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昔気質のショーロ職人 イザイアス

Izaías e Seus Chorões  CHORANDO NA GAROA.jpg

うわぁ、ごぶさたしてました~、お元気でしたかあと、
思わずジャケットに声をかけてしまった、
サンパウロのヴェテラン・バンドリン奏者、イザイアスの新作です。

前作がいつだったか、もう十年以上も前のことで記憶になくて、
ブラジルのディスコグラフィ
Dicionário Cravo Albin da Música Popular Brasileira
をチェックしてみたんですけど、なぜだか載ってないんですよね。
たしか、黒バックにショーロの楽器を並べた
ジャケットだったという記憶があるんだけどなあ。

エレピだったか、シンセだったか、もう忘れましたけれど、
鍵盤楽器の起用がいただけなくて、
ソッコー処分してしまったもんだから、タイトルを覚えてないんですよ。
もうひとつのディスコグラフィ Clique Music の方をのぞいてみたら、
ありました、ありました。
99年に出た“QUEM NÃO CHORA NÃO AMA” というアルバムですね。

やっぱりねえ、イザイアスの最高作はデビュー作の“PÉ NA CADEIRA” ですよ。
ちょうどぼくがショーロに夢中になっていた頃に手に入れたLPなので、
ことのほか思いも深く、ジャコー・ド・バンドリンのように、
「バンドリンを泣かせる」正統派らしいプレイにゾッコンとなったんですよね。

それなのに、上の二つのディスコグラフィとも、
イザイアスのデビュー作を正しく載せていないのは、遺憾千万。
81年にサンパウロのマイナー・レーベル、JVから出たレコードなのに、
99年にクアルッピがCD再発した時のアルバムとして載っているんですよね。
ぼくはこのデビュー作でイザイアスに夢中になっただけに、この扱いは悲しいなあ。

Isaias e Seus Chorões  PÉ NA CADEIRA LP.jpg   Isaias e Seus Chorões  PÉ NA CADEIRA.jpg

また、このデビュー作のジャケットがいいんですよ。
シャッターが半分下がったお店の中で、
ショーロを演奏しているレジオナルのメンバーたちの様子がちょっとのぞいているという、
なんとも雰囲気のある構図でした。
99年にクアルッピがCD化した時は、裏ジャケットの写真が表紙になってしまい、
このジャケットの写真がバック・インレイになってしまったのは残念だったなあ。

本名イザイアス・ブエノ・ジ・アルメイダ。37年6月7日生まれということで、
もう80歳になったんですね。そのプレイに衰えはみじんも感じられません。
曲の雰囲気に合わせて弾き方を変え、
思い入れたっぷりに、たっぷりとタメて間を長くとるかと思えば、
一方で、前のめりになって性急なフレージングを弾く曲あり、
律儀に音符どおり、きっちりと弾き、
プリング・オフやトレモロを駆使して、キリッとした響きを聞かせる曲あり、
曲の解釈にイザイアスのショーロ演奏家としての才能を感じます。

特に、スローでの泣かせ方、フレージングに合わせた音の強弱のつけ方、
スラーを効果的に加えたり、最後の音を印象的に美しく響かせるテクニックに、
これぞイザイアスだと感じさせる場面が多数あって、嬉しくなってしまいました。
昔気質のショーロ職人といったプレイに味わいをおぼえる、珠玉の一枚です。

Izaías e Seus Chorões "CHORANDO NA GAROA" Pôr Do Som PDS068 (2017)
[LP] Isaias e Seus Chorões "PÉ NA CADEIRA" JV JV003 (1981)
Isaias e Seus Chorões "PÉ NA CADEIRA" Kuarup KCD122 (1981)
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音楽をする喜び ブラッデスト・サキソフォン feat. ビッグ・ジェイ・マクニーリー

Bloodest Saxophone feat. Big Jay McNeely.jpg

なんて羨ましい連中なんだろう。
ミュージシャンをこれほど羨ましく思わせるアルバムも、
なかなかないんじゃないかな。

自分たちが、その音楽をやる直接の動機となった、
伝説クラスの音楽家と共演できる幸福。
会えるだけでも、自分たちの音楽を聞いてもらうだけでも、
天にも昇る心地となるほど憧れた相手と、今一緒に演奏しているということ。
そんな敬愛の念がびんびんと伝わってきます。

しかも、そんなリスペクトの気持ちが、遠慮につながってないところが、またいい。
とかく、こういう愛が強すぎる共演では、愛する側が遠慮しすぎてしまって、
萎縮してしまったりするもんですけれど、ぜんぜん、そんなになっていない。

伝説のホンカー、ビッグ・ジェイ・マクニーリーを前にして、
ハンパな演奏など、恥ずかしくてできないぜとばかり、
全力を出し切ろうとする、ブラッデスト・サキソフォンの演奏ぶり。
ソロ・リレーでは、ビッグ・ジェイに負けてなるかと挑む、
その熱い気持ちがびんびん伝わって来て、目頭の裏をジーンとさせます。
12年のクラブクアトロで踊りながら泣いたあの夜を、また思い出してしまいました。

あの後、ライヴ盤が出て、
その3年後に再来日し、レコーディングをしたことは聞いていたので、
待ちに待ったアルバムです。
クリス・パウエルの“I Come From Jamaica” をやってくれたのは、嬉しかったなあ。
モノラル録音の良さも格別。

ジュウェル・ブラウンとの共演も感動の一作でしたけれど、
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2014-12-09
音楽で結びついた日米・老若の友情に、胸アツとなる大傑作。
ビッグ・ジェイ、この時、88歳。とんでもありません。

Bloodest Saxophone feat. Big Jay McNeely 「BLOW BLOW ALL NIGHT LONG」 Mr. Daddy-O SPACE006 (2017)
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ジョー・キャロル祭り

Joe Carroll  THE EPIC & PRESTIGE SESSIONS.jpg   Joe Carroll  MAN WITH A HAPPY SOUND.jpg

希代のジャイヴ・シンガーであり、
バップ・ヴォーカリストである、ジョー・キャロルの代表作2枚、
56年録音のエピック盤と、62年のチャーリー・パーカー盤が揃って復刻しました!
こりゃあ、めでたい!! この夏は、ジョー・キャロル祭りでっす!!!

ジョー・キャロルが、どんなにカッコいいシンガーかは、
一度ここできっちりと書いたので、もう繰り返す必要はありませんね。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2014-02-14
あの記事を書いた時、日本だけでCD化されていたエピック盤、
アメリカのコレクタブルズがCD化したチャーリー・パーカー盤ともに、
入手が難しくなっていた時期でもあったので、これは大歓迎でしょう。
さらに、すでにCDを持っているという人でも、買い替えをオススメします。
すんごいお宝が、ボーナス・トラックで入ってるんですから。

まずは、エピック盤の方。
サブ・タイトルにあるとおり、エピック盤全曲のあとに、
プレステッジ録音の4曲が収録されています。
この4曲は、古株のファンにはおなじみですね。
オムニバス盤“THE BEBOP SINGERS” (PR 7828) に、
エディ・ジェファーソンの4曲とアニー・ロスの6曲とともにカップリングされていた、
52年12月録音のセッションです。

続いて、ガレスピー楽団でパリを訪れた53年2月に録音した5曲が収録されています。
クレジットによると、ヴォーグの10インチ盤だそうですが、
う~ん、これは見たことないなあ。ぼくも今回初めて聴きました。

しかも、これだけじゃないんですよ。
さらにボーナス・トラックとして、52年の2月と7月、
ニュー・ヨークでガレスピー楽団(セクステット/クインテット)とともに録音した
6曲が収録されているんだから、すんごいヴォリューム。
クレジットによると、ガレスピー自身のレーベル、ディー・ジーと
アトランティックに残したSP音源とのことなんですが、
アトランティックに録音を残していたなんて知らなかったので、びっくり。

ところが、アトランティック録音の2曲を聴いてみると、あれれ。
これって、スウェーデンのメトロノームから出ていた、
ガレスピーのEP盤(MEP450)所収の2曲と同じじゃないの。
う~ん、原盤はアトランティックのSPだったのかあ。
なかでも、ガレスピーとデュエットするアフロ・キューバンの“This Is Happiness” は
ゴキゲンなトラックで、これがCD化されたのは嬉しいですねえ。

そして、チャーリー・パーカー盤の方は、ボーナス・トラックは2曲。
エピック盤に比べると少ないですけれど、
これしかレコーディングされてないんだからしょうがない。
チャーリー・パーカーからは、LP1枚とシングル盤2枚がリリースされていて、
シングル盤2枚のうち1枚はLP収録曲ですが、もう1枚はLP未収録曲で、
これが今回CD化されたというわけ。

このシングル盤は、LPのレコーディングの1年前、61年3月に録音されたもので、
バリトン・サックス奏者セシル・ペインのクインテット
(デューク・ジョーダンのピアノに、ロン・カーターのベース!)をバックに、
“Anthropology” “Hi-Fly” をスキャットしたもの。
この「アンソロポロジー」が、サイコーなんですわ。
63年にダブル・シックス・オヴ・パリがガレスピーと一緒に録音してるより、2年も早い。
「アンソロポロジー」のスキャット・ヴァージョン初演なんじゃないですかね。

ランディ・ウェストンの「ハイ=フライ」は、
セシル・ペインとスキャット合戦を繰り広げます。
スキャットはジョー・キャロルの圧倒的勝利って感じなんだけど、
セシル・ペインもほっぺたを鳴らす技などを繰り出してジョーに対抗、
なかなか面白いヴァージョンになっています。

いや~、大満足。
ジョー・キャロルの録音もほぼCD化されたといっていいと思いますが、
残るは、78年にニュー・ヨークのクラブ、ジャズマニアでライヴ録音した
アルバムも、ぜひCD化をよろしくお願いします。

Joe Carroll "JOE CARROLL THE EPIC & PRESTIGE SESSIONS" Fresh Sound FSRCD935
Joe Carroll "MAN WITH A HAPPY SOUND" Blue Moon BMCD1637
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あくなき探究心 チャーリー・パットン

Charlie Patton  TRUE REVOLUTION  THE GENNETT RECORDINGS.jpg

戦前ブルース研究所の仕事ぶりには、いつも敬服してしまいます。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2011-07-26
徹底した実証主義、科学的調査にもとづいて、発見される歴史的新事実。
これまで当たり前に思っていたことが、次々とひっくり返される痛快さ。
そのあくなき探究心に、頭が下がるばかりです。

ここ十年くらいの音楽研究で、これに匹敵する研究を他の分野で知りません。
ロックやワールド・ミュージックには、皆目見当たらないし、
ジャズにユニークな楽理研究がいくつかあるとはいえ、
やはり専門家のための研究で、
読み進めているうちにワクワクするといった類のものじゃありませんね。
だからこそ、彼らの仕事に大きな刺激を受けつつ、正直、嫉妬もおぼえるのでした。

彼らの音楽研究がすばらしいのは、
文献や資料をもとにアプローチするような学者の仕事とは違って、
長年愛聴してきた音源に疑問を持ち、その疑問を出発点に、
じっさいにギターを弾きながら、仮説を立て、検証しているところです。
研究の出発点がミュージック・クレイズであり、ミュージシャン気質であることろが、
学者の仕事とは決定的に異なる、痛快さや面白味につながるんですね。

ロバート・ジョンソンの録音から、ヴォーカルだけを取り出し、
音声信号分析ライブラリにかけて周波数を測定したうえで、
セント値(半音の1/100が1セント)に変換し、
これを平均律からのずれとして表記し、正確な音程による譜面を作成しようなんて、
誰が思いつきます?
そして、これをヴォーカロイドにかけて歌わせてしまうんだから、面白すぎる。
こういう試みを嫌う人もいるだろうけど、ぼくはもろ手を挙げて大賛成。
研究は、奇抜な発想があってこそ面白いし、思いもよらない発見があります。

そして、その彼らの研究成果が、このほど一つのCDとしてまとめられました。
チャーリー・パットンの初録音である、リッチモンド、ジェネット・スタジオでの録音。
29年6月14日、パットンのみならず、ウォルター・ホーキンズも交えて
当日行われた録音18曲すべてを収録しています。
そこにあった複数のギター、そして、音叉にピッチ・パイプにピアノという、
異なるチューニング・マシーンの存在。
さらに、カッティング・マシンは、異なる回転数で回っていた事実。

これらを修正するのに、
彼らがどんな試行錯誤を繰り返したかは、CD解説にゆずるとして、
これまで聴いていたパットンの録音が、いかに早回しだったかがわかります。
本盤を聴いたうえで、Pヴァイン盤を聴き直すと、
リズムは上滑っているし、パットンのヴォーカルにコクがありませんね。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2010-07-13
Pヴァイン盤は、全体に高音がカットされていて、
ヴォーカルが後ろに引っ込んでいるんですが、
本盤はヴォーカルが前面に飛び出して、
ダミ声のパットンのヴォーカルが生々しく聞こえます。

う~ん、味わいのあるヴォーカルですよねえ。
“A Spoonful Blues” でのコミカルでセクシーな歌いっぷりや、
シャープなギターにほれぼれとしますよ。
原音で聴くと、迫力がぜんぜん違うじゃないですか。
パットンや相棒のウィリー・ブラウンみたいなダミ声に、
はや高校生でホレこんでたのだから、
のちにアインラ・オモウラにゾッコンになるのも、むべなるかなであります。

こんな迫力に満ちたパットンを聴いてしまうと、
29年10月や30年5月のセッションも、修正音源でぜひ聴いてみたくなりますねえ。
“High Water Everywhere” “Moon Going Down” がどれほど変わるのか、
ぜひとも体験したいものです。

Charlie Patton 「TRUE REVOLUTION : THE GENNETT RECORDINGS JUNE 14, 1929」 Pan KRG1027
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シャルル・ドゥヴェル写真集

The Photographs of Charles Duvelle.jpg

大学生の頃、アフリカの民俗音楽を集中的に聴き込んでいたことは、
一度ここで書いたことがあります。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2014-07-08
当時、進路に迷っていた頃で、文化人類学の研究者になる道へ転向するか、
それとも、今の大学で経済学部に籍を置いたまま卒業して、一般企業に就職するか、
結局、フツーの会社員になる道を選んだわけなんですが。

当時、アフリカの民俗音楽で一番お世話になった先生のひとりが、
ディスク・オコラを設立した音楽学者のシャルル・ドゥヴェルでした。
そのシャルル・ドゥヴェルの写真集が出るというので、
楽しみにしていたんですが、届いてびっくり。
296ページに及ぶ、ずっしりとした重量感たっぷりのファイン・アート写真集。

オコラのレコードで見慣れた写真が、多数掲載されているんですが、
シャドウがつぶれていたり、粗い印刷だったものが、
見違えるような美しさに生まれ変わっていて、
ページをめくるたびに、コーフンにつぐコーフン。
6×6で撮ったモノクロームの諧調の美しさは、絶品です。
もちろん初めて目にするカット、未発表だった写真もたっぷりあって、
夢中になって見てしまいました。

巻末のインタヴューを読んで驚いたのは、
シャルル・ドゥヴェルの関心が、民俗音楽いっぺんとうではなかったということ。
彼はアフリカン・ポップスも大量に聴いていて、
オコラを辞めたあと、ナイジェリアでフェラ・クティと親交を持ち、
カラクタ襲撃事件直前のカラクタに、数日間滞在したこともあるそうです。

また、オコラの音源に、ピアノとエレクトリック・ギターを被せてヒットを呼んだ
「ブランディ・ブラック」に関しても、オドロキの事実が書かれていました。
「ブルンディ・ブラック」を発売したバークレイ社のオーナー、
エディ・バークレイとシャルル・ドゥベルは友人同士で、
エディ・バークレイは、「ブルンディ・ブラック」の制作当初から、
シャルル・ドゥヴェルに相談を持ち掛けていたそうです。
シャルル・ドゥヴェルは、ブルンディ大使館を通じ、
録音権利者への分配が行えるように手配したうえで、
制作されたシングル盤(61398L)だったんですね。

当初、ブルンディ大使館の全面的なバックアップによって、
発売されたものであったのにも関わらず、
80年になってイギリスでリミックスされた12インチで、再度ヒットを呼ぶと、
帝国主義的な第三世界の文化搾取といった文脈で、強く非難されたものでした。

ブルンディ・ブラックについて書かれた記事は、
ミュージック・マガジンの81年7月号で中村とうようさんが書かれた
「運命の波にもまれるブルンディ・ドラム」が最初だったと思います。
この記事では、文化搾取式の言辞は述べられていませんが、
「そのすばらしいブルンディのタイコの録音に、
けしからぬ小細工をほどこしたやつが現れた」
と書かれているので、とうようさんがお気に召さなかったのは事実でしょう。

のちにこの記事が、『地球が回る音』に再録された際は、
タイトルが「盛大に盗用(?)されるブルンディ・ドラム」と改題されていました。
「(?)」を付しているあたりは、さすがに慎重ではありますが、
単純な盗用ではなかったという経緯を知れば、
とうようさんの評価も違ったものになったかもしれません。

この写真集には2枚の付属CDも付いていて、
アフリカとアジアのフィールド録音がそれぞれ編纂されています。
オコラとプロフェットのディスコグラフィーも最後に掲載されていますが、
シャルル・ドゥヴェル自身がフィールド録音したアルバムも、
録音は別人が行い、ディレクションのみ関わったアルバムも特に区分けされていません。

OCR24 Musique Malgache.jpgOCR28 Musique Maure.jpgOCR35 Musique Kongo.jpg

最後に、個人的に思い出深いオコラのアルバムで、
シャルル・ドゥヴェル録音・監修の3枚(上)と
録音は別人で監修のみの3枚(下)をご披露しましょう。

SOR9 Musique Fali.jpgOCR16 Musique Kabre du Nord-Togo.jpgOCR40 Musique du Burundi.jpg

[CD+Book] Hisham Mayet "THE PHOTOGRAPHS OF CHARLES DUVELLE : Disques OCORA and Collection PROPHET" Sublime Frequencies SF110 (2017)
[LP] "MUSIQUE MALGACHE" Ocora OCR24 (1965)
[LP] "MUSIQUE MAURE" Ocora OCR28 (1970)
[LP] "MUSIQUE KONGO" Ocora OCR35 (1966)
[10インチ] "MUSIQUES FALI (NORD-CAMEROUN)" Collection Radiodiffusion Outre-Mer SOR9
[10インチ] "MUSIQUE KABRÈ DU NORD-TOGO" Ocora OCR16
[LP] "MUSIQUE DU BURUNDI" Ocora OCR40
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モノクロームなロマンティック ニイア

Niia  I.jpg

なんか、ネオ・ソウル、きてない?
RC&ザ・グリッツにムーンチャイルドと、
ここのところ、お気に入りになるアルバムに、ネオ・ソウル色の濃いものが多くて、
なんか風が来てる? てな感じを持ってたんですけど、
どうやら風どころか、けっこう大きな波になってるのかも。

今日試聴して耳にひっかかったのが、ことごとくネオ・ソウル・ライクなアルバムばかり。
なんでもかんでもよく聞こえてしまう時って、
気を付けないと、あとで後悔すること多しなので、
もう1度試聴し直して、手元に積み上がった5作から厳選して、この1枚だけを購入。

これは、ゼッタイいいぞ、という確信ありの1枚、
家でじっくり聴き直しましたが、絶品です。
1曲目のプレリュードに続いて、
重くファットなベース音に載せて滑りこんでくるニイアの歌声は、
ダブル・ベッドのまっさらなシーツに、長い足と腕を差し込んで、
身体を引き寄せてくる長身の美女を想像させます♡
(ジャケットからの妄想)

シャーデー・アデュをホウフツとさせるクール・ビューティ、
と思いきや、繊細な歌声のままに、振り絞るように歌う曲もある。
それでも、歌の表情はどこまでも軽やかで、歌いすぎの感を与えない。
デビュー間もない頃のジョニ・ミッチェルに、ちょっと似た印象もあったりして。

幼い頃からクラシック・ピアノと歌を習い、ハイ・スクールの頃には、
ジュリアード大学院やバークリー大学のプログラムに参加して、
ニュー・ヨークのニュー・スクール大学に進んで、ジャズ・ヴォーカルを専攻したとのこと。
大学在学中にワイクリフ・ジョンと出会い、ちょうど十年前の07年に、
ニーアをフィーチャリングしたワイクリフのシングルがヒットして、話題になったんだとか。
経歴そのまんまの音楽性を聞かせてくれます。

生演奏ぽいドラムスの音や、選び抜かれたシンセの音色、美麗なストリングスと、
どこまでもスタイリッシュなプロダクションに、スキなどありません。
プロデュースはロビン・ハンニバル。どおりでライに似てるわけだわ。
安心して身を任せ、酔いしれましょう。

Niia "I" Atlantic 560036-2 (2017)
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J-R&Bのネクスト・ステージ RIRI

20170709_RIRI.jpg

これ、17歳の女子高生が歌ってるの!?
ま・じ・で・す・か。
うおぅ、ついに日本にも、ジョス・ストーンみたいな才能が登場したってか。

いやあ、びっくりさせられましたねえ。
CDショップのR&Bコーナーの試聴機にセットされていた、新人女性歌手のEP。
は? なんで洋楽フロアに日本人の女のコのCDが入ってんの?
なんて思いながら、ボタンを押したら、脳天に雷落ちました。

こんな衝撃は、宇多田ヒカルの「Automatic」のMVを、
深夜放送の音楽番組で初めて見た、あの時以来。
偶然にも、あの時TV初登場だった「Automatic」を目撃したぼくは、
あわてて「宇多田ヒカル」とメモして、リリースの日を待ったんですが、
無名の新人のデビュー・シングルを心待ちにしたなんて経験、生涯あの1回こっきり。
のちに空前のブームが巻き起こるなど、その時点では想像だにしませんでした。
その「Automatic」ショックに匹敵する衝撃を、
RIRIの『RUSH』におぼえましたよ。

思い起こせば、ゼロ年代あたりからでしたかね。
R&Bを歌う新人シンガーが、それ以前の日本のR&Bとは、
一段も二段もレヴェルの上がった歌を聞かせるようになったのは。
本場アメリカとヒケをとらない歌に、
「うほ~、カッコいい。さすが、若い人は違うねぇ」と思いつつも、
身銭切ってCDを買おうとまで思わせる人は、残念ながらいませんでした。

やっぱり、うまいねえ、だけでは、心は震えんのですわ。
どんなに本場モノに迫るといっても、イミテイトだけじゃ満足できません。
うまいだけなら、イギリスにだって、カナダにだって、
それこそ今や、韓国や香港やマレイシアにだって、R&Bシンガーはいますよ。

ですが、このRIRIは、違いましたね。イミテイトを超したサムシングがある。
繊細な歌い出しから、一気に歌い上げるダイナミクスの大きな歌唱、
その若さに似合わぬ豊かな表現力が、さまざまな表情をみせ、聴き手を翻弄します。
もちろんそのマナーは、さまざまなアメリカの先達から吸収したものではあっても、
このコ自身の中からあふれ出るパッションが、
まごうことなき、オリジナルの輝きを放っているんですね。
わずか11歳で出場したデイヴィッド・フォスターが主催したオーディションで、
なんとファイナリストに選ばれたという実力は、ケタ違いです。

RIRI I LOVE TO SING.jpg

あまりの衝撃に、昨年出したというデビューEPもあわてて買ってみたんですが、
これまた、爆発せんばかりの歌いっぷりにノックアウトされました。
もう、歌いたくて歌いたくて、歌わずにはおれないといった気持ちが、
アルバム中からほとばしり出ています。
上滑りしてるくらいの感じが、いいじゃないですか。胸に響きますよ。

英語詞も日本語詞も分け隔てのないクリアなディクションで、
身体ごとぶつけてくるような歌いぶりは、歌のスキルを超え、
圧倒的な説得力をもって迫ってきます。
この時で16歳なのかあ。空恐ろしい才能、というより、
むしろこの若さ、デビュー当初だからこその輝きを捉えた、
逸品といえるんじゃないですかね。

このトンデモな才能のナマ声を聴きに、
タワーレコード新宿店のインストア・ライヴに行ってきました。
すんごい。ホンモノだわ、このコ。
リハーサルの歌い出しの第一声で確信しました。
笑顔がチャーミングなことといったら♡♡♡
十代特有の屈折なんて、関係ないって感じ。
MCを聞いていても、女子高生とは思えぬしっかりとしたトークで、
きちんと躾けられたことのわかる言葉づかいに、大好感。

いずれビッグになって、ドーム・クラスのハコで歌うシンガーに成長するはず。
デビュー間もない時期に目前で拝んだことは、将来貴重となるかも。

RIRI 「RUSH」 The Mic-A-Holics Inc. TMAH0002 (2017)
RIRI 「I LOVE TO SING」 The Mic-A-Holics Inc. TMAH0001 (2016)
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ノースウェストのソウル王 アンディ・ストークス

Andy Stokes  FULL CIRCLE.jpg

おぉ、再プレスされたか!
去年の秋にリリースされたアンディ・ストークスの新作EP。

これが極上の内容なんですけど、
リリースまもなくソールド・アウトになってしまい、ずっと入手できず。
日本に入ってきた形跡もなく、
これを欲しがっている黒汁マニアさんも、結構いるんじゃないかしらん。
アマゾンのウィッシュ・リストに入れておいたら、
気付かないうちにオーダー可能になっていて、喜び勇んでポチりました。

ポートランドのファンク・バンド、クーラーの
リード・シンガーとして80年代後半から活躍してきたアンディ・ストークス。
すでにヴェテランの域にあるシンガーで、
「ノースウェストのソウル王」とも称されるこの人、歌えるんですよ。

もろにインディを思わせる、手抜きジャケット・デザインが悲しいんですけれど、
K-Ci&ジョジョやジョニー・ギルを手掛けた
ラルフ “ファントム” ステイシーがプロデュースを務め、
プロダクションにインディの弱みはありません。
流麗なステッパーズ・ナンバーで聞かせるソウルフルなノドなど、
スムースなR&Bサウンドにのせて歌う、黒光りするこの声にヤられます。

あっという間の、7曲25分42秒。
フル・アルバムも期待したくなりますねえ。

Andy Stokes "FULL CIRCLE" New5 no number (2016)
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猟師を称えるヨルバのチャント オグンダレ・フォヤンム

Ogundare Foyanmu  E KU EWU OMO.jpg   Ogundare Foyanmu  VOL.3  IJA ORE MEJI.jpg
Ogundare Foyanmu  VOL.5  IKINI NILE YORUBA.jpg   Ogundare Foyanmu  VOL.7  OMIYALE.jpg
Ogundare Foyanmu  VOL.9  OLODUMARE.jpg   Ogundare Foyanmu  VOL.11  ITANIJI.jpg

オラトゥボシュン・オラダポは、ヨルバ文化に根差した詩人、劇作家であり、
ブロードキャスターや音楽プロデューサーとしても活躍した人。
77年にヨルバの口承芸能専門のレーベル、オラトゥボシュン・レコーズを立ち上げ、
数多くのヨルバの伝統芸能の録音を残してきました。

オラトゥボシュン・レコーズからは、
ダダクアダのオドライェ・アレムのアルバムがまとまってCD化され、
あらためてヨルバの伝統音楽の妙味を堪能しましたけれど、
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2011-05-17
イジャラのオグンダレ・フォヤンムのCDも出ていることを最近知りました。

オグンダレ・フォヤンムは、36年オヨ州オボモショの出身で、
イジャラというのは、ヨルバの猟師の音楽です。
猟師の音楽というと、マリ、ワスル地方の猟師結社ドンソの音楽、
ドンソ・ンゴニが連想されますけれど、
ヨルバのイジャラは火、鉄、戦いの神であるオグンを祀っています。
「オグンダレ」という名前が、オグンへの崇拝を表わしていますね。

猟師の勇気を称えるイジャラのチャントは、
メロディらしいメロディがなく、ほとんど語り物に近いといえます。
トーキング・ドラムが伴奏につくものの、
ダダクアダのように当意即妙なかけあいは聞かれず、
スウィング感たっぷりのリズムもありません。
トーキング・ドラムは、お囃子が追唱する脇で、
控えめに合いの手を入れる程度のもので、ほとんど目立たないんですよね。

正直なところ、ヨルバ語を解さない者には、イジャラの面白味を感じ取るのは難しく、
さすがのヨルバ音楽好きのぼくも、今回入手したオグンダレ・フォヤンムの6タイトルは、
1回聴いただけで、たぶん棚のこやしになりそう。
ずいぶん昔に買った第4集と、ほとんど同じでしたね。
ほかのイジャラのアーティストでは、
アカンビ・アケロヨというすごいダミ声の人のLPを持っていますけれども、
音楽的に楽しむというところまで、なかなか行き着きません。

というわけで、ディープなナイジェリア音楽ファンにも、あまりおすすめはできませんが、
こんなヨルバの口承芸能もあるという、イジャラのご紹介でありました。

Ogundare Foyanmu "E KU EWU OMO" Olatubosun ORCLP90
Ogundare Foyanmu "VOL.3 : IJA ORE MEJI" Olatubosun ORCLP103
Ogundare Foyanmu "VOL.5 : IKINI NILE YORUBA" Olatubosun ORCLP118
Ogundare Foyanmu "VOL.7 : OMIYALE" Olatubosun ORCLP120 (1980)
Ogundare Foyanmu "VOL.9 : OLODUMARE" Olatubosun ORCLP168
Ogundare Foyanmu "VOL.11 : ITANIJI" Olatubosun ORCLP187
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エストニアの祝祭感 トラッド。アタック!

Trad.Aack!  AH!.jpg

トラッド方面は、できるだけ歌の素の味を愉しみたいというキモチが強いので、
トラッド・ロックは苦手です。クラブ・マナーなエレクトロ仕立てとか、
プログレ方面にサウンドが向かうのも、御免こうむりたいですね。
ドラムスが入ると、ヤボったくなると思ってるもんで、
よほどセンスのよい使い方をしていない限り、満足できないんですよ。
昔から、フェアポート・コンベンションすらダメという、
狭い器量の持ち主なもんで、すんません。

で、エストニアのこの3人組。
ロック・バンドと変わらないドラム・セット、かき鳴らし系アクースティック・ギター、
残る女性がバグパイプ、口琴、ソプラノ・サックス、ホイッスルを持ち替えて演奏するという
変則トリオで、そっからして、自分向きじゃないなと思ってたんですが、
意外や意外、面白かったです。

エレクトリックな意匠がないところも個人的嗜好に合いましたけど、
半世紀ほど昔のエストニア女性が歌ったアーカイヴ音源をサンプリングして、
曲を組み立てるというアイディアが面白い。
それらの音源は、エストニアの伝統的な歌い手によるもので、
メンバーのギタリストのお婆さんの録音も使われています。

1曲目のお婆さんが唱えるバター作りの呪文が面白くって、
この曲のヴィデオがYoutubeにもあがっていますけど、とってもユニークな仕上がりです。
ほかにも、治癒のための歌など、
メロディのない呪文めいた語りのサンプル音源を練り込んでは、
ユニークなサウンドづくりをしていて、聴きものです。

北欧的なダークさがなく、解放感のあるダンス・ミュージックが中心で、
リズムが多彩なところにも興味をひかれました。

Trad.Attack! "AH!" Nordic Notes NN068 (2015)
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アラブ式オペラを開拓したアラブ歌劇場のパイオニア サラマ・ヒジャズィ

Salāma Ḥigāzī  PIONEER OF THE ARAB MUSICAL THEATRE.jpg

レバノンのアラブ音楽保存調査財団AMARから新作が届きました。
今回も、アラブの文芸復興運動ナフダが盛り上がった、
19世紀後半から20世紀初頭のエジプトで活躍した歌手の復刻で、
サラマ・ヒジャズィ(1852-1917)の3枚組になります。

エジプト古典歌謡のアーカイヴというと、アラブ近代歌謡の道を拓いた
サイード・ダルウィッシュ(1892-1923)までは容易にさかのぼれても、
それ以前の歌手の録音となると、なかなか耳にすることができず、
かろうじてぼくが長年頼りにしてきたのが、87年にオコラが出した
“ARCHIVES DE LA MUSIQUE ARABE VOL.1” でした。

ARCHIVES DE LA MUSIQUE ARABE VOL.1  Ocora.jpg

これまでAMARが復刻したアブドゥル・ハイ・ヒルミや
ユースフ・アル・マンヤーラウィも、このオコラ盤にはちゃんと収録されていて、
今回のサラマ・ヒジャズィも収録されています。
今あげた3人の単独復刻は、AMARが初ではなく、
90年にクラブ・デュ・ディスク・アラブAAAが出していましたけれど、ぼくは未入手。
AAAのムハンマド・アブドゥル・ワハーブやウム・クルスームあたりは
買いましたけど、それ以前の歌手にまではとても手が回りませんでした。

さて、今回も充実した解説が付いていて、それによるとサラマ・ヒジャズィは、
ムアッジン(コーラン詠み)から世俗歌手に転向した人だということが書かれています。
のちに劇団に歌手として引き抜かれて歌劇と深い関わりを持ち、
エジプトからシリアやチュニジアまで巡業して名声を高め、
歌劇場のパイオニアという役割を担った人だったんですね。

のちにサイード・ダルウィッシュが、
近代歌謡の旗手として短い生涯にもかかわらず名声を残せたのも、
サラマ・ヒジャズィが西洋近代化の波が押し寄せたエジプトで、
歌劇場という場をアラブ古典音楽の実験場として切り拓き、
アラブ式オペラを開拓した前史があったからこそだったんですね。

歌劇場からアラブ大衆歌謡の基礎はスタートして、
のちにレコード、ラジオ、映画というメディアの発達によって、
近代アラブ音楽の黄金時代を迎えることとなるわけですけれど、
そのまさに出発点といえるのが、本作に収録された録音ということになります。

音源は、ドイツのオデオン社によって1905年から1911年にかけて
録音された50枚以上のSPで、組ものの長編の曲も収録されています。
音質はかなり貧弱とはいえ、サラマ・ヒジャズィの歌声は、
アブドゥル・ハイ・ヒルミにも通じるナマナマしさがあり、
ヒジャズィの歌劇を観覧した当時の人々が、
物語のあらすじや俳優の演技よりも、ヒジャズィの歌を聴きに行ったというのも、
なるほどとうなずける、メリスマの技巧も鮮やかな歌声を堪能できます。

Salāma Ḥigāzī "PIONEER OF THE ARAB MUSICAL THEATRE" Arab Music Archiving & Research Foundation P1131193
Muhyiddin Ba Yun, Muhammad Al-Ashiq, Yusuf Al-Manyalawi, Ali Abd Al-Bari, Salama Higazi, Abd Al-Havy Hilmi and others "ARCHIVES DE LA MUSIQUE ARABE VOL.1" Ocora C558678
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ターボ・フォークは姐御におまかせ エマ・エマ

Ema Ema.jpg

お! ぼく好みのターボ・フォーク、来たぁ。

クラリネットとサックスがぶりぶりと、バルカン独特のコブシをつけて吹きまくれば、
アコーディオンが仄暗い情念を秘めた妖しい旋律を奏でる。
まっこと、いいですなあ、これぞバルカンであります。

ハスキー・ヴォイスのエマ・エマさん、変わった芸名でいらっしゃいますが、
迫力満点の身体つき同様、歌もパワフルそのもの。
見得を切るような節回しもキレよく、説得力を持って迫ってきます。
歌いぶりは熱くても、歌は暑苦しくなく、爽快感さえあります。

アップ・テンポで迫る曲ばかりでなく、
ギリシャ歌謡やトルコのハルクふうのスロー・ナンバーもあり、
多彩なレパートリーとなっているところがいいですね。
抒情味あふれるスローでも、情熱的に歌うエマ・エマにグッときますよ。
エキゾなムードが横溢するクレズマーのようなワルツもいいなあ。
全8曲、わずか28分にも満たないミニ・アルバムなんですけれど、
1曲1曲にそれぞれ趣向が凝らされ、充実したプロダクションとなっています。
ストリングスもオーケストラ並みの大人数をフィーチャーしていて、ゴージャスです。

やっぱ、ターボ・フォークの歌手は姐御肌でないと。

Ema Ema "EMA EMA" Grand Production CD692 (2016)
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テクノ・ホロン参上 ギュルセレン・ギュル

Gülseren Gül  MAVİŞİM.jpg

トルコ北部黒海沿岸の伝統舞踏、ホロンにぶったまげたのが2年前。
民俗的な伝統舞踏が、そのまんまトランス・ミュージック化してしまうという、
その強烈にキテレツな音楽のあり様に、ノックアウトされたんでした。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2015-07-27

その後話題が話題を呼び、現地絶賛品切れ中だったエミネ・ジョメルトも、
日本からの熱烈オーダー呼びかけで再プレスが実現し、
今年になり、めでたく日本盤がリリース。
ちまたでは、ホロン病患者が続出しているとか(ウソです)。

どうやらエミネ・ジョルメトの“HOLON” をリリースしたAK・システムが、
テクノ・ホロン(当方の勝手な命名です)を量産する代表的なレーベルらしく、
このレーベルから出た04年の旧作を今回たまたま手に入れたんですが、
これまた見事なテクノ・ホロンぶりに、ノケぞってしまいました。

すでに十年以上も前から、
ウチコミとケメンチェのフリーキーなインプロヴィゼーションがくんずほぐれつする、
テクノ・ホロンが存在してたんですねえ。
打ち込みの隙間をウネウネと暴れ回るベース・ラインがこれまたテクニカルで、
ヒプノティックなトランスを誘います。

このアルバムは、そうした高速ホロンと、
いわゆる普通のトルコ民謡らしいスローなハルクとが交互に収められています。
エミネ・ジョルメトのように、徹頭徹尾ホロンで迫りまくるといった内容ではないとはいえ、
スローなハルクも5拍子だったりと、
黒海地域のリズムが生かされていて、一筋縄ではいきません。

去年の暮に、ダウード・ギュロールがホロンをやっていたのを再認識しましたけれど、
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2016-12-26
欧米のプロデューサーたちは、まだホロンを発見していないのかな。
オネスト・ジョンズやグリッタービートあたりが取り上げたら、
ホロンも、シャンガーン・エレクトロやコロゴみたいに注目されると思いますけどねえ。

Gülseren Gül "MAVİŞİM" AK Sistem no number (2004)
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芸術ぶった大衆歌謡の矜持 プナール・アルティノク

Pınar Altınok  DORUKTAKI ŞARKILAR.jpg

19世紀から20世紀に移らんとするオスマン帝国末期。
そのSP時代に栄えた古典歌謡を再興しようとする近年の傾向は、
「トルコ古典歌謡のルネサンス」と呼ぶにふさわしいものといえます。
その中心的レーベルともなったのが、
トルコ航空も後押しするアラトゥルカ・レコーズですね。

こうした新しい傾向が生まれる以前のトルコ古典歌謡といえば、
大編成のオーケストラをバックに、大仰な歌い回しで歌う、
わざとらしさ満点な歌謡音楽といったイメージが強かったですからねえ。
女装したゼキ・ミュレンがその典型で、
20世紀後半にサナートというジャンル名で呼ばれるようになった古典歌謡は、
いにしえの古典歌謡、シャルクと呼ばれた軽古典とはまったく異質の、
大衆歌謡がいびつに芸術化した音楽でした。

シャルクが小編成の室内楽的な伴奏で歌われる、
軽妙で爽やかな味わいを持つものであったことは、
初期のゼキ・ミュレンや、さらに昔のSP時代の録音が復刻されるまで、
気づくことができませんでした。

20世紀後半に、シャルクからサナートと称する芸術音楽に変質したのは、
1923年のオスマン帝国崩壊とともに野に下った帝国の宮廷楽士たちが、
イスタンブル新市街のナイトクラブを根城として大衆歌謡化した音楽に、
「芸術音楽」と称して箔を付けるための演出であって、
いわば宮廷楽士のプライドでもあったのでしょうね。

重々しいオーケストラが、やたらともったいつけて長ったらしい前奏をつけ、
やっと歌が出てきたかと思えば、聴き手を脅かすように声を張り上げたりと、
サナートはまさにケレンだらけの音楽になったんでした。
そんなことから、ここ最近のトルコ古典歌謡のルネサンス傾向の音楽を、
サナートと呼ぶのはふさわしくないんじゃないかと思うようになったきっかけが、
タルカンが昨年出した話題作“AHDE VEFA” でした。

なんと本作は、ミュニール・ヌーレッティン・セルチュークに、
サーデッティン・カイナクといった古典歌謡曲を、
ポップスの貴公子タルカンが取り上げた驚きのアルバムだったんですが、
最近の新傾向マナーではなく、
女装ゼキ・マナーのサナートを踏襲した内容だったんですね。
なるほど、旧態依然としたサナートも健在なんだなと、
あらためて気づかされたというわけです。
そういえば、ザラのアルバムも、同じように昔ながらのサナートでしたよね。

で、そのタルカンもザラもスルーしていた当方でありますが、
プナール・アルティノクというこの女性歌手のサナート作には、
ひっかかるものがありました。
オーケストラは厚ぼったいし、歌いぶりもケレン味たっぷり。
だけれど、なぜか惹かれるのは、強力な歌唱力がこれみよがしではなく、
歌い手として昇華したものを感じさせるからでしょうか。

芸術ぶった大衆歌謡が、必ずしもイヤらしくならないのは、
歌手が歌に殉じる、その透徹した美意識が表出するか否かにかかっているのかも。
そんな思いにとらわれた一枚です。

Pınar Altınok "DORUKTAKI ŞARKILAR" Elenor Müzik no number (2014)
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ノスタルジックなトルコ産タンゴ歌謡 メフタップ・メラル

Mehtap Meral Ask.jpg

20世紀初頭、パリに伝わったタンゴは世界的なブームとなって、
アラブやアジアのすみずみまで広まったことは、よく知られていますよね。
ヨーロッパからほど近いトルコでは、早速20年代から、
アルゼンチン・タンゴを演奏する地元楽団が現れ始め、
イスタンブールを中心に、ダンス・パーラーやダンス・スクールが賑わったそうです。

やがて、トルコ語の歌詞によるタンゴ歌謡が作曲され始めると、
トーキー映画によってさらに大流行となり、
歌手のイブラヒム・オズギュルや作曲家のフェフミ・エジェが、
タンゴ歌謡の代表的な音楽家として名を馳しました。

タンゴ歌謡のブームは50年代半ばまで続き、
大衆歌謡の一ジャンルとして、その一翼を担いました。
また、世界中に広まり土着化したタンゴのなかでも、
古典歌謡の風味が溶け込んだターキッシュ・タンゴは、
トルコ独自の香りを放つ個性を宿したといえます。

しかし、その後のロックの世界的な流行によって、
タンゴは急速に古びた音楽となりはてて、長い年月忘れ去られてしまいますが、
近年の古典音楽の再評価と軌を一つにして、タンゴ歌謡も見直されるようになりました。
そのきっかけのひとつとなったのが、シェヴァル・サムが13年にリリースした、
タイトルもそのものずばりの『タンゴ』でした。

とばかり、ずっと思っていたんですが、
いやいや、その前にこれがあったんですねえ。知りませんでした。
83年アンカラ生まれの女性歌手、メフタップ・メラルが11年に出したデビュー作。
ぼくも最近手に入れてびっくりしたんですが、
本作に感化されて、シェヴァル・サムはタンゴに取り組んだんじゃないのかな。
そう思わせるほど、これがたいへんな意欲作なんですよ。

だいたいデビュー作で、ノスタルジックなタンゴ歌謡ばかりを歌うというのも、
ものすごくチャレンジングならば、タイトルも『愛』というド直球ぶりに、
なみなみならぬ意欲を感じさせます。
レパートリーも、ピアソラ作の“Git”、
セゼン・アクスが歌ったポップ・タンゴの“Ben Her Bahar Aşık Olurum” 以外は、
すべて自作のタンゴというのだから、舌を巻きます。
楽想も豊かで、ソングライティングの才能ありですね。

バンドネオンを中心とするタンゴ楽団の伴奏に、
エレクトロなトリートメントをうっすらと施しているところなど、
シェヴァル・サムはこれに倣ったなと思わせる、粋なアレンジが光ります。
メフタップ・メラルはケレン味なく歌っていて、
これほどの意欲作で力が入るかと思いきや、
意外なほど力の抜けた、さらりとしたセクシーな歌いぶりで、後味は爽やか。
ベタつかない美人って、いいもんです。

シェヴァル・サムは、ウードやカーヌーンも使って
古典歌謡とのミックスを試みていましたが、
メフタップ・メラルは大衆歌謡路線のターキッシュ・タンゴに徹しています。
日本未入荷がもったいない、知られざるトルコ歌謡の傑作盤ですよ。

Mehtap Meral "AŞK" ADA Müzik no number (2011)
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テン年代の『そよ風の伝説』 ムーンチャイルド

Moonchild VOYAGER.jpg

白日夢のようなサウンド。
ヘッドフォンから流れてくる甘美なエレピの響きに、
全身の細胞が泡立つのを覚えました。

この快感は、はるか昔、70年代に覚えがありますよ。
ダニー・オキーフの『そよ風の伝説』じゃないですか。
そう、「マグダレナ」でドニ・ハサウェイが弾いた、ウーリッツァーの響きです。
ほかにも、ミニー・リパートンの「ラヴィン・ユー」で
スティーヴィー・ワンダーが弾いた、エレピの音も思い出すなあ。

まごうことなき70年代サウンドを奏でるのは、
南カリフォルニア大学出身の若き3人組、ムーンチャイルドです。
すでに3作目といいますが、ぼくはこれが初体験。シビれました。

波間にたゆたう陽の光がきらめいて、
さまざまに表情を変えて行く映像を見るかのような、
キーボードとシンセサイザーが織りなす響き。
そのデリケイトな音の重なりが絶妙で、ため息がこぼれます。

鍵盤楽器の音の層が重ねられたり、さっと後退したりを繰り返すなかで、
ひそやかにギターが爪弾かれ、木管楽器の柔らかなリフが添えられます。
アクースティックな音像を浮き彫りにしながら、
その裏でエレクトロニックなビートが、秘めやかに鳴らされているんですね。

このエレクトロなグルーヴは、ディープ・ハウスやクロスオーヴァーの諸作、
たとえばオム・レコーズのカスケイドとか、
ネイキッド・ミュージックのブルー・シックスと共通するセンスを感じさせます。
鍵盤系の選び抜かれた音色や、統一感のあるサウンドは、
クラブ・ミュージックを通過した世代ならではでしょう。
こればかりは、70年代にはありませんでしたよね。

ネオ・ソウルにエレクトロのマナーとジャズのセンスを取り入れた
ムーンチャイルドのサウンドは、現実と幻の境を見失う甘美さに溢れています。
ウィスパリング・ヴォイスの女性ヴォーカリストが、
ふわふわした綿菓子のような歌声で夢見心地に誘い、天空へも上る気分。

「ソフト&メロウ」から「チル&メロウ」へ。
時代とともに形容は変われど、メロウネスの快楽は永遠です。

Moonchild "VOYAGER" Tru Thoughts TRUCD341 (2017)
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ウィンストン・マンクンク・ンゴジのあゆみ

Mankunku Yakhal' Inkomo.jpg

南アの名サックス奏者ウィンストン・マンクンク・ンゴジの68年デビュー作
“YAKHAL' NKOMO” が、南アのガロからLPリイシューされたんですね。
発売5年で10万枚セールスを記録した、南アでもっとも売れたジャズ・レコードの
ひとつとして知られ、ジャズ・マニアには有名なアルバムです。
今回はLPのみのリイシューで、CDは出ていないようです。

ぼくは“YAKHAL' NKOMO” を、07年のリイシューCDで聴いていましたが、
このCDは、クリス・シルダー(スヒルデル?)・カルテットに、
マンクンクがフィーチャリングされた、
69年の“SPRING” をカップリングしたお徳用盤となっていました。
ジャケット・タイトルともに“YAKHAL' NKOMO” を踏襲していますが、
“SPRING” が丸ごと収録されています。

“YAKHAL' NKOMO” “SPRING” ともども、典型的なハードバップで、
マンクンクが心酔していたジョン・コルトレーンの影響色濃いアルバムとなっています。
拙著『ポップ・アフリカ700/800』に選ばなかったのは、
北米ジャズをまんまコピーした、「純」ハードバップ・アルバムだからで、
タウンシップ・ジャズのような大衆性のある南ア・ジャズの要素はなく、
有名盤ではありましたけれど、遠慮させていただきました。

43年西ケープ州リトリートに生まれたマンクンクは、
“YAKHAL' NKOMO” 録音当時まだ24歳でした。
血気盛んな年頃で、当時多くのジャズ・ミュージシャンが
海外へ亡命したのにも関わらず、マンクンクは仲間の誘いを断り、
南アにとどまって演奏活動を続けることにこだわりました。

Winston Mankunku  JIKA.jpg   Winston Mankunku Ngozi  Molo Africa.jpg


マンクンクの南ア・ジャズらしいアルバムというと、もっとのちのアルバムで、
87年作の“JIKA” や98年作の“MOLO AFRICA” があります。
“JIKA” にはソロ・デビュー前のベキ・ムセレクも参加しているんですけれど、
南ア・ジャズの代表作という意味では、
ヒットした“MOLO AFRICA” を選ぶのが順当でしょうか。
う~ん、でもぼくはあんまり買っていないので、
これまた『ポップ・アフリカ700/800』には載せてないんですけどね。

この頃になると、マンクンクは豪放にブロウすることがなくなり、演奏もやや冗長なんです。
ヴェテラン・ピアニストのテテ・ンバンビサがいい感じでピアノを弾いているのに、
マンクンクがオーヴァー・ダブしたシンセサイザーがジャマして、耳ざわりなのも難。
コーラスを加えるなど、ポップな味付けをしたかったことは分かるんですが。

Winston Mankunku Ngozi  Abantwana Be Afrika.jpg

むしろ、完全アクースティックの編成で演奏した
03年の“ABANTWANA BE AFRIKA” の方が、落ち着いたサウンドで楽しめます。
ちなみに、ベースはハービー・ツオエリが務めています。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2016-11-24
心臓の持病を抱えていたマンクンクは、09年に66歳で亡くなってしまったので、
本作が遺作となりました。
マンクンク自身のサックスは、すっかりレイドバックしていますが、
南アにとどまり続けたジャズ・プレイヤーの気骨は、しっかり聴き取れますよ。

Mankunku "YAKHAL’ INKOMO" Gallo CDGSP3123 (1968)
Winston Mankunku "JIKA" Nkomo Music/Avan-Guard Music SVCD521 (1986)
Winston Mankunku Ngozi "MOLO AFRICA" Nkomo NK0010 (1998)
Winston Mankunku Ngozi "ABANTWANA BE AFRIKA" Sheer Sound SSCD098 (2003)
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サンパウロ発アヴァンなポスト・パンク キコ・ジヌスィ

Kiko Dinucci.jpg

音楽って、出会いだなあと、つくづく思いますね。
自分の守備範囲だけしか聞かずにいたら、
こんなポスト・パンクな轟音に満ち溢れたアルバムと
出会うチャンスなんて、まずなかったと思うんですよ。

キコ・ジヌスィの本ソロ・デビュー作に出会う発端となったのは、ロムロ・フローエス。
このサンパウロの前衛サンバ作家に惚れこんでいたぼくは、
ロムロが参加しているグループ、パッソ・トルトも聴き、
パッソ・トルト一派の音楽性に、とても惹かれていました。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2012-04-29

そのパッソ・トルトのメンバー、キコ・ジヌスィがソロ作を出したというので、
買ってみたんですが、飛び出してきたサウンドが、
見事なまでにポスト・パンクだったので、ビックリしてしまいました。

まったく不案内な音楽ゆえ、最後まで聴き通せるかしらと思ったんですが、
意外にも、当方もかすかながら持ち合わせているロック魂に火が点き、
いえ~ぃ!と盛り上がってしまったのですよ。

曲の構成が序破急か、てなほどメリハリが利いていて、冗長さ皆無。
アレンジがしっかりしていて、ムダな音がない。
ダークなムードの曲でもメロディアスなのは、パッソ・トルト一派の美点ですね。
曲ばかりでなく、ギターのリフも、アブストラクトな音列が並んでいるようで、
メロディはきれいなんだよなあ。こういうところにブラジルを感じますね。

激しく乱打するドラムス、咆哮するサックス、鬼のカッティングでかき鳴らすギター。
一点集中の突破力と肉体感溢れる出音が、胸をすきます。
破壊的な曲ばかりでなく、ユーモラスな曲調もあったりと、
いずれにせよ、アヴァンな音楽性で一本芯が通っています。

キコ・ジヌスィは、アドニラン・バルボーザやパウロ・ヴァンゾリーニなど、
パウリスタのサンビスタの影響をもろに感じさせるクルーナー・タイプの歌い手である一方、
ジョンゴやバトゥーキ、カンドンブレなどのアフロ・ブラジル音楽のリズムを再構築する、
前衛アフロ・ブラジル音楽ユニットのメター・メターでは、
トニー・アレンとも共演するという、多面的な音楽性の持ち主。
そんな豊かなバックグラウンドを持つキコだからこそ、
本作で発揮されるアヴァンなロックに、ぼくが夢中になれるのかもしれません。

手作り感溢れるペイパー・スリーヴの2色刷りジャケットは、
「黒/黄」、「オレンジ/黒」、「ピンク/ブルー」の3タイプがあり、
色合いのきれいなピンク/ブルーを買ったんですが、キコのサイトをのぞいてみたら、
この「ピンク/ブルー」が、どうやらデフォルトのよう。

キコのサイトでは、本作ほかパッソ・トルトやメター・メターなど、
これまでキコが関わったグループすべての音源が、フリー・ダウンロードできます。
本作にホレこみすぎて、メター・メターについては触れられませんでしたが、
またいずれ、別の機会にでも。

Kiko Dinucci "CORTES CURTOS" Red Bull Studios no number (2017)
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テレコ・テコからサンバランソへ オルランジーヴォ

Orlanndivo Bossa, Samba E Balanco.jpg   Orlann Divo  A Chave Do Sucesso.jpg
Orlann Divo 1963.jpg   Orlann Divo  Samba Em Paralelo.jpg

おー、ようやくブラジルで復刻されたか。
ずいぶん時間がかかりましたねえ。
ブラジル60年代に人気を博したバランソ歌手、オルランジーヴォのムジジスク盤3枚を、
ジスコベルタスがオリジナル・フォーマットで完全復刻。

01年にイギリスのホワットミュージックが復刻して、話題を呼びましたけれど、
ブラジル本国での復刻は、これが初。
バランソ時代の立役者エジ・リンコルンのムジジスク盤復刻の6CDボックスが出て、
オルランジーヴォの復刻を期待する記事を書いた時から、6年も経ってしまったんだなあ。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2011-06-08
そのオルランジーヴォ、今年の2月8日に亡くなっていたんですね。知りませんでした。

オルランジーヴォは、58年に作曲家としてプロ・デビューし、
のちに歌手としてエジ・リンコリンのグループに迎えられ、
61年にムジジスクからレコード・デビューした人。
ボサ・ノーヴァの時代に花開いたバランソ、
そしてオルランジーヴォが称したサンバランソは、
30年代のルイス・バルボーザやシコ・モンテイロなど、
街のダンサブルなサンバの流れを汲んだものでした。

62年のデビュー作“A CHAVE DO SUCESSO” に収録された“Amor Vai E Vem” を聴けば、
軽妙なマッチ箱のリズムに、シコ・モンテイロのテレコ・テコが
ちゃんと受け継がれているのが、聴き取れますよね。
ルイス・バルボーザやシコ・モンテイロの時代は、
ショーロの楽団が伴奏をつけていましたけれど、時代が下った50年代になると、
シコ・モンテイロの後輩にあたるジョルジ・ヴェイガたちは、
管楽器を含む大編成のガフィエイラの楽団が伴奏をつけるようになりましたけど、
バランソはオルガンを中心に、フルート、ギター、ドラムス、パーカッションという、
スモール・コンボによる軽やかで涼しげなサウンドが、
ボサ・ノーヴァの時代にマッチしたんでした。

ムジジスク時代の3作は、デビュー作とセカンドがエジ・リンコルンのアレンジでしたけど、
3作目はエジ・リンコルンの名が消え、
サックスがソロを取るなど、サウンドが華やかになっています。
1・2作目とは別のジャズ・サンバのミュージシャンを起用したと思われ、
ドラムスがやかましくって、これ叩いてるのエジソン・マシャードなんじゃないかな。
そのせいか3作目はバランソというより、ジャズ・サンバ色が強くなりすぎた感があります。

ムジジスク時代では、やっぱりセカンドが一番でしょう。
オープニングの“Samba No Japão” なんて、細野晴臣の『泰安洋行』ムード満点ですよね。
木琴や月琴ふうな音色のバンジョー(テナー・ギター?)をフィーチャーして、
偽オリエンタルなリフをまぶし、イントロとエンディングには、お約束の銅鑼も鳴りますよ。
ちなみに、このムジジスク時代、オルランジーヴォはワン・ワードではなく、
「オルラン・ジーヴォ」と名乗っていて、「オルラン」の n もダブルだったんですね。

Orlandivo  Copacabana.jpg

オルランジーヴォは、60年代にこの3作を残してレコーディングから離れてしまい、
77年になってようやく、ジョアン・ドナートのアレンジで、
セルジオ・メンデス・マナーのポップなアルバムを1枚作ります。
キュートな女性コーラスをフィーチャーしたこのアルバムでは、
自作曲以外にも、ボサ・ノーヴァの定番曲“A Felicidade” を歌ったりと、
サンバランソのエッセンスは聴き取りにくくなりますけど、
ソフト・ロック・ファンが再評価したとおり、
オルランジーヴォらしいポップ・センスが発揮された名作でした。

Orlandivo  Sambaflex.jpg

でも、ぼくがオルランジーヴォで一番好きなのが、
05年になって出した“SAMBAFLEX”。
このアルバムは、テレコ・テコからサンバランソに繋がる、粋なサンバを現代に復活させ、
オルランジーヴォの集大成といえるアルバムになっていました。
シコ・モンテイロの代表曲“Boogie Woogie Na Favela” を取り上げて、
ロカビリーやヒップホップまで取り入れたアレンジで歌い、
オルランジーヴォの遊びゴコロあふれる音楽性が見事に発揮されていましたね。

生涯わずかこの5作しか残さなかったオルランジーヴォですけれど、
ノエール・ローザから脈々と受け継がれる、
街の粋なサンバの正統派として、もっともっと評価されてほしい人です。

Orlandivo "BOSSA, SAMBA E BALANÇO" Discobertas DBOX62
Orlann Divo "A CHAVE DO SUCESSO" Musidisc/Discobertas DB464 (1962)
Orlann Divo "ORLANN DIVO" Musidisc/Discobertas DB463 (1963)
Orlann Divo "SAMBA EM PARALELO" Musidisc/Discobertas DB465 (1965)
Orlandivo "ORLANDIVO" Odeon/EMI 541574-2 (1977)
Orlandivo "SAMBAFLEX" Deckdisc 22058-2 (2005)
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ヒップホップ・ジャズ・ファンク・フロム・ダラス RC&ザ・グリッツ

RC & The Gritz  THE FEEL.jpg

ネオ・ソウルで思い出したんですが、
エリカ・バドゥのプロデューサー、RC・ウィリアムズ率いる
ヒップホップ・ジャズ・ファンク・バンド、RC&ザ・グリッツの新作、
すでにヘヴィ・ロテ4か月目突入です。

2月に来日して、その公演が終った後で、このアルバムを聴いたという、
自分の間の悪さが情けないんですが、観たかったなあ、え~ん。
デビュー作にノレなかったもので、新作が出てもやり過ごした自分がバカでした。
だって、デビュー作はこんなにジャジーじゃなかったもんなあ。

セカンドは、ネオ・ソウルの美味なところがふんだんにまぶされ、
レイヤーしたシンセにホーンズの絡むサウンドが極上リッチで、トロけます。
ベース代わりにモーグを使って、チューバがベース・ラインを吹くようなサウンドを出す
“Jazz And Reverse” なんて、すごく新鮮なアイディア。

そしてまた、しなやかなグルーヴといったら。
変拍子好きをうならせる7拍子のタイトル曲にもやられましたけれど、
粘っこいミッド・スローの“Feathers” にはトリコになりました。

なんて心地いいグルーヴなんだろうと思いながら、何度も聴くうちに、
ハイハットがものすごく奇妙なリズムを刻んでいることに気づきました。
これって、ハズれてるよね……。正確にハズしてるっていうと、
オカシな表現だけど、わざと遅らせたリズムでハイハットを踏んでいます。
しかも、時々拍を抜いたりして、揺らいだリズムを作っているんですね。

誰だ、このドラマー、とクレジットを見たら、なんと、クリス・デイヴ!
うわー、さすがだわー。この強烈にもたったリズムは、確かに彼の真骨頂。
どうやったら、こんなにハズしたリズムを叩けるんですかねえ。
ジャストのリズムとずれたリズムを同時に叩くなんて、人間業とは思えん。
レギュラー・ドラマーのクリオン・エドワーズのほか、クリス・デイヴ、
ジャミル・バイロン、マイク・ミッチェル、タロン・ロケット、ロバート・シーライトと、
新世代ジャズをリードするドラマーが勢揃いしているところも、聴きものですねえ。

ヴォーカルのクラウディア・メルトンは、
CTI時代のパティ・オースティンを思わせるし、
80年代にフュージョンを聴いていた人なら、懐かしいはずの
バーナード・ライトなんて人も参加しています。
81年にGRPからデビューした、天才少年キーボーディストですね。
思えばザ・グリッツのサウンドって、80年前後のフュージョンのテイストだよねえ。
その一方で、ジャジー・ヒップホップなところもあれば、
新世代ジャズのビート感も兼ね備えているんだから、鉄壁ですよ。

こんなに夢中になったヒップホップ・ジャズ・ファンク・アルバムは、
おととし出会ったエンパイア・オヴ・サウンド以来であります。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2015-11-06

RC & The Gritz "THE FEEL" Ropeadope no number (2016)
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クールなナイジェリアン・ネオ・ソウル ミスター・イージー

Mr. Eazi  ACCRA TO LAGOS.jpg

Youtubeでナイジャ・ポップの最新ヒットを眺めていると、
どのヴィデオもゴージャスで、金がかかっていることに驚かされます。
ナイジェリアの音楽ビジネスが、配信やヴィデオの広告売上へと移り、
CDなどハナから制作するつもりがなくなっている現状は、
フィジカル派にはツライものがありますねえ。

おお、これはいいなと、書き留めたアルバムが、ことごとく配信のみで、
ああ、またかと嘆息すること続きだったのですが、
これはフィジカルが出たんですねえ。
91年7月19日リヴァー州ポート・ハーコート出身のミスター・イージーこと
オルワトシン・オルウォレ・アジバデくんの2作目となるミックステープです。
ミックステープのアルバムがCD化するなんて、珍しいな。

生まれはポート・ハーコートですが、小学校からはレゴス、
大学はガーナのクマシにあるクワメ・ンクルマ科学技術大学へ通ったという、
まだ弱冠25歳の若者。
昨年ガーナ・ミュージック・アワードを受賞したガーナでも人気の歌手で、
ガーナとナイジェリアの音楽に関する彼のツイートが物議を醸し出し、
芸能ニュースをにぎわすこともあったようですね。
本作のタイトルも「アクラからレゴスへ」とあるように、
両国のファンを意識したものとなっています。

ミスター・イージーの音楽は、ヒップホップR&B寄りのメロディックなポップで、
アフリカらしいビート感をもったバックトラックがクールです。
ナイジェリアン・ネオ・ソウルといいたいスキマのあるサウンドが心地よく、
レイドバックした彼のヴォーカル・スタイルも哀感があって、いい感じ。

彼は自身の音楽を、「バンクー・ミュージック」と称していますけれど、
バンクーって、フフと並ぶガーナ料理の主食のことです。ご存じですか。
キャッサバとトウモロコシの練粉で作る、ちょっと酸味のある練り粥ですね。
いろいろなスープと一緒に食べるので、
さまざまな音楽をごったまぜしたという意味で名付けたとのこと。
「ガンボ」や「チャンプルー」と同じで、みんな料理に例えるのが面白いですね。

ミクスチャーというものの、ハイライフやアフロビートなどの要素はなく、
何をもってミクスチャーと称しているかは不明ですが、
アーバンナイズしたクールなシティ・ポップぶりは、十分魅力的です。

Mr. Eazi "ACCRA TO LAGOS" Starboy no number (2017)
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メンフィス・ソウルふたたび ドン・ブライアント

Don Bryant DON'T GIVE UP ON LOVE.jpg

号泣。

48年ぶりの新作だよ? 信じらんない気分。店頭でCDを持った手が震えました。
去年来日した時も、ほんとに?と思ったもんですけど、
ウィリアム・ベルに続いて、ドン・ブライアント、そして先日のスペンサー・ウィギンスと、
サザン・ソウルのレジェンドたちが立て続けに来日して、もう完全復活じゃないですか。
R&Bじゃねえよ、ソウルだよ、おっかさん!

そしてこの新作。
オープニングが“A Nickel and a Nail” ですよ。泣くしかないじゃないですか、もう。
ちょうど1年前のビルボードライブ東京のステージでもこれを歌ってくれて、
身体の芯がシビれたっけねえ。そん時の記憶が湧き上がってきましたよ。
アレンジはO・V・ライトのヴァージョンをほぼ踏襲。
O・Vの若き狂おしさとは違った、74歳という年齢の深みが胸に迫ります。

O・Vが Lord, Have mercy! と自嘲するようにシャウトすれば、
ドンはOh lord... と救いを求めるように唸ります。
粘っこく歌うドンの泥臭い歌いぶりは、これぞサザン・ソウルでしょう。
ハワード・グライムズの重厚なドラミング、チャールズ・ホッジのオルガン、
ヴィンテージ・ソウルを刻印するホーンズやストリングスも揃い、
往年のハイ・サウンドを支えてきた名手たちが繰り出すサウンドに、
ハンカチはもう2枚目です。

“How Do I Get There” では激しいシャウトを聞かせるかと思えば、
“It Was Jealousy” では、アル・グリーンばりの甘やかな歌いぶりを聞かせる。
年輪を重ね、さらりと歌う節回しひとつに、老練な味わいを醸し出すドンの歌いぶりに、
衰えはまったく感じられず、ほとばしる歌ぢからに圧倒されるばかりです。

2017年ベスト・ソウル・アルバム確定!と言いたいところですけど。
こうなると、スペンサー・ウィギンスの新作だって、ありそうじゃないですか。
その可能性も捨てきれないので、それまでベスト・ソウル・アルバムは保留としましょう。

Don Bryant "DON’T GIVE UP ON LOVE" Fat Possum FP1607-2 (2017)
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ジャズ・ショーロの愉しみ サムエル・ポンペーオ

Samuel Pompeo Quinteto.jpg

おお、これはジャズ・ショーロじゃないですか。
今では誰も演奏することのなくなったジャズ・ショーロは、
その名からわかるとおり、北米ジャズに影響されたショーロです。
歴史は古く、30年代にスウィング・ジャズがブラジルに輸入された時代まで遡ります。

といっても、ジャズより歴史の古いショーロゆえ、
当初は、外国で流行しているという新しいインスト音楽を、
ほんのお遊び程度に取り入れたにとどまり、
その後のショーロの発展に大きな影響を与えることはありませんでした。
第二次世界大戦前後に、ラダメース・ニャターリやガロートたちが、
ショーロのモダン化を図るなかで、ジャズ・ショーロを演奏しましたが、
これも実験的な試みに終わり、
のちの音楽家たちに受け継がれることはありませんでした。

廃れてしまったショーロの一変種であるジャズ・ショーロですけれど、
何年か前にサックス奏者レオ・ガンデルマンが出した、
ジャズ・ショーロのアルバムがありましたね。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2013-09-29
あれは、ショーロの歴史に精通したカヴァキーニョ奏者
エンリッキ・カゼスが仕掛けたアルバムでしたけれど、
本作はそうしたかつてのジャズ・ショーロに触発されたのではなく、
独自のアイディアで制作されたアルバムのようです。

サムエル・ポンペーオは、
サンパウロの交響楽団やビッグ・バンドで演奏してきたサックス奏者で、
MPBの世界でも、数多くの歌手の伴奏も務め、
現在は音楽学校で教鞭をとっているという人物。
ショーロやジャズのいずれかをプロパーとする音楽家ではないところが、
この企画を成功させた秘訣だったように思えますね。

サムエルはバリトン・サックス、ソプラノ・サックス、
バス・クラリネットを吹いていますが、ショーロ・マナーで吹奏していて、
一部のスロー曲をのぞき、ジャズ的な奏法やフレージングを慎重に避けています。
SP袋のジャケット・デザインや、
ノスタルジックなサウンドで始まるオープニングの演出含め、
ショーロとしてのアイデンティティをくっきりと表わしていますよ。

ガロートのショーロを改変したオリジナル曲を演奏していた、
ブラジルの新進ジャズ・ピアニスト、ヴィトール・ゴンサルヴィスは、
リズム・アレンジにくっきりとコンテンポラリー世代のジャズが刻印されていましたけれど、
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2017-03-22
サムエルの演奏からは、そうした現代的なジャズのセンスは感じられません。

では、ジャズ・ショーロの「ジャズ」の部分はどういうものかといえば、
60年代ジャズのモーダルなハーモニーを加えたまでの、いわばオーソドックスなもの。
ジャズがプログレッシヴなインスト音楽ならば、
ショーロは芸術性より娯楽性を優先させるインスト音楽であり、
そこがジャズ・ショーロのショーロたるゆえんです。

Samuel Pompeo Quinteto "QUE DESCAÍDA" P&MB Produções no number (2016)
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ブラジルの歌ものインストルメンタル・ミュージック トレイス・ノ・ソン

3 No Som.jpg

このサンパウロ出身のトリオもいいなあ。
パーカッション、ギター、ハーモニカ(ガイタ)という、
レシーフェのサラコチーアとはまた違った編成の変則トリオ。
トレイス・ノ・ソンのデビュー作です。

クラリネットを加えた2曲目の“A Primeira Dama” のような、
優雅なショーロ曲もやっていますけれど、彼らはショーロのトリオではなく、
インストルメンタル・ミュージックですね。
メンバーが歌う曲も少しあるんですけれども。

ハーモニカがクロマチックだけでなく、
曲によってダイアトニックやバスも使い分けているところがミソですね。
一部の曲で聞かれる、わざと音程をずらした演奏も面白いですね。
ファニーな感じのメロディにぴったりなんですけど、これ、どうやって吹いているんだろう。

サンバ、マラカトゥ、バイオーン、フレーヴォのリズムをベースとした、
ブラジルならではのインストルメンタル音楽ながら、
エレクトリック・ギターがソロを弾きながらユニゾンでスキャットをするなど、
ジャズの素養をしっかりと身につけていることが、聴き取れます。
ギタリストはマヌーシュ・スタイルのギターも聞かせたりと、
豊かな音楽性をうかがわせます。

曲はメンバーのオリジナルですけれど、1曲のみギンガの曲をやっていて、
ギンガ自身もゲストに加わっています。
不思議な浮遊感たゆたう、いかにもギンガらしい官能的な曲で、
このグループの音楽性によく馴染みます。

ラストは大勢の子供たちのコーラスをフィーチャーした楽しい曲で、
歌ものインスト音楽の秀作です。

3 No Som "3 NO SOM" no label no number (2017)
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アミルトン・ジ・オランダ・キンテートのライヴァル サラコチーア

Saracotia.jpg

アミルトン・ジ・オランダ・キンテートの良きライヴァルとなりそうな、
サラコチーアというレシーフェのグループを知りました。
バンドリン、7弦ギター、ドラムスの3人組で、3人とも83年生まれの同い年。
ベースレスという変則トリオで、アミルトン・ジ・オランダ・キンテートとは
編成が異なりますけれど、ショーロ、バイオーン、フォローをベースとしながら、
コンテンポラリー・ジャズの素養を身につけた音楽性を発揮しています。
08年に結成したグループで、15年にリリースした本作は2作目とのこと。

アクースティック編成の3人組ながら、カラフルなサウンドに仕上げているキー・マンは、
7弦ギターのロドリゴ・サミコ。
エフェクトを使ってエレクトロな音響を効果的に加えています。
ラファエル・マルキスのバンドリン・プレイと曲作りは、完全にショーロ・マナー。
それをコンテンポラリー・ジャズのセンスでリズム・アレンジするところが、
アミルトン・ジ・オランダ・キンテートと見事に重なります。

アミルトン・ジ・オランダ・キンテートとの違いといえば、
やはりレシーフェの出身らしく、ショーロばかりでなく、
フレーヴォやフォローの要素がふんだんに取り入れられ、
ノルデスチの香りをたっぷりとさせているところでしょう。
ロマンティックなヴァルサなど、より歌ゴコロに溢れたトラックが多く、
アミルトン・ジ・オランダ・キンテートのような、
急速調でリフやブレイクでキメまくったアレンジは控えめとなっています。

ゲストにアコーディオンやピアノを迎えた曲や、
虫の音などの自然音や列車の通過音、女性のヴォイスをコラージュした
アルバム・プロデュースもよくできていて、
若い才能が発揮されたインスト傑作といえます。

Saracotia "A VISTA DO PONTO" no label no number (2015)
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オリンダのテレイロでグルーヴ ボンガール

Bongar  Samba De Gira.jpg   Bongar  29 DE JUNHO.jpg

オリンダのアフロ・ブラジレイロ宗教ナソーン・シャンバのテレイロで活動する
6人組の若者のグループ、ボンガールの新作が手に入りました。
01年に結成したボンガールは、地元のコミュニティで40年以上続く、
シャンバの儀式や祭りで演奏をしているグループです。
06年にリリースしたデビュー作を気に入っていたので、
新作が手に入るとは嬉しい限り。

デビュー作は、メレ(太鼓)、パンデイロ、アゴゴ、マラカスなどのパーカッションのみで、
リード歌手とコーラスがコール・アンド・レスポンスする、オーセンティックな内容でした。
曲ごとに使われるパーカッションが違えばリズムも多彩で、
太鼓のリズムと手拍子がポリリズムを生み出すところや、
曲の途中でリズムがスイッチして変化していくところなど、
パーカッション・ミュージック・ファンには聴きどころイッパイのアルバムでしたけれど、
こういう音楽を聴き慣れない人には、たぶん単調に感じてしまうんだろうな。

でも、今度の新作は、
そういうパーカッション・ミュージックのツボがわからない人にも親しみやすい、
ノルデスチのグルーヴを感じられるアルバムになっていると思います。
デビュー作同様、コーラスと太鼓のアンサンブルには変わらないんですけれど、
曲ごとのリズムやアンサンブルが変化に富むようになったのに加えて、
中盤あたりからギターがポスト・ロック的な音響を加えたり、
コーラスのメロディがキャッチーだったりと、
耳をひく工夫があちらこちらに施されています。

今作の音楽監督を務めているのが、
パト・フーやゼリア・ダンカンのプロデュースで知られる、
サンパウロの才人ベト・ヴィラレス。元メストリ・アンブロージオのシバとともに、
ベト・ヴィラレス自身もギターを弾いて演奏に参加しています。

デビュー作では、赤のシャツに白のスボンという揃いの衣装で、
伝統を継承する真面目な好青年ふうだったメンバーたちが、
10年経って、ずいぶんムサくるしいオッサンに変貌したもんですねえ。
コミュニティの伝統的な宗教音楽というと、
閉鎖的で堅苦しいものかと想像しがちなんですが、
開放的な明るさに溢れた、みずみずしい音楽に目を見開かされますよ。

Bongar "SAMBA DE GIRA" no label no number (2016)
Bongar "29 DE JUNHO" no label no number (2006)
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ペルナンブーコのヴァイオリン弾き父子 マシエル・サルー、メストリ・サルスチアーノ

Marciel Salú  BAILE DE RABECA.jpg

裸電球が照らす、ペンキのはげ落ちた壁。
バイリ(ダンス・パーティ)がはねたあとなのか、
誰もいなくなり、虫の音しか聞こえない夜更けに、
ラベッカを弾く男がひとりと、外で踊る女がひとり。

たまんないなぁ、この写真。
場所はペルナンブーコの田舎町の集会場でしょうか。
屋根の瓦の下に、どでかいスピーカーが付いていて、
この前に大勢の人々が集まって、踊っていたんでしょうねえ。

ノルデスチのヴァイオリン、ラベッカ奏者マシエル・サルーの新作です。
6年前の前作は、ホーン・セクションや女性コーラスまでフィーチャーして、
華やかにしすぎたサウンドに、ちょっと違和感を感じて手放しちゃいました。
ロック・ファンには、ラベッカがぎこぎこ鳴って、
太鼓がどんどん叩かれるノルデスチの伝統色濃いダンス・サウンドより、
「いなたいマンギ・ビート」ぐらいのサウンドの方が、ウケがいいんだろうけど。

で、今作はどんなものかと心配したんですが、
ジャケットどおり、シブい伝統回帰のアルバムとなりました。
ノルデスチ音楽好きには、こういう土埃舞うサウンドの方が、断然いいですよね。
朴訥としたマシエル・サルーの歌い口もちょっと渋くて、いい感じ。

Marciel Salú  A PISADA É ASSIM.jpg   Marciel Salú  NA LUZ DO CARBURETO.jpg

デビュー作や2作目で聞かれた、
マラカトゥやコーコをベースとしたノルデスチのフォークロアを、
ロックを通過した世代のセンスでやるサウンドには、
マシエルの父親であるメストリ・サルスチアーノ世代の
オーセンティックな伝統サウンドとは明らかに違うグルーヴ感がありました。

Mestre Salustiano  SONHO DA RABECA.jpg

楽器編成の面でも、せいぜいエレクトリック・ギターやベースを数曲使う程度。
ほぼ伝統的なサウンドなのに、メストリ・サルスチアーノのアルバムと
聴き比べてみると、その感覚の差は歴然です。
世代が変わり、伝統が時代とともに移ろっていく姿が聴き取れますよね。
古い世代には重厚さが、新しい世代には軽妙な身のこなしがあって、
新旧世代それぞれの味わいが味わえます。

Maciel Salú "BAILE DE RABECA" Maciel Salú MS0004 (2016)
Maciel Salú e O Terno Do Terreiro "A PISADA É ASSIM" Marca Registrada MR0983 (2004)
Maciel Salú e O Terno Do Terreiro "NA LUZ DO CARBURETO" Chesf no number (2006)
Mestre Salustiano "SONHO DA RABECA" Cristiano Lins Produções TOP015 (1998)
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アフリカン・スタイリッシュなクールネス ジェドゥ=ブレイ・アンボリー

Gyedu Blay Ambolley  KETAN.jpg

ファンキー・ハイライフのヴェテラン、ジェドゥ=ブレイ・アンボリーの新作。
12年の“SEKUNDE” 以来、5年ぶりのアルバムですね。
前作が出たのと時同じくして、ジェドゥのデビュー作で、
ファンキー・ハイライフの代表的な名盤“SIMIGWA” もCD化されたんだけど、
覚えてる人、どれくらいいるかなあ。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2013-04-18

あの時、ジェドゥ再評価のまたとないチャンスだと思って、
“SEKUNDE” のレヴューをミュージック・マガジンに書いたんですけど、
まったく話題にもならず、CDもほとんど日本に入らなかったしねえ。
もちろん日本盤なんて、出ずじまい(しおしお)。

というわけで、今回の新作は日本盤が出ると聞いて、嬉しかったですよ。
エボ・テイラーやパット・トーマスの活躍によって、
やっとジェドゥにも注目されるようになったんですね。

ストラットによって再評価されたエボやパットと違い、
西洋人が制作に関わっていないジェドゥのアルバムは、
前作同様、ガーナ録音、ジェドゥ自身による作編曲・プロデュースです。
前作はオランダのレーベルでしたけれど、今回はドイツのレーベルからのリリース。
ミックスに、前作オランダのレーベルのスタジオを使っているので、
両レーベルは関係があるのかも。

西洋人絡みの制作でないゆえ、インターナショナル向けの余計な装飾がなくて、
好感持てますよ。クレジットを見ると、ミュージシャンは全員ガーナ人のようですけど、
演奏力は高く、これなら西洋人の手を借りる必要なんて、まったくないですね。
たまたま一緒に聴いていたウム・サンガレの新作が、
西洋人向けのアンビエントな音響を装飾しまくっていて、まあジャマくさいというか。
余計な音響を、脳内リミックスで引き算しながら聴いてたんですけど、
ジェドゥの本作を聴いたら、そんなメンドくさいことしなきゃならないアルバムなんか、
わざわざ聴く必要ないじゃんという気分になっちゃいました。

で、このジェドゥの新作。
ファンキー・ハイライフの人なんですが、前作同様、アフロビート色が強いです。
オープニングの“Afrika Yie”、8曲目の“I Don't Know Why”、
ラストの“I Get Myself To Blame” なんて、まんまアフロビート。
ほかのアフロ・ファンクなトラックでも、アフロビートなニュアンスを強く感じさせます。

それはバンドが弾き出すサウンドばかりでなく、
フェラ・クティの歌い口を強く思わすジェドゥの歌いっぷりのせいでもありますね。
いやあ、かっこいいですよ、ジェドゥの歌いぶり、クールです。
アフリカン・スタイリッシュと言いたくなりますね。

そして、“Teacher” という曲の作詞は、なんとフェラ・クティとクレジットされています。
曲のタイトルから、“Teacher Don't Teach Me Nonsense” かと思ったら違う曲で、
作曲はジェドゥによるもの。ジェドゥはフェラとも親交があったんですね。

ジャジーなアフロ・ファンクでジャムバンドふうの演奏があったり、
スティールドラムのサンプルを使ったポップなライト・ファンク調ありと、
聴きどころも多彩で、タイトル曲はラテン・タッチのイントロで始まるアフロ・ラテン調。
といっても、そのリズムは、クラーベというよりベル・パターンぽく、
ほかでもベル・パターンのリズムがはっきり聴き取れるところが、ガーナらしいですね。
むしろ印象的なのは、典型的なハイライフのメロディがまったく出てこないことで、
その意味では、ハイライフ色のないアフロ・ファンク・アルバムとなった新作なのでした。

Gyedu Blay Ambolley "KETAN" Agogo AR087CD (2017)
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43年の眠りを解かれたアフリカン・ポップスの至宝 ザイール74

Zaire74  Rice.jpg

世紀のタッグ・マッチの前夜祭として開かれた、音楽祭「ザイール74」の録音。
アリが勝利したタッグ・マッチは、
「キンシャサの奇跡」として伝説となりましたけれど、
音楽祭の方は、「ブラック・ウッドストック」の呼び名がついたものの、
映画化もレコード化もされず、人々の記憶から消え去ってしまいました。

それが再び注目を浴びるようになったのは、
30年以上もの間未発表となっていた125時間にも及ぶフィルムを、
新たに編集して制作された映画『ソウル・パワー』の公開がきっかけ。
主役級のジェイムズ・ブラウンに劣らぬ
タブー・レイやフランコのカッコよさに、ノケぞりましたよね。

「ザイール74」は、キンシャサの5月20日スタジアムで、
74年9月22日から24日までの3日間行われた巨大イヴェント。
アメリカからは、ジェイムズ・ブラウン、スピナーズ、B・B・キング、
ビル・ウィザーズ、クルセイダーズ、シスター・スレッジ、
セリア・クルース、ファニア・オール・スターズほかが出演しました。

対するアフリカ勢はというと、当時ギネアにいたミリアム・マケーバに、
地元ザイールの大スターが勢ぞろい。
今回CD2枚組に復刻されたのはそのアフリカ勢で、
タブー・レイ・ロシュロー&アフリザ・アンテルナシオナル、アベティ、
フランコ&TPOKジャズ、ミリアム・マケーバ、オルケストル・ストゥーカス、
ペンベ・ダンス・トゥループのパフォーマンスが詰まっています。

「74年」という、ルンバ・コンゴレーズ黄金期ど真ん中の年に、
タブー・レイやフランコに、ストゥーカスまでもが出演した
フェスティヴァルがあった事実だけでも、奇跡みたいですが、
加えて、当時最新鋭の16トラックのマルチ・トラック・レコーダーに記録されたのだから、
これはもうまさに、超絶・画期的な出来事だったわけです。

74年当時のザイールでは、テレビ映像などのライヴ録音がDVD化されているものの、
音質なんて推して知るべしのシロモノ。
いちおう「動く○○○○」が観られる、というレヴェルにすぎません。
レコードにいたっては、観客の拍手をオーヴァーダブした疑似ライヴしかなく、
ホンモノのライヴ録音なんて、まだありませんでした。
ゆいいつ、70年にパリのオランピアで録られたロシュローのライヴ盤があるとはいえ、
あの時代に、16トラックのマルチなんてものは存在しません。

というわけで、この2枚組聴いたら、
そのハイ・クオリティな音質にドギモ抜かれますよ。
2017年最高の話題作となること必至のこのアルバム、
日本盤解説を書きました。明日28日発売です。

V.A. 「ザイール74~ジ・アフリカン・アーティスツ」 ライス WRR-3226
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正調アラブ歌謡の神星 ヒバ・タワジ

Hiba Tawaji  30.jpg   Hiba Tawaji  LIVE IN BYBLOS.jpg

ジュリア・ブトロスと一緒に、ヒバ・タワジの新作も入ってきましたよ。
ひとつ前の旧作で、DVD付の2枚組ライヴ盤も同時入荷という、
これまたジュリア・ブトロスとまったく同じなんだから、奇遇じゃありませんか。

いやあ、それにしても、ヒバ・タワジの前作“YA HABIBI” は評判になりましたねえ。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2014-11-29
「ミュージック・マガジン」誌で、2015年ワールド・ミュージック部門の
ベスト・アルバム7位に選ばれたし、
ぼくの記事から1年半もかかったとはいえ、
『ヤ・ハビビ~ベイルートの若き宝石』のタイトルで、日本盤も出ましたからね。

ぼくがこれは素晴らしい作品だと思って、ここでいくら力説したとて、輸入もされず、
ましてや日本盤などリリースされることなどないアルバムがほとんどなので、
ヒバ・タワジが評価されたのは、本当に嬉しかったですよ。

さて、そのレバノン期待の若手女性シンガー、ヒバ・タワジの新作であります。
タイトルは、30歳を迎えたことを記念したもので、あわせて、
2枚のディスクに計30曲を収録したことも、ひっかけているんですね。

ジュリアの伴奏がプラハ市交響楽団ならば、
ヒバの方は、前作同様、ウクライナ国立管弦楽団とレバノン管弦楽団という布陣。
プロデュースも、これまた前作同様ウサマ・ラハバーニーなのだから、
聴く前から保証付き!てなものですが、期待にたがわず、大力作に仕上がっています。

ウサマ・ラハバーニーが作曲したミュージカルの歌曲を中心に歌っていますが、
前作のようなオペレッタ風の作品ではなく、
ディズニーの曲や、R&Bやフラメンコなどのテイストを加えた現代性も加味する一方、
サイード・ダルウィッシュの曲を取り上げるなど、アラブ古典にも目配りしています。
プロダクションは絶品というほかない、言葉を失う素晴らしさです。

現在のアラブ世界で、これ以上ない絢爛豪華な伴奏にのせて、
ヒバも見事な歌唱力で、それに応えています。
前作のイキオイ先行な熱唱ぶりも、だいぶ抑えられるようになりましたね。
ディスク2の4曲目“Bkhatrak” では、たおやかな歌いぶりを聞かせるなど、
前作にはなかった軽みもみせてくれていますよ。

ライヴ盤では、ロック・スターばりのカッコつけまくった登場で、
前に観たばかりの、微動だに歌うジュリア・ブトロスとは大違い。
ダンサーも従えて、ポップ・スターらしく振舞っています。
衣装替えのあとは、前作のレパートリーを中心に、
正調アラブ歌謡ど真ん中といったドラマティックなバラードを歌います。

ムハンマド・アブドゥル・ワハーブの曲では、
ウム・クルスームが歌う古いフィルムを投影するという演出をみせるかと思えば、
一転、ビヨンセの“Crazy In Love” もカヴァーしたりして。
アンコールでは、強力な歌唱力をどうだ!といわんばかりの歌いぶりで、
ああ、まだ若いんだなあと感じますけど、若くて実力のあるシンガーは、
こういう過剰なところを一度経ないと、円熟できないんだろうなあ。

ホイットニー・ヒューストンやマライア・キャリーが出てきたころを思わせる
ヒバ・タワジは、アラブ世界だけでなく、西洋のリスナーにもアピールする大器です。
今後さらにスケールの大きな歌手となっていく予感がありますよ。

Hiba Tawaji "30" Oussama Rahbani Productions no number (2017)
[CD+DVD] Hiba Tawaji "LIVE IN BYBLOS" Oussama Rahbani Productions no number (2015)
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