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武骨なココ名人 メストリ・フェルージェン

FERRUGEM.jpg

セルジオ・カシアーノがプロデュースした、
オリンダのココ名人のアルバムが、もう1枚入っています。
メストリ・フェルージェンことウィルソン・ビスポ・ドス・サントスの11年作。
こちらは2作目で、07年にデビューCDを出していますが、ぼくは未聴です。
残念ながら16年に亡くなったとのことで、このアルバムが遺作となったようですね。

ゼカ・ド・ロレッチは、打楽器とコーラスのみの
オーセンティックなココに徹していましたけれど、
メストリ・フェルージェンはショッチ、バイオーン、サンバなども歌っていて、
伴奏にもギター、バンドリン、トロンボーンが加わり、
華やかなノルデスチ・サウンドが楽しめます。

のんしゃらんとした、あけすけな歌いぶりが、いいじゃないですか。
酔っぱらいの歌のようにも聞こえなくはない、自由さがすがすがしく、
音程の怪しさすら、愛おしく聞こえます。
飾りのない古老の丸裸の歌を、若々しい男女のコーラスが守り立てていますよ。

「ラメント」と題されたスローの自作曲など、
バンドリンがむせび泣くオブリガードを奏でる、泣きのメロディなんですが、
そんな情感など無視するかのように、フェルージェンの歌いぶりは武骨そのもの。
やけっぱちな歌いっぷりから、やるせなさを醸し出すのだから、年輪のなせる技ですねえ。
こういう味わい深さは、古老の域に達しなければ、出るもんじゃありません。

自作以外では、伴奏陣のセルジオ・カシアーノやジュリアーノ・オランダの曲を歌うほか、
ジェラルド・マイアの曲が光ります。
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2012-01-06
07年のデビュー作も聴いてみたいですねえ。

Mestre Ferrugem "FERRUGEM" Sambada no number (2011)
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ココの真髄 ゼカ・ド・ロレッチ

Zeca Do Rolete.jpg

ここ10年近くノルデスチ産CDの入荷が途絶えていましたけれど、
どうやら安定供給のルートが開拓されたようで、嬉しい限り。
さっそく入ってきた作品の中に、とびっきりの1枚がありました。

それが、オリンダ生まれ、ココを半世紀以上歌ってきたという
ゼカ・ド・ロレッチことジョゼー・ガルディーノ・ドス・サントスの11年作。
68歳にして初アルバムというのは、裏山サンビスタにもよくある話ですね。

リオやサンパウロの伝統サンバ同様、
ペルナンブーコの伝統ココの歌い手の多くも職業音楽家ではなく、
人知れず消えていく才能もきっと多いはず。
こんなしっかりとしたプロデュースのもとでアルバムが制作されるのは、
ごく一握りに過ぎないでしょうけれど、
それゆえに実力確かな人が選ばれるのだから、半端な作品になるはずがありません。

セカ・ド・ロレッチもその例外でなく、
強靭なノド、鍛えられた節回しで、野性味あふれるココを聞かせてくれます。
バックは打楽器とコーラスのみ、旋律楽器は一切加わらない純正ココです。
コール・アンド・レスポンスの厚みのあるコーラスも逞しく、
パーカッションの残響音をよく捉えた録音に足腰誘われ、ジッとしてられなくなります。

サトウキビ菓子を意味するロレッチという芸名は、
ロレッチを学校などの前で子供たちに売っていたのに由来するのだとか。
歌っている自作曲のなかには、曾祖父、祖父、父の3代にわたって継がれてきた詞もあり、
漁師の生活や海にまつわる題材をテーマにしているそうです。
ジャケットに古いラジオがたくさん並んでいるのは、
アンティークのラジオを修理して収集するのが趣味なんだそうで、
親しみの持てるオヤジさんですね。

20020822_Mestre Ambrosio.jpg

レシーフェのローカル・インディ制作による伝統ココのアルバムというと、
プロデュース不在の単調なアルバムも少なくないんですが、
デジパックのジャケット・デザインからも制作姿勢の確かさが伝わる、
サンバダの作品なら間違いありません。
音楽監督、アレンジを務めているのは、セルジオ・カシアーノ。おぉ、懐かしい。
メストリ・アンブロージオでパーカッションを叩いていた彼じゃないですか。
02年の来日ステージでのセルジオの歌いっぷりも、よく覚えていますよ。

それにしても、この野趣に富んだ味わい深い歌はどうです。グッときますよねえ。
ココの歌い手では、アウリーニョ・ド・ココというスゴいおばちゃんもいるんですけれど、
さしずめ二人は、オリンダのココの現役の歌い手の中で、キングとクイーンですね。

Aurinha E Grupo Rala Coco  EU AVISTE.jpg   Aurinha Do Coco  SEU GRITO.jpg

アウリーニョが初アルバムを出したのも遅く、04年作がデビュー作でした。
ナナ・ヴァスコンセロスが献辞を書いていた2作目の07年作は、
アウリーニョの素晴らしいノドを堪能できる伝統ココの名作で、忘れられません。
全編打楽器のみなれど、1曲だけマシエル・サルーがラベッカをぎこぎこと弾いているのも、
聴きものとなっていました。

ココの真髄、ここにありといったゼカ・ド・ロレッチに、
ひさしぶりにアウリーニョ・ド・ココを思い出し、
とっかえひっかえのココ祭りとなっております。

Zeca Do Rolete "ZECA DO ROLETE" Sambada no number (2011)
Mestre Ambrósio "TERCEIRO SAMBA" Chaos 2-495961 (2001)
Aurinha E Grupo Rala Coco "EU AVISTEI" no label no number (2004)
Aurinha Do Coco "SEU GRITO" no label no number (2007)
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アンゴラ音楽の歴史的名盤、発見! ルイ・ミンガス

Ruy Mingas  MONANGAMBÉ E OUTRAS CANÇÕES ANGOLANAS.jpg

アンゴラの往年のシンガー、ルイ・ミンガスの見覚えのないCDを見つけました。
ポルトガル盤なんですけれど、こ、これって、ひょっとして、70年のデビュー作では?
500円コーナーにあった中古CDを救出して持ち帰り、早速調べてみましたとも、ええ。

ルイ・ミンガスの70年のデビュー作
“ANGOLA CANÇÕES POR RUI MINGAS” と照らし合わせてみると、
A面1曲目“Mu Cinkola” が、“Monangambé” に差替えられています。
ディスコグラフィにあたると、このヴァージョンで77年に再発されたLPがあり、
その再発LPを94年にCD化したものが、これだったんですねえ。

たった2枚しかアルバムを残さなかった、アンゴラ音楽史に残る大物、
ルイ・ミンガスの歴史的名盤、そのデビュー作がCD化されていたとは、
ぜんぜん知りませんでした。大発見です。
95年にCD化された2作目の方は、日本にも入ってきましたけれど、
こちらは日本未入荷じゃないですか。ぼくはまったく見たことがありません。
日本でこのCDの存在を知っている人って、果たしているのかしらん。

ルイ・ミンガスは、アンゴラ音楽の伝説のグループ、ンゴラ・リトモスのメンバーで、
「アンゴラのポピュラー音楽の父」と称されたリセウ・ヴィエイラ・ディアスの甥っ子。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2017-01-15
ルイがリスボンへ留学していた59年、
リセウ・ヴィエイラ・ディアスが逮捕されたのと時を同じくして、高級官僚だった父親も、
植民地政府に批判的だったことから不当逮捕されてしまいます。
ルイが20歳の出来事でした。

学業を終えたルイは、ポルトガルの兵役につき、ギネア=ビサウへ送られます。
そこで62年、アンゴラ解放人民運動(MPLA)の兵士
アントニオ・ジャシントの詞に曲をつけた“Monangambé” を歌い、
これがアンゴラ国内で絶大な人気を呼びました。
独立運動に神経をとがらせていた植民地政府は、この曲の録音を禁じ、
アンゴラ独立目前となる74年まで、レコード化されることはありませんでした。

独立闘争が激しさを増していた70年、ルイはリスボン録音のデビューLPを出します。
“Muxima” をはじめとするンゴラ・リトモスのレパートリーを多く取り上げる一方、
そこに“Monangambé” を収められることはありませんでした。
そして73年、2作目の“TEMAS ANGOLANOS” を出します。

Ruy Mingas  TEMAS ANGOLANOS.jpg

ルイはこの2作しか制作しませんでしたが、
“Monangambé” は、74年にリリースされた4曲入りEPに収録されて世に出ました。

独立闘争時代を象徴する記念碑的な曲となった“Monangambé” は、
ブダから出た名編集盤“ANGOLA 60’S 1956-1970” に収録されています。
ルイは独立を果たしたあと、アンゴラ国歌“Angola Avante!”(進めアンゴラ)も作曲し、
スポーツ大臣、ポルトガル大使などを歴任しました。

暗喩に富んだ歌詞で歌われる、ギター弾き語りの“Monangambé” ばかりでなく、
どの曲もしみじみと哀愁に富んでいて、これがアンゴラ人の琴線に触れるんですね。
ギターの弾き語りを中心に、フルートや男女コーラス、
ディカンザなどのパーカッションが付くというシンプルな伴奏が、
センチメントなメロディを引き立てます。

ボンガとテタ・ランドが共作した名曲“Muadiakimi” のような、
アップ・テンポのダンス・チューンのセンバでさえ、
浮き立つような明るさがなく、深い闇に沈み込んでいくような哀感が漂います。

それは独立闘争で流された血ばかりでなく、
はるかかなたの奴隷貿易時代から、
黒人たちが強いられてきた苦難が生み出した、
拭い難い哀しみが宿されているからと思わずにはおれません。
マルチーニョ・ダ・ヴィラが77年のアフロ回帰作でこの曲をカヴァーしたのも、
そこに宿るディープな黒人性に、共感したからだったのではないでしょうか。

Ruy Mingas "MONANGAMBÉ E OUTRAS CANÇÕES ANGOLANAS" Strauss ST02011010202 (1977)
Ruy Mingas "TEMAS ANGOLANOS" Strauss ST1067 (1973)
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カーボ・ヴェルデ人が好んだクンビアとメレンゲ ルイス・モライス

Luis Morais e Voz De Cabo Verde.jpg

ルイス・モライスの古いCDが目にとまって、おや、珍しい、と手に取ってみたら、
ルイス・モライスのレコード・ジャケットのデザインを
コラージュしたDJのミックスCDで、なあ~んだ、どおりで。
このCDが日本に入ってきたのなんて、見たことないもんねえ。
旧ポルトガル領アフリカ圏のレコードをCD化していたポルトガルのレーベル、
ソン・ダフリカから、15年以上前に出たCDです。

ルイス・モライスは、「カーボ・ヴェルデ音楽の父」と称される管楽器奏者。
セネガルのダカールの名門ナイト・クラブ、ミアミで活動後、
50年代末にオランダへ渡って、カーボ・ヴェルデ音楽の名グループ、
ヴォス・デ・カーボ・ベルデを結成した人です。

Luis Morais_Boa Festas.jpg   Luis Morais Boa Festas Lusafrica.jpg

67年に録音した初ソロ作のタイトル曲“Boas Festas” は、
カーボ・ヴェルデ人なら知らない人はいないという名曲ですね。
ルイス・モライスのこのデビュー作もソン・ダフリカからCD化されましたけれど、
ソン・ダフリカ盤は日本未入荷の入手困難盤で、容易に聞けないのが難。
でも、のちにフランスのリサフリカから10曲追加してCD化され、
ようやく聞きやすくなりました。ジャケットはオリジナルではないですけれど、
美しい水彩画が音楽にとてもよく合っています。

このデビュー作では、カヴァキーニョ、ギターなどの弦楽器アンサンブルに
打楽器を加えたアクースティックな楽器編成で、
ブラジルのショーロに近いサウンドを聞かせていましたが、
70年代に入ると、オルガンやエレクトリック・ギターを取り入れて、
コラデイラにラテン音楽をミックスした音楽を始めるようになります。

その頃のレコードと思われるのが、最初にあげた黒いジャケットの72年作です。
この当時のルイス・モライスたちのサウンドがユニークなのは、
クンビアやメレンゲを盛んに取り入れたことでした。
この当時西アフリカではキューバ音楽が大流行しましたけれど、
彼らはキューバ音楽ではなくて、クンビアやメレンゲに注目したんですね。

Luis Morais EP.jpg

そのきっかけや理由はわからないんですけれども、
このアルバムでも、ルイス・カラフのメレンゲを3曲もカヴァーしています。
メレンゲはフナナーとリズムが似ているので、親近感を持ったんでしょうかね。
でも、クンビアはなぜなんだろう。

オルガンのひなびた響きやエレクトリック楽器が入ることで、
かえってサウンドに朴訥とした味わいが増しています。
これがもう少し後になると、オルガンがシンセに取って代わってしまい、
サウンドがチープになってしまうので、
カーボ・ヴェルデ音楽の哀愁味を引き立てる田舎ぽい素朴さを味わえるのは、
この時期ならではといえますね。

Luis Morais "LUIS MORAIS E VOZ DE CABO VERDE" Sons D’África CD419-02 (1972)
Luis Morais "BOAS FESTAS" Sons D’África C096 (1967)
Luis Morais "BOAS FESTAS" Lusafrica 362792 (1967)
[EP] Luís Morais "SÓ CUMBIAS=8" Estúdios Nacional Filmes VCV1065
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エチオピア伝統派の力作 タデセ・メケテ

Tadesse Mekete  MAN MERETE - SITOTA.jpg

エチオピア盤の新作で2枚組とは珍しいですね。
それも伝統派の歌手であれば、なおのこと。
84年生まれのタデセ・メケテは、アディス・アベバの南東99キロに位置する
オロミア州都アダマ出身の歌手。
結婚式の祝い歌などを歌っている歌手だそうで、ぼくは初めて聴きました。
少しハスキーさのあるノドでハツラツと歌う、力量のある歌い手です。

2枚のアルバムには、それぞれタイトルが付けられていますけれど、
2枚続けて聴いても、サウンドに変わりはないようです。
どちらもコンテンポラリーなサウンドで、マシンコ、クラール、
ワシントなどの伝統楽器をフィーチャーしたプロダクションとなっています。

反復の多い曲を手拍子とともに歌ったり、お囃子とのコール・アンド・レスポンスなど、
アムハラの民俗性を感じさせる曲がぎっしり詰まっています。
なかでも、“SITOTA” の2曲目で歌われている“Hayloga” は、
♪ヤー、ホー♪という掛け声も印象的な、アズマリの伝統的なレパートリーです。
戦闘の前の儀式で歌われてきた曲で、
チャラッチョウ・アシェナの遺作でも歌われていましたね。
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2013-11-22

充実した2枚組の最後を締めるのは、エチオピアの主要四旋法の中でも、
もっとも暗黒なムードが漂うアンチホイェを使った曲で、これがまたスゴい。
10分30秒に及ぶ長尺なトラックとなっていて、
濃厚な旋律がしつこく聴き手を追い回し、ねぶるかのようで、昇天します。
エキゾ度満点なこの曲をラスト・トラックに置いたことで、
意欲的な力作2枚組が締まりましたね。

Tadesse Mekete "MAN MERETE - SITOTA" Revo Communication & Event no number (2018)
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WE ARE ALL ALONE ミスター・フィンガーズ

Mr Fingers  Cerebral Hemispheres.jpg

たゆたう鍵盤、その合間を縫うピアノの旋律、揺れるアンビエンスは、
まごうことなきミスター・フィンガーズのアンニュイな音楽世界。
はぁ~、もう、タメ息を漏らす以外、なにもできませんね。

ミスター・フィンガーズ名義では24年ぶりとなる今回の新作、
ラリー・ハードの名義でアルバムをリリースしていたから、
それほどのブランクは感じていなかったんですけれど、
オープニングの“Full Moon” が始まったとたん、
91年の“INTRODUCTION” と変わらぬ妖気が一気に流れ出てきて、
あっという間に部屋の空気を重く、そして濃いものへと変えていきます。

どうしたら、こんなせつないメロディが書けるんでしょうね。
都会の夜の寂寥感、ぬくもりの残るベッドに沈み込む甘い記憶、
押し殺しきれない哀しみ、痛みを耐え忍びながら揺れる思い。
そんなさまざまな感情を沸き起こすミスター・フィンガーズの音楽が、
けっしてドラマティックに盛り上がったりしないのは、
ハウスのビートが感情の高ぶりをなだめ、チル・アウトさせるからでしょう。

胸を締め付ける楽曲の数々は、
メロディカやヴィブラフォンの響きも取り込んだ、選び抜かれたキーボードの音色と、
デリケイトなビートメイキングによって支えられています。
これまでになく純度を高めた音楽世界は、
俗世間を解脱したスピリチュアルな領域へと足を踏み入れつつも、
フィーチャリングされたヴォーカリストが、俗界へ引き戻す役割を果たしています。

ジャケットの高層階から見える都市の風景は、
ガラスが雨に叩かれたからなのか、それとも涙に濡れた視界なのか。
耽美に堕ちることをよしとせず、都会の孤独に揺れる感情を丁寧にすくい上げる
ラリー・ハードの作曲能力が、最高度に発揮された傑作です。

Mr Fingers "CEREBRAL HEMISPHERES" Alleviated no number (2018)
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母音の声を息に変えるマジック マイケル・フランクス

Michael Franks  THE MUSIC IN MY HEAD.jpg

決定的な1枚があるから、ファンと呼べるシンガーやミュージシャンがいます。
ぼくにとってマイケル・フランクスは、そういう人。
75年の“THE ART OF TEA” がすべてというか、
この1枚を溺愛するものだから、ほかのアルバムはどうしたって霞んでしまいます。

自分にとってのマスターピースが1枚あれば、わざわざ新作をフォローしなくてもいい、
そんな気分にさせる人の一人だったマイケル・フランクスですけれど、
なにか呼ぶものがあったんでしょうね。
新作を聴いてみたら、見事にハマってしまって、絶賛愛聴中であります。

40年以上経っても、何一つ変わらない音楽性。
音楽性ばかりか、歌いぶりだって、ぜんぜん変わっていない。
もともとウィスパー系の歌い手さんだから、経年劣化しにくいのか。
いやいや、そんなことないよな。マイケルは今73歳というから、
ジョアン・ジルベルトが初来日した時と同い年ですよ。

あの時のジョアン・ジルベルトなんて、すっかり老け込んで音域が低くなり、
90年代まではあった色気も、すっかりなくなっちゃってたもんねえ。
あの当時メディアは、奇跡の来日!なんて騒いでジョアンを神格化してたから、
そんなことを言う人は誰一人もいなかったけれど、
その後『イン・トーキョー』が中古盤店に山積みになってる事実が、
それをいみじくも物語ってますよ。客は正直ですからねえ。

それを考えると、マイケルの声のみずみずしさは、ちょっと驚異的。
あと、もうひとつ今回気付かされたのは、発声がすごく魅力的な人なんだなということ。
ディクションが明快で、歌詞の一語一語が、
すごくはっきり聴き取れるんですよね、マイケルの歌って。
これも“THE ART OF TEA” の時からまったく変わっていなくて、
子音を放つ時の発音が、とてもきれいなことに感じ入りました。
母音の声を息に変えてしまうことで、子音の響きがしっかりと立つんですね。
これって、ウィスパー・ヴォイスのマジックなのかな。

ボサ・ノーヴァやサンバのリズム使いのうまさ、
巧みなコード・プログレッションや転調によって生み出される、
フックの利いたソングライティング、
過不足ないバックが生み出すジェントルなサウンドは、マイケルの変わらない魅力。
新作、絶品です。

Michael Franks "THE MUSIC IN MY HEAD" Shanachie 5459 (2018)
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ニュー・アフリカン・アイデンティティ ファトゥマタ・ジャワラ

Fatoumata Diawara  Fenfo.jpg

11年のデビュー以降、ボビー・ウォーマック、ハービー・ハンコック、
デーモン・アルバーン、アマドゥ&マリアム、スナーキー・パピー、
キューバのピアニスト、ロベルト・フォンセカとのプロジェクトなど、
ソロ・アクトとしての活動より、インターナショナルな他流試合で
キャリアを広げてきたファトゥマタ・ジャワラ。

7年ぶりの新作の知らせにも、
そのファッショナブルなジャケット写真にかえって不安はつのり、
グローバリズムにからめ取られた音楽になっているのではと懸念してたんですが、
まったくの杞憂でありました。
長いインターバルを経てリリースされた2作目は、
彼女のルーツであるワスル音楽に、しっかりと根差した作品となっています。
しかも今作では、デビュー作とは比べ物にならない逞しい歌声を聞かせていて、
ひと回りもふた回りも成長したのを感じさせます。

ファトゥマタのソングライティングにも、幅が広がりましたね。
そのためプロダクションも、ロック、ファンク、ブルース、フォーキーと、
曲ごとに意匠の凝らしがいがあるというもの。
それでいて、メロディにはくっきりとワスルが刻印されているんだから、
頼もしいじゃないですか。
前作はファトゥマタが弾くアクースティック・ギターを核にした
シンプルなサウンドでしたけれど、
今作はリズム・セクションを押し出してグルーヴ感を強め、
コーラスをレイヤーさせて、サウンドを華やかにしています。
ワスル音楽のローカルな味わいを活かしながら
インターナショナルに通用するサウンドづくりは、
先輩のウム・サンガレを範としたものでしょう。

目にも鮮やかなジャケットや、
ライナーの強烈なインパクトのある写真の数々を撮影したのは、
エチオピア人写真家のアイーダ・ムルネー。
ワシントン・ポストのフォトジャーナリストとして長く活躍し、
ニュー・ヨーク近代美術館MoMAの現代写真展でも注目された
女性フォトグラファーです。

近年、新たなアフリカのアイデンティティを探ることをテーマに、
従来のアフリカ観をひっくり返す、斬新な作品を生み出す作家が次々と現れてきました。
アイーダ・ムルネーもその一人で、カメルーンのサミュエル・フォッソ、
南アフリカのザネーレ・ムホーリ、ウガンダのサラ・ワイスワといった
ファトグラファーに、注目が集まっています。

ファトゥマタ・ジャワラは、
ワスル地方にルーツを持つマリ人両親のもとコート・ジヴォワールで生まれ、
幼い頃から父親の舞踏団に加わってダンスを習い、
女優の叔母の影響を受け、わずか17歳で女優となって成功を収め、
フランスへ移り住み、女優と並行して歌手活動を始めたという経歴の持ち主です。
多文化主義とアイデンティティに、おそらく自覚的な育ち方をしたであろう
ファトゥマタのようなアフリカ人が、アフリカの伝統を拡張しようとする
若いフォトグラファーと共振するのも必然で、
本作はそんなニュー・アフリカン・アイデンティティ志向を結実させた傑作といえます。

Fatoumata Diawara "FENFO : SOMEHIN TO SAY" Montuno 3355752 (2018)
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未来型マグレブ音楽 アマール808

Ammar 808 Maghreb United.jpg

チュニジア人プロデューサー、ソフィアン・ベン・ユーセフの新ユニット、
アマール808がスゴい。
チュニジア北西部の山あいの村に伝わる音楽、タルグをモダン化したバルグー08でも、
伝統音楽が持つ野趣を損なわず現代化する手腕に、
冴えを見せていたソフィアンでしたけれど、
マグレブ音楽の統合を目指した新作では、
さらに大胆なプロダクションに挑戦しています。

ユニット名の「808」は、ローランドの歴史的な名器であるリズム・マシーン、
俗称「ヤオヤ」から取ったらしく、
マグレブ音楽のモダン化の象徴として使っているようです。
じっさいのビートメイキングでは、それほど典型的な「ヤオヤ」の音は出てきませんけど、
シンセ・ベースやパーカッションの加工音として、きっと活躍しているんでしょうね。

バルグー08での試みをさらに進化させたデジタル・サウンドが、
今回の最大の聴きどころです。
ソフィアンは、アルジェリア、モロッコ、チュニジアの伝統音楽のリズムを
強化するためにエレクトロを使用していて、
サウンドを整理したり洗練させたりするのではなく、
土俗性をさらに強調する作用をおこそうとしている意図が、はっきりと汲み取れます。
ゲンブリや、ガスバ(葦笛)、ゾクラ(ダブル・リード楽器)といった楽器が生み出す、
アクのあるマグレブの響きを最大限に生かすような、
エレクトロな活用にそれが表れていますね。

伝統音楽のリズム理解をふまえたプロデューサーがクリエイトするサウンドの前には、
トライバル・ビートと称するハウスやテクノのDJが作り出す
安直なビートメイクなど、比較になりません。
ワールド・ミュージック時代の欧米プロデューサーによる
サウンド・プロダクションがひと時代巡り、
現地のプロデューサーによって乗り越えたのを実感します。

そんな未来型マグレブ音楽のプロダクションにのって歌う3人が、
また力量のある歌手揃いというのが嬉しいじゃないですか。
アルジェリア代表には、
ワールド・ミュージック時代のライ・サウンドに回帰した新作も痛快だった
パリ在住のライ歌手ソフィアン・サイーディを起用、モロッコからはメハディ・ナスリ、
チュニジアからはシェブ・ハッセン・テジが参加しています。

よくもまあ、こんなに臭みたっぷりの歌手ばかり揃えてくれたもんです。
3人ともいかにもマグレブ出身らしいノドの持ち主で、こぶし回しも強力な実力者揃い。
特に、シェブ・ハッセン・テジの伝統的な歌唱がしっかりと刻印された歌いっぷりには、
感じ入っちゃいましたよ。

こうしたタイプの歌手の起用や、野趣な味わいを強調するエレクトロ・ビートに、
かつてのワールド・ミュージック時代の欧米プロデューサーとは
まったく異なるセンスがうかがえ、頼もしくなります。

Ammar 808 "MAGHREB UNITED" Glitterbeat GBCD060 (2018)
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シックな夜に堕ちて J・ソウル

J Soul.jpg

ジャケットのムードが、中身の音楽を暗示しています。
ケニー・バレルの名盤をひっくり返したタイトルにも、
ピンとくるものがあって、試聴してみたら、アタリでした。

ボルチモアのシンガー・ソングライター、J・ソウルことジャマル・スミス。
マルチ・プレイヤーでビート・メイカーでもあるという彼、
アンダーグラウンドのR&Bシーンで高い評価のある人だそうです。
本作は13年にデジタル・リリースした4作目で、
このたび未発表曲をラストにボーナス・トラックとして加えて、
フィジカル化が実現したんだそう。

イントロのレコード盤のチリ・ノイズに、メロウなキーボードがたゆたえば、
はやアルバム・コンセプトのツカミもオッケー。
続いて、ミュート・トランペットをフィーチャーした
スムースでジャジーなトラックに、もうトロトロです。
多重コーラスとファルセットにレイヤーしたキーボードが浮遊して、
シックな夜を演出します。

ネオ・ソウル/ジャジーヒップホップのもっとも甘美なサウンドを抽出して、
官能的な夜へ沈み込んでいくムードをすみずみまで落とし込んだ逸品、
ベッド・ルームでの使用にも重宝するかと。

J Soul "BLUE MIDNIGHT" B.S.M Productions no number (2013)
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人生の痛みを癒すメロウ サー・チャールズ・ジョーンズ

Sir Charles Jones  The Masterpiece.jpg

おぅ! サー・チャールズ・ジョーンズの新作。
待ってましたっ、と飛びつこうにも、配信ばかりで、
CDがどこにも売っていないじゃないですか。
うわ~ん、と地団駄踏んでたら、
ダラスのちっちゃなオンライン・ショップで扱っているのを発見。
ようやっと入手できました。
インディ・ソウルも、だんだんフィジカルが入手困難になってきましたねえ。

14年の前作“PORTRAIT OF A BALLADEER” が胸に沁みる極上の出来でしたからねえ。
多事多難の苦しい日々を送っていた時に、サー・チャールズの苦み走った声に、
どれだけ助けられたことか。彼のヴォーカルにはブルースが滲んでいますよ。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2014-10-02

あのアルバムは、ウィリー・クレイトン肝いりのレーベル、エンドゾーンからのリリースで、
ウィリー御大も共演するバックアップも得た豪華なものでしたけれど、
今回は自主制作。ジャケットがいかにもインディなチープさで、
まあ、それなりのプロダクションならいいかと、期待値を下げて聴いてみたら、
予想をはるかに上回る出来で、ひょっとして、前作以上?
すっかり舞い上がっちゃいまいた。

「このアルバムはマスターピースだ」というMCに促されてスタートする今作、
タイトルは伊達じゃありませんでした。
この人のビッグ・マウスには、またか、と苦笑もするんですけれど、
しっかりとした実力が備わっているんだから、大したもんです。

今回も全編ミディアム~スロー。
カルヴィン・リチャードスン、オマー・カニングハムをフィーチャーして
3人が順にリードをとった“Cal On Me” は、
時代の生きにくさに抗えず、つまずいてしまった者に、
黙って肩を貸すような男のメロウさがあって、胸に沁みます。
その一方、アクースティック・ギターとシンセをバックに、
ソウル・マナーな歌いぶりを封印して、
ストレイトにメロディを歌った“100 Years” の温かさにも泣けますねえ。

ポーキー・ベアをゲストに迎えたブギー・ファンクあり、
ステッパーあり、ネオ・ソウルあり、多彩な曲調にさまざまな歌いぶりで迫る、
サー・チャールズ・ジョーンズの魅力が全開した傑作です。

Sir Charles Jones "THE MASTERPIECE" Southern King Entertainment no number (2018)
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帰ってきたクイーン・サラワ・アベニ

Queen Salawa Abeni  Recovering.jpg

ナイジェリア、ワカのトップ・シンガー、クイーン・サラワ・アベニの新作が届きました。
サラワ・アベニについては、コリントン・アインラと蜜月だった時代の
80年代の諸作がCD化され、前に記事にしましたけれど、
新作を聴くのはずいぶんひさしぶりです。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2016-09-21

『回復』というタイトルに、何かあったのかなと思ったら、
08年から体調が悪化し、6年間のブランクを余儀なくされていたとのこと。
なんの病気だったのかは、明らかにはされていませんけれど、
身体の麻痺で歩くこともできなくなっていたというのだから、かなり深刻だったようですね。

息子さんを亡くすなど、世紀をまたいでからトラブルが続いていたアベニですが、
復帰作となる本作では、長いブランクをものともしない、
パワフルな歌声を聞かせてくれます。
バックのパーカッション・アンサンブルも気合が入っていて、充実していますよ。

コリントン・アインラと別れてからは、
ワシウ・アラビ・パスマやセフィウ・アラオなどの支援を受けていたようなので、
本作のバックも、アラビ・パスマのバンドかもしれません。
ワカは、歌手とコール・アンド・レスポンスするコーラスも、
全員女性なのが通例ですけれど、
このアルバムでは男性陣がお囃子をしています。

全5曲、なかでも故シキル・アインデ・バリスターに捧げた曲では、
ゆったりとしたテンポで始まり、途中でリズムがスイッチして疾走していく構成で、
トーキング・ドラムが快音をあげています。
サックスなどが一部で入るものの、現在のフジのサウンドでは控えめな方で、
パーカッション・ミュージックの妙をたっぷりと味わえます。

Alhaja Queen Salawa Abeni "RECOVERING" Alagbada no number (2016)
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絶好調続くジュジュの若大将 フェミ・ソーラー

Femi Solar ft Idowu Santana  ON STREET.jpg

ナイジェリアで5月にリリースされたばかりの新作。
ゴスペル・ジュジュのフェミ・ソーラー、快調です。

フェミ・ソーラーのフェイスブックでは、
“SWEETNESS” という新作が出ているようなんですけれど。
本作はそれとは別のアルバムで、イドウ・サンタナという
若手男性歌手をフィーチャリングしたアルバムとなっています。

5曲分のタイトルが書かれているものの、ノン・ストップのメドレー形式で、
1トラック36分38秒の収録といったミニ・アルバム・サイズですね。
そういえば、前作の“IYIN” も同じ1トラック、36分の内容でしたけれど、
フル・アルバムの合間のEP扱いのようなものなんでしょうか。

閑話休題。
フェミ・ソーラー、絶好調ですね。
80年代前半のキング・サニー・アデを思わせる輝きを感じさせます。
これほど軽快に疾走するビートの気持ち良さは、アフリカ随一じゃないですかね。
手数の多いドラムスがメリハリのあるビートを強調して、
トーキング・ドラムなどのパーカッションがステデイなリズムを刻みながら、
ドラムスの合間を埋めるように、フィルを叩き込んでいく。
この揺るぎないアンサンブルは鉄壁といえますね。

今回フィーチャリングされたイドウ・サンタナというシンガーは、
軽い歌い口のフェミ・ソーラーとは対照的に、野性味のあるこぶし回しを聞かせます。
イバダンをベースに活動している若手ジュジュ・シンガーのようで、
ソロ・アルバムも出しているようなので、聴いてみたいですね。

ギター3台のアンサンブル、コーラスのコンビネーションも実に緊密、
どこにもスキのないサウンドの完成度は、スゴイですね。
36分38秒、まったく飽きさせることなく、最後まで軽やかに突っ走るこの快感、
聴き終わると、もう一度プレイ・ボタンを押したくなります。

Femi Solar ft Idowu Santana "ON STREET" Al-Hassan Music/Chimecs Music Int’l no number (2018)
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パン=アフリカン・ポップ・スターを目指して イェミ・アラデ

Yemi Alade  MAMA AFRICA.jpg   Yemi Alade  BLACK MAGIC.jpg

前作“MAMA AFRICA” でナイジャ・ポップ・シーンから、
インターナショナル・マーケットに飛び出したイェミ・アラデ。
「クイーン・オヴ・アフロビーツ」の称号を海外メディアから与えられるなど、
一躍注目を集め、ナイジェリアのスーパースターへと登りつめた女性歌手です。

その“MAMA AFRICA” は、タイトルにも示されているとおり、
ミリアム・マケーバの跡を継ごうという気概に溢れたアルバムでした。
インターナショナル向けのジャケットでは、
ナイジェリア国内盤のマーサイ・コスチュームはさすがに控えていましたけれど、
そんなファッションにも、
パン=アフリカン・ポップ・スターを目指す心意気が表われていましたね。

R&B/ヒップホップ・ベースの、はっちゃけたアフロ・ポップが痛快だった前作に続いて
リリースされた新作は『黒魔術』と、これまた物議を醸し出しそうなアブナいタイトル。
前作の『ママ・アフリカ』といい、
この人のイメージ戦略は、かなりリスクを取っていますね。
イギリス盤ジャケットは、顔から腕にペインティングしたヴィジュアルで迫っていましたが、
ナイジェリア盤はナチュラルなコスチュームで、特にタイトルを強調してはおらず、
マーケットによって慎重に使い分けているのがうかがえます。

ところで今回の本作、じっさいの音に触れる前に、
ナイジェリアのメディアに載った辛辣な記事を読んでしまったものだから、
実は聴くのが不安でした。
その記事では、
「音楽的な成長がまったく見られず、創造性に欠けている」とボロクソの評価で、
5点満点の2点という低評価だったのです。

このアルバム・レヴューを書いたジョーイ・アカン氏は、
ぼくが高く評価しているシミを、同じ記事の中で絶賛しているだけに、
なおさら信ぴょう性はありそう……。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2018-02-07

で、聴いてみたんですが、え、えぇ~、そこまで言う? というのが、ぼくの感想。
はじけたポップさは少し後退して、クールになったというのが全体の印象でしょうか。
たしかに前作の延長線上のアルバムではありますけれど、
プロダクションのクオリティは、前作より上がっているところもあるし、
南アのクワイトに接近したハウス・サウンドは十分魅力的です。
イボ・ハイライフを取り入れた“Kpirim” など、アルバムのフックとなる曲もあるし、
“Bread And Butter” や“Jantoro” のつっかかるリズムなんて、踊りたくなりますねえ。

ヨーロッパでの成功ばかりでなく、東アフリカや南アへの進出など、
パン=アフリカンなポップ・スターを目指すイェミ・アラデ、
同じ志向を持つオラミデよりも、彼女の音楽性の方が確かです。

Yemi Alade "MAMA AFRICA" Effyzzie Music no number (2016)
Yemi Alade "BLACK MAGIC" Effyzzie Music no number (2017)
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テランガが溢れた夜 エルヴェ・サンブ

20180615_Herve Samb_Teranga.jpg   20180615_Herve Samb_Teranga_Inner.jpg

ペイ爺さんに大感謝です。
エルヴェ・サンブの記事につけてくれたコメントのおかげで、
ライヴを見逃さずに済みました。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2018-06-01

6月15日、代官山の晴れた空に豆まいて。
いやぁ、スゴいライヴでした。
バンド・メンバー全員、セネガル屈指といえる名手が勢揃いしていて、
こんなに演奏力の高いバンドは、セネガル現地でも、ちょっといないんじゃないの。

サバールのアリュヌ・セックは、
セネガルの偉大なパーカッション・オーケストラ・リーダー、
ドゥドゥ・ンジャイ・ローズに捧げたソロ・プレイを披露するなど、
切れ味鋭い演奏を聞かせるほか、
タス(プレイズ・ポエトリー)も繰り出し、ドラマーのマコドゥ・ンジャイとともに、
ムチのようにしなやかで強靭なリズムを叩き出していました。

主役のエルヴェ・サンブはエレクトリックを封印して、
アクースティック・ギターで通したのは、
新作“TERANGA” お披露目のライヴだからなんでしょうね。
ベースのパテ・ジャッシは、ユッスー・ンドゥールやシェイク・ローのバンドの
ツアーやレコ-ディングへファースト・コールのミュージシャンで、
デトロイトを拠点にジャズ・ミュージシャンとしても活躍するスゴ腕ベーシスト。
ライヴではヨコ・タテのベース両刀使いで、
ソロで披露したテクニックには目を見張りました。
どうやらエルヴェは、パテからジャズを学んだみたいで、「ぼくの先生」と呼んでいました。

そして、一番の呼び物が、ヴォーカリストにアルファ・ジェンを連れてきたこと。
オーケストラ・バオバブの看板歌手で11年に亡くなったンジュガ・ジェンの息子です。
“TERENGA” のラスト・トラックで、生前のンジュガ・ジェンが歌っていて驚いたんですが、
やはりあのセッションがンジュガ・ジェンのラスト・レコーディングだったとのこと。
その曲を、息子アルファが歌ってくれるとは、グッとくるじゃないですか。

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そのアルファの歌いぶりの素晴らしさといったら、言葉がありませんでしたね。
グリオを思わせるパワフルな歌い声は、アフリカの伝統が誇る遺産そのものといえる響きで、
カンゲキが抑えられませんでした。
終演後にアルファに話を聞いたところ、オーケストラ・バオバブの新作
『ンジュガ・ジェンに捧ぐ』のヨーロッパ・ツアーに、
アルファは帯同して歌ったんだそうです。そちらも観たかったですねえ。

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エルヴェ・サンブのギターは、ジャズから学んだ運指やピック使いをするものの、
一方で、セネガルの伝統的な弦楽器ハラム(ンゴニと同じ弦楽器)のフレーズを
写し取ったプレイをしたり、曲のマテリアルに合わせて多彩な弾き分けをします。
こういうところに、ジャズを語法として学び取った新世代のしなやかさがありますね。
コルトレーンの「ジャイアント・ステップス」が、
いつのまにかセネガル伝統色濃い曲にスイッチするメドレーなど、その白眉でした。

新作のレパートリーで通した今回のライヴは、
ジャズ色のないセネガル一色といった音楽だったんですが、
ハイライトは飛び入りしたタマ奏者でした。
ちょうどぼくの後ろの客席に座っていたセネガル人が、
おもむろに立ち上がってステージにあがり、タマを叩き出したのには仰天。

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そのタマの演奏の巧いことといったら! インタープレイも自在で、
ただもんじゃないぞ、この人誰と思ったら、終演後わかったことですけれど、
“TERENGA” にも参加していたサンバ・ンドク・ムバイとのこと。
そりゃあ、巧いわけだわ。
シェイク・ローのバックなどで、実力派タマ奏者として知られる有名人。
なんと今年の頭から日本に滞在しているとのことで、
サプライズ・ゲストとして登場したようなんですが、
おかげで、さらにセネガル伝統色の強いサウンドになりました。

サンバはエルヴェが駆け出しの頃から知っているらしく、
「こいつはギター小僧で、若いときから練習の虫だったんだ。
それが、セネガルのトップ・クラスのこんなスゴイ面子と
一緒にやるようになるなんて、スゴイぜ」とMCで感極まったように言っていました。
客席から先輩ミュージシャンが登場するという、嬉しいハプニングは、
ライヴの空気を一気にフレンドリーな場に変えて、
セネガルのおもてなし精神<テレンガ>を満ち溢れさせたのでした。

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Herve Samb "TERENGA" Euleuk Vision no number (2017)
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戦意喪失する軍楽

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イラン古典音楽の名門レーベル、マーフール文化芸術協会から、
いにしえのイラン軍楽のヴィンテージ録音集がリリースされました。
原盤となったのは、1906年にイギリス、グラモフォンがテヘランで出張録音した音源。
当時グラモフォンは、7インチ盤6面と10インチ盤20面を録音しましたが、
7インチ盤は未発見で現存せず、10インチ盤に残された20曲のうち17曲が、
本CDに収録されています。

軍楽というと、オスマン帝国の軍楽メフテルが有名ですけれど、
イランの軍楽を聴くのは、ぼくはこれが初めて。
LP時代に復刻されたことがありましたっけ?
たぶんこれが、初の復刻なんじゃないかと思うんですけれども。

1906年のイランというと、歴史の教科書を紐解けば、
ガージャール朝第5代君主モザッファロッディーン・シャーの時代。
イギリスやロシアの半植民地に下り、経済的権益を外国に奪われた暗い時代でした。
そんな頃に、大国ロシアが日本に負けるという日露戦争や、
ロシア第一革命などを契機に、イラン人の改革意識が高まり、立憲革命が起こりました。
1906年は、まさにイランで初めての憲法が起草された年です。

一方で、近代化に向けてさまざまな変革を迎えた時代でもあって、
本作の解説によれば、イランの軍楽は、1851年にテヘランで開学した
ダーロル・フォヌーン校が迎え入れたフランス人音楽教師によって、
軍楽隊が編成された時に始まったとあります。

聴いてみると、ビューグル(軍隊ラッパ)もしくはクラリネットの独奏で演奏が始まり、
前奏が終わると、軍楽隊のオーケストラ演奏になるという形式をとっています。
オーケストラ演奏のリズムこそマーチで、
マーチング・バンドらしいとはいえるんですけれど、
ダストガーにもとづく旋律が奏でる前奏は、なんとも陰影のある哀感に満ちたもので、
およそ軍楽のイメージからは遠いものです。

こんな物悲しいメロディばかり聴かされたら、
戦意なんて喪失しちゃうと思うんですけれどもねえ。
戦場へ向かうどころか、脱走兵続出になっちゃうんじゃ。
イラン人はこういうしみじみとしたメロディで戦意高揚できるんでしょうか。

ビューグルやクラリネットの前奏のつかない、軍楽らしい楽隊演奏の曲も4曲ありますが、
それとて、やっぱり旋律は憂いたっぷりだし。
異邦人には理解しがたい、ヨーロッパの軍楽ともトルコ軍楽メフテルとも趣を異にする、
世にも不思議な軍楽です。

Shâni Orchestra, Etezâdiye Band, Qoli Khân Yâvar, Ebrahim Khân Yâvar, Soltân Ebrâhim Khân
"QAJAR ERA MARTIAL MUSIC : 1906 RECORDINGS ON 78 RPM RECORDS" Mahoor M.CD514
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伝説ではなく現役 エボ・テイラー

Ebo Taylor YEW ARA.jpg

ストラットからミスター・ボンゴに移籍してリリースした、
ガーナのハイライフの大ヴェテラン、エボ・テイラーの新作。
これ、復帰後の最高作じゃないですか。

10年の復帰第1作“LOVE AND DEATH” も快心の出来でしたけれど、
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2010-11-18
まさか82歳でこんなスゴいアルバムを作るとは、驚嘆です。
歌いっぷりまで若返っているのは、いったいどういうことなんですか。
いや、恐れ入りました。

ストラットから出した2作は、ベルリンをベースに活動する
多国籍ユニットのアフロビート・アカデミーがバックアップしていましたけれど、
今作はエボ自身のバンド、ソルトポンド・シティ・バンドと、オランダで録音しています。
最近は地元ガーナやヨーロッパのツアーでも、このバンドと活動しているようで、
トランペット、トロンボーンの2管を含むメンバー全員、ガーナ人です。
キーボードのヘンリー・テイラーとパーカッションのロイ・X・テイラーは
エボの息子で、ヘンリーがヴォーカルをとっている曲もありますよ。

今回のアルバムをプロデュースしたのは、ジャスティン・アダムス。
タイトに引き締まったバンド・アンサンブルのアレンジや、
ホーンのダブ・ミックスなどには、
ジャスティンがかなり助力したものと思われます。
ジャスティンはアディショナル・ギターとしてもクレジットされていますが、
どこで弾いているのかわからないほど、控えめな参加ぶりですね。
むしろ、ハイライフ・ジャズ・ギタリストであるエボのギター・ソロを、
要所でくっきりとフィーチャーしているところは、
主役を引き立てるジャスティンらしいプロデュースです。

リズムを全編アフロビートで通しているのは、時代のトレンドなんだろうなあ。
“Ankona'm” “Aba Yaa” のようなハイライフ・ナンバーは、
ベル・パターンのハイライフのリズムで演奏した方が似合うはずなんですけれども。
なんでもかんでもアフロビートにしちゃうのが、
ハイライフ・ファンには少し残念ですけれど、
これだけビシッと引き締まった力強いサウンドを生み出してくれれば、不満はありません。

昨年はジェドゥ=ブレイ・アンボリーの新作に快哉を叫んだものですけれど、
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2017-05-29
今年はエボ・テイラーと、ガーナのハイライフのヴェテランの現役感に脱帽です。

Ebo Taylor "YEW ARA" Mr Bongo MRBCD155 (2018)
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サン・パウロのヴェテラン・ジャズ・ドラマーの初リーダー作 クレベール・アルメイダ

Cleber Almeida Septeto.jpg

今年のブラジルはジャズがきてますねえ。
もちろんジャズは、ブラジルばかりじゃなく、ワールドワイドにきてますけど、
ブラジルでこれほどフレッシュなジャズが続々リリースされるのは、
長らくインストルメンタル音楽が日陰の存在だったブラジルではまれなことで、
インディ・シーンの活性化を実感します。

デアンジェロ・シルヴァ、ブルーノ・ヴェローゾときて、
今度はこのクレベール・アルメイダです。
前の二人は、ベロ・オリゾンチの若手でしたけれど、こちらはサン・パウロのヴェテラン。
トリオ・クルピーラですでに20年以上活動してきたドラマーで、
バンダ・マンチケイラでも活躍するほか、
さまざまな歌手のレコーディングでひっぱりだこのドラマーですね。

編成はサックス、トランペット、トロンボーンの3管に、
ピアノ、ギター、ベース、ドラムスのセプテート。
遅すぎる初リーダー作ともいえる本作ですけれど、
ヴェテランらしい懐の深い音楽性を示しています。

ブラジル音楽の要素を表出せずにジャズをやる、最近の若手の傾向とは違い、
サンバやマラカトゥ、フォロー、ヴァルサをベースにしたレベールの自作曲は、
90年代から活躍する世代を象徴しているといえるのかも。
マラカトゥの曲で聞かせるホーン・アレンジでは、ホーンがリズムをかたどるなど、
さまざまな細やかなアレンジが施されていて、編曲の才に耳を奪われます。

トリオ・クルピーラでも北東部のリズムを多用していましたけれど、
軽快なドラミングで、ジャズのリズム・フィールに応用していくプレイは、
巧いですよねえ。プレイはスムースなので、さらりと聞けてしまうんですれど、
なかなか手の込んだことを、あちこちでしていますよ。
シンバルでアクセントを付けていくところも、サンバ・ドラムのニュアンスがたっぷりで、
反対に、リズムを細かく割るといったヒップホップからの影響は、
この人のドラミングからは聞かれません。

メロディアスな曲ばかりで、器楽的な曲がないのも、この人の作曲の特徴。
踊り出したくなるポップな曲や、しっとりとした泣きのワルツなど、
どれも歌詞をつけて歌えそうな曲だから、アレンジも歌もの的になるのかな。
ピアノのベト・コレアがアコーディオンを弾いているのも、とても効果的ですね。
ピアノとギターはエルメート・パスコアールの系譜のミュージシャンだそうですが、
ここではエルメート色を感じさせるプレイはいっさい出てきません。

若手の台頭著しいサン・パウロのジャズ・シーンで、
ヴェテランらしい奥行きのあるコンポーズとアレンジに冴えを見せたアルバムです。

Cleber Almeida Septeto "MÚSICA DE BATERISTA" no label MCKPAC0083 (2018)
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ブルメナウの青い空 ジョン・ムエレール

John Mueller  NA LINHA TORTA.jpg

MPBの良き伝統を感じさせるシンガー・ソングライターですね。
シコ・ブアルキやジョアン・ボスコ、ジャヴァンに、
ちょっとミナスぽい感じも加えたような作風で。
前にもこんな曲を書く人がいたな、誰だっけと考えて、
ペセ・カステイーリョを思い出しました。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2010-05-28

ジェントルな歌声やすがすがしいメロデイ・センスに、共通する資質を感じたんですが、
ジョン・ムエレールはミナスではなく、南部サンタ・カタリーナ州のブルメナウ出身。
なるほどドイツ人のような苗字は、
ドイツ系移民の都市ブルメナウ出身だからなんですね。
彼もドイツ系移民の子孫なんでしょう。

14年のデビュー作は聴いていませんが、
2作目となる本作は、ブルメナウの昔からの仲間のミュージシャンたちとともに、
サンタ・カタリーナ州都フローリアノーポリスでレコーディングしています。

アルバム制作のために、リオから音楽監督として招いたのが、
シコ・ブアルキのパートナーとしても知られる、
ヴェテラン・ベース奏者のジョルジ・エルデール。
ゲストに、ピアノのクリストヴァン・バストスや、
アコーディオンのブルーノ・モリッツのほか、
ギンガまで呼んだのは、ジョルジ・エルデールの采配でしょうねえ。

ギンガと2人の声・2本のギターで綴った“Na Linha Torta” は、
インティメイトな仕上がりで、アルバムのハイライトとなりました。
ブルメナウの澄んだ青空に吹き抜ける風を思わせるアルバムです。

John Mueller "NA LINHA TORTA" no label JM002 (2018)
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レディ・ジャンプ・シャウター キティ・スティーヴンスン

Windy City Divas.jpg

キティ・スティーヴンスン!

うわあ、40年ぶりの再会ですねえ。
かつてPヴァインが、チャンス・レコードのリイシュー・シリーズの1枚としてLP化した
謎の女性ジャンプ・シンガー、キティ・スティーヴンスンが、ついにCD化されました。

本人の写真が1枚もなく、経歴も不明という謎だらけのシンガーで、
ジャンプ/ジャイヴ・ファン好きの間で話題を呼んだ人です。
あの時リイシューされた7曲がまるごとCD化されたんですが、
ほかに追加曲がなかったのは残念。同じセッションで録音されたと思われる
“It Ain't Right” “It Couldn't Be True” “Then Comes The Day” “Evening Sun”
の4曲があるんですけれども。

いやあ、ひさしぶりに聴き直しましたけれど、
イナたいジャンプ・シャウターといった味わいが、たまりませんねえ。
田舎のジューク・ジョイントで歌ってるシンガーといった風情がいいんです。
いや、実際のところは、CDタイトルにあるとおり、シカゴで歌ってた人なんでしょうけど、
そんな都会のダンスホールのムードなんてまるでない、田舎臭さがいいんです。

今回のCD化で、この7曲は52年12月ではなく、47年12月録音で、
伴奏はトッド・ローズ・オーケストラだということが判明しました。
また、名前もPヴァイン盤ではスティーヴンスとなっていましたが、
スティーヴンスンと改められています。
そして最大のディスカヴァリーはキティ嬢の写真で、表紙を飾っていますよ。

ブギウギのビートにのせて、ぶっきらぼうに歌う
“That Jive” のジャイヴ味がこたえられません。
まるっきり洗練されていないからこそ出せる、
濃厚なブルース臭としか言いようがありませんね。
ジャマイカ民謡の“Hold 'Em Joe”なんて、この人の土臭さにドはまりで、
47年4月録音のルイ・ジョーダンの“Run Joe” の洗練ぶりと対極といえますよ。

Pヴァイン盤はA面のキティ嬢ばっかり聴いて、
B面を聴いた記憶がぜんぜんないんですけれど、
このCDにはキティ以外にも、ドロシー・ローガン、ルー・マックなど、
ぼくも初耳のレディ・ジャンプ・シャウターが勢揃いで、悶絶が抑えられません!

このなかで、もっとも知名度の高い人といえば、女トランペッターとして名を馳せ、
自身の楽団も率いたヴァライダ・スノウでしょうね。
さすがにヴァライダの2曲は、
ほかのレディとは比べ物にならない洗練ぶりで、華があります。
ここだけ、めかしこんだ社交場のシカゴの夜というムードですけれど、
他は、シカゴ郊外の場末のバーでしょうかね。
馴染みの店で、常連客とともに卑猥な歌に嬌声をあげる、
気の置けなさが嬉しい1枚です。

Kitty Stevenson, Miss Byllye Williams, Edna McRaney, Valaida Snow, Dorothy Logan and Lou Mac
"WINDY CITY DIVAS : RHYTHM & BLUES IN CHICAGO VOLUME 1" Theron CD5001
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ピーコックのゴスペル

Classic Gospel  1951-1960.jpg   The Five Blind Boys Of Mississippi.jpg
The Bells of Joy.jpg   Spirit of Memphis.jpg

ゴスペル黄金時代の最重要レーベル、
ピーコックのコンプリート・リイシューがついに実現です。
ようやっとというか、なんとも時間がかかりましたけれど、感慨深いですねえ。

51年から60年までのピーコックのゴスペル・レコードを発売順に、
4枚のCDに完全収録。
ただし、すでに単独盤でCD化済のブラインド・ボーイズ・オヴ・ミシシッピ、
ベルズ・オヴ・ジョイ、スピリット・オヴ・メンフィスの曲は除かれているので、
これらのCDと合わせてのコンプリート・リイシューとなります。

ピーコックといえば、ア・カペラだったゴスペルに、
ギターとドラムスを加えてリズムを強化し、
ドライヴ感を押し出したことで知られる名門レーベル。
ぼくにとっても、初めて聴いたゴスペルがピーコックのディキシー・ハミングバーズで、
これを入口にゴスペル・カルテットの魅力に取りつかれた、思い出深いレーベルです。

Dixie Hummigbirds.jpg   The Original Blind Boys.jpg

きっかけは、中学三年生の時に聴いた、
ポール・サイモンの“Loves Me Like A Rock” と“Tenderness”。
この曲にフィーチャーされたディキシー・ハミングバーズで初めてゴスペルを知り、
すぐさまディキシー・ハミングバーズの“IN THE MORNING” を買ったんでした。
この1枚に衝撃を受け、そのあとすぐファイヴ・ブラインド・ボーイズのレコードも買い、
ゴスペルにハマったんでしたね。

ちょっと話が脱線しますけれど、
ポール・サイモンの“THERE GOES RHYMIN' SIMON” は、
ぼくに多くの音楽入門をさせてくれたレコードでした。
ゴスペルばかりでなく、マッスル・ショールズのミュージシャンや
マルディ・グラのブラス・バンドを知ったのもこのレコードなら、
だいぶ後になってからですけれど、クインシー・ジョーンズのオーケストラ・アレンジの
スゴさに気付かされたのも、このレコードでしたからねえ。

話を戻して、今回の4枚組、もっとも曲数が多いのは、そのディキシー・ハミングバーズ。
すでにアクロバット以外でCD化された曲も多いとはいえ、
あらためてリード・シンガーのジェイムズ・ウォーカーと
コーラスのかけあいには、感じ入りますねえ。
ディスク1所収のメドレー“Let's Go Out To The Programs” での、
ザクザクと刻むギターにのせたインタールードを挟んで、
次々と曲を繋いでいくスリルは格別です。

そしてなんといっても最大の聴きどころは、センセイショナル・ナイチンゲールズ。
こちらにいたっては、初CD化曲揃いとくるのだから、
まさしく世界中のゴスペル・ファンが待ちに待った、長年の悲願だったもの。
さあ、ジュリアス・チークスのシャウトを、こころゆくまで味わいましょう。

The Dixie Hummingbirds, The Bells of Joy, Five Blind Boys of Mississippi, Sister Jessie Mae Renfro and others
"CLASSIC GOSPEL 1951-1960" Acrobat ACQCD7119
The Five Blind Boys of Mississippi "THE FIVE BLIND BOYS OF MISSISSIPPI" Acrobat ADDCD3003
The Bells of Joy "THE COLLECTION" Acrobat ACMCD4207
Spirit of Memphis "HAPPY IN THE SERVICE OF THE ROAD" Acrobat ADDCD3007
[LP] Dixie Hummingbirds "IN THE MORNING" Peacock PLP108
[LP] The Original Five Blind Boys of Mississippi "PRECIOUS MEMORIES" Peacock PLP102
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アンゴラの美メロ・マスター リル・サイント

Lil Saint NEW DAY.jpg

アンゴラのセフ・タンジーがすっかりお気に入りとなって、はや2か月。
センバやキゾンバといったアンゴラ色のまったくない、
北米R&Bマナーのシンガーなんですけれど、
スウィートな歌いっぷりに、聴けば聴くほど惹きつけられています。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2018-04-08

そんなところに、また一人、アンゴラの歌えるシンガーと出会っちゃいました。
リル・サイントことアントニオ・リスボア・サントスのセカンド作。
こちらはキゾンバのシンガーですけれど、歌は完全にR&Bマナーですね。

やるせなく歌うテナー・ヴォイスが、女子イチコロといったセクシーさで、
歌い上げると声がかすれるところも、たまりませんねえ。
作曲やプロデュースもほとんど一人で手がけていて、才能豊かな人です。
ルーサー・ヴァンドロス、ボビー・ウォーマック、タンク、タイリース、
ドネル・ジョーンズといったシンガーの影響を受けたというのが、
この人の音楽性をそのまんま説明していて、
アンゴラの美メロ・マスターと呼びたくなります。

経歴をみると、14歳の時に、留学先のオランダで学校の友人と音楽活動を始め、
ポルトガルへ移って、ヒップホップ・グループ、マフィア・スクワードを結成して活動、
その後ベルギーで実兄のC4・ペドロと落ちあって、
ブラザーズ・リスボア・サントスというデュオを組み、
その後アンゴラへ帰国してソロ活動をスタートさせたという、
若いながらもキャリアのある人です。

父親のリスボア・サントスがシンガーで、音楽一家に育ったんですね。
C4・ペドロもR&B色の強いキゾンバ・シンガーですけれど、
お兄さんの方がR&Bよりヒップホップ色が強いみたい。

それにしても謎なのは、7曲目のイントロに登場する楽器。
どう聴いても、タイのソーみたいな音なんだけど、
アンゴラにこんな胡弓みたいな楽器ってあったっけか?
サンプルなのかもしれませんが、妙に耳残りして気になります。

Lil Saint "NEW DAY" B26 Entretenimento/LS & Republicano no number (2017)
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ようやく注目されたセネガル人ジャズ・ギタリスト エルヴェ・サンブ

Herve Samb  TERANGA.jpg

取り上げるかどうか、ずっと迷っていたんですけど、
日本で先行発売されるという破格の扱いともなったので、
やっぱり書いておこうという気になりました。
セネガル出身のジャズ・ギタリスト、エルヴェ・サンブの新作。

エルヴェ・サンブは、デヴィッド・マレイ、ファラオ・サンダース、
パット・メセニー、マーカス・ミラーらと共演する一方、
アマドゥ&マリアムのバック・バンドでワールド・ツアーに同行し、
ウム・サンガレ、オマール・ペン、ジミー・クリフのバックを務めるなど、
パリとニュー・ヨークを行き来しながら活動するジャズ・ギタリストです。
最近は、ニーナ・シモンの娘のリサ・シモンのミュージカル・ディレクターを務めるほか、
ルワンダ/ウガンダ移民二世シンガー、ソミのバックなど、多方面で活躍していますね。

昨年日本でリリースされた新作は、久しぶりに故郷のセネガルに戻って、
地元のミュージシャンたちとダカールで録音したもので、
ゲストにファーダ・フレディ、若手女性シンガーのアジューザ、
元ハラムのヴェテラン・シンガー、スレイマン・フェイほか多数が参加しています。

特に驚いたのは、16年11月に亡くなったオーケストラ・バオバブの歌手、
ンジュガ・ジェンが参加していたことで、16年5月録音ということは、
これがおそらくンジュガ・ジェンのラスト・レコーディングだったはず。
この半年後に亡くなってしまうなんて、とても信じられないほど、元気に歌っています。

エルヴェはアクースティック・ギターを弾き、
サバールやタマによるセネガルの伝統的なリズムを生かした
オーガニックなサウンドに仕上げています。
エルヴェの卓越したギター・プレイも、十分魅力的なんですが、
ちょっとソツなくキレイにまとめすぎた感があって、物足りなかったんですね。

「マイ・ロマンス」や「酒とバラの日々」という選曲も、いかがなものかと。
現代の曲のようにリフレッシュメントしたアレンジは感心するんだけど、
どこか割り切れない思いがあって、取り上げるのをためらっていたんでした。

Herve Samb  CROSS OVER.jpg

誤解のないように言っておくと、エルヴェ・サンブというジャズ・ギタリストは、
ぼくはすごく買っていて、リオーネル・ルエケより、断然才能がある人とみなしています。
そう確信するのは、09年のデビュー作“CROSS OVER” が大傑作だったからで、
10年早すぎて、見過ごされた作品と思っています。

ヴァーノン・リード、ジャン=ポール・ブレリー、
ジェフ・リー・ジョンソンといった面々を思わせるギターに、
エルヴェのギターを豪快にプッシュするJ・T・ルイスのドラムスが痛快なアルバム。
ラップとスクラッチをフィーチャーしたクールなジャジー・ヒップホップに、
デヴィッド・マレイがブロウしまくる「アフロ・セントリック」と題されたトラック、
ソミのヴォーカルをフィーチャーして、
清廉なアクースティック・ギターを聞かせる曲もあれば、
セネガル人歌手を起用したンバラあり、ジミ・ヘンドリックスに捧げたロックもあるという、
その引き出しの多さが魅力となっていました。

Herve Samb  TIME TO FEEL.jpg

13年の2作目では、レジー・ワシントンのベースを迎えて
アクースティック寄りのヌケのいいクリーンなサウンドになるとともに、
M-BASEの影響色濃いギターを聞かせるコンテンポラリー・ジャズでした。

1・2作目がアフリカ人ジャズ・ギタリストとして出色の作品だっただけに、
こちらがまったく話題にもならず、この3作目が日本盤で出たのが素直に歓迎できず、
ちょっとヒネくれた反応をしてしまったんでした。
今からでも遅くないので、ぜひこの人に注目してもらいたいと思います。

ついでに、日本盤で「エルヴェ・サム」と表記しているのも、
エルヴェと共演したことのある、小沼ようすけのアルバム・クレジットの悪影響と思われ、
綴りどおり「サンブ」と書いてほしいと思います。

Herve Samb "TERENGA" Euleuk Vision no number (2017)
Herve Samb "CROSS OVER" Samb no number (2008)
Herve Samb "TIME TO FEEL" Such Production SUCH006 (2013)
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ユッスー・フォロワーを脱して パペ・ジュウフ

Pape Diouf  Enjoy.jpg

ユッスー・ンドゥールがシーンにカムバックし、
ヴェテランから中堅、若手と入り乱れて、
シーンが活気づいている様子の伝わる、セネガルのンバラ。
あいかわらずCDの流通が悪くて、入手するのが難儀なんですけれど、
少しだけ近作が届きました。

今回のハイライトは、今年出たパペ・ジュウフの5作目となる新作。
これまで見えにくかったこの人の個性が、本作ではしっかりと発揮されましたね。

パペ・ジュウフは、78年ダカールの出身。
セネガル南西部シヌ=サルーム・デルタにオリジンがある家系の、
ウォロフ人グリオの家庭に生まれました。
幼い頃から冠婚葬祭の場で歌い、本格的な芸能界入りをしたのは、
95年にレンゾ・ジャモノへ参加した時で、その後98年にソロ・デビューしました。

パペのアルバムは、手元に11年作“CASSE CASSE” と
14年作“RÀKKAAJU” の2枚があります。
声はいいし、グリオ出身らしい鍛えられたノドも悪くないんですけど
どうもユッスーに似すぎていて、小粒なユッスーという感が否めなかったんですよね。
声じたいが似ているうえに、ハイ・トーンで声を張るところなどは、
もろにユッスーといった感じでした。

今作でも、ユッスーの影響大な歌いぶりは変わっていないものの、
緩急のつけかたに進歩の跡がうかがわれ、
ユッス・フォロワーを脱したパペ自身の個性がアピールされています。

バックは、14年作の“RÀKKAAJU” のメンバーと大きくは変わっていませんが、
ソロ・ギターのクレジットがラミン・フェイ1人から、他の5人に増えたのが注目されます。
曲によってトーンの異なるギターが聞こえてくるのはそのせいで、
なかでも、5曲目のシャープなギター・ソロが一番の聴きもの。
これを弾いているギタリストの名前を、知りたいところです。

リズム・セクションとサバールやタマなどのパーカッションが
一斉に突っ込んできたり、全員がリフをキメる場面など、
小気味よいンバラのサウンドが全編で炸裂していて、胸をすきます。
アルバムの構成も、冒頭スローで始まり、徐々にエンジンを上げていって、
終盤に向け、ビートがどんどん早くなっていく展開も、ドキドキさせられますね。

ちなみに、昨年パペ・ジュウフは、ユッスー・ンドゥールが毎年パリで開く
一大コンサート、グラン・バルにゲストで招かれ、
ファリー・イプパの次に登場し、ユッスーと“Na Woor” を歌ったんだそうです。

Pape Diouf "ENJOY" Prince Arts no number (2018)
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ギリシャのアコーディオン女子 ミレラ・パフウ

Mirela Pachou  LIGO CHORAMA.jpg

ギリシャのアコーディオン女子、ミレラ・パフウの2作目が出ました。
ピンクのスカートの裾を持ち上げて微笑んでいたデビュー作のジャケットから一転、
今回は白黒写真で、アコーディオンの鍵盤3か所に、
わずかに色付けしただけのシックなジャケットとなっています。
『小さな色』というタイトルを示しているんですね。

面白い個性の持ち主なんですよ、この人。
オールディーズのセンスで、
スウィンギーにしてロッキンなグリーク・ポップを聞かせてくれます。
ライカも歌ってはいますけれど、ミレラはライカ歌手ではありませんね。
ポップ・ライカも歌う、庶民派ポップ・シンガーというところでしょう。

こういうポジションのギリシャのシンガーというと、
マラヴェヤス・イリーガルことコースティス・マラヴェヤスがいますよね。
ギリシャ語のほか、英語、スペイン語、イタリア語を駆使して、
アメリカン・オールディーズからカンツォーネにタンゴ、スカまで歌っちゃう、
おとぼけシンガー・ソングライター。

チョイ悪なイケメン兄ちゃんといった外見とはウラハラに、
どこかトボけたB級ムードの歌を歌う人で、得難い才能の持ち主なんですが、
ミレラ・パフウもマラヴェヤス人脈の一人なんだとか。
どうりで音楽性もよく似ているわけです。

20070623_中山うり DoReMiFa.jpg

アコーディオンを抱えて、ノスタルジックな歌を歌う女子といえば、
S-KENがプロデュースしていたデビュー当初の中山うりがなんといっても秀逸で、
いまだに『ドレミファ』をよく聴き返すんですけれど、
カラッとした地中海の明るさを感じさせるミレラ・パフウには、
ほがらかな味わいがあって、これまた愛すべき1枚となりそうです。

Mirela Pachou "LIGO CHORAMA" Ogdoo Music Group no number (2018)
中山うり 「ドレミファ」 ソニー SICL165  (2007)
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リズムの鬼 カミーユ・ベルトー

Camille Bertault  PAS DE GÉANT.jpg

すごいリズム感の持ち主ですね。
フランス語でこんなにキレッキレのディクションで歌える人って、
ブロッサム・ディアリー以来じゃないかしらん。
ソフトに歌っても、リズムのキレがあるところに、高い才能が示されています。

びっくりさせられた主は、フランスから登場した、
新進ジャズ・ヴォーカリストのカミーユ・ベルトー。
おととしサニーサイドから出したアルバムが、
すでに一部で話題になっていた人だそうですが、ぼくは本作で初めて知りました。

サニーサイド盤ではスキャット・ヴォーカルが話題になったとのことで、
本作でもスキャットやヴォーカリーズを華麗にキめていますが、
そうした派手なパフォーマンスを可能としている、
この人のリズム感とディクションの確かさの方に、注目したいんですよね。

本作は、自作曲に加えて
ジョン・コルトレーン、ウェイン・ショーター、ビル・エバンスのジャズに、
ラヴェルやバッハのクラシック曲、セルジュ・ゲンズブール、ジョルジュ・ブラッサンス、
ブリジット・フォンテーヌのフランス語曲を取り上げています。
レパートリーによって、ディクションを使い分けているところは、
言葉の響きに自覚的な人ですね。大胆にして繊細な発声の表現力に感じ入りました。

タイトル曲は、
コルトレーンの「ジャイアント・ステップス」のヴォーカリーズ・ヴァージョン。
その鮮やかな料理ぶりを聴いていて、思わずカミーユに、早口ショーロ・ヴォーカルの
アデミルジ・フォンセカを聞かせてみたい、なんて思っちゃいました。
ぜったい興味を持って、チャレンジしてくれそうな気がします。

Camille Bertault "PAS DE GÉANT" Okeh/Sony Music 88985422332 (2018)
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たゆたうハーモニー ゆるぎないグルーヴ cero

Cero POLY LIFE MULTI SOUL.jpg

すごいアルバム作っちゃったな、cero。

シティ・ポップとして括られているのに違和感を持ちつつも、
彼らが生み出すサウンドは、ずっと気になっていました。
ネオ・ソウル~ヒップホップ~ジャズを参照しまくった
前作の『Obscure Ride』は、かなり前のめりになったもんです。

そして、今作。
豊かなハーモニーに独創的なコード展開という音楽性を深めるばかりでなく、
リズムの解釈、グルーヴの獲得が、とんでもない領域に達しちゃってますよ。
クラブ世代のビート感覚を根っこに持ちながら、
ヒップホップのリズムを人力に置き換えた、
現代ジャズのゆらぎ感を咀嚼するだけでなく、
さまざまなクロス・ビートが顔を出し、ラテンやアフリカ音楽を学んだ痕跡もくっきり。

多層的に音楽を取り込みながら、それをミクスチャーするのではなく、
それぞれの層をくっきりと露出させているところが、すごく魅力的なんだな。
このリズム、このサウンド、いったいどこから参照してきたんだろうと思わせながら、
そうした多様な要素を、整理したり、まとめたりするのではなく、
ばぁーっと放り出して、ライヴ演奏したようなエネルギーを感じさせるところが、
すごい魅力的なんです。スタジオ・ワークだけで作ったら、こうなりませんよねえ。

ceroのサウンドに惹きつけられているぼくは、
インスト・ヴァージョンのボーナスCDが付いた初回限定盤を買いました。
個人的には、文学的な歌詞がカンベンてなところもあるので、
インスト・ヴァージョンの方が、テイストに合います。
とはいえ、全部が全部インストの方が良いわけではなく、
演奏だけだと物足りなく聞こえる曲もあり、
声の響きがサウンドの一翼を担っている証拠ですね。

今作の白眉は、
ムーンチャイルドとアフロビートを溶け合わせたような「魚の骨 鳥の羽根」。
そしてラストのタイトル・トラックのハウス・ビートに、
サンバのパンデイロが絡んでくるところで、
やもたまらず立ち上がって、踊り出してしまいます。

cero 「POLY LIFE MULTI SOUL」 カクバリズム DDCK9009 (2018)
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マケドニアのコンテンポラリー・フォーク ルボイナ

Luboyna & Ismail Lumanovski.jpg

両腕を思いっ切り伸ばして、深呼吸したくなるような、すがすがしさ。
オープニングのゆったりとおおらかなリズムにのせて歌う、
マケドニアの女性歌手ヴェラ・ミロシェフスカののびやかな歌唱に、
陶然としてしまいました。

マケドニアといえば、エスマやコチャニ・オーケスターに代表されるとおり、
ジプシー音楽のイメージが強いお国柄。
ところが、この曲にはそんなジプシーの猥雑な臭みはまったく感じられず、
抜けるような空の青さと、広々とした丘陵を思わせるメロディの美しさに胸を打たれます。
おそらくこれは、南スラブ系の民謡をベースに創作された曲なんでしょうねえ。

Vanja Lazarova.jpg

ああ、そういえば、思い出しました。
マケドニアの南スラブ系民謡歌手として世界的に知られた人で、
ヴァンヤ・ラザローヴァという女性歌手がいましたね。
“MACEDONIAN TRADITIONAL LOVE SONGS” で
素晴らしい歌声をきかせてくれたのが忘れられませんが、
ヴェラ・ミロシェフスカの歌いぶりは、まさにヴァンヤゆずりといえます。
調べてみたら、ヴァンヤは17年3月に亡くなられていたんですね。
86歳だったそうです。

さて、話をアルバムに戻して、2曲目からはジプシー色の濃い音楽も登場して、
アルバム名義にも添えられた、
名手イスマイル・ルマノフスキーのクラリネットも大活躍します。
バルカンらしい変拍子リズムあり、南スラブのフォークロア色濃い曲ありで、
マケドニアという複雑な民族と政治状況に揺れ続けてきた歴史のなかで、
文化混淆してきた音楽が、芳醇な香りを放っていますよ。

マケドニアは、ユーゴスラヴィア連邦の解体によって91年に独立した新興国で、
南スラヴ系のスラブ人種が多数を占める現在のマケドニア人は、
古代マケドニア王国と直接の民族的な関係はありません。
マケドニアと名乗る由来がないにもかかわらず国名にしたことで、
古代マケドニア王国の系譜を持つギリシャと鋭く対立し、
今なおその火種が続いていることは、よく知られているとおりです。
前に「南スラブ系民謡」という言い方をしたのも、その複雑な歴史事情を考えると、
「マケドニア民謡」と呼ぶには、ためらいをおぼえずにはおれなかったからでした。

このルボイナというマケドニアのグループは、
そんな複雑な民族事情を、豊かな文化混淆にかえたサウンドを実現していて、
ブルガリアのコンテンポラリー・フォークと共通した音楽性を持つバンドといえそうです。
ヴァイオリン、チェロ、カーヌーンの弦楽アンサンブルを、
レクやダルブッカなどのアラブ由来の打楽器が鼓舞するアンサンブルも聴きものなら、
ナイチンゲールの異名を持つ紅一点のヴェラ・ミロシェフスカの歌いぶりが、
なんといってもこのバンドの最大の魅力でしょう。
地中海世界に開かれた歌い口で、ギリシャやトルコと近しい現代性を感じさせます。

Luboyna & Ismail Lumanovski "SHERBET LUBOYNA" Bajro Zakon Co BZC007 (2015)
Vanja Lazarova "MACEDONIAN TRADITIONAL LOVE SONGS" Third Ear Music 099/1 (1999)
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デトロイトの漆黒の夜 アンプ・フィドラー

Amp Fiddler  AMP DOG KNIGHTS.jpg

今回で4作目?
え、たったそれだけしか、ソロ・アルバム作ってなかったんだっけか。

アンプ・フィドラーは、80年代からPファンク軍団の一員として活躍し、
80年代末には地元デトロイトの若いラッパーを支援して、
J・ディラをフック・アップし、90年代にはセオ・パリッシュやムーディーマンなど
ディープ・ハウス・シーンともつながっていた、デトロイト・シーンの重鎮。
そんなイメージがあっただけに、これほどの寡作家だったとは、意外や意外。

昨年のディスコ・ブギーなファンク・アルバムはパスしてしまいましたけれど、
今回はムーディーマンがトータル・プロデュースし、
なんと故J・ディラのトラックを使った曲が呼び物となっていると聞いては、
素通りするわけにいきません。
さらに今作では、アンプの兄バブズ・フィドラーも参加しているとあっては、
兄弟デュオのミスター・フィドラーでアンプを知った者には、
ますますココロ惹かれてしまいます。

オープニングのラジオのジャイヴ・トークから、ぐいっとつかまれてしまいましたよ。
Pファンクからディープ・ハウスを横断しつつ、
全体にはムーディーマンらしい洗練されたシルキーなサウンドでくるんでいて、
官能的なグルーヴに満ちたアルバムに仕上げていますね。

なかでも、J・ディラ絡みのトラックが、やはり聴きもの。
ディラが在籍していたグループ、スラム・ヴィレッジのオリジナル・メンバーのT3や、
ポストJ・ディラともいわれるワジードも参加していて、
ビート・ミュージックやジャズへの影響力の大きさも、あらためて感じ入ってしまいました。

アンプ・フィドラーのキャリアを集大成した、
いわばデトロイトのミュージック・カルチャーの40年史を凝縮したアルバムです。

Amp Fiddler "AMP DOG KNIGHTS" Mahogani Music M.M41CD (2017)
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ジャズのブラック・メシアたち ライアン・ポーター

Ryan Porter  THE OPTIMIST.jpg

カマシ・ワシントンやサンダーキャットのアルバムは壮大すぎて、
ちょっとぼくの手には余りますけれど、このアルバムにはグイと胸をつかまれました。
100分を超す2枚組の大作ではあるものの、作りこんだアルバムではなく、
気合十分なセッションを収録したら、この長さになっちゃった、てな感じがいいんだな。

ライアン・ポーターは、カマシ・ワシントンが中心となる
ロサンゼルスのジャズ・コレクティヴ、
ウェスト・コースト・ゲット・ダウンの一翼を担うトロンボーン奏者。
カマシのバンド、ザ・ネクスト・ステップのメンバーでもあります。
カマシが「地球上で、最もソウルフルなトロンボーン奏者」と大絶賛するというふれこみは、
昨年出たデビュー作より、本作の方が断然ふさわしいですね。

アルバムに録音データのクレジットがなく、ネットで調べてみたら、
いまから10年も前の、08年と09年にレコーディングされたものとのこと。
カマシ・ワシントンの実家にある地下スタジオで録音された、
まさしく「地下室セッション」で、カマシ・ワシントンのほか、
鍵盤のキャメロン・グレイヴスとブランドン・コールマンの二人に、
マイルズ・モスリーのベース、トニー・オースティンのドラムスという、
ウェスト・コースト・ゲット・ダウンやザ・ネクスト・ステップの面々が集結しています。

まだ20代の彼らが、
R&Bやヒップホップのアーティストのバック・バンドで生計を立てながら、
「いまに見ていろ、オレたちだって」と、自分たちのやりたいジャズを
地下室で爆発させていた様子を、ナマナマしく記録した貴重なレコーディング・セッション。
大音量にして大音圧の、むこうみずなエネルギーが噴き出すこの熱気は、
だからなのかと、合点がいきます。

タイトルの『楽観主義者』は、オバーマが大統領となり、
黒人たちにとって明るい未来を予感できた、
08~09年の時代の雰囲気を反映したものなのでしょう。
「オバマノミクス」とタイトルされた曲では、ファンファーレのようなホーン・アレンジが、
ポジティヴな明るさを表しています。
「賛美歌作者」というゴスペルを背景とする曲がある一方で、
ヒップホップを通過したファンクがあるなど、
時代と向き合ったこの世代の若者ならではの音楽性が花開いています。

2枚目は、フレディ・ハバード、ジョン・コルトレーン、キャノンボール・アダレイの曲
(ジャケットとレーベルはハバードとコルトレーンの曲が入れ違い)をカヴァーした
怒涛のハードバップ。ここで繰り広げられるブラックネスは強烈です。
カマシのブチ切れたブロウに、熱くならないジャズ・ファンはいませんよね。
ハードバップが古めかしく響かないのは、誰からの制約を受けることもなく、
自分たちがやりたい音楽を存分に演奏しているからでしょう。
やがて成長し、ジャズ・シーンにおけるブラック・メシアとなりおおせた彼ら。
その前夜を記録した、歴史的なセッションです。

Ryan Porter "THE OPTIMIST" World Galaxy WG010 (2018)
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