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オルカディアン・フォーク・カルテット ファラ

Fara  TIMES FROM TIMES FALL.jpg

ハンナ・ラリティのデビュー作の記事にいただいたコメントで、
山岸伸一さんから教わった、スコットランド、オークニーの女性4人組ファラの新作。
フィドル3人とピアノというユニークな編成のグループで、今作が2作目。

オープニングのポルカ、ジグ、リールの三連メドレーから、もうエキサイティング。
キリリと立ち上る3台のフィドルの響きに、
後ろからピアノがゴンゴンと打楽器の如く押し出していく
若々しいプレイに、ワクワクしちゃいましたよ。
曲はすべて彼女たちのオリジナルですけれど、
どれもオークニーの伝統に沿っていて、知らずに聞けば、伝承曲としか思えませんね。

ソングの可憐なみずみずしさにも、目を見開かされます。
う~ん、若いって、ほんとにいいねえ。
コーラス・ハーモニーも音を重ねて厚みを作るのではなくて、ずらしてレイヤーしたりと、
さりげないんだけど、アレンジに繊細な工夫が施されているのがよくわかります。
ピアノもアクースティックばかりでなく、‘See It All’ ではエレクトリックを使い、
柔らかな音色使いで、心あたたまるサウンドを作り出していますね。

ラスト・トラックは、短編映画を観るかのようなドラマを感じさせるインスト演奏で、
アルバムの聴後感をとても豊かなものにしていて、満足度はもう100%。
作編曲のアイディア、音色の選択、リズム・センスと、
いずれも抜きん出た音楽性を持つこの4人組、すごい才能です。
前作の垢抜けないフォークぽいジャケット・デザインから、
一転ロック・バンドかとみまがうカッコいいジャケットになったのにも、
オルカディアン・フォーク・カルテットとしての気概を感じさせます。

Fara "TIMES FROM TIMES FALL" Fara FARA002 (2018)
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アンゴラのロス・コンパドレス ドン・カエターノ&ゼカ・サー

Dom Cateano & Zeca Sa.jpg

わお! ようやく手に入ったぞ、ドン・カエターノのアルバム。

ドン・カエターノは、アンゴラの内戦時代をサヴァイヴしたヴェテラン・センバ・シンガー。
数多くのバンドを渡り歩いた人ですけれど、もっともよく知られるのは、
アンゴラで初めてエレクトリック・ギターを導入した植民地時代のトップ・バンド、
ジョーヴェンス・ド・プレンダの81年再結成後のフロント・シンガーを務めたこと。
ブダの編集盤“ANGOLA 80s” にも、ジョーヴェンス・ド・プレンダをバックに歌った
86年のシングル曲‘Tia’ が収録されていたし、ジョーヴェンス・ド・プレンダの
ドイツの91年ライヴ盤でも歌っていましたね。

Angola 80  1978-1990.jpg   Os Jovens Do Prenda.jpg

40代に入り、ようやく97年にソロ・アルバム“ADÃO E EVA” を出し、
その後もアルバムを2枚出したんですけれど、入手困難でとうとう見つからず。
それだけに、このゼカ・サーとの共同名義の新作が届いたのは、嬉しかったなあ。

ドン・カエターノは、アンゴラ政府(MPLA)がキューバとソ連の支援を受けていた70年代、
政府後援の留学生として77年にキューバへ渡っています。
この時、留学生の音楽仲間だったアントニオ・メンデス・デ・カルヴァーリョとともに、
キューバの人気デュオ、ロス・コンパドレスにあやかったデュオ活動を始めたところ、
キューバのアンゴラ人学生コミュニティの間で人気が沸騰。
そこでさらにメンバーを増やしたコンボ・レヴォルシオンを結成し、
キューバで3年間活動します。

その後アンゴラへ帰国すると、ゼカ・サーとともに、
アンゴラ版ロス・コンパドレスを復活させ、
ドンがジョーヴェンス・ド・プレンダに招かれるまで、デュオ活動を続けたのでした。
コンビを組んだゼカ・サーは、ドンが16歳のときに結成したグループ、
セヴン・ボーイズのメンバーで、ドンにとって幼なじみのもっとも古い音楽仲間です。
『35周年メモリアル』という新作のタイトルどおり、35年ぶりに再会した作品なのですね。

ほとんどの曲が二人の共作で、おそらく当時の曲なのでしょう。
二人の曲ではない‘Un Larara’ は、
本家ロス・コンパドレスの‘Hay Un Run Run’ のカヴァーです。
二人の土臭い声がいいんだよあ。
野趣に富んだこの滋味深さは、ヴェテランにしか出せない味わいですよ。

グァラーチャ、ソンゴ、ボレーロといったキューバのスタイルに、
センバをミックスしたサウンドも、たまりません。
ディカンザが刻む軽快なリズムや、メレンゲでタンボーラが叩くのと同じ
ト・ト・ト・トというリズムにのせて奏でられるアコーディオンに、
センバらしさがよく表われています。
ほっこりとしたラテン調センバは、キゾンバとはまたセンスの違ったサウンドで、
得難い味があります。

Dom Caetano & Zeca Sá "MEMÓRIAS 35 ANOS" Xikote Produções no number (2018)
v.a. "ANGOLA 80’S 1978-1990" Buda Musique 82994-2
Orquestra Os Jovens Do Prenda "BERLIN FESTA!" Piranha PIR40-2 (1991)
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スーダニーズ・ファンク・バンドの名盤復活 ザ・スコーピオンズ&サリフ・アブ・バクル

The Scorpions & Saif Abu Bakr.jpg

ハビービ・ファンクは、ドイツのヒップホップ・レーベル、
ジャカルタのサブ・レーベルとして、15年にスタートした復刻専門レーベル。
アラブ/北アフリカの70年代レア・グルーヴをリイシューするという、
これまで誰も目を向けなかった秘境にスポットを当てています。

カタログには、モロッコのファンクやら、アルジェリアの電子音楽など、
好奇心をくすぐるタイトルが並んでいるんですけれど、
聴いてみると、どれもC級D級クラスの作品ばかりで、アテが外れます。
う~ん、もっと面白い音源があるような気はするんですけれどねえ。

「スーダンのジェイムズ・ブラウン」と称されるカマル・ケイラにも、がっかり。
曲にスーダンらしさはまるでなく、バンドの演奏もお粗末な限りで、
チューニングの甘いギターにイライラされっぱなし。
CD1枚聴き通すのは、相当苦痛でした。
やっぱダメだ、このレーベル、と見限ろうとしてたところ、
9作目にして、ようやくリイシューする価値ありの逸品が登場しましたよ。

それがスーダンのバンド、ザ・スコーピオンズ。
彼らが80年にゆいいつ残したレコード、クウェートのブザイドフォン盤を
ストレート・リイシューしたものです。
オークションで1000ドル超えして、マニアの間で話題となっていたレコードですね。
16年にブートレグLPがイタリアで作られましたけど(落札者の仕業?)、
今回は権利者とギャランティ契約も結んだ正規リイシュー。
じっさい音を聴いて、なるほどウワサにたがわぬ逸品だということがわかりました。

The Scorpions eBay.jpg

ムハンマド・ワルディやアブデル・カリム・エル・カブリのスーダン歌謡とは
世代の違いを感じさせる、ファンク・バンド・サウンドが痛快です。
それでいて楽曲は、5音音階のスーダン特有のメロディなんだから、
北米ソウルのヘタクソなコピーにすぎないカマル・ケイラとは、雲泥の差。
サリフ・アブ・バクルのヴォーカルもソウルフルだし、バンドのグルーヴも一級品です。

スコーピオンズは、ライナーの解説によると、
アメリカン・スクールに通っていたアル・タイブ・ラベーが、
ロックンロールに感化されて当時のスーダンとしては珍しいギターを始め、
トランペッターのアメル・ナセルとボンゴのアル・トムとともに始めたバンドとのこと。
ライナーには、60年結成という記述と、65年に3人で初セッションしたという記述が
混在していますけれど、いずれにせよ60年代に始まった学生バンドが、
洋楽ポップスに影響を受けた先達のシャーハベール・アフメドを範として成長し、
70年代に活躍したバンドなのですね。

バンド結成当初のスーダンでは楽器の輸入が難しく、ドラムスを手作りしたことや、
アメル・ナセルが、ルイ・アームストロングとの出会いによって、
クラリネットからトランペットへ持ち替え、猛練習の末に
スーダンのトップ・クラスのプレイヤーとなったことなど、
ライナーからは、当時のスーダンの若者の奮闘ぶりがうかがえます。

シャーハベールのバンドに対抗する演奏力をつけるため、
エチオピアのハイレ・セラシエ1世皇帝劇場オーケストラの
サックス奏者ゲタ・ショウアから、指南を受けたこともあるそうです。
やがて、シャーハベールのレパートリーのコピーで、
スコーピオンズが人気を得るようになると、
本家本元が怒って裁判沙汰となり、
コピー演奏を禁じられる判決が下るという事件も起きたのだとか。

その後アル・タイブ・ラベーは70年代にバンドを脱退し、
新たにヨルダン出身のオルガン奏者や
コンゴ民主共和国出身のベーシストを迎え、スーダン国内ばかりでなく、
レバノン、クウェート、チャド、ナイジェリアへもツアーをして名声を高めます。
なかでもクウェートとは、ラジオ出演や、
カジノと1年間の専属契約を結ぶなど関係が深く、
彼らのゆいいつのレコードが80年に残されたのですね。

The Scorpions & Saif Abu Bakr "JAZZ, JAZZ, JAZZ" Habibi Funk HABIBI009
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アンゴラ内戦時代のサヴァイヴァー ロベルチーニョ

Robertinho  YOSSO IXALA.jpg

アンゴラ独立後のクーデター事件によって粛清の犠牲となった、
ダヴィッド・ゼー、アルトゥール・ヌネス、ウルバーノ・デ・カストロの後進歌手として、
80年代の内戦の時代に活動していたロベルチーニョ。

その後、ソ連崩壊による冷戦終結によって、
アンゴラで敵対し合っていた二大勢力が包括和平協定に調印し、
91年にアンゴラに束の間の平和が訪れ、
ようやくロベルチーニョはソロ・デビューLP“JOANA” を出します。
さらに93年にはセカンドLP“SAMBA SAMBA” を出すも、
資源戦争へと様相を変えた戦闘がまたも勃発、
歌手活動を停止せざるを得なくなったといいます。

16年になって、23年ぶりにリリースされた3作目は、
90年に出した2作のレパートリーを再演したアルバムとなっています。
念願の復帰に奮い立ったのか、ヴェテランの歌声というよりは、
ハイ・トーン・ヴォイスのハツラツとした歌いっぷりが印象的で、
90年代のLPを聴いたことはありませんが、
それを凌ぐ出来になったんじゃないですかね。

Angola 80  1978-1990.jpg

ロベルチーニョは78年に初シングルを出していて、
自身最大のヒット曲となった88年の‘Sanguito’(ファンク・センバ!)は、
ブダの名編集盤“ANGOLA 80’S 1978-1990” でも聴くことができますけれど、
この時と歌声がぜんぜん変わっていません。

R&Bやヒップホップを通過した、新世代のキレのいいセンバとは違う
朴訥とした味わいこそ、内戦時代のサヴァイヴァーならではでしょう。
洗練ばかりが美点じゃないよ、と教えられるかのよう。

これで順調に現役復帰かと思いきや、なんとその後逮捕され、現在係争中。
なんでも新作をひっさげて、17年にブラジルへツアーをして帰国したところ、
ブラジルの空港で見知らぬ人物から預かった2つのスーツケースから
コカイン9キロが発見され、昨年5月に逮捕されてしまったんだとか。
本人は関与を否定していますが、9月に起訴され、
その後の報道がありません。どうなったんだろう。

Robertinho "YOSSO IXALA" Xikote Produções no number (2016)
V.A. "ANGOLA 80’S 1978-1990" Buda Musique 82994-2
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ゴキゲンななめの謎ジャケ フィエル・ディディ

Fiel Didi  NOSSA SENHORA DA MUXIMA.jpg   Fiel Didi  EM DEFESA DO SEMBA.jpg

うわははは、なんだこのブッちょうずら。
11年に“COISAS DE PAIXÃO” で遅咲きの歌手デビューを果たした、
アンゴラのセンバ・シンガー、フィエル・ディディの3作目。

13年の2作目“EM DEFESA DO SEMBA” を、
3年前のミュージック・マガジン誌に紹介記事を書いたものの、
その時は日本に入荷せず、今回ようやく新作と一緒に入荷したんですけれど、
その新作のジャケット写真の不機嫌なことといったら。
いったい撮影時に何があったんでしょうね。

中身の方は、そんなジャケ写を忘れる、明るい表情のセンバがたーっぷり。
この人のセンバは、哀愁味があまり表に出てこなくて、人懐っこいんですよ。
ここ数年、若手による新世代のセンバばかり聴いていた気がしますけど、
こういうオールド・スクールなセンバには、ほっこりしますねえ。

フィエル・ディディはもともと歌手ではなく、政治家だったという異色の人。
青少年スポーツ大臣やルアンダ州副知事などを歴任し、
その後ホテル経営や観光業を営む実業家へと転身したアンゴラ政財界の大物です。
ジャケット裏には湖畔のコテージみたいな建物が写っていますけど、
これもフィエルが経営しているホテルなのかな?
それにしてもヒドいピンボケ写真で、
ジャケットを制作したデザイナー、なんか悪意でもあったのか。

レパートリーは、アルトゥール・ヌネスやウルバーノ・デ・カストロなど、
70年代センバの曲が中心。タイトル曲も、ヴェテラン・シンガー・ソングライター、
エリアス・ディアー・キムエゾの曲です。
ディカンザ(スクレイパー)をシャカシャカと刻むリズムに、
アコーディオンの涼風のような響きが、オールド・センバの味をよく伝えていますよ。
サウンド・プロダクションもキゾンバのような洗練されたコンテンポラリーではなく、
ほどよいチープさを残しているところがいいんだなあ。
フィエルのざっくばらんとした、あけっぴろげな歌い方も、
実に庶民的というか、いい雰囲気で、聴いているだけで、しぜんに笑みがこぼれます。

Fiel Didi "NOSSA SENHORA DA MUXIMA" Xikote Produções no number (2018)
Fiel Didi "EM DEFESA DO SEMBA" Xikote Produções no number (2013)
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南ア・ディープ・ハウスの傑作 シミー

Simmy  TUGELA FAIRY.jpg

もう1人の南ア新人は、シミーことシンフィウェ・ンホラングレラ。
出身はムリンド・ザ・ヴォーカリストと同じクワズールー=ナタール州で、
より内陸部のツゲラ・フェリー。齢も24と、ムリンド・ザ・ヴォーカリストと1つ違い。
出身も年齢も近い2人ですけど、音楽性は違って、シミーの方はディープ・ハウスです。
クワイトが再び盛り上がってきたのにつられて、ハウスも盛り上がっているんでしょうか。
南アは、昔からハウスが人気ありますよね。

13年、クワズールー=ナタル大学で社会工学を学んでいたシミーは、
ハウス・プロデューサーのサン=エル・ミュージシャンと出会い、
共演を求められたといいます。
その時は学位取得を優先して断ったそうですが、卒業後にジョハネスバーグに向かい、
サン=エル・ミュージシャンのもとで活動してきたとのこと。
デビュー作もサン=エル・ミュージシャンのプロデュースで、
彼のレーベルからリリースされました。
「KARAOKE QUEEN」と胸に書かれたTシャツを着ている、
バック・インレイの写真には笑ってしまいました。

選び抜かれた鍵盤の音色、デリケイトにプログラミングされたビート、
身体がふわりと軽くなる浮遊感のあるサウンドは、ネオ・ソウルとも親和性があり、
重みのあるボトムのビートが、濃密な空間を生み出します。
シミーの歌いぶりは、ハウス・トラックのフィーチャリング・ヴォーカリストそのもの。
ヴォーカルが自己主張するのではなく、
サウンドやコーラスに自分のヴォイスを溶け合わせることに、心を砕いています。

ダンスフロア向けでない、リヴィング・ルームで聴くためのディープ・ハウス。
クワイトが盛り上がったゼロ年代前半に、南ア産ハウスもけっこう聴いたんですけれど、
これほどのクオリティのアルバムには出会えませんでした。
ビートメイクのセンスなんて、US/EU産ディープ・ハウスを凌いでるんじゃないですかね。

あと、終盤に1曲(‘Lashona Ilanga’)だけ、
南アらしいゴスペル・フィールなトラックがあるのは意外性満点で、聴きものです。
南ア・ディープ・ハウスの傑作、しばらく手放せそうにありません。

Simmy "TUGELA FAIRY" El World Music CDCOL8342 (2018)
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王道の南ア・ポップ新人 ムリンド・ザ・ヴォーカリスト

Mlindo The Vocalist  EMAKHAYA.jpg

南アから、男女若手2人それぞれのデビュー作が届きました。

まずはじめは、クワズールー=ナタール州南岸、ポート・シェプストーン出身という、
ムリンド・ザ・ヴォーカリストことリンドクレ・マジェデジ。
若干23歳の新人で、ヒット・メイカーのDJマフォリサにインターネットで見出され、
一躍ブレイクしたというアフロポップのシンガーです。

そのデビュー作から溢れ出す、
南アらしいオーセンティックな味わいをもった歌い口に、
グイグイ引き込まれてしまいました。
どっしりとしたスロー中心で迫り、ダンス・ナンバーのアップ曲はまったくなし。
じっくりと歌う落ち着いた歌いぶりにも、びっくりさせられました。

え? この人、まだ23歳なんだよね?と思わず確かめなくなるほど、
若さに似合わない、風格のある歌を歌える人で、
じわじわと聴く者の胸に、狂おしさを沁み込ませていくあたり、力量を感じさせます。
終盤の‘Lengoma’ を初めて聴いた時は、思わずもらい泣きしてしまったほど。
胸に沁みる、いい曲です。
歌詞はわかりませんが、鎮魂の祈りを強烈に感じさせる曲です。

「アパルトヘイト」を知らないポスト・アパルトヘイト世代の音楽家が増えるなか、
ムリンドは母親や叔父の体験を通して、アパルトヘイト時代の苦闘から
多くのインスピレーションを得ているというので、
そういう思いが、きっと歌に込められているんでしょう。
共演を願うアーティストとして、オリヴァー・ムトゥクジの名をあげるなんて、
嬉しい若者じゃないですか。そのコメントだけで、この人の音楽性ばかりでなく、
人間性が伝わってくるようです。

クワイトやヒップホップR&Bを消化したコンテンポラリー・サウンドは、
グローバル・ポップとして通用するハイ・クオリティなプロダクションが施されていて、
南ア・アフロポップの進化を実感させます。
アップデイトされた現代のプロダクションにのせて、
南アらしいメロディと歌い口で王道のポップスを歌うムリンド。
ザ・ヴォーカリストの芸名は伊達じゃありませんよ。

Mlindo The Vocalist "EMAKHAYA" Sony Music CDSAR019 (2018)
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セネガル文化再発見の旅 クンバ・ガウロ

Coumba Gawlo  TERROU WAAR.jpg

セネガルを代表する女性歌手、クンバ・ガウロの3年ぶりの新作。
昨年暮れの12月7日に、現地セネガルでCDとUSB(!)のフォーマットで
リリースされたんですが、これは力作ですねえ。
セネガルの多様な民族、各地方の文化遺産を掘り下げて歌うという企画に加え、
2月24日に予定されている大統領選挙に向け、
セネガル社会の団結と平和への願いを込めたアルバムとなっています。

こういう企画なら、元文化観光大臣のユッスー・ンドゥールこそやるべきじゃない?
と思うところですけれど、近年、ユニセフやUNDP(国連開発計画)など、
さまざまな国連機関の活動に積極的に参画してきた、クンバらしい仕事ともいえます。
ぼくがクンバの慈善活動に共感するのは、
2010年のハイチ地震の時、クンバがアフリカの音楽家で、
真っ先に支援の手を差し伸べたことを、よく覚えているからです。

2010年1月12日、ハイチの首都ポルトープランスを襲った地震によって、
大統領府や国会議事堂が倒壊し、死者31万6千人に及ぶ
未曾有の大災害となったことは、みなさんも覚えていますよね。
クンバはこの時、苦しむハイチの人々のために、
アフリカが何もコミットしようとしないことに苛立ちを覚え、
3月に“Africa for Haiti” の旗印をあげ、
プロジェクト・コーディネイターを引き受けました。

クンバは、ロクア・カンザにハイチ救援ソングの作曲を依頼し、
アフリカ中の音楽家に声をかけ
ウム・サンガレ、セクーバ・バンビーノ、パパ・ウェンバ、アルファ・ブロンディ、
ユッスー・ンドゥール、オマール・ペン、バーバ・マール、アイチャ・コネ、
イドリッサ・ジョップ、イスマエル・ローを集め、レコーディングを実現しました。
その後、大規模なチャリティ・コンサートをダカールで敢行しています。

この時にクンバが取った行動は、クインシー・ジョーンズとライオネル・リッチーによる
“We Are The World 25 Years for Haiti” のレコーディングよりも、
はるかに大きな意義のあるものと、ぼくの目には映りました。
クンバのプロジェクトは、日本ではニュースにすらなりませんでしたが、
クンバの志は、ぼくの胸にしかと刻みこまれたのですよ。

そんなぼくが信頼を置くクンバの新作のテーマは、「セネガル文化再発見の旅」。
セネガルを代表するスター歌手としての、
強烈な自覚があってこそ作り上げられた作品といえます。
クンバ出自のプールだけでなく、ウォロフ、セレール、バンバラ、ジョラなど、
セネガルのさまざまな民族に由来する曲を取り上げ、
曲中に特徴的なダンス・リズムを差し挟みながら、
セネガル音楽のカラフルな魅力を浮き彫りにしています。

ホーン・セクションやパーカッション・アンサンブルが炸裂する
ンバラ・マナーなトラックもあるものの、
コラ、ハラム、リティ、バラフォン、ウードをフィーチャーした、
セネガルの民俗色を打ち出したサウンドづくりが聴きものです。
もちろんプールの曲では、濁った音色とひび割れた響きが特徴のプールの笛が奏でられ、
グリオ育ちのクンバの歌声を、グッと引き立てていますよ。

作曲家、脚本家、詩人、画家と多方面に活躍し、17年に亡くなった父親の
レイ・バンバ・セックに捧げたレクイエムもあれば、
サッカーのアフリカ・カップのアンセムとなった、
高揚感溢れるハッピー・チューンもあり。
全曲生音・人力演奏のなか、ファーダ・フレディと共作したこの曲のみ、
打ち込み使いとなっていて、プロダクションはダーラ・J・ファミリーが担当し、
ボーナス・トラックとしてアルバム・ラストに収録されています。

アフリカのスター歌手という立場で、社会的な責任も引き受け、
それを担おうとする意気込みに、ぼくはクンバの人間性を感じてきましたけれど、
今回の新作ほどその姿勢をはっきり打ち出した作品はありません。
2年前に来日公演が計画されたものの、直前になって頓挫してしまいましたが、
ぜひ今年こそ実現してほしいものです。

Coumba Gawlo "TERROU WAAR" Sabar no number (2018)
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アフリカン・クロスオーヴァー・エキゾティカ オニパ

Onipa  OPEN MY EYES.jpg

エスニック雑貨屋なんかでよく売ってる、似非アフリカンな仮面。
アフリカ現地の土産物屋に並んでいるコピー商品なら、まだマシな方で、
インドネシアのバリ島あたりで作っているフェイクものをよく目にします。
アフリカの仮面もオセアニアの仮面も見分けがつかない人なら、
なんとも思わないんでしょうけれど、プリミティヴ・アートを愛する者には、
そのあまりなガラクタぶりに、目をそむけずにはおられません。

インチキな匂いがぷんぷん漂うジャケ画に、そんなことを思いながら、
まったく期待せずに聴いてみたんですが、あらららら。
意外にもオモロイどころか、ゴキゲンじゃないですか。
バッタもんの面白さを超越した、アフリカン・ダンス・ミュージックです。

コノノを思わすアンプリファイド・リケンベをフィーチャーした1曲目、
スークース・ギターが活躍するアフロ・ディスコの2曲目、
ヘヴィーなシンセ・ベースに、
コラやカルカベが絡み合うトラックをバックにラップする3曲目、
シャンガーン・エレクトロをパクった4曲目と、
アフリカのトライバルなダンス・ビートを縦横無尽にクロスオーヴァーするオニパは、
イギリス白人ギタリストとガーナ人シンガーのデュオ。

ギタリストのトム・エクセルは、サウンドウェイやトゥルー・ソーツなどのレーベルで、
プロデューサー兼エンジニアとして活躍してきた人で、
なるほどそういうキャリアの人なら、思いつきそうなアイディアですね。
そして歌っているのが、コンゴ人でもなけりゃ、
シャンガーンやツォンガでもないガーナ人で、
アカン語で歌っているっていうんだから、笑っちゃいます。フェイクやん!

アルバムはさきほどの4曲に、
ハウス、ガラージュ、エレクトロニカのリミックス・ヴァージョン3トラックを加えたもの。
クラブでかけたら大ウケしそうな、理屈抜きに楽しめるダンス・アルバムです。
レス・バクスター、マーティン・デニー、アーサー・ライマンのセンスで、
クラブ・ミュージックを通過させた
アフリカン・クロスオーヴァー・エキゾティカでしょうか。

Onipa "OPEN MY EYES" Wormfood MWF005 (2018)
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ルーツ・レゲエとDJとヒップホップ カバカ・ピラミッド

Kabaka Pyramid  KONTRABAND.jpg

う~ん、カッコいい。
このカッコよさがどこから来てるのか、ちゃんと知りたくなりますねえ。

スレンテンが流行したあたりからレゲエ離れしてしまって、はや30年以上。
ダンスホール・レゲエ以降のレゲエの歩みをぜんぜんわかっていない、
完全なるレゲエ門外漢なんであります。
ちょうど1年前、ジェシー・ロイヤルの初アルバムを聴いて、
ルーツ・レゲエのリヴァイヴァルを実感したわけでしたけれど、
カバカ・ピラミッドというこの人もまた、ラスタ・リヴァイヴァル・ムーヴメントの
アーティストのひとりなんだそうで、一聴してグッと胸をわしづかみにされました。

70年代レゲエのヴァイブを、そのまま引き継いでいるジェシー・ロイヤルとは
少し違った個性の持ち主で、そのスタイルにはダンスホール以降の要素が
ふんだんに取り入れられているのを感じます。
そうしたスキルをルーツ・レゲエのマナーでやっているという印象なんですけれど、
そこらあたりの魅力について、誰か詳しい人、ぼくにレクしてくれないかしらん。

DJの節回しを歌に取り入れた唱法が、むちゃくちゃカッコよく、
こういう唱法を、シングジェイというのだということも、今回初めて知りましたけれど、
こういうスタイルはヒップホップの影響なんでしょうか。
もともとヒップホップは、ジャマイカのDJカルチャーの影響下で生まれたものですけれど、
このシングジェイというスタイルは、ヒップホップ由来のニュアンスが強く、
ジャマイカのDJカルチャーが独自に発展したというより、
アメリカへ飛び火したヒップホップからのフィードバックのように感じます。
リディムもヒップホップのリズムだしねえ。

もともとラップに近いスタイルを持っていた伝統芸が、
ヒップホップからの影響を受けて、現代的にリフレッシュメントした例に、
セネガルのタスがありますけれど、ここで聞けるシングジェイにも、
それと同じものを感じるんですよね。

レゲエやヒップホップがユニバーサルな音楽となってすでに久しく、
世界各地のフォークロアと結びついて、新たな魅力を生み出す一方で、
オールド・スクールなスタイルに回帰して、またオリジナルとは違った
別の魅力も生み出しているんですね。
そんなことを感じさせられた、カバカ・ピラミッドのアルバムでした。

Kabaka Pyramid "KONTRABAND" Ghetto Youths International/Bebble Rock Music no number (2018)
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前進を続けるユーカンダンツ

Ukandanz  YEKETELALE.jpg

うお~ぅ、ユーカンダンツ、前進してるなあ。

エチオピア黄金時代のクラシックスを、
変拍子使いのラウドなオルタナ・ロックへ変貌させるという、
ドギモを抜くアイディアで、脳天をブン殴られたデビュー作。
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2012-12-27
その衝撃が冷めやらぬ間に来日もしてくれて、
その実力がホンモノであることを、しっかりと確かめられました。

ユーカンダンツの手柄は、黄金期のエチオピア歌謡をオルタナ・ロック化することで、
エチオピア音楽が持つ「臭み」を蘇らせたことにありました。
90年代以降のエチオピアン・ポップが、
フュージョン寄りのサウンドでコンテンポラリー化したことで、
「洗練」を獲得した代わりに、「エグ味」や「臭み」といった
エチオピア音楽唯一無比の個性を手放してしまったからです。

そこにユーカンダンツは、まったく異なるサウンド・アプローチで、
エチオピア歌謡が持っていた、独特の臭みを取り返したのです。
これ、案外気付いていない人が多いというか、
ユーカンダンツのハードコアなサウンドばかりに注目が集まりがちですけれど、
彼らの最大の功績は、
エチオピア歌謡のエグ味の奪還にあったと、ぼくは考えています。

その点で、前作はぼくには不満でした。
バンドのヘヴィーなサウンドに負けじと、
アスナケ・ゲブレイエスが無理に声を張り上げていたからです。
ああ、アスナケは何か勘違いしてるな、と思いました。

デビュー作では、バンドのサウンドがいくら鋭角に歌に切り込んでこようと、
アスナケは自分の唱法を変えずに歌ったからこそ、あの傑作が誕生しました。
シャウトなんかしなくたって、十分なパワフルなヴォーカリストなのに、
ロック・サウンドに無理に合わそうと唱法を変えたことで、
こぶしの妙味が失われてしまったのは、致命傷でした。
今作はそれに気づいたのか、アスナケは本来の唱法に戻って、
存分にメリスマを利かせて歌っています。そうそう、こうでなくっちゃあね。

そして今回は、シンセ・ベースとドラムスのメンバー・チェンジによって、
バンド・サウンドも変化しました。
ファンキーなブレイクなどを使い、ヒップホップのセンスも加味したサウンドとなって、
エレクトロ・ファンクなサウンドも随所にみせています。
ビート・ミュージックのようなセンスもうかがわせ、
前2作にはなかったサウンドが新鮮です。

レパートリーは、今回もテラフン・ゲセセ、マハムド・アハメド、ギルマ・ベイェネなど、
往年の名曲を題材に、思い切り現代化していて、エチオピア歌謡が持っていた芯を
アスナケの卓抜した歌唱力で、再解釈しています。
ラストのマハムド・アハメドが得意とした、グラゲのダンス・ナンバーもサイコーです!

Ukandanz "YEKETELALE" Buda Musique 860332 (2018)
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マリア・テレーザ・デ・ノローニャの全録音集

Maria Teresa De Noronha.jpg

すごいボックスが登場しました!
最愛なるファド歌手、マリア・テレーザ・デ・ノローニャの全録音集であります。
そうかあ、2018年はノローニャ生誕100周年だったんですねえ。

ファド歌手の最高峰といえば、文句なしにアマリア・ロドリゲスですけれど、
一番よく聴くファド歌手となると、
やっぱりぼくはマリア・テレーザ・デ・ノローニャですね。
なかでも、ポルトガルEMIが06年に出した4枚組はノローニャの決定版で、
どれだけ愛聴したことか。
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2009-11-27
すぐに廃盤となってしまったため、入手しそこねた方が多かったようですけれど、
そんなファンにとっては朗報でしょう。

世界的に有名になったアマリア・ロドリゲスと同世代のファド歌手ながら、
73年に引退してしまったがため、ポルトガル国外ではほとんど知られていないノローニャ。
新世代のファド歌手からファドを知り、昔のファドはアマリア・ロドリゲスしか知らない、
なんて若い人にこそ、ぜひ聴いてほしい人です。
今の時代には、ディープなアマリアより、
なめらかでナチュラルな味わいのノローニャの方が、きっとウケもいいはず。

CD6枚にDVD1枚と60ページのブックレットを収めたこのボックス、
未発表や初公開のレア・トラックも満載なんですが、
いわゆるマニア向けに作られていないところがミソ。
「コンプリート」ぎらいのぼくでも、手放しに絶賛できる内容になっています。

ぼくが「コンプリート」ものに関心がないのは、
凡演や駄演まで聞かされるのは、まっぴらだと思っているからですけれど、
ノローニャはコンプリートで聴いても満足できる、数少ない音楽家のひとりといえます。
それは、円熟期に引退してしまい、録音量がけっして多くないことに加え、
デビューから引退まで、ノローニャのみずみずしい歌いぶりは一貫していて、
録音も粒揃いだったことの証明でもあります。

さて、中身をみると、ディスク1~3がスタジオ録音。
59年にヴァレンティン・デ・カルヴァーリョと契約してからの録音を録音順にまとめ、
未発売のテスト録音3曲に続き、初EPから71年録音のラストLPまで収録しています。
そしてディスク3の最後に、ヴァレンティン・デ・カルヴァーリョと契約する以前の
SP録音16曲をクロノロジカルに収録。52年にメロディアへ録音した初SPの2曲に、
53年から55年にロウシノルから出たSP7枚分14曲が並びます。

ディスク4・5は、ラジオ録音。
ポルトガル放送局で隔週放送されたノローニャのファド番組は、
ノローニャがプロ・デビューした翌年の39年から始まり、
47年の結婚後の数年ブランクを除いて、
62年12月までロングランとなった人気番組でした。
ここに収録された音源は、熱烈なノローニャ・ファンが自宅のラジオの前にマイクを立てて
家庭用レコーダーに録音した、プライヴェート・コレクションから編集されたものです。

録音をしたのは当時まだ16歳だったという、ファド・コレクターのヌーノ・デ・シケイラ。
パット・ブーン、ポール・アンカ、プラターズと同様、
ノローニャのファドに夢中だったそうで、
60年から番組が終わる62年まで、自宅前を横切るバスの騒音に邪魔されながらも、
出来る限り録音を残したとのこと。
解説のブックレットには、
自分のコレクションがCD化されたことへの謝辞が載せられています。

そして、ディスク5の最後に収録されたボーナス・トラックが目玉。
こちらは国営放送局が残した公式記録で、
39年録音の2曲、46年録音の3曲、49年録音の1曲が収録されています。
こんな若い頃のノローニャの歌声を聞けるとは、思いもよりませんでした。
39年の2曲はノローニャの初録音で、まだ20歳ですよ!
声をぐぅーっと伸ばす張りきった歌いぶりが、ういういしく聞こえます。
この録音時の写真がブックレットに載せられているのも、注目です。

ディスク6は、これまた初めて耳にするライヴ録音で、
63年録音の5曲と70年録音の4曲を収録。
大衆的なファド・ハウスで活動したファディスタと違い、
若い頃からスペインやブラジルから招かれるような貴族出身の歌手だった
ノローニャは、大勢の観客を前にしたコンサートのライヴ録音が残されていて、
円熟期の歌いぶりを楽しむことができます。

そして注目のDVDは、往時の国営テレビ放送を収録したもので、
59年放映と67年放映の2つの番組を収録。
完璧なまでのヴォイス・コントロールで音の強弱をつけ、
上がり下がりの激しい古典ファドの難曲を、いともスムーズに歌ってのけます。
吐息混じりにひそやかに歌うデリケイトさは、悶絶もの。
映像でノローニャのエレガントな歌いぶりを観ながら聴くと、
あらためてエクスタシーに酔いしれますねえ。

伴奏を務めるラウール・ネリーのギターラの妙技にも、目を見張ります。
59年の番組中にインスト演奏があり、右手のフィンガリングが生み出す、
美しいサウンドには、ウナらされました。
ギターラ2台、ギター2台、低音ギター1台という珍しい編成の
67年の番組も見ものです。

つんどくだけで棚の肥やしになるボックスとは大違いの、
いつも手元に置いて、楽しめることうけあいのボックス。一生もんです!

[6CD+DVD] Maria Teresa De Noronha "INTEGRAL" Edições Valentim De Carvalho SPA0663-2
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母のわらべ唄 書生節

大正滑稽はやり唄 -書生節と小唄による風刺・モダン・生活-.jpg

♪ラメチャンタラ ギッチョンチョンで パイノパイノパイ
パリコト パナナで フライ フライ フライ♪

大正時代のコミック・ソング「東京節」を知ったのは、いつだったんだろう。
小学生の時、ザ・ドリフターズがカヴァーしているのを聞いて、
すぐ一緒に歌えたくらいだから、もっと幼い頃、たぶん母親が歌うのを聴いて、
覚えたんじゃないかと思うんですけれど。

ぼくの幼児期の音楽体験といえば、
もっぱら父親のラテン・レコード・コレクションでしたけれど、
そういう正統(?)な音楽体験じゃなくて、
母親が歌っていたわらべ唄とはいえない珍妙な歌が面白く、
何とはなしに覚えてしまったものが、いくつもあります。
それが書生節の「東京節」や、数え唄の「日露戦争」といった俗謡でした。

母は昭和6年、芝の愛宕町で板長の次女に生まれました。
女学生の時に東京大空襲に遭い、愛宕山の愛宕神社へ逃げ込んで、
命からがら助かったという戦争体験をした世代の人です。

子供の頃に聞かせてくれた母の俗謡は、母のリアルタイムの時代の唄ではなく、
明治生まれの祖母から習った唄が多く、
女の子のお手玉唄などが多かったように思います。
その歌詞が、西南の役だったり、日露戦争だったりと、
あまりにも時代がかった不思議なもので、それで妙に記憶に残ったんでしょうね。

街角のうた 書生節の世界.jpg

そんな記憶をまざまざと呼び覚まされたのが、
93年に出た『街角のうた 書生節の世界』です。
この時初めて母の歌の原曲を聴き、
タイムスリップするような感覚をおぼえましたけれど、そればかりでなく、
秋山楓谷・静代、鳥取春陽、神長瞭月の歌いっぷりは、めちゃくちゃ新鮮でした。
このCDはすごく愛聴したんですが、その後書生節を聴くチャンスは訪れず、
今回のCD復刻まで、26年も待たされてしまいました。

父が、戦中期のハワイアン・バンド、カルア・カマアイナスのメンバーとご学友という、
帝大生のおぼっちゃまくんだったのに対し、
母は、ひと筋違いにお妾横丁があるような庶民的な下町育ちだった好対照さが、
ぼくの音楽嗜好の両極を育ててくれたように思えてくるのでした。

v.a. 「大正滑稽はやり唄 -書生節と小唄による風刺・モダン・生活-」 ぐらもくらぶ G10043
v.a. 「街角のうた 書生節の世界」 大道楽 DAI005
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ストリート育ちのサンバの強度 アナイー・ローザ

Anaí Rosa  ATRACA GERALDO PEREIRA.jpg

サンバの現代的な再解釈といえば、
ロムロ・フローエスの前衛サンビスタぶりが筆頭格といえそうですけれど、
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2015-02-01
ジェラルド・ペレイラをカヴァーしたアナイー・ローザの新作も、
すごく面白いアルバムに仕上がりましたね。
昨年がジェラルド・ペレイラの生誕100周年だったのか。
これなら、ジェラルドも天国で喜んでいるんじゃないかな。

プロデュースは、ジルベルト・モンチとカカ・マシャード。
いい仕事しましたねえ。
酒と女とケンカに明け暮れ、ボヘミアン人生をまっとうした(?)、
ジェラルド・ペレイラのサンバに独特なファンキーさが、
アヴァンなセンスによって、現代的な意匠として見事蘇っています。

アナイー・ローザは、原曲のメロディを崩さず忠実に歌っていて、
プロダクションがあの手この手で演出しているんですよ。
シンコペイトするジェラルドのサンバは、
どんなにイジっても、ぜんぜん壊れないというか、
現代的なアレンジにも耐えうる強度を持っている証明ですね。
ジェラルドのサンバが持つファンキーな感覚を、
現代的なアレンジが浮き彫りにしています。

ロムロ・フローエスが前に出したネルソン・カヴァキーニョのカヴァー作は、
案外面白くなかったんですけれど、それはアレンジの問題じゃなくて、
原曲が持つ力の違いのように思えたんですけれど、
本作を聴いて、その考えは間違いじゃないと確信が持てましたね。

ネルソン・カヴァキーニョなどの深い抒情味を持つマンゲイラのサンバに、
アヴァンなアレンジを施すと、どうしても作為が前に出すぎて、
不自然になってしまうんですよ。
ところが、ジェラルド・ペレイラのようなノエール・ローザから受け継いだ
街角のボッサ感覚に富んだサンバには、
アヴァンなセンスを平気で受け容れてしまう度量が備わっています。
それはいわば、ストリートが育てたサンバの強度なんじゃないでしょうか。

コミュニティに育まれたサンバの抒情にはない、
ケンカと酒に明け暮れたマランドロ(やくざもの)の腕っぷしの強さのようなものが、
そのサンバにはある。そんなことを感じさせてくれるアルバムなのでした。

Anaí Rosa "ATRACA GERALDO PEREIRA" SESC CDSS0118/18 (2018)
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フレッシュな古典ショーロ トリオ・ジューリオ

Trio Júlio.jpg

現代的なインストルメンタルと一緒に、
こういうオーセンティックなショーロの良さを味わえるアルバムが届くというのが嬉しい。
7弦ギター、バンドリン、パンデイロを演奏する、ジューリオ3兄弟のデビュー作です。

リオ出身の3人はパンデイロのマグノが兄で、
7弦ギターのマルロンとバンドリンのマイコンが双子の弟だそうです。
レパートリーはすべてマルロンとマイコンのオリジナル。
ショーロ第1世代の代表的な音楽家アナクレット・ジ・メデイロスや、
ジャコー・ド・バンドリンにオマージュを捧げた曲があるなど、
その作風も古典的といえます。

デビュー作とはいえ、すでに音楽学校で先生もやっている彼らのプレイは、
実力十分、余裕のある演奏ぶりで、伝統的なショーロを聞かせてくれます。
曲により、カヴァキーニョやピアノのゲストも加わり、
アコーディオンとザブンバのゲストを招いたバイオーンや、
トランペット、トロンボーン、サックスの3管入りのフレーヴォもあるなど、
多彩な内容で、カラフルなアルバムとなっています。

アルバムのオープニングとラストがマシーシというのも、
このグループの音楽性を象徴しているようで、
特にラストのホーン・セクション入りで、
古典的なマーチング・サウンドを聞かせるマシーシは、
最近めったに演奏されることのないスタイルだけに、
おおっと前のめりになっちゃいました。

この曲にゲスト参加したオス・マトゥトスは、
3年前に話題となったイリニウ・ジ・アルメイダの曲集を演奏していた
メンバーが主要となっているグループ。
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2016-06-23
オフィクレイドのエヴェルソン・モラエスもいますよ。

ショーロの古典にまでさかのぼったオリジナルを、
フレッシュに聞かせるステキな3人組です。

Trio Júlio "MINHA FELICIDADE" no label no number (2017)
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アミルトン・ジ・オランダの後継者登場 カラピッショ・ランジェル

Carrapicho Rangel  NA ESTRADA DA LUZ.jpg

おー、いつかは出てくるとは思っていたけど、ついに出てきましたね、
アミルトン・ジ・オランダの後を追う、頼もしき若手バンドリン奏者が。
サンバウロ州の内陸、アララクアラ出身というカラピッショ・ランジェル。
少し前にアナ・コスタとのデュオ作が出て、初めてこの人を知りましたけれど
ブラジルの新世代ジャズ・レーベルとして注目の集まる
ブラックストリームからの新作ということで、さっそく買ってまいりましたよ。

ジャコー・ド・バンドリンやルペルシ・ミランダといった
先達のバンドリン奏者から学んだショーロの素養をしっかりと持ったうえで、
現代的なインストルメンタル、いまや素直にジャズと呼んでいい領域に
踏み込んだプレイをする人で、まさしくアミルトン・ジ・オランダの後継者。

音楽性はほぼアミルトン・ジ・オランダ・キンテートと同じといっていんじゃないかな。
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2010-04-22
こちらの編成はピアノ、ベース、ドラムスのカルテットですけれど、
主役のバンドリンだけが弾きまくるのではなく、ピアノ、ベース、ドラムスが
緊密なアンサンブルをかたどる複雑なアレンジを施していて、
かなりテクニカルな演奏を聞かせます。

どんなに速弾きをしても、メカニカルな演奏やアブストラクトにならないのは、
楽曲がいずれも、ブラジルの歌心豊かなメロディ揃いだからですね。
ショーロ、サンバ、フレーヴォとさまざまなフォーマットを借りながら、
そこに変拍子を取り入れるなど、高度なジャズのテクニックを組み込んでいくところが、
まさにアミルトン・ジ・オランダが切り拓いてきた音楽性そのものでしょう。

優雅さとテクニカルなかっこよさが同居するプレイ、
これまでアミルトン・ジ・オランダだけのお家芸ともいえた、
10弦バンドリンの世界を、共に発展させる若きライヴァルの登場です。

Carrapicho Rangel "NA ESTRADA DA LUZ" Blaxtream BXT0021 (2018)
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ブラジリアン・ネオ・ソウル・ディーヴァ パトリシア・マルクス

Patricia Marx  NOVA.jpg

グレッチェン・パーラトを思わせる、
ひそやかでデリケイトな歌声に、息をのみました。
短いオープニングのイントロに続いて、するりとすべり込む、
綿菓子のようなふわーっとしたサウンドに、もう夢見心地。
人力ドラムスの生音グルーヴ、
鍵盤をレイヤーしたサウンドがもたらすネオ・ソウルの快楽。
う~ん、パトリシア・マルクスの新作、やるじゃない。

5歳でテレビ・デビュー、9歳で歌手デビューした
パトリシアの歌声を初めて聴いたのは、
ブラジル音楽評論家の大島守がプロデュースした
92年作の“NEOCLÁSSICO” でした。
そのアルバムは、当時としては珍しい本格的なボサ・ノーヴァ作品でしたけれど、
その後出た、クラブ・ミュージック仕様の95年作“QUERO MAIS” の方が、
この人の本領だったと思います。

Patricia  NEOCLÁSSICO.jpg   Patricia Marx  QUERO MAIS.jpg

ジョルジ・ヴェルシーロ、エジ・モッタ、マックス・ジ・カストロの曲に、
‘What's Going On’ やジャクソン5の‘Never Can Say Goodbye’ を取り上げた
レア・グルーヴ感覚満載のメロウ・グルーヴなアルバム。
なんとカルトーラの‘Acontece’ まで歌っているんですよ。
DJユースに重宝しそうな作品で、その昔家族とのドライヴでよく聴いたものです。
車を運転しなくなって15年、すっかりご無沙汰ですけど。

その後は、トラーマから出したエレクトロ/ラウンジ・ボサのアルバムや、
DJのブルーノ・Eと結婚して発表した共同名義作などがありましたけれど、
ロンドンのクラブ・シーンに関与するようになってからの作品はあまり興味を持てず、
すっかり疎遠となっていたので、この新作には見直しましたね。

エルベルト・メデイロスの鍵盤が生み出す甘美なサウンドが、
とにかくここち良いったら、ありません。
ムーンチャイルドあたりを参照してそうな音づくりで、
スネアの音が大きなドラム・サウンドも、イマドキといえますね。
パトリシアの声も、以前より脱力した軽い声で歌っていて、とても魅力的です。

Patricia Marx "NOVA" LAB 344 83369338 (2018)
Patricia "NEOCLÁSSICO" Camerati TCD1007-2 (1992)
Patricia Marx "QUERO MAIS" Lux 011023-2 (1995)
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小アジアの詩情 ディレク・コチェ

Dılek Koç  SEVDALIM AMAN.jpg

去年の暮れに買ったトルコ旧作が良くって、ここのところのお気に入り。
寒くなってくると、アナトリアの叙情を伝える弦楽アンサンブルが沁みますねえ。
それにしてもこのアルバムはユニークです。
ディレク・コチェというトルコの女性歌手のアルバムなんですが、
なんとこれがトルコ盤じゃなくて、ギリシャ盤なんですね。
しかもグリケリアが4曲で一緒にデュエットしているのだから、ビックリです。

へー、10年にこんなアルバムが出ていたのかと、今頃気付いたわけなんですが、
日本未入荷だったわけでなく、どうやらぼくが見逃していただけみたい。
このあと15年にもアルバムを出していて、
そちらは見覚えがあるものの、う~ん、なんで買わなかったのかなあ。

というわけで、かなり遅まきながら、聴いているわけなんですが、
なんとも大胆な企画でデビューしたものです。
日本人歌手が韓国の大物歌手のゲストも得て、韓国でデビューしました、みたいな。
いや、それ以上のインパクトだろうな。
トルコとギリシャの関係は、日韓どころじゃない険悪さですからねえ。
いや、最近の日韓も、それに迫るヤな雰囲気になりつつありますが。

ディレク・コチェはイスタンブール工科大学で建築を学んだあと、
ギリシャ第2の都市、テッサロニキに移住したという経歴の持ち主。
オスマン・トルコ時代に、コンスタンティノープル(現イスタンブール)に次ぐ
歴史的都市だったテッサロニキに暮らして、
ギリシャ歌謡に潜むトルコ民謡の陰を見い出したといいます。

ビザンティン音楽を学ぶ一方で、トルコ民謡をもっと深く知る必要性も感じて、
伝説の吟遊詩人アーシュク・ヴェイセルを熱心に聴くようになったのだとか。
そうしたトルコとギリシャが共有していた音楽文化を探訪しながら、
バルカンや東地中海のレパートリーも加えていくようになったといいます。
伝統的な弦楽アンサンブルで、アナトリアの詩情を歌った本作、
ミュージシャンは全員ギリシャ人のようですが、見事なものです。
トルコ人リスナーにも大いにアピールすることウケアイでしょう。

たいへんな力作にもかかわらず、
ディレク・コチェの肩の力が抜けた歌唱が、またいいじゃないですか。
さっぱりとした歌いぶりが、小アジアの歌心を再認識させてくれるようです。

Dılek Koç "SEVDALIM AMAN" Eros 3901167073 (2010)
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イサーンの節回し ノーンマイ・ムアンチョンペー

Nongmai MuangChompae  FAN KAO KUE PAO MAI.jpg

ルークトゥンやモーラムは、ごく一部の人気歌手をのぞき、
ほぼCD生産をストップしてしまったみたいですね。
フィジカルはMP3 CDかカラオケVCDのみになりつつあるというこの傾向、
タイばかりでなく、ほかの国にもどんどん広がっていくんだろうなあ。
というわけで、めぼしい新作が手に入らなくなったタイ歌謡でありますけれど、
旧作のなかから、絶品のモーラムを見つけちゃいました。

ノーンマイ・ムアンチョンペーというこの女性歌手、
ジャケットを見ると、かなりキャリアのありそうな顔立ちで、
イントロからいきなりググッと引き込まれました。
なに、このボトムの厚み。
地を這うベース・ラインのグルーヴィなことといったら、こりゃ、たまら~ん!

レーベルがグラミーのような大手ではなく、ダイアモンドという庶民派レーベルなので、
アレンジもたいして凝っておらず、プロダクションも豪華とはいかないものの、
このグルーヴは天下一品でしょう。
タメの利いたベースが、ビートに重量感をもたらし、
中低域が薄くなりがちなモーラムのサウンドを、ぐっと聴きごたえあるものにしています。

ノーマン・ムアンチョンペーのイサーン丸出しのこぶし回しが、
文句なしの実力を発揮しています。クセの強い声も、いいなあ。
楽団一座を率いて、ドサ回りを相当こなしてきた者でなければ、
バンドを引っ張っていく、これだけの歌いっぷりはできないでしょう。
これぞイサーンといった節回しが、本場モーラムの濃厚な味わいを醸し出し、
スロー・ナンバーのイサーン・ルークトゥンも、実に味わい深く歌っています。

Nongmai MuangChompae "FAN KAO KUE PAO MAI" Diamond Studio TOP751 (2013)
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ジャズマスターの業師 ネルス・クライン

The Nels Cline 4  CURRENTS, CONSTELLATIONS.jpg

センスのいいジャケットに目を引かれました。
おお、ジュリアン・ラージが参加しているのかと、
試聴機のヘッドホンをつけて、ボタンを押すと、
ジャーーーーーンと、ギターのカッティング一発。
はやここで、胸が高鳴っちゃいました。
ベース・ラインが走り出すと、ギター2台が後を追うように走り出します。
うぉー、カッコいい。

ネルス・クライン? 誰、それ?
ウィルコのギタリストなの? ウィルコ、聴いたことないしという、
あいかわらずのしょーもないロック音痴でありますが、
こんな即興系のカッコいいギター弾く人なのね。
ジョン・ゾーンやフレッド・フリスを思わせるアヴァンなギターに、即トリコとなりました。

ジュリアン・ラージとのツイン・ギターで、
堂々と個性を競い合ってるんだから、すごい実力じゃないの。
壊れた感じのアヴァンなロックから美しいスロー、
さらにインド音楽の影響を感じさせる曲など、楽曲の幅広さも魅力です。
それに合わせてギターのサウンドも多彩で、エフェクター使いは控えめですけれど、
ハーモニクス奏法など、引き出しの多さにキャリアが裏打ちされています。

カーラ・ブレイの‘Temporary’ のような不定形なリズムにのせて、
アブストラクトなラインを作るのもうまいし、この人、ほんとにロック・ギタリストなの?
なんか、即興系ギタリストとしか思えないんですけど。

あわててチェックしてみたら、なんとぼくより二つも年上。
おいおい、ヴェテランじゃない。ジュリアン・ラージと親子ほども年が違うぞ。
やっぱり出身はジャズだったんですね。
チボ・マットの本田ゆかさんの旦那さんだったとは。
ティナリウェンの11年作“TASSILLI” の1曲目でギター弾いてるのも、彼だったのか。

14年にはジュリアン・ラージとのデュオ作も出してたのかあ。完全に見逃してるな(恥)。
お互いの手の内を理解した、よく通じ合っているプレイは、そのせいなんですね。
緊張と調和も見事な、ツイン・ギター・カルテットの魅力に富んだ傑作、
このメンツでライヴ観たいです。

The Nels Cline 4 "CURRENTS, CONSTELLATIONS" Blue Note 00602567429104 (2018)
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ジャズを超える音楽作品 ネイト・スミス

Nate Smith  KINFOLK.jpg

ネイト・スミスって、クリス・デイヴと1つ違いなんですね。
二人ともすでに中堅どころのドラマーなのに、
年下の若手ミュージシャンとの共演が多いせいか、
新世代ジャズのイメージが強いんですけれど、もう40も半ばなんですよねえ。

ネイト・スミスの10年前のリーダー作は、自分ではほとんどドラムスを叩かず、
打ち込み使いのR&B色の強いヴォーカル・アルバムだったので、
17年の本作もプロデューサー作品なのかと、勘違いしておりました。
こちらもコンセプト・アルバムながら、
まごうかたなき現代的なジャズ作品じゃないですか。
いやー、聞き逃さずにすんで、良かったわあ。

スゴイですよ、このアルバムの完成度。
クリス・バワーズ(ピアノ)、フィマ・エフロン(ベース)、
ジェレミー・モスト(ギター)、ジャリール・ショウ(アルト&ソプラノ・サックス)
の4人を中心に、デイヴ・ホランド(アコースティック・ベース)、
クリス・ポッター(テナー・サックス)、アダム・ロジャース、
リオネール・ルエケ(ギター)、グレッチェン・パーラト(ヴォーカル)という
豪華メンバーを揃え、ネイト・スミスの音楽世界を十二分に広げています。

ネオ・ソウルあり、ジャズ・ファンクあり、ミナス風ブラジリアンあり、
牧歌的なアメリカーナありと、スナーキー・パピーにも似た
華やかなクロスオーヴァー・ジャズを繰り広げるなかで、
ヌケのよい爽快なドラミングが生み出すグルーヴは、やはり天下一品。
多彩な作風を演出する作曲家としての高い才能も示していて、
穏やかな楽想に沿った映像的な演奏も、見事です。
ドラマー、コンポーザー、プロデューサー、それぞれの才能の成熟を感じさせる
スケールの大きな音楽作品です。

Nate Smith "KINFOLK: POSTCARDS FROM EVERYWHERE" Ropeadope no number (2017)
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スウィンギン・アイリッシュ・フィドル ジェリー・オコナー

Gerry O’Connor  LAST NIGHT’S JOY.jpg

もう一丁、とびっきり清廉な1枚を。
こちらはアイリッシュで、歌ものでなく、インスト演奏。
ラ・ルーやスカイラークの活躍で知られるフィドルの名手、
ジェリー・オコナーのソロ作です。
バンジョー奏者のジェリー・オコナーじゃありませんよ、念のため。

ジェリーほどの名手ながら、これが2作目というのも意外ですけど、
ソロ・アルバムはなんと14年ぶりというんだから、
寡作ぶりにも程があるというもの。

ジェリー・オコーナーは北部ラウス州のダンドーク出身。
母親のローズ・オコナーは、多くの演奏家を育てた
ラウスを代表するフィドル奏者で、ジェリーもローズからフィドルを仕込まれたんでした。
ジェリーの息子のドーナル・オコナーも優れたフィドル奏者で、
ギターも弾くほか、プロデューサーとしても活躍しています。
本作では、フィドル、テナー・ギター、ピアノを演奏していて、
プロデュースとミックスも手がけています。

最初に挙げた同姓同名のバンジョー奏者も参加して、
なんとも軽やかでスウィンギーなフィドルの名人芸を堪能することができます。
伴奏のピアノやギターがリズムを生み出すのではなく、
ジェリーのボウイングがこのスウィング感をもたらしているところが、スゴイですね。
ダンスせずにはおれないグルーヴ感いっぱいのプレイで、身体がむずむずします。
アイリッシュ・ダンスのステップを習いたくなりますねえ。

うきうきするリールやジグに、歌ごころ溢れる美しいエアのほか、
1曲米国産ポルカをやっているのも聴きものです。
ジェリーの軽妙なスタイルとすごくマッチしていますね。
ジャケットの暗い写真があまりに不釣り合いな、
春の光を想わすすがすがしいアルバムです。

Gerry O’Connor "LAST NIGHT’S JOY" Lughnasa Music LUGCD966 (2018)
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スコットランドの新星デビュー ハンナ・ラリティ

Hannah Rarity  NEATH THE GLOAMING STAR.jpg

またしても清廉な歌声がスコットランドから届きました。
18年のBBCラジオ、スコットランド若手伝統音楽家賞を受賞した、
グラスゴーの若き新進女性歌手のデビュー作。
このクリアーなクリスタル・ヴォイスに、
ココロときめかないトラッド/フォーク・ファンなんて、いないでしょう。

ただきれいに歌うだけじゃありません。
アルバム1曲目を飾るのは、ジーニー・ロバートソンが歌った伝承曲の
‘The Moon Shine On My Bed Last Night’ なんだから、
スコットランド古謡へのまなざしも確かです。

才能豊かな若きハンナを盛り立てるのが、ベーシストでプロデューサーの
イアン・バートン、シボーン・ミラーやキム・カーニーなど、
多くの女性トラッド/フォーク・シンガーのプロデュースを務めるほか、
ジャズ・フィールドでの活躍もめざましいミュージシャンです。

そのせいか、イントロや間奏などなにげないところで、
おやっと思わせるハーモニーやフレージングを聞かせるところは、イアンの仕業でしょうか。
トラッド/フォークの味を損なわないように、目立たないところで、
カクシ味的なアレンジが利いています。

ハンナの歌いぶりで引き込まれたのが、
ディック・ゴーハンが歌った伝承曲の‘Erin Go Bragh’。
ひそやかに歌う曲とは違う力の入った歌いぶりに、
はっちゃけた素の顔が垣間見れて、とても魅力的でした。

フィル・カニンガムのアコーディオンをバックに、
デイヴィ・スティールの曲で静かに締めくくった、アルバム・ラストまで、
コンテンポラリーなフォーク・サウンドも抑制が利いていて、満足感が得られます。

Hannah Rarity "NEATH THE GLOAMING STAR" Hannanh Rarity HR085NEA (2018)
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王道ポップ・ライを更新したサウンドで カデール・ジャポネ

Kader Japonais  DREAM.jpg

おお、このメジャー感、スゴイな。
ここまでポップにしたライっていうのも、いいもんだね。
ジャケットからして、ライの場末感なんてみじんもない爽やかさですよ。

トゥアレグ・バンドとも共演するし、アラブ歌謡路線でもいけるという、
カデール・ジャポネの18年の新作は、この人のヴァーサタイルな才能が、
本来のポップ・ライという土俵で存分に発揮された快作になりました。
ノリにノッているのが、その歌いぶりからもしっかりと伝わってきますよ。

アナログ・シンセの温かな響きがいいじゃないですか。
ひらひらと鳴るクラリネットもグッときますよ。
80年代のポップ・ライのサウンドが完全に復活していますね。
フラメンコを取り入れているのも、同じベクトルでしょう。
ライアンビー、レッガーダなどのダンサブル路線を経て、
ライも一周回り終えたというか、歌謡路線にしっかりと戻ってきたのを感じます。

それもソフィアン・サイーディのようなレトロ路線ではなく、
しっかりと現代に更新されたサウンドとなっているところに、
王道のポップ・ライの逞しさをおぼえます。
なんら新しいことをしているわけでもないのに、
いや、むしろいっさいの新機軸を打ち出さずに、
これだけフレッシュなサウンドを作れるところが、手柄じゃないですかね。

Kader Japonais "DREAM" Villa Prod no number (2018)
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年明けはシャアビから カメル・シアムール

Kamel Syamour  DDUNIT.jpg

あけましておめでとうございます。

暮れの12月から良作が続出で、嬉しい悲鳴をあげっぱなしなんであります。
お気に入りのヘヴィロテ盤も聴きたし、未聴CDの山も片づけにゃならんし、
これじゃ正月休みが足りない~♪
とにかく買うCD、買うCD、全部いいんだから、仕事なんかしてる場合じゃない(?)。
このブログの記事もたまりにたまってしまい、ひと月先まで予約済という始末です。

そんなわけで、どれを年明け第1弾にしようかと思案してたんですが、
カビール人シンガー、カメル・シアムールの2作目にしました。
ここ数年聴いたシャアビで、間違いなくこれは最高作ですね。

シャアビというと、つい古いものばかり聴いてしまう傾向が強くて、
というのも、どうも最近のシャアビはガツンとこないというか、
スムースすぎて物足りないからなんですが、この人は違いました。
苦味のある声に、シャアビならではのメリスマには、
いにしえのシャアビの味わいがしっかりと宿っています。

それもそのはず、この人、90年代にパリへ渡ってから、
イディールやスアード・マッシ、アクリ・デなどのバックをつとめながら、
長い下積みを経て、ようやく09年にデビュー作を出したというのだから、
キャリア十分なわけですね。
なんだかソフィアン・サイーディといい、最近のアルジェリア音楽では、
こういう隠れたヴェテランの活躍が目立ちますね。

バックはすべて生演奏、カメルが弾くマンドーラを中心に、
ヴァイオリン、バンジョー、アコーディオン、ガイタ、ダルブッカなどの編成に、
男性コーラスやゲストの女性シンガーも加わるという、
100%シャアビのサウンドが嬉しい。

曲により、ストリングス・セクションが加わったり、ピアノを起用するほか、
うっすらと鳴らすキーボードのカクシ味も利いてますね。
リズム・アレンジには現代的なセンスが聴き取れ、
まぎれもなくシャアビの今の姿をくっきりと捉えた力作といえます。

個人的に嬉しかったのが、42年にフランスへ渡ったカビール人歌手
スリマン・アゼムの代表曲‘Baba Ghayu’ をカヴァーしていること。
スリマン・アゼムはカビール系移民の支持を集めて大成功を収めた歌手で、
カメルのいわば大先輩。
スリマンのオリジナル・ヴァージョンをイントロにサンプルして、
するりとレゲエ・アレンジにしたカメル・ヴァージョンへとすべり込む演出がイキです。

Slimane Azem  LES MAÎTRES DE LA CHANSON KABYLE.jpg

スリマン・アゼムのオリジナル・ヴァージョンが入ったAAA盤を聴き直してみましたけれど、
スリマンへのリスペクトが感じられる仕上がりじゃないですか。
こういう秀逸なカヴァーをするところにも実力をうかがわせる、
カビール系シャアビの傑作です。

Kamel Syamour "DDUNIT" Gosto no number (2014)
Slimane Azem "LES MAÎTRES DE LA CHANSON KABYLE : VOL.Ⅱ- LE FABULISTE" Club Du Disque Arabe AAA092
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マイ・ベスト・アルバム 2018

Itiberê Zwarg & Grupo.jpg   Deangelo Silva  DOWNRIVER.jpg
Monarco  DE TODOS OS TEMPOS.jpg   Johnny Tucker.jpg
RIRI 2018.jpg   クラックラックス 20181828.jpg
Netsanet Melesse  DOJU  BEST OF NESANET MELESSE’S OLD COLLECTION.jpg   Mafikizolo 20.jpg
Adekunle Gold  About 30.jpg   Angelique Kidjo  REMAIN IN LIGHT.jpg

Itiberê Zwarg & Grupo "INTUITIVO" SESC CDSS0110/18
Deangelo Silva "DOWNRIVER" no label no number
Monarco "DE TODOS OS TEMPOS" Biscoito Fino BF553-2
Johnny Tucker "SEVEN DAY BLUES" Highjohn 007
RIRI 「RIRI」 ソニー AICL3478
CRCK/LCKS 「DOUBLE RIFT」 アポロサウンズ POCS1710
Netsanet Melesse "DOJU : BEST OF NESANET MELESSE’S OLD COLLECTION" Truth Network Corporation no number
Mafikizolo "20" Universal CDRBL918
Adekunle Gold "ABOUT 30" Afro Urban no number
Angelique Kidjo "REMAIN IN LIGHT" Kravenworks KR1002

初の自著『ポップ・アフリカ700』を出して始まった50代、
終わってみたら、人生最大の荒波にもまれたデケイドでありました。
60代はどうなることやら。ハプニング上等とはいえ、おてやわらかに。
このブログも来年6月で10周年を迎えます。
いつも読んでくれて、ありがとうございます。
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ノスタルジックなサナート エィレム・アクタシュ

Eylem Aktaş  ÖZLEM.jpg

やっぱり好きだなあ、この人。
7年を経てようやく出たエィレム・アクタシュの2作目。
涼風のようなメリスマにうっとり。あらためてホレ直しちゃいましたよ。
ジャケットのチャーミングなお顔も見目麗しく、
LPサイズで飾っておきたくなりますね。

デビュー作では6人ものアレンジャーを起用し、生音アンサンブルにのせて、
しつこさのない爽やかな歌唱を聞かせていたエィレム。
古典歌謡をしっかりと習得した高い歌唱力を持ちながら、
それをけっしてひけらかさずく、さりげなく歌う淡い歌いぶりは、
新人らしからぬ成熟ぶりで、感じ入ったものです。
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2012-05-11

そして、今回は古典歌謡やサナートをレパートリーとしながら、
びっくりアレンジで聞かせるアルバムに仕上がっています。
イントロからサルサ・タッチのピアノで始まり、えぇ?と驚いていると、
続いてシャルクのメロディにのせて、エィレムがしとやかなメリスマを響かせます。
異種格闘技みたいな、接ぎ木スタイルのアレンジがすごく面白い。

今作のアレンジは、作編曲家・プロデューサーとしても活躍する
ジャズ・ギタリストのジェム・トゥンジャシュ。
冒頭のサルサ以外にも、タンゴやジャズにアレンジした曲など、
全体にノスタルジックなムードを濃厚とさせながら、
メロディはあくまでもシャルク/サナートというところがミソ。
ライナーの歌詞カードには、各曲のマカームが書かれています。

エィレムもレパートリーの楽想に合わせ、表情豊かに歌っていて、
ジャジーなサナートというユニークな試みを、実に美味に仕上げています。
サナートなどのトルコ歌謡をまったく聴いたことがない、
ヴォーカル・ファンにも、ぜひ勧めてみたくなりますね。

Eylem Aktaş "ÖZLEM" ADA Müzik no number (2018)
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ジャズとレア・グルーヴの違い ステフォン・ハリス+ブラックアウト

Stefon Harris Blackout  SONIC CREED.jpg

最初聴いた時は、端正なコンテンポラリー・ジャズ・アルバムと、
それほど強い印象はなかったんですけど、
妙に色気のあるレア・グルーヴ感いっぱいのトラックに後ろ髪を引かれて、
何度も聴き返すうち、すっかり愛聴盤。
ああ、これもまた、現代のジャズらしさなんでしょうね。

そのひっかりを覚えたのが、元ジャネイのジーン・ベイラーをフィーチャーした2曲。
ボビー・ハッチャーソンの ‘Now’ で、ジーン・ベイラーの多重録音したコーラスと
ケイシー・ベンジャミンのヴォコーダーが、極上のメロウネスぶりを聞かせるんですが、
そのイントロからして、チェロ、ヴァイオリン、クラリネット、
ヴィブラフォンによる合奏のアレンジがデリケイトの極致。

さらにもう1曲の ‘Let’s Take A Trip To The Sky’ では、
ジーンの甘いタメ息のようなヴォーカルに絡むケイシー・ベンジャミンのヴォコーダーが、
超絶な甘美さで昇天もの。なんなんですか、このラグジュアリー感は!
こういうセンスがDJじゃなくて、ジャズ・ミュージシャンが持ち合わせてるところが、
イマドキなんでしょうねえ。

紹介が遅れましたけれど、ステフォン・ハリスは、
ボビー・ハッチャーソンの後継者ともいうべきヴィブラフォン奏者で、
ジャズ・フィールドばかりでなく、ライ・クーダーやコモンとも共演するなど、
各方面から引っ張りだこの人。

自身のユニット、ブラックアウト名義では9年ぶりの本作、
さきほど挙げたケイシー・ベンジャミンが、
アルト・サックスでも熱のあるブロウを聞かせるほか、
ステフォンとは長年の相棒であるテレオン・ガリーのドラムスが、冴えまくってるんですよ。
テレオン・ガリーといえば、クリスチャン・マクブライドからデヴィッド・サンボーンまで、
トップ・プレイヤーたちから頼りにされているドラマーで、
大西順子のアルバムにも起用されてましたよね。

そのテレオン・ガリーの秀逸なリズム解釈を聞けるトラックが、
レア・グルーヴ時代の人気曲だった、ホレス・シルヴァーの ‘Cape Verdean Blues’。
カリプソ調のハネる4拍子が印象的な曲で、ダンサブルなリズムで「踊れるジャズ」と
再評価されたのでしょうけれど、タイトルに相反してカリブ海系のリズムだったのは、
ホレスがカーボ・ヴェルデ音楽を知らなかったからでしょうか。
お父さんから教わらなかったのかな。
ちなみにホレス・シルヴァーは、カーボ・ヴェルデ移民二世で、
シルヴァーは本名のシルヴァを変えた名前だったんですよ。

それはさておき、オリジナルのヴァージョンは、
ハネる4拍子が続くだけのリズムだったのが、
こちらではテンポも拍子もめまぐるしく入れ変わる、
複雑なリズム・アレンジが施されています。
スリリングに変化していくリズムの中で、細かくリズムを割ったり、
ゆったりとルバート気味に叩いたりと、
テレオンは変幻自在に叩き分けていて、これ、ほんとスゴイぞ。

さらっとスムーズに聞けるようで、じっくりとリズムを聴けば、
相当複雑なことをやってのけていて、
さすがにこれは、レア・グルーヴのDJにはマネのできない、
ジャズ・プロパーの仕事ですね。
ボビー・ティモンズ、ウェイン・ショーター、アビー・リンカーン、
マイケル・ジャクソンという選曲も非凡で、聴けば聴くほどに引き込まれる作品です。

Stefon Harris + Blackout "SONIC CREED" Motéma MTM0238 (2018)
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トーゴリーズ・ヴードゥー・ディスコ ヴォードゥー・ゲーム

Vaudou Game Otodi.jpg

うぉ、今回はイイぞ。
トーゴのギタリスト、ピーター・ソロ率いるヴォードゥー・ゲームの3作目となる新作。
物足りなさが残った1・2作目とは、見違えましたよ。

去年トーゴ・オール・スターズのアルバムが出た時は、
ピーター・ソロがやりたかったことを先にやられちゃったねえ、
みたいな印象を持ちましたけれど、ついに一矢を報いましたね。
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2017-10-06

まんまJBズ・スタイルのオープニング‘Not Guilty’ から、引き込まれましたよ。
トーゴ・オール・スターズでもフロントを務めていた
トーゴのジェイムズ・ブラウンこと、ロジャー・ダマウザンがゲスト参加しています。
苦み走ったヴォーカルにヴェテランの味わいがあって、グッとくるんですが、
なんとピーター・ソロは、ロジャー・ダマウザンの甥っ子なんですってね。
知らなかったなあ。

1・2作目とはメンバーがすっかり変わり、デビュー作のメンバーは一人もおらず、
2作目のサックス奏者のみを残し、ほかは全員が交代しています。
さらに、今作はストリングス・セクションに女性コーラスも加わり、
サウンドの厚みばかりでなく、レパートリーの広がりもみせていますよ。

トーゴ・オール・スターズのような重量感には欠けるぶん、
小回りの利く、軽妙な切れ味がヴォードゥー・ゲームの良さ。
過去2作ではミックスが平板で、サウンドがやせて聞こえましたけれど、
今回のミックスは厚みが出て、奥行きが生まれています。

いわゆるアフロ・ソウルなディスコ・サウンドといえますけれど、
曲ごとに異なるカラーを持った曲が集まり、
典型的なファンキー・ハイライフの‘Bassa Bassa’ もあれば、
ルンバ調のギターをフィーチャーした‘Lucie’、
アフロビートの‘Sens Interdit’、
女性コーラスが歌うヴォードゥーの‘Tassi’ ありと、実に多彩。
トーゴリーズ・ヴードゥー・ディスコ、痛快です。

Vaudou Game "OTODI" Hotcasa HC59 (2018)
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ターラブの温故知新 マトナズ・アフダル・グループ

Matona’s Afdhal Group.jpg

ターラブは、アフリカとアラブとインドが出会ったハイブリッドな歴史を持つ音楽。
そこに、ジャズやクラシックなど西洋の音楽も取り込んでみれば、
より複雑なアラベスク文様をみせるターラブになるんじゃない?なんて思ってたら、
そんな期待に応えてくれる、素晴らしい作品が登場しました。

ノルウェイのジャズ・ミュージシャンが、ザンジバルのターラブの音楽家と出会い、
ターラブとジャズを互いに教え合いながらグループ活動を続けてきたという、
マトナズ・アフダル・グループ。
ブッゲ・ヴェッセルトフトが新たに発足させたレーベル、
OK・ワールドからのリリースです。

少し前に、ノルウェイ放送局管弦楽団と
ザンジバルのターラブの音楽家たちが共演したアルバムが出ていましたけれど、
そこにも参加していたウード奏者で歌手の
ムハンマド・イサ・マトナ・ハジ・パンドゥを中心に、ヴァイオリン、サックス、ギター、
ベース、ドラムスの5人のノルウェイ人ジャズ・ミュージシャンが集まったのが、
マトナズ・アフダル・グループです。

初めてのセッションがとてもうまくいき、ご満悦となったマトナが思わず発した一言、
「アフダル」(アラビア語で「最高」の意)を取って、グループ名にしたんだそう。
なるほどそのエピソードがよくわかる演奏ぶりで、
ノルウェイ勢がターラブ・マナーに寄り添い、
両者の音楽性を見事にブレンドしています。
ヴァイオリンの女性がスワヒリ語で歌っているのも、堂に入ってます。

最近は、ジャズとローカルなフォークロアとの融合が、
無理なく行われるようになりましたね。
ジャズ・サイドの音楽家たちが、ローカルな音楽の音階や旋法を理解しようと意識を
変え始めたことが一番大きいんじゃないのかな。
ひと昔前までは、ローカルな音楽にないハーモニーを加えたり、
テンション・ノートやスケール・アウトする音使いで、
「ジャズぽい」演奏にしてしまう無神経さが横行したものですけれど、それも今や昔。
ここで聞かれるギターなんて、ジャズ・ミュージシャンとは思えないほど、
ジャズ・マナーをおくびにも出さないプレイをしています。

ザンジバルの伝説的なターラブ音楽家イサ・マトナを父に持つ
ムハンマド・イサ・マトナ・ハジ・パンドゥは、
父の楽団でパーカッション奏者として修業したのち、
18歳でカシ・ミュージカル・クラブに参加して一本立ちしたターラブ音楽家。

Ilyas Twinkling Stars.jpg   Ikhwani Safaa Musical Club  ZANZIBARA 1.jpg

20歳でムハンマド・イリアス&トゥインクリング・スターズに加わり、
91年に来日して日本でレコーディングしたCDでは、
ヴァイオリンとコーラスを務めていました。
その後、名門楽団のイクワニ・サファー・ミュージカル・クラブに移り、
『100周年』記念アルバムでも、マトナの名をみつけることができます。

本作のレパートリーでは、ターラブを大衆化させた
伝説の女性歌手シティ・ビンティ・サアドの4曲に、
アラブ歌謡の巨匠ムハンマド・アブドゥル・ワハーブの2曲を
取り上げているのが注目されます。
モダンな音楽性を志向する一方、ターラブの古典やザンジバルやエジプトの古謡を
多く取り上げた温故知新の姿勢が、本作を成功させた秘訣といえそうです。

Matona’s Afdhal Group "MATONA’S AFDHAL GROUP" OK World 377 908 7 (2018)
イリアスのきらめく星 「ザ・ミュージック・オブ・ザンジバル」 セブンシーズ/キング KICP203 (1992)
Ikhwani Safaa Musical Club "ZANZIBARA 1: 1905-2005 CENT ANS DE TAARAB À ZANZIBAR" Buda Musique 860118 (2005)
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