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大歌手然としていない大歌手 ジュリア・ブトロス

Julia Boutros  ANA MEEN.jpg   Julia Boutros  LIVE AT PLATEA.jpg

やっぱり、レバノンのジュリア・ブトロス、素晴らしいです。
最初は新作を聴いて、今回は記事を書くのをやめようと思っていたんです。
なんだか、だんだんご立派になっていく感じの歌いぶりに、
共感しづらくなってきたんですね。

今回もプラハ市交響楽団を伴奏に、プロダクションは完璧。
昔からのジュリアの魅力である、エレガントな曲もあるものの、
一方で、いかにも大歌手然とした、威圧的に歌う曲もあって、
おそらくレバノンへの祖国愛を歌ったものなんだろうなあと想像はしても、
その事情を理解していない異邦人には、
感情移入がしにくいものであることは、素直に認めざるを得ません。

反イスラエルを鮮明に打ち出していたジュリアの政治的姿勢が、
彼女の歌いぶりに与える懸念について、
以前「あでやかさを損なう政治的な正しさ」という記事に書きましたけれど、
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2012-04-07
いまだその懸念は拭えないままとなっています。

前作“HKAYET WATAN” の前にリリースされていた13年のライヴ盤を聴いても、
すっかり大歌手になったなあと思うと同時に、
力をこめて歌わなければならないような楽曲が増えたことに、
自分との距離が遠くなったのを覚えました。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2015-01-26

ところが、このライヴのCDを聴いたあと、DVDを観たら、がらっと印象が変わりました。
まず、ジュリア・ブトロスが、ちっとも大歌手ぽくないんですよ。
オーラがない、といっては失礼にあたるかもしれませんが、
近所のお姉さんが歌っているふうの風情は、正直、意外でした。

ジュリアは、コンサートの最初から最後まで、
中央のメイン・マイクの前に立って、ただ歌うだけ。
身体を揺することすらなく、にこにこと笑みを浮かべながら歌い続けます。
その笑顔は実にチャーミングで、とても親しみを感じさせるもの。
フェイルーズのような人を寄せ付けない高貴さとは真逆の、
ほんとにどこにでもいそうな、「隣のおねえさん」です。
オーケストラピットには、バンド・メンバーにプラハ交響楽団の面々、
20人近いバック・コーラスが勢揃いしています。

あまりにフツーの、フツーすぎるジュリアの雰囲気に引きこまれ、
声を張って強く歌う威勢のいい曲も、威圧感がないことに気づきました。
ジュリアの06年傑作“TA’AWADNA ALEIK… HABIBI” に収録されていた
代表曲“Habibi” を歌い終えたあと、感情の高ぶりを抑えられず、
わずかにこぼれた涙を、すっと拭うジュリアの所作に、グッときましたねえ。
そのあとに続いた“Atfal(蛍の光)” も、CDで聴いてたぶんには、
それほどピンとこなかったんですけど、とても感動的なものでした。

フィナーレにちょっとした愛国的な演出があるものの、
歌を聞かせることだけに徹し、演出を排したプログラムで、
終盤に観客が総立ちとなるのも、政治集会のような熱狂とは違う、
ジュリアの歌に共鳴するごく自然なものと受け止められ、
とてもすがすがしく感じられました。

レバノンの人々から愛されるそのライヴの様子を見てから、
あらためて新作を聴き直すと、聞こえ方がぜんぜん違ってくるから不思議です。
で、冒頭の、やっぱり……に続くわけなんですね。

最後に、上に挙げたライヴ盤ジャケットの写真は、スリップケース内の本体のものです。
スリップケースは銀色の光沢紙のため、スキャンすると真っ黒にツブれてしまうので、
本体のジャケット写真を載せました。念のため。

Julia Boutros "ANA MEEN" Longwing no number (2016)
[CD+DVD] Julia Boutros "LIVE AT PLATEA" Longwing no number (2013)
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南部ヴェトナムのほのかな郷愁 ハー・ヴァン

Hà Vân  XIN TRẢ TÔI VỀ.jpg   Hà Vân  CHUYẾN XE LAM CHIỀU.jpg

ノスタルジックな南ヴェトナム懐メロ集でデビューしたハー・ヴァン。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2015-12-14
83年生まれの33歳という若さながら、
ヴェトナムのアダルト向けポップスのトレンドとなった、
ボレーロ(ヴェトナム戦争前の抒情歌謡)を歌う歌手です。

レー・クエンのようなドラマティックな濃い口の歌手ではなく、
中庸の極みといってもいい、クセのない歌唱は、
リスナーを選ばず、万人に愛される人じゃないでしょうか。
ひらひらと軽やかに舞うコブシは、コブシを回していることすら意識させないほど自然で、
技巧を感じさせないそのさりげなさが、この人の持ち味といえます。
たおやかなバラード表現は、ハ・ヴィにも並ぶ実力を感じさせ、
ヴェトナム南部の情歌を歌うのに、これほどふさわしい人もいないんじゃないかな。

そのハー・ヴァンの新作が、昨年秋に2作同時でリリースされました。
“XIN TRẢ TÔI VỀ” と“CHUYẾN XE LAM CHIỀU” で、
後者は、ヴィン・スという44年サイゴン(現ホーチミン)生まれの作曲家の曲集です。
ヴィン・スは現在、癌の闘病中で、車椅子の生活を送り、相当弱っているものの、
自分のソングブックが制作されると聞き奮起し、
本作のミュージック・ヴィデオにも出演したのだそうです。

どちらも、デビュー作ほど懐古調を強調しておらず、
ヴェトナムの伝統的な弦や笛の響きも織り込んで、
民歌調でもなければ、懐古調でもない、中庸なサウンドに仕上げています。
こうしたいっさいの演出を排したハー・ヴァンの歌とサウンドの世界を、
「アジアの “歌謡曲” の一つの理想の境地」と評した原田尊志さんに、
ぼくも全面賛成です。

ハー・ヴァンのアルバムは、フィジカルではこの3作しか出ていませんが、
配信のみのデジタル・アルバムを5作
(うち1作はヴー・コック・ヴェトとのデュオ作)出していて、
昨年記事にしたアメリカ盤は、この配信曲から編集したものということが判明しました。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2016-11-28
デジタル・アルバムもとてもいい内容なので、フィジカル化してほしいなあ。

Hà Vân "XIN TRẢ TÔI VỀ" Audio Space no number (2016)
Hà Vân "CHUYẾN XE LAM CHIỀU : NHẠC SĨ VINH SỬ" Audio Space no number (2016)
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ジャーネットのトゥアレグ ナビル・バリ・オスマニ

Nabil Othmani  TAMGHART IN.jpg   Nabil Baly Othmani  AYT MA.jpg
Nabil Baly  KEL TUGDA IN.jpg   Nabil Baly  AMGHAR IN.jpg

ナビル・バリは85年、アルジェリア南東部のオアシスの町
ジャーネットのトゥアレグの音楽一家に生まれたシンガー。
父親のバリ・オスマニ(1953-2005)はウードの名手で、
詩人としても名高い歌手でした。
13歳でギターを弾き始めたナビルは、
父のバンドでダルブッカを叩いて修行を積んだようです。
ナビルの10年デビュー作“TAMGHART IN” では、
父の曲や父と共作した曲も多く取り上げていましたね。

そして祖母のハジャ・オスマニは、
女性が歌う祝祭歌ティンデの歌い手として尊敬されており、
先のデビュー作では、ハジャの曲も1曲取り上げていました。
その曲“La Helle” では、ハジャをフィーチャーし、
タマシェク語でタルリリットと呼ばれる、
トゥアレグ女性が鳴らす激烈なウルレーションを披露していました。

ナビルはエレクトリックとアクースティック両刀使いのギターに、
ウードやベースもこなしながら、トゥアレグの伝統音楽からデザート・ブルース、
シャアビやレゲエなども取り入れています。
伝統音楽からポップまで、無理なく消化した柔軟な音楽性は、
デビュー作当時から際立っていました。
デザート・ブルース一辺倒ではない才能に、注目してきましたが、
新作の“AMGHAR IN” にも、そんなナビルらしい音楽性が発揮されています。

フランス語で歌ったレゲエも抵抗感なく聞けるし、
むしろナビルの柔軟な音楽性が発揮されて、いい仕上がりです。
ラストの“Eduna Tigla” のポップなセンスにも、ウナらされました。
転調する曲づくりなど、
これまでのトゥアレグ人ミュージシャンになかった個性を感じさせます。

一方、前作のライヴ盤“KEL TUGDA IN” では、ナビルが弾くウードに、
太鼓と女性コーラスたちの手拍子のみというシンプルな編成で歌っていて、
伝統的なトゥアレグのメロディがシャアビ化した味わいを醸し出しています。
オーセンティックとモダンのどちらも行ける、奥行きのある才能の持ち主です。

Nabil Othmani "TAMGHART IN" Reaktion RE16 (2010)
Nabil Baly Othmani "AYT MA" Nabil Baly Othmani no number (2012)
Nabil Baly "KEL TUGDA IN" Nabil Baly Othmani no number (2015)
Nabil Baly "AMGHAR IN" Ezlan/Reaktion EZ001/1 (2016)
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若者の元に帰ってきたジャズ ジェフ・パーカー

20170514_Jeff Parker.jpg

トータスのギタリスト、ジェフ・パーカーが来日中。
5月中にトータスとスコット・アメンドラ・バンドのステージ含む
14公演が予定されているようなんですが、
残念ながら、自身のグループでの公演はないもよう。

ジェフ・パーカーを、ポスト・ロックのギタリストではなく、
シカゴAACMのジャズ・ギタリストとして認識してきた自分にとっては、
ちょっと残念なんですけど、渋谷のタワーレコードでミニ・ライヴをやるというので、
喜び勇んで観に行きました。

なんせ昨年出たジェフ・パーカーのソロ・アルバムは、
シカゴ音響派の面目躍如たる、痛快な仕上がりとなっていましたからねえ。
浮遊感のあるギターとサックスが、フリーキーにプレイすると
緩くひしゃげたサウンドスケープが、オーガニックな清涼感を醸し出し、
ネオ・ソウルにも通じるレイドバックなムードを溢れ出すところは、なんとも魅力的でした。

J・ディラの影響あらかたな、ヨレたビートを打ち出す
ジャマイア・ウィリアムスのドラミングは、新時代のジャズを映しているし、
同時にゆるいファンク風味やネオ・ソウルな趣味も感じさせ、
白昼夢を見るかのような、ラウンジーなオルガンの響きや、
ヒップホップを経由したロウなビート・ミュージックの質感をあわせ持っていたりと、
多様な音楽が複雑に交差する妖しさと心地よさが、ないまぜとなっていました。

ミニ・ライヴ前の公開インタヴューで、
ジャズ評論家の柳樂光隆さんから「影響を受けたミュージシャンは」と訊ねられると、
レニー・トリスターノ、ジョー・パス、グラント・グリーン、デレク・ベイリー、
高柳昌行なんて名前が出てきて、それぞれになるほどと、うなずくものがありました。

ノイズ・ミュージックをやっていたソロ・アルバムもあったもんなあ。
でも、今作はまったく趣向が違っていて、
J・ディラやQ=ティップなどのヒップホップからの影響を表出した、
テン年代らしいジャズとなったわけですね。

ジェフのようなマイナーなアーティストのソロ作が日本盤で出るのも驚きですけど、
それが話題となって、インストア・ライヴに若者が長蛇の列をなすんだから、
時代は変わったよねえ。
ほんとに今、ジャズが来てるんだなあという実感を強くしました。
ワールド系のライヴだと、ぼくと同年代の中高年ばっかで、若人の影が薄いんですが、
音楽を真剣に求める若者の熱気に、なんか感無量になっちゃいましたよ。
若者が夢中になってこそ、ポピュラー音楽。
中高年マニアの愛玩物だけになるようじゃ、ダメだよね。

Jeff Parker "THE NEW BREED" Inernational Anthem Recording Co. IARC0009 (2016)
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クレズマー・ミーツ・ジンタ フランク・ロンドン

20170512_Frank London_A Night In The Old Marketplace.jpg  20170512_Frank London_Di Shikere Kapelye.jpg

クレズマー・リヴァイヴァルの立役者フランク・ロンドンが来日し、
日本のちんどん・クレズマー楽団、ジンタらムータと共演するという絶好の企画。
ゲストには、ベツニ・ナンモ・クレズマーの時代から、現在のこまっちゃクレズマまで、
日本のクレズマー草分けとして音楽活動をしてきた
梅津和時と巻上公一の二人が顔を揃えるほか、チューバの関島岳郎、
トロンボーンの中尾勘二も参加するという最強の布陣で、役者、揃いすぎ。
これは見逃すわけにはいかないでしょう。

週末金曜日の5月12日、ちゃっちゃと仕事を片づけ、
会社を定時に出て、行ってきましたよ、秋葉原CLUB GOODMAN。
フランク・ロンドンといえば、忘れられないのがクレズマティックスのデビュー作。
あれは、衝撃的でした。
まだクレズマーを聴き始めて間もなく、ヴィンテージ録音を勉強中だったところに、
いきなり飛び出したクレズマティックスのラディカルなサウンドは、
単なるリヴァイヴァルを超えた強度がありました。

クレズマティックスでの活動ばかりでなく、さまざまなユニットやプロジェクトでの
旺盛な演奏活動によるジャンル横断と越境の旅こそが、
クレズマーの復興にどとまらない、フランク・ロンドンの活動の真骨頂でした。
今回の<クレズマー・ミーツ・ジンタ>も、そのひとつに数えられますね。

いやー、痛快な2時間半でした。
1部こそ、伝統的なクレズマー曲を中心に、
オーソドックスなクレズマーを演奏していましたけれど、
2部にゲストを迎えてからが、ハジけたねえ。
クレズマーばかりでなく、スウィング・ジャズあり、エチオピアあり、美空ひばりあり。
「悲しき口笛」「お祭りマンボ」までは、そんなに意外でもなかったけど、
フランクが発見した日本のクレズマー曲という前振りに始まった「魔法使いサリー」は、
新発見でありました。なるほど、確かにコーラスのところなんて、ユダヤ民謡ぽいかも。

Frank London @ Club Goodman 20170512.jpg

レパートリーも楽しかったけれど、
そこで繰り広げられる一人ひとりのパフォーマンスが、スゴかったですよ。
フランクのトランペットの出音の大きさといったら。
梅津さんのアルトの音といい勝負で、やっぱ一流のプレイヤーは、みんな出音がデカイ。
フランクはメンバーにどんどん指示を出してソロを回したり、
一方、メンバーはソロで自由に遊んでみせていました。
リードだけで吹いてみたり、おもちゃの楽器を鳴らしたり、
ヴォイス・パフォーマンスをしたりと、役者揃いのメンバーが引き出しを、
まあ、開けること、開けること。
最後は大団円で、感無量といった大熊ワタルのMCが、その夜を象徴していました。

Frank London "A NIGHT IN THE OLD MARKETPLACE" Soundbrush SR1010 (2007)
Frank London's Klezmer Brass Allstars "DI SHIKERE KAPELYE" Piranha CDPIR1467 (2000)
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超絶ストレンジなシャーデー・カヴァー・アルバム ザ・レヴェリーズ

The Reveries  THE MUSIC OF SADE.jpg

3年前に偶然知った、カナダのライアン・ドライヴァー。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2014-08-13
そのユニークな音楽性に惹きつけられていたものの、
どういう人なのかよくわからないままでいたところ、
トロントのインディ・シーンを取り上げた「ミュージック・マガジン」の4月号の特集で、
ライアン・ドライヴァーとその周辺について、ようやく知識を得ることができました。

特集記事の推薦CD19枚の中には、
件のライアン・ドライヴァー・クインテットの
“PLAYS THE STEPHEN PARKINSON SONGBOOK” も選盤されています。
ほかにはどんなアルバムがあるのかなと、いろいろチェックしてみたところ、
引っかかったのが、ライアン・ドライヴァーがメンバーとなっているユニット、
ザ・レヴェリーズの本作。

ザ・レヴェリーズは、カヴァー・プロジェクトを目的とするユニットで、
メンバーはライアン・ドライヴァーに、
シンガー・ソングライターでギタリストのエリック・シュノー、
前衛ジャズのマルチ・プレイヤー、ダグ・ティエリ、ドラマーのジーン・マーティンの4人。
07年にウィリー・ネルソンをカヴァーした1作目を出し、
続いて出した2作目が、12年リリースのシャーデー・カヴァー集なんですが……。

とんでもないね、このカヴァー・アルバム。
ベロベロに酔っ払ったおっさんが、シャーデーの曲を鼻歌で歌ってるみたいな素っ頓狂さ。
聴いてると、ニヤニヤ笑いが止まらず、思わず吹き出したりの連続。
CD聴きながら、こんなに笑ったのって、後にも先にもこれが初めてじゃないかな。

ぶつぶつとつぶやくように歌うさまは、泥酔状態を通り越して、
昏睡一歩手前のアブナさも、ぷんぷんと匂ってくるようじゃないですか。
オープニングの“No Ordinary Love” からラストの“Kiss Of Life” まで、
そんな調子でタガが緩みまくった、うわごとのような歌が続き、
バックでは、エフェクトがノイズをまき散らしたり、
マウス・スピーカーで奇声を出したりと、
いやあ、こんなストレンジな音楽聴いたことない!

前衛音楽というと、難解なもの、怖いもの、意味不明なもの、自意識過剰なもの
というイメージがつきまといますけど、そのいずれからも遠いことに、心底感心しました。
無意識過剰とも思える、よじれまくった歌いぶりや、
スカスカのアンサンブルの脱力ぶりは、
アウトサイダー・アートをホウフツさせるじゃないですか。
気取りがなく、ほのぼのとしていて、気安い親しみに溢れながら、
どこか不穏なほの暗さが、通奏低音のように流れるアヴァンなフォーク・ジャズ。

「ヤバい」というボキャブラリーが、これほど似合うアルバムもありません。
“LOVE DELUXE” を生涯の愛聴盤とするシャーデー・ファンのぼくも、
脱帽もののカヴァー・アルバムです。

The Reveries "MATCHMAKERS VOLUME 2 : THE MUSIC OF SADE" Barnyard BR0327 (2012)
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ライヴ・エレクトロニクスのジャズ マーク・ド・クライヴ=ロウ

Mark De Clive-Lowe  LIVE AT THE BLUE WHALE.jpg   Mark de Clive-Lowe  CHURCH.jpg

クラブ・ジャズのセンスを、ジャズの即興演奏の中に生かせる才人。
前作“CHURCH” を聴いて、マーク・ド・クライヴ=ロウをそう認識したのは、
間違いじゃなかったですね。
インプロヴァイザーであり、プロデューサーであるという資質を
鮮やかに示して見せたのが前作とすれば、
新作ライヴは、ジャズ・プロパーであることを明らかにして、
インプロヴァイザーの才能を発揮した快作となりました。

マーク・ド・クライヴ=ロウは、
ウエスト・ロンドンのブロークン・ビーツのパイオニアという触れ込みだったので、
前作で初めてこの人を聞いた時は、ちょっとびっくりしたんですよ。

豊富な音楽のボキャブラリーは、クラブ・ジャズで鍛えられたからでしょうけれど、
単なるビートメイカーとして機能させた音楽ではなく、生演奏の比重が高いというより、
全編、生演奏そのもの。エレクトロだって即興してるんだから、
これをジャズと呼ばずに何といおうって感じ。

これまでにも、ジャジー・ヒップホップ界隈で、
打ち込みの上物として生演奏をするなんてのはよくありましたけれど、
あれって、やっぱり発想はフュージョン的というか、
ジャズの即興とは別種のサウンド・クリエイティヴィティですよね。
だからクラブ・ジャズって、ジャズとは名ばかりの本質はフュージョンで、
イージー・リスニングとも親和性のあるダンス・ミュージックだと思ってます。

ところが、“CHURCH” でマークが示したのは、
そんな上モノと打ち込みの関係ではなく、
その場でサンプリングやループをして、演奏者とともに即興するという、
まさしく新世代のジャズとなっていたのでした。

そして、新作は管一人のカルテット編成で、マークはピアノ、キーボード、
ライヴ・エレクトロニクスとクレジットされています。
なんとサン・ラとアーマッド・ジャマルのカヴァーもやっていて、
これがまた聴きものなんですが、
惜しむらくは収録時間わずか28分弱と、やたら短いこと。EPか。

特にラストのアーマッド・ジャマルの“Swahililand” は、
演奏がグルーヴし始める3分すぎで、あえなくフェイド・アウト。
えぇ~! なんでここで終わるの!!
信じらんない、すっごくいい感じで始まったばかりなのに!!!
完奏を収録しないとは、許せん。来日してこの続きを聞かせてください~。

Mark De Clive-Lowe "LIVE AT THE BLUE WHALE" Mashibeats/Ropeadope MB004 (2017)
Mark De Clive-Lowe "CHURCH" Mashibeats/Ropeadope MB001 (2014)
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インプロ志向のUKジャズ・3ピース・バンド プレストン=グラスゴウ=ロウ

Preston Glasgow Lowe.jpg

デヴィッド・ギルモアの新作と交替だな、こりゃ。
ロンドンからすごいジャズ・ギタリストが出てきましたよ。
その名はデヴィッド・プレストン。
ベーシストのケヴィン・グラスゴウ、ドラマーのローリー・ロウによる
3ピース・バンドで、姓名を繋げたシンプルなバンド名を名乗っています。

オープニングから、圧倒的なテクニックでトリッキーなプレイを聞かせて、圧巻。
うっわー、スゲー。
カート・ローゼンウィンケルみたいな高速ピッキングに舌を巻いていたら、
パット・メセナーみたいなメロディ・ノートをくっきりと残すソロを披露したり、
アラン・ホールズワースを思わすオルタネイト・ピッキングのトーンを聞かせたりと、
何通りのギター・スタイルを持っているんだか。

めちゃくちゃテクニカルなプレイの連続に、
いやー、若さっていいよねえ、ギラギラしててと、おじさん、嬉しくなっちゃいました。
サウンド志向の淡泊な表現が主流になりつつある新世代ジャズで、
こういうインプロ志向のバンドって、これからは希少になるのかもしれないけど、
やっぱりジャズの醍醐味は、インプロよ。

ギターのことばっかり書いてしまいましたけれど、
ケヴィン・グラスゴウの6弦ベースもすごい。
デヴィッドのギターに絡んでくるフレージングにひらめきを感じます。トーンもいいね。
ローリー・ロウのドラミングは、柔軟でしなやか。
手数が多いのに、たっぷりとした重量感もあって、
長いソロもよく歌う、いいドラマーです。

3人の緊密なプレイはエネルギッシュそのものなんだけど、
同時にクールな佇まいを感じさせるところが、現代性でしょうか。
サウンドにはポスト・ロック的な快感もあります。

聞くところによると、去年の10月に来日してたそうで、うわー、観たかったなあ。
あいかわらずライヴ情報に疎い自分に嫌気がさすけど、
また来てくれるよね。待ってまーす。

Preston - Glasgow - Lowe "PRESTON - GLASGOW - LOWE" Whirlwind Recordings WR4686 (2016)
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フェイルーズの伝記映画

Fairouz DVD.jpg

え? フェイルーズの伝記映画? そんなものがあるの?

98年にフランスで公開された映画だそうで、ぜんぜん知りませんでしたねえ。
監督はフレデリック・ミッテラン。
ミッテラン元大統領の甥で、現在は自身も政治家になった人ですね。

05年にフランスでDVD化されていたことが、あとになって調べてわかりました。
今回ぼくが入手したのは、07年にEMIミュージック・アラビアが出したUAE盤DVD。
フランス盤DVDはPALなので、日本の通常のプレイヤーでは観れませんが、
UAE盤はNTSCのオール・リージョンなので、オッケーです。

それにしても、フェイルーズの伝記物語だなんて、
評判になったってよさそうなものだけど、
そんな映画があったなんて、話題にのぼったこともなかったですよねえ。

フェイルーズにちなんだ映画といえば、
『愛しきベイルート アラブの歌姫』が日本でも公開されましたけど、
あの映画は、フェイルーズを愛したベイルートの人々の物語で、
フェイルーズ本人はぜんぜん登場せず、あてが外れてしまって、
すごくがっかりしたのを覚えています。
確か、最後に、コンサート・シーンがちょっと出てくるだけだったよねえ。

フェイルーズ・ファンとしては、大いに不満が残るものだったので、
このDVDをカタログで見つけた時も、あの映画かと思ったんですけれど、
あちらは03年のオランダ映画なので、別物とわかってオーダーしたんでした。

いやあ、びっくりしました。
のっけからフェイルーズ本人が登場して、インタヴューに答えながら、
人生を振り返るというドキュメンタリーもの。
フェイルーズが出演した映画、テレビ番組、コンサートから、
フェイルーズの歌うシーンが次から次へと登場するので、
もう画面にくぎ付けになりっぱなし。

20~30代の頃の貴重なフィルムが、ふんだんに盛り込まれているんですけれど、
若いフェイルーズの美しいことといったら。
小学校の教室で子供たちと歌を歌う教師に扮したり、
結婚式でお祝いの歌を歌うなど、初めて観るものばかりで、
カラー映像の美しさにも、もうクラクラ。
若いフェイルーズは、ういういしさというより、
気品のある立ち振る舞いに、圧倒されます。
たたずまいが高貴で、もう存在感からして違いますね。本物の<お姫さま>です。

歌もクリスタル・グラスの如く繊細で、
完成されたコブシ回しの技量に、惹き込まれます。
あらためて、若い頃から歌声がちっとも変化していないのが、よくわかりました。
意外だったのは、インタヴューに答える地声がすごく低いこと。
歌と全然違うのに、驚かされました。

全編122分。英・仏語字幕。本編だけでも貴重な映像の連続ですけれど、
ボーナス・トラックとして、ヴィデオ・クリップが5曲付いています。
映画本編では、抜粋の歌のシーンを、完奏ヴァージョンで観れるので、
フェイルーズ・ファン必見のDVDといっていいでしょう。

[DVD] Dir: Frédéric Mitterrand "FAIROUZ"
Arte Video/EMI Muisc Arabia 0946 394610 97 (1998)
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13年ぶりの大人のゆりかご シーラ・マジッド

Sheila Majid  BONEKA.jpg

うわぁ、やっと新作を出してくれましたね、シーラ・マジッド。
ハリラヤ・アルバムがあったとはいえ、ポップ・アルバムのスタジオ新作としては、
04年の“CINTA KITA” 以来なんだから、本当にずいぶん待たされたものです。

「マレイシアのポップ・クイーン、シーラ・マジッドの完全復活」と書いてから6年。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2011-10-20
その記事を「再始動」と題したものの、
そこからまたしても、シーラの姿は視界から消えてしまったんですよね。

シーラのオフィシャル・サイトもまったく更新されず、
どーしちゃったんだよー、と嘆き節の日々で、
マレイシアの若手フォロワー、アティリア嬢に、
シーラの影を追ったりしていたものでした。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2014-01-23

ファンが長年待ち焦がれたこの新作、
プロデューサーには、インドネシアのトーパティが起用されています。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2016-06-07
前作のハリラヤ・アルバムでは、アチスのプロデュースに不満を感じていたので、
思い切って国外の才能に目を向けたのは、大賛成。

かつてシーラを輝かせた、ロズラン・アジズのプロデュースの手腕を知る者には、
クリシェやクリスダヤンティらを手がけた敏腕プロデューサー、
トーパティなら申し分ない人選といえます。
ラストの英語曲のバラードのみ、シーラの古くからのパートナー、
ジェニー・チンがプロデュースしていて、友情出演的な起用もファンには嬉しいところ。

さて、その新作、たおやかで柔らかなシーラの歌い口は、昔のままです。
もちろん20代、30代の時のような、キラキラッとした輝きはなくても、
大人のポップスを楽しませてくれる落ち着いた歌いぶりに、
長年の喉の渇きを癒されます。
ユーモラスな愛らしいメロディの1曲目から、楽曲も粒揃い。
力の抜けたゆるさが心地よい、大人のゆりかごのようなポップス・アルバムです。

Sheila Majid "BONEKA" Magada Entertainment/Universal 5756021 (2017)
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サルサの若大将 エドウィン・ペレス

Edwin Perez.jpg

すっかり興味を失っていたサルサ新作ですけれど、
去年あたりから、本格的に復調した兆しを感じるようになりました。
ちょうど一年前あたりにも、サルサ新作の記事を連投したおぼえがありますけど、
今年もきてますねえ、熱いやつが。

それが、この若手のエドウィン・ペレスのソロ・デビュー作。
若手と呼ぶものの、キャリアは十分。すでに中堅どころといってもよい人で、
ラ・エクセレンシアで10年のキャリアを積んでいるんだから、
満を持してのソロ・デビューなわけですね。

全10曲、オリジナル。キャッチーなメロディを書ける人ですよ。
エドウィンのヴォーカルとコロのコール・アンド・レスポンスも狂おしく、
切れ味バツグンのホーン・セクションとパーカッションが繰り出すグルーヴに、
シビれまくり。このティンバレスを叩いてるの誰?と思ったら、
ルイジート・キンテーロだって。うわ、そりゃ、スゴイわけだわ。

サルサはやっぱりこのグルーヴがなきゃ、ダメだよねえ。
スムースになっても、ポップになってもいいけど、
このキレとダイナミズムを失っちゃいけません。
サルサになくてはならない<熱>が、ここにはあります。

いいサルサを聴いていると、身体が黙っていない。
自然に足がステップを踏んで、腰が動いてしまう、バイラブレなサウンド。
エドウィン・ペレスのヴォーカルも、若い時のイスマエル・ミランダのような
「青春の光と影」の味わいがあって、もうたまりまへん。

Edwin Perez "LA VOZ DEL PUEBLO" Edwin Perez no number (2016)
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パナマ音楽をやらないパナマ元観光大臣 ルベーン・ブラデス

Ruben Blades  SON DE PANAMA.jpg

ルベーン・ブラデスの新作であります。
2年も前にリリースされていたのに、なんでまたラテン専門店のバイヤーさんは、
ずっと見逃してたんでしょう?という感じですが、これが日本初入荷。
ルベーンは、何年か前にタンゴ・アルバムを出したりしてた記憶がありますけど、
ぼくがルベーンを聴くのは、チェオ・フェリシアーノとの共演作以来だから、5年ぶり。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2012-06-14

それでも、そんなひさしぶりという感じがしないのは、
5年前なんて、ついこの前に思える老人に、自分がなったせい?
いやいや、そうじゃなくって、
それ以前のルベーン・ブラデスとの疎遠にしてた期間が、
ずっと長かったからなんですね。

なんせ、82年にウィリー・コローンとコンビを解消して、
シンセとドラムスを取り入れた自己のバンド、セイス・デル・ソラールを率いてからは、
ルベーンはぼくの視界から完全に消えていたもんで。
ぼくは、セイス・デル・ソラールのサウンドを受け入れられなかったんです。

というわけで、チェオの共演作まで、30年以上のブランクがあったので、
5年ぶりなんて、ぜんぜんひさしぶりじゃないわけなんですが、
15年新作の伴奏も、セイス・デル・ソラールではなく、
サルサのオルケスタなので、ぼくにとっては安心して聴けるというか、大歓迎。

今回共演しているのは、パナマのロベルト・デルガード率いるオルケスタ。
トロンボーン×3、トランペット×2、バリトン・サックスの6管編成による
厚みのあるサウンドで、にっこり。サルサはこうでなくっちゃねえ。
オープニングの曲を、ラストでゲスト歌手に歌わせているんですが、
これがサボール溢れる歌声で、シビれましたね。このメドロ・マデラって誰?

聴く前は、『パナマの音』というタイトルと、
パナマの国旗がずらっとはためくジャケットに、
おお、ルベーンも、ついにパナマの伝統音楽に挑戦かと色めき立ったんですが、
そうではなく、パナマのオルケスタを起用して、
パナマで録音したということなんですね。
なんだぁ。タンボリートやタンボレーラ、メホラーナでもやってるのかと思ったのに。

せめて、パナマの作曲家のレパートリーぐらい、取り上げればいいのにねえ。
カルロス・エレータ・アルマランの「ある恋の物語」とか、
リカルド・ファブレガの「パナマ・ビエホ」とか、
パナマにはいくらでも名曲があるんだからさ。
ルベーンはパナマの観光大臣をやったくせに、
いっこうに自分の音楽には、地元の音楽を反映させようとしませんね。

そういえばずいぶん昔の話ですけど、
晩年のミゲリート・バルデスがパナマ歌謡を歌った名作を引き合いにして、
中村とうようさんがパナマ音楽を手がけないルベーンを、
ディスってたことがあったっけなあ。
とうようさん、ちょっと天国から、ルベーンの尻にケリを入れてくれません?

Rubén Blades "SON DE PANAMÁ" Subdesarrollo no number (2015)
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OKとNGのはざま ラディオラ

Radiola  DOIS DE FEVEREIRO.jpg

バイーア・ロック! いんやー、キモチいい~。胸をすくじゃないの。
ブラジルからこういうイキのいい音楽がちっとも聞かれなくなっていたので、
イェーイ!と大声上げて、思わずスピーカーに向かって、コブシを振り上げちゃいましたよ。

なんだかここんところ、ブラジルの話題というと、
サンパウロやミナスのインテリ・エリートが作る、
クラシックとジャズとコンテンポラリーを組み合わせた、
小難しい音楽ばかりに注目が集まっていて、むず痒い気分だったんですよね。

なんだかさー、現代音楽とジャズを大学院で勉強しないと
演奏できないような音楽が増えちゃったよねえ。
いつからブラジルのポピュラー音楽って、そんなになっちゃったんだっけか。

だもんで、そんなアーティフィシャルな音楽を蹴散らすような、
このバンドのエネルギーに、一発でヤラれてしまったんでした。
ドラムスの暴れっぷりも、爽快そのものなら、
レコードをごきゅごきゅとコスりまくるスクラッチも、
いてこませー、みたいなエネルギーが溢れんばかりで、キモチいいったらありゃしません。

バイーア帰りの方が買ってきた、サルバドールのインディ・バンドのアルバム。
7人組のファンク・ロック・バンドで、実に吹っ切れたサウンドを聞かせてくれます。
一聴、力だけで押しまくる剛腕なバンドかと思いきや、
ヘッド・アレンジと思われるホーン・セクションの使い方はこなれているし、
ロックやファンクと同等に、
サンバやバイオーンがバンドのサウンド・カラーに染みこんでいます。
アイディア豊かなサウンドもアタマで作った感がなく、
しっかりと肉体感を滲みだしているところが、このバンドの良さですね。

で、ここまでの話は白いジャケットの06年デビュー作の話で、
カラフルなデザインの12年の3作目を聴いたら、女性ヴォーカリストが加わり、
がらっと音楽性が変わっているのでした。

Radiola  TEMPO SEM NOME.jpg

こちらはデビュー作のようなストレートなファンク・ロック・サウンドは影を潜め、
実験性の高い、といってもポップなサウンドで、さまざまなアイディアをぶちこんだ、
エクスペリメンタル・ロックへと変貌しています。

なるほどね。
ぼくの嗜好を熟知してくれているエル・スールの原田さんが、
「かなりロックですよ?(大丈夫ですか)」と、心配してくださったのも、ナットク。
でも、大丈夫でありました。というか、もろにぼく好み。

う~ん、どういうロックならOKで、どういうロックだとNGなんだろ。
実験的な音楽ということでも、エルメートとかウアクチはまったくダメなくせに、
なんでこれはOKなのか、自分でもよくわからん。
わからんのですが、スタジオに入って、メンバーがわいわい言い合いながら、
サウンドを作っているような感じがいいじゃないですか。
少なくとも、譜面とにらめっこしてる感はないよね。

データをやりとりして作るんじゃなくて、
スタジオで顔を揃え、せーので演奏している感じ。
エンタテイメントの精神を忘れず、自家中毒に陥らないのは当然として、
芸術的すぎないこと、ユーモアがあることも大事かな。
演奏に肉体感が宿る音楽の作り方に、カギはあるのかも。

Radiola "DOIS DE FEVEREIRO" Radiola RAD0001 (2006)
Radiola "TEMPO SEM NOME" Radiola no number (2012)
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真面目なシンギング ロビン・ステイプルトン

Robyn Stapleton  SONGS OF ROBERT BURNS.jpg

ロバート・バーンズの歌ほど知られている、スコットランドの詩人はいないでしょうね。
たとえその名前を知らなくても、
「蛍の光」や「故郷の空」を聞いたことない人はいないでしょう。
その「故郷の空」“Comin' Through The Rye” で始まり、
「蛍の光」“Auid Lng Syne” で締めくくられるロビン・ステイプルトンの2作目は、
ロバート・バーンズ曲集となっています。

「故郷の空」を聴くと、どうしてもザ・ドリフターズの「誰かさんと誰かさん」を
思い出してしまう世代なんですが、
なかにし礼がコミック・ソングに仕立てたあのHな歌詞は、
じっさいバーンズが書いた元歌に近い雰囲気がありました。
そもそもこの曲を、明治時代に教育的な唱歌にしたのが
間違いというか無理筋だったわけで、
いまでも英語圏では、この曲は春歌として扱われていると聞きます。

その“Comin' Through The Rye” も“Auid Lng Syne” も、
ロビンが歌うと、スコットランドらしい清廉な空気感が溢れ出しますね。
ロビンの節回しには、独特の格調の高さがあります。
持って生まれた気品というべきか、ちょっと人を寄せ付けないところもあって、
親しみのあるタイプとはいえないかもしれません。

Robyn Stapleton  FICKLE FORTUNE.jpg

いつも真面目で、真摯な態度がカタブツと敬遠されてしまう損な性格。
そんなイメージのある歌手ですけれど、ぼくは好きなんだな、こういうタイプ。
ロック的な感性とは真逆のタイプですね。
前作15年のデビュー作でも、きりっとしたシンギングを聞かせていて、
ピアノのみの伴奏や無伴奏歌など、裸に近い歌いぶりに、
この人の真面目さが美しく昇華しているようで、とても気に入っていたんですが、
2作目でもそんなロビンの伝統歌に対する意識の高さがうかがえる秀作に仕上がっています。

Robyn Stapleton "SONGS OF ROBERT BURNS" Laverock LAVE002CD (2017)
Robyn Stapleton "FICKLE FORTUNE" Laverock LAVE001CD (2015)
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日本人好みのアイリッシュ・フォーク アイリス・ケネディ

Éilís Kennedy  WESTWARD.jpg

胸の奥に、ぽっとロウソクの炎が灯るような、そんな感じ。
アイリス・ケネディの声を聴くと、必ず蘇るその感覚。
ほんのりとした人肌のぬくもりが伝わるアイリスの声が、好きです。
さりげなく、さりげなく歌うその抑制の利いた歌唱は、
身体の芯にじんわりと染みこんでいくのを感じます。

アイリッシュ・フォーク・シンガー、アイリス・ケネディの3作目。
2作目から12年ぶりとは、またずいぶん間が空いたもんですねえ。
その間に、ポーリン・スキャンロンとのデュオ、
ルミエールのアルバムが2作出たもんなあ。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2009-11-19
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2013-04-12

実はつい最近、アイリスの01年デビュー作を棚から取り出して、
聴き直していたところだったんです。
というのは、無印良品で出しているCDシリーズ『BGM』のラインナップの中に、
このデビュー作が選ばれていることを知り、嬉しくなっちゃったんですよ。
それでしばらく聴いていなかったのを思い出し、取り出したというわけ。

Éilís Kennedy  TIME TO SAIL.jpg   Éilís Kennedy  ONE SWEET KISS.jpg

あらためて聴いても、このデビュー作、名作だとしみじみ思いましたね。
70年代のイギリスのフォーク・リヴァイヴァルを通過したコンテンポラリー・サウンドで、
チェロ、クラリネットといった楽器を効果的に使ったサウンドの組み立て方が鮮やか。
繊細なプロダクションがアイリスの温かな声を包み込み、
哀感のあるメロディを引き立てています。

自主制作で出された本作は、無印良品シリーズ以前にも日本盤でリリースされていて、
アイリスは日本人好みのシンガーといえるのかもしれません。
本国でも評判になったのか、ジャケットを変えて再発されていますけれど、
この写真のヴァージョンがオリジナル。
05年の2作目もデビュー作に劣らぬ、胸に沁みるアルバムでした。
デビュー作から今回の3作目まで一貫して自主制作と、
頑固なまでにみずからの音楽を大切にしているのがうかがわれます。

Éilís Kennedy "WESTWARD" Éilís Kennedy no number (2016)
Éilís Kennedy "TIME TO SAIL" Éilís Kennedy no number (2001)
Éilís Kennedy "ONE SWEET KISS" Éilís Kennedy no number (2005)
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オールド・スクール・ヴォーカル+ヒップホップ・ソウル アリ・テナント

Ali Tennant.jpg

ふた月近く、折にふれ聴いてたけど、そろそろ棚にしまう頃合いかと、
デジパックのケースにCDを戻した、UKシンガー、アリ・テナントの新作。
そういえば、これもここでは取り上げていなかったっけ。

思えば最近、R&Bの新作を、ちっとも記事にしてませんね。
愛聴したアルバムはけっこうあるんだけど、
アフリカ、ブラジル、カリブ、アジアがとにかく大豊作なもんで、
とてもR&Bまで手が回りません。
去年の秋から暮まで聴き倒したアフター7も、結局書かなかったしなあ。

うん、でも、この人はちょっと書き残しておこう。
たまたま聴いたサンプルで、「おお、すごい歌えるな、この人」とびっくりしたんでした。
狂おしく歌い上げる粘っこい歌唱スタイルは、
イマドキのR&Bシンガーらしからぬ、ディープな感触がありますよね。
『ミュージック・マガジン』4月号の鈴木啓志さんの記事を読むまで、
このアリ・テナントが98年の名作“Crucial” のアリと同一人物だとは、まったく気づかず。

どうりで上手いわけだわ。
なんとあの傑作以来19年ぶりのアルバムだそうで、
ヴォーカル・トレーナーをやったり、曲を提供したりと、ずっと裏方に回っていたのだそう。
そんな裏方で磨いたスキルを発揮した、
大ネタ使いのヒップホップ色強いキャッチーなトラックが多くて、
オープニングから「おお、ルーサーだ」、続くステッパーは「R・ケリーじゃん」、
タイトル曲は「まるでジャヒームみたい」と、突っ込みどころ満載の
華やかなダンス・トラックが並びます。

曲調やサウンドこそ、いろいろな人を連想させるものの、
本人の歌いぶりはというと、その誰とも似ていなくて、
鈴木さんが「現在のR&Bの文脈に照らし合わせてみれば、
こうしたタイプのシンガーは全く残ってない」というのも、ナットクです。

感情を押し殺すことなどできない、激情型の歌いっぷりが胸をすく
オールド・スクールなヴォーカル・スタイルが、
ヒップホップ・ソウルに調和した得難いアルバムです。

Ali Tennant "GET LOVED" Seven Ibs Entertainment no number (2017)
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アメリカのバブル時代のトーチ・シンガー リー・モース

Lee Morse  ECHOES OF A SONGBIRD.jpg

リー・モースだなんて、いまどきその名前が話題にのぼることじたいめったにない、
狂騒のアメリカ20年代に人気を博したトーチ・シンガーですけれど、
最近立て続けにその名を目にすることがあって、
これは、なんか呼ばれているとしか思えませんね。

そんなわけで、久しぶりに棚からリー・モースの復刻CDを取り出して、
またその歌声を堪能したりしてたんですが、
最初のきっかけは、相互リンクさせていただいているオギテツさんのブログでした。
2月にアップされた記事に、リー・モースのユーモラスな歌詞が紹介されていて、
嬉しくなって、思わずコメントを付けてしまったんですよね。

そして2度目が、エル・スールの新入荷に載った、
アシェラト・レコーズから出たリー・モースの復刻LP。
このレーベル、最近ちょくちょく目にするようになりましたけれど、
リー・モースも出していたんですね。レコード番号が1盤ということは、
このレーベルの第1弾だったのか。知らなかったなあ。

アシェラト・レコーズは、パームワインのクマシ・トリオの28年録音、
ナイジェリアのドミンゴ・ジュスタスの28年録音、
カリプソのローリング・ライオンの30年代録音、
20~30年代ハワイ音楽のコンピレを、LPのみで復刻しているレーベル。

CDがすでに廃盤だからとはいえ、曲数も少なく、初復刻があるでなし、
わざわざLPのみで復刻するという意義が、どうにも図りかねるんですよね。
リー・モースのLPに収録された12曲も、
手元にあるジャスミン盤CD(全50曲収録)にすべて収録。
リー・モースは、昔からずいぶんLP化・CD化されてきた人なので、
今わざわざこれをLPで出す意味がわからん。

最近、こういうLPしか出さないコレクター・レーベルがずいぶん増えてますよねえ。
当方フツーのCD愛好者で、アナログを愛するような通人ではないため、
初復刻や未CD化音源をLPオンリーで復刻する、プラネット・イルンガや
サヘル・サウンズみたいなレーベルは、ほんとヤな感じがしてるんですけど、
既発音源ばかりのミシシッピやこのアシェラトは、安心して(?)スルーできます。

ところで、肝心のリー・モースについてなんですが、
大衆消費社会の時代が到来したアメリカの狂騒の時代の20年代前半に、
ミュージカル女優として人気を博した人であります。
ヘレン・モーガンやルース・エッティングと並ぶ、
アメリカ・バブルの時代に栄華を誇ったトーチ・シンガーのひとりです。
トーチ・シンガーというと、甘ったるいカマトト声で歌う歌手というイメージがあり、
じっさいその通りでもあるんですけれど、
リー・モースの声は低く、ブルージーな味わいもあって、ぼく好みなんでありました。

リーのユニークなのは、この時代でオリジナル曲を歌う
シンガー・ソングライターだったことです。
しかも彼女のバックを務めたのは、ベニー・グッドマン、レッド・ニコルス、
トミー&ジミー・ドーシー兄弟、エディ・ラングといった名手揃いで、
それがいまなお復刻され、聴き継がれている理由でもありますね。

ジャネット・クラインを聴いて、ビリー・ホリデイ登場前のジャズ・シンガーに
興味を覚えた人や、ジャズ・ソング歌手の川畑文子や周璇なんかも聴く人なら、
ど真ん中の人だと思いますけれど、そういう人なら、とっくに聴いてるか。
まあ、今となっては、好事家向けの、知る人ぞ知る存在になっちゃったのかな。
だから、今その名を聞けば、
「お! リー・モース。お好きなんですか? いいですよねぇ。」
などと、やにさがっちゃうわけです。

Lee Morse "ECHOES OF A SONGBIRD" Jasmine JASCD646
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アフリカン・ファンファーレ エヨンレ・ブラス・バンド

Eyo'nlé Brass Band  Empreinte Du Père.jpg

ベニンにはブラス・バンドの伝統が残っているんでしょうか。
ガンベ・ブラス・バンドに続く新しいブラス・バンドの存在を知りました。
5管を擁する8人編成のバンドで、メンバーの5人がアワンジヌという同じ姓なので、
ファミリー・バンドなのかもしれません。

「エヨンレ」というのは、「喜ぼう」という意味のヨルバ語だそうですけど、
吹奏楽で演奏される賛美歌に“Let Us Rejoice” という曲があるので、
そこから取った名前なんじゃないでしょうか。

冒頭からヴードゥーのベルが叩かれて、おおっと引き込まれます。
ガンベ・ブラス・バンドの新作でも、ヴードゥーの伝統リズムが生かされていましたけれど、
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2015-07-13
エヨンレ・ブラス・バンドもヴードゥーをバックグラウンドとしているようです。
ヨルバのトーキング・ドラムが使われているところも、個人的には嬉しいところ。

伝統的なコーラスなど、随所でアフリカのブラス・バンドらしいサウンドが楽しめ、
フェラ・クティの“Water No Get Enemy” をカヴァーしているのも、
アフリカン・ポップス・ファンには嬉しい選曲なんですが、
そんななかで、ブラッサンスやゲーンズブールの曲をカヴァーしているのが変わり種。

ラストでは、フランスのミクスチャー・バンド、
レ・オグル(ゾグル)・ド・バルバックの曲をカヴァーしていて、
本作もバルバックのレーベルからリリースされているとおり、両者の関係は深いようです。
じっさい、14年のバルバック結成20周年ツアーに同行したり、
フランスの音楽祭で人気を集めてるようで、
本作もかなりフランスのリスナーを意識したアルバムとなっているんですね。

“African Brass Music” では、
タイトルとは裏腹に、きれいなクイーンズ・イングリッシュで歌う
西洋風ブラス・バンドの演奏になっていて、
ヴードゥーから洗練されたブラス・サウンドまで、
かなり振り幅の大きい音楽性を持っていることがわかります。

すっかり感心して、ミュージック・マガジン編集部に、
本作を取り上げた輸入盤紹介の原稿を送ったところ、
本作の前にもう1枚アルバムがリリースされていることが判明。
原稿の最後を「ヨソ行きでない演奏も聴いてみたい」と結んだばかりなので、
こりゃ早速聴かねばと、オーダーしました。

Eyo'nlé Brass Band  Africa Night.jpg

届いた11年作は、まさしくヨソ行きでない、
本国ベニンで演奏している普段着姿の演奏ぶりが楽しめます。
腹にずんずんくる大太鼓のビートに、
厚みのあるブラス・サウンドがキモチいいったらありません。

冒頭からベル・パターンのカン高い響きが鳴り渡り、
ヴードゥーをルーツとするのだろうと思われる、
ベニンの多様な伝統リズムが生かされています。
ブラス抜きでベルほかの打楽器のみで、コーラスがコール・アンド・レスポンスしたり、
アフリカ色濃厚なサウンドで、シャンソンなどフランス人向けの選曲もなく、
ぼくはこの11年作の方が好みかな。

Eyo'nlé Brass Band "EMPREINTE DU PÈRE" Irfan Le Label EYO002 (2015)
Eyo'nle Brass Band "AFRICA NIGHT" Irfan Le Label EYO001 (2011)
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バラフォンが呼ぶマンデ・グルーヴ ソリ・ジャバテ

Sory Diabate  WALI.jpg

うひゃー、このスピード感、爽快ですねえ。
ギネア、コナクリ出身のバラフォン奏者ソリ・ジャバテのアルバム。
その名からグリオ出身であることはわかりますが、
現在はフランスのリヨンを拠点に、
自分のグループ、ワマリを率いて活動している人だそうです。

バラフォンのアルバムというと、
ここ最近では、カナゾエ・オルケストラにゾッコンになりましたけど、
ソリ・ジャバテの方は、いかにもマンデらしい歌声を聞かせてくれる女性コーラスを従え、
ひさしぶりにマンデ・ポップらしいマンデ・ポップを味わえます。
アレンジもカナゾエほどキメキメではなく、もっと大らかなグルーヴで、
スピード感とキレまくるリズム感が、なんとも爽やかです。

グリオ直系の素晴らしいノドを聞かせる女性歌手マリアム・カンテも聴きものなら、
「プチ・アダマ」ことアダマ・ジャラのエレクトリック・ギターのソロは、
フレーズも音色もこれぞマンデ・ギターといった鳴りで、ジンときちゃいました。

クレジットされたバンド・メンバーの名前から察するに、
サックス、トロンボーン、鍵盤がヨーロッパ人のようですね。
ソリ・ジャバテは82年生まれで、
ギネアのポピュラー音楽史に残る名サックス奏者
モモ・ワンデル・スマーのバンドで00~03年演奏していたといいます。

ひさしぶりに聴くマンデ・ポップの快作、バラフォン好きの人も必聴です。

Sory Diabate "WALI" Studio Nomade Productions SNP2014-SD01/1 (2014)
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ソンの美意識を宿す声 セプテート・ソン・エンテーロ

Septeto Son Entero  COCO PA' SU AGGO.jpg

ぽかぽかとした春の陽気に、ソンが聴きたくなって、
いくつかみつくろって買ったうちの1枚。
新作と思いきや、どれもこれも10年以上前の旧作で、
どんだけキューバのチェックを怠っていたのかと、反省しきり。

それにしても、ジャケットのなんたるやる気のなさ。
テキトーなデザイン、ここに極まれりで、ほんと、売る気があるんですかね。
ラテンはこの手のダメダメ・ジャケが昔から多くって、
ところが、なかには名作があったりするから侮れないんです。
ミゲリート・クニーのルンバ盤のボンゴ・ジャケットとか。

で、今回買った中でも、一番期待できなかったとゆーか、
こんなのに金払うのヤだなと思いつつ買ったアルバムなんですけど、
それが大当たりなんだから、ラテンはやっぱりわからん。

今回買ったソンのグループは、どれも初耳のグループばかりで、予備知識ゼロ。
あらためて、セプテート・ソン・エンテーロを調べてみたら、
キューバ中部カマグエイを拠点に活躍するグループとのこと。
このグループのフェイスブックがあったので、バイオを読んでみると、
93年結成で、本作は3作目とあります。

トレスにトランペット一丁を配した標準編成のセプテートで、
伝統スタイルのソンを聞かせる、まっことオーセンティックなグループなんですけど、
その演奏のみずみずしさ、フレッシュなリズム感に、心が浮き立ちます。
昔のままのソンの再生ではなく、
現代的なビート感やグルーヴをふまえて再解釈する志向は、
シエラ・マエストラが登場した時のことを思い起こさせますね。
こうしてソンの伝統は、ちゃんと継承されていくんだなあ。

なによりこのグループでマイってしまったのが、歌手のダウリン・アルダナ・ブデット。
これぞキューバといった声の持ち主で、
胸板によく共鳴する、朗々たる響きがたまりません。
う~ん、こういう野趣溢れる歌声が、キューバから聞かれなくなってしまったから、
すっとペルーにうつつを抜かしてたんですが(?)、なんだ、ちゃんといるじゃないか。
伝統ソンの美意識は、こういう声に宿っているのですね。

Septeto Son Entero "COCO PA' SU AGGO" Bis Music GBCD044 (2006)
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発展途上のコロゴが向かう未来 キング・アイソバ、アゴンゴ

King Ayisoba  1000 Can Die.jpg

今年はアフリカでキマリですね。
次々リリースされるアフリカ音楽新作の充実ぶりに、もう眩暈がしてくるほど。
去年もイキオイがあったけれど、今年のアフリカの絶好調ぶりは、ハンパない。
ヴェテランから新人、伝統寄りからエレクトロとのコラボまで、
間口の広い音楽性のアルバムが居並ぶところは、頼もしい限りですよ。

その絶好調ぶりの中でも、近年活躍が目立つドイツのグリッタービートから、
ガーナのキング・アイソバが登場です。
「おぅ、待ってました!」とかけ声のひとつもかけたくなるじゃないですか。
“WICKED LEADRERS” で世間の瞠目を集めたアイソバのコロゴでしたけれど、
アナログのみでリリースされていた“MODERN GHANAIANS” で聞かれた
ヒップライフ風味のコロゴのように、まだまだこの音楽には、
発展途上というべき可能性が、たくさん秘められているのを感じさせましたからねえ。

そんな可能性を引き出すのに、グリッタービートはうってつけのレーベルで、
ゲストにリー・ペリーが加わるという情報も、期待を高めるものでした。
で、届いた新作なんですが、もっと大胆にモダン化したかと思いきや、
意外に慎重なプロダクションを施していて、控えめなエレクトロ・ビートが、
コロゴ本来のリズムを強化する効果的な導入の仕方をしていて、感心しきり。
伝統的なコロゴのフォーマットやリズムを損なわない
デリケイトな仕上げに好感を持ちました。

こうしたプロダクションと真逆の仕事をしてるのが、
ミニマル・テクノのマーク・エルネストゥスですね。
ここ最近マークが関わったアフリカものを聴いてみると、
テクノ/ハウスのDJあがりのプロデューサーに典型的な、
上物と下敷きの関係でサウンドを組み立てているのがわかります。

アフリカのクロス・リズムを理解しない西欧人が作るリズム・トラックは、
自分たちの文化が拠って立つ、硬直した均等なビートに終始します。
アフリカの豊かなリズム感から、
見事なまでにニュアンスを取り払った貧相なリズム・トラックを、
トライバル・ビートだの、ドープな音響だのともてはやすのは、
ほんとガマンならんのですよ。アフリカのリズムをナメんじゃない、つーの。
パーカッションの修行にでも行ってこいと、言いたくなりますよ。

ちょっと話が横道にそれちゃいましたけど、
そんなアフリカン・リズムへのリスペクトなき、野蛮なエレクトロの手口とはまるで違う、
デジタル・ビートと伝統リズムを縦糸と横糸のように織り上げた、
デリカシーのあるプロダクションが、本作では聴きとることができます。

Agongo  I AM SUFFERING.jpg

一方、アイソバの新作を待つ間に聴いていたのが、
アイソバの助力によってデビュー作をリリースしたアゴンゴです。
アゴンゴは、アイソバより6歳若い80年生まれで、
アイソバを筆頭にコロゴの9人のミュージシャンを集めたオムニバス・アルバム
“THIS IS KOLOGO POWER” にも、本作のタイトル曲が収録されていました。
変幻自在の声音を駆使するアイソバや、怒鳴り声のボラ・ナフォほどの
強烈な個性はないものの、サビの利いたガラガラ声を振り絞り、
投げつけるように歌う大道芸人らしいヴォーカルは、味があります。

こちらは現地産そのままのアクースティックな伝統サウンドで、
コロゴを中心に、シニャカ(ボール大のシェイカー)、アボンゴ(太鼓)、
ブンテ(ひょうたん)、ロンガ(トーキング・ドラム)、ピリカ(フィンガー・ベル)に
笛が伴奏に付きます。1曲アイソバがゲストで加わった曲では、
“WICKED LEADERS” でも印象的だった、
ブブゼラのようなラッパがぶかぶかと鳴らされます。

コロゴは、ジンバブウェのモコンバと同じ立ち位置にある、
音楽シーンの中心から外れた、周縁から飛び出した音楽。
今後どこへ向かうかのかまだわからない、未来への可能性を感じさせます。

King Ayisoba "1000 CAN DIE" Glitterbeat GBCD044 (2017)
Agongo "I AM SUFFERING" Chop Time Music CTM04 (2016)
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M-BASE ギタリスト デヴィッド・ギルモア

David Gilmore TRANSITIONS.jpg

デヴィッド・ギルモアといえば、
スティーヴ・コールマンのファイヴ・エレメンツでの活躍が忘れられないギタリスト。

スペルの違うピンク・フロイドのギタリストではありませんからねと、
いつも注釈を付けなきゃならないのがシャクにさわるんだけど、
知名度の違いは、いかんともしがたいところ。
ジョス・ストーンのツアー・サポートやマンディ満ちるなど、
さまざまなフィールドでプレイしていますけれど、
ぼくにとってはM-BASE のギタリストですね、やっぱり。

ただ、彼のソロ・アルバムは、どうもピンとくるものがなくてねえ。
昨年話題となった“ENERGIES OF CHANGE” も、
ああ、こんなコンテンポラリー・サウンド志向のアルバムを作るんじゃなくって、
もっとギターをバリバリ弾いてくんないかなあと、不満タラタラ。
正直、新作がクリス・クロスから出ると聞いたときは、こりゃダメだと思ったもんです。

ジャズから同時代性が失われた80年代に登場したクリス・クロスは、
衰退したジャズを象徴する典型的なレーベルでした。
枠取りの統一ジャケット・デザインのスクエアぶりなど、救いがたいセンスで、
まるでクラシックのレーベルみたいにしか思えなかったもんなあ。
ずうっと、保守的なジャズの焼き直し専門レーベルと見なしていたので、
なんでまたデヴィッド・ギルモアがクリス・クロスと思ったら、これがビックリの会心作。

オープニングから、バリバリの変拍子チューンで、ギター弾きまくり。
これこれ、こういうのをやってもらいたかったんだよねえ。
クリス・クロスのCDを買ったのって、これが初めてだけど、こりゃまいったなあ。
1曲目みたいな変拍子の自作曲ばかりだったら、サイコーだったんですけど、
デヴィッドの自作曲はあと1曲のみで、ほかはボビー・ハッチャーソンや
ウディ・ショウなど、割合とオーソドックスなカヴァーが多いのは、
レーベル側の要求だったのか。
トゥーツ・シールマンスの“Bluesette” まであるのには、ちょっと呆れたけど。

そんなコンサバ寄りの選曲にもかかわらず、デヴィッドの暴れっぷりは爽快そのもの。
はみ出しまくったギター・プレイは、ぼくが彼に期待するところ十分であります。
ヴィクター・ベイリーの曲でみせたヒップホップ・センスは、
ちょっとオールド・スクールすぎるんでないかい?と思ったけど、
“Bluesette” は案外いい仕上がりだし、ナイロン弦ギターで弾いた
エルメート・パスコアールの“Nem Un Talvez” も聴きものでした。

全体にジャジーな雰囲気が横溢しているのが、クリス・クロスらしいところなんでしょうね。
ジャズ・アルバムに「ジャジー」ってオカシな形容だけど、
ジャンル横断のM-BASE マナーのジャズからみれば、
十分「ジャジー」で「オーソドックス」なアルバムといえます。

メンバーでは、テナー・サックスのマーク・シムとの相性が抜群に良いのと、
E・J・ストリックランドのドラミングが、
攻撃的に迫るデヴィッドのギターを煽りまくっていて、
このエネルギッシュなアンサンブルの核となっていますね。

次回はぜひこのメンツで、
デヴィッドの幾何学的な自作曲オンリーの変拍子大会をお願いします。
レーベルはクリス・クロスじゃなくて、ACTあたりがいいんじゃない?

David Gilmore "TRANSITIONS" Cris Cross Jazz 1393CD (2017)
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レユニオン新時代のマロヤ・ジャズ メディ・ジェルヴィル

Meddy Gerville  TROPICAL RAIN.jpg

うおぉぉ、ついに、出たぁ~。
マロヤ・ジャズのピアニスト、メディ・ジェルヴィルの新作。
レコーディングはとっくに終わっていると聞かされてたのに、
いっこうにリリースされる気配がなく、お蔵入りになっちゃうのかとヤキモキしてたんです。

届いた新作は、これまでメディのアルバムを出してきた自主レーベルではなく、
12年に誕生したアメリカのジャズ・レーベルからのリリースで、
何があったのかは知りませんが、とにかく無事リリースされて、よかった、よかった。

カヤンブを抱いたジャケットに表されているとおり、
今作もマロヤのルーツをしっかりと見据えたマロヤ・ジャズを展開していて、
レユニオン音楽史に残る大傑作、“FO KRONM LA VI” に並ぶ快作に仕上がっていますよ。
メディのシャープなリズム感と華やかな運指のピアノもさることながら、
変拍子をびしばしキメたアレンジも快感。
メロウな歌い口のヴォーカルにも味わいが増していて、サイコーですね。

メディ・ジェルヴィルなら、
JTNC界隈の人も反応できると思うんだけれどなあ、どうかなあ?
菊地成孔が“FO KRONM LA VI” を気に入っていて、
ラジオで何度もプレイしているようなので、そういう影響力のある人が騒いでくれると、
メディを日本のジャズ・クラブで観れる日も遠くないんじゃないかと、
秘かに期待してるんですが。

クレジットによると、録音は14年の5月1日と2日、
レユニオン島のスタジオで行われたとあります。
全13曲を、たったわずか2日間で録音したとは、ちょっとびっくりなんですが、
参加ゲストがまた豪華。ランディ・ブレッカー、グエン・レ、ドミニク・ディ・ピアッツァ、
ダミアン・シュミット、アミルトン・ジ・オランダ(!)と、
そうそうたるメンバーが集まっていて、
レユニオンでジャズ祭でも開かれてたんでしょうか。

レギュラー・メンバーは、同郷のドラマー、エマニュエル・フェリシテに、
プエルト・リコ出身のパーカッショニスト、ジョバンニ・イダルゴ、
マルチニーク出身のベーシスト、ミッシェル・アリボ
(トニー・シャスールの30周年ライヴでも光ってましたね)と、
ここまではメディの旧作でもなじみのある面々ですが、
もう一人新たに加わっているのが、ギタリストのリオーネル・ルエケ。
うわー、いらねぇ、なんでコイツがいるんだ。
どうしてリオーネルって、こんなに重用されんのかなあ、わかんないなあ。

前にもどっかで書きましたけど、ぼくはリオーネルの草食系ギターがキライです。
ここでも相変わらず、か細いトーンで気まぐれフレーズをパラパラと弾くばかり。
このキャスティングだけが、今作の難といえます。
せっかくグエン・レが骨太な肉食系ギターを弾いているんだから、
ゲストじゃなくて、全曲グエンに弾いてもらいたかったなあ。

収録曲は、伝承曲のマロヤ・メドレーと、
シャルル・アズナブールの“La Bohème” のほかは、全曲メディの自作。
マロヤ・メドレーではランディゴのオリヴィエ・アラストと
ファブリース・ルグロが歌っています。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2012-08-01
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2015-01-22
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2013-05-06
マロヤにアレンジした“La Bohème” も面白い仕上がりとなっていて、
シャンソンが苦手なぼくでも抵抗なく聞けました。

ソングライティングも相変わらず巧みで、
多彩な曲調を書き分けるメディの才能がここでも光っています。
ジャズ・ピアニストにしてこのポップ・センスは、貴重だよなあ。
もっと、もっと、注目されなければいけない人ですよ、メディは。
新世代ジャズに注目を浴びる今だからこそ、もっと聞かれて欲しい、
メディ・ジェルヴィルの新作です。

Meddy Gerville "TROPICAL RAIN" Dot Time DT9060 (2017)
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ボフェニア・ロックの司令官 ジュピテール&オクウェス

Jupiter & Okwess  KIN SONIC.jpg

すげえぞ、ジュピテール司令官。
キンシャサのゲットーで辛酸を舐めた苦労人の底力は、やっぱハンパないわ。
前作“HOTEL UNOVERS” も圧巻だったけれど、
今作の掛け値なしのエネルギーには、圧倒されるほかありませんね。

伝統リズムを土台としながら、これほど痛快なアフロ・ロックに仕上げてしまう
ジュピテールのサウンド・クリエイターの才は、群を抜いています。
ルンバやフォルクロールのサウンドの定型をいっさいなぞらず、
というより、完全に背を向けて、コンゴで誰もやったことのない
オリジナルのサウンドを獲得したところに、ジュピテールのスゴさがあります。
全アフリカを見渡したって、伝統をもとにしながら、
ワン・アンド・オンリーのオリジナル・サウンドをクリエイトした人といったら、
アリ・ハッサン・クバーンくらいしか思い当たりませんよ。

ヨーロッパのプロデューサーが手を貸してはいても、
サウンドのアイディアは、すべてジュピテールが生み出していて、
プロダクションもきちんと彼が掌握していることがわかります。
ジュピテールの頭の中には、自分の望むサウンドが、きちんと描けてますね。
ついこの前、モコンバの新作について不安視してたみたいなことを書きましたけれど、
ジュピテールについては、ぜんぜん心配してませんでした。

デーモン・アルバーンの使い方だって、完全にコントロールできているじゃないですか。
デーモンの声かけで集められたプロデューサー・チーム、DRCミュージックによる
キンシャサ・セッションの“KINSHASA ONE TWO” には反発を覚えたものですけれど、
あんなふうにテクノでいじられるようなマネは、ここでは起きっこありません。
ジュピテールの睨みがちゃんと利いてますからね。

14年に来日した時、ジュピテールは自身の音楽を、
「ボフェニア・ロック」と呼んでいましたけれど、
アフリカン・ポップスになじみのない若いロック・ファンにこそ、届けたいですねえ。
若いミュージック・ラヴァーが、ストリート魂溢れ出るサウンドに熱狂して、
モッシュやダイヴが起こるのを目撃してみたいもんです。
バスキアのペインティングを想起させる、
3D(ロバート・デル・ナジャ)のアートワークもサイコーですよ。

Jupiter & Okwess "KIN SONIC" Zamora ZAMED88623 (2017)
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ダンス歌謡演奏集ギタラーダ3選 メストリ・ソラーノ、アルド・セナ、マノエル・コルデイロ

Mestre Solano.jpg

いい顔してますねえ。
アマゾンの川っぺりで、愛機のギターを片手ににっこり。
この人もメストリ・ヴィエイラと肩を並べる
ギタラーダのヴェテラン、メストリ・ソラーノです。
17作目にあたるという本作は、『アマゾンのサウンド』というそのものずばりなタイトル。
41年生まれというので、34年生まれのメストリ・ヴィエイラよりは若いとはいえ、
アルバム・リリース時すでに72歳のお爺ちゃんであります。

メストリ・ヴィエイラほど唯我独尊な演奏ぶりでなく、
カリンボーとクンビアが混じり合った哀愁味のある、
ほっこりしたサウンドには色気もあって、
ローカルなポップさが、いい湯加減であります。
アルバム冒頭、女性のMCによって演奏がスタートするという、
コンサート開幕の演出もあって、なかなか楽しいアルバムに仕上がっています。

Alo Sena  O REI DA GUITARRADA.jpg

アルド・セナもギタラーダを代表するギタリストの一人。
LP時代にもたくさんのアルバムをリリースしていますけれど、
ナ・ムジックから10年に出したアルバムでは、
メストリ(名人)でなく、レイ(王)を名乗っています。
まさしく「歌のないランバダ」といった感じのよく歌うギターで、
小技を利かせたプレイは、よくよく聴けば、かなりの業師であることがわかります。

Manoel Cordeiro & Sonora Amazônia.jpg

そして3人目は、現代のギタラーダ・シーンでサウンドの要役として活躍している
ギタリストのマノエル・コルデイロの初アルバム。
先のメストリ・ソラーノのアルバムでも共同プロデューサーとして名を連ね、
ギターだけでなくウチコミも担当。
サウンド・カラーを作っているのがマノエルなんですね。

これまでプロデューサー、アレンジャーとして60年近い活動歴があるものの、
自身の名を冠したアルバム制作は本作が初で、遅すぎるデビュー作となったのでした。
息子のフェリーペ・コルデイロもエレクトロニカで参加するなど、
メストリ二人のギタラーダのアルバムとは趣が違い、
よりブレーガ寄りのサウンドはヴァラエティ豊かで、カリブ風の味付けも多数。
4曲目のリズムなんて、もろにハイチのコンパだもんね。

マノエルのアルバムでは、生ドラムスと打ち込みが半々となっていて、
プロダクションはローカル性を越えて、
イマドキのポップスとして通用する内容となっています。
音楽性も往年のランバダと共通する、カリブ音楽への嗜好がくっきりと表われていますね。
大衆的な歌謡性に溢れるサウンドとなっていても、プロダクションに安直さはないので、
かつてのランバダのような通俗に堕してはいません。
気楽で親しみやすい地方音楽の演奏アルバム、ギタラーダの3作です。

Mestre Solano "O SOM DA AMAZÓNIA" Natura no number (2013)
Aldo Sena "O REI DA GUITARRADA" Na Music NAFG0048 (2010)
Manoel Cordeiro & Sonora Amazônia "MANOEL CORDEIRO & SONORA AMAZÔNIA" Na Music NAFG0094 (2015)
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インスト・ランバダ=ギタラーダ メストリ・ヴィエイラ

Mestre Vieira  GUITARRADA MAGNÉTICA.jpg   Mestre Vieira.jpg

古い話題で恐縮ですけれど、ランバダの世界的なブーム、覚えてます?
日本では、80年代末のバブル絶頂から崩壊の時代の記憶にリンクして残っていますが、
「あれは悪夢だった」と言っていた音楽評論家さんの言葉が忘れられません。

月刊誌でワールド・ミュージックのレヴューを担当されていたその方は、
原稿用に大量に送られてくるランバダ関連の見本盤に、文字通り毎月悪戦苦闘、
ヘキエキを通し越して、ランバダの文字を見るのも嫌になったとのこと。

あの当時、ランバダの大ヒットにあやかった二番煎じ・三番煎じは言うに及ばず、
ディスコ向けの便乗アルバムが山ほど出ていたらしく、
毎月毎月原稿を書くために、大量の駄盤を聞き続けなければならないのは、
まさしく苦行だったそう。
そんな一時代が過ぎ去り、往時の見本盤を捨てたのは、
100枚や200枚ではすまなかったとか。

う~ん、当時のぼくといえば、
一世風靡したジュリアナ東京にほど近い芝浦の職場で働いてたせいで、
ジュリアナ帰りのネーチャンたちの痴態ぶりを、毎夜横目にしてたんだっけ。
ランバダのペアダンスを、ジュリアナで踊ってたかどうか知りませんけど、
深夜の歩道橋の下で、カップルがセックスしてたり、
泥酔して道路に倒れてるボディコン姉ちゃんのタイトスカートが捲りあがり、
パンツ丸出しのまま転がってたりと、まあ、ほんと、狂った時代でしたねえ。
「24時間戦えますか」の長時間労働をしてたサラリーマンとはまた別の、
バブル時代の苦い記憶が、音楽評論家の人たちにもあったことを、
ずいぶんあとになって知ったもんです。

なんで今頃、そんなランバダの話題を持ち出したのかといえば、
「ランバダ・インストルメンタル」と形容された音楽が、
前回話題にしたナ・ムジックのカタログの中に結構あるからなんですね。
ギタラーダと呼ばれるその音楽は、70年代にパラー州でカリンボーをベースに、
クンビアやショーロ、ブレーガをごった煮して生み出されたもので、
ギタリストのメストリ・ヴィエイラが、このジャンルのクリエイターです。

メストリ・ヴィエイラは、ブラジルで初のカリンボーの商業録音を残した
ヴェレケッチのアレンジャーを務めたギタリストで、
ヴェレケッチやピンドゥーカといったカリンボーのスター歌手たちの伴奏を務める一方、
インスト音楽ギタラーダの人気者になったといいます。

インスト音楽といっても、ジャズやショーロのような器楽的な技巧を聞かせる音楽ではなく、
ギタラーダは、歌の旋律をたたナゾるだけの「歌のない歌謡曲」。
演奏者が自己主張しない、いわば無我の音楽ともいえるその音楽のありようは、
どこか日本のちんどんにも通じるものがあります。
「ランバダ・インストルメンタル」の異名をとったのも、
もともとダンスの伴奏音楽だったからなんじゃないのかな。

メストリ・ヴィエイラは、すでに80の齢を数えていますけれど、
ナ・ムジックからリリースされた10年作、15年作でも、
昔と変わらぬフル・アクースティックのギターを、ひょうひょうと弾いています。
ベレンの田舎のダンスホールで演じているそのままをパッケージングしたアルバムです。
チープとはいえ、変に飾り立ててないマイ・ペースぶりがお気楽で、いい感じです。

Os Dinâmicos & Mestre Vieira.jpg

ほかにもナ・ムジックからは、70年代末から90年代初めまで、
ヴィエイラが率いていたバンド、オス・ジナミコスとのリユニオン作が15年に出ていて、
アコーディオン入りののんびりとした田舎のカリンボーを楽しめます。

Mestre Vieira "GUITARRADA MAGNÉTICA" Na Music NAFG0032 (2010)
Mestre Vieira "GUITARREIRO DO MUNDO" Na Music NAFG0092 (2015)
Os Dinâmicos & Mestre Vieira "OS DINÂMICOS & MESTRE VIEIRA" Na Music NAFG0093 (2015)
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ナ・ムジックのカリンボー良作から カリンボー・サンカリ

Carimbó Sancari.jpg

「ニュー・アマゾニア・ミュージック」を標榜するナ・ムジックは、
アマゾン河口の街ベレンを拠点に置く、ブラジル北部音楽の要注目レーベル。
これまでも、ヴェレケッチを筆頭にドナ・オデッチ、ピンドゥーカと、
カリンボーのヴェテランたちの作品をここで取り上げてきましたけれど、
このレーベルは、オルタナ・ロックやエレクトロの新世代まで、
ベレンのアーティストたちのアルバムを幅広く制作しています。

ただ残念ながら、若手の作品でこれといったものがなく、
ここでは取り上げたことがありませんけれど、
そういった若い世代のサウンド感覚が、
カリンボーのヴェテランたちのプロデュースに発揮されていて、
昔ながらの通俗なブレーガ寄りのポップ・カリンボーとは、
一味も二味も違うものとなっています。

かつてマラカトゥの伝統の再評価とマンギ・ビートの革新によって、
ノルデスチ音楽が進化を遂げたように、
ナ・ムジックが新しいアマゾン音楽の起爆剤となることを期待しているんですけれども。
もっとも、日本ではナ・ムジックのCDがほとんど流通しておらず、
知られざる存在なのが悔しいんだよなあ。サンビーニャさん、やりません?

ナ・ムジックの旧作で、カリンボー・サンカリをまだ取り上げていませんでしたね。
20年の歴史を持つ老舗カリンボー楽団で、
全国区ウケするポップな味付けなどの余計な装飾のない、
普段着姿のカリンボーを、たっぷりと味あわせてくれます。

バンジョーと管楽器(サックス、クラリネット、ピファノ)に、
太鼓(カリンボー)、マラカスなどのパーカッションという編成で、
歌い手とコーラスの掛け合いによる、オーセンティックな民俗ダンス音楽がてんこ盛り。
ドナ・オデッチの曲を3曲取り上げていて、ご本人も1曲歌っています。
サックスのひび割れた音色が、哀愁味たっぷりのカリンボーのメロディによく映えます。

アマゾン川を進む木舟をジャケットにあしらっているように、
舟のモーター音や、アマゾン川の風景が思い浮かぶ自然音などをコラージュして、
聴き手をアマゾンにいざないます。
ラストをカリンボー(太鼓)のみをバックに歌った曲で締めくくったのも、
爽やかな後味です。

Carimbó Sancari "A FORÇA DO TAMBOR" Na Music NAFG0084 (2015)
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ンジュガ・ジェンに捧ぐ オーケストラ・バオバブ

Orchestra Baobab  Tribute To Ndiouga Dieng.jpg

傑作。
1曲目でそう確信しました。
セネガル老舗楽団オーケストラ・バオバブの復活第3作。
01年復活後のアルバムで、これ、最高作じゃないですか。

前作“MADE IN DAKAR” から10年ぶりという、長いインターバルで届けられた新作は、
昨年11月に突然亡くなった歌手ンジュガ・ジェンに捧げられています。
当初、日本盤の発売元が「ンディウガ・ディエン」と告知したので、
なんじゃそのカナ読みはと呆れたんですけど、
聞けば、セネガルでレコ掘りしたことのある有名なマニアの人が、
そう書いていたからとのこと。

やれやれ、半可通ここに極まれりですね。それじゃ、そのマニアの方は、
「ドゥドゥ・ンディアエ・ローズ」とか「ケレティギ・ディアバテ」と読むんでしょうか。
dia diou die は「ジャ」「ジュ」「ジェ」と読むことくらい、覚えてね。
というわけで、「ンジュガ・ジェン」に訂正してもらいました。

それにしても、ンジュガ・ジェンの死から、
間を置かず新作が届けられたのには驚きました。
傑作と確信させられた1曲目の“Foulo” は、
初期の72年頃に録音された“Kanoute” の改題曲。
元の曲はシラール盤の2枚組“LA BELLE EPOQUE” で聴くことができますが、
オリジナルをはるかに凌ぐヴァージョンに仕上がっているじゃないですか。

どうです、この熟成したまろやかなサウンド。
アフリカ広しといえど、これほど芳醇な味わいは、ほかじゃ味わえません。
テナー・サックスとアルト・サックスの2管が生み出す、香しいヴィンテージ・サウンド。
太く男性的なイサ・シソコのテナー、シャープなチェルノ・コイテのアルトともに、
前々作、前作を凌ぐブロウを聞かせていて、ウナらされました。
ご両人とも、長い音楽人生で、今が最高潮にあるんじゃないでしょうかねえ。

さらに、今作の最大のトピックは、
老舗楽団のバオバブが過去の焼き直しに終始することなく、
新たにコラを導入するという展開をみせたこと。
ダンス・バンドがあえて伝統楽器を取り入れるというこの心意気に、
グッときましたねえ。過去の遺産に安住せず、変化を求めて、
またひとつ新たなスタイルを獲得していくという、その姿勢。
これこそ02年復活作のタイトル
“SPECIALIST IN ALL STYLES” の面目躍如じゃないですか。
コラがバオバブ・サウンドにこれほどしっくり馴染むとは、正直意外でした。

ンジュガ・ジェンが亡くなり、往年の名歌手レイ・ンバウプばりのヴォーカルを聞かせた
アサーン・ンバウプや、メドゥーン・ジャロも不在となったのはさびしい気もしましたが、
歌手がバラ・シディベとルディ・ゴミスの二人に絞られたのは、むしろ好印象。
歌手が多すぎた前2作より、
個性の違う二人だけの方が曲調の違いにも映え、すっきり聞けます。

二人のコーラスをオーヴァー・ダブして、厚みのあるハーモニーを作り上げたり、
コラを二重奏にしたりと、細部に手を加えた丁寧な制作ぶりは、
スタジオ・セッションでさっと仕上げた
“SPECIALIST IN ALL STYLES” との違いが明らかです。
この春アフリカの注目作が目白押しですけれど、なかでも最高の1作、
全アフリカン・ポップス・ファン必聴でっす!

P.S. 明日オフィス・サンビーニャから発売されるライス盤には、
件のマニアの方が書いた『スペシャリスト・イン・オール・スタイルズ』
日本盤(ワーナー)ライナーの誤りを訂正した、やかましい(?)解説が付いてます。

オーケストラ・バオバブ 「ンジュガ・ジェンに捧ぐ」 ライス WCR-5437 (2017)
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モザンビーク海峡の旋風にのって エーユフーロー

Eyuphuro  25ANOS.jpg

ファニー・プフーモと一緒に手に入れたのが、エーユフーローの06年作。
エーユフーローはモザンビーク北東部インド洋沿岸出身のメンバーを中心に、
81年に結成されたグループで、本作はタイトルが示すとおり、
結成25周年を記念したアルバムです。

エーユフーローの音楽はマラベンタではなく、
北部ナンプラ地方の伝統リズム、トゥフォ、ナマハンガ、マセプア、
ジャリマネ、モロ、チャカチャを取り入れたもので、
90年にリアルワールド盤によって、世界に知られるようになりました。
その後、01年にイギリスのリヴァーボートから出した2作のほか現地作はなく、
06年の本作は3作目にあたります。

リヴァーボート盤を知る人なら、おわかりのとおり、
ジャケットが同じ写真を使っているんですが、
単色からカラーになったため、ぐっと鮮やかな印象になって、目を引きますね。
内容はというと、残念ながら新録ではなく、
リアルワールド盤とリヴァーボート盤から選曲した、いわばベスト盤的内容でした。
ただし、その2作に未収録の
“Mandela” “Malavi” “Ophentana” の3曲が追加されています。
おそらくこの3曲は、リヴァーボート盤録音時の残り曲なんじゃないかな。
ほかに、既発曲も、“Aiyaka”のように
オリジナルより1分半以上も長く収録されているなど、
編集違いのヴァージョンもあって、2作を持っているファンでも楽しめる内容です。

あらためて、ひさしぶりにエーユフーローを聴きましたけれど、
やっぱりいいグループですね。
リード・ヴォーカルのゼカ・バカールのおおらかな歌声には、
アフリカ人女性らしさを強く感じさせ、
こういう声にこそ、「癒される」という言葉を使いたくなります。
まろやかなリズムが、ハンモックに揺られている気分にさせてくれますよ。
寄せては返すゆったりとした海洋性のリズム、
アクースティック・ギターのオーガニックな響きは、
ハワイ音楽に通じる爽やかさがあり、
モザンビーク海峡の「旋風」(エーユフーローの意味)にのって、
インド洋の海と空の抜ける青さを感じさせます。

Eyuphuro "25 ANOS" Vidisco 79.80.0144 (2006)
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マラベンタの王様 ファニー・プフーモ

Fany Mpfumo.jpg

モザンビークでマラベンタが大きく発展した50年代に人気を博した伝説の歌手、
ファニー・プフーモの超・超・超貴重なリイシュー作です!

うわー、やっと手に入れましたよ、苦節15年!
99年にモザンビークで出たCDなんですけど、
モザンビーク盤を入手するスベなんて皆目見当つかず、
さんざん手を尽くしたんですけど結局ダメで、
完全に諦めモードとなっていた1枚なのでした。いや~、長かったなあ。

ファニー・プフーモは、28年10月18日、ロウレンソ・マルケス(現在のマプト)の
もっとも古いタウンシップ、マファララの貧しい家庭に生まれた歌手。
石油缶で作った手製のギターを、7歳の時から弾き始めたというエピソードは、
同年輩のライヴァル、ディロン・ジンジの少年時代とまったく同じで、
マラベンタの音楽家たちは、みんな貧しい若者たちだったんですね。

プフーモは47年、18歳の時に
故郷のロウレンソ・マルケスを離れ、南アへ出稼ぎに出ます。
当時は、多くのモザンビーク人が職を求めて、南アの鉱山へ向かったんですね。
そこでプフーモは歌手活動を始め、モザンビーク人労働者の人気者となります。
やがてミリアム・マケバやスポークス・マシヤネなどとも活動するようになり、
HMVやトルバドールへ録音を残す人気歌手となったのでした。

当時モザンビーク国内には録音設備がなく、
プフーモのように南アへ出稼ぎに行っていたミュージシャンが、
レコーディングのチャンスに恵まれることによって、
マラベンタの録音が残されたんですね。
30年代末に南部モザンビークでギター・ミュージックとして誕生したマラベンタは、
ロウレンソ・マルケスの都市化が進展した50年代に、
ダンス・ミュージックとして流行しますが、
それには、南アで吹き込まれたレコードがもととなったのでした。

プフーモがモザンビークに帰国するのは、独立2年前の73年、45歳になってからのこと。
ぼくがファニー・プフーモの名前を覚えるきっかけとなったのが、帰国後のレコードで、
ポルトガル・ギター(ギターラ)を弾いているジャケットが、強烈な印象を残しました。
ポルトガル・ギターといえばファドというイメージが強く、
アフリカ人が持っている姿など見たことがなかったからです。

このLPは持っていないんですけれど、ネットにあった画像を引用させていただきました。
自分が持っていないレコードを、
ネットから画像だけ拾ってくることを固く禁じている自分でありますが、
今回だけはどうしても皆さんに紹介したく、
[コピーライト] bytemusic から失礼させていただいています。Fany Mpfumo.jpg

マラベンタがポルトガル植民者の
ポルトガル民謡の影響を受けていることは、
資料で読んだことがありましたが、
ポルトガル・ギターまで
使われているとは知りませんでした。
これで、ぐっとファニー・プフーモに
興味を抱いたのですが、
じっさいに本人の歌を聞けるまで、
ずいぶんと時間がかかってしまいましたねえ。

プフーモは87年11月に亡くなりますが、
99年にモザンビークでリリースされた本作は、
晩年にあたる80年代録音のリイシューのようです。
クレジットがないので、推測ではありますが、
サウンドの感じから、70年代ではなさそう。
聴く前は、南ア録音のSP音源も入っているのかなと期待したんですが、
さすがにそれはありませんでした。

南部アフリカらしい典型的なギター・バンド・サウンドで、
これぞマラベンタといった曲が、たっぷり18曲。堪能させていただきましたよ。
ウナりをあげるベースなど、サウンドはンバクァンガによく似ていますけれど、
ンバクァンガほどサウンドが硬質ではなく、
ファットでアーシーなサウンドがマラベンタの持ち味。
ンバクァンガを田舎ぽくしたという印象は、
南アとモザンビークの土地柄そのままを表しているんじゃないでしょうか。

プフーモのスモーキーなヴォーカルも力があって、
ざらっとした歌声には味がありますねえ。
きりりと引き締まったリズム・セクションによく映えて、う~ん、いい歌手だなあ。
ポルトガル・ギターをフィーチャーした“A Vasati Va Namuhla” も聴くことができますよ。
「マラベンタの王様」の名にふさわしいファニー・プフーモの代表作にして、
マラベンタの名盤です。

Fany Mpfumo "NYOXANINI" Vidisco 17.80.1117
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