ドン・ポルフィリオへ行こう
ペルー音楽ファンには、嬉しいクリスマス・プレゼントです。
サヤリーのクリオージョ音楽新作2枚組をヘヴィー・ローテーションとしていたところに、
老舗レーベルのイエンプサからリリースされた、アフロペルー音楽の極上アルバムが届きました。
リマのバランコ地区にある有名なペーニャ(ライヴハウスのことです)、
ドン・ポルフィリオで活動する歌手や演奏家たちによる一大セッション・アルバムです。
ドン・ポルフィリオは、アフロペルー音楽研究の草分けドン・ポルフィリオ・バスケスの息子で
歌手のアベラルド・バスケスが84年に設立したペーニャで、父の名前が名付けられています。
アベラルドは晩年このペーニャを拠点に活動していました。
アベラルド・バスケスといえば、60年代にアフロペルー音楽を復興させた
ニコメデス・サンタ・クルースのグループ、クマナーナのフロントを務めた名歌手。
亡くなる前年の2000年に出したソロ・アルバム
“VALSES - MARINERA LIMEÑA - FESTEJOS” は、
アフロペルー独特の哀愁が滲み出た忘れられぬ名盤として、多くのファンに愛されていますね。
ずいぶんあとになってから知ったことですけど、アベラルド・バスケスは、
ペルー音楽舞踏団インティの一員として77年に来日していたんですね。
インティのメンバーにハイメ・グアルディアがいたことはよく知られていますけど、
アベラルド・バスケスまでメンバーにいたとは知りませんでした。
う~ん、当時インティを観なかったのは、つくづく悔やまれますねえ。
さて、このイエンプサ盤ですけれど、ドン・ポルフィリオにちなんだアルバムに
アベラルド・バスケスはなくてはならないということで、
古いEP盤からおこした、アベラルドが歌う1曲を収録しています。
そして、アベラルドの遺志を継いだ歌手や演奏家たちが、
コスタ(海岸部)に伝わってきたマリネーラ、トンデーロ、フェステーホ、バルスといった
レパートリーを次々と繰り広げていて、その芳醇な味わいに酔いしれるほかありません。
今でも週末のバランコ地区のペーニャでは、こんな濃い口のアフロペルー音楽を聴けるのかと思うと、
いますぐにでもリマへ飛んでいきたくなります。
Various Artists "VAMOS DONDE PORFIRIO" Iempsa IEM723 (2011)
Abelardo Vásquez "VALSES - MARINERA LIMEÑA - FESTEJOS" Iempsa IEM0471-2 (2001)
2011-12-25 00:00
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アルゼンチン・フォルクローレの抑制の美学 ロス・トロバドーレス・デ・クージョ
アルゼンチンの名門フォルクローレ・グループ、ロス・トロバドーレス・デ・クージョの
30年代と思われる最初期録音の編集盤を、最近手に入れました。
アルゼンチン盤ではなくコロンビア盤というのが意外でしたけれど、
このグループがいまも南米各国で愛されている証拠ですね。
SPノイズを無理に除去したからなのか、音質が痩せてしまっているのは残念ですが、
グループの初期から、抑制の効いたシブい味わいのヴォーカルとコーラスは
不変であったことがよくわかりました。
リーダーのイラリオ・クアドロス率いるロス・トロバドーレス・デ・クージョは、
チリと国境を接するアルゼンチン西部クージョ地方の民謡を、合唱を主体にギター伴奏で歌い、
戦前のアルゼンチンで最高の人気を誇りました。
クージョの民謡には独特の甘さと明るさがあって、田舎風の発声や素朴なハーモニーで歌う、
ロス・トロバドーレス・デ・クージョの味わいは格別でした。
イラリオ・クアドロスが1956年に亡くなるのと入れ替わるように、
ロス・チャルチャローレスのモダンで華やかなスタイルがフォルクローレの主流となり、
ロス・トロバドーレス・デ・クージョのような地味なスタイルは忘れ去られてしまいますが、
ぼくはいまでもロス・トロバドーレス・デ・クージョの古風な上品さが忘れられません。
Los Trovadores De Cuyo "SÓLO LO MEJOR" EMI 7243540959-2
Los Trovadores De Cuyo "LA VOZ DE LOS CERROS" DBN/EMI 8374102
Los Trovadores De Cuyo "DE LOS ANDES AL CIELO" Pampa/EMI 8-35745-2
Los Trovadores De Cuyo "LA CANCIÓN DEL LINYERA" Leader Music LM605457-2282-2-1
Los Trovadores De Cuyo "Y.... PUNTO" EMI 072434951312
Los Trovadores De Cuyo "COLECCIÓN ANIVERSARIO" EMI 7243-4-99647-2-3
Los Trovadores De Cuyo "SUS MÁS GRANDES ÉXITOS" DBN/EMI 7243-5-29136-2-6
2011-12-23 00:00
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セネガルのサボール アブライェ “チョサヌ” ンジャイェ
ナイジェリアのファタイ・ローリング・ダラーに、どことなく似てませんか。
不良老人ぽい黒のサングラス姿がキマっている、
セネガルのアブライェ “チョサヌ” ンジャイェというこのシンガー、
本作が75歳にして初のソロ・アルバムだそうです。
セネガル第2の都市ティエの出身、52年から音楽活動を始め、
66年に初代大統領サンゴールがダカールで開催した第1回黒人芸術祭で
アブライェの曲“Tallene Lampe Yi” がラジオ・アンセムとなり、
一躍その名を知られるようになったそうです。
その後、音楽活動から身を引いて画家としての活動に専念し、
ウォロフの伝統文化をモチーフとした数多くの油彩、グワッシュを描き、
国連本部にもアブライェのタペストリーが飾られてるっていうんだから、すごいですね。
シアトルには、アブライェの絵を専門に扱っているギャラリーもあるそうです。
で、そんなアブライェが長きブランクの果てに制作したデビュー・アルバムは、
オーケストラ・バオバブのメンバーの面々に、
元ハラムのスレイマン・フェイやシェイク・ティジャヌ・タル、パパ・ノエルなどが参加した、
人肌のぬくもりが伝わるセネガリーズ・ラテン・アルバム。
サウンドは、もちろんすべて生。
サックス、ギター、アコーディオン、サバールなどのパーカッションが、
実にイキイキと、そしてナマナマしい響きを奏でます。
この温かなサウンドを、単に「ノスタルジック」などという形容では片付けたくありません。
アフリカ音楽の黄金期を支えてきた、
ヴェテランたちならではの演奏の芳醇さに、胸が熱くなります。
こんな優雅でさわやかなサウンドといえば、聞き覚えがありますよね。
そう、コンゴ音楽のブエナ・ビスタを演出した「ケケレ」ですよ。
案の定というか、アレンジはケケレを手がけたフランソワ・ブレアン。
こういうプロダクションは、フランソワ・ブレアンの真骨頂ですね。
アブライェの歌は入れ歯声ぽいところもありつつも、元気いっぱいに歌っていて、
セネガルのサボールをたっぷりと溢れさせています。
Ablaye Njiaye Thiossane "THIOSSANE" Discograph/Syllart Productions 3247952 (2011)
2011-12-21 00:00
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カリオカのファンキー・マランドロ モレイラ・ダ・シルヴァ
今年のリイシュー・レーベル大賞は、ブラジルのジスコベルタスに謹んで進呈いたしましょう。
年末にとどめを打つように届いたのは、リオの下町っ子カリオカの粋を体現したサンバ歌手、
モレイラ・ダ・シルヴァの58~61年作4タイトルをまとめてボックス化した逸品です。
モレイラ・ダ・シルヴァは、曲の途中にブレイクをはさんで即興のしゃべくりを入れる、
いわばサンバ漫談ともいえる<サンバ・ジ・ブレッキ>というスタイルで一世を風靡したサンバ歌手。
50年代末から60年代にかけてオデオンに録音したマランドロ・シリーズは、
モレイラ・ダ・シルヴァのもっとも脂が乗った時期のアルバム揃いで、
下町の大衆芸能らしいファンキー味たっぷりのサンバ・ジ・ブレッキを存分に堪能できます。
58年の“O ÚLTIMO MALANDRO” は、
かつてEMIがオデオン100周年復刻シリーズでCD化しましたけど、
あのときはCCCDだったので、正規版での再発は大歓迎ですよ。
“O ÚLTIMO MALANDRO” はストレイトCD化ですけれど、
他の3タイトルには、EP盤の曲がボーナス・トラックとして追加されているのも嬉しいところです。
夫婦水入らずのヴェトナム旅行から帰ってきて、最初に買ったのがこのボックスだったんですけど、
23年前の新婚旅行でリオの中古盤屋で見つけた“A VOLTA DO MALANDRO”
“MALANDRO DIFERENTE” がボックスに収められていたのは、なんだか感慨深かったですね。
せっかくの機会なので、モレイラ・ダ・シルヴァの秘蔵盤も披露しちゃいましょうか。
モレイラ・ダ・シルヴァの初LPで、
55年にサンタ・アニタというマイナー・レーベルから出た10インチ盤です。
このアルバムには、58年の“O ÚLTIMO MALANDRO” 収録の
“Amigo Urso” “Na Subida Do Morro” “Acertei No Milhar” 3曲に、
59年の“A VOLTA DO MALANDRO” 収録の
“Bamba De Caxias” のオリジナル録音を聴くことができます。
オデオン盤は過去のSP盤の再録ヴァージョンが多かったということなんですね。
Moreira Da Silva "O ÚLTIMO MALANDRO" Discobertas DB130 (1958)
Moreira Da Silva "A VOLTA DO MALANDRO" Discobertas DB131 (1959)
Moreira Da Silva "MALANDRO EM SINUCA" Discobertas DB132 (1961)
Moreira Da Silva "MALANDRO DIFERENTE" Discobertas DB133 (1961)
[10インチ] Moreira Da Silva "O TAL!" Santa Anita SALP1001 (1955)
2011-12-19 00:00
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新感覚のクリオージョ音楽セッション ロサ・グスマン、セルヒオ・バルデオス&エドワルド・ペレス
ペルーの新興レーベル、サヤリー・プロダクションがまたしてもやってくれました。
リマのクリオージョ音楽の古老たちによる一大プロジェクト“LA GRAN REUNION” のあと、
あのプロジェクトを発案したギタリスト、ウィリー・テリーと
カホン奏者エドゥアルド“パペオ”アバンのデュオ作がリリースされましたが、
今度の新作は、これまでのサヤリー制作のアルバムとはちょっと趣向が違います。
単にクリオージョ音楽の伝統を継承しただけではない、
現代的なセンスを取り入れたクリオージョ音楽の21世紀ヴァージョンとも呼びたい内容で、
これが素晴らしい仕上がりとなっているんですね。
女性歌手とギターとベースの3人を基本に、曲によってブラシのドラムス、パーカッション、
アコーディオンが加わるだけのシンプルな編成で、すべてアクースティックな音づくり。
歌手のロサ・グスマンは、名歌手ホセー“タト”グスマンの娘で、
幼い頃からクリオージョ音楽の伝統の中で育ってきた人。
ギタリストのセルヒオ・バルデオスは、ブラジル音楽やジャズの影響を受け、
スサーナ・バカのバックを8年務めたという経歴の持ち主。
そしてベーシストのエドワルド・ペレスは、
ニューヨークのジャズ・シーンで鍛えられたアメリカ人ジャズ・ベーシスト。
こうしたそれぞれ異なるバックグラウンドを持つ3人がコラボしたことで、
クリオージョ音楽の名作曲家フェリーペ・ピングロ・アルバのバルスを取り上げても、
伝統的なクリオージョ音楽とは感覚の異なるリズム感やモダンなコード使いが自然に溶け込み、
コンテンポラリーなセンスを備えたクリオージョ音楽に生まれ変わるのでした。
フォービートやフラメンコをさらりと取り入れたアレンジも、なかなか粋です。
誤解のないように付け加えておきますけど、新感覚のクリオージョ音楽といっても、
スサーナ・バカみたいなのを思い浮かべられちゃあ、困りますよ。
あんな味もそっけもない歌手とロサ・グスマンとでは、比べ物になりません。
今年の初めに話題を呼んだ、チャブーカ・グランダの未発表曲集を思い浮かべてもらったほうが、
近い味わいといえます。
ロサのエレガントな甘さのある温かな歌声は、
伝統的なクリオージョ音楽の味わいを保ちつつ、現代的なセンスとも見事にマッチしていて、
不純物のない声と明解なディクション、さらに正確な音程にも感嘆させられます。
こぶしやヴィブラートを使わず、また、メロディをいっさい崩すことなく、
ストレイトに歌い切る清廉さがすがすがしく、
2枚組というヴォリュームがあっという間に感じられる、今年のクリオージョ音楽の最高傑作です。
Rosa Guzmán, Sergio Valdeos & Edward Pérez "DESPERTAR" Sayariy Producciones 7753218000197
2011-12-17 00:00
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SP蒐集家ジョナサン・ウォードの偉業 アフリカ音楽SP復刻ボックス
戦前ブルース・マニアだとか、浪曲マニアだとか、
守備範囲がある程度限定しているのならまだしも、
古今東西ありとあらゆる音楽に興味をひかれる
ぼくのような人間が、
SPまで手を出したら、経済破綻・家庭崩壊は必至ですって。
イマドキの音楽より、いにしえの音楽に
年々ココロひかれるようになっているので、
SPをディグする甘い誘惑を感じないわけじゃありませんが、
まー、やっぱり独身でなきゃ無理ですね。
会社勤めの家族持ちにそんなヒマはとてもないし、
そこまでのめりこむ気もございません。
ということで、SPコレクションはほかの方にお任せして、
SPコレクターの成果を編集盤CDで楽しませていただいているんですけど、
もし自分がSPコレクターだったらこんな仕事をしたかったと、
思わず嫉妬しそうになった、すごいSP復刻の編集盤CDが出ました。
それが、この“OPIKA PENDE : AFRICA AT 78RPM”。
1909年から1960年代にかけてアフリカ全土で残されたSP録音100曲をCD4枚に収め、
112ページに及ぶ解説書のブックレットとともにボックスに収めた労作です。
復刻に使われたSP音源は、ロサンゼルスの研究家にしてコレクター、
ジョナサン・ウォード一人のコレクションだというのだからおそれいります。
北アフリカから始まり、西アフリカ、中部アフリカ、東アフリカ、南部アフリカ、インド洋まで、
アフリカ全土をくまなく網羅していて、地域的な穴がないのに驚かされます。
コレクターのコレクションはとかく専門的になりがちで、網羅的という面で弱みがあるものなのに、
ジョナサン・ウォードのコレクションは、むしろそこが強みとなっているんだから、スゴイ。
特にアフリカ音楽という時、普通はサハラ以南のアフリカだけを対象とするものなのに、
北アフリカのアラブ・アンダルース音楽までしっかり射程に収めているのは、頭が下がるばかり。
コレクションの質の高さも目を見張るものがあり、大物たちの音源もずらりと並んでいます。
たとえば北アフリカ編のディスク1では、シャービの名歌手エル=アンカ、
パリで活躍したアルジェリア人歌手マヒエッディーンや、
ユダヤ系チュニジア人歌手シェイフ・エル=アフリートなど。
西アフリカ編のディスク2では、ハイライフの名門バンドのブラック・ビーツに
名ギタリストのE・K・ニアメ、パームワインのエベネザー・カレンダーなど。
中部・東アフリカ編のディスク3では、コンゴリーズ・ルンバ黎明期に活躍した
ギタリストのアディクワにグラン・カレとアフリカン・ジャズ、
そしてアフリカン・ギターの古典的名曲のジャン・ボスコ・ムウェンダの「マサンガ」など。
南部アフリカ・インド洋編のディスク4では、ダーク・シティ・シスターズの変名
フライング・ジャズ・クイーンズ名義で残されたンバクァンガに、
南ア国家「ンコシ・シケレレ・アフリカ」の30年録音などなど。
さらに聴きものとなっているのが、無名の音楽家たちによる録音で、
アルジェリア、コンスタンティーヌで32年に録音されたごきげんなマルーフのダンス・チューンや、
30年代後半に録音されたピアノやホーンズの入ったガーナのハイライフ、
30年代にアクラで出張録音されたガーナのアカン・ブルース、
南アのマラービ楽団が残した55年録音の名演など、
選りすぐりの逸品をコレクションした、ジョナサンの耳の確かさに敬服するほかありません。
大物も無名もバランスよく並べ、なおかつ地域的な偏りもなく、
都市のポピュラー音楽と田舎の民俗音楽も万遍なく選んだ、このバランス感覚が本復刻のキモ。
大勢のSPコレクターの協力を得て編纂した復刻集でも、
これほど偏りなく選曲するのはなかなか難しいものなのに、
たった一人の個人コレクションでこれだけのものを作り上げたのは、
まさしく執念を感じさせる偉業というほかありません。
良好な音質、よく練られた選曲と曲順、ジョナサンの解説も簡潔にしてわかりやすく丁寧で、
望み得る最良の仕上がりの復刻集となっています。
なので、このような復刻ものにつきものの、
このアーティストのこの音源を使うくらいなら、こっちの方がよかったみたいな、
重箱の隅をつついた選曲への些細な不満を言う気にはなれません。
これほどの復刻集を前にそのテの文句を言うのは、マニアのエゴみたいなもので、
それよりも、ジョナサン・ウォードのこの偉業に対して、最大級の賛辞と敬意を表したいと思います。
Various Artists "OPIKA PENDE : AFRICA AT 78RPM" Dust-to-Digital DTD22
2011-12-15 00:00
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【越南紀行その4 フエ編】 月夜の古都を想う
ホイアンから車で約4時間弱、ダナンから峠をひとつ越えると、
ヴェトナム最後の王朝の都フエに着きます。
フエの印象をひとことで言えば、奈良みたいだなといったところでしょうか。
華やかな京都とはまた違った、鄙びた古都の味わいがある町です。
ホイアンでは快晴に恵まれましたが、峠を抜ける前から厚い雲が立ち込め、
ときどき小雨の降る、あいにくの天気になってしまいました。
しかしフエに着いてみると、霧雨にけむる寺院や庭園はなんともオツなもので、
侘び寂びのあるしっとりとした景観に、すっかり和んでしまいました。
フエ観光の中心地、阮朝王宮は大勢の観光客でにぎわっていましたけど、
郊外に点在するお寺やかつての王を祀った廟を訪れる人はさほど多くなく、
七層八角形の塔があるティエン・ムー寺や、西洋風の建築がユニークなカイ・ディン帝廟、
大きな蓮の池があるトゥー・ドゥック帝廟をゆっくりと散策できて、
とても満たされた時間をすごすことができました。
フエには王宮の宮廷音楽として発展した雅楽もありますけれど、
宮廷音楽と民謡が融合した、カー・フエと呼ばれる古謡が聴きものです。
カー・フエは、中国の影響を受けた宮廷音楽に中部地域の民謡や
少数民族チャム人の音楽がミックスされた音楽です。
さまざまな民族の音楽が混淆したからなのか、
雅やかで華やかさのある北部民謡と違って、滋味な味わいのシブい民謡といえます。
フエで生のカー・フエを聴くチャンスはありませんでしたけれど、
ダナン市内でフエ民謡集を3枚買うことができました。
“HÒ GIÃ GẠO” はいかにも観光客向けぽいジャケですが、
中身はさまざまな女性歌手のたおやかな歌が楽しめる好盤です。
一方、“TÌNH CA XỨ HUẾ” は、ダン・チャイン、ダン・バウ、ダン・グエット、ダン・ニなどの
弦アンサンブルを中心とした宮廷音楽ぽいインスト演奏を中心に、
女性歌手をフィーチャーしたカー・フエを聴くことができます。
そしてもう1枚、上の2枚でも歌っていたフエ出身の実力派歌手ヴァン・カインの01年作は、
低めの落ち着いた声でゆったりと歌う、詩情豊かなザン・カー(民歌)集でした。
ヴァン・カインは、久保田麻琴のブルーアジア・シリーズの、
『ホテル・ヴェトナム』にもフィーチャーされていましたね。
ヴァン・カインの息の長いヴィブラートは、フエを流れるフォーン川の静かな波のようで、
目を閉じながら聴き入ると、月夜に浮かぶフエの古都が瞼に浮かびます。【完】
Kiều Oanh, Thu Hiền, Thu Hằng, Huơng Mo, Hiền Luơng, Hồng Thanh, Vân Khánh, Huơng Nhu, Hoa Tấu
"HÒ GIÃ GẠO : NHỮNG LÀN DIỆU DÂN CA HUẾ DẶC SẮC " Hồ Gươm no number (2002)
Hòa Tấu, Vân Khánh, Thu Thủy, Mai Lê "TÌNH CA XỨ HUẾ" Phương Nam Phim no number (2005)
Vân Khánh "TƯỞNG NHƯ HUẾ TRONG LÒNG" Vafaco Productions no number (2001)
2011-12-13 00:00
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【越南紀行その3 ホイアン編】 會安の旧市街に佇んで
南シナ海に流れ出る三角州に造られた東西貿易の要衝ホイアンの旧市街は、
朱印船貿易の時代の息吹を伝える、趣のあるエキゾティックな街でした。
今は失われたヴェトナム文字のチュノムで、「會安」と書いた方がふさわしく思えます。
シクロに乗って観光するのがぴったりな、のんびりした田舎町で、
16~17世紀に繁栄した日本人町と中国人町を結ぶ通称日本橋こと来遠橋や、
京都の町屋にも似た、間口が狭くて奥に長く中庭のある旧家の数々は見ごたえがありました。
でも、それだけなら、倉敷の美観地区のような観光地みたいなもんですけど、
路地を歩けば天秤棒を肩に渡した商いのおばさんとすれ違い、
地元の人たちの日常を支える活気あふれる市場を歩けば、
盲人が自前のサウンド・システムを手押しながら、
首から提げたマイクで吟じつつ流しをしていたりと、
いきいきとした庶民の生活が町に陰影をつけています。
そんなホイアンの風光明媚だけではない、
庶民が形作ってきた歴史の息吹を感じさせる景観を舞台に、
エレガントなアオザイに身を包んで撮影された10葉の写真を収めた
若手女性歌手のアルバムを、ホーチミンのCDショップで見つけました。
ジャケットを開くと、表紙の裏側に赤と青の縁取りをした海外郵便封筒の中にCDが収められ、
ページをめくると左に歌詞が、右に台紙に貼った写真を模した
いにしえの写真帖ふうの装丁となっています。
最近のヴェトナムのポップスのCDは、こうした凝ったデザインのパッケージが多く、
若いデザイナーやアート・ディレクターたちの活躍ぶりが伝わってくるようで嬉しくなります。
いまやアメリカの越境シーンが制作するCDデザインのクオリティを、完全に凌いでますね。
ヴェトナムのグラフィック・アートの水準の高さは、地元のファッション誌を見ても明らかで、
マレイシアやシンガポールと並び、東南アジアのトップ・クラスに躍り出たことは確実です。
レー・クエンという女性歌手は、今回初めて知りましたが、
調べてみると81年ハノイ生まれの人で、本作が5作目とのこと。
今作はヴェトナムの古いノスタルジックな曲を集めて歌うという企画のもと、
2年の歳月をかけて制作したアルバムだそうです。
充実したプロダクションをバックに歌った力作に仕上がっていて、
今回の旅行で買ってきたCDの中で、一番のお気に入りとなりました。
ここひと月近くヘヴィー・ローテーションだったハー・ヴィーのアルバムから、
今ではこのアルバムに交替です。
全編スロー・ナンバーで、ヴェトナムらしい哀切のある泣きのメロディが満載。
一弦琴や胡弓、琴をフィーチャーしたザンカー調の曲もアクセントとしてありますが、
全体的にはアクースティック・ギター、ヴァイオリン、ピアノ、弦オーケストラによる
洗練されたアレンジの抒情歌謡に仕上げられています。
主役のレー・クエンも豪華な伴奏に応え、情感豊かに丁寧な歌いぶりを聞かせ、
聴くほどに惚れ込んでしまいました。
せつせつと迫る哀歓が胸の奥にじんわりと沁み込む傑作ですよ。
レー・クエンのアルバムを眺めていて、ホイアンの女子高生たちを思い出しました。
ホイアンで宿泊していたホテルから歩いて15分くらいのところに、
高校と中学校と小学校と幼稚園がずらっと並んでいる一角があったんです。
朝6時半にホテル周辺をウォーキングしていたら、
自転車に乗って登校するアオザイ姿の女子高生たちと行きあったんですね。
排気ガス除けのマスクをしているところが、今どきのヴェトナムらしいところでしたけど、
普段着のアオザイ娘たちが、次々と校門の中に吸い込まれていく様子は壮観でした。
それにしても、ヴェトナムの登校時間って、ずいぶん早いんですね。
学校は朝7時始まりで、生徒たちは15分前までに校門をくぐらないといけないそうです。
先生が校門を閉めようとしているところに、
アオザイの裾をひるがえしながら駆け込む姿が印象的でした。
Lệ Quyên "KHÚC TÌNH XƯA" Viettan Studio no number (2010)
2011-12-11 00:00
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【越南紀行その2 ハノイ編】 幽玄なカチューに身を浸して
消え行くカイ・ルオンとは対照的に、ハノイの古典歌謡カチューは政府の後押しも手伝って、
カチューの伝統を継承してきた古老たちによる若手の育成が進み、
2009年にはユネスコの無形文化遺産に指定されるまでに復興したといいます。
カチューを聞けるお寺や旧家が、ハノイの旧市街にいくつかあると聞き、
ハノイに到着してすぐさまガイドさんに訊ねてみると、
旧市街の狭い路地にある小さなお寺に連れて行ってくれました。
ここでは毎週火・木・日曜の夜8時に演奏をしているとのことで、
ヴェトナム入りしたその日が日曜日だったのはラッキーでした。



入場料は10ドル。入口でヴェトナム語と英語で書かれたパンフレットを渡され、
門をくぐって奥のお堂の中に入ると、仏前の垂れ幕の前に一畳ほどの舞台が用意されています。
手前入口のあたりには20脚くらいの椅子が並べられていて、
集まっていたのは、地元のヴェトナム人ばかりで、
外国人はぼくたち夫婦のほか、アメリカ人観光客が二人いただけでした。
門の外の旧市街の喧騒が嘘のような、ひっそりと静まりかえった空間で、
時がここだけゆったりと流れているように感じたのは、あながち観光客の感慨ではないでしょう。
開演前に蓮茶がふるまわれ、すっかりくつろいでいると、
司会の若い女性が登場し、ヴェトナム語でカチューの解説が始まります。
なんで解説だとわかったかというと、ヴェトナム語のあとに流暢な英語で通訳してくれるんですね。
観光スポットでもないのに、観客に外国人がいると英語の解説をするというのには驚かされました。
おかげでカチューの基礎知識が得られましたよ。



以前の記事で「カチュー(別名ハット・ア・ダオ)」と書いたことがありましたが、
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2009-10-06
あれはちょっと不正確な書き方だったようです。
ハット・ア・ダオというのは、「女性の歌」というカチューの一形式のことで、
ほかにもカチューには、ハット・クア・クェン 「宮廷の歌」、ハット・クア・ディン「村の集会所の歌」、
ハット・ニャー・トー「封建時代の高官の官邸の歌」などの形式があるそうで、
歌い手が交替して、カチューのさまざまな形式を披露してくれました。


なかでも黒のアオザイを着た年配のご婦人の歌がすばらしく、
奥さんともども感じ入ってしまったんですけど、
入口の門で売られていた2種類のCDを帰国して聴いてみたら、なんとあのご婦人の声。
なんだあ、それならサインもらっとくんだったなあと思いましたけど、
バック・ヴァンというこのご婦人が、あのお寺でカチューを定期演奏している
ハノイ・カチュー・クラブの主宰者だということが、パンフレットを読んでわかりました。

幽玄という表現がぴったりの、優雅で贅沢な時間を旅行初日の夜にはや体験できて、
ホテルに戻った後も、興奮してなかなか寝付かれなかったのでした。
Bạch Vân "CA TRÙ : TỲ BÀ HÀNH" Thǎng Long no number (2005)
Bạch Vân "CA TRÙ : THÊ NON NƯỚC" Thǎng Long no number (2005)
カチューの伝統を継承してきた古老たちによる若手の育成が進み、
2009年にはユネスコの無形文化遺産に指定されるまでに復興したといいます。
カチューを聞けるお寺や旧家が、ハノイの旧市街にいくつかあると聞き、
ハノイに到着してすぐさまガイドさんに訊ねてみると、
旧市街の狭い路地にある小さなお寺に連れて行ってくれました。
ここでは毎週火・木・日曜の夜8時に演奏をしているとのことで、
ヴェトナム入りしたその日が日曜日だったのはラッキーでした。
入場料は10ドル。入口でヴェトナム語と英語で書かれたパンフレットを渡され、
門をくぐって奥のお堂の中に入ると、仏前の垂れ幕の前に一畳ほどの舞台が用意されています。
手前入口のあたりには20脚くらいの椅子が並べられていて、
集まっていたのは、地元のヴェトナム人ばかりで、
外国人はぼくたち夫婦のほか、アメリカ人観光客が二人いただけでした。
門の外の旧市街の喧騒が嘘のような、ひっそりと静まりかえった空間で、
時がここだけゆったりと流れているように感じたのは、あながち観光客の感慨ではないでしょう。
開演前に蓮茶がふるまわれ、すっかりくつろいでいると、
司会の若い女性が登場し、ヴェトナム語でカチューの解説が始まります。
なんで解説だとわかったかというと、ヴェトナム語のあとに流暢な英語で通訳してくれるんですね。
観光スポットでもないのに、観客に外国人がいると英語の解説をするというのには驚かされました。
おかげでカチューの基礎知識が得られましたよ。
以前の記事で「カチュー(別名ハット・ア・ダオ)」と書いたことがありましたが、
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2009-10-06
あれはちょっと不正確な書き方だったようです。
ハット・ア・ダオというのは、「女性の歌」というカチューの一形式のことで、
ほかにもカチューには、ハット・クア・クェン 「宮廷の歌」、ハット・クア・ディン「村の集会所の歌」、
ハット・ニャー・トー「封建時代の高官の官邸の歌」などの形式があるそうで、
歌い手が交替して、カチューのさまざまな形式を披露してくれました。
なかでも黒のアオザイを着た年配のご婦人の歌がすばらしく、
奥さんともども感じ入ってしまったんですけど、
入口の門で売られていた2種類のCDを帰国して聴いてみたら、なんとあのご婦人の声。
なんだあ、それならサインもらっとくんだったなあと思いましたけど、
バック・ヴァンというこのご婦人が、あのお寺でカチューを定期演奏している
ハノイ・カチュー・クラブの主宰者だということが、パンフレットを読んでわかりました。
幽玄という表現がぴったりの、優雅で贅沢な時間を旅行初日の夜にはや体験できて、
ホテルに戻った後も、興奮してなかなか寝付かれなかったのでした。
Bạch Vân "CA TRÙ : TỲ BÀ HÀNH" Thǎng Long no number (2005)
Bạch Vân "CA TRÙ : THÊ NON NƯỚC" Thǎng Long no number (2005)
2011-12-09 00:00
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【越南紀行その1 ホーチミン編】 消え行くカイ・ルオン
会社勤めも30年。ご苦労さんの特別休暇をもらったので、
奥さんと一緒にヴェトナムへ旅行してきました。
夫婦での海外旅行は、23年前のブラジルの新婚旅行以来。
奥さんはずっと子育てに忙しく、二人で海外に行けるようなチャンスはなかったので、
本当にひさしぶりの海外旅行です。
北のハノイから、中部のホイアン、フエ、そして南のホーチミンへと縦断してきました。
ホーチミンでは、エアコンのない蒸し暑い劇場で地元の人にまぎれて、
熱気溢れるカイ・ルオンを観たいなと思ってたんですけど、
ホーチミン市の有名なカイ・ルオン劇場は、再開発の波で閉鎖され、取り壊されていました。
34歳のガイドさんは、「カイ・ルオンを観るのは、田舎のおじいさんやおばあさん世代だけ」と言い、
自分も観たことがないと言っていたくらいだから、
カイ・ルオンは時代の波に押され、消え行く大衆芸能ってことなんでしょうね。
南ヴェトナム時代を懐かしむ芸能でもあるので、
ハノイの大衆劇ハット・チェオのように政府が保存に力を入れることもなく、
観光化して上手く生き延びた水上人形劇とは対照的です。
それじゃあ、せめてカイ・ルオンのCDをお土産に買ってくかと思ったんですが、
以前紹介した紙ジャケ仕様のヴェトナム・レーベルは、
街の中心にある大きなCDショップを何軒回っても、どこにも置いていません。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2009-10-18
町外れの米ドルを受け付けない(=観光客相手でない)CD屋さんでようやく発見して、
カイ・ルオンやヴォン・コ、タン・コを100枚以上ごっそり買ってきました。
「この日本人、何者?」と、店のオヤジに思いっきり面白がられちゃいましたけどね。
サイゴン時代を想わすノスタルジックな風合いのジャケ33選をお楽しみください。
































奥さんと一緒にヴェトナムへ旅行してきました。
夫婦での海外旅行は、23年前のブラジルの新婚旅行以来。
奥さんはずっと子育てに忙しく、二人で海外に行けるようなチャンスはなかったので、
本当にひさしぶりの海外旅行です。
北のハノイから、中部のホイアン、フエ、そして南のホーチミンへと縦断してきました。
ホーチミンでは、エアコンのない蒸し暑い劇場で地元の人にまぎれて、
熱気溢れるカイ・ルオンを観たいなと思ってたんですけど、
ホーチミン市の有名なカイ・ルオン劇場は、再開発の波で閉鎖され、取り壊されていました。
34歳のガイドさんは、「カイ・ルオンを観るのは、田舎のおじいさんやおばあさん世代だけ」と言い、
自分も観たことがないと言っていたくらいだから、
カイ・ルオンは時代の波に押され、消え行く大衆芸能ってことなんでしょうね。
南ヴェトナム時代を懐かしむ芸能でもあるので、
ハノイの大衆劇ハット・チェオのように政府が保存に力を入れることもなく、
観光化して上手く生き延びた水上人形劇とは対照的です。
それじゃあ、せめてカイ・ルオンのCDをお土産に買ってくかと思ったんですが、
以前紹介した紙ジャケ仕様のヴェトナム・レーベルは、
街の中心にある大きなCDショップを何軒回っても、どこにも置いていません。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2009-10-18
町外れの米ドルを受け付けない(=観光客相手でない)CD屋さんでようやく発見して、
カイ・ルオンやヴォン・コ、タン・コを100枚以上ごっそり買ってきました。
「この日本人、何者?」と、店のオヤジに思いっきり面白がられちゃいましたけどね。
サイゴン時代を想わすノスタルジックな風合いのジャケ33選をお楽しみください。
2011-12-07 00:00
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新旧が融合する都市ビルバオで ケパ・フンケラ
スペイン、バスク州ビスカヤ県の県都ビルバオは、
歴史的な旧市街と近未来的な建造物の新市街が見事に融合された都市と聞きます。
古くからの絵画好きにとっては、ビルバオ美術館でなじみのある地名で、
97年にグッゲンハイム美術館がオープンしたこともあって、
一度は行ってみたいなあと思っているんですけれども。
そんなビルバオのミュージシャンたちと制作したケパ・フンケラの新作が届きました。
ここのところ、世界各地のミュージシャンとのコラボが続いていたケパですけれど、
地元バスクの地に戻ってきた新作は、豪華ゲストの大作続きだった近作とがらり変わって、
ケパのトリキティシャ(ダイアトニック・アコーディオン)に、
ベース、ドラムス、キーボード、チャラパルタ兼パーカッション二人というシンプルな編成。
たった6人の編成とはいえ、演奏には厚みがあり、
バスクの伝統に根差したケパの世界観が今作でもしっかりと表現されている点で、
これまでの作品とケパの姿勢は、まったく変わっていません。
バスクのコンテンポラリー・ルーツ・ミュージックと呼ぶにふさわしいケパの音楽世界は、
ちょうどガリシアのカルロス・ヌニェスと同じ志向を持っているといえますね。
本作は全12曲ケパの自作で、インスト演奏。
バスクの伝統を感じさせる美しく雄大なメロディに、モダンなアレンジとプロダクションは、
あらゆる音楽ファンにアピールする魅力をたたえています。
もちろんバスク音楽ファンにとっては、
プリミティヴなマリンバのようにも響くリズミカルなチャラパルタの音色がたまりません。
新旧が融合した独創的な景観を作り出す都市ビルバオは、
まさしくケパ・フンケラの音楽そのものといえそうです。
Kepa Junkera "ULTRAMARINOS & COLONIALES" Warner Music 52498 7065 2 (2011)
2011-12-05 00:00
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円熟のサンバ カンデイア
ジスコベルタスに続いて、ブラジル・ワーナーがカンデイアのアルバムをCD化してたんですね。
カンデイアの4作目とラスト・アルバムとなった5作目にあたる、
77年と78年のアトランティック盤それぞれのアルバムを、
オリジナル・フォーマットのまま2枚組にしてのCD化で、
「ドーゼ・ドゥプラ」シリーズの1枚にラインナップされていたのでした。
カンデイアが生涯に残したソロ・アルバムは5作だけなので、
先にジスコベルタスがCD化した3作とあわせ、
これでカンデイアの全作が今年すべてリイシューされたことになります。
祝!と喜びたいところなんですが、いまひとつ盛り上がれないのは、
毎度お決まりともいえる大手レコード会社の手抜き仕事ぶり。
解説なんてもちろん付いてないし、演奏メンバーのクレジットもいっさい記載がありません。
2枚組でも1枚分の値段の廉価盤なんだから、文句言うな、てなところなんでしょうが、
単体でCD化して欲しかったぼくとしては、ぶーたれたくなります。
それにこの2作のCD化は、これが初じゃないんですね。
2001年に「e-コレクション」と銘打ったシリーズで、この2作に加え、
カンデイア、ネルソン・カヴァキーニョ、ギリェルミ・ジ・ブリート、エルトン・メデイロスによる
名セッション盤“QUATRO GRANDES DO SAMBA” に収録されていた、
カンデイアの歌う3曲を追加したお徳用盤が出ていたのです。
この編集盤も演奏者のクレジットはないし、オリジナル盤のジャケットすら載っておらず、
とりあえず音源が聴けるという以上の価値はなく、
きちんした単独CD化を望んでいたので、なおさらがっくりきたというわけ。
それもこれも、LP時代にオリジナル盤を入手できず、
参加メンバーがわからないという不満をずっと持ってたからなんですね。
ふん、でも伊達にサンバを30年以上聴いてきたわけじゃないわい。
これほど円熟味のあるサンバは、ウィルソン・ダス・ネヴィス、ゴルジーニョ、マルサル、ルナが
揃ってなければありえませんって。70年代サンバ黄金時代のサウンドを作った名手たちです。
“AXE! GENTE AMIGA DO SAMBA” の最後に収められたメドレーが大好きなんですけど、
モナルコのエルドラード盤でさんざん耳にしてきたぼくには、カスキーニャ、シコ・サンターナ、
アルヴァイアージといったヴェーリャ・グアルダ・ダ・ポルテーラの面々に、
イヴォーニ・ララが加わっているのが、その声からはっきりと聞き取れます。
Candeia "LUZ DA INSPIRAÇÃO / AXE! GENTE AMIGA DO SAMBA" Warner Music 5052498709250 (1977/1978)
2011-12-03 00:00
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南北戦争以前のアパラチアを想う クリスチャン・ウィグ&マーク・ウォード
アパラチア育ちの若き乙女エリザベス・ラプリールの
土臭いマウンテン・ソングにすっかりまいってしまって、
いにしえのアパラチアの音楽に興味をそそられていたところ、面白いCDと出会えました。
南北戦争以前のアパラチアの音楽にタイムスリップした、フィドルとバンジョーのデュオです。
ミンストレル・ショウなど、北部の近代的な音楽や文化が流入する、
1840年以前のアパラチアの音楽を再現したものなんですけど、
ノイジーなフィドルのなまなましい演奏や、べこべこと鈍く原始的な響きを鳴らす、
民俗楽器のような音色のバンジョーが、ものすごくリアルに響きます。
歴史マニアを自称するフィドル奏者のクリスチャン・ウィグは
18世紀のフレンチ・インディアン戦争に関する本も書いたという、凝り性な人。
オールド・タイミーなフィドル・チューンへのこだわりも相当なものがあるようで、
このアルバムの録音にあたっては、1790年から1920年の間に作られたフィドルにガット弦を張り、
1840年以前の演奏法に従って演奏しているんだそうです。
アカデミックな企画意図のもとに制作されたアルバとはいえ、カビ臭い研究発表などと違って、
音楽のいきいきとした表情とパワフルな演奏ぶりが痛快そのもの。
古い音楽だからといって、演奏が素朴とは限らないという典型を聴くようですね。
曲ごとに丁寧な解説や、フィドルやバンジョーのチューニングが書かれているところが
研究家らしいところですけど、それよりもこの生命力あふれる演奏ぶりに嬉々としてしまいます。
バンジョーの方は、ゴード・バンジョーという、
その名のとおりボディがひょうたん製のもっとも古いタイプのバンジョーと、
ゴード・バンジョーを改良して木製ボディになった
ミンストレル・バンジョーの2タイプが使われています。
これらのバンジョーはさすがに現存するものはないらしく、
文献をもとに作ったレプリカを使用しているとのこと。
ゴード・バンジョーの音色は、バンジョーの祖先とみなされている
西アフリカのンゴニより音の響きが鈍く、
フラニ(フルベ)の人がよく使う、ひょうたん製のボディの弦楽器に近い印象を受けました。
演奏法も打楽器的で、二人が歴史的音源や文献をもとに再現してみせた音楽は、
ヨーロッパとアフリカの混淆を雄弁に示しています。
ぼくはブルーグラス独特の派手な音色や華やかな響きが苦手なので、
鈍く重い音色のバンジョーとノイジーなフィドルが醸し出す、
ざらりとしたこのサウンドにすごく惹かれます。
このナマナマしさは、感動的ですよ。
Christian Wig & Mark Ward "COME BACK BOYS & FEED THE HORSES : FIDDLING ON THE FRONTIER" Yodel-Ay-Hee 080 (2011)
2011-12-01 00:00
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ショーロ耳で聴く ポール・デズモンド
もうCD化は実現しないものと諦めてましたが、よくぞ出してくれました。
ポール・デズモンド晩年の75年に録音されたライヴ3部作の1枚、アーティスツ・ハウス盤です。
覚えてます? デズモンドの柔和な表情をデッサン画にしたジャケットの、
俗に『ラスト・アルバム』といわれている、あのアルバムですよ。
CDジャケは、カナダ国旗のメイプル・リーフをデザインしたものに変わっていたので、
すぐに気付きませんでした。
デズモンドが75年10・11月にカナダ、トロントのバーボン・ストリート・クラブで演奏したライヴ音源は、
ホライゾンやテラークからもリリースされていて、
なかでもホライゾン盤“LIVE” は、晩年のデズモンドの代表作として有名です。
一連のライヴ作のなかで一番最初にリリースされたのがこのホライゾン盤だったので、
名盤との評価が定着したんでしょうけど、
演奏の質は、このアーティスツ・ハウス盤の方が上とぼくは思っています。
ホライゾン盤は、一部の曲で強く吹きすぎている箇所がいくつかあって、
ぼくはそれが耳ざわりに感じてならないんですけど、
アーティスツ・ハウス盤でのデズモンドのプレイは見事にコントロールされ、
デリケイトの極地ともいえる完璧な吹奏を聞かせてくれます。
そのまったく乱れることのないトーンゆえに、
このアルバムを聴いてると眠くなるとか、地味だとか悪口言う人もいるんですけど、
そりゃ、デズモンドの魅力がぜんぜんわかってない人の言葉ですね。
率直に言えば、ぼくはデズモンドをジャズと思って聴いていません。
ブラジルのショーロを聴くのと同じ感覚で聴いているので、
ジャズ評論家後藤雅洋さんの「ジャズ耳」に倣って、
「ショーロ耳」で聴いていると言わせていただきましょうか。
タンギングなどアタックをつけた装飾音を使わずに、なめらかなトーンで演奏する
デズモンドの歌心にあふれたプレイは、いわゆるジャズ的なスリルとは異質のものです。
まるで書き譜のように演奏するデズモンドのアドリブは、
新たなメロディを紡ぐようなプレイ・スタイルで、
主旋律からかけ離れずにソロ演奏をするショーロと、まったく同質の魅力がそこにはあるのです。
そしてデズモンドのもうひとつの魅力は、アルト・サックスの音色の美しさ。
どんな音域だろうと、柔らかでふくらみのあるトーンを出し、
濁りやカスレもないかわりにクリーンなだけでもない、
ヴィブラートをつけたコクのある豊かなサウンドは、
1曲目の“Too Marvelous For Words” のタイトルじゃありませんが、
まさに言葉にならない美しさです。
オードリー・ヘップバーンへのオマージュ曲“Audrey” など、そのアルトの音色だけで、
上質の羽布団にくるまれているような夢見心地を味あわせてくれます。
Paul Desmond’s Canadian Quartet "AUDREY : LIVE IN TORONTO 1975" Domino 891210 (1975)
2011-11-29 00:00
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アンデスの魅惑 ハイメ・グアルディア
ペルー山岳音楽の至宝ともいうべきハイメ・グアルディアの新作というので、
おおっと前のめりになって手に入れたら、すでに2年前に出ていたんですね。
ったくもー、ハイメくらいの大物の新作、ちゃんと流通させてほしいなぁ。
チーチャとか流行のイロモノ・グローカルばっかりに目を奪われていないでさ。
思わず愚痴っちゃいましたけど、
ペピータ・ガルシア・ミロという女性歌手とデュオをしたこの新作、パッケージがとても凝っています。
観音開きになっている表紙の扉を開けると、ブックレットを収めたホルダーが現れ、
ホルダーを開くとその下にCDが収められているという作りになっています。
実に手の込んだデザインで、手作り感の伝わる趣味の良さに嬉しくなっちゃいますねえ。
パッケージ好きとしては、パッケージ内のデザインや美しい写真を多数添えたブックレットともども、
丁寧な仕事を施したアート・ディレクションに、喝采を贈りたくなります。
そんな制作者の愛情がいっぱいに伝わるこのアルバム、
ギターのホセ・グアルディア、アルパのグレゴリオ・コンドリ、
ヴァイオリンのチマンゴ・ラレスという3人の名手を加えた楽団編成で、
ハイメとペピータが、ウァイノやヤラビなどの伝統的なレパートリーを歌っています。
古老然としたハイメの渋い歌と、スウィートなペピータのハイトーンの歌声が絶妙なバランスで、
「アンデスの魅惑」というタイトルそのままに、みずみずしい山岳音楽を彩りよく飾っているのでした。
アルパやヴァイオリンが加わったことで、サウンドにはアヤクーチョの民俗色が濃く表れていますが、
ハイメの卓越したチャランゴ演奏とペピータの土臭さのない澄んだ歌声は、
むしろ音楽を洗練へと引っ張る作用をしていて、
フォークロアな大衆音楽が芸術的洗練を極めた好サンプルともいえそうです。
音がとても良いので、気になってクレジットを見てみたら、
レコーディングはリマで行われていますけれど、ミックスとマスタリングはバルセロナとなっていて、
制作陣のこのアルバムへの力の入れようが、はっきりとわかりますね。
その後、このアルバムと同じメンバーによるコンサートが行われ、
2010年1月28日、リマの日系ペルー人劇場(!)でのライヴがDVD化されています。
巨体のハイメが小さなチャランゴを胸元高く抱えて弾く姿は、
KONISHIKIがウクレレを弾く姿そっくり。
かなりのご老体とお見受けしますが、プレイはまったく衰えておらず、
キレ味するどいリズム感に圧倒されます。
中盤でペルー南部アプリマック県出身のギター弾き語りの名手、
マヌエル・シルバが登場して2曲歌うのは、DVDだけのお楽しみ。
アルパとヴァイオリンのデュオ演奏もあったりと、
スタジオ盤とはまた違った演目が楽しめ、ファンにはこのDVDも必携でしょう。
ハイメ翁がお元気なうちに、ぜひ生で聴きたいものですけど、来日を望むのは無理でしょうか。
Jaime Guardia Y Pepita García-Miró "ENCANTOS ANDINOS" Cernícalo Producciones no number (2009)
[DVD] Jaime Guardia Y Pepita García-Miró "ENCANTOS ANDINOS : CONCIENTO EN EL TEATRO PERUANO JAPONÉS" Cernícalo Producciones no number (2010)
2011-11-27 00:00
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家族愛のサンバ・アルバム イヴォール・ランセロッチ
イヴォール・ランセロッチの新作? こりゃまたずいぶんと久しぶりですね。
イヴォール・ランセロッチは、40年近く裏方で活動してきた、リオ下町のサンバ作家。
ぼくがイヴォールの名を初めて意識したのは、デルシオ・カルヴァーリョの87年のアルバム
“AMAR É SOFRER” のプロデューサーとしてでした。
イヴォールはデルシオ・カルヴァーリョはじめ、パウロ・セザール・ピニェイロや
ジョアン・ノゲイラなどとも共作して、数多くのサンバを書いた人なんですけど、
いまではブラジル新世代の旗手ドメニコのお父さんといった方が、通りがいいかもしれませんね。
イヴォールが98年にリリースした、ボレーロを中心にサンバ・カンソーンなどを歌った
自作自演の自主制作盤は、ずいぶん愛聴したなあ。
あのアルバムは、息子のドメニコとモレーノ・ヴェローゾがプロデュースしたんでしたね。
ダニエル・ジョビンやルイス・アルヴィスも参加した、なかなか贅沢なレコーディングで、
インディ制作とはいえ、丁寧なプロダクションが施された隠れた名作といえます。
その証拠に、翌99年ダブリウがジャケットを変えて再発したうえ、
2004年に『永遠のボレロ』のタイトルで、日本盤まで出たくらいですからね。
イヴォールの歌いぶりはまことに頼りなく、その歌唱力はど素人並みと言わざるを得ませんが、
そのとつとつとした歌いぶりが胸に沁みるのは、
手のひらに零れ落ちる涙のしずくを、スロー・モーションで見るようなメロディーのきらめきゆえ。
イヴォールは、地味ながら泣きのある佳曲を書く人なんですけれど、
ところどころにハッとさせられるような、きらりと光るメロディーが出てきて、
その作風にはちょっと忘れられない味があります。
13年ぶりとなった新作ではだいぶ声も枯れてしまっていますが、
テレーザ・クリスチーナ、ペドロ・ミランダ、モイゼイス・マルケスなど多くの若いゲスト歌手が
イヴォールと一緒に歌って、華を添えています。
息子ドメニコとの共作曲ではドメニコとともに歌っているほか、
ドメニコの弟アルヴィーニョとも1曲共作して、一緒に歌っています。
アルバムの音楽監督に<ランセロッチ一家>とクレジットされているとおり、
家族愛にあふれたサンバ・アルバムとなっているのでした。
Ivor Lancellotti "BOLERO ETERNO" no label no numer (1998)
Ivor Lancellotti "EM BOAS E MAIS COMPANHIAS" Dubas 60252770669 (2011)
2011-11-25 00:00
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ウコゥク初体験 マレウレウ
オキがプロデュースしたミニ・アルバム『MAREWREW』にノックアウトをくらって、はや一年。
これは観にいかねば!と意気込んだものの、あんまり大きくない会場で聴きたかったもので、
今度で3度目となるマレウレウ祭りまで、初体験を引き延ばしてしまいました。
ちっちゃな会場を望んだのは、2002年に吉祥寺のスター・パインズ・カフェで聴いた、
今は亡き安東ウメ子さんのライヴが忘れられなかったからなんです。
あのライヴは、普通のコンサートとはちょっと異質な、スペシャルな体験でした。
アイヌの村の歌祭りに、よそ者がのぞかせていただいたとでもいった感じの体験だったんですよ。
満員となった小さなライヴ会場のすみずみまで広がる
アイヌの伝統歌のウポポは、まるで天然イオンのようでした。
声が織り成すトランシーな浮遊感に、えもいわれぬ心地よさに包まれたものです。
あの時のライヴが忘れられなかったものだから、
CDを聴いているだけでも高揚してしまう、アイヌの輪唱のウコゥクを生で聴いたら、
どれだけトリップするやらと、期待に胸を躍らせていました。
オキを中学の英語の教科書で知ったという、素晴らしい義務教育を受けた下の娘も、
「マレウレウ、観たい~♪」と連呼していたので、
20日の日曜日、渋谷のWWWへ一緒に足を運びました。
やっぱり生で聴くウコゥクは、すごい。
別世界へ連れて行かれるような、不思議な体感です。
アイヌ語の言葉の響きが重なり合って荘厳な世界を生み出すウコゥクは、脳天を直撃します。
う~ん、脳ミソの細胞が、シュワシュワと音を立てて発泡するような感じとでもいいましょうか。
MCでメンバーのマイさんが、
「聞いてると眠くなっちゃう。立ったまま寝ちゃってください」と言ってましたけど、
眠くなるどころか脳が活性化して、感覚がものすごく鋭敏になる気がしました。
そしてイヴェントの目玉、会場の観客とのウコゥク・セッションが、またすごかった。
昔、学校の音楽の授業でやらされた輪唱すら、
人に引きずられてマトモに歌えなかった記憶があるので、
1拍ずつずらして歌い継いでいく、
あんな難しいウコゥクが歌えるわけない!と思ったら、あ~ら、不思議。
拍子を取りながら歌ってみると、メロディがリズミカルなので、ちっとも難しくない。
自分の声と人の声が交わり重なりあい、やがて大きなうねりとなって、
歌の層が積み上がっていくのが、耳だけじゃなくって、全身で感じ取れるんですね。
自分の声も聞こえるんだけど、全体の大きな歌も聞こえるという不思議な感覚、
わー、これがウコゥクなんだぁ。これは体験してみないとわからない楽しさです。
ほんのさわりを教わっただけでも、これだけワクワクした気持ちにさせられるウコゥク、
マレウレウが目指す<ウポポ100万人大合唱>が実現したら、どんなにすごいんだろう。
ぜひその時は、ぼくも会場で体験したいです。
マレウレウ 『MAREWREW』 チカル・スタジオ CKR0115 (2010)
2011-11-23 00:00
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ツァピク・マン テタ
マダガスカルには、個性的なサウンドを持ったギタリストを生み出す土壌があるんでしょうか。
独特のチューニングと奏法で国際的にも有名になったデ・ガリに続き、
新たな才能が南西部チュレアールのツァピク・シーンから登場しました。
テタことクロード・テタは、67年マダガスカル南部の街、アンパニヒの生まれ。
ツァピクの中心地チュレアールから、140キロほど南に下った街です。
幼い頃からアコーディオン奏者の父やギタリストの兄弟とともに、
地方の祭りやダンス・パーティ、伝統的な冠婚葬祭でツァピクを演奏していたのだそうです。
テタのギターの腕前は、子供時分からずば抜けていて、
村人たちから「妖精の指を持ったギタリスト」と讃えられ、
大家族で貧しくもあったために、13歳で学業を捨て音楽で身を立てる決心をします。
88年に自分のバンドを結成して、マダガスカル南部じゅうに知れ渡るギタリストへと成長し、
やがて首都アンタナナリヴまで評判が届くようになります。
中央進出後はデ・ガリともたびたび一緒に演奏をしたり、
ジャズやブルースなどのミュージシャンとも演奏して、さまざまな音楽を学び取り、
自己のギター・スタイルを磨いていったようですね。
マダガスカルではすでに何枚かアルバムを出しているようですが、
ぼくがテタの名を知ったのは、今回のインターナショナル・デビュー作が初めてです。
このアルバムは、テタのアクースティック・ギターを前面に打ち出していて、
ゲストが加わる2曲を除き、テタの歌とギター以外、
相棒が操る小物打楽器だけというシンプルな内容。
レコーディングはチュレアールと、テタの生まれ故郷アンパニヒの西50キロにある、
アンツェポカという海沿いの町の家で行われています。
ジャケット写真の、質素な板張りの家の中でテタがギターを弾いているのが、
アンツェポカでのレコーディング風景と思われ、
ギターの響きともに波の音や機械音などが加わり、飾らない日常の姿が伝わってきます。
テタのギターは、ツァピクのトゥー・フィンガー・スタイルを基本としていますが、
その流麗なフィンガリングが奏でるメロディ・ラインやフレージングは相当に技巧的で、
泥臭いツァピクとはかなり手触りの異なる、洗練を感じさせます。
面白いのは、ゲストのアコーディオンが加わったツァピカ・ナンバーのごく一部で、
ナインスのコードを使ってモダンなセンスをちらっと聞かせるところ。
この曲以外で、ナインスなどのテンション・ノートはまったく使っていないので、
伝統的なツァピク・ナンバーでモダンなフレージングを使う対比が、鮮やかな印象を残します。
また、どうしても鮮烈なギターばかりに耳が引き付けられてしまいますけど、
テタの野性味あるヴォーカルも魅力があります。
奔放なかけ声などエネルギッシュな面ばかりでなく、ストーリーテラーのようにじっくり歌ったりと、
幅広いヴォーカル表現を持つ奥行きのある歌いぶりを聞かせているんですね。
ツァピクの泥臭く粗削りな魅力は、テタの歌にこそあり、
タイトルどおり、テタの身体に染み付いたツァピクのルーツがにじみ出た一作となっています。
Teta "FOTOTSE RACINES ROOTS" Balafomanga 860214 (2011)
2011-11-21 00:00
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J-POP JAZZを歌う逸材 樹里からん
いいねえ、この人!
こんなにケレン味なく歌える日本人ジャズ歌手、めったにいませんよ。
「夢で逢えたら」「別れのサンバ」「あまく危険な香り」「LA・LA・LA LOVE SONG」など、
日本のポップス名曲をジャジーにカヴァーした『TORCH Ⅱ』を偶然店で耳にして、
すっかり耳奪われてしまい、すぐさま買ってきたんですけど、
じっくりと聴くほどにウナらされ、すっかりマイってしまいました。
この人の歌には太い芯というか、幹があって、安心して聴くことができます。
芯があるから、力をふっと抜いて軽く歌っても、歌が揺るがない。
これ、けっして簡単なことではなくて、歌唱力のない歌手が口先で同じような真似をしたら、
歌がふらふらと不安定になるだけで、とてもじゃないけど落ち着いて聴いてらんないですよ。
よく雰囲気だけでごまかすフェイクもどきの歌を歌うシンガーがいますけど、
そんないんちきなシンガーと樹里からんが決定的に違うのは、発声の力強さですね。
ブレス遣いもコントロールが行き届いていて、ディクションの明解さにも胸をすきます。
ストレイトに歌うパートと奔放なフェイクの対比も鮮やかで、非の打ち所がありません。
これくらい実力のある人だと、「アタシ歌えるのよ」みたいな気取りがジャマして、
鼻白んだりすることもあるんですけれど、この人にはそれがない。
すっかりファンになって、前作の『TORCH』も買おうとしたところ、曲目を見て、ひるみました。
「恋人よ」「時代」「島唄」なんて、ぼくの大嫌いな曲がずらっと並んでるもんだから、
これはさすがにどうかと思いましたが、『TORCH Ⅱ』での原曲のイメージをがらりと変えた
斬新なアレンジを信頼して手を伸ばしたところ、想像以上の素晴らしさに狂喜乱舞。
あれだけ虫唾が走るイヤな曲が、ここまで抵抗なく聴けるのは、
もちろんアレンジの手柄もありますけど、やはり樹里からんの歌の解釈でしょう。
新時代のジャズ・シンガーと呼ぶにふさわしい、大型新人の登場です!
樹里からん 『TORCH Ⅱ』 ユニバーサル UPCH1855 (2011)
樹里からん 『TORCH』 ユニバーサル UPCH1828 (2011)
2011-11-19 00:00
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踊らないヤツはどいてろ オルケストラ・サガ
ごっきげ~ん! こいつぁ、サイコーだぁ!!
新時代のガフィエイラ・オーケストラが誕生しましたよ。
サンパウロの重量級ブラスを誇るビッグバンドのバンダ・マンチケイラに、
サンバ・ソウル/ファンクのビッグバンド、ファンク・コモ・レ・グスタの若きメンバーを集めた、
サンパウロの文化振興団体SESCによる新プロジェクトなんですが、
仕掛け人はなんとセウ・ジョルジだっていうんだから、驚かされます。
やってくれますねえ、セウ。最新作で惚れ直したばかりですけど、
今度は大衆的なガフィエイラ・パーティーにスポットを当てるとは。
あんたは、やっぱこっち(庶民)側の人だよ、うん。
思わず肩に手を回して、背中を叩きたくなります。
週末の下町のダンス・ホール。
男女が集い、踊り、恋の駆け引きの火花を散らす美しい場を彩る音楽。
そのガフィエイラ・サウンドの古今名曲をアップデイトし、
ゴージャスな質感は昔のままに、イマドキのセンスも加えつつ、
あくまでもダンスに奉仕するサウンドがたまらない傑作アルバムです。
ゲストを含めた参加メンバーも豪華ですよぉ。
ガブリエル・モウラ、ファビアーナ・コッザといったサンバ・ソウル・シーンを彩るシンガーから、
ウィルソン・ダス・ネヴィス、パウロ・モウラ、ボカートなど、実力者たちがずらり顔を揃えています。
クラリネットを吹くパウロ・モウラに至っては、
亡くなる直前のレコーディングだったんじゃないでしょうか。
管楽器の固定メンバーで7人もいるんだから、贅沢な布陣ですよねえ。
仕掛け人のセウ・ジョルジも、2曲でいい味出したしゃがれ声ヴォーカルを披露してくれてます。
ガフィエイラのノリノリのダンス・アレンジの中に、
ちらっとショーロ・アレンジが出てくるミュージシャンシップにも泣けますが、
アルバム・ラストがカルトーラの“Minha” というのには、参りました。
あの曲をガフィエーラ・サウンドに仕立ててしまうとは、脱帽です。
この粋なバランソに身体がムズムズしないようなヤツは、シッ、シッ、あっち行けでしょう。
たまにいるじゃないですか。クラブにいながら、腕組みしながら音楽聴いているようなヤツ。
ヤですよねえ。何しに来たんだよ、オマエは、と言いたくなります。
正しいステップを知ってるかどうかなんてこたぁ、どうだっていいんです。
ぼくだってそんなもの、知りゃしません。
じっとなんかしてらんない。身体が、足が、勝手に動き出す。
こういう音楽を楽しむ資格があるかどうかは、そこですよ。
Orquestra SAGA "SOSIEDADE AMIGOS DA GAFIEIRA" SESC CDSS02611 (2011)
2011-11-17 00:00
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知られざる60年代ジュジュのギタリスト ワレ・グローリアス
ナイジェリアのフィリップスは、ヴィクター・オライヤ、レックス・ジム・ローソン、
ヴィクター・ウワイフォなどのハイライフやユスフ・オラトゥンジのサカラなど、
数多くのナイジェリア音楽の名盤を60~70年代に残した名門レーベルです。
世紀を越えたあたりから、フィリップスの原盤権を持つプレミア・ミュージックが
過去のカタログを怒涛のごとくCD化していて、ナイジェリア音楽ファンには目が離せないんですけど、
新たにジュジュのワレ・グローリアスの旧作5タイトルが一挙にCD化されました。
ワレ・グローリアスをご存知の方は日本では皆無かもしれませんが、
ナイジェリア南西部オンド州アクレ出身のジュジュ・シンガー兼ギタリストで、
I・K・ダイロやトゥンデ・ナイチンゲールなどとともに、60年代のジュジュ・シーンで活躍した人です。
わずか15年程の活動期間で早逝してしまったため、現在では忘れ去られていますけど、
優れた作品を残したジュジュ・ギタリストの一人なんですよ。
とりわけ嬉しかったのは、愛聴した10インチ盤6386.002が
“OLOTUO” のタイトルでCD化されたこと。
筆頭のCD番号でCD化されたのは、やはりワレの代表作と評価されているからでしょうか。
きびきびと小気味よいギター・アンサンブルは、当時のトゥンデ・ナイチンゲールとも遜色なく、
曲の途中でテンポを上げ、リズムが一斉に疾走していくところなど、
ジュジュの醍醐味をあますことなく伝えてくれています。
レコード片面ノン・ストップのメドレー形式のアルバムなので、60年代後半の録音と思われます。
“OLOTUO” の同時期録音と思われる“ORI NI PE KOYENI” もいい出来で、
終盤にハーモニカを取り入れているところなど、新鮮です。
“OLOGBON OMO” はもう少し古い録音と思われ、若々しいコーラスも元気いっぱいで、
複数台のギターが、それぞれ気ままに弾いてるような自由さもいいですね。
反対に要注意盤は、“AKURE OLOYEMEKUN” と“IGBEYAWO”。
どちらもLP片面ノン・ストップ形式ではなく、短い曲を収録した初期録音で、
チューニングの狂ったギターを堂々と弾いたりしていて、ノケぞります。
“AKURE OLOYEMEKUN” でチューニングが狂っているのは最後の曲だけとはいえ、
アンサンブルに粗さもあり、あまりおすすめできません。
フィリップスには、デレ・アジョやジョシー・フライデーといったジュジュ・ギタリストも録音しているので、
プレミア・ミュージックには、続けてCD化をよろしくです。
[10インチ] Wale Glorious & His Aiyesoro Spots Band "WALE GLORIOUS & HIS AIYESORO SPOTS BAND" Philips 386.002
Wale Glorious "OLOTUO" Premier Music PLCD011
Wale Glorious "ORI NI PE KOYENI" Premier Music PLCD015
Wale Glorious "OLOGBON OMO" Premier Music PLCD013
Wale Glorious "AKURE OLOYEMEKUN" Premier Music PLCD012
Wale Glorious "IGBEYAWO" Premier Music PLCD014
2011-11-15 00:00
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トリオからカルテット、そしてセクステットへ カラカス・シンクロニカ
えええええっ! カラカス・シンクロニカが来るの?
11月10日って……明日じゃん!!
偶然手にしたチラシに、まじかよ!と口から心臓飛び出るほどびっくらこいて、
チラシ片手にダッシュでコンビニにかけこみました。
チケットをゲットすべく、はやる気持ちで画面操作を進めると、
なんと無情にも、販売終了のメッセージが。がーーーーん!!!
ベネズエラ大使館が毎年秋に開催するベネズエラ文化週間で、
歌手やミュージシャンを招聘するんですけど、
今年はなんとそれが、カラカス・シンクロニカだったとは。
2002年のベネズエラ文化週間で、都市弦楽のヴェテラン楽団エル・クアルテートが来日して以来、
会場で配られるアンケートの「今後呼んでほしいアーティスト」に、
毎回「カラカス・シンクロニカ」と書き続けたんですよ、ワタシ。
それがついに実現したっていうのに、見損ねたなんつったら、痛恨じゃすまないです。
あぁ、あとは当日券に望みをかけるしかないかと、肩を落として帰宅したら、
ベネズエラ大使館のご厚意による招待メールが届いていました!!!
あ、あ、あ、ありがとうございますぅーーーーーーっ(大泣)。
そんなてんやわんやがあった翌日の恵比寿ザ・ガーデンルーム。
メンバーが6人に増え、ドラム・セットまであったのは予想外でした。
98年のデビュー作“EL AGRIDULCE” では、
クラリネット、マンドリン、ギターのトリオ編成だったんですよね。
ベネズエラの都市弦楽アンサンブルのなかでも抜きん出た音楽性を持ったグループで、
たった3人の演奏とは思えない精緻なアンサンブルは、
当時ブラジルで活躍していたショーロ・グループのオ・トリオをホウフツとさせるものでした。
オ・トリオはギターのマウリシオ・カリーリョ、バンドリンのペドロ・アモリン、
クラリネットのパウロ・セルジオ・サントスと、カラカス・シンクロニカと楽器編成も同じで、
新世代南米弦楽アンサンブルの兄弟と思えたものです。
そして、パーカッションを加え4人編成となった02年のセカンド“ZAFARAFA” では、
多数のゲストにヴォーカリストも迎え、民俗色濃いカラフルなサウンドへと変貌していました。
デビュー作の高度なアンサンブルはそのままに、音楽性の幅をぐっと広げた作品で、
ソニー・ロリンズのナンバーをベネズエラの伝統リズムを使ってフラメンコの要素を加え、
丁々発止のインプロビゼーションを繰り広げるなど、
よりコンテンポラリーなインストルメンタル・ミュージックを志向した傑作に仕上がっていて、
どれだけ愛聴したことか。
『世界は音楽でできている』(音楽出版社)の「マイ・プレイリスト」にも選んだほどです。
『ヨーロッパ・アジア・太平洋・ロシア&NIS編』をお持ちの方は、99ページをご覧下され。
そして、この路線を拡大したのが、現在のセクステットなのですね。
以前とはクラリネットとパーカッションのメンバーが交代していましたが、
ベネズエラの伝統リズム、ホローポ、メレンゲ、ヴァルス、ガイタ、バンブーコなどをベースにしながら、
モダンなセンスで演奏する姿勢はまったく変わりありません。
ドラムスも伝統リズムを移し変えたパーカッション的な役割を果たしていて、
ドラムスというよりタンボールそのもの。
カラカス・シンクロニカが目指すのは、ちょうどブラジルのアミルトン・ジ・オランダ・キンテートが、
ショーロという枠を超えたコンテンポラリー・ジャズとも呼べる、
ブラジルの現代的なインストルメンタル・ミュージックを演奏するのと同じ方向性のものでしょう。
違いと言えば、アミルトンたちほどプログレッシヴではなく、
キューバやブラジルの要素を加えるなど、より汎ラテン的志向や、
ヴォーカル曲を多く取り上げるなど、歌もの志向があるところだと思います。
会場では、ジャケットの変わったデビュー作とセカンドに加え、
現在のメンバーで2010年に出した3作目にあたる新作も販売されていましたが、
この新作に沿った演奏が、コンサートの第2部で披露されました。
メランコリックないいメロディだなと思うと、マンドリンのペドロ・マルティンの曲なのに感心。
ペドロのアミルトン・ジ・オランダばりのマンドリン・プレイも目を見張りましたけど、
ソングライティングの才能も高く、デビュー当時からのオリジナル・メンバーのペドロが、
カラカス・シンクロニカのキー・パーソンなのは間違いないですね。
コンサート終了後、楽屋で司会の石橋純さんに
「デビュー作から10年来の日本人ファン」とぼくのことを紹介され、
メンバーから次々と熱い握手を求められちゃいました。ファン冥利につきますね。
Caracas Sincronica "EL AGRIDULCE" no label FD25298619 (1998)
Caracas Sincronica "ZAFARAFA" no label FD2522002572 (2002)
Caracas Sincronica "TÁBARA" no label FD2522010966 (2010)
2011-11-13 00:00
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2011年ベスト・ソウル・アルバム L・J・レイノルズ
こりゃあ、文句なしの2011年ベスト・ソウル・アルバムですよ。
ヴェテランが本気出すと、違いますねえ。圧倒的です。
ホーン・セクションたっぷり、ドラムスもナマですよ、生。
やっぱりソウルは生音に限りますって。
インディでこれほどの作品をよくぞ作ったものだと思います。予算かけたんでしょーねー。
ヴォーカル・グループの最高峰、ドラマティックスのリード・ヴォーカルを張ったL・J・レイノルズ。
60~70年代のリアル・ソウルを体現してきたシンガーが、
いま現在のサウンドで最高作を作ってくれたとことに、喝采を送りたいんですよね。
リヴァイバル狙いのサウンドじゃないってところが、嬉しいんですよ。
マーヴィン・ゲイの“Come Get To This” を
ステッパーにアップデイトしてカヴァーするなんて現役感が、泣けるじゃないですか。
サウンドはあくまでもコンテンポラリー。ステッパーのダンス・トラックに、
アーバン・タッチのミディアム・スロウ、せつないバラードと、
どこを切ってもL・Jのソウルフルな歌いっぷりが炸裂して、もうワクワクしっぱなし。
この胸をかきむしられるような気分を味わえてこそ、ソウルってもんです。
R&B好きの長女のiTunesに仕込んでやったら、娘もイッパツで気に入ったとのこと。
このアルバムでバックを務めた、70年代ソウルの現場で活躍してきたミュージシャンたちとともに、
来日してくれないもんかなあ。L・Jのシャウトを生で体験したいものです。
コットンクラブ、ビルボード、ブルーノートのスタッフの皆様方、ぜひご検討のほど。
L.J. Reynolds "GET TO THIS" Motor City Hits MCH8171 (2011)
2011-11-11 00:00
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22年かけた初の日本語アルバム 小野リサ
小野リサが89年に『カトピリ』で登場した時のショックは、忘れられません。
日本のブラジル音楽沿革みたいなお話になっちゃいますけど、
70年代末にサンバがブームとなり、それを機に、
日本にも本格的なブラジル音楽を演奏するミュージシャンが現れ始めました。
76年に新宿と下北沢のロフトで繰り広げられた長谷川きよしのサンデー・サンバ・セッションは、
ブームを先取りしたといえる、日本初の本格的なブラジル音楽セッションでした。
ぼくもパンデイロやタンボリンを持参して、何度も乱入させてもらった思い出があります。
そして79年にベター・デイズ・レーベルからデビューした
スピック&スパンのリーダー吉田和雄のドラミングは、ウィルソン・ダス・ネヴィスをホウフツとさせ、
日本もついにここまで来たか!の感を強くしたものでした。
なんせそれまでの日本人が演奏するブラジル音楽といえば、
「なんちゃってサンバ」や「なんちゃってボサ・ノーヴァ」ばかりでしたからねぇ。
日本で初めてボサ・ノーヴァを演奏した渡辺貞夫ですらそうでしたけど、
4拍子のサンバやら、クローズ・リム・ショットさえすればボサ・ノーヴァ一丁上がりみたいな、
できそこないのブラジル音楽がそこらじゅうに蔓延してたんですから、ええ。
70年代のフュージョン・アルバムを聴けば、そんな演奏がごろごろ出てきます。
80年代に入ったあたりから、演奏の方はだいぶホンモノぽくなってきましたが、
歌の方はさすがにポルトガル語の垣根が高く、本場ものにはとてもかないませんでした。
だからこそ、ブラジルに生まれ育って、ブラジル音楽をネイティヴとして体得した
小野リサの登場は、衝撃的だったわけです。
「ボサ・ノーヴァを歌う日本人歌手」というイメージがついてまわる小野リサですけど、
彼女はデビュー時から、ボサ・ノーヴァばかりでなく、サンバ・エンレードやガフィエーラのサンバ、
さらに古風なマルシャやバイオーンなど、ブラジルのさまざまな音楽を取り上げていました。
でも、小野リサは、ブラジル音楽マニアうけするシンガーとして受け入れられたのではなく、
彼女の柔らかな歌声に、ブラジル音楽の知識などまったくない一般の人がファンとなりました。
これは彼女のキャリアにとって、とても幸福なことだったと思います。
ブラジルで育ちブラジル音楽を愛した彼女が、
ボルトガル語で自分の好きなブラジル音楽を歌い続けることは、ごく自然なことだったと思いますが、
日本でデビューし、日本のレコード会社でアルバムを作り続けていくうえで
その姿勢を貫くのは、なかなかたいへんだったんじゃないでしょうか。
レコード会社から日本語で歌うことを要求されたのは、何度もあったに違いありません。
デビュー翌年の90年、彼女は初めての日本語曲「太陽の子どもたち」を歌い、
NHKみんなのうたでオンエアされ、一気に小野リサの名前が広まったこともありましたが、
日本語で歌ったのはそれ限りで、以後けっして日本語曲を歌うことはありませんでした。
にもかかわらず、彼女は一般の音楽ファンの間に確実に人気をのばし、
ポピュラリティーを確立していったのです。
爆発的なヒット曲もないのに、しっかりと自分のファンをつかみ、
妥協せずに自分のやりたい音楽をやり続け、そのなかでさまざまな音楽的な冒険もしてきた。
そんな理想的ともいえるポジションをキープし続けたのが、小野リサのこれまでの軌跡でした。
ぼく自身、2001年のハワイ音楽に挑戦した『ボッサ・フラ・ノヴァ』までお付き合いを続け、
それ以降の世界各地を旅するシリーズは失礼してしまいましたが、
ブラジル音楽の立脚点を見失うことなく、広くポップスを歌っていこうとする彼女に、
ぼくは共感の念を持ち続けていました。
そして音楽の旅の果てにたどり着いた新作はなんと、日本の歌謡曲だったのですね。
選曲とタイトルが気に入って、ひさしぶりに手を伸ばしたんですが、
最近は涙腺が弱くなったせいか、ぽろぽろと泣けてしまうオリジナル曲もあったりして、
聴き終えると、とても満たされた温かな心持になれる、ステキなカヴァー集となっているのでした。
つぶやくように歌う、彼女の子守唄のような歌唱スタイルも、すっかり完成されていますね。
考えてみればこの新作は、小野リサにとって初の全曲日本語アルバムです。
日本語を歌うまでに、デビューから22年もの歳月をかけたのは、
彼女にとってとても意味のある、熟成期間だったんじゃないかと思います。
ブラジル音楽という自分の根っこを大事にしながらも、
リスナーにブラジルを押し付けることのなかった彼女の姿勢は、
タイトルのカナ書き『ジャポン』にもよく表れています。
なんのことだか、おわかりですか?
『ジャパォン』などと書かないところが、ぼくが彼女を支持する理由なのですよ。
小野リサ 『ジャポン』 ドリーミュージック MUCD1254 (2011)
2011-11-09 00:00
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雨の日曜日の午後に 手島大輔トリオ+小寺良太
ひょろっとしたちょっと猫背の、イマドキの草食系男子ふうの若者。
それがマヌーシュ・スウィングのギタリスト、手島大輔くんなのでした。
インストア・ライヴがあるというので、日曜の午後、
新宿のタワーレコードまでぶらっと出かけてきました。
手島大輔という人を知らないまま、イラストがカワイイCDに惹かれて聴いてみたら、
ことのほか気に入ってしまって、ここのところ愛聴盤となっていたんです。
ジャンゴやローゼンバーグの曲のほか、オリジナル曲もまじえた
6曲入りのミニ・アルバムなんですけど、もっと聴きたいと思わせるサイズが、
ちょうどいい按配になっているんですね。
最近はインストア・ライヴといっても、そんなにお客さんが集まらないようですけど、
この日はまずまずの入り。大人から現役までの女子中心に、
あと、ぼくみたいなおっさん若干名で、スタート前すでに30人以上はいたかな。
若者4人が登場すると、リーダーの手島くん、おしゃべりは苦手なのか、
実にぎこちないMCで、なんとも妙な空気が会場を覆います。
メンバーは慣れっこらしく、茶々を入れたりするんですが、
手島くん、かなりの天然ボーイのよう。面白いキャラだね。
しっかり者のドラマーの小寺良太くんが、MCをサポートしつつ演奏が始まるんですが、
ギター・プレイの方はMCと打って変わり、実に鮮やかな演奏を披露します。
ギターを弾き出した途端、手島くんの顔も急にキリッと引き締まるから、面白いですね。
CDでも感心してたんですが、手島くんのアドリブ演奏にはひらめきがあって、歌心がある。
実は最近流行のマヌーシュ・スウィングのギターって、
腕自慢的な早弾きをやったり、無機的なラインを弾く人が目立つので、
ぼくはあんまり好きになれない人が多いんですけど、手島くんのプレイは違います。
オリジナル曲からもわかるとおり、なかなかの佳曲を書くメロディ・メイカーでもあり、
ソロ・ワークがメロディックで、色気さえ感じさせるところは、
マヌーシュ・スウィングのギタリストとして得がたい才能なんじゃないでしょうか。
手癖ぽいフレーズがまったく出てこないところも、感心させられました。
せっかくの休日、雨降りになってしまいましたけど、
おかげで気持ちのいい午後を過ごせましたよ。
手島大輔トリオinvite小寺良太 『BONJOUR』 プレイ PR001 (2011)
2011-11-07 00:00
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秋の夜長に聴く白人サンバ マルコス・サクラメント
秋の夜長には、ちょっと知的な感じの白人サンバを聴きたくなります。
パウリーニョ・ダ・ヴィオラのEMIオデオン盤やシコ・ブアルキのRGE盤もいいんですけど、
今日手が伸びたのは、マルコス・サクラメントの94年のデビュー作。
マウリシオ・カリーリョのギターと、マルコス・スザーノのパーカッションのみをバックに歌った
音数の少なさが、この季節にはぴったりくるんです。
ジョアン・ボスコみたいに才気みなぎるトガったサンバじゃなくって、
落ち着いた声でのびやかに歌う、包容力のあるサンバがマルコスの魅力です。
このデビュー作では、シコ・ブアルキやカエターノ・ヴェローゾの現代的な曲から、
ネルソン・カヴァキーニョ、パウリーニョ・ダ・ヴィオラのサンバに、
ノエール・ローザやウィルソン・バチスタ、
アタウルフォ・アルヴィスのような古典サンバまで歌っています。
こういう古典サンバをレパートリーにするところが、ぼく好みなんですよねえ。
古典を取り上げているからって、シブい味わいというわけではなく、
素直な歌声ですっきりと聞かせ、爽やかな後味を残すところがいいんです。
一聴ソフトな印象を与えながら、アップ・テンポのサンバでは、
力強くキレのある歌いぶりを披露していて、かつてクララ・ヌネスが歌った
“Canto Das Três Raças” やマノ・デシオ・ダ・ヴィオラの“Apoteose Do Samba” では、
さすがモシダージのメンバーとウナらせる、芯のあるパワフルな歌声を聞かせます。
マルコス・スザーノの多重録音によるパーカッションも大活躍していて、
スザーノ独特の重低音を効かせたパンデイロ・プレイも聴きどころです。
マルコス・サクラメントは本デビュー作以降、
クララ・サンドローニとのデュエットでサンバ王シニョーの作品集を制作するなど、
ツウのサンバ・ファンを喜ばせる、地味ながら本格派のアルバムを作り続けています。
06年の“SACRAMENTOS” も愛聴しましたけど、いまでも一番手が伸びるのは、
この94年にサッシからリリースされたデビュー作ですね。
ちょっとノエール・ローザにも似たギョロ目のマルコスが印象的なサッシ盤。
その後サッシの倒産で廃盤となっていましたが、
現在はビスコイト・フィノから再発されていますので、機会があればぜひ。
Marcos Sacramento "MARCOS SACRAMENTO" SACI 8030 (1994)
2011-11-05 00:00
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『シンクロ・システム』リヴィジッテッド キング・サニー・アデ
昨年のアルバム“MORNING JOY” で、日本でも少しは知られるようになった
ナイジェリア、ジュジュの大ヴェテラン、キング・サニー・アデの健在ぶり。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2010-06-11
今年は嬉しいことに新作を2枚、矢継ぎ早にリリースしてくれました。
まず1枚は、ナイジェリアで3月にリリースされたという “BRF”。
BRFって何?と思ったら、レゴス州知事Babatunde Raji Fashola の頭文字を縮めたもの。
ジャケット裏に、ファショラ知事その人が背広姿で写っています。
州知事選挙向けのキャンペーン・アルバムで、
アデの応援のかいあって、4月にめでたく現職を守って再選されたそうです。
アルバムはLP時代同様、長尺の2曲が収録されていて、
1曲目はおごそかに歌とリズムがスタートし、実に控えめというか、静かな演奏が続きます。
選挙応援用というので、さぞエネルギッシュなジュジュをやってるんだろうと
聴く前は予想していたので、これは意外でした。
2曲目はテンポをぐっと上げ、軽やかなフットワークのジュジュにスイッチしますが、
全体を通して、落ち着いたヴェテランらしいクールな仕上がりとなっています。
そしてもう1枚が、ナイジェリアのイバダンとアメリカでレコーディングされた“HAPPY MOMENTS”。
収録された4曲すべて、それぞれ表情の異なるジュジュを聞かせていて、
ヴェテランならではの懐の深い作品に仕上がっているんですね、これが。
アイディアに富んだシカケをふんだんに散りばめながら、
肩の力の抜けた余裕しゃくしゃくの演奏ぶりが楽しめる、痛快なポップ作です。
しなやかなビートで始まる1曲目の“Ojumo Tonmo” は、
アデとコーラスのクールな歌い口がすっきり爽やか。
16分音符を多用した高音のリード・ギターのリフも軽やかなら、
さりげなくリズム・チェンジしてルンバ・ロック調のパートを差し挟んだりと、演出も巧みです。
2曲目の“EYI MA DUN TO” は、本作でもっとも話題を呼びそうな異色ナンバー。
ステデイに6つを刻む8分の6拍子の曲で、
アクースティック・ギターが出てきて、おや?と思うのもつかの間、
笛がフィーチャーされるという意表をつく展開で、曲が進みます。
ヨルバ版「祭ばやしが聞こえる」といった感じの曲で、ワークソングふうのメロディーといい、
がやがやとした人々のざわめきをバックに入れているところといい、
かつてのアイランド盤の歴史的名作“SYNCHRO SYSTEM” を思い起こさせますね。
3曲目の“Emi Won Nile Yi” は、
ゆとりを感じさせるミディアム・テンポの心地よいグルーヴのジュジュ。
最後の4曲目“Oko Lolori Aya” は、アクセルを踏み込んだアップ・テンポのジュジュ。
ブレイクを多用したリズム・アレンジのなかで、
アデのトレードマークともいえる個性的なリード・ギターのフレーズや、
トーキング・ドラムのフィル・インが次々と交叉する、悶絶もののカッコよさ。
オルガン・ソロをフィーチャーしたジャム・バンド的な展開をみせるパートも聴きどころで、
ドキドキさせられっぱなしです。
全体にリラックスした演奏ながら、要所要所で聴かせどころを作り、
一本芯の通ったぴりっとしたアルバムに仕上げているところは、さすがアデとウナらされます。
この軽やかでポップな身のこなしは、流行を追うのをやめたアデが、
自身の持ち味を生かしたジュジュを煮詰めていった結果、生み出した境地でしょうか。
21世紀の“SYNCHRO SYSTEM” と呼ぶにふさわしい傑作ですよ、これは。
最後に追記情報。
“BRF” “HAPPY MOMENTS” ともに、レーベルはマスター・ディスクですが、
配給先が以前のNIRA・サウンド・ラボラトリーから、アデモラ・レコードに変わっています。
アデモラとは旧音源の使用権利も契約したようなので、
80年代のサニー・アラデ音源のCD化が期待できるかも。ひゃっほい!
King Sunny Ade "BRF" Master Disc no number (2011)
King Sunny Ade "HAPPY MOMENTS" Master Disc no number (2011)
2011-11-03 00:00
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風に揺れるヴィブラート ハー・ヴィー
ニュ・クインも霞む、すごい越境歌手と出くわしましたよ。
77年生まれ86年デビューという、ヴェテラン女性シンガーのハー・ヴィー。
いやあ、これまでまったく知りませんでした。
ニュ・クインと同じレーベル、トゥイ・ガーから今年リリースされたアルバムは、
全編しっぽりとしたヴェトナム演歌に満ち溢れ、
1曲目からそのデリケイトな歌いぶりに思わず息を呑み、そのまま魂を持っていかれます。
繊細なヴィブラート使いといい、息づかいまで完璧にコントロールされた歌唱なのに、
歌い込みすぎているといった感じがしないところが、すごいですよ。
情感の込め方がハンパでなく、ハー・ヴィーを聴いたあとにニュ・クインをかけたら、
えらくドライに聞こえてしまったくらいですからね。
胸の奥底にせつせつと迫る、情の細やかさを感じさせる歌ながら、
さらっとした軽さを失わず、さっぱりとした後味を残すのは、この人最大の魅力でしょう。
全曲バラードという、よっぽど歌える人じゃなきゃ、とてもじゃないけど持たない内容を、
最後までぐいぐいと耳を引きつけて放さないんだから、すごい実力です。
難点といえば、あまりに保守的なプロダクションでしょうか。
NHKの「新日本紀行」みたいなオーケストラ伴奏が、なんだかねえ。
もっとも打ち込み全盛のイマドキのレコーディングで、
これだけぜいたくにストリングスを使った伴奏も珍しく、
主役の歌の哀感を引き立てるためだけに徹した潔さという評価もありかもしれません。
風に揺れるヴィブラートが、たゆたうヴェトナム抒情を伝えてあまりあるアルバム、
この秋一番の感涙作ですね。
Hạ Vy "MẸ LÀ TÌNH YÊU" Thúy Nga CD11 (2011)
2011-11-01 00:00
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お爺ちゃんとお父さんと孫娘と ニーリド、ヒューイー&キャスリーン・ボイル
ドニゴールの伝説的なフィドラーという、ニーリド・ボイル。
今年没後50周年を記念して制作されたという3枚組CDで初めて耳にしたんですが、
37年録音という古さをものともしない、豪快な演奏に圧倒されました。
スピード感あふれ、ダイナミックなリール演奏のスゴさといったら。
ドニゴール訛りと形容される、装飾音がいっぱい付いたクセの強いメロディーを、
アタックの強い弓できりきりと、激しく鳴り響かせています。
一方エアーでは、ゆったりと情感のこもったボウイングを披露し、動と静の使い分けも鮮やか。
鳥のさえずりを模したトリッキーなプレイを聞かせる“The Blackbird” など、
いかにもドニゴールらしいフィドル・プレイを堪能できます。
なかでもリールの“The Moving Clouds” のプレイは圧巻で、どっかで聴いた曲だなと思ったら、
2枚目のディスクに収められた同曲の53年のBBC録音を聴いて、はたと思い出しました。
これって、女性アコーディオン奏者キャスリーン・ボイルのデビュー作に
収められていたのと同じ録音じゃないですか!
そっかー、ニーリド・ボイルは、キャスリーンのお爺ちゃんだったのかあ。
キャスリーン・ボイルは、スコットランドの歌姫ジュリー・ファウリスを擁するグループ、ドーハスや
チェリッシュ・ザ・レディースのメンバーとして活躍しているので、
スコットランドの人とばかり思っていましたけど、
生まれはアイルランドのドニゴールだったんですね。
キャスリーン・ボイルのデビュー作に収録された“The Moving Clouds” は、
お爺ちゃんのニーリドのフィドルと、お父さんのヒューイーのピアノのデュオ演奏に、
孫娘のキャスリーンのアコーディオンをオーヴァーダブした、
家族三世代の共演だったというわけです。
ニーリドが亡くなった後に生まれたキャスリーンにとって、特別の想いがあったんじゃないでしょうか。
ジュリー・ファウリスもゲスト参加したキャスリーンのデビュー作は、
アイリッシュのダンス・チューンやスコティッシュのガーリック・ソングを愛情深く演奏していて、
ぼくの大のお気に入り盤でした。
キャスリーン・ボイルのサイトを見に行くと、
なんと“BACK TO DONEGAL” と題する、お父さんと共同名義の新作がリリースされていました。
さっそくオーダーしてみると、ニーリドの曲を父娘のアコーディオンとピアノ共演で演奏するなど、
ボイル家の伝統がしなやかな演奏の中に息づいていることを感じさせ、
ニーリド・ボイルへの献辞があるのも納得のアルバムなのでした。
Néillidh Boyle "A FEELING IN THE BLOOD" Cairdeas na bhFidiléirí CNF007
Kathleen Boyle "AN CAILÍN RUA" Kathleen Boyle KTR001CD (2008)
Hughie & Kathleen Boyle "BACK TO DONEGAL" Kathleen Boyle KTR002CD (2011)
2011-10-30 00:00
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中国貴州省侗族の大歌
「中国の少数民族の合唱を聴きに行くんだけど、一緒に行く?」
家人に誘われ、先週の日曜日(10月23日)、
シッポふって渋谷の國學院大學までお供させていただきました。
4年前の2007年12月にも、國學院の小川直之教授の公開講座に通っていた奥さんから、
国際シンポジウム「東アジア歌垣サミット」が行われることを教えてもらい、
連れてってもらったんですよね。
文学や民俗学といったフィールドで招聘される公演なんて、ぼくには知るすべもないので、
いつも貴重な情報を教えてくれるうちの奥さんには、感謝の限りであります。
4年前の東アジア歌垣サミットでは、秋田金澤八幡宮伝統掛唄、奄美の掛け合い歌とあわせて、
中国南西部貴州省侗(トン)族の人たちが来日して歌垣を実演してくれたんですけど、
ほんのさわりを披露してもらうだけなので、正直物足りないというより、群盲象を評す状態。
だいいち、男女が歌で愛を告白しあう歌垣という習俗を、
大学の教室で再現するという場の限界もあり、いかんともしがたいというか。
そんなわけで、珍しいものを観たなという程度の記憶しか残らなかった前回でしたが、
今回「平成23年度國學院大學文化講演会」と銘打たれた
侗族大歌公演「岩洞の歌」プログラムは、教室ではなくちゃんとしたホールで、
途中休憩も入れて3時間17演目、じっくり向き合えるという企画。
さて、どんなものやらとシートに身体を沈めていたら、
しょっぱな第1演目の女性4人が登場して歌う「春の歌」から、
その鮮やかなポリフォニーにドギモを抜かれました。
さらに5人の男性が加わって、高低音の幅の広い音域をフルに使って歌う合唱も圧巻で、
装飾的なフレーズを加える女性のハイトーンの美しさは、絶品でした。
いやー、びっくりです。
ブルガリアや台湾先住民のポリフォニーにも劣らぬこんな合唱が中国大陸に存在していたなんて、
ぜんぜん知りませんでした。
侗族の大歌の存在が近年になって知られるまでは、
中国大陸にはポリフォニーは存在しないとずっと考えられていたそうで、
2009年11月にユネスコの「無形文化遺産」に登録されたのだそうです。
男性たちが演奏する三味線と同じ形状のヘッドを持つ4弦の弦楽器の琵琶や、
笙をもっと素朴にした木管楽器、胡弓、鉦、銅鑼などにも目を奪われましたが、
なんといっても女性の高音ポリフォニーの魅力にはかないませんでした。
モノフォニーのような素朴なパートもありながら、
ヘテロフォニーぽくなる洗練された技法を感じさせる部分もあり、
ブルガリアのような高度に洗練された合唱とは違った特徴がいろいろあって、興味をそそられます。
会場で販売していたCDとDVDは、インクジェット・プリンターでレーベル面を印刷しただけの、
思いっきり海賊版くさいハンドメイドRでしたけど、
いずれきちんとしたアルバムが制作されるのを期待しましょう。
"VOICE OF NATURE : ORIGINAL MUSIC OF DONG ETHNIC GROUP"
[DVD] "美好肘光 2010 十洞款会妾題片"
2011-10-28 00:00
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