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ジャイヴ・ヴォーカル名盤 スキャットマン・クローザーズ

Scatman Crothers  Rock 'n' Roll with Sact Man.jpg

祝♡ 祝♡ 祝♡
マイ・フェヴァリット・ジャイヴ・アルバム、
スキャットマン・クローザーズの56年トップス盤が、
ようやーっと、まともなフォーマットでCD化されました!
ジョー・キャロルのチャーリー・パーカー盤にエピック盤とともに聴き倒した、
生涯の愛聴盤であります。

「まともなフォーマットで」と書いたのは、
98年に“OH YEAH!” というタイトルで一度CD化されたことがあったんですけれど、
曲順バラバラ、タイトルもジャケットもオリジナル盤無視で、
LPで愛聴していた者には耐えがたいものだったんですよ。
その後、06年にハイドラからシングル曲を集大成した編集盤が出たんですけれど、
トップス盤の曲は一部のみの収録だったんですよねえ。
初めて聴くシングル曲は、すごく嬉しかったんですけども。

というわけで、今回のジャスミン盤は、トップス盤の全12曲を収録したあとに、
48年から56年までの17曲を、ボーナス・トラックとしてクロノロジカルに並べるという
願ってもない編集で、あぁ、待った甲斐がありましたねえ。
ハイドラ盤に未収録の曲が多数収録されたのも、めちゃ嬉しい。
リー・ドーシーの“YES WE CAN” 完全CD化実現の時を思い起こしますねえ。
あの時と同じ感激ですよ。
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2015-09-01

スキャットマン・クローザーズのあけっぴろげな歌いっぷりは、
植木等の「ぶあーっと行こうぜ、ぶあーっと!」に通じる爽快感で、もうたまりません。
しゃがれ声の味わいといったら、これぞ黒人芸能の粋そのもので、
全編スウィンギーな演奏にのせて、熟練の歌いぶりと豪快なスキャットを堪能できます。
なんといっても、ジャンプ・ブルースのノリがサイコー。
急速調の ‘I Got Rhythm’ のカッコよさなんて、
半世紀以上経ってもなお新鮮で、シビれますねえ。

タイトルのロックンロールは、当時の流行にあやかった名ばかりのもので、
中身はジャイヴ/ブルース/ジャズのてんこ盛り。
なんせスキャットマン・クローザーズは、46年にスリム・ゲイラード・トリオに
レオ・ワトソンの後釜ドラマーとして加入した経歴の持ち主ですからね。
30年代半ば、まだ中西部のサーキットを流していた時代には、
同い年のTボーン・ウォーカーとも共演したそうで、
その後一旗揚げようとハリウッドに進出して、最初に組んだトリオには、
なんと18歳のスタン・ゲッツが在籍していたんでありました。

ボーナス・トラックでは、プレスリーの ‘Hound Dog’ を聴くこともできますけれど、
やっぱり本領発揮は ‘Transfusion’ のように、小粋なギターと
スネア・ドラムのブラシで歌ったジャイヴィーな曲の方ですね。

スキャットマンは30~50年代は歌手として活動しましたが、
50年代以降は映画俳優として活躍し、広くは俳優として知られるようになります。
主な出演作に、『ジョニイ・ダーク』(54)、『ならず者部隊』(56)、『ボクサー 』(70)、
『ビリー・ホリディ物語/奇妙な果実』(72)、『カッコーの巣の上で』(75)などがあり、
晩年は『シャイニング』(80)での名脇役としても有名になりました。

テレビ・ドラマの『ルーツ 』や『スタスキー&ハッチ』にも出演していたそうで、
ぼくもそうとは知らずに、スキャットマンを観ていたんだろうなあ。
そうそう、ランディ・ニューマンが映画音楽を手がけた『ラグタイム』(81)でも、
オープニング曲をスキャットマン・クローザーズが歌う予定だったのが、
結局キャンセルになった、なんて話も残っていますね。

ジャイヴ・シンガーとしてのスキャトマン・クローザーズの魅力を
あますことなく詰め込んだ名編集盤、お聴き逃しなく。

Scatman Crothers "ROCK ’N ROLL WITH SCAT MAN" Jasmine JASCD1010
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フェラ・クティのエネルギーを借りて ファルズ

Falz  Moral Instruction.jpg

いきなりフェラ・クティの‘JJD’ が飛び出し、ノケぞり。
のっけからアッパー・カットを食らって、身体は硬直、ボーゼンとしてるところに、
続いて‘Zombie’ が畳みかけてくるんだから、
うおーーーーーーー、こいつぁ、ハンパない。
さらに‘Coffin For Head Of State’ をサンプリングしたトラックまであるじゃないですか!

ナイジャ・ヒップホップのラッパー、ファルズの新作は、
フェラ・クティの遺産を大々的に引用するという、
そんじょそこらの覚悟じゃできないことをやらかした衝撃作。
ジャケットのアートワークも、フェラ・クティの数多くのジャケットを描いた名デザイナー、
ガリオクウ・レミが手がけています。

胸の昂ぶりを抑えるのも大変なアルバムなんですが、
ナイジェリア社会の不正義に、真正面から本気で怒りまくったラッパーは、
イードゥリス・アブドゥルカリームの“JAGA JAGA” 以来なんじゃないでしょうか。
「ナイジェリアは何もかもメチャクチャ」とラップした、
イードゥリスの04年作“JAGA JAGA” のジャケット・カヴァーも、
そういえばガリオクウが描いてましたね。

Eedris Abdulkareem.jpg

冒頭の‘JJD’をサンプリングした‘Johnny’ は、
18年7月に、アブジャでNYSC(国家青年奉仕団)の女性メンバーが
警官に撃たれて死亡した事件に触発されたトラックです。
この事件は、NYSCのミッションをあと数日で終えようとしていた女性メンバーと、
彼女の友人たちが乗っていたオープン・カーが、検問を停止せずに通過したとして、
警官が車に向けて発砲したことで起きたものです。
撃たれた女性は病院に運び込まれたものの、
病院は治療の承認が警察から得られないと治療を拒絶し、
女性は大量出血で死亡、わずか23歳の若さでした。

軍政時代から依然として変わらない、社会の不公正、警察による残虐行為、
政治システムの腐敗、宗教問題の二重基準、富の集中と貧困。
ファルズはこうした社会問題に向き合うために、フェラ・クティの力を借りたのですね。
ナイジャ・ヒップホップがビッグ・ビジネス化したことで、
ソーシャル・メディアからの圧力も高まり、
社会問題や政治的なコメントを避けるラッパーが増えたとも聞きます。
そんななかで、社会問題に舌鋒鋭く対峙するファルズは、
フェラ・クティをサンプルする有資格者といえるでしょう。

フェラの音源を引用したラッパーは、ファルズが初めてではありません。
カーリ・アブドゥのミックステープ“MINISTRY OF CORRUPTION” がありました。
しかし、フェラのスピリットにまで迫って、そのエネルギーを引き出すことができたのは、
ファルズが初めてでしょう。それが出来たのは、
ファルズのエネルギーがそれだけ凝縮され、スパークした証左です。

‘E No Finish’ でのピジン・イングリッシュの滑舌なんて、
フェラの歌いっぷりをホーフツとさせるじゃないですか。
ピジン・イングリッシュ独特のがくがくとしたフロウからは、
なめらかにラップしたんじゃ、若者の胸にメッセージが突き刺さらないという、
ファルズの心意気が聞こえてくるようです。

Falz "MORAL INSTRUCTION" Bahd Guys no number (2019)
Eedris Abdulkareem "JAGA JAGA" Kennis Music KMCD040 (2004)
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オールド・タイム・バンジョー ケリー・ハント

Kelly Hunt  EVEN THE SPARROW.jpg

ゴミやキズがたくさん付いたネガ・プリント。
まるで災害現場に落ちていたかのような、古く退色した写真を演出したジャケットは、
メンフィス生まれ、今はカンザス・シティに暮らすという、
女性シンガー・ソングライターのデビュー作です。

テナー・バンジョーの弾き語りという、シブいアメリカン・フォークのスタイルは、
近年のアメリカーナとはちょっと趣が違っていて、
よりオーセンティックなルーツ志向を感じさせます。
ケリー・ハントの機知に富む歌い口には、ガッツを感じさせるだけでなく、
スウィートさもあって、ボニー・レイットのデビュー当時を思い起こしてしまいました。
これって、新人だけが持つイキの良さじゃないですかね。

ほとんどの曲が、彼女の弾くテナー・バンジョーに、
フィドルやベースが控えめにバックアップするだけというシンプルなつくりで、
太鼓だけをバックに歌う‘Delta Blues’ など、彼女のピュアな歌声が胸に響きます。

ケリーは十代の頃からピアノで曲づくりをする一方、演劇を習い、
大学でフランス語とヴィジュアル・アートを学んでいる時、
100年前に使われていた古いテナー・バンジョーを手に入れ、
独学で弾くようになったのだといいます。
ブルーグラスのような派手な弾き方をしないので、
かつてジョン・ハートフォードが弾いた、オールド・タイム・バンジョーのような
味わいを感じさせます。

モノトーンなサウンドの曲が続くなか、ラスト・トラックの‘Gloryland’ のみ、
オルガンやコーラスも加わったカラフルなサウンドとなっているところが、
アルバムを締めくくるうえで、とてもいい演出になっていますね。
古いゴスペルの味わいにスワンプの香りが漂う、
とても印象的なトラックに仕上がっています。

Kelly Hunt "EVEN THE SPARROW" Rare Bird RBR01 (2019)
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ギュイヤンヌのクレオール・リズム ヴァレリー・ジョアンヴィユ

Valérie Joinville et Les Sapotilles.jpg

フランス領ギアナのCDをあれこれ買ったのは、
ヴァレリー・ジョアンヴィユの80年作がCD化されたのを知ったからでした。
せっかくだから、ほかにも何かないかなと探して、網に引っ掛かったのが、
スフランとフェルミエやヴィクトール・クレだったんですね。

で、そのお目当てのヴァレリー・ジョアンヴィユの80年作、
フランス領ギアナの伝統音楽に関心がある人なら、見逃せない名作なんですよ。
太鼓と歌というシンプルなフォーマットの、
コーラスとのコール・アンド・レスポンスの音楽ですけれど、
トトー・ラ・モンポシーナが好きな人だったら、ゼッタイ気に入りますよ。

フランス領ギアナに伝わるクレオール・リズムには、
カセーコ、グラジェ、レロール、カムゲ、デボ、ベリア、グラジェヴァル、
ジャンベル、ムララ、カラジャ、ジュバなど、数多くのリズムがあります。
このうちヴァレリーは、最初に挙げた6つの代表的なリズムを取り上げた曲を
メドレー形式で歌っていて、各リズムの特徴をはっきり聴き取ることができます。

カムゲとベリアは奴隷時代に遡るワーク・ソングを起源とするリズムで、
ベリアはフルベ(プール)人が伝えたリズムだとのこと。
グラジェとレロールはアフリカとフランスが混淆したリズムで、
グラジェはワルツ、レロールはカドリーユを、
アフリカのテイストでミックスしたリズムです。

グラジェはフレーム・ドラムで演奏され、このリズムで踊られるサロンは、
人々をダンスに招き入れるイントロダクションの役割を果たし、
このアルバムでも1曲目で演奏されています。

デボはセント・ルシア島から伝わったムララが起源のリズムで、
基本パターンはカセーコと変わりありませんが、
歌やソロの場面では違いが出るといいます。

そして、フランス領ギアナを代表する
アフロ=ガイヤネーズ文化が生み出しリズムがカセーコですね。
西隣のスリナムでブラス・バンドと結びつき、
ポピュラー化したジャンル名として有名になりましたけれど、
もとはギュイヤンヌ発祥のクレオール・リズムなのです。

ヴァレリーはギュイヤンヌの伝統音楽を継承するため、
75年にレ・サポティーユを結成し、国内ばかりでなく海外にも招聘されて演奏し、
フランス、イゼール県のモンセーヴルーで開催された
国際フォーク・フェスティヴァルに出演した時に、本ライヴ録音が残されたのでした。
野性味溢れる太鼓のサウンドを生々しく捉えた録音もバツグンなら、
当時44歳のヴィヴィアンの歌声にも華があり、ギュイヤンヌ音楽の名盤となりました。

GUYANE HERITAGE 1ER DEGRÉ.jpg

82歳となった今もヴァレリーは現役で歌い続けていて、
今年リリースされたギュイヤンヌの伝統音楽集でも、
ヴァレリーの歌が2曲収録されていました。
ちなみにこのギュイヤンヌの伝統音楽集では、全16曲中13曲がカセーコ、
ベリアが1曲、カラジャが1曲、デボが1曲と、カセーコがほとんどを占め、
ギターやベースが伴奏に付く曲が多くなっています。

カラフルなギュイヤンヌのクレオール・リズムと、
オーセンティックなパーカッション・ミュージックの良さを双方味わえる
ヴァレリーの80年作は、またとないアルバムです。

Valérie Joinville Et Les Sapotilles "VALÉRIE JOINVILLE ET LES SAPOTILLES" Sun Studio SUN199013 (1980)
v.a. "GUYANE HERITAGE 1ER DEGRÉ" Patawa KK11 (2019)
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ギュイヤンヌのおちんちん ヴィクトール・クレ&ブルー・スターズ

Quéquette des Blue Stars  AN NOU ROULÉ.jpg

ギュイヤンヌのカーニヴァルの季節になると、
仮面をつけ着飾ったダンス・パーティーが、
首都カイエンヌのあちこちのダンスホールで行われるんだそうです。

カイエンヌでもっとも有名なダンスホール、ル・ソレイユ・レヴァン=シェ・ナナを所有する
ヴィクトール・クレは、彼のバンド、ブルー・スターズとともに、
カーニヴァル・シーズンを盛り上げるのに、なくてはならない人気歌手。
ブルー・スターズは、今年でバンド創立50周年を迎えたヴェテラン・バンドで、
今年のカーニヴァルは、さぞ盛り上がったんでしょうねえ。

近作がすべて売り切れだったのは、売れっ子の証拠なのかな。
ゆいいつ10年作の在庫があったので、
スフランとフェルミエの兄ちゃんコンビと一緒に買ってみました。

コンパから始まるこのアルバム、レパートリーはマズルカが多く、
ビギンももちろんやっていて、クレオール・ポップ満開のアルバムです。
フランス領ギアナのポップスらしい。
打ち込み不使用・生演奏保証の総天然色サウンドで、
サックスの鳴りも痛快なら、バンジョーらしき音もカクシ味で利いています。
ヴィクトール・クレも、エンタテイナーらしい吹っ切れた歌いぶりを聞かせてくれますよ。

ところで、ジャケットにも大きく掲げられているヴィクトールのニックネーム、
Quéquette とは、なんと、おちんちん(!)。
地元民から愛情込めてそう呼ばれているそうですけれど、
名付ける方も、それを受け止める方も、スゴいなギュイヤンヌ人。

Victor “Quéquette” Clet des Blue Stars "AN NOU ROULÉ!" Vhc Studio OBFS24 (2010)
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ギュイヤンヌのカーニバル スフラン・ケ・フェルミエ

Souffrans Ké Fermier  TCHIMBÉ POSON.jpg

フランス領ギアナの音楽というと、
マルチニークの音楽をイナタくしたという印象が強いんですけれど、
スフランとフェルミエというコンビの新作なんて、まさにそのもの。

ギターのカッティングや、ぴちぴちと弾けるリズム・セクションを聴いていると、
ラ・ペルフェクタとかパカタクといったあたりの
80年代マルチニークの伝統ポップ・サウンドが思い浮かんで、
なんだか懐かしくなりますねえ。

ちょっと古い感じのシンセの音色にも、和んでしまいますよ。
サックスとトロンボーンの2管が舞う生音サウンドも、嬉しいじゃないですか。
主役の二人を囃すコーラスがまた、サウンドを一層楽しくしています。
どこまでもハッピーで、哀愁だとか、憂いなんて、みじんもない音楽ですね。

お子様向けなジャケット・デザインは、
どうやらタイトル曲「魚を捕まえろ」をヴィジュアル化したもののよう。
そのタイトル曲のYouTubeを観ると、
二人が川や海で漁をしたり、市場でさばいた魚を売ったりという、
日常生活感たっぷりのヴィデオで、近所の兄ちゃん的な雰囲気そのものですね。

いずれもカーニヴァル向けのアッパーな曲ばかりで、
カラオケ用のインスト・ヴァージョン2トラックを含む全7曲を収録。
カラフルな仮装衣装で飾られたギュイヤンヌのカーニヴァルのスペクタクルが、
目の前を通り過ぎていくのを目撃するかのようで、
あっという間に終わってしまう短さに、
どこか夢うつつの幻を見たかのような思いを覚えます。

Souffrans Ké Fermier "TCHIMBÉ POSON" Patawa KK12 (2019)
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芳醇なオールディーズ・ルンバ ウタ・マイ

Wuta Mayi  LA FACE CACHÉE.jpg

な~んて芳醇なルンバ・コンゴレーズなんでしょうか!
グッド・オールド・デイズなサウンドに、身も心もトロけます。

コンゴ音楽史上最高の名門楽団TPOKジャズに74年に入団し、
フロント歌手の一人として活躍したヴェテラン歌手、ウタ・マイの新作です。
前回のランバート・カバコの遺作にも、ウタ・マイはコーラスに加わっていましたけれど、
ソロ・アルバムはいつ以来ですかね。ウン十年ぶりなんじゃないのかしらん。

TPOKジャズ以降のウタ・マイのキャリアを振り返ると、
コート・ジヴォワールのプロデューサーによって編成された
レ・カトル・エトワールで、82年から96年まで活動していましたね。
レ・カトル・エトワールは、美声歌手として名をはせたニボマに、
ギタリストのシラン・ムベンザ、ベーシストのボポール・マンシャミナに
ウタ・マイの4人でしたけれど、このうちボポールを除く3人が、
00年にイブラヒム・シラが仕掛けた
コンゴ音楽リヴァイヴァル・プロジェクトのケケレへと合流します。

こうして考えると、ウタ・マイやニボマは、ルンバ・ロック以降のトレンドにのることなく、
古き良きルンバ・コンゴレーズの味を保った音楽をやり続けてきたんですね。
それがけっしてマンネリにならなかったのは、昔のスタイルをただなぞるのではなく、
サウンドにさまざまな工夫を凝らした、プロデューサーの力が大きかったように思います。

特にケケレの場合は、ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブのブームに押されて、
ヴェテランたちの音楽に目を向けられたことが追い風となりました。
ウタ・マイの本作も、まさにそんなレ・カトル・エトワールからケケレの活動で
得たナレッジが、サウンド・プロダクションに生かされているのを感じます。

まず、耳をそばだてられるのが、アコーディオンの起用。
60年代のカミーユ・フェルジを思い起こされずにはおれないわけで、
優雅なルンバにアコーディオンの響きは、もう絶妙というほかありません。
せっかくヴェテランが昔懐かしいルンバを歌っても、
バックのシンセサイザーが興ざめになることもしばしばなので、
このアコーディオン起用は大正解ですね。

ニボマを筆頭とするコーラス隊の美しいハモリにも、うっとりさせられます。
そして、サックスとトランペットのルーズなサウンドにも頬が緩みます。
ぴたっとは合わない、ばらけたホーン・セクションが、
60~70年代コンゴ音楽のテイストを伝えるかのようで、嬉しくなります。

そんな大らかなサックスと甘いエレクトリック・ギターが活躍する‘Trop C’est Trop’ は、
3-2のクラーベがなんともスウィンギー。
アクースティック・ギターとフルートを効果的に使った、
アンプラグドなルンバの‘L’union Forcée’ なんて、
ケケレの経験を生かした好トラックでしょう。
70近い年齢を感じさせないウタ・マイのなめらかなヴォーカルは、まさに円熟の極み。
ヴェテランでしか成しえない素晴らしいアルバムです。

Wuta Mayi "LA FACE CACHÉE" Debs Music no number (2019)
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ルンバ人生を総括して ランバート・カバコ

Lambert Kabako.jpg

ランバート・カバコは、コンゴ共和国の名門楽団レ・バントゥー・ド・ラ・カピタールで、
45年以上フロントを務めたシンガー。
そのランバートの初ソロ作にして、遺作となったアルバムが届きました。

ランバート・カバコは、48年ブラザヴィルの生まれ。
59年に結成されたコンゴ共和国を代表する名門楽団、
レ・バントゥー・ド・ラ・カピタールに72年に入団し、
‘Osala Ngai Nini’‘Lokumu Na PCT’ などのヒットで看板歌手となりました。
昨年、レ・バントゥー・ド・ラ・カピタール結成60周年に向け、
記念コンサートの計画が動き出した矢先の6月23日、突然ランバートが急死し、
バントゥーの関係者ばかりでなく、大勢のファンに衝撃が走りました。

本作は、ランバートが亡くなるわずかひと月前にリリースされたもの。
ここ数年書きためていたという、全曲未発表の自作曲を歌った意欲作で、
その歌声も老いを微塵も感じさせない、たいへんな力作です。
ゆったりとしたルンバで聞かせる甘い歌い口などは、
ラヴ・ソングの巧者と呼びたくなるほどですよ。

ヴェテランらしい余裕を醸し出す歌いぶりで、ダンス・パートのセベンでは一転、
力のある歌いぶりを聞かせて、その振り幅の大きなヴォーカル表現にウナらされました。
こんなに元気に歌っていたランバートが、
70歳で急逝してしまったなんて、信じがたいですね。

トランペットとトロンボーンのホーン・セクションに、
ドラムスとベースの人力リズム・セクションのコンビネーション、
そこにギターとシンセが加わったアンサンブルが優雅にスウィングして、
黄金時代のルンバ・コンゴレーズを蘇らせます。
これを極上と言わず、なんと言いましょうか。

タイトル曲のサルサも、すごくいい仕上がり。
カチャカチャと金属的な響きを鳴らしている打楽器は、ナイフでしょうか。
耳新しい響きが、とても新鮮なサウンドを生み出しています。

歌手人生を見事に総括してみせた素晴らしい力作、
ランバートが最期に遺した傑作です。

Lambert Kabako "WALAÏ" Cyriaque Bassoka Productions no number (2018)
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シカゴのニュー・ジェネレーション・ジャズ・グルーヴ レザヴォア

Resavoir.jpg

カーテンを開けて、ぱあっと朝の光が差し込むすがすがしさ。
小鳥のさえずりが聞こえてくるなか、
女性のハミングにストリングスが織り成す、柔らかなサウンド・テクスチャー。
ムーンチャイルドを思わせるオープニングのイントロに、心をつかまれました。
シカゴの新世代ジャズ・レーベル、インターナショナル・アンセムから登場した
6人組バンド、レザヴォアのデビュー作です。

思わずムーンチャイルドを連想したように、
サンプリングやループと生演奏とのブレンド具合が絶妙で、
キャッチーなメロディで惹きつけて、アブストラクトなラインを動かしながら、
さまざまな楽器がレイヤーしてサウンドを作っていく、
楽曲構成とアレンジの上手さにヤられちゃいました。

スムースな音の流れのなかで、サックスがおおらかにブロウし、
やがて管楽器が入り乱れて即興を繰り広げたあと、
ギターとウーリッツァーが新たな表情をサウンドに付け加える‘Resavoir’。
ゆったりとうねる波間を行く船のようなグルーヴが、なんという心地よさでしょうか。

‘Plantasy’ は、ストリングス・オーケストレーション(ポスト・プロダクション?)と、
ホーン・セクションのパートを組み入れた壮大なサウンドトラック。
ハンドクラッピングの印象的なビートで始まる‘Clouds’ は、
じっさいこんなに速い3連のクラップはできっこないから、
サンプリングなんでしょうけど、
そのリズムの上にホーンやギターが折り重なるという、
サウンド・スケッチの鮮やかさに舌を巻きます。

わずか30分に満たないアルバムながら、
これほど緻密に設計されたサウンド・デザインは、
昨今のラージ・アンサンブルに通じるものを感じます。
リーダーのトランペッター、ウィル・ミラーの
作曲・アレンジ・プロデュース能力に要注目ですね。

Resavoir "RESAVOIR" International Anthem Recording Co. 0026 (2019)
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フレッシュなモーダル・ジャズ アレックス・シピアジン

Alex Sipiagin Nofo Skies.jpg

こういうシリアスなモーダル・ジャズを聴くのは、ひさしぶりかも。
クリス・クロスでずっとリーダー作を出していた
トランペッターのアレックス・シピアジンが、
新たにブルー・ルーム・ミュージックから出した新作です。

クリス・クロスじゃありえない、現代的なセンスのあるジャケットがいいですねえ。
「ジャズ保守」を絵に描いたクリス・クロスのジャケット・デザインが
どうにも好きになれないので、新作ジャケットはめちゃくちゃ好感持てます。

メンバーは、クリス・ポッター(ts)、ウィル・ヴィンソン(as)、
ジョン・エスクリート(p, key)、マット・ブリュワー(b)、
エリック・ハーランド(ds)という、クリス・クロス時代からのおなじみのメンバー。
60年代の新主流派よろしく、菅の合奏テーマで始まり、メンバーのソロ回しの後、
テーマに戻るといったオーセンティックなコンポジションに、
すごくひさしぶりといった感触があったんですけれど、
けっして60年代回帰ではなく、現代のジャズとしてフレッシュな響きを持っています。

アレックスのリーダー作ながら、メンバーにソロのスペースを均等に配分していて、
メンバーの技量をたっぷりと堪能できる作品となっているんですね。
アレックスの完成度の高いコンポジションともども、聴き応え十分であります。
アレックスの超絶テクも、アグレッシヴに迫るばかりではなく、
スローでのフリューゲルホーンのストイックな演奏ぶりなど、
キャリアを重ねた余裕を感じさせるプレイにウナらされます。
長年共演しているクリス・ポッターとのあうんの呼吸も、完璧ですね。

エレクトロニック・ミュージックからフリーまで、
振り幅の広いプレイをするジョン・エスクリートとの相性も良く、
ハービー・ハンコックを思わすアクースティック・ピアノや、
アヴァンギャルドに迫るキーボード・プレイなど、
コンテンポラリーなサウンドに貢献しています。

アルバムのフックとなっている女性ヴォーカリストを起用したトラックでは、
メカニカルな複雑なラインをヴォーカリーズしているんですけれど、
ヴォーカリスト自作の曲では、ネオ・ソウルな表情を見せているところがイマっぽいですね。

エリック・ハーランドの細かくビートを割ったドラミングも現代的といえ、
インタールードの短いトラックで叩く、
アフリカン・リズムを参照したパーカッション・プレイも、
モーダル・ジャズ旧世代にはなかったリズム・アプローチです。

新世代のジャズのイキオイも借りて、モーダル・ジャズも元気になったというか、
めちゃくちゃ刺激的でフレッシュな1枚で、絶賛愛聴中であります。

Alex Sipiagin "NOFO SKIES" Blue Room Music no number (2019)
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トラディショナルでフューチャリスティックなエレクトロニック・マロヤ

DIGITAL KABAR.jpg

レユニオンのエレクトロニック・マロヤについては、
以前ラベルのデビュー作を取り上げたことがあります。
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2016-03-07

ラベルは「マロヤ・エレクトロニクス」を標榜していましたけれど、
マロヤだけでなく、もっと幅広いクロス・カルチュアルな音楽性を持っていて、
そこに注目したんですけれど、このアルバムは、マロヤど真ん中といった
「エレクトロニック・マロヤ」の名にふさわしいトラックがコンパイルされています。

エレクトロニック・マロヤのDJジャコ・マロンがリミックスした
パトリック・マナンのオープニング曲は、前半エレクトロ、後半生音という仕掛け。
後半の打楽器とコーラスのコール・アンド・レスポンスになっても、
エレクトロがいつ消えたのかわからないくらい、
シームレスに繋がっているところがミソ。

インド洋音楽のエレクトロニック・ミュージックの新進レーベル、
ババニ所属のブーグズブラウンのトラックは、
モザンビークの木琴ティンビラのダンス・リズムとかけ声に、
生のパーカッションとエレクトロニック・ビートを幾層にもレイヤーして、
アフロ色をぐっと濃くしているところがスゴイ。
エレクトロが伝統要素を倍化させて、漆黒のグルーヴを生み出しています。

パリのアフロ・エレクトニック・レーベル、マウィンビ所属の
ロヤことセバシチャン・ルジュンヌの‘Malbar Dance’ は、
マロヤに溶け込んでいるタミール音楽の成分をぐっと表に出しています。
マロヤのトランシーなビートに、タミール人男性歌手の浮遊するヴォーカルを絡ませ、
親指ピアノをカクシ味に使っているところも聞き逃せませんね。

パーカッションの生音と打ち込みが交錯するビートが、
ニュアンス豊かなグルーヴを生み出しているところがいいんです。
オール・エレクトロなトラックもなかにはあるんですけど、
ビートが幾重にも交差する複雑なリズムを作っているところは、
さすがレユニオン人!といった感じ。
あ、でも、アルバム最後に置かれた単調な四つ打ちハウスのJ=ゼウスのトラックと、
クワルドの純然たるエレクトロは、マロヤ要素皆無で蛇足感は拭えず。

ジスカカンと並びマロヤをモダン化した立役者のひとり、
チ・フォックの初期85年作の曲や、
サルム・トラディシオンの05年作の曲をリミックスしたトラックもあり。
サルム・トラディシオンは、フランスのコバルトから世界デビューする以前、
レユニオン地元のレーベルに制作したデビュー作で、
ディレイ・マシンを効果的に使っていたのが印象的でした。
エレクトロニック・ミュージックに接近するかと少し期待していたんですけれど、
コバルトではそういう試みをせず、残念でした。

タイトルの「カバール」とは、マロヤを演奏し、人々がダンスすることで、
レユニオン文化が共有される「場」のことだそうです。
現代のダンスフロアで共有されるのが、デジタル・カバールというわけですね。

Patrick Manent, Boogzbrown, Loya, Jako Maron, Ti Fock, Agnesca, Zong, Labelle, Salem Tradition and others
"DIGITAL KABAR: ELECTRONIC MALOYA FROM LA REUNION SINCE 1980" InFíne IF1052
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ムーリッシュ・エレクトロ アフメドゥ・アフメド・ロウラ

Ahmedou Ahmed Lowla.jpg

サヘル・サウンズの新作は、モーリタニアのシンセ奏者のソロ・アルバム。
相変わらずのサヘル・サウンズの悪弊で、CDには曲名しか載っておらず、
解説もクレジットもまったくなし。レーベル・サイトを見てもロクな情報は載っておらず、
かろうじてバンドキャンプの解説に、父親が有名なティディニート奏者である
音楽一家の生まれ、という一文があるので、
イガウィン(ムーア人のグリオ)出身の音楽家だということがわかります。

シンセサイザーとパーカッションによって演奏されるこのインスト音楽は、
バンドキャンプの解説によれば、モーリタニアでWZN(何の略?)と呼ばれていて、
街中、タクシーなどでガンガンかけられている人気のポップ・ミュージックなんだそう。
なかでもアフメドゥ・アフメド・ロウは、このジャンルの大スターで、
ラヌアクショットのパーティーや結婚式で引っ張りだこといいます。

聴き始めは、80年代初めのオラン産ポップ・ライみたいな、
チープなシンセ・サウンドかとも思ったんですが、
聴き進むうちに、しっかりとアレンジされ、練られた構成のサウンドに
すっかり感心してしまいました。いやぁ、音楽性高いぞ、この人。
初期ポップ・ライみたいな手癖のフレーズを垂れ流してたシンセとは大違いです。

アフメドゥ・アフメド・ロウラがシンセで演奏しているのは、
欧米のコピー音楽などではなく、ムーアの伝統音楽そのもの。
「カル」「レブテイト」といった曲名に表わされているとおり、
ムーア音楽の旋法ブハールに沿った演奏をしています。

伝統音楽にはなかった新たなハーモニーを加えて、
歌や合唱のメロディをさまざまな音色でレイヤーさせつつ、
伝統楽器のティディニートをエレクトリック・ギターに置き換えたサウンドも、
シンセで模しています。

ムーア音楽の本質をなんら歪めることなく、
ダイレクトにエレクトロニックなサウンドに変貌させたところがすごく新鮮で、
現地で大受けというのもよくわかります。
なんでもギリシャのシンセ奏者ヤニーの影響を受けたとのことで、
YouTube のライヴ・パフォーマンスなどを観ると、なるほどと思わせます。

Ahmedou Ahmed Lowla "TERROUZI" Sahel Sounds SS054 (2019)
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コンゴ独自のルンバ誕生史物語

Early Congo Music.jpg

『パームワイン・ミュージック・オヴ・ガーナ』から2年。
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2017-08-27
ついに出ました! コンゴ・ポピュラー音楽黎明期のヴィンテージ録音集。
深沢美樹さん所有のSPコレクションから選曲、
健筆もふるった48ページの日本語解説(プラス全文英訳!)付きという、
世界中のアフリカ音楽ファンが瞠目する2枚組ボックスです。

アフリカ全土に影響を及ぼしたコンゴ生まれのルンバがどのように誕生したのか、
それは長い間ベールに包まれたままでした。
コンゴで誕生した独自のルンバが50年代以降発展していく姿は、
ドイツのポピュラー・アフリカン・ミュージックやベルギーのクラムド・ディスクが
優れた編集盤を出していましたけれど、それより以前の40年代録音は
ウェンドの大ヒット曲「マリー=ルイーズ」1曲を除き、
ずっと未復刻のままだったからです。

今回深沢さんは、その知られざる40年代録音から復刻するというので、
大期待していたんですけれど、ディスク1冒頭1曲目でもう、快哉を叫んじゃいました。
コンゴで初めて「ルンバ」と記されたというその音源、
なんとブラス・バンドじゃないですか。
オルケストル・オデオン=キノワ名義のその2曲から、
これぞアフリカ・ポピュラー音楽史の醍醐味と、ウナりましたよ。

「コンゴ・ポピュラー音楽の父」と呼ばれる、
ウェンドのギター弾き語りスタイルに代表されるとおり、
歴史は素朴なギター弾き語りから始まった、な~んて思いがちじゃないですか。
でも、アフリカ大衆音楽の歴史を少しカジっている人なら、
ぜんぜんそうじゃないことは、ご存じですよね。
ゴールド・コースト(現在のガーナ)やナイジェリアしかり、南アしかりです。

はじまりは軍楽隊がもたらしたブラス・バンドであり、ミッション系合唱の賛美歌であり、
アフリカのブラックネスとはほど遠い、<白い>音楽がそのスタートだったのです。
その演奏も<素朴>どころか、模範とする西洋音楽の洗練をしっかりと獲得したもので、
じっさいこの冒頭の1曲目でも、対位法のアレンジを用いた
見事なブラス・アンサンブルを聴くことができます。

その後は、西アフリカのパームワイン音楽に影響されて誕生したという
ギター音楽のじっさいを聴くことができるんですが、
20年代に西アフリカの労働者たちがもたらしたギター・スタイルの痕跡が
くっきりと表れているのには、興奮させられましたねえ。

ゲイリー・スチュアートの著書などで、西アフリカのパームワイン音楽の影響が
コンゴ音楽黎明期にあったとは知っていても、
具体的な音資料で聴くことができないものだから、いまひとつピンとこなかったんですよ。
だって50年代以降の録音を聴くと、
ルンバの独自のギター・スタイルがもう出来上がっていて、
そこにはパームワインの影響など、微塵も感じられなかったからです。
ウェンドの48年録音だって、そのギターにパームワインの影は感じられませんでした。

しかし、ここに収録されたデ・サイオの46年録音や
コジア・アレクサンドルの46-47年録音、レオン・ブサカの48-49年録音、
オリヴェイラの50年録音などを聴くと、いずれも20年代のパームワイン音楽の
ギター・サウンドと共通している点が聴き取れます。
それは、クワメ・アサレのような前のめりにつんのめるビート感を持つ、
デルタ・ブルース的なサウンドとはまた違ったギター・スタイルです。

特に、低音弦がステデイなベース音を鳴らし、せわしないアルペジオを奏でるところは、
20年代のジョージ・ウィリアムス・アインゴなど、
ファンティ人やガ人のパームワイン・ギタリストたちと共通するフィンガリングで、
同時代アメリカのイースト・コーストの
ラグタイム系ブルース・ギタリストさえ想起させます。
これには思わず、なるほどぉ、とウナらずにはおれませんでした。
ようやく積年の謎が解けた思いですよ。

これがやがて、ディスク1のラストを飾るジミーの51年録音では、
アニマシオンまで聞ける、後年のコンゴ独自のルンバ完成型を聴くことができます。
ちなみにこの曲、フランス、ブダが先日出した編集盤
“NOSTALGIQUE KONGO: RUMBAS LINGALA, SWAHILI, KIKONGO & DOUALA
1950-1960” に収録され、タッチの差で世界初CD化の栄誉を譲りましたけれど、
本盤の方がヴォーカル、ギターともに輪郭がくっきりとしたガッツのある音質で、
マスタリングでは勝ちましたね。

ディスク1のことばかり書いちゃいましたけれど、
ディスク2に移ると、コンゴ独自のルンバがもう全面展開。
ゴツゴツとしたベースに、粘るオルガンもヘヴィーな黒光りするサウンドの、
55年の6・7曲目のアフリカン・ジャズなど、もう失禁ものでしょう。
コンゴ独自のルンバ誕生の歴史物語を鮮やかに描いてみせた作品、マスターピースです。

v.a. 「EARLY CONGO MUSIC 1946-1962: FIRST RUMBA, TO THE REAL RUMBA」 El Sur 009
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クロンチョンの生まれ故郷で クロンチョン・トゥグー

Krontjong Toegoe  DE MARDIJKERS.jpg

クロンチョン・トゥグー? そんなクロンチョン楽団があるの?
クロンチョン発祥の地トゥグーのクロンチョン楽団といえば、
由緒あるオルケス・クロンチョン・カフリーニョ・トゥグーが有名ですけれど、
クロンチョン・トゥグーという楽団名は、初耳です。

調べてみると、オルケス・クロンチョン・カフリーニョ・トゥグーの
チェロ奏者だったアレンド・J・ミッシェルが、88年に結成した楽団とのこと。
アレンド・J・ミッシェルは、かつての解放奴隷(トゥグー集落の住民)の末裔たちの
絆を深めるため、76年にコミュニティ組織を設立し、
さらに若い世代へ伝統音楽を継承するために、クロンチョン・トゥグーを結成したとのこと。
93年にアレンドが死去した後は、息子のアンドレが楽団リーダーを継いだそうです。

トゥグーのクロンチョン楽団は、70年代になると、
オルケス・クロンチョン・カフリーニョ・トゥグー
ただひとつになるまで衰退してしまいますが、
アレンドたちの努力によって、若手音楽家の育成が図られ、
現在オルケス・クロンチョン・カフリーニョ・トゥグー、クロンチョン・トゥグー、
クロンチョン・ムダ=ムディ・コルネリスの3つのグループが活動しているそうです。

で、このクロンチョン・トゥグー、いいじゃないですか。
真面目な伝統保存一辺倒なのかと思いきや、
風通しのいい演奏ぶりで、とても自由なんですよ。
伝統保存に足を縛られることもなければ、型を守るあまり窮屈となることもなく、
伸び伸びと演奏しているのが伝わってきて、嬉しくなります。

もちろん、クロンチョンの伝統形式に沿った演奏ではあるものの、
洒落たブリッジを挟み込んだり、
ヴァイオリンを多重録音して柔らかなハーモニーを作ったり、
ギターのちょっとしたトリッキーなプレイでユーモラスな場面を付け加えたりと、
自然なヘッド・アレンジで生まれたアイディアが、ふんだんに盛り込まれています。

優雅なワルツの‘Oud Batavia’ や、
若い女性歌手が歌う‘Mardijkers’ のしっとりした味も格別。
全体にアマチュアぽさが貫かれているところもこの楽団の良さで、
ローカルな味わいに溢れています。
クロンチョンの生まれた原点が、そのまま息づく姿をパッケージした得難い作品です。

Krontjong Toegoe "DE MARDIJKERS" Gema Nada Pertiwi CMNP438 (2018)
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トゥアレグのゴッドマザー バディ・ララ

Badi Lalla.jpg

ティナリウェンの”LIVE IN PARIS” にフィーチャーされた、
伝説のトゥアレグ人女性歌手バディ・ララ。
80歳にしてリリースされた初アルバムです。
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2016-01-09

アルジェリア南部、ニジェール国境に近い町
イン・ゲザムで37年に生まれたバディ・ララは、
10歳の時から母親とともに、ティンデが催される祝祭の場で歌ってきた大ヴェテランで、
60年代にトゥアレグのミューズとして人気を博した人です。
70~80年代には、テイナリウェン同様、
トゥアレグの民族意識を高める文化的アイコンとなって、
トゥアレグのゴッドマザー的な役割を果たします。

アルジェリアやマリの若いトゥアレグ人ミュージシャンたちと積極的に共演し、
90年に15人の男女からなるグループを率いてヨーロッパをツアーするなど、
海外でも知られる存在となりました。
そんな伝説的存在のバディ・ララの初アルバムでは、
太鼓(ティンデ)と手拍子とお囃子のみで歌われる伝統的なティンデと、
ギター・バンドを加えた、いわゆる「ギター・ティンデ」と呼ばれるスタイルを織り交ぜて
歌っていて、ギター・ティンデの伴奏は、イムザードが務めています。
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2013-08-30
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2014-07-28
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2017-02-24

ティナリウェンのライヴでも披露された、
チャントを唱えるドローンのようなお囃子をバックに、
バディ・ララが詩を吟じるのですけれど、
単調な反復だけでできている曲が退屈しないのは、
歌と手拍子とバンドのリズム・セクションが生み出す、
ポリリズムの豊かなニュアンスゆえですね。

微妙にズレる手拍子や、お囃子の男女の異なる声がレイヤーされるところに、
ティンデの味わいがあるといっても、過言じゃありません。
ゆるい独特のグルーヴは、催眠的なトランスを招き寄せる魅力があり、
アルバム中盤で3曲続けて歌われる伝統的なティンデに、
それはひときわ強く表われています。

トゥアレグ女性の歌のレパートリーには、昼間の祝祭で歌われるティンデともうひとつ、
夜に若い女性が将来の伴侶を見つけるために歌う、イスワットというものがあるそうです。
トゥアレグ版歌垣みたいなものなのでしょうかね。

イスワットは、男性が低音でずっと唸るように歌う
イシガダレンと呼ばれる合唱をバックに、女性が詩を吟じるもので、
ティナリウェンのライヴの曲がまさにそれに近いものでしたね。
曲名は‘Tinde’ となっていましたけれど、
ティンデとイスワットって、どういうふうに聴き分けるんだろう?

Badi Lalla "IDI YANI DOUHNA" Padidou CD783 (2017)
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『バイーアのサンバ』と『サンバのバイーア』 ギガ・ジ・オグン、ヴァルミール・リマ、セウ・レジ・ジ・イタプアーン

Guiga De Ogum, Walmir Lima & Seu Regi De Itapuã.jpg   Riachão, Batatinha e Panela.jpg

バイーアの3人のヴェテラン・サンビスタが集まり、
各自4曲ずつ持ち寄って歌ったサンバ・アルバム。
この企画の下敷きとなったのが、73年にフォンタナから出た
バイーアの重鎮サンビスタ3人、リアショーン、バタチーニャ、パネーラによる
“SAMBA DA BAHIA” だというのだから、嬉しいじゃないですか。

“SAMBA DA BAHIA” は、ぼくもさんざん愛聴したバイーアのアフロ・サンバの名盤。
リアショーンの野性味たっぷりなマランドロ気質をうかがわせる歌いっぷりと、
対照的にバタチーニャの哀愁味のある繊細な味わいなど、
リオとは違うバイーアの闊達なサンバをとことん味わえるアルバムです。

リアショーンもバタチーニャも本作が初アルバムで、
パネーラにいたっては、このアルバム以外の録音を聞いたことがないという
極端に録音が少ない人たち。
いまだ未CD化というのも、この名盤が忘れられている証拠と思っていましたが、
こんな企画が立てられて新たなサンバ・アルバムが制作されるとは、
神様はちゃんといるんだななんて、不信人者のぼくでも思っちゃいますね。

ギガ・ジ・オグン、セウ・レジ・ジ・イタプアーンという人は初めて知りましたが、
ヴァルミール・リマは、リアショーンやバタチーニャたちとも一緒に歌ったサンビスタで、
その作品はベッチ・カルヴァーリョやフンド・ジ・キンタルなどもよく取り上げていました。
ヴァルミールのコクのあるノドは、さすがヴェテランの味わいといえます。
ギガ・ジ・オグンのあけっぴろげな歌いっぷりは、庶民的な雰囲気いっぱいだし、
低音のセウ・レジ・ジ・イタプアーンの歌声も温かみがあって、
ときどき音程が怪しくなるあたりも微笑ましくて、憎めません。

‘SAMBA’ と ‘BAHIA’ をひっくり返したタイトルも、
かつてのバイーア・サンバ名盤へのリスペクトに溢れた
サンバ・ファン必聴の名作誕生です。

Guiga De Ogum, Walmir Lima & Seu Regi De Itapuã "BAHIA DÁ SAMBA" Kyrios KYRIOS3426-18 (2018)
[LP] Riachão, Batatinha e Panela "SAMBA DA BAHIA" Fontana 6470.506 (1973)
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バイーアの新人サンフォネイロ ジュニオール・フェレイラ

Junior Ferreira  CASA DE FERREIRA.jpg

バイーアらしいアフロ・リズムにのせて、
ヴォイス・パーカッションの多重録音で始まる冒頭からぐぐっと引き込まれる、
バイーア出身の新人サンフォネイロ(アコーディオン奏者)のデビュー作。
続いて、バイオーンのリズムにのせてアコーディオンがすべり込んでくるところで、
もうツカミはオッケーというか、前のめりになるしかありません。
途中、ギターがジャジーな速弾きを繰り出すところで、降参です。

アコーディオンの腕前は確かで、随所で聞ける軽やかな運指やリズム感に、
技量の高さがはっきりとわかります。
自作曲のショーロ‘O Pó da Rabióla’ や、
ガロートの名ショーロ‘Jorge do Fusa’ での歌ゴコロいっぱいのプレイにも、
それはよく表れていますね。

本人が歌うシロウトぽい素朴な歌い口も、味わいがありますよ。
ナザレー出身のサンビスタ、ロッキ・フェレイラ作の‘Dona Fia’ で聞かせる
温かなヴォーカルは、ロッキ・フェレイラのオリジナルを凌ぐ仕上がりじゃないですか。
MPBのセンスを十分に発揮したサウンド・プロダクションにも、
音楽性の高さが発揮されています。

ラストのフレーヴォ‘Dona Fia’ まで、北東部の多彩なリズムを活かしながら、
確かなテクニックで聞かせたサンフォーナの快作。
ドミンギーニョスに師事して、ジルベルト・ジルやイヴェッチ・サンガロなどに
引っ張りだことなっている新進アコーディオニスト、
メストリーニョの良きライヴァルとなる、頼もしい新人の登場です。

Junior Ferreira "CASA DE FERREIRA" Aruwá Produções 2018781165 (2018)
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タラフ・ドゥ・ハイドゥークスの先達 タラフル・ディン・クレジャニ

Taraful Din Clejani  CLEJANI DE ALTĂDATĂ  1949-1952.jpg

写真家の石田昌隆さんが、00年12月にルーマニアのクレジャニ村を訪れ、
タラフ・ドゥ・ハイドゥークスの写真を撮った時のことを書かれた
フェイスブックの記事を読んでいて、気になる記述を見つけました。

ベルギーの作曲家ステファーヌ・カロがタラフ・ドゥ・ハイドゥークスを発見したのは、
88年のオコラ盤『クレジャニ村の楽師たち』がきっかけでしたけれど、
それよりもずっと昔に、ルーマニアの国営レコード会社のエレクトレコードが、
クレジャニ村の楽師たちの音楽を録音していたと、石田さんが書かれていたんですね。

その録音は49年と52年に行われたもので、07年になってその音源が
ルーマニアの民族音楽学者マリアン・ルパシュクによって編集され
CDリイシューされたとあり、そのCDタイトルも書かれていました。
こんな記事を読んだら、手に入れるっきゃないじゃないですか。
さっそくルーマニアから取り寄せましたよ。

届いたのは、簡素なペーパー・スリーヴのCD。
音楽学者がコンパイルして国営レーベルから出したものだというから、
てっきり充実した解説付きのCDが届くとばかり想像していたので、これにはがっかり。
というわけで、文字情報は得られませんでしたが、
ハイドゥークスの先人たちの音楽を聴くことができました。

タラフ・ドゥ・ハイドゥークスとまったくかわらない、
祝祭感いっぱいの奔放な演奏ぶりが圧巻です。
生命力あふれる歌いぶりに、なるほどハイドゥークスは
この村の伝統を忠実に継承してきたんだなということが、よくわかります。

Taraf De Haïdouks  HONOURABLE BRIGANDS, MAGIC HORSES AND EVIL EYE.jpg   Taraf De Haïdouks  DUMBALA DUMBA.jpg

じっさい、このCDに収録された歌曲の‘Săbărelu’ は、ハイドゥークスの94年作
“HONOURABLE BRIGANDS, MAGIC HORSES AND EVIL EYE” で聞けるほか、
高速ダンス・チューンの‘Brâu’ も98年作“DUMBALA DUMBA” で聞け、
編成の違いがあるとはいえ、その演奏ぶりに半世紀近い開きを感じさせないのだから、
スゴイです。強烈なスピード感は、昔からずっとそうだったんですねえ。
音質がめちゃくちゃ良いせいで、なおさら古さを感じさせません。

91年のデビュー作でタラフ・ドゥ・ハイドゥークスに圧倒されたぼくには、
その後世界各国で引っ張りだこになるにつれ、
超絶技巧を売り物するケレン味が強くなっていくのに、食傷気味となりました。
いまでもタラフ・ドゥ・ハイドゥークスの90年代のアルバムに一番愛着があるせいか、
このタラフル・ディン・クレジャニの演奏は、ぼくにはとても美味であります。

Taraful Din Clejani "CLEJANI DE ALTĂDATĂ 1949-1952" Intercont Music no number
Taraf De Haïdouks "HONOURABLE BRIGANDS, MAGIC HORSES AND EVIL EYE" CramWorld CRAW13 (1994)
Taraf De Haïdouks "DUMBALA DUMBA" CramWorld CRAW21 (1998)
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季節はずれのクリスマス・アルバム ジュリア・ブトロス、マジダ・エル・ルーミー

Julia Boutros  MILADAK.jpg   Magida El Roumi  NOUR MEN NOUR.jpg

ジュリア・ブトロスのクリスマス・アルバムが12年に出ていたんですね。
アラブのポップスのサイトを眺めてたら、偶然に見つけちゃって、大あわて。
いやぁ、これまでぜんぜん気付かなかったなあ。
あれ、13年にはマジダ・エル・ルーミーまで、
クリスマス・アルバムを出してるじゃないですか。
こりゃなんたることかと、レバノンのお店に早速オーダー。

昨年ヒバ・タワジのクリスマス・アルバムを、
1年遅れでようやく聴いたところでしたけれど、それより5年も前に出ていた、
ぼくのごひいきの二人のクリスマス・アルバムを知らずにいたとは、不覚も不覚でした。
それにしても、レバノンくらいクリスマス・アルバムを出す国は、
アラブ世界にありませんね。
国民の4割がキリスト教徒ですもんねえ。
フェイルーズのクリスマス・アルバムも有名ですね。

ジュリア・ブトロスのクリスマス・アルバムは、
兄のジアド・ブトロスの作曲、伴奏はプラハ市交響楽団で、
ジャズ・ピアニストのミシェル・ファデルによるアレンジという、
12年1月にリリースされた“YAWMAN MA” とまったく同じ布陣で制作されたものです。
これ以上何を求めようかというくらい、完璧なプロダクションにのせて歌う
ジュリアの慈愛に満ちた艶っぽい歌いぶりに、もうメロメロです。

児童合唱団の子供たちと歌うユーモラスな曲など、
今回はさすがにクリスマス・アルバムということもあり、
愛国心やアラブの団結を訴えかける曲はないようですね。
4曲目の、ハーモニカをフィーチャーしてラテン・ボレーロにアレンジした
トロけるような曲など、そっと語りかけるようなジュリアの歌い口に、
ああ、いい歌手だなあと、しみじみ思います。

マジダ・エル・ルーミーのクリスマス・アルバムはミニ・ブック仕様で、
内容は歌詞付きの写真集となっています。
こちらはベルリン交響楽団が伴奏を務めていて、ジュリアのアルバム同様ゴージャス。
ジュリア・ブトロスのクリスマス・アルバムとの違いは、
ミュージカル/オペラ調のプロダクションが目立つことでしょうか。

マジダらしい温かみのある声が発揮されたキャロルはステキだけれど、
オペラ調の強く声を張って歌う曲や男性コーラスが入る曲などは、
ちょっとぼくの好みとは違うかなあ。
特にラストがオペラチックな曲で終わるのは、ちょっと後味悪し。

というわけで、ジュリア・ブトロスのクリスマス・アルバムの方が
断然お気に入りですけれど、どちらもレバノンを代表する歌手にふさわしい
力のこもった制作ぶりが光る、クリスマス・アルバムです。

Julia Boutros "MILADAK" Longwing no number (2012)
Magida El Roumi "NOUR MEN NOUR" V. Production no number (2013)
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梅雨寒にジャジー・ヒップホップ ザ・デリ

The Deli Jazz Cat.jpg

ぜんぜんお日様が顔を見せませんねえ。
7月に入ったら、夏どころか季節が逆戻りしたような梅雨寒になってしまって、
職場で半袖シャツを着てるのがぼくだけで、一人クールビズかよという、
恥ずかしいことになっています。
まあ、通勤でウォーキングするぶんには、ぜんぜん寒くないし、
本人的にはノー・プロブレムなのではありますが。

6月までせっかく夏気分の音楽でウォ-キングしてたんですけれど、
すっかり音楽も梅雨対応に替えている今日この頃。
そんな梅雨寒の時期には、これまたぴったりというアルバムに出会いました。

オースティンのビートメイカー、ザ・デルズのジャズ・サンプリング・ビーツ作品。
50年代のジャズ・レーベル、
ベツレヘムあたりのジャケット・デザインを思わせるムードが、
この音楽の内容を、的確に表現しています。
ラッパー不在のインストのビート・アルバムで、いわゆるジャジー・ヒップホップ、
ヒップホップ感覚のラウンジ・ミュージックですね。
傘をさしていても、腰下をびっしょりと濡らしてしまう、
しとしと雨の中をウォーキングするBGMには、ぴったりです。

ローズやシンセの鍵盤がたゆたうサウンド、温かみのある箱物ギターの響き、
フックの利いたビートの刻みや、地の底を這う重いベース・ライン、
そして全編にかぶさるレコードのチリ音、そのすべてが美しく、耳に心地良いんです。
ジャジー・ヒップホップって、梅雨時に合うよねえ。
サウンド・プロヴァイダーズもこの季節の定番。
そういえば、また最近再プレスしたらしく、CDショップに並んでいました。
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2015-11-14

ところで、収録トラックには、
‘2:11AM Ikebukuro’ ‘Rainy Day In Japan’ なんてタイトルもあって、
この人、日本に住んでいたことがあるんでしょうか?

The Deli "JAZZ CAT" Cold Busted BUSTED163CD (2018)
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繊細にして豪胆なギター・トリオ プレストン・グラスゴウ・ロウ

Preston Glasgow Lowe  SOMETHING ABOUT RAINBOWS.jpg

CDショップのジャズ・コーナーであれこれ試聴していたところ、
まるでシュミじゃないサイケなジャケットのCDに、ピンとくるものがありました。
全然知らない人でしたけれど、キレのあるコンテンポラリー・ジャズ・ギターに、
こりゃあいい、と買ってみたところ、家に帰って聞いてみれば、ええぇ~?
まるで違うエレクトロな音楽が飛び出し、ビックリ。
なるほど、これならジャケどおりだわなと、ひとりごち。

どうやら試聴機に間違ったCDが入っていたようで、翌日再訪したところ、
「すみません、これ全然別のCDですね」と店員さん平謝り。
試聴機に入っていたのは、こちらですと差し出されたのは、
UK新世代ジャズのプレストン=グラスゴウ=ロウの新作。
なーるほど、彼らか! それならナットクだわ。

おととしのデビュー作がお気に入りとなっていた、プレストン・グラスゴウ・ロウ。
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2017-05-09
デヴィッド・プレストンのメカニカルなギターに、ケヴィン・グラスゴウの6弦ベース、
ローリー・ロウのドラムスが緊密に絡み合ってインプロヴァイズする快感は、
2年ぶりの今作も変わりません。

ローリー・ロウのしなやかなドラミングが、
バンド・サウンドにあざやかなコントラストをつけ、
ギターとベースにフリーなスペースを与えることで、
バンドのダイナミズムを拡張しているところが、この3人組のキモ。

パット・メセニー、アラン・ホールズワース、ロバート・フリップに通じる
デヴィッド・プレストンのギター・テクニックも舌を巻くばかりなんだけれど、
そのギター・サウンドを輝かせているのが、ローリーのドラミングといえます。
多くのトラックをデヴィッドが作曲していますが、
今作の聴きどころは、ケヴィン・グラスゴウが作曲した2つのトラック。

そのひとつが、アルバム中もっともロックぽいサウンドとなったタイトル・トラック。
オーヴァードライヴしたベースがごつい響きをあげて、
重厚なメタル・ロックを繰り広げます。
一方、ドイツの現代音楽の作曲家ハンス・ヴェルナー・ヘンツェの頭文字を
曲名に取ったラスト・トラックは、十二音技法を取り入れたもので、
このトリオの音楽性をさらに前進させましたね。

繊細にして豪胆な新世代ジャズ・ギター・トリオ、次作は間違えないように買おう。

Preston Glasgow Lowe "SOMETHING ABOUT RAINBOWS" Whirlwind Recordings WR4731 (2018)
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ナイジェリアとUKが共振するバンクー・ミュージック ミスター・イージー

MR Eazi LAGOS TO LONDON.jpg

アフロビーツの新人、ミスター・イージーの新作は、
ミックステープ“LIFE IS EAZI” の続編。
前作の「アクラからレゴス」から今作は「レゴスからロンドン」と、
いまも旅の途中にあるようです。
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2017-06-12

冒頭の短いイントロが、クラシックな香りのハイライフで、
思わず頬をユルませていると、続くトラックで登場するゲストは、シミ。
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2018-02-07
そのチャーミングな歌声を聞けば、すぐシミとわかります。
アデクンレ・ゴールドのヨメさんになっちゃったけど、プリティぶりがたまりませぬ♡

前半にフィーチャーされるのは、ナイジェリアのアーティストが中心で、
後半はUKベースのアーティストが中心で、おそらくロンドン録音なのでしょう。
EDM最強のプロデューサー、ディプロの参加には驚かされましたけれど、
ディプロとコラボした‘Open & Close’ がめちゃくちゃカッコよくて、
アルバム最大のフックとなっていますよ。

このほか、ルーツ・レゲエ・リヴァイヴァルを牽引する若手のクロニクスや、
バーミンガムのラップ・デュオのロト・ボーイズに、
ブリクストンのラッパーのスニークボ、ペクナムのラッパーのギグスも登場します。

ミスター・イージーがバンクー・ミュージックと標榜する、
アフロ・フュージョンの中身が前作ではよく見えなかったんですけれど、
今作ではその多様な音楽性が、はっきりと見てとれるようになりましたね。

ハイライフ、ダンスホール、グライム、EDM、ニュー・エイジR&Bがミクスチャーされ、
そのうえに、ナイジェリアのピジン、ケニヤのシェン、ジャマイカのパトワ、
ロンドンのストリート・トークと、さまざまな言語が織り重なって、
UKとナイジェリアのヴァイブを共振させたアフロビーツの魅力を輝かせています。

Mr Eazi "LIFE IS EAZI, VOL.2 - LAGOS TO LONDON" Banku Music no number (2018)
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ナイジェリアのヘップ・キャットが残したトランペット・ハイライフの傑作 ジール・オニイア

Zeal Onyia RETURNS.jpg

ジール・オニイアのリーダー作なんて、あったんですか!
うわあ、まったく知りませんでした。これは驚きのリイシューです。

ジール・オニイアは、ナイジェリアン・ハイライフの巨匠
ボビー・ベンソンのジャム・セッション・オーケストラでキャリアをスタートした、
ナイジェリアの名トランペッターの一人。
ボビー・ベンソンのもとから巣立ったトランペッターに、
ヴィクター・オライヤ、エディ・オコンタ、ロイ・シカゴがいますけれど、
ジール・オニイアもその一人だったんですね。

ボビー・ベンソンの代表曲であり、ナイジェリアン・ハイライフ最重要曲の
「タクシー・ドライヴァー」でトランペット・ソロを取った
ビル・フライデーの控えとして、49年にリクルートされた時のジールは、
まだオニッチャの中等学校に通う15歳の少年でした。
51年に撮られたジャム・セッション・オーケストラの有名な写真には、
テナー・サックスを構えてひざまずくボビー・ベンソンの後方で、
譜面台を前にした11人のメンバーの中に、
トランペットを持ったジールが写っているそうで、
一番左に座っているのがジールなのかもしれません。

Bobby Benson Jam Session Orchestra.jpg

ジールは54年にボビー・ベンソン楽団を退団すると、
ガーナのアクラへ向かい、E・T・メンサーのテンポスの一員に加わり、
その後リズム・エイシズ、メロディ・エイシズという
ガーナのハイライフ・バンドを渡り歩き、
翌55年にダンス音楽を学ぶため、ロンドンへ留学します。
ロンドンで勉学に励むかたわら、
夜はジャズ・ミュージシャンたちとジャム・セッションを重ね、
アンブローズ・キャンベルのウェスト・アフリカン・リズム・ブラザーズと
ハイライフやカリプソなどを演奏する2年間を過ごし、57年にナイジェリアへ帰国します。
帰国後は、自身の楽団で活動するほか、イボ・ハイライフのシンガーの伴奏を務め、
デビューまもないステファン・オシタ・オサデベに、
トランペットや音楽理論にアレンジを教え、一躍人気歌手へと押し上げました。

60年にはナイジェリア音楽家組合NUMの副会長
(会長はヴィクター・オライヤ)に就任する一方、
アフロ・ジャズを志向して、62年にコリコ・クラン・ジャズ・グループを結成、
64年にはピアニストのアート・アラデ率いるジャズ・プリーチャーズに、
サックス奏者のクリス・アジロとともに加わりジャズを演奏しますが、
いずれも活動は短命に終わったようです。

この当時、ナイジェリア放送局のプロデュサーに雇われていたフェラ・クティが、
自身の制作する番組で、フェラ・ランサム・クティ・クインテットとして出演し、
モダン・ジャズを演奏していたのは偶然ではなく、
ロンドン帰りのハイライフのミュージシャンが、
モダン・ジャズを志向した一時期があったんですね。

そして66年に内戦(ビアフラ戦争)がぼっ発すると、
東部出身のハイライフ・ミュージシャンたちが続々とレゴスを離れて帰郷しはじめ、
レゴスのナイトクラブの火は一気に消えていきます。
そうしたなか、ジールはナイジェリアにやってきたドイツの室内管弦楽団に招かれ、
クラシック音楽を勉強するために、ドイツへ渡ることを決心します。
ドイツでの10年に及ぶ長期滞在を経て帰国すると、
ナイジェリア放送協会のプロデューサーに迎えられ、
84年に引退するまで、ラジオ・ナイジェリアで演奏活動をしました。

そんなジールの音楽人生の最後に残されたゆいいつのリーダー作が本作です。
オリジナルLPのレーベルをスキャンしたディスク面に1975年のクレジットがありますが、
ハイライフ研究家ジョン・コリンズの著書“HIGHLIFE GIANTS” によれば、
81年作とあり、ドイツからの帰国後の録音ということを考えると、
こちらの方が信ぴょう性は高そうです。

伴奏を務めるのは、レコード会社のハウス・バンドである
タバンシ・スタジオ・バンドとクレジットされていますが、
当時としてはオールド・スタイルの、50~60年代のダンス・バンド・ハイライフの
サウンドを見事に再現していて、ちょっと驚かされました。
メンバーは不明ですが、録音当時流行のファンキー・ハイライフとはまったく毛色が違い、
50~60年代当時のミュージシャンを起用しているとしか思えないサウンドです。

冒頭の‘Zeal Anata’ では、イボの伝統音楽になくてはならない双頭ベルのオゲネが
♪コンコンコンコン♪と打ち鳴らされ、ジールのルーツがさりげなく表されます。
続く優雅なワルツの‘Nnata Na Ano Uso’ もイボ・ハイライフらしいメロディですけれど、
‘Zealonjo Nnoa’ では、曲のメロディといい、ホーン・セクションのハーモニーといい、
完全にガーナイアン・ハイライフ・マナーですね。
ハイ・トーンのGを5分以上吹ける技量の持ち主という評判どおり、
リップ・トリルやフラッター、グロウルなどのテクニックも随所で聴くことができますよ。

ナイジェリアにやってきたルイ・アームストロングに、
「ナイジェリアのヘップキャット」といわしめた、ジール・オニイアの傑作ハイライフです。

Zeal Onyia "TRUMPET KING ZEAL ONYIA RETURNS" Tabansi/ BBE497ACD
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初期フジに接近したスピード感あるサカラ オライウォレ・イショラ

Olayiwole Ishola  CURRENT AFFAIRS.jpg

ジュジュ化していくフジにいまさら変革を求めるより、
いっそのことサカラの新人に期待を寄せた方が、実りは大きいのかも。
そんなことを思わせる作品に出くわしました。

サカラなんてすたれた音楽に、
いまさら新人が登場することななんてないと思っていたら、
いやあ、出てくるんですねえ。まだまだサカラ、生き延びています。
講談の神田松之丞みたいなものかしらん。

オライウォレ・イショラという名前は聞いたことがなく、ジャケット写真も新しいので、
もしかしたら新人?と思いながら買ってきたんですが、ホントに新人のようですよ。
インターネットで検索しても、まったく情報が出てきません。
アマゾンでダウンロード販売をしていて、本作と“FAAJI EKO” という
2タイトルのアルバムが、17年3月に販売されてます。

新人といえど、長く歌ってきた人なんでしょうね。
見事に練れたこぶし使いで、土臭い節回しにたまらない味のある歌い手です。
録音が新しいだけあって、サカラのヘヴィーなビートも迫力満点。
ゆったりとした昔ながらのサカラのサウンドなのですけれど、スピード感があって、
かつてのような優雅にスウィングするようなリズム感とは、
センスの異なるモダンさがあります。

また、70年代の初期のフジでよく歌われたメロディがあちこちで出てきて、
ゴジェを弾いていなければ、これ、フジと聴き分けられないだろうなあ。
歌だけ聴いていると、まるっきりフジに聞こえますよ。

シキル・アインデ・バリスターが生み出したフジは、
もともとイスラームの目覚まし音楽ウェレから派生したもので、
サカラ色の強いものだったから、フジと似るのも道理なんですね。
オライウォレがここでやっているサカラは、フジとしては古い初期のスタイルで、
これまでのサカラになかったモダンなスピード感を組み合わせたところが
とても新しく、ユニークなものとなっています。

面白いのは、オライウォレが弾いているゴジェで、
歌のバックでずーっと1音(モノ・トーン)で弾いている場面が多く、
まるでドローンのように鳴らしているんですね。
オライウォレが歌うメロディには起伏がかなりあり、
サカラとしてはかなりメロディアスだけに、
そのバックでドローンのように鳴り続けるゴジェは、強烈に耳残りします。

Olayiwole Ishola and His Sakara Group "CURRENT AFFAIRS" Babalaje Music no number
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モダン・フジの課題 スレイモン・アラオ・アデクンレ・マライカ

Sulaimon Alao Adekunle Malaika  GOLDEN JUBILEE.jpg

ナイジェリアから誕生したアフロビーツは、
目まぐるしくシーンが動く、今もっとも生きのいいジャンルへと発展し、
他のアフリカ諸国や欧米にまで、グローバルな支持を広げています。

それに比べたら、ここ十年来音楽性が停滞したままのフジなど、
もう完全に無視して構わないっていう気分になろうというもの。
評判の良かったスレイマン・アラオ・アデクンレ・マライカの新作を、
試聴する気すらなれずスルーしてたのも、そんなせいなのでした。

深沢美樹さんがミュージック・マガジンに紹介されていたのを見て、
さすがに試聴くらいはしておくべきだったかと思いつつ、
その後再入荷もなく、記憶の彼方になっておりました。
で、ようやく1年遅れで聴いてみましたよ。
なるほど確かにこれは、ジュジュのサウンドを取り入れたモダン・フジとしては、
傑作のひとつといえます。

ふにゃふにゃと軟弱な音を鳴らすソプラノ・サックス、ちゃらいシンセ、
アルペジオをテキトーに垂れ流すギターがモダン・フジの三大汚点ですけれど、
ここではパーカッション・アンサンブルのみのパートと、
サックスやスティール・ギターなど、
西洋楽器と合奏するパートのバランスもよく、
ジュジュのリフを取り入れたアレンジもこなれています。

なによりパーカッション・アンサンブルの充実ぶりが、聴き応え十分です。
トーキング・ドラムのサカラが、重低音の強烈なアクセントを打ち込み、
畳みかけるように疾走するパーカッション陣と、
トラップ・ドラムの派手なフィル・インが、すさまじいグルーヴを生みだしています。
野性味あるスレイモンのスモーキー・ヴォイスも、
激しくシャウトもすれば、一転じっくりコブシを利かせるなど、硬軟使い分けも鮮やか。

フジもせめてこのレヴェルの作品が当たり前くらいになってくれないと、
昔のように熱心に追っかける気には、もうなれないなあ。
音楽的にも、ジュジュのモノマネからいい加減脱却して、
ヒップホップやビート・ミュージックへ接近して、
もっと大胆に変革してくれたらと願っているんですが。

その課題をクリアするうえでキーとなるのは、
フジが当初持っていたストリート感を、いかに取り戻すかなんじゃないのかなあ。
フジのミュージシャンも、いまやお金持ちのパーティを中心に稼ぐようになり、
支持層がジュジュのそれと変わらなくなっているじゃないですか。
かつての不良が、いつのまにか金持ちのおべっか使いになったのが、
フジ堕落の一因と考えるのは、当たらずといえども遠からじのはず。

貧しい若者たちのストリートのコンペティションから誕生した原点に、
もう1度フジが立ち返ることができれば、
この停滞を打破できるきっかけが生まれるように思うんですけれども。
そんなのは、ロックに不良性を求めるのと同じアナクロニズムなんですかねえ。

Sulaimon Alao Adekunle Malaika "GOLDEN JUBILEE" Golden Point Music no number (2018)
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プータイのラム モンルディー・プロムチャック

Monruedi Phromchak  SAO NAK RIAN TAM TO.jpg   Monruedi Phromchak  LAM PHUNTHAI VOL.1.jpg
Monruedi Phromchak  LAM PHUNTHAI VOL.3.jpg   Monruedi Phromchak  LAM PHUNTHAI VOL.4.jpg

10年以上前、たった1枚見つけたCDで、
トリコとなったモンルディー・プロムチャック。
モーラムの伝統的な歌唱法をしっかりと備えた人で、
太く芯のあるコブシ回しの絶妙さに、いっぺんでマイってしまいました。

当時どういう人なのか調べるも、手がかりがなく、
前川健一さんの『まとわりつくタイの音楽』に書かれた、
わずか6行の短い紹介が、ゆいいつの日本語情報でした。
そこで前川さんも「安テープの山から見つけた宝物のひとつ」と語られているとおり、
伝統モーラム・ファンを夢中にさせる力量は、折紙付きといえます。

その後、Soi48 の『旅するタイ・イサーン音楽ディスク・ガイド』で
モンルディー本人へのインタヴューを含む8ページの記事が載り、
ようやくこの人のバイオグラフィを知ることができました。
その記事のおかげで、以前ぼくが手に入れたクルーン・タイ盤CDは、
82年頃に録音されたアルバムをCD化したものだということもわかりました。

しかしモンルディーのCDはこれ1枚しか見つからず、
ほかにないのかなあと、長年思っていたんですよね。
『旅するタイ・イサーン音楽ディスク・ガイド』には、
もう1枚別のCDの写真も載っていたので、
きっと現地に行けばもっと出ているんだろうとは思っていたんですが。

ところがつい最近、現地でモンルディーのLP・CD・カセットを
ごっそり買い付けてきた人がいて、さきほどの
『旅するタイ・イサーン音楽ディスク・ガイド』に載っていたCDもあり、
喜び勇んで3タイトルいただいてきました。
いずれも『ラム・プータイ集』と名付けられたアルバムです。

モンルディーはイサーン出身のラーオ人ですけれど、
ラオスへ行ってモーラム修行したという人だということは、
件のインタヴューで語られていたとおりです。
ラオスで流行していたラム・タンワーイとラム・プータイをとても気に入り、
猛練習して自分のものにし、タイに持ち帰ってヒットをあげたそうで、
今回の3枚は、そのラム・プータイを集めたCDのようです。

プータイというのは、中国雲南省や杭省周辺からヴェトナム、ラオスの北部を抜け、
タイ東北部イサーン地方に移り住んだ少数民族ですね。
独自の言語を持ち、プータイ固有の文化と音楽を受け継いできた人々で、
ラム・プータイはプータイ語で歌われるモーラムなのでしょう。

ゆったりとした自由リズムで、歌う、というか、吟じる、といった表現の方が
ぴったりくるモンルディーのおおらかにうねる節回しは、
クルーン・タイ盤ですでに承知とはいえ、耳を惹きつけられぱなしになります。
ケーン、ピン、ソーなどの伝統楽器に、
オルガンやシンセを加えたシンプルな伴奏も、必要最小限で申し分ありません。
全曲同じような曲調にテンポでも、まったく聴き飽きることがないのは、
デビュー前に名人チャウィーワン・ダムヌーンとも一緒に活動していたほどの、
本格ラム使いであるモンルディーの至芸ゆえでしょう。

Monruedi Phromchak "SAO NAK RIAN TAM TO" Krung Thai KTD008
Monruedi Phromchak "LAM PHUNTHAI VOL.1" V. Musicsound SCD9
Monruedi Phromchak "LAM PHUNTHAI VOL.3" V. Musicsound SCD11
Monruedi Phromchak "LAM PHUNTHAI VOL.4" V. Musicsound SCD12
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アンゴラのソウルフルなアーバン・ポップ ヨラ・セメード

Yola Semedo  SEM MEDO.jpg

アンゴラのキゾンバ・シンガー、ヨラ・セメードの前作“FILHO MEU” は、
アフロ・ズークの亜流と受け止められがちなキゾンバのイメージを払しょくする、
一大傑作でした。
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2016-06-09

ポルトガル語圏アフリカとフレンチ・カリブの多様な音楽要素をミクスチャーした手腕が、
それまでのキゾンバにない高度な洗練を遂げていて、
ゴージャズなプロダクションともども、魅惑的なクレオール・ポップに仕上がっていました。
2016年のベスト・アルバムで、エディ・トゥッサの新作を押さえて選んだんですけれど、
迷いはありませんでしたよ。

あれから4年、昨年春にリリースされた新作が、1年遅れでようやく手元に届きました。
CD2枚組、全29曲120分超の新作は、ヴォリューム感たっぷり。
前作が弦オケから始まる意表を突くオープニングだったのに比べると、
今作は打ち込み使用のキゾンバでスタートし、
前作の練り上げたクレオール・ミュージックの豪華さに比べると、
ちょっと後退した感のある、平均的な仕上がり。

ディスク1の4曲目まで、打ち込み使いの平凡なキゾンバが続き、
5曲目でようやく生ドラムスにクラリネットをフィーチャーしたモルナとなります。
レゲエのリズムを取り入れたこのトラックがフックとなり、
その後生ドラムスによるトラックがしばらく続き、ビギンとセンバのミックス、
センバとコンパのミックス、コラデイラなど多彩なクレオール・ミュージックを繰り広げ、
終盤には、アコーディオンをフィーチャーしたストレートなセンバも出てきます。

プロダクションのことばかり書いてしまいましたけれど、
伸びのある声でしなやかに歌うヨラのヴォーカルは、
アンゴラのポップ・クイーンといった風格を感じさせます。
まさにヴェテランの味わいというか、いいシンガーですよねえ。

クレオール・ミュージック中心にまとめたディスク1に対して、
ディスク2はバラード中心のポップスで、
ヨラのソウルフルな歌いぶりを堪能できる美メロ曲が並びます。
2曲目のボレーロ‘Athu Mu Njila’ での歌いぶりにはグッときたし、
インドネシアかマレイシアのポップ曲を思わす7曲目の‘Dias Da Semana’ は、
アンゴラでもこんなメロディがあるのかと、とても新鮮でした。

プロダクションもオーケストラを使うなど、バラード編の方が手が込んでいますね。
コンガ、ディカンザ、ギター3台のシンプルな伴奏で歌うセンバを、
ラスト・トラックに持ってきたのは意表を突かれましたけれど、
爽やかな締めくくりになっています。

Yola Semedo "SEM MEDO" Energia Positiva Music EPCD005 (2018)
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前半フュージョン/後半キューバン・ジャズ エル・コミテ

El Comité  Y QUÉ.jpg

取り上げようか、やめようか、ちょっと迷ってたんですけど、
なんだかんだよく聴いているんだから、やっぱ書いておこうかという気になりました。
キューバ新世代ジャズのグループ、エル・コミテのデビュー作。
ツイン・ピアノに2管の7人編成、全員キューバ人ですが、
リリース元はフランスのレーベル。
「超絶のキューバン・ジャズ」なる触れ込みで買ったものの、
最初聴いた時、「ジャズ」でも「キューバ」でもぜんぜんないじゃん!

オープニングの割り切った8ビートのドラミングからして、
ジャズというよりはフュージョン。
ロドネイ・バレットのドラムスは、手数は多いもののコンパクトに叩くから、
うるさくならないスタイルで、歌伴上手そうと思わせるタイプです。
新世代ジャズのドラマーのリズム・フィールを期待したもんだから、
それとは違うスタジオ出身のフュージョン・ドラマーといった端正なプレイに、
あれれ、と思っちゃったんでした。巧いのはわかるんだけどさ。

新世代ジャズらしいサウンドが聴けるのは、4曲目の‘Transiciones’。
アブストラクトなラインからホーンズを含む合奏になだれ込むと、
複雑なリズム・アレンジとなって、フュージョン臭は解消します。
うん、こういうのを、期待していたんですよね。

そして、メンバー全員キューバ人というのに、ホントか?と思ったのは、
冒頭から中盤4曲目までのリズムに、ぜんぜんクラーベのフィールがないから。
キューバン・ジャズの強いグルーヴがなくて、
なめらかといえば聞こえはいいけど、淡白なフュージョンのリズム感があまりに支配的。
5曲目の‘Carlito's Swing’ でようやくオン・クラーベとなり、
ピアノがトゥンバオを弾き始めるブリッジから、
ようやくラテンらしくなるとはいえ、薄味だなあ。

で、一番キューバらしいサウンドを聞かせるのが‘Son A Emiliano’。
90年代キューバン・ジャズの傑作、
ガブリエル・エルナンデスの“JAZZ A LO CUBANO” 所収のソンゴで、
これなら文句なしのキューバン・ジャズといえます。

そして、続くラスト・トラックのラテン・ジャズ化した、
マイルス・デイヴィスの‘So What’ で締めくくるという、
終盤になってようやくキューバン・ジャズらしくなるアルバム。
これ、曲順を真逆にしたら、印象がガラリと変わったんじゃないかと思わずにはおれない、
前半と後半では別グループの演奏のように思える作品です。

El Comité "Y QUÉ?" Inouïe Ditribution SDRM5072018/1 (2018)
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あれから22年 イライザ・カーシー

Eliza Carthy  RESTITUTE.jpg

うぉ~、この大物感、ハンパないね。
もはや父マーティン・カーシー、母ノーマ・ウォーターソンの名前を出さずとも、
イングリッシュ・フォークのヴェテランと肩を並べる貫禄が備わった、イライザ・カーシー。
新作は原点回帰ともいうべき、直球勝負の伝統音楽アルバムです。

オープニングの曲で、ハンマー・ダルシマーの響きを鈍くしたような音色に、
何の楽器だろうかと思えば、どうやらヴァイオリンの弦を、箸で叩いているらしい。
う~む、こういうところも、フォーク・シーンのイノヴェイターとして活躍してきた、
型にはまらないイライザの面目躍如だなあ。
パワフルな無伴奏歌ともども、伝統の型をなぞらない逞しさが彼女にはありますね。

ノース・ヨークシャー、ロビン・フッド湾にある、
イライザの自宅の寝室で録音されたという本作、
父マーティン・カーシーのギターに、コンサーティーナやベースなどが数曲で加わるほかは、
イライザが弾くヴァイオリンやヴィオラを多重録音しただけのシンプルな構成だからこそ、
伝統音楽家としてのイライザのスケールの大きな音楽性が、浮き彫りになっています。

イライザを初めて観たのは、両親と3人で来日した97年1月のこと。
ウォーターソン:カーシーの初アルバムでその歌声とフィドル演奏を披露し、
ソロ・デビューを果たしたばかりの、まだ初々しい時代でした。
ジャケットのイライザの美少女ぶりに、サインを入れてもらうのが忍び難く、
バックインレイに3人のサインをもらったんだっけ。

19970105_Watersn Carthy.jpg   19970105_Watersn Carthy back.jpg

あのライヴも思い出深いなあ。
新年明けて間もない5日の夜、ハコは新宿ロフトでした。
イライザの真っ赤に染めたショートヘアとスニーカーの、
いかにも現代っ子らしい姿が瞼に焼き付いていますよ。
当時まだ19歳だったんだよねえ。
床をがんがん蹴るステップもパワフルなら、ボウイングも思いのほか激しく、
ニコニコしながらヴァイオリンを弾きまくるチャーミングな姿に、
うちのコたちもこんな女のコに育ったらなあ、なんて思いながら観たもんでした。

ライヴが終わり、翌日が年明けの初出勤日だったので、
単身赴任先だった群馬へと向かったんでした。
東京は雨だったんですけど、熊谷を過ぎたあたりから雪になって、
新前橋の駅に降り立つと、そこは一面の銀世界。
幻想的な景色にたじろぎながら、シンと静まり返った雪降る街を一人、
新雪を踏みしめながら、単身寮へと向かったことが忘れられません。

Eliza Carthy "RESTITUTE" Topic TSCD599 (2019)
Waterson:Carthy "WATERSON:CARTHY" Topic TSCD475 (1994)
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ヨイクの伝統の呪縛から放たれて ヴィルダ

Vildá  VILDALUODDA.jpg

ヨイクのシンガーとアコーディオンの女性デュオのアルバム。
ヨイクをコンテンポラリーなサウンドで歌うアーティストは、
アリ・ボイネはじめいろいろ聞いてきましたけれど、
どれも<極北のエスニック音楽>といった作り物ぽさが拭えなくて、
二の足を踏んできたのが正直なところ。
でも、この二人はちょっと印象が違いました。

まず、ヨイクのミスティックな面を誇張していないのが、いい。
ヨイクが持つ霊性を過度に演出することなく、
音楽に生命感が宿っているのが自然に感じ取れます。
シャーマニズムといったサーミ人の伝統文化から抜け出た現代から、
ヨイクをリサイクルしているようなニュアンスさえ感じさせるその作法には、
先人たちのワールド・ミュージック的な語法から離れた自由さを感じます。

ヨイクの特殊性を強調したサウンドを組み立てるのではなく、
フィンランドのアコーディオン音楽と融合させながら、
そのなかにヨイクの即興性を浮かび上がらせる二人のやり方は、
伝統の継承とは異なる、現代性に富んだ方法論を獲得したんじゃないでしょうか。

歌とアコーディオンの二人を中心に、手拍子やパーカッション、
ビートボックスなどのゲストを多数迎えているように、
伝統の呪縛から放たれたそのサウンドには解放感があり、
風通しが良く、すがすがしさを覚える新鮮さが得難いですね。

Vildá "VILDALUODDA / WILDPRINT" Bafe’s Factory/Nordic Notes MBA030 (2019)
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