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南ア・ジャズの新進ピアニスト ボカニ・ダイアー

Bokani Dyer  EMANCIPATE THE STORY.jpg

これが、まだ20代半ばの若者の作品とは。
デビュー作を前年に出したばかりという、
南アのジャズ・ピアニスト、ボカニ・ダイアーの11年作。
その重厚な作風は、年齢に見合わない老成を感じさせるもので、
これがまだ2作目というのだから、恐れ入ります。

ボカニ・ダイアーは86年1月21日生まれと、カイル・シェパードと並んで
南ア・ジャズ・シーン期待の若手の一人と目されている人です。カイルのひとつ年上ですね。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2016-05-30
生まれが南アではなく、ボツワナのハボローネというのは、
父親がアパルトヘイト下の南アからボツワナに亡命していた間に
ボツワナ人女性と結婚して、生まれたからだったのでした。

そのお父さんというのが、ジョナス・グワングワやヒュー・マセケラとの共演歴を持つ、
白人サックス奏者のスティーヴ・ダイアーです。
先月オリヴァー・ムトゥクジの記事で触れた60歳記念ライヴで、
スティーヴ・ダイアーがゲスト参加していて、サックスとフルートを吹いていましたが、
ボカニはそのスティーヴの息子なのでした。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2016-10-17

そして本作では、俗に<スピリチュアル・ジャズ>と称されるサウンドに通じる、
ゴスペル色の濃い、オーセンティックなスタイルのジャズを演奏しています。
若い世代であるにもかかわらず、コンテンポラリー色はみじんもなく、
ブラックネスを強く打ち出したヘヴィーな感触は、
往年のマッコイ・タイナーを思わせる深みを感じさせ、ウナらされました。
もっとも近いスタイルでは、ベキ・ムセレクでしょうか。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2011-01-17

ボカニはこのあと、15年に“WORLD MUSIC” という
大胆なタイトルの3作目で新たな試みに挑戦していますが、
残念ながら、2作目を超える存在感を示すには至りませんでした。
これから飛躍が期待できる若き才能なので、今後に注目したいと思います。

Bokani Dyer "EMANCIPATE THE STORY" Dyertribe no number (2011)
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ペディのルーツを見つめて セラエロ・セロタ

Selaelo Selota  Lapeng Laka.jpg

南ア・ジャズのミュージシャンといえば、ケープタウンやジョハネスバーグの出身者が多いなかで、
ギタリストのセラエロ・セロタは変わり種。
65年1月3日、南ア北部リンポポ州の州都ポロクワネ近郊の
セクルウェ村に生まれたペディを出自とする人で、
幼い頃からペディの伝統的な音楽やダンスに触発されて育ったといいます。

高校卒業後、鉱山労働者として働き、その後ジョハネスバーグに移ってギターを覚え、
劇場の清掃員や案内係、ジャズ・クラブの用務員などの仕事をしながら、
ジャズ・ギターを見よう見まねで練習したという、苦労人であり努力家であります。
その後、奨学金を得てケープタウン大学へ入学し、本格的にジャズを学びながらプロ活動を始め、
98年に初のソロ・アルバムをリリースしました。

5作目にあたる本作は、セラエロのギターに、ピアノ、ベース、ドラムス、
女性コーラスという編成で、セラエロのルーツであるペディの音楽を聞かせます。
ペディの文化は、主流であるズールーやコサに比べて、
あまりに知られていないと感じているセラエロは、
ペディの文化を理解してもらうため、ペディの伝統を自作曲に取り入れ、歌っているといいます。

「マイ・ホーム」を意味するタイトルの本作は、すべてペディ語(北ソト語方言)で歌っていて、
幼い頃の村での生活や、結婚式で歌われる狩猟の歌など、
ペディの伝統音楽をモチーフとした自作曲で占められています。
ペディの音楽というと、オートハープ弾きの盲人ジョハネス・モーララがいるので、
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2015-10-31
聴き比べてみましたけれど、リズムよりメロディに特徴があるように感じますね。
バラッド・タイプの起伏の乏しいメロディの曲が多く、
セラエロの歌い口にも、ストーリーテリング的な性格を感じます。

とはいえ、それがペディ音楽の独自性なのかどうかまではわかりませんが、
グルーヴィーなハチロクあり、3連を強調した4分の4拍子など、
ンバクァンガやマスカンダとは違うサウンドであることはわかります。

ペディ・ポップと呼ぶべき本作のサウンドは、南ア・ジャズではまったくありませんが、
セラエロのギターだけが、正統派のジャズ・ギターのフレージングになっているのが面白いんです。
タウンシップ・ポップにジャズ・ギターが紛れ込んだといった感じで、
フュージョン調にならないところが良さかな。セラエロのクセのないヴォーカルも爽やかです。

Selaelo Selota "LAPENG LAKA" Live At The Shack Entertainment/Sony Music CDSTEP129 (2009)
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雑食ファンクからヴードゥー・ファンクへ T・P・オルケストル・ポリ=リトゥモ

Le Tout-Puissant Orchestre Poly-Rythmo  MADJAFALAO.jpg

おそれいりました、フローラン・マッツォレーニ。
今度はベニンの老舗楽団ポリ=リトモの新作を手がけましたよ。
フローランが監修した、オート・ヴォルタの70年代録音3枚組CD写真集に
感服していたばかりだったんですけれど、リイシューだけでなく新作まで、
いまや西アフリカはフローランの独壇場ですね。

ベニンのT・P・オルケストル・ポリ=リトゥモといえば、
03年にドイツのPAMがリイシューしたのを皮切りに、
サミー・ベン・レジェブのアナログ・アフリカが執念ともいえるこだわりで、
限定リリースのファースト・アルバムを含む4作の単独復刻作をリリースしましたね。
ほかにも、ベニンやトーゴのアフロ・ファンクのコンピレーションにも、必ず選曲されていて、
そこまで復刻する価値があるのかなあと思っていたのも、正直なところ。

しかし、そんなヨーロッパでの再評価が現地にも飛び火したのか、
ベニンのトップ・ショウビズから10枚組というすさまじいリイシューが出て、
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2010-12-04
その後同レーベルから、さらにヴォリューム・アップした17枚組が出たとのこと。
http://elsurrecords.com/2016/11/07/le-tout-puissant-orchestre-poly-rythmo-de-cotonou-madjafalao/

ここまでくると、さすがにフツーのアフリカン・ポップス・ファンには関係のない物件といえますが、
あらためてこれまでのリイシューを振り返ってみると、
このバンドの多様な音楽性をうまくダイジェストしたのは、サウンドウェイ盤の
“THE KINGS OF BENIN : URBAN GROOVE 1972-80” だったと思います。

T.P. Orchestre Poly-Rythmo  Soundway.jpg

ポリ=リトゥモは、アフロ・ファンクを軸としながら、
ヴォドゥン(ヴードゥー)のリズム、サトやサクパタを意識的に取り入れたバンドでしたけれど、
いわゆるヴードゥー・ファンクに徹していたわけではなく、ロックンロールもやったし、
パチャンガなどのラテンもやれば、ザイコ・ランガ=ランガのカヴァッシャもやり、
ボサ・アフロなんてゲテものまで、要するに流行りモノははなんでもやるバンドでした。
デビュー作なんて、まるっきりアフロビートでしたからね。

そんな雑食ファンクが真骨頂であり、悪く言えば無個性だったポリ=リトゥモですけれど、
82年に活動を停止して、長いブランクを経てカムバックした11年のストラット盤では、
ヴードゥー・ファンクに焦点をあて、B級と見下されがちなバンドに、
もう一度くっきりとしたアイデンティティを打ち立てようとする意図がうかがえました。

68年結成以来リーダーを務めていたアルト・サックス奏者のメロメ・クレマンが、
12年に67歳の若さで他界するという痛手を負ったものの、
カムバック第2作となる本作では、フローランのプロデュースのもと、
往年の録音以上にヴードゥー・ファンクに活路を見出した傑作に仕上がっています。

思えばガンベ・ブラス・バンドの新作も、ヴードゥーを全面に押し出して、
従来の洗練された音楽性からグッと野性味を増していました。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2015-07-13
ベニンという国は、隣国のガーナやナイジェリアに比べて、
明確なアイデンティティを持ったポップスがないという弱みがありましたけれど、
お隣のトーゴともども、ヴードゥーをキーとして新たな進展が期待できそうです。

Le Tout-Puissant Orchestre Poly-Rythmo "MADJAFALAO" Because Music BEC5156646 (2016)
T.P. Orchestre Poly-Rythmo "THE KINGS OF BENIN : URBAN GROOVE 1972-80" Soundway SNDWCD004
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かくも短き独立の歓喜 テタ・ランド

Teta Lando.jpg

独立戦争から内戦と、戦乱に翻弄されたアンゴラの70~80年代に、
国内外のアンゴラ人からもっとも愛された歌手が、テタ・ランドでした。

アルベルト・テタ・ランドは、アンゴラ北部、コンゴ民主共和国の国境に接するザイーレ州、
ンバンザ・コンゴの裕福な大地主一家のもと、48年に生まれました。
一家には32人もの子供がいたそうです。
ちなみに、10年にテタ・ランドに捧げたアルバム“LETRA CHORADA” をリリースした
テタ・ラグリマスは、テタの8歳年下の弟です。

Teta Lágrimas  Letra chorada.jpg

テタが13歳の時、父親が暗殺され、一家はルアンダへの避難を余儀なくされます。
愛国者だった父親は、北部のコンゴ人を主体とした、反共を掲げるアンゴラ人民同盟 UPA
(のちのアンゴラ国民解放戦線 FNLA の前身)の支援者で、植民地政府に睨まれていたのでした。
息子の行く末を心配した母親は、15歳のテタをポルトガルへ留学させます。
テタは、リスボンでボンガ、リリ・チウンバ、マリオ・ガマほか、
多くのアンゴラの音楽家たちと出会って触発され、プロの音楽家を目指しました。

64年に初めてキンブンド語で作曲し、65・66年頃に作曲した“Kinguibanza” がヒットし、
一躍テタ・ランドの名は、アンゴラでも知られるようになります。
68年にアンゴラへ帰国すると、数多くのバンドがテタを迎え入れようと競い合い、
結局、テタの友人だった打楽器奏者でダンサーの
ジョゼー・マッサノ・ジュニオルが在籍していたアフリカ・ショウに参加します。

Africa Show.jpg

アフリカ・ショウは、アンゴラでオルガンを初めて導入したバンドで、
内戦となる75年まで、アンゴラのトップ・バントとして活躍しました。
アフリカ・ショウの昭和歌謡を思わせる演歌調の哀愁漂うメロディや、
ムード・コーラスふうの曲に、テタの強烈な泣き節がよく映えました。
「恋は水色」をカヴァーしているところなどにも、
センチメンタル好きのアンゴラ人の好みがよく表れているといえます。

そんな人気沸騰のさなかの74年にソロとして独立し、
ンゴラからシングル曲をまとめた初のLP“TIA CHICA” をリリースします。
そして翌75年、ついに独立を達成した記念すべき年に、
独立レーベルCDA第1弾アルバムとして、“INDEPENDENCIA” を出し、
自由を獲得したアンゴラ人民の喜びを体現するかのように大ヒットとなりました。

アルバム1曲目が、独立運動の主導権を争った二派の
“F.N.L.A. M.P.L.A.” というタイトルなのは象徴的でしたが、
皮肉にも両者は独立直後か再び敵対し合い、内戦へと突入します。
本作はそのはざまに残された記念碑的作品ともなったわけですが、
テタは隣国コンゴ民主共和国のキンシャサへ脱出し、
タクシー運転手をしながら、フランコのO・K・ジャズでも歌ったりしていたようです。
そして76年にはドイツへ、さらに78年にはフランスへ亡命し、
テタはパリで89年まで望郷の歌を歌い続けながら、
国外に逃れたアンゴラ人のシンボリックな歌手として愛され続けました。

“INDEPENDENCIA” が突然フランスからCD化されたのには、驚きました。
この頃のアンゴラ盤LPが、オリジナルのままCD化されるのはめったにないことで、
ポルトガル以外のインターナショナルなマーケットでは、これが初でしょう。
見開きジャケットも、オリジナルのままに再現されています。

ちなみにライナーには、本作が初LPと記されていて、
今月号の『レコード・コレクターズ』の記事にも「テタ・ランドの初LP」と書いてしまったんですが、
シングル曲をまとめたLPが先に出ているので、初LPは誤りでした。
ここにお詫びして、訂正させていただきます。

Teta Lando "INDEPENDENCIA" Facon FAN34652 (1975)
Teta Lágrimas "LETRA CHORADA: HOMENAGEM A TETA LANDO" Teta Lágrimas no number (2010)
África Show "MEMÓRIAS" Rádio Nacional De Angola no number
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爺ちゃん、ハツラツ! ロス・フビラードス

Los Jubilados  LA LLAVE DEL SON.jpg

世界で老人がカッコいい国といえば、キューバとコンゴが両横綱でしょうか。
キューバはサンティアゴ・デ・クーバのソンのグループで、
ロス・フビラードス、その名も「退職者」というグループを初めて知りました。
ワタクシもお年頃のせいか、親近感のわくグループ名であります。
写真を見ると、トランペッター以外のメンバー全員がご老人で、
ご隠居クラブといった面持ちなんですが、みなさんオシャレで、さすがはキューバです。

そんでもって、音楽がまたハツラツとしてるんだから、たまりません。
アルバム全編にみなぎる、ソンのスピード感がすごい。
なにこの疾走感! キリリと引き締まったビート!
枯れた円熟味なんて、どこへやら。こんなにフレッシュな演奏を、
ほんとにこのおじいちゃんたちがやってんのかと、のけぞっちゃいました。

すんごいなあ。
サンティアゴ・デ・クーバには、こんなグループがいくらでもいるんだろか。
ロス・フビラードスというグループをぜんぜん知らなかった不明を恥じて、
あわてて調べてみたら、94年にサンティアゴ・デ・クーバの伝説的なソネーロ、
フアン・グアルベルト“ベベート”フェレールがリーダーとなって結成したグループで、
セカンド・ヴォーカルにベベートと50年代からのコンビのマリオ・カラカセスを擁していました。

98年にデビュー作“CERO FARANDULERO” をメキシコのコラソンから出し、
本作は8年ぶりの7作目にあたるとのこと。
06年からはペドロ・ゴメスがリーダーを務めていて、
ベベートとカラカセスはすでに他界していて、
結成当初のメンバーはもう残っていないみたいです。

キレ味たっぷりのソンには、サンティアゴ・デ・クーバらしい味わいがいっぱい。
レパートリーにはメンバーのオリジナルのほか、
ピート “エル・コンデ” ロドリゲスが歌った“Catalina La O” や
ジョー・アロージョの“Rebelion” なんて曲も。1曲クンビアもやっています。

すっかりお気に入りになってしまい、これまでこのグループを知らずにいたのを反省して、
現在前作のエグレム盤“PURA TRADICION” と
デビュー作のコラソン盤“CERO FARANDULERO” をオーダー中。
届くのが楽しみです。

Los Jubilados "LA LLAVE DEL SON" Egrem CD1369 (2016)
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キューバのメロウネスに酔う ルイス・バルベリーア

Luis Barberia feat. Sexteto Sentido  A FULL.jpg

オ・ド・ロ・き・ました。
キューバにこんなオシャレなアーバン・ポップスがあるとは。
キューバの新世代シンガー・ソングライターという、
ルイス・バルベリーアの新作サンプルを聴いて、ソッコー、ぽちりましたよ。

パブロ・ミラネースやシルビオ・ロドリゲスへの悪印象のせいで、
ヌエバ・トローバは完全無視のジャンルと、自分の中に位置づけたのがもう30年前のこと。
キューバのシンガー・ソングライターなんて、まったくの関心外でしたけど、
時代はとっくに移ろっていたんですねえ。
そういえば、パブロ・ミラネースの娘がステキなフィーリン作を出してたっけなあ。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2015-09-03

ほかにも、アクースティック・サウンドでジャジーなヴォーカルを聞かせる若手に、
ジューサをはじめ、テルマリーやヘマ・コレデーラがいますけど、
どうもどの人も薄味で、ぼくには魅力薄だったんですよね。
ラテンが薄味じゃ、ダメでしょ。
でも、ルイス・バルベーリアの歌い口にはコクがあって、惹かれたんですよ。

そして、ジャジーなポップ・センスにも、目を見張らされました。
アクースティック・ギターを軸にしながら、ドゥーワップやスキャットをこなし、
グルーヴィなファンクをさらりとやってのける手腕も鮮やかで、
インターナショナルに開かれた音楽性を感じさせる人ですね。

ルイス・バルベリーアは、スペインを拠点にヨーロッパで活動していたんだそうで、
たしかにキューバ国内よりも、グローバルなマーケットの方が、ウケはよさそう。
韓国人ギタリストと女性ベーシストがバックを務めるのも、イマっぽいもんな。
キューバ帰国後、エグレムと契約したことは、国内では意外と受け止められたようです。

ルイスの太くソフトなヴォーカルを包み込む、
女声四重奏セスト・センティードの天使の歌声が極上のメロウさで、
羽毛布団のベッドにダイヴするような、夢見心地を味あわせてくれます。
クアルテート・エン・シーを思わすのは、ブラジル好きのサガでありますが、
ラス・デ・アイーダの現代版ととらえるべきなんでしょうね。

なんか、ここんところ、オーガニックでジャジーなポップスがきてるなあ。
アンゴラのカンダに続き、絶賛ヘヴィー・ローテーションとなること間違いなし。
大嫌いな言葉ではありますが、スタイリッシュという形容は、
こういう音楽にこそふさわしいのかもしれません。

[CD+DVD] Luis Barberia feat. Sexteto Sentido "A FULL" Egrem CD+DVD1268 (2014)
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華のあるエチオピア演歌 ゲテ・アンレイ

Gete Anley  MELKISH AYBELTISHIM  Ambassel.jpg   Gete Anley  MELKISH AYBELTISHIM  Nahom 2015.jpg

かすかに苦味を加えた味のある声、なんか聞き覚えがあるなあと思って、
棚をごそごそと探したら、この人の04年作“CHEBEL LEBE” がありました。
少しクセのあるテナー・ヴォイスで、伸びのあるヴォーカルを聞かせる
エチオピアの男性シンガー、ゲテ・アンレイ。

キレのあるこぶし使いが巧みで、いい歌手だなあと思いつつ、
ナホンの凡庸な金太郎飴プロダクションが、その歌いぶりを生かせず、
なんとも残念に思っていたんでありました。

今度の新作も、ナホン専属のアレンジャー兼ギタリスト、エリアス・メルカの制作なんですが、
ちゃらい鍵盤系のチープなサウンドが影を潜め、
ボトムにも厚みが増して、ぐっと重心が低くなりましたね。
エリアスのロック調ギターや、ファンク・ベースのフィル・インを効果的に使い、
打ち込みのホーン・サウンドに生のサックスを絡ませるなどの工夫もして、
メリハリのあるプロダクションにしています。

曲中に複雑なリズムを織り交ぜるパートを作るなど、
以前には聞かれなかったアレンジを施すようになったほか、
鍵盤楽器によるオーケストレーションのアレンジも格段に向上しています。
なんかすっかり腕を上げましたねえ。エリアス・メルカ、見直しましたよ。

ゲテ・アンレイもカラフルなサウンドに応えて、
迷いのないパワフルなヴォーカルでシャープに歌っていて、胸をすきます。
ゲテは、10年にジャン=ポール・ブレリーのアディス・アベバ・セッションにも参加していましたね。
今まさに脂ののった、華のあるエチオピア演歌を歌える逸材です。

Gete Anley "MELKISH AYBELTISHIM" Ambassel no number (2015) [Ethiopia]
Gete Anley "MELKISH AYBELTISHIM" Nahom no number (2015) [US]
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アビシニア・ママ マルタ・アシャガリ

Martha Ashagare YEGUD MEWIDED.jpg   Martha Ashagari  Child's Love.jpg

マルタ・アシャガリの新作! おお、なんてひさしぶり。
この人の歌を聴くのは、96年のAIT盤“CHILD'S LOVE” 以来ですよ。
AIT盤のライナーには、これがマルタの6作目で、29歳と書かれていたので、
現在は49になるわけね。女性の年齢をわざわざ書くのは、失礼でありますが。

アルバムの少ない人で、これまで出たCDはこのAIT盤1枚だけのはず。
96年当時で6作目といっても、5作目まではカセットだったんじゃないかな。
アスター・アウェケ、ハメルマル・アバテ、クク・サブシベと並ぶ、ヴェテラン歌手であります。
トロントに暮らしていた時期もあったようですが、今は帰国してエチオピアで活躍しています。

今作がヴェテラン復活の作なのか、
歌ってはいたもののCDを出していなかっただけなのかは、
よくわからないんですが、歌いぶりにはブランクを感じさせません。

“CHILD'S LOVE” では、しゃくりあげ唱法ともいえる独特の歌いぶりが印象的でした。
線の細い声で、すすり泣くようなユニークな節回しを聞かせていました。
あれから20年、かつての線の細さはなくなり、声も太くなって味わい深くなりましたよ。

エチオピア伝統の音感と節回しを深く刻み込んだ歌いぶりは、
ヴェテランらしいこの世代の面目躍如といったところでしょうか。
エチオピア情歌のティジータをはじめ、エチオピア独特の五音音階をもとにした
楽曲が多く取り上げられているほか、ティグリーニャの曲も歌っていて、
エチオピアのフォークロアの香り豊かなレパートリーが並びます。

マシンコやクラールなどの伝統楽器に
アコーディオンやサックスを効果的にフィーチャーしたプロダクションも申し分なく、
円熟したマルタの歌声を盛り立てています。

Martha Ashagare "YEGUD MEWIDED" Flute no number (2015)
Martha Ashagari "CHILD’S LOVE" AIT AIT006 (1996)
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カタログに残らない歴史的名作 アマリア・ロドリゲス

Amália Rodriguez  FADO PORTUGUÊS.jpg

『ポルトガルのファド』とずばり名付けられたタイトルも神々しい、
アマリア・ロドリゲスの56年の名作が、50周年記念エディションとしてお目見えしました。
2枚組のディスク1には、オリジナル盤収録の12曲が初のモノラル・ヴァージョンでCD化され、
さらに本作のセッションで録音された別の既発曲10曲が収録されています。
ディスク2には、別テイクやテスト・テイクなどの未発表音源を収録していて、
スタジオ内での会話も含むテイクは、熱心なマニア向けといえますけれど、
アマリア・ファンなら必携でしょう。

今回のCD化は、アマリア・ロドリゲスのLP録音を行った
ヴァレンティン・ジ・カルヴァーリョによるもので、まさに本家本元による復刻なんですが、
今回ちょっと驚いたのは、同時発売で“AMÁLIA NO OLYMPIA” が出ていたこと。
あれ? これは、フランス・オリジナル盤のジャケットを採用したリマスター盤が、
iPlay から出たばかりだよねえと思ったら、
もうあれから5年も経っているんですね。月日が流れのは速いなあ。

なんと、あのiPlay盤はすでに廃盤なんだそうで、
ヴァレンティン・ジ・カルヴァーリョが出したのは、
英語(!)のタイトルを白地にレタリングしただけのシロモノ。
アマリアの歴史的名作にこのジャケット・デザインはないだろといった素っ気ないデザインで、
iPlay がオリジナルの風格あるステージ写真を再現していただけに、カチンときましたよ。

え、それじゃあ、もしかしてiPlay が復刻した歴史的傑作“COM QUE VOZ” の
デラックス・エデイション2枚組は?とチェックしてみたら、なんと、こちらも廃盤。
えぇ~、知らなかったぁ。
わずか5年程度で、あのスグレものの復刻CDが、市場から姿を消すとは。
アマリア・ロドリゲスほどの大物ですら、この扱いかよと、フンガイしてしまいました。

アマリア・ロドリゲス・ファンの皆様、
とりあえず、この“FADO PORTUGUÊS” の50周年記念エディション、即買いましょう。
どうせファースト・プレスのみで、すぐになくなってしまうのは必至でしょうから。
ついでに、ポルトガルの伝承曲を歌った3作を集大成した“AMÁLIA… CANTA PORTUGAL” と、
65年にイギリスのプロデューサーが録音した英語曲の新たな編集盤“SOMEDAY” も
同時発売されたので、興味のある方はこちらもあわせて入手をおすすめします。
オフィス・サンビーニャのウェブ・ショップのみで限定販売されています。
12月11日ライス盤として一般発売が発表されました(この記事が役だったかな?)

思い起こすと、アマリア・ロドリゲスのヴァレンティン・ジ・カルヴァーリョ盤LPは、
80年代末にポルトガルEMIがずらっとCD化したんですよね。
まだ当時はCDが出始めの頃で、旧作のカタログも豊富ではなかった時代でしたが、
オリジナル・フォーマットでずらっとCD化されたのが壮観で、
さすが大物アマリア・ロドリゲスは違うと感心しつつ、
LPでは持っていなかったものもせっせと買ったことを思い出します。

ところが、これも数年後には廃盤となって入手困難になってしまい、
ポルトガル盤CDを買い逃した人の恨み節を、ずいぶんよく聞いたものでした。
その後も長い間オリジナルLPのフォーマットでCD化されることはなく、
いい加減な編集盤しかないという時代が、長いこと続いたんですよね。

ようやく05年頃になって、ソン・リブレが旧作カタログを再CD化し始め、
社名変更したiPlay が継続していたんですが、
それも実は、日本で配給していたオフィス・サンビーニャの田中勝則さんの
オファーで実現したものだったということを、
今回買ったCDに付いていた当時の日本語解説で知ってびっくり。そうだったんだぁ。

アマリア・ロドリゲスほどの歴史的歌手のCDですら、この始末。
レコード会社が所有する過去のカタログへの冷淡さは、
今に始まったことじゃないですけどね。
「いつまでもあると思うな親とレコード」。
大手のレーベルから出てるから、いつでも買えるなんて油断してたら、
あっという間になくなるぞっていう話であります。

Amália Rodrigues "FADO PORTUGUÊS" Edições Valentim De Carvalho SPA0354-2
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88年のツインズ傑作 コリントン・アインラ

Kollington Ayinla  Quality.jpg   Kollington Ayinla  Blessing.jpg

コリントン・アインラの最高傑作は、
オルモ時代の82年作“AUSTERITY MEASURE” と信じて疑わないぼくですが、
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2011-05-13
88年あたりから90年代半ば頃までのコリントン時代の諸作を
最高傑作とする人がいても、異論はありません。

82年にオルモから自己レーベルに移ってからのコリントン・アインラの快進撃はすさまじく、
ライヴァルのシキル・アインデ・バリスターと競い合いながら、
武骨なまでに剛なるフジを磨き上げていきました。
そうしてひとつの頂点に登りつめた時代の傑作が、
88年の“QUALITY” と“BLESSING” の2作といえます。

ようやくこの2作が満足いく形でCD化されたので、あらためて聴き直してるんですが、
アブラの乗りきったコリントンのヴォーカルと、フジ・78・オーガニゼーションの
絶妙なパーカッション・アンサンブルに、ホレボレとするほかありません。

祝詞をあげるようなコリントンのイスラミックなコブシから始まり、
アゴゴなどの小物打楽器がステデイなリズムを刻む合間を、
トーキング・ドラムやトラップドラムが自在に打ち込んで、アクセントをつけていきます。
男たちのお囃子とのコール・アンド・レスポンスを繰り返しながら、じわじわと熱気を上げていき、
はっと気付いた時は、多彩な打楽器が上下左右から、
ビシビシとビートを放ってくるリズムの渦に巻き込まれ、もう夢中になっているんですね。

“QUALITY” ではパーカッション・アンサンブルの精緻な緻密さに唸らされる一方、
反対に“BLESSING” では、ラフなアンサンブルがパワフルで、
B面中盤のトーキング・ドラムのフレーズを
コーラスがなぞって歌う場面が聴きどころとなっています。

シンセを効果的に導入し始めたのもこの2作からで、
“QUALITY” のA面ラストで、打ち込みのような機械的なビートにリズムをスイッチして、
シンセが入ってくるところは、がらりと風景が一変するようで新鮮でした。
さらに“BLESSING” ではもっと大胆な取り入れ方をしていて、
A面冒頭からいきなりシンセが登場し、セリア・クルースの名唱でも有名なキューバの童謡
“Sun Sun Babae” をなぞったパートで始まるのは、ホーフク絶倒ものでした。

LP時代にこの2作を同時に入手して、続けて聴くのが習慣になってしまったせいか、
2枚組のようなつもりで聞いてしまうのですが、
この2作が今回アイヴォリー・ミュージックからCD化されたのは、大歓迎です。
すでにハイ・ケイ・ダンセントがCD化していましたが、ハイ・ケイ・ダンセント盤はすべて盤おこしで、
ノイズが酷くって聴く気がしませんでしたからねえ。

EMI系列のアイヴォリー・ミュージックが、
なぜコリントン・レコーズのこの2作をCD化したのかナゾなんですが、
マスターからちゃんとCD化しているようで、音質はバッチリです。
曲目表示すらなかったハイ・ケイ・ダンセント盤と違って、ちゃんと曲名もクレジットされているし、
ジャケットもオリジナルの写真を使い、
デザインもオリジナルLPを踏襲して作り直しているのが、好感を持てますね。

ハイ・ケイ・ダンセント盤なんて、近影のコリントン・アインラの写真を使い、
オリジナルLPのデザインなんてまったく無視してますからね。
ここ最近は、コリントン時代の諸作をオルモもCD化していて、
いったい契約がどうなってるのかという感じですが、音質はオルモの方がいいので、
これからコリントン・アインラの旧作CDを聴く方には、オルモ盤をオススメします。
いっそのこと、アイヴォリー・ミュージックが全部やってくれたらと思いますけれどねえ。

Alhaji (Chief) Prof. Kollington Ayinla and His Fuji '78 Organisation "QUALITY" Ivory Music KRLPS(CD)26
Alhaji (Chief) Prof. Kollington Ayinla and His Fuji '78 Organisation "BLESSING" Ivory Music KRLPS(CD)27
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エレクトロ・アンビエント・ソウル ジョーダン・ラカイ

Jordan Rakei  CLOAK.jpg

ジャケットのヴィジュアルに、到底自分のシュミじゃないと思っていたら、
偶然耳にした“Midnight Mischief” がドツボで、ハマってしまいました。
オーストラリア出身の新鋭シンガー・ソングライター、ジョーダン・ラカイのデビュー作です。

ネオ・ソウルって、サウンドは好みなんだけど、主役の声がダメっていうケースが多くて、
なかなか好みのアルバムと巡り合うことができないジャンル。
特にワタクシの場合、白人の声と相性が悪いものだから、話題となったジェイムズ・ブレイクも、
生理的に受け付けられなくて、まったく困ったもんなんですが、珍しくこの人はタイプでした。

軽やかでつぶやくような歌声は、甘口ながらべたつかず、
舌の上ですっと溶ける和三盆のような味わいがあります。
ジャズやヒップホップを通過した、音響系ネオ・ソウルとでも呼ぶべきプロダクションも極上で、
浮遊するサウンドスケープから立ち上がる音像が、クールです。

こういう独特のムードって、イーフレイム・ルイス以来かも。
エレクトロ・アンビエントといったサウンドの手触りながら、
クラブ・ミュージック臭のないオーガニックさは、人力の生演奏ゆえでしょう。
とりわけ、いまどきのジャズらしいソリッドなドラミングが、サウンドの要となっています。

複数のドラマーが起用されていますが、
いずれもポリリズムを多用して歌伴する新世代共通のプレイ・スタイルを持つ人たちで、
とりわけフライング・ロータスとの共演で有名なリチャード・スペイヴンが聴きものです。
人力ドラムンベースというべきスペイヴンのドラミングは、スペースを埋め尽くすのではなく、
余白を作るのがうまく、なまなましいビート感にぞくぞくしますね。

Jordan Rakei "CLOAK" Soul Has No Tempo SHNT002CD (2016)
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新世代パームワイン・ギタリストの誕生 チェチェクー

Kyekyeku.jpg

いまどきパームワインを演奏する若いギタリストが、ガーナから登場するとは。

ヴィンテージ・パームワインの復刻CDを目下制作中の深沢美樹さんが、
フェイスブックで紹介されていた、チェチェクーなる若者のデビュー作。
ヴィンテージSPのリイシューCDが、楽しみで待ち遠しいんですけれど、
その前に新作パームワインが聞けるとは、前祝いでしょうか。嬉しいですねえ。
ハイライフをもじったタイトル『ハイアー・ライフ・オン・パームワイン』のウイットも効いていますね。

幼い頃、教会のオルガン奏者だったお父さんからオルガンを習っていたというチェチェクーは、
オルガンより、6・7歳の頃に偶然テレビで見たコー・ニモの“Gyamena Boo” が忘れられず、
ずっと心に残っていたんだそうです。
わずか30秒ほどのパームワインが、チェチェクーの運命の曲になったんですね。

それから15年後、大学で教鞭をとっていたコー・ニモとじっさいに会うことができ、
パームワイン・スタイルのギター、オドンソンを直々に習うばかりでなく、
アカンの伝統音楽やアシャンティの歴史を深く学んだのだそうです。
セルフ・プロデュースによる本デビュー作の1曲目で、
そのコー・ニモとデュエットしています。

ここでは、オーソドックスなパームワイン・スタイルに加えて、
ヴィシャル・ナガーのタブラをフィーチャーしたところがミソ。
伝統やルーツに即した若い世代の音楽家たちが、
さまざまなフェスで交流した外国のミュージシャンたちと共演して、
無理なく音楽性を広げていくところは、グローバルな時代の良さといえますね。

レパートリーはパームワインのほか、ハイライフ・ナンバーも多くあって、
全体のサウンドは、オーガニックなアフリカン・フォークといったムード。
ホーン・セクションを交えた曲でも、
チェチェクーの柔らかなアクースティック・ギターの響きが常に中心にあって、
爽やかなサウンドとなっています。

チェチェクーのギター・スタイルは多彩で、ツー・フィンガーのアフリカン・ギターは当然として、
ピカードをさりげなく披露したりと、フラメンコ・ギターも修得していることを伺わせます。
マヌーシュ・ジャズ・スタイルのフレージングも聞かせたりしているので、引き出しは多そう。

アルバム・ラストは、活動の拠点としているアクラのジャズ・クラブでのライヴ演奏で、
なんと、フェラ・クティの“Lady” をカヴァーしています。
ジャジーなアレンジで、洒落たムードに仕上げていて、
イメージをがらりと変えたこのカヴァー・ヴァージョンは、とても新鮮です。

Kyekyeku "HIGHER LIFE ON PALMWINE" no label no number (2016)
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コンテンポラリー・マンデ・ポップ アイサタ・クヤテ

Aïssata Kouyaté.jpg

クヤテというその姓から、グリオ出身であることはすぐわかるものの、
アイサタ・クヤテという女性歌手の名は、これまで聞いたことがありませんでした。
すでに何回か来日しているらしく、今年も夏にやってきたといいます。
招聘したのが、アフリカン・ダンスのスタジオで、
コンサートではなく、ダンスやジェンベのワークショップとして開催されたらしく、
歌より、ダンスの方がメインだったのかもしれません。

どうも日本では、アフリカ音楽を聴くだけのファンと、
ダンスや楽器を演奏するファンの間に断絶があり、お互いの交流がないのは寂しいですね。
ぼくも先月まで、この人のことをまったく知らなかったくらいなので、
<実践>ファンのイヴェントが、<聴くだけ>ファンの目に届かないことの典型例といえます。
その逆もまたありなんでしょうけれど、そもそもアフリカ音楽というニッチな世界で、
ファンが分裂していて情報の行き来がないというのは、お互いにソンな話だよなあ。

来日時に本人が持ってきたとおぼしき自主制作CDも、
CDショップでは売っておらず、ワークショップ関連のアフリカ楽器店が販売しているだけ。
これじゃあ、フツーのアフリカン・ポップス・ファンはアクセスできません。

もったいないよなあ、と思わずため息をもらしてしまったのは、
自主制作の本作が、すこぶるよく出来たマンデ・ポップだったからなんですね。
アイサタ・クヤテはギネア、コナクリ出身ですが、現在はパリ在住で、
レコーディングもパリで行われています。
クレジットの名前を見る限り、参加ミュージシャンのほとんどはアフリカ人ではないようで、
同郷人らしき名前は、コラやンゴニ、パーカッションなど数人のみしかいません。

そのためか、実にこなれたコンテンポラリー・サウンドを聞かせていて、
マンデ・ポップの中に、ロック、ファンク、レゲエを溶かし込んだ手腕が鮮やかです。
流麗なヴァイオリン・ソロや、フランスで活躍するマダガスカル人アコーディオン奏者
レジス・ジザブをフィーチャーした曲もいいアクセントとなっているし、
そんな合間に、コラとギター伴奏のみの伝統的な曲を置いているのも効果的です。

メジャー作と遜色のないプロダクションで、
海外のリスナーにアピールするツボを押さえたサウンドづくりが、
アイサタ自身によるプロデュースというのにも、感心させられました。才女ですねえ。
ママディ・ケイタやモリ・カンテのグループで、キャリアを積んできた成果でしょうか。

グリオとして鍛えられた歌声にも、作曲にも、サウンドづくりにも、
三拍子そろってマンデの伝統がしっかりと刻み込まれた快作です。

Aïssata Kouyaté "MANDÉ" no label no number (2014)
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ナイジャ・ヒップホップR&B+ヨルバ・ポップ ダレイ

Darey  Naked.jpg

ティワ・サヴェイジのアルバムで、
ナイジェリアのポップスのクオリティの高さにノックアウトをくらい、
ナイジェリアはヒップホップよりR&B寄りのポップスの方が、
断然面白いことに気づかされたんですが、
今度はダレイという男性シンガーの最新作に、やられちゃいました。

本作が5作目になるという“NAKED” は、のっけの“Asiko Laiye” からゴッキゲン。
アフロビート使いのヒップホップR&Bに仕立てたこのトラックは、
キャッチーなツカミもバツグンの、グルーヴィなナンバー。
人気沸騰中のラッパー、オラミデをフィーチャーしたリミックス・ヴァージョンを、
8曲目にも収録しているくらいなので、ヒット狙いの勝負曲なんでしょうね。

続いて、ピジン・イングリッシュとヨルバ語で歌われる2曲目の“Orekelewa” は、
サウンドのテクスチャこそ、メジャー感いっぱいのポップスとなっているのにもかかわらず、
トーキング・ドラムがカクシ味に使われ、メロディにもヨルバ臭さがぷんぷん匂うという、
ティワ・サヴェイジで目を見開かされた、新機軸のヨルバ・ポップとなっているんです。

3曲目の“You're Beautiful” も王道のポップスといったメロディーで、
1番はきれいなクイーンズ・イングリッシュで歌われていると思いきや、
2番からピジンになり、最後はヨルバ語に変わって、
トーキング・ドラムとヨルバ流儀のコール・アンド・レスポンスによる
ブリッジを挟むというアレンジに、ヨルバ・ミュージック・ファンは、
頬をゆるまさずにおれません。

ヨルバ流アフロ・ポップから、ヒップホップR&B、
さらにインターナショナルに通用するポップ・ナンバーまで、
幅広な曲を書くことのできる才能は、感服するほかありませんね。

またシンガーとしても魅力溢れる人で、屈折のない、まっすぐな歌いぶりは、
フェイク使いのR&Bシンガーと異なる資質を感じさせ、
正統派のポップス・シンガーたる大物感を漂わせています。
ピアノ伴奏のみで歌う曲なんて、若い頃のビリー・ジョエルを思わすところもあって、
上質のアイドル・ポップといった感をいっそう強くしますね。

ストリングスやホーンをふんだんに使ったプロダクションもゴージャスなら、
時間と金をかけてしっかりと制作されたPVも見ごたえがあって、
圧倒されるほかありません。
ヨルバ・ミュージックの未来は、もはやジュジュやフジでないことだけは確実で、
ポップスの中にこそ、その伝統が生かされているのを強く感じます。

Darey "NAKED" Livespot no number (2015)
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アンゴラのフリー・ソウル カンダ

Kanda  SINAIS.jpg

これは、アンゴラのシティ・ポップス !?
センバでもキゾンバでもない、オシャレなアフロ・ポップは、
インターナショナルのマーケットで通用するクオリティといえるんじゃないですかね。
へぇ、アンゴラには、こんな人もいるんですねえ。

84年ルアンダ生まれのカンダこと、エマヌエル・ジョゼー・コスタ・カンダのデビュー作。
アクースティック・ギターの響きを活かしながら、ソフト・ロック、ネオ・ソウル、ライト・ファンクなど、
さまざまなテイストを加味したコンテンポラリー・サウンドのプロダクションは、上質です。
スムース・ジャズ・マナーのジャジーな風味も好ましく、
ジョナサン・バトラーやアフォンシーニョを連想させる曲もありますよ。

カンダの親しみのあるメロディとフックの利いた曲は、
ソングライティングの才を感じさせますが、
いわゆるアンゴラらしい哀感や抒情とは、明らかに違うセンスの持ち主ですね。
ブラジリアン・テイストをまぶした西海岸AORといった雰囲気は、
ジョルジ・ヴェルシーロあたりが好きなファンには、どストライクでしょう。
アンゴラのフリー・ソウルともいえるかな。

カンダのソングライティングにアンゴラ色はほとんど感じられないものの、
ゆいいつアンゴラ人のアイデンティティを示したといえるのが、
ンゴラ・リトモスの“Palamé” をカヴァーしたところでしょうか。
ンゴラ・リトモスは、47年に結成されたアンゴラ初のポピュラー音楽のグループで、
50年代に絶大な人気を呼び、伝説のバンドとして、今もアンゴラ人に愛され続けています。

カンダは、“Palamé” のブリッジをラテン・アレンジでシャレたサウンドに塗り替え、
若いセンスとコンテンポラリーなスキルを生かした手腕を、十二分に発揮しています。
この“Palamé” をはさんだ前後の“Kessa Ye Venga” “Lunguieki” の終盤3曲は、
それまでのアフリカを感じさせない曲と違って、アフリカらしいリズム・センスを発揮していて、
爽やかな汎アフリカン・ポップスとしてアルバムを締めくくっています。

Kanda "SINAIS" N’Guimbi KDCD01 (2010)
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アフリカの木琴好きにはたまらない伝統ポップ作 SK・カクラバ・ロビ

SK Kakraba Lobi  KANBILE.jpg

昨年オウサム・テープス・フロム・アフリカからリリースされた、
ガーナの木琴奏者SK・カクラバのアルバムは、ギリ(木琴)1台の完全独奏で、
民俗音楽然としたアルバムでしたけれど、
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2015-10-01
まったく趣の異なるSKの旧作を聴くことができました。

本作は、10年から14年にかけて、SKが演奏旅行で訪れた各所の録音をまとめたもので、
ガーナのアクラ、バークレー、コロラド、サンフランシスコの6か所でレコーディングされています。
選りすぐりのベスト・パフォーマンスというべき内容で、聴き応え十分なんですね、これが。

曲ごとに編成はさまざまで、ギリの独奏もあれば、
アテンテベンというアシャンティの竹笛、太鼓のゴメにパンロゴ、シェケレといった打楽器を加えた
アンサンブルあり、さらにギターやピアノを加えた曲も1曲あるなど、
さまざまなサウンドの中で、じ~んじ~んとノイジーに響くSKのギリを楽しむことができます。
さらにSKが歌っている曲もあるなど、とてもカラフルなアルバムといえますね。

葬儀で演奏されるロビの伝統的な曲もやっていますけれど、
ギターとピアノが加わったダンサブルな自作曲など、とてもポップな仕上がり。
この曲では、ギターとピアノが控えめなサポート役に徹したところが成功したといえます。

ほかにも、サッチャル・ジャズばりの“Take Five” なんてのもやっていて、痛快そのもの。
よく練られたアレンジで、キワモノにならなかったところが、好感度高しですよ。
前半でソロを取るアテンテベンが、ジャズらしいフレージングを駆使していて、
6穴しかない素朴な笛で、よくこれだけのプレイができるものだなあと感心してしまいました。
民俗音楽から大きく足を踏み出した伝統ポップ作、すごくいいアルバムじゃないですか。

SK Kakraba Lobi "KANBILE" Pentatonic Press no number (2014)
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伝統フナナーの名作 ビトーリ

Bitori.jpg

アナログ・アフリカの新作は、なんとカーボ・ヴェルデのアコーディオン弾き
ビトーリのアルバムと聞いて、ちょいオドロキ。
アナログ・アフリカは、70~80年代の音源を中心にリイシューしていたのに、
90年代にリリースされた既発CDの再発とは、宗旨替えをしたんでしょうか。

それはともかく。
貴重な伝統フナナーが聞けるビトーリを再発してくれたとは、いやぁ嬉しい。
そんなことを言う奴は、世界でアンタだけ、そもそもなんでこのCDの存在を知っているのと、
レーベル・オーナーのサミー・ベン・レジェブに驚かれちゃいましたけどね。
このCDを知っているヤツなんていないと思ってたなんて、サミー、甘~い。

実はですねえ。10年くらい前だったか、
カーボ・ヴェルデ音楽を扱っているサイトで、ビトーリのCDを見つけてオーダーしたんですけれど、
すでに売り切れ、廃盤で手に入らなかったんですよ。
これ以外にもう1枚ビトーリのCDがあるんですけれど、そちらも同じく売り切れ。
その後も、カーボ・ヴェルデ音楽サイトを見つけるたびに問い合わせていたんですが、
とうとう手に入らなかったんでした。

なので、今回サミーがそのCDを再発してくれたのは、大歓迎なのであります。
オリジナル盤は、ビトーリ・ニャ・ビビーニャ&シャンド・グラシオーザ名義で、
オランダのCDSミュージック・センターから98年にリリースされたもので、CD番号はCDS09。
ただ、オリジナルのCDに入っていた“Papa Nuni” “Sodadi” の2曲が
未収録になってしまったのは、ちょい残念でありました。

ここらへんのことは、ライス盤の解説には触れられていませんが、
シャンド・グラシオーザは、フェロー・ガイタというグループで活躍する
歌手兼フェロー(スクレイパー)奏者で、ビトーリのレコーディングに尽力した立役者です。
そのへんの事情はライス盤解説にゆずるとして、
ライス盤の解説で1箇所訂正の必要があるのは、ビトーリの本名。
「ヴィトール・タヴァレス」とあるのは、「ヴィクトール・タヴァレス」の誤りです。

反対にライス盤の解説を読んで、ぼくも誤りを気付かされたのが、
ビトーリと同様、90年代末のフナナー再評価で見直されたヴェテランのフナナーのミュージシャン、
コデー・ジ・ドナの生年。これはライス盤解説に書かれているとおり、1940年が正しく、
『ポップ・アフリカ800』に「28年生まれ」と書いたのは誤りで、ここに訂正させていただきます。

あ~、やっぱり40年が正しかったのか。
実は、『ポップ・アフリカ700』では「40年生まれ」と書いていたんですよ。
その後、どうも表紙写真から察するに、もっと年寄りに見えたので、
別の資料で28年生まれとあるのを見つけて、こちらが本当だろうと、
『800』出版の際に修正しちゃったんですよねえ。失敗しちゃったなあ。
もっと複数の資料に当たるべきでした。反省。

ともあれ、90年代末に盛り上がった伝統フナナーの再評価で、残された貴重な録音。
シンセ代用のへなちょこポップ・フナナーでは味わえない、
アコーディオンが醸し出すグルーヴを堪能できますよ。
『ポップ・アフリカ700/800』に掲載したコデー・ジ・ドナのCDは、現在入手困難なので、
ぜひこちらのビトーリで、伝統フナナーを聴いてみてください。
メレンゲが好きなラテン・ファンや、ザディコ・ファンもぜひ。

Bitori "LEGEND OF FUNANÁ" Analog Africa AACD081 (1998)
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ファンキー・ハイライフの名盤誕生 パット・トーマス

Pat Thomas  COMING HOME.jpg

ストラットが、ついにやってくれましたよ。
エボ・テイラーに続いて、ハイライフのヴェテラン・シンガー、
パット・トーマスをカムバックさせ、新録アルバムを制作したので、
いつか黄金時代の録音もまとめてくれるはずと、期待していたんです。

今回リリースされたパット・トーマスの編集盤は、
ソロ歌手として独立する以前の、名門ダンス・ハイライフ・バンド、
ブロードウェイ・ダンス・バンド在籍時の60年代録音に始まり、
深刻な経済危機に陥ったガーナを離れる直前の81年録音まで、
パットの全盛期を俯瞰したアルバムとなっています。

Ogyatanaa.jpg

選曲でニンマリとしたのが、オヤタナー・ショウ・バンドにゲスト参加して歌った
“Yaa Amponsah” を収録していたこと。
アフリカ音楽ファンにはお馴染みのパームワインの古典曲「ヤー・アンポンサー」を、
ファンキー・ハイライフにがらりと変身させた名カヴァーです。
ベンベヤ・ジャズの“Mami Wata” を借用し、ギタリストのナナ・オフォリのブルース・リフも
キャッチーなヴァージョンとなっているんですね。
75年のLP“YEREFREFRE” のB面ラストに収められていた曲ですが、
本編集盤ではシングル盤の音源を使っていて、シングル盤のタイトルは
“(Super) Yaa Amponsah” と、頭に「スーパー」を付けているのが面白いですね。

初めて聴く曲も多く、パットが最初に結成したスウィート・ビーンズでのヒット曲
“Revolution” は本格的なレゲエで、その高い演奏力にうなってしまいました。
パットの歌いぶりも、ジミー・クリフを思わせるみずみずしいもので、魅入られましたよ。
ほかにも、全盛期のファンキー・ハイライフのグルーヴに溢れた曲がてんこ盛りで、
これはパット・トーマスの代表作というだけでなく、ファンキー・ハイライフの名盤といえますね。

ライナーのパット・トーマスへのインタヴューを読んで、ああ、そうなのかとわかったのは、
ボガ・ハイライフのボガ burger の意味。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2015-03-25
80年代の経済危機で職を求めてドイツへ渡ったガーナ人たちのことを、
ガーナで burgers と呼んだのだそうです。
パットもドイツへ渡ったあと、ロンドンやトロントなど転々としたようですね。

また、ほかにもわかった事実としては、パットのブロードウェイ・ダンス・バンドへの参加年。
拙著『ポップ・アフリカ700/800』や下の記事で、「69年」と書いていたのですが、
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2015-06-21
パットはインタヴューで「67年」と答えています。

しかし、ブロードウェイ・ダンス・バンドがウフルー・ダンス・バンドに改名したのは64年なので、
67年では整合せず、64年以前でないとおかしいことになります。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2012-09-16
パットの記憶違いなのか、改名年の64年が間違いなのか、よくわかりません。
ちなみに、CDの背やディスク・レーベルには“1967-1981” とあるのは、
このパットの言によるものと思われますが、なぜか本作の表紙には“1964-1981” とあります。
「1964」が単なる誤植なのか、それともほかに何か理由があるのか、謎が残ります。

Pat Thomas "COMING HOME : ORIGINAL GHANAIAN HIGHLIFE & AFROBEAT CLASSICS 1967-1981" Strut STRUT147CD
[LP] Ogyatanaa "YEREFREFRE" Agoro AGL014 (1975)
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圧巻の65作目 オリヴァー・ムトゥクジ

Oliver “Tuku” Mtukudzi  EHEKA! NHAI YAHWE.jpg

インタヴューに関心のないぼくですが、これまでに一度だけ、
自分からやらせてほしいと手を挙げたのが、
13年に来日したオリヴァー・ムトゥクジでした。
インタヴューは45分という短い時間でしたが、
話を聞きながら伝わってくる、オリヴァーの包容力のある人柄、
思慮深さ、高潔な人格、相手を思いやるユーモアに、すっかりまいってしまい、
以来、オリヴァー・ムトゥクジは、音楽家としてだけでなく、ぼくの心の師としています。

国を代表する音楽家でありながら、華やかなイメージがなく、
むしろ、傷だらけのヒーローといった印象を強く受けたのは、
大勢の仲間の死と向き合ってきたキャリアと、無関係ではありません。
とりわけ、10年に最愛の息子を亡くしたことが、どれだけ深い哀しみだったかは、
12年作"SARAWOGA" の冒頭のア・カペラに象徴されていましたよね。
オリヴァーの歌から、あれほどの慟哭が溢れ出したことは、かつてありませんでした。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2013-05-26

あのアルバム以降、オリヴァーの歌いぶりに、
哀しみの表現が深く刻まれるようになったのを感じます。
からっとした陽性の曲の中にも、苦闘の人生を示す額の皺が表され、
じわりとしたコクが滲んでくるんですね。
それは、今年8月にリリースされた新作でも、はっきりと聴き取れますよ。

年輪を増して、枯れた味わいさえ感じさせるようになったオリヴァーの歌声ですが、
新作では、ますます説得力を増した歌いぶりを聞かせているのが印象的です。
ヒュー・マセケラのトランペットをフィーチャーした、
スローの“Kusateerera” の歌いっぷりなんて、これまでになく胸に迫るものがあります。

夫婦の運命について歌ったという“Haasi Masanga” にも、グッときたなあ。
この曲は奥さんのデイジー・ムトゥクジと歌っているんですけれど、
これまで奥さんと歌ったことなんて、ありましたっけ。
つらい哀しみを乗り越えた夫婦だからこそ、つかみ取れた覚悟がそこにはあります。

Oliver Mtukudzi  MUKOMBE WE MVURA.jpg   Oliver Mtukudzi  GOD BLESS YOU.jpg

オリヴァーは12年作"SARAWOGA" のあと、
14年にライヴ盤“MUKOMBE WE MVURA” をリリースしました。
スタジオ・ライヴ形式の新作といった内容で、
拍手や歓声を抑えたミックスで、スタジオ新緑と変わらぬ出来栄えになっていました。

翌15年には、12年10月南アで行われた、60歳を祝うバースデイ・コンサートのライヴ盤を、
2枚組CDとDVDでリリース。こちらのライヴは、過去のヒット曲が満載です。
1曲目が、なんと78年デビュー作のタイトル曲
“Ndipeiwo Zano” だったのには驚かされましたが、
おおむねレパートリーは、90年代以降の曲を中心に歌っています。

ゲストに女性歌手のシフォカジ、ジュディス・セプーマに加え、
南ア・ジャズのミュージシャンたち、ヴェテランのヒュー・マセケラから、
スティーヴ・ダイアー、ルイス・ムランガが加わって、華を添えています。
CDだと演奏が長すぎて、少し間延びするところもあるので、
ステージでオリヴァーとメンバーがダンスする姿を楽しめる
DVDで観る方が、オススメです。

Oliver ‘Tuku’ Mtukudzi  ONE NIGHT AT SIXTY CD.jpg   Oliver ‘Tuku’ Mtukudzi  ONE NIGHT AT SIXTY  DVD.jpg

そして今年に入り、過去作からゴスペル曲を抽出した編集盤“GOD BLESS YOU” を出し、
それに次ぐ新録の本作は、65作目を数えるものとなりました。
タイトルの英訳は“ENJOY! MY DEAR FRIEND”。
音楽によって人に道を説き、人々を笑顔にさせてきたオリヴァー・ムトゥクジ。
幾多の悲劇を越えた説教師オリヴァーの強さがにじみ出た、圧巻の作です。

Oliver “Tuku” Mtukudzi "EHEKA! NHAI YAHWE" Tuku Music/Sheer Sound SLCD402 (2016)
Oliver Mtukudzi "MUKOMBE WE MVURA" Tuku Music/Sheer Sound SLCD309 (2014)
Oliver ‘Tuku’ Mtukudzi "ONE NIGHT AT SIXTY" Tuku Music/Sheer Sound SLCD320 (2015)
[DVD] Oliver ‘Tuku’ Mtukudzi "ONE NIGHT AT SIXTY" Tuku Music/Sheer Sound SLDVD013 (2015)
Oliver Mtukudzi "GOD BLESS YOU" Tuku Music/Sheer Sound SLCD393 (2016)
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新妻のういういしさ ファン・フォン・アン

Phạm Phương Anh  MỘT MAI ANH RỜI XA.jpg

はじめ聴いた時の印象が薄くて、
しばらく寝かせたままにしていた、ヴェトナムの新人女性歌手のデビュー作。
典型的な抒情歌謡なんですけど、すぐにピンとこなかったのは、
あまりにも暑すぎる真夏に聴いたせいだったのかな。

涼しくなってきたので、あらためて聴いてみれば、いやぁ、いいじゃないですか。
レー・クエンのレパートリーに通じる、古風でロマンティックな佳曲がいっぱい。
長調と短調を行ったり来たりする不思議なメロディの1曲目は、
60~70年代に活躍したトラン・クアン・ロックという作曲家によるもの。
トラン・クアン・ロックは長く忘れられていた作曲家だったそうで、
90年代に入ってから再評価されるようになったんだとか。

2曲目の“Một Mai Em Rời Xa” も、もしレー・クエンが歌ったら、
すごくドラマティックになりそうな悲恋の曲ですけれど、感情を抑えた風情が、
わが国では絶滅した清純派歌手の雰囲気そのもので、好ましいですね。
そしてアルバムのラストを飾るのは、
レー・クエンが10年作の“KHÚC TÌNH XƯA” で歌っていた“Buồn” ですよ。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2011-12-11
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2012-08-21

ヴェトナム中部ダナン出身のファン・フォン・アンは、
03年のコンテストで金賞を獲ってから本格的な歌手活動に入ったのだそうで、
このデビュー作を出すまで12年もかかったということは、
けっこう下積みが長かったんですね。

満を持したデビュー作は、全編スロー・バラードのアルバム。
繊細な歌い口で、ほのかな色気を感じさせながら
スムースに歌うファン・フォン・アンは、後味がとても爽やかです。
最初聴いた時、あまりにもスムースすぎて印象に残らなかったのも、
そのクセのなさゆえだったのかもしれません。

丁寧に歌うファン・フォン・アンの歌をバックアップするプロダクションもデリケイトで、
ストリングスを配しつつも、適度にヌケのいいサウンドが、
さらりとしつこくない歌の良さを引き立てています。
ファン・フォン・アンの歌のチャーミングな表情は、新妻のういういしさを思わせます。

Phạm Phương Anh "MỘT MAI ANH RỜI XA" Thăng Long no number (2015)
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タイの宝物 ウタイラット・グートスワン&チャンチラー・ラーチャクルー

Utairat Kerdsuwan & Janjira Rachkru  SOMBAT THAI VOL.2.jpg

昨年末聴いた、タイの仏教歌謡レーのアイドル・デュオ、
ウタイラット・グートスワン&チャンチラー・ラーチャクルーの新作。
前作は、曲調に変化がなく単調きわまりない内容に加え、
地味なプロダクションという悪条件にもかかわらず、
二人の歌のうまさに引き込まれて、すっかり惚れ込んでしまいました。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2015-12-26

新作は、前作『タイの宝物』の続編で、今回はDVD付。
男女の恋模様を寸劇にしたものや、あでやかなタイ舞踊で演じられる映像は、
どれもおそらく、仏教説話がもとになっているものと思われます。

歌われている言葉がわかれば、意味もわかるのでしょうけど、
映像だけで内容を想像するのは、なかなかハードルが高いなあ。
外国人には雰囲気のさわり程度しか感じ取ることができませんけれど、
レーがタイ仏教を大衆芸能化したものであることだけは、よく伝わってきますよ。

今回のDVDでは、ウタイラットとチャンチラーの歌を聴き分けることもできました。
長身のウタイラットは、チャンチラーより声がやや低めで、
まろやかな歌い口に円熟味を感じるとともに、こぶし使いが絶品。
これみよがしにこぶしを使うのではなく、
繊細で正確に回す鮮やかな技巧に、うならされます。
一方、背の低いチャンチラーは、ウタイラットより高めの声でハリがあり、
押し出しの強さに、若々しさが表れています。

今回もプロダクションは、歌伴に徹しているため、聴きどころはなく、
二人の歌のうまさを聴き込むことしかできないわけですが、
次作ではそろそろ、ジョムクワン・カンヤーのアルバムのような、
サウンドの変化が欲しいですねえ。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2015-11-20

[CD+DVD] Utairat Kerdsuwan & Janjira Rachkru "SOMBAT THAI VOL.2" Here no number (2016)
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マリネーラ愛 フリエ・フレウンド

Julie Freundt  ARINERA VIVA.jpg

なつかしや、フリエ・フレウンド。
クリオージョ音楽は、濃い口の歌手でこそ聴き応えがある、な~んて言ってたそばから、
フリエちゃんのアイドル声もたまんないんっす、なぞとやにさがるワタクシであります。

いやー、変わんないねぇ。とってもかわいい、その歌声♡
「かわいい」なんていう歳では、すでにないはずですけれど、
歌いぶりのチャーミングさは、90年のデビュー作からちっとも変わっていない。
だいたいこのキュートな歌声で、オーセンティックなクリオージョ音楽や
アフロペルー音楽を歌い続けてきたんだから、変わり種というか、なんというか。

リマのペーニャのような大衆的な味わいを持つ歌手とは出自がぜんぜん違う、
育ちのいい山の手のお嬢さんのような雰囲気は、
てやんでぇ、そんな声でバルスが歌えるもんかい、とケチをつけたくなるところなんですけど、
なぜかこの人は、昔から憎めなかったんだよなあ。

その清廉な雰囲気というか、およそ下町庶民とは育ちの違う人ながら、
伝統的なペルー音楽と真摯に向き合い、愛情を注ぎこんできたことの伝わってくる歌声は、
とても共感できたんですよねえ。
同じように、真摯にアフロペルー音楽に向き合ってきた人で、
フリエ以上に学究的というか、インテリ・タイプのスサナ・バカがいますけど、
ぼくはスサナ・バカは受け入れられませんでした。

だって、スサナ・バカの歌って、味もへったくれもないじゃないですか。
さらに、サウンドづくりの観念的なところなど、
あー、インテリはこれだからなあと、鼻白んじゃうんですよねえ。
知的な外国人にはウケても、リマの庶民からは支持されないタイプというか、
メルセデス・ソーサあたりと似た立ち位置の人って感じがしますね。
あ、ぼくは、メルセデス・ソーサも大の苦手です。

一方、もっとポピュラー寄りの人に、タニア・リベルタなんて歌手もいて、
アフロペルー音楽に挑戦したアルバムを出してたんですけど、これまたぼくはダメ。
素材として取り上げているだけなのが見え透いていて、シラけるんですよ。
フリエ・フレウンドの歌だって、伝統的な歌い回しとは全然違う淡泊な歌いぶりなのに、
それでもなお彼女に魅力を感じる理由は、伝統音楽に対する愛情が、
きちんとこちらに伝わってくるからだと思います。

新作はマリネーラ集。
マリネーラ・リメーニャとマリネーラ・ノルテーニャの両方を歌っていて、
ノルテーニャではサックスをちゃんと使っているところが盛り上がりますねえ。
面白いのは、楽譜集とセットになっていることで、全曲の譜面に合わせて、
マリネーラとトンデーロの解説が載っています。

チャブーカ・グランダの“Fina Estampa”のチャーミングな歌いぶりなんて、
まさにフリエ・フレウンドならではといったところで、すっかりお気に入りとなっています。

Julie Freundt "ARINERA VIVA" Acordes Producciones no number (2015)
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クリオージョ音楽の華麗なる名作 バルトーラ&ロス・エルマノス・バルデロマール

Bartola Y Los Hnos. Valdelomar.jpg

コサ・ヌエストラの新作にやや不満を抱きながら、
一緒に手に入れたこちらを続けて聴いたら、思わず満面笑顔になってしまいました。
そうそう、コサ・ヌエストラの新作に欲しかったのは、この濃厚な味わいなんですよ。
どんどん洗練されて薄口になるラテン世界のなかで、
ペルーのクリオージョ音楽は、唯一無比といえる野趣な味わいを保つ、希有な大衆音楽。
その稀少性に感じ入っているからこそ、ぜひその良さを生かしてほしいと願うファンには、
まさしくうってつけのアルバムなのでした。

しかも、歌っているのが、前回話題にあげたばかりのバルデロマール兄弟と
女性歌手のバルトーラなのだから、役者は揃ったってなもんです。
3人とも堂々たる歌いっぷりで、ディープな味わいながら、
けっして暑苦しくならない歌い口とキレのよさに、1曲終わるたび、タメ息がもれます。

特に嬉しかったのが、ぼくのごひいきのバルトーラが、
以前と変わらぬ歌いっぷりを聞かせてくれていること。
かつて、クリオージョ音楽という枠を超えて、
ラテン世界で最高の女性歌手と入れ込んでいたエバ・アイジョンが、
2010年前後あたりのアルバムから、声に衰えを隠せなくなり、
それを補うためか歌いぶりが粗くなってきたのを、とても残念に思っていただけに、
バルトーラの太く揺るがない声の魅力に、嬉しくなりました。

これまでぼくは、バルトーラがエバ・アイジョンの後進の歌手だとばかり思っていたんですけれど、
調べてみたら、なんとエバよりひとつ年上なんですね。これには、びっくり。
バルトーラのソロ作を聴いたのは、02年のイエンプサ盤が最初で、
すでにヴェテランの域を感じさせる歌声に、相当なキャリアを持つ人と思えましたけれど、
ソロ作が少なく、どういう経歴か知らないままだったんですよね。

本作では、ニコメデス・サンタ・クルース、ラファエル・オテロ・ロペス、カルロス・アイレといった
クリオージョ音楽の名作曲家たちによるバルスを中心に、フェステーホ、ポルカなども歌っています。
切れ味たっぷりのギターの音色に加えて、フェリックスが叩くカホンに、
カスタネット、カヒータの響きがサウンドをさらに華麗にしていて、う~ん、血が沸き立ちますねえ。
季節が秋めいて、乾いた風がひんやりと感じる今日この頃にぴったりの、
クリオージョ音楽ファンに最高の名作です。

Bartola Y Los Hnos. Valdelomar "LLÉVAME CONTIGO" no label no number (2013)
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サルサ・クリオージャは濃い口の歌手で コサ・ヌエストラ

Cosa Nuestra  PREGONEROS DE LA CALLE.jpg

時代錯誤ともいえるサボール・イ・コントロールのサウンドに比べると、
クリオージョ音楽の才人といえる、
プロデューサーでギタリストのティト・マンリケ率いるコサ・ヌエストラは、
まさしく現代らしいオルケスタといえるでしょうね。
その洗練されたサウンドのテクスチャは、21世紀ならではという手触りがあります。
それゆえ、サボール・イ・コントロールのようなストリート感はありません。

新作も、懐かしのサルサ名曲をクリオージョ音楽のバルス・マナーでアレンジするという、
ティト・マンリケがコサ・ヌエストラで意図する、
サルサ・クリオージャのコンセプトに従った仕上がりとなっています。
今回の目玉は、なんといっても「アナカオーナ」でしょう。

ティテ・クレ・アロンソの名曲で、チェオ・フェリシアーノの名唱が忘れられない、
サルサ・ファンにはおなじみの曲ですが、これをバルスにアレンジすると、
えぇ? これが「アナカオーナ」?といぶかるような不思議な仕上がりで、
まったく別の曲のように聞こえます。
たしかにメロディは「アナカオーナ」なんだけど、
3拍子にすると、こうも雰囲気が変わるかという驚きのアレンジで、
コロの入り方も、チェオでおなじみのヴァージョンとは違っています。
ちなみに、曲名も“Anacaona” でなく、“Ana Caona” と書かれていますね。

ほかには、「トロ・マタ」に注目が集まるかな。
もっとも、この曲については、里帰りヴァージョンというべきものでしょうね。
もともとカイトロ・ソトが作曲したアフロ・ペルーの名曲を、
サルサにアレンジしてセリア・クルースが歌い、大ヒットとなったんですからね。
サルサに生まれ変わり、多くのシンガーにカヴァーされた「トロ・マタ」が里帰りしたというか、
これが本場のオリジナルといった仕上がりでしょう。

この新作は、ティト・マンリケらしい才が冴えた快作と認めつつも、
個人的に残念なのは、多くのゲスト歌手の参加によって、
クリオージョ音楽のディープな味わいが薄まってしまったことです。
13年の前作にもその傾向があったんですが、今回も起用された歌手によって、
他の歌手だったらよかったのにという曲があることは否めません。
マイケル・スチュアートやマジート・リベーラなんて歌手じゃ、
クリオージョ音楽の味わいを出すなんて、どだい無理。
明らかなキャスティング・ミスですね。

Tito Manrique Y Cosa Nuestra  SALSA CRIOLLA 1.jpg

ぼくがティト・マンリケのサルサ・クリオージャというコンセプトに
ノックアウトされたのは、“SALSA CRIOLLA 1” でした。
クリオージョ音楽の粋ともいうべき、素晴らしくコクのあるノドを持つ
フェリクス・バルデロマールとホセー・フランシスコ・バルデロマールの二人を起用して、
サルサ名曲を歌うというオドロキが、あのアルバムを感動的なものにしていました。

その後、ティト・マンリケがアフロ・ペルー寄りの選曲をするなど軌道修正するなかで、
前作からバルデロマール兄弟の起用をやめてしまったのは、
ためすがえすも残念でなりません。
単にコサ・ヌエストラが、サルサ名曲をクリオージョ音楽にアレンジして、
さまざまな歌手に歌わせるプラットフォームにするのではなく、
濃い口のクリオージョ音楽の歌い手に歌わせるところに、
この企画の良さがあったことを、ティト・マンリケに再考してもらいたいですねえ。

Cosa Nuestra "PREGONEROS DE LA CALLE" Play Music & Video no number (2016)
Tito Manrique Y Cosa Nuestra "SALSA CRIOLLA 1" Sayariy Producciones 7753218000074 (2011)
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やんちゃなサルサ復活 サボール・イ・コントロール

Sabor Y Control  CRUDA REALIDAD.jpg

うわー、こんなサルサ・バンドがペルーから出てくるとは。

「サボール・イ・コントロール」なるバンドのネーミングにも、
ありし日のサルサを知る者には、グッとくるものがありますけれど、
サウンドにみなぎる70年代当時のままの熱っぽさは、まさに感動的です。

バンド・リーダーで音楽監督を務めるサックス奏者ブルーノ・マチェルは、
70年代サルサの復活を目論見、00年にサボール・イ・コントロールを結成したとのこと。
達者なプレイヤーを集めて、往年のサウンドを復活させることはできても、
あの当時のギラギラとしたストリートの雰囲気や、
サルサにかける情熱に溢れた空気感を生み出すのは、そうたやすいことではありません。

過去のポピュラー音楽を再現するのに一番高いハードルは、
時代を背負った空気感の再現で、こればかりは演奏家のテクニックや
エンジニアリングだけで解決できる問題ではありませんよね。
社会が変化し、音楽のバックグラウンドが変容している状況のもとでは、
いくらサウンドだけを再現したところで、その音楽が持つテクスチャを蘇らせることは不可能です。

12年作の“CRUDA REALIDAD” を聴いてぶったまげたのは、
その不可能とも思える空気感が、リアルに蘇っていたからでした。
これって、70年代ニュー・ヨークの若いラティーノたちが置かれていた境遇と、
現代のペルーのリマの若者たちが抱える現実とが、
共振しあう<何か>があってのことなんですかねえ。

Sabor Y Control  ALTA PELIGROSIDAD  09.jpgSabor Y Control  Barrio Bendito 10.jpgSabor Y Control  EL MÁS BUSCADO  11.jpg

そのナゾを知りたくなり、旧作のバック・オーダーをお願いしていたところ、
1年以上かかって、09・10・11年作がようやく入荷。
いずれも12年作と変わらぬ濃密な70年代サルサが詰まっていて、またもウナらされました。
サックス2、トロンボーン2の編成が生み出すサウンドは、
特定のオルケスタをお手本にしたようには思えませんが、
雰囲気はエクトル・ラボー在籍時のウィリー・コロン楽団に、とてもよく似ています。
やんちゃな若者といったムードが、ね。

初期のウィリー・コロン楽団といえば、技術的にはあまり高くなく、
そのラフなアンサンブルこそに、
むせかえるようなストリート臭が溢れていたバンドでした。
サボール・イ・コントロールのジャケットも、ガラの悪そうな雰囲気が、
演出であるにせよ、あの頃のコロン楽団と共通しているじゃないですか。

全曲リーダーのブルーノ・マチェルの作曲。
なぜこれほどまでに70年代の空気感を再現できるのかは、結局わかりませんでしたけど、
デスカルガにおけるブルーノのブロウがとびっきり熱く、
ブルーノのミュージシャンシップがメンバーたちを鼓舞しているのを、強く感じさせます。

Sabor Y Control "CRUDA REALIDAD" Descabellado no number (2012)
Sabor Y Control "ALTA PELIGROSIDAD" Play Music & Video no number (2009)
Sabor Y Control "BARRIO BENDITO" Play Music & Video no number (2010)
Sabor Y Control "EL MÁS BUSCADO" Play Music & Video no number (2011)
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センバ新世代のフォーキーな哀感 キャク・キャダフ

Kyaku Kyadaff  Se Hungwile.jpg

ずいぶんと変わった名前ですね、キャク・キャダフって。キャブ・キャロウェイみたいな。
アンゴラ人にとっても発音しにくい名前らしく、インタヴューでは必ず質問されていますよ。
インタヴューで語るその由来によれば、
名前の「キャク」はキコンゴ語の yours を意味する語だそうで、
「キャダフ」というのは、母親の姓のフィネーサと父親の姓のフェルナンデスのイニシャルに、
名前の「キャク」の kya を合成して造ったんだそう。
本名はエドゥアルド・フェルナンデスと、いたって普通の名前です。

そのキャク・キャダフの名を、意識するようになったのは、
ラジオ・ルアンダが主催する2014年のトップ・ラジオ・ルアンダで、
ベスト・キゾンバ、年間男性歌手、最優秀男性歌手の3部門を受賞したほか、
文化省が特別後援するアンゴラ音楽賞でも、
2014年最優秀新人賞ほか2部門の賞を獲ったということを知ってから。

アンゴラ音楽賞といえば、2014年にエディ・トゥッサが最優秀センバ賞を獲り、
2015年にヨラ・セメードが、最優秀女性歌手、最優秀アルバム賞(“FILHO MEU”)、
最優秀キゾンバ賞(“Volta Amor”)、最優秀センバ賞(“Você Me Abana”)の
4部門を受賞したんですよねえ。
これを知って入手した“FILHO MEU” はまさに大当たりで、
ここ半年のヘヴィー・ローテーション盤となりました。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2016-06-09

そんなわけで、キャク・キャダフも聴いてみなければと、
手に入れたのが、14年暮れにリリースされたデビュー作。
まずびっくりなのが、そのゴージャスなレコーディング。

打ち込み代用で人件費をケチらないところが、今のアンゴラのポップスの良さとはいえ、
ストリングスやホーンズなど、惜しげもなく人員を使った生楽器使いは、
新人のデビュー作らしからぬ、破格な贅沢さじゃないですか。
アコーディオンが醸し出す爽やかな哀感に、アンゴラらしさがにじみ出ていて、
センバ新世代がドープなクドゥロから、
ミュージック・シーンのメインストリームを取り戻したことを実感させます。

キャク・キャダフは、82年、アンゴラ北西部ザイーレ州の州都ンバンザ=コンゴの生まれで、
アゴスティーニョ・ネト大学で心理学を学んだという人。
もともと歌手志望ではなかったようですが、学生時代に書いた曲が評判となってから、
コンテストに参加し始め、プロとなったという経歴の持ち主です。

テタ・ランドとジェイムズ・ブラウンの影響を受けたそうで、
ジェイムズ・ブラウンはピンときませんが、
テタ・ランドゆずりのフォーキーな哀愁味がいい味になっていますね。
マラヴォワとセンバが合体したような曲も極上です。

Kyaku Kyadaff "SE HUNGWILE" Go Edições no number (2014)
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南ア・ジャズの意欲的セッション マッコイ・ムルバタ

McCoy Mrubata  BRASSKAP SESSIONS VOL. 2.jpg

ポスト・アパルトヘイト世代の南ア・ジャズを、ただいま見直し中。
まったく知らずにいたミュージシャンがあまりに多く、めまいがするほどです。
アルバムもiTunes でいろいろ見つかるものの、
フィジカルが入手困難で、閉口しております。

そうしたなかで知った、サックス奏者のマッコイ・ムルバタ。
この人はポスト・アパルトヘイトの新世代ではなく、中堅世代の人ですね。
南アフリカ・ミュージック・アワードの最優秀ジャズ・アルバム賞を、
03年・05年・08年と3度も獲ったというツワモノですよ。
その3度目の受賞に輝いた07年作“THE BRASSKAP SESSIONS VOL. 1” と、
14年に出た続編の“BRASSKAP SESSIONS VOL. 2” を手に入れることができました。

マッコイ・ムルバタの経歴を調べてみると、
生まれは、59年ケープタウン、ランガ・タウンシップ。
シオン教会の賛美歌や伝統的な心霊治療師のチャント、
自宅の向かいでリハーサルをしていた、
サックス・ジャイヴ・バンドの演奏を聴きながら育ったといいます。

76年からフルートを始め、79年には自分のバンド活動をスタートさせる一方、
80年代を通して数多くのカヴァー・バンドでプレイし、
セッション・ミュージシャンとして名を挙げたようです。
89年、ジャズ/フュージョン・シンガーのジョナサン・バトラーが所属する、
イギリス、ズンバ・レコーズのプロデューサーに認められ、デビュー作をリリース。
その後自己のバンド、ブラザーフッドを結成し、90年にギルベイ音楽賞を受賞しています。
92年にはヒュー・マセケラのバンドに加入してツアーに同行するなど、
着実にキャリアを積み、名実とも南ア・ジャズのトップ・プレイヤーとなりました。

マッコイが主宰するブラスカップ・セッションは、若手とヴェテランが、
互いに交流するプラットフォームとして企画されたプロジェクトで、
07年の第1作では20名を超すミュージシャンたちが集い、制作されています。
8管編成のホーン・アンサンブルをフィーチャーした曲もあれば、
モザンビーク生まれのシンガー、チョッパが歌う曲あり、語りの入る曲あり、
「ソマリア」とタイトルされた曲ではウードがフィーチャーされるなど、
意欲的なセッションとはいえ、ややとりとめのない感は拭えません。

むしろ充実したセッションとなったのは、14年の第2作の方。
洗練された南ア・ジャズのなかに、
マラービを感じさせる伝統色がにじみ出ているところが嬉しいじゃないですか。
第1集のような語りではなく、南アらしい歌やコーラスをフィーチャーしたところもいいですね。
6曲目のゴスペル調も、まさに南ア音楽の逞しさに溢れていて、頬が緩みます。

McCoy Mrubata "BRASSKAP SESSIONS VOL. 2" Kokoko Music KMCD001 (2014)
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ジャズ十月革命・2016 梅津和時+原田依幸

生活向上委員会ニューヨーク支部.jpg

うわぁ、‌とうとうCD化されたか。
梅津和時と原田依幸が渡米して、
当時のロフト・ジャズ・シーンの精鋭たちとセッションした、
生活向上委員会ニューヨーク支部。

デザインするという意識がまるでない、いかにも自主制作なジャケットは、
およそ購入意欲のわかないシロモノで、
行きつけのジャズ喫茶で聴けるからいいやと思っているうちに、
そのジャズ喫茶も店じまいして、
すっかり忘却の彼方になってしまいました。40年近く前の大学生だった頃の昔話です。

それ以来、ずっと耳にしていなかったわけですけれど、
冒頭「ストラビザウルス」のホーン・リフがすごく懐かしくって、鳥肌が立っちゃいました。
サン・ラ・アーケストラのトランペッター、アーメッド・アブドゥラーと
梅津のアルト・サックスによるユーモラスなリフに続いて、
集団即興になだれ込んでいくカッコよさは、ぜんぜん古くなってないですねえ。
ラシッド・シナンのドラムスがキレまくりで、これぞフリー・ジャズの醍醐味ですよ。
梅津が作曲したラスト2分弱のニュー・オーリンズ風の陽気なメロディも、楽しいかぎり。

集団疎開.jpg

その後ニューヨークから帰った二人は、集団疎開を新たに結成し、ライヴ盤「その前夜」を、
生活向上委員会ニューヨーク支部同様、コジマ録音から出したんでしたね。
当時ぼくは、コジマ録音とお付き合いがあったので、高円寺の小島さんのおうちで、
この集団疎開のレコードを聞かせてもらった覚えがあります。
当時は「ひどいジャケットだな。
フリー・ジャズっていうより、ビンボくさいフォークみたい」
と思ったもんですけれど、正直これがCD化されるとは予想しませんでしたねえ。

梅津和時+原田依幸 ダンケ.jpg

結局、梅津和時と原田依幸の二人に親しみを覚えながらも、
「ジャケ買い」ならぬ「ジャケ敬遠」をし続けて、
ようやく二人のレコードを初めて買ったのが、81年の「ダンケ」でした。
一緒に買ったのが、宮野弘紀のデビュー作「マンハッタン・スカイライン」だったもんで、
レコード屋のオヤジから
「フリージャズとフュージョンの両方、聴くのかい」と嗤われましたけども。

この頃、二人はすでに生活向上委員会大管弦楽団で、大ブレイクしていました。
その後、それぞれの方向性が変わっていき、二人別々の道を歩むことになったんですね。
ぼくはといえば、どくとる梅津バンドからKIKI BANDと、
もっぱら梅津和時のライヴに足を運んでいましたけれど、
原田依幸のライヴは一度も観たことがありませんでした。

今回30年ぶりに二人が合流し、生活向上委員会東京本部として、
10月5日の京都を皮切りにコンサートを行うという、
ビッグ・ニュースが飛び込んできました。
しかも、ドン・モイエを招いてのトリオ編成だというんだから、これは事件です。
ぼくは早速、最終公演10月10日の高円寺のチケットを確保しました。
カエターノ・ヴェローゾなんぞ観てる場合じゃありませんよ。

かつて原田依幸ユニットで、セシル・テイラーのドラマー、
アンドリュー・シリルと共演した時は、
原田に合わせるだけのシリルが物足りなかったウラミが残っているので、
今回のドン・モイエには、期待したいですねえ。
なんたって、元AECなんだからさあ。
果たして、今回の公演、2016年の「ジャズ十月革命」となるや否や。楽しみです。

生活向上委員会ニューヨーク支部 「SEIKATSU KŌJYŌ IINKAI」 オフ・ノート NON25 (1975)
集団疎開 「その前夜」 デ・チョンボ/ブリッジ BRIDGE049  (1977)
梅津和時+原田依幸 「ダンケ」 P.J.L MTCJ5531 (1981)
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ギネア=ビサウのクレオール・ポップ イヴァ&イチイ

Iva & Ichy  PUTI DE MEL KEBRA PATCH.jpg   Iva & Ichy  PILOTO DI LANTCHA.jpg

前回の記事で、ひさしぶりにギネア=ビサウの男性デュオ、
イヴァ&イチイの名前を見つけて懐かしくなり、
彼らのCDを引っ張り出してきました。

小国ギネア=ビサウのポップスは、熱心なファンの間でも、
せいぜいスーパー・ママ・ジョンボが知られているくらいじゃないでしょうか。
そういえば先日、デビュー当時の未発表録音が発掘されましたね。
あと、思いつく人といえば、日本盤が出た女性歌手の、エネイダ・マルタぐらいなものかな。
ぼくはエネイダ・マルタの声が苦手なので、
どうせ日本盤を出すなら、イヴァ&イチイの方がいいのに、なんて思ってたんですけどね。

エネイダが日本で出たのは、フランスのレーベルから出た
インターナショナル向けの作品だったからで、
日本と契約があるはずもないポルトガルのマイナー・レーベルのアーティストを、
日本で出すのは無理筋でしょうけれどね。
それに日本の音楽関係者で、イヴァ&イチイを知っている人なんていないだろうし。
まぁ、そんなこともあって、知られぬままの存在となっているのがクヤシイので、
『ポップ・アフリカ700/800』には二人の99年作を入れたんですけれども。

ギネア=ビサウといえば、グンベーが盛んなお国柄。
寄せては返す、波のような反復メロディを繰り返すグンベーももちろん歌いますが、
ほかにもマンデ・ポップありルンバありの、
汎アフロ・ポップな幅広いレパートリーが、彼らの魅力なんですね。

コラやバラフォンをフィーチャーしたマンデ・ポップは、地域性ゆえといえそうですけれど、
ズークや、ヴァイオリンをフィーチャーしたビギンまでやるのは、
同じポルトガル語圏のカーボ・ヴェルデからの影響と思われます。
そんな幅広い音楽性を持つ上質のクレオール・ポップを、
ヨーロッパのプロデューサーを介さずして実現するクオリティは、大したもんじゃないでしょうか。

優男ぽいイヴァと、スモーキーなイチイという、ヴォーカルの対比も味があります。
そういえば99年作の方には、ソロ・デビュー前のエネイダ・マルタが参加しているんでした。
謎めいているのはジャケットで、これはいったい、何を意味してるのかなあ。

Iva & Ichy "PUTI DE MEL KEBRA “PATCH”?" Teca Balafon CDBAL007/99 (1999)
Iva & Ichy "PILOTO DI LANTCHA" Teca Balafon CDBAL003/03 (2003)
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ギネア=ビサウのヒップホップ リーマン

Ryhmman  BISSAU.jpg

ギネア=ビサウのラッパーのCDを入手しました。
ギネア=ビサウ? どこ、それ?とか言われそうですけど、
西アフリカはセネガルの南、ギネアの西にある旧ポルトガル領の国ですよ。
初耳という人は、これを機に、地図を開いてみてくださいね。

10年も前のアルバムを、なんで今頃という感じなんですけれど、
なんせPALOP ことポルトガル語公用語アフリカ諸国のCDは、
アンゴラを筆頭に入手が困難で、見つけられただけでも、めっけもの。
旧宗主国ポルトガルのCD市場は小さすぎて、
遠い東洋の国から探すのは、ホント苦労させられます。

ゆいいつPALOPの中でもカーボ・ヴェルデだけは、
ルサフリカ・レーベルの活躍によって、国際的なマーケットに流通していますけれど、
ルサフリカがフランスでなく、ポルトガルのレーベルだったら、成功しなかったでしょうね。
そのうえ、アフリカのヒップホップに関しては、いまやフィジカルはほぼ全滅状態。
ダウンロードのみの現状なので、入手できるCDはひと昔前のものしかないんですね。

で、このラッパー、ポルトガル語だとリーマンと読むのでしょうか。
英語読みなら、いかにもラッパーらしい「ライムマン」。「韻男」ですね。
ギネア=ビサウのクレオール語で何と読むのかはわかりませんが。
プロフィールなど情報がまったくなく、06年に出た本作がデビューEPということがわかったくらいで、
その後フル・アルバムが出たかどうかも、よくわかりません。

EPといっても、全11曲、各曲趣向を凝らした内容で、
ンゴニやバラフォンをフィーチャーしたトラックに始まり、
ハミング合唱や古いフィールド録音を取り入れるなど、
ルーツ色を滲ませた豊かな音楽性を聞かせてくれます。

なかでも、感じ入ってしまったのが、アミルカル・カブラルの肉声が聞けたこと。
ギネア=ビサウ独立の父と称えられるアミルカル・カブラルは、
ギネア=ビサウとカーボ・ヴェルデの独立運動を率いた革命家。
アフリカ独立史に思い入れのある者にとって、カブラルの往年の演説は、感慨深いものがあります。
カブラルは独立達成前に暗殺されてしまいましたが、
若いラッパーがいまもリスペクトしているなんて、ジンとくるじゃないですか。

自分が生まれる前のカブラルの古い録音を引っ張り出してくるだけあって、
哀愁と諦観の漂うトラック・メイクは、若さに似合わぬ熟成を感じさせ、
怒りや悲しみを押し殺したようなラップには説得力があり、フロウにも深みがあります。
大勢のゲストがフィーチャリングされていますけれど、
個人的には、男性デュオのイヴァ&イチイが参加しているのが嬉しかったですね。
知られざるアフリカン・ヒップホップの名作ですよ。

Ryhmman "BISSAU" no label no number (2006)
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