古典器楽を、かくも楽しげに演奏してみせたのか。
それは、幾千の言葉を重ねたプロテスト・ソングよりも、
強烈なカウンターとなることを、ジアードは理解していたからでしょう。
ビル・アフラー・アンサンブルが、
キリスト教徒もイスラーム教徒も共存できることを証明し、
その親密なセッションが、憎しみあい敵対することの愚かさを照射してみせました。

単に、親しみやすい古典器楽と聴いていた本作に、
そんな深いメッセージが込められているとはツユ知らず、
ずいぶん後になってから知った時は、ぼくもウナってしまいました。

そういえば、4年前ニュー・ヨークで、ビル・アフラー結成40周年を記念した
ビル・アフラー・プロジェクトが結成され、コンサート活動をしています。
トランプ以後の分断されたアメリカだからこそ、こうした活動を応援したくなりますね。

Ziad Rahbani "BIL AFRAH" Voix De L'Orient VDLCD606 (1977)
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里帰りしたヴェテラン越僑シンガー タイン・ハー

Thanh Hà  MỚI MẺ NÀO CŨNG NGỌT NGÀO.jpg

うわぁ、まるでエドワード・スタイケンのファッション写真みたいじゃないですか。
マレーネ・ディートリッヒやグレタ・ガルボの名フォトの数々が思い浮かぶ、
ノスタルジックなセピア調のジャケット・デザインに目を奪われました。
ヴェトナムのヴェテラン・ポップス・シンガー、タイン・ハーの新作です。

ドイツ系アメリカ人の父とヴェトナム人の母のもとに生まれたタイン・ハーは、
少女時代から地元ダナンのラジオ局で歌ってきたという人。
高校卒業後に難民申請してフィリピンへ渡り、
難民キャンプの美人コンテストで優勝してから本格的に歌手活動を始めたそうで、
91年にアメリカへ移り、96年にトゥイ・ガからデビュー、
越僑歌手として20年以上のキャリアがあります。
白人の父親の影響でヴェトナム人的な顔立ちでないところが、フィ・ニュンと同じですね。

そんなタイン・ハーが、17年から活動拠点をヴェトナムへ移し、
ヴェトナムの若手作曲家や音楽家たちとプロジェクトを組み、
2年の歳月をかけて作り上げたのが本作です。
若手による作品ながら、ノスタルジックな抒情歌謡路線のアルバムで、
近年のボレーロ・ブームに沿った作品といえます。

実は、タイン・ハーを聴くのはこれが初めてなんですが、
おそらくトゥイ・ガから出していたアルバムとはがらりと違っているんじゃないかな。
語尾のヴィブラート使いのしつこさがやや気になりますけれど、
少しハスキーな声で軽やかに歌いながら、
しっとりとした情感を出すあたりは、さすがですよ。

ドラマティックな曲で歌い上げても、まったくしつこさを感じさせず、
さっぱりしてるところも美点ですね。
ドライな味に魅力のある人です。

Thanh Hà "MỚI MẺ NÀO CŨNG NGỌT NGÀO" Phương Nam Phim no number (2019)
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タクシー・ギャングのミリタント・ビート ビティ・マクリーン

Bitty McLean・Sly & Robbie  LOVE RESTART.jpg

う~ん、このリディムの快楽といったら!
スライ&ロビーが繰り出すビートに、いつまでも身を浸していたくなります。
まさしく満足度100%保証付きのグルーヴであります。

ブラック・ウフルーを支える屋台骨として大活躍していた
80年代を思わすミリタント・ビートが、また聴けるとは思いもよりませんでした。
これもまた、ルーツ・レゲエの回帰現象なんでしょうか。
懐かしいリディム・コンビに乗るのが、甘々のラヴァーズ・ロックで、
しゃがれ声のルーツ・レゲエが好きな当方には、甘味が強すぎますけれど、
とにかくバックのサウンドの魅力には抗しがたく、買ってまいりました。

ビティ・マクリーンというこの人、UKレゲエのヴェテラン・シンガーとのこと。
レゲエ門外漢なもので初耳でしたが、もう何度も来日しているようですね。
もともとはサウンド・エンジニアで、UB40を手がけていたというのだから、
相当なキャリアの持ち主です。

スライ&ロビーのリディム・セクションに、マイキー・チャンのギター、
ロビー・リンのキーボード、スティッキー・トンプソンのパーカッションって、
どんだけ80年代タクシー・ギャングまんまなのって感じ。
あの当時はエッジの利いたサウンドが、どんどん攻撃的になっていって、
ポール・グルーチョ・スマイクルがミックスするようになると、
かなり派手なサウンドになっちゃったんだっけ。

グルーチョがまだ絡む前のタクシー・ギャングのサウンドが好きだったから、
鍵盤類が音を重ねすぎない、このシンプルなプロダクションはすごく好み。
なんたって、スライのドラミングが映えるもんねえ。
はじめは甘すぎると感じたビティのスムースな歌い口も、繰り返し聴くうちに抵抗感も薄れ、
初夏に向かうこの季節にぴったりな、爽やかな風を浴びている気分です。

Bitty McLean・Sly & Robbie "LOVE RESTART" Taxi/Silent River/Tabou 1 SRCD002 (2018)
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パウロ・フローレスのルゾフォニア音楽絵巻

Paulo Flores  EXCOMBATENTES.jpg   Paulo Flores  EXCOMBATENTES REDUX.jpg

アンゴラのヴェテラン・シンガー・ソングライター、パウロ・フローレスが
09年に出した3枚組の力作“EXCOMBATENTES” がようやく手に入りました。
12年に出た“EXCOMBATENTES REDUX” は、本作の抜粋ヴァージョンで、
あー、全編聴きたいなあと、長年願っていたんですよ。
10年も前の作品で、入手はもう不可能だろうとすっかり諦めていたんですが、
よく残っていたもんです。うれしー♡

3枚のディスクは、それぞれ「旅」「センバ」「島」と題され、
トール・サイズのCDブックに収められています。
パウロ自身が音楽監督を務めるほか、
ブラジルのプロデューサー、シコ・ネヴィスを迎えて制作されました。
シコ・ネヴィスといえば、レニーニの97年ソロ・デビュー作の
プロデュースを手がけたことなどで知られていますね。
レコーディングは、ルアンダ、リオ・デ・ジャネイロ、リスボンと、
アンゴラ、ブラジル、ポルトガル3か国に渡って行われていて、
まさしくルゾフォニア(ポルトガル語圏)・コネクションといえます。

ブラジル録音では、ベースのアルトゥール・マイア、チェロのジャキス・モレレンバウム、
ピアノのダニエル・ジョビン、クラリネットのパウロ・モウラ、ラベッカのシバ、
ピファノとサックスのカルロス・マルタといった名うてのミュージシャンたちが参加。
その名をよく知るブラジル音楽ファンなら、おおっ!と注目せずにはおれないでしょう。

2枚目がセンバと題されているとおり、センバのリズムの曲が多いものの、
3枚ともMPBならぬMPAと呼ぶべきサウンド・プロダクションで、
パウロの詩的な美しさを湛えたコンポーズを引き立てています。
パウロの自作曲以外では、ユリ・ダ・クーニャとデュエットした、
ダヴィッド・ゼーの往年の曲‘Rumba Nza Tukiné’ や、
マイラ・アンドレーデとデュエットしたヴィニシウス・ジ・モライスと
バーデン・パウエルの名曲「プレリュードのサンバ」がハイライトですね。

もちろんこれらは抜粋盤にも収録されていましたけれど、
そこから漏れた曲ではドロドロのブルースの‘Eu Quero É Paz’ や、
アコーディオンとホーン・セクションを配したダンサブルなセンバの‘Contratempo’、
カーボ・ヴェルデのダンス・リズム、フナナーの‘Funana Di Nha Filo’ など、
聴きものが目白押しで、やっぱりこの3枚を聴けばこそ、
パウロのルゾフォニア音楽絵巻を堪能することができます。

Paulo Flores "EXCOMBATENTES" LS Produções no number (2009)
Paulo Flores "EXCOMBATENTES REDUX" Terra Eventos 3700409810480 (2012)
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マダム・ワカ バティレ・アラケ

Batile Alake  WAKA MUSIC OF NIGERIA.jpg

なんじゃ、こりゃ?

USアマゾンで偶然見つけた、ナイジェリアのワカのヴェテラン・シンガー、
バティレ・アラケのCD。
8年も前に出ていたようなんですが、こんなの、いままで見たことないなあ。
デジタル・ノイズまみれの壁紙に、名前とタイトルだけを打ち込んだけの表紙で、
8.98ドルという超安値は、いかにもバッタもんくさい。
わけもわからずオーダーしてみたところ、
中身は、87年のリーダー盤“AJE ONIRE” と“ORIN ASIKO” を2イン1CD化したもの。

それで、思い出したのが、96年にアメリカでCD化された“THE WAKA QUEEN” です。
バティレ・アラケのナイジェリア盤CDは、いまだにお目にかかったことがありませんが、
アメリカでリーダー原盤のLPを2イン1にしたCDが出たことがあるんですよ。
粗末なペーパー・スリーヴのナイジェリア・メイドと違って、
印刷もきれいなら、音質もばっちり。

日本ではバティレ・アラケより人気だったワカのスター歌手、サラワ・アベニも、
まだ当時はCD化されていなかった頃だっただけに、
ワカを聞けるゆいいつのCDとして、とても貴重な一枚でした。
拙著『ポップ・アフリカ800』にも入れてあります。

Batile Alake The Waka Queen.jpg

あの“THE WAKA QUEEN” が、86年の“IWA” と87年の“LEKE LEKE” を2イン1にしたもので、
今回の“WAKA MUSIC OF NIGERIA” が続けて出たLPを2イン1にしたものということは、
両者はなんか関係がありそう。そこでアマゾンのダウンロード・ストアをのぞいてみると、
なんと同じ“WAKA MUSIC OF NIGERIA” のタイトルで、
4枚のアルバムを収録したものが、18年1月に販売されているじゃないですか。
ダウンロード・アルバムには、いちおうマトモなジャケットもついています。

調べてみると、原盤のリーダー・レコーズのニューヨークのパートナーである
プロデューサーのアルバート・ガルゾンが、94年にリーダーと契約して、
オリジナル・マスターからデジタル化したものだったことがわかりました。
96年に“THE WAKA QUEEN” を作ったあと、
残りの音源をアマゾンで売ったということなんでしょうか。
レーベル名もCD番号もなく、ディスクはCD-Rで、
バックインレイのバーコードの上に、‘Manufactured by Amazon.com’ とあります。

とまあ、体裁はサイテーなんですが、内容は素晴らしいんです。
ワカのサウンドは、フジとまったく一緒で、
リード・ヴォーカルとお囃子が全員女性という音楽。
87年というと、フジも打楽器のみではなく、
演奏のごく一部でトランペットやハーモニカなどを
ちらっと使ったりしていた頃ですけれど、こちらはいっさいの西洋楽器を入れず、
トーキング・ドラム、アゴゴ、シェケレ、コンガなどのパーカッション・アンサンブルと
歌がコール・アンド・レスポンスを繰り返す、
ハードエッジなパーカッション・ミュージックを堪能できます。

バティレ・アラケは36年生まれだから、当時50を少し過ぎた頃で、
脂の乗り切ったヴァイタルな歌いっぷりは、彼女のキャリアとしても最高の時期でした。
歌・伴奏とも、ナイジェリアのヨルバのイスラーム系ポップが、
頂点を示していた時期の最高の録音といえますね。
レディ・ソウルならぬマダム・ワカをたっぷりと味わえるワカの名盤です。

ワカは、ヨルバ女性が宗教儀礼でコーランを朗唱する
アラサトゥを発展して生まれた音楽です。
アラサトゥは宗教音楽ではなく世俗音楽でしたけれど、
60年代に入ってヨルバの伝統リズムを取り入れ、
よりポピュラー化を強めたのがワカでした。

バティレ・アラケも、54年にカレティン・ソエ率いるアラサトゥのグループに、
見習いのバック・コーラスとして雇われたのがプロ入りのスタートで、
2年後に自分のアラサトゥのグループを結成します。

バティレ・アラケは「ワカのオリジネイター」を自称していますが、
彼女一人の手柄かどうかは疑問です。
ワカ創生期には、アイラトゥ・イサウやサフラトゥ・アベビのように、
アパラそっくりのサウンドで歌われるなど、ヨルバの伝統リズムを取り入れる試みが、
さまざまなグループで同時発生していて、ワカの名前で広まったのちに
もっとも成功した歌手が、バティレ・アラケだったということでしょう。

Batile Alake Star.jpg

初期のバティレのレコードでは、
ハルナ・イショラやI・K・ダイロのレコードで
有名なスター盤の10インチを持っていますけれど、
歌・演奏とも80年代録音の方が断然上ですね。輝きが違います。

Batile Alake "WAKA MUSIC OF NIGERIA" no label no number
Alhaja Chief Batile Alake "THE WAKA QUEEN" Leader SUB7350-2
[10インチ] Batile Alake and Her Waka Group "BATILE ALAKE AND HER WAKA GROUP" Star SRL3
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イスラエル産ミクスチャー・バンドの豪快ライヴ イエメン・ブルース

Yemen Blues  YEMEN BLUES LIVE.jpg   Yemen Blues  INSANIYA.jpg

すげーぞ、イエメン・ブルース!
スタジオ作の“INSANIYA” を上回る熱量のライヴ盤に、ドギモを抜かれました。
収録されたのは、12年10月18日テル・アヴィヴのザッパ・クラブで行われたコンサート。
イエメン系ジューイッシュのリーダー、
ラヴィッド・カハラーニーのがらっぱちなヴォーカルに挑む、
バンドのフィジカルなエネルギーがハンパない、とてつもないライヴです!!

サックス、トランペット、トロンボーン、フルートの4管の暴れっぷりに加えて、
チェロとヴィオラが激しい弓弾きで高速グルーヴを疾走させるんだから、
心臓バクバクもの、息も上がろうというもの。
こりゃあ、もうダンスせずにはおれないでしょう。
ラヴィッドが弾くのがウードではなく、ゲンブリというのがユニークなグループで、
かつてのグナーワ・ディフュジオンを思わせます。

マリエム・ハッサンやオキシモ・プッチーノがゲスト参加した、
ビル・ラズウェル・プロデュースの15年スタジオ作でも、
彼らの野性味溢れるミクスチャー・サウンドは、十二分に発揮されていましたけれど、
ライヴ・バンドとしての実力は、スタジオ作をはるかに凌ぐスケールですね。

メンバーは腕っこきのメンバー揃い、ジャズ、ファンク、ロックを吸収した音楽的素養に、
アレンジやプロデュース能力も高いとくるんだから、
迫力に富んだ弾けるバンド・サウンドもよく統括されているわけです。
インプロヴィゼーションとの整合性もよく、大暴れしているようで、
しっかりとリハーサルを積んでいることがわかりますね。

アヴィシャイ・コーエンとの共演で知られるイスラエルきっての実力パーカッショニスト、
イタマル・ドアリの熱のこもったパーカッション・ソロもあれば、ウード1本をバックに、
ラヴィッド・カハラーニーが奔放なヴォイス・パフォーマンスを聞かせる7曲目など、
ライヴならではの聴かせどころもあって、
2年前の来日を見逃したのがつくづく悔やまれます。

Yemen Blues "YEMEN BLUES LIVE" Chant CR1801YE (2018)
Yemen Blues "INSANIYA" Inzima no number (2015)
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自立するブラジル女性をサンバに描いて ジザ・ノゲイラ

Gisa Nogueira  DO JEITO QUE VEM.jpg

ジザ・ノゲイラの新作!
ま・ぢ・か!!
思わずディスプレイの前で、固まってしまいました。
40年も前に惚れ込んだ女性と、思いもよらぬところで、ばったり再会した気分。
もう、ドギドキが止まりませ~~~ん!

ジザ・ノゲイラは、70年代サンバ復興の立役者となったジョアン・ノゲイラの妹。
歌手の兄とは違い、作曲家として活動していたジザは、
当時兄のジョアン・ノゲイラはもちろん、
クララ・ヌネスやベッチ・カルヴァーリョに、曲を提供していました。
その作風は、都会に暮らす独身女性の感性に満ちたもので、
従来のサンバの世界にはない、シンガー・ソングライター像がすごく新鮮だったのです。

この当時、ジザと同じような立ち位置で、
サンバを自作自演する女性歌手にレシ・ブランダンがいました。
二人は、男が支配するマッチョなサンバ世界に新風を送り込み、
70年代のサンバ復興に、ブラジルの現代女性による視点を付け加えたんですね。
伝統サンバの世界で、ゆいいつの女性作曲家としていたドナ・イヴォニ・ララが、
裏方から表舞台に出てソロ・アルバムを出したのも、
そんな気運の高まりがあったからでしょう。

Gisa Nogueira 1978.jpg

ドナ・イヴォニ・ララの74年デビュー作“SAMBA MINHA VERDADE, MINHA RAIZ”、
レシ・ブランダンの75年デビュー作“ANTES QUE EU VOLTE A SER NADA”、
ともに忘れられないアルバムですけれど、ぼくが一番惚れ込んだのが、
78年にEMIオデオンから出たジザ・ノゲイラのデビュー作でした。
都会に暮らす自立した女性像をくっきりと打ち出したこのアルバムに、
ぼくはサンバ新時代の到来を感じたのです。

ちょうど同時期に出たメリサ・マンチェスターの“DON'T CRY OUT LOUD NOW” と
このアルバムが、ぼくには映し鏡のように思え、
ニュー・ヨークに生きるメリサと、リオに暮らすジザが、
ぼくのなかでシンクロしたのでした。

とはいえ、ブラジルではまだ早すぎたんでしょう。
本作は評判を呼ぶこともなく、ジザのアルバムはこれ1作のみで、
2作目が出ることはありませんでした。
ジザが表現した女性シンガー・ソングライターというスタイルは、
90年代のマリーザ・モンチの登場までブラジルでは先送りされ、
ジザ・ノゲイラという稀有な才能は、忘れ去られたのです。

ジョアン・ノゲイラも亡くなり、ジョアンの息子ジオゴ・ノゲイラが活躍する時代となり、
ぼくもすっかりジザのことを忘れていたところだっただけに、
突如登場した新作には驚かされました。
2年前に出ていたようですけれど、これが日本初入荷。

粋なサンバ・ジ・ブレッキからアルバムはスタートして、
カンゲキのあまり、とても冷静になど聞くことはできません。
ガロ・プレートのバンドリン奏者アフォンソ・マシャード、
カヴァキーニョのアルセウ・マイアなどの名手たちによる
サンバ・ショーロの伴奏で歌われるジザのサンバに感無量。涙、なみだです。

それにしても、この突然の復帰はどういうわけなんでしょう。
先日遅いデビュー作を出したジョアン・ノゲイラの甥っ子のジドゥ・ノゲイラは、
なんとジザ・ノゲイラの息子なんだそうで、えぇ~、そうだったんだと、あらためて驚き。

デジパックに納められたブックレットには、
サンバの作曲家らしく、全曲の歌詞と楽譜が付いています。
ジャケット裏には70年代に撮ったとおぼしき、ジザとドナ・イヴォニ・ララと
レシ・ブランダンが3人仲良く並ぶ写真のほか、
同じく70年代と思われるジョアン・ノゲイラとの写真も載っていて、
この当時から聴いてきたファンには、たまりませんねえ。

これを機に、ジザ・ノゲイラの78年盤も、ぜひCD化してもらいたいなあ。
そういえば、レシ・ブランダンのポリドールの初期作も、
まったくCD化されていないじゃないですか。
男性中心の保守的なサンバ・シーンにあって、
女性たちの新しい感性が萌芽していた時代の名作を、ぜひ再評価してもらいたいものです。

Gisa Nogueira "DO JEITO QUE VEM" Cedro Rosa CR201701 (2017)
[LP] Gisa Nogueira "GISA NOGUEIRA" EMI Odeon 31C062-421144 (1978)
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ブラジルのコンポジション アントニオ・カルロス・ビゴーニャ

Antonio Carlos Bigonha.jpg

これもまたブラジルならではのジャズですね。
ミナス・ジェライスのウバ出身という、ブラジル大衆音楽史に名を残す大作曲家
アリ・バローゾと同郷の、コンポーザーでピアニストのアントニオ・カルロス・ビゴーニャ。

多くの交響曲やピアノ協奏曲を残し、国民学派として高く評価されたクラシックの作曲家
オスカル・ロレンソ・フェルナンデスが設立した音楽学校でピアノを学び、
ブラジリア大学で音楽の修士課程を修了したというアントニオ。
トニーニャ・オルタ、ナナ・カイーミ、ジュアレス・モレイラ、マリナ・マシャードほか、
数多くの音楽家と共演を重ね、第23回ブラジル音楽賞インストゥルメンタル部門で
受賞した実力者なんですね。

04年にデビュー作をリリースし、10年作に続く3作目になるという本作、
その経歴からもわかるとおり、クラシック出身らしい端正なピアノを聞かせる
ピアノ・トリオの作品となっています。
ベースとドラムスは、シコ・ブアルキ・バンドのリズム・セクションを起用。
サン・パウロやベロ・オリゾンチなどから続々と登場している、
リズムやハーモニーに新感覚を持ったブラジル新世代のジャズとは違い、
きわめてオーソドックスなジャズなんですけれど、これがとてもステキなアルバムなんです。

繰り返し愛聴しているうちに、
やはり冒頭の「ブラジルならでは」と表現するしかない
メロディがふんだんに飛び出してきて、
そのコンポジションに感じ入ってしまったのでした。
全曲アントニオのオリジナルで、そのみずみずしくもメランコリックな楽想は、
クラシック的というより、シキーニャ・ゴンザーガの時代を思わせるショーロの伝統を
ぼくは強く感じてなりません。

ボールが弾むようなスタッカートの利いた愛らしい1曲目から、
ショーロのメロディに通じる愛らしさをおぼえます。
優雅なワルツや爽やかなマーチなど、どのコンポジションにも
古典ショーロが持っていたセンスがあり、惹きつけられるアルバムです。

Antonio Carlos Bigonha "ANATHEMA" no label MCKPAC0083 (2018)
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蘇るバイユー・ソウル コーリー・レデット

Corey Ledet  ACCORDION DRAGON.jpg

まるでクリフトン・シェニエのバイユー・ソウルが現代に蘇ったかのような
アコーディオン・サウンドに目を見開かされました。
ごりごりの伝統ザディコを聞かせる主役は、コーリー・レデット。

生まれも育ちもヒューストンながら、家族のルーツはルイジアナ州のパークスにあり、
夏休みはいつもルイジアナの田舎で過ごしたというコーリー・レデット。
クレオール・カルチャーにどっぷり浸かって育ったコーリーは、
わずか10歳で地元ヒューストンのザディコ・バンドのステージでドラムスをプレイし、
その頃からアコーディオンを習い始めたのだそう。

演奏しているのが、小型のボタン式アコーディオンではなく、
鍵盤式アコーディオンだから、蛇腹の響きがだんぜんパワフル。
重量感のあるサウンドは、案外派手さはなく、
鈍く渋い響きにいぶし銀の味わいがあります。

コーリーの技量が、これまためちゃめちゃ高くて、
猛烈なスピードの‘Muscle Zydeco’ で聞かせる圧倒的なテクニックには、口あんぐり。
それがイヤミにならないのもこの人のいいところで、リズムの塊と化して、
グルーヴに身を投じる姿が、なんともすがすがしいじゃないですか。

豪快なブギーでトばす‘Dragon's Boogie’ でも、同じことが言えますね。
そんなダンス・チューンの一方で、ディープなブルースもやれば、
哀愁に富んだホーン・セクションが泣けるワルツを奏でたりと、
硬軟の使い分けが実に鮮やか。

全曲自作で、ポップ・ソングもあるんですが、
コンテンポラリーやイマドキのR&B色は皆無で、70年代モータウン調。
近年のレトロ・ソウルのような作り物感がないのは、
ネラったものではなく、自然体でこの音楽が生み出されている証左でしょう。
どこまでもオーセンティックなのが、コーリーの音楽性なのですね。

Corey Ledet and His Zydeco Band "ACCORDION DRAGON" Corey P. Ledet CPL0010 (2018)
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無垢の美 マダリッツォ・バンド

Madalitso Band  WASALALA.jpg

音楽って、こんなにシンプルでも、これほど楽しくできるんだなあ。
そんなことをあらためて教えてくれる、マラウィのマダリッツォ・バンドです。
バンドを名乗っているものの、実はたった二人のコンビであります。

ババトニなる手作りの1弦ベースの弦をぶんぶん鳴らし、
空き缶を弦に当ててノイズをまき散らしながら、
ぶっきらぼうに投げつけるように歌うヨブ・マリグワくんと、
ギターをかき鳴らしながら、
足踏み太鼓でツンのめるビートを叩き出すヨセフェ・カレケニくん。

言ってみれば、たったこれだけの音楽。
それなのに、そこから生み出される、
みずみずしい生命力、ワクワクする躍動感といったら、どうです。
太鼓もベースもハンドメイドという、貧しさ丸出しにもかかわらず
そこから生み出される音楽の豊かさは、いったいどういうわけなんでしょう。
はじめに「シンプル」とか口走っちゃいましたけれど、じっくりと耳をすませば、
ベースの装飾音やリズム・アレンジなど、その複雑なニュアンスに驚かされます。

レコーディングに何万ドルのバジェットを使ったとて、
これだけの音楽が生み出せるわけもなく、あらためて音楽制作とはなんぞやと、
振り返って考え直される案件なんじゃないでしょうか。

普段は路上だったり、市場の片隅で歌っているに違いありません。
ダンスホールやナイトクラブなどとは、無縁の音楽。
思えば独立前のニヤサランド時代から、廃品から作った楽器や
バンジョーやギターを弾き語る辻芸人やストリング・バンドがいましたけれど、
マラウィで圧倒的に魅力を放ってきたのは、いつもこうした音楽でした。
ヒュー・トレイシーがフィールド録音していた70年近くも昔の時代から、
60年代に南アから流入して流行したクウェーラ・バンド、
ここ最近ではマラウィ・マウス・ボーイズに至るまで、一貫しています。

資源のない内陸の農業国で世界最貧国のマラウィだから、
こういうビンボーくさい音楽しかないのだ、なんて誤解が広まってはいけないので、
マラウィの名誉のために言っておきますが、
マラウィにはヒップホップだって、R&Bだって、レゲエだってあります。
ありはしても、そうした音楽に、欧米の焼き直し以上の魅力がないのも、また事実。

これはマラウィばかりでなく、隣国のザンビアやタンザニアの音楽事情も同じですね。
ザンビアのR&Bと田舎で演奏されるカリンドゥラと、どっちが面白いかといえば、
カリンドゥラの圧倒勝利でしょう。

以前、このブログで取り上げたヴェテラン音楽家ウィンダム・チェチャンバにも、
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2010-03-31
無垢な音楽性を感じたものですけれど、
マダリッツォ・バンドの人を巻き込まずにはおれないグルーヴにも、
無垢の美をおぼえます、

Madalitso Band "WASALALA" Bongo Joe BJR029 (2019)
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ライトなマイーザはいかが ロザーナ・トレード

Rosana Toledo.jpg

おぉ、ロザーナ・トレードの“A VOZ DO AMOR” がCD化された!

前々回のリイシューから、往年のサンバ・カンソーン女性歌手に
スポットを当て始めたジスコベルタスが、新たなリイシューのラインナップに
ロザーナ・トレードの名作が載ったのには、小躍りしてしまいました。
今回CD化されたのはロザーナ・トレードの3作目で、
前々回のシリーズでは、ロザーナ・トレードの62年作“...E A VIDA CONTINUA” が
CD化されていましたね。

今回のリイシューのラインナップには、すでにここで書いたエレーナ・ジ・リマや
エルザ・ラランジェイラのアルバムもあるんですけれど、今回の注目のマトは、こちらです。
日本ではほとんど知る人もいないでしょうけれど、
ボサ・ノーヴァ・ファンには、マリア・トレードのお姉さんと言えば、興味を引くかしらん?

でも、線の細いマリア・トレードとは真逆の個性の歌手で、
マイーザが好きなファンだったらたまらないはずの、ディープな歌い口を持った人です。
ルックスをみても、マリア・トレードとの違いは歴然ですよね。
ハスキーな声質をいかして、情感たっぷりに歌う泣き節がたまらないんだなあ。

多くの曲はオーケストラ伴奏ですが、コンボ伴奏の曲もあるのに
クレジットが書かれていないのは、ジスコベルタスにしては手抜きですねえ。
オルガンのマンフレッド・フェスト、サックスのパウロ・モウラ、
トロンボーンのラウル・ジ・ソウザ、エレクトリック・ギターのバーデン・パウエル、
ギターのエジガー、ピアノ兼アレンジのポーショといった面々が顔を揃えています。

マイーザ・ファンで、もしロザーナ・トレードを知らないという人がいれば、ぜひお試しを。
マイーザのドロドロした部分を抜いたライトな歌い口が、きっとお気に召しますよ。

Rosana Toledo "A VOZ DO AMOR" RGE/Discobertas DBSL123 (1963)
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ジェラルド・ペレイラとマンゲイラ ヴェーリャ・グアルダ・ムジカル・ダ・マンゲイラ

Velha Guarda Musical Da Mangueira  CANTA GERALDO PEREIRA.jpg   ヴェーリャ・グアルダ・ダ・マンゲイラ.jpg
Velha Guarda Da Mangueira  VELHA GUARDA DA MANGUEIRA E CONVIDADOS.jpg   Velha-Guarda Da Mangueira  Som Livre.jpg

ネルソン・サルジェントの91歳記念盤に続いて、
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2019-03-28
マンゲイラの長老たちの新作が届きましたよ。
ヴェーリャ・グアルダ・ダ・マンゲイラのアルバムもだいぶひさしぶりで、
いつ以来になるんだろう? 08年作以来になるのかな。

70年に結成されたヴェーリャ・グアルダ・ダ・ポルテイラに比べて、
マンゲイラのサンビスタたちが、ヴェーリャ・グアルダを名乗ってアルバムを出したのは、
もっとずっと後になってからの、90年のことでした。
田中勝則さんが制作したボンバ盤が初アルバムだったんですよ。
今ではお忘れの方や、知らない若い人も多いでしょうが、
日本のサンバ・ファンが誇れる、記念すべき名作でした。

で、グループ名に「ムジカル」が加わった今回の新作、
カーニバルで歌うサンバ・エンレードやマンゲイラ賛歌といった、
これまでのアルバムでおなじみのレパートリーから離れ、
なんとジェラルド・ペレイラの曲集だというのだから、嬉しくなります。

下町のマランドロが歌ったファンキーなサンバを、エスコーラの長老たちが歌うというのも、
意外に思われるかもしれませんけれど、実はとってもゆかりの深い両者。
ジェラルド・ペレイラにギターを教えたのは、ヴェーリャ・グアルダ・ダ・マンゲイラの
初アルバム当時のリーダーだった、アルイージオ・ジアスでした。
ジェラルド・ペレイラは、マンゲイラのメンバーではありませんでしたけれど、
マンゲイラにやはりゆかりのある、ウニードス・ジ・マンゲイラという
別のエスコーラに所属していたんですね。

オープニングの「偽のバイーア女」から、
ジェラルド・ペレイラのおなじみのナンバーがずらり。
ほとんどの歌をタンチーニョが歌っていて、ネルソン・サルジェント、アルシオーネ、
レシ・ブランダン、ゼカ・パゴジーニョがゲストで華を添えています。
バックは7弦ギターのパウローンほか、バテリア陣も実力者揃いでばっちり。

ただ、冒頭の「偽のバイーア女」を聴いて、う~ん?と思ったのも、正直なところ。
この曲をこんなに重ったるく歌っちゃあ、メロディが生きません。もっと弾んでくれないと。
タンチーニョは大好きな歌手なんだけど、
ジェラルド・ペレイラのサンバとは持ち味の違う人で、ファンキーな感覚はありませんね。
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2009-12-19

ちょっとキャスティングが違っちゃったかなあ。
でも、‘Cabritada Mal Sucedida’ ‘Bolinha De Papel’あたりは、
軽妙なフルートやクラリネットを活かしたアレンジも手伝って、健闘はしているんだけれど。
ジェラルド・ペレイラのサンバの韜晦味が一番感じられるのは、
ゲストのゼカ・パゴジーニョですね。
‘Sem Compromisso’ でタンチーニョと一緒に歌っているんですけれど、
まず声がタンチーニョとまるっきり違う。マランドロの香りがぷんぷん漂う、
ストリートの感覚たっぷりで、もっとゼカに歌って欲しかった気がします。

Velha Guarda Musical Da Mangueira "CANTA GERALDO PEREIRA" Haroldo Costa Produções Artísticas Ltda no number (2019)
ヴェーリャ・グアルダ・ダ・マンゲイラ 「ヴェーリャ・グアルダ・ダ・マンゲイラ」 ボンバ BOM2011 (1990)
Velha Guarda Da Mangueira "VELHA GUARDA DA MANGUEIRA E CONVIDADOS" Nikita Music NK1001-2 (1999)
Velha-Guarda Da Mangueira "VELHA-GUARDA DA MANGUEIRA" Som Livre 0891-2 (2008)
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ブラジルの声 アンナ・セットン

Anna Setton.jpg

あぁ、ブラジル女性らしい声ですねえ。
声が持つ特性なのか、発音の特性なのか、はたまたその両方なのか、
判然としませんが、ほかの国の女性歌手にない、ブラジル独自の個性を感じます。
ブラジルを強く感じるのは、もっぱらボサ・ノーヴァ以降のMPBの歌手ですけれど、
ガル・コスタ、ジョイス、ダニエラ・メルクリといった人たちには、
共通する声の響きがあります。

そんな女性歌手の系譜にまた一人加わったのが、このアンナ・セットンという人。
先に挙げたビッグ・ネームのような強い個性はないものの、
ジアナ・ヴィスカルジ、ヴァネッサ・モレーノ、
タチアーナ・パーラといった若手たちと同じく、
ブラジル性を感じさせる歌声は、耳に心地よいですね。

バックは、ピアノ、ベース、ドラムス、ギター、フリュゲルホーンのクインテットで、
サン・パウロの売れっ子ジャズ・ミュージシャンたちが居並びます。
そのなかで初めて目にする名前はピアニストのエドゥ・サンジラルジで、
アンナはそのエドゥと共作したオリジナルを中心に歌っています。
演奏はジャズ色濃いものとなっていますけれど、
アンナの歌いぶりにジャズは感じられず、みずみずしい歌唱を聞かせます。

オリジナルのほか、3曲取り上げたカヴァー曲が、なかなかの聴きもの。
カエターノ・ヴェローゾがガル・コスタに提供した
‘Minha Voz, Minha Vida’を取り上げてくれたのは、ぼく好みの嬉しい選曲。
ガル・コスタの82年作“MINHA VOZ” のトップに入っていた曲です。

カエターノものちに97年の“LIVRO” で歌いましたけれど、ガルの名唱には遠く及ばず。
ガルのヴァージョンがアクースティック・ギター・メインだったのに対し、
アンナはヴィニシウス・ゴメスの柔らかなトーンの
エレクトリック・ギターのみをバックに歌っています。
ハイ・トーンがキンと立つ、ガルのクリアな発声とはまた違い、
アンナは落ち着きのある柔らかな声で歌っていて、これもいい仕上がりですね。

海の男ドリヴァル・カイーミの‘A Lenda do Abaeté’ を取り上げるとは、意外です。
カイーミの深い声で語るように歌う、重厚なオリジナル・ヴァージョンとは違い、
軽やかな歌に仕上げているのが妙味で、ナット・キング・コールで有名な
‘Nature Boy’ のエキゾ風味も味わいがあります。

Anna Setton "ANA SETTON" no label ANNA001 (2018)
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80年代南アのトランスクリプションから アイリーン・マウェラ

Irene Mawela.jpg

昨年ンバクァンガのヴェテラン女性歌手、アイリーン・マウェラの新作を出した
新興レーベル、ウムサカゾ・レコーズから、
今度はなんと、80年代録音22曲を復刻した編集作が出ました!
音源はSABC(南アフリカ放送協会)のトランスクリプションで、
82年から85年にかけて制作されたレコード(未発売)から編集されています。

SABCのトランスクリプションというと、古手のアフリカ音楽ファンなら、
00年にイギリスのイーグルから『アフリカン・ルネッサンス』の2枚組シリーズで、
10タイトルが出ていたのを覚えていますよね。
思い出してCD棚をチェックしてみましたが、
そちらにはアイリーナ・マウェラは収録されていませんでした。

アイリーン・マウェラの経歴については、以前の記事に書いたので、
そちらを参照してもらうとして、
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2014-02-20
歌手活動ばかりでなく、250曲以上もの曲を提供してきた作曲家として、
南ア大衆音楽の芸能史60年を、まさしく表・裏から見てきた重要人物であることを、
強調しておきたいと思います。

今作のライナーノーツを読んで、初めて知りましたけれど、
あの名門コーラス・グループ、レディスミス・ブラック・マンバーゾがデビューできたのも、
アイリーンがプロデューサーの夫、ルパート・ボパーペへ口添えしたおかげだそう。
ラジオ・ズールーでレディスミスを聴いたアイリーンが、
ルパートにぜひ契約するようにと薦めたのがデビューの発端となり、
いまでもレディスミスのメンバーたちは、アイリーンに恩義を抱いているのだそうです

南アの60年代は、アパルトヘイトの人種隔離政策という醜悪な手段によって、
皮肉にも南ア音楽の民族別アーカイヴが築かれた時代でもありました。
SABCの黒人専用ラジオ・ステーション、ラジオ・バンツーの傘のもとに、
民族別のラジオ・ステーションでのプログラムが盛んになり、
それまで伝統音楽しか録音されてこなかった各民族の大衆音楽が、
商業録音のビジネス・シーンにも進出するようになったのです。

ズールー、コサ、ソトといった勢力の大きな民族だけでなく、
アイリーンの出自であるヴェンダの音楽も多くの録音を残すことになりました。
アイリーンに初めてヴェンダ語の歌を録音するチャンスを与えたのも、
65年に編成されたラジオ・ヴェンダでした。
ズールーやソトの曲をヴェンダ語に置き換えた曲が、
SABCを通して南ア中に流れたことは、ヴェンダ以外のツォンガなどの少数民族にも、
大きな希望となったのです。

しかし、70年代半ばになると、アイリーンのSABCでのセッションは、
次第にボパーペの制限を受けるようになり、
ボパーペがプロデュースするマヴテラの売れっ子アーティストへの曲の提供や、
ンバクァンガ・シーンに力を注ぐよう、仕向けられます。
80年代に入ると、家族の問題を抱えるようになったアイリーンは、
故郷のリンポポへ戻ることが増え、次第に音楽ビジネスの場から離れていきます。
その代わりにSABCへの復帰を決意し、ヴェンダやツォンガの新曲を30曲以上用意しました。

こうして、マヴテラ時代のなじみのプロデューサーやミュージシャンたちが、
SABCでの録音にも大勢参加し、82、85、87、88年に残した録音から編集されています。
22曲中、17曲がヴェンダ語で、5曲がツォンガ語で歌われます。
82年のセッションの2曲のみ、ギター2台を伴奏に歌ったトラディショナル曲で、
ほかはすべてアイリーン作曲のンバクァンガです。
グルーヴィなベース・ラインに硬質のギターの響きもゴキゲンなら、
タイトに引き締まったリズム・セクションにのるアイリーンのヴォーカルが、
めっちゃスウィートです。

Irene Mawela "THE BEST OF THE SABC YEARS" Umsakazo UM103
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オーストロネシア音楽をめざして サオダージ

Sadaj'.jpg

インド洋のレユニオン島から、意欲的なグループが登場しました。
ポルトガル語の「サウダージ」にちなんだグループ名、
サオダージを名乗る女性2人に男性3人の5人組。
レコーディングではもう一人男性が加わって、デビューEPがリリースされました。

いちおうマロヤのグループということなんですが、
EPを聴いてみればわかるとおり、トランシーなパーカッション・ミュージックではなく、
汎インド洋にフォーカスを当てたヴォーカル・ミュージックを展開していて、
感覚がすごく新しいんです。伝統的要素をハイブリッドに再構築した音楽ですね。

マロヤは、世界遺産に認定されて以来、一気に注目を集めるようになりましたけれど、
アフロ系住民による「奴隷の音楽」という側面ばかりが強調されて、
ややもするとアフリカ音楽のように受け止められているキライがあります。
しかし、マロヤはアフロ・ミュージックではなく、
インド洋でアフリカとアジアがブレンドされたクレオール・ミュージックなんですよね。
そのアジア成分は、奴隷解放後にアフリカ奴隷に代わる労働力として、
渡ってきたインド人契約労働者がもたらした音楽にあります。

かつてグランムン・レレが、タミール系の古謡をレパートリーとしていたように、
年季奉公のインド人たちが伝えた歌や楽器が、マロヤには溶け込んでいます。
そんなマロヤのアジア的な側面を、グッと拡大しようというのが、
サオダージのネライのようです。

冒頭の‘Pokor Lèr’ では、シンセを通奏低音で鳴らしたうえに、
インドの両面太鼓ドール(クレジットにはアッサム地方のドールとあり)
が打ち鳴らされます。
手拍子や小シンバルが折り重なるサウンドはまさしくインド的で、
カヤンブがシャカシャカと振られる横揺れのリズムが特徴的な従来のマロヤとは、
すいぶんと異なるサウンドなのは、すぐわかるでしょう。

8分の5拍子の曲で聞かせる男声の低音部合唱は、
台湾先住民の音楽を連想させ、サオダージがインド洋音楽を、
遠い祖先がアジアからインド洋へと渡ってきた
オーストロネシアの音楽として捉えているのがよくわかります。
台湾から南下して、フィリピン、インドネシア、マレイ半島に渡り、
さらにインド洋を越えてマダガスカル島に到達して、
さらに東の太平洋の島々に拡散したとされるオーストロネシア人の音楽とは、
こういうものなのではないかという、サオダージ流の仮説でしょう。

ライヴでは、アボリジニのディジュリドゥも使っているというサオダージ。
そのミスティックなサウンドには、彼らの音楽的冒険が存分に発揮されていて、
とても惹かれます。

Saodaj’ "POKOR LÈR" Kadadak Music no number (2018)
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エネルギーを再注入したグナーワ大学 アジズ・サハマウイ&ユニヴァーシティ・オヴ・グナーワ

Aziz Sahmaoui & University of Gnawa  POETIC TRANCE.jpg

パリのマグレブ・ミクスチャー楽団、
オルケストル・ナシオナル・ド・バルベスの中心メンバーだった
アジズ・サハマウイのソロ・プロジェクト、「グナーワ大学」の新作が届きました。

11年のデビュー作で音楽監督を務めたマルタン・メソニエが、
プロデューサーに復帰したんですね。
アジズ・サハマウイ自身がプロデュースした、
14年の前作“MAZAL” は不満の残る内容だったので、
新作は図らずもマルタンの力量を示すこととなりました。

まずぐっと良くなったのが、ヴォーカル・ワーク。
前作はアジズのリード・ヴォーカルとバック・コーラスがくっきりと分かれていたのが、
今回はコーラス・ワークに自由度が増して、
アジズのヴォーカルに個々のメンバーが絡む場面が多くなりました。

アンサンブルもぐっと立体的になって、
個々の楽器がくっきりと浮かび上がるようになっています。
前作は、洗練されたアンサンブルが良くも悪くもフュージョン的で、エネルギー不足。
それに比べたら、今回は躍動感が出て、見違えましたね。

グナーワ大学のメンバーにも変動があり、ドラムスが新たに加わったのと、
トーゴ人ギタリストのアメン・ヴィアナが加わり、
セネガル人ギタリスト、エルヴェ・サンブとのツイン・ギター体制になりました。
アンジェリク・キジョの新作でも活躍していたアメン・ヴィアナ、
がぜん注目度が上がりましたね。
1曲目の切り込んでくるギター・ソロは、アメンじゃないかな。

グループ名はグナーワ大学ながら、セネガル人メンバーが多いせいか、
マグレブよりも西アフリカ色の強いサウンドを聞かせていた彼らですけれど、
ラスト・トラックは、グナーワの長尺のトラックで締めくくっています。
反復フレーズを繰り返すなかに、起伏を作りつつ、グルーヴを生み出したのは、
予定調和なフュージョン演奏に終わらせない、マルタンの手腕でしょう。

ザヴィヌル・シンジケートの卒業生を中心に編成されたグナーワ大学は、
ジャズ/フュージョン出身のミュージシャンで固められているせいで、
ともするとソツない演奏になりがち。前作から今作の変化を聞くと、
マルタンのようなプロデューサーの存在は、このグループに欠かせないといえますね。

ところで、ずっと気になっているんですけれど、
アジズはグナーワのシンボリックな楽器ゲンブリを弾いているにもかかわらず、
ジャケットでは、いつもンゴニを携えているのは、なぜなんでしょう。

Aziz Sahmaoui & University of Gnawa "POETIC TRANCE" Blue Line Productions BLO029 (2019)
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コテコテ・ギター ブーガルー・ジョー・ジョーンズ

Boogaloo Joe Jones  RIGHT ON BROTHER.jpg

連休に『コテコテ・サウンド・マシーン』を読了。

いやあ、楽しかったあ。原田和典さんの名調子を堪能しました。
それにしても、原田さんの文章って、ニクたらしいほどウマいなあ。
心底自分が惚れ込んだレコードを、愛情こめて紹介しているのが
きちんと伝わってくる体温のある筆致で、こういう書き手って、案外少ないもの。
もちろんプロの評論家として、押さえるべきデータはそつなく盛り込んで読者に提供しつつ、
ユーモアを交え、マニア臭さを慎重に避ける配慮も行き届いていて、
ぼくも常日頃こういうふうに書きたいと思いつつも、なかなかできないお手本テキストです。

今回の『コテコテ・サウンド・マシーン』は、原田さんのコテコテ本第3弾。
第1弾の95年『コテコテ・デラックス~GROOVE, FUNK & SOUL』と、
第2弾の99年『元祖コテコテ・デラックス』は、お買い物ガイドとして重宝したものの、
テキストは添え物に過ぎないごく短いものでした。
アルバム100枚に絞って新たに書き下された今回の『コテコテ・サウンド・マシーン』は、
前2作とはまったくの別物の読み物として生まれ変わっています。

今回の100枚で、ラッキー・セヴンの7枚目に選ばれていたのが、
ブーガルー・ジョー・ジョーンズ。思わず嬉しくなって、棚から引っ張り出してきました。
前回の『元祖コテコテ・デラックス』時点では、まだCD化されていなかったんですよね。
アシッド・ジャズ~レア・グルーヴの再評価によって、その名を知られるようになった
ブーガルー・ジョー・ジョーンズでしたけれど、
オリジナル・アルバムのリイシューが実現したのは、もっと後の08年のこと。

伝説の名エンジニア、ルディ・ヴァン・ゲルダーが手がけたプレスティージの名盤を、
自らリマスタリングしたシリーズの55枚の1枚に、
ブーガルー・ジョー・ジョーンズの3作目が選ばれたのには、驚かされました。
だって、マイルズ・デイヴィスの『クッキン』だとか、
ケニー・ドーハムの『クワイエット・ケニー』が居並ぶジャズ名盤カタログの中に、
ブーガルー・ジョー・ジョーンズがまぎれこんだのだから、痛快至極。
保守的なジャズ・ファンがそっぽ向くソウル・ジャズを、よくぞ出したものです。

なんたって、ブーガルー・ジョー・ジョーンズというステージ・ネームがイカしてますよね。
この時が初体験でしたけれど、一聴でシビれました。
オルガンのチャールズ・アーランドとの相性もバツグンで、
このレコーディングは、チャールズの名作“BLACK TALK!” の
わずか2か月後だったんですね。
そういえば、チャールズの“BLACK TALK!” も、
『コテコテ・デラックス~GROOVE, FUNK & SOUL』を読んで知ったんだっけなあ。

「ダチーチー」のトレードマークですっかりおなじみとなった、
バーナード・パーディーのドラムス。
ここでもあの特徴的なハイハット・サウンドを披露して、
グルーヴ・マスターぶりをいかんなく発揮しています。
ラスティ・ブライアントの黒いサックスも、コテコテ度を強烈に押し上げていますよ。

そして主役のギターは、もうソウル・ジャズの申し子としかいえませんね。
けっこう細やかなプレイをするのに、テクニックが前面に出ない
職人肌のプレイには、ウナらされるばかり。
ルディ・ヴァン・ゲルダーのリマスターで、なまなましくも分離の良い音が、
コテコテ・ギターを盛り上げてくれます。

Boogaloo Joe Jones "RIGHT ON BROTHER" Prestige PRCD30659 (1970)
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ヒップホップ流クワイエット・ストーム マセーゴ

Masego  LADY LADY.jpg

あ~、今日はダメだぁ。
CDショップであれこれ試聴してみるんだけど、どれもピンとこない。
最後に残ったのが、いかにもインディ制作らしい、ペーパー・スリーヴのうすっぺらいCD。
棚に放り込まれたままのポップもない、売る気がまったく感じられないこの1枚を最後に、
今日はもう帰るか、なんて諦め気分でボタンを押したら、これが極上。
即、いただいてきました。

ポップなしでも、試聴機に入れときゃ売れる自信があったかどうかは知らねども、
どこのどなたかもわからぬまま買ってくるというのは、なかなかにワクワクするもの。
情報過多の時代には、こういう1枚との出会いが嬉しいんですよ。

甘いピアノの調べからスタートする、ラグジュアリー感たっぷりなイントロから、
ぐぐっと引き込まれます。輪郭のくっきりとした声は、歌うにせよ、ラップするにせよ、
バックトラックからすっと立ち上り、エレクトロなビートとの相性もバツグン。
ビートがまためっちゃ気持ちよくて、ビートメイクのセンスもいいですねえ。

いったい、どういう人なのかとチェックしてみると、
93年キングストン生まれ、牧師の両親と8歳の時にアメリカへ渡り、
ヴァージニアで育ったというマルチ奏者。現在の拠点はロス・アンジェルス。
スムース・ジャズふうな甘々のサックス、レイヤーされる各種鍵盤、
グルーヴィなベース、ジャジーなギター、すべて一人で操っているそう。
シンガーでラッパー、コンポーザーでプロデューサーという才人です。

「トラップハウス・ジャズ」を自称しているそうですけれど、
トラップ/ハウスというよりはR&B寄りで、クワイエット・ストームを思わす
ジャジーヒップホップといった感が強いですね。
ちなみに、マセーゴというアフリカぽいステージ・ネームは、
先祖のルーツが南アにあることから、「恵み」を意味するツワナ語から取ったのだそう。

お気に入りになって、部屋でよく聴いていたら、
ある日娘に、「最近、マセーゴ、聴いてるよね?」と言われ、びっくり。
なんと、マセーゴは今年2月に来日し、代官山のUNITでライヴをやったのだと。
あらまあ、娘の方が詳しくて、よく知ってるわ。

しかも来日は初めてではなく、すでに17年11月にビルボードライブへ出演し、
18年6月にはワシントンDCのラッパー、ゴールドリンクの初来日に
ゲストとして出演していたんだとか。
う~ん、じゃ今度来日したら、一緒に行きますか。

Masego "LADY LADY" EQT no number (2018)
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センシティヴなライカ ヴィキ・カラツォグル

Viki Karatzoglou.jpg

3年前に出ていたギリシャ歌謡の新人さんのアルバム。
これがすごく良くって、知られずにいるのはもったいないと思い、ご紹介。
ソフトなライカといえば、いいんでしょうか。
ちょっとジャジーな味もあって、いわゆる武骨さとは無縁の女性歌手です。

抑え目な歌唱で哀感を醸し出すことのできる、そのスムースな味わいに個性があります。
歌いぶりが自然体で、強く歌い過ぎないところがいいですね。
ライカでは、これまでいそうでいなかったタイプじゃないかな。
タンゴを歌っても、ドラマテックに盛り上げないところが、すごく好み。
こういうふうに、さりげなく歌ってくれる人って、なかなかいなかったですよねえ。

81年生まれでデビュー作というのは、だいぶ遅い気がしますが、
長く舞台で歌ってきた人だそうです。
そのキャリアが意外というか、舞台で歌ってきた人って、
もっと大きく歌うタイプが多いと思うんですけれど、
この人の歌いぶりは、まるでシンガー・ソングライターのようです。
デビュー作でこんな手練れの歌唱ができるというのは、
やはりキャリアゆえなのか、才能を感じさせますね。

ペイバー・スリ-ヴで温かみのある凝ったパッケージの品の良さが、
中身の音楽によくお似合いです。

Viki Karatzoglou "TA ONIRA MOU ALITHINA" Feelgood 5210033001195 (2016)
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ウェールズの詩情 シァン・ジェイムズ

Siân James  GOSTEG.jpg

胸の奥底に染み入ってくる歌。
世俗にまみれたぼくのような人間の穢れた魂をも、
救済してくれるかのようなその響きに、陶然としてしまいます。

ウェールズを代表する女性歌手、シァン・ジェイムズのアルバムを聴くたび、
他の歌手にはない聖性を帯びたものを感じます。
不信人者にもそんな気持ちを抱かせる、スペシャルな歌い手さんですね。

10作目となる今作でも、ウェールズの伝承曲をもとに自作も交えながら歌う、
これまでと変わらない作品に仕上がっていますが、
特に純度を頂点にまで高めた今作は、ひとつの芸術様式に到達したのをおぼえます。

冒頭の無伴奏歌の清らかな声は、これが59歳の声かと思わずにはおれません。
女性の年齢を言う失礼を許していただきたいんですが、
その美しい声は、「珠玉」としか表現できない深みがあります。
聴き終えた後に残る深い余韻は、アルバムの数を重ねるほどに、
その色を濃くしているようで、今回は訳もなく涙をこぼしてしまいました。

シァン自身が弾くウェルシュ・ハープとピアノに、
シンセサイザーやギターがそっと寄り添うシンプルなサウンド。
たまに、パイプやチェロなどが彩りを添えるほか、余計な音を重ねるものはいません。
そうした伴奏こ支えられるシァンの清らかな歌声は、夢の中へ誘う美しさに満ちたものです。

それは、いわゆるエンヤ以降イメージしやすくなったケルト・ミュージックでもあり、
ともすればヒーリング・ミュージックとも受け止められかねませんが、
良い音楽を聴き分ける耳のある者なら、
そんな卑俗にまみれた音楽とは、次元の違うものであることがわかるはず。

この人を知ったのは、96年の3作目“GWEINI TYMOR” でした。
以来、全作ではありませんけれど、折に触れ聴き続けてきましたが、
ウェールズの詩情をここまで磨き上げた作品は、他にありません。
傑作の誕生です。

Siân James "GOSTEG" Recordiau Bos RBOS030 (2018)
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セリア・クルースのアフリカン・ポップ・カヴァー アンジェリク・キジョ

Angelique Kidjo  CELIA.jpg

アンジェリク・キジョの『リメイン・イン・ライト』には、本当に驚かされました。
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2018-10-13
アンチ『リメイン・イン・ライト』のぼくにとっては、「瓢箪から駒」以上の、
「ウソから出たマコト」クラスの衝撃でしたよ。
あの偽アフロ音楽を、ホンモノのアフリカ音楽が奪還してみせた痛快さといったら。
まさしく、アフリカがロックを取り返した象徴的作品でした。
キジョの作品を、まさか自分の年間ベストに選ぶことになるとは
想像だにしませんでしたけど、なんのためらいもありませんでしたからね。

その『リメイン・イン・ライト』に続き、今度のテーマはセリア・クルースとは、
なーるほど、これまたいいところに目を付けたもんだ。
セリア・クルースが歌ったサンテリーアの曲なら、
ベニン生まれの彼女に格好の選曲となるし、
セリア・クルースのような強い声をカヴァーできるシンガーといったら、
たしかにアンジェリク・キジョぐらいしか、見当たりませんよねえ。

かつてのディアスポラ3部作にせよ、『リメイン・イン・ライト』にせよ、
キジョはよくよく鼻が利くというか、企画先行の作家タイプですねえ。
音楽家としてよりも、そういう政治性を感じさせる立ち回りが、
あいかわらず油断ならんという気分にさせられるんですが、
題材がセリア・クルースとあっては、ますます警戒心が高まります。
なんたってセリア・クルースは、ぼくにとって音楽の女神さまですからね。
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2013-07-15

でも、こうして記事を書いていることからもおわかりのとおり、面白い作品となっています。
批判するくらいなら、ガン無視するのが、このブログの基本ですので、はい。
キジョなら、セリア・クルースに歌の強度で迫ることができるだろうことは認めつつも、
しなやかさがまるでないキジョのヴォーカルが、
あのバツグンの跳躍力を持つセリアの歌声に、どれほどまで迫れるのかが、
聴く前の関心事でした。

これが案外、面白い聴きものとなっているんですね。
キジョのヴォーカルはやっぱり硬いし、
セリアのダイナミクスとは比べようもありません。
それでも、十分健闘していると好感を持てるのは、
バックの演奏との有機的な絡み合いにありました。

前回の『リメイン・イン・ライト』では2曲のみの起用だったトニー・アレンが、
今回は全面参加。近年のスウィング感たっぷりのジャズ・マナーなドラミングが、
セリアのヴォーカルが持つ柔軟性をサウンド面から作り上げているんですね。
ゆるやかなアフロビートとコンゴリーズ・ルンバをミックスした、
ふくよかなグルーヴに揺れるオープニングの‘Cucala’ から、存分に発揮されています。

トニー・アレンのドラミングって、
先日の来日公演でもあらためて思いましたけれど、すごく古臭い。
フィル・インの使い方やシンバル・レガート、スティックの持ち方だって、
ファンキー・ジャズ時代のアート・ブレイキーみたいな古いスタイルなのに、
テクノと共演しても親和性のある柔軟さがスゴいというか、アレン・マジックといえます。

トニー・アレンと並んで光るのが、トーゴ人ギタリストのアメン・ヴィアナ。
キング・メンサーの来日公演でそのユニークなスタイルに感心しましたが、
ここでも冴えたギター・ワークを聞かせています。
キジョとバック・コーラスをしたりと、今作でのアメンの貢献度は大ですね。
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2014-05-27

そして、ベニンのガンベ・ブラス・バンドも活躍していますけれど、
UKジャズ話題のシャバカ・ハッチングスとサンズ・オヴ・ケメットが参加していて、
シャバカの切れたサックス・ソロが聴きものとなっています。
ほかに、ミシェル・ンデゲオチェロがベースを弾いているのにも、
話題が集まりそうですけれど、目立ったプレイは特になし。
手数の多いアレンとのドラミングと彼女とでは、ちょっと持ち味が違ったかも。

いずれにせよ、キューバン・サウンドを範とせず、
ユニークなアフリカン・サウンドでセリア・クルースの名曲をカヴァーしつつ、
歌そのものはメロディもいっさいいじらずに歌った本作、ぼくは面白く聴きました。
こうして聴いてみると、案外キジョの歌の強度はそれほどでもないというか、
かえってセリア・クルースの歌の、とてつもない強度を再認識させられましたね。
屈伸から大きくジャンプするバレーボール選手の身体の動きを見るかのようで、
そのダイナミクスの大きさとともに、その圧倒的なバネの強さにも、
あらためてセリア・クルースのスゴ味を思い知らされる、キジョの新作でした。

Angelique Kidjo "CELIA" Verve 7744498 (2019)
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知られざるチャドに赴いて プロ・NDJ

Pulo NDJ  DESERT TO DOUALA.jpg

ワンダーウィールを主宰するニコデマスの新プロジェクトが面白い。
チャドの首都ンジャメナに赴いたニコデマスが、チャドの音楽家ばかりか、
カメルーン、トーゴ、コンゴ民主共和国の才能ある音楽家たちと出会い、
ンジャメナが想像以上の文化のるつぼであることに驚いたんだそう。

なんでそもそもチャドなんだ?と思うわけですが、
アフリカで音楽シーンの様子がもっとも伝わってこない国ということで、
プロデューサー一流の勘みたいなものが働いたんでしょうかね。
ンジャメナが多様な文化の交差点となっていることに触発されて、
ニコデマスはプロ・NDJなるプロジェクトを組んで、
現地でレコーディングしたのが本作です。

タイトルの『砂漠からドゥアラへ』からは、
チャド北部のサハラ砂漠から、カメルーンの港湾都市ドゥアラへと至る、
砂漠~サヴァンナ~森林地帯をまたいだ文化の多様性を表す意図が感じられます。
プロジェクト名の「プロ」とはフルフルデ語の「プール」、すなわちフルベ人を表わす語、
NDJ はンジャメナの略でしょう。

フルベの素朴な2弦の弦楽器ガラヤの弾き語りのミニマルな歌に、
エレクトロニクスを控えめに絡ませた‘Cera Cera’ から、アルバムはスタート。
羊飼いであるフルベのワーク・ソング、チャド南部の儀礼音楽、
カメルーンの結婚式の歌などのフォークロアを題材に、
ガラヤ、バラフォン、女声のウルレーションといった
アフリカの響きを全面に押し出しながら、
伝統リズムのグルーヴをエレクトロで強化したサウンドを作り上げています。

カン高い声で歌う女性コーラスの伝統唱法の歌に、
ベース・ミュージックのサウンドを絡ませる試みも、とてもしっくりしていて、
長年ワールド・ビートを扱ってきたニコデマスのDJスキルの賜物といえそうです。
フランス語ラップのスキルも高く、
現地ミュージシャンたちの伝統とモダンのバランスの良さが、
ニコデマスが持ち込んだテクノロジーと親和性高く、
両者のコラボレーションを成功させています。

Pulo NDJ "DESERT TO DOUALA" Wonderwheel Recordings WONDERCD37 (2018)
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日本のロック史上最高のソウル・バンド 上田正樹とサウス・トゥ・サウス

上田正樹とサウス・トゥ・サウス  1974ワンステップ・フェスティバル.jpg

キー坊ーーーーーーーーっ!!!

40年以上も昔の、女ともだちの黄色い声が耳元でものすごくリアルに蘇り、
全身の毛が逆立つような感覚に襲われました。
「懐かしい」なんて、ナマっちょろいもんじゃない。幻聴ってやつですね。
あれは確か、A・H嬢の絶叫。ずっと忘れていた彼女の名前まで突然思い出しちゃって、
人間の記憶の回路って、不思議だなあ。

聴いていたのは、74年8月、福島県郡山のワンステップ・フェスティバルでの
上田正樹とサウス・トゥ・サウスのライヴ録音。
2年前にワンステップ・フェスティバルのライヴ音源が、
CD21枚組という超弩級のボックスで世に出ましたけれど、
まさかそのボックスを買うこともできず、
「あー、上田正樹とサウス・トゥ・サウスだけは聴きたいなあ」と願っていただけに、
バラ売りされたと知り、狂喜乱舞して買ってきたのでした。

高校2年のことです。ぼくの高校は男子校でしたけれど、
同じ学校の女子部があり、よくツルんで遊んでたグループがありました。
その中に、上田正樹とサウス・トゥ・サウスの熱狂的なファン(A・H嬢)がいましてね。
その子に引きずられるように、ぼくらの仲間もライヴへ通うようになり、
全員サウス・トゥ・サウスのファンになったんでした。

当時サウス・トゥ・サウスはまだレコード・デビュー前で、
その年の6月に、上田と有山淳司とのコンビの『ぼちぼちいこか』が出たんだったな。
サウス・トゥ・サウスのライヴは2部構成になっていて、
第1部が有山のラグタイム・ギターとのアクースティック・セット、
第2部がサウス・トゥ・サウスのソウル・ショーで、その2部のライヴが、
その半年後の暮れに『この熱い魂を伝えたいんや』として出たのでした。
ジャケット・デザインが、「ロンパールーム」(当時の幼児番組)みたいで、
ぼくらの間では超不評でしたけれど、LPリリース後のNHKテレビの公開録画の時、
メンバー全員にサインを入れてもらったことを覚えています。

上田正樹と有山淳司 ぼちぼちいこか.jpg   上田正樹とサウス・トゥー・サウス.jpg

あの公開録画もケッサクだったな。
いつものグループで押しかけたんだけど、
ぼくらが踊ろうと立ち上がると、NHKの職員に制止されるんですよ。
サウス・トゥ・サウスのライヴを、大人しく座って観てろって、アホか。
さらにアタマにきたのが、NHKはわざわざ雇ったお姉さま二人だけを踊らせて、
カメラに映すというフザけた演出をしていたことで、A・H嬢が怒りまくったっけ。

想い出は尽きないわけですけれど、当時の日本のロック・シーンで、
上田正樹のパフォーマンスは、本当にずば抜けていたんですよ。
「おおきにっ!」という関西弁が、どれだけ観客の心を熱くしたことか。
関東のバンドは、トークが不器用というか、ヘタくそで、
エエカッコしいの誤解を招いたものですけれど、
関西弁の生活感溢れるトークは、ストレートに観客のハートをつかんだんですね。
オーティス・レディング、ルーファス・トーマス、
レイ・チャールズのナンバーを借り物でなく、
あれほど咀嚼して歌えた日本人は、上田正樹ただ一人でした。

歳月を経て、いまや本格的なR&Bシンガーが大勢輩出するようになったとはいえ、
あの時のサウス・トゥ・サウスが持っていた熱量を凌ぐライヴ・バンドは、
いまだ現れてないように感じるのは、
過去の想い出を美化した、自分の思い込みのせいですかね。

そんなことも確かめてみたくて、今回ワンステップ・フェスティバルのライヴを
やや緊張して聴き始めたんですが、有山とのアクースティック・セットで始まる、
冒頭のキー坊のしゃがれ声に、いきなり胸アツになっちゃいました。
そこにあるのは、自分が惚れ込んだソウル・ミュージックに身を投じ、
全身全霊で立ち向かっている若者たちの姿でした。
そんな真摯で、純粋な思いが、ビンビンと伝わってくる生々しいパフォーマンスは、
技術や演出が格段にグレード・アップした現代のR&Bでは生み出せない、
原初のエネルギーを感じさせます。
うん、やっぱり、これはホンモノだわ。記憶の美化でも、思い込みでもなかったね。

第1部は、NGワードもピー音なしでそのまんま収録した「タバコが苦い」から、
ブラインド・ブレイクの‘Police Dog Blues’のイントロを拝借した
「負けると知りつつバクチをしたよ」まで、
有山淳司のラグタイム・ギターがスウィングしまくります。

ゆうちゃん(藤井裕)のグルーヴィなベースでスタートする第2部は、
ホーン・セクションも従えファンキーに迫り、
「Soul to soul! そうちゃうか!」「後ろ! 元気ないやんけ」
「よっしゃあ、死ぬまで言うたろ」と観客を煽るキー坊も、最高潮。
このむせかえるような熱さに、グッとこないヤツはいないでしょう。

この当時のサウス・トゥ・サウスは、
ドラムスの正木五郎とキーボードの中西康晴がまだ参加する前で、
ジャズも叩ける上場正俊と、スタジオで活躍していた
実力あるキーボーディストの宮内良和、
関西ロック・シーンで名をはせたギタリストの萩原義郎を擁していました。
この郡山のわずか1週間前には8.8.ロック・デイに出演し、
そのライヴ盤に6曲を残しているので、既聴感はあったとはいえ、
ここでは倍の13曲、これこそサウス・トゥ・サウスのライヴですよ。

‘Licking Stick’‘Funky Broadway’ でギタリストのくんちょう(堤和美)が歌う
シブいヴォーカルもまた、サウス・トゥ・サウスの魅力。
サポートで加わった石田長生のジャジーなギター・ソロに導かれて
キー坊が歌い出す‘Try A Little Tenderness’ も、
オーティスに少しでも近づこうとする、その気合の入りぶりに、
胸を打たれずにはいられません。

上田正樹とサウス・トゥ・サウス 「1974ワンステップ・フェスティバル」 スーパーフジ/ディスクユニオン FJSP371
[LP] 上田正樹と有山淳司 「ぼちぼちいこか」 バーボン BMC3003  (1975)
[LP] 上田正樹とSouth to South 「この熱い魂を伝えたいんや」 バーボン BMC7001 (1975)
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アダルト・オリエンテッド・シャバービー アンガーム

Angham  Hala Khasa Gedan.jpg

ああ、ようやっと手に入りました。
エジプト最高のフィメール・シンガー、アンガームの新作。

15年の復帰作から3年ぶりとなった昨年の前作“RAH TETHKERNI” は、
リシャール・ボナ、ヴィクター・ウッテン、ルイス・コンテなどが参加した
アメリカ録音を含むアルバムで、新たにハリージにも挑戦した意欲作となっていました。
ところが、これが入手できなくってねえ。
なんとか手に入れようと、四方八方手を尽くしたんだけど、とうとう実らず。

ロターナがフィジカル生産に後ろ向きなのは承知しているものの、
アラブ世界のトップ・スターの新作すら、まともに流通しないんだから、ヒドいもんです。
きっと関係者に見本盤を配るわずかな数くらいしか、いまやCDは作ってないんだろうなあ。
結果、ロターナのCDは、アラブのお金持ちのマニアにしか行き渡らず、
一般庶民はダウンロードかストリーミングで聞けってか。しくしく。
19年の新作もまたダメかなあと思っていたので、
レバノンのお店から、「あるよ。」のメールをもらった時は、小躍りしてしまいました。

アルバムのっけから、アンガーム節が炸裂。
アンガームの十八番、ほろほろと泣き崩れるようなメリスマが冴えわたります。
エジプト・トップ・クラスの歌唱力をこれでもかと見せつけるかのように、
ヴォーカルを伴奏からくっきりと浮かび上がらせたミックス・バランスが絶妙です。
若い頃は、その高すぎる歌唱力が
かえって情感を損なうマイナス面もあったアンガームですけれど、
いまやその熟したメリスマが、
切ないオンナ心を十二分に伝える最強の武器となっていますね。

新作はハリージなどの新趣向はなく、
カーヌーン、ヴァイオリン、ダルブッカが舞う王道のアラブ歌謡から、
ルンバ・フラメンカ調など、バラエティに富んだポップなシャバービー路線。
ダンス・トラックを排し、じっくりと歌を聞かせる
アダルト・オリエンテッドなシャバービーに仕上がっています。
かつてのクラウス・オマーガンを思わすストリングス・オーケストレーションにも、
うっとりさせられますよ。

今作のプロデューサーは、
アンガームと結婚したばかりの新しい夫、アフメド・イブラヒム。
アラビア文字だらけのライナーの中で、数少ないアルファベットで
「スペシャル・サンクス」「ミュージック・プロデューサー」
「アフメド・イブラヒム」と大書きされた文字が、ひときわ目立ちます。
以前、結婚した途端に浮気が発覚した2番目の夫とも結局離婚して、
今度が3度目の結婚になったわけですけれど、はや暗雲が立ち込めているようですねえ。

アンガームの新しい夫アフメド・イブラヒムが、
既婚者で子持ちであったことを公表せずに、二人の結婚が発表されたことに、
エジプトのメディアは非難を集中。しかもアフメドの前妻が、
アンガームと親しいシリアのトップ歌手アサラの夫の姪だったことが発覚し、
二人の友情にヒビが入ることも懸念されている模様です。
さらに、アンガームがアーメッドに送った
バースデイ・レターの写真がネットに晒されたりと、
相変わらずスキャンダルに事欠かないアンガームなのでありました。

Angham "HALA KHASA GEDEN" Rotana CDROT2028 (2019)
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60年代のトゥンテー・テインタン

Twante Thein Tan  SHWE GANDAWIN (3).jpg   Twante Thein Tan  SHWE GANDAWIN (1).jpg

少しづつですけれど、ビルマ大衆歌謡の黄金時代の録音が
CD復刻されるようになってきたようで、積年の渇きがいやされる思いがします。
その皮切りが、一昨年のコー・アウンジーの3枚でしたけれど、
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2017-09-20
今度は90年代まで息長く活躍したヴェテラン歌手トゥンテー・テインタン。
芸名のとおりトゥンテー出身の歌手で、41年生まれ、63年デビュー。
歌手のほか役者としても人気を博し、大衆から愛された歌手です。

今回手に入れたのは、『ベスト集第3集』。
実は、すでに『ベスト集第1集』を持っていたんですが、
冒頭1~4曲目に、シンセサイザーやドラムスも入る、
晩年の90年代とおぼしき録音が収録されていて、
後半5~11曲目が60年代録音という、妙な編集になっていたんですね。

この第3集は、1~8曲目までが60年代録音で、
9~11曲目からシンセ入りの80年代録音。
う~ん、同時期の録音でまとめてくれた方が聴きやすいんですけれどねえ。
未入手の第2集も新旧入り乱れているのかな。

『ベスト集』の表紙は、後年のトゥンテー・テインタンの写真があしらわれていますが、
ビルマ女性の憧れの的だったという、若き日のイケメンなポートレイトをあしらった
CD“TEA YE THEIN TAN ALWAN PYAY” も出ています。
ただし、内容はエレクトリック化した80年代以降の録音なので、ご注意のほど。
なんでこういう紛らわしいことするのかなあ。

さて、その注目の60年代録音ですけれど、
ピアノ(サンダヤー)、ヴァイオリン、トランペット、サックスなどの管楽器に、
ミャンマー伝統の響きを添えるチャルメラ(フネー)、太鼓、シンバル(リン・グイン)が
混然一体となって、ミャンマー独特の旋律を奏でます。
ミュート・トランペットのひなびた音色もまた、味わい深く聞こえます。

この時代のビルマ歌謡ほど、東洋と西洋が濃厚にミクスチャーされた音楽も
なかなかないんじゃないでしょうか。
のちのミャンマータンズィンでは、サイン・ワインも加わり、
西洋スタイルのバンド・スタイルの演奏とスイッチしながら曲が進行する、
摩訶不思議な音楽へと発展していきますが、
この時代はサイン・ワインを使わずとも、
ピアノやヴァイオリンが濃厚なビルマ臭を漂わせる一方で、
サックスとトランペットのソリは西洋のビッグバンド・スタイルのアレンジで、
東洋と西洋がくんずほぐれつしています。

トゥンテー・テインタンの歌もハツラツとしていて、
こぶしを利かせながら、明るい表情でメリハリのある歌い回しを披露しています。
台詞が入る曲もあり、往時の映画挿入歌も収録されているようですよ。

Twante Thein Tan "SHWE GANDAWIN (3)" Man Thiri CDMTR21086
Twante Thein Tan "SHWE GANDAWIN (1)" Man Thiri CDMTR21087
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マルチニークの過去と現在が交錯する伝統ポップ デデ・サン=プリ

Dede Saint Prix  Mi Bagay La.jpg

デデ・サン=プリの絶好調がとまらない。
新作はなんと2枚組。今ノリにのっている様子が、うかがえるようじゃないですか。
マルチニークの大衆芸能を受け継いで現代化する音楽家として、
もっとも理想的な仕事をしているのが、この人なんじゃないですかね。

前作も良い出来でしたけれど、ちょっとした不満もあったので、
ミュージック・マガジン誌の17年ラテン部門1位は、少し甘いかなと思いましたが、
今作は掛け値なしの最高傑作。ケチのつけようなど、これっぽっちもありません。

ディスク1の1曲目を、太鼓と笛のシュヴァル・ブワでスタートするように、
デデは自分の立脚点をはっきりと明示しながら、
どの曲においても伝統と現代をしっかりと往来させた音楽を生み出していますよ。

たとえば、麗しい女性コーラスを従えたズーク色の強いトラックでも、
タンブール(太鼓)やシャシャ(シェイカー)のリズムが強烈な自己主張をするし、
デデのエネルギッシュな歌が野趣に富んだ味わいを醸し出し、
洗練されたオシャレなズークとは、ほど遠い仕上がりとなるわけですね。

その一方、打楽器と笛のみで男声の囃子とコール&レスポンスする
アフロ・カリビアンの伝統色濃いトラック‘Racine’ では、
プログラミングを大胆に施すといった具合で、
伝統音楽の民俗性をムキ出しにすることもありません。

オーセンティック一辺倒でもなければ、モダンに偏るでもない、
伝統と現代のはざまで、さまざまなアイディアで料理した全32曲。
マルチニークの多様な伝統リズムにビギンやズーク、
サルサやメレンゲ、ハイチ音楽、アフリカ音楽までも取り入れています。
そこに忍ばされたアイディアを読み解く面白さは、
カリブ海音楽ファンなら、たまらないものですね。

それにしても、各曲それぞれ違った趣向で繰り広げていく構成は、圧巻です。
同じようなサウンドが連続することがないから、
2枚組という長さが苦になるどころか、あっという間に感じますよ。
次々に湧き出すアイディアをもとに、さまざまなセッションを繰り広げていったら、
この曲数になってしまったみたいなイキオイが伝わってきますね。

‘Fraternité’ ではコラとンゴニがフィーチャーされて、
西アフリカ風になるのかと思いきや、ルンバ・コンゴレーズとなって、のけぞり。
しかもリード・ヴォーカルを取るのが、コンゴ共和国出身のヴェテラン歌手、
バルー・カンタなのだから、びっくりです。
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2015-06-23

カメルーン出身の異才ブリック・バッシーを迎えた
‘Nou Sanblé’ の愛らしさも聴きものなら、
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2015-09-27
グアドループ出身のフランスのラッパー、MCジャニックを迎えた‘LPK Janik’ では、
デデ自身がプログラミングしたダンスホール・トラックに仕上げるという芸当に降参です。
デデの引き出しの多さは、ヴェテランの蓄積の賜物ですね。

デデはトレードマークのバンブー・フルートのほか、
ほら貝(コンケ・ド・ランビ)も吹きますけれど、
今作では特にほら貝を効果的に使った曲が、強く印象に残りました。
フォークロアな‘Kongo’ はもちろんのこと、
‘Kilti’ での、ピアノ、ベース、トランペットがジャズ的なソロを取る脇で、
ほら貝が伝統的な旋律のリフレインを吹くという、
まさしく伝統と現代を拮抗させたアレンジが、すごく面白いんです。

今作に起用されたミュージシャンは、前作にも増して多彩で、実力者揃い。
特にピアニストの充実ぶりがすごくて、マルチニーク・オール・スターズですね。
前作で、キーボードをチープな音色で無神経に鳴らしていた
ロランド・ピエール=シャルルを起用しなかったのは大正解といえます。

主だったところをあげてみると、
アラン・ジャン=マリー、ティエリー・ヴァトン、
グレゴリー・プリヴァ、エルヴェ・セルカル(p)、
ジャン=フィリップ・ファンファン(ds)、ティエリー・ファンファン、
ミシェル・アリボ(b)、ジャン=フィリップ・マテリー(vo)といった面々。
これだけの才能を集めたからこそ、
デデの豊富なアイディアを具現化できたともいえる大傑作です。

Dédé Saint-Prix "MI BAGAY LA" Anbalari Edisyon 16007-2 (2018)
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