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ジャズ十月革命・2016 梅津和時+原田依幸

生活向上委員会ニューヨーク支部.jpg

うわぁ、‌とうとうCD化されたか。
梅津和時と原田依幸が渡米して、
当時のロフト・ジャズ・シーンの精鋭たちとセッションした、
生活向上委員会ニューヨーク支部。

デザインするという意識がまるでない、いかにも自主制作なジャケットは、
およそ購入意欲のわかないシロモノで、
行きつけのジャズ喫茶で聴けるからいいやと思っているうちに、
そのジャズ喫茶も店じまいして、
すっかり忘却の彼方になってしまいました。40年近く前の大学生だった頃の昔話です。

それ以来、ずっと耳にしていなかったわけですけれど、
冒頭「ストラビザウルス」のホーン・リフがすごく懐かしくって、鳥肌が立っちゃいました。
サン・ラ・アーケストラのトランペッター、アーメッド・アブドゥラーと
梅津のアルト・サックスによるユーモラスなリフに続いて、
集団即興になだれ込んでいくカッコよさは、ぜんぜん古くなってないですねえ。
ラシッド・シナンのドラムスがキレまくりで、これぞフリー・ジャズの醍醐味ですよ。
梅津が作曲したラスト2分弱のニュー・オーリンズ風の陽気なメロディも、楽しいかぎり。

集団疎開.jpg

その後ニューヨークから帰った二人は、集団疎開を新たに結成し、ライヴ盤「その前夜」を、
生活向上委員会ニューヨーク支部同様、コジマ録音から出したんでしたね。
当時ぼくは、コジマ録音とお付き合いがあったので、高円寺の小島さんのおうちで、
この集団疎開のレコードを聞かせてもらった覚えがあります。
当時は「ひどいジャケットだな。
フリー・ジャズっていうより、ビンボくさいフォークみたい」
と思ったもんですけれど、正直これがCD化されるとは予想しませんでしたねえ。

梅津和時+原田依幸 ダンケ.jpg

結局、梅津和時と原田依幸の二人に親しみを覚えながらも、
「ジャケ買い」ならぬ「ジャケ敬遠」をし続けて、
ようやく二人のレコードを初めて買ったのが、81年の「ダンケ」でした。
一緒に買ったのが、宮野弘紀のデビュー作「マンハッタン・スカイライン」だったもんで、
レコード屋のオヤジから
「フリージャズとフュージョンの両方、聴くのかい」と嗤われましたけども。

この頃、二人はすでに生活向上委員会大管弦楽団で、大ブレイクしていました。
その後、それぞれの方向性が変わっていき、二人別々の道を歩むことになったんですね。
ぼくはといえば、どくとる梅津バンドからKIKI BANDと、
もっぱら梅津和時のライヴに足を運んでいましたけれど、
原田依幸のライヴは一度も観たことがありませんでした。

今回30年ぶりに二人が合流し、生活向上委員会東京本部として、
10月5日の京都を皮切りにコンサートを行うという、
ビッグ・ニュースが飛び込んできました。
しかも、ドン・モイエを招いてのトリオ編成だというんだから、これは事件です。
ぼくは早速、最終公演10月10日の高円寺のチケットを確保しました。
カエターノ・ヴェローゾなんぞ観てる場合じゃありませんよ。

かつて原田依幸ユニットで、セシル・テイラーのドラマー、
アンドリュー・シリルと共演した時は、
原田に合わせるだけのシリルが物足りなかったウラミが残っているので、
今回のドン・モイエには、期待したいですねえ。
なんたって、元AECなんだからさあ。
果たして、今回の公演、2016年の「ジャズ十月革命」となるや否や。楽しみです。

生活向上委員会ニューヨーク支部 「SEIKATSU KŌJYŌ IINKAI」 オフ・ノート NON25 (1975)
集団疎開 「その前夜」 デ・チョンボ/ブリッジ BRIDGE049  (1977)
梅津和時+原田依幸 「ダンケ」 P.J.L MTCJ5531 (1981)
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ギネア=ビサウのクレオール・ポップ イヴァ&イチイ

Iva & Ichy  PUTI DE MEL KEBRA PATCH.jpg   Iva & Ichy  PILOTO DI LANTCHA.jpg

前回の記事で、ひさしぶりにギネア=ビサウの男性デュオ、
イヴァ&イチイの名前を見つけて懐かしくなり、
彼らのCDを引っ張り出してきました。

小国ギネア=ビサウのポップスは、熱心なファンの間でも、
せいぜいスーパー・ママ・ジョンボが知られているくらいじゃないでしょうか。
そういえば先日、デビュー当時の未発表録音が発掘されましたね。
あと、思いつく人といえば、日本盤が出た女性歌手の、エネイダ・マルタぐらいなものかな。
ぼくはエネイダ・マルタの声が苦手なので、
どうせ日本盤を出すなら、イヴァ&イチイの方がいいのに、なんて思ってたんですけどね。

エネイダが日本で出たのは、フランスのレーベルから出た
インターナショナル向けの作品だったからで、
日本と契約があるはずもないポルトガルのマイナー・レーベルのアーティストを、
日本で出すのは無理筋でしょうけれどね。
それに日本の音楽関係者で、イヴァ&イチイを知っている人なんていないだろうし。
まぁ、そんなこともあって、知られぬままの存在となっているのがクヤシイので、
『ポップ・アフリカ700/800』には二人の99年作を入れたんですけれども。

ギネア=ビサウといえば、グンベーが盛んなお国柄。
寄せては返す、波のような反復メロディを繰り返すグンベーももちろん歌いますが、
ほかにもマンデ・ポップありルンバありの、
汎アフロ・ポップな幅広いレパートリーが、彼らの魅力なんですね。

コラやバラフォンをフィーチャーしたマンデ・ポップは、地域性ゆえといえそうですけれど、
ズークや、ヴァイオリンをフィーチャーしたビギンまでやるのは、
同じポルトガル語圏のカーボ・ヴェルデからの影響と思われます。
そんな幅広い音楽性を持つ上質のクレオール・ポップを、
ヨーロッパのプロデューサーを介さずして実現するクオリティは、大したもんじゃないでしょうか。

優男ぽいイヴァと、スモーキーなイチイという、ヴォーカルの対比も味があります。
そういえば99年作の方には、ソロ・デビュー前のエネイダ・マルタが参加しているんでした。
謎めいているのはジャケットで、これはいったい、何を意味してるのかなあ。

Iva & Ichy "PUTI DE MEL KEBRA “PATCH”?" Teca Balafon CDBAL007/99 (1999)
Iva & Ichy "PILOTO DI LANTCHA" Teca Balafon CDBAL003/03 (2003)
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ギネア=ビサウのヒップホップ リーマン

Ryhmman  BISSAU.jpg

ギネア=ビサウのラッパーのCDを入手しました。
ギネア=ビサウ? どこ、それ?とか言われそうですけど、
西アフリカはセネガルの南、ギネアの西にある旧ポルトガル領の国ですよ。
初耳という人は、これを機に、地図を開いてみてくださいね。

10年も前のアルバムを、なんで今頃という感じなんですけれど、
なんせPALOP ことポルトガル語公用語アフリカ諸国のCDは、
アンゴラを筆頭に入手が困難で、見つけられただけでも、めっけもの。
旧宗主国ポルトガルのCD市場は小さすぎて、
遠い東洋の国から探すのは、ホント苦労させられます。

ゆいいつPALOPの中でもカーボ・ヴェルデだけは、
ルサフリカ・レーベルの活躍によって、国際的なマーケットに流通していますけれど、
ルサフリカがフランスでなく、ポルトガルのレーベルだったら、成功しなかったでしょうね。
そのうえ、アフリカのヒップホップに関しては、いまやフィジカルはほぼ全滅状態。
ダウンロードのみの現状なので、入手できるCDはひと昔前のものしかないんですね。

で、このラッパー、ポルトガル語だとリーマンと読むのでしょうか。
英語読みなら、いかにもラッパーらしい「ライムマン」。「韻男」ですね。
ギネア=ビサウのクレオール語で何と読むのかはわかりませんが。
プロフィールなど情報がまったくなく、06年に出た本作がデビューEPということがわかったくらいで、
その後フル・アルバムが出たかどうかも、よくわかりません。

EPといっても、全11曲、各曲趣向を凝らした内容で、
ンゴニやバラフォンをフィーチャーしたトラックに始まり、
ハミング合唱や古いフィールド録音を取り入れるなど、
ルーツ色を滲ませた豊かな音楽性を聞かせてくれます。

なかでも、感じ入ってしまったのが、アミルカル・カブラルの肉声が聞けたこと。
ギネア=ビサウ独立の父と称えられるアミルカル・カブラルは、
ギネア=ビサウとカーボ・ヴェルデの独立運動を率いた革命家。
アフリカ独立史に思い入れのある者にとって、カブラルの往年の演説は、感慨深いものがあります。
カブラルは独立達成前に暗殺されてしまいましたが、
若いラッパーがいまもリスペクトしているなんて、ジンとくるじゃないですか。

自分が生まれる前のカブラルの古い録音を引っ張り出してくるだけあって、
哀愁と諦観の漂うトラック・メイクは、若さに似合わぬ熟成を感じさせ、
怒りや悲しみを押し殺したようなラップには説得力があり、フロウにも深みがあります。
大勢のゲストがフィーチャリングされていますけれど、
個人的には、男性デュオのイヴァ&イチイが参加しているのが嬉しかったですね。
知られざるアフリカン・ヒップホップの名作ですよ。

Ryhmman "BISSAU" no label no number (2006)
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歌謡カリンボーのむせかえる大衆味 ドナ・オネッチ

Dona Onete  Banzeiro.jpg

カリンボー婆ちゃん、ドナ・オネッチの新作が届きました。
12年のデビュー作から、4年ぶりとなる2作目。
アマゾン川に浮かぶ船の上でポーズをきめたジャケットからは、
マングローブの匂いが伝わってくるようですね。

前作は、カリンボーの味わいをきちんとキープしつつ、
トリップ・ホップやヒップホップまで取り入れたマルコ・アンドレのプロデュースが鮮やかでしたが、
今作は制作陣を一変、ギターとバンジョーを担当するピオ・ロバートが音楽監督を務めています。

ピオのギターとバンジョーに、ベース、ドラムス、パーカッションのバンドを中心として、
曲によりサックス、フルート、キーボード(オルガン)が加わるという趣向。
よくハネるツー・ビートが痛快なカリンボー・シャメガードをたっぷりと楽しめるところは、
前作と変わりませんが、オルガンをフィーチャーした田舎風のボレーロや、
むせび泣くサックスが場末感を漂わせる歌謡調の曲が、
下世話な大衆味を醸し出していて、今作の聴きものとなっています。

今回も、全曲ドナ・オネッチの自作。
なんせ400曲以上も曲を書きためていると豪語するだけあって、
ダンサブルなカリンボーから歌謡調ボレーロまで、レパートリーは多彩。
ざっくばらんとした歌いっぷりは、いかにも田舎の老婆然としてますけど、
歌い口にはユーモアが溢れ、シャウトもしたりして、元気いっぱいで愉快至極。
曲もポップで親しみやすく、う~ん、才人ですねえ。

前作はイギリスからもリリースされ、評判を呼んだようですけど、
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2015-01-14
今作は前作をも上回る痛快さ。ブラジルのローカル・ポップ、侮れません。

Dona Onete "BANZEIRO" Na Music NAFG0111 (2016)
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ワカの名盤 クイーン・サラワ・アベニ

Queen Salawa Abeni  INDIA WAKA.jpg

ナイジェリアのヨルバ・ミュージックで、女性だけが歌うワカの人気シンガー、
サラワ・アベニの名盤がついにCDされました。
サラワ・アベニがフジのトップ・シンガー、コリントン・アインラとのロマンスで
世間をにぎわせていた頃のアルバムで、長年所属していたレコード会社のリーダーから、
コリントン・アインラの自己レーベル、コリントンに移籍して間もない84年の作です。
これ、ナイジェリア現地でも大ヒットしたんですよね。

本作の何がスゴイって、バックのパーカッション陣の演奏。
コリントン・アインラの黄金時代を支えた最高のパーカッション・アンサンブル、
アフリカン・フジ・78・オーガニゼーションがバックを務めているんだから、
スゴイのも当然なんですけど、親分の時より気合が入っているんじゃないかという、
圧巻の演奏ぶりを聞かせてくれるんです。

リード・トーキング・ドラムの唸る低音が、サラワ・アベニとコーラスの女声に挑むように絡み、
アゴゴやシェケレが、ビートをひたすら疾走させ、猛烈なグルーヴを生み出します。
合間合間に、金属製の響きを加えるパーカッションが音を重ね、
大小さまざまなパーカッションが展開して息つかせぬサウンドは、
まさしく一級品のフジと変わらぬものです。
コリントン・アインラの名作“AUSTERITY MEASURE” を思わすハードエッジな演奏に、
全身の血流が沸き立ちます。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2011-05-13
そして、サラワ・アベニのパワフルなこぶしに、
若々しい女性たちのコーラスが掛け合う輝かしさは、これぞワカの醍醐味でしょう。

サラワ・アベニは、76年にわずか15歳でデビュー作をリリースして世に登場し、
16歳で自己のバンド、ワカ・モダナイザーズを結成。
以来ずっとその名義を使っていますが、同一のメンバーじゃないことは確かですね。
76年のデビュー作から84年まで、リーダーに14枚のアルバムを残しましたけれど、
コリントン移籍後、バックのサウンドが、がらっと変わりましたからね。
ジャケットには、相変わらず「サラワ・アベニ&ハー・ワカ・モダナイザーズ」とありますが、
演奏しているのがアフリカン・フジ・78・オーガニゼーションであることは、一聴瞭然です。

Kubura Alaragbo AdijaTi De.jpg   Kubura Alaragbo Repercussion.jpg

そういえば思い出しましたけど、
サラワ・アベニと人気を二分したクブラ・アララボというシンガーがいて、
クブラのバックはワシウ・アインデ・バリスターのバンドが演奏していたんですよね。
どこにもそんなクレジットはありませんが、聴けばイッパツでわかります。間違いありません。
85年のクブラ・アララボの2作は、
当時上り調子だったワシウの名作と変わらぬサウンドに魅了されたものです。
これもCD化してくれないかなあ。

コリントン・アインラと結婚したサラワ・アベニは、3人の息子(のちに1人は死別)と娘1人をもうけ、
94年までコリントン・レコーズで録音を続けますが、
二人は結婚を解消し、サラワはアラバダへ移籍します。
アラバダ時代にも、94年の“WAKA CARNIVAL” などの快作があり、
CD化もされていますが、なんといっても80年代の諸作をまず聴かなければ、話になりません。
なかでも“INDIAN WAKA” の激しさはサイコーです。
フジの諸作を聴く人でも、ワカの名盤にお気づきでない方もいるようなので、これを機にぜひ。

Alhaja Queen Salawa Abeni and Her Waka Moderniser "INDIAN WAKA" Olumo ORPSCD10 (1984)
[LP] Kubura Alaragbo "ADIJA TI DE" Leader LRCLS50 (1985)
[LP] Alhaja Adijat Kuburat Alaragbo & Her Waka Group "REPERCUSSION" Leader LRCLS53 (1985)
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乞再来日 ウィリアム・ベル

William Bell.jpg

声を聴いただけで、その人の誠実さが伝わってくる、
そんな思いにとらわれてしまうシンガーに、ウィリアム・ベルがいます。
もちろん、じっさいの人柄を知っているわけじゃありません。
でも、歌詞を噛み締めるように丁寧に歌うベルの歌いぶりは、
<誠実>をおいてほかに、うまく当てはまる言葉が見つかりません。

思えばぼくは、ウィリアム・ベルの魅力に、長い間気付けずにいました。
“You Don't Miss Your Water” といった名曲は、十代の時すでに聴いていましたけれど、
オーティス・レディングに夢中になっていた当時は、
シャウトをするわけでなく、ディープな声でもないウィリアム・ベルは、
ぼくにはマイルドすぎて、インパクトが感じられなかったんですね。
サザン・ソウルは、ディープであればあるほど味があるという、
単純な聴き方をしていたために、
ウィリアム・ベルの良さに気付けなかったのは、浅はかと言うほかありませんでした。

アクのなさゆえに、ぼくにとってとっつきが悪い
サザン・ソウル・シンガーだったわけですが、
子持ちとなった30代はじめだったか、
ひさしぶりに聴いたウィリアム・ベルの歌が胸に染みて、
こんな素晴らしいシンガーだったのかと、ようやくその良さに開眼したんでした。
その時あらためて、ソウルフルという言葉が持つ奥深さを、
ウィリアム・ベルから教わったような気がしたものです。

さらに、もうひとつ気付いたのが、曲の良さ。
ソングライターとしての才能にも感じ入りました。
ドラマティックとは無縁のさりげなさや、おやと思わせるコード展開に、
ベルのソングライティングの個性が光ります。

そして、突然届けられた新作の登場。
御年76歳、新曲をひっさげ、復活した名門スタックスからのリリースと聞いて、
これはと期待を寄せましたが、予想を超える素晴らしさでした。
レトロではない、現在の息吹が伝わってくるサザン・ソウルですよ。
軽いミディアムにこそ味わいが溢れ出るベルの歌の良さ、楽曲の良さが全面展開。
演奏も含めその完成度の高さは、ただごとじゃないレベルのアルバムじゃないですか。

いやぁ、こんな歌が聞けると知っていたら、昨年の初来日、足を運ぶべきだったなあ。
あぁ、悔しい。ぜひ再来日を切望します。

William Bell "THIS IS WHERE I LIVE" Stax STX38939-02 (2016)
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アラビック・ロマンス ジャナット

Jannat  BE NAFS EL KALAM.jpg

モロッコのシャバービー・シンガー、ジャナットの4作目にあたる新作が届きました。
3年ぶりの新作も、前作同様ロターナからのリリースです。
なので、お買い求めはお早目に、ですよ。

いつだか、「ロターナだからいつでも買える」なんて言っていた人がいましたけど、
アラブ・ポップスのCD流通状況が一変したことを、ご存知でない方も多いようですね。
いまやロターナの新作をフィジカルで入手するのは、えらく困難となっているのでした。

すべてダウンロード販売にしたいのが、ロターナの本音なんでしょうけれど、
そうもいかずに、しぶしぶフィジカルも作っているというのが、現在の状況。
フィジカルはイニシャルで申し訳程度に作って、それでおしまい。
大スターのヒット作すら、けっして再プレスしようとしないんですからねえ。

わずかばかりプレスされたフィジカルは、アラブの業者同士で争奪戦となっているので、
日本のバイヤーがまとまった数を確保するのだって、たいへんなはず。
オフィス・サンビーニャさんも、苦労してるんじゃないかなあ。

で、ジャナットの新作。
モロッコ出身といっても、ドバイの歌謡コンテストで優勝し、エジプトでデビューしたこともあり、
熱血モロッコをイメージさせる雰囲気はまるでなく、
アイドルぽいかわいらしい声で歌い、こぶしもあまり使わない人です。
イケイケなアップ・テンポより、ミドル/スロウ系のバラード・タイプの曲を中心に歌い、
せつなげな曲にいい味を出すので、ぼくがごひいきにしているシンガー。
あらためて棚を見たら、過去3作全部あったのには苦笑してしまいました。

今作は、珍しく冒頭2曲がアップテンポでスタートし、
打ち込みのうるさい1曲目はぼく好みじゃありませんが、
カーヌーンをフィーチャーしたイントロに始まる3曲目から、ぐっとアダルトな雰囲気に変わります。
これこれ、こういうせつなげなメロディが、やっぱジャナットには似合いますよ。
続く4曲目も柔らかなアクースティック・ギターのイントロに、
アコーディオンもフィーチャーされたロマンティックな曲。
以降すべてバラード・タイプのラヴ・ソングが並び、大満足であります。

Jannat "BE NAFS EL KALAM" Rotana CDROT1946 (2016)
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カリブがジャズを生んだ

Jamaica Jazz 1931-1962.jpg

「ジャズはラテン・アメリカの音楽の一種である」という刺激的なテーゼは、
ラテン、カリブ音楽ファンはもとより、
ポピュラー音楽史に関心を持つ者に、多くの示唆を与えてきました。
ところが、肝心のジャズ・ファンは、
この言葉の意図するところがわかってない人が多いですね。

まず、このテーゼを考えるには、両者の音楽が誕生する以前の、
19世紀末から20世紀初頭の音楽を想起しなければ意味がないんですけれど、
現在のジャズとラテンを前提にして論じるムキが多く、
それでは議論が的外れなものにしかなりません。

ジャズに限った話じゃないですけれども、ひとつのジャンルしか聞かない音楽ファンは、
知識が豊富なようにみえて、黄金時代の録音ばかり根掘り葉掘り聴いて、
SPや蝋管時代の初期録音はまったく聴かない人がほとんど。
それでは、音楽史観のような大局に立ったものの見方や、
イマジネーションを要する歴史観が身につくはずもないですね。

いまでは、ジャズ評論家の油井正一さんが打ち出したように思われがちなこのテーゼですが、
もとはドイツのジャズ評論家アーネスト・ボーネマンが
「ジャズはニューオリンズで誕生したラテン・アメリカ音楽の一種である」と言ったのを、
油井さんがスイングジャーナル誌の連載記事「ジャズの歴史」の中で紹介したもの。
その後、連載が書籍化された名著『ジャズの歴史物語』でも、
アーネスト・ボーネマンの説として丁寧な注釈をしているのに、
なぜか油井説のように流布されているのは、油井さんも天国で苦笑されているだろうな。

そんな名言、「ジャズはラテンの一種」をひさしぶりに思い出したのは、
ブルーノ・ブルムが監修したジャマイカン・ジャズの編集盤の解説に、
より明快に表現したテーゼを読んだからなのでした。

いわく、「ジャズはアフロ=クレオール文化の産物」。
どーです。
「ラテン・アメリカ音楽の一種」なんて曖昧さの残る表現ではなく、
複雑な文化状況のもとで混淆した音楽の本質を、より明快に言い切ってるじゃないですか。

ほかにも、
「アメリカでジャズの揺りかごとなったニュー・オーリンズは、
<クレオールネス>の基点となる最良の見本となった場所」としたうえで、
「ニュー・オーリンズは、カリブの首都だ」とする
アメリカの音楽学者ネッド・サブレットの言葉を引用して、
「ジャズはカリブで生まれた」という見出しをつけています。

う~ん、含蓄のある言葉が並びますねえ。
ここまで言うのなら、さらに一歩踏み込んで、
「カリブがジャズを生んだ」と言いたいですね。どうでしょうか。

V.A. "JAMAICA JAZZ 1931-1962" Frémeaux & Associés FA5636
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オーレスの騎兵 アイッサ・ジェルムーニ

Aissa Djermouni  GENRE CHAOUI.jpg   Aissa Djermouni  LABSSAT LARHAFF.jpg

アルジェリア北東部オーレス山地に暮らすベルベル系民族のシャウイ人の音楽といえば、
近年流行しているスタイフィを耳にできるようになりましたけれど、
スタイフィのルーツであるシャウイの伝統音楽とは、
なかなか出会うチャンスがありませんでした。

シャウイの伝統音楽を聞いてみたいと、強く意識するようになったのは、
フリア・アイシがフランス、ストラスブール出身の5人組
ヒジャーズ・カールと組んで発表した
08年の“CAVALIERS DE L’AURÈS” がきっかけでしたね。
ヒジャーズ・カールの斬新なサウンドで、
シャウイの伝統音楽をモダン化したアルバムでしたが、
そのユニークなサウンドよりも、フリアの強力なこぶし回しに圧倒されました。
こういう激しさこそ、シャウイ民謡独特の個性だと知らされては、
もっとディープなシャウイの伝統音楽を聴きたくなろうというもの。

その後、シャウイの伝統音楽の巨匠で、
アイッサ・ジェルムーニ(1886-1946)という歌手の存在を知りました。
なんでも、アラブ人として初めてフランスでレコーディングを行い、
37年にはパリのミュージック・ホール、
オランピアで公演を果たしたというのだから、たいへんです。
伝説的なエジプトの大歌手ウム・クルスームのオランピア公演より、
30年も前の出来事ですよ。

え~、そんな人がいたのかと、驚かされたんですが、
当時の音源を復刻した単独LPの1枚すらないんですね。
調べてみると、27年にチュニスで初録音、
29年に“Nabda Bismillahi” がヒットとなりマグレブ諸国で大人気を呼び、
パリで35曲以上のレコーディングを残した人だというのに。
LP化すらされていないので、CDだってもちろんなし。

というわけで、すっかりアイッサ・ジェルムーニの名も
忘れかけていたところだったんですが、
アルジェリアから買い付けられてきたCDの中にアイッサの名を見つけ、狂気乱舞。
しかも、2タイトル!
あともう1タイトル出ているそうですけれど、とにもかくにも、ヤッター !!!
装丁は簡素な紙パック・ジャケで、
思わず海賊盤かと疑るムキもありそうですが、とんでもない。
なんとレーベル名は、Edition Ouarda Phone とありますからね。
これ、アイッサがレコーディングを残したレコード会社、Warda-Phone と同じでは。

長年聴きたいと切望してきたシャウイ伝統歌謡を、ついに初体験。
すごい! たっぷりとした声の厚みに、音の圧。
この豊かな声量は、素晴らしいというほかありません。
葦笛ガスバ、片面太鼓ベンディールを伴奏に、
オ レスの山々にとどろく、晴れ晴れとしたな歌声が圧倒的です。

かつてシャウイ人は、「ラヤン・エル・ハイル(騎乗の羊飼い)」と呼ばれたように、
遊牧の民として一日の大半を馬上で過ごしたといいますが、
そんな誇り高きシャウイの騎兵を、ジャケット画が象徴しているかのようです。

Aissa Djermouni "GENRE CHAOUI" Edition Ouarda Phone 3001
Aissa Djermouni "LABSSAT LARHAFF" Edition Ouarda Phone 3002
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7弦ギターとクラリネット アレサンドロ・ペネッシ

Alessandro Penezzi e Alexandre Ribeiro.jpg   Nailor Proveta e Alessandro Penezzi.jpg

レコード/CD棚にしまう時、ショーロのコーナーに入れるか、インストルメンタルに入れるか、
けっこう迷ってしまうブラジルの作品が多くて、頭を悩ませます。
ショーロ以外の器楽ものを、すべてインストルメンタルに整理しているわけではなく、
ジャズ・サンバはボサ・ノーヴァのコーナー、
フレーヴォはノルデスチのコーナーにいちおう分けているので、
インストルメンタルはジャズ系やコンテンポラリー系を整理している感じなんですけどね。

いっそもっと大くくりで全部インストルメンタルにして、分けなきゃいいという考えもあるんですけれど、
なかなかそこまで踏み切れなくって。
ナザレーやジャコーのショーロ古典曲を演奏しているからといっても、
演奏の感覚はショーロではなく、まるでジャズだというのもあるし、
オリジナル曲をエレクトリックぎんぎんのロック調でやっていても、
ショーロを下敷きとしたメロディで、アドリブもショーロ・マナーというアルバムもあります。

なので、曲のレパートリーや楽器編成、サウンドとかに左右されず、
あくまでも音楽の内容次第で分けることにしているので、
同じアーティストでも、ショーロのコーナーに入っていたり、
インストルメンタルに入っていたりと、バラバラになっています。
アミルトン・ジ・オランダがそのいい例ですね。

その点、今回手に入れた7弦ギタリスト、アレサンドロ・ペネッシの諸作は、
迷うことなくショーロに入れられる作品。
いずれもクラリネット奏者とのデュオ作品で、ひとりはアレシャンドリ・リベイロ、
もう一人はアルト・サックスとソプラノ・サックスも吹くナイロール・プロヴェッタとの共演作です。

色気たっぷりな吹きっぷりのアレシャンドリに、甘く優しい音色のナイロールという、
両者それぞれの個性の違いが楽しめて、どちらも魅力あふれるアルバムとなっています。
アレシャンドリとの共演作では、もう1枚スタジオ作も入手しましたけど、
オランダ、アムステルダムのライヴ盤の方が、よりプレイが緊密で、スリリングですよ。

Alessandro Penezzi e Alexandre Ribeiro "AO VIVO NA BIMHUS" Capucho Produções no number (2012)
Nailor Proveta e Alessandro Penezzi "VELHA AMIZADE" Capucho Produções ProNezzi01 (2015)
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猫カフェ トニーニョ・フェラグッチ

Toninho Ferragutti Quinteto.jpg

これぞブラジル人にしかできないジャズ、ブラジリアン・ジャズここにあり、ですね。
ドミンギーニョス亡きあとのブラジルを代表するサンフォーナ(アコーディオン)奏者
トニーニョ・フェラグッチの新作。

トニーニョ・フェラグッチは、サンパウロ出身ながら北東部や南部の地方音楽にも精通し、
MPB、クラシック、ジャズと八面六臂の活躍をしているミュージシャン。
この新作でソロ10作目を数えるそうですが、
これまでもヴィオラ・カイピーラとの共演やチェンバー・ミュージックなど、
さまざまな音楽に挑戦して、意欲的な作品を作り続けています。

ジャズ・サイドでは、マリア・シュナイダー・オーケストラとの共演歴があり、
本作の作編曲にも、マリア・シュナイダーの影響がうかがわれます。
豊かな色彩感のあるソングライティングと、
アンサンブルを重視したソロとアンサンブルのスムーズなアレンジは、
マリア・シュナイダーのオーケストレーションと強い親和性を感じさせるものでしょう。

作曲はすべてトニーニョ。
いきなり冒頭がクレズマーなのに驚かされましたけれど、
フォローあり、フレーヴォあり、マラカトゥあり、サンバ・カンソーンありと、
多彩なブラジルのリズムに加えて、ワルツやタンゴ、
アラブ風のメロディの飛び出す曲もあり、実にカラフルなアルバムとなっています。

トニーニョのアコーディオンに、サックス、ギター、ベース、ドラムスのキンテート編成で、
トニーニョが蓄積してきた音楽性が、縦横無尽に発揮された快作。
アミルトン・ジ・オランダ・キンテートと肩を並べる、
現代ブラジリアン・ジャズの傑出したグループですね。

Toninho Ferragutti Quinteto "A GATA CAFÉ" Borandá 5.071.350 (2016)
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カムバックしていたボサ・ノーヴァのヴェテラン セルジオ・アウグスト

Sergio Augusto  SAKURA.jpg

セルジオ・アウグストが7月に来日してたんですって!?
へー、知らなかったなあ。
去年も日本のボサ・ノーヴァ歌手のゲストとして友情出演したらしく、
2年連続で日本に来てたなんて、ますますオドロキ。

サンパウロを代表するボサ・ノーヴァのシンガー・ソングライター、
セルジオ・アウグストは、名曲“Barquinho Diferente” の作者として有名ですけれど、
ソロ作は65年にコンチネンタルから1枚出しただけの人、と思ってたら、
21世紀に入ってカムバックし、アルバム制作を再開してたんですね。
これまた、ぜんぜん気付いてませんでした。

で、来日の折にご本人が持ってきたという、自主制作の新作CDを聴くことができました。
ライヴ会場で手売りしているCD-R作品です。
タイトル曲の「サクラ」は、昨年日本に遊びにやってきた折に
友情出演した日本人歌手との共作で、このほか「アリガト、トーキョー」なんて曲も作っていたり、
なんと唱歌の「故郷」をボサ・アレンジで聞かせていて、すっかり日本びいきになったみたい。

折り目正しく歌うところは昔のままで、円熟したという感じはあまりなく、
ぜんぜん年を取っていないっていう印象の歌声ですね。
今年の5~7月にサンパウロでレコーディングしていますが、
現在はアメリカのデンバーに暮らしているそうで、奥さんがアメリカ人なんだそう。

そのせいなのか、名だたるブラジルのディスコグラフィーに、
セルジオ・アウグストの記載がないという本国の過小評価ぶりは、あんまりだよなあ。
ぼくもカムバックをずっと気付かなかったのを反省して、
06年に出ていた“TUDO QUE ARDE, CURA” を早速オーダーしました。

Sergio Augusto "SAKURA" Presto Music no number (2016)
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クロンチョン発祥の地から オルケス・クロンチョン・カフリーニョ・トゥグー

Orkes Keroncong Cafrinho Tugu  KERONCONG DE TUGU.jpg

クロンチョン発祥の地トゥグーの名を楽団名に戴いた、由緒正しきクロンチョン楽団、
オルケス・クロンチョン・カフリーニョ・トゥグーの13年の新作。
ようやく1年越しで入手できました。

この楽団の録音を、初めてCDに収録したのが、
オーディブックの『クロンチョン入門』だったこと、覚えてます?
もうずいぶん昔の話になりますけど、TV番組にも登場しましたよね。
中村とうようさんがガイド役を務めた、毎日放送のTV番組
「音楽の旅はるかⅡ 第32回 港ジャカルタ、歌300年」(85年5月12日放映)です。
この時とうようさんが、小型レコーダーで録音した2曲を含む3曲が、
オーディブックに収録されたんですね。

クロンチョン入門.jpg   Orkes Keroncong Cafrinho - Tugu  ORKES KERONCONG CAFRINHO - TUGU.jpg

この3曲で聞けるリズムが、クロンチョンの特徴といわれる、
2台のクロンチョン・ギターがオン・オフで鳴らす「さざ波ビート」ではなく、
2台が同時にダウン・ストロークでリズムを刻む「ジャスト・ビート」だったのは意外でした。
これがトゥグーのクロンチョンの特徴なのだろうかと、不思議に思ったんですが、
このあとしばらく経って、オランダから出た彼らの単独CDに収録された
オーディブック収録の「クロンチョン・モリツコ」と同曲の“Kr. Moresco” では
さざ波ビートになっているので、あの3曲のリズム感はナゾなまま。

オーディブックの解説には、
「このバンドは正式にはオルケス・クロンチョン・プサカ・1661・モレスコ・トゥグー
Orkes Kroncong Pusaka 1661 Moresco Tugu という。
プサカとは遺産とか先祖伝来の家宝といった意味、
1661はトゥグー集落が生まれた年を表わす。
もちろん1661年以来バンドが続いて来たとは考えられない。
コーンハウザー女史の調べでは1935年以来ヤコブス・クィーコJacobus Quiko が
バンド・リーダーをつとめて来たとのことであるが、
ヤコブスがバンドを結成したのではなくそれ以前からバンドは存在したものと思われる」とあります。

今回の新作には、“Orkes Poesaka Krontjong Moresco Toegoe - ANNO 1661” という
旧楽団名が記載されていて、オーディブックのとうようさんの解説とは少し表記が違うんですが、
「モレスコ」というワードが目を引きますね。
現在のバンド名には「カフリーニョ」が銘打たれているなど、
イベリア半島で育まれたアラブ系文化の名残であるキーワードが並ぶところに、
クロンチョンのルーツがはっきりと刻印されています。
1661年トゥグーに居留したのは、ポルトガル白人ばかりでなく、
アラブ系、インド系、マレイ系さまざまなメスティーソたちだったということです。

少しこの楽団について調べてみたら、創立は1925年とのこと。
初代リーダーはヨゼフ・クイーコで、その後ヨゼフの弟のヤコブスがリーダーを継ぎ、
78年にヨゼフの息子サムエルに、リーダーを交替しています。
95年作のCDの表紙に写っているのがサムエルですね。
そして、2006年にグイード・クイーコが4代目のリーダーとして就任し、
新作のジャケット表紙にもそれが記載されています。

録音が良いせいか、95年作以上に爽やかなアルバムとなっていて、
風薫る初夏の若葉が目に眩しいような、すがすがしさに溢れています。
グマ・ナダ・プルティウィ制作のいかにもプロのお仕事といったクロンチョン作品と違って、
アマチュアリズムの良さを感じさせます。
冒頭1曲目は、95年作でも演奏されていたグイード作のハワイアン。
95年作では、ナポリ民謡の「サンタ・ルチア」を歌っていましたけれど、
こんな自然体の雑食性こそに、クロンチョンを生んだ文化混淆の深みが滲み出ていますね。

Orkes Keroncong Cafrinho Tugu "KERONCONG DE TUGU" Citra Suara CSS8133 (2013)
V.A. 「クロンチョン入門」 オーディブック AB06 (1990)
Orkes Keroncong Cafrinho - Tugu "ORKES KERONCONG CAFRINHO - TUGU" Sam Sam Music CDHL04041 (1995)
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ツァピキ日本初上陸 ダミリ

20160830_Damily.jpg

マダガスカル南西部トゥリアラ地方が生んだツァピキが、ついに日本初上陸。
ツァピキといえば、亀井岳監督の映画『ギターマダガスカル』に
超絶ギタリストのテタが登場したのが記憶に新しいところですけど、
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2011-11-21
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2014-10-22
今年のスキヤキ・ミーツ・ザ・ワールドにダミリが招かれて、
ついに生のツァピキを体験をすることができました。

20160830 Damily SikiyakiTokyo.jpg

いやあ、サイコーのダンス・ミュージックでしたねえ。
土埃舞うマダガスカルの風景をホーフツとさせる、田舎くささがタマりませんでした。
普段着姿のメンバーが、ばらばらとステージに現れると、
ヴォーカリストのおっさんがかけ声イッパツ、すごい声量でパワフルに歌い出して、
観客をリズムの渦に、いきなり巻き込んでいきます。
CDで聴いたとおりの、せわしないハチロクのビートが疾走して、
ノッケから客を煽ること煽ること。気持ちよく踊らせてくれましたよ。

現地のライヴでお約束の拡声器も、ちゃんとマダガスカルから運んできていて、
ダミリのギターを拡声器につないで、音を出していました。
拡声器がトレードマークになっていることは、
ダミリのデビュー作と2作目のCDジャケットでおなじみですね。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2011-06-28
さすがに日本ではPA装置がしっかりしているので、サウンドはクリーンでしたけど、
現地では音が割れたり歪んだりして、
それがかえって野性味たっぷりの、トランシーなサウンドになるんですよねえ。

外国人相手にステージを演出するようなところもまったくなく、
現地で演奏するのとなんら変わらないパフォーマンスをしてくれたところが良かったですね。
男女のメンバーがア・カペラで歌っている脇で、
ダミリがお構いなしにギターのチューニングをやったりして、
うわはははは、自由だなー。

写真の風貌から、ダミリは野人ぽい人なのかと思えば、
ステージ終了後に会ったら、とても控えめで物静かな人だったのは意外でした。
ジャケットにサインをしてもらうと、「ツァピキ」「トゥリアラ」と書き添えるので、
「ツァピカ? ツァピキ? ツァピク?」と念のため確かめてみると、
やはり「ツァピキ」と発音していました。

ドラムスとベースのコンビネーションにも、目を見張りましたね。
片一方がステデイにリズムをキープして、もう一方が自由奔放に演奏するんですけれど、
曲中でその役割を何度も交替しながら演奏するところが、超絶面白かった。
すごくフレキシブルなんですよね、リズム処理が。
ンバクァンガに代表される、南ア音楽の影響を色濃く感じさせるリズム隊でありました。

あっという間の45分。
さっと登場して演奏し始めたかと思えば、ステージを去る時もあっという間で、
え? もう終わりなの? と腰が砕けちゃいました。もっともっと聴きたかったなあ。

Damily "VERY AOMBY" Hélico HWB64126 (2015)
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南ア・ジャズ<黄金時代>と<暗黒時代>の写真集2冊

Jazz, Blues & Swing.jpg

写真好きの人なら、ジャズ・ミュージシャンを撮った写真集といえば、
エルスケン、ウィリアム・クラクストン、ハーマン・レナードといった写真家が思い浮かぶはず。
日本人なら、大倉舜二、中平穂積、阿部克自の写真集が良く知られていますよね。
それでは、南ア・ジャズの写真集はどうかというと、知る人は少ないんじゃないでしょうか。

で、ちょっと話題に取り上げたくなったのが、21世紀に入って出版された2冊の写真集。
1冊目は、南アの黒人向け雑誌「ドラム」の写真で有名な、ジュルゲン・シャーデバーグの
“JAZZ, BLUES & SWING: SIX DECADES OF MUSIC IN SOUTH AFRICA” です。
31年にベルリンで生まれ、50年に南アへ移住したシャーデバーグは、
「ドラム」専属の写真家として、数々の名作をものにした人。
この写真集には、50年代南ア・ジャズ黄金時代を飾った
数々の音楽家や歌手がずらりと並んでいて、壮観です。

THE FINEST PHOTOS FROM THE OLD DRUM.jpg

ぼくがジュルゲン・シャーデバーグを知ったのは、雑誌「ドラム」の名フォトを編纂した写真集
“THE FINEST PHOTOS FROM THE OLD DRUM” がきっかけでした。
激動の時代を切り取った写真には、圧倒的な説得力があり、スゴいとしか言えません。
鋭いドキュメンタリー性と、高い美意識を湛えた抒情性のある写真は、
濱谷浩の作風に通じるところがあって、すぐにファンとなったものです。

シャーデバーグは、50年代南ア・ジャズの黄金時代をもドキュメントしたわけですが、
女性歌手ドリー・ラテベの水着姿を撮った写真で
背徳法違反の罪に問われ、逮捕されてしまいます。
そして、59年にドラムを辞め、フリーの写真家となりますが、
64年には南アを去ることを余儀なくされ、ロンドンへ渡りました。
その後スペインへ移り住み、84年になってようやく南アへ帰還しています。

Keeping Time.jpg

さて、もう1冊は、南ア・ジャズのレコード・コレクター、クリス・アルバーティンが、
イアン・ブルース・ハントリー撮影の写真とレコーディング記録を編纂した写真集です。
こちらは、ジュルゲン・シャーデバーグが南アを去った後の64~74年、
アパルトヘイトの激しい弾圧にさらされた南ア・ジャズ暗黒時代に撮影されています。
これまでほとんど情報がなかった時期の写真だけに、とても貴重なものです。

この当時、南ア・ジャズの主要な音楽家たちは、こぞって国外に亡命してしまい、
アパルトヘイト下で活動が厳しく制限されていた現地の様子は、
海外からはほとんどうかがい知ることができませんでした。
大物たちが去った後の苦難の時代のミュージシャンたちの様子とともに、
イアン・ブルース・ハントリーが録音したマスターテープのディスコグラフィーなど、
テキストも一級品の資料となっています。
正直、写真のクオリティは、ファイン・アートともいえる
ジュルゲン・シャーデバーグには見劣りしますが、
南ア・ジャズ・ファンには垂涎の写真集といえます。

[Book] Jurgen Schadeberg "JAZZ, BLUES & SWING: SIX DECADES OF MUSIC IN SOUTH AFRICA" David Philip (2007)
[Book] Jurgen Schadeberg "THE FINEST PHOTOS FROM THE OLD DRUM" Bailey's African Photo Archives (1987)
[Book] Chris Albertyn "KEEPING TIME 1964-1974 : THE PHOTOGRAPHS AND CAPE TOWN JAZZ RECORDINGS OF IAN BRUCE HUNTLEY" Chris Albertyn & Associates CC (2013)
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