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エチオピア=ジャマイカ=ヨーロッパ・トライアングルの新たな夜明け ブラック・フラワー

Black Flower ABYSSINIA AFTERLIFE.jpg

ベルギーって、面白いバンドが出てくるなあ。
ムラトゥ・アスタトゥケのエチオ・ジャズにインスパイアされたバンドの登場です。
ブラック・フラワーは、サックス兼フルート奏者のナタン・ダムスをリーダーに、
コルネット兼アルト・ホルン、ドラムス、ベース、キーボードの5人組。
一昨年に出ていた本作がデビュー作だそうです。

エチオ・ジャズをベースに、アフロビートにグナーワなどもミックスしていて、
同じベルギー出身のシンク・オヴ・ワンにも通じる音楽性を聞かせます。
じっさいコルネットのジョン・バードソングは、シンク・オヴ・ワンでプレイしていたことがあるとのこと。
メンバーの来歴を見ると、このバンドの音楽性がよくわかります。

リーダーのナタン・ダムスとベースのフィリップ・ヴァンデブリルは、
アントワープ・ジプシー・スカ・オーケストラの出身で、ベースのフィリップは、
コチャニ・オルケスタルやマルコ・マルコヴィッチのほか、リー・ペリーとも共演歴があるとのこと。
シモン・セゲルスは、マーク・リボーと共演歴があるジャズ・ロック・ドラマーで、
ゲスト参加のギターのスモーキー・ホーメルは、ベックやトム・ウェイツのバックを務めた人です。

象のいななきを模したアルト・ホルンが咆哮するサイケデリックなトラックから、
エチオピア正教会のスピリチュアルな雰囲気を醸し出す静謐なトラックまで、
適度にラフでダイナミクスを活かしたミックスによって、ヌケのいいサウンドが繰り広げられます。

ラストのナタンがサックスとメロディカを持ち替えて吹くタイトル曲では、
ムラトゥ・アスタトゥケのエチオ・ジャズとオーガスタス・パブロのダブが交叉する、
ミスティックなオリエンタル・ムードがいっぱい。
アビシニアを夢見たラスタファリアンという構図を、
ヨーロッパの視点から再構築したとでもいうべき演奏じゃないでしょうか。
エチオピア=ジャマイカ=ヨーロッパ・トライアングルの新たな夜明けと呼びたい、
秀逸なトラックです。

Black Flower "ABYSSINIA AFTERLIFE" Zephyrus ZEP020 (2014)
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アメリカーナ・エレクトロニック・ジャズ ジャーメイオ・ブラウン

Jaimeo Brown Transcendence  WORK SONGS.jpg

アラン・ローマックスがミシシッピの刑務所パーチマン・ファームで録音した、
囚人たちのワーク・ソングをサンプルしたトラックから始まるアルバム。
ほかにも、ヴァージニアで録られたワーク・ソングをサンプルしたトラックもあり、
タイトルが示すとおり、新たなるスピリチュアル・ジャズの誕生を予感させる作品です。

ジャーメイオ・ブラウンというこの若手ドラマー、これが2作目ということで、
てっきり黒人とばかり思ったんですが、実は白人なんですね、これが。
う~む、これが現在のアメリカのフトコロの深さといえるのかもしれないなあ。
むしろ黒人だと思いこんだぼくの方が、
ポリティカリー・コレクト的にNGな発想というか、視野狭窄でありました。

ポリティカリー・コレクトネスといえば、その行き過ぎが招いた揺り戻しが、
ドナルド・トランプの登場を招いたようにも思えて、暗澹たる気分になりますけれど、
こういう白人が登場したことは希望の光で、アメリカの健全さの一面を見る思いがしますね。

そして、この作品、コンセプト・アルバムにありがちな敷居の高さや、
かつてのスピリチュアル・ジャズにあった、観念的なところがないのもいいですね。
ジャズ、ブルース、ロック、ヒップホップ、エレクトロニクスを横断したサウンドは、
エネルギーに満ちながらも、今の若手ジャズ世代らしいスムーズさがあります。
フリー/コンテンポラリーな手さばきも成熟したということなんでしょうか、
JD・アレン、ジャリール・ショウ、ビッグ・ユキという
骨太な若手ジャズ実力派を揃え、コンセプトによく応えたプレイを繰り広げます。

さらにこの作品の面白さは、黒人労働歌ばかりでなく、日本の仕事唄まで取り上げたこと。
4曲目に山形県民謡の「紅花摘み唄」を、
10曲目に岡山県北木島の作業唄「北木島石切唄」をサンプルしています。
ちなみに、どちらも音源の出所は、スミソニアン・フォークウエイズ盤の
“TRADITIONAL FOLK SONGS OF JAPAN” FW04534 (61)とのこと。

ブラック・スピリチュアルに通じるブルージーな曲に次いで、
いきなりオリエンタルなこぶしが出てくるのには、最初驚かされましたが、
ワーク・ソングのテーマを広く捉えてアジアにまで視座を伸ばし、
柔軟なディレクションを施したその手腕は鮮やかです。
アメリカーナ・エレクトロニック・ジャズとでも呼びたい、
見事なコンセプチュアル・アルバムです。

ちなみに本作のレーベル、マリのアワ・サンゴを出していたところと同じですね。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2014-12-29
ニューヨークのこのレーベル、ちょっと注目したくなりました。

Jaimeo Brown Transcendence "WORK SONGS" Motéma MTACD191 (2016)
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お悔やみ パパ・ウェンバ

1986 パパ・ウェンバ パンフレット.jpg   Papa Wemba TIP001.jpg

「コンゴのシンガー、パパ・ウェンバ死す」。
4月24日、BBCニュースが流した第一報に、えっ!とびっくりして、
あわててネットで情報を探すと、ウェンバがステージで倒れた時の映像が上がっていて、
雷に打たれるような衝撃をおぼえました。

アビジャンで開催されていた、マヌアボ・ミュージック・フェスティヴァルでのステージ。
4曲目が始まったところだったといいます。
まさかステージで倒れて、そのまま逝ってしまうなんて。
プリンスの急死で世界に衝撃が走った矢先、まさかの出来事に、ちょっと茫然自失です。

享年66。
芸能者として、サップールとして、貫きとおした人生といえるのかもしれません。
劇的すぎるその死もまた、ウェンバにとってみれば幸せな最期だったのでしょう。
でも、それを見届けなければならないファンにとっては、
本当にキツイできごとです。

悲しい、なんて言葉ではとても足りない。
とてつもない虚脱感に襲われます。
飛び込んできた訃報を咀嚼することができず、
「カンベンしてくれ」と、正直つぶやいていました。

しばらくして我に返って頭に思い浮かんだのは、
そうか、それじゃ、あの“MAITRE D’ECOLE” が遺作になったのかということ。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2014-08-09
ラスト・アルバムは、ウェンバもすばらしい作品を残せたんですねえ。
不出来な作品が続いた晩年の最後に、パッとひと花咲かせるとは、
ナイジェリアのシキル・アインデ・バリスターと同じになったなあ。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2011-01-15

03年ウェンバ逮捕の前後は、バラツキの激しい粗い作りのアルバムが続き、
もうウェンバもダメかと思ったものでした。
世紀を越えたあたりから、ウェンバの顔付きがどんどん悪くなり、
ホントにマフィアのような悪党面になっていくのが正視に絶えず、
CDを買う気が削がれたものです。これ、音楽家の顔じゃないだろうって。

ウェンバ逮捕のニュースに、裏ビジネスに顔突っ込んでいたのが、
単なるウワサじゃなかったことを知り、正直、音楽家として終わったなと思いました。
だから余計に、自然体で作った“MAITRE D’ECOLE” のポップな大人のルンバ・ロックには、
ウェンバの復活と新境地を実感させ、嬉しかったんですよ。それなのにねえ。

思い起こすのは、86年5月に初来日した時のカンゲキです。
武蔵野市民文化会館のコンサートもさることながら、
コンサートに先立って吉祥寺東急百貨店の屋上で開かれた、
来日歓迎パーティでのウェンバのニカッとした笑顔が、今も忘れられませんよ。
あの時の青空、今もくっきりと瞼に浮かびます。

さらば、ウェンバ。

[コンサート・パンフレット] パパ・ウェンバ&ビバ・ラ・ムジカ 初来日公演86 武蔵野文化事業団
[LP] Papa Wemba Et L’Orchestre Viva La Musica "LE JEUNE PREMIER" TIP TIP001
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O・K・ジャズの詩人、健在 シマロ

Lutumba Simaro  ENCORE & TOUJOURS VOL.1.jpg   Lutumba Simaro  ENCORE & TOUJOURS VOL.2.jpg

O・K・ジャズで目立たないリズム・ギターを弾く一方で、
名作曲家として重要な屋台骨の役割を果たした御大シマロの新作。
13年にリリースされたものの、なかなか日本に入ってこなかったんですよね。
2枚組セット仕様のものもあるようですが、ぼくが手に入れたのはバラの2枚。

シマロっていくつになったんだっけと調べたら、生年が38年とあるから、
アルバム・リリース時、75歳か。
もうお爺ちゃんなわけですけれど、ジャケットはキメてますよねえ。
サップールを生むお国柄だから、やっぱオシャレだなあ。
思えばウェンドだって、晩年まで黒のスーツでびしっとキメてたもんなあ。
ギターを持った裏ジャケットは、リラックスした普段着姿で、
「詩人」と称されたシマロの職人ぽい雰囲気がよく表れています。

前作(だと思う)の08年作“SALLE D'ATTENTE” では、パパ・ウェンバ、ンビリア・ベル、
ジョスキー、フェレ・ゴラなど大物ゲストを多数招いていましたけれど、
今作のジャケットには何も書かれていないところをみると、今回はゲストはなしでしょうか。

ンドンボロ以降の、キディバだかコインビコだかなんだか知りませんけど、
徹頭徹尾ダンス仕様となったサウンドに食傷気味の当方としては、
バナOKのゆるやかにスウィングするリズム感は極上です。
シマロの美しいメロディを引き立てるヴォーカルとコーラスも申し分なく、
天国に連れて行ってもらえますよ。
ルンバ・コンゴレーズのこの味は、永遠不滅ですね。

サウンドも単なる昔の再現ではなく、うっすらとシンセをカクシ味に使うなど、
現代性を感じさせるプロダクションとなっていて、デリケイトに制作されているのを感じます。
両CDともラストは、ピアノをメインにゆったりとしたアクースティックなルンバで、
女性歌手に歌わせた趣向もとてもいい感じじゃないですか。

O・K・ジャズの詩人、健在なりですね。

Lutumba Simaro & Bana OK "ENCORE & TOUJOURS VOL.1" Diego Music no number (2013)
Lutumba Simaro & Bana OK "ENCORE & TOUJOURS VOL.2" Diego Music no number (2013)
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デザート・ブルース・ギター・アルバム ボンビーノ

Bombino  AZEL.jpg

ここ数か月ボニー・レイットの新作を、ず~っと愛聴しているんですけど、
ブログの記事を書きそびれてしまって、ちょっと後悔してます。
基本このブログには、気に入ったCDを必ず書き残すようにしているんだけど、
書くタイミングを逃しちゃうことも、たまに起こるんですよね。

おぉ、これはいい!っていう、出会い頭のイキオイですぐ書かないと、
ヘヴィー・ローテションとなったあとでは、熱が冷めちゃうんですよ。
ここのところ良作目白押しの豊作状態が続いているせいか、
書いておきたい作品がイッパイで、取りこぼしてしまうのも、中にはあります。
まぁ、ボニー・レイットほどの大物なら、
なにもぼくが書かんでも、いくらでも書くべき人が他にいますしね。
そのかわり、ぼくが書かなきゃ誰も取り上げそうにないアルバムは、
どうしたって優先したくなるのが、人情ってもんです。

で、ニジェールのデザート・ブルース・ギタリストのボンビーノ。
来日もしたからすでに日本ではお馴染みの人だし、そこそこファンもいるはずなのに、
新作が出たのに、ちっとも話題になっていないように思えるのは、気のせい?
前作も前々作も記事にしたから、今回はもういいかなんて横着気分でいたんですけど、
なんだか心配になって、取り上げることにしました。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2013-05-10
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2011-03-30

アメリカのレーベルと契約して3作目となる今作、
クンバンチャ、ノンサッチと渡り歩いてきたわけですけれど、
今回は、ブルックリンのパルチザンからのリリース。
メジャーではないけれど、しっかりとしたポリシーのあるレーベルを選んでいて、
ボンビーノはいいキャリアを積んでいますね。

クンバンチャではロン・ワイマン、ノンサッチではダン・オーバックが
プロデュースを引き受けていましたが、今回は、ダーティー・プロジェクターズの中心人物、
デイヴ・ロングストレスをプロデューサーに、デイヴィッド・レンチをミキサーに迎えて、
ウッドストックでレコーディングをしています。

一聴すごく整理された印象で、
広くロック・ファンにアピールするギター・アルバムとなりましたね。
はっきりいってボンビーノのヴォーカルは弱いし、ブルージな味わいにも乏しい人なので、
軽快なギターの魅力を全面展開して、もっとロックぽくしちゃえばいいのにと思っていたら、
そのとおりのアルバムとなっていたのでした。

ローファイなサウンドで、ヴォーカルの弱さをカヴァーしていた前作に対し、
今回はクリーンなサウンドにするかわり、ヴォーカルにハーモニーを付けて補強しています。
そのうえでヴォーカル・パートを引っ込めたミックスにして、
ギターを前面に押し出したギター・アルバムに仕上げたのが成功しています。

どの曲も、ツカミのあるギター・リフやブレイクに耳を奪われ、はっきりいって、歌は添え物。
しゃきっとしたリズム・セクションに、キレのいいギターがよく映えます。
フレージングにムダがなく、弾きっぷりも確信に満ちていますよ。
各曲とも短いエンディングで、バチッと終わるところなど、絶好調の証じゃないですかね。
ともすると、ダラダラとしたジャム・バンド的な演奏になりがちなデザート・ブルースですけれど、
このアルバムにはそういう場面は、いっさい出てきません。

ボンビーノの曲作りもうまくなって、起伏のある曲が書けるようになり、
ギター・リフやブレイクを浮き立たせる曲の構成やアレンジが巧みになりました。
エレクトリックとアクースティックの曲の使い分けも良く、
新たに、タルティットの女性歌手をバック・ヴォーカルに起用したのも大正解。
女声のウルレーションが加わると、サハラのムードがぐっと盛り上がり、華やかになりますね。

これで売れなきゃウソでしょと、思わず応援したくて、ここまで書きつらねてみたら、
なんとこの新作、ちゃんとユニバーサルから日本盤が出るとのこと。なんだぁ。
やれやれひと安心。ロック・ファンも、ぜひ聞いてみてね。

Bombino "AZEL" Partisan PTKF2135-2 (2016)
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ディアスポラのサハラウィ アシサ・ブラヒム

Aziza Brahim  ABBAR EL HAMADA.jpg

西サハラのシンガー・ソングライター、アシサ・ブラヒムの新作。
地味なアルバムなんですけれど、聴けば聴くほどに引き込まれるんですよ、これが。
特に歌がうまいわけでもないのに、すうっと心に入り込んでくる歌声で、
何回か聴くうち、すっかり手放せなくなってしまいました。

デビュー作のしわがれ声に比べると、落ち着きのある和らいだ声に変わって、
歌いぶりも、以前より穏やかになったのを感じます。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2012-07-30
多くの歌が寂寥感に溢れ、淡々と歌っていることで、
かえって乾いた哀しみの情感が、強く伝わってきます。

全曲アシサの自作で、ライナーの歌詞を読んであらためて認識させられるのは、
彼女がディアスポラだという厳然たる事実です。
ラヴ・ソングなんて、1曲もありません。
アルバムすべてが、望郷の歌で埋め尽くされているんですね。

サウンドの方も、デビュー作にあった無理に接ぎ木したような部分がなくなり、
よくブレンドされた汎西アフリカ的サウンドに進化しました。
ベンベヤ・ジャズが活躍していた頃の70年代ギネア音楽を思わせる曲想など、グッときますよ。

今回ラティーナ編集部からメール・インタヴューの機会をいただき、
以前の記事に書いた疑問も氷解しました(←それが何かは、『ラティーナ』を読んでね)。
あわせて、前作のオルター・ポップ盤、新作のライス盤ともに、
「アジザ」というカナ読みをしているのが、ナットクいかなかったんですけれど、
それが間違いということもわかって、やっとスッキリ。

Aziza Brahim なんて、明らかにアラブ系ではない西洋風の名前なんだから、
z の発音は、スペイン語読みで s になるはず。
ぼくがこれまで「アシサ」と書いていたのは、間違いでなかったわけです。
というわけで、関係者のみなさま、訂正をよろしくお願いします。

インタビューのなかで印象的だったのは、影響を受けた歌手というぼくの質問に、
アフリカ音楽では誰々、アラブ音楽では誰々と答えていて、
アラブ音楽としてモーリタニアのディミ・ミント・アッバを挙げていたこと。
たしかに、ムーア人はアラビア語を話し、モーリタニアはアラブ世界に属すので、
ディミ・ミント・アッバをアラブの歌手と言ってもおかしくはないんですが、
ちょっと意表を突かれた思いがしました。

ということは、アシサは自分自身を、アラブ音楽の歌手と考えているのかなあ、
それともアフリカ音楽の歌手と考えているのかしらん。
メール・インタヴューでなければ、
サハラウィのアイデンティティについて、ぜひ訊いてみたかったところです。

Aziza Brahim "ABBAR EL HAMADA" Glitterbeat GBCD031 (2015)
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ソマリとアムハラのルーツをみつめて サバ・アングラーナ

Saba Anglana  YE KATAMA HOD.jpg

サバは、イタリアで活躍する美人女優さん。
非常に複雑な出自を持つ人で、08年のデビュー作以降、
自身のルーツを掘り下げるアルバムを作ってきましたが、
名義をサバ・アングラーナと変えた4作目にあたる新作は、
ルーツをたどる旅のひとつの成果を示す、充実作に仕上がりました。

サバは70年11月17日、ソマリアの首都モガディシュの生まれ。
当時のソマリアは、69年にシアド・バーレ少将がクーデターを起こし、
ソマリア民主共和国へと国名を変えたばかりでした。
サバが生まれたのは、社会主義国家を宣言し、
ソマリ社会主義革命党の一党独裁体制が敷かれた翌月のことです。

お母さんは、ソマリアからエチオピアに亡命した
ソマリ人両親のもとに生まれたソマリ系エチオピア人。
お父さんは元イタリア軍人で、第二次世界大戦当時、
イタリアがソマリアを占領していた時代にソマリアへ従軍し、
戦後ソマリアに移住したという人でした。

複雑な家庭環境のもとに、サバは生まれたわけですけれど、
その後、父親が元イタリア軍人ということでスパイ嫌疑をかけられ、
家族全員イタリアに追放されるという悲劇が、サバ一家を襲います。
こうしてサバは少女時代からイタリアで暮らし、
大学では芸術史を学び、やがて女優へと成長していったのでした。
役者として活躍するかたわら、みずからのライフ・ストーリーを辿るように、
音楽活動にも力を注いできたんですね。

特に、母親が生まれ育ったエチオピアに深い関心を寄せ、
サバの音楽パートナーでプロデューサーのファビオ・バロヴェーロとともに、
09年アディス・アベバへ赴き、伝統音楽家とコンテンポラリー系のミュージシャンなど、
幅広い音楽家たちと交流を図っています。

そうした成果は、10年作の“BIYO” にも反映されていましたが、
まだ汎地中海サウンド的なポップスとして抽象度の高いサウンドで、
サバのルーツに刻印されたエチオピアを、よりくっきりと具体的な形で
表せるようになったのが、今作といえます。

サバはソマリ語のほか、母親の母語であるアムハラ語でも歌い、
録音もイタリアのトリノのほか、アディス・アベバでも行われています。
アディス・アベバでの録音で全面的に協力しているのが、
エチオピアン・ダンサーとしての枠を超え、
エチオピア文化のプロモーターとして活躍するメラク・ベライ。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2014-06-22

アディス・アベバ録音はメラク・ベライのグループ、フェンデイカのアズマリ・ベットで行われ、
フェンディカのクラール、マシンコ、コーラスも参加しています。
キレのあるパワフルなエチオピアン・ロックにアレンジした3曲目は、
本作最高の聴きもの。渾身の力を込めたサバの歌いっぷりが胸に迫ります。

サバの音楽監督を務めるファビオ・バロヴェーロは、
今作でもプロデュース、アレンジ、作曲を担当し、アコーディオンとピアノを弾いていますが、
エチオピア・セッションが刺激となったのか、従来以上に練られたサウンドを生み出していて、
アムハラのリズムでマシンコのようにベースを弓弾きした9曲目など、その成果でしょう。

正直これまで、サバの歌に対する思いが
歌唱力に追い付いていない印象をぬぐえなかったんですけれど、
今作での切実な歌いぶりは、聴く者の胸を揺さぶるものがあります。
ベースのみの伴奏で歌ったティジータが、その象徴です。
サバの本作の企画に対する思いとサウンド・プロダクションが見事に結実して、
聴き応えのある作品に仕上がりました。

Saba Anglana "YE KATAMA HOD" Felmay fy8229 (2015)
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逆境に強いオンナ K・ミシェル

K. Michelle.jpg

ティワ・サヴェイジを絶賛愛聴しながら、ふと思ったのは、
R&B/ヒップホップの女性シンガーで、
ここ数年ツボにはまったアルバムがぜんぜんないなあということ。

なんて思った矢先、でくわしちゃいました。
K・ミシェルというメンフィス出身のR&Bシンガーの新作。
これが3作目だそうですが、ぼくは初めて知りました。
風船ガムを膨らませた横顔、風船ガムの中には男が閉じ込められ、
背景には、「Fake Booty(いんちきの尻)」「Bipolar(双極性障害)」「Liar(ウソつき)」
「Intimidation(脅迫)」だのといった言葉が並べられた、珍妙なアートワーク。

ミッシー・エリオットみたいな人かしらんと思いつつ試聴してみたら、
歌ぢからとしかいいようのない歌いっぷりに、イッパツでマイっちゃいました。
太い声質がいいなあ。シャウトしても暑苦しくならないし、これみよがしにもならない。
間違いなく実力派なんだけど、歌唱力を誇るんじゃなくて、
歌いたいことがある人の歌という感じが、すごく伝わってくる歌ですね。
切実な歌いぶりに、すごい説得力があります。

ライナー内の写真も、表紙に負けず劣らず強烈で、
上半身裸の背中に5本のナイフが突き刺さったままワインを呑んでいたり、
股間をリンゴで隠したヌードあり、やたらと明るいエログロ路線。
なんでもご本人、ゴシップの多い人なんだそうで、各方面からディスられまくっているんだとか。
それに反発してのアートワークなんだそうで、う~ん、根性ありそう。
逆境に強いオンナの気風の良さみたいなところが、ますます好みであります。

K. Michelle "MORE ISSUES THAN VOGUE" Atlantic 554343-2 (2016)
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フジにカツを入れたヒップホップ ワシウ・アラビ・パスマ

Pasuma  My World.jpg   Wasiu Alabi Pasuma  Game Changer.jpg

おー、やっと手に入りましたよ、ナイジェリアのヒップホップ異色作。
ティワ・サヴェイジはヒップホップじゃなくて、ポップスでしたけれど、
こちらは、正真正銘のヒップホップ。
なんで異色作かといえば、なんと歌っているのが、
フジ・シンガーのワシウ・アラビ・パスマだからなんですね。

ナイジェリアのメディアでも、デビュー・ヒップホップ・アルバムともてはやしていたので、
どんなもんだかと思っていたんですが、聴いてみたら、これが意外にも良い相性。
あのドスの利いたガラガラ声のパスマがヒップホップを歌うなんて、痛快じゃないですか。
ティワ・サヴェイジもゲストで1曲、パスマと一緒に歌っていますよ。

思えば10年代に入って、フジの新作をロクに聴かなくなってしまいました。
ちゃらいシンセに、ふにゃ〇〇サックス、ちんたらギターが跋扈する
十年一日の軟派フジには、もうウンザリですよ。
サウンドやプロダクションに向上心のカケラもみられないやる気のなさは、
アフロ・ポップのなかでダメになったジャンルの筆頭格でしょう。

そんなダメになったフジに安住してるようじゃ、
30年来のファンもいい加減見限ろうというものですけれど、
ヒップホップで新境地をみせる意欲は買いたいですねえ。

そんな意欲がいい刺激となったのか、
昨年クリスマスにリリースされたばかりのフジ新作の方も、いい出来でした。
1曲目こそジュジュを取り入れたナンパなフジですけど、
25分を超す長尺の2・3曲目は、トラップ・ドラムとトーキング・ドラム隊が疾走する正調フジ。
シンセやギターが一部にアクセントで入るものの、本編はパーカッション主体で迫り、
パスマもパワフルにコブシをぐりんぐりん回します。
やっぱ、このイスラミックな強力なコブシ使いと、
トーキング・アンサンブルのかけあいあってこそのフジですよね。

ひさしぶりにパスマの粗いガラガラ声にシビれさせてくれた、
異色ヒップホップとフジの2作でした。

Pasuma "MY WORLD" Wassar no number (2015)
Alhaji Wasiu Alabi Pasuma "GAME CHANGER" Sarolaj Music & Films SMF010 (2015)
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ナイジェリアのガーリー・ポップ ティワ・サヴェイジ

Tiwa Savage  R.E.D..jpg

冒頭、いきなりバウンシーなトーキング・ドラムが飛び出てきて、のけぞり。
ヨルバ臭たっぷりのメロディに、ゆったりとスウィングするリズム、
きらきらとしたハイ・トーンのギターに導かれて歌われるのは、
なんと、ジュジュじゃあーりませんか。
え、えぇ~ !? これ、ヒップホップのアルバムじゃなかったの?

続いて2曲目は、アフロビートとヒップホップをミックスしたトラックで、うひゃー。
グルーヴィなバックトラック、早口ヴォーカルで歌うキャッチーなメロディに、昇天。
この2曲で、もう完全脱帽しちゃいました。
こんな痛快なアフロ・ポップ、何年も聴いていなかった気がしますねえ。

ヒップホップR&Bあり、レゲエあり、レゲトンありの、ガーリー・ポップ。
どの曲も表情が明るくって、前向きというか、健康的。う~ん、元気でるなあ。
ヒップホップ世代らしいカラフルなレパートリー揃いで、いやぁ、実によく出来てる。
ミュート・トランペットやスークースふうギター、
トーキング・ドラムを冒頭の曲以外でもカクシ味にチラッと使ったり、小技も利きまくり。
EDM要素のないヌケのよいトラック・メイキングは、好みだわー。

キュートな魅力を浮き上がらせたソングライティングも鮮やかで、捨て曲なし。
徹頭徹尾プロらしいお仕事ぶりに、感服させられました。
プロデュースは、ナイジェリアのヒップホップ・シーンでひっぱりだこという、ドン・ジャジー。
ドン・ジャジー自身もシンガーとして、
2曲目のアフロビート/ヒップホップ・トラックにゲスト参加してます。
その他、オラミデ、2フェイスといった人気ラッパーも多数参加。

ガーリーな魅力が溢れているとはいえ、このティワ・サヴェイジという女性シンガー、
80年生まれで、はや30半ばの人妻であります。
2作目にあたる本作制作中に、なんと出産もしてるんですね。
経歴を読んで、びっくりしました。

10歳の時、家族の仕事の関係でロンドンへ引っ越し、
ケント大学を卒業し、スコットランドのロイヤル・バンクに就職したものの、
音楽の夢を捨てきれず、アメリカへ渡ってバークリー音楽大学へ再入学。
それもそのはず、彼女はわずか16歳でジョージ・マイケルのバック・コーラスを務め、
メアリー・J・ブライジやチャカ・カーンなどのバック・コーラスを経験したばかりでなく、
スティングやデスティニーズ・チャイルドのステージに立ったこともあるラッキー・ガール。

バークリー卒業後、27歳でソニー/ATVミュージック・パブリッシングと契約して、作曲家デビュー。
ベイビーフェイス、キャット・デルーナ、モニカなどに、曲を提供し始めたそうです。
10年にはファンテイジア・バリーノへ提供した曲がグラミーにノミネイトされ、
作曲家として脚光を浴びるほか、ホイットニー・ヒューストンの09年作“I LOOK TO YOU” に
バック・コーラスとして参加するなど、シンガーとしての活動も始めます。

11年には、本国ナイジェリアで仕事をするようになり、
女優として映画デビューするほか、
初のアフリカのアーティストとしてペプシと専属契約を結びました。
13年に自己のレーベル、323エンターテインメントを立ち上げ、
マネージャーのトゥンジ・バログンと結婚、プロデューサー業のかたわら、
シンガーとしての活動を本格化し、13年に満を持してソロ・デビューしたんだそうです。

ソロ・デビュー作のヴィデオ・クリップ“Eminado” も痛快でしたけれど、
2作目となる本作は、ミュージック・ビジネスに長く関わってきた底力が示された
あっぱれなポップ作といえます。
やはり、これだけしっかりとした作品を作るには、
それ相応のバックグラウンドが必要だということを、痛感させられますね。

Tiwa Savage "R.E.D." Mavin no number (2015)
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ミニマル化したコサの伝統音楽 マドシニ

Madosini  EPARADESI NKOSI UZUBE NAM.jpg   Madosini  POWER TO THE WOMEN.jpg

ミニマル・ミュージックの小品といった趣の、
南アのお婆さんによる口琴、口弓、楽弓のソロ演奏集。
これほど純度の高い伝統音楽を聴くのは、ずいぶんひさしぶりな気がします。
心を落ち着けて耳を傾けると、素朴な楽器から奏でられる、
聖なる響きがじんわりと身体に染み入ってくるようで、
すっかりお気に入りになってしまいました。

6年も前にリリースされていたようなんですけれど、自主制作の南ア盤のせいで、
ぜんぜん気付きませんでした。フィジカル110部限定といっても、いまでも入手可能なんだから、
ちっとも売れていないってことですよねえ。もったいないなあ。

マドシニというこのコサ人のお婆さんは、マンデーラ大統領もお気に入りの伝統音楽グループ、
アマンポンドの世界ツアーに同行して、海外にもその名を知られるようになった人。
外向けを強く意識したアマンポンドの創作伝統音楽は、ぼくは感心しませんでしたが、
そんなアマンポンドの姿勢とは真逆の、自然体に歌うマドシニには好感を持っていました。

海外のフェスティバルに数多く参加し、文化大使的な役割を果たしたアマンポンドは、
その戦略的な売り出し方で成功しましたけれど、
マドシニは一介の伝統的な歌うたいであり続けたからこそ、
アマンポンドの作為性を身に着けずにすんだように思えます。

マドシニは98年にもソロ・アルバムを出していて、
そちらではアマンポンドのコーラスも交えた躍動感溢れる伝統音楽となっていましたが、
本作は一転して、自己の内面に語りかけるような、静謐な音楽となっています。
口琴(イシトロトロ)、口弓(ウンルベ)、楽弓(ウハディ)による完全独奏は、
ミスティックなサウンドに満ちていて、スピリチュアルなムードに包まれます。

98年作には、グレッグ・ハンターによるダブ・ミックスが2曲入っていて、
相変わらずのアマンポンド絡みの作為性に鼻白んだものですが、
ダブ・アンビエントなどというヨーロッパ白人の小賢しいテクニックを蹴散らす、
天然アンビエントなミニマル・ミュージックがここにあります。

Madosini "EPARADESI NKOSI UZUBE NAM" New Cape NC08 2010 (2010)
Madosini "POWER TO THE WOMEN" Melt Music BWSA108 (1998)
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チャルガよ、バルカン・ビートに戻れ エミリア

Emilia  EH, BYLGARIJO KRASIVA.jpg

これ、これ。これですよ。
やっぱりバルカン・ポップは、こういう生音を活かしたフォークロアなサウンドでなくっちゃあ。
ここのところ聴いたセルビアのターボ・フォークは、
どれもこれもEDM寄りのサウンドになっていて、ウンザリさせられていたので、
ブルガリアのポップ・フォークまたの名をチャルガのトップ・シンガー、
エミリアの3年ぶりの新作に、快哉を叫んだのでありました。

冒頭から、アコーディオンとクラリネットの高速フレーズで、びゅんびゅんとトばす、トばす。
スタッカートの利いた、つっかかるようなツー・ビートを軸として、
くるくると変化するリズム・アレンジの巧みさに酔わされます。
ロマ色豊かなバルカン音楽の旨みをたっぷり溶かし込んだサウンドがたまりません。

アコーディオン、クラリネット、ヴァイオリンがそれぞれ超絶技巧のソロを取るかと思えば、
一転、アンサンブルが一丸となって怒涛の如く疾走します。
バルカン・ブラスが高らかに鳴らされる曲もあって、
まさに「めくるめく」という形容がぴったりのサウンドが繰り広げられ、血流はもう上がりっぱなし。
いやぁ、これぞバルカン・ビートでっす!

そんなアンサンブルとともに、艶やかな歌声を聞かせるエミリアの歌いぶりもまた見事。
こまやかなコブシ回しを使いながら、高速曲からスローまで、
クセのない美声を聞かせてくれます。
これまでのエミリアのアルバムの中でも、もっともフォークロア寄りに仕上がりました。

近年のポップ・フォーク、チャルガのプロダクションは、
凡庸なダンス・ポップに化していく傾向が強いんですけれど、
こういうバルカン・ルーツ色濃いサウンドをデフォルトにしてもらいたいと思うのは、
国外リスナーのわがままでしょうか。

Emilia "EH, BYLGARIJO KRASIVA" Payner Music PNR2015061618-1088 (2015)
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お悔やみ ゲタチュウ・メクリヤ

Gétatchèw Mèkurya  ÉTHIOPIQUES 14.jpg   Getatchew Mekuria & The EX & Friends  Y’ANBESSAW TEZETA.jpg

エチオピアン・サックスの帝王ことゲタチュウ・メクリヤが、
4月4日に亡くなったとの第一報が飛び込んできました。享年81。

49年のプロ・デビュー以来、68年という長いキャリアを、
サックス1本でまっとうした人生でした。
晩年となった04年から、オランダのポスト・パンク・バンド、ジ・エックスとともに活動し、
欧米の若いロック・ファンから絶大な人気を博したことは、
音楽人生の有終の美を飾ったといえるのではないでしょか。

ここ数年は体調を崩し、ツアーから遠ざかっていたようで、
日本に来てもらえなかったのが、なんとも残念でなりません。
ゲタチュウより8歳年上のビッグ・ジェイ・マクニーリーが去年再来日して、
88歳という年齢を感じさせない、驚異のホンカーぶりを聞かせていただけに、
ゲタチュウの生のプレイを体験できなかったのは、悔やまれます。

55年、ハタチの時にハイレ・セラシエ1世皇帝劇場オーケストラの一員となり、
65年、ポリス・オーケストラへ移り、エチオピア音楽の黄金時代に、
大勢のトップ・シンガーの歌伴を務めるとともに、自身のソロ演奏を残したことは、
エチオピーク・シリーズのアルバムを愛聴するファンならよく知るところですけれど、
ゲタチュウはけっして、ジャズ・ミュージシャンではありませんでした。

このことは、ぜひ強調しておきたいんですけれど、
ゲタチュウが生涯演奏したのは、伝統的なエチオピア音楽でした。
いくらゲタチュウのサックスが、アルバート・アイラーの咆哮を想起させようと、
彼は伝統的なエチオピア音楽のレパートリーを、彼のやり方で演奏していたにすぎません。

ましてやゲタチュウの演奏を、エチオ・ジャズと混同するようでは困ります。
「エチオ・ジャズ」は、あくまでもムラトゥ・アスタトゥケがクリエイトした音楽であって、
ジャズぽく聞こえるエチオピアの音楽を、
なんでもかんでも「エチオ・ジャズ」と括るのは、誤解のもとです。

ゲタチュウのプレイが、ジャズ・ファンを驚愕させるほどのクオリティを持っていたからといっても、
それを拡大解釈して、ゲタチュウがジャズを演奏していたと捉えるのは、間違いです。
ジャズの演奏家か否かは、ミュージシャンのアイデンティティとして大事なことなので、
これを機に、ゲタチュウがエチオピアン・ポップスの音楽家であったことについて、
あらためて確認しておきたいと思うのでありました。

Gétatchèw Mèkurya "ÉTHIOPIQUES 14 : NEGUS OF ETHIOPIAN SAX" Buda Musique 82256-2
Getatchew Mekuria & The EX & Friends "Y’ANBESSAW TEZETA" Terp AS21/22 (2012)
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モダン・ジャズ+スンダ音楽 トニー・スコット

Tony Scott  Djanger Bali.jpg

ジャズ・クラリネット奏者のトニー・スコットが、
インドネシアのジャズ・メンと録音した65年のMPS盤。
これがインドネシアでCD化されるとは思いもよりませんでした。
インドネシアでジャズが盛り上がっている証拠ですね。

よく知られたレコードとはいえ、いままで聴いたことがなかったんですけれど、
いや~、素晴らしい内容ですね、これ。
60年代はジャズと民俗音楽を融合させる試みが盛んに行われましたが、
ワールド・ジャズの流れが活発になった21世紀の現在でこそ、
再評価にふさわしい作品といえるかもしれません。

トニー・スコットはバディ・デフランコとともに、
バップ・イディオムに長けた数少ないクラリネット奏者でした。
しかしモダン・ジャズの時代には、スウィング時代とは一転、クラリネットが冷遇されたため、
実力に見合った人気を得られなかった人でした。
60年代に入ると、トニーはアメリカに見切りをつけ、東南アジアを旅して、
日本ではジャズ・ミュージシャンとばかりでなく、和楽器演奏家とも共演しました。

この作品であらためて驚かされるのは、
当時のインドネシア人ジャズ・ミュージシャンの実力の高さですね。
ピアノ、ギター、テナー・サックス、ベース、ドラムスの5人とも、
本場アメリカのミュージシャンたちにひけをとらないプレイを繰り広げています。
ジャカルタ生まれのドラマー、ベニー・ムスタファは、
ニュー・ヨークにもたびたび出かけて、武者修行をしていたんですと。

ペロッグ音階によるバリ民謡の1曲目は、まさしくバリニーズ・ジャズそのもの。
イントロとエンディングでガムランのリズムを使い、本編はフォー・ビートで演奏しています。
一転、2曲目のアッティラ・ゾラーの「猫と鼠」は、まったくのモダン・ジャズ・スタイル。
3曲目は本格的なスンダ音楽で、ピアニストのブビ・チェンがカチャッピを弾き、
テナー・サックス奏者のマルジョノがスリンを吹いて、カチャッピ・スリンをジャズ化しています。
そしてラストの、スレンドロ音階にアレンジしたテーマで始まる「サマータイム」の
スリリングな演奏も絶品といえます。

ガムランとジャズといえば、
ドン・チェリーの“ETERNAL RHYTHM” という大傑作がありましたが(思えばあれもMPSですね)、
スンダ音楽とジャズとが綱引きし合うような楽しさに溢れた本作も、名作じゃないですか。
音がめちゃめちゃいいのもカンドーもの、さすがMPSです。

Tony Scott and The Indonesian All Stars "DJANGER BALI" Demajors no number (1967)
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ハーモニカ+アコーディオン+ギター2 アリスマール

Arismar  RODA GINGANTE.jpg

ごひいきのハーモニカ奏者ガブリエル・グロッシが参加していると聞いて買ったCD。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2014-11-05
う~ん、すばらしい。
高速フレーズを鮮やかなタンギングで吹きまくるガブリエルのソロが
たっぷりと堪能できますよ。

おっと、いけね。本作の主役はギタリストのアリスマール・ド・エスピリト・サントであります。
どんな人かと調べたら、ジョイス、レニーニ、トニーニョ・オルタ、エルメート・パスコアール、
シヴーカ、ドミンギーニョス、ジョアン・ドナート、ルイス・エサ、小野リサ……。
もう書ききれないほど数多くのアーティストと仕事をしてきた、セッション・プレイヤー。
ギターだけでなく、このアルバムでもベースを弾いているように、
マルチ・プレイヤーとして活躍している人だそうです。
ジョイスと一緒に来日もしてるみたいですね。

ソロ・アルバムもたくさん出しているようですが、ぼくが聴くのは、この新作が初めて。
アリスマールは、7弦ギター、エレクトリック・ギター、
6弦ベース、フレットレス・ベースを、曲により弾き分けています。
アリスマールとガブリエル・グロッシのほかは、
アコーディオンのベベ・クラメールとギターのレオナルド・アムエドという、カルテット編成。

アコーディオンとハーモニカ入りのカルテットだなんて、
いかにもブラジルならではのジャズ・コンボといった感じで嬉しくなります。
全員腕っこきの面々なので、スリルあり抒情味ありと、熟達のプレイを楽しませてくれます。

Arismar "RODA GINGANTE" Maritaca M1046 (2015)
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