So-net無料ブログ作成

バマー・ギターの生き証人 ウー・ティン

U Tin  Virtuoso of Burmee Guitar.jpg

昨年のベスト・アルバムに、幻のビルマ・ギター(バマー・ギター)の名手、
ウー・ティンのアルバムを選ばなかったのは、泣く泣くだったんですよ。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2016-08-06

演奏内容こそ、ベスト・アルバムとしてなんら不足はないものの、
井口寛プロデューサー個人の自主制作盤のため、一般に出回っていないことに加え、
まったく世間に知られていないバマー・ギターのアルバムなのに、
なんの解説もないという不案内ぶりは、
ベスト・アルバムとして選ぶのに、ちょっとどうかと、ためらってしまったからです。

ミャンマーの謎めいたギターに、長い間ずっと関心を寄せてきたぼくのような物好きが、
ここでいくら大騒ぎしても、このままでは一般に知られず、忘れ去られてしまう。
このアルバムの内容がどれだけ貴重で、
リリースされたことの意義深さを痛感しているぼくには、それがどうにもじれったく、
焦燥感に駆られてどうしようもなかったんですよね。

そんな後ろ髪を引かれる思いがあったので、
井口さんから、ウー・ティンの2枚目のCDを出そうと思っているとの連絡を受け、
ついては、解説を書いてもらえないかという依頼には、
合点!と、すぐさまお引き受けしたのでありました。

今作は前回のアルバムと同時期の録音ですが、ソロ・ギター演奏ではなく、
竹製の木琴パッタラーと女性歌手をフィーチャーしています。
古い大衆歌謡のなかで演奏されてきた、
かつてのバマー・ギターのスタイルをうかがわせる趣向となっているんですね。

ぼくがウー・ティンを知るきっかけとなったオランダPAN盤でも、
ヴァイオリンやツィターなどとの合奏3曲が収録されていましたけれど、
今回歌手が加わったことで、歌のメロディとギター・フレーズの対比が、
よくわかるようになりました。
世にもまれなるユニークすぎるスライド・ギターの妙技を味わうにしても、
完全ソロ演奏よりも、今回のように歌の伴奏として聞く方が、
ミャンマー音楽に不案内の人には耳馴染みやすいのではないでしょうか。

今回、井口さんが新作のリリースを考えたのは、
実は今年の春、ウー・ティンが脳梗塞で倒れたことがきっかけでした。
ウー・ティンが元気なうちに、早くCDを届けたいということで、
急遽制作されたのですが、先日出来上がったばかりのCDを
ミャンマーに届けにいったところ、予後が良く、ギターも問題なく弾いているとのこと。
もうギターが弾けなくなってしまったのではと心配していただけに、ほっとしました。

解説はぼくばかりでなく、ウー・ティンに弟子入りした柳田泰さんも書かれています。
世界中を見渡したって、こんなスライド・ギター、ミャンマーにしかありません。
ぜひ聴いてみてください。

U Tin "MUSIC OF BURMA VIRTUOSO OF BURMESE GUITAR -MAN YA PYI U TIN AND HIS BAMA GUITAR-" Rollers ROL004 (2017)
コメント(0) 

ポップ・マロヤに見るレユニオン史

Ote Maloya.jpg

インド洋レユニオン島で75年から86年に出されたシングル盤から、
マロヤのナンバーを選曲したコンピレーション。

サブ・タイトルに「エレクトリック・マロヤ」とあるように、
フランス人プロデューサーが海外向けに制作した伝統マロヤではなく、
現地のヒット・ソングとして聞かれていた、ポップ・ロック化したマロヤを集めているので、
ドス黒いパーカッション・ミュージックが苦手な人にも、
親しみやすいアルバムになっていると思います。
エレクトリック化したポップ・マロヤは、なんともローカルな味わいで、
垢抜けない電子楽器の使用もチープながら、ほほえましく聞けますね。

そして今回のストラット盤に驚かされたのは、32ページにおよぶライナーの解説。
いやあ、これはすごい勉強になりました。
セガを起源とするというマロヤ発祥の17世紀までさかのぼり、
マロヤの歴史を解説していて、これはマロヤ史の第一級の資料といえます。

これまでセガとマロヤは、別系統の歴史を持つとされていたのが、
マロヤがセガから生まれたという新説は、興味深いものがあります。
セガ=アフリカ+ヨーロッパ、マロヤ=アフリカ+スワヒリ+インドという理解が、
新たな視点によって新たな発見が生まれるかもしれません。

Georges Fourcade  LE BARDE CRÉOLE.jpg

このほか、ジョルジュ・フルカド(1884-1962)について、
1928年に“Caïamb Et Sombrère” のなかで、
「ポルカを踊るのは好きじゃない。ぼくが踊るときはマロヤで踊るのさ」と
いう歌詞があるという指摘にも驚かされました。
あわててタカンバ盤の“LE BARDE CRÉOLE” をチェックしてみると、
確かにはっきりと maloya と歌っています。
これまでジョルジュ・フルカドを、ヨーロッパナイズされた歌手とみなしていたので、
認識を改めさせられました。

マロヤ初のLPをレユニオン共産党が制作したことや、
のちにマロヤがプロテスト・ソングに組み込まれていくこととなった
レユニオンの政治状況なども、今回初めて知りました。
おかげで、ダニエル・ワロが共産活動家だったという背景が、ようやく理解できました。
ほかにも、マロヤの宗教音楽としての側面から、
セガとマロヤとが歌謡化していくなかで互いに影響していく関係などが、
具体的なエピソードで書かれていて、なるほどとうなずくことしきりでした。

世界遺産に指定されたことで、マロヤの伝統文化の面については、
広く知られるようになりましたけれど、大衆歌謡史という面からは、
ほとんど言及されてこなかっただけに、この解説はとても貴重なものです。
解説はナタリー・ヴァレンティン・ルグロとアントワーヌ・ティションのお二人。
ストラット、いい仕事してます。

Caméléon, Michou, Jean Claude Viadère, Ti Fock, Gaby Et Les Soul Men, Vivi, Maxime Laope, Gilberte and others
"OTE MALOYA : THE BIRTH OF ELECTRIC MALOYA IN LA REUNION 1975-1986" Strut STRUT151CD
Georges Fourcade "LE BARDE CRÉOLE" Takamba TAKA0105
コメント(0) 

アフリカと欧米の相互作用 ムサフィリ・ザウォーセ

Msafiri Zawose  Uhamiaji.jpg

ウィキペディアによれば、故フクウェ・ザウォーセの5番目の子供という、
82年生まれのムサフィリ・ザウォーセ。
90年12月にバガモヨのフクウェ・ザウォーセのお宅にうかがった時、
家にいっぱい子供たちがいたけど、あの中にムサフィリもいたんだろうか。
12月31日生まれというから、ちょうど8歳になる手前だったはず。

あんまり子供が多いので、「この子たちみんな、あなたの子供なの?」と聞いたら、
「そうだ」と答えるので、絶倫男かよと思ったもんですけど、
5番目の子供というのは、これいかに。
あの時の人数から考えれば、十何人目の子供のはずなんだけどなあ。

それはさておき、ムサフィリ・ザウォーセは、
ザウォーセ・ファミリーの中でも若手のせいか、リアル・ワールド盤や
ザウォーセ・ファイヴのフィンランド盤には参加していません。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2009-06-04
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2012-04-27

ザウォーセ・ファミリーからチビテにグループ名を変えてから、
ムサフィリもメンバーの一員となり、08年に日本にも来ているんですね。
なんとその時、ぼくはムサフィリと会っているはずなんですけれど、
8人もメンバーがいたので、どの人が誰やら、記憶に残っていません。

というわけで、はじめて聴くムサフィリ・ザウォーセのソロ・アルバム。
デジタル・リリースでは、何作か出しているようですけれど、
フィジカルはこれが初のはず。サウンドウェイからのリリースで、
サム・ジョーンズというイギリス人(?)とコラボした作品になっています。

見開きジャケット内のライナーに、
かつてフクウェ・ザウォーセとマイケル・ブルックスがコラボした“ASSEMBLEY” に
触発されたようなことが書いてあって、おいおい大丈夫かよと心配しましたが、
あんな史上最低最悪の作品とは比べ物にならない、
アフリカ人と欧米人互いの理解が進んだ作品に仕上がっています。

サム・ジョーンズは、アレンジ、シンセ、ローズ、ドラム・プログラミングを
担当していますが、ゴゴのリズムをよく理解したプログラミングを施していて、
ゴゴのグルーヴを強化しています。
ホーンズの起用や鍵盤の扱いも、サウンドを装飾するのにとどまらず、
ムサフィリが弾くイリンバやゼゼとがっちり組み合ってサウンドをレイヤーし、
より肉感的に仕上げることに成功しています。

アフリカ人と欧米人の共演は、こうであってほしいですよねえ。
互いの音楽性を理解しあい、しっかりと組み合うことで、
化学反応を起こすコラボにしなきゃ、共演の意味がありません。
フクウェ・ザウォーセとブルックの共演なんて、
ザウォーセはブルックの音楽に何の関心もないし、
ブルックはザウォーセの音楽をサンプリングのネタ扱いして、
好き勝手にイジリ倒すだけという、およそ共演などとは呼べないシロモノでした。

欧米側の先鋭的な音づくりでハッタリかましたり、
コンテンポラリーな味付けでサウンドを装飾するだけじゃダメ。
アフリカ側も積極的にプログラミングに関与して、
ハイブリッドな相互作用が起こらなければ、コラボは成功しません。
それをきちんと実現しているのが、本作です。

Msafiri Zawose "UHAMIAJI" Soundway SNDWCD122 (2017)
コメント(0) 

トニー・アレンのビートに追い付いたジャズ

Tony Allen The Source.jpg

トニー・アレンがアート・ブレイキーのトリビュート盤EPを
ブルー・ノートから出すという話を聞いた時は、
これは面白い企画を考えついたもんだなあと期待したんですが、
出来上がりは、予想に反し平凡な仕上がりで、ちょっと肩すかしでした。

トニー・アレンのドラミングは、古いハードバップ・スタイルまんまなところがあるので、
アート・ブレイキーをやるならバッチリと思ったわけなんですけど、
世間では、そんなふうにトニー・アレンを聴いている人はいないようで、
前にもピーター・バラカンさんのラジオ番組でそんな話をしたら、
ピーターさんもすごく意外そうな反応を示されたもんなあ。

でもねえ、言っときますけど、トニー・アレンって、フェラ・クティと活動する前は、
ジャズ・ドラマーだったんですからね。
だいたいトニー・アレンと出会った当時のフェラからして、
まだジャズに夢中になっていた時代で、
アフロビートを作り出すのは、もっとずっと後のことだったんですよ。

というわけで、せっかくブルー・ノートからリリースするのなら、
ジャズ・アルバムを作ればいいのにと思っていたので、
新作はまさに願ったりの作品に仕上がっていたのでした。
いやあ、これ、アレンのソロ作としては、
02年の“HOMECOOKING” 以来の大傑作じゃないですか。
あのアルバムとは、ぜんぜん性格が違いますけれども。

オープニングのチューバ、トランペット、サックスの合奏から、
いきなり引きこまれましたよ。
まるでギル・エヴァンスみたいなサウンド・オーケストレーションじゃないですか。
バックはどうやらフランス人ミュージシャンのようなんですが、
知っている名前が一人もいな~い。
トニー・アレンと並んで作編曲のクレジットに名を連ねている、
ソプラノ・サックス奏者のヤン・ジョンキエレヴィックスが、
どうやらキー・マンのようです。

オープニングの“Moody Boy” ばかりでなく、“Cruising” のホーン・アレンジにも、
ギル・エヴァンスの影響がはっきりと聴き取れますよ。
デューク・エリントンのオーケストレーションも、研究していそうだなあ。
5管編成のホーン・セクションの面々は、いずれも相当な実力者とみえ、
ダニエル・ジメルマンの呻くようなトロンボーン、
ジャック・イランゲのナマナマしいテナー・サックスには、耳をそばだてられます。
こういう管楽器の肉声を感じさせる鳴らしっぷりが、ぼくは大好物なんですよ。

達者なジャズ演奏などにするのではなくて、
ジャン=フィリップ・デイリーのピアノが転げまわったり、
ジャズ・マナーではないアフリカンなリズムを刻むギターを起用するところも、
トニー・アレンのドラミングとの相性をちゃんと考えていますよね。
ちなみに、このギタリスト、インディ・ディボングはカメルーン人とのことで、
フランス人じゃないのは、この人だけなのかな。

ムラトゥ・アスタトゥケを連想させる“Bad Roads”、
トランペット・リフがディジー・ガレスピー・オーケストラを思わせる“On Fire”、
ニュー・オーリンズのマーチング・バンドのサウンドを借りたような“Push and Pull”
マイルズ・デイヴィスがアフロビートをやってるみたいな“Ewajo” など、
曲ごとにおおっと思わせる仕掛けが凝らされたアレンジに、脱帽です。

それでいて、アルバムを通して、アレンのドラミングを浮き彫りにした統一感があり、
ヴァーサタイルなミュージックとなった現代ジャズとしても、一級品の作品。
トニー・アレンのキャリアとしても、最高のセッションになりましたね。
ようやくジャズが、トニー・アレンのビートに追いついたんですよ。

Tony Allen "THE SOURCE" Blue Note 5768329 (2017)
コメント(2) 

爆撃から守られたソマリ音楽のアーカイヴ

SWEET AS BROKEN DATES.jpg

「ソマリ音楽のアーカイヴは、ちゃんと保存されている」
昨年来日したソマリランドのサハラ・ハルガンが、
ぼくにきっぱりと語ってくれたことが、忘れられません。

ソマリアの国営ラジオ局ラジオ・モガディシュに残された、
3万5千リールに及ぶ膨大な録音のデジタル化作業が
進行中ということは耳にしていましたが、
それとは別に、ソマリア北西部に位置するソマリランドにも、
オープン・リールとカセット・テープが大量に存在するという話を
サハラ・ハルガンから聞かされた時は、ちょっと興奮が抑えられませんでした。

ニュース映像などで、内戦でことごとく破壊された街を目にしてきた者には、
こんな状態で音源が残されたなんて、奇跡としか思えません。
ラジオ・ハルゲイサに勤務していたソマリランド初の女性ジャーナリストで、
現在ソマリランドの文化省副大臣の要職にあるシュクリ・アーメドが、
本作のライナーノーツで驚くべき秘話を明かしています。

ソマリア空軍の大規模な空爆が目前に迫っていた88年、
ラジオ・ハルゲイサの職員たちは、通信手段を破壊するために、
ラジオ局が標的となるのを見越して、空爆にも耐えられる地下深くに、
オープン・リールやカセット・テープを埋めたというのです!
空爆直前と思われる88年のハルゲイサ録音の曲も本作には収録されていますが、
ソマリの人々の決死の思いに、胸を打たれずにはおれません。

平和を取り戻してから掘り起こされた1万点を超すアーカイヴ音源は、
現在ラジオ・ハルゲイサとハルゲイサ文化センターに保管され、
デジタル化が進められています。
こうして内戦をサヴァイブした音源や、ジブチで録音された音源、
さらに国外脱出したソマリ移民がトロントやミネアポリスで録音した音源が集められ、
ヴィック・ソーホニーを軸に、一大プロジェクトでモガディシュ、ハルゲイサ、
ジブチ、さらに在外ソマリ社会での取材・調査を経て制作されたのが本作です。

ソマリアが平和だった70年代は、60年代ロンドンをホウフツとする
若者文化が開花した「スウィンギング・モガディシュ」の時代だったと、
ヴィックはライナーノーツで語っています。
ソマリの伝統音楽にスーフィーのプレイズ・ソングやカラーミなどのソマリ歌謡、
アラブ音楽、スーダン歌謡、インドのフィルムソングなど、
さまざまな音楽がミックスされて独自のサウンドを生み出したソマリ・ポップは、
ロックやソウル、ファンクと出会って、
より若い世代にマッチした新しいサウンドを獲得していったんですね。

ライナーノーツには、社会主義の革命政権下のソマリアで、
州がスポンサーとなって音楽家や演劇人などのアーティストたちが組織化され、
管轄下におかれた様子や、国立劇場で政府主催のコンサートや文化イヴェントが行われ、
多くの公営バンドが活動した往時の様子が、詳細に語られています。

ドゥル・ドゥル・バンドのように、国の庇護を受けず自由な活動を求めて活動した
民営のバンドもいたとはいえ、それはごくごくわずかだったんですね。
2年前に復刻された民営レーベル、ライト&サウンドの音源は、
音楽産業が育たず、国営ラジオ局にしかレコーディング設備のないソマリアでは、
例外中の例外だったということがよくわかります。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2015-12-16

本作のライナーノーツには、
これまでまったく情報のなかったソマリ・ポップの貴重な証言が満載で、
むさぼるように読みながら、胸の動悸が高まるのを覚えましたよ。
ソマリ・ポップへの長年の渇望を癒してくれた、超弩級のリイシュー。
ヴィック・ソーホニー、本当にすごい仕事をやってくれました。

Ethiopian  Groove  The Golden Seventies.jpg

思い起こすのは、かのフランシス・ファルセトが、
94年に初めてエチオピアン・ポップの黄金時代の録音復刻を手がけた
“ETHIOPIAN GROOVE - THE GOLDEN SEVENTIES” です。
あのアルバムが、のちの「エチオピーク」シリーズを始める
原点となったことを知る人は、今どのくらいいるでしょうか。
ぼくには本作が、あのアルバムとダブってみえるんですよ。

どうか本作がこの一作に終わることなく、
ソマリ・ポップ発掘の第二弾、第三弾と続くことを、切に願います。
ヴィックも意欲満々のようなので、期待できそうですよ。

V.A. "SWEET AS BROKEN DATES: LOST SOMALI TAPES FROM THE HORN OF AFRICA " Ostinato OSTCD003
V.A. "ETHIOPIAN GROOVE - THE GOLDEN SEVENTIES" Blue Silver 002-2
コメント(2) 

アフロ・ポップ・リイシュー・レーベルのニュー・カマー

SYNTHESIZE THE SOUL.jpg

ニュー・ヨークで新たに誕生したオスティナート・レコーズは要注目です。
カーボ・ヴェルデの70~80年代音源をコンパイルした
“SYNTHESIZE THE SOUL: ASTRO-ATLANTIC HYPNOTICA
FROM THE CAPE VERDE ISLANDS 1973-1988” は、
確かな審美眼をうかがわせる選曲で、
ずっと無視していたのを、深く後悔させられました。
この内容だったら、『レコード・コレクターズ』誌にも紹介すべきだったなあ。

ずっとスルーしていたのは、タイトルを見て、去年アナログ・アフリカがリリースした、
カーボ・ヴェルデのコンピレーションと同趣旨の内容と思い込んでしまったから。
あれ、しょうもないモンド盤だったもんなあ。
最近アナログ・アフリカがコンパイルするCDは、
先日出たカメルーンのマコッサのコンピレーションもそうでしたけど、
B・C級とすらいえない駄曲ばかりセレクトしていて、ウンザリさせられます。

カーボ・ヴェルデものも、チープなシンセを使い始めた時期の録音を、
「コズミック・サウンド」などと称して面白がっているような内容でしたよね。
こういうイロモノを見る目で、
アフリカン・ポップスにアプローチする態度って、ヤだなあ。
カメルーンのフランシス・ベベイを、宅録エレクトロ趣味で再評価するのとかさぁ。

というわけで、「シンセサイズ」「アストロ」「ヒプノティカ」といったフレーズを
タイトルに散りばめたオスティナート盤も、
どうせ愚にもつかぬモンド盤だろうと、早とちりしてしまったわけなんですが、
レーベルを主宰するヴィック・ソーホニーの選曲は確かでした。

カーボ・ヴェルデ独立前後の熱気あふれる若者たちによる、
エレクトリック化されたコラデイラやフナナーが詰まっていて、
アナログ・アフリカの上っ面のサウンドを面白がるような視点と、次元が違います。
この人、ちゃんと音楽を聴いてるなという信頼感を持てますね。

すっかり感心して、フェイスブックでヴイックさんにコンタクトしてみたら、
この人、インド生まれで、タイ、シンガポール、フィリピンで育った人なんですね。
ニュー・ヨークの大学院を卒業した後、ドイツ、アフリカ、ハイチで仕事をし、
多文化の中で育ち、仕事をしてきた自身の体験とも重なって、
移民がポップスへ果たしてきた役割に、目が向くようになったといいます。

カーボ・ヴェルデ独立直後のエレクトリック・ポップに注目したのも、
リスボン、パリ、ロッテルダム、ボストンへ渡ったカーボ・ヴェルデ移民が、
本国の島にはなかった新しいポップスをクリエイトした過程に、興味を抱いたからとのこと。

独立後エミグレのカーボ・ヴェルデのミュージシャンたちは、
欧米で手に入れた電子楽器を島に持ち込む一方、
本国の伝統リズムを学ぶために、地方の農村や漁村を旅するようになったそうです。
そこで壊れたアコーディオンがシンセサイザーに置き換わり、
島と欧米の移民社会との間に、
文化的なサプライ・チェーンが築かれたと、ヴィックはいいます。
エレクトリック・フナナーも、そうした歴史の中から誕生したわけなんですね。

カーボ・ヴェルデ音楽の電子化のキー・マンとして、
アナログ・アフリカ盤と同じくパウリーノ・ヴィエイラに注目しながら、
選曲にこれだけ差が生まれるのは、単なるセンスの問題ではなく、
移民社会との文化交流に目を向けた、ヴィックの視点の確かさによるものでしょうね。

ヴィックは、オスティナート・レコードを立ち上げる以前、
アナログ・アフリカのサミー・ベン・レジェブとも一緒に仕事をして、
“ANGOLA SOUNDTRACK” や“BAMBARA MYSTIC SOUL” などを手がけています。
最近では、フローラン・マッツォレーニ監修のミスター・ボンゴ盤の
マリ音楽のコンピレーションも、ヴィックが選曲をしていたんですね。

そんな彼が、カーボ・ヴェルデに続いて、失われたソマリ音楽の復刻にアプローチ。
素晴らしい仕事をしてくれました。これについては、次回ご紹介しますね。

V.A. "SYNTHESIZE THE SOUL: ASTRO-ATLANTIC HYPNOTICA FROM THE CAPE VERDE ISLANDS 1973-1988" Ostinato OSTCD002
コメント(0) 

知られざるインスト・レゲエ名盤 アルベルト・タリン

Alberto Tarin  JAZZIN’ REGGAE.jpg

『ギター・マガジン』がおもしろい。

注目したきっかけは、「恋する歌謡曲」と題した今年の4月号。
ろくにクレジットされてこなかった歌謡曲のバックのギターにスポットをあてて、
山口百恵の「プレイバック part2」や中森明菜の「少女A」、
寺尾聰の「ルビーの指環」を分析する切り口も斬新なら、
チャーと野口五郎との対談や、歌謡曲のギター名フレーズなどなど、
これまで過小評価されていた歌謡曲のギター・プレイに注目した名企画でした。

その後も、モータウンのギタリストを特集したりと、企画が秀逸なうえ、
毎回100ページを超すという熱の入れようで、掘り下げ方がハンパない。
「最近の音楽雑誌は面白くない」とボヤく人には、『ギター・マガジン』を薦めています。
そんでもって、今回の9月号が、またスゴかった。
なんと、ジャマイカのギタリスト特集。
なんて地味なところに、焦点を当ててくれたんでしょうか。

スカ~ロック・ステデイ~レゲエに至るギター・インストの名盤を掘り下げ、
当時のジャマイカのギタリストたちが愛用した、安物のビザール・ギターを分析し、
アーネスト・ラングリン、リン・テイト、アール・チナ・スミス、
マイキー・チャン、ハックス・ブラウンのインタヴューをとるという、徹底ぶり。
これを画期的といわずに、なんというかってくらいのもんです。
メントやカリプソまで掘り下げていて、レゲエ・ファンのみならず、
ワールド・ファン必携の永久保存版でしょう。

ジャマイカのギター・インスト盤は、本号にすみずみまで取り上げられているので、
ちょっと違った角度からのインスト・レゲエ盤を
本号に敬意を表して、ご紹介しようと思います。
それがこのスペイン、バレンシア出身のギタリスト、アルベルト・タリンのアルバム。
え? スペイン人? と思うかもしれませんが、
ジャマイカ音楽を演奏する日本人ギタリストが、本号のインタヴューにも、
5人も登場しているくらいですからね。スペインにいたって不思議はありません。

アルベルト・タリンは、スペインにおけるレゲエ・バンドのパイオニア的存在で、
リタ・マーリーがスペインでコンサートをした際に共演もしています。
ギターはオーソドックスなジャズ・ギターのスタイルで、
ジョージ・ベンソン直系といったプレイを聞かせます。

02年の本作は、タイトルどおり、ジャズのスタンダード・ナンバーを中心に、
レゲエ・アレンジで演奏した内容で、“You'd Be So Nice To Come Home To”
“Days Of Wine And Roses” “Old Devil Moon” “Someone To Watch Over Me”
のほか、ボサ・ノーヴァの“Desafinado” にジョン・レノンの“Imagine”、
そしてアルバム・ラストは、マーリーの“Slave Driver” で締めくくっています。

選曲があまりにヒネりがなさすぎで、聴く前はどんなものかと思いましたが、
ジャズ・ギタリストがお遊びでやったなんていうレヴェルではない、
本格的なレゲエ・アルバムとなっていて、すっかり感心。
バックのメンバーも全員スペイン人のようですが、演奏水準はメチャ高くて、
即お気に入りアルバムとなったのでした。

本号にも紹介されている
リントン・クウェシ・ジョンソンのダブ・バンドのギタリスト、
ジョン・カパイのソロ・アルバムと似た仕上がりと思ってもらえればいいかな。
あのアルバムが好きな人ならゼッタイの、知られざる傑作です。

Alberto Tarin "JAZZIN’ REGGAE" Spanish Town no number (2002)
コメント(2) 

音楽の感動と想像力 ランディ・ニューマン

Randy Newman Sail Away.jpg

ランディ・ニューマンをわからないまま、聴き続けているファンとして、
もうひとつ触れておきたいことを思い出したので、今日はその話を。

16歳の時、“GOOD OLD BOYS” にすっかりヤられ、
そのあとデビュー作までさかのぼってニューマンのレコードを聴いて、
“GOOD OLD BOYS” と同じくらい惹かれたのが、
72年作の“SAIL AWAY” でした。

前回、音楽はわからなくていい、と啖呵を切りましたが、
耳の快楽として感動したのならば、
そこでどんなことが歌われているのか気になるのは、当然の人情です。
あの当時、ランディ・ニューマンの歌世界の理解に役立ったのが、
グリール・マーカスが書いた『ミステリー・トレイン』でした。

グリールのおかげで、ニューマンの物語の知識を得ることはできましたが、
それでニューマンの音楽の聞こえ方が変わったかといえば、
そんなことはありませんでした。
やはり知識は、音楽の理解に役立っても、感動の本質には関係がなく、
まずは感動ありきの後付け、参考としかならないことを、実感したものです。

それを強く印象づけられたのが、“SAIL AWAY” のタイトル曲でした。
ぼくはあの曲が、奴隷貿易をテーマとしているとは、
歌詞すら読んでなかったもので、グリールの文章を読むまで想像だにせず、
それを知った時は、ちょっとショックでもありました。
歌の意味をなんにもわからないまま、感動していたことにです。

自分たちの祖先が犯した、奴隷貿易という忌まわしい歴史を、
あれほど美しく、気品のあるメロディで歌ったのは、
恥ずべき歴史を正当化したい修正主義者の人々の喉元を、
皮肉でえぐるという、強烈なアイロニーだったんですねえ。
アメリカ社会が抱える、人種差別の歴史の罪深さを凝縮したこの歌の意味合いは、
グリールの文章を読まなければ、とても理解できなかったでしょう。

それでは、歌詞の意味も知らず聞いている外国人は、
ニューマンの音楽が「わかっていない」のでしょうか。
歌詞の意味を知らずに感動しているのは、「勘違い」なのでしょうか。

“SAIL AWAY” の発売から30年経った02年、ライノがCD化した際、
タイトル曲“Sail Away” の未発表ヴァージョンが、
ボーナス・トラックとして収録されました。
「アーリー・ヴァージョン」とクレジットされたそのヴァージョンには驚かされました。
LPヴァージョンとは、まったく違うアレンジだったからです。

鎖に繋がれた奴隷たちが行進するのを連想させるような、
軍楽隊ふうの勇ましいシンバルの響きや、スネアのロール。
そしてエンディングには、トーキング・ドラムや鉦といった、
アフリカのパーカッション・アンサンブルを
フィーチャーしたアレンジが施されていたのです。
それはまさしく、奴隷船に積み込もうとする様子を、
演奏で具体的に描写したものでした。

しかし、果たして、これが正規のヴァージョンだったら、
感動しただろうか、と思ってしまったんですね。
その説明的なサウンドは、聴き手の想像力を奪うものです。
奴隷制度を硬直的に非難する角度の付けかたは、プロパガンダにすぎません。
そこに聴き手の解釈が入る余地はなく、
それでは奴隷制を肯定しようとする立場の側の
人間の弱さや哀しみにまで、思いを至らせることはできなかったでしょう。

このテイクをボツにして、
美しい弦楽オーケストラのヴァージョンでレコーディングし直したのは、
表現者が角度を付けるのではなく、リスナーに解釈の余地を残すことの重要性を示した、
意義深い実例のように、ぼくには思えます。

わずか20秒あまりのアフリカン・パーカッションのアンサンブルが、
あまりに本格的なのにも驚かされたんですけれどね。
クレジットはありませんが、アフリカ人奏者を呼んで演奏したものに違いなく、
スタジオ・ミュージシャンにアフリカ風の演奏をさせてゴマカしたのではないところが、
ニューマン、偉い! というか、さらにそこまでしても、ボツにしたところも、
さらに偉いというか、信頼に足る人だと感じ入ったのでありました。

Randy Newman "SAIL AWAY" Reprise/Rhino R2-78244 (1972)
コメント(0) 

音楽はわからなくていい ランディ・ニューマン

Randy Newman Dark Matter.jpg

ランディ・ニューマンの新作が出ましたね。

新作が出れば必ず買うという人は、
とうとう、ランディ・ニューマン一人だけになっちゃったなあ。
ダン・ヒックスは亡くなってしまったし、
ライ・クーダーはとっくに聴くのをやめてしまったし。

ランディ・ニューマンを初めて聴いたのは、
高校1年の時の74年作“GOOD OLD BOYS” でした。
アクのある声で、独特の歌い回しをするその語り口に、すぐさまトリコとなり、
“GOOD OLD BOYS” は、ボビー・チャールズやダン・ペン、
ダン・ヒックス、ザ・バンドの『南十字星』同様、
ぼくにとってかけがえのない、生涯の愛聴盤となりました。

相変わらず、ニューマンが何を歌っているのかなどは無頓着に、
「あの」声で歌われる、クセのある語り口、
いわばニューマン節といったものに魅せられて、聴き続けているわけなんですが、
今回は「セリア・クルース」だとか「サニー・ボーイ」など、
聞き捨てならない言葉が、歌詞にやたらと出てきます。
まあ、気にはなるところではあるんですけど、
それでも、歌詞カードを読もうとは思いません。
読んだところで、ニューマンの難解な世界がわかるわけでなし、
仮に少しわかった気になったとて、感動が変わるわけじゃありませんからね。

ニューマンの音楽に限らず、世界中の音楽を聴く自分にとって、
歌詞に頓着しないのは、音楽を聴くうえで大前提となっています。
歌詞なんかどうだっていい、というとやや言い過ぎになりますけれど、
音楽を聴いて感動するのは、ぼくの場合、「サウンドの快楽」であって、
歌詞の意味や、文学的な意味性などにはありません。
歌だけでなく、バラッドや義太夫といった語りものですら、そうです。
エディット・ピアフを評してだったか、
「電話帳を歌っても感動する」という表現が、ぼくにはピタッときます。

ところが、ぼくが音楽を聴き始めの70年代初めの頃というのは、
「ブルースがわかる」だとか「コルトレーンがわかる」とかいったように、
やたらと精神論で音楽を語ったり、哲学的な語り口で過剰に意味付けする、
教養主義的な風潮がとても強かったんです。
メンドくさい時代だったんですよ、70年代って、ホントに。

「わかる」というワードは、おそろしいというか、都合のいいもので、
深い理解や洞察を語っているつもりが、いつのまにか自家中毒を起こして、
独りよがりの歪んだ愛情を文章にしているのにすぎないものが多くて、
ウンザリしたものです。

だから、ぼくにすれば、「音楽なんてわかる必要はない」。
どれだけ感じ取れるか、どこに感動したのか、どう自分が受け止めたのかが大事。
受け止め方は、人によって千差万別で、ひとつじゃない。
受け止め方を人に強制する必要もなければ、強制されるいわれもない。
自由に受け止めていい。そこにこそ、芸術の意味がある。ずっとそう思ってきました。

これって、音楽じゃなくて、絵画、写真、文学に置き換えてみれば、わかりやすいはず。
「絵がわからない」とかいう人、よくいるじゃないですか。
それは、絵を教養のように思い込んでいるからですよね。
絵なんて、「わかる/わからない」じゃなくて、「感じるか/感じないか」でしょう。
音楽だって、文学だって同じです。教養なんかじゃありません。
もっと気楽に接すればいいだけの話、娯楽だと思えばいいんです。

今でこそ、こんなこと当たり前で、何はばかることなく口にできますけれど、
70年代には、そんなことを言える時代の空気はなかったんですよ。
そんなことを言えば、ケーハクなヤツと見下されること必至でしたからねえ。
80年代のバブルが、それを蹴散らしたのかもしれませんね。

Randy Newman "DARK MATTER" Nonesuch 558563-2 (2017)
コメント(5) 

ポップなジャズ・サンバ ジョアン・ドナート

Joao Donato  BLUCHANGA.jpg

ジョアン・ドナートといえば、ついこの前、宇宙船を操縦している
ぶっとんだ絵柄の新作が出て、ナンジャこりゃと、口あんぐりしたばかり。
息子のドナチーニョとシンセ・ブギー・ファンクを繰り広げるという、
ジャケット同様ぶっとんだ内容で、80越してもシンセをぶりぶり鳴らす
気持ちの若さに、オソレいるばかりなんですが、さすがにこれは手が伸びず。
すると今度は、ぐっと落ち着いたジャズ・サンバ・アルバムが届きましたよ。

終りゆく夏の、まさに今の季節感どんぴしゃのジャケット写真に、目を奪われます。
暮れなずむ海を眺める、男たちの後ろ姿のかなたには、
日が落ちたばかりの、ピンクとイエローに染まった水平線が広がり、
淡いブルーの空が夏の終わりを告げる、
去りゆく夏への名残惜しさとさみしさの入り混じる、いい写真です。

そんなせつなさが、やすっぽい感傷に変わるのを拒むかのように、
ジョアン・ドナートの名とタイトルを、
どーんと大きくデザインしたところが、秀逸じゃないですか。
芸術家気取りなんて、みじんもないところが、ドナートのいいところです。

15年リリースながら、流通が悪かったらしく、これが日本初入荷。
アメリカ時代に書いた楽曲のうち、自身のアルバムに収録したことのなかった
レパートリーを集めたという、正統派のジャズ・サンバ・アルバムです。
ピアノ・トリオに、ギター、パーカッション、2管を含む7人編成で、
各自のソロより、グループ全体のサウンドを重視したアレンジによる
12曲が収録されています。

未発表曲というわりに、聞き覚えのあるリフやハーモニーが、
そこかしこから飛び出します。
独特のコード展開や、凝った転調を駆使しまくりながら、
そうとは意識させず、ポップなメロディで親しみやすく仕上げる、
いつものドナートらしい曲が満載。ラテン・タッチのアレンジもシャレていて、
セルジオ・メンデス好きのボサ・ノーヴァ・ファンには、どストライクでしょう。

どの曲もメロディアスな歌ものに仕上がっているんですが、
1曲だけ異質の、歌向きでないジャズぽいトラックがあると思ったら、
ホレス・シルヴァーの曲でした。やっぱりね。
かっちりとしたリズム隊が繰り出す骨太なグルーヴも心地よく、
今回はドナートのへたくそな歌も出てこないので、
気持ちよくポップなジャズ・サンバを堪能できること、ウケアイです。

João Donato "BLUCHANGA" Mills ACM002 (2015)
コメント(0) 

多民族共存を目指すイスラエル発アフラブ クォーター・トゥ・アフリカ

Quarter to Africa.jpg

イスラエルからミクスチャー系グループが続々登場して、
立て続けに日本にやってくるとは、なんだかイスラエル、きてますねえ。
だいぶ前に話題を呼んだイダン・ライヒェルは、
ぼくは受け付けられなかったけれど、今度の波には乗れそうです。

9月にはイエメン系ファンク・グループのイエメン・ブルースが来日する予定で、
10月にはアフロ=アラブ・ファンク・バンドの
クォーター・トゥ・アフリカがやってきます。
イエメン・ブルースは、故マリエム・ハッサンをフィーチャーした曲に
心を揺り動かされましたけれど、今回取り上げるのはクォーター・トゥ・アフリカのほう。

14年にテル・アヴィヴのヤッファ出身の
サックス奏者とウード奏者の2人によって結成されたクォーター・トゥ・アフリカは、
サックス×2、トランペット×2、トロンボーン、ウード、キーボード、
ベース、ドラムス、パーカッションの10人を擁するビッグ・バンド。

日本盤が出るまで、ぼくもこのバンドのことをまったく知らず、
試聴させてもらって、そのフレッシュなサウンドにびっくり。
すぐさまネットで調べて、バンドキャンプにオリジナルのイスラエル盤をオーダーしました。
日本盤は紙ジャケでしたけれど、
イスラエル盤は普通のプラスチック・ケース仕様なんですね。

分厚いホーン・サウンドに支えられ、彼らが自称するアフラブ Afrab なる
アフロ=アラブ・サウンドが爆発する、ダンサブルなサウンドが快感。
イエメンのウードを核に、歯切れ良いダルブッカのビートがドラムスと絡みあい、
アフロ・ファンクなホーン・リフが畳みかけてきます。
演奏力の高さは相当なもので、タイトル・トラックでは世界的に注目を浴びる
ジャズ・ベーシストのアヴィシャイ・コーエンがゲストでベースを弾いています。

演奏力ばかりでなく、音楽性も豊かで、
6曲目ではホーン・リフがバルカン・ブラスを思わせるなど、
アフロ=アラブにとどまらない、南東ヨーロッパをも俯瞰したサウンドを聞かせていて、
彼らが広範なサウンドを目指していることがうかがえます。

はじめ試聴した時の、「おお! かっこいい!」という第一印象が、
オルケストル・ナショナル・ド・バルベス(ONB)のデビュー作とダブったんですが、
アグレブとアラブの違いはあっても、そのミクスチャー・センスは似ていますね。
違いといえば、ONBほどジャズ/フュージョンぽくなく、
ラガの要素がないことでしょうか。
ジミ・ヘンドリックスの“Voodoo Child” のカヴァーなど、
ジャズよりロック/ソウルのセンスを強くうかがわせるバンドで、
こりゃあ、ライヴが楽しみですねえ。

Quarter to Africa "THE LAYBACK" Quarter to Africa no number (2017)
コメント(2) 

世界に誇れる日本初のアフリカン・ヴィンテージ・ボックス

Palmwine Music Of Ghana.jpg

3年越しのリイシュー・ワーク、ついに完成!
待たされただけのことはある、アフリカ音楽遺産のスゴイ復刻がついに登場です!!
パームワイン・ミュージックからギター・バンド・ハイライフに至る道のりを
深沢美樹さんが所有するSPコレクションから選曲して、2枚のCDに収めたボックス。
これは世界中のアフリカ音楽マニアをウナらせること、必至でしょう。

いやぁ、ついに出来ちゃいましたねえ。
6年前、ダスト=トゥ=デジタルからリリースされた、
ジョナサン・ウォードのアフリカ音楽のSPコレクション集
“OPIKA PENDE : AFRICA AT 78RPM” にも匹敵するボックスで、
日本にもスゴいコレクターがいるんだぞってことを、世界に証明したってなもんです。
深沢美樹さんの名前、世界にとどろきますね。

深沢さん渾身の解説も超充実。
パームワイン・ミュージック成立の歴史を解説するなかで、
新大陸アメリカやカリブ海から持ち込まれた音楽を、
「帰還者系音楽」と称されたのは、とても示唆に富む指摘です。

たとえば、ここに収録されていない
ザ・ウェスト・アフリカン・インストゥルメンタル・クインテットの29年録音を聞くと、
当時の西アフリカ沿岸のギター・ミュージックには、
カリブ海からの帰還者が持ち込んだストリングス・アンサンブルや
リズムの影響が色濃かったことがわかりますからね。
ただ、そうしたギター・ミュージックは、パームワイン・ミュージックに比べて
ぜんぜん魅力がなく、だから深沢さんもこのボックスにはいっさい選曲していません。

また、よく混同して書かれるパームワイン・ミュージックとハイライフについても、
本来異なる出自であることを解説したうえで、
なぜ混同されるのかという原因にも触れながら、
両者のややこしい関係を丁寧に説いているところは、さすが深沢さんです。
そのうえで、パームワイン・ミュージックを指してハイライフと言うのは、
「アメリカの黒人音楽はすべて『ジャズ』と言っているようなもの」と
クギをさすのも忘れていなくて、読みながら思わず大きくうなずいてしまいました。

個人的に目ウロコだったのは、名ギタリストのK・グヤシ K Gyasi のカナ読みを、
K・ジャシと訂正されていたこと。
そういえば、Gyedu Blay Ambolley をジェドゥ・ブレイ・アンボリーと読んでたのに、
なんでいままで気付かなかったんだろう。
「グヤシ」という読みにずっと違和感を持っていたので、長年の疑問が氷解しました。
アカンの神々のシンボルとして有名なGye Nyame も、
ジ・ニヤメ(一般に「ジニャメ」と書かれる)と読むもんねえ。

そして、内容の方も、サムことクワメ・アサレのディスク1の1曲目から、
その生々しいギターとヴォーカルに、もうドキドキ。
実は、選曲段階で、このSP原盤の音を聞かせてもらったとき、
あまりにノイズが酷くて、「これは無理なんじゃないの」と言ったことがあるだけに、
このリマスタリングの仕上がりは、アンビリーヴァブル。

この神がかりなリマスターをしたのは、森田潤さん。
単にノイズを取り除くなんてレヴェルを超越した
エンジニアリングの手腕は、ほんとにスゴイ。
スクラッチ・ノイズだけでなく、ホワイト・ノイズを丁寧に除去したうえに、
もともと滅茶苦茶に音割れしていたヴォーカルの箇所をひとつひとつ補正して、
本来こうであったろうという音像を、想像力を働かせながら、
蘇らせたというのだから、頭が下がります。

吉岡修さんのボックス・デザインもサイコーですね。
当初のラフ案は、もっとアジアン・テイストのデザインで、
う~ん、吉岡さん、インドネシア音楽コレクター魂が抜けてないなあ、
なんて笑っていたんですけど、軌道修正を繰り返して、
ファイナルは見事、西アフリカ・ムード溢れるものに仕上がりました。

拍子木が取るリズムが三つ打ちからクラーベに変わる様子や、
ギターばかりでなく、コンサーティーナやパーカッションのみの伴奏のものなど、
パームワイン・ミュージックのヴァリエーションにも目を見張らされました。
クワー・メンサーなんて、これまでみくびってたけど、
こりゃ再評価しなきゃいけませんね。
E・K・ニヤメのジャイヴなんて珍品もあって、
聴きどころを書きだしたら、もうキリがありません。

選曲・解説・音質・デザイン、どこを取ってもスキなく作られた、
日本初の個人コレクションによる、アフリカン・ヴィンテージ時代の本格的リイシュー、
本日発売です。

V.A. 「PALMWINE MUSIC OF GHANA, FROM PALMWINE MUSIC TO GUITAR BAND HIGHLIFE」 El Sur 008
コメント(0) 

マキシム・ラオープを想って バン・ラオープ

Bann Laope.jpg

もう1枚入手したセガ近作が、
セガの名クルーナー、マキシム・ラオープが05年に亡くなる1年前に、
マキシムの子供や孫たちによって結成された、バン・ラオープ。
マキシム・ラオープをご存じない方は、以下の記事をご覧ください。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2013-02-15

はじめはプライヴェートなパーティやコンサートなどを催して、
演奏活動をしていたらしんですが、マキシムが亡くなったあと、
06年5月のコンサートで、初めてプロ・デビューしたそうです。
14年にリリースしたデビュー作では、
マキシムがかつて歌っていたレパートリーを歌っています。

正直、歌はアマチュア芸の域を脱していませんが、
親族やマキシムゆかりの友人たちによる演奏は、なんとも温かくって、
悪口を言う気になりません。
手作りのぬくもりが伝わるサウンドは、ドラムス、ベースとも人力。
カヤンブ、ジェンベなどキレのあるパーカッションのビートが利いています。
トランペットとサックスの2管を擁しているのも嬉しいですね。
打ち込みは使っておらず、シンセも1曲のみバックでうっすらと鳴らす程度。

本デビュー作では、マキシムの代表曲“Célia” はじめ、12曲が歌われています。
レゲエ・アレンジで歌われる“Lapesh Kameleon” は初めて聞きましたが、
トボけた味がなんともマキシムらしくて、いい曲ですねえ。
原曲はシャンソン・クレオールなのかな。

マキシム・ラオープのセガのほっこりとした味をよく再現した、
心あたたまるアルバムです。

Bann Laope "I SHANTE MAXIME" no label no number (2014)
コメント(0) 

レユニオンのローカル・ダンス・ミュージック ベフ・セガ

Bèf Séga  POU TWÉ.jpg

レユニオンというと、いまではすっかりマロヤの方が有名になっていますけど、
もともとはセガが盛んだった土地柄。
セガは、レユニオンばかりでなく、モーリシャスやロドリゲス、セーシェルなど、
マスカリン諸島からセーシェル諸島、チャゴス諸島に広く伝わる、
奴隷として渡ったアフリカ系住民が産み落としたダンス音楽です。

レユニオンではシャンソン・クレオールと結びついて、早くから歌謡化し、
戦後になると、観光開発にともなって、ヨーロッパからやってくる客を目当てにした、
カラフルな民族衣装を着た女性たちのダンスで有名になりました。
音楽の方もあまりに観光化されすぎて、LPやCDはつまらないものが多く、
地元民が楽しむ歌謡セガの美味しいところは、
EP盤でないと聴けないという時代が、長く続いたんですよね。

いまではタカンバが復刻したCDで、
往年の歌謡セガのヴィンテージ録音も容易に聞けるようになりましたけれども、
いま現在、地元でどんなセガが聞かれているのかというと、
とんと伝わってくるものがなくて、マロヤ再評価の影に隠れてしまった感があります。

今回入手したベフ・セガは、サン=ピエールを拠点に活動しているグループとのことで、
プロダクションは、はっきりいって地元仕様のチープさは免れません。
とはいえ、90年代主流だった打ち込みとシンセで組み立てられたサウンドではなく、
生のドラムス、手弾きのベースで、打ち込みで代用していないところは好感が持てます。
ギターやピアノも、アクースティックとエレクトリックを効果的に使い分け、
トランペットも加わり、ユーモラスな雰囲気を盛り立てています。

お気楽な軽いタッチのノリのセガばかりでなく、
パーカッション・アンサンブルを前面に立てた
アフロ色濃厚なマロヤもやっていて、演奏力は確かなグループですね。
プロデューサーに恵まれれば、もっといい作品も作れそうです。
マロヤばかりでなく、セガも、インターナショナルに飛び出して欲しいな。

Bèf Séga "POU TWÉ" Arts Et Vivre AAV001 (2010)
コメント(0) 

コンテンポラリー・ガウーショ アレサンドロ・クラメル

Alessandro Kramer Quarteto.jpg

ブラジルの若手アコーディオン奏者の新作。

お店のコメントに、
「これまでのアコーディオン・ショーロの概念を打ち破る意欲作」とあるので、
期待して買ってみたら、期待とはだいぶ違っちゃいましたけど、好アルバムでした。

期待と違ったのは、そもそも本作は、ショーロ・アルバムではないこと。
アレサンドロ・クラメル自身、ショーロのミュージシャンではなく、
ショーロうんぬんのコメントをするのは、
このアルバムには適切じゃないし、誤解のもとだと思いますね。

ベベー・クラメルの愛称を持つというアレサンドロ・クラメルは、
南部リオ・デ・グランデ・ド・スル州ヴァカリア出身のアコーディオン奏者。
出身から察せられるように、アレサンドロはガウーショ(牧童)を自認していて、
19世紀末にイタリア移民によってもたらされた、
アコーディオン音楽が根付いた南部地方の音楽をルーツとする人です。
というわけで、アレサンドロはショーロの音楽家ではないんですね。

ブラジルのアコーディオンは、一般的にサンフォーナと呼ばれますけれど、
それは北東部のアコーディオンを指していて、
南部のガウーショたちが弾くアコーディオンは、ガイタと呼ばれます。
「サンフォーナとガイタはまったく別の楽器だ」と、
ギタリストのマルコ・ペレイラが本作のライナーで強調しているのは、
奏法や音楽性が別物だと言うことですね。

Renato Borghetti  PENSA QUE BERIMBAU É GAITA.jpg

現在リオで活躍するアレサンドロは、南部の音楽をベースに、
ショーロ、サンバ、北東部音楽、ジャズ、クラシックなど多様な音楽を吸収した
音楽性を発揮し、本作でもそれを聴き取ることができます。
古くからのブラジル音楽ファンなら、
レナート・ボルゲッチを思い起こす人もいるんじゃないでしょうか。
そう、アレサンドロは、レナートの後進にあたるガイタ奏者なわけですね。

アレサンドロは、ヤマンドゥ・コスタやガブリエル・グロッシなどと共演、
ヨーロッパなどにもツアーするなどのキャリアを積んでいるそうです。
本作は、売れっ子ベーシストのグート・ヴィルチ、
先日ニーナ・ヴィルチとの共演作を出したばかりのバンドリンのルイス・バルセロス、
7弦ギターのセルジオ・ヴァルデオスと演奏しています。
アレサンドロの自作曲は、
ガウーショらしいのどかさに現代性がミックスされた洒落た感覚があって、
コンテンポラリー・フォルクローレが好まれる現代によくマッチします。

Alessandro Kramer Quarteto "ALESSANDRO KRAMER QUARTETO" Borandá BA0031 (2017)
Renato Borghetti "PENSA QUE BERIMBAU É GAITA" RGE 342.6130 (1992)
コメント(0) 

完全復調したコリントン・アインラ

Kollington Ayinla  EHUN FUNFUN.jpg

すっかり興味の失せたナイジェリアのフジ。
フジを生み出したシキル・アインデ・バリスターが10年に亡くなり、
ひとつの時代が終わったのを実感してからというものの、
自分の中でじょじょに関心が薄れていったのは確かです。

その大きな原因のひとつに、打楽器と肉声だけのフジを聞くことができなくなり、
シンセ、ギター、サックスなどの西洋楽器を取り入れたジュジュ寄りのサウンドが、
デフォルトとなってしまったことがあります。
黄金期のハードエッジな正調フジを知る者には、
中途ハンパに西洋楽器を取り入れたジュジュ・フジ・サウンドは、
いくら聞いても馴染むことができません。
かれこれ10年以上も、サウンドが気に食わないと、ブツクサと不満をいい続けながら、
新作を追いかけるのにも、いい加減疲れてしまいました。

中堅どころのワシウ・アラビ・パスマ、アバス・アカンデ・オベセレ、レミ・アルコ、
さらにもっと若いスレイモン・アディオ ・アタウェウェ、セフィウ・アラオ・アデクンレ、
アカンデ・アデビシ・カレンシーなどなど、歌えるシンガーは山ほどいるものの、
ヴォーカルと丁々発止をするでもない、キリッとしたソロをとるでもない、
メリハリのない垂れ流しの伴奏を付けるだけの、
シンセ、ギター、サックスには、もうウンザリです。

最近では、無理して新作フジを買うくらいなら、
昔のフジを聴くわという気分にどんどんなっていたので、
ひさしぶりに見かけたコリントン・アインラの新作を目にしても、
まったく手の伸びない自分に、自分で驚いてしまいました。
ひと昔前なら目の色変えて、飛びついただろうに。

Kollington Ayinla  BACK TO SENDER.jpg   Kollington Ayinla  POPSON.jpg
Kollington Ayinla  A DUPE LOWO OBEY.jpg   Kollington Ayinla  THANK YOU & SWEET MOTHER.jpg

コリントン・アインラの新作を買ったのは、かれこれ10年くらい前でしょうか。
最後に買ったのが“BACK TO SENDER” で、
遠藤さんのディスコグラフィでは07年頃の作品と書かれています。
その後、コリントンの新作CDが入手しずらくなり、
VCDで“POPSON” “A DUPE LOWO OBEY”
“THANK YOU & SWEET MOTHER” の3作をフォローしてきましたが、
かつての輝きは感じられず、CDを探そうという意欲はわきませんでした。

現地の報道によると、コリントンは精神的な問題を抱えていたようで、
じっさい活動は低迷していたようですね。
VCDなどで観たコリントンが、あてぶりにせよ、軽く歌っているという感じで、
生気がないように思えたのは、そのせいだったのでしょうか。

今年の3月に出たばかりの新作、
タイトルに使われた‘Esin funfun Ayinla tigbera bayi o’ は、
「先へ進もう。だれも私を止めることはできない」という意味で、
トラブルからすっかり吹っ切れたことを宣言しているようです。

ジャケット裏にはA面・B面とクレジットされていて、
A面はいつものジュジュ・フジのサウンドながら、
コリントンの歌声に張りが蘇っていて、流し歌いのようなところはみられません。
まったく期待もしていなかったせいか、思わず、おぅ!と声を上げてしまいましたよ。

そして、さらにオドロキはB面。
なんと最初から最後まで、シンセもサックスもギターもまったく登場しない、
打楽器と肉声だけによる正調フジ。
トラップドラムとパーカッションが鼓舞する、
コリントンのトレードマークだったバタ・フジが蘇っているんですよ。

これには、カンゲキしました。
祝詞のようなコブシ使いでじっくりと始めるイントロもかつてのようなら、
要所要所でメリスマを爆発させる歌いぶりは、これぞフジといえるものです。
80年代黄金期のような咆哮は求められないとはいえ、
これは完全復調といっていいでしょう。

Gen. Kollington Ayinla "EHUN FUNFUN" Corporate Pictures no number (2017)
Alhaji Gen. Kollington Ayinla "BACK TO SENDER" Corporate Pictures no number (2007)
[VCD] General Kollington Ayinla "POPSON" Jossy Halleluya Music no number
[VCD] General Kollington Ayinla "A DUPE LOWO OBEY" Jossy Halleluya Music no number
[VCD] Alhaji General Kollington Ayinla "THANK YOU & SWEET MOTHER" Jolaosho no number
コメント(0) 

サン=ルイのゴールデン・ヴォイス アブドゥ・ギテ・セック

Abdou Guité Seck  NDIOUKEUL.jpg

このンバラ・シンガー、ただもんじゃない。

冒頭の1曲目にヤられました。
オープニングは、キャッチーなヒット性の高い曲を置くのが定石。
ところがこのアルバム、いきなり子供のア・カペラで始まり、
ハラムに導かれてアブドゥ・ギテが歌い始めるという、異色のナンバー。

コーラスも子供たちが歌っていて、伝統色の濃い曲と思いきや、
途中でアブドゥ・ギテがフランス語で語りを入れます。
なんらか明快なメッセージを持つ曲なんでしょう。
こういう曲を冒頭に置くところに、気骨を感じさせるじゃないですか。

そして、2曲目からは一転、
サバールとタマが炸裂するストレイトなンバラが炸裂します。
アブドゥ・ギテ・セックは、味のある歌い回しを持つシンガーで、
ユッスーと節回しがそっくり。ユッスーばりのハイ・トーンは炸裂しないけれど、
知らずに聞いたら、ユッスーと思う人がいるんじゃないかな。

そして、バンドの演奏力もすごく高いんですよ。
リズム・セクションがタイトに引き締まっていて、
ドラムスとパーカッションの絡みなど、小気味いい場面を随所に作っているし、
ギターも要所で光るプレイを聞かせます。
気になって、ジャケット裏のクレジットを見たら、
なんと、ジミー・ンバイじゃないですか!
ご存じ、ユッスーのシュペール・エトワールの名ギタリストですよ。

6曲目では、途中からサルサ・タッチのピアノがフィーチャーされるなど、
アレンジも気が利いています。
アレンジはアブドゥ・ギテとドラムスのウスマンヌ・カに二人が担当しています。

アブドゥ・ギテ・セック、あらためて経歴を調べてみると、
79年6月18日、サン=ルイのグリオの家系に生まれた人。
96年にサン=ルイでフランス白人のドラマーと、ンバラとロックをミックスしたバンド、
ウォック(ウォロフとロックの合成語)を結成して活動したのち、
02年にソロ・デビューしたといいます。

そういえば、この人のCD第1作の04年作を持ってたけど、手放しちゃったな。
デビュー・カセットから数えて今作で8作目。
十分なキャリアを積んだ人ならではの、ンバラ会心作です。

Abdou Guité Seck "NDIOUKEUL" AGS Music no number (2017)
コメント(0) 

ンバラ100% ユッスー・ンドゥール

Youssou Ndour  SEENI VALEURS.jpg

まじりっけなしのンバラ。

昨年の“SENEGAAL REKK” に続き、
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2016-12-16
地元セネガルでリリースされたユッスー・ンドゥールの新作は、
これまたまぎれもなくストレイトなンバラです。
いやあ、やっぱ底力が違うじゃないですか。
迷うことなく、またンバラを歌うようになったユッスー、
この輝きは他の誰にもマネできませんよ。

アラブへ行ったり、レゲエに行ったり、ジャズに行ったりと、
チャレンジといえば聞こえはいいけれど、
自分のやりたい音楽がなくなっちゃったんじゃないのという不満を、
かれこれ十年以上抱いていただけに、
この本格的なンバラ回帰には、やっと帰って来てくれたかという感慨があります。

他の音楽を試みることじたいは、もちろん批判されることじゃありません。
でも、その試行錯誤が、自分たちが育てたンバラにフィードバックされないのなら、
なんのためのチャレンジなのかと思ってしまうんですよね。
ンバラをより深める方向に向かわないことに、ずっと苛立ちを覚えていたんですよ。

昔のような輝かしいハイ・トーン・ヴォイスが出なくなろうが、
そんなことはかまいません。
どんな歌手だろうと、加齢は避けられないんだから、
年を取れば取ったなりの、老練な表現を身につけるだけの話じゃないですか。
だから、かつてのユッスーのハイ・トーンが聞かれなくなったことは、
ぼくにはちっともマイナスに感じません。

それよりも、円熟したンバラを聞かせてほしい。
かつてダカールの若者の音楽として誕生したンバラを、
大人の音楽として円熟した姿で示してほしいんですよ。
それをユッスーは、ついに見せてくれました。

前作で、インターナショナル向けにリリースされた“AFRICA REKK” と、
セネガル現地向けにリリースされた“SENEGAAL REKK” の
アルバム・タイトルのキー・ワードとなっていたウォルフ語の‘rekk’ とは、
‘onlly’ を指す言葉なんですってね。

それなら、「アフリカ」や「セネガル」という顧客マーケットを限定するんじゃなくて、
“MBALAX REKK” と音楽性を絞るのが、アナタのミッションでしょうが(←お説教)。
その昔、ポップ・ライが盛り上がった80年代に、
「ライ100%」というキャッチ・フレーズをよく目にしたけど、
「ンバラ100%」という心意気で、頼むよ、ほんとに。

P.S. しかし、今回の新作、ジャケットにはアーティスト名の記載なし。
どこを探しても、ユッスーのユの字もありません。う~ん、大物です。

Youssou Ndour "SEENI VALEURS" Prince Arts no number (2017)
コメント(2) 

ファンシーなアヴァン・ジャズ メアリー・ハルヴァーソン

Mary Halvorson Octet  AWAY WITH YOU.jpg

こんな人がいたなんて。

『ミュージック・マガジン』8月号の特集記事「越境するギタリストたち」で、
初めてその名を知ったメアリー・ハルヴァーソン。
エリック・ドルフィーが今の時代に生まれ変わって、もしギターを弾いたら、
きっとこんなプレイをするんじゃないかと思わせるような、
独自の語法を持っている人で、その個性は際立っています。

ブルックリンを拠点に活動している人だそうで、
現在所属するファイアーハウス・12のレーベル・メイトでもある
アンソニー・ブラクストンやイングリッド・ラブロックとも共演歴があります。
クリアなギター・トーンを特徴としていて、
エフェクトに頼らず、ギター一丁で勝負する潔さが男前じゃないですか。

いちおうフリー系のギタリストとして括られる人だとは思うんですけれど、
彼女が演奏しているのは、フリー・ジャズじゃありませんね。
一聴して、ドルフィーを思い浮かべたように、
チャーリー・パーカーからの伝統を継いだ、
正統的なジャズの語法を持つ人だと思いますよ。

正統的とはいえ、その独自の音楽セオリーによるアブストラクトな語法は、
ドルフィー・クラスのジャズに相通じるんだから、スゴイ才能の持ち主ですよ。
パーカー~ドルフィー派のぼくにとって、これほど好みのプレイヤーはありません。
すっかり舞い上がっちゃいましたよ。

トランペット、アルト・サックス、テナー・サックス、トロンボーンの4管に、
ペダル・スティール・ギター、ベース、ドラムスのオクテット編成の本作は、
メアリーのギター・プレイばかりでなく、楽曲がすばらしくて、
コンポジションの才能も並外れています。
こちらは、カーラ・ブレイやヘンリー・スレッギル級ですよ。

穏やかな曲調が多いんですが、整合感のある穏やかさの中で、
メロディが逸脱して狂っていくようなところが、たまんないんです。
いや、もう、まいっちゃったな。

びっくりして、ファイアーハウス・12のサイトから、メアリーの過去作を聞いてみたら、
これがまた、全部いいんですね、ホントに。
こりゃあ、もうまとめて買うしかないだろう、と舞い上がったんですが、
なんだか冷静さを失ってるような気もするので、
一晩寝て、もう一度試聴することにしました。
で、翌日再トライしたわけなんですが、結果は同じ。
えぇ~い、ままよとばかり、一気に5作をまとめてオーダーしちゃいました。

こんな惚れ込み方をする音楽家と出会えるなんて、
人生、そうそうあるこっちゃない。
いや~、なんか嬉しいなあ。
こういう出会いがあるから、音楽を聴く喜びがあるっていうもんですよね。

ご本人の写真を見ると、知的な文学少女といった風貌の眼鏡女子で、
なんか、すごく意外なんですけど。
ギルドのフル・ボディのギターを抱えている姿は、
ジャズ・ミュージシャンというより、学校の先生みたい。

ファンシーなアヴァン・ジャズ、圧倒支持します。

Mary Halvorson Octet "AWAY WITH YOU" Firehouse 12 FH12-04-01-024 (2016)
コメント(0) 

ラテンとサルサの違い ルベーン・ブラデス

Rubén Blades   SALSA BIG BAND.jpg

ひさしぶりのルベーン・ブラデスに、
「いいじゃん、いいじゃん」と盛り上がった前作。
(そのわりにイヤミな書きっぷりになりましたが)
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2017-05-01

はや新作が届くとは、精力的ですねえ。
というか、前作が2年遅れで入ってきたからでもあるんですが、
今回も、パナマのロベルト・デルガード率いるオルケスタが伴奏を務めています。
『サルサ・ビッグ・バンド』のタイトルどおり、
トロンボーン×3、トランペット×2、サックスを擁していて、
重厚でパワフルなサウンドというより、アレンジの妙でヌケのいいサウンドを
聞かせてくれるのが、このオルケスタの特徴ですね。

今回聴いていて、あらためて思ったのは、
ルベーンって、サルサの歌手だなあということ。
特にスローを歌うと、明らかなんですけれど、
ボレーロといった雰囲気がぜんぜん出てこないんですよね、ルベーンの歌って。
むしろ、ロックやソウルのシンガーが歌う、バラードやスローに近い感覚。
そこに、ブーガルーを通過した世代特有のセンスを感じます。

今思えば、チェオ・フェリシアーノとの共演作でも、
その歌いぶりの差は歴然としてましたね。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2012-06-14
チェオ・フェリシアーノもサルサ時代に活躍したサルサを代表するシンガーとはいえ、
その歌いぶりやセンス、味わいは、伝統的なラテンの美学を引き継いだものでした。
でも、ルベーンは違いますね。ルベーンにラテンの美学はない。
だからこそ、のちにロック的なセイス・デル・ソラールに向かったのは、
自然なことだったんでしょう。

今作はスロー・ナンバーが多いので、余計にそんなことを感じたわけなんですが、
70年の“DE PANAMÁ A NEW YORK” で歌った“El Pescador” の再演では、
前半をフォー・ビートにアレンジしてジャジーに歌っていて、
オリジナルのトロンバンガ・サウンドのスロー・バラードとは
また違った趣を醸し出しています。
いずれにせよ、その世界観は、ボレーロとは別物といえますね。

Rubén Blades - Roberto Delgado & Orquesta "SALSA BIG BAND" Rubén Blades Productions no number (2017)
コメント(0) 

ついに日本でリリースされたルークトゥンの女王 プムプワン・ドゥワンチャン

Phumphuang Duanchan  LAM PHLOEN PHUMPHUANG DUANDHAN.jpg

「プムプワン本邦初の公式リリース」というメーカー・インフォメーションに、
思わずため息。
そうかぁ。ルークトゥンの女王とみなされた最大のスター、プムプワンのCDすら、
日本ではこれまで1枚も出ていなかったんだっけ。

90年代のワールド・ミュージック・ブームの時代には、
欧米経由ではなく、日本人によって紹介された東南アジアの音楽も
たくさんあったように記憶していましたけれど、それはすべて現地輸入盤で、
結局国内CDとしてリリースされたのは、
インドネシアとマレイシアぐらいしかなかったんだなあ。
タイやミャンマーやカンボジアは、蚊帳の外だったんですね。

それにしても、タイ音楽を掘り下げる Soi48 の活動ぶりには、
目を見張ります。今年彼らが出版した
『旅するタイ・イサーン音楽ディスク・ガイド TRIP TO ISAN』は、
たいへんな労作でした。
こんなにドキドキ・わくわくしながらページをめくった音楽書は、何年ぶりでしたかね。
今回のプムプワン・ドゥワンチャンの絶頂期にあたる、知られざるアルバムの復刻は、
まさしく彼ら(宇都木景一さん&高木紳介さん)にしかできない仕事といえます。

わずか30歳で夭折してしまったプムプワン・ドゥワンチャンの絶頂期が
80年代半ばだったことは、熱心なマニアの間での了解事項となっていましたけれど、
ぼくが当時の録音を聴くことができたのは、ずっと後のことで、
ようやく2000年代に入ってからでした。
なんせ当時のタイのメディアの主流はカセットだったので、
CDしか聞かない非マニアのファンにとっては、
CDでオリジナルのカセット音源を聴けるようになるまで、すごく時間がかかったんです。

Pumpuang Duangjan  NAAMPHUNG DUAN HAA.jpg

プムプワン・ドゥワンチャンというすごい歌手がいると知ったのも、
カセットとCDが同時リリースされた
91年の晩年作“NAAMPHUNG DUAN HAA” があったからこそ。
そこからプムプワンの過去作を追っかけていったものの、
その翌年にプムプワンが亡くなり、追悼に便乗してやたらとリリースされたCDは、
新旧録音ごちゃまぜの編集盤ばかりで、
なかなかプムプワンの全貌を捉えることができませんでした。

Phumphuang Duanchan  150KT002.jpg   Phumphuang Duanchan  150KT003.jpg
Phumphuang Duanchan  150KT004.jpg   Phumphuang Duanchan  150KT001.jpg

カセットを熱心に聴くマニアだけが知っていたプムプワンの黄金期は、
アゾーナと契約していた時代。
83年から86年にアゾーナからリリースされたカセット8作品が
2イン1でCD化されたのは、04年のことでした。

今回復刻されたのは、アゾーナと契約が切れた直後の80年代半ばの作品。
ポップな感覚のルークトゥンで売り出していた当時としては異色の、
イサーン色の強いラム・プルーンを歌ったモーラム・アルバムで、
こんなアルバムがあったとは知りませんでした。
楽勝でモーラムも歌えるんですねえ。すごいな。

日本で初めて紹介される、ルークトゥンの女王プムプワンのCDが、
彼女のキャリアとしては異色の、地味なモーラム・アルバムだというのは、
初めてプムプワンを聴く人にとってはどうなのとも思いますけれど、
内容は極上なのだから、目をつむっちゃいましょうね。

テレサ・テンみたいなジャケットの絵が、80年代半ばにしてはやや違和感があり、
初期の録音をまとめたCDに近い雰囲気がありますけれど、
この絵はオリジナルなんでしょうか。
ライナーには本作の原盤ジャケットの写真が載せられていないのが、残念です。

どんなタイプの曲にも対応する、プムプワンの天才的な歌いぶりは、
この80年代半ばがまさしく絶頂といえますけれど、
それ以前の初期の録音にも魅力的なものは多く、
初期録音をまとめた好編集のCDを最後にご紹介しておきますね。

Phumphuang Duanchan  VOL. 1.jpg   Phumphuang Duanchan  CHIEWIT COHN PHUM.jpg
Phumphuang Duanchan  KUN MYLACK TANMY MYBOAK.jpg   Phumphuang Duanchan  SATCHAKUM CUP KWAAM LACK.jpg

Phumphuang Duanchan "LAM PHLOEN PHUMPHUANG DUANDHAN” EM EM1166CD
Phumphuang Duanchan "NAAMPHUNG DUAN HAA" BKP BKPCD58 (1991)
Phumphuang Duanchan "JA HAI RAW PORSOR NAI / DUANG TA DUANG JAI” Azona/KT Center 150KT002 (1982/1982)
Phumphuang Duanchan "SAO NA SUNG FAN / NAD POB NA AMPUR” Azona/KT Center 150KT003 (1983/1984)
Phumphuang Duanchan "TIN NAH LOOM THUNG / KON DAN LOOM RAN KWAAI” Azona/KT Center 150KT004 (1984/1985)
Phumphuang Duanchan "EU HEU LOR JUNG / HAN NOI TOY NIT” Azona/KT Center 150KT001 (1985/1986)
Phumphuang Duanchan "VOL. 1" Tulip Entertainment CDL029
Phumphuang Duanchan "CHIEWIT COHN PHUM" Lepso Studio LPSCD42A11
Phumphuang Duanchan "KUN MYLACK TANMY MYBOAK" Lepso Studio LPSCD42A64
Phumphuang Duanchan "SATCHAKUM CUP KWAAM LACK" Saha Kuang Heng SKHCD032
コメント(0) 

50年代のサンバ・カーニバル

GENUÍNO CARNAVAL BRASILEIRO.jpg

ジョアン・マカコーンの新作で、
オルランド・シルヴァやジョルジ・ヴェイガが愛唱したサンバを聴いていたところに、
どういう風の吹き回しか、その二人に加え、カルメン・コスタや
ジャクソン・ド・パンデイロ、ブラック=アウトといった往時の人気歌手たちが歌う、
50年代半ばのカルナヴァル(カーニヴァル)集が届きました。

ブラジルでは、LP初期の時代から、毎年カーニヴァルの季節になると、
各レコード会社が競ってサンバ・アルバムを出していましたけれど、
今回届いたのは、コパカバーナ社が出した55年と56年の10インチ盤2枚のリイシューCD。
これに加えて、57年にトゥルマ・ダ・ガフィエイラを名乗る楽団が演奏する、
アルタミーロ・カリーリョ曲集の10インチ盤も一緒に復刻されています。

Carnaval 55.jpg   Carnaval 57.jpg

ぼくは、55年と57年の10インチ盤2枚を持っていますが、
56年の10インチ盤は持っていなかったので、今回初めて聴きます。
こうした企画アルバムが復刻されることは、めったにないことで、
なんでこんな昔のカーニヴァル集がCD化されたのか、謎なんですけど、
CD化したのはブラジルではなく、なんとポルトガルのCNM。

オフィス・サンビーニャの配給で日本に入ってきたCDで、
10年にポルトガルで出ていたんですね。知りませんでした。
どういう経緯で復刻されたのかわかりませんが、
曲目と歌手名、作詞・作曲者のクレジットがあるだけで、
解説の1文もなく、表紙はペラ紙1枚というそっけなさ。
せっかくの貴重な音源なのに、これヒドくない?
半世紀以上も昔のカーニヴァル集を、こんなテキトーな作りで復刻して、
果たして売り物になるんでしょうかね。

まあ、それはさておき、今のカーニヴァルと比べると、
ずいぶん素朴に聞こえるかもしれませんけれど、
まだ大資本の匂いのしない大衆味に溢れていて、
ほっこりとした温もりが伝わってきますよね。
ポコポコしたパーカッションの響きに、50年代のムードが溢れます。
ジャクソン・ド・パンデイロのポップさには韜晦味もあって、
北東部人ならではのセンスを発揮しているんじゃないでしょうか。

そして、カーニヴァル集のあとに収録されたトゥルマ・ダ・ガフィエイラが、貴重なんです。
クレジットがないので、書いておきますけど、エジソン・マシャード(ドラムス)、
シヴーカ(アコーディオン)、アルタミーロ・カリーリョ(フルート)、
ラウル・ジ・ソウザ(トロンボーン)、マウリリオ・サントス(トランペット)、
シポー、ぜー・ボデガ(サックス)、ゼキーニャ・マリーニョ(ピアノ)、
ルイス・マリーニョ(ベース)、ネストール・カンポス(ギター)という面々なんですよ。

当時最高の名手たちが勢揃いしているのもナットクのカッコよさで、
さすがこの面々のプレイだと、今聴いても、古さを感じさせませんよねえ。
トゥルマ・ダ・ガフィエイラにはもう1枚12インチLP(“SAMBA EM HI-FI”)があって、
そちらでは、バーデン・パウエルがギターを弾いているんです。

できれば、カーニヴァル集の方とは別に、
トゥルマ・ダ・ガフィエイラの2枚をCD化して欲しかったなあ。
それで、カーニヴァル集の方は、55・56・57年の3枚でCD化してくれれば最高でしたね。
とまあ、ファンはいろいろ勝手なことを言うものですけれど、
50年代のカーニヴァル集を聞いたことのない人なら、マストな逸品であります。

Black-Out, Jorge Veiga, Orlando Silva, Carmen Costa, Jackson Do Pandeiro, Angela Maria, Turma Da Gafieira and others
"GENUÍNO CARNAVAL BRASILEIRO" CNM CNM239CD
[10インチ] Black-Out, Jorge Veiga, Orlando Silva, Carmen Costa, Jackson Do Pandeiro, Gilberto Alves
"CARNAVAL COPACABANA DE 1955" Copacabana CLP2004 (1955)
[10インチ] Emilhinha Borba, Jorge Goulart, Vera Lucia, Ruy Rey, Vagalumes Do Luar, Duo Guaruja, Nora Ney and others
"CARNAVAL 57" Continental LPP47 (1957)
コメント(2) 

古いサンバ・カンソーンの灯を消さないで ジョアン・マカコーン

João Macacão  BAILE DE CHORO.jpg

あぁ、こういう人の新作が、ちゃんと出るというのは嬉しいですねえ。
サンバ新世代のシーンが活発になって、またサンバに光が当たっているとはいえ、
こういう古いサンバを聴く人なんて、今のブラジルではほとんどいないだろうに、
それでも、きちんとCDが出るところに、ブラジル音楽業界の懐の深さを感じます。

シルヴィオ・カルダスの伴奏を20年以上務めた7弦ギタリスト、
ジョアン・マカコーンの新作です。
この人のおそらくデビュー作だったと思うんですけれど、
06年作を聴いて、頬がすっかりゆるんでしまったのを思い出します。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2009-07-22

古いサンバ・カンソーンやセレスタが好きな人には、
どストライクなサンビスタといえますけど、
そんな奇特な人にお目にかかったことがないもんなあ。
日本のどこかに、そんなファンが10人くらいはいそうな気がしますけど、
そういう人は、ネットとか見ない年代かもしれないなあ。
この記事が、そんなファンの目にとまれば、嬉しいんだけれど。

João Macacão  CONSEQUÊNCIAS.jpg

前作“CONSEQUÊNCIAS” も、アタウルフォ・アルヴィス、アリ・バローゾ、
パウロ・ヴァンゾリーニ、カルトーラ、ゼー・ケチといった人たちの、
シブい選曲で楽しませてくれましたが、
今回も、古いサンバ・ファンにはこたえられないレパートリーが選ばれています。

ネルソン・ゴンサルヴィスが歌った“A Deusa Da Minha Rua”、
オルランド・シルヴァが歌った“Curare”、
ジョルジ・ヴェイガが歌った“Piston De Gafieira”。
どれもメロディがいいよなあ。
今のサンバとは、情の濃さが段違いで、比べ物にならないですよね。

今作でも、バンドリン奏者ミルトン・ジ・モリをはじめとする、
伴奏陣のサンバ/ショーロのしっかりとした演奏が、
ノスタルジアに陥らない現代性を加味して、
低音ヴォイスのジョアンの味わい深い歌声を支えています。

João Macacão "BAILE DE CHORO" Pôr Do Som PDS0065 (2016)
João Macacão "CONSEQUÊNCIAS" Pôr Do Som/Atração ATR37045 (2013)
コメント(2) 

セカンド・ライン・ファンクのクイーン シャーメイン・ネヴィル

Charmaine Neville  QUEEN OF THE MARDI GRAS.jpg

真夏の定番の話題をもうひとつ。
これは納涼用に夜聴くアルバムではなくて、
暑い夏は熱く燃えようぜ!という、真っ昼間のダンス・アルバムであります。

ネヴィル・ブラザーズのチャールズ・ネヴィルの娘、
シャーメイン・ネヴィルの最高傑作、98年の“QUEEN OF THE MARDI GRAS” です。
タイトルそのまんま、マルディ・グラのお祭り気分をたっぷり味わえる、
これぞニュー・オーリンズといった一枚で、愛聴されている人も多いんじゃないかな。

“Iko Iko” “Mardi Gras Mambo” “Second Line” “Mardi Gras in New Orleans” など、
おなじみの曲をハツラツと歌うシャーメインは、
さながら、ニュー・オーリンズのおてんば娘、といったところ。
ヒャッハァー! といった吹っ切れた歌いっぷりも気持ちいいんですけれど、
そのヴォーカル表現にはなかなか奥行きもあって、
ただ陽気なばかりじゃないってところに、引きこまれます。
アルバム・ラストの“Clean Up” で、終わりを告げるマルディ・グラを見送るような、
哀切のこもった歌いぶりも、味があります。

スタジオ・ライヴのような感じでレコーディングされた
ライヴ感あふれる演奏は、ギミックなしのストレイトさで、胸をすきます。
曲によりバリトン、アルト、ソプラノとサックスを吹き分けている、
レジー・ヒューストンが大好演。本作のサウンドの要となっています。
山岸潤史の職人的なギターも、随所で光るプレイを聞かせていますよ。

セカンド・ライン・ファンクの合間に、
メンバーみんなで口笛を吹く“Whistle Krewe” のような曲があったりと、
アルバムは変化に富んでいて、楽しいことこの上なし。

シャーメインはこのアルバム以前の92年に、自身のバンドを率いて来日し、
ニューポート・ジャズ・フェスティバル・イン・斑尾に出演していたそうです。
05年のハリケーン・カトリーナの被害では、シャーメインが生々しい惨状を伝えて、
話題を呼んだこともありましたね。
その後、CADASIL(遺伝性脳小血管病)という
難病と闘っているという話を聞いて心配しましたが、
2017年の今も、元気にライヴ活動をしているようです。

Charmaine Neville "QUEEN OF THE MARDI GRAS" Ten Birds GT1120 (1998)
コメント(0) 

南国リゾートのラウンジで ビバップ・バハマ

BeBop Bahama.jpg

マイアミから飛行機で、カリブ海をひとっ飛び。
カリブ海の一大リゾート地、バハマのナッソーのホテルに宿泊して、
ラウンジのバーでくつろいでいると、
ハウス・バンドのショウ・タイムが始まりました。

ビバップ・バハマの音楽を表わすなら、こんな感じでしょうか。
肩肘の張らない、イージー・リスニング・ジャズ。
ラウンジー気分で楽しめる、夏の夜の納涼盤であります。
久し振りに思い出して、棚から取り出してきました。

ビバップ・バハマは、スティール・ドラムをリーダーとする、
ヴィブラフォン、ベース、ギター、ドラムスの5人編成。
ヴィブラフォンとベースは、曲により交替する別の2人がいて、
7人の名がクレジットされています。

スティール・ドラムでジャズというと、
モンティ・アレキサンダーとオセロ・モリノーの共演や、
現在来日中のアンディ・ナレルを思い浮かべますけれど、
こちらは、もっとイージー・リスニング寄りのグループ。

レパートリーは“On The Sunny Side of The Street”
“Shiny Stockings” “Here's That Rainy Day” “In A Mellow Tone”
といった有名スタンダード曲が中心で、
グループ名にビバップを名乗るだけあって、
ガレスピーとパーカーの古典曲“Groovin' High” “Au Privave” を取り上げ、
カリプソにアレンジしたところがミソ。

選曲はいかにも凡庸で、典型的なBGM用の駄盤に思われがちですけど、
これがあにはからんや、なかなかいいんです。
スティール・ドラムをフィーチャーしたイージー・リスニングもので、
このビバップ・バハマは、頭一つ抜けた作品といえますね。

正直買う前は、あまりにヒドいジャケット・デザインに、ビビったんですどね。
コンピュターで書いたヘタウマならぬ、テキトーなグラフィックは、キッチュの極み。
スティール・ドラムとベースとドラムスが演奏するステージは、
カリブというよりポリネシアのイメージだし、
なんだかティキティキみたいな安っぽい南国風レストランみたいで、
聴く気も萎えるんですが、これは侮れない一枚です。

あ、ちなみに、メンバーは全員LA出身のミュージシャンです。
バハマのミュージシャンというわけではないので、あしからず。

BeBop Bahama "BEBOP BAHAMA" Sea Breeze SB3064 (2004)
コメント(3) 

トゥンバン・スンダで納涼 イダ・ウィダワティ

Ida Widawati  SEDIH PATI.jpg

あづい~~~~~。

あちいですねえ、今年の夏も。
毎朝夕のウォーキングがシンドイ季節ではありますけど、
帰りは、汗だくになったあとの風呂が待ってますからねえ。

思えば、ウォーキングをする習慣ができるまでは、
夏はシャワーだけで、湯船に浸かることはしなかったんですが、
有酸素運動でたっぷり発汗したあとの風呂の極楽気分は、格別。
この快感を、ぼくは四十半ばにして、初めて知りました。

老廃物がきれいさっぱり流れ落ちて、身体の外側も内側も蘇るような感じ。
この気持ち良さがあるから、酷暑のウォーキングも甲斐があるってなもんで、
秋になって涼しくなると、ウォーキングには楽な季節とは思いつつ、
真夏の全身の細胞が活性化するような快楽を味わえなくなって、
少し物足りない気持ちにもなるのでした。

ま、そんなわけで、暑い時には暑い時にしか味わえないことを楽しみましょう、
ということで、タイミングよく見つけた納涼の1枚。
インドネシアは西ジャワのトゥンバン・スンダ。歌入りのカチャピ・スリンですね。
インドネシア伝統音楽の専門レーベル、SPレコードが出したCDで、
このレーベルのトゥンバン・スンダでは、タティ・サレのCDを1枚持っています。

今回手に入れたのは、タティ・サレよりひと回り若いイダ・ウィダワティのCD。
ひと回り若いといっても、イダ・ウィダワティは56年生まれ、
タティ・サレは44年生まれだから、二人とも大御所クラスのヴェテランです。
いつ頃出たアルバムなのか、よくわからないんですが、
おそらくゼロ年代半ばかと思われます。

タティ・サレのCDは伴奏が力量不足で、せっかくのタティ・サレの見事な歌唱に、
演奏が応えていないという不満があったんですけれど、こちらはいいですね。
タティ・サレのCDにはクレジットもありませんでしたが、
本作には、カチャピ・インドゥン、カチャピ・リンチック、スリン、ルバーブ全員の名が
記されていて、ちゃんと名のあるメンバーだということが想像されます。

落ち着いたイダの声と繊細な歌いぶりに、高原の涼風を伝えるスリンの音色、
深奥な夜に引きこむカチャピの響きが、汗の引いた身体に染みわたります。
スンダの伝統音階ソロッグ、ペロッグ、サレンドロを3曲ずつ歌ったレパートリーも、
変化に富んでいて、楽しめます。

その昔、若いニニン・メイダのトゥンバン・スンダのCDを愛聴しましたけれど、
イダの円熟味のある歌声は、西ジャワの貴族の嗜みとされた
トゥンバン・スンダの魅力を、たっぷりと味あわせてくれます。

Ida Widawati "TEMBANG SUNDA CIANJURAN / SEDIH PATI" SP SPCD027
コメント(0) 

40年目の『エクソダス』 ボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズ

Bob Marley EXODUS 40.jpg

世の中に「デラックス・エディション」はいろいろあれど、
01年にリリースされた、ボブ・マーリーの『キャッチ・ア・ファイア』の
デラックス・エディションくらい衝撃的だったのは、ほかにありませんでしたね。

イギリス・アイランドからリリースされた公式盤と、
ジャマイカ録音のオリジナル・ヴァージョンを並列させたものだったんですが、
ギター・ソロをオーヴァー・ダブしたり、回転数をあげてお化粧した公式盤を、
それこそ何百回とヘヴィー・ローテーションした者にとっては、
あの骨格のみで、力強くもみずみずしさを湛えたオリジナル・ヴァージョンに、
大げさでなく、腰が抜けそうなほどびっくりして、また感動したのでした。

オリジナル・ヴァージョンの素晴らしさに、あらためてマーリーの底力を知るとともに、
あのお化粧が、世界に進出するためには必要なものであったことも、
あらためて再確認できたのでした。
買っただけで棚の肥しになりがちな、他の「デラックス・エディション」とは違って、
あの2CDは、本当に愛聴したものです。驚愕のオリジナル・ヴァージョンだけでなく、
公式盤と続けて聴くことに妙味のある、極上のデラックス・エディションでした。

ボブ・マーリーのデラックス・エディションはいい! とまたも言えるのが、
今回出た『エクソダス』のリリース40周年記念エディションです。
公式盤のディスク1に、ジギー・マーリーの再編集による『エクソダス40』のディスク2、
アルバム発表時のライヴ音源(ほぼ初出)集のディスク3という内容なのですが、
再編集されたディスク2が、これまた目ウロコというか、大発見があったのです。

個人的な告白をすると、マーリーを初めて聴いたのが『キャッチ・ア・ファイア』なら、
これを最後にマーリーを聴かなくなった、
いわばマーリーとのお別れ盤が、『エクソダス』だったのですね。

ダークなA面に対して、ラヴ・ソングも並んだソフトなB面に大きな抵抗を感じ、
ラスタファリアンがポップ・スターにでもなる気なのかよと、
マーリーの変節を感じて、幻滅したのでした。
まあ、こちらも若くて、思慮が浅かっただけの話ではありますが、
そんなわけで、その後来日した時も、もう関心はないよと、
コンサートには足を運びませんでした。

さて、そんな狭量なぼくがマーリーとお別れした『エクソダス』。
A面は好きだったとはいえ、CD化した時にちょっと聴き直しただけで、
たぶんもう30年近く聴いてないんでありますが、
ジギー・マーリーが再構成したディスク2には、ちょっとびっくり。
当時もしこのヴァージョンで聴いていたら、「マーリーの変節」などとは思わなかったかも。

まず、「エクソダス」でスタートする曲順変更がいい。
しかも、やや冗長でもあったオリジナル・バージョンを、
2分20秒以上短くエディットしただけでなく、
マーリーの歌声がオリジナルより野性味を増しているのだから、驚かされます。

なんでもジギーは、当時の没テープから、未使用のヴォーカルや演奏の断片を取り出し、
ミックスし直す大変な編集作業を行ったとのことで、
オリジナルからあえて音を抜いて、ダブ的な効果を高めるなど、
慎重なミックスをしています。
海外リスナー受けをネラった装飾をことごとく削り取っただけでなく、
曲順も変更してオリジナルのA・B面の落差を埋め、
楽曲の持つ本質的な力を再創造したのは、素晴らしい仕事と言わざるを得ません。

もともと気に入っていたオリジナルのA面についても、
どこかレイドバックしすぎている印象があって、
やっぱりエッジが甘くなったよなと感じていたんですが、
今回の『エクソダス40』には、オリジナルにはなかった太いグルーヴが貫かれていて、
すっかり見直してしまいました。

Bob Marley & The Wailers "EXODUS (FORTIETH ANNIVERSARY EDITION)" Tuff Gong/Island 00602557546712
コメント(7) 

ヒップホップよりサンバで輝くラッパー クリオーロ

Criolo  ESPIRAL DE ILUSÃO.jpg

ブラジルのアンダーグラウンド・シーンから登場したクリオーロ。
大ヒットとなったインディ制作の2作目は、
イギリスや日本でもリリースされ、話題を呼びました。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2012-09-28

アフロビートあり、サンバあり、レゲエあり、ダブありと、
豊富な音楽性に裏打ちされたサウンド・クリエイターぶりが鮮やかで、
クリオーロのルーディなラップや歌より、魅力的なバックトラックに耳を惹かれました。

さて、そのクリオーロの新作は、サンバ・アルバムだというので、
かつてのマルセロ・デー・ドイスみたいなヒップホップとのミクスチャーを想像していたら、
これがヒップホップ色皆無の、伝統サンバ集だったのは、意外でしたねえ。

まず、一聴して驚かされたのが、クリオーロの声がぜんぜん違うこと。
ヒップホップをやってる時は、もっとダークな印象が強くて
歌だって、あんまりうまい人という印象がなかったので、別人かと思ったほど。

甘い歌い口で歌うかと思えば、朗々と歌劇ふうに演出した歌いぶりを聞かせたり、
子供たちのコーラスにのせて、キレのいいサンバを歌うなど、とにかく表情が明るい。
ヒップホップのルーディなキャラと、どっちがこの人の本質なんだろか。

ま、とにかく、それくらい、これまでのアルバムとは違うんですが、
ひさしぶりに聴くサンバで、これほどフレッシュなアルバムもなかなかありませんよ。
クリオーロの突き抜けた歌いっぷりも、すがすがしいですけれど、
パーカッシヴに弾けるリズムもピチピチとしていて、爽快そのもの。

北東部セアラー州生まれ、サンパウロ郊外のファヴェーラ育ちのクリオーロは、
初めて夢中になった音楽がヒップホップで、11歳で初めて曲を書き、
14歳でラッパーとなったといいますが、こんなにサンバを本格的に歌えるというのは、
やはりブラジル人のなせる業なんでしょうね。

両親が好きだったマルチーニョ・ダ・ヴィラ、
モレイラ・ダ・シルヴァ、ルイス・ゴンザーガを、
幼い頃から日常的に聴いていたからなのか、
サンバの歌い回しやリズム感がしっかりと身についていて、
こういっちゃあなんだけど、ヒップホップよりサンバの方が、何倍も輝いて聞こえますよ。

Criolo "ESPIRAL DE ILUSÃO" Oloko OLK015 (2017)
コメント(0) 

声とバンドリン ニーナ・ヴィルチ&ルイス・バルセロス

Nina Wirtti e Luis Barcelos  CHÃO DE CAMINHO.jpg

レトロなサンバのレパートリーを、
ショーロ風味の伴奏で鮮やかに聞かせてくれた
5年前のアルバムが忘れられない、ニーナ・ヴィルチの新作。
ルイス・バルセロスとの共同名義作と聞いて、楽しみに待っていました。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/search/?keyword=Nina+Wirtti+

ルイス・バルセロスといえば、
あちこちのレコーディング・セッションでひっぱりだこの人気バンドリン奏者。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2015-04-20
ニーナ・ヴィルチの前作はもちろん、ニーナ・ベケールのドローレス・ドゥラン集でも、
少ない音数の中で、ルイスのバンドリンが重要な役割を担っていました。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2014-11-09

本作の伴奏は、サブ・タイトルに「声とバンドリン」とあるとおり、
グート・ヴィルチのベースが加わる1曲を除いて、
ルイス・バルセロスが弾くバンドリンのみ。
このサブ・タイトルは、ジョアン・ジルベルトやジルベルト・ジルの
「声とギター」をもじったんでしょうね。

レパートリーは、ルピシニオ・ロドリゲス、エルベ・コルドヴィル、
バーデン・パウエル、ヤマンドゥ・コスタ作の新旧サンバ・カンソーンに加え、
チャブーカ・グランダの「ニッケの花」や、
古いアルゼンチン・タンゴ“Fruta Amarga” なども取り上げています。

ふんわりとしたニーナ・ヴィルチの声が、
軽やかに響くルイス・バルセロスのバンドリンにのせて歌われると、
原曲のメロディの良さが素直に引き出されて、胸にしみます。
大衆歌謡というものは、芸術性をことさら演出しなくても、
純度高く煮詰めることで、その美を露わにできることを証明する一枚です。

Nina Wirtti e Luis Barcelos "CHÃO DE CAMINHO" Fina Flor FF078 (2017)
コメント(6) 

昔気質のショーロ職人 イザイアス

Izaías e Seus Chorões  CHORANDO NA GAROA.jpg

うわぁ、ごぶさたしてました~、お元気でしたかあと、
思わずジャケットに声をかけてしまった、
サンパウロのヴェテラン・バンドリン奏者、イザイアスの新作です。

前作がいつだったか、もう十年以上も前のことで記憶になくて、
ブラジルのディスコグラフィ
Dicionário Cravo Albin da Música Popular Brasileira
をチェックしてみたんですけど、なぜだか載ってないんですよね。
たしか、黒バックにショーロの楽器を並べた
ジャケットだったという記憶があるんだけどなあ。

エレピだったか、シンセだったか、もう忘れましたけれど、
鍵盤楽器の起用がいただけなくて、
ソッコー処分してしまったもんだから、タイトルを覚えてないんですよ。
もうひとつのディスコグラフィ Clique Music の方をのぞいてみたら、
ありました、ありました。
99年に出た“QUEM NÃO CHORA NÃO AMA” というアルバムですね。

やっぱりねえ、イザイアスの最高作はデビュー作の“PÉ NA CADEIRA” ですよ。
ちょうどぼくがショーロに夢中になっていた頃に手に入れたLPなので、
ことのほか思いも深く、ジャコー・ド・バンドリンのように、
「バンドリンを泣かせる」正統派らしいプレイにゾッコンとなったんですよね。

それなのに、上の二つのディスコグラフィとも、
イザイアスのデビュー作を正しく載せていないのは、遺憾千万。
81年にサンパウロのマイナー・レーベル、JVから出たレコードなのに、
99年にクアルッピがCD再発した時のアルバムとして載っているんですよね。
ぼくはこのデビュー作でイザイアスに夢中になっただけに、この扱いは悲しいなあ。

Isaias e Seus Chorões  PÉ NA CADEIRA LP.jpg   Isaias e Seus Chorões  PÉ NA CADEIRA.jpg

また、このデビュー作のジャケットがいいんですよ。
シャッターが半分下がったお店の中で、
ショーロを演奏しているレジオナルのメンバーたちの様子がちょっとのぞいているという、
なんとも雰囲気のある構図でした。
99年にクアルッピがCD化した時は、裏ジャケットの写真が表紙になってしまい、
このジャケットの写真がバック・インレイになってしまったのは残念だったなあ。

本名イザイアス・ブエノ・ジ・アルメイダ。37年6月7日生まれということで、
もう80歳になったんですね。そのプレイに衰えはみじんも感じられません。
曲の雰囲気に合わせて弾き方を変え、
思い入れたっぷりに、たっぷりとタメて間を長くとるかと思えば、
一方で、前のめりになって性急なフレージングを弾く曲あり、
律儀に音符どおり、きっちりと弾き、
プリング・オフやトレモロを駆使して、キリッとした響きを聞かせる曲あり、
曲の解釈にイザイアスのショーロ演奏家としての才能を感じます。

特に、スローでの泣かせ方、フレージングに合わせた音の強弱のつけ方、
スラーを効果的に加えたり、最後の音を印象的に美しく響かせるテクニックに、
これぞイザイアスだと感じさせる場面が多数あって、嬉しくなってしまいました。
昔気質のショーロ職人といったプレイに味わいをおぼえる、珠玉の一枚です。

Izaías e Seus Chorões "CHORANDO NA GAROA" Pôr Do Som PDS068 (2017)
[LP] Isaias e Seus Chorões "PÉ NA CADEIRA" JV JV003 (1981)
Isaias e Seus Chorões "PÉ NA CADEIRA" Kuarup KCD122 (1981)
コメント(0) 
メッセージを送る