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サンバにロック魂を注入して サンダミ

Sandami  100 Anos De Samba.jpg

ここのところサンバ・ソウルの良作に恵まれていますけれど、
今度のは「ソウル」ではなく、「ロック」。
サンバとロックをクロスオーヴァーした痛快作です。

『サンバの100年』と銘打ち、
初のサンバとされる1917年ドンガ作の「ペロ・テレフォーニ」に始まり、
ノエール・ローザの“Com Que Ropa?”、
エリゼッチ・カルドーゾの名唱で知られる“Barracão”、
ジョルジ・ベンの“Mas Que Nada”、カルナヴァル・ナンバーの大定番“Tristeza”、
ゼー・ケチの“A Voz Do Morro、カルトーラの“O Sol Nascerá” など、
サンバ・ファンなら知らぬ曲のない、一緒に歌える曲ばっかりのレパートリーを
ロック調のリフを加えたアレンジで聞かせます。

サンダミは、75年サンパウロのバウル生まれ。
わずか2歳の時から両親にくっついて、エスコーラでパレードをしていたというから、
生粋のサンバ育ちですね。
98年にデビュー、すでに20年のキャリアを持つ人で、
本作もそんなキャリアがにじみ出たアルバムといえます。

子供の頃からサンバが身体に染みついた、
オルタナ・ロック/ヒップホップ世代によるサンバで、
アレンジにロックの意匠をまとってはいても、その歌は、ゴリゴリの伝統サンバそのもの。
だから、このアルバムを「サンバ・ロック」とは呼びたくはありません。

伝統サンバを歌いながらも、自然にロック感覚がにじみ出るという自然体ぶりが好ましくて、
その「狙ってない」感が、いいんですよ。
いわゆる作りモノ感がない仕上がりが、とても気持ちよく聞けるアルバムです。

Sandamí "100 ANOS DE SAMBA" Radar RS4009 (2017)
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明朗明快にて無敵 アート・ファジル

Art Fazil  Syair Melayu.jpg   Art Fazil  RENTAK.jpg

シンガポールのシンガー・ソングライター、アート・ファジルのアルバムでは、
09年に出た“SYAIR MELAYU” が忘れられません。
かつてサンディーが歌った“Ikan Kekek” や、“Rasa Sayang” といった
マレイシアやインドネシアの民謡を取り上げた企画作で、
アート・ファジルらしいフォーク・ロック的なプロダクションで歌ったアルバムでした。

マレイシアの伝統系歌手がねっとりと歌うムラユ歌謡とは、
ひと味もふた味も違う、とびっきり爽やかなサウンドが新鮮で、
風通しの良い、ゆるく涼し気なムードにトリコになったものでした。
あのアルバムはかなり売れたようで、
のちに未発表曲を追加したリミックス盤で再発されましたね。

さて、そのアート・ファジルのひさしぶりの新作です。
のっけのラガマフィン調の底抜けな明るさに、ぱあっと陽の光を浴びる気分。
一緒にコーラスせずにはおれない、フックの利いたメロディにやられました。
外見こそ、お気楽なポップ・アルバムといった装いながら、
そこに練り込まれた音楽性の深さには、舌を巻きますよ。

冒頭のラガマフィンから、ダンスホール・レゲエ、バイーアのブロコ・アフロ、
チカーノ・ロックを、ムラユのメロディにミックスしていて、
楽器使いもアコーデイオン、ガンブス、レバーナから、
ビリンバウやピファナみたいな笛まで繰り出し、見事なアレンジで聞かせます。
この奥行き、そのうえでの明朗さは、ただもんじゃないですね、やっぱり。

こういう音楽を聴いていると、
暗い顔して、深刻ぶった音楽なんて聴いてるのが、バカバカしくなりますよ。
明朗明快さが、いかにストロングで、深みもあるかという、
大衆芸術の真髄を気付かせてくれる、強力な1枚です。

Art Fazil "SYAIR MELAYU" Life SLCD1008 (2009)
Art Fazil "RENTAK" Moro MR1606-002-2 (2016)
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進め! エチオ・ロック・バンド ジャノ

Jano  LERASIH NEW.jpg

エチオピア初のロック・バンドと自他ともに認められるジャノの、6年ぶりセカンド作。

メタル・ギターがぎゅわんぎゅわんと鳴り響く、
様式化したロック・サウンドではありますが、
いやー、理屈抜き、キモチいいじゃないですか。
すがすがしいというか、胸をすきますよ。

前作ではメンバー10人だったのが、今回は8人となり、
ヴォーカリストに南アフリカ出身のシャキナーを起用するなど、
一部メンバーが変更されているようです。
前作のクレジットはアルファベット表記で書かれてありましたが、
今作はすべてゲエズ文字でクレジットされているので、
どのメンバーが代わったのか、突き合わせることができません。

前作のデビュー作は、ビル・ラズウェルがプロデュースし、
NYダウンタウン派のミュージシャンたちも起用して、
オルタナ色のあるロック・サウンドを生み出していましたけれど、
今回はそのようなオルタナ色はなし。
ストレートなヘヴィ・メタ調のロック・サウンドとなっています。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2013-07-03

今作の方が、カジュアルなジャノの姿なんでしょうね。
異邦人にはエグ味をおぼえるエチオピア旋法を使わずとも、
エチオピアらしいメロディ使いや手拍子のリズムを交えて、
マシンコ、クラール、ワシント、ケベロといった伝統楽器をカクシ味に使うのも、
あくまでも国内向けといったニュアンスが強く、
外国人リスナーなど意識していない自然な感じが、素直に聞けます。

ギンギンのメタルばかりでなく、アクースティック・ギターをメインに据えた、
シンプルなアメリカン・ロック調の曲などもあったりと、
メロディアスな楽曲をカラフルなプロダクションで楽しませてくれます。

今回のレコーディングとミックスはイタリアで行い、アメリカでマスタリングをしていて、
しっかり時間をかけて制作をしてることがわかります。
イニシャルで6万枚プレスというのだから、現地での人気のほどがうかがえる、
エチオ・ロック・バンドの快作です。

Jano "LERASIH NEW" Kistet no number (2018)
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LPデビュー前の初期シングル編集盤 アインラ・オモウラ

Ayinla Omowura  Alujonu Elere.jpg

ええぇ~???

デスクトップの画面に向かって、人前で大声あげちゃいましたよ(恥)。
エル・スール・レコーズの新入荷のページに載った、
アインラ・オモウラの“VOL.21”と書かれた見覚えのないCD。
http://elsurrecords.com/2018/03/05/ayinla-omowura-alujonu-elere/

心の中で「なんじゃ、そりゃぁ!!!」と絶叫しながら、
あわてふためいて、取り置きのお願いメールを打ったのでした。
原田さんから「ラスト1でした」の返信をもらい、ホッと胸をなでおろし、
すぐさま謎の「第21集」のリサーチを始めましたよ。

「謎」というのは、ナイジェリア、アパラの大スター、アインラ・オモウラが、
71~81年にナイジェリアEMIから出したLPは、第20集までだからです。
第21集が出ていたなんて、聞いたこともない。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2009-09-10
アホみたいに大騒ぎをしたのは、そういう理由からだったんです。

遠藤斗志也さんのディスコグラフィにあたって、ナゾは判明しました。
http://endolab.jp/endo/EAOmowura.html
タイトルを照合すると、第19集と第20集の間にリリースされていた、
初期シングルの編集盤だったんですね。
第21集を銘打ちながら、レコード番号が498番という、
第20集より若い番号となっていたのは、そういうことだったのか。

アインラ・オモウラが生前に出したのは第18集までで、
第19集と第20集は没後に出されたものなのですが、
その間に出た“Great Hits” のサブ・タイトルの付いた編集盤を、
CD化に際して第21集としちゃったわけですね。
まったくもー、人騒がせなんだから。

で、この『第21集』、デビューLPの『第1集』をリリースする前に出された
シングル盤を集めたものらしく、6トラックが収録されています。
曲目リストには9曲のタイトルが載っているので、
何曲かがメドレーとなっているようですね。

現時点のディスコグラフィで判明しているシングルは、以下の4枚。
70年6月録音の“Aja T'o F'oju S'ejo”(番号不明)、
70年9月録音の“Ema Fowo S’oya Si Wano”(HNEP 506)、
71年7月20日録音の“Danfo O Siere/Ema Tori Owo Pania”(HNEP 533)
“Anjonu Elere”(HNEP 534)。

上記のうち、初シングルの“Aja T'o F'oju S'ejo” だけが曲目にはなく、
70年9月録音のシングルがほかに2枚ある(曲目・番号不明)ことがわかっているので、
以上の5トラックに、もう1トラックを追加した内容となっているものと思われます。
聴いてみると、6トラック目の曲のみ、アインラ・オモウラの声の感じが違うので、
これだけが上記以外の別の録音時のものなのかもしれません。

アインラ・オモウラは、50年代にレコード(SP)・デビューを果たしていたものの、
当時アパラの大スターだったハルナ・イショラとスタイルが違うことから、
大手のレコード会社から、なかなか目をかけられずにいました。
70年にロンドン帰りのナイジェリアEMIのレコーディング・エンジニア、
ベンソン・イドニジェが、アインラの才能を見出してレコーディングをするも、
大物ディストリビューターのチーフ・ボラリンワ・アビオロに
取扱いを拒否されたほどでした。

アビオロにディストリビュートを断られたイドニジェは、
わずか300枚のプレスからスタートしましたが、イバダンでウケが良いことを知り、
イバダンのディストリビューター、アルハジ・アデトゥンジに卸すと、
瞬く間に1000枚が売れ、4500枚が追加オーダーされました。
ここから、アインラ・オモウラの快進撃が始まり、
イドニジェはさっそく初LPの制作にとりかかり、
71年に出た『第1集』は、5万枚を超す大ベスト・セラーとなったのです。

Ayinla Omowura and His Apala Group "ALUJONU ELERE" Ivory Music NEMI(CD)0498
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アニクラポを外しても正統なアフロビート シェウン・クティ

Seun Kuti & Egypt 80 BLACK TIMES.jpg

今のアフリカ音楽絶好調の頂点に、この男がいる。
胸を張ってそう言える、傑作です。
いや、ぼくが胸を張ったところで、しょうがないんですけれどもね。

08年のデビュー作“MANY THINGS” から数えて4作目。
デビュー作にして、父から譲り受けたアフロビートを完璧に蘇らせたシェウン。
アフロビートを継承する才能のない、兄の不甲斐ないアルバム(新作もダメ)に、
さんざん付き合わされてきただけに、
シェウンの登場は、本当にカンゲキしたものでした。
アルバムを重ねながら、ブレることなく、
みずからのアフロビートを深め続けるシェウンは、頼もしい限りです。

今回のアルバムは8曲を収録し、LPでは2枚組で出ていますけれど、
これが親父のフェラ・クティだったら、アルバム4枚分に匹敵する内容ですよ。
そう思わずにおれないのは、1曲がすごくコンパクトにアレンジされているからなんですね。
冒頭の“Last Revolutionary” から、イントロまもなく
女性コーラスとホーン・セクションが飛び出し、
いきなりクライマックスへ上り詰めるのに、
「は、早い、早すぎる!」と口走りたくなるほど。

これがフェラのレコードなら、嵐の前の静けさのような、
バンドのリズム・セクションの演奏から始まるのが常で、
ホーン・セクションが激しいリフを奏でるまでに、ゆうに5~6分はかかり、
フェラのヴォーカルや女性コーラスが登場するのには、さらに2~3分演奏が続くのが定石。
レコード片面いっぱいの曲が、わずか6~9分の演奏に凝縮されているのだから、
曲が始まるなり、いきなりクライマックスの早漏感を、どうしたって覚えます。

とはいえ、フェラ・クティ未体験の、1曲3分のポップス・ファンにとっては、
これでも十分長い曲に聞こえるでしょうけれどねえ。
ワールド・ミュージック・ファンなら、
ヌスラット・ファテ・アリー・ハーンのリアルワールド盤みたいな編集といえば、
うなずいてくれるかしらん。

前作から4年というインターヴァルも、
アルバム4枚分の内容が凝縮されているかと思えば、ナットク感がありますよね。
前作にあった、ハイライフをやるような温故知新の試みやヒップホップへの接近はなく、
先に言ったとおり、アルバム片面ヴァージョンで聞いてみたいと思わせる
正統アフロビートの強力な8トラックが並びます。
(ウィズキッドよ、“African Dreams” をこころして聴くように)

ドラムスとホーン・セクションがユニゾンで進行する“Kuku Kee Me” など、
今作は、リズム・セクションとホーン・セクションの緊密な絡みがスゴい。
タイトル曲でゲストのカルロス・サンターナがギター・ソロを弾いていても、
あえてギター・ソロのためのスペースを空けず、
そこで勝手に弾いてろ式のアレンジにしているのがいいんだな。

そのために、ギターとホーンの音がぶつかりまくって、
混雑したサウンドになるんですけれど、これが大正解。
凡庸なプロデューサーは、こういうところをきれいに交通整理しちゃうんだけど、
それだと、バンドもゲストのギターも、双方のエネルギーを削ぐことにしかなりません。

シェウンのヴォーカルと各楽器間は、分離のいいミックスになっていますが、
バンドの一体感は損われずに重厚なグルーヴを生み出していて、
アフロビートのエネルギーを最大限に生かしたサウンドとなっています。
プロデューサーのロバート・グラスパー(クレジットはなく、謝辞のみに名前があり)が、
どういう仕事をしたのか不明ですが、こうしたところに寄与したのなら、グッジョブです。

Seun Kuti & Egypt 80 "BLACK TIMES" Strut STRUT163CD (2018)
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超弩級のカヴァキーニョ奏者 メシアス・ブリット

Messias Britto  Cavaquiho Polifonico.jpg   Messias Britto  BAIANATO.jpg

立て続けに、ショーロの新作であります。
今度はバイーアの若手カヴァキーニョ奏者のセカンド作。
14年のデビュー作で、目の覚めるような早弾きを披露して、
ショーロ・ファンの間で話題となった、メシアス・ブリットです。

あのデビュー作は良かったよねえ。
息つかせぬ高速パッセージを繰り出すバカテクぶりに、目がテンになりましたけれど、
アミルトン・ジ・オランダのようなショーロの枠をハミ出した、
現代的なインストゥルメンタルではなく、
伝統ショーロのフォーマットを崩さない音楽性に、頼もしさをおぼえたもんです。

ほぼ自作曲で固めたレパートリーには、バイオーンやフレーヴォもあり、
アルバム・タイトルや、
サルバドールのランドマークを描いたジャケットが示していたように、
バイーア産のショーロであることをアイデンティファイしていました。
本来リズム楽器であるカヴァキーニョがソロ演奏するために、
もう一人リズム役のカヴァキーニョ奏者が伴奏に加わっています。

高速のショーロ・ナンバーばかりでなく、スローでは絶妙な歌ゴコロを聞かせていて、
クレジットはありませんが、サンパウロへ渡って演奏活動をしている
ピアニストの米田真希子が、しみじみとしたプレイで主役を守り立てています。

さて、新作の方ですが、これがびっくり、カヴァキーニョの完全独奏アルバム。
ブリットたった一人で、多重録音することもなしにソロ演奏するとは、攻めてますねえ。
まだ2作目でこういう挑戦するのも冒険なら、
それを見事になしとげる実力に、ウナらされます。

オープニングの愛らしいルイス・ゴンザーガのバイオーンから、
ナザレーの「オデオン」やヴァルジール・アゼヴェードなどのショーロ・ナンバー、
「カリニョーゾ」やアリ・バローゾのサンバ・カンソーン、
ジョビンの「シェガ・ジ・サウダージ」、などの有名曲も今回は取り上げ、
自作曲と半々といったレパートリーとなりました。

感心するのは、ブリットのフレージングの美しさ。
これこそまさしくショーロの真髄で、メロディの歌わせ方に、
ジャズではないショーロとしてのインスト音楽のアイデンティティがあります。
「カリニョーゾ」の歌わせ方なんて、見事じゃないですか。
さらっと短く早弾きを交えたり、美しいハーモニクスを加えても、
けっして弾きすぎない、技巧をひけらかせないプレイ・スタイルが見事です。

この人には、このままジャズを勉強しないで、ショーロの味を保っていてほしいなあ。
現代的なインストも大好きだけれど、
だからといって、こういう古典的なショーロの味も失ってほしくない。
ジャズを身につけると、こういうメロディの歌わせ方を失う人がほとんどなので、
ブリットくんには、ぜひ今後もショーロの世界で精進していくことを願います。

Messias Britto "CAVAQUINHO POLIFÔNICO" no label no number (2017)
Messias Britto "BAIANATO" no label no number (2014)
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ショーロの醍醐味 ファビオ・ペロン

Fabio Oeron  AFINIDADES.jpg

サンパウロの若手バンドリン奏者の3作目。

前2作目を試聴した時、大勢のゲストを迎えすぎていて、
主役の個性がぼやけ、捉えどころがなかったような記憶が残っています。
演奏内容もショーロというより、
ジャズ的なアプローチのインスト作品だったんじゃなかったっけ。
ま、いずれにせよ、その時は手を伸ばさず、やり過ごしてしまったんですが、
ファビオ・ペロンという名前は、しっかりと頭の片隅に残りました。

で、この本作、表紙デザインこそモダン・インスト系に見えますが、
中身は純然たるショーロ・アルバム。
それもバンドリンと7弦ギター、ギターの3人のみで
全編を通しているんだから、相当な実力がなければできないことです。

7弦ギタリストは、サンパウロ・ショーロ・シーンの重鎮、ゼー・バルベイロ。
主役を徹底的に引き立てて、裏方に回ることにかけては、
当代随一のショロンといえる名手なので、彼の名があるだけでも、内容保証付きです。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2010-07-31

そして、主役のファビオは、技巧派ともいえる実力者。
その実力をしっかりと聞かせる見せ場を作りつつも、
アルバム全体としてはテクニックに流れず、
歌ゴコロあふれるプレイに心を砕いています。
その丁寧なニュアンスのつけ方が、
エレガントなメロディをいっそう引き立てて、胸に響きますよ。

ショーロ好きは、こういう地味なアルバムにこそ
ショーロの醍醐味をおぼえるというか、長く付き合えるアルバムになるのです。

Fábio Peron "AFINIDADES" no label no number (2016)
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オグン神に捧ぐ ボンガール

Bongar Ogum Ie!.jpg

昨年、オリンダのアフロ・ブラジレイロ宗教音楽グループ、ボンガールの16年作を入手し、
デビュー作以来10年ぶりの再会にカンゲキしたばかりだったんですが、
はや17年リリースの最新作が届きました。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2017-06-02

今作はタイトルに示されるとおり、鉄の神オグンにまつわる歌を歌っています。
溶接の作業場を演じたジャケットも、オグン神の「鉄」をイメージしたものなんでしょう。
オープニングは、彼らの活動拠点であるアフロ・ブラジレイロ宗教ナソーン・シャンバの
テレイロで録音された、シャンバの儀式でのエシュとオグンに捧げた歌で、
15分に及ぶ長尺の打楽器とコーラスによる歌と演奏は、ライヴ感に溢れ臨場感たっぷり。
腹にずしんずしんと響く打音が、快感ですねえ。

しかし、このオープニング以降のトラックは、
鉄の神オグンに捧げるために、金管楽器のブラス・セクションを加えた曲があるほか、
ギターやバンドリンを加えたり、アコーディオンがフィーチャーされる曲など、
コンテンポラリーなアレンジも施して、パーカッション・ミュージックをベースとしながら、
色彩感のあるサウンドに仕上げています。

宗教音楽のパーカッション・ミュージックは、
オーセンティックな素の演奏のままだと、部外者はなかなか入り込めないし、
だからといって、旋律楽器を取り入れてポップ仕立てにしても、
宗教音楽の本質を歪めることになっては意味がなく、案外その塩梅が難しいもの。
ボンガールはその課題を見事にクリアしています。

Bongar "OGUM IÊ!" no label no number (2017)
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M-BASE の南アジア的展開 レズ・アバシ

Rez Abbasi  UNFILTERES UNIVERSE.jpg

2017年のジャズは、ヴィジェイ・アイヤーの“FAR FROM OVER” が
ぶっちぎりのベストでしたけれど、
そのヴィジェイが参加したレズ・アバシの新作が、これまた快作じゃないですか。

レズ・アバシは、65年パキスタン、カラチの生まれ、
4歳の時に家族がロサンゼルスへ移住して、アメリカで育ったギタリストです。
インド移民2世のヴィジェイともども、
南アジアにルーツを持つジャズ・ミュージシャンですが、
本作にはもう一人インド系アメリカ人サックス奏者のルドレシュ・マハンサッパも参加して、
M-BASE の南アジア的展開とでも呼びたいジャズを繰り広げています。

変拍子にアブストラクトな旋律、しっかりと構成されたコンポジションは、
まさしくM-BASEゆずり。ドラマティックな展開をみせる曲の中で、
緻密な演奏ぶりと豪快なインプロヴィゼーションの同居が聴きどころですね。
長尺のトラックの合間に差し挟まれた、短いギター・ソロ演奏も、
まるでラーガを聴くかのようで、これまたエイジアン・M-BASE的といえます。

曲中でたえずリズムが変化していき、
テンポも早くなったり遅くなったりを繰り返す不安定さが、すごくスリリングです。
エンディングも唐突といってもいいくらい、すぱっと終わり、
もったいつけないところが、すごくいいな。

レズ・アバシのギターは、インプロヴィゼーションで際立たせるより、
トータルなサウンド・メイキングに注力しているといった印象。
むしろソロで活躍するのは、ルドルシュのアルト・サックスの方で、
ぶっといチューブからぶりぶりと中身を押し出してくるような、
粘っこいトーンに魅力があります。

ルドレシュ・マハンサッパにレズ・アバシ、ドラムスのダン・ワイスの3人は、
インド=パック・コアリションとしても活動してきた仲だけに、
息の合ったプレイを聞かせていて、
ゲストで参加したチェロの弓弾きが、サウンドにアクセントを与えています。
むしろここでは、ヴィジェイ・アイヤーのピアノが控えめで、
バックに回ってサウンドの厚みを付ける引き立て役に終始しているといえそうです。

Rez Abbasi "UNFILTERED UNIVERSE" Whirlwind Recordings WR4713 (2017)
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見逃していたビギン・ジャズの快作 アラン・ジャン=マリー

Alain Jean-Marie  GWADA RAMA.jpg

ジャズCDショップに足を向ける機会が、ずいぶん多くなった気がします。
この前、アウトレットのコーナーをパタパタとめくっていたら、
アラン・ジャン=マリーのビギン・ジャズのアルバムを発見しちゃいました。

あー、そういえば、だいぶ前にアラン・ジャン=マリーの69年デビュー作のCDが
再プレスされて出回っているのに気付いたのも、このお店だったっけか。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2012-12-03

ジャズ・ファン好みのスタンダードを演奏したピアノ・トリオなどで、
フレンチ・ジャズの粋なピアニストと思われている
アラン・ジャン・=マリーですけれど、
カリブ音楽ファンにとっては、なんといってもグアドループ島出身の、
ビギン・ピアニストのマエストロとして認識されていますよね。

今回見つけた09年作も、内容はフレンチ・カリブのクレオール・ジャズ。
アランのピアノ、ベース、ドラムスに、
グアドループのグウォ・カのグループのパーカッショニストを加えたカルテット編成で、
ビギン、マズルカ、グウォ・カなど、
アンティーユ色全開のレパートリーを聞かせてくれます。
カッサヴのデュヴァリュー&デシムスが作曲したズーク・ナンバーもやっていますよ。

う~ん、こんなアルバムが出ていたとは、知りませんでしたねえ。
アウトレットに出てたくらいだから、ジャズのショップでは売れなかったんでしょう。
ワールドのショップで扱うべきアイテムを、バイヤーが売り先を間違えた感ありあり。

09年作だから、この当時で64歳ですか。
ピアノのタッチに衰えは、まったく感じさせませんね。
昨年、トニー・シャスールのラ・シガールでのデビュー30周年ライヴで、
アランがゲストに招かれて1曲弾いていましたよね。
ソロの運指にややもたつきが感じられ、お年を召した感がありつつも、
左手のタメの利いたリズム感に、いぶし銀な味わいがあって、
う~ん、さすがだなあとウナったばかり。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2017-03-06

あの時より十年近く若いので、プレイもかくしゃくとしているし、
老練な味わいもたっぷり。ビギン・ジャズのファンにはたまらない快作です。

Alain Jean-Marie "GWADA RAMA" Thierry Gairouard Production TG/OM01 (2009)
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オプティミズムなポップが放つ希望 マフィキゾロ

Mafikizolo 20.jpg

マフィキゾロが帰ってきた!

クワイトはもう下火になったとか聞いていたんですけれど、
南アへ足しげく通っている板谷曜子さんからお話を聞くと、
最近またクワイトが盛り上がりを見せているのだとか。

だからかどうかはわかりませんが、去年の11月にリリースされた
クワイトの大スター、マフィキゾロの新作が、ごっきげ~ん ♪
04年にメンバーの一人がソウェトの路上で射殺されるという痛ましい事件によって、
トリオからデュオとなってからのマフィキゾロでは、これ、最高作じゃないですか。

前13年作“REUNITED” も、かつての華を取り戻した感はあったものの、
表紙のポップさとは裏腹の、ダークなムードや諦観のようなものがまだ残っていて、
このチームのオプティミズムな良さが、発揮しきれていませんでした。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2013-08-06

でも、今作は、吹っ切れましたね。
9作目を数える結成20周年記念作となった今作は、
マフィキゾロの親しみやすいポップ感覚が全面展開して、キラッキラ輝いています。

オープニングの“Love Potion” から、「これぞ南ア」といったメロディが満載。
鈴が鳴るようなギターも、いかにも南ア流で、頬が緩みます。
やっぱり彼らには、クールに構えるより、こういうポップさが似合うな。
あと、ビートメイクが多彩になったところもいいですね。
“Umama” のハネるリズムなんて、もうサイコーです。
前作はハウス寄りの単調なビートメイクが、退屈なところもありましたからね。

全16曲には、さまざまなアーティストがフィーチャリングされています。
ブラック・コーヒーとも共演したことのある女性歌手モニーク・ビンガムの起用は、
意外じゃありませんでしたが、シリーナ・ジョンソンにはびっくり。
これ、シル・ジョンソンの娘のシリーナ? ひょっとして同名異人か。
コーラス・パートをコサ語で歌っているんだけども。
本当にあのシリーナだとしたら、どういう縁なのか知りたいところ。
ほかには、ナイジェリアからイェミ・アラデ、ウィズキッド(ここにもか!)、
タンザニアからボンゴ・フレーヴァーの新人、ハーモナイズもかけつけています。

厳しい南アの現実の中で、20年間サヴァイヴしてきた彼らだからこそ、
持ち味のオプティミズムで、これからも希望を与え続けてもらいたいものです。

最後に、蛇足のこぼれ話を。
今回たまたま偶然に、ドイツ経由で南ア盤を入手できましたけれど、
昨年、南アからの直輸入ルートがなくなり困り果てています。
20年近く懇意にしていた南アのオンライン・ショップが
閉鎖あるいは国外配送を中止してしまい、途方に暮れているのでした。
板谷さ~ん、ぜひ南アからの入手ルートの開拓、期待してま~す。

Mafikizolo "20" Universal CDRBL918 (2017)
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71歳タクシー・ドライヴァーの再起 ハイル・メルギア

Hailu Mergia  LALA BELU.jpg

なんと、ハイル・メルギアの新録の登場です!

かつてハイル・メルギアが在籍していたワリアス・バンドで、
ともに鍵盤担当だったギルマ・ベイェネの復帰作が出たのが、ちょうど1年前。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2017-03-12
今度はハイル・メルギアが前線復帰するとは、なんだか感慨深いものがありますねえ。

81年、ワリアス・バンドがアメリカ・ツアーをするも失敗に終わり、
夢破れた二人は、他のメンバーがエチオピアへ帰国するのを横目に見ながら、
そのままアメリカに移り住んだのですね。

ハイル・メルギアは、ワリアス・バンド脱退後、
ズラ・バンドを結成して演奏活動を続けましたが、
エチオピアでの輝かしいキャリアとは比べものにならないドサ回り生活だったらしく、
当時録音した多重録音のカセット作品には、
いかにも場末に身をやつした音楽家といった感の、
うらぶれムードが独特の味わいを醸し出していましたよね。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2013-07-25

そのズラ・バンドも92年には解散してしまい、
その後ハイルは、ワシントンDCで空港のタクシー・ドライヴァーとして生計を立て、
音楽の現場第一線から身を引いていたのでした。
ところが20年後、事態は大きく動きます。

アフリカ音楽カセットのマニアというモノ好きな若者が、
ハイルの85年のカセット作を発見し、自身主宰のレーベル、
オウサム・テープス・フロム・アフリカから13年にリイシューすると、
ピッチフォークなど一部のメディアから人気が沸騰。
ハイルは、一躍注目のアーティストとして取り上げられるようになったのでした。
これを機に、ハイルは演奏活動を再開し、
翌年には、エチオピア音楽黄金時代に残した77年のレア盤傑作までも復刻され、
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2014-11-25
さらに注目を集めて、ついに今回の新録に至ったというわけですね。

編成は、ハイルが弾く鍵盤にベース、ドラムスのトリオというシンプルさ。
フリー・ジャズ系のポーランド人ベーシスト、マイク・マコウスキーと、
大友良英とペリルというバンドを組んでいた
オーストラリア人ドラマーのトニー・バックという人選は、成功です。

ハイルは、アコーデイオン、ピアノ、エレクトリック・ピアノ、オルガン、
メロデイカと多彩な鍵盤を弾き分け、中には次々と楽器を替えて演奏する曲もあります。
ベースがマシンコのように弓弾きを聞かせたり、ドラムスも多彩なリズムを叩き分けたり、
ハイルのエチオ・ジャズをよく理解したプレイをしていますよ。
6曲目のハイルのピアノ・ソロのあとに、シークレット・トラックが2曲あって、
ハイルが歌を披露するというお楽しみもあります。

ところで、今回のリリース・インフォメーションに、「15年ぶりの新作」とあり、
03年にラスト・レコーディングがあったことを示唆しているんですが、
未発表作があったんでしょうか。
85年のカセット作以後のハイルの作品を知らないので、これも気になるところです。

Hailu Mergia "LALA BELU" Awesome Tapes From Africa ATFA028 (2018)
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カビールのやるせない切なさ アムジーク

Amzik.jpg

なんて泣ける歌が詰まったアルバムでしょうか。
カビールの歌は、涙の味がします。

人生の苦渋を移し替えたような、苦味のあるメロディ、
勝ちめのない勝負とわかっていても、闘わなければならない者を励ます歌。
そんなふうに感じるのは、ぼくだけでしょうか。
グッとくる男泣きの曲の数々に、すっかりマイってしまいました。
どうしてこんなに胸を打つメロディばかりが並んでいるんでしょう。

強い男に憧れながらも、オノレの未熟さにため息がもれる、弱き男のアイロニー。
そんな弱き男の味方というか、弱い男の応援歌となってくれるのが、
カビールの歌だという気がしてならないんですよ。
無頼の雰囲気を漂わせるのも、真の強さを持ち合わせない弱さの裏返しで、
抗えない運命に立ち向かう者を奮い立たせる勇気を、その歌は与えてくれます。

双子の兄弟を含む若きカビール3人組のアムジークは、
ベルベルの自称「アマジーグ」と「ムジーク」を結び付けた名前でしょうか。
マンドーラ、バンジョー、ギター、ヴァイオリン、ピアノ、ベンディール、
ダルブッカなどの生音を中心とするサウンドに、シンセやストリングスを施し、
ユニゾンのコーラスを中心とした歌を聞かせてくれます。

幸福感のある明るい歌にさえ、やるせない切なさが宿る、
心優しき男のロマン溢れるアルバムです。

Amzik "ASUYU N TEMZI" Music Pro 194/16 (2016)
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ニジェールのパワー・ロック タル・ナシオナル

Tal National  TANTABARA.jpg

痛快! 胸をすくとは、まさにこのこと。
これぞまさしく、ロックの高揚感でしょう。
ニジェールのタル・ナシオナル、インターナショナル・リリース3作目です。

13年のインターナショナル・デビュー作“KAANI” から、
15年の“ZOY ZOY” を経て今作と、コンスタントにアルバム制作を重ねて、
快進撃を続けているのは、嬉しい限りです。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2013-10-07

前のめりにつんのめる、ハチロクのビートで押し出してくるエネルギーの爆発力が圧巻。
スピーカーから唾が飛んできそうなヴォーカル、せわしなく反復を繰り返すギター、
手数の多いドラミング、ビートの合間を埋めるかのように乱打されるトーキング・ドラム、
バンドが一丸となって疾走するグルーヴに、血が騒ぎますねえ。

ライヴ・バンドのパワーを減じさせず、
ディスクに落とし込んだエンジニアリングも見事です。
前作がちょっとクリーンになりすぎたかと思わないでもなかったんですが、
今作はサウンドはクリーンでも、ムキだしのパワーを立体的に捉えていて、
それがバンドの圧倒的なダイナミズムをしっかりと再現しているんですね。
ローファイを狙ったイジったミキシングなどをしていないところにも、好感が持てます。

ライヴ、観たいねえ。
この人力グルーヴに、汗まみれになって踊りたいっ!

Tal National "TANTABARA" Fat Cat FATCD149 (2018)
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ケーンの名盤登場 カウホン・パチャン

Khauhog Phachag  DIAOKHEEN SUDSANEEN.jpg

ヴィエンチャンの満月の夜。
どこからともなく聞こえてくるケーンの響きに吸い寄せられ、
音の主を探し歩いていくと、寺院の境内の脇でケーンを吹く男がいます。

身じろぎもせずに吹くかと思えば、
時にゆったりと身体を揺らしながら、
息継ぎもなしに、1曲5~6分に及ぶ長い曲を吹き続けます。
う~む、これがいわゆる循環奏法ですか。
一定の音量を保ったまま吹き続ける、その精度の高さに、
この楽器の達人だということは、シロウトの耳でもすぐにわかりますよ。

演奏にじっと耳を傾けていると、
和音の中で、メロディとドローンが同時並行で鳴っていることに気付きます。
細かい8分音符のパッセージでメロディが奏でられる裏で、ずっと持続するドローン音。
ふっとドローンが消えると、メロディが浮き立って聞こえたり、
メロディが止まって、コードがリズミックで鳴らされたりと、
曲の中でさまざまに変化するので、一瞬たりとも聴き逃せませんね。

リズムがスイッチする場面では、ピッチカートとレガートを巧みに使い分けています。
モーラムのような語りものの伴奏となるようなパートがある一方、
反復フレーズをひたすら繰り返しながら、
グルーヴを強調するダンス・パートがあったりと、変化のつけ方が鮮やか。
たった1台のケーンで、これほど豊かな演奏ができるんですねえ。
ケーンと同じフリー・リードの和楽器の笙では、11種類の和音(合竹)が出せますけれど、
笙の祖先のケーンは何種類の和音が出せるんだろう。

聴く前は、ケーンの完全ソロ演奏なんて、
単調で退屈するんじゃないかとも思ったんですが、とんでもありませんでした。
ラオスのケーン奏者(名前のカナ読みは不確かです)のソロ・アルバムですが、
これぞヴィルトゥオーゾというべき名人芸に引き込まれる傑作です。

Khauhog Phachag "DIAOKHEEN SUDSANEEN" TS no number
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オリエンタリズム紙一重のフェイク・アラビック・ジャズ ヤズ・アハメド

Yazz Ahmed  LA SABOTEUSE.jpg

不思議なムードを持ったアルバムですね。

バーレーン生まれ、イギリスで音楽教育を受けて、
ロンドンで活動中という、女性トランペッターのセカンド作。
アラビックなクォーター・トーンを奏で、妖艶なエキゾティズムをふりまく、
経歴そのまんまのアラビック・ジャズを聞かせます。
バス・クラリネットやヴィブラフォンの起用が効果を上げていますね。

ジャズというには、ときおりムード・ミュージックみたいに聞こえてしまうのは、
アラブを強調した音づくりが、オリエンタリズム臭を漂わせているから。
アラビア語の朗読を交えたり、スピリチュアルなアラブ・ムードを醸し出す演出が、
どうもウサン臭く感じるのは、ぼくだけ?

たとえば、アラブのパーカッション、ダルブッカやレクのプレイにも、
それが表われていますね。ビートが利いてなくて、
効果音的なプレイに終始しているところなんて、
このパーカッショニスト、アラブ人じゃないのは、バレバレ。

アラブ人の出自が自然ににじみ出るとか、
ルーツを掘り下げるとかいった音楽では毛頭なくて、
まるで作り物ぽい、西側リスナーのウケを狙った演出が感じられます。

まあ、こういうスカしたスタイリッシュなジャズが好きな人には気にならない、
というより、フェイクとは気付かずにカッコいいと思っているんだろうけれど。
その演出がわかる者には抵抗もおぼえる、ビミョーなアルバムであります。
魅力的なんだけれども、ね。

一番の聴きどころは、スピード感のある“Bloom” かな。
このトラックだけ、やたらとカッコよく、抜きんでた仕上がりと思ったら、
なんと、レディオヘッドのカヴァーだそう。
レディオヘッドのオリジナル・ヴァージョンの方にも、ヤズが参加しているのだとか。
アラブ・ムードな曲より、こういうロックの方が、ぼくは好感がもてます。

厚手の紙で作られた見開きのカード・スリーヴ式ジャケットは、
艶消しのコーティングを施した贅沢な作りで、アートワークもステキ。
28ページもあるブックレットといい、フィジカル愛が炸裂しています。

Yazz Ahmed "LA SABOTEUSE" Naim NAIMCD340 (2017)
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トローバの味わいを伝える伝統ソン デュオ・メロディアス・クバーナス、エリアデス・オチョアとクアルテート・パトリア

Dúo Melodías Cubanas, Eliades Ochoa Y El Cuarteto Patria.jpg

去年買い逃したまま、すっかり忘れていた1枚。
偶然店頭で見つけ、おお、そうだったと、あわてて手に取りました。
それがメロディアス・クバーナスを名乗るヴェテラン女性二人に、
ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブで名を上げたエリアデス・オチョアとの共演盤。

二人の女性の歌い口が、たまらなくいいんですよ。
ハモっているようないないような、微妙なハーモニー。
古いトローバのスタイル、ここにありですね。

伴奏を務めるクアルテート・パトリアともども、現代的なソンの感覚を加味しながら、
サンティアゴ・デ・クーバらしい伝統ソンの味わいをしっかりと受け継いでいて、
ヴィンテージならではの芳醇なコクを醸し出します。

ギタリスト、エリアデス・オチョアの歌も良くなったよなあ。
ブエナ・ビスタのメンバーのなかでは、ちょっと歌に大味なところがある人で、
正直ぼくはあまり好みではなかったんですけど、
余計な力が抜けて、軽快になりましたね。

本人たちは、ごく自然に、歌い演奏しているだけのことなんでしょうけど、
若い者にはとても真似のできない、まさに年季を経ないと出せない味わい。
このさりげなさがタマらんのですわ。

レパートリーも、いにしえのトロバドールのエウセビオ・デルフィン、
ミゲル・コンパニオーニ、マヌエル・コロナの曲に、
初期ソンの重要作曲家であるミゲル・マタモロスやイグナシオ・ピニェイロの名曲に加え、
プエルト・リコのラファエル・エルナンデスと選りすぐりで、じっくりと味わえます。

この世代がいなくなったら、もうこんな節回しで歌える歌手は、
キューバからいなくなってしまうんだろうなあ。
そう思うと、いっそうかけがえのないアルバムに思えてくる、珠玉の逸品です。

Dúo Melodías Cubanas, Eliades Ochoa Y El Cuarteto Patria "LOS AÑOS NO DETERMINAN" Egrem CD1405 (2016)
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幻のミャンマー女性歌手 キンニュンイー

Khin Nyunt Yee  PAN PUN HLAYT PAR.jpg

ミャンマーでのレコーディングを終えて帰国した井口寛さんから、
またまたお土産をいただいてしまいました。
いつもありがとうございます。大感謝であります。
ヴェテランの風格を思わす女性のカヴァー写真に、
誰だろう?と思ったら、なんと、キンニュンイー!!!!!

思わず、エクスクラメーション・マークをいっぱい付けてしまったのは、
ずいぶん昔にその名前を知れど、じっさいの歌声はずっと聞けないままだった、
ぼくにとって、「幻」クラスの女性歌手だったからです。

いやぁ、長かったなあ。苦節25年ぐらいになるんじゃないか。
マーマーエー、チョー・ピョウン、ティンティンミャと並ぶヴェテラン歌手と聞くも、
CDはおろか、カセットもほとんど見当たらない歌手だったんですよ。

どうやらその理由は、建国の父アウンサンを称える歌などが、
軍政の弾圧によって放送禁止となり、マーマーエー同様、
キンニュンイーも活動を制限されてしまったようなんですね。
88年民主化運動以降、30年近く放送禁止となっていたキンニュンイーの歌が、
13年になってようやく、ヤンゴンのFM局で
エアプレイされるようになったという報道を目にしたぐらいですから。

ここ最近マーマーエーの録音がぞくぞくCD化されているように、
往年のヴェテラン歌手の音源復刻が活発化しているようで、
キンニュンイーもこうした流れで、リイシューが実現したようです。
これ、キンニュンイー初のCDなんじゃないでしょうか。
冒頭にちらっとシンセサイザーが出てくるあたりを見ると、
80年代録音と思われ、音質がプアなのは、カセット起こしだからかもしれません。

情のある歌い口で、優しい心根を想わす歌声に味わいがありますね。
ヴァイオリン・セクションが加わったり、
フネーの代わりにサックスを使った曲があるのも、妙味です。
ちんどんのサックスみたいな、風の如く自然に吹く風情がいいなあ。

四半世紀かかって、ようやく聴けた幻のミャンマー女性歌手、感涙です。

Khin Nyunt Yee "PAN PUN HLAYT PAR" Rai no number
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ゴリゴリのドゴニール伝統派三姉妹 ザ・フリーエル・シスターズ

The Friel Sisters  BEFORE THE SUN  FRL002.jpg   The Friel Sisters   FRL001.jpg

厳しい冬の寒さに音をあげ、春の訪れが恋しくなると聴きたくなるアイルランド音楽。
今年は、ドニゴールにルーツを持つ家系に生まれた、
グラスゴー出身の3人姉妹ザ・フリーエル・シスターズの新作が届きました。

アルタンのマレード・ニ・ウィニーが献辞を寄せていた4年前のデビュー作では、
ドニゴール訛りのフィドル・プレイに象徴されるとおり、
ゴリゴリの伝統音楽を聞かせてくれた彼女たちでしたけれど、
2作目もデビュー作同様、伝統に忠実な古風なスタイルを堅持しています。

3人のインタヴューを読むと、母方の祖先に音楽家が大勢いたとのことで、
祖母の兄弟姉妹がフィドル弾きや歌い手だったようです。
さらに叔父さんは、スコットランドのロック・バンド、
シンプル・マインズのメンバーだったとか。

グラスゴーに暮らしているといっても、
これだけゴリゴリのアイリッシュを奏でるのだから、面白いですよねえ。
3人が歌う無伴奏歌も、とても優美なんだけど、
芯にゴツッとしたものがあって、若いのに風格さえ感じさせますよ。

フィドル、イーリアン・パイプス、フルートの3人姉妹をサポートするのは、
ギターとブズーキの二人のみで、デビュー作にいたバウロンは、今回は不在。
ギターの音色がクリアで、タッチも明快ですがすがしく、いいギターだなあ、誰だろうと
クレジットを見たら、なんとHajime Takahasi!
うわお、なんと日本代表の高橋創が起用されています。

高校生デビューして、天才アイリッシュ・ギタリストと騒がれた高橋さん、
とうとう今はアイルランドで活動しているんですね。すごいなあ。
こういう伝統まっしぐらなアルバムで出会えるなんて、すごく嬉しい。
がぜんこのアルバムが、輝いてみえます。

今作では、トゥリーナとマレード姉妹に加え、
トミー・ピープルズまでもが献辞を寄せているんだから、
どれだけ期待が寄せられているかがわかろうというものです。

The Friel Sisters "BEFORE THE SUN" Friel Music FRL002 (2017)
The Friel Sisters "THE FRIEL SISTERS" Friel Music FRL001 (2013)
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コロゴを世界に紹介するヨーロッパ人 ガイ・ワン

Guy One  #1.jpg

キング・アイソバの良きライヴァルで、
ボラ・ナフォのお師匠さんというガイ・ワンが、
ついにインターナショナル向けのフル・アルバムを出しました。

プロデュースを務めたのは、ロンドンのジャズ・ファンク・バンド、
ヘリオセントリックスのメンバー、マックス・ヴァイセンフェルト。
マックスが主宰するレーベル、ポリフォンからのリリースで、
共同プロデュースに、マックスが所属するもう一つのバンド、
ザ・ホワイトフィールド・ブラザーズのメンバーである
ベンジャミン・シュピッツミューラーが名を連ねています。

マックスは、10年に初めて旅したガーナでガイ・ワンのCDを入手して驚き、
ガイ・ワンを探しにガーナへ再び訪れ、親交を持つようになったといいます。
13年にはガイ・ワンをベルリンへ招いてレコーディングを行い、
ポリフォンの第2弾リリースとなるシングルを出して、
ガイ・ワンの名が知られるようになりました。

その後、マックスがガーナへ赴いたり、ガイ・ワンがベルリンへやってきたりしながら、
コンサート活動を続け、こうした長い協働の成果が、
今回のフル・アルバムにつながったんですね。
ホーン・セクションを加えた曲など、伝統的なコロゴとはだいぶ趣の異なる
分厚いサウンドに演出した曲でも、コロゴが弾き出す強靭なビートは揺るぎなく、
マックスがこの音楽をしっかりと理解したプロデュースをしていることがわかります。

キング・アイソバのグリッタービート盤もそうでしたけれど、
カウンターパートのヨーロッパ人が、どれだけその音楽を理解しているかどうかに、
コラボの成否はかかっているといって間違いありませんね。

アイソバを世界に紹介したのが、オランダの越境オルタナ・パンク・バンド、
ジ・エックスのフロント・マン、ジアであることに気付いたのは、
だいぶあとになってからのことでした。
“WICKED LEADRERS” を入手した時も、なぜオランダ盤と思ったものでしたけれど、
マッカム・レコーズは、ジアが09年に設立したインディ・レーベルだったんですね。

ヘリオセントリックスとジ・エックスといえば、
前者はムラトゥ・アスタトゥケ、後者はゲタチュウ・メクリヤとの共演で注目されたとおり、
エチオピア音楽との接近が目立ちましたけれども、
それぞれのメンバーがコロゴに熱を上げたというのは、
面白い偶然ですね。

Guy One "#1" Philophon PH33002CD (2018)
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想い出のトバ湖 ムルニ・サーバキティ

Murni Surbakti  NGULIHI SI TADING.jpg

スマトラ島北部トバ湖周辺に暮らすバタック人の音楽というと、
ぼくは大学3年生の時に地理学者で民俗音楽研究家の
江波戸昭先生のゼミ旅行で観た、
バタック人グループをどうしても思い出さずにはいれません。

当時江波戸先生は、学習院大学で地域経済学を教えていらして、
地域経済論ゼミの海外調査という名目で、
先生が関心のある民俗音楽を探訪するというゼミ旅行をしていたのでした。
ぼくはゼミ生ではなかったんですけれど、
スマトラ島北部トバ湖を目的地とする調査旅行で、
人数が足りないからと声をかけられ、参加したんですね。

その時の出来事は、江波戸先生が著された『民衆のいる音楽』(晶文社 1981)の
「シンシンソを求めて」に詳しく書かれています。
そのあとだいぶ経った92年に、先生がポータブル・レコーダーで録音した音源が、
JVCのワールド・シリーズから、
『シンシンソ/スマトラ島バタク族の歌声』として出されました。
そこにも収録された、ホテル・ダナウ・トバで観たシビゴという5人組の写真を、
いい機会なので載せておこうかな。40年近くも前に撮った写真なので、
ずいぶん退色してしまっていますけれども。

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さて、なんでまたそんな想い出話をしたかといえば、
バタックのサブ・グループであるカロの出身で、現在はポップスやジャズを歌っているという
女性歌手のユニークなアルバムを聴くことができたからです。
ムルニ・サーバキティがこのアルバムで歌っているのは、カロの伝統的な歌で、
バタック・カロの伝統演奏家とジャズ系のミュージシャンがコラボして、
ぐっとモダンにしたアレンジに衣替えしているんですね。

プロデュースは同じくカロにルーツを持つ、ポップ・シンガーのラモナ・プルバ。
こういう試みって、ほかにも東南アジアにありましたね。
ヴェトナムのヴェテラン・シンガーのタン・ニャンが、ヴェトナム北部の大衆歌劇チェオを
コンテンポラリー・ジャズのマナーでアレンジした“YẾM ĐÀO XUỐNG PHỐ”(13)も、
同趣向のハイブリッドな作品でした。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2014-03-18

バタックの民俗楽器として有名なクルチャピ
(琵琶を細く小さくした形の2弦楽器)は、
上の写真でも見ることができます。ジビゴは横笛のスリンを使っていましたが、
カロはスリンではなく、縦笛のスルナイ、木笛スルダン、
竹製リコーダーのバロバットを使うようで、
細長く小ぶりの太鼓グンダンに、ゴング、ペンガナックが使われています。
カロの伝統音楽で使われるこうした楽器の写真がCD見開き内にも載せられています。

ぼくが40年前に観たシビゴは、
スリンや木琴を使っていたので、カロではなかったんでしょう。
バタック人は、カロのほか、パクパク、トバ、シマングン、アンコラ、マンディリンという
全部で6つのサブ・グループに分かれ、抗争をしていた歴史を持っています。
共通して使うのは、クルチャピだけなのかも知れません。
ぼくもクルチャピを買ってきたんですけれど、
土産物屋の安物だったせいで、壊れてしまいました。

本作はシタールまで使っていて、
カロの伝統音楽をはみ出したところもあるのでしょうけれど、
野心的なアレンジで大胆なモダン化をした力作です。

Murni Surbakti "NGULIHI SI TADING" Demajors no number (2017)
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超絶カッコいいブラジリアン・ジャズ ディアンジェロ・シルヴァ

Deangelo Silva  DOWNRIVER.jpg

カッコいい! カッコよすぎる!! 憎たらしいくらいカッコええ~!!!

バカ丸出しであります。「カッコいい」以外、なんも出てこない。
ブラジルの新人ジャズ・ピアニストのデビュー自主制作盤、
テナー・サックス、トランペット、ギターにピアノ・トリオという編成です。

無理して言葉をひねり出せば、変拍子使いの作曲能力が、もうただごとじゃない。
次々と場面が変わっていく構成が、めちゃくちゃスリリングで、見事というほかない。
ここぞというところに、憎たらしいくらいキャッチーなキメが出てくるんだから、
もうマイっちゃいますよ。

そして、主役のピアノ・タッチの明快なこと、
高速ラインを粒立ち良く弾き切る、技術の高さ。
時にアブストラクトなラインを織り交ぜながら、
美しいソロを組み立てていくところも、いやはや、ケチのつけようがございません。

リズムを細かく割っていくドラムスなど、現代的ないまどきのジャズでありつつも、
インプロになると、従来の体育会系ジャズ的な
手に汗握るスリルも十分味わえるし、ポスト・ロック的な快感もある。
さらには、スタイリッシュで洗練されたオシャレ感もあるという、
全方位の、どういう好みのファンにもアピールするジャズであります。

ディアンジェロ・シルヴァは、ブラッド・メルドーのファンを自任しており、
シャイ・マエストロとも交流があるとのこと。
そうでしょう、そうでしょう。よ~く、わかります。
それにしても、これが自主制作だっていうんだから、タメ息が出ますね。
もったいないというか、なんというか。

ギターのフェリーピ・ヴィラス・ボアス、
ドラムスのアンドレ・リモーン・ケイロスのプレイも特筆もの。
この二人の名前は、よく覚えておきましょう。

Deangelo Silva "DOWNRIVER" no label no number (2017)
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1980年/大学4年生/六本木のディスコ グルーヴェリア

Grooveria  MOTO CONTÍNUO.jpg

サンダリア・ジ・プラッタにガブリエル・モウラと、
昨年暮れからサンバ・ソウルの当たり盤が続いてますけど、
今度は、なんとまあ久しぶり、グルーヴェリアの新作ですよ!
いやあ、続くときは続くもんだ。

05年のデビュー作以来のアルバムと思ったら、
09年にライヴ盤をCDとDVDの両方出していたんですね。それは聞き逃しちゃったな。
でも、まあいいや、ライヴ盤は。やっぱり、スタジオ作ですよ。

で、この新作、ディスコですよ、ディスコ!
80年前後のマイケル・ジャクソン、EW&F、ジョージ・ベンソン、
チャカ・カーンのヒット曲が思い浮かぶ、 
あの時代のディスコを再現するかのようなサウンド。
なんだか、大学生時分にタイム・スリップするような気分になりますねえ。
すみません、60歳前後限定の感慨で。

セウ・ジョルジ、パウラ・リマ、マックス・デ・カストロといった
サンバ・ソウル系アーティストのレコーディングに欠かせないドラマーとして、
スタイオで引っ張りだこのトゥート・フェラスが、サンパウロのクラブ、マタ・カフェで
毎火曜日にライヴをしていたユニットが、このグルーヴェリア。

ここ4年ほど活動休止していたらしく、カムバック後の本作は、
ジャケット内に31人の写真を載せているように、ゲストを含めゴージャスな布陣。
徹頭徹尾プロの仕事を痛感させる、ダンサブルなフル・バンド・アレンジで、
トゥート・フェラスのオリジナルに、エドゥ・ロボ、バーデン・パウエル、シコ・ブアルキの
MPB名曲を料理しています。
ゲストで華を添えるのは、フェルナンド・アブレウ、マルチナーリア、ロジェー。
大学4年生だった1980年に六本木のディスコで踊っていたおぢさん、感涙です。

Grooveria "MOTO CONTÍNUO" Tratore 7899989909052 (2017)
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キュートなヨルバ・ポップ シミ

Simi SIMISOLA.jpg

いやぁ、か~わいぃ~♡

めちゃくちゃチャーミングな歌声を聞かせてくれるのは、
ナイジャ・ポップの女性シンガー・ソングライター、シミ。
声だけ聴いていると、ティーンかしらと思ってしまうんですけれど、
88年レゴス生まれ、もう29歳なんですね。
個性的なコケットリーな歌声は、ローズ・マーフィを少し思い浮かべたりも。

08年にデビュー作を出し、昨17年にようやく、
本セカンド作のリリースにこぎつけたとのこと。
12年から17年の間に14曲のシングルをリリースしていますが、
おいそれとアルバムは出せないんですね。
ナイジャ・ポップの競争の激しさが垣間見えます。

オープニングは、ピアノのイントロに始まるミュージカル調バラードという
王道のポップスぶりに、いささか面喰っていたら、
続く2曲目の ♪ジョロミ ジョロ♪ というリフレインに、ん?と耳が反応しました。

ナイジェリア音楽のオールド・ファンなら、ピンときますよね。
そう、ヴィクター・ウワイフォ往年のハイライフ・クラシック
“Joromi” のリフレインを巧みに引用しているんですよ。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2009-12-03

そして3曲目はなんと、エベネザー・オベイの87年の曲“Aimasiko” をカヴァー。
オリジナルよりも少しテンポを落とし、レイドバックしたムードで、
ゆるやかにスウィングするジュジュのグルーヴのキモチよさといったら。
インタールードでは、ちゃんとトーキング・ドラム2台の合奏も出てきますよ。
新たなメロディをアダプトして、オベイのジュジュをポップに塗り替えた、
秀逸なトラックです。

4曲目にもトーキング・ドラムがフィーチャーされるほか、
9曲目の“O Wa N'bę” もジュジュとアフロビーツ
(ナイジャ・ポップの新スタイル)のミックスとなっていて、
さりげないヨルバ・テイストのトラックが、
長くヨルバ音楽に親しんできたファンの頬をゆるませます。

このほか、メロウなアフロビーツの“Original Baby”、
柔らかな響きのハウスの“One Kain”、
クールなダンスホールの“Hip Hop Hurray”、
アデクンレ・ゴールドがゲスト参加した“Take Me Back” は、
アクースティック・ギターをメインに据えたフォーキーなトラックと、捨て曲ゼロ。

アルバム全体のサウンド・テクスチャーがふんわりと柔らかで、
トンがった部分がまるでないところが、もろ好みであります。

Simi "SIMISOLA" X3M Music no number (2017)
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輝くグリオ声 アイダ・サンブ

Aida Samb  WOYALMA.jpg

セネガル期待の新人アイダ・サンブの新作が届きましたよ。
デビュー作から5年ぶりとなる、セカンド・アルバムです。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2015-11-22

グリオの出自をくっきりと示す、鋼のように強い声には少し苦味もあって、
この声だけで、ご飯3杯いけますみたいな、味のあるいい声ですねえ。
往年のヴェテラン歌手キネ・ラムを継ぐ声の持ち主は、間違いなくこの人だなあ。

1曲目から、タマとサバールのパーカッションが豪快に弾けまくるンバラが炸裂。
ゲストのパペ・チョペットが後半で攻撃的なタスをぶちかましてくれます。
2曲目はがらりと変わって、ポップなナンバー。
ンバラではなく、少しテンポを落としたミディアムのラヴ・ソング。
デビュー作にはなかった新機軸ですね。
こういう曲でも、サンブの声はフックできらっと光りますねえ。
ハラムを前面に据えた伝統的なナンバーでは、
これぞグリオといったコブシの利いた節回しで聞かせてくれます。

驚いたのは、ラスト・トラックにフィーチャリングされたナイジェリアのウィズキッド。
こいつ、欧米進出だけじゃなく、セネガルまでマーケットを広げようとしてんのか。
すっかりスーパースター気取りで、う~ん、ヤなやつだな。
ちなみに、ぼくはウィズキッドをまったく評価しておりません。
プロデューサーの勇み足だな、この起用は。

ウィズキッドの起用は無内容の蛇足でしたけれど、
デビュー作の肩に力が入りすぎていたところも今回はなくなり、
順調に成長をうかがわせる快作となりました。

Aida Samb "WOYALMA" Prince Arts no number (2017)
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インターネット世代の作法 セフィ・ジスリング

Sefi Zisling  BEYOND THE THINGS I KNOW.jpg

やっぱり書いておこうかな。
なんだかんだで、もうふた月近く、ずっと聴いてるんだから。
去年いくつか買ってみたイスラエル音楽の新潮流が面白かったことは、
すでに書いたので、これはもういいかと思ったんですけれども。

イスラエルで引く手あまただというトランペッター、セフィ・ジスリングのソロ・アルバム。
ロウ・テープスのプロデューサー、リジョイサーとともに作り上げた作品です。
リジョイサーが奏でるウーリッツァーの甘美な音色は、
バターリング・トリオで経験済ですけれど、
独特のコード感が生み出す浮遊するサウンドと、たゆたうグルーヴが、
とにかく心地よいったら、ないんですよ。

演奏の基本は、セフィとリジョイサーの二人で作り上げていて、
曲によって、ヴォーカル、ベース、ドラムス、ギター、コンガ、
サックスとトロンボーンが加わるというプロダクション。
そのサウンドはアーバンなムードに溢れていて、オシャレでもあるんですけれど、
その低体温ぶりには、フュージョン的なニュアンスがまったくなく、
エレクトロニックなオルタナティヴ・ジャズという装いになっているんですね。

プログラミングが、どうしてこんなにオーガニックに響くんだろうなあ。
生演奏とプログラミングを、こんなふうに絶妙に溶け合わせることのできる才能って、
まさに新世代ならではと思えますね。
それともうひとつ、多様な音楽の消化のしかたも。

パンデイロがサンバのリズムを叩いていても、ドラムスやベースは、
サンバとまったく違うアクセントでビートを鳴らす2曲目や3曲目、
リジョイサーがプログラミングした親指ピアノのフレーズのループの上を、
セフィのトランペットがゆうゆうと泳ぐように吹く7曲目に、いたく感心しました。

音楽家が吸収してきた多様な音楽要素が、ごく自然ににじみ出ているんですね。
サンバやアフリカ音楽をやるつもりはさらさらなく、
自分の音楽に参照しているだけなので、
フェイク、インチキ、ツマミ食いといった悪印象を受けないんですね。
こんなところに、世界の情報にアクセスできて、
さまざまな音楽を容易に習得できるようになった、インターネット世代を実感します。

Sefi Zisling "BEYOND THE THINGS I KNOW" Time Grove Selections no number (2017)
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イスラエル人ロッカーと古典アラブ歌謡 ドゥドゥ・タッサ&ザ・クウェイティス

Dudu Tassa & The Kuwaits 2011.jpg   Dudu Tassa & The Kuwaits  ALA SHAWATI.jpg

写真家/音楽評論家の石田昌隆さんが、
「ミュージック・マガジン」1月号に書かれたイスラエル訪問記は、
ひさしぶりに音楽好奇心を思いっ切りくすぐられる、刺激的な読み物でした。

最近何かと話題になるイスラエルですけれど、
石田さんが取材されたドゥドゥ・タッサという音楽家にガゼン興味がわいて、
記事に紹介されていたCD2枚を、イスラエルにさっそくオーダー。
年末をはさんだせいか、ひと月近くかかりましたが、無事到着しました。

ロック・シンガーというドゥドゥ・タッサが、
普段どんなロックを歌っているのかはまったく知りませんが、
今回手に入れた2枚のアルバムは、30~40年代にイラクで人気を博した
サレーハ&ダウード・アル・クウェイティ兄弟の曲を現代化してカヴァーしたものです。
サレーハはドゥドゥの大叔父で、ダウードは祖父なんだそうです。

ドゥドゥ・タッサはイラク系のイスラエル人で、
アラブ世界をルーツとするオリエント系ユダヤ人、すなわちミズラヒムなのですね。
多数派アシュケナジーのイスラエルで、
ミズラヒムを標榜するような音楽をやるのが困難だった時代は、
ようやく終わろうとしているのを実感します。
クォーター・トゥ・アフリカの登場といい、なんだか感慨深いものがあります。

その昔、人気女性歌手のゼハヴァ・ベンが
ウム・クルスームのカヴァー・アルバムを出して、
コンサートを開いた時も、大騒ぎになったもんなあ。
日本の新聞にも記事が載ったほどですからね
それぐらい、イスラエルでアラブ音楽をやることは、はばかれたということです。

Zehava Ben  LOOKING FORWARD.jpg   Zehava Ben  SINGS OUM-KALSOUM.jpg

じっさいゼハヴァは、いくつかのアラブ諸国からボイコットも受けていましたしね。
ゼハヴァ・ベンは、モロッカン・ジューイッシュの家系のミズラヒムで、
デビュー作の表紙にも、“Hebrew Arabic Maroccan” とくっきり書くほど、
ミズラヒムのシンガーであることを内外に示して登場した、肝の据わった人でした。
ウム・クルスームに敬意を表して歌うことは、彼女だからこそでしたね。

石田さんの記事によると、ドゥドゥ・タッサはアラビア語を話せないものの、
アラビア語で歌っていて、その無頼な歌いっぷりは、
シャアビやライのシンガーを思わす味わいがあって、ゾクゾクしちゃいました。
11年作の7曲目や15年作の4曲目なんて、まるでハレドみたいじゃないですか。
いやあ、いい歌い手ですねえ。
アラブふうのこぶし回しも、なかなかのもので、
ほんとにイスラエル人?とか思っちゃいました。

パレスチナ人3人を含むバンドのザ・クウェイティスは、
いにしえのアラブ歌謡に、ロック・バンド・サウンドをアダプトして聞かせたり、
ウード、ヴァイオリン、カーヌーンといったアラブの弦の響きをいかした
さまざまなアレンジで、古きアラブ歌謡の味わいを濃密に抽出します。
これほどアラブ音楽の核心を捉えて、現代化に成功した作品もないんじゃないかな。
ラシッド・タハの『ディワン』を軽く超えちゃいましたね。

変則チューニングのギター伴奏で歌う曲では、
スラックキー・ギターのようなサウンドに耳を奪われたり、
アラブ古典の弦セレクションとコーラスを配した
アラビック・レゲエが、途中でバルカンに越境するような曲があったりと、
多彩なサウンド・カラーリングにも才能を感じさせます。
アレンジがどれも小手先の器用さではなく、
濃厚なアラブの味わいがドロリと滴り落ちてくるところがスゴイ。

すごい人、見つけてきたなあ、石田さん。さすがです。

【追記】2018.2.2
深沢美樹さんからサレーハ&ダウード兄弟のCDの存在について指摘いただきました。
すっかり忘れていましたねえ。ミュージック・マガジンの2008年10月号で、
単独復刻のARC Music盤を深沢さんがご紹介されていたのでした。
ほかにも、ダウードの録音が、Renair盤とHonnest Jon's盤にも収録されています。
深沢さん、ありがとうございました。

Daoud & Saleh Al-Kuwaity.jpgShbahoth.jpgGive Me Love.jpg

Dudu Tassa & The Kuwaits "DUDU TASSA & THE KUWAITS" Sisu Home Ent./Hed-Arzi 64989 (2011)
Dudu Tassa & The Kuwaits "ALA SHAWATI" Sisu Home Ent./Hed-Arzi 08650562H (2015)
Zehava Ben "LOOKING FORWARD" ABCD Music CD010 (1994)
Zehava Ben "SINGS OUM-KALSOUM" Helicon 88105 (1995)
Daoud & Saleh Al-Kuwaity "MASTERS OF IRAQI MUSIC" ARC Music EUCD2154
Hagguli Shmuel Darzi, Selim Daoud, Yishaq Maroudy, Shlomo Mouallim, Israelite Choir
"SHBAHOTH : IRAQÍ-JEWÍSH SONG FROM THE 1920'S" Renair REN0126
Sayed Abbood, Salim Daoud, Said El Kurdi, Hdhairy Abou Aziz, Sultana Youssef, Mulla Abdussaheb and others
"GIVE ME LOVE : SONGS OF THE BROKENHEARTED - BAGHDAD, 1925-1929" Honest Jon's HJRCD35
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ヴェトナム演歌の歌謡ショー フーン・トゥイ

Hương Thủy  DÒNG ĐỜI.jpg

ひさしぶりに聴く、越境ヴェトナム人歌手の新作です。
というと、お、ニュ・クイン!なんて思われる方もいるでしょうが、
残念ながらそうじゃないんだな。
フーン・トゥイ、4年ぶりのアルバムです。
みんなが待ち焦がれるニュ・クインの新作の方は、
ちっとも出る気配がありません。
ステージ・シンガーに収まってしまったみたいで、残念すぎます。

フーン・トゥイの方も、13年の前作から久しぶりのリリースで、
これが6作目となります。この人を知ったのは、だいぶあとになってからで、
作品をさかのぼって聴きましたが、2作目にあたる06年作がダントツでしたね。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2012-12-21

フーン・トゥイは現在43歳と、いままさに旬といえる、
脂の乗り切った歌声を聞かせてくれます。
明快なディクションに、メリハリの利いた歌い回し、
キレ味抜群の歌いっぷりは、天下一品です。

カイルオンの味わいを伝える、南部らしい雰囲気を持った歌謡歌手ですが、
本作ではカイルオンのレパートリーはないものの、
本格的なヴォンコやタンコを歌ってきたキャリアに裏打ちされた節回し、
とりわけ、こぶし使いの技巧には、思わずため息がこぼれます。

ダン・バウ(1弦琴)やダン・チャン(箏)、ダン・ニー(胡弓)などの
伝統楽器も効果的に配したプロダクションは、
まさに大衆歌謡路線ど真ん中でしょう。
4曲目でフィーチャーされる濁った音色のギター・フィムロンなんて、
おおっと、身を乗り出しちゃいましたからね。

ここのところヴェトナム本国の歌手による、
上品な戦前抒情歌謡のボレーロばかり聴いていたせいか、
ぐっとくだけた大衆味あふれる演歌調レパートリーが、新鮮に聞こえます。

Hương Thủy "DÒNG ĐỜI" Thúy Nga no number (2017)
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没後4年目に完成した傑作 ミカヤ・ベハイル

Mikaya Behailu  2017.jpg   Mikaya Behailu  2007.jpg

ネッサネット・メレセの新作、聴けば聴くほどイイですね。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2018-01-06
年末年始、絶賛ヘヴィロテ中、まだまだ続きそうです。
年末に2017年のベスト10を選び終えてから聴いたもので、
もう1枚も替えたくなかったから、ブログの記事を年始に後送りして、
2018年のベストに入れようという、セコいまねもしたりして。
グリグリこぶしを回す、ネッサネットのエチオ演歌ぶりも痛快ですけれど、
なんといっても嬉しいのは、生演奏という点。
やっぱ人力演奏は、打ち込み代用では出せないグルーヴがありますよ。

そんな快感を味わえるアルバムがまたひとつ、届きました。
ミカヤ・ベハイルという女性歌手の新作。
見覚えのある顔だなと思って、棚をごそごそ探したら、
ありましたね、07年のデビュー作が。
正直デビュー作はあまり印象に残っていなかったんですけれど、
本作での生音グルーヴにのる、ハイ・トーンとファルセットには、
グッときてしまいました。

あれえ、こんないい歌手だったっけ。
あらためてデビュー作を聴き直してみると、チープな打ち込みとショボいミックスのせいで、
ミカヤの個性的な歌声が生かされず、残念な仕上がりとなっていました。
この人の最大の魅力は、独特のハイ・トーンのシャウト。
パワフルにシャウトしているのに、ふんわりとした軽い声のせいで、
押しつけがましさがなく、シャウトしていることじたいを意識させません。
ファルセットも柔らかでふくよかなところが、とても魅力的です。

充実したプロダクションは、一聴して、ネッサネットの新作同様の生演奏と
思い込んだんですが、よくよく聞けば、打ち込みもありますね。
とはいえ、生のドラミングを模したデリケイトな使い方なので、チープ感はありません。
デビュー作は、コンテンポラリー・ポップな曲ばかりでしたけれど、
本作には、情感溢れるスローのエチオ歌謡ティジータあり、
マシンコやケベロをフィーチャーしたアムハラ民謡調もあり、
その一方、オルガン、ピアノ、サックスをフィーチャーしたジャジーなトラックに、
ポップなダンス・トラックやレゲエとカラフルなレパートリーを楽しめます。

本作はデビュー作以来のアルバムとなりますが、
なんとミカヤは、慢性の自己免疫疾患によって、
13年のクリスマス・イヴに亡くなるという、突然の悲劇に見舞われていたのでした。
まだ30代半ば、娘さんが一人いるとのことで、なんとも痛ましく言葉を失います。
ミカヤの死後、未完成のままとなっている録音の存在がテレビ番組で明かされると、
ファンから多くの反響が巻き起こり、あらためて多くのプロデューサーから録音が集められ、
最終的にシカゴでミックスして、本作が完成したといいます。

バラエティ豊かなレパートリーやプロダクションに違いがあるのは、このためのようで、
ミックスのクオリティも、デビュー作とは段違いの仕上がりとなりました。
若くして亡くなった才能あるシンガーにふさわしい、丁寧な制作の傑作です。

Mikaya Behailu "GIZE BINEGUDIM" Vocal no number (2017)
Mikaya Behailu "SHEMAMETEW" Nahom NR2257 (2007)
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ミャンマー・エレクトロ・ヒップホップ ターソー

Thxa Soe.jpg

昨年暮れのメーテッタースウェの新作の記事の最後に、
「カッティング・エッジなんて価値観とは、正反対のポップスがここには存在する」
と書きましたけれど、それじゃあ、ミャンマーのカッティング・エッジといえば、
それは間違いなく、ターソーでしょうね。

80年ヤンゴン生まれという、ヒップホップ世代ど真ん中のターソー。
軍事政権下のミャンマーで、アンダーグラウンドなヒップホップ・ユニットを結成して
活動していたという経歴も、世界津々浦々に存在する
ヒップホップかぶれにありがちな話で、それ自体はどうってことありません。

面白いのは、それからあとの話で、ゼロ年代初めにロンドンへ留学し、
そこでドラムンベースなどのアンダーグラウンド・シーンを体験し、
同時に大英図書館でミャンマーの伝統音楽と出会って
衝撃を受けたというんですね。

まあ、ヒップホップにカブれる若者だから、
自国の伝統音楽に無知なのも当然なんだけど、
ロンドンまで留学しなけりゃ、自国の文化と出会えないっていう距離感、
なんとかならないのかねえ。
若者と伝統音楽の断絶ぶりは、どの国も深刻だよなあ。
日本の若者が雅楽や三味線音楽を知らないのだって、もう半世紀以上になるし。

で、大英図書館で聴いた伝統音楽が、
まるでエレクトロ・ハウスのように聞こえたっていうんだから、傑作です。
そして帰国後、ミャンマーの伝統音楽とエレクトロニック・ミュージックを融合した音楽を
ターソーは試みるようになるんですが、これがブットビの面白さで、
ぼくもYoutubeで初めて観て、なんじゃあ、こりゃあと、大声をあげてしまいました。

そこでは、伝統衣装をまとった男女複数のダンサーたちが、
伝統音楽のメロディをヒップホップのリズムにのせたトラックで踊り、
ステージの中央では、ターソーがラップをしながら、アジりまくっているんです。
その間、ステージ脇からは、観客に向けて何本ものホースで放水されて、
びしょ濡れになった観客たちが熱狂して踊りまくるという、
ダジャン(水かけ祭り)さながらのヤンゴン・レイヴが繰り広げられていたのでした。

別のヴィデオでは、大勢のきらびやかな伝統衣装のダンサーたちが舞い、
その中央で、黒のスーツという地味な姿のターソーがラップするというステージ。
バックでは生のサイン・ワイン楽団とDJがプレイしていて、
見事にショー化された演芸の世界。そんなスペクタクル・ショウに、
若い観客が熱狂しているんです。

この二つのヴィデオを観て、とんでもないことが起こっているという予感はしましたが、
その後手に入れたターソーのCDは、残念ながら、
ライヴのエネルギーの100分の1も感じられなくて、がっくり。
う~ん、あの熱狂と猥雑を、なんとかパッケージできないものかと願ってたんですが、
ついにやりましたね。今回入手した14年作は、
映像から受けた衝撃を追体験できる快作なのでした。

冒頭M1・2の2部構成のアルバム・タイトル・トラックは、
サイン・ワインとエレクトロをがっちり融合させたアッパーなナンバー。
江南スタイルも取り入れ、フロアの熱狂を誘うこと間違いなしでしょう。
アルバム全編で、サイン・ワイン、フネー(チャルメラ)、ゴング、大太鼓など
伝統楽器の響きばかりでなく、ミャンマーの伝統的なメロディも散りばめ、
四つ打ちのエレクトロ・ビートにのせた手腕が鮮やかです。

童謡みたいなメロディのM8“Thu” など、
ハードコアに傾かない親しみのあるポップ・センスがいいなあ。
バングラ・ビートあたりにも通じる芸能感覚が、ツボです。
このあとの15年作も聴いてみたいっ!

Thxa Soe "YAW THA MA PAUNG CHOTE" no label no number (2014)
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