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トゥンバン・スンダで納涼 イダ・ウィダワティ

Ida Widawati  SEDIH PATI.jpg

あづい~~~~~。

あちいですねえ、今年の夏も。
毎朝夕のウォーキングがシンドイ季節ではありますけど、
帰りは、汗だくになったあとの風呂が待ってますからねえ。

思えば、ウォーキングをする習慣ができるまでは、
夏はシャワーだけで、湯船に浸かることはしなかったんですが、
有酸素運動でたっぷり発汗したあとの風呂の極楽気分は、格別。
この快感を、ぼくは四十半ばにして、初めて知りました。

老廃物がきれいさっぱり流れ落ちて、身体の外側も内側も蘇るような感じ。
この気持ち良さがあるから、酷暑のウォーキングも甲斐があるってなもんで、
秋になって涼しくなると、ウォーキングには楽な季節とは思いつつ、
真夏の全身の細胞が活性化するような快楽を味わえなくなって、
少し物足りない気持ちにもなるのでした。

ま、そんなわけで、暑い時には暑い時にしか味わえないことを楽しみましょう、
ということで、タイミングよく見つけた納涼の1枚。
インドネシアは西ジャワのトゥンバン・スンダ。歌入りのカチャピ・スリンですね。
インドネシア伝統音楽の専門レーベル、SPレコードが出したCDで、
このレーベルのトゥンバン・スンダでは、タティ・サレのCDを1枚持っています。

今回手に入れたのは、タティ・サレよりひと回り若いイダ・ウィダワティのCD。
ひと回り若いといっても、イダ・ウィダワティは56年生まれ、
タティ・サレは44年生まれだから、二人とも大御所クラスのヴェテランです。
いつ頃出たアルバムなのか、よくわからないんですが、
おそらくゼロ年代半ばかと思われます。

タティ・サレのCDは伴奏が力量不足で、せっかくのタティ・サレの見事な歌唱に、
演奏が応えていないという不満があったんですけれど、こちらはいいですね。
タティ・サレのCDにはクレジットもありませんでしたが、
本作には、カチャピ・インドゥン、カチャピ・リンチック、スリン、ルバーブ全員の名が
記されていて、ちゃんと名のあるメンバーだということが想像されます。

落ち着いたイダの声と繊細な歌いぶりに、高原の涼風を伝えるスリンの音色、
深奥な夜に引きこむカチャピの響きが、汗の引いた身体に染みわたります。
スンダの伝統音階ソロッグ、ペロッグ、サレンドロを3曲ずつ歌ったレパートリーも、
変化に富んでいて、楽しめます。

その昔、若いニニン・メイダのトゥンバン・スンダのCDを愛聴しましたけれど、
イダの円熟味のある歌声は、西ジャワの貴族の嗜みとされた
トゥンバン・スンダの魅力を、たっぷりと味あわせてくれます。

Ida Widawati "TEMBANG SUNDA CIANJURAN / SEDIH PATI" SP SPCD027
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40年目の『エクソダス』 ボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズ

Bob Marley EXODUS 40.jpg

世の中に「デラックス・エディション」はいろいろあれど、
01年にリリースされた、ボブ・マーリーの『キャッチ・ア・ファイア』の
デラックス・エディションくらい衝撃的だったのは、ほかにありませんでしたね。

イギリス・アイランドからリリースされた公式盤と、
ジャマイカ録音のオリジナル・ヴァージョンを並列させたものだったんですが、
ギター・ソロをオーヴァー・ダブしたり、回転数をあげてお化粧した公式盤を、
それこそ何百回とヘヴィー・ローテーションした者にとっては、
あの骨格のみで、力強くもみずみずしさを湛えたオリジナル・ヴァージョンに、
大げさでなく、腰が抜けそうなほどびっくりして、また感動したのでした。

オリジナル・ヴァージョンの素晴らしさに、あらためてマーリーの底力を知るとともに、
あのお化粧が、世界に進出するためには必要なものであったことも、
あらためて再確認できたのでした。
買っただけで棚の肥しになりがちな、他の「デラックス・エディション」とは違って、
あの2CDは、本当に愛聴したものです。驚愕のオリジナル・ヴァージョンだけでなく、
公式盤と続けて聴くことに妙味のある、極上のデラックス・エディションでした。

ボブ・マーリーのデラックス・エディションはいい! とまたも言えるのが、
今回出た『エクソダス』のリリース40周年記念エディションです。
公式盤のディスク1に、ジギー・マーリーの再編集による『エクソダス40』のディスク2、
アルバム発表時のライヴ音源(ほぼ初出)集のディスク3という内容なのですが、
再編集されたディスク2が、これまた目ウロコというか、大発見があったのです。

個人的な告白をすると、マーリーを初めて聴いたのが『キャッチ・ア・ファイア』なら、
これを最後にマーリーを聴かなくなった、
いわばマーリーとのお別れ盤が、『エクソダス』だったのですね。

ダークなA面に対して、ラヴ・ソングも並んだソフトなB面に大きな抵抗を感じ、
ラスタファリアンがポップ・スターにでもなる気なのかよと、
マーリーの変節を感じて、幻滅したのでした。
まあ、こちらも若くて、思慮が浅かっただけの話ではありますが、
そんなわけで、その後来日した時も、もう関心はないよと、
コンサートには足を運びませんでした。

さて、そんな狭量なぼくがマーリーとお別れした『エクソダス』。
A面は好きだったとはいえ、CD化した時にちょっと聴き直しただけで、
たぶんもう30年近く聴いてないんでありますが、
ジギー・マーリーが再構成したディスク2には、ちょっとびっくり。
当時もしこのヴァージョンで聴いていたら、「マーリーの変節」などとは思わなかったかも。

まず、「エクソダス」でスタートする曲順変更がいい。
しかも、やや冗長でもあったオリジナル・バージョンを、
2分20秒以上短くエディットしただけでなく、
マーリーの歌声がオリジナルより野性味を増しているのだから、驚かされます。

なんでもジギーは、当時の没テープから、未使用のヴォーカルや演奏の断片を取り出し、
ミックスし直す大変な編集作業を行ったとのことで、
オリジナルからあえて音を抜いて、ダブ的な効果を高めるなど、
慎重なミックスをしています。
海外リスナー受けをネラった装飾をことごとく削り取っただけでなく、
曲順も変更してオリジナルのA・B面の落差を埋め、
楽曲の持つ本質的な力を再創造したのは、素晴らしい仕事と言わざるを得ません。

もともと気に入っていたオリジナルのA面についても、
どこかレイドバックしすぎている印象があって、
やっぱりエッジが甘くなったよなと感じていたんですが、
今回の『エクソダス40』には、オリジナルにはなかった太いグルーヴが貫かれていて、
すっかり見直してしまいました。

Bob Marley & The Wailers "EXODUS (FORTIETH ANNIVERSARY EDITION)" Tuff Gong/Island 00602557546712
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ヒップホップよりサンバで輝くラッパー クリオーロ

Criolo  ESPIRAL DE ILUSÃO.jpg

ブラジルのアンダーグラウンド・シーンから登場したクリオーロ。
大ヒットとなったインディ制作の2作目は、
イギリスや日本でもリリースされ、話題を呼びました。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2012-09-28

アフロビートあり、サンバあり、レゲエあり、ダブありと、
豊富な音楽性に裏打ちされたサウンド・クリエイターぶりが鮮やかで、
クリオーロのルーディなラップや歌より、魅力的なバックトラックに耳を惹かれました。

さて、そのクリオーロの新作は、サンバ・アルバムだというので、
かつてのマルセロ・デー・ドイスみたいなヒップホップとのミクスチャーを想像していたら、
これがヒップホップ色皆無の、伝統サンバ集だったのは、意外でしたねえ。

まず、一聴して驚かされたのが、クリオーロの声がぜんぜん違うこと。
ヒップホップをやってる時は、もっとダークな印象が強くて
歌だって、あんまりうまい人という印象がなかったので、別人かと思ったほど。

甘い歌い口で歌うかと思えば、朗々と歌劇ふうに演出した歌いぶりを聞かせたり、
子供たちのコーラスにのせて、キレのいいサンバを歌うなど、とにかく表情が明るい。
ヒップホップのルーディなキャラと、どっちがこの人の本質なんだろか。

ま、とにかく、それくらい、これまでのアルバムとは違うんですが、
ひさしぶりに聴くサンバで、これほどフレッシュなアルバムもなかなかありませんよ。
クリオーロの突き抜けた歌いっぷりも、すがすがしいですけれど、
パーカッシヴに弾けるリズムもピチピチとしていて、爽快そのもの。

北東部セアラー州生まれ、サンパウロ郊外のファヴェーラ育ちのクリオーロは、
初めて夢中になった音楽がヒップホップで、11歳で初めて曲を書き、
14歳でラッパーとなったといいますが、こんなにサンバを本格的に歌えるというのは、
やはりブラジル人のなせる業なんでしょうね。

両親が好きだったマルチーニョ・ダ・ヴィラ、
モレイラ・ダ・シルヴァ、ルイス・ゴンザーガを、
幼い頃から日常的に聴いていたからなのか、
サンバの歌い回しやリズム感がしっかりと身についていて、
こういっちゃあなんだけど、ヒップホップよりサンバの方が、何倍も輝いて聞こえますよ。

Criolo "ESPIRAL DE ILUSÃO" Oloko OLK015 (2017)
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声とバンドリン ニーナ・ヴィルチ&ルイス・バルセロス

Nina Wirtti e Luis Barcelos  CHÃO DE CAMINHO.jpg

レトロなサンバのレパートリーを、
ショーロ風味の伴奏で鮮やかに聞かせてくれた
5年前のアルバムが忘れられない、ニーナ・ヴィルチの新作。
ルイス・バルセロスとの共同名義作と聞いて、楽しみに待っていました。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/search/?keyword=Nina+Wirtti+

ルイス・バルセロスといえば、
あちこちのレコーディング・セッションでひっぱりだこの人気バンドリン奏者。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2015-04-20
ニーナ・ヴィルチの前作はもちろん、ニーナ・ベケールのドローレス・ドゥラン集でも、
少ない音数の中で、ルイスのバンドリンが重要な役割を担っていました。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2014-11-09

本作の伴奏は、サブ・タイトルに「声とバンドリン」とあるとおり、
グート・ヴィルチのベースが加わる1曲を除いて、
ルイス・バルセロスが弾くバンドリンのみ。
このサブ・タイトルは、ジョアン・ジルベルトやジルベルト・ジルの
「声とギター」をもじったんでしょうね。

レパートリーは、ルピシニオ・ロドリゲス、エルベ・コルドヴィル、
バーデン・パウエル、ヤマンドゥ・コスタ作の新旧サンバ・カンソーンに加え、
チャブーカ・グランダの「ニッケの花」や、
古いアルゼンチン・タンゴ“Fruta Amarga” なども取り上げています。

ふんわりとしたニーナ・ヴィルチの声が、
軽やかに響くルイス・バルセロスのバンドリンにのせて歌われると、
原曲のメロディの良さが素直に引き出されて、胸にしみます。
大衆歌謡というものは、芸術性をことさら演出しなくても、
純度高く煮詰めることで、その美を露わにできることを証明する一枚です。

Nina Wirtti e Luis Barcelos "CHÃO DE CAMINHO" Fina Flor FF078 (2017)
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昔気質のショーロ職人 イザイアス

Izaías e Seus Chorões  CHORANDO NA GAROA.jpg

うわぁ、ごぶさたしてました~、お元気でしたかあと、
思わずジャケットに声をかけてしまった、
サンパウロのヴェテラン・バンドリン奏者、イザイアスの新作です。

前作がいつだったか、もう十年以上も前のことで記憶になくて、
ブラジルのディスコグラフィ
Dicionário Cravo Albin da Música Popular Brasileira
をチェックしてみたんですけど、なぜだか載ってないんですよね。
たしか、黒バックにショーロの楽器を並べた
ジャケットだったという記憶があるんだけどなあ。

エレピだったか、シンセだったか、もう忘れましたけれど、
鍵盤楽器の起用がいただけなくて、
ソッコー処分してしまったもんだから、タイトルを覚えてないんですよ。
もうひとつのディスコグラフィ Clique Music の方をのぞいてみたら、
ありました、ありました。
99年に出た“QUEM NÃO CHORA NÃO AMA” というアルバムですね。

やっぱりねえ、イザイアスの最高作はデビュー作の“PÉ NA CADEIRA” ですよ。
ちょうどぼくがショーロに夢中になっていた頃に手に入れたLPなので、
ことのほか思いも深く、ジャコー・ド・バンドリンのように、
「バンドリンを泣かせる」正統派らしいプレイにゾッコンとなったんですよね。

それなのに、上の二つのディスコグラフィとも、
イザイアスのデビュー作を正しく載せていないのは、遺憾千万。
81年にサンパウロのマイナー・レーベル、JVから出たレコードなのに、
99年にクアルッピがCD再発した時のアルバムとして載っているんですよね。
ぼくはこのデビュー作でイザイアスに夢中になっただけに、この扱いは悲しいなあ。

Isaias e Seus Chorões  PÉ NA CADEIRA LP.jpg   Isaias e Seus Chorões  PÉ NA CADEIRA.jpg

また、このデビュー作のジャケットがいいんですよ。
シャッターが半分下がったお店の中で、
ショーロを演奏しているレジオナルのメンバーたちの様子がちょっとのぞいているという、
なんとも雰囲気のある構図でした。
99年にクアルッピがCD化した時は、裏ジャケットの写真が表紙になってしまい、
このジャケットの写真がバック・インレイになってしまったのは残念だったなあ。

本名イザイアス・ブエノ・ジ・アルメイダ。37年6月7日生まれということで、
もう80歳になったんですね。そのプレイに衰えはみじんも感じられません。
曲の雰囲気に合わせて弾き方を変え、
思い入れたっぷりに、たっぷりとタメて間を長くとるかと思えば、
一方で、前のめりになって性急なフレージングを弾く曲あり、
律儀に音符どおり、きっちりと弾き、
プリング・オフやトレモロを駆使して、キリッとした響きを聞かせる曲あり、
曲の解釈にイザイアスのショーロ演奏家としての才能を感じます。

特に、スローでの泣かせ方、フレージングに合わせた音の強弱のつけ方、
スラーを効果的に加えたり、最後の音を印象的に美しく響かせるテクニックに、
これぞイザイアスだと感じさせる場面が多数あって、嬉しくなってしまいました。
昔気質のショーロ職人といったプレイに味わいをおぼえる、珠玉の一枚です。

Izaías e Seus Chorões "CHORANDO NA GAROA" Pôr Do Som PDS068 (2017)
[LP] Isaias e Seus Chorões "PÉ NA CADEIRA" JV JV003 (1981)
Isaias e Seus Chorões "PÉ NA CADEIRA" Kuarup KCD122 (1981)
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音楽をする喜び ブラッデスト・サキソフォン feat. ビッグ・ジェイ・マクニーリー

Bloodest Saxophone feat. Big Jay McNeely.jpg

なんて羨ましい連中なんだろう。
ミュージシャンをこれほど羨ましく思わせるアルバムも、
なかなかないんじゃないかな。

自分たちが、その音楽をやる直接の動機となった、
伝説クラスの音楽家と共演できる幸福。
会えるだけでも、自分たちの音楽を聞いてもらうだけでも、
天にも昇る心地となるほど憧れた相手と、今一緒に演奏しているということ。
そんな敬愛の念がびんびんと伝わってきます。

しかも、そんなリスペクトの気持ちが、遠慮につながってないところが、またいい。
とかく、こういう愛が強すぎる共演では、愛する側が遠慮しすぎてしまって、
萎縮してしまったりするもんですけれど、ぜんぜん、そんなになっていない。

伝説のホンカー、ビッグ・ジェイ・マクニーリーを前にして、
ハンパな演奏など、恥ずかしくてできないぜとばかり、
全力を出し切ろうとする、ブラッデスト・サキソフォンの演奏ぶり。
ソロ・リレーでは、ビッグ・ジェイに負けてなるかと挑む、
その熱い気持ちがびんびん伝わって来て、目頭の裏をジーンとさせます。
12年のクラブクアトロで踊りながら泣いたあの夜を、また思い出してしまいました。

あの後、ライヴ盤が出て、
その3年後に再来日し、レコーディングをしたことは聞いていたので、
待ちに待ったアルバムです。
クリス・パウエルの“I Come From Jamaica” をやってくれたのは、嬉しかったなあ。
モノラル録音の良さも格別。

ジュウェル・ブラウンとの共演も感動の一作でしたけれど、
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2014-12-09
音楽で結びついた日米・老若の友情に、胸アツとなる大傑作。
ビッグ・ジェイ、この時、88歳。とんでもありません。

Bloodest Saxophone feat. Big Jay McNeely 「BLOW BLOW ALL NIGHT LONG」 Mr. Daddy-O SPACE006 (2017)
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ジョー・キャロル祭り

Joe Carroll  THE EPIC & PRESTIGE SESSIONS.jpg   Joe Carroll  MAN WITH A HAPPY SOUND.jpg

希代のジャイヴ・シンガーであり、
バップ・ヴォーカリストである、ジョー・キャロルの代表作2枚、
56年録音のエピック盤と、62年のチャーリー・パーカー盤が揃って復刻しました!
こりゃあ、めでたい!! この夏は、ジョー・キャロル祭りでっす!!!

ジョー・キャロルが、どんなにカッコいいシンガーかは、
一度ここできっちりと書いたので、もう繰り返す必要はありませんね。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2014-02-14
あの記事を書いた時、日本だけでCD化されていたエピック盤、
アメリカのコレクタブルズがCD化したチャーリー・パーカー盤ともに、
入手が難しくなっていた時期でもあったので、これは大歓迎でしょう。
さらに、すでにCDを持っているという人でも、買い替えをオススメします。
すんごいお宝が、ボーナス・トラックで入ってるんですから。

まずは、エピック盤の方。
サブ・タイトルにあるとおり、エピック盤全曲のあとに、
プレステッジ録音の4曲が収録されています。
この4曲は、古株のファンにはおなじみですね。
オムニバス盤“THE BEBOP SINGERS” (PR 7828) に、
エディ・ジェファーソンの4曲とアニー・ロスの6曲とともにカップリングされていた、
52年12月録音のセッションです。

続いて、ガレスピー楽団でパリを訪れた53年2月に録音した5曲が収録されています。
クレジットによると、ヴォーグの10インチ盤だそうですが、
う~ん、これは見たことないなあ。ぼくも今回初めて聴きました。

しかも、これだけじゃないんですよ。
さらにボーナス・トラックとして、52年の2月と7月、
ニュー・ヨークでガレスピー楽団(セクステット/クインテット)とともに録音した
6曲が収録されているんだから、すんごいヴォリューム。
クレジットによると、ガレスピー自身のレーベル、ディー・ジーと
アトランティックに残したSP音源とのことなんですが、
アトランティックに録音を残していたなんて知らなかったので、びっくり。

ところが、アトランティック録音の2曲を聴いてみると、あれれ。
これって、スウェーデンのメトロノームから出ていた、
ガレスピーのEP盤(MEP450)所収の2曲と同じじゃないの。
う~ん、原盤はアトランティックのSPだったのかあ。
なかでも、ガレスピーとデュエットするアフロ・キューバンの“This Is Happiness” は
ゴキゲンなトラックで、これがCD化されたのは嬉しいですねえ。

そして、チャーリー・パーカー盤の方は、ボーナス・トラックは2曲。
エピック盤に比べると少ないですけれど、
これしかレコーディングされてないんだからしょうがない。
チャーリー・パーカーからは、LP1枚とシングル盤2枚がリリースされていて、
シングル盤2枚のうち1枚はLP収録曲ですが、もう1枚はLP未収録曲で、
これが今回CD化されたというわけ。

このシングル盤は、LPのレコーディングの1年前、61年3月に録音されたもので、
バリトン・サックス奏者セシル・ペインのクインテット
(デューク・ジョーダンのピアノに、ロン・カーターのベース!)をバックに、
“Anthropology” “Hi-Fly” をスキャットしたもの。
この「アンソロポロジー」が、サイコーなんですわ。
63年にダブル・シックス・オヴ・パリがガレスピーと一緒に録音してるより、2年も早い。
「アンソロポロジー」のスキャット・ヴァージョン初演なんじゃないですかね。

ランディ・ウェストンの「ハイ=フライ」は、
セシル・ペインとスキャット合戦を繰り広げます。
スキャットはジョー・キャロルの圧倒的勝利って感じなんだけど、
セシル・ペインもほっぺたを鳴らす技などを繰り出してジョーに対抗、
なかなか面白いヴァージョンになっています。

いや~、大満足。
ジョー・キャロルの録音もほぼCD化されたといっていいと思いますが、
残るは、78年にニュー・ヨークのクラブ、ジャズマニアでライヴ録音した
アルバムも、ぜひCD化をよろしくお願いします。

Joe Carroll "JOE CARROLL THE EPIC & PRESTIGE SESSIONS" Fresh Sound FSRCD935
Joe Carroll "MAN WITH A HAPPY SOUND" Blue Moon BMCD1637
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あくなき探究心 チャーリー・パットン

Charlie Patton  TRUE REVOLUTION  THE GENNETT RECORDINGS.jpg

戦前ブルース研究所の仕事ぶりには、いつも敬服してしまいます。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2011-07-26
徹底した実証主義、科学的調査にもとづいて、発見される歴史的新事実。
これまで当たり前に思っていたことが、次々とひっくり返される痛快さ。
そのあくなき探究心に、頭が下がるばかりです。

ここ十年くらいの音楽研究で、これに匹敵する研究を他の分野で知りません。
ロックやワールド・ミュージックには、皆目見当たらないし、
ジャズにユニークな楽理研究がいくつかあるとはいえ、
やはり専門家のための研究で、
読み進めているうちにワクワクするといった類のものじゃありませんね。
だからこそ、彼らの仕事に大きな刺激を受けつつ、正直、嫉妬もおぼえるのでした。

彼らの音楽研究がすばらしいのは、
文献や資料をもとにアプローチするような学者の仕事とは違って、
長年愛聴してきた音源に疑問を持ち、その疑問を出発点に、
じっさいにギターを弾きながら、仮説を立て、検証しているところです。
研究の出発点がミュージック・クレイズであり、ミュージシャン気質であることろが、
学者の仕事とは決定的に異なる、痛快さや面白味につながるんですね。

ロバート・ジョンソンの録音から、ヴォーカルだけを取り出し、
音声信号分析ライブラリにかけて周波数を測定したうえで、
セント値(半音の1/100が1セント)に変換し、
これを平均律からのずれとして表記し、正確な音程による譜面を作成しようなんて、
誰が思いつきます?
そして、これをヴォーカロイドにかけて歌わせてしまうんだから、面白すぎる。
こういう試みを嫌う人もいるだろうけど、ぼくはもろ手を挙げて大賛成。
研究は、奇抜な発想があってこそ面白いし、思いもよらない発見があります。

そして、その彼らの研究成果が、このほど一つのCDとしてまとめられました。
チャーリー・パットンの初録音である、リッチモンド、ジェネット・スタジオでの録音。
29年6月14日、パットンのみならず、ウォルター・ホーキンズも交えて
当日行われた録音18曲すべてを収録しています。
そこにあった複数のギター、そして、音叉にピッチ・パイプにピアノという、
異なるチューニング・マシーンの存在。
さらに、カッティング・マシンは、異なる回転数で回っていた事実。

これらを修正するのに、
彼らがどんな試行錯誤を繰り返したかは、CD解説にゆずるとして、
これまで聴いていたパットンの録音が、いかに早回しだったかがわかります。
本盤を聴いたうえで、Pヴァイン盤を聴き直すと、
リズムは上滑っているし、パットンのヴォーカルにコクがありませんね。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2010-07-13
Pヴァイン盤は、全体に高音がカットされていて、
ヴォーカルが後ろに引っ込んでいるんですが、
本盤はヴォーカルが前面に飛び出して、
ダミ声のパットンのヴォーカルが生々しく聞こえます。

う~ん、味わいのあるヴォーカルですよねえ。
“A Spoonful Blues” でのコミカルでセクシーな歌いっぷりや、
シャープなギターにほれぼれとしますよ。
原音で聴くと、迫力がぜんぜん違うじゃないですか。
パットンや相棒のウィリー・ブラウンみたいなダミ声に、
はや高校生でホレこんでたのだから、
のちにアインラ・オモウラにゾッコンになるのも、むべなるかなであります。

こんな迫力に満ちたパットンを聴いてしまうと、
29年10月や30年5月のセッションも、修正音源でぜひ聴いてみたくなりますねえ。
“High Water Everywhere” “Moon Going Down” がどれほど変わるのか、
ぜひとも体験したいものです。

Charlie Patton 「TRUE REVOLUTION : THE GENNETT RECORDINGS JUNE 14, 1929」 Pan KRG1027
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シャルル・ドゥヴェル写真集

The Photographs of Charles Duvelle.jpg

大学生の頃、アフリカの民俗音楽を集中的に聴き込んでいたことは、
一度ここで書いたことがあります。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2014-07-08
当時、進路に迷っていた頃で、文化人類学の研究者になる道へ転向するか、
それとも、今の大学で経済学部に籍を置いたまま卒業して、一般企業に就職するか、
結局、フツーの会社員になる道を選んだわけなんですが。

当時、アフリカの民俗音楽で一番お世話になった先生のひとりが、
ディスク・オコラを設立した音楽学者のシャルル・ドゥヴェルでした。
そのシャルル・ドゥヴェルの写真集が出るというので、
楽しみにしていたんですが、届いてびっくり。
296ページに及ぶ、ずっしりとした重量感たっぷりのファイン・アート写真集。

オコラのレコードで見慣れた写真が、多数掲載されているんですが、
シャドウがつぶれていたり、粗い印刷だったものが、
見違えるような美しさに生まれ変わっていて、
ページをめくるたびに、コーフンにつぐコーフン。
6×6で撮ったモノクロームの諧調の美しさは、絶品です。
もちろん初めて目にするカット、未発表だった写真もたっぷりあって、
夢中になって見てしまいました。

巻末のインタヴューを読んで驚いたのは、
シャルル・ドゥヴェルの関心が、民俗音楽いっぺんとうではなかったということ。
彼はアフリカン・ポップスも大量に聴いていて、
オコラを辞めたあと、ナイジェリアでフェラ・クティと親交を持ち、
カラクタ襲撃事件直前のカラクタに、数日間滞在したこともあるそうです。

また、オコラの音源に、ピアノとエレクトリック・ギターを被せてヒットを呼んだ
「ブランディ・ブラック」に関しても、オドロキの事実が書かれていました。
「ブルンディ・ブラック」を発売したバークレイ社のオーナー、
エディ・バークレイとシャルル・ドゥベルは友人同士で、
エディ・バークレイは、「ブルンディ・ブラック」の制作当初から、
シャルル・ドゥヴェルに相談を持ち掛けていたそうです。
シャルル・ドゥヴェルは、ブルンディ大使館を通じ、
録音権利者への分配が行えるように手配したうえで、
制作されたシングル盤(61398L)だったんですね。

当初、ブルンディ大使館の全面的なバックアップによって、
発売されたものであったのにも関わらず、
80年になってイギリスでリミックスされた12インチで、再度ヒットを呼ぶと、
帝国主義的な第三世界の文化搾取といった文脈で、強く非難されたものでした。

ブルンディ・ブラックについて書かれた記事は、
ミュージック・マガジンの81年7月号で中村とうようさんが書かれた
「運命の波にもまれるブルンディ・ドラム」が最初だったと思います。
この記事では、文化搾取式の言辞は述べられていませんが、
「そのすばらしいブルンディのタイコの録音に、
けしからぬ小細工をほどこしたやつが現れた」
と書かれているので、とうようさんがお気に召さなかったのは事実でしょう。

のちにこの記事が、『地球が回る音』に再録された際は、
タイトルが「盛大に盗用(?)されるブルンディ・ドラム」と改題されていました。
「(?)」を付しているあたりは、さすがに慎重ではありますが、
単純な盗用ではなかったという経緯を知れば、
とうようさんの評価も違ったものになったかもしれません。

この写真集には2枚の付属CDも付いていて、
アフリカとアジアのフィールド録音がそれぞれ編纂されています。
オコラとプロフェットのディスコグラフィーも最後に掲載されていますが、
シャルル・ドゥヴェル自身がフィールド録音したアルバムも、
録音は別人が行い、ディレクションのみ関わったアルバムも特に区分けされていません。

OCR24 Musique Malgache.jpgOCR28 Musique Maure.jpgOCR35 Musique Kongo.jpg

最後に、個人的に思い出深いオコラのアルバムで、
シャルル・ドゥヴェル録音・監修の3枚(上)と
録音は別人で監修のみの3枚(下)をご披露しましょう。

SOR9 Musique Fali.jpgOCR16 Musique Kabre du Nord-Togo.jpgOCR40 Musique du Burundi.jpg

[CD+Book] Hisham Mayet "THE PHOTOGRAPHS OF CHARLES DUVELLE : Disques OCORA and Collection PROPHET" Sublime Frequencies SF110 (2017)
[LP] "MUSIQUE MALGACHE" Ocora OCR24 (1965)
[LP] "MUSIQUE MAURE" Ocora OCR28 (1970)
[LP] "MUSIQUE KONGO" Ocora OCR35 (1966)
[10インチ] "MUSIQUES FALI (NORD-CAMEROUN)" Collection Radiodiffusion Outre-Mer SOR9
[10インチ] "MUSIQUE KABRÈ DU NORD-TOGO" Ocora OCR16
[LP] "MUSIQUE DU BURUNDI" Ocora OCR40
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モノクロームなロマンティック ニイア

Niia  I.jpg

なんか、ネオ・ソウル、きてない?
RC&ザ・グリッツにムーンチャイルドと、
ここのところ、お気に入りになるアルバムに、ネオ・ソウル色の濃いものが多くて、
なんか風が来てる? てな感じを持ってたんですけど、
どうやら風どころか、けっこう大きな波になってるのかも。

今日試聴して耳にひっかかったのが、ことごとくネオ・ソウル・ライクなアルバムばかり。
なんでもかんでもよく聞こえてしまう時って、
気を付けないと、あとで後悔すること多しなので、
もう1度試聴し直して、手元に積み上がった5作から厳選して、この1枚だけを購入。

これは、ゼッタイいいぞ、という確信ありの1枚、
家でじっくり聴き直しましたが、絶品です。
1曲目のプレリュードに続いて、
重くファットなベース音に載せて滑りこんでくるニイアの歌声は、
ダブル・ベッドのまっさらなシーツに、長い足と腕を差し込んで、
身体を引き寄せてくる長身の美女を想像させます♡
(ジャケットからの妄想)

シャーデー・アデュをホウフツとさせるクール・ビューティ、
と思いきや、繊細な歌声のままに、振り絞るように歌う曲もある。
それでも、歌の表情はどこまでも軽やかで、歌いすぎの感を与えない。
デビュー間もない頃のジョニ・ミッチェルに、ちょっと似た印象もあったりして。

幼い頃からクラシック・ピアノと歌を習い、ハイ・スクールの頃には、
ジュリアード大学院やバークリー大学のプログラムに参加して、
ニュー・ヨークのニュー・スクール大学に進んで、ジャズ・ヴォーカルを専攻したとのこと。
大学在学中にワイクリフ・ジョンと出会い、ちょうど十年前の07年に、
ニーアをフィーチャリングしたワイクリフのシングルがヒットして、話題になったんだとか。
経歴そのまんまの音楽性を聞かせてくれます。

生演奏ぽいドラムスの音や、選び抜かれたシンセの音色、美麗なストリングスと、
どこまでもスタイリッシュなプロダクションに、スキなどありません。
プロデュースはロビン・ハンニバル。どおりでライに似てるわけだわ。
安心して身を任せ、酔いしれましょう。

Niia "I" Atlantic 560036-2 (2017)
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J-R&Bのネクスト・ステージ RIRI

20170709_RIRI.jpg

これ、17歳の女子高生が歌ってるの!?
ま・じ・で・す・か。
うおぅ、ついに日本にも、ジョス・ストーンみたいな才能が登場したってか。

いやあ、びっくりさせられましたねえ。
CDショップのR&Bコーナーの試聴機にセットされていた、新人女性歌手のEP。
は? なんで洋楽フロアに日本人の女のコのCDが入ってんの?
なんて思いながら、ボタンを押したら、脳天に雷落ちました。

こんな衝撃は、宇多田ヒカルの「Automatic」のMVを、
深夜放送の音楽番組で初めて見た、あの時以来。
偶然にも、あの時TV初登場だった「Automatic」を目撃したぼくは、
あわてて「宇多田ヒカル」とメモして、リリースの日を待ったんですが、
無名の新人のデビュー・シングルを心待ちにしたなんて経験、生涯あの1回こっきり。
のちに空前のブームが巻き起こるなど、その時点では想像だにしませんでした。
その「Automatic」ショックに匹敵する衝撃を、
RIRIの『RUSH』におぼえましたよ。

思い起こせば、ゼロ年代あたりからでしたかね。
R&Bを歌う新人シンガーが、それ以前の日本のR&Bとは、
一段も二段もレヴェルの上がった歌を聞かせるようになったのは。
本場アメリカとヒケをとらない歌に、
「うほ~、カッコいい。さすが、若い人は違うねぇ」と思いつつも、
身銭切ってCDを買おうとまで思わせる人は、残念ながらいませんでした。

やっぱり、うまいねえ、だけでは、心は震えんのですわ。
どんなに本場モノに迫るといっても、イミテイトだけじゃ満足できません。
うまいだけなら、イギリスにだって、カナダにだって、
それこそ今や、韓国や香港やマレイシアにだって、R&Bシンガーはいますよ。

ですが、このRIRIは、違いましたね。イミテイトを超したサムシングがある。
繊細な歌い出しから、一気に歌い上げるダイナミクスの大きな歌唱、
その若さに似合わぬ豊かな表現力が、さまざまな表情をみせ、聴き手を翻弄します。
もちろんそのマナーは、さまざまなアメリカの先達から吸収したものではあっても、
このコ自身の中からあふれ出るパッションが、
まごうことなき、オリジナルの輝きを放っているんですね。
わずか11歳で出場したデイヴィッド・フォスターが主催したオーディションで、
なんとファイナリストに選ばれたという実力は、ケタ違いです。

RIRI I LOVE TO SING.jpg

あまりの衝撃に、昨年出したというデビューEPもあわてて買ってみたんですが、
これまた、爆発せんばかりの歌いっぷりにノックアウトされました。
もう、歌いたくて歌いたくて、歌わずにはおれないといった気持ちが、
アルバム中からほとばしり出ています。
上滑りしてるくらいの感じが、いいじゃないですか。胸に響きますよ。

英語詞も日本語詞も分け隔てのないクリアなディクションで、
身体ごとぶつけてくるような歌いぶりは、歌のスキルを超え、
圧倒的な説得力をもって迫ってきます。
この時で16歳なのかあ。空恐ろしい才能、というより、
むしろこの若さ、デビュー当初だからこその輝きを捉えた、
逸品といえるんじゃないですかね。

このトンデモな才能のナマ声を聴きに、
タワーレコード新宿店のインストア・ライヴに行ってきました。
すんごい。ホンモノだわ、このコ。
リハーサルの歌い出しの第一声で確信しました。
笑顔がチャーミングなことといったら♡♡♡
十代特有の屈折なんて、関係ないって感じ。
MCを聞いていても、女子高生とは思えぬしっかりとしたトークで、
きちんと躾けられたことのわかる言葉づかいに、大好感。

いずれビッグになって、ドーム・クラスのハコで歌うシンガーに成長するはず。
デビュー間もない時期に目前で拝んだことは、将来貴重となるかも。

RIRI 「RUSH」 The Mic-A-Holics Inc. TMAH0002 (2017)
RIRI 「I LOVE TO SING」 The Mic-A-Holics Inc. TMAH0001 (2016)
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ノースウェストのソウル王 アンディ・ストークス

Andy Stokes  FULL CIRCLE.jpg

おぉ、再プレスされたか!
去年の秋にリリースされたアンディ・ストークスの新作EP。

これが極上の内容なんですけど、
リリースまもなくソールド・アウトになってしまい、ずっと入手できず。
日本に入ってきた形跡もなく、
これを欲しがっている黒汁マニアさんも、結構いるんじゃないかしらん。
アマゾンのウィッシュ・リストに入れておいたら、
気付かないうちにオーダー可能になっていて、喜び勇んでポチりました。

ポートランドのファンク・バンド、クーラーの
リード・シンガーとして80年代後半から活躍してきたアンディ・ストークス。
すでにヴェテランの域にあるシンガーで、
「ノースウェストのソウル王」とも称されるこの人、歌えるんですよ。

もろにインディを思わせる、手抜きジャケット・デザインが悲しいんですけれど、
K-Ci&ジョジョやジョニー・ギルを手掛けた
ラルフ “ファントム” ステイシーがプロデュースを務め、
プロダクションにインディの弱みはありません。
流麗なステッパーズ・ナンバーで聞かせるソウルフルなノドなど、
スムースなR&Bサウンドにのせて歌う、黒光りするこの声にヤられます。

あっという間の、7曲25分42秒。
フル・アルバムも期待したくなりますねえ。

Andy Stokes "FULL CIRCLE" New5 no number (2016)
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猟師を称えるヨルバのチャント オグンダレ・フォヤンム

Ogundare Foyanmu  E KU EWU OMO.jpg   Ogundare Foyanmu  VOL.3  IJA ORE MEJI.jpg
Ogundare Foyanmu  VOL.5  IKINI NILE YORUBA.jpg   Ogundare Foyanmu  VOL.7  OMIYALE.jpg
Ogundare Foyanmu  VOL.9  OLODUMARE.jpg   Ogundare Foyanmu  VOL.11  ITANIJI.jpg

オラトゥボシュン・オラダポは、ヨルバ文化に根差した詩人、劇作家であり、
ブロードキャスターや音楽プロデューサーとしても活躍した人。
77年にヨルバの口承芸能専門のレーベル、オラトゥボシュン・レコーズを立ち上げ、
数多くのヨルバの伝統芸能の録音を残してきました。

オラトゥボシュン・レコーズからは、
ダダクアダのオドライェ・アレムのアルバムがまとまってCD化され、
あらためてヨルバの伝統音楽の妙味を堪能しましたけれど、
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2011-05-17
イジャラのオグンダレ・フォヤンムのCDも出ていることを最近知りました。

オグンダレ・フォヤンムは、36年オヨ州オボモショの出身で、
イジャラというのは、ヨルバの猟師の音楽です。
猟師の音楽というと、マリ、ワスル地方の猟師結社ドンソの音楽、
ドンソ・ンゴニが連想されますけれど、
ヨルバのイジャラは火、鉄、戦いの神であるオグンを祀っています。
「オグンダレ」という名前が、オグンへの崇拝を表わしていますね。

猟師の勇気を称えるイジャラのチャントは、
メロディらしいメロディがなく、ほとんど語り物に近いといえます。
トーキング・ドラムが伴奏につくものの、
ダダクアダのように当意即妙なかけあいは聞かれず、
スウィング感たっぷりのリズムもありません。
トーキング・ドラムは、お囃子が追唱する脇で、
控えめに合いの手を入れる程度のもので、ほとんど目立たないんですよね。

正直なところ、ヨルバ語を解さない者には、イジャラの面白味を感じ取るのは難しく、
さすがのヨルバ音楽好きのぼくも、今回入手したオグンダレ・フォヤンムの6タイトルは、
1回聴いただけで、たぶん棚のこやしになりそう。
ずいぶん昔に買った第4集と、ほとんど同じでしたね。
ほかのイジャラのアーティストでは、
アカンビ・アケロヨというすごいダミ声の人のLPを持っていますけれども、
音楽的に楽しむというところまで、なかなか行き着きません。

というわけで、ディープなナイジェリア音楽ファンにも、あまりおすすめはできませんが、
こんなヨルバの口承芸能もあるという、イジャラのご紹介でありました。

Ogundare Foyanmu "E KU EWU OMO" Olatubosun ORCLP90
Ogundare Foyanmu "VOL.3 : IJA ORE MEJI" Olatubosun ORCLP103
Ogundare Foyanmu "VOL.5 : IKINI NILE YORUBA" Olatubosun ORCLP118
Ogundare Foyanmu "VOL.7 : OMIYALE" Olatubosun ORCLP120 (1980)
Ogundare Foyanmu "VOL.9 : OLODUMARE" Olatubosun ORCLP168
Ogundare Foyanmu "VOL.11 : ITANIJI" Olatubosun ORCLP187
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エストニアの祝祭感 トラッド。アタック!

Trad.Aack!  AH!.jpg

トラッド方面は、できるだけ歌の素の味を愉しみたいというキモチが強いので、
トラッド・ロックは苦手です。クラブ・マナーなエレクトロ仕立てとか、
プログレ方面にサウンドが向かうのも、御免こうむりたいですね。
ドラムスが入ると、ヤボったくなると思ってるもんで、
よほどセンスのよい使い方をしていない限り、満足できないんですよ。
昔から、フェアポート・コンベンションすらダメという、
狭い器量の持ち主なもんで、すんません。

で、エストニアのこの3人組。
ロック・バンドと変わらないドラム・セット、かき鳴らし系アクースティック・ギター、
残る女性がバグパイプ、口琴、ソプラノ・サックス、ホイッスルを持ち替えて演奏するという
変則トリオで、そっからして、自分向きじゃないなと思ってたんですが、
意外や意外、面白かったです。

エレクトリックな意匠がないところも個人的嗜好に合いましたけど、
半世紀ほど昔のエストニア女性が歌ったアーカイヴ音源をサンプリングして、
曲を組み立てるというアイディアが面白い。
それらの音源は、エストニアの伝統的な歌い手によるもので、
メンバーのギタリストのお婆さんの録音も使われています。

1曲目のお婆さんが唱えるバター作りの呪文が面白くって、
この曲のヴィデオがYoutubeにもあがっていますけど、とってもユニークな仕上がりです。
ほかにも、治癒のための歌など、
メロディのない呪文めいた語りのサンプル音源を練り込んでは、
ユニークなサウンドづくりをしていて、聴きものです。

北欧的なダークさがなく、解放感のあるダンス・ミュージックが中心で、
リズムが多彩なところにも興味をひかれました。

Trad.Attack! "AH!" Nordic Notes NN068 (2015)
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アラブ式オペラを開拓したアラブ歌劇場のパイオニア サラマ・ヒジャズィ

Salāma Ḥigāzī  PIONEER OF THE ARAB MUSICAL THEATRE.jpg

レバノンのアラブ音楽保存調査財団AMARから新作が届きました。
今回も、アラブの文芸復興運動ナフダが盛り上がった、
19世紀後半から20世紀初頭のエジプトで活躍した歌手の復刻で、
サラマ・ヒジャズィ(1852-1917)の3枚組になります。

エジプト古典歌謡のアーカイヴというと、アラブ近代歌謡の道を拓いた
サイード・ダルウィッシュ(1892-1923)までは容易にさかのぼれても、
それ以前の歌手の録音となると、なかなか耳にすることができず、
かろうじてぼくが長年頼りにしてきたのが、87年にオコラが出した
“ARCHIVES DE LA MUSIQUE ARABE VOL.1” でした。

ARCHIVES DE LA MUSIQUE ARABE VOL.1  Ocora.jpg

これまでAMARが復刻したアブドゥル・ハイ・ヒルミや
ユースフ・アル・マンヤーラウィも、このオコラ盤にはちゃんと収録されていて、
今回のサラマ・ヒジャズィも収録されています。
今あげた3人の単独復刻は、AMARが初ではなく、
90年にクラブ・デュ・ディスク・アラブAAAが出していましたけれど、ぼくは未入手。
AAAのムハンマド・アブドゥル・ワハーブやウム・クルスームあたりは
買いましたけど、それ以前の歌手にまではとても手が回りませんでした。

さて、今回も充実した解説が付いていて、それによるとサラマ・ヒジャズィは、
ムアッジン(コーラン詠み)から世俗歌手に転向した人だということが書かれています。
のちに劇団に歌手として引き抜かれて歌劇と深い関わりを持ち、
エジプトからシリアやチュニジアまで巡業して名声を高め、
歌劇場のパイオニアという役割を担った人だったんですね。

のちにサイード・ダルウィッシュが、
近代歌謡の旗手として短い生涯にもかかわらず名声を残せたのも、
サラマ・ヒジャズィが西洋近代化の波が押し寄せたエジプトで、
歌劇場という場をアラブ古典音楽の実験場として切り拓き、
アラブ式オペラを開拓した前史があったからこそだったんですね。

歌劇場からアラブ大衆歌謡の基礎はスタートして、
のちにレコード、ラジオ、映画というメディアの発達によって、
近代アラブ音楽の黄金時代を迎えることとなるわけですけれど、
そのまさに出発点といえるのが、本作に収録された録音ということになります。

音源は、ドイツのオデオン社によって1905年から1911年にかけて
録音された50枚以上のSPで、組ものの長編の曲も収録されています。
音質はかなり貧弱とはいえ、サラマ・ヒジャズィの歌声は、
アブドゥル・ハイ・ヒルミにも通じるナマナマしさがあり、
ヒジャズィの歌劇を観覧した当時の人々が、
物語のあらすじや俳優の演技よりも、ヒジャズィの歌を聴きに行ったというのも、
なるほどとうなずける、メリスマの技巧も鮮やかな歌声を堪能できます。

Salāma Ḥigāzī "PIONEER OF THE ARAB MUSICAL THEATRE" Arab Music Archiving & Research Foundation P1131193
Muhyiddin Ba Yun, Muhammad Al-Ashiq, Yusuf Al-Manyalawi, Ali Abd Al-Bari, Salama Higazi, Abd Al-Havy Hilmi and others "ARCHIVES DE LA MUSIQUE ARABE VOL.1" Ocora C558678
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