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ケタ違いの才能を伸ばせ RIRI

RIRI NEO.jpg

ケタ外れの歌唱力に圧倒されたRIRI の『RUSH』。
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2017-07-10
女子高生R&Bシンガーの逸材登場に、オジサンの胸もトキめいたわけなんですが、
その後満を持してリリースされたメジャー・デビュー作は、新作4曲があったものの、
インディ・リリースのEP2作からの5曲とリミックス1曲を収録した
再編集ともいえるアルバムだったので、
今回が実質的なメジャー・デビュー作といえるかも。

出だしの第一声で、うん、今回もいいねと確信。
その声に身体の細胞が活性化されるのを感じる、まさしく天性の声です。
高校卒業後、ロス・アンジェルスの3か月滞在して制作されたという本作、
アメリカのメインストリームを照準に置いたプロダクションは、申し分ありません。
楽曲もいいし、ゼッド&アレッシア・カーラの「Stay」のカヴァーも鮮やか。

英語詞の合間に、ところどころ日本語詞を挟み込むというスタイルも
完全に定着しましたね。RIRI ほど、英語と日本語を全く違和感なくつなげて歌える
日本人歌手はいません。英語のリズムに、日本語のアクセントを落とし込んで、
シームレスに繋げるスキルが、RIRI の最大の武器です。
なぜ群馬で生まれ育った彼女が、
こんなスキルを身につけたのか、不思議でなりません。

歌唱・プロダクションとも、あまりにスキなく作られていて、
物足りなさが残るといえば、ゼイタクな注文でしょうか。
じっくり聴けば、さまざまな冒険をしているのもわかるし、
けっしてコンサバな作りではないんだけれど、
ケタ違いの才能がもっとハジけるような、規格外のところが欲しいなあ。

あと、ひとつだけ苦言を。
『RUSH』をリリースした時のミニ・ライヴの会場でRIRI に会ったとき、
「Jポップにならないでね」と老婆心ながら言ったおぼえがあるんですけれど、
その懸念がはや今回のアルバムに表われています。

清水翔太とデュエットした「Forever」がそれ。
こういう凡庸なバラードを、彼女に歌わせちゃ、ダメ。
こんな曲は、あまたあるJ-ポップ・シンガーに歌わせときゃいいんです。
この1曲ゆえ、本作を年間ベストに選べないのが残念でなりません。

[CD+DVD] RIRI 「NEO」 ソニー AICL3584~5 (2018)
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ビート・センスが更新した日本語の響き 中村佳穂

中村佳穂  AINOU.jpg

日常的に日本のポップスを聴く習慣があまりないので、
あくまでも偶然耳に飛び込んできた歌に、
反応する範囲での感想にすぎないんですけれど、
最近の日本の若手の歌って、日本語の響かせかたが、
べらぼうに巧みになったのを感じます。

先日知った折坂悠太もそうでしたけれど、
日本語を英語風に崩して発声するタイプの日本語ポップスの歌唱とは、
まったく異なる語法を身に付けている人が増えたように思います。
母音を強調する日本語の発声のまま、洋物のリズムにのせるスキルが、
若手はものすごく上達したんじゃないでしょうか。

これって、ヒップホップを通過した若い世代ならではの、
リズムやビートに対する鋭敏な感受性が成せる技という気がします。
もっとも、大西順子のアルバムにゲスト参加していたような、
昔の日本語フォークみたいなラップを聞かせる者もなかにはいるわけで、
みんながみんな、スキルが上がったわけでもないようですけれど。

日本語の響きをビートにのせることにかけては、
ヒップホップより、むしろポップスの分野できわだった才能が目立ちます。
水曜日のカンパネラのコムアイしかり、小田朋美しかり。
彼女たちのようなリズム・センスって、一昔前までは、
矢野顕子のようなひと握りの天才だけが持っていたものだったのに、
いまや多くの若手が獲得しているのだから、とてつもない進化です。

そんなことをまた思わせられたのが、
京都のシンガー・ソングライターという中村佳穂の新作。
ビート・ミュージックに始まり、新世代ジャズやネオ・ソウル、ピアノ弾き語り、
民謡をモチーフにした曲など、さまざまな情報を詰め込んだトラックが並ぶものの、
一本芯が通っているのが、ビートで磨きあげられた日本語の響きです。
作為のない中村の発声が、日常感情を率直に表現した歌詞をまっすぐに伝えます。

「日本語ロック論争」などといったものが、
完全に昔話となったのを実感させる、頼もしい若手たちの登場です。

中村佳穂 「AINOU」 スペースシャワー DDCB14061 (2018)
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ロンドンのブラック・ディアスポラ モーゼス・ボイド・エクソダス

Moses Boyd Exodus  DISPLACED DIASPORA.jpg

鳴り響くパトカーのサイレンに続いて、ヨルバ語のチャントが吟じられ、
エレクトロ・ファンク・グルーヴがすべり込んでくるオープニングに、
胸をぎゅっとつかまれました。
その昔、ロンドンにひと月ほど滞在した時によく通った、
ブリクストンやトッテナム、セヴン・シスターズといったアフリカ系移民街の街並みが、
まざまざと目の前に蘇ったからです。

UK新世代ジャズで注目を集めるドラマー、
モーゼス・ボイドが率いるエクソダス名義の初アルバムは、
タイトルが示すとおり、アフリカ/カリブ系移民子孫のまなざしを投影した作品で、
ブラック・ディアスポラ意識の高い音楽家たちが数多く集まっています。

ドミニカ人の父とジャマイカ人の母のもとに生まれたモーゼス・ボイドは、
南ロンドンのキャットフォード生まれ。
南ロンドンのアフリカ系移民街ペッカムにもなじみがあり、
ペッカムのメイン・ストリート、ライ・レーンをタイトルに掲げた曲も収められています。

このアルバムで大きな存在感を放っているのが、
トリニダッド・トバゴにルーツを持つアルト・サックス奏者、ケヴィン・ヘインズですね。
ケヴィンはアフリカン・ダンス・カンパニーのパーカッショニスト兼ダンサーから、
ジャズ・ミュージシャンへ転身した人で、キューバでサンテリアの音楽を学び、
バタやヨルバ語を習得したというユニークな経歴を持っています。

ケヴィン率いるグルーポ・エレグアが参加した4曲は、
オープニングの‘Rush Hour/Elegua’ ほか、
チューバとギターが冴えたプレイを聞かせる‘Frontline’ に、
ファラオ・サンダースやサン・ラが思い浮かぶ‘Marooned In S.E.6’、
バタとエレクトロが交差する‘Ancestors’ と、
都会に野生を宿らせたナマナマしい演奏ぶりに、ドキドキさせられます。

新世代スピリチャル・ジャズともいうべき、熱のある演奏を聞かせる一方で、
UKジャマイカンのザラ・マクファーレンが歌うジャズ・バラードや、
テリー・ウォーカーをフィーチャーした、
ヒップホップ/ネオ・ソウルのトラックもあるのは、
エレクトロのプロデューサーとしての別の側面を表わしたものなのでしょう。

コンクリートとアスファルトの街に響き渡るバタのリズムと、
アフロフューチャリスティックな響きを獲得したエレクトロニカが、
熱量のあるドラミングによく映えた本作がレコーディングされたのは、15年のこと。
すでにボイドはここから一歩も二歩も歩みを進めているはずで、
多角的な才能を発揮する俊英ドラマーの今後にも、期待が高まります。

Moses Boyd Exodus "DISPLACED DIASPORA" Exodus no number (2018)
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20年代ハーレムのギター・マエストロ ボビー・リーキャン

Bobby Leecan  Guitar Maestro.jpg

1920~30年代に活躍したギター兼バンジョー奏者、
ボビー・リーキャンの単独アルバムが、
戦前ジャズ/ブルースの専門レーベル、フロッグから出ました。

よほど熱心な戦前音楽ファンでないと知る人もいないでしょうけれど、
ぼくにとっては、アルバータ・ハンターや
マーガレット・ジョンソンの伴奏で忘れられない人です。
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2011-03-26
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2011-03-24
いまだに写真の1枚も見つかっていない、謎のリーキャンですけれど、
近年の調査で判明したさまざまな遍歴が、ライナーに載せられています。

バンジョーをバリバリとフィンガリングする、太く逞しいサウンドがリーキャンの持ち味。
低音弦を響かせてドライヴするギターに、その凄腕が表われています。
高音弦を華麗に響かせてメロディ・ラインを作るロニー・ジョンソンとは、
真逆のタイプですね。リーキャンが高音使いするのは、
装飾的に和音を鳴らすときくらいなんですけれど、
12弦ギターのような複弦の音がするのが不思議。

解説には、チャーリ・クリスチャンのプレイとの類似性が指摘されていますけれど、
その見解はぼくには疑問。リーキャンは、ギターをメロディ楽器として弾くことより、
リズム楽器としてプレイすることを重視した人で、
ショーロの7弦ギターのように、低音弦をガンガン鳴らすプレイが特徴でした。

このCDには、相棒のハーモニカ奏者ロバート・クックシーと組んだ
サウス・ストリート・トリオや、ウォッシュボード・バンド、
女性歌手の伴奏など、さまざまなタイプの演奏が収録されています。
そのどれもが、ジャズというよりヴォードヴィル色の強いもので、
レパートリーのほとんどがダンス・チューンというところが嬉しいんですよね。

黒人大衆演芸ムードがいっぱいの、
エリザベス・スミスとシドニー・イーストンの掛け合いも聴きもの。
エリザベスの歌に茶々を入れるシドニーの語り口が、いいんだなあ。
映画『ストーミー・ウェザー』で、
エイダ・ブラウンの歌にファッツ・ウォーラーが絡むシーンを思わせますね。
そのファッツ・ウォーラーが、パイプ・オルガンを弾いているトラックもありますよ。
ギター弾き語りで聞かせるリーキャンの歌にも、味わいがあります。

ボビー・リーキャンは、ずいぶん昔にドキュメントがCD化した2枚がありましたけれど、
選曲・曲順の良さでは、このフロッグ盤の方に軍配が上がりますね。
音質も驚くほど良くって、ガッツのある低音がすごく出ていますよ。
寒くなってきた宵の口に聴くのにもってこいの、
身体も気持ちもほっこりと温めてくれる、最高の一枚です。

Bobby Leecan "SUITCASE BREAKDOWN" Frog DGF86
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冬に聴くディープ・ヴォイス アル・リンゼイ

Al Lindsey  VERSATILITY.jpg

寒くなってくると、いいサザン・ソウルであったまりたくなります。
ということで、今年の冬も嬉しいアルバムに出会えましたよ。
かすれたスモーキー・ヴォイスが持ち味のデトロイトの実力派シンガー、
アル・リンゼイの新作です。

80年代のアーバン・ソウルをホウフツさせるサウンドにのせて、
じっくりと歌い込んでいますよ。
スローでの胸をかきむしるようなノドを絞った歌唱に金縛りとなり、
ブルースのアップ・ナンバーでのキレのある歌いっぷりに、ノック・アウトをくらいました。

ゴスペルの熱さをしっかりと伝えてくるディープなヴォーカルは、
やっぱり聴きごたえがありますねえ。
ウイリー・クレイトン、J・ブラックフット、ラティモアなどとの共演歴が、
この人の実力を物語っています。

アイザック・ヘイズの影も見え隠れするコンテンポラリーなサウンドは、
ヴィンテージな香りが漂い、華美になりすぎないプロダクションが、
歌と実にいいバランスです。ディープ・ソウルのコブシを利かせつつも、
現代のコンテンポラリーな洗練された歌い回しもできる、
間違いなくトップ・クラスの実力派シンガーです。

Al Lindsey "VERSATILITY" no label no number (2018)
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トゥアレグ版『パープル・レイン』 エムドゥ・モクタール

Mdou Moctor  AKOUNAK TEDALAT TAHA TAZOUGHAI.jpg

トゥアレグ版『パープル・レイン』ついにDVD化!
これは嬉しい。観たかったんです、この映画。
ニジェールのトゥアレグ人ギタリスト、エムドゥ・モクタールが主演した
『かすかに赤みがかったブルー・レイン』です。
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2017-10-18

監督を務めたサヘル・サウンズの主宰者クリストファー・カークリーは、
全編タマシェク語の音楽映画は世界初と豪語しており、
ナイジェリアのハウサ語映画に牛耳られている
サヘル地帯の映画事情に風穴を開けようとしたと、鼻息荒く語っています。

この映画で描かれているのは、アガデスに暮らすトゥアレグ青年たちの日常。
レベル・ミュージックといった政治的なテーマは、ここには出てきません。
エレクトリック・ギター、オートバイ、携帯電話がこの映画のキーとなっているように、
疎外されたサハラの若者たちの心情をすくい上げた娯楽映画になっています。

当初カークリーは、『パープル・レイン』をベースにした脚本を作っていったものの、
現場で俳優たちからシナリオを拒絶され、よりトゥアレグの若者たちの現実に
沿った内容へと、どんどん修正されていったんだそうです。

その修正の結果、敬虔なイスラーム教徒の父親が、
ギターを弾くヤツなど、麻薬やアルコールの中毒者だけだと、
息子のギターを燃やしてしまうシーンや、
エムドゥと恋人が仲たがいするエピソードのシーンが生まれたのだとか。

このほかにも、コンペティションに向けてリハーサルをしていたエムドゥの演奏が、
小遣い目当ての少年に携帯電話で盗み録りされて、
ライヴァルのギタリストに自作曲を盗まれたり、
かつて父親も音楽家を夢見て詩を書いていたことを知ったエムドゥが、
父の詞に曲を付けて歌うなどのプロットにも、
トゥアレグのリアルな現実がよく捉えられています。

こうしてみると、この映画、『パープル・レイン』というより、
ジミー・クリフの『ザ・ハーダー・ゼイ・カム』とカブるところもありますね。
出演しているキャストの大部分がアマチュアで、
ミュージシャン自身が演じているところも同じなら、
かたやキングストン、かたやアガデスという、
街のヴィヴィッドな姿を活写しているところもよく似ています。

フランス人撮影監督ジェローム・フィーノとともに、
たったの8日間で撮影を終えたという低予算映画ながら、
現場での葛藤が良い方向へ作用して、ストーリーにリアリティを生み出し、
トゥアレグのアマチュア俳優たちのいきいきとした演技につながった、秀逸な作品です。

全編75分。英仏語字幕付、NTSC方式なので、日本のプレイヤーで視聴可能。
1000部限定のリリースです。

[DVD] Mdou Moctor "AKOUNAK TEDALAT TAHA TAZOUGHAI" Sakel Sounds no number (2015)
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トゥアレグ新世代ギター・バンド イマルハン

Imarhan Temet.jpg

アルジェリア南部タマンラセット出身のトゥアレグ人バンド、イマルハンの2作目。
今年2月に出ていたのに、まったく気付かなかったのはウカツでした。
2年前のデビュー作が、優れた出来だったにも関わらず、
日本ではまったく評判になりませんでしたよね。
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2016-05-16
新作も上出来なのに、ずっと気付かなかったほど
話題に上らずにいるのは、残念すぎます。

あまたあるトゥアレグ・バンドの中で、イマルハンが抜きん出ているのは、
ソングライティングの良さですね。
キャッチーというと、ちょっと語弊があるかもしれないけれど、
リーダーのサダムが書くフックの利いた曲づくりのうまさは、
とかく単調になりがちなトゥアレグのソングライターたちに比べ、
頭一つも二つも抜けています。

歌と演奏のパートが、静と動のコントラストを鮮やかにつける‘Tumast’ や、
ヘヴィーなファンクの‘Ehad wa dagh’ がある一方、
砂漠の夜のキャンプファイアが目に浮かぶ、トゥアレグ・フォークの
‘Zinizjumegh’ など、振り幅のある曲を書けるところが強みです。

コーラスに女性数人を加えているほか、控えめなフェンダー・ローズやオルガンが
効果を上げるなど、ゲストの起用もツボにはまっていますね。
特に凝ったアレンジをしているわけではないものの、
無理のない起伏を作り出してアルバムに変化を与えていて、
アルバム作りの上手さも光ります。

伝統的なトゥアレグの歌詞やブルージーなメロディと、
ロックやソウルで育ってきた若い世代のサウンド・センスが、
これほど自然体で融合しているトゥアレグ・バンドは貴重じゃないでしょうか。
現在はパリで活動しているというイマルハン、
「繋がり」と題されたタイトルに、彼らの思いや立ち位置が示されています。

Imarhan "TEMET" City Slang/Wedge SLANG50135 (2018)
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ブルキナベ・ファンク・ジャム ババ・コマンダント&ザ・マンディンゴ・バンド

Baba Commandant & The Mandingo Band  SIRA BA KELE.jpg

サイケ趣味を炸裂させて、世界の秘境音楽をディグしていたはずの
サブライム・フリークエンシーズが、
最近はいったいどうしちゃったんですかね。
オコラのシャルル・デュヴェーユの仕事を集大成したかと思ったら、
最近ではデベン・バッタチャルヤのアンソロジーですよ???

正統的な民俗音楽研究とは、一線も二線も三線も画していたはずのレーベルが、
王道中の王道の民俗音楽研究家を手がけるとは、思いもよりませんでした。
なんだか、手の付けられなかったイタズラ小僧が、
急にガリ勉くんに変身しちゃったみたいな!?

さて、そのサブライム・フリークエンシーズの新録で、
ぼくが一番高く買っていたのが、ブルキナ・ファソのババ・コマンダントでした。
ローファイなサウンドで、アフロビートばかりでなく、
ダブやパンクまで呑み込んだセンスが、
いかにもサブライム好みのバンドに思えましたけれど、
往年のシュペール・ビトンを思わす野趣なサウンドには、
ぼくも快哉を叫んだものです。
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2015-04-18

3年ぶりの新作は、デビュー作のサウンドとはがらりと変貌。
サックスが不在となり、アフロビート色がグッと後退して、
ドンソ・ンゴニを素直にファンク化したといった感じ。
なんか、ちょっとフツーぽくなっちゃって、
最近のサブライム・フリークエンシーズの傾向を反映してるんでしょうか。

ドラムスもどたばたしなくなったから、ドラマー交替したのかなと思えば、
同じ人だったので、腕前が上がったということでしょう。
グルーヴィなベース・ラインにも耳を奪われます。

全体にサウンドが整理されて、
マンデ系ジャム・バンドといった展開になりましたね。
前作の粗野なサウンドに、グッときていただけに、
ちょっとクリーンになりすぎたかなあと思わないでもないですけど、
バラフォンを押し出したサウンドには、
ライヴ・バンドらしいエネルギーが漲っているし、
なにより主役のババ司令官ことママドゥ・サヌの
泥臭いヴォーカルのアクの強さが、最大の魅力です。

Baba Commandant & The Mandingo Band "SIRA BA KELE" Sublime Frequencies SF113 (2018)
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ポップ/歌謡路線へ回帰するダンドゥット フィア・ファレン、ネラ・カリスマ

Via Vallen  OM SERA.jpg   Nella Kharisma  SEBELAS DUABELAS.jpg

ダンドゥットの新作から20年近く遠ざかっていたのは、
コプロやハウスといったディスコ化のせいもありますけれど、
CDが制作されなくなり、音楽配信が中心となってしまった影響が大きいですね。

なんせインドネシアでは、ケンタッキーフライドチキンでしか買えないCDが、
中産階級以上のミュージック・シーンを象徴するようになってしまったんだから、
場末感漂う下層庶民のダンドゥットなど、蚊帳の外になるのも当然でした。

そんなところに去年知った、イラマ・トゥジュフ・ナダというレーベルには驚かされました。
コプロやハウスといった流行とは無縁のラインナップで
温故知新なダンドゥット・アルバムを出しているのは、嬉しかったなあ。

すると最近もうひとつ、ペリタ・ウタマというジャカルタのレコード会社からも
ダンドゥットのアルバムが出ているのを知りました。
手に入ったのは、現在のダンドゥット・シーンで人気沸騰中の女性歌手2人。
昨年再生回数1億5千回で国内2位を記録した‘Sayang’を歌うフィア・ファレンと、
今年それをさらに2千回上回る1億7千回を記録した
‘Jaran Goyang’を歌うネラ・カリスマです。

ポップ・コプラのクイーンの異名を持つフィア・ファレンは、
その圧倒的人気からKFCからもCDも出していましたよね。
ド派手なダンス・トラックを抑えて歌謡性を強めたプロデュースは、
KFC向けだったのかもしれませんが、爆発的ヒットとなった‘Sayang’も、
ラップやバニュワンギも交えたポップ・チューンでした。
ディスコ路線が下火になって、ポップ/歌謡路線に揺り戻しがきているのかも。

フィア・ファレンはそんなに歌がうまいわけでもないし、
正直なぜそんなに人気があるのか、よくわからないんですけど、
ネラ・カリスマは、ちょっと鼻にかかったコケティッシュな歌いぶりに
ダンドゥットらしさがよく味わえる、いいシンガーです。

コプロ以降のスピーディなダンドゥットで、現代性のあるサウンドながら、
ロック調、インド風味、レゲエなどを織り交ぜたダンドゥットらしい雑食性を発揮した、
かつてのダンドゥット・サウンドを活かしているところも、いいんだな。
イラマ・トゥジュフ・ナダのような温故知新ではなく、
今のシーンに息づくダンドゥットのヴィヴィッドな手触りを感じます。

Via Vallen "OM SERA" Pelita Utama no number (2017)
Nella Kharisma "SEBELAS DUABELAS" Pelita Utama no number (2017)
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知られざるポップ・ムラユの傑作 キキ・タウフィク

Kiki Taufik.jpg


「ポップ・ムラユ・クレアティフ」のタイトルが付いたアルバムというと、
15年に出たイイス・ダリアの傑作が忘れられないんですけど、
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2016-06-17
その2年前にすでにこんなアルバムが出ていたんですねえ。

チャチャチャで始まり、途中からザッピンに変わるオープニング曲から、
熱帯歌謡の魅惑に溢れた歌と演奏にヤられてしまいましたよ。
ヴァイオリンやアコーディオンをたっぷりフィーチャーしたオルケス・ムラユのスタイルで、
マンドリンなどのカクシ味も利いたサウンドには、感心しきり。
スロー曲では、生音の弦オーケストラまでフィーチャーするというゴージャスぶりです。

これほど丁寧に制作されたムラユ歌謡アルバムが、
インドネシアで出ていたなんて、ちょっと信じられない思いですね。
この当時、すでにダンドゥットはコプロに劣化して、すっかり凋落していたし、
歌謡性の強いムラユが見直された気配はなかったけどなあ。
あー、でも、10年頃からポップ・ムラユの良作が、ぽつぽつと出ていたっけ。
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2012-11-11

もっともイイス・ダリアのアルバムもそうでしたけれど、
マレイシアでCD化されたのは、インドネシアのカセット作品をCD化したんじゃなく、
最初からマレイシアのマーケット向けに作られたものだった可能性もあるのでは。
そんな疑惑すら浮かぶほど、インドネシアのローカル・シーンと遊離した傑作です。

主役のキキ・タウフィクという女性歌手、キャリア不明で、
どういう人なのかまったくわからないんですが、
繊細な歌声はなかなかにチャーミングで、歌唱力も確かです。
涙声で歌う泣き節なども巧みで、ダンドゥットを歌ってもいけそうな人です。

イイス・ダリアの作品はムラユ系ダンドゥットといった趣でしたけれど、
こちらの方はダンドゥット風味はなく、ザッピン、ジョゲットなど
ポップ・ムラユをたっぷりと堪能できる、素晴らしいアルバムです。

Kiki Taufik "POP MELAYU KREATIF: PANGERAN" Insictech Musicland 51357-22532 (2013)
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アンゴラの美メロ・シンガー・ソングライター マティアス・ダマジオ

Matias Damásio  Por Amor.jpg

とろっとろの甘さ。
この人もまたアンゴラの美メロ・マスターといえそうな、
マティアス・ダマジオであります。

美メロ曲で埋め尽くされた“POR AMOR”。大ヒットとなるのも当然ですね。
オリジナルは15年にリリースされましたが、ポルトガルの人気シンガー、
エベル・マルクスをフィーチャーした‘Loucos’ が16年にポルトガルで大ヒットし、
この曲をオープニングにすえ、曲順、ジャケットを変えて
16年に新装リリースされたのが本作です。

遅ればせながら、ようやく手に入って聴いたんですが、
いや~、女子はもちろんのこと、オヤジでもトロけますね。
ベイビーフェイス・クラスの美メロを書ける才人です。

ソングライターの才能ばかりでなく、ヴォーカルもまたいいんだ。
やるせない歌いぶりは、ラヴ・ソング歌いに必須の歌唱力といえ、
スウィートな歌声に加えて、ぐうっと歌い上げる男っぷりも鮮やかです。
なんでアンゴラって、こんなに歌える男が多いんだろうね。

82年ベンゲラに生まれたマティアス・ダマジオは、
11歳で内戦のためルアンダへ避難民として家族と共に移住し、
靴磨きや洗車などの仕事をするなど、苦しい生活を送ったようです。
少年時代はカッサヴのカセットを聞きながら、歌手となることを夢見ていたそうで、
テレビのコンテストをきっかけにプロ・デビューし、
05年にデビュー作をリリースしました。

Matias Damásio  AMOR E FESTA NA LIXEIRA.jpg

ぼくがこの人を知ったのは、09年の2作目“AMOR E FESTA NA LIXEIRA”。
キゾンバをベースに、マラヴォワ風のストリングス・セクションや
アコーディオンをフィーチャーしたセンバなどもやっていて、即お気に入りとなりました。
3作目の“POR ANGOLA” を探したんですけれど、とうとう入手することができず、
ようやく4作目の改訂版を入手できたというわけです。

キゾンバをベースとしたコンテンポラリー・ポップスという路線は、
2作目の“AMOR E FESTA NA LIXEIRA” を踏襲しているものの、
プロダクションはグンと向上しています。
打ち込みに頼らない生演奏主体なのが、アンゴラのいいところです。

キゾンバといってもこの人の場合、センバをベースにしているというより、
ズークやコンパなどフレンチ・カリブ色が強いのが特徴。
「ラスタファーライ」や「ガンジャ」が連呼される曲のリズムが、
レゲエでなくコンパというのが、この人らしいところです。
センバの‘Beijo Rainha’ では、ダイナミックなホーン・セクションに
アコーディオンを絡ませ、聴きものとなっています。

今月末には新作“AUGUSTA” がリリースされる予定。なんとか入手しなきゃ。

Matias Damásio "POR AMOR" Arca Velha/Sony Music 88985362412 (2016)
Matias Damásio "AMOR E FESTA NA LIXEIRA" Vidisco 11.80.8927 (2009)
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ブラジルの新たなるギター弾き語りライヴ名盤 ダニーロ・モラエス

Danilo Moraes  OBRA FILHA.jpg

スゴいな、ライヴでこの完成度って。
まるでスタジオ録音なみのクオリティじゃないの。
しかもギター一本の弾き語りというところが、
ギター弾き語り王国、ブラジルならではでしょうか。
ジョアン・ジルベルト、ジョアン・ボスコ、セルソ・フォンセカという先達が残した
弾き語りライヴ名盤のラインナップに、本作も加わりますね。

サン・パウロのシンガー・ソングライターというダニーロ・モラエス。
これがすでに7作目と聞きますが、寡聞にしてこれまで知りませんでした。
ジャケットに描かれたコンサートの様子は、ダニーロの音楽世界にふさわしく、
まるでホーム・パーティのようなインティメイトな雰囲気を演出しています。
なんでもサン・パウロのスタジオにお客さんを入れて、レコーディングしたんだそう。

なにより、ダニーロのハートウォーミングな歌い口にひきこまれます。
この温かな声だけで、才能といえますね。
甘い歌声に、この人の育ちの良さを感じます。
小気味よいギターのバチーダも確かで、アルペジオで柔らかく弾きもすれば、
ナイロン弦ギターばかりでなく、スティール弦のカイピーラ・ギターを使って、
華やかなギター・サウンドも演出します。

シンプルなギター弾き語りだけで、これほど豊かな音楽世界を生み出せるのは、
もちろんダニーロの楽曲の良さもありますけれど、
1曲ごとにリズムが違い、それに合わせてギターの奏法も多彩だからですね。

Céu   Ambulante Tratore.jpg

あれっ、と思ったのは、セウの‘Mais Um Lamento’ を歌っていたこと。
セウのデビュー作に入っていた曲で、ダニーロが提供した曲だったんですね。
サン・パウロ新世代女性歌手として注目を集めたセウは80年生まれ、
ダニーロは79年生まれと、二人は同世代なのか。

レパートリーで意外に思ったのが、ジャクソン・パンデイロの持ち歌の‘Tililingo’。
サン・パウロの新世代が、こんな古いフォローをレパートリーに取りあげるなんて、
やっぱりブラジルの伝統は懐が深いわ。
トリアングロのリズムが聞こえてくるような楽しい仕上がりで、
ダニーロのリズム感バツグンな滑舌のいい歌いっぷりが最高です。

Danilo Moraes "OBRA FILHA" no label COSA001 (2018)
Céu "CÉU" Ambulante/Tratore AMB03 (2005)
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ラトヴィアの古代と未来 ラタ・ドンガ

Lata Donga  VARIĀCIJAS.jpg

ラトヴィアといえば合唱。
歌の宝庫で知られるお国柄ですけれど、
ラトヴィアの夫婦と娘2人のラタ・ドンガも、
3世代にわたって歌い継いできた民謡をレパートリーにしているといいます。

フィンランドのカンテレによく似たラトヴィアの民俗楽器、
クアクレの清涼な弦の響きを生かしつつ、
ピアノ、ベース、エレクトロほか、さまざまな楽器を多彩に取り入れています。
プロダクションがよく作り込まれているうえに、デリケイトな仕上がりで、
デビュー作にしてこの完成度の高さは、スゴいですね。
クアクレは、お父さんのアンドリス・カプストが弾いていますが、
プログラミングやエレクトロを担当しているマルチ奏者のウギス・ヴィティンシュが、
サウンドづくりのキー・パーソンのよう。

ラトヴィアの古代と現代だけでなく、ラトヴィアと世界をつなごうという音楽性は、
インド南東部のテルグ語とラトガリア語をミックスしたグループ名にも、
はっきりと表れています。
なんでも、「ラタ」は、テルグ語で女性を象徴する植物だそうで、
「ドンガ」はラテン語の砦を意味し、神と霊の家を象徴するラトガリア語とのこと。

古代インド・ヨーロッパ語族バルト語派の広がりをさかのぼる試みは、
インドのサロード、西アジアのダフ(枠太鼓)、
中東のダルブッカをフィーチャーしたサウンドに表明されていて、
アンドリスは、ラトヴィアの伝統音楽に影響を及ぼしてきたスラヴ、インド、
中東の音楽の要素を露わにしようとしています。
こんな学究的なテーマをポップ・ミュージックとして成立させるのは、
容易なことではないんですけれど、これは稀有な成功作ですね。

4人のア・カペラのコーラスは、深みのある荘厳な響きを持ち、
力強いシンギングからは北の生命力が溢れ出ます。
ラトヴィアの古代と未来を鮮やかに示してみせた野心作です。

Lata Donga "VARIĀCIJAS" Lauska CD079 (2018)
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深化したマルチーニョ流アフロ・サンバ マルチーニョ・ダ・ヴィラ

Martinho Da Vila  BANDEIRA DA FÉ.jpg

そして、もう一人の大物サンビスタがマルチーニョ・ダ・ヴィラです。
こちらは正直いうと、モナルコと違って、あまりフォローしていなかったんですよねえ。
70年代はそれこそ思いっきり夢中になった人ですけれど、
80年代以降精彩を欠くようになり、
90年代以降のアルバムはノー・チェック状態でした。申し訳ありませ~ん。

ということで、ぼくにとっては、何十年ぶりのごぶさたのマルチーニョなんですが、
ひさしぶりに聞いてみる気をおこさせた「何か」を予感したのは、当たりましたね。
こういう勘は、ほとんど外れなくなったなあ(ドヤ顔)。
マルチーニョは、70年代にサンバを蘇らせた立役者ですけれど、
あの当時の意欲溢れるサンバが、この新作では完全復活しています。

マルチーニョは伝統サンバといっても、
オーセンティックなエスコーラのサンバだけを歌ってきたわけではありません。
ジョンゴなどアフロ・ブラジル音楽の古層を見据えながら、
フレーヴォやシランダといった北東部音楽を取り入れて、
アフロ・サンバの再構築を試みてきた人です。

新作は、そんな70年代の志に回帰したともいうべき、意欲的な作品となりました。
まず1曲目から、モレイラ・ジ・シルヴァばりのサンバ・ジ・ブレッキですからね。
これまでマルチーニョがサンバ・ジ・ブレッキを歌ったことなんて、あったっけか。
しかも、曲の終わりには、ゼー・ケチの名サンバ
‘A Voz Do Morro’ に接続するという趣向です。

そして70年代のマルチーニョ復活を印象づけるのは、
短調芸術とも称された泣き節のサンバが数多く収められていること。
‘Depois Não Sei’ ‘Não Digo Amém’ ‘Bandeira Da Fé’の3曲がそれで、
70年代の短調サンバの名曲
‘Marejou’ ‘O Caveira’ ‘Claustrofobia’をホウフツさせます。

ほかにも、ファドに挑戦した‘Fado Das Perguntas’、
ラッパーのラッピン・オッドを迎えたサンバ・ラップの‘O Sonho Continua’、
17世紀ブラジルの黒人解放運動最後のリーダー、ズンビをテーマとした、
アフロ・サンバ‘Zumbi Dos Palmares, Zumbi’ という多彩な内容。

息子のトゥニーコと歌ったラスト・トラックの‘Baixou Na Avenida’ では、
フレーヴォからサンバに接続するアレンジでアルバムを締めくくっていて、
80歳にして、この攻めの姿勢はスゴいですよ。
さすがはマルチーニョ、より深みを増したアフロ・サンバに感服しました。

Martinho Da Vila "BANDEIRA DA FÉ" Sony 19075899822 (2018)
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サンバの伝道師 モナルコ

Monarco  DE TODOS OS TEMPOS.jpg

もう40年以上、ブラジルの音楽をせっせと聴いてきましたけれど、
ここ最近聴いているのは、ジャズばっかりなんだから、自分でも驚いちゃいます。
まさかブラジルのジャズがこんなに面白くなるなんて、想像すらしませんでしたけれど、
それに比べて、サンバはパッとしなくなっちゃったなあ。
特にエスコーラ系の伝統サンバは、まったく新作が出なくなっちゃいましたよねえ。

そんな不満を募らせていたところに、伝統サンバの大ヴェテラン、
大物中の大物2人が揃って新作を出してくれたんだから、
積年の渇きが一気に解消しようというもの。
だって、その1人はなんと、モナルコですよ! 言わずと知れたポルテイラの重鎮。
田中勝則さんが制作された『俺のサンバ史』から、なんと16年ぶりです。

いや~、長かったなあ。
14年に80歳記念のアルバム“PASSADO DE GLÓRIA - MONARCO 80 ANOS” が
自主制作で出たのは知っていましたけれど、
どうしても入手できなくて、悔しかったのなんのって。
あれから4年、新作を出してくれるとは、もう感激しきりです。

今思えば、モナルコが43歳で出した初のレコードに出会わなかったら、
ぼくはこれほど伝統サンバにのめりこまなかったはずです。
あの76年のコンチネンタル盤と、カルトーラのマルクス・ペレイラ盤2枚は、
ぼくにとってサンバの聖典となりました。

Monarco  Continental.jpg   Escola De Samba Da Portela A Vitoriosa.jpg

あの初レコードで、とりわけぼくが好きだった曲が、
フランシスコ・サンターナと共作した‘Lenço’。
サンターナは、ポルテーラの創始者パウロ・ダ・ポルテーラのスタイルを
継承して完成させたといわれる天才作曲家で、
この曲は57年に出たポルテーラのレコードに、
‘O Lenço’ のタイトルで収録されていました。

当時モナルコは24歳で、この時が自分の曲の初レコード化だったんじゃないのかな。
00年にマリーザ・モンチがプロデュースしたヴェーリャ・グアルダ・ダ・ポルテーラの
アルバムでも、この曲はラストを飾る重要な位置づけになっていました。

Velha Guarda Da Portela  TUDO AZUL.jpg

そんなモナルコが、もう85歳なんですねえ。
年齢を感じさせない、昔と変わらないモナルコ節に、
もう涙が止まらなくなってしまって、どうしようもありませんでしたよ。
イナセな男っぷりに加えて、より柔和な表情をみせているのは、
幸福な老後を迎えていることの表われでしょう。

全16曲、昔の曲ばかりでなく、息子のマウロ・ジニースと共作した新曲もあって、
サンバ作家としての意欲もまったく衰えていません。
カヴァキーニョのマウロ・ジニースに6弦ギターのパウローンといういつもの布陣に加え、
バンドリンのルイス・バルセロスなども加わった伴奏陣も、最高のメンバーが揃っています。

17歳でポルテーラの作曲家チームの一員となり、ソロ歌手としての道を選ばず、
敬愛する先輩たちと共に活動する道を歩んだからこそ、
デビュー作も遅く、寡作家となったモナルコ。
モナルコは一貫して、自分を引き立て育ててくれたポルテーラの先輩や、
他のエスコーラのサンビスタを称賛するサンバを作り、歌い続けてきました。

仲間や人生への感謝を歌うモナルコのサンバに感動するのは、
サンバの伝道師として生きてきた彼の歩みが、
そこに刻印されているのを実感できるからですね。
頭のテッペンから足のつま先まで「誠実さ」が詰まったモナルコのサンバを聴くたびに、
自分に驕りがないか、戒められるような思いがします。

今回一番胸を突かれたのが、‘Obrigado Pelas Flores’。
ベッチ・カルヴァーリョが79年の最高傑作“NO PAGODE”で歌った名曲です。
そして、ゼカ・パゴジーニョが歌って大ヒットしたモナルコ最大の当たり曲、
‘Vai Vadiar’ で締めくくられたラストにも、
聴き終えたあと、しばし動けなくなるほど感動してしまいました。

音楽を聴く喜び、生きる意味のすべてがここにある。
そういって過言ではない、人類の宝です。

Monarco "DE TODOS OS TEMPOS" Biscoito Fino BF553-2 (2018)
Monarco "MONARCO" Continental 857382370-2 (1976)
[LP] Escola De Samba Da Portela "A VITORIOSA" Sinter SLP1718 (1957)
Velha Guarda Da Portela "TUDO AZUL" Phonomotor/EMI 525335-2 (2000)
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カルメン・ミランダでシャバダバ オルジナリウス

Ordinarius  Notavel.jpg   Ordinarius  Rio De Choro.jpg

リオで08年に結成された男女混成ア・カペラ・コーラス・グループ、
オルジナリウスの3作目を数える新作は、
カルメン・ミランダの代表曲をカヴァーするという、
若者にあるまじき(?)酔狂な企画。
古いブラジル音楽好きには、大歓迎のアルバムであります。

クラウンドファンディングで制作された前作でも、
ピシンギーニャやヴィラ・ロボスのショーロや、
ノエル・ローザのサンバなどの古典曲から、
カルリーニョス・ブラウンやエドゥアルド・ネヴィスなどの現代曲まで取り上げて、
フレッシュに聞かせてくれた彼らならではの目の付け所でしょうか。

オルジナリウスの良さは、エンターテイメント精神に溢れていること。
ブラジルのコーラス・グループというと、
クアルテート・エン・シーがまず思い浮かびますけれど、
ときに不協和音も駆使して高度なハーモニーを聞かせるエン・シーとは違って、
オルジナリウスは、あくまでもポップなシャバダバ・コーラスで楽しませてくれます。

カルメンがもっとも輝いた30年代の代表曲
‘Adeus Batucada’‘O Que É Que a Bahiana Tem’ はじめ、
前作でもメドレーで取り上げていた大ヒット曲の‘Tico Tico No Fubá’ ほか、
渡米時代の映画の挿入歌‘South American Way’
‘I, Yi, Yi, Yi, Yi (I Like You Very Much)’も取り上げています。
‘O Samba E O Tango(サンバとタンゴ)’ を、
カルロス・ガルデルのタンゴ‘Por Una Cabeza’ とメドレーにしたアイディアも秀逸。

取り立てて凝ったアレンジをしているわけでなく、
原曲に忠実にハーモナイズしただけともいえるのに、
これほど理屈抜きに楽しめるのは、オリジナルのメロディがフレッシュで、
ぜんぜん古びていないからですね。
‘Tico Tico No Fubá’ なんて100年前の曲ですよ!?
ブラジル音楽の魅力の奥深さを、まざまざと思い知らされますね。

Ordinarius "NOTÁVEL" no label RB045 (2017)
Ordinarius "RIO DE CHORO" no label no number (2015)
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サハラの生音ビート・ミュージック タラウィット・トンブクトゥ

Tallawit Timbouctou.jpg

サヘル・サウンズから、トゥアレグのグリオ3人組の新作が届きました。
新作といっても録音は11年と、なぜか7年も眠っていた音源ですけれど、
トンブクトゥやガオなどで演奏される、
祝祭のダンス音楽タカンバの素の姿が楽しめる、貴重なアルバムです。

タラウィット・トンブクトゥは、アンプリファイされたテハルダントと、
ベース役のもう1台のテハルダントを演奏する兄弟と、カラバシを叩く甥による3人組。
全10曲45分ノンストップで演奏されるタカンバは、ダンスの伴奏音楽とはいえ、
野性味たっぷりの演奏と、砂嵐が舞うようなグルーヴに、聴き飽きることがありません。

グナーワにも通じるトランシーな快楽を呼び起こすタカンバは、
結婚式や有力者の祝賀のほか、遊牧民キャンプなどを回って
トゥアレグのグリオが演奏してきたもので、トゥアレグばかりでなく、
ソンガイのコミュニティにも広く受け入れられてきた音楽です。

70年代半ばから、グリオの出自でないソンガイ人やトゥアレグ人が、
電気化したテハルダントでタカンバを演奏するようになり、
80年代にシュペール・オンズがガオで人気を博し、
一気にタカンバ・ブームが巻き起こります。
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2014-02-26

タカンバという名前は、トゥアレグ人が演奏していたタシガルトを
ソンガイ人がタカンバと呼んで広まったもののようで、
トンブクトゥではタシガルトと呼ばれていると、
トゥアレグのグリオのグループ、アル・ビラリ・スーダンの解説に書かれていましたね。
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2014-01-09

カラバシを拳で叩く重低音ビートがとにかく快感で、
生音のビート・ミュージックと呼びたくなります。
このタカンバの饗宴を、もし単調と感じる人がいるとしたら、
その人はアフリカ音楽とは無縁な人だろうな。

Tallawit Timbouctou "HALI DIALLO" Sahel Sounds SS048CD (2018)
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門下生が完成させたエルメート・ミュージック ヴィンテナ・ブラジレイラ

Vintena Brasileira.jpg

エルメート・パスコアール門下生の活躍が、目立ってきましたね。
エルメート・バンドのベーシスト、イチベレ・ズヴァルギの新作が、
今年のブラジルの最高作といえる大傑作で、絶賛愛聴中ですけれど、
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2018-09-11
ピアニストのアンドレ・マルケス率いるラージ・アンサンブル、
ヴィンテナ・ブラジレイラの新作が、これまた秀逸です。

エルメートの音楽を知って、はや40年。
有明・田園コロシアムで観た醜悪なパフォーマンスで幻滅し、
それ以来エルメートとは疎遠になっていました。
とはいえ、彼の作編曲家としての能力は買っていたので、
ときどきはリーダー作をチェックしていたものの、
たまに聞いても、あいかわらずのハッタリが強く、
コケオドシでぐずぐずになる音楽に、毎度ウンザリさせられてきました。

ところが、親分のもとで育った弟子たちが、エルメートの音楽をやると、
見違えるようになるんですねえ。エルメートのアイディアを
きちんと音楽にふくらませる楽理的なスキルが、彼らにはあります。
北東部のリズムを多彩に取り入れて、スリリングな展開を生み出し、
高度なオーケストレーションで万華鏡のようなアンサンブルをかたどるなど、
未完のまま放り出しっぱなしになる親分の音楽を、
しっかりとした完成品に仕上げることができるのですね。
アンドレ・マルケスが若手の音楽家を集めたヴィンテナ・ブラジレイラも、
その成果をしっかりと示しています。

とはいえ、あまりにハイ・レヴェルなイチベレ・ズヴァルギを先に聴いてしまうと、
聴き劣りしてしまうのは否めないかな。
編曲に、緊張と解放のダイナミズムがいまひとつ欠けるのと、
メンバーのプレイもスコアどおりに演奏するのが精一杯で、
余裕なく感じられるのは、若手の経験不足でしょうか。

ギターやサックスに、長いソロを与えているところも難。
せっかくスコア化したオーケストレーションの緊張感が解けてしまい、
アンサンブルがソロイストのバックに後退する、
フツーのジャズになってしまう<ゆるさ>が残念です。
あくまでもソロは、難度の高いアンサンブルの合間を縫って短く演奏し、
緊張を緩めないようにすれば、もっと緊密度の高い演奏となったはず。

とまあ、高度な編曲をこなす実力者たちが、ハンパないスピード感で演奏した
イチベレ・ズヴァルギのアルバムと比較したらの話で、
このアルバムも、エルメートの音楽性を具現化した作品としては、立派な作品です。
古手のジャズ・ファンにもウェイン・ショーターでおなじみの、
ミルトン・ナシメントの“Ponta De Areia” のカヴァーもやっていますよ。

Vintena Brasileira "[R] EXISTIR" no label AM006 (2018)
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黒いフルート オマール・アコスタ

20181103_Omar  Acosta_Venezolada 1992.jpg   20181103_Omar  Acosta_Latitud 2017.jpg

ベネズエラの経済崩壊、いったいどうなってしまうんでしょうか。
年末にはインフレ率が100万パーセントに達する見通しをIMFが出していて、
08年のジンバブウェの悪夢がよみがえります。
すでに300万人がコロンビアや周辺国へ脱出していて、
国家崩壊の様相さえ呈していますね。

これでは音楽どころではない国内事情でしょうが、
ひさしぶりにベネズエラ音楽を聴ける機会がありました。
日本でベネズエラ音楽の普及に務める東京大学の石橋純さんの企画で、
フルート奏者オマール・アコスタのトーク&ミニ・ライヴが開かれました。
場所は石橋さんのホームグラウンド、東大駒場キャンパスのホールです。
ここに来るのは、12年にチェオ・ウルタードを招いた公演以来ですね。
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2012-07-02

スペイン国立バレエ団の来日に帯同してやってきたオマール・アコスタが、
石橋さんに連絡を入れてきたことで、今回のライヴが実現したんだそう。
オマール・アコスタは98年にスペインへ渡り、フラメンコのグループで演奏活動を行い、
12年から16年にかけてスペイン国立バレエ団の音楽監督を務めていたんだそうです。
今回は監督ではなく一演奏家としての来日だったので、自由も利いたんでしょう。
同じスペイン国立バレエ団で来日し、オマール・アコスタ・トリオの一員でもある、
アルゼンチン人ギタリストのセルヒオ・メネンとのデュオ演奏を聞かせてくれました。

4369.jpg4378.jpg

オマール・アコスタが92年に出したデビュー作は、
ベネズエラの都市弦楽に夢中になっていた時期に、
アンサンブル・グルフィーオなどとともに愛聴した、忘れられないアルバムです。
その1曲目に収録されているユーモラスなメレンゲ
‘El Cucarachero’ を演奏してくれたのは、嬉しかったなあ。
終演後、このCDをオマールに差し出したら、オマールは大きな声をあげて、
「わお! このCD、ぼく持ってないんだよ!」だって。
古いレコードやCDにサインをもらう時の、あるあるですね。

オマールのフルートが黒いので、最初木管かなと思ったら、
特殊な合成樹脂製で、特許を持つ台湾の工房で作られているものだそう。
オマール自作のショーロ‘Choreto’ では、後半の倍テン(ダブル・タイム)にしたところから
白いピッコロに持ち替え、急速調のリズムにのせて鮮やかなタンギングを披露していました。

ホローポ、ダンソン、バルス、(アルゼンチンの)サンバ、タンゴに、
バッハ曲をオンダ・ヌエバ(ベネズエラ流ジャズ)で演奏するなど、
自在に吹きこなすオマール・アコスタの妙技を堪能した秋の午後でした。

4366.jpg

Omar Acosta Ensemble "VENEZOLADA" Producciones Musicarte MS090CD (1992)
Omar Acosta Trio "LATITUD" no label M3878 (2017)
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いさぎよい歌 折坂悠太

20181102_折坂悠太 平成.jpg

不思議な歌を聴きました。
フォークのようでフォークじゃない。これまでにない感触の日本語の歌。

明瞭な日本語の発音、こぶしの入った節回し、朗々と歌いもすれば、
演劇的な台詞回しもする。かつての日本語フォークのようでありながら、
フォークぎらいのぼくをグイグイ惹きつけるのだから、どうやら別物のようです。

歌のナゾはさておき、このアルバムの分かりやすい魅力は、その音楽性の豊かさ。
冒頭のサンバから、ジャズ、フォーク、カントリーを取り込んで、
自分の音楽にしっかりと血肉化させているところは、頼もしさを覚えます。
なになに風の借り物サウンドにならないのは、
すべてこの人の音楽に消化されているからですね。
ほのぼのとしたオールド・タイミーなサウンドに見え隠れする不穏な影や、
アヴァンなコラージュにも、一筋縄でいかない音楽性を感じます。

一方、メロディには、わらべ唄や唱歌のような「和」の香りがするのが、
この人の不思議な魅力。何度も聴くうちに、折坂が書くメロディと、
歌詞の日本語の収まりが、飛び抜けて良いことに気付きました。
この人の歌詞がはっきりと聞き取れるのは、そこに理由があるんですね。

いわゆるかつての日本語フォークにあった字余り感はまったくなくて、
言葉の持つリズムやイントネーションに対する感性が、鋭敏な人のようです。
日本語の響きにこだわった言葉選びが、
時に古めかしい言葉づかいになっているようにも思えますけれど、
それがすごくメロディとマッチしているんですね。

20181102_折坂悠太 タワレコ.jpg新宿のタワーレコードでインストア・ライヴを
やるというので、のぞいてきたんですが、
思いがけず強度のある歌いぶりで、
ちょっと驚かされました。
ひ弱ささえ覚える風貌なのに、
声の圧がスゴくって、気おされましたよ。
ノドを詰めた声や、似非ホーミーみたいな
声を出すパフォーマンスも聞かせて、
どれも我流ぽいんですが、それがすごく良かったな。
ギターも、ナインスやディミニッシュを
多用していましたけれど、
ジャズ・ギターを学んだとかじゃなくて、
これまた独学自己流ぽいんですね。

最近は、なんでもスクールで
習ったりするようですけれど、
この人は、歌もギターも自分で創意工夫しながら、
ひとつずつ自分の表現を獲得してきたとおぼしき確かな手ごたえを感じます。
その独創力が歌にいさぎよさを宿していて、頼もしかったです。
大器じゃないでしょうか。

折坂悠太 「平成」 PCI ORSK005 (2018)
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20代のイブラヒム・タトルセス

İbrahim Tatlıses  DOLDUR KARDAŞ İÇELİM - NESİLDEN NESİLE.jpg

ついに出ました!
トルコ歌謡の帝王イブラヒム・タトルセスの初期録音CD。
タトルセスは、オルハン・ゲンジュバイがトルコ歌謡の一大ジャンルに引き上げた
アラベスクで大当たりし、労働者階級の圧倒的支持を集めて
国民的歌手となった大スターですけれど、
その出発点は天才民謡歌手だったということが、これを聴くとよくわかります。

発売元のウマール・プラックは、ウィキペディアによると、
パランドケン・プラック(70~74年)、スタジオ・ヤルシン(75~77年)に次いで、
タトルセスが契約したレコード会社。
ウィキペディアには、在籍したのは78年のみと記されており、
年の頃なら25、6でしょうか。
所属期間が短かったとはいえ、ウマールにはタトルセス初期の名作
“DOLDUR KARDAŞ IÇELIM” もあり、重要レーベルといえます。

本CDにも前掲LPのタイトル曲が収録されているんですけれど、こちらは別録音。
ウマール・プラックからはシングルも出ていたので、
シングル録音の編集盤なのかなとも思えますが、
それにしては全15曲歌・演奏ともに統一感があり、
カセット作品用に再録音されたものなのかもしれません。

原盤はよくわからないものの、“DOLDUR KARDAŞ IÇELIM” に劣らぬ名作で、
これほど輝かしいクルド系民謡は、ほかではちょっと聞くことができませんよ。
まだ20代半ばという、若さがみなぎるその歌声は、
「甘い声」を意味するタトルセスの芸名の由来を思い出させます。
美声の天才民謡歌手というと、幼くしてデビューした三橋美智也を思わせますけれど、
二人とも伸びやかな高音とこぶし回しの絶妙さは、共通するものがありますね。

三橋美智也が追分で聞かせるこぶしと、タトルセスがトルコの長唄と呼ばれる
ウズン・ハヴァで聞かせるクルド的なメリスマとでは、味わいに違いはあるとはいえ、
天性といえるそのノドの素晴らしさに感動する点に、なんら変わりありません。
アジア東西の端っこ同士で、民謡をルーツにした大衆歌謡歌手が登場して、
歴史に名を残すなんて、なんだか嬉しくなるじゃないですか。

İbrahim Tatlıses  YAĞMURLA GELEN KADUN.jpg

こうしたクルド出自の民謡系ポップスのハルクは、
タトルセスがアラベスク路線となってから、長く影をひそめてきましたが、
09年作の“YAĞMURLA GELEN KADUN” で、
クルド民謡へ回帰した曲を歌ったのには、意表をつかれました。

あのアルバムは、アラベスクが地方の民謡を取り込みながら、
大衆性と伝統性を獲得してきた原点へと回帰するだけでなく、
クルド民謡へも回帰した、タトルセスの最高傑作でした。
その後11年の銃撃事件によって、タトルセスの輝かしい歌声が
失われてしまっただけに、最後の傑作となってしまいましたよね。

タトルセスの出発点であった初期録音の本作と、
09年作をあわせて聴いてみると、高音域の伸びとメリスマ使いの際立った技量は、
はや20代半ばで完成されていて、あらためて天賦の才に圧倒されます。

İbrahim Tatlıses "DOLDUR KARDAŞ İÇELİM - NESİLDEN NESİLE" Ömer Plak no number
İbrahim Tatlıses "YAĞMURLA GELEN KADUN" Idobay no number (2009)
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ビター・スウィート・レゲエ ベレス・ハモンド

Beres Hammond  NEVER ENDING.jpg

いい声だなあ。
嬉しくなっちゃいますよね、この円熟したノド。
ベレス・ハモンド、63歳ですか。
持ち前のしゃがれ声が、また一段と深みを増しましたね。

歌ものレゲエが、本格的に復活してるんですねえ。
ベレス・ハモンドのアルバムを聴くのは、94年の“In Control” 以来。
もちろん、その間もコンスタントにアルバムを出していたようですけれど、
レゲエとすっかり疎遠になってしまい、チェックを怠っていました。
店頭で訴求力バツグンのジャケットにやられて、すぐさまレジに向かいましたよ。
タイポグラフィに配色、ベレスのポートレイトの色味もサイコーです。

四半世紀ぶりに聴くベレス、嬉しいくらい、変わってません。
ベレス節としかいいようのない節回し、
表情豊かな歌いっぷりは、まさしくジャマイカの至宝です。
ソウル・テイストをたっぷりとたたえた資質は、
ラガ期に活躍したラヴァーズ・ロックの大ヴェテランというイメージに反し、
もっとオールド・スクールなロック・ステディの味わいを引き継いでいますね。

ラヴ・ソングにぴったりな、温かい人柄の伝わる甘い歌い口で、
恋の切なさをこれほど絶妙に表現するレゲエ・シンガーを、ぼくは他に知りません。
ほのぼのとしたムードを醸し出すところも、ベレスの良さですね。

ウィリー・リンドのギター、ディーン・フレイザーのサックス、
ロビー・リンのキーボードと、往年の盟友たちのバッキングを得て、
ベレスのビター・スウィートな甘さが、水を得た魚のごとくはじける快作です。

Beres Hammond "NEVER ENDING" VP VP2584 (2018)
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3者3様の個性を発揮したセッション エドゥ・リベイロ、トニーニョ・フェラグッチ、ファビオ・ペロン

Edu Ribeiro convida Toninho Ferragutti e Fábio Peron.jpg

この3人の役者が揃ったとあっては、聞かないわけにはいかないでしょう。
メロディを叩くドラマーのエドゥ・リベイロに、
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2017-11-11
アコーディオンのトップ・プレイヤー、トニーニョ・フェラグッチ、
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2016-09-09
サン・パウロの新進バンドリン奏者ファビオ・ペロンの3人による新作です。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2018-03-13

ベースレスという変則トリオ編成ですけれど、
ボトムの不足感がないのはさすがです。
クレジットはありませんが、ファビオ・ペロンはバンドリンだけでなく、
5弦ギターも弾いていますよ。
レパートリーは3人が持ち寄ったオリジナル曲で、
各自の個性がくっきりと浮き彫りになるマテリアルが並びます。

たとえば、メロディアスなドラミングに始まるオープニングの‘A Física’ は、
すぐエドゥ・リベイロの作曲とわかるし、
アコーディオンが主役のバイオーンの‘Mogiana’は、
当然トニーニョ・フェラグッチアコーディオンの曲だし、
穏やかなショーロ・ナンバーの‘Choro Materno’ は、
いかにもファビオ・ペロンらしい作風です。

ハイライトは、メシアス・ブリットに捧げたファビオ・ペロン作の
‘Procure Saber’でしょうか。急速調のフレーヴォを、
ファビオがメシアス・ブリットばりの高速フレーズで弾きまくり、
メシアスに劣らぬ高いテクニックを見せつけます。
トニーニョのアコーディオンもばり弾きなら、
エドゥも猛烈にプッシュしています。

3人3曲ずつのトリオ演奏に、
1曲のみ、わずか1分弱のエドゥのドラム・ソロが収録されています。
‘Vinhera’ とタイトルされたこの曲、
ドラム・ソロと呼ぶのはいささかふさわしくなく、
まるで歌うようにメロディを奏でるドラム演奏が聞けます。

Edu Ribeiro convida Toninho Ferragutti e Fábio Peron "FOLIA DE TREIS" Blaxtream BXT0020 (2018)
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日本のポップ・ミュージック史を塗り替える演奏力 クラックラックス

クラックラックス 20181828.jpg

クラックラックスの新作が、毎朝のウォーキングのパートナーとなって、はや3か月。
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2018-08-30
楽しみにしていた9月30日のリリース・ライヴが台風で中止になってしまい、
すっかり気落ちしてたんですが、先日のアンダーグラウンド・ファンク・ユニヴァースで、
新宿ピットインに出向いたところ、「石若駿3デイズ6公演」のチラシを見て、なぬ?
なんと今度の日曜日の昼公演に、クラックラックスが出演とあるじゃないですか。

あわててレジへ駈け込み予約を入れましたけど、
クラックラックスがまさかピットインでやるとは思わなかったなあ。
しかも昼公演だっていうんだから、これまた意外。
若い人が集まるクラブで、アウェイ感たっぷりに
踊りに行くのを覚悟していたオヤジにとって、想定外の出来事でありました。

ところが、クラックラックスは、
新宿ピットインのイベントの企画として結成されたという話を
ライヴのMCで知り、二重のオドロキ。へぇ~、ここがホーム・グラウンドだったんですか。
確かに全員ジャズに精通したメンバーなんだから、不思議じゃないけど、
ポップ・ミュージックのバンドとしてカンバンをはってるだけに、これは意外でしたねえ。

そして、じっさいライヴに接して、いやもう圧倒されましたよ、その演奏力の高さに。
複雑な構成の変拍子曲で、フロアを熱く盛り上げ踊らせる技量は、
そんじゃそこらのポップ・バンドじゃできない芸当です。
ジャズのスキルばかりでなく、クラシックや作編曲の能力がふんだんに取り入れられ、
日本のポップ・ミュージックのバンドも、ここまで来たかという思いを強くしましたね。

「ここまで来たか」という感慨は、40年前に荻窪のロフトで観た、
シュガー・ベイブの演奏力のなさを、ふと思い出してしまったからなんですけれどね。
シュガー・ベイブに限らず、ぼくが学生時代だった70年代の日本のバンドは、
自分たちがやろうとしている音楽に、演奏力がぜんぜん追いついていない
不甲斐なさが、常につきまとっていたもんでした。
あの当時を思うと、今の若者たちがものすごく頼もしく映るんですよ。

リーダーの小西遼の、キーボードを操りながらヴォコーダーやサックスを吹く姿なんて、
テラス・マーティンとダブってみえましたもん。
面白いなと思ったのは、ヴォーカルの小田朋美の、日本語を響かせる感性に、
60年代アングラの匂いがしたこと。これは意外だったかな。
そして、圧巻だったのは、今回のライヴ企画の主役である、ドラムスの石若駿。
その重量感は日本人ばなれ、なんてありていな感想が失礼と思えるほどで、
間違いなく世界のトップ・プレイヤーと肩を並べるレヴェルです。

切れ味の鋭さとか、スピード感のあるドラマーなら、過去も現在も大勢いますけど、
石若ほどの圧倒的な爆発力と猛進するドラミングは、森山威男以来じゃないかな。
その一方で、驚くほど柔らかい手首のスナップが、
しなやかで大きなグルーヴを生み出しているのにも、感じ入りましたね。
この人なら、直径3メートル・クラスの和太鼓でも叩けそう。
そして、ラストの「No Goodbye」で披露した猛烈なプッシュは、
ライヴ最大のハイライトでした。

あのハッピーな「OK」を、ライヴでぜひ踊りたいというオヤジの願望、
ついにかなえられましたよ。
心ゆくまで踊って楽しんだシアワセな日曜の午後でありました。

CRCK/LCKS 「DOUBLE RIFT」 アポロサウンズ POCS1710 (2018)
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ハードコア・フリー・ジャズ・ファンク アンダーグラウンド・ファンク・ユニヴァース

Underground Funk Universe.jpg

まさしく百戦錬磨の面々。
中央線ジャズの豪傑がずらりと並んだ新バンドのクレジットに、
これは買いでしょうと飛びつこうとした矢先、
一夜だけのアルバム発売記念ライヴを新宿ピットインでやると聞き、
さっそく予約を入れ、CDは会場で買うことにしました。

事前にCDを聞かず、ライヴで初めて聴くなんてことは、
ぼくの場合、けっしてしないんだけど(だからフェスには足が向かない)、
長年聴きなじんできたこのメンバーなら、中身は間違いなし、保証付ですよ。

10月23日のライヴは、残念ながらメンバー勢揃いとはならず、
前日に退院したばかりの片山弘明が、大事をとって欠。
代わりに、バリトンの吉田隆一とテナーの佐藤帆がゲスト参加したんだけど、
吉田隆一を高く買っているぼくにとっては、これは嬉しいサプライズでした。

1部は、加藤崇之と林栄一がステージにあがり、
2人のフリー・インプロヴィゼーションからスタート。
エフェクトを駆使したギターから、変幻自在なサウンド空間を生み出す加藤と、
硬質な音のアルトを過激に吹き鳴らす林に、ぐいぐい引き込まれました。

やがてメンバー10人が揃って、
フリー・ジャズとファンクとロックをないまぜにした轟音ファンクを炸裂。
耳をつんざくホーンズの大音響が、ピットインの狭いハコにとどろきます。
地響きのような早川岳晴のベースが腹にごんごん響き、
湊 雅史と藤掛正隆のツイン・ドラムスが豪胆なグルーヴを巻き起こします。
これぞ耳じゃなく、身体で聴く快楽ですね。

大音量に負けじと、小柄な桑原延享が
アンダーグラウンド・ファンク・ユニヴァースのマニフェストをラップする姿にも、
ジンときましたね。すっかり髪が白くなっていたのには少し驚かされましたけれど、
ジャジー・アッパー・カットを代々木のチョコレートシティで観たのを最後に、
あれから25年も経ってるんだから、そりゃあ、髪も白くなるわなあ。

Jazzy Upper Cut.jpg

ジャジー・アッパー・カットは、ジャングルズの桑原延亨、フールズの川田良、
SALTの早川岳晴と石渡明廣、ヒカシューの角田犬らが集まり、
90年代前半に活動していた大所帯のヒップホップ・バンド。
当時SALTのファンだったことから、このバンドも気に入って、
ライヴに通うまでのファンになったんでした。

桑原延享のラップって、不器用きわまりないんだけど、
借り物でない身体感覚にもとづいた言葉にはウソがなくて、信頼が置けます。
2部の始まりで、石渡明廣のギターと佐藤帆のテナーをバックに、
フールズの曲を歌ったのも、彼の変わらぬロック魂が滲んでいたし、
川田良やECDの名をあげ、天国の彼らに届けとばかりにラップする姿は、
胸に沁みました。

ライヴを先に体験してしまうと、CDが物足りなく聞こえたりするものですけれど、
サウンドを整理しながらも、ツワモノたちのエネルギーを削ぐことなく
パッケージしたのはグッジョブです。
ライヴでは泥酔して醜態を晒した後藤篤のトロンボーンも、よく鳴っていますよ。
メンバーにサインを入れてもらったら、吉田隆一がおちゃめにも、
自分のサインの下に(片山?)と書いてくれましたけれど、
片山弘明がまた元気にブリバリと吹きまくれるよう、早い回復を祈っています。

Underground Funk Universe 「UNDERGROUND FUNK UNIVERSE」 Fulldesign FDR1038 (2018)
Jazzy Upper Cut 「JAZZY UPPER CUT」 ナツメグ BC2201 (1992)
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モガディシュを沸かせたソマリ・ディスコ・バンド ドゥル・ドゥル・バンド

Dur Dur Band Volume 1 Volume 2.jpg

これは、アナログ・アフリカのひさしぶりの快作ですね。
ここ数年のアナログ・アフリカの復刻のお仕事には、
あまり感心できないものが続いていたんですが、
80年代のソマリアで、民間バンドとして活躍した
ドゥル・ドゥル・バンドの復刻には発見がありました。

ようやくソマリ音楽の往年の音源に、
少しづつ光があたり始めるようになった今日この頃ですけれど、
アナログ・アフリカがドゥル・ドゥル・バンドをリリースするというニュースには、
正直歓迎できないというか、もっとほかにリイシューすべきものが
あるんじゃないのとしか思えなかったのでした。

というのも、ドゥル・ドゥル・バンドは、
オウサム・テープス・フロム・アフリカが87年の『第5集』をCD化していて、
平凡なアフロ・ファンク・バンドといった感想しか持っていなかったからです。

しかし、あらためてこのアナログ・アフリカ盤を聴いてから振り返れば、
オウサム・テープス・フロム・アフリカ盤は音質が悪すぎましたね。
劣化したカセット・テープのノイズのせいで、
このバンドの魅力を伝えきれていなかったことが、いまではよくわかります。

今回アナログ・アフリカがリイシューしたのは、
彼らのデビュー作とセカンド・アルバム。
ギターやベースの音もくっきりと捉えられていて、
当時モガディシュのディスコを沸かせたという、
ドゥル・ドゥル・バンドの演奏力をようやく認識できましたよ。

たしかにサウンドは、北米ファンク・マナーというか、
まんまコピー・バンドであるものの、それぞれ個性的な男女歌手がコブシを利かせて、
ソマリらしい5音音階のメロディを歌い、ディープな味わいを醸し出しています。
ガッツのあるサックスのブロウなども、嬉しいじゃないですか。
セカンド作では、レコードの針飛びを模したミックスという斬新なアイディアも聞かせ、
サウンド・エンジニアリングの才にもウナらされました。

モガディシュを沸かせたソマリ・ディスコ・バンドから、
濃厚なソマリ風味を味わえる、得難いリイシュー作です。

Dur-Dur Band "VOLUME 1 & 2" Analog Africa AACD087 (1986/1987)
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現代ブラジルのストーリーテラー ルーベル

Rubel  CASAS.jpg

朴訥とした、シロウトぽい歌い口に惹かれました。
こういうアマチュアぽさを失わないところが、
ブラジル音楽がいつまでもフレッシュでいられる秘訣ですね。

優雅な弦オーケストラがたゆたうと、妙に均質的なビートを刻むギターのバチーダと
ドラム・マシーンが加わり、上質のサウンド・スケープが立ち上るサウンドは、
けだしブラジルのフォークトロニカでしょうか。

スペースを大きく取り、管や弦にコーラスをレイヤーしたアレンジが、
ものすごく斬新です。管と弦のアレンジは、アントニオ・ゲーラ。
まるでインスタレーションを観るようなこの音楽の質感は、
マシーンと人力が絶妙なバランスで、
有機的に絡み合って生み出されているのを感じます。

話題のマルセロ・カメーロをホウフツとさせるサウンドで、
じっさいルーベル本人も、マルセロ・カメーロのファンを自称しているんだそう。
マルセロのヴォーカルが好みじゃないぼくには、ルーベルの方が断然いい。
これが2作目だそうです。

サンバのバツーキ、メロウなローズのサウンド、ゆるいヒップホップ、
上品な室内楽、アーバンなネオ・ソウル、爽やかなソフト・ロック。
さまざまな音楽を吸収してきた軌跡が、
現代のストーリーテラーたらんとする詩的な才能を輝かせています。
歌詞を解さずとも、サウンドだけで十分それが伝わってきますよ。
人肌のぬくもり伝わるポップ・センスが、
知的すぎず親しみやすくて、好感が持てます。

Rubel "CASAS" no label no number (2018)

没後50年記念作 コンフント・ロベルト・ファス

Conjunto Roberto Faz  COSITAS QUE TIENE CUBA.jpg

コンフント・ロベルト・ファスの新作!
いったい何年ぶりなんでしょうか。
カムバック作なのか、それとも地道に活動を続けていたのか、
よくわからないんですけれど、
おととし出ていたアルバムが、ようやく日本に入ってきました。

ロベルト・ファスといえば、コンフント・カシーノの専属歌手から独立し、
50~60年代に活躍したキューバの名歌手。
66年にファスが亡くなったあとも、コンフント・ロベルト・ファスは活動を続け、
ぼくも78年のアレイート盤“HOMENAJE A ROBERTO FAZ” を
すいぶん愛聴したおぼえがあります。

でもその後はフェイド・アウトというか、CD時代に入ってからは、
その名を聞くことがなくなっていたので、いきなりの新作には驚きましたねえ。
ジャケット写真には、オリジナル・メンバーらしき老齢の男性も写っていて、
完全に世代交代したわけではなく、往年のメンバーも残っているようですよ。
クレジットがいっさいないので、確かめられないんですけれども。

久しぶりに聴くコンフント・ロベルト・ファスの演奏ぶりは、実にハツラツとしています。
この楽団って、時代が下るほどに、軽やかになっていくのを感じますね。
78年のアレイート盤を聴いた時も、60年代にはなかったスピード感が
すごくフレッシュに感じましたけれど、今作ではさらに力が抜けて爽やかです。

オハコのグァラーチャはもちろん、パチャンガやクンビアも取り上げた
カラフルなレパートリーがゴッキゲン。
ロベルト・ファスお得意のボレーロ・メドレー、モザイコももちろんやっています。
ラスト・トラックのアフロ色濃いコンガ・メドレーでは、
ぼくの大好きな‘Sun Sun Babae’も飛び出して、もう大満足。

ロベルト・ファスが亡くなって半世紀、主人が不在となった後も、
跡取りたちが立派にアップデイトしていることを示した、記念すべきアルバムです。

Conjunto Roberto Faz "COSITAS QUE TIENE CUBA" Bis Music CD1035 (2016)
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女たちのソン セプテート・モレーナ・ソン

Septeto Morena Son  LO QUE TRAIGO YO.jpg

カネーラ・デ・クーバに続いて、またもキューバのお姉さまグループです。
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2018-04-02
なんとソンの本場サンティアゴ・デ・クーバのグループだというのだから、ビックリ。
本格的なセプテート編成の女性だけのソン楽団なんて、
30年代のアナカオーナ以来じゃないの?
と思って、ちょっと調べてみたら、ほかにもいくつかグループがあるみたい。

マチスモからの解放を目指したのかどうかは知りませんが、
男たちから、女にソンが歌えるものかと冷笑されてきたので、
女だけでも伝統ソンを立派にやることができることを証明したかったと、
リーダーのアイメー・カンポス・エルナンデスはインタヴューで答えています。

たしかにカネーラ・デ・クーバのようなサルサなら、ポップ・センスを生かして、
女性グループならではの華やいだ雰囲気を演出することもできるけれど、
シブい伝統ソンじゃねえ。どんな感じになるのかなあ、とぼくも聴く前は不安でしたが、
いやあ、目を見開かされましたよ。なんてフレッシュなんでしょうか。
その昔、シエラ・マエストラが登場した時のことを思い出しました。
色気で迫るような女の武器を使わず、
王道のソンに真正面から取り組んで、堂々と歌っているところがいいじゃないですか。

パンチの利いた歌いぶりに、みずみずしいコーラス、これぞソンの味わいです。
メンバーの演奏力もめちゃくちゃ高くって、
アイメー・カンポス・エルナンデスが弾くトレスは、名人級。
パーカッションのリズムのキレも抜群で、そんな確かな実力は、とびっきりグルーヴィな
イグナシオ・ピニェイロの‘La Mulata Rumbera’が証明しています。

レパートリーはソン一辺倒ではなく、
ボレーロ・メドレーもあり、チャングイやグァヒーラに、
ジョー・アロージョのソン・カリベーニョまで取り上げています。
カラフルなアルバム作りとしながらも、ポップ寄りにはせず、
ソンの裏庭感あふれる味わいで一本芯を通しているところが、嬉しいアルバムです。

Septeto Morena Son "LO QUE TRAIGO YO" Egrem CD1547 (2017)
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40年後のソフト&メロウ ホンネ

Honne Love Me Love Me Not.jpg

通勤ウォーキングのお供に、
ロンドンのエレクトロ・デュオ、ホンネの新作が加わって、はや2か月。
CRCK/LCKS、キーファー、リジョイサーと連続プレイして違和感がないのは、
ジャジーなアーバン・テイストのサウンドに、
共通するセンスがあるからでしょうね。

ホンネの音楽性はエレクトロ・ポップですけど、
ジャズ新世代がデザインするサウンドと、親和性があるのを感じます。
プロフェットのサウンドとか、ネオ・ソウル的な音色の選択に対するこだわりは、
すごくありそうじゃない?

昼と夜をイメージした楽曲を半々に収めたというものの、
メロウなムードは、昼夜ともに共通していて、
ややファンキーな昼とメランコリックな夜といった程度の違い。
ジャジーなヒップホップ・センスのビートメイクは、テン年代らしいものの、
スムースで聴き心地のよいソングライティングの才は、
「ソフト&メロウ」全盛期を思わせます。

歌詞に「東京」や「渋谷」が出てくるほど、日本大好きデュオだということは、
解説を読んで初めて知りましたけど、デュオ名は日本語の「本音」から取っていて、
彼らのレーベル名が「建前レコーディングス」だというんだから、面白い。

「ソフト&メロウ」を称したクロスオーヴァー・サウンドが日本で流行した40年前には、
将来、東京に憧れるロンドンの若者が「ソフト&メロウ」なサウンドを作るなんて、
想像だにしなかったよなあ。
だって、当時のロンドンといえば、パンク全盛の時代だもんねえ。
40年前を知る者には、時代の移ろいを感じずにはおれません。

ホンネ 「ラヴ・ミー/ラヴ・ミー・ノット」 アトランティック WPCR18074 (2018)
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