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今年のクリスマスはアイリッシュ ローシーン・エルサフティ&ローナン・ブラウン

Róisín Elsafty & Ronan Browne  AMHRÁIN NA NOLLAG.jpg

今年はとっておきのクリスマス・アルバムがあるんですよ。
年始めに入手してカンゲキし、クリスマスの季節まで寝かせておいた1枚。
アイルランド音楽ファンなら、もうとっくにご存知かもしれませんね。

アイルランド北西部コネマラの音楽一家に育ち、
母親からシャン・ノースの伝統を受け継いだ女性歌手ローシーン・エルサフティと、
クランのイーリアン・パイプス/フルート/ホイッスル奏者
ローナン・ブラウンによるクリスマス・アルバムです。

ローシーン・エルサフティは、02年の秋、アイルランド語による最高の全国祭典
エラハタス・ナ・ゲールゲで女性歌手部門1位に輝き、
その後も10年と14年のアイリッシュ・ミュージック・アワードの
ベスト・シャン・ノース歌手に選ばれた人。
彼女にとっても、これは最高作の1枚に数えられるんじゃないでしょうか。

ソフトな歌い口でゲール語を響かせるローシーンが、
定番のクリスマス・キャロルや「赤鼻のトナカイ」「ジングル・ベル」を歌えば、
そこにはお母さんの温かさイッパイの、愛情に包まれた夢見心地の世界が広がります。

リヴァーダンスのオリジナル・メンバーであり、
アフロ・ケルト・サウンド・システムのメンバーでもあった
ローナン・ブラウンのサウンド・クリエイティヴィティを発揮したプロダクションが鮮やか。
バックでうっすらと鳴らすキーボード奏者を使い、
少ない音数で効果的なサウンド・エフェクトを施しています。

ゴリゴリのアイリッシュの伝統魂を奥底に抱えつつ、
口当たりの良いアイリッシュの味わいを演出する手腕に、
ローナンのフトコロの深さを感じさせてくれますよ。

アイルランドのおとぎ話の世界へと誘う本作が、今年のクリスマスを祝ってくれます。

Róisín Elsafty & Ronan Browne with Tony Maher "AMHRÁIN NA NOLLAG : FAVOURITE CHRISTMAS SONGS IN IRISH" Cló lar-Chonnacht CICD200 (2015)
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ロッキン・バラフォン カナゾエ・オルケストラ

Kanazoé Orkestra  MIRIYA.jpg

フランスではバラフォンがきてるのか?
その名もバラフォニックスという、バラフォンをフィーチャーした
白人のアフロ・ファンク・バンドが登場したと思ったら、
今度はトゥールーズから、バラフォンが主役の
アフリカ/ヨーロッパ混成バンドのデビュー作が届きました。

ブルキナ・ファソ、ボボ=ディウラッソ近郊の村に生まれたバラフォン奏者の
セイドゥー“カナゾエ”ジャバテ率いる、カナゾエ・オルケストラです。
カナゾエの脇を固めるのが、マルチ・インストゥルメンタリストで、
ンゴニ、コラ、フラニの笛、ジェンベを演奏するママドゥ・デンベレと、
歌手のザキー・ジャラで、二人ともバラフォンを演奏し、
カナゾエとバラフォンの二重奏・三重奏を繰り広げています。
カナゾエはジュラ、ザキーはブワと民族は違いますが、3人ともグリオの出身者。
そして、ベース、ドラムス、パーカッション、サックスの4人がフランス白人です。

いやあ、アレンジがカッコえぇ~♪
思えば、80年代末のアフリカン・ポップスにはよくあったよねえ、
こういうキメまくりのリフ・アレンジ。
サリフ・ケイタの『ソロ』や『コヤン』の頃。覚えてます?
なんか、懐かしーなぁ。

エレクトリック・サウンドが主流の時代には、ドラムスとベースのリズム・セクションで、
ロックぽいリフをアレンジに取り入れるのが定石でした。
のちにサウンドがアクースティックに移行すると、ドラムスとベースが後退し、
パーカッションのアンサンブルがリズム・セクションの中心となって、
こういうアレンジは、影を潜めるようになったんでしたっけ。

伝統的なサウンドが前面に出てくると、
ギターやサックスがこういうキメのリフを鳴らすというのは、
なんともわざとらしく、そぐわなくなっちゃいましたもんねえ。
ドラムスとベースによる割り切りのいいビートと違って、
パーカッション・アンサンブルのニュアンス豊かなリズムとキメのリフとは、
相性が良くなかったともいえます。

でも、あらためて、アクースティックなアンサンブルで、
シンプルなベースとドラムスによるリズム・セクションをバックに、
リフやブレイクを要所要所で放つというのは、悪くないですよねえ。
伝統的なメロディの合間に取り入れられるリフが、実に軽快です。

サックスとバラフォンがユニゾンで長いリフを演奏したり、
ドラムスとパーカッションも加わってバンド全員がブレイクをきめたりするほか、
曲中にリズムが何度もチェンジするなど、リズム・アレンジがよく練られています。
80年代マンデ・ポップの再構築といった感がありますね。

シンセサイザーのような鍵盤系楽器は不在なので、80年代末のサウンドとは当然違って、
当時よくあったリフを多用したアレンジとはいえ、古臭さはありません。
特に成功の鍵となっているのは、サックスがジャズぽいフレーズを慎重に避けていることかな。
サックス奏者はジャズ・フィールドの出身と思われ、ちらりとジャズぽいフレーズも吹くんですけど、
アフリカ音楽をよく理解して、ジャズぽくならないように配慮しているようで、喝采もんです。

ごりごりの伝統メロディに、グリオ臭い歌、
そしてコロコロとよく歌うバラフォンのアンサンブル。
こういうサウンドに、ジャズの語法を持ちこんじゃいけませんよね。
ここは、ロッキンなサウンドが一番お似合いで、
だからこそリフやブレイクの多用が痛快な好アルバムです。

Kanazoé Orkestra "MIRIYA" Buda Musique 5722899 (2016)
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80年代ポップ・ライとデザート・ブルース カデール・ジャポネ

Kader Japonais  HKAYA.jpg

カデール・ジャポネを知ったのは、関口義人さん主宰のイヴェント「音樂夜噺」がきっかけでした。
http://ongakuyobanashi.jp/past_events/044/index.htm
イヴェントの内容は、ハレドの軌跡を追ったものだったんですが、
最後に粕谷祐己先生がかけられた、
ケッタイな芸名のライ歌手がとびっきり良くって、背中ぞくぞくが止まらなかったなあ。
すぐさま、カデール・ジャポネのCDを探し回ったことは、言うまでもありません。

あの時以来、ずいぶんひさしぶりに聴くカデール・ジャポネの新作。
うん、やっぱ、いいなあ、この人。
ハレド直系の歌いっぷりに、ますます磨きがかかりましたねえ。
さらに嬉しいのは、甘口のライ・ラヴにも、ダンス寄りのライアンビーにも頼らない、
80年代末のシェブ・ハレド、シェブ・マミがぶいぶい言わせてた当時のサウンド、
ラシード・ババ=アハメドが作り出したプロダクションを踏襲していることなんですよね。

79年生まれで、ハスニやナスロが好きでライを歌い始めたというジャポネの世代にとって、
このサウンドは「昔のライ」であって、流行のサウンドではないはずなんですけれども。
懐かしいアナログ・シンセの響き、ベンディールなどのパーカッションをふんだんに取り入れ、
トランペットやクラリネットもフィーチャーしたサウンドは、
80年代後半にポップ・ライをLPで初体験したファンにとって、頬が緩むものです。

そして、今作のとびっきりの聴きものが、ラスト・トラックのイムザードとの共演。
イムザードはタマンラセットで活動する、ぼくのごひいきのトゥアレグ人バンド。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2013-08-30
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2014-07-28
この曲のヴィデオもあるんですけれど、
<ライ・ミーツ・デザート・ブルース>のコラボは大成功ですね。
この企画で、まるまる1枚共演作を作ってくれないかなあ。

Kader Japonais "HKAYA" Villa Prod no number (2016)
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ただいま政治活動中 ユッスー・ンドゥール

Youssou Ndour & Le Super Etoile  SENEGAAL REKK.jpg

文化観光大臣になったユッスー・ンドゥール。
音楽活動は休止中と思いきや、ひさしぶりに新作を出すというのは、
任期切れをにらんだ地ならしかという、意地悪な感想しか思い浮かばないのは、
われながら冷淡だなあ。まあ、前にもこんな記事を書いたくらいなので、すみません。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2012-01-18

当方、すっかりユッスー熱も冷めてしまい、
フランス・ソニーからリリースされた新作を一応聴きはしましたけれど、
インターナショナル向け、ありがたいメッセージ・ソング含みの、
文化観光大臣というお立場に沿ったアルバムということで、以上、終わり。
「あ~、つまらん。お前の話はつまらん!」(大滝秀治ふうに)などとボヤいていたら、
セネガル国内向けに、別のアルバムを出してたんですか。

それがタイトルもよく似た、5曲24分弱というミニ・アルバム。
そういえば、ちょっと前にも伝統レパートリーのミニ・アルバムを出してましたっけ。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2015-11-22
あちらのミニ・アルバムは、文化観光大臣らしく民族衣装でしたけれど、
今作のジャケットは、音楽活動再開を予感させる出で立ちです。

内容は、キレのあるンバラをやっていて、おお、いいじゃない!
ユッスーのヴォーカルも、良い意味で力の抜けた歌いぶりに、
ケタ違いのダイナミクスが宿っていて、ヴェテランならではとウナらされます。
こういう充実したサウンドで、伸びやかな歌を聞かせてくれるんだから、
やっぱり期待したくなりますよねえ。

なんでインターナショナル向けでは、これがやれないのかなあ。
だいたい、インターナショナルとドメスティックで使い分けるのって、
イマドキ時代錯誤なマーケティングだよねえ。
なんだか、時代をつかまえそこなってるのを見るようで、ツライものがありますね。

Youssou Ndour & Le Super Etoile "SENEGAAL REKK" Prince Arts no number (2016)
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蘇る70年代オート・ヴォルタ

Bobo Yeye - Belle Epoque In Upper Volta.jpg

新たなる西アフリカ音源のリイシュー。これは、大労作ですねえ。
またしてもフローラン・マッツォレーニのお仕事ですよ。
フローランが今回手がけたのは、ブルキナ・ファソ。
サンカラ革命が起こる前の、まだ国名がオート・ヴォルタだった時代に、
オート・ヴォルタ第2の都市ボボ=ディウラッソで活躍したバンドの音源です。
CDまたはLP3枚組と写真集という仕様で、この写真集がスゴイ。

ボボ=ディウラッソの中心街にスタジオを構えていたという、
写真家ソリ・サンレによる70年代に撮影した貴重な写真111枚が、
ぎっしりと詰まっているんですが、時代の空気感を封じ込めた濃密さに、
頁をめくるたびにタメ息がもれました。

スタジオで撮られたポートレイトは、一人から二人、そしてグループと数が増えていきます。
続いて、ナイトクラブで踊る人々に、ライヴ演奏中のバンド・メンバーなど、
70年代当時のファッションや流行がヴィヴィッドに伝わってきて、
この時代のアフリカン・ポップスをこよなく愛するファンには、たまりませんね。
ぼくはCDを買ったので、ミニ写真集といった趣でしたけれど、
LPを買った人は大判の写真集で、迫力満点だったんじゃないのかな。

そして、3枚のディスクには、1枚目がヴォルタ・ジャズ、2枚目がダフラ・スタール、
3枚目がレ・アンバタブル・レオパール、エショ・デル・アフリカ、ウェドラオゴ・ユセフ、
イディ・オイドリッサが収録されています。

これまで、この時代のオート・ヴォルタの録音は、サヴァンナフォン、キンドレッド・スピリッツ、
アナログ・アフリカから編集盤が出ていて、ヴォルタ・ジャズやダフラ・スタールの録音も
1・2曲収録されていたものの、わずか数曲ではバンドの個性を捉えることができませんでした。
ヴォルタ・ジャズのシングル盤も2枚持ってはいたけれど、
これだけではよくわからなかったんですよね。
今回ディスク1とディスク2に、両者それぞれの録音がまるまる収録されたことで、
二つのバンドの音楽性がくっきりと見えるようになりました。

ギタリストのイドリッサ・コネがリーダーとなり、64年に結成されたヴォルタ・ジャズは、
セヌフォやマンディンゴなど自分たちの伝統音楽をモダン化するとともに、
ルンバ・コンゴレーズや、パチャンガなどのアフロ・キューバンに強く影響を受けたバンドでした。
63年にフランコ率いるO・K・ジャズが西アフリカをツアーしたのをきっかけに、
イドリッサ・コネがルンバに感化されたと、解説に書かれています。

一方、74年にヴォルタ・ジャズを脱退した歌手のテイジャニ・クリバリは、
自身のバンド、ダフラ・スタールを結成し、ヴォルタ・ジャズ時代のラテン色を取り払い、
同時代のギネアのバンドを彷彿させるマンデ・ポップを聞かせます。
ティジアリ・クリバニがマリ出身だったことに加え、
サリフ・ケイタ在籍時のレイル・バンド、シュペール・ビトン、シュペール・ジャタといった、
マリのトップ・バンドで活躍したマリ人ギタリストのズマナ・ジャラを擁し、
マンデ・サウンドの濃密な味わいを醸し出していますよ。

特に、初期の録音ではバラフォンをフィーチャーし、
ズマナ・ジャラのギターと引けを取らないソロを取っているんですね。
ミュート音でギター・フレーズを模したソロは、なかでも聴きものとなっていて、
ギターがバラフォンのフレーズを模すことはあっても、その逆というのは珍しい気がします。
後年の録音では、バラフォンがなくなり、オルガンに取って代わられますが、
初期の泥臭さのあるパンチの利いたマンデ・ポップは、ギネアのバンドにひけをとりません。

ヴォルタ・ジャズやダフラ・スタールに比べると、ディスク3収録のバンドは聴き劣りするものの、
写真集後半に掲載された、詳細なバイオグラフィと、レコード・ジャケットの写真、
ディスコグラフィは、貴重な資料といえますね。

最後に難をいえば、曲順ですね。
新旧録音をランダムに並べたのは、大減点もの。
特に、デイスク2のダフラ・スタールは、バラフォンをフィーチャーした初期録音と
オルガンをフィーチャーした後期録音とで、かなりサウンドが変化しているので、
それらが入り乱れて出てくる編集が、なんとも聞きづらいものとなっています。
ディスク3でも、2曲しか収録していないエショ・デル・アフリカの曲を、わざわざ離した曲順にして、
その間にもっと後年の音源を置くのも、まったくの意味不明。
大労作なだけに、このアトランダムな曲の並びだけが残念でしたね。

[CD Book] Volta Jazz, Coulibaly Tidiani et L’Authentique Orchestre Dafra Star, Les Imbattables Léopards, Echo Del Africa, Ouedraogo Youssef and Idy Oidrissa
"BOBO YÉYÉ : BELLE ÉPOQUE IN UPPER VOLTA " Numero NUM055
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マンデ・アクースティック・スウィング カンジャファ

Kandiafa  KABAKO.jpg

ヴァンサン・ドルレアンのレーベル、サン・コモンテールのカタログは、
いまのところ5タイトルがリリースされているようです。
ジャケット・デザインがフランス人らしいお仕事というか、どれも洒落ていて全部欲しくなってしまい、
ヴィユー・カンテのアルバムと一緒に、残りの4タイトルも買っちゃいました。

ざっと紹介すると、13年の初作品となったヴィユー・カンテに続き、
翌14年に、マンデとグナーワをミックスしたユニット、カッサ・カッサのCDシングル、
シュペール・スンジャタ・バンドなどで歌手を務めたフォディエ・サッコのソロ作、
若いカマレ・ンゴニ奏者ジャジェ・シセのソロ作の3タイトルがリリースされています。
そして今年16年に、若いンゴニ奏者カンジャファのCDシングルが出ました。

Kassa Kassa.jpgFodie Sacko.jpgDjadje Cisse.jpg

面白かったのが、このカンジャファことアブドゥライ・コネの作品。
編成がユニークで、主役のンゴニの伴奏に、ヴァイオリン、ウッド・ベース、
カラバシ、パーカッション、男女コーラスが付いていて、
レーベル制作のヴィデオを見ると、まるでダン・ヒックスとホット・リックスみたい。
というのも、ヴァイオリンとコーラスの二人が白人女性(フランス人?)で、
ナオミ・ルース・アイズンバーグとマリアン・プライスがそこにいるかのよう。
ちなみに、ウッド・ベースを弾いているのも白人です。

カンジャファは、ジャンゴ・ラインハルトとステファン・グラッペリに影響を受けたといい、
マンデの伝統的なメロディをベースにした自作曲に、
ジプシー・スウィングのサウンドをミックスしているんですね。
そしてまた、カンジャファが弾くンゴニも凄腕で、
鮮やかなフィンガリングで、わずか3弦とは思えないプレイを聞かせます。
まるでコラを弾いているかのようなフレージング、
強いタッチによる音の粒立ちの良さにも感心します。
ロックやブルースのフレーズを取り入れているのも、
今や彼のような若い世代では当たり前ですね。

キメのフレーズがカッコイイ“Keke Magni” では、
ヴァイオリンがソロを弾きながらユニゾンでスキャットしたりと、
聴かせどころを作る曲の構成も巧みで、
これまで誰もやったことがないマンデ・アクースティック・スウィングを聞かせてくれます。
う~ん、フル・アルバムを期待したいですねえ。

[CD Single] Kandiafa "KABAKO" Sans Commentaire SC SINGLE04 (2016)
[CD Single] Kassa Kassa "MBARA MASKINE" Sans Commentaire SC SINGLE01 (2014)
Fodié Sacko "BAROSSO" Sans Commentaire SC02 (2014)
Djadjé Cissé "MAMASSA" Sans Commentaire SC03 (2014)
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カマレ・ンゴニの暴れん坊 ヴィユー・カンテ

Vieux Kante  SANS COMMENTAIRE.jpg

31歳の若さで亡くなったマリのカマレ・ンゴニ奏者ヴィユー・カンテは、
05年の死の直前に制作した初カセットが、
この夏スターンズによってCD化され話題となったばかりですけれど、
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2016-08-24
実はその初カセットに先んじた録音があり、
すでに3年も前にリリースされていたことが判明しました。

01年にフランス人プロデューサーのヴァンサン・ドルレアンが録音した、
ヴィユーのカマレ・ンゴニのソロ・パフォーマンスがそれで、
13年にヴァンサン自身が立ち上げたレーベルの第1弾としてリリースされていたんですね。
バンドキャンプで偶然に発見した時は、えぇ、こんなのがあったの !? と驚いちゃいましたよ。

スターンズ盤では、このCDについて何も触れておらず、
スターンズ盤のCD制作にあたったバンニング・エアがライナーで、
「ゆいいつの商業録音」と書いていたのは、不可解としか言いようがありません。
ヴィユーのマネージャーとの間で正式に契約してCD化したのだから、
3年前の本作を知らないはずがなく、なんで無視したんでしょうね。

アルバム・タイトルの“SANS COMMENTAIRE” は、
ヴァンサンがレーベルにもその名を付けているほどで、強い思い入れを感じさせますが、
このタイトルの曲は本作に収録されておらず、スターンズ盤の1曲目に収録されているところも、
なんだかいわくありげというか、
ヴァンサン・ドルレアンとバンニング・エアの間になんかあったんですかね。

まぁ、そのへんの事情はわからないんですが、リスナーにはどうでもいいい話なので、
肝心の中身の話をしましょう。
スターンズ盤では、リズム・セクションにパーカッションを加えたアンサンブルの中で、
ヴィユーが改造した12弦カマレ・ンゴニのプレイが聞けましたが、
こちらは、ヴィユー一人によるソロ演奏となっています。
多重録音によって、カマレ・ンゴニを存分に弾き倒した圧巻のプレイが楽しめますよ。

スターンズ盤ではグリオのシンガーをゲストに呼んでいましたが、
こちらではヴィユー自身がすべて歌っていて、粗削りながら魅力あるヴォーカルを聞かせています。
マシンガンのようなトレモロや、クイーカのような効果音を出したりと、
トリッキーなプレイにハッとさせられる場面は多いんですが、
それらがハッタリぽく聞こえないのは、ジャズから学んだと思われるフレージングの組み立てや、
ハーモニクス奏法の効果的な使い方など、
伝統的な奏法と織り交ぜたバランスの良さを感じさせるからで、
ヴィユーの音楽性に伝統と革新が両立していることが、くっきりと示されています。

スタジオで録音したのではなさそうで、虫の音が聞こえてくるなど、
バマコの暗い闇夜が目に浮かぶようで、想像力をかきたてられます。
あぁ、行ってみたいなあ、バマコ。
アンサンブルとソロという編成の違いもあり、優劣つけがたい2作といえますね。
スターンズ盤を気に入った人ならば必聴の、カマレ・ンゴニの暴れん坊が残した傑作ソロ演奏です。

Vieux Kante "SANS COMMENTAIRE" Sans Commentaire SC01
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トビウオが跳ねる海を見つめて ソーロウグ・ニ・ヒャナワーン

Saileog Ní Cheannabháin  ROITHLEÁN  Raelach.jpg

いいジャケットですねえ。

海の波間にしぶきをあげて、跳ねまわるトビウオ。
濃い藍色と白いしぶきの向こうには、平らな陸地が横たわり、
土の合間にかすかな緑が見て取れます。
いつまでも観ていたくなる風景。
オリジナル・プリントが欲しくなっちゃうな。部屋に飾りたくなります。

ソーロウグ・ニ・ヒャナワーンと読むんでしょうか。
アイルランド人女性のソロ2作目。初めてこの人を知りました。
お父さんがシャン・ノースの歌い手で、
お母さんはクラシックのヴァイオリニストという音楽一家に育った人。
彼女自身もシャン・ノース・シンガーで、フィドルとピアノを演奏します。

オープニングのピアノのソロ演奏に引き込まれました。
アイリッシュにはこういうピアノ・スタイルがあるんですねえ。
コンサーティーナをピアノに移し替えた演奏法は、ぼくは初めてで、
すごく新鮮に聞こえました。いいですねえ、こういうピアノ。
ヤマハのアップライトを弾いているんだそうです。

ほかにもフィドル・ソロや無伴奏のシャン・ノースを披露していて、
どの曲にも、キリッとしたアイリッシュの伝統がしっかりと備わっています。
それでいて、この清涼感は、この人ならではの個性なんじゃないでしょうか。
シャン・ノースの美しさも、どこか古式ゆかしい口承伝統の上澄みをすくったような
純潔さを感じさせて、聴くほどにすがすがしさを覚えます。

コンサーティーナやフルートなどのゲストを迎えている曲もありますが、
ほとんどが彼女ひとりによる独奏・独唱で、そのシンプルな作りが、
余計な装飾のない、この人の音楽性の純度の高さを伝えます。

Saileog Ní Cheannabháin "ROITHLEÁN" Raelach RR008 (2016)
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老いがもたらした「古臭い」歌声で静かなる復活 シャーリー・コリンズ

Shirley Collins  LODESTAR.jpg

シャーリー・コリンズの新作?
えぇぇぇ~、ビッグ・ニュースじゃないですかぁ。
いったい、何年ぶりのレコーディングになるんですか、これ。
姉ドリーとの“FOR AS MANY AS I WILL” 以来の38年ぶり?
うわぁ、たいへんだ、こりゃ。

届いた新作に、思わずひとりごちしてしまいましたけれど、
世間でほとんど話題にのぼっていないあたりは、
ブリティッシュ・フォークという、このジャンルらしいところですかね。
もしこれがほかのジャンルだったら、今頃大騒ぎでしょ。
伝説的な歌手が40年ぶりにカムバックして、新作を出したなんつーたら、
音楽ジャーナリズムが、ここぞと持ちあげるところですよね。

でも、ブリティッシュ・フォークという地味なジャンルでは、そんなことは起きやしません。
そもそもファンの数だって、限られてますからねえ。
もう81歳になるんですか、シャーリー・コリンズって。ぼくの母より4つ若いだけかあ。
長き沈黙を破って、静かなる復活。
大げさに騒がれなくって、むしろ好ましく思いますよ。
好きな人だけが、大切に耳を傾ければいいんです。そういう歌手じゃないですか。

思えばシャーリー・コリンズが、ファンの前から消えたのは、
78年にアシュリー・ハッチングスとの結婚生活が破綻し、
そのショックでステージで声が突然出なくなるという事態にみまわれたからでした。
長い間深刻な失声症に苦しみ、ずっと歌えずにいたなんて、知りませんでした。

さて、この新作。
この声がシャーリーなの?と、正直、戸惑いました。
かつての面影は、まったくありません。
歌声はすっかり老人になっていますけれど、婆さん声というのともちょっと違って、
男だか女だかわからない、性別不詳な声になっています。

若い頃のシャーリーの女性らしい優しい声に物足りなさを感じ、
もっとぶっきらぼうでいいのにと感じていた自分にとっては、これは喜ばしい変化。
バラッド歌いにふさわしい「古臭い」声を宿したのは、勲章といえますよ。
そして昔と変わらないのは、シンギング。
どんな伴奏であろうと、自己の感情を表出しない伝承歌の世界に没入した歌いぶりは、
シャーリーの真骨頂でしょう。

20代の若き頃、かつての恋人アラン・ローマックスとともに、
アメリカ南部を旅して古謡を集めたシャーリー。
当時掘り起こした曲“Pretty Polly” を80過ぎて歌う姿に、
誰も興味を示さず、ほったらかされてきた古い唄を見つけ出して歌う、
フォーク・リヴァイヴァリストとしての深化を感じます。

Shirley Collins "LODESTAR" Domino WIGCD389X (2016)
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インド洋の東の果てのカシーダ ヌル・アシア・ジャミル

H. Nur Asiah Jamil  LAGU LAGU GAMBUS BAND O G EL BAHAR.jpg

こりゃ、たまりません。
頭クラクラ、みぞおちモヤモヤの、トロける南洋熱帯歌謡は、
インドネシア、メダンの女性歌手ヌル・アシア・ジャミルが歌うカシーダです。

それにしてもこのサウンド、ターラブそのものじゃないですか。
東アフリカ沿岸部のスワヒリ文化が育んだのがターラブなら、
マラッカ海峡を挟んだスマトラ島とマレイ半島のムラユ文化が育んだのが、カシーダ。
インド洋の西端と東端で奏でられてきたイスラム系音楽がそっくりという不思議さ。
アラブ文化が海を越え、流れ着いた果てで、同じように変容するなんて。

H. Nur Asiah Jamil  PANGGILAN KA’BAH.jpg   H. Nur Asiah Jamil, Rusnah, Hikmah  QASIDAH MODERN.jpg

ヌル・アシア・ジャミルのレコードは、
80年代のオルガンやエレクトリック・ギターなどが入った
カシーダ・モデルン(「モダン・カシーダ」の意)・スタイルのアルバムが
これまでCD化されていましたけれど(上の2枚)、
今回手に入れたのは、それよりずっと前の、70年代録音のものと思われます。
まだオルガンは使われておらず、アコーディオンがその役を担っています。

不揃いのヴァイオリン・セクションが鄙びた音色を奏で、
ルバーナとベースが淡々とリズムを刻み続けるなかを、
主役の女性歌手と女性コーラスが、淋しげなメロディを紡いでいくように歌うと、
どこか人生の諦念を感じさせるような思いがするのは、ぼくだけでしょうか。

ガンブースや笛もアクセントとしてフィーチャーされ、
ノスタルジックなエキゾ歌謡、ここに極まれり。
カシーダはこの時代の録音が最高じゃないですかね。
身体にへばりつくような潮風のじっとりとした湿気を感じるサウンドが、もうたまりません。

H. Nur Asiah Jamil "LAGU LAGU GAMBUS BAND O G EL BAHAR" Life WCD0283
H. Nur Asiah Jamil "PANGGILAN KA’BAH" Life MIK6001
H. Nur Asiah Jamil, Rusnah, Hikmah "QASIDAH MODERN" Life MIK6003
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天賦のバラード表現 ハ・ヴィ

Ha Vy  TAM SU.jpg

アジア歌謡の最高峰といっていいでしょうね。
ハ・ヴィのなめらかな歌声、繊細なヴィブラートと無理なく回るこぶしの奥底に、
ほのかに揺れる情感は、ヴェトナム歌謡が到達した最高のバラード表現でしょう。

はじめてこの人と出会った11年作の“MẸ LÀ TÌNH YÊU” が最高傑作すぎて、
その後の13年作“KỈ NIỆM TÌNH ĐẦU” は、ジャケットがいただけないこともあって、
パスしちゃいましたけど、今回はどうかなと聴いてみたのでした。

“MẸ LÀ TÌNH YÊU” に及ばないのは、楽曲の選択というプロダクション側の問題であって、
ハ・ヴィ本人の歌いぶりは、もう天賦の才としかいいようがありません。
たとえば、ぼくがいくらレー・クエンにホレ込んでいるといっても、
努力型のレーとハ・ヴィとでは、才能の開きは歴然としていて、
ハ・ヴィはテレサ・テンに匹敵する人といって、過言ではないでしょう。

イントロや間奏にヴェトナム伝統の響きをわずかに加えるほかは、
汎アジア歌謡曲の域を超えない伴奏とプロダクションながら、
ハ・ヴィの声がそこに乗れば、たちまちに主役の声を引き立てるためにそこにあるといった、
絶妙な味わいを醸し出すのだから、主役の存在感は絶大ですよね。

今作は、明るく朗らかな演歌調の曲も多く、泣き一辺倒ではないので、
広く歌謡ファンにアピールするともいえます。
もっとも、ぼくのような抒情歌謡の哀感に溺れたい向きには物足りなくもあり、
難しいところですが、伴奏のアレンジはさらに洗練されてきたのを感じます。

ただ、これだけはダメ出ししておきたいのは、
実質アルバム・ラスト曲の11曲目(これ以降、インストのカラオケ3曲の収録あり)。
このデリカシーのかけらもない打ち込みプロダクションは、サイテーです。
EDM仕様のイントロに、なんじゃこりゃと怒り心頭になりましたよ。
ハ・ヴィの歌が始まると、途端にサウンドがふくよかになるとはいえ、
それでもこの曲は聴くに耐えません。
というわけで、10曲目までをiTunes に落として聴いております。

Hạ Vy "TÂM SỰ" Thúy Nga CD014 (2015)
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南ヴェトナム大衆歌謡の味わい バン・タム

Băng Tâm  ÐÊM SẦU ÐÂU.jpg   Băng Tâm  EM VẪN… HOÀI YÊU ANH.jpg

こちらは、アメリカのヴェトナム人コミュニティで活躍する越境歌手です。
あでやかなアオザイのジャケットに引かれて曲目を見ると、
アルバム・ラストのタイトルの横に、「カイルオン」と書かれていますよ。これは期待できますね。
同い年に出たもう1枚のアルバムと合わせて、買ってみました。

冒頭から、歌謡ショーの世界そのもの。
いいですねえ。この大衆味は得難いものがありますよ。
ここ最近のヴェトナム本国の抒情歌謡が、
ホーチミンに暮らす都会人のノスタルジアを感じさせる傾向を感じさせますけれど、
こちらはもっと田舎の庶民的な演歌モードでしょうか。

主役のバン・タムは、81年2月3日ホーチミン生まれ。
94年に両親とともにアメリカへ移住し、カリフォルニア、オレンジ・カウンティで
歌手として成長した人とのことで、越境シーンでカイルオンも歌える人というと、
フーン・トゥイがいましたけれど、彼女よりもさらに若いんですね。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2012-12-21

ダン・バウ(一弦琴)、ダン・チャン(箏)、ダン・ニー(胡弓)、ティウ(笛)など、
ヴェトナムの伝統楽器をたっぷりフィーチャーしたオーケストレーションのアレンジも鉄板で、
アジア歌謡のなかでも、とりわけデリケイトな世界を繰り広げてくれますよ。
タンコ(欧米風と伝統調がスイッチする男女掛け合い歌)では、
なんと大ヴェテランのフーン・ランがゲストで登場します。

ギター・フィムロン、ダン・バウ(1弦琴)、ダン・キム(月琴)など、
ヴェトナム独特のゆらぐ弦が入り乱れる演奏をバックに、
たっぷりとこぶしを利かせたヴォンコ調の歌いぶりを披露して
フーン・ランと渡り合っているのだから、大したものです。

アルバム・ラストは、32分に及ぶカイルオン。
さすがにこれを楽しむには、言葉の壁があって、日本人には厳しいですが、
バン・タムの語りは歌声と変わらぬ愁いを含んだ柔らかな表情で、引き込まれます。
相方を務める男性の穏やかな歌い口にも、ヴェトナム人の心優しさを感じさせますね。

劇中歌の長尺の曲が並んだ“ÐÊM SẦU ÐÂU” に対して、
“EM VẪN… HOÀI YÊU ANH” の方は、歌謡アルバム。
ヴェトナム歌謡の保守王道まっしぐらな完成度の高いプロダクションで、
郷愁味たっぷりのバラード世界を楽しませてくれます。

Băng Tâm "ÐÊM SẦU ÐÂU" Asia Entertainment no number (2015)
Băng Tâm "EM VẪN… HOÀI YÊU ANH" Asia Entertainment no number (2015)
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冬の慕情 ハー・ヴァン

Hà Vân  MẸ LÀ CÁNH CÒ YÊU THƯƠNG.jpg

ひさしぶりにヴェトナムの伝統色溢れる、民歌(ザンカー)集と出会えました。
ちょうど一年前にも、南ヴェトナム懐メロ集で楽しませてくれたハー・ヴァンのアルバムです。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2015-12-14
とてつもなく歌のうまい人なんですが、実にさりげなく歌う人で、
けっしてその技巧をあからさまにオモテに出さないところは、
タン・ニャンとは真逆の個性といえますね。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2016-08-28

まずタイトル曲となっているアルバム冒頭の1曲目で、早くもやられちゃいました。
ギターとヴァイオリンだけの伴奏で歌うとは、ザンカーでは珍しい趣向です。
しっとりと歌うハー・ヴァンの慕情のこもった歌声に、胸が熱くなりましたよ。
身体の芯まで温めてくれるこの歌声は、寒い冬の季節にまたとありませんねえ。

2曲目以降は、コンテンポラリー・サウンドにダン・チャン(筝)や
ダン・バウ(一弦琴)の響きを添えたお馴染みのザンカーのプロダクションで、
ハー・ヴァンの美しいヴィブラートと鮮やかなこぶし使いを引き立てています。

また、レパートリーもいいんだな。
ハ・ヴィの11年の大傑作“MẸ LÀ TÌNH YÊU” で歌われていた“Đôi Ngả Chia Ly” に、
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2011-11-01
レー・クエンが“KHÚC TÌNH XƯA 2 : TRẢ LẠI THỠI CIAN” で歌った“Ai Khổ Vì Ai” も
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2012-08-21
カヴァーしていますよ。

このCDはアメリカのV・ミュージックから出たもので、
以前紹介したルー・アイン・ロアンと同じレーベルですね。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2016-02-24
ヴェトナムではリリースされている形跡がなく、
越境コミュニティ向けに制作されたものなんでしょうか。
ソフトケースという安っぽいパッケージは、まるでカンボジア製かミャンマー製みたいで、
海賊盤なのかと疑ってしまいます。

実は中身の方でも気になる点があって、曲間にかすかなプチ・ノイズが入るところや、
8曲目と13曲目でフェイド・アウトを待たずにブツッと終わるところは明らかな編集ミスで、
あちこちのアルバムから取ってきた海賊盤くさいんですが、
ハー・ヴァンの歌やバックのプロダクションには統一感があり、編集盤のようには聞こえません。

どうも出所不明の怪しさが釈然としないCDなんですが、内容はとびっきり。保証します。

Hà Vân "MẸ LÀ CÁNH CÒ YÊU THƯƠNG" V Music no number
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アダルト・オリエンテッド・シャバービー キャロル・サマハ

Carole Samaha  ZEKRAYATI.jpg

今年はシャバービーの当たり年ですねえ。

まず、ナワール・エル・ズグビーの新作に始まり、
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2016-05-14
シーリーンのゴージャスな歌謡アルバム、
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2016-06-21
王道のポップスに帰ってきたアンガーム、
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2016-06-27
大人の歌を聞かせるようになったマヤ・ディアーブ、
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2016-08-08
せつな系のジャナットと、
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2016-09-17
ゴキゲンなアルバムが立て続けにリリースされました。

通勤途上iPod でシャバービーを聴かない日は1日もないという、
絶賛シャバービー祭りが続くここ半年間でありますが、
これこそ今年最高の決定打といえるアルバムが届きましたよ。
それがレバノンの歌う女優さん、キャロル・サマハの7作目にあたる新作です。

ついにキャロル・サマハも、ロターナを離れたんですねえ。
ロターナ最終作となった13年の“EHSSAS” 以来3年ぶりとなる本作は、
UAEのカナワットへの移籍第1作となりました。

冒頭から打ち込みの四つ打ちで始まるんだけど、音色がいいんだよなあ。
柔らかくホップする響きが心地よくって、耳にぜんぜん痛くない。
エレクトロはセンス次第ですね、ほんとに。
前作も楽曲が良かったけれど、新作も1曲1曲趣向が凝らされていて、粒揃いです。
バラードからアップまで、多彩な表情をみせてくれます。

リズム・アレンジも巧みで、ダンス・トラックの途中で
伝統リズムにスイッチする場面など、ハッとさせられますよ。
ウード、カーヌーン、ダルブッカなどのアラビックな響きと、
オルガンやエレクトロとの練り込み方も巧いし、
一方、正統歌謡調の曲では、キエフ国立フィルハーモニー交響楽団を起用し、
ゴージャスな演出をしてるんですが、これまた見事にツボにはまっています。

前作に続き、今作でもムハンマド・アブドゥル・ワハーブの曲を取り上げ、
今回は“Aziza” に新たな歌詞を付けて歌うなど、
アラブ歌謡の王道を外さない制作ぶりは、百点満点じゃないでしょうか。

Carole Samaha "ZEKRAYATI" Qanawat no number (2016)
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ジャズ・ベーシストがみた南ア黒人音楽絵巻 ハービー・ツオエリ

Herbie Tsoaeli  African Time.jpg

時間を見つけては、ここ10年くらいの南ア・ジャズの旧作を、
あいかわらずほじくり返してるんですが、
良作がけっこうあって、目を見開かされ続けています。
嬉しくなってしまったのは、十把一からげに「南ア・ジャズ」のひとことで括れない、
いろいろなタイプの音楽が聞けることで、
さらに、個性豊かなサウンドのいずれもが、
しっかりと南ア音楽の伝統を背負っていることに、あらためて感動を覚えました。

若手では、モーダルな伝統ジャズを聞かせるボカニ・ダイアーがいれば、
ジェイソン・モラン、クレイグ・テイボーン、ビジェイ・アイヤーからの影響を公言する、
いかにも新世代らしいカイル・シェパードがいることは、前回の記事でも触れたとおり。
フュージョンでは、ジンバブウェ出身のルイス・ムランガや、
ジョージ・ベンソンそっくりさんのジミー・ドラッドルという、超売れっ子のふたりがいます。
また、南ア・ジャズというよりは、タウンシップ・ジャズというべき
マラービ色の強い演奏を聞かせる、
レソト出身のブダザ・マペファネのような人もいて、まさしく百花繚乱。

どのようなスタイルを持つミュージシャンであれ、どの人の演奏にも、
南アらしい教会音楽系のメロディがくっきりと刻印されていて、
黒人音楽の伝統を汲んだ歌をフィーチャーしたアルバムも、数多くあります。
ロック、R&B、ヒップホップ、ハウスやテクノなどのグローバル化が進むのに並行して、
南ア音楽の独自色を薄めていくなかで、
南ア・ジャズとその周辺の音楽は、南ア音楽の伝統をしっかりと継承しているといえそうです。

2013年の南アフリカ・ミュージック・アワードの最優秀ジャズ・アルバム賞に輝いた本作は、
20年近いキャリアを持ち、南ア・ジャズ・シーンでもっとも信頼されるベーシストの一人、
ハービー・ツオエリの遅すぎた初リーダー作です。
いわゆるアワードを信用しないぼくも、本作はケチのつけようのないクオリティの高さで、
南ア・ジャズといわず、南ア黒人音楽ファン必聴の傑作といえます。
ちなみに、この時のノミネート作品で、本作と受賞を争ったのが、
カイル・シェパードの“SOUTH AFRICAN HISTORY !X” だったんですね。

どっしりとした重心の低いジャズ作品でありながら、
多くの曲でハービーの歌をフィーチャーしているのが、聴きどころ。
いわゆる歌ものではなく、チャントであったり、
スキャットであったり、コーラス・パートのハミングなどで、
ハービーの低音のかすれ声が、コクのあるノドを聞かせます。
スモーキーな味わいを醸し出すその歌からは、
南ア黒人音楽が持つ深みが自然ににじみ出ていて、
ヴェテラン音楽家だからこその、構えない自然体が成しえた手柄といえますね。

各曲でデディケイトされているミュージシャンに、
ルイス・モホロ、ヴィクター・ンダラジルワナ、モンゲジ・フェザ、
ベキ・ムセレクといった名前があげられているほか、
無名の芸術家や労働者にも捧げられた曲もあります。
伝統的な賛美歌を解釈した曲でアルバムを締めくくっていて、
南ア音楽の歴史を体現した本作は、
ジャズ・ベーシストがみた南ア黒人音楽絵巻といえそうです。

Herbie Tsoaeli "AFRICAN TIME" Sheer Sound SLCD223 (2012)
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南ア・ジャズの新進ピアニスト ボカニ・ダイアー

Bokani Dyer  EMANCIPATE THE STORY.jpg

これが、まだ20代半ばの若者の作品とは。
デビュー作を前年に出したばかりという、
南アのジャズ・ピアニスト、ボカニ・ダイアーの11年作。
その重厚な作風は、年齢に見合わない老成を感じさせるもので、
これがまだ2作目というのだから、恐れ入ります。

ボカニ・ダイアーは86年1月21日生まれと、カイル・シェパードと並んで
南ア・ジャズ・シーン期待の若手の一人と目されている人です。カイルのひとつ年上ですね。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2016-05-30
生まれが南アではなく、ボツワナのハボローネというのは、
父親がアパルトヘイト下の南アからボツワナに亡命していた間に
ボツワナ人女性と結婚して、生まれたからだったのでした。

そのお父さんというのが、ジョナス・グワングワやヒュー・マセケラとの共演歴を持つ、
白人サックス奏者のスティーヴ・ダイアーです。
先月オリヴァー・ムトゥクジの記事で触れた60歳記念ライヴで、
スティーヴ・ダイアーがゲスト参加していて、サックスとフルートを吹いていましたが、
ボカニはそのスティーヴの息子なのでした。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2016-10-17

そして本作では、俗に<スピリチュアル・ジャズ>と称されるサウンドに通じる、
ゴスペル色の濃い、オーセンティックなスタイルのジャズを演奏しています。
若い世代であるにもかかわらず、コンテンポラリー色はみじんもなく、
ブラックネスを強く打ち出したヘヴィーな感触は、
往年のマッコイ・タイナーを思わせる深みを感じさせ、ウナらされました。
もっとも近いスタイルでは、ベキ・ムセレクでしょうか。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2011-01-17

ボカニはこのあと、15年に“WORLD MUSIC” という
大胆なタイトルの3作目で新たな試みに挑戦していますが、
残念ながら、2作目を超える存在感を示すには至りませんでした。
これから飛躍が期待できる若き才能なので、今後に注目したいと思います。

Bokani Dyer "EMANCIPATE THE STORY" Dyertribe no number (2011)
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ペディのルーツを見つめて セラエロ・セロタ

Selaelo Selota  Lapeng Laka.jpg

南ア・ジャズのミュージシャンといえば、ケープタウンやジョハネスバーグの出身者が多いなかで、
ギタリストのセラエロ・セロタは変わり種。
65年1月3日、南ア北部リンポポ州の州都ポロクワネ近郊の
セクルウェ村に生まれたペディを出自とする人で、
幼い頃からペディの伝統的な音楽やダンスに触発されて育ったといいます。

高校卒業後、鉱山労働者として働き、その後ジョハネスバーグに移ってギターを覚え、
劇場の清掃員や案内係、ジャズ・クラブの用務員などの仕事をしながら、
ジャズ・ギターを見よう見まねで練習したという、苦労人であり努力家であります。
その後、奨学金を得てケープタウン大学へ入学し、本格的にジャズを学びながらプロ活動を始め、
98年に初のソロ・アルバムをリリースしました。

5作目にあたる本作は、セラエロのギターに、ピアノ、ベース、ドラムス、
女性コーラスという編成で、セラエロのルーツであるペディの音楽を聞かせます。
ペディの文化は、主流であるズールーやコサに比べて、
あまりに知られていないと感じているセラエロは、
ペディの文化を理解してもらうため、ペディの伝統を自作曲に取り入れ、歌っているといいます。

「マイ・ホーム」を意味するタイトルの本作は、すべてペディ語(北ソト語方言)で歌っていて、
幼い頃の村での生活や、結婚式で歌われる狩猟の歌など、
ペディの伝統音楽をモチーフとした自作曲で占められています。
ペディの音楽というと、オートハープ弾きの盲人ジョハネス・モーララがいるので、
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2015-10-31
聴き比べてみましたけれど、リズムよりメロディに特徴があるように感じますね。
バラッド・タイプの起伏の乏しいメロディの曲が多く、
セラエロの歌い口にも、ストーリーテリング的な性格を感じます。

とはいえ、それがペディ音楽の独自性なのかどうかまではわかりませんが、
グルーヴィーなハチロクあり、3連を強調した4分の4拍子など、
ンバクァンガやマスカンダとは違うサウンドであることはわかります。

ペディ・ポップと呼ぶべき本作のサウンドは、南ア・ジャズではまったくありませんが、
セラエロのギターだけが、正統派のジャズ・ギターのフレージングになっているのが面白いんです。
タウンシップ・ポップにジャズ・ギターが紛れ込んだといった感じで、
フュージョン調にならないところが良さかな。セラエロのクセのないヴォーカルも爽やかです。

Selaelo Selota "LAPENG LAKA" Live At The Shack Entertainment/Sony Music CDSTEP129 (2009)
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雑食ファンクからヴードゥー・ファンクへ T・P・オルケストル・ポリ=リトゥモ

Le Tout-Puissant Orchestre Poly-Rythmo  MADJAFALAO.jpg

おそれいりました、フローラン・マッツォレーニ。
今度はベニンの老舗楽団ポリ=リトモの新作を手がけましたよ。
フローランが監修した、オート・ヴォルタの70年代録音3枚組CD写真集に
感服していたばかりだったんですけれど、リイシューだけでなく新作まで、
いまや西アフリカはフローランの独壇場ですね。

ベニンのT・P・オルケストル・ポリ=リトゥモといえば、
03年にドイツのPAMがリイシューしたのを皮切りに、
サミー・ベン・レジェブのアナログ・アフリカが執念ともいえるこだわりで、
限定リリースのファースト・アルバムを含む4作の単独復刻作をリリースしましたね。
ほかにも、ベニンやトーゴのアフロ・ファンクのコンピレーションにも、必ず選曲されていて、
そこまで復刻する価値があるのかなあと思っていたのも、正直なところ。

しかし、そんなヨーロッパでの再評価が現地にも飛び火したのか、
ベニンのトップ・ショウビズから10枚組というすさまじいリイシューが出て、
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2010-12-04
その後同レーベルから、さらにヴォリューム・アップした17枚組が出たとのこと。
http://elsurrecords.com/2016/11/07/le-tout-puissant-orchestre-poly-rythmo-de-cotonou-madjafalao/

ここまでくると、さすがにフツーのアフリカン・ポップス・ファンには関係のない物件といえますが、
あらためてこれまでのリイシューを振り返ってみると、
このバンドの多様な音楽性をうまくダイジェストしたのは、サウンドウェイ盤の
“THE KINGS OF BENIN : URBAN GROOVE 1972-80” だったと思います。

T.P. Orchestre Poly-Rythmo  Soundway.jpg

ポリ=リトゥモは、アフロ・ファンクを軸としながら、
ヴォドゥン(ヴードゥー)のリズム、サトやサクパタを意識的に取り入れたバンドでしたけれど、
いわゆるヴードゥー・ファンクに徹していたわけではなく、ロックンロールもやったし、
パチャンガなどのラテンもやれば、ザイコ・ランガ=ランガのカヴァッシャもやり、
ボサ・アフロなんてゲテものまで、要するに流行りモノははなんでもやるバンドでした。
デビュー作なんて、まるっきりアフロビートでしたからね。

そんな雑食ファンクが真骨頂であり、悪く言えば無個性だったポリ=リトゥモですけれど、
82年に活動を停止して、長いブランクを経てカムバックした11年のストラット盤では、
ヴードゥー・ファンクに焦点をあて、B級と見下されがちなバンドに、
もう一度くっきりとしたアイデンティティを打ち立てようとする意図がうかがえました。

68年結成以来リーダーを務めていたアルト・サックス奏者のメロメ・クレマンが、
12年に67歳の若さで他界するという痛手を負ったものの、
カムバック第2作となる本作では、フローランのプロデュースのもと、
往年の録音以上にヴードゥー・ファンクに活路を見出した傑作に仕上がっています。

思えばガンベ・ブラス・バンドの新作も、ヴードゥーを全面に押し出して、
従来の洗練された音楽性からグッと野性味を増していました。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2015-07-13
ベニンという国は、隣国のガーナやナイジェリアに比べて、
明確なアイデンティティを持ったポップスがないという弱みがありましたけれど、
お隣のトーゴともども、ヴードゥーをキーとして新たな進展が期待できそうです。

Le Tout-Puissant Orchestre Poly-Rythmo "MADJAFALAO" Because Music BEC5156646 (2016)
T.P. Orchestre Poly-Rythmo "THE KINGS OF BENIN : URBAN GROOVE 1972-80" Soundway SNDWCD004
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かくも短き独立の歓喜 テタ・ランド

Teta Lando.jpg

独立戦争から内戦と、戦乱に翻弄されたアンゴラの70~80年代に、
国内外のアンゴラ人からもっとも愛された歌手が、テタ・ランドでした。

アルベルト・テタ・ランドは、アンゴラ北部、コンゴ民主共和国の国境に接するザイーレ州、
ンバンザ・コンゴの裕福な大地主一家のもと、48年に生まれました。
一家には32人もの子供がいたそうです。
ちなみに、10年にテタ・ランドに捧げたアルバム“LETRA CHORADA” をリリースした
テタ・ラグリマスは、テタの8歳年下の弟です。

Teta Lágrimas  Letra chorada.jpg

テタが13歳の時、父親が暗殺され、一家はルアンダへの避難を余儀なくされます。
愛国者だった父親は、北部のコンゴ人を主体とした、反共を掲げるアンゴラ人民同盟 UPA
(のちのアンゴラ国民解放戦線 FNLA の前身)の支援者で、植民地政府に睨まれていたのでした。
息子の行く末を心配した母親は、15歳のテタをポルトガルへ留学させます。
テタは、リスボンでボンガ、リリ・チウンバ、マリオ・ガマほか、
多くのアンゴラの音楽家たちと出会って触発され、プロの音楽家を目指しました。

64年に初めてキンブンド語で作曲し、65・66年頃に作曲した“Kinguibanza” がヒットし、
一躍テタ・ランドの名は、アンゴラでも知られるようになります。
68年にアンゴラへ帰国すると、数多くのバンドがテタを迎え入れようと競い合い、
結局、テタの友人だった打楽器奏者でダンサーの
ジョゼー・マッサノ・ジュニオルが在籍していたアフリカ・ショウに参加します。

Africa Show.jpg

アフリカ・ショウは、アンゴラでオルガンを初めて導入したバンドで、
内戦となる75年まで、アンゴラのトップ・バントとして活躍しました。
アフリカ・ショウの昭和歌謡を思わせる演歌調の哀愁漂うメロディや、
ムード・コーラスふうの曲に、テタの強烈な泣き節がよく映えました。
「恋は水色」をカヴァーしているところなどにも、
センチメンタル好きのアンゴラ人の好みがよく表れているといえます。

そんな人気沸騰のさなかの74年にソロとして独立し、
ンゴラからシングル曲をまとめた初のLP“TIA CHICA” をリリースします。
そして翌75年、ついに独立を達成した記念すべき年に、
独立レーベルCDA第1弾アルバムとして、“INDEPENDENCIA” を出し、
自由を獲得したアンゴラ人民の喜びを体現するかのように大ヒットとなりました。

アルバム1曲目が、独立運動の主導権を争った二派の
“F.N.L.A. M.P.L.A.” というタイトルなのは象徴的でしたが、
皮肉にも両者は独立直後か再び敵対し合い、内戦へと突入します。
本作はそのはざまに残された記念碑的作品ともなったわけですが、
テタは隣国コンゴ民主共和国のキンシャサへ脱出し、
タクシー運転手をしながら、フランコのO・K・ジャズでも歌ったりしていたようです。
そして76年にはドイツへ、さらに78年にはフランスへ亡命し、
テタはパリで89年まで望郷の歌を歌い続けながら、
国外に逃れたアンゴラ人のシンボリックな歌手として愛され続けました。

“INDEPENDENCIA” が突然フランスからCD化されたのには、驚きました。
この頃のアンゴラ盤LPが、オリジナルのままCD化されるのはめったにないことで、
ポルトガル以外のインターナショナルなマーケットでは、これが初でしょう。
見開きジャケットも、オリジナルのままに再現されています。

ちなみにライナーには、本作が初LPと記されていて、
今月号の『レコード・コレクターズ』の記事にも「テタ・ランドの初LP」と書いてしまったんですが、
シングル曲をまとめたLPが先に出ているので、初LPは誤りでした。
ここにお詫びして、訂正させていただきます。

Teta Lando "INDEPENDENCIA" Facon FAN34652 (1975)
Teta Lágrimas "LETRA CHORADA: HOMENAGEM A TETA LANDO" Teta Lágrimas no number (2010)
África Show "MEMÓRIAS" Rádio Nacional De Angola no number
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爺ちゃん、ハツラツ! ロス・フビラードス

Los Jubilados  LA LLAVE DEL SON.jpg

世界で老人がカッコいい国といえば、キューバとコンゴが両横綱でしょうか。
キューバはサンティアゴ・デ・クーバのソンのグループで、
ロス・フビラードス、その名も「退職者」というグループを初めて知りました。
ワタクシもお年頃のせいか、親近感のわくグループ名であります。
写真を見ると、トランペッター以外のメンバー全員がご老人で、
ご隠居クラブといった面持ちなんですが、みなさんオシャレで、さすがはキューバです。

そんでもって、音楽がまたハツラツとしてるんだから、たまりません。
アルバム全編にみなぎる、ソンのスピード感がすごい。
なにこの疾走感! キリリと引き締まったビート!
枯れた円熟味なんて、どこへやら。こんなにフレッシュな演奏を、
ほんとにこのおじいちゃんたちがやってんのかと、のけぞっちゃいました。

すんごいなあ。
サンティアゴ・デ・クーバには、こんなグループがいくらでもいるんだろか。
ロス・フビラードスというグループをぜんぜん知らなかった不明を恥じて、
あわてて調べてみたら、94年にサンティアゴ・デ・クーバの伝説的なソネーロ、
フアン・グアルベルト“ベベート”フェレールがリーダーとなって結成したグループで、
セカンド・ヴォーカルにベベートと50年代からのコンビのマリオ・カラカセスを擁していました。

98年にデビュー作“CERO FARANDULERO” をメキシコのコラソンから出し、
本作は8年ぶりの7作目にあたるとのこと。
06年からはペドロ・ゴメスがリーダーを務めていて、
ベベートとカラカセスはすでに他界していて、
結成当初のメンバーはもう残っていないみたいです。

キレ味たっぷりのソンには、サンティアゴ・デ・クーバらしい味わいがいっぱい。
レパートリーにはメンバーのオリジナルのほか、
ピート “エル・コンデ” ロドリゲスが歌った“Catalina La O” や
ジョー・アロージョの“Rebelion” なんて曲も。1曲クンビアもやっています。

すっかりお気に入りになってしまい、これまでこのグループを知らずにいたのを反省して、
現在前作のエグレム盤“PURA TRADICION” と
デビュー作のコラソン盤“CERO FARANDULERO” をオーダー中。
届くのが楽しみです。

Los Jubilados "LA LLAVE DEL SON" Egrem CD1369 (2016)
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キューバのメロウネスに酔う ルイス・バルベリーア

Luis Barberia feat. Sexteto Sentido  A FULL.jpg

オ・ド・ロ・き・ました。
キューバにこんなオシャレなアーバン・ポップスがあるとは。
キューバの新世代シンガー・ソングライターという、
ルイス・バルベリーアの新作サンプルを聴いて、ソッコー、ぽちりましたよ。

パブロ・ミラネースやシルビオ・ロドリゲスへの悪印象のせいで、
ヌエバ・トローバは完全無視のジャンルと、自分の中に位置づけたのがもう30年前のこと。
キューバのシンガー・ソングライターなんて、まったくの関心外でしたけど、
時代はとっくに移ろっていたんですねえ。
そういえば、パブロ・ミラネースの娘がステキなフィーリン作を出してたっけなあ。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2015-09-03

ほかにも、アクースティック・サウンドでジャジーなヴォーカルを聞かせる若手に、
ジューサをはじめ、テルマリーやヘマ・コレデーラがいますけど、
どうもどの人も薄味で、ぼくには魅力薄だったんですよね。
ラテンが薄味じゃ、ダメでしょ。
でも、ルイス・バルベーリアの歌い口にはコクがあって、惹かれたんですよ。

そして、ジャジーなポップ・センスにも、目を見張らされました。
アクースティック・ギターを軸にしながら、ドゥーワップやスキャットをこなし、
グルーヴィなファンクをさらりとやってのける手腕も鮮やかで、
インターナショナルに開かれた音楽性を感じさせる人ですね。

ルイス・バルベリーアは、スペインを拠点にヨーロッパで活動していたんだそうで、
たしかにキューバ国内よりも、グローバルなマーケットの方が、ウケはよさそう。
韓国人ギタリストと女性ベーシストがバックを務めるのも、イマっぽいもんな。
キューバ帰国後、エグレムと契約したことは、国内では意外と受け止められたようです。

ルイスの太くソフトなヴォーカルを包み込む、
女声四重奏セスト・センティードの天使の歌声が極上のメロウさで、
羽毛布団のベッドにダイヴするような、夢見心地を味あわせてくれます。
クアルテート・エン・シーを思わすのは、ブラジル好きのサガでありますが、
ラス・デ・アイーダの現代版ととらえるべきなんでしょうね。

なんか、ここんところ、オーガニックでジャジーなポップスがきてるなあ。
アンゴラのカンダに続き、絶賛ヘヴィー・ローテーションとなること間違いなし。
大嫌いな言葉ではありますが、スタイリッシュという形容は、
こういう音楽にこそふさわしいのかもしれません。

[CD+DVD] Luis Barberia feat. Sexteto Sentido "A FULL" Egrem CD+DVD1268 (2014)
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華のあるエチオピア演歌 ゲテ・アンレイ

Gete Anley  MELKISH AYBELTISHIM  Ambassel.jpg   Gete Anley  MELKISH AYBELTISHIM  Nahom 2015.jpg

かすかに苦味を加えた味のある声、なんか聞き覚えがあるなあと思って、
棚をごそごそと探したら、この人の04年作“CHEBEL LEBE” がありました。
少しクセのあるテナー・ヴォイスで、伸びのあるヴォーカルを聞かせる
エチオピアの男性シンガー、ゲテ・アンレイ。

キレのあるこぶし使いが巧みで、いい歌手だなあと思いつつ、
ナホンの凡庸な金太郎飴プロダクションが、その歌いぶりを生かせず、
なんとも残念に思っていたんでありました。

今度の新作も、ナホン専属のアレンジャー兼ギタリスト、エリアス・メルカの制作なんですが、
ちゃらい鍵盤系のチープなサウンドが影を潜め、
ボトムにも厚みが増して、ぐっと重心が低くなりましたね。
エリアスのロック調ギターや、ファンク・ベースのフィル・インを効果的に使い、
打ち込みのホーン・サウンドに生のサックスを絡ませるなどの工夫もして、
メリハリのあるプロダクションにしています。

曲中に複雑なリズムを織り交ぜるパートを作るなど、
以前には聞かれなかったアレンジを施すようになったほか、
鍵盤楽器によるオーケストレーションのアレンジも格段に向上しています。
なんかすっかり腕を上げましたねえ。エリアス・メルカ、見直しましたよ。

ゲテ・アンレイもカラフルなサウンドに応えて、
迷いのないパワフルなヴォーカルでシャープに歌っていて、胸をすきます。
ゲテは、10年にジャン=ポール・ブレリーのアディス・アベバ・セッションにも参加していましたね。
今まさに脂ののった、華のあるエチオピア演歌を歌える逸材です。

Gete Anley "MELKISH AYBELTISHIM" Ambassel no number (2015) [Ethiopia]
Gete Anley "MELKISH AYBELTISHIM" Nahom no number (2015) [US]
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アビシニア・ママ マルタ・アシャガリ

Martha Ashagare YEGUD MEWIDED.jpg   Martha Ashagari  Child's Love.jpg

マルタ・アシャガリの新作! おお、なんてひさしぶり。
この人の歌を聴くのは、96年のAIT盤“CHILD'S LOVE” 以来ですよ。
AIT盤のライナーには、これがマルタの6作目で、29歳と書かれていたので、
現在は49になるわけね。女性の年齢をわざわざ書くのは、失礼でありますが。

アルバムの少ない人で、これまで出たCDはこのAIT盤1枚だけのはず。
96年当時で6作目といっても、5作目まではカセットだったんじゃないかな。
アスター・アウェケ、ハメルマル・アバテ、クク・サブシベと並ぶ、ヴェテラン歌手であります。
トロントに暮らしていた時期もあったようですが、今は帰国してエチオピアで活躍しています。

今作がヴェテラン復活の作なのか、
歌ってはいたもののCDを出していなかっただけなのかは、
よくわからないんですが、歌いぶりにはブランクを感じさせません。

“CHILD'S LOVE” では、しゃくりあげ唱法ともいえる独特の歌いぶりが印象的でした。
線の細い声で、すすり泣くようなユニークな節回しを聞かせていました。
あれから20年、かつての線の細さはなくなり、声も太くなって味わい深くなりましたよ。

エチオピア伝統の音感と節回しを深く刻み込んだ歌いぶりは、
ヴェテランらしいこの世代の面目躍如といったところでしょうか。
エチオピア情歌のティジータをはじめ、エチオピア独特の五音音階をもとにした
楽曲が多く取り上げられているほか、ティグリーニャの曲も歌っていて、
エチオピアのフォークロアの香り豊かなレパートリーが並びます。

マシンコやクラールなどの伝統楽器に
アコーディオンやサックスを効果的にフィーチャーしたプロダクションも申し分なく、
円熟したマルタの歌声を盛り立てています。

Martha Ashagare "YEGUD MEWIDED" Flute no number (2015)
Martha Ashagari "CHILD’S LOVE" AIT AIT006 (1996)
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カタログに残らない歴史的名作 アマリア・ロドリゲス

Amália Rodriguez  FADO PORTUGUÊS.jpg

『ポルトガルのファド』とずばり名付けられたタイトルも神々しい、
アマリア・ロドリゲスの56年の名作が、50周年記念エディションとしてお目見えしました。
2枚組のディスク1には、オリジナル盤収録の12曲が初のモノラル・ヴァージョンでCD化され、
さらに本作のセッションで録音された別の既発曲10曲が収録されています。
ディスク2には、別テイクやテスト・テイクなどの未発表音源を収録していて、
スタジオ内での会話も含むテイクは、熱心なマニア向けといえますけれど、
アマリア・ファンなら必携でしょう。

今回のCD化は、アマリア・ロドリゲスのLP録音を行った
ヴァレンティン・ジ・カルヴァーリョによるもので、まさに本家本元による復刻なんですが、
今回ちょっと驚いたのは、同時発売で“AMÁLIA NO OLYMPIA” が出ていたこと。
あれ? これは、フランス・オリジナル盤のジャケットを採用したリマスター盤が、
iPlay から出たばかりだよねえと思ったら、
もうあれから5年も経っているんですね。月日が流れのは速いなあ。

なんと、あのiPlay盤はすでに廃盤なんだそうで、
ヴァレンティン・ジ・カルヴァーリョが出したのは、
英語(!)のタイトルを白地にレタリングしただけのシロモノ。
アマリアの歴史的名作にこのジャケット・デザインはないだろといった素っ気ないデザインで、
iPlay がオリジナルの風格あるステージ写真を再現していただけに、カチンときましたよ。

え、それじゃあ、もしかしてiPlay が復刻した歴史的傑作“COM QUE VOZ” の
デラックス・エデイション2枚組は?とチェックしてみたら、なんと、こちらも廃盤。
えぇ~、知らなかったぁ。
わずか5年程度で、あのスグレものの復刻CDが、市場から姿を消すとは。
アマリア・ロドリゲスほどの大物ですら、この扱いかよと、フンガイしてしまいました。

アマリア・ロドリゲス・ファンの皆様、
とりあえず、この“FADO PORTUGUÊS” の50周年記念エディション、即買いましょう。
どうせファースト・プレスのみで、すぐになくなってしまうのは必至でしょうから。
ついでに、ポルトガルの伝承曲を歌った3作を集大成した“AMÁLIA… CANTA PORTUGAL” と、
65年にイギリスのプロデューサーが録音した英語曲の新たな編集盤“SOMEDAY” も
同時発売されたので、興味のある方はこちらもあわせて入手をおすすめします。
オフィス・サンビーニャのウェブ・ショップのみで限定販売されています。
12月11日ライス盤として一般発売が発表されました(この記事が役だったかな?)

思い起こすと、アマリア・ロドリゲスのヴァレンティン・ジ・カルヴァーリョ盤LPは、
80年代末にポルトガルEMIがずらっとCD化したんですよね。
まだ当時はCDが出始めの頃で、旧作のカタログも豊富ではなかった時代でしたが、
オリジナル・フォーマットでずらっとCD化されたのが壮観で、
さすが大物アマリア・ロドリゲスは違うと感心しつつ、
LPでは持っていなかったものもせっせと買ったことを思い出します。

ところが、これも数年後には廃盤となって入手困難になってしまい、
ポルトガル盤CDを買い逃した人の恨み節を、ずいぶんよく聞いたものでした。
その後も長い間オリジナルLPのフォーマットでCD化されることはなく、
いい加減な編集盤しかないという時代が、長いこと続いたんですよね。

ようやく05年頃になって、ソン・リブレが旧作カタログを再CD化し始め、
社名変更したiPlay が継続していたんですが、
それも実は、日本で配給していたオフィス・サンビーニャの田中勝則さんの
オファーで実現したものだったということを、
今回買ったCDに付いていた当時の日本語解説で知ってびっくり。そうだったんだぁ。

アマリア・ロドリゲスほどの歴史的歌手のCDですら、この始末。
レコード会社が所有する過去のカタログへの冷淡さは、
今に始まったことじゃないですけどね。
「いつまでもあると思うな親とレコード」。
大手のレーベルから出てるから、いつでも買えるなんて油断してたら、
あっという間になくなるぞっていう話であります。

Amália Rodrigues "FADO PORTUGUÊS" Edições Valentim De Carvalho SPA0354-2
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88年のツインズ傑作 コリントン・アインラ

Kollington Ayinla  Quality.jpg   Kollington Ayinla  Blessing.jpg

コリントン・アインラの最高傑作は、
オルモ時代の82年作“AUSTERITY MEASURE” と信じて疑わないぼくですが、
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2011-05-13
88年あたりから90年代半ば頃までのコリントン時代の諸作を
最高傑作とする人がいても、異論はありません。

82年にオルモから自己レーベルに移ってからのコリントン・アインラの快進撃はすさまじく、
ライヴァルのシキル・アインデ・バリスターと競い合いながら、
武骨なまでに剛なるフジを磨き上げていきました。
そうしてひとつの頂点に登りつめた時代の傑作が、
88年の“QUALITY” と“BLESSING” の2作といえます。

ようやくこの2作が満足いく形でCD化されたので、あらためて聴き直してるんですが、
アブラの乗りきったコリントンのヴォーカルと、フジ・78・オーガニゼーションの
絶妙なパーカッション・アンサンブルに、ホレボレとするほかありません。

祝詞をあげるようなコリントンのイスラミックなコブシから始まり、
アゴゴなどの小物打楽器がステデイなリズムを刻む合間を、
トーキング・ドラムやトラップドラムが自在に打ち込んで、アクセントをつけていきます。
男たちのお囃子とのコール・アンド・レスポンスを繰り返しながら、じわじわと熱気を上げていき、
はっと気付いた時は、多彩な打楽器が上下左右から、
ビシビシとビートを放ってくるリズムの渦に巻き込まれ、もう夢中になっているんですね。

“QUALITY” ではパーカッション・アンサンブルの精緻な緻密さに唸らされる一方、
反対に“BLESSING” では、ラフなアンサンブルがパワフルで、
B面中盤のトーキング・ドラムのフレーズを
コーラスがなぞって歌う場面が聴きどころとなっています。

シンセを効果的に導入し始めたのもこの2作からで、
“QUALITY” のA面ラストで、打ち込みのような機械的なビートにリズムをスイッチして、
シンセが入ってくるところは、がらりと風景が一変するようで新鮮でした。
さらに“BLESSING” ではもっと大胆な取り入れ方をしていて、
A面冒頭からいきなりシンセが登場し、セリア・クルースの名唱でも有名なキューバの童謡
“Sun Sun Babae” をなぞったパートで始まるのは、ホーフク絶倒ものでした。

LP時代にこの2作を同時に入手して、続けて聴くのが習慣になってしまったせいか、
2枚組のようなつもりで聞いてしまうのですが、
この2作が今回アイヴォリー・ミュージックからCD化されたのは、大歓迎です。
すでにハイ・ケイ・ダンセントがCD化していましたが、ハイ・ケイ・ダンセント盤はすべて盤おこしで、
ノイズが酷くって聴く気がしませんでしたからねえ。

EMI系列のアイヴォリー・ミュージックが、
なぜコリントン・レコーズのこの2作をCD化したのかナゾなんですが、
マスターからちゃんとCD化しているようで、音質はバッチリです。
曲目表示すらなかったハイ・ケイ・ダンセント盤と違って、ちゃんと曲名もクレジットされているし、
ジャケットもオリジナルの写真を使い、
デザインもオリジナルLPを踏襲して作り直しているのが、好感を持てますね。

ハイ・ケイ・ダンセント盤なんて、近影のコリントン・アインラの写真を使い、
オリジナルLPのデザインなんてまったく無視してますからね。
ここ最近は、コリントン時代の諸作をオルモもCD化していて、
いったい契約がどうなってるのかという感じですが、音質はオルモの方がいいので、
これからコリントン・アインラの旧作CDを聴く方には、オルモ盤をオススメします。
いっそのこと、アイヴォリー・ミュージックが全部やってくれたらと思いますけれどねえ。

Alhaji (Chief) Prof. Kollington Ayinla and His Fuji '78 Organisation "QUALITY" Ivory Music KRLPS(CD)26
Alhaji (Chief) Prof. Kollington Ayinla and His Fuji '78 Organisation "BLESSING" Ivory Music KRLPS(CD)27
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エレクトロ・アンビエント・ソウル ジョーダン・ラカイ

Jordan Rakei  CLOAK.jpg

ジャケットのヴィジュアルに、到底自分のシュミじゃないと思っていたら、
偶然耳にした“Midnight Mischief” がドツボで、ハマってしまいました。
オーストラリア出身の新鋭シンガー・ソングライター、ジョーダン・ラカイのデビュー作です。

ネオ・ソウルって、サウンドは好みなんだけど、主役の声がダメっていうケースが多くて、
なかなか好みのアルバムと巡り合うことができないジャンル。
特にワタクシの場合、白人の声と相性が悪いものだから、話題となったジェイムズ・ブレイクも、
生理的に受け付けられなくて、まったく困ったもんなんですが、珍しくこの人はタイプでした。

軽やかでつぶやくような歌声は、甘口ながらべたつかず、
舌の上ですっと溶ける和三盆のような味わいがあります。
ジャズやヒップホップを通過した、音響系ネオ・ソウルとでも呼ぶべきプロダクションも極上で、
浮遊するサウンドスケープから立ち上がる音像が、クールです。

こういう独特のムードって、イーフレイム・ルイス以来かも。
エレクトロ・アンビエントといったサウンドの手触りながら、
クラブ・ミュージック臭のないオーガニックさは、人力の生演奏ゆえでしょう。
とりわけ、いまどきのジャズらしいソリッドなドラミングが、サウンドの要となっています。

複数のドラマーが起用されていますが、
いずれもポリリズムを多用して歌伴する新世代共通のプレイ・スタイルを持つ人たちで、
とりわけフライング・ロータスとの共演で有名なリチャード・スペイヴンが聴きものです。
人力ドラムンベースというべきスペイヴンのドラミングは、スペースを埋め尽くすのではなく、
余白を作るのがうまく、なまなましいビート感にぞくぞくしますね。

Jordan Rakei "CLOAK" Soul Has No Tempo SHNT002CD (2016)
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新世代パームワイン・ギタリストの誕生 チェチェクー

Kyekyeku.jpg

いまどきパームワインを演奏する若いギタリストが、ガーナから登場するとは。

ヴィンテージ・パームワインの復刻CDを目下制作中の深沢美樹さんが、
フェイスブックで紹介されていた、チェチェクーなる若者のデビュー作。
ヴィンテージSPのリイシューCDが、楽しみで待ち遠しいんですけれど、
その前に新作パームワインが聞けるとは、前祝いでしょうか。嬉しいですねえ。
ハイライフをもじったタイトル『ハイアー・ライフ・オン・パームワイン』のウイットも効いていますね。

幼い頃、教会のオルガン奏者だったお父さんからオルガンを習っていたというチェチェクーは、
オルガンより、6・7歳の頃に偶然テレビで見たコー・ニモの“Gyamena Boo” が忘れられず、
ずっと心に残っていたんだそうです。
わずか30秒ほどのパームワインが、チェチェクーの運命の曲になったんですね。

それから15年後、大学で教鞭をとっていたコー・ニモとじっさいに会うことができ、
パームワイン・スタイルのギター、オドンソンを直々に習うばかりでなく、
アカンの伝統音楽やアシャンティの歴史を深く学んだのだそうです。
セルフ・プロデュースによる本デビュー作の1曲目で、
そのコー・ニモとデュエットしています。

ここでは、オーソドックスなパームワイン・スタイルに加えて、
ヴィシャル・ナガーのタブラをフィーチャーしたところがミソ。
伝統やルーツに即した若い世代の音楽家たちが、
さまざまなフェスで交流した外国のミュージシャンたちと共演して、
無理なく音楽性を広げていくところは、グローバルな時代の良さといえますね。

レパートリーはパームワインのほか、ハイライフ・ナンバーも多くあって、
全体のサウンドは、オーガニックなアフリカン・フォークといったムード。
ホーン・セクションを交えた曲でも、
チェチェクーの柔らかなアクースティック・ギターの響きが常に中心にあって、
爽やかなサウンドとなっています。

チェチェクーのギター・スタイルは多彩で、ツー・フィンガーのアフリカン・ギターは当然として、
ピカードをさりげなく披露したりと、フラメンコ・ギターも修得していることを伺わせます。
マヌーシュ・ジャズ・スタイルのフレージングも聞かせたりしているので、引き出しは多そう。

アルバム・ラストは、活動の拠点としているアクラのジャズ・クラブでのライヴ演奏で、
なんと、フェラ・クティの“Lady” をカヴァーしています。
ジャジーなアレンジで、洒落たムードに仕上げていて、
イメージをがらりと変えたこのカヴァー・ヴァージョンは、とても新鮮です。

Kyekyeku "HIGHER LIFE ON PALMWINE" no label no number (2016)
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コンテンポラリー・マンデ・ポップ アイサタ・クヤテ

Aïssata Kouyaté.jpg

クヤテというその姓から、グリオ出身であることはすぐわかるものの、
アイサタ・クヤテという女性歌手の名は、これまで聞いたことがありませんでした。
すでに何回か来日しているらしく、今年も夏にやってきたといいます。
招聘したのが、アフリカン・ダンスのスタジオで、
コンサートではなく、ダンスやジェンベのワークショップとして開催されたらしく、
歌より、ダンスの方がメインだったのかもしれません。

どうも日本では、アフリカ音楽を聴くだけのファンと、
ダンスや楽器を演奏するファンの間に断絶があり、お互いの交流がないのは寂しいですね。
ぼくも先月まで、この人のことをまったく知らなかったくらいなので、
<実践>ファンのイヴェントが、<聴くだけ>ファンの目に届かないことの典型例といえます。
その逆もまたありなんでしょうけれど、そもそもアフリカ音楽というニッチな世界で、
ファンが分裂していて情報の行き来がないというのは、お互いにソンな話だよなあ。

来日時に本人が持ってきたとおぼしき自主制作CDも、
CDショップでは売っておらず、ワークショップ関連のアフリカ楽器店が販売しているだけ。
これじゃあ、フツーのアフリカン・ポップス・ファンはアクセスできません。

もったいないよなあ、と思わずため息をもらしてしまったのは、
自主制作の本作が、すこぶるよく出来たマンデ・ポップだったからなんですね。
アイサタ・クヤテはギネア、コナクリ出身ですが、現在はパリ在住で、
レコーディングもパリで行われています。
クレジットの名前を見る限り、参加ミュージシャンのほとんどはアフリカ人ではないようで、
同郷人らしき名前は、コラやンゴニ、パーカッションなど数人のみしかいません。

そのためか、実にこなれたコンテンポラリー・サウンドを聞かせていて、
マンデ・ポップの中に、ロック、ファンク、レゲエを溶かし込んだ手腕が鮮やかです。
流麗なヴァイオリン・ソロや、フランスで活躍するマダガスカル人アコーディオン奏者
レジス・ジザブをフィーチャーした曲もいいアクセントとなっているし、
そんな合間に、コラとギター伴奏のみの伝統的な曲を置いているのも効果的です。

メジャー作と遜色のないプロダクションで、
海外のリスナーにアピールするツボを押さえたサウンドづくりが、
アイサタ自身によるプロデュースというのにも、感心させられました。才女ですねえ。
ママディ・ケイタやモリ・カンテのグループで、キャリアを積んできた成果でしょうか。

グリオとして鍛えられた歌声にも、作曲にも、サウンドづくりにも、
三拍子そろってマンデの伝統がしっかりと刻み込まれた快作です。

Aïssata Kouyaté "MANDÉ" no label no number (2014)
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ナイジャ・ヒップホップR&B+ヨルバ・ポップ ダレイ

Darey  Naked.jpg

ティワ・サヴェイジのアルバムで、
ナイジェリアのポップスのクオリティの高さにノックアウトをくらい、
ナイジェリアはヒップホップよりR&B寄りのポップスの方が、
断然面白いことに気づかされたんですが、
今度はダレイという男性シンガーの最新作に、やられちゃいました。

本作が5作目になるという“NAKED” は、のっけの“Asiko Laiye” からゴッキゲン。
アフロビート使いのヒップホップR&Bに仕立てたこのトラックは、
キャッチーなツカミもバツグンの、グルーヴィなナンバー。
人気沸騰中のラッパー、オラミデをフィーチャーしたリミックス・ヴァージョンを、
8曲目にも収録しているくらいなので、ヒット狙いの勝負曲なんでしょうね。

続いて、ピジン・イングリッシュとヨルバ語で歌われる2曲目の“Orekelewa” は、
サウンドのテクスチャこそ、メジャー感いっぱいのポップスとなっているのにもかかわらず、
トーキング・ドラムがカクシ味に使われ、メロディにもヨルバ臭さがぷんぷん匂うという、
ティワ・サヴェイジで目を見開かされた、新機軸のヨルバ・ポップとなっているんです。

3曲目の“You're Beautiful” も王道のポップスといったメロディーで、
1番はきれいなクイーンズ・イングリッシュで歌われていると思いきや、
2番からピジンになり、最後はヨルバ語に変わって、
トーキング・ドラムとヨルバ流儀のコール・アンド・レスポンスによる
ブリッジを挟むというアレンジに、ヨルバ・ミュージック・ファンは、
頬をゆるまさずにおれません。

ヨルバ流アフロ・ポップから、ヒップホップR&B、
さらにインターナショナルに通用するポップ・ナンバーまで、
幅広な曲を書くことのできる才能は、感服するほかありませんね。

またシンガーとしても魅力溢れる人で、屈折のない、まっすぐな歌いぶりは、
フェイク使いのR&Bシンガーと異なる資質を感じさせ、
正統派のポップス・シンガーたる大物感を漂わせています。
ピアノ伴奏のみで歌う曲なんて、若い頃のビリー・ジョエルを思わすところもあって、
上質のアイドル・ポップといった感をいっそう強くしますね。

ストリングスやホーンをふんだんに使ったプロダクションもゴージャスなら、
時間と金をかけてしっかりと制作されたPVも見ごたえがあって、
圧倒されるほかありません。
ヨルバ・ミュージックの未来は、もはやジュジュやフジでないことだけは確実で、
ポップスの中にこそ、その伝統が生かされているのを強く感じます。

Darey "NAKED" Livespot no number (2015)
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アンゴラのフリー・ソウル カンダ

Kanda  SINAIS.jpg

これは、アンゴラのシティ・ポップス !?
センバでもキゾンバでもない、オシャレなアフロ・ポップは、
インターナショナルのマーケットで通用するクオリティといえるんじゃないですかね。
へぇ、アンゴラには、こんな人もいるんですねえ。

84年ルアンダ生まれのカンダこと、エマヌエル・ジョゼー・コスタ・カンダのデビュー作。
アクースティック・ギターの響きを活かしながら、ソフト・ロック、ネオ・ソウル、ライト・ファンクなど、
さまざまなテイストを加味したコンテンポラリー・サウンドのプロダクションは、上質です。
スムース・ジャズ・マナーのジャジーな風味も好ましく、
ジョナサン・バトラーやアフォンシーニョを連想させる曲もありますよ。

カンダの親しみのあるメロディとフックの利いた曲は、
ソングライティングの才を感じさせますが、
いわゆるアンゴラらしい哀感や抒情とは、明らかに違うセンスの持ち主ですね。
ブラジリアン・テイストをまぶした西海岸AORといった雰囲気は、
ジョルジ・ヴェルシーロあたりが好きなファンには、どストライクでしょう。
アンゴラのフリー・ソウルともいえるかな。

カンダのソングライティングにアンゴラ色はほとんど感じられないものの、
ゆいいつアンゴラ人のアイデンティティを示したといえるのが、
ンゴラ・リトモスの“Palamé” をカヴァーしたところでしょうか。
ンゴラ・リトモスは、47年に結成されたアンゴラ初のポピュラー音楽のグループで、
50年代に絶大な人気を呼び、伝説のバンドとして、今もアンゴラ人に愛され続けています。

カンダは、“Palamé” のブリッジをラテン・アレンジでシャレたサウンドに塗り替え、
若いセンスとコンテンポラリーなスキルを生かした手腕を、十二分に発揮しています。
この“Palamé” をはさんだ前後の“Kessa Ye Venga” “Lunguieki” の終盤3曲は、
それまでのアフリカを感じさせない曲と違って、アフリカらしいリズム・センスを発揮していて、
爽やかな汎アフリカン・ポップスとしてアルバムを締めくくっています。

Kanda "SINAIS" N’Guimbi KDCD01 (2010)
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