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オールド・スクール・ヴォーカル+ヒップホップ・ソウル アリ・テナント

Ali Tennant.jpg

ふた月近く、折にふれ聴いてたけど、そろそろ棚にしまう頃合いかと、
デジパックのケースにCDを戻した、UKシンガー、アリ・テナントの新作。
そういえば、これもここでは取り上げていなかったっけ。

思えば最近、R&Bの新作を、ちっとも記事にしてませんね。
愛聴したアルバムはけっこうあるんだけど、
アフリカ、ブラジル、カリブ、アジアがとにかく大豊作なもんで、
とてもR&Bまで手が回りません。
去年の秋から暮まで聴き倒したアフター7も、結局書かなかったしなあ。

うん、でも、この人はちょっと書き残しておこう。
たまたま聴いたサンプルで、「おお、すごい歌えるな、この人」とびっくりしたんでした。
狂おしく歌い上げる粘っこい歌唱スタイルは、
イマドキのR&Bシンガーらしからぬ、ディープな感触がありますよね。
『ミュージック・マガジン』4月号の鈴木啓志さんの記事を読むまで、
このアリ・テナントが98年の名作“Crucial” のアリと同一人物だとは、まったく気づかず。

どうりで上手いわけだわ。
なんとあの傑作以来19年ぶりのアルバムだそうで、
ヴォーカル・トレーナーをやったり、曲を提供したりと、ずっと裏方に回っていたのだそう。
そんな裏方で磨いたスキルを発揮した、
大ネタ使いのヒップホップ色強いキャッチーなトラックが多くて、
オープニングから「おお、ルーサーだ」、続くステッパーは「R・ケリーじゃん」、
タイトル曲は「まるでジャヒームみたい」と、突っ込みどころ満載の
華やかなダンス・トラックが並びます。

曲調やサウンドこそ、いろいろな人を連想させるものの、
本人の歌いぶりはというと、その誰とも似ていなくて、
鈴木さんが「現在のR&Bの文脈に照らし合わせてみれば、
こうしたタイプのシンガーは全く残ってない」というのも、ナットクです。

感情を押し殺すことなどできない、激情型の歌いっぷりが胸をすく
オールド・スクールなヴォーカル・スタイルが、
ヒップホップ・ソウルに調和した得難いアルバムです。

Ali Tennant "GET LOVED" Seven Ibs Entertainment no number (2017)
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アメリカのバブル時代のトーチ・シンガー リー・モース

Lee Morse  ECHOES OF A SONGBIRD.jpg

リー・モースだなんて、いまどきその名前が話題にのぼることじたいめったにない、
狂騒のアメリカ20年代に人気を博したトーチ・シンガーですけれど、
最近立て続けにその名を目にすることがあって、
これは、なんか呼ばれているとしか思えませんね。

そんなわけで、久しぶりに棚からリー・モースの復刻CDを取り出して、
またその歌声を堪能したりしてたんですが、
最初のきっかけは、相互リンクさせていただいているオギテツさんのブログでした。
2月にアップされた記事に、リー・モースのユーモラスな歌詞が紹介されていて、
嬉しくなって、思わずコメントを付けてしまったんですよね。

そして2度目が、エル・スールの新入荷に載った、
アシェラト・レコーズから出たリー・モースの復刻LP。
このレーベル、最近ちょくちょく目にするようになりましたけれど、
リー・モースも出していたんですね。レコード番号が1盤ということは、
このレーベルの第1弾だったのか。知らなかったなあ。

アシェラト・レコーズは、パームワインのクマシ・トリオの28年録音、
ナイジェリアのドミンゴ・ジュスタスの28年録音、
カリプソのローリング・ライオンの30年代録音、
20~30年代ハワイ音楽のコンピレを、LPのみで復刻しているレーベル。

CDがすでに廃盤だからとはいえ、曲数も少なく、初復刻があるでなし、
わざわざLPのみで復刻するという意義が、どうにも図りかねるんですよね。
リー・モースのLPに収録された12曲も、
手元にあるジャスミン盤CD(全50曲収録)にすべて収録。
リー・モースは、昔からずいぶんLP化・CD化されてきた人なので、
今わざわざこれをLPで出す意味がわからん。

最近、こういうLPしか出さないコレクター・レーベルがずいぶん増えてますよねえ。
当方フツーのCD愛好者で、アナログを愛するような通人ではないため、
初復刻や未CD化音源をLPオンリーで復刻する、プラネット・イルンガや
サヘル・サウンズみたいなレーベルは、ほんとヤな感じがしてるんですけど、
既発音源ばかりのミシシッピやこのアシェラトは、安心して(?)スルーできます。

ところで、肝心のリー・モースについてなんですが、
大衆消費社会の時代が到来したアメリカの狂騒の時代の20年代前半に、
ミュージカル女優として人気を博した人であります。
ヘレン・モーガンやルース・エッティングと並ぶ、
アメリカ・バブルの時代に栄華を誇ったトーチ・シンガーのひとりです。
トーチ・シンガーというと、甘ったるいカマトト声で歌う歌手というイメージがあり、
じっさいその通りでもあるんですけれど、
リー・モースの声は低く、ブルージーな味わいもあって、ぼく好みなんでありました。

リーのユニークなのは、この時代でオリジナル曲を歌う
シンガー・ソングライターだったことです。
しかも彼女のバックを務めたのは、ベニー・グッドマン、レッド・ニコルス、
トミー&ジミー・ドーシー兄弟、エディ・ラングといった名手揃いで、
それがいまなお復刻され、聴き継がれている理由でもありますね。

ジャネット・クラインを聴いて、ビリー・ホリデイ登場前のジャズ・シンガーに
興味を覚えた人や、ジャズ・ソング歌手の川畑文子や周璇なんかも聴く人なら、
ど真ん中の人だと思いますけれど、そういう人なら、とっくに聴いてるか。
まあ、今となっては、好事家向けの、知る人ぞ知る存在になっちゃったのかな。
だから、今その名を聞けば、
「お! リー・モース。お好きなんですか? いいですよねぇ。」
などと、やにさがっちゃうわけです。

Lee Morse "ECHOES OF A SONGBIRD" Jasmine JASCD646
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アフリカン・ファンファーレ エヨンレ・ブラス・バンド

Eyo'nlé Brass Band  Empreinte Du Père.jpg

ベニンにはブラス・バンドの伝統が残っているんでしょうか。
ガンベ・ブラス・バンドに続く新しいブラス・バンドの存在を知りました。
5管を擁する8人編成のバンドで、メンバーの5人がアワンジヌという同じ姓なので、
ファミリー・バンドなのかもしれません。

「エヨンレ」というのは、「喜ぼう」という意味のヨルバ語だそうですけど、
吹奏楽で演奏される賛美歌に“Let Us Rejoice” という曲があるので、
そこから取った名前なんじゃないでしょうか。

冒頭からヴードゥーのベルが叩かれて、おおっと引き込まれます。
ガンベ・ブラス・バンドの新作でも、ヴードゥーの伝統リズムが生かされていましたけれど、
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2015-07-13
エヨンレ・ブラス・バンドもヴードゥーをバックグラウンドとしているようです。
ヨルバのトーキング・ドラムが使われているところも、個人的には嬉しいところ。

伝統的なコーラスなど、随所でアフリカのブラス・バンドらしいサウンドが楽しめ、
フェラ・クティの“Water No Get Enemy” をカヴァーしているのも、
アフリカン・ポップス・ファンには嬉しい選曲なんですが、
そんななかで、ブラッサンスやゲーンズブールの曲をカヴァーしているのが変わり種。

ラストでは、フランスのミクスチャー・バンド、
レ・オグル(ゾグル)・ド・バルバックの曲をカヴァーしていて、
本作もバルバックのレーベルからリリースされているとおり、両者の関係は深いようです。
じっさい、14年のバルバック結成20周年ツアーに同行したり、
フランスの音楽祭で人気を集めてるようで、
本作もかなりフランスのリスナーを意識したアルバムとなっているんですね。

“African Brass Music” では、
タイトルとは裏腹に、きれいなクイーンズ・イングリッシュで歌う
西洋風ブラス・バンドの演奏になっていて、
ヴードゥーから洗練されたブラス・サウンドまで、
かなり振り幅の大きい音楽性を持っていることがわかります。

すっかり感心して、ミュージック・マガジン編集部に、
本作を取り上げた輸入盤紹介の原稿を送ったところ、
本作の前にもう1枚アルバムがリリースされていることが判明。
原稿の最後を「ヨソ行きでない演奏も聴いてみたい」と結んだばかりなので、
こりゃ早速聴かねばと、オーダーしました。

Eyo'nlé Brass Band  Africa Night.jpg

届いた11年作は、まさしくヨソ行きでない、
本国ベニンで演奏している普段着姿の演奏ぶりが楽しめます。
腹にずんずんくる大太鼓のビートに、
厚みのあるブラス・サウンドがキモチいいったらありません。

冒頭からベル・パターンのカン高い響きが鳴り渡り、
ヴードゥーをルーツとするのだろうと思われる、
ベニンの多様な伝統リズムが生かされています。
ブラス抜きでベルほかの打楽器のみで、コーラスがコール・アンド・レスポンスしたり、
アフリカ色濃厚なサウンドで、シャンソンなどフランス人向けの選曲もなく、
ぼくはこの11年作の方が好みかな。

Eyo'nlé Brass Band "EMPREINTE DU PÈRE" Irfan Le Label EYO002 (2015)
Eyo'nle Brass Band "AFRICA NIGHT" Irfan Le Label EYO001 (2011)
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バラフォンが呼ぶマンデ・グルーヴ ソリ・ジャバテ

Sory Diabate  WALI.jpg

うひゃー、このスピード感、爽快ですねえ。
ギネア、コナクリ出身のバラフォン奏者ソリ・ジャバテのアルバム。
その名からグリオ出身であることはわかりますが、
現在はフランスのリヨンを拠点に、
自分のグループ、ワマリを率いて活動している人だそうです。

バラフォンのアルバムというと、
ここ最近では、カナゾエ・オルケストラにゾッコンになりましたけど、
ソリ・ジャバテの方は、いかにもマンデらしい歌声を聞かせてくれる女性コーラスを従え、
ひさしぶりにマンデ・ポップらしいマンデ・ポップを味わえます。
アレンジもカナゾエほどキメキメではなく、もっと大らかなグルーヴで、
スピード感とキレまくるリズム感が、なんとも爽やかです。

グリオ直系の素晴らしいノドを聞かせる女性歌手マリアム・カンテも聴きものなら、
「プチ・アダマ」ことアダマ・ジャラのエレクトリック・ギターのソロは、
フレーズも音色もこれぞマンデ・ギターといった鳴りで、ジンときちゃいました。

クレジットされたバンド・メンバーの名前から察するに、
サックス、トロンボーン、鍵盤がヨーロッパ人のようですね。
ソリ・ジャバテは82年生まれで、
ギネアのポピュラー音楽史に残る名サックス奏者
モモ・ワンデル・スマーのバンドで00~03年演奏していたといいます。

ひさしぶりに聴くマンデ・ポップの快作、バラフォン好きの人も必聴です。

Sory Diabate "WALI" Studio Nomade Productions SNP2014-SD01/1 (2014)
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ソンの美意識を宿す声 セプテート・ソン・エンテーロ

Septeto Son Entero  COCO PA' SU AGGO.jpg

ぽかぽかとした春の陽気に、ソンが聴きたくなって、
いくつかみつくろって買ったうちの1枚。
新作と思いきや、どれもこれも10年以上前の旧作で、
どんだけキューバのチェックを怠っていたのかと、反省しきり。

それにしても、ジャケットのなんたるやる気のなさ。
テキトーなデザイン、ここに極まれりで、ほんと、売る気があるんですかね。
ラテンはこの手のダメダメ・ジャケが昔から多くって、
ところが、なかには名作があったりするから侮れないんです。
ミゲリート・クニーのルンバ盤のボンゴ・ジャケットとか。

で、今回買った中でも、一番期待できなかったとゆーか、
こんなのに金払うのヤだなと思いつつ買ったアルバムなんですけど、
それが大当たりなんだから、ラテンはやっぱりわからん。

今回買ったソンのグループは、どれも初耳のグループばかりで、予備知識ゼロ。
あらためて、セプテート・ソン・エンテーロを調べてみたら、
キューバ中部カマグエイを拠点に活躍するグループとのこと。
このグループのフェイスブックがあったので、バイオを読んでみると、
93年結成で、本作は3作目とあります。

トレスにトランペット一丁を配した標準編成のセプテートで、
伝統スタイルのソンを聞かせる、まっことオーセンティックなグループなんですけど、
その演奏のみずみずしさ、フレッシュなリズム感に、心が浮き立ちます。
昔のままのソンの再生ではなく、
現代的なビート感やグルーヴをふまえて再解釈する志向は、
シエラ・マエストラが登場した時のことを思い起こさせますね。
こうしてソンの伝統は、ちゃんと継承されていくんだなあ。

なによりこのグループでマイってしまったのが、歌手のダウリン・アルダナ・ブデット。
これぞキューバといった声の持ち主で、
胸板によく共鳴する、朗々たる響きがたまりません。
う~ん、こういう野趣溢れる歌声が、キューバから聞かれなくなってしまったから、
すっとペルーにうつつを抜かしてたんですが(?)、なんだ、ちゃんといるじゃないか。
伝統ソンの美意識は、こういう声に宿っているのですね。

Septeto Son Entero "COCO PA' SU AGGO" Bis Music GBCD044 (2006)
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発展途上のコロゴが向かう未来 キング・アイソバ、アゴンゴ

King Ayisoba  1000 Can Die.jpg

今年はアフリカでキマリですね。
次々リリースされるアフリカ音楽新作の充実ぶりに、もう眩暈がしてくるほど。
去年もイキオイがあったけれど、今年のアフリカの絶好調ぶりは、ハンパない。
ヴェテランから新人、伝統寄りからエレクトロとのコラボまで、
間口の広い音楽性のアルバムが居並ぶところは、頼もしい限りですよ。

その絶好調ぶりの中でも、近年活躍が目立つドイツのグリッタービートから、
ガーナのキング・アイソバが登場です。
「おぅ、待ってました!」とかけ声のひとつもかけたくなるじゃないですか。
“WICKED LEADRERS” で世間の瞠目を集めたアイソバのコロゴでしたけれど、
アナログのみでリリースされていた“MODERN GHANAIANS” で聞かれた
ヒップライフ風味のコロゴのように、まだまだこの音楽には、
発展途上というべき可能性が、たくさん秘められているのを感じさせましたからねえ。

そんな可能性を引き出すのに、グリッタービートはうってつけのレーベルで、
ゲストにリー・ペリーが加わるという情報も、期待を高めるものでした。
で、届いた新作なんですが、もっと大胆にモダン化したかと思いきや、
意外に慎重なプロダクションを施していて、控えめなエレクトロ・ビートが、
コロゴ本来のリズムを強化する効果的な導入の仕方をしていて、感心しきり。
伝統的なコロゴのフォーマットやリズムを損なわない
デリケイトな仕上げに好感を持ちました。

こうしたプロダクションと真逆の仕事をしてるのが、
ミニマル・テクノのマーク・エルネストゥスですね。
ここ最近マークが関わったアフリカものを聴いてみると、
テクノ/ハウスのDJあがりのプロデューサーに典型的な、
上物と下敷きの関係でサウンドを組み立てているのがわかります。

アフリカのクロス・リズムを理解しない西欧人が作るリズム・トラックは、
自分たちの文化が拠って立つ、硬直した均等なビートに終始します。
アフリカの豊かなリズム感から、
見事なまでにニュアンスを取り払った貧相なリズム・トラックを、
トライバル・ビートだの、ドープな音響だのともてはやすのは、
ほんとガマンならんのですよ。アフリカのリズムをナメんじゃない、つーの。
パーカッションの修行にでも行ってこいと、言いたくなりますよ。

ちょっと話が横道にそれちゃいましたけど、
そんなアフリカン・リズムへのリスペクトなき、野蛮なエレクトロの手口とはまるで違う、
デジタル・ビートと伝統リズムを縦糸と横糸のように織り上げた、
デリカシーのあるプロダクションが、本作では聴きとることができます。

Agongo  I AM SUFFERING.jpg

一方、アイソバの新作を待つ間に聴いていたのが、
アイソバの助力によってデビュー作をリリースしたアゴンゴです。
アゴンゴは、アイソバより6歳若い80年生まれで、
アイソバを筆頭にコロゴの9人のミュージシャンを集めたオムニバス・アルバム
“THIS IS KOLOGO POWER” にも、本作のタイトル曲が収録されていました。
変幻自在の声音を駆使するアイソバや、怒鳴り声のボラ・ナフォほどの
強烈な個性はないものの、サビの利いたガラガラ声を振り絞り、
投げつけるように歌う大道芸人らしいヴォーカルは、味があります。

こちらは現地産そのままのアクースティックな伝統サウンドで、
コロゴを中心に、シニャカ(ボール大のシェイカー)、アボンゴ(太鼓)、
ブンテ(ひょうたん)、ロンガ(トーキング・ドラム)、ピリカ(フィンガー・ベル)に
笛が伴奏に付きます。1曲アイソバがゲストで加わった曲では、
“WICKED LEADERS” でも印象的だった、
ブブゼラのようなラッパがぶかぶかと鳴らされます。

コロゴは、ジンバブウェのモコンバと同じ立ち位置にある、
音楽シーンの中心から外れた、周縁から飛び出した音楽。
今後どこへ向かうかのかまだわからない、未来への可能性を感じさせます。

King Ayisoba "1000 CAN DIE" Glitterbeat GBCD044 (2017)
Agongo "I AM SUFFERING" Chop Time Music CTM04 (2016)
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M-BASE ギタリスト デヴィッド・ギルモア

David Gilmore TRANSITIONS.jpg

デヴィッド・ギルモアといえば、
スティーヴ・コールマンのファイヴ・エレメンツでの活躍が忘れられないギタリスト。

スペルの違うピンク・フロイドのギタリストではありませんからねと、
いつも注釈を付けなきゃならないのがシャクにさわるんだけど、
知名度の違いは、いかんともしがたいところ。
ジョス・ストーンのツアー・サポートやマンディ満ちるなど、
さまざまなフィールドでプレイしていますけれど、
ぼくにとってはM-BASE のギタリストですね、やっぱり。

ただ、彼のソロ・アルバムは、どうもピンとくるものがなくてねえ。
昨年話題となった“ENERGIES OF CHANGE” も、
ああ、こんなコンテンポラリー・サウンド志向のアルバムを作るんじゃなくって、
もっとギターをバリバリ弾いてくんないかなあと、不満タラタラ。
正直、新作がクリス・クロスから出ると聞いたときは、こりゃダメだと思ったもんです。

ジャズから同時代性が失われた80年代に登場したクリス・クロスは、
衰退したジャズを象徴する典型的なレーベルでした。
枠取りの統一ジャケット・デザインのスクエアぶりなど、救いがたいセンスで、
まるでクラシックのレーベルみたいにしか思えなかったもんなあ。
ずうっと、保守的なジャズの焼き直し専門レーベルと見なしていたので、
なんでまたデヴィッド・ギルモアがクリス・クロスと思ったら、これがビックリの会心作。

オープニングから、バリバリの変拍子チューンで、ギター弾きまくり。
これこれ、こういうのをやってもらいたかったんだよねえ。
クリス・クロスのCDを買ったのって、これが初めてだけど、こりゃまいったなあ。
1曲目みたいな変拍子の自作曲ばかりだったら、サイコーだったんですけど、
デヴィッドの自作曲はあと1曲のみで、ほかはボビー・ハッチャーソンや
ウディ・ショウなど、割合とオーソドックスなカヴァーが多いのは、
レーベル側の要求だったのか。
トゥーツ・シールマンスの“Bluesette” まであるのには、ちょっと呆れたけど。

そんなコンサバ寄りの選曲にもかかわらず、デヴィッドの暴れっぷりは爽快そのもの。
はみ出しまくったギター・プレイは、ぼくが彼に期待するところ十分であります。
ヴィクター・ベイリーの曲でみせたヒップホップ・センスは、
ちょっとオールド・スクールすぎるんでないかい?と思ったけど、
“Bluesette” は案外いい仕上がりだし、ナイロン弦ギターで弾いた
エルメート・パスコアールの“Nem Un Talvez” も聴きものでした。

全体にジャジーな雰囲気が横溢しているのが、クリス・クロスらしいところなんでしょうね。
ジャズ・アルバムに「ジャジー」ってオカシな形容だけど、
ジャンル横断のM-BASE マナーのジャズからみれば、
十分「ジャジー」で「オーソドックス」なアルバムといえます。

メンバーでは、テナー・サックスのマーク・シムとの相性が抜群に良いのと、
E・J・ストリックランドのドラミングが、
攻撃的に迫るデヴィッドのギターを煽りまくっていて、
このエネルギッシュなアンサンブルの核となっていますね。

次回はぜひこのメンツで、
デヴィッドの幾何学的な自作曲オンリーの変拍子大会をお願いします。
レーベルはクリス・クロスじゃなくて、ACTあたりがいいんじゃない?

David Gilmore "TRANSITIONS" Cris Cross Jazz 1393CD (2017)
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レユニオン新時代のマロヤ・ジャズ メディ・ジェルヴィル

Meddy Gerville  TROPICAL RAIN.jpg

うおぉぉ、ついに、出たぁ~。
マロヤ・ジャズのピアニスト、メディ・ジェルヴィルの新作。
レコーディングはとっくに終わっていると聞かされてたのに、
いっこうにリリースされる気配がなく、お蔵入りになっちゃうのかとヤキモキしてたんです。

届いた新作は、これまでメディのアルバムを出してきた自主レーベルではなく、
12年に誕生したアメリカのジャズ・レーベルからのリリースで、
何があったのかは知りませんが、とにかく無事リリースされて、よかった、よかった。

カヤンブを抱いたジャケットに表されているとおり、
今作もマロヤのルーツをしっかりと見据えたマロヤ・ジャズを展開していて、
レユニオン音楽史に残る大傑作、“FO KRONM LA VI” に並ぶ快作に仕上がっていますよ。
メディのシャープなリズム感と華やかな運指のピアノもさることながら、
変拍子をびしばしキメたアレンジも快感。
メロウな歌い口のヴォーカルにも味わいが増していて、サイコーですね。

メディ・ジェルヴィルなら、
JTNC界隈の人も反応できると思うんだけれどなあ、どうかなあ?
菊地成孔が“FO KRONM LA VI” を気に入っていて、
ラジオで何度もプレイしているようなので、そういう影響力のある人が騒いでくれると、
メディを日本のジャズ・クラブで観れる日も遠くないんじゃないかと、
秘かに期待してるんですが。

クレジットによると、録音は14年の5月1日と2日、
レユニオン島のスタジオで行われたとあります。
全13曲を、たったわずか2日間で録音したとは、ちょっとびっくりなんですが、
参加ゲストがまた豪華。ランディ・ブレッカー、グエン・レ、ドミニク・ディ・ピアッツァ、
ダミアン・シュミット、アミルトン・ジ・オランダ(!)と、
そうそうたるメンバーが集まっていて、
レユニオンでジャズ祭でも開かれてたんでしょうか。

レギュラー・メンバーは、同郷のドラマー、エマニュエル・フェリシテに、
プエルト・リコ出身のパーカッショニスト、ジョバンニ・イダルゴ、
マルチニーク出身のベーシスト、ミッシェル・アリボ
(トニー・シャスールの30周年ライヴでも光ってましたね)と、
ここまではメディの旧作でもなじみのある面々ですが、
もう一人新たに加わっているのが、ギタリストのリオーネル・ルエケ。
うわー、いらねぇ、なんでコイツがいるんだ。
どうしてリオーネルって、こんなに重用されんのかなあ、わかんないなあ。

前にもどっかで書きましたけど、ぼくはリオーネルの草食系ギターがキライです。
ここでも相変わらず、か細いトーンで気まぐれフレーズをパラパラと弾くばかり。
このキャスティングだけが、今作の難といえます。
せっかくグエン・レが骨太な肉食系ギターを弾いているんだから、
ゲストじゃなくて、全曲グエンに弾いてもらいたかったなあ。

収録曲は、伝承曲のマロヤ・メドレーと、
シャルル・アズナブールの“La Bohème” のほかは、全曲メディの自作。
マロヤ・メドレーではランディゴのオリヴィエ・アラストと
ファブリース・ルグロが歌っています。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2012-08-01
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2015-01-22
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2013-05-06
マロヤにアレンジした“La Bohème” も面白い仕上がりとなっていて、
シャンソンが苦手なぼくでも抵抗なく聞けました。

ソングライティングも相変わらず巧みで、
多彩な曲調を書き分けるメディの才能がここでも光っています。
ジャズ・ピアニストにしてこのポップ・センスは、貴重だよなあ。
もっと、もっと、注目されなければいけない人ですよ、メディは。
新世代ジャズに注目を浴びる今だからこそ、もっと聞かれて欲しい、
メディ・ジェルヴィルの新作です。

Meddy Gerville "TROPICAL RAIN" Dot Time DT9060 (2017)
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ボフェニア・ロックの司令官 ジュピテール&オクウェス

Jupiter & Okwess  KIN SONIC.jpg

すげえぞ、ジュピテール司令官。
キンシャサのゲットーで辛酸を舐めた苦労人の底力は、やっぱハンパないわ。
前作“HOTEL UNOVERS” も圧巻だったけれど、
今作の掛け値なしのエネルギーには、圧倒されるほかありませんね。

伝統リズムを土台としながら、これほど痛快なアフロ・ロックに仕上げてしまう
ジュピテールのサウンド・クリエイターの才は、群を抜いています。
ルンバやフォルクロールのサウンドの定型をいっさいなぞらず、
というより、完全に背を向けて、コンゴで誰もやったことのない
オリジナルのサウンドを獲得したところに、ジュピテールのスゴさがあります。
全アフリカを見渡したって、伝統をもとにしながら、
ワン・アンド・オンリーのオリジナル・サウンドをクリエイトした人といったら、
アリ・ハッサン・クバーンくらいしか思い当たりませんよ。

ヨーロッパのプロデューサーが手を貸してはいても、
サウンドのアイディアは、すべてジュピテールが生み出していて、
プロダクションもきちんと彼が掌握していることがわかります。
ジュピテールの頭の中には、自分の望むサウンドが、きちんと描けてますね。
ついこの前、モコンバの新作について不安視してたみたいなことを書きましたけれど、
ジュピテールについては、ぜんぜん心配してませんでした。

デーモン・アルバーンの使い方だって、完全にコントロールできているじゃないですか。
デーモンの声かけで集められたプロデューサー・チーム、DRCミュージックによる
キンシャサ・セッションの“KINSHASA ONE TWO” には反発を覚えたものですけれど、
あんなふうにテクノでいじられるようなマネは、ここでは起きっこありません。
ジュピテールの睨みがちゃんと利いてますからね。

14年に来日した時、ジュピテールは自身の音楽を、
「ボフェニア・ロック」と呼んでいましたけれど、
アフリカン・ポップスになじみのない若いロック・ファンにこそ、届けたいですねえ。
若いミュージック・ラヴァーが、ストリート魂溢れ出るサウンドに熱狂して、
モッシュやダイヴが起こるのを目撃してみたいもんです。
バスキアのペインティングを想起させる、
3D(ロバート・デル・ナジャ)のアートワークもサイコーですよ。

Jupiter & Okwess "KIN SONIC" Zamora ZAMED88623 (2017)
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ダンス歌謡演奏集ギタラーダ3選 メストリ・ソラーノ、アルド・セナ、マノエル・コルデイロ

Mestre Solano.jpg

いい顔してますねえ。
アマゾンの川っぺりで、愛機のギターを片手ににっこり。
この人もメストリ・ヴィエイラと肩を並べる
ギタラーダのヴェテラン、メストリ・ソラーノです。
17作目にあたるという本作は、『アマゾンのサウンド』というそのものずばりなタイトル。
41年生まれというので、34年生まれのメストリ・ヴィエイラよりは若いとはいえ、
アルバム・リリース時すでに72歳のお爺ちゃんであります。

メストリ・ヴィエイラほど唯我独尊な演奏ぶりでなく、
カリンボーとクンビアが混じり合った哀愁味のある、
ほっこりしたサウンドには色気もあって、
ローカルなポップさが、いい湯加減であります。
アルバム冒頭、女性のMCによって演奏がスタートするという、
コンサート開幕の演出もあって、なかなか楽しいアルバムに仕上がっています。

Alo Sena  O REI DA GUITARRADA.jpg

アルド・セナもギタラーダを代表するギタリストの一人。
LP時代にもたくさんのアルバムをリリースしていますけれど、
ナ・ムジックから10年に出したアルバムでは、
メストリ(名人)でなく、レイ(王)を名乗っています。
まさしく「歌のないランバダ」といった感じのよく歌うギターで、
小技を利かせたプレイは、よくよく聴けば、かなりの業師であることがわかります。

Manoel Cordeiro & Sonora Amazônia.jpg

そして3人目は、現代のギタラーダ・シーンでサウンドの要役として活躍している
ギタリストのマノエル・コルデイロの初アルバム。
先のメストリ・ソラーノのアルバムでも共同プロデューサーとして名を連ね、
ギターだけでなくウチコミも担当。
サウンド・カラーを作っているのがマノエルなんですね。

これまでプロデューサー、アレンジャーとして60年近い活動歴があるものの、
自身の名を冠したアルバム制作は本作が初で、遅すぎるデビュー作となったのでした。
息子のフェリーペ・コルデイロもエレクトロニカで参加するなど、
メストリ二人のギタラーダのアルバムとは趣が違い、
よりブレーガ寄りのサウンドはヴァラエティ豊かで、カリブ風の味付けも多数。
4曲目のリズムなんて、もろにハイチのコンパだもんね。

マノエルのアルバムでは、生ドラムスと打ち込みが半々となっていて、
プロダクションはローカル性を越えて、
イマドキのポップスとして通用する内容となっています。
音楽性も往年のランバダと共通する、カリブ音楽への嗜好がくっきりと表われていますね。
大衆的な歌謡性に溢れるサウンドとなっていても、プロダクションに安直さはないので、
かつてのランバダのような通俗に堕してはいません。
気楽で親しみやすい地方音楽の演奏アルバム、ギタラーダの3作です。

Mestre Solano "O SOM DA AMAZÓNIA" Natura no number (2013)
Aldo Sena "O REI DA GUITARRADA" Na Music NAFG0048 (2010)
Manoel Cordeiro & Sonora Amazônia "MANOEL CORDEIRO & SONORA AMAZÔNIA" Na Music NAFG0094 (2015)
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インスト・ランバダ=ギタラーダ メストリ・ヴィエイラ

Mestre Vieira  GUITARRADA MAGNÉTICA.jpg   Mestre Vieira.jpg

古い話題で恐縮ですけれど、ランバダの世界的なブーム、覚えてます?
日本では、80年代末のバブル絶頂から崩壊の時代の記憶にリンクして残っていますが、
「あれは悪夢だった」と言っていた音楽評論家さんの言葉が忘れられません。

月刊誌でワールド・ミュージックのレヴューを担当されていたその方は、
原稿用に大量に送られてくるランバダ関連の見本盤に、文字通り毎月悪戦苦闘、
ヘキエキを通し越して、ランバダの文字を見るのも嫌になったとのこと。

あの当時、ランバダの大ヒットにあやかった二番煎じ・三番煎じは言うに及ばず、
ディスコ向けの便乗アルバムが山ほど出ていたらしく、
毎月毎月原稿を書くために、大量の駄盤を聞き続けなければならないのは、
まさしく苦行だったそう。
そんな一時代が過ぎ去り、往時の見本盤を捨てたのは、
100枚や200枚ではすまなかったとか。

う~ん、当時のぼくといえば、
一世風靡したジュリアナ東京にほど近い芝浦の職場で働いてたせいで、
ジュリアナ帰りのネーチャンたちの痴態ぶりを、毎夜横目にしてたんだっけ。
ランバダのペアダンスを、ジュリアナで踊ってたかどうか知りませんけど、
深夜の歩道橋の下で、カップルがセックスしてたり、
泥酔して道路に倒れてるボディコン姉ちゃんのタイトスカートが捲りあがり、
パンツ丸出しのまま転がってたりと、まあ、ほんと、狂った時代でしたねえ。
「24時間戦えますか」の長時間労働をしてたサラリーマンとはまた別の、
バブル時代の苦い記憶が、音楽評論家の人たちにもあったことを、
ずいぶんあとになって知ったもんです。

なんで今頃、そんなランバダの話題を持ち出したのかといえば、
「ランバダ・インストルメンタル」と形容された音楽が、
前回話題にしたナ・ムジックのカタログの中に結構あるからなんですね。
ギタラーダと呼ばれるその音楽は、70年代にパラー州でカリンボーをベースに、
クンビアやショーロ、ブレーガをごった煮して生み出されたもので、
ギタリストのメストリ・ヴィエイラが、このジャンルのクリエイターです。

メストリ・ヴィエイラは、ブラジルで初のカリンボーの商業録音を残した
ヴェレケッチのアレンジャーを務めたギタリストで、
ヴェレケッチやピンドゥーカといったカリンボーのスター歌手たちの伴奏を務める一方、
インスト音楽ギタラーダの人気者になったといいます。

インスト音楽といっても、ジャズやショーロのような器楽的な技巧を聞かせる音楽ではなく、
ギタラーダは、歌の旋律をたたナゾるだけの「歌のない歌謡曲」。
演奏者が自己主張しない、いわば無我の音楽ともいえるその音楽のありようは、
どこか日本のちんどんにも通じるものがあります。
「ランバダ・インストルメンタル」の異名をとったのも、
もともとダンスの伴奏音楽だったからなんじゃないのかな。

メストリ・ヴィエイラは、すでに80の齢を数えていますけれど、
ナ・ムジックからリリースされた10年作、15年作でも、
昔と変わらぬフル・アクースティックのギターを、ひょうひょうと弾いています。
ベレンの田舎のダンスホールで演じているそのままをパッケージングしたアルバムです。
チープとはいえ、変に飾り立ててないマイ・ペースぶりがお気楽で、いい感じです。

Os Dinâmicos & Mestre Vieira.jpg

ほかにもナ・ムジックからは、70年代末から90年代初めまで、
ヴィエイラが率いていたバンド、オス・ジナミコスとのリユニオン作が15年に出ていて、
アコーディオン入りののんびりとした田舎のカリンボーを楽しめます。

Mestre Vieira "GUITARRADA MAGNÉTICA" Na Music NAFG0032 (2010)
Mestre Vieira "GUITARREIRO DO MUNDO" Na Music NAFG0092 (2015)
Os Dinâmicos & Mestre Vieira "OS DINÂMICOS & MESTRE VIEIRA" Na Music NAFG0093 (2015)
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ナ・ムジックのカリンボー良作から カリンボー・サンカリ

Carimbó Sancari.jpg

「ニュー・アマゾニア・ミュージック」を標榜するナ・ムジックは、
アマゾン河口の街ベレンを拠点に置く、ブラジル北部音楽の要注目レーベル。
これまでも、ヴェレケッチを筆頭にドナ・オデッチ、ピンドゥーカと、
カリンボーのヴェテランたちの作品をここで取り上げてきましたけれど、
このレーベルは、オルタナ・ロックやエレクトロの新世代まで、
ベレンのアーティストたちのアルバムを幅広く制作しています。

ただ残念ながら、若手の作品でこれといったものがなく、
ここでは取り上げたことがありませんけれど、
そういった若い世代のサウンド感覚が、
カリンボーのヴェテランたちのプロデュースに発揮されていて、
昔ながらの通俗なブレーガ寄りのポップ・カリンボーとは、
一味も二味も違うものとなっています。

かつてマラカトゥの伝統の再評価とマンギ・ビートの革新によって、
ノルデスチ音楽が進化を遂げたように、
ナ・ムジックが新しいアマゾン音楽の起爆剤となることを期待しているんですけれども。
もっとも、日本ではナ・ムジックのCDがほとんど流通しておらず、
知られざる存在なのが悔しいんだよなあ。サンビーニャさん、やりません?

ナ・ムジックの旧作で、カリンボー・サンカリをまだ取り上げていませんでしたね。
20年の歴史を持つ老舗カリンボー楽団で、
全国区ウケするポップな味付けなどの余計な装飾のない、
普段着姿のカリンボーを、たっぷりと味あわせてくれます。

バンジョーと管楽器(サックス、クラリネット、ピファノ)に、
太鼓(カリンボー)、マラカスなどのパーカッションという編成で、
歌い手とコーラスの掛け合いによる、オーセンティックな民俗ダンス音楽がてんこ盛り。
ドナ・オデッチの曲を3曲取り上げていて、ご本人も1曲歌っています。
サックスのひび割れた音色が、哀愁味たっぷりのカリンボーのメロディによく映えます。

アマゾン川を進む木舟をジャケットにあしらっているように、
舟のモーター音や、アマゾン川の風景が思い浮かぶ自然音などをコラージュして、
聴き手をアマゾンにいざないます。
ラストをカリンボー(太鼓)のみをバックに歌った曲で締めくくったのも、
爽やかな後味です。

Carimbó Sancari "A FORÇA DO TAMBOR" Na Music NAFG0084 (2015)
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ンジュガ・ジェンに捧ぐ オーケストラ・バオバブ

Orchestra Baobab  Tribute To Ndiouga Dieng.jpg

傑作。
1曲目でそう確信しました。
セネガル老舗楽団オーケストラ・バオバブの復活第3作。
01年復活後のアルバムで、これ、最高作じゃないですか。

前作“MADE IN DAKAR” から10年ぶりという、長いインターバルで届けられた新作は、
昨年11月に突然亡くなった歌手ンジュガ・ジェンに捧げられています。
当初、日本盤の発売元が「ンディウガ・ディエン」と告知したので、
なんじゃそのカナ読みはと呆れたんですけど、
聞けば、セネガルでレコ掘りしたことのある有名なマニアの人が、
そう書いていたからとのこと。

やれやれ、半可通ここに極まれりですね。それじゃ、そのマニアの方は、
「ドゥドゥ・ンディアエ・ローズ」とか「ケレティギ・ディアバテ」と読むんでしょうか。
dia diou die は「ジャ」「ジュ」「ジェ」と読むことくらい、覚えてね。
というわけで、「ンジュガ・ジェン」に訂正してもらいました。

それにしても、ンジュガ・ジェンの死から、
間を置かず新作が届けられたのには驚きました。
傑作と確信させられた1曲目の“Foulo” は、
初期の72年頃に録音された“Kanoute” の改題曲。
元の曲はシラール盤の2枚組“LA BELLE EPOQUE” で聴くことができますが、
オリジナルをはるかに凌ぐヴァージョンに仕上がっているじゃないですか。

どうです、この熟成したまろやかなサウンド。
アフリカ広しといえど、これほど芳醇な味わいは、ほかじゃ味わえません。
テナー・サックスとアルト・サックスの2管が生み出す、香しいヴィンテージ・サウンド。
太く男性的なイサ・シソコのテナー、シャープなチェルノ・コイテのアルトともに、
前々作、前作を凌ぐブロウを聞かせていて、ウナらされました。
ご両人とも、長い音楽人生で、今が最高潮にあるんじゃないでしょうかねえ。

さらに、今作の最大のトピックは、
老舗楽団のバオバブが過去の焼き直しに終始することなく、
新たにコラを導入するという展開をみせたこと。
ダンス・バンドがあえて伝統楽器を取り入れるというこの心意気に、
グッときましたねえ。過去の遺産に安住せず、変化を求めて、
またひとつ新たなスタイルを獲得していくという、その姿勢。
これこそ02年復活作のタイトル
“SPECIALIST IN ALL STYLES” の面目躍如じゃないですか。
コラがバオバブ・サウンドにこれほどしっくり馴染むとは、正直意外でした。

ンジュガ・ジェンが亡くなり、往年の名歌手レイ・ンバウプばりのヴォーカルを聞かせた
アサーン・ンバウプや、メドゥーン・ジャロも不在となったのはさびしい気もしましたが、
歌手がバラ・シディベとルディ・ゴミスの二人に絞られたのは、むしろ好印象。
歌手が多すぎた前2作より、
個性の違う二人だけの方が曲調の違いにも映え、すっきり聞けます。

二人のコーラスをオーヴァー・ダブして、厚みのあるハーモニーを作り上げたり、
コラを二重奏にしたりと、細部に手を加えた丁寧な制作ぶりは、
スタジオ・セッションでさっと仕上げた
“SPECIALIST IN ALL STYLES” との違いが明らかです。
この春アフリカの注目作が目白押しですけれど、なかでも最高の1作、
全アフリカン・ポップス・ファン必聴でっす!

P.S. 明日オフィス・サンビーニャから発売されるライス盤には、
件のマニアの方が書いた『スペシャリスト・イン・オール・スタイルズ』
日本盤(ワーナー)ライナーの誤りを訂正した、やかましい(?)解説が付いてます。

オーケストラ・バオバブ 「ンジュガ・ジェンに捧ぐ」 ライス WCR-5437 (2017)
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モザンビーク海峡の旋風にのって エーユフーロー

Eyuphuro  25ANOS.jpg

ファニー・プフーモと一緒に手に入れたのが、エーユフーローの06年作。
エーユフーローはモザンビーク北東部インド洋沿岸出身のメンバーを中心に、
81年に結成されたグループで、本作はタイトルが示すとおり、
結成25周年を記念したアルバムです。

エーユフーローの音楽はマラベンタではなく、
北部ナンプラ地方の伝統リズム、トゥフォ、ナマハンガ、マセプア、
ジャリマネ、モロ、チャカチャを取り入れたもので、
90年にリアルワールド盤によって、世界に知られるようになりました。
その後、01年にイギリスのリヴァーボートから出した2作のほか現地作はなく、
06年の本作は3作目にあたります。

リヴァーボート盤を知る人なら、おわかりのとおり、
ジャケットが同じ写真を使っているんですが、
単色からカラーになったため、ぐっと鮮やかな印象になって、目を引きますね。
内容はというと、残念ながら新録ではなく、
リアルワールド盤とリヴァーボート盤から選曲した、いわばベスト盤的内容でした。
ただし、その2作に未収録の
“Mandela” “Malavi” “Ophentana” の3曲が追加されています。
おそらくこの3曲は、リヴァーボート盤録音時の残り曲なんじゃないかな。
ほかに、既発曲も、“Aiyaka”のように
オリジナルより1分半以上も長く収録されているなど、
編集違いのヴァージョンもあって、2作を持っているファンでも楽しめる内容です。

あらためて、ひさしぶりにエーユフーローを聴きましたけれど、
やっぱりいいグループですね。
リード・ヴォーカルのゼカ・バカールのおおらかな歌声には、
アフリカ人女性らしさを強く感じさせ、
こういう声にこそ、「癒される」という言葉を使いたくなります。
まろやかなリズムが、ハンモックに揺られている気分にさせてくれますよ。
寄せては返すゆったりとした海洋性のリズム、
アクースティック・ギターのオーガニックな響きは、
ハワイ音楽に通じる爽やかさがあり、
モザンビーク海峡の「旋風」(エーユフーローの意味)にのって、
インド洋の海と空の抜ける青さを感じさせます。

Eyuphuro "25 ANOS" Vidisco 79.80.0144 (2006)
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マラベンタの王様 ファニー・プフーモ

Fany Mpfumo.jpg

モザンビークでマラベンタが大きく発展した50年代に人気を博した伝説の歌手、
ファニー・プフーモの超・超・超貴重なリイシュー作です!

うわー、やっと手に入れましたよ、苦節15年!
99年にモザンビークで出たCDなんですけど、
モザンビーク盤を入手するスベなんて皆目見当つかず、
さんざん手を尽くしたんですけど結局ダメで、
完全に諦めモードとなっていた1枚なのでした。いや~、長かったなあ。

ファニー・プフーモは、28年10月18日、ロウレンソ・マルケス(現在のマプト)の
もっとも古いタウンシップ、マファララの貧しい家庭に生まれた歌手。
石油缶で作った手製のギターを、7歳の時から弾き始めたというエピソードは、
同年輩のライヴァル、ディロン・ジンジの少年時代とまったく同じで、
マラベンタの音楽家たちは、みんな貧しい若者たちだったんですね。

プフーモは47年、18歳の時に
故郷のロウレンソ・マルケスを離れ、南アへ出稼ぎに出ます。
当時は、多くのモザンビーク人が職を求めて、南アの鉱山へ向かったんですね。
そこでプフーモは歌手活動を始め、モザンビーク人労働者の人気者となります。
やがてミリアム・マケバやスポークス・マシヤネなどとも活動するようになり、
HMVやトルバドールへ録音を残す人気歌手となったのでした。

当時モザンビーク国内には録音設備がなく、
プフーモのように南アへ出稼ぎに行っていたミュージシャンが、
レコーディングのチャンスに恵まれることによって、
マラベンタの録音が残されたんですね。
30年代末に南部モザンビークでギター・ミュージックとして誕生したマラベンタは、
ロウレンソ・マルケスの都市化が進展した50年代に、
ダンス・ミュージックとして流行しますが、
それには、南アで吹き込まれたレコードがもととなったのでした。

プフーモがモザンビークに帰国するのは、独立2年前の73年、45歳になってからのこと。
ぼくがファニー・プフーモの名前を覚えるきっかけとなったのが、帰国後のレコードで、
ポルトガル・ギター(ギターラ)を弾いているジャケットが、強烈な印象を残しました。
ポルトガル・ギターといえばファドというイメージが強く、
アフリカ人が持っている姿など見たことがなかったからです。

このLPは持っていないんですけれど、ネットにあった画像を引用させていただきました。
自分が持っていないレコードを、
ネットから画像だけ拾ってくることを固く禁じている自分でありますが、
今回だけはどうしても皆さんに紹介したく、
[コピーライト] bytemusic から失礼させていただいています。Fany Mpfumo.jpg

マラベンタがポルトガル植民者の
ポルトガル民謡の影響を受けていることは、
資料で読んだことがありましたが、
ポルトガル・ギターまで
使われているとは知りませんでした。
これで、ぐっとファニー・プフーモに
興味を抱いたのですが、
じっさいに本人の歌を聞けるまで、
ずいぶんと時間がかかってしまいましたねえ。

プフーモは87年11月に亡くなりますが、
99年にモザンビークでリリースされた本作は、
晩年にあたる80年代録音のリイシューのようです。
クレジットがないので、推測ではありますが、
サウンドの感じから、70年代ではなさそう。
聴く前は、南ア録音のSP音源も入っているのかなと期待したんですが、
さすがにそれはありませんでした。

南部アフリカらしい典型的なギター・バンド・サウンドで、
これぞマラベンタといった曲が、たっぷり18曲。堪能させていただきましたよ。
ウナりをあげるベースなど、サウンドはンバクァンガによく似ていますけれど、
ンバクァンガほどサウンドが硬質ではなく、
ファットでアーシーなサウンドがマラベンタの持ち味。
ンバクァンガを田舎ぽくしたという印象は、
南アとモザンビークの土地柄そのままを表しているんじゃないでしょうか。

プフーモのスモーキーなヴォーカルも力があって、
ざらっとした歌声には味がありますねえ。
きりりと引き締まったリズム・セクションによく映えて、う~ん、いい歌手だなあ。
ポルトガル・ギターをフィーチャーした“A Vasati Va Namuhla” も聴くことができますよ。
「マラベンタの王様」の名にふさわしいファニー・プフーモの代表作にして、
マラベンタの名盤です。

Fany Mpfumo "NYOXANINI" Vidisco 17.80.1117
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南部アフリカへの帰還 モコンバ

Mokoomba  LUYANDO.jpg

ジンバブウェのモコンバは、ひさびさに現れたアフリカのフレッシュな新人バンドでした。
5年前、クリスマスも過ぎた年の瀬に聴いたばかりの前作“RISING TIDE” を、
その年のベスト・アルバムに無理矢理突っ込んだのを思い出します。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2012-12-29
このブログでは、年の最後にベスト・アルバムを選んでいますが、
こういう融通が利くのがブログのいいところで、
雑誌だったら1年送りになっちゃいますからねえ。

あのアルバムの良さは、インターナショナルをしっかりと意識した
プロダクションが施されていたことにありました。
アフリカン・ポップスはいつの頃からか、
海外でも当たる作品を作ろうという野心が失われてしまって、
<グローカル>の傾向をいいことに、内に閉じた制作態度が残念でなりませんでした。
そんな風潮のところに登場した、
世界へ飛び出さんとするこのアルバムの姿勢に、すごく共感したんですよね。

ただその後、YouTubeで彼らのライヴの様子などを見ると、
このバンドの素顔は、南部アフリカによく見られるギター・バンドで、
ザンビアのカリンドゥラあたりに近い素朴な音楽性は、
あのアルバムとかなり落差があることがわかりました。

“RISING TIDE” が思いっきりよそ行きに作られていただけに、
これは次作は難しそうだなあと、実は心配していたのでした。
ですが、どうやらぼくの心配は、杞憂だったようですね。
やっぱりこのバンド、並みじゃないですね。地力があります。
プロデュースの手腕だけではない、確かな実力を見せつけてくれました。

今回のアルバムは、前作とはがらりと表情を変えて、
全体をアクースティックなサウンドにシフトし、
伝統リズムを大幅に導入して、南部アフリカらしいコーラスを多用しています。
一部にエレクトロも取り入れた汎アフリカン・ポップス・サウンドの前作から、
南部アフリカの伝統に根ざした路線へ様変わりして、
奥行きのあるアルバムを作り出すのだから、大したものです。

前作の破天荒なマティアス・ムザザのリード・ヴォーカルに圧倒された耳には、
第一印象で大人しくなったように感じてしまいますが、
じっくりと聴けば、ムザザのヴォーカルは、変わらずにエネルギッシュですよ。
キャッチーなサウンドで、ムザザのヴォーカルを刺激的に演出していた前作と違い、
柔らかなコーラスとの掛け合いで、味のあるノドを聞かせてくれているじゃないですか。

前作では多くのゲストを起用していましたけれど、
今回は1曲目で南アのサックス奏者スティーヴ・ダイアーがフルートで参加したのみ。
スティーヴ・ダイアーといえば、最近オリヴァー・ムトゥクジと共演していることを、
以前記事にも書きました。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2016-10-17
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2016-11-22

ヨーロッパ・ツアーを成功させ、あらためて南部アフリカへ帰還して、
自分たちのルーツに立ち返り、音楽性を磨き上げたのがこの新作なのですね。
5年のインターヴァルを経て、じっくりと練り上げられたアルバムで、
バンドとしてもさらに成長したことをうかがわせる快作です。

Mokoomba "LUYANDO" Outhere OH030 (2017)
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ショーロとフレーヴォのあるジャズ ヴィトール・ゴンサルヴィス

Vitor Goncalves Quartet.jpg

あ、あれ? このメロディ、なんだっけ。え~と、有名なショーロ曲だよねぇ。
あ、そうだ、ガロートの“Desvairada” だ。

え? それなのに自作曲とクレジットしてる? 何だそれ、けしからんやつだな。
あれ? でもこれ、変拍子じゃないの。
原曲は3拍子のヴァルサなのに、これは9拍子だぞ。
ほー、こりゃなんとも、ブラジルのジャズ・ミュージシャンらしい気の利いた解釈だなあ。
だから、タイトルもヒネリを加えて“Desleixada” として、自作曲としたわけか。
こりゃ、一本取られたなあ。

ブラジルの若手ジャズ・ピアニストのデビュー作を聴いていて、驚かされました。
おそらくこのアルバムを手に取るジャズ・ファンで、
4曲目に注目する人はいないだろうけど、
ブラジル音楽ファンなら、このガロートのショーロや、
バーデン・パウエルの“Samba Do Perdão” の解釈の斬新さは、瞠目するはず。

レシーフェで現在最高のフレーヴォ楽団スポック・フレーヴォ・オーケストラのために、
ヴィトールが書き下ろしたという、フレーヴォの“De Cazadero Ao Recife” も痛快。
これは、ぜったいブラジル人にしか書けない曲だよねえ。
音符が飛び跳ねるような運指も鮮やかなら、
最後の1音を、ピアニッシモで終わるところも、めちゃめちゃ粋です。

ジョビンの“Se É Por Falta De Adeus” もやってるけど、
これは独自の解釈はなく、ただ美しく演奏してるだけ。それが物足りなく覚えるほどだから、
このピアニスト、才能ありますねえ。変拍子を多用するところも、好みだなあ。
リリシズム溢れる自作曲だけだったら、
ECM周辺でもてはやされる最近のジャズと変わらず、
大して感心しなかったでしょうが、
ショーロとフレーヴォのあるジャズとなれば、支持せずにはおれませんよ。

Vitor Gonçalves Quartet "VITOR GONÇALVES QUARTET" Sunnyside SSC1462 (2017)
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ボレーロ・クイーン レー・クエン

Lệ Quyên  KHÚC TÌNH XƯA  LAM PHƯƠNG.jpg

昨年末にリリースされたレー・クエンの新作が届きました!
好みの分かれる歌手ゆえ、あぁ、またか、と思われる方もいらっしゃるでしょうが、
レー・クエンがお好きでない方は、どうぞ読み飛ばしてください。

はい。それでは、あらためまして、レー・クエン・ファンの皆様。
今回の新作は、ヴェトナムで「ボレーロ」と称されている戦前のロマンティック歌謡シリーズ
“KHÚC TÌNH XƯA” で、15年リリースの第3集に続くアルバムとなっています。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2015-05-22

ただし、今回は「第4集」という記載はなく、
副題にあるとおり、ラム・フォンという作曲家のソングブックとなっています。
これまで、特定の作曲家を取り上げたソングブック・アルバムでは、
ヴー・タイン・アンのアルバムがありましたけれど、
今回はそれに続く第2弾ということになりますかね。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2015-02-03

ラム・フォンは、
39年、ヴェトナム南部タイランド湾に面した港湾都市ラックザーの生まれ。
15歳の時から作曲を始め、未発表曲を含め200曲以上の作品を残した人だそうです。
60年代にヒット曲を次々と生み出す人気作曲家となり、
戦前のサイゴンのテレビや劇場で、ラム・フォンの曲が盛んに流れたとのこと。

南ヴェトナムでもっとも成功した作曲家と言われ、巨額の富を築いたそうですが、
サイゴン陥落後、すべての財産を残したままアメリカへ脱出し、
転落人生を送るという悲劇に襲われます。アメリカでは各地を転々としながら、
音楽とは無縁の下働きで食いつなぎ、辛酸を舐める人生だったそうです。

現在もアメリカで暮らしていて、レー・クエンが今回のアルバムを制作するにあたり、
アメリカ・ツアーの際に本人を訪ねたところ、
レーのことをテレビで観て知っていたとのこと。
まさか自分を知っているとは想像していなかったレーは、いたく感激したそうです。

オープニングの曲が穏やかな曲調で、
悲恋を情感込めて歌うこれまでのアルバムの雰囲気とちょっと違っていて、
おや、という気にさせられます。
続くタンゴ風のボレーロも、どこか軽やかさがあって、
これまでの濃い歌い口とはひと味違って、さっぱりとした風情があります。

ラム・フォンの作風を生かしてか、ドラマティックなアレンジを避けて、
メロディを引き立てる工夫をしているようです。
レーの歌いぶりも、歌世界にのめりこまない<引いた>歌いぶりで、
しつこさを感じさせません。
ラストのラテン歌謡にアレンジした風通しの良さも聴きものです。

これまでレーは、13年作の“DÒNG THỜI GIAN” で、ラム・フォンの
“Một Mình” を歌ったことがあり、今作にも同曲が収録されているんですが、
今回はがらりとアレンジを変えているんですね。
13年作ではピアノのイントロで始まり、ドラマティックなアレンジをしていたのに、
今回はギターとヴァイオリンのみのシンプルな伴奏で、
細やかな情感を漂わせながら丁寧に歌っています。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2014-02-18

CDのパッケージは、今回もホルダーケース仕様の豪華版で、
美麗フォトカードと裏表になった歌詞カード12枚入り。
ジャケットを含め、すべて中部の古都フエで撮られていて、
阮朝王宮はじめティエン・ムー寺やカイ・ディン帝廟など、
以前ぼくも訪れたフエの名所がロケーションされていて、懐かしい思いで眺めました。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2011-12-13

Lệ Quyên 2017.jpg

いまや「ボレーロ・クイーン」と形容されるまでになった
レー・クエンの絶好調、とどまることを知りません。

Lệ Quyên "KHÚC TÌNH XƯA : LỆ QUYÊN - LAM PHƯƠNG" Viettan Studio no number (2016)
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ダンドゥット・リバース カニア・パシソ

Kania Pasiso  JERA.jpg

前にリリン・ヘルリナとエリー・スサンの記事で話題にしましたけれど、
イラマ・トゥジュフ・ナダというインドネシアのレーベル、こりゃ、大変ですよ。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2017-01-31
また新たなる1枚を入手したんですけど、
これまたダンドゥットが一番輝いていた80年代サウンドで、もう大カンゲキ。

冒頭の大げさなオープニングがいかにもといった感じで、
いやがおうにも、期待は高まります。
曲が始まってみれば、ぎゅんぎゅんウナるロック・ギターに、グイノリのベース、
その合間をマンドリンとスリンが涼し気に吹き抜け、
手打ちのクンダンがパーカッシヴに鳴り響くサウンドが展開して、
往年のファンは、もう泣き濡れるしかありません。

主役のカニア・パシソのコケティッシュな歌いぶりが、またたまんない。
エルフィ女王様のなまめかしい歌いぶりを思わすところなど、百点満点ですよ。
ノリのいいダンドゥット・サウンドに、チャーミングな歌声が実によく映えます。
一方、しっぽりとした泣きの曲でも、嘆き節をしっかりと歌えるし、
歌唱力は文句なしでしょう。
若手にもこういう人がちゃんといるんですねえ。嬉しくなります。

曲もいいんです。
エルフィ・スカエシが歌ったマンシュール・Sの“Cincin Kepalsuan” や
ロマ・イラマの“Jera” と、昔の曲はしっかり作られていましたよねえ。
ダンドゥットがハウスやテクノを取り込んだEDM歌謡になり果ててからは、
明らかに曲作りの力が落ちたもんなあ。

懐古路線といわばいえ。イラマ・トゥジュフ・ナダのアルバムは全作聴きたいな。

Kania Pasiso "JERA" Irama Tujuh Nada CD7-006 (2015)
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天上から降り注ぐスピリチュアルズ ワシントン・フィリップス

Washingtin Phillips.jpg

謎の放浪エヴァンジェリスト、ワシントン・フィリップスを知ったきっかけは、
おそらく多くの人も同じだと思うんですけれど、ライ・クーダーでした。
ライ・クーダーが“INTO THE PURPLE VALLEY” で演奏していた
ワシントン・フィリップスの“Denomination Blues” のギターを、
一所懸命コピーしていたのが、高校1年生の時。

その後もライは、“PARADISE AND LUNCH” で“You Can't Stop A Tattler” を、
“CHICKEN SKIN MUSIC” で“Lift Him Up That's All” を、
原曲にないフックも加えながら、
ワシントン・フィリップスの曲をカヴァーしていましたよね。

そのライのヴァージョンが、あまりに耳タコになりすぎてたせいもあって、
そのあとだいぶ経ってから、アグラム・ブルースが80年に単独LP化して聴いた
ワシントン・フィリップスの原曲が、ライ・ヴァージョンとはまるで別物だったのには、
ずいぶん拍子抜けになった記憶があります。

正直、ワシントン・フィリップスが操る不思議な楽器によるスピリチュアルズは、
ぜんぜんピンとこなくて、
その後ドキュメントやヤズーがCD化したのもスルーしたままでした。
昨年になって突然、ダスト=トゥ=デジタルが
ワシントン・フィリップスのCDブックをリリースしたというニュースにも、
なんでいまごろ?と思ったもんでした。

ワシントン・フィリップス全録音の18曲中、未発見の2曲を除く16曲は、
とっくの昔にCD化されていたので、いまさらなんの意味がと思ったわけなんですが、
研究者たちのリサーチで多くの新事実がわかり、
それらの研究成果を披露したCDブックとしてお目見えしたとのこと。

CD時代になってから、ワシントン・フィリップスをまったく聴いていないし、
デジタル・リマスター化され、76ページに及ぶブックレットが付いているというので、
興味をそそられて手を伸ばしたところ、
遅まきながら、ようやくワシントンの魅力に気付かされました。

ライがアレンジしたギター・プレイのイメージが強すぎて、
当時は虚心淡々とワシントン・フィリップスに向き合えなかったんだと思うんですけれど、
あらためて聴いてみれば、ヘンリー・トーマスやファリー・ルイスといった
ソングスター世代のシンガーがブルースの合間に歌う、
スピリチュアルズやカントリー・ゴスペルのような味わいがあって、
しみじみと聞けましたよ。
ほのかな温もりが伝わる歌い口に、こんなに良かったっけかと、
昔の自分の耳の無さにガクゼンとしてしまいました。

研究成果の方もびっくりの連続で、
本人のバイオグラフィも、従兄弟のものと取り違えていたばかりか、
そもそもワシントン・フィリップスが弾いていた楽器も大間違い。
アグラム・ブルースのLPジャケットに
ハンマー・ダルシマーの写真があしらわれていたのが、
のちに弾いているのは、携帯式ピアノのダルセオラだとされていたんですよね。

ところが、このダルセオラ説もまちがいであることがわかり、
ツィターだったことがのちにわかったといいます。
ワシントン自身が manzarene と呼んでいた楽器は、
フレットレス・ツィターだったのではないかという説が、現在では有力だそうですが、
ツィター2台をくっつけた珍妙な楽器を抱えた写真が発見されたり、
さらに謎は深まるばかりとなっています。

30年ぶりに聴いたワシントン・フィリップスの宗教歌は、
天上からキラキラした光の粒が降ってくるような美しさがあって、
むしろ世俗的な愛らしさを感じたのでありました。

Washington Phillips "WASHINGTON PHILLIPS AND HIS MANZARENE DREAMS" Dust-to-Digital DTD49
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プロデューサー/研究者の功罪 アウレリオ

Aurelio  DARANDI.jpg

やったっ! アウレリオの新作が、願いかなったりで、思わず叫んじゃいました。

2年前に来日したホンジュラスのガリフーナのシンガー・ソングライター、アウレリオ。
生で観て、CDで聴く以上の魅力に目を見開かされたんでした。
トリのシェイク・ローが予想通り(?)、ぜんぜん魅力がなかったもんで、
アウレリオをトリで、いや、単独公演で観たかったというのが正直な感想でした。

アウレリオのヴォーカルの良さばかりでなく、ガリフーナの太鼓やダンスなど、
見所はいっぱいあったんですけれど、なんといっても、一番ノケぞったのが、
サーフ・ロック・スタイルで弾くリード・ギタリストの存在。
オーセンティックなガリフーナ音楽に、
場違いとも思えるサーフ・ロック・ギターが鳴り響くという、
最初ぽか~ん、やがてギャハハだったわけですけれど、
これ、オモろいわ~だったのでした。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2015-08-28

なんで、これをCDではやんなかったのかなあ。
このギタリストは、レコーディングに参加していなかったのかなと思い、
あとで調べてみたら、ちゃんとクレジットされているじゃないですか。
う~ん、それじゃあ、プロデューサーのイヴァン・ドゥランがこのギターを嫌がって、
このトーンでは弾かせなかったとしか思えないよなあ。

今回の新作は、アウレリオがツアー中の15年7月、
ちょうど来日するひと月前に、スタジオ・ライヴ方式でレコーディングされたもので、
あの時のライヴそのままに、サーフ・ロック・ギターが冴えわたっているのでした。
これまでのアウレリオのアルバムは、イヴァン・ドゥラン一人のプロデュースでしたけど、
今作のプロデュースは、アウレリオ自身の名が筆頭にあり、
イヴァンもクレジットされているものの、アウレリオの意向が強く働いたんでしょうね。
そのおかげで、サーフ・ロック・ギターがきちんとフィーチャーされたんだと思います。

伝統音楽とポップスのはざまにある音楽家にありがちな試練ではありますが、
伝統色を強く保持したがるプロデューサー側の意向で、
電気楽器の導入など、新たな音楽的冒険を阻まれることがありますよね。
だいたい、そういうプロデューサーというのは、外部からやってきた人間で、
その伝統のすばらしさを<発見>した人であるわけですけれど、
外から来た人間に、「伝統を守れ」などと言われる筋合いはないわけです。

世界へ出られないローカルな音楽にとっては、外部の人間の手助けが必要ですが、
だからといって、伝統を強要したり、音楽家自身の個性を殺すようでは、
出しゃばりすぎというものでしょう。
それぞれが果たすべき役割を間違えちゃいけません。

今回の日本盤にも、アウレリオが十代の時にやっていたグループ、
リタリランを日本に紹介し、レコーディングやツアーをした元青年海外協力隊員の人が
解説を書いていて、気になる箇所がありました。

「私はその後もしばらくホンジュラスに暮らすが、アウレリオと私はべつの道を歩んだ。
アウレリオは、伝統楽器にこだわる私の手法に限界を感じていたようで、
電気楽器をとりこんだ新しいガリフナ音楽をつくりはじめた。」

なるほど協力隊にいた人らしく、まっすぐでマジメな方なようで、
その後、ガリフーナ文化をテーマとする人類学の研究者となったとのこと。
この解説も、ガリフーナの歴史と音楽、
それに自分が関わったリタリラン時代の想い出話に終始し、
新作CDの中身についていっさい触れていないという、
研究者にありがちな鈍感さを感じさせるものでした。
つくづく音楽家は、こういう人たちと<うまく>付き合わなきゃいけないと思いますね。

アウレリオは世界に飛び出すことに成功しましたが、
ガリフーナ音楽が盛り上がるためには、
もっともっと多くの若者の才能が出てこなきゃいけません。
レユニオンのマロヤがこれだけ盛り上がりを見せたのだから、
ホンジュラスに、ニカラグアに、ベリーズに、
そしてまたアメリカにいるガリフーナの人々が、
いろんな音楽的な冒険をしながら、ガリフーナ音楽を推し進めてもらいたものです。

Aurelio "DARANDI" Real World CDRW216 (2016)
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エチオ・ポップのゴッドファーザー ギルマ・ベイェネ

Girma Beyene  ETHIOPIQUES 30.jpg

ギルマ・ベイェネのフル・アルバム!

お~、そこに目をつけるか。う~ん、さすがはフランシス・ファルセトですね。
エチオピーク・シリーズ30作目にして、
ついにエチオピア音楽黄金期の影の立役者にスポットが当たりました。
日本盤のタイトルが『復活!エチオ・ポップのゴッドファーザー』というのも、
付けもつけたりで、なかなか感慨深いものがあります。

ギルマ・ベイェネは、まだ高校生だった62年にラス・ホテル専属の
ラス・バンドのオーディションに合格し、歌手としてキャリアをスタートさせた人。
オーディションで歌ったのが、パット・ブーンのヒット曲だったというエピソードは、
今回初めて知りましたけれど、相当にアメリカン・ポップスかぶれだった人で、
ラス・バンドでは洋楽カヴァーを英語で歌う歌手という役回りを演じました。

ちなみにラス・バンドには、もう一人の歌手バハタ・ガブレヒウォットが
アムハラ語やティグレ語の曲を歌い、バンドの二枚看板となっていました。
ギルマは歌手として活躍するかたわら、ラス・バンドのピアニストからピアノを習い、
作曲やアレンジの勉強をして、65年にラス・バンドが再編されると、
バンド・リーダーとなり、歌手、ピアニストだけでなく、
作編曲にも才能を発揮するようになります。

この第2期ラス・バンドには、
ムラトゥ・アスタトゥケがヴィブラフォンで参加していたんですよ。
正規の音楽教育を受けたエリートのムラトゥより、
独学でピアニストになったギルマの方がエラかったわけですね。
じっさい、当時二人がアレンジした曲を数えてみても、
ムラトゥが40曲ほどだったのに対し、ギルマは60曲以上を手掛けていたのだから、
やっぱりギルマの方がエラかった(?)。

冗談はともかく、ギルマ名義の録音が69年にアムハへ残した4曲しかないのは、
歌手としてより、ピアニスト、作曲家、アレンジャーとしての道を歩むようになったからで、
70年代に入ると、ギルマス・バンド、オール・スター・バンドを率いて、
スウィンギング・アディス時代のサウンド・クリエイターとなったのでした。

ギルマの仕事でなんといっても有名なのは、
アレマイユ・エシェテと組んで残した名曲の数々で、
ロカビリー、R&B、ファンクを取り入れたファンキー・サウンドは、
アメリカン・ポップスに通じていたギルマならではの仕事だったんですね。

はじめに、ギルマについて「感慨深い」と書いたのは、
拙著『ポップ・アフリカ800』にギルマ・ベイェネの名を載せておきたくて、
いろいろと工夫した記憶が残っていたからです。
バヘタ・ガブレヒウォットのアルバムでギルマについて触れ、
ギルマ名義のアムハ録音4曲ほか、ギルマがアレンジした曲を多数収録した
“ÉTHIOPIQUES 8 : SWINGING ADDIS 1969-1974” を掲載するほか、
索引にも「ギルマ・ベイェネ」を載せるなど、選ぶアルバムがないゆえに、
きちんと触れておくべき音楽家と考え、配慮した覚えがあります。

ギルマは80年代初め、ワリアス・バンドでアメリカ・ツアーに出たまま、
アメリカへと亡命します。当時のメンギスツ政権下のエチオピアでは、
伝統音楽が奨励され、地方の音楽が見直される一方で、
西洋的な音楽が排除されるようになっていたので、
ギルマにとっては、自分の活躍する場がなくなったと感じていたんじゃないでしょうか。

長いキャリアを背景に制作されたギルマの初アルバムのバックには、
フランスのエチオ・ポップ・バンド、アカレ・フーベが起用されました。
アカレ・フーベは、往年のエチオ・サウンドを打ち出す
レア・グルーヴなセンスと一線を画していて、
それがかえって、アメリカン・オールディーズに触発されて生まれた
ギルマの個性とよくマッチしています。この起用は成功しましたね。

ジェントルなヴォーカルやジャジーなピアノ・プレイが、
ファンキーなサウンドの中で滋味な味わいを醸し出していて、
かつて録音した4曲も、新たな解釈を加えて再演されています。
クールなアフロ・ファンクの長尺曲など、洗練されたサウンドが、
ギルマのマルチな音楽性を鮮やかに引き出した、懐の深いアルバムです。

Girma Bèyènè & Akalé Wubé "ÉTHIOPIQUES 30 : MISTAKES ON PURPOSE" Buda Musique 860303 (2017)
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アフロポリタン・ヒップホップ コフィ

Kofi  ABLUME.jpg

ジョーイ・ル・ソルダットに関連して、
アフリカン・ヒップホップの諸作をいろいろ聴き回っているうちに、
面白い逸材と出くわしました。

それがベニン出身のコフィなるラッパー。
13年のデビュー作という“ABLUME” は、
バックトラックがヒップホップらしからぬ生音のロック感覚で貫かれていて、
そのナマナマしいサウンドに引き付けられました。こりゃ、非凡ですな。

コフィのラップはほとんどがフランス語なので、正直ぼくの好みではないんですが、
とにかくバックトラックのプロダクションが充実しているんです。
アクースティック・ギターのハーモニクスで始まるオープニングや、
ドラムスの生音は、ヒップホップらしからぬプロダクション。
大振りのどっしりとしたドラミングが雄大で、思わず乗り出しちゃいました。
ザ・ルーツあたりのヒップホップ/ファンクに通じるサウンドですね。

経歴が不明で、どうもブリッツ・ジ・アンバサダーと関係ある人のようなんですが、
確かにバックトラックの作りなど、ブリッツ・ジ・アンバサダーと共通点は多数。
この人を知ったのは、思いっきりの偶然で、
ジョーイ・ル・ソルダットのアルバムに参加していた
トーゴ人ラッパーのイロム・ヴァンスの15年作“INDIGO” を
バンドキャンプでオーダーしたら、なぜかコフィの本作をオマケで送ってくれたんでした。
レーベル・メイトでもないのに、なんで? 単なるオトモダチなのかしらん。

残念ながら、イロム・ヴァンスの方は、単なるアメリカのヒップホップのコピー。
“Voodoo Sakpata” なんて、そそるタイトルの曲があったので、
トーゴのヴードゥーとヒップホップの邂逅かと、聴く前は大期待だったんだけど、
アフリカンな要素などまるでない仕上がりで、ガッカリ。

オマケに救われたというか、コフィの方がみっけもんだったというわけです。
ライヴでコフィは、ドラムスとギターを演奏し、
バリトン・サックス兼ソプラニーノ奏者とベーシストの3人で
ステージに上がっているんだそう。
それまたユニークな編成で、ちょっと観てみたい気もしますね。
ラップに関しては、フランス語じゃなくて、ベニンの母語でラップすればいいのにな。

Kofi "ABLUME" Otoprode no number (2013)
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ブルキナベ・ラッパー ジョーイ・ル・ソルダット

Joey Le Soldat.jpg

ジャズ・ファンなら、すぐにわかりますよね、このジャケット・デザイン。
ハンク・モブレーのブルー・ノート盤“DIPPIN'” から借りてきたのは、一目瞭然。
パロディというより、オマージュを感じさせる仕上がりで、よくできています。
リード・マイルスのデザインを踏襲しながら、
コロンビア盤のステレオ・ロゴをあしらったりと、スノッブな関心もそそりますけれど、
地を単色の赤でなく、汚れた質感で仕上げたところに、
ヒップホップの気概を感じ取りたいと、ぼくは思います。

主役のジョーイ・ル・ソルダットは、ブルキナ・ファソの首都ワガドゥグで
活動する28歳のラッパー。本作は、14年にリリースしたソロ第2作です。
アフリカン・ヒップホップでは、ここのところブルキナ・ファソに注目が集まっています。
ワガドゥグではヒップホップの一大シーンが出来ていて、
ヒップホップのビッグ・イヴェントも行われ、盛り上がっている様子が伝わっています。
なかでもアート・メロディの人気は絶大で、
ちょうど1年前のミュージック・マガジンで、松山晋也さんと吉本秀純さんが揃って、
アート・メロディの最新作“MOOGHO” を取り上げていたのが印象的でした。

ジョーイ・ル・ソルダットは、
そのアート・メロディとフランス人ビートメイカーのレッドラムとともに、
WAGA3000というユニットで一緒に活動しています。
レッドラムは本作でもトラックメイカーとして参加しています。
14歳でウー=タン・クランを知って、
リリックを書き始めるようになったというジョーイは、
貧困、腐敗、暴力の日常を送る、
未来のないワガドゥグの若者の叫びをラップします。

リズム感が骨太で強靭。
フランス語でラップしても、
フランス語独特のもしゃもしゃした発声のキレの悪さがなく、ディクションは明快。
フランス語ギライのぼくが、まったく抵抗を感じないのは珍しいな。
とはいえ、やはり聴きものは、母語のモシ語によるラップで、
押し出しの強いフロウがゴツいことといったら。圧倒的な説得力で迫ってきますよ。

ギネア、コナクリ出身の女性ラッパー、アニー・カシーと
トーゴ人ラッパーのイロム・ヴァンスなどのゲストも華を添えます。
イントロこそ、バラフォンをフィーチャーしていますが、
サウンドにアフリカ的な響きを付加したトラックは、これのみ。
ダークでヘヴィなトラックあり、クロスビートを効果的に使ったバックトラックなど、
トラックメイクは多彩で、あくまで主役のフロウやライムによって、
アフリカン・ヒップホップのアイデンティティを打ち出していて、その意気を買えます。

ヒップホップの名門レーベル、ストーンズ・スロウのマスタリング・エンジニア、
デイヴ・クーリーがミックスに腕をふるっていて、
アフリカ最貧国ブルキナ・ファソ発の作品とは思えぬクオリティ。
アート・メロディは配信でしかリリースしていませんが、
ジョーイ・ル・ソルダットはフィジカルをリリースしていることにも、大好感。
こういう粋なジャケットを作るなら、フィジカルにしなきゃ、無意味でしょ。

Joey Le Soldat "BURKIN BÂ" Akwaaba Music/Tentacule no number (2014)
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クレオール・クルーナーの祝30周年ライヴ トニー・シャスール

Tony Chasseur  LIVE - LAKOU LANMOU.jpg   Tony Chasseur  LAKOU LANMOU.jpg

う~ん、この人はやっぱり、ライヴの方が断然輝くよなあ。
届いたばかりの新作を聴いて、実感しましたよ。

現在のマルチニークでサイコーにダンディな歌を歌うトニー・シャスールの、
デビュー30周年を記念するライヴ盤であります。
昨年のスタジオ盤“LAKOU LANMOU” をライヴでお披露目したもので、
16年10月にパリのラ・シガールで行われたコンサートが、
CD2枚とDVDに収録されています。

スタジオ盤と同じレパートリーが、見違える歌いっぷりで、
魅力倍増どころか、10倍増ぐらいになっているんですよ。
トニーって、スタジオ盤では端正にまとめすぎちゃうところがあって、
スムーズな歌いぶりが左から右に流れてっちゃうんだけど、
ライヴになると、がぜんイキイキとして、歌い口もぐっと生々しく、
冴えた歌いっぷりになるんですよね。

トニーが率いるビッグ・バンドのミジコペイが、その典型でしたよね。 
あのライヴDVDには、ほんとにブッとびました。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2015-03-07
え~、ミジコペイって、こんなに良かったっけかと、
あわててスタジオ盤引っ張り出して聴き直しましたけど、
まるで違うんですよ。やっぱりスタジオ盤はお行儀よく作った感が強くって、
それくらいライヴのダイナミズムは、段違いのスケール感があります。

というわけで、今回のデビュー30周年記念ライヴも同様。
スタジオ盤では味わえない、弾けまくり、キレまくるリズム、
フレンチ・カリブのクレオール・ジャズの名手たちが巻き起こすグルーヴに、
身体の芯がシビれまくります。
今作はホーンズばかりでなく、
ストリングス・セクションも配した贅沢なサウンドなんです。

トニーの闊達なスキャットやヴォイス・パーカッションも、
ライヴだから発揮されるスポンティニアスさで、客とのコール・アンド・レスポンスも巧み。
トニーって、一級のジャズ・ヴォーカリストにして、エンターテイナーですよ。
ミジコペイのDVDで圧倒されたトニーの才能を、ここでも再認識させられます。

ディスク1のビギン・ジャズあらためクレオール・ジャズ、
ディスク2のクレオール・ポップともに、トップ・クラスのミュージシャンを
入れ替わり立ち代わり使い、コーラスもミジコペイで登場した女性シンガーばかりでなく、
ゴスペル・クワイヤも起用して、これが盛り上がらずにおられよかといった場面の連続。

ああ、生で観たーーーーーーい! このグルーヴに身を浸して踊りた~い!
トニー、日本に来てぇーーーーーー! 誰か呼んでくださいーーーーーー!!!

[CD+DVD] Tony Chasseur "LIVE - LAKOU LANMOU : 30 ANOS DE CARRIÈRE À LA CIGALE" 3M - Mizik Moun Matinik CM2487 (2017)
Tony Chasseur "LAKOU LANMOU" 3M - Mizik Moun Matinik DHP055-2 (2015)
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コンテンポラリー・エチオ・ジャズ・ギタリスト、デビュー! ギルム・ギザウ

Girum Gizaw  Kelem.jpg

エチオ・ジャズのニュー・カマーが登場しました。
アディス・アベバのジャス・クラブで活動している
34歳のギタリスト、ギルム・ギザウです。

昨年6月にリリースされたデビュー作を聴いたんですが、
これがムラトゥ・アスタトゥケ譲りのエチオ・ジャズであるのと同時に、
コンテンポラリー・ジャズとして通用する
現代性も兼ね備えた作品となっているんですね。
エチオピア国内制作で、ムラトゥの孫世代から、
これほど本格的なジャズ作品が登場するのは、これが初でしょう。
歌謡中心のエチオピアでは、インスト作品じたいあまり作られないし、
かろうじてあるのは、カラオケふう「歌のない歌謡曲」式のアルバムぐらいですからね。

どういう人なんだろうと調べてみると、
エチオピア中部アセラの孤児院で育ったという人で、
6歳から教会で歌い始め、ギターを手にしたのは12歳のことだったそう。
高校卒業後、アディス・アベバの音楽学校で3年半ジャズを本格的に学び、
そこで出会ったマルウ・ケスキ=マエンパーというフィンランド人教師が弾く、
フィンガー・ピッキング・スタイルのギターに強い影響を受け、
2年間みっちり、そのスタイルを習得したんだそうです。

そんなフィンガー・ピッキング・スタイルを聴けるのが、
タイトル曲とラストのティジータで、
タイトル曲では、ギルムがアクースティック・ギターを爪弾く彼方で、
男性の語りや少年たちの合唱をコラージュふうにフィーチャーした、
映像的なトラックとなっています。
Youtubeにあがっているギルムのヴィデオを見ると、
演劇のパフォーマンスとの共演など、
ジャズの枠にとらわれない活動をしていることがうかがえます。

一方、エチオピアの伝統歌謡では、
独特の5音音階を駆使したジャズ・ギターらしいソロを聞かせていて、
マハムード・アハメッドの名唱で有名な
“Ere Mela Mela” では、流麗な速弾きも披露。
ソロを弾きながらユニゾンでスキャットする、
ジョージ・ベンソンばりのテクニックほか、
テクニカルなフレージングや独自のヴォイシングなど、
すでにその技巧は完成されていて、
このままインターナショナルなジャズ・シーンで通用する人ですよ。
ソロ演奏の“One Drop” でも、鮮やかなフィンガリングに耳をそばだてられますが、
エチオピアのグルーヴに溢れたリズム感も聞き逃せません。

ただ、全曲エチオ・ジャズと思いきや、
“Take Five” を取り上げているのにヤな予感が。
サッチャル・ジャズなんていう、最悪な前例がありますからねえ。
しかし、シタールでテーマのメロディを弾かせただけのサッチャル・ジャズと違い、
ギルムはテーマのメロディを崩し、
エチオピア訛りともいうべき歌わせ方で弾いていて、
通俗なキッチュに終わらせない非凡さが光ります。
う~ん、こういう解釈をきちんと取り入れているなら、
凡庸な選曲でも、文句は言いますまい。

つるんとしたサウンドの感触やスマートな仕上がりは、
イマドキのジャズが持つ共通項でしょうかね。
新世代らしい同時代感覚のあるジャズながら、
気がかりなのは、エチオピアの自主制作では誰にも知られず、埋もれかねません。
海外レーベルと契約して、ワールド・レヴェルで活躍してほしい、
コンテンポラリー・エチオ・ジャズの逸材です。

Girum Gizaw "KELEM (COLOR)" no label no number (2016)
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フィーリン・ハーモニー コンフント・ホセー・ドローレス・キニョネース

Conjunto De José Dolores Quiñones.jpg

そしてもう1枚、今回買ったヴィンテージ・ミュージック盤でカンゲキしたのが、
コンフント・ホセー・ドローレス・キニョネース。
ソフトなハーモニーの美しさにラテンの粋を感じさせる男性デュオ、
エルマーノス・ベルムーデスが歌うボレーロ集なんですが、
これはまさに、フィーリン・ハーモニーそのものですね。

なるほど、昨年アオラから出たコンピレーション『フィーリン・ハーモニー』の1曲目を
飾るわけだと納得の“Levante” が、本作の1曲目に収録されています。
ホセー・ドローレス・キニョネースという人は、
アオラ・コーポレーションのサイトの解説によると、
「1945年頃からメキシコやスペイン、フランスやイタリア、ノルウェーなどを転々とした
バカブンド的体質を持つ作曲家で、その作品は、ベニー・モレー、アントニオ・マチン、
ロランド・ラセリエ等のキューバ人やローラ・フローレス、ハビエル・ソリス、
ボビー・カポ、ダニエル・サントスなどなど広範囲なラテン系有名歌手にも
作品を取り上げられています」とのこと。
ぜんぜん、知りませんでした(汗)。

都会的センスのあるボレーロを書く人で、ホセー自身が弾くギターを中心とした
小編成のサウンドは、まさしくフィーリンのエッセンスを強く感じさせます。
ホセー・アントニオ・メンデスの“Mi Mejor Cancion” を取り上げてるところも、
まさしく同時代のフィーリンと共振していることをうかがわせるし、
なによりそのサウンドが、当時の新感覚に溢れているんですね。

まず、クラリネットを起用しているのに耳をひかれるんですが、
硬い音色でくっきりとした音像を残すクラリネットの裏で、
柔らかな響きのトロンボーンが対位法的なカウンター・メロディを吹くと、
サウンドがグッとふくよかになり、コンフントのサウンドがまろやかに包み込まれます。
曲によっては、トロンボーンでなく、サックスやフルートも聞かれるので、
マルチな管楽器奏者なのかもしれませんが、
この2管のアレンジがハーモニー・ヴォーカルとともに、
ボレーロを甘美に織り上げています。

わずか8曲22分足らずのアルバムなんですが、
フィーリン好きには堪えられないアルバムです。

Conjunto De José Dolores Quiñones
"CONJUNTO DE JOSÉ DOLORES QUIÑONES CANTAN: HERMANOS BERMÚDEZ"
Vintage Music 057
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ファンキー・チャ・チャ エル・グラン・フェジョーベ

El Gran Fellove.jpg

ヴィンテージ・ミュージックという聞いたことのないスペインのレーベルから、
興味をソソるタイトルのオールディーズ・ラテンのCDが、
いろいろ出ているのに気付きました。
気になったタイトルをいくつか買ってみたら、
届いたCDはペーパー・スリーヴのケースにCD-Rのディスクを突っ込んだだけで、
ライナーノーツもクレジットもない、曲目が書かれているだけの、アイソのない作り。
廉価盤シリーズなら諦めもするけど、お値段はフツーのCDと変わらないんだから、
ちょっとこれはないんじゃない?

ヴィンテージ・ラテンのレア盤を次々とCD-R化しているユニコよりは、
ジャケットの印刷もキレイだし、なにより音質がいいので、
購買意欲はかきたてられますけれども、でも、ちょっと、ねえ。
同じスペインでは、かつてトゥンバオという復刻専門の優良レーベルが
活躍していた時代を知っているだけに、「雑な仕事しやがって」という不満は残ります。

手にしたCDの裏面に、お店のサイト・アドレスが書かれていたので、
ほかにどんなのがあるのかしらんとアクセスしてみたら、驚愕!
カタログに載っていたタイトルは、なんと、3300以上。
ひえ~、なんだ、このレーベル。
こんな膨大なカタログを持ってるとは想像だにせず、ビックリ。
おかげで、カタログ全部チェックするのも大変で、2日がかりになっちゃいましたよ。

カタログは、ラテンに限らず、オールディーズ全般を扱っていて、
ジャズ、ロック、ムード、ダンス・オ-ケストラ、サウンドトラックなどがずらり勢揃い。
なんだか、昔のメモリー・レコードを思い出すなあ(50代以上のオヤジ限定の述懐)。
過去にCD化されたタイトルもありますけど、まったく見ず知らずのものも、たんまりある。
これ、ちょっと欲しいかも、と書き出したタイトルが結構な数になってしまって、
う~ん、どうするかなあ。1枚千円くらいなら、思い切って買っちゃうけど、
この値段じゃなあ。ぶつぶつぶつぶつぶつ。

閑話休題。
今回買ったCDで驚いたのが、エル・グラン・フェジョーベ。
メキシコRCAに録音した代表作2作は、
エル・スール・レコーズがすでに完全復刻してくれましたけれど、
ワトゥーシやツイストなんてやっているこのアルバムは聞いたことがなく、
“WATUSSI” というタイトルの66年ムサート盤とは違うようで、原盤は不明。
間違いなく初CD化でしょう。

のっけの“Watussi” からジャイヴィーな歌い口で迫るフェジョーベ、カッコよすぎます!
全編ファンキー一色に塗りつぶした歌いっぷりが、胸をすきますねぇ。
スムースでメロウな色気たっぷりな歌いぶりを聞かせる“Calypso” に、
「ワトゥ・チャ」を連呼するファンキーな“Mueve La Cintura”
キレまくるツイストのリズムにのせてシャウトしスキャットが爆発する“Sagcuiri”。
この役者ぶり、ぼくの大のごひいきのスキャット・シンガー、
ジョー・キャロルをホーフツとさせます。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2014-02-14

キューバン・ジャイヴの新たなる名盤登場、
フィーリン、ジャイヴ、スキャット好きの皆さん、お聴き逃しなく。

El Gran Fellove "EL GRAN FELLOVE" Vintage Music 095
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音楽ファンが知らない優良CDシリーズ

BGM 20 LIMA.jpg

へぇ~、こんなCDがあるのかぁ。
知ってます? 無印良品が店内で流しているBGMのCDシリーズ。
無印良品のお店にあまりなじみがないもんで、
こんなCDシリーズがあるなんて、ぜんぜん知りませんでした。
フツーのCDショップじゃ売ってないから、気づかないよねえ。

アイルランド、ブルターニュ、リオ・デ・ジャネイロ、ハワイ、プエルト・リコなどなど、
世界各地でレコーディングされた自主企画の録音が20タイトル以上もあって、
ライセンス契約のタイトルを含めると、
その数30を越す一大シリーズというのだから、タイヘンです。

まるでワールド・ミュージック・ファンのために
作られたようなラインナップなんですけど、
ほとんどのワールド・ミュージック・ファンが、これ、知らないでしょう。
なんせ無印良品のお店でしか売ってないんですからねえ。
店内で流すBGMのために、こんな贅沢なレコーディングをしてるとは、驚愕。

このBGMシリーズの20番が、ペルーのリマでレコーディングされた
クリオージョ音楽アルバムだというんだから、聞き捨てなりません。
しかもプロデューサーは、なんと、
サヤリー・プロダクションのフェルナンド・ウルキアガ。
なんだってぇ~? 思わず声が裏返っちゃいましたけど、
このレコーディングのコーディネーターを務めた
アオラ・コーポレーションの高橋めぐみさんから、
「ロサ・グスマンも1曲歌ってるのよ」と耳打ちされ、まじですか!

すぐさま無印良品のお店に駆け込み、手にしたCDは、
ダンボール紙のジャケットに、「20」の文字をエンボス仕上げしただけのそっけなさ。
なんとお値段、千円ぽっきりであります。安っ!
サヤリー・プロダクション諸作のキー・パーソンともなった
エドゥアルド“パペオ”アバンはじめ、ダビラ家のマキシモ・カルロス親子、
カルロス・カスティージョなど、
『ファミリア』『ラ・グラン・レウニオン』の立役者が勢ぞろい。

歌と演奏曲が半々のレパートリーという聴きやすさが、BGMたるゆえんでしょうけれど、
クリオージョ音楽シーンで活躍する名手たちによる演奏は、
サヤリー・プロダクション制作と寸分もかわらないハイ・クオリティで、
これが千円で楽しめちゃうって、もったいないような、申し訳ないような。
音楽誌に紹介されることもないので、ぼくみたいに気づいていない音楽ファンも
大勢いるはず。『リマ編』に限らず、このシリーズは要チェックですよ。

ネットのカタログをのぞいてみたら、『リオ・デ・ジャネイロ編』は、
先月話題にあげたサックス兼フルート奏者のエドゥアルド・ネヴィスが参加した
ショーロ・セッションのようだし、『ハワイ編』『アイルランド編』なんて、
もう売り切れになってますよ。
さらに、自主企画シリーズの『BGM』とは別に、
『BGM+』というライセンス契約シリーズものもあって、
そのラインナップをみたら、まー、ぼくの愛聴盤がずらり。

スコットランドの女性ハープ・デュオ、シーリスの96年の大傑作“PLAY ON LIGHT”、
アイルランドの女性歌手アイリス・ケネディの01年の名盤“TIME TO SAIL”、
ケルト音楽バンド、フルックの02年作“RUBAI”、
カーボ・ヴェルデの女性歌手ルーラの04年作“DI KORPU KU ALMA”。
これをセレクトした人とは、お友達になれそうですねえ。

Eduardo “Papeo” Abán, Calros Castillo, César Oliva, Rosa Guzmán, Leticia Curay, Calros Ayala and others
「BGM 20 LIMA」 無印良品 WQCQ634 (2015)
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ポップに進化したイムザード

Imzad  TARHA.jpg   Imzad  IMZAD.jpg

昨年、ライ歌手のカデール・ジャポネの新作に登場して驚かされた
アルジェリアのトゥアレグ人バンド、イムザードの近作2枚が手に入りました。
コンテンポラリーなセンスを発揮しながらも、トゥアレグらしいブルージーな感覚を
しっかりと背骨にしているところが、信頼に足るバンドです。
過去2作を取り上げた記事がこちら。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2013-08-30
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2014-07-28

14年作は前2作に比べると、幾分渋い仕上がりといえるでしょうか。
ミディアム・テンポのゆったりとした曲調が並んでいて、
全体に落ち着いたトーンになっているのが印象的です。
コンテンポラリーなセンスも今作は抑え気味で、
レゲエ・アレンジの“Adewagh Ad Mezwane” で、
控えめながらオルガンを導入したのが、ゆいいつの新機軸かな。

感情を表に出さず淡々と歌うアナスラム・エル・ハッサンと、
キレよく解き放つような歌いっぷりを聞かせるダナ・ベイという、
個性の異なるヴォーカリストの対比がこのバンドの妙味なら、
グルーヴィーなラインを弾くベーシストは今回もうなりをあげていて、
耳をひきつけられます。

ところが15年作では、がらりとサウンドを変えてきましたね。
手拍子に女声のウルレーションも華やかなアップテンポの曲でスタートして、
祝祭感を演出するかと思えば、続く2曲目では、初めてシンセサイザーが登場。
さらにはサックスを起用した曲もあり、従来とは大きくサウンド・イメージを変え、
前作の渋さから一転、ポップ感覚を強めたサウンドに仕上げています。

驚かされたのは、ツイストにアレンジした“Bess Essanagh”。
へー、カッコいいじゃない! ツイスト・ブルース・ロックだね、こりゃ。
このリズム・センスは新鮮で、ヤられました。

一方で、バンド名であり、今回のジャケットにも写っている
トゥアレグ女性の楽器イムザードも初登場しています。
これまでこのバンドの不思議だったんですが、イムザードを名乗りながら、
なぜかこれまでこの楽器をまったく使っていなかったんですけど、ついに来ましたねえ。
アルバム・タイトルともなっている曲名もすばりな“Imzad” の冒頭で、
メンバーたちがドローンのようなチャントを唸るなか、イムザードがフィーチャーされ、
まるでトゥアレグ女性のティンデが始まるかのようなイントロを聞かせます。

ほかにも、葦笛を使ったり、ヴァイオリンをフィーチャーしたりと、
随所にこれまでなかった新機軸のサウンド・メイキングをあちこちに施していて、
このバンドがポップに進化を遂げたことを、強くアピールしています。 

Imzad "TARHA" Padidou CD612 (2014)
Imzad "IMZAD" Padidou CD795 (2015)
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