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奨学金もらってインドでレコ掘り

Indian Talking Machine.jpg土埃にまみれ、山積みにされたSP。
鼠など小動物の糞尿の匂いが
漂ってきそうな写真の数々に、
吐き気を催すか、
うわぁ~と目が釘づけになるかが、
フツーの音楽ファンと、
レコード・マニアの分かれ目でしょうか。

ずしりと重い244ページの写真集に、
CD2枚が付いたCDブック。
インドの骨董屋や倉庫に積み上げられた大量のSPの写真は、
ページをめくるたび、眩暈をおぼえそうな光景の連続で、
レコード・マニアなら口あんぐり、
ヨダレたれっぱなしになることウケアイです。

エクスペリメンタル・サウンド・ユニットのクライマックス・ゴールデン・ツインズのメンバーで、
SPコレクターとして知られるロバート・ミリスが、フルブライトの研究員として、
12~13年にインドへ現地調査・収集を行った成果物であります。

レコード・コレクターの目を通じ、78回転盤時代のインド・レコード産業を研究するというテーマで、
奨学金がもらえるだなんて、そんなおいしい話が世の中にはあるんですねえ。
世界中のレコード・コレクターの羨望と嫉妬の眼差しを集めそうな、
「奨学金もらってレコ掘り・イン・インド」であります。

CDには、この研究調査で集めた1903年から49年までの録音46曲が収められていて、
SPからのトランスファーは、
“OPIKA PENDE : AFRICA AT 78 RPM” のジョナサン・ウォードが担当。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2011-12-15
音質は上々で、古典音楽から大道芸まで雑多に詰め込まれています。
個々のトラックに聴きものは多いんですが、選曲に特段の意図は感じられません。

本の方も、各曲簡単な解説はあるものの、インド・レコード産業黎明期時代の解説がなく、
やはりこれは研究書ではなく、SPコレクターのレコ掘り自慢がメインの写真集でしょう。
わずか2年の収集調査とはいえ、4万5千枚を超すチェンナイのコレクターのSPコレクションや、
ムンバイ郊外に1万枚のSPを保管しているコレクターといった大物にぶち当たっているので、
かなり効率的に集めることができたようです。
インドには金持ちの知識層に古典音楽マニアが多いから、
ケタ違いのコレクターがいても、さほど不思議はありません。

写真集の解説には、苦労話がちっとも出てこないので、楽勝なレコ掘りだったんじゃないのかな。
それゆえなのか、同じ雑多な編集内容でも、
いにしえの東南亜細亜音楽を編集した4CDボックス
“LONGING FOR THE PAST : THE 78 RPM ERA IN SOUTHEAST ASIA”
のような深みが感じられません。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2013-10-15
SPコレクターが長年コツコツと集め吟味してきたような「鍛え抜いた感」が、
このコレクションにはないからでしょう。
そんな感想も、やっかみが半分以上なのではありますが。

ま、いずれにせよ、良い子の音楽ファンには無用な、
SPを偏愛するレコード・マニア向けのCD写真集。
1000部限定というけど、そんなに需要があるのかなあ。その半分で十分なのでは。

[CD Book] Robert Millis "INDIAN TALKING MACHINE: 78 RPM RECORD AND GRAMOPHONE COLLECTING ON THE SUB-CONTINENT" Sublime Frequencies SF099 (2015)
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古典サンバ最高の男性歌手 マリオ・レイス

Francisco Alves e Mario Reis.jpg   Mario Reis  UM CANTOR MODERNO.jpg

アラシ・コルテスをひさしぶりに聴き返したら、
古典サンバをもっと聴きたくなっちゃいました。
戦前のサンバ黄金時代の男性歌手で、ぼくが一番好きなのはマリオ・レイス。
当時の大スターのフランシスコ・アルヴィスとともに、人気を二分した歌手です。

フランシスコ・アルヴィスが声を張って歌う、
どちらかといえば劇場向きの古いタイプの歌手だったのに対し、
マリオ・レイスはマイクロフォンに適したしゃべるような歌い方をするタイプで、
蓄音機とレコードの普及によってポピュラー音楽が大きく発展する新しい時代に、
うってつけの歌手でした。
ライヴァルの二人は一緒にもよく歌い、戦後のLP時代になってから、
二人のデュエット集が10インチ盤にまとめられたこともあります。

マリオ・レイスの歌唱法は、劇場でサンバを聴く時代から、
ラジオでサンバを聴く時代へ移り行くのにマッチしただけでなく、
サンバのシンコペーションを表現するのにも、より適していたといえます。
サンバのシンコペーションを全身で表現した不世出の歌手、
カルメン・ミランダとデュエットした“Alô Alô” は、サンバの歴史的な名唱のひとつですね。

マリオは十代の頃、サンバの大作曲家シニョーの家へギターを習いにいっていた生徒で、
マリオがあまりサンバを上手く歌うので、シニョーにすすめられて歌手となったといいます。
スター歌手となってからは、マンゲイラの丘をのぼってカルトーラに会いに行き、
カルトーラの曲“Que Infeliz Sorte” を買った逸話が有名ですね。
この曲は録音のチャンスに恵まれませんでしたが、
当時の大スターがカルトーラの曲を買ったことで、
カルトーラの名前が知れ渡るようになり、
のちにフランスシコ・アルヴィスやカルメン・ミランダも
カルトーラの曲を買って歌ったのでした。

サンバが黄金時代を迎えたブラジルの20年代は、スター歌手が続々と生まれ、
歌手たちはヒット曲を出すため、常に新しい曲を探していました。
時には、スター歌手本人がゲットーに出向き、
作曲家に曲をきかせてもらい、曲を買い取っていたんですね。
こんなことは、黒人差別の激しかったアメリカだったら、とても考えられなかったことです。
ちょっと時代が違う例え(20年代のアメリカでは例えようもありません)でいうなら、
ビング・クロスビーがミシシッピーへ出かけていって、
マディ・ウォーターズからブルースを買うっていう話です。
ありえませんよねぇ。

そんな歌手と作曲家とレコード会社が理想的な関係にあったブラジルで、
大衆音楽サンバが育まれたんですね。そんなシーンのど真ん中で活躍した、
マリオ・レイスを楽しむのにうってつけなのが、この3枚組ボックスです。
マリオの全盛期に焦点を当てたこの3枚のディスクには、
オデオンからヴィクターに移籍した32年から、
29歳で引退する35年までの47曲が収録されています。
先にあげたカルメン・ミランダとの“Alô Alô” ほか、
ラマルチーニ・バボとのデュオも入っています。

ピシンギーニャ、ルイス・アメリカーノ、ドンガなどの
名手たちによるグァルダ・ヴェーリャのオーケストラ・サウンドや、
カニョートのコンジュントの軽快なショーロ伴奏が聞ける、
古典サンバの味わいが凝縮された、ぼくの最愛のボックスです。

[10インチ] Francisco Alves e Mario Reis "OS DUETOS DE FRANCISCO ALVES E MARIO REIS" Odeon MODB3075
Mario Reis "UM CANTOR MODERNO" RCA/BMG 74321931792
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芸能サンバを支えた街角のショローンたち アラシ・コルテス

Araci Cordes Funarte.jpg   Araci Cortes   Atração.jpg

書店で見つけた『ショーロはこうして誕生した』という新刊書。
ついに日本でもショーロの本が出るようになったのかと、じ~んとなっちゃいました。
ブラジルで出版された本の日本語訳で、
題名の上に書かれた“O Chôro” の文字にピンときましたよ。

これって、去年ブラジルのアカリ・レコードが復刻した本なんじゃないの?
本をめくり、訳者あとがきをみてみたら、ピンポ~ン♪
原書は、1936年にリオ・デ・ジャネイロで出版された本です。
アカリがCD付で復刊したとはいえ、ポルトガル語じゃ読めないよと
手を伸ばせずにいたので、嬉しさ倍増であります。

リオの下町で演奏していたショローンたちを点描した、
郵便配達夫でショーロ演奏家だったリオのギタリストによる口述本。
ラセルダ、ナザレー、ピシンギーニャといった大物も登場するものの、
有名人も無名の演奏家たちも分け隔てなく語られています。

邦題の「…こうして誕生した」は内容と合っておらず、
原書の副題「昔のショローンたちの思い出」にすべきだったと思いますが、
20世紀初頭のリオ下町の風俗が、いきいきと描き出されています。

聞いたことのない人名や地名が次から次に出てきて、
百年前のリオの風物を想像たくましくしながら、読みふけってしまいました。
こんなにわくわくしながら頁をめくったのは、ひさしぶりのことです。

近年日本のブラジル音楽書で一般的になってしまった、
Rのハ行読みや、di, de の正書法にない「ヂ」使い、’-l’ を「ウ」と書いたりするような
気取ったカナ表記が出てこないところも、好感度大でした。
「ローダ」だけ、なぜか「ホーダ」と書いているのが残念でしたけれども。
細かい点で気になるところ(サンバ王シニョーを「シーニョ」とするなど)もありますけど、
まあ目をつむりましょう。

ピシンギーニャと交流のあったフルート吹きのカルロス・エスピンドーラに話が及んだところで、
エスピンドーラの娘のアラシ・コルテスについて、こう書かれていました。
「ブラジル全土の劇場を満員にし、その美貌と喉で市民を魅了し、海外でも成功を収めた」。
懐かしくなって、久しぶりにアラシ・コルテスを聴き返してみたら、
これがピタリとツボにはまり、最高のBGMになってくれました。

アラシ・コルテスは、サンバ・カンソーンを初めてレコーディングした女性歌手です。
29年3月に録音されたサンバ・カンソーン第1号曲「美しい花」“IAIÁ (Ai ioiô)” ほか、
その前年28年11月に録音されたサンバ王シニョーの名曲“Jura” や、
30年録音のアリ・バローゾ作曲のエキゾティックなバトゥーキ“No Morro ” を
フナルチ盤(CDはアトラソーン)で聴くことができます。

17歳で家を出てサーカスで歌い踊り、やがて劇場に進出して名声を得たアラシ・コルテスは、
劇場がメディアだった最後の時代の歌手ともいえ、
芝居っけたっぷりのチャーミングな歌いぶりに、
舞台女優/ミュージカル歌手らしい魅力が溢れています。

劇場からラジオへとメディアが移り変わり、サンバが爆発する30年代に入ると、
コケットリーなカルメン・ミランダが大活躍するのも、
アラシ・コルテスという下地があったからこそという気がしますね。

そんな華やかな芸能を支えたのは、街角に大勢のショローンたちがいたからこそ。
サンバの伴奏を支えていたアマチュアの彼らが、
街角でどんな生活を送っていたのかを、この本は教えてくれます。

[LP] Araci Cortes "ARACI CORTES" Funarte 358.404.004
Araci Cortes "ARACI CORTES" Atração ATR32051
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フランス領ギアナのクレオール・ポップ ルッシ

L’Si  RÉALITÉ DE LA VIE.jpg

どっかーーーーん。
ド迫力な黒人女性マスクに、たじたじ。
その昔アフロ・ブラジリアン宗教音楽/サンバ女性歌手アパレシーダのシッド盤LPを
手にした時のことを思い出しました。

Aparecida  Foram 17 Anos.jpgドロドロのマクンバかヴードゥーでも出てきそうな
表紙にビビっていたら、
ヴィデオ・クリップでは、
ニコニコと愛嬌たっぷりに歌っていて、
シロウトに毛が生えた素朴な歌い口は、
なかなか愛らしいところもあります。
ケースを開けてCDを取り出すと、トレイの下には、
にこやかなルッシが写っていて、
おっかない熊みたいなブッちょずら(失礼)の表紙は、
インパクト狙いなんでしょうか。意味不明ですね。

さて、ひと安心して聴いてみれば、シャープな高音を響かせる太鼓のタンブーに、
アコーディオンが絡むビギンふうの1曲目から、いい感じです。
こりゃ、マルチニーク/グアドループ音楽ファンにはたまらんでしょう。
と思いきや、ルッシは、フランス領ギアナの女性シンガーなんですって。

ビギンふうと思った1曲目は、ライナーには「カセ・コ・コイ・カセ」と書かれてあります。
え? これカセーコなの? スリナムのカセーコと何か関係があるんでしょうか。
もう1曲「カセ・コ・コイ・カセ」とクレジットされた曲がありますけれど、
そちらはクラリネットがフィーチャーされていて、
1曲目同様、ユジェーヌ・モナふうの田舎のビギンに聞こえます。

ほかにマズルカなども歌っていますが、
ズーク・ラヴやコンパ・ラヴのほか、バチャータも1曲歌っていて、
表紙からはとても想像つかない、ポップなアルバムに仕上がっているんでした。
そういえばアパレシーダだって、中身はけっこうポップで、意外に思ったんだっけ。

全曲ルッシことマチュー・テオドール・エルシの作詞作曲となっていますが、
5曲目は、まごうことなきカーペンターズの「トップ・オヴ・ザ・ワールド」。
うわはは、これを自作曲とクレジットしちゃうの、すごいな。

L’Si "RÉALITÉ DE LA VIE" Debs Music no number (2015)
[LP] Aparecida "FORAM 17 ANOS" Cid 8015 (1976)
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頑固一徹ジャズ・ロック爺 ブライアン・オーガー

Brian Auger's  Live In Los Angeles.jpg

じじい、元気だなー。

ジョージー・フェイムつながりってワケじゃないんですけれど、
イギリスのジャズ・ロックの大ヴェテラン、ブライアン・オーガーの新作を聴いてみたら、
これがゴッキゲン! グルーヴィなサウンドに、ノケぞっちゃいました。
おいおい、オーガーって、もう70代半ばだよねえ。どーなってんのよ、このお盛んぶりは。

ジミー・スミスに感化された庶民的なジャズは、
エンタメ精神たっぷりのブライアン・オーガーズ・ミュージックの真骨頂。
十年一日、昔から何一つ変わるところのないオルガン・ジャズなのに、
これほどイキイキと響くのは、オーガーのミュージシャンシップが錆びついてない証拠でしょう。

個人的には、トニー・ウィリアムス・カルテットの一員として来日した、
78年のライヴ・アンダー・ザ・スカイが忘れられない人ですけど、
そんな記憶のある人は、間違いなくぼくと同じ、オヤジ/じじいだろうからなあ。
もっと若い人にとっては、ブライアン・オーガーを知ったのは、
レア・グルーヴ/アシッド・ジャズがきっかけなんでしょうね。

アシッド・ジャズ・ブームは、ブライアン・オーガーにとって再評価につながったわけですけれど、
昔からのファンにとってみれば、アシッド・ジャズじたいが、
オーガーたちがやってた70年代の焼き直しにすぎなかったから、正直シラけてましたよねえ。

そんなアシッド・ジャズ・ブームも、いまや昔話。
ずっと現場第一線でプレイし続けてきたオーガーにすれば、
世間がチヤホヤしようがしまいが、自分の信じる音楽を、実直にやり続けてきただけのことでしょう。
わかりやすくって、誰もが楽しめる音楽の敷居の低さと、
頑固一徹なアティチュードに、ぼくはヴェテランの矜持を見る思いがします。

Brian Auger’s Oblivion Express "LIVE IN LOS ANGELES" Freestyle FSRCD109 (2015)
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最終作とは言わせない ジョージー・フェイム

Georgie Fame and The Last Blue Flames  SWAN SONGS.jpg

ジョージー・フェイムといえば、最近アンソロジー・ボックスが出て、気もそぞろになったばかり。
買おーかなー、どーしよかなー、と悩んだんですけど、
こういう悩み方をしてる時って、たぶん買わないんだよな、自分。
本当に欲しけりゃ、四の五の言わず、ソッコー買ってるもんねえ。

というわけで、ボックスよりまず先に買わなきゃだったのが、13年に出ていた新作。
ミュージック・マガジン1月号の輸入盤紹介に載るまで、
出ていたことすら気付いてませんでした(恥)。

前作がベースとドラムスのみをバックに歌った異色作で、
トレードマークのオルガンが聞けなかっただけに、
09年の前々作“TONE-WHEELS ‘A’ TURNIN’” と同じメンツが揃った今作は嬉しい。
“TONE-WHEELS ‘A’ TURNIN’” は、ひさしぶりにジョージー・フェイム熱が復活したアルバムで、
タイミングよく来日してくれたこともあり、09年の年間ベストにも選んだ極上作でしたからねえ。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2009-09-04
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2009-12-31

ブルース、ジャイヴ、カリプソ、スカと多彩な音楽を取り込んだ、フェイム・マジック。
シャレのめしているというか、もう余裕しゃくしゃくのヴェテランの味わい。
それでいて手練れた感はなくて、音楽はみずみずしさイッパイなんだから、嬉しくなってしまう。
ミュージック・マガジンで宮子さんも書いていたように、
「ソングライターとしての成熟」を存分に発揮していますねえ。

枯れないモッズの粋な魅力っていうんでしょうかね。
チャーミングな男の色気を、軽やかにホップするように歌うジョージー。
これが最終作だなんて、言わせませんよ。

Georgie Fame and The Last Blue Flames "SWAN SONGS" Three Line Whip TLW010 (2013)
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アヴァン・フュージョン・ギター・トリオ ファビュラス・オーストリアン・トリオ

Fabulous Austrian Trio.jpg

真冬の定盤、スティーヴ・カーンの“CROSSING” を今年もまた聴き返しているんですが、
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2011-01-21
アイウィットネス時代のスティーヴ・カーンのファンなら、
おぉ、これは……と、頬を緩めることウケアイの快作と出会いました。

ファビュラス・オーストリアン・トリオを名乗る、オーストリアの3人組です。
どういう人たちなのか、ぜんぜん知らないんですが、
ジャズ・コーナーの試聴機で耳にして、ぶっとんじゃいました。

スティーヴ・カーンのギターの最大の特徴は、個性的なヴォイシング。
独創的な和声のセンスを持っている人ですけれど、
このアレックス・マハチェクというギタリストは、
カーンと同じ資質を思わすコード使いを聞かせます。
アヴァンなセンスの楽曲も、スティーヴ・カーンと共通するセンスを感じさせるんですよねえ。
違いはテクニカルなギター・ソロでしょうか。スティーヴ・カーンは早弾きをしませんが、
アレックス・マハチェクは、アラン・ホールズワース風のスピーディーなソロを繰り出します。

ベースのラファエル・ポーシェ、ドラムスのハーバート・ピルカーも相当なテクニシャンで、
トリオとしてのコンビネーションも見事。
惜しむらくは、録音とミックスがこじんまりとしていて、
演奏のダイナミズムを十二分に伝えていないこと。
ライヴはもっとすごいんじゃないかな。ピットインあたりで観てみたいです。

Fabulous Austrian Trio "LIVING THE DREAM" Abstract ABLX051 (2015)
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マヌカン、怒る インナ・モジャ

Inna Modja.jpg

マリ、バマコ生まれのインナ・モジャは、フランスのファッション界で活躍するマヌカン。
“French Cancan” の世界的ヒットで、顔と名前は知ってましたけど、
その後聞いた10年のデビュー作が、セレブの道楽芸みたいな凡庸ポップスで、幻滅。
マリ人といっても、アフリカン・ポップスとは無縁の人と思っていたら、
3作目の新作のジャケットは、故国マリが舞台となっていて、
タイトルもずばり『モテル・バマコ』ときましたよ。

ショービズ界のセレブの突然の心変わりに、こりゃまた一体どうしたことかと思えば、
内戦状態に陥った故国マリへの、怒りと悲しみに満ちたプロテスト・アルバムとなっていて、
インナは本気モードで、怒ってます。ちょっとびっくりしつつも、
“French Cancan” のケーハクなセレブというイメージが払拭されました。

イスラム過激派によって占領されたトンブクトゥで、
女性たちが迫害されていることに対する、怒りに満ちた“Tombouctou” では、
英語の歌詞とバンバラ語のラップで、屈辱を受ける女性たちに向け、
口を覆うスカーフを取りなさい(黙ってないで発言しなさい)と歌っています。

ただし、本作のベーシックなプロダクションは、あくまでもエレクトロ・ポップです。
リズム処理にアフリカらしいグルーヴ感はないし、
コラもサンプルという作り物感いっぱい仕上がりなので
アフリカはあくまでもサウンド・コラージュという側面は拭えません。

それでも、ウム・サンガレをゲストに迎えてマリで録音した曲では、
ズマナ・テレタのソクやカマレ・ンゴニをフィーチャーしているし、
在フランス・マリ人ラッパーのオクスモ・プッチーノをゲストに迎えた曲は、
ヴェテランのシェイク・ティジャーン・タルがプロデュースしています。
そうそう、コンゴ人ラッパーのバロジもゲストに加わっていますよ。

今回初めて知ったんですけど、インナはフランスに来る前、
レイル・バンドでコーラス・ガールをやっていたんですってね。
鼻持ちならないマヌカンとばかり思っていましたが、
ちゃんと音楽のキャリアもあったとは、失礼いたしました。

個人的に好感を持ったのが、ジャケット内部やCDレーベルのデザインに施された、
バンバラの伝統的な泥染布や、ライナーにあるマリで撮影されたインナーのご両親の写真など。
アフリカン・ポップス・ファンにはおススメしにくいものの、
マリ人女性として黙っちゃられぬと、根性みせた一作、意気に感ずです。

Inna Modja "MOTEL BAMAKO" Warner Music France 0825646051083 (2015)
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新旧弦さばき インレー・ミン・マウン

Innlay Myint Maung.jpg

「近頃の若いもんは…」。
つい、心の中で舌打ちした時は、ちょっと立ち止まって考えないと、アブナイんだよなあ。
感情にまかせると、あとで恥かくのはこっちの方だからねえ。

自分が長年慣れ親しんだ感覚と違う違和感は、
新しさへの反発にすぎない、単なる老化現象にすぎないことがほとんどだし、
そもそも、それは、近頃の若者のせいなんかじゃなくて、
昔にだってあったんじゃないか、ってことだってある。

そうやって、色眼鏡を外して、事実を冷静に観察してみると、
なぜ感情的に反発したのかがわかってきて、ほかにもいろいろ見えてくるものがあります。
最近そんなことを思い巡らしたのが、20世紀最高の「ビルマの竪琴」サウンの名手といわれる
インレー・ミン・マウン(1937-2001)の名演集です。

去年ミャンマーに行っていた方に買い付けてきていただいたもので、
エル・スールにも入荷したので、すでに耳にした方は多いと思うんですが、
ここで聞けるインレー・ミン・マウンの弦さばきは、本当に素晴らしいんです。
弦音が立ち上がるシャープなサウンド、1音1音の美しい粒立ちは、もう絶品。
インレー・ミン・マウンを聴いていると、これこそがサウンだよ!って気になって、
こういう弦さばきが、まったく聞こえてこない最近の若いサウン奏者に対して、
「近頃の若いもんは…」というお決まりのフレーズが、心の中に浮かんでくるっていうわけ。

サウンのインスト・アルバムというと、
音楽学校の先生をしているライン・ウィン・マウンのミャンマー盤がたくさんあるんですけど、
この人のサウンのプレイは、どれを聴いても物足りないんですよね。
弦をはじく指の力が、インレー・ミン・マウンの半分もないんじゃないかという弱さで、
ピッキングするというより、流し弾きするタイプなんですよ。
だから、アタックの強さはまるでないし、
弦がぼきぼきとリズムを刻むようなサウンドは、出てくるわけもありません。

でも、こういうパッと聞き、「きれい」なサウンドが、一般ウケするんだよなあ。
こういう弦楽器の弾き方の傾向って、アフリカのコラでも同じことがいえますよね。
最近のコラ奏者のプレイって、総じて「キレイ・キレイ」で、
たとえば、往年のバトゥル・セク・クヤテと今のバラケ・シソコのプレイを比べれば歴然です。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2013-05-16

インレー・ミン・マウンやバトゥル・セク・クヤテのような往年の名手のレコードやCDは手に入りにくく、
ライン・ウィン・マウンやバラケ・シソコのアルバムは容易に入手できるので、
どうしたってみんなサウンやコラの演奏は、
ハープみたいな流麗なものとばかり思っちゃうんですよね。

違うんだよなあ。
垂れ流しのような演奏ばっかり聴いてちゃ、この楽器の魅力はわかりません。
野趣に富み、奔放な技巧を聞かせたかつての名手たちから、
もっとガッツのある逞しいサウンの響きを知ってほしいですね。

[CD+DVD] Innlay Myint Maung "THE FULL MOON DAY OF MYANMAR HARP" Eastern Country Production ECP-N27
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オカロランのメロディをたどって クレア・ケヴィル

Claire keville.jpg

ハープ・ソロに続いて、今度はクラヴィコード・ソロ。
う~ん、楽器の独奏アルバムっていうのも、いいもんですねえ。
じっくりと演奏と向き合えるのは、もちろんのこと、
演奏者の息づかいというか、緊張感が伝わってくるようで、
聴いているこちらの背筋も伸びるようです。
今回はアイリッシュのメロディと向き合っているわけで、
クラヴィコードという、いまどき珍しい古楽器の響きに、
なんだか17~18世紀のアイルランドの領主の館にいるかのようです。

主役のクレア・ケヴィルは、ゴールウェイ出身の女性コンサーティーナ奏者で、
コンサーティーナ講師を長く務めるほか、クレアFMの伝統音楽プログラムで
毎週プレゼンターを務めるなど、アイルランド音楽のブロードキャスターとしても有名な人だそう。
11年4月には、フィドラーの姉ブリーダとともに来日が予定されていたものの、
東日本大震災で中止になってしまったんですね。

クラヴィコードのソロ・アルバムというのは、ぼくにとってこれが初体験。
はじめはどうしても、音色の物珍しさばかりに耳が奪われがちになりますが、
何度も聴くうちに、レパートリーとなっているオカロランのメロディに惹かれるようになりました。
トゥールロホ・オカロラン(1670-1738)は、アイルランド伝説の盲目のハープ奏者で、
アイルランド最後の吟遊詩人といわれた人です。

オカロランが生前に残した200を超す曲は、今もハープ奏者ばかりでなく、
多くの楽器奏者が演奏し続けていて、前回話題にしたリーシャ・ケリーの新作でも、
オカロランの曲を演奏していましたね。
オカロランは、18歳で失明してからハープを修行し、まさに身一つで旅をしながら、
行く先々の土地の領主のために曲を作っては、歌い歩き続けました。

オカロランの知己に富んだ詩の才能や、作曲家としての才能を開花させたのは、
旅で出会った多くの人から援助の手を差し伸べられ、励まされたからで、
多くの人々の出会いが、彼の人生を豊かなものとしたことは間違いありません。
のちに上流階級の人々にも人気をよんだ成功者となるオカロランですが、
陽気で社交的な性格が幸いして、多くの人に愛されたんですね。
大酒呑みでもあった彼は、酒にまつわる失敗も数多くあったものの、
その憎めないキャラで切り抜け、周りから面白がられつつ、
温かな目で見守られていたようです。

そんなオカロランが書いた曲には、派手さのない美しさがあり、
ひそやかなロマンティックさや、哀愁味のあるところが胸に染み入ります。
冬の季節にぴったりの1枚ですね。

Claire Keville "IRISH MUSIC ON THE CLAVICHORD" no label CKCD003 (2015)
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ケリー氏族のハープ リーシャ・ケリー

Laoise Kelly  FAILTE UI CEALLAIG.jpg

古風なのに、フレッシュ。
そんな相反する要素を併せ持った魅力を持つ、リーシャ・ケリーのアイリッシュ・ハープ。
5年ぶりとなる新作でも、彼女のハープの魔力は変わることがありません。

チーフタンズ、クリスティ・ムーア、メアリー・ブラック、ドーナル・ラニー、シャロン・シャノンほか
数多くの名だたるミュージシャンと共演し、もはや若手と呼ぶにはふさわしくない、
豊富なキャリアを積んできたリーシャですが、ソロ・アルバムは今回で3作目と寡作な人です。
そういえば、01年のモレートとトリーナのニ・ゴーナル姉妹の来日にも同行したんでしたね。

今作はケリー氏族にちなんだ曲を集めたアルバム。
7曲目と11曲目に鳥のさえずりが聞こえてくるだけの、
今回も全編、リーシャ一人によるソロ演奏となっています。
粒立ちの良い音色で、爽やかさと軽やかさがリーシャの持ち味。
甘さに流れず、優雅さがあって気品を感じさせるプレイが、彼女の良さですね。

全11曲、35分ほどの小品なんですが、メドレーで紡がれるメロディの表情の違いは、
風景が鮮やかに変化していく様子を見るかのようで、
息を呑んだまま、じっと聴き耳を立ててしまいます。
流して聴くこともできるでしょうけれど、
彼女のプレイは、聴き手を集中させてしまう魔力を持っています。

Laoise Kelly "FAILTE UI CEALLAIG" Harpo LK004 (2015)
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ティンデの伝説的歌手を迎えて ティナリウェン

Tinariwen Live In Paris  UK  2014.jpg   Tinariwen  LIVE IN PARIS.jpg

前作も結局、記事を書かずじまいにしてしまったティナリウェン。
だって、もう、素晴らしいの一語につきちゃって、それ以外の言葉が出てこないんですもん。
新作のライヴも圧倒的で、今回もなんも書くことがないなあと思っていたんですけれども。

これまでDVDではライヴ盤があったものの、CDとしてはこれが初のライヴ盤。
ロケーションは、パリのブッフ・デュ・ノール劇場。おととし14年の12月13日に録られたものです。
今作の大きな目玉は、ゲストに伝説的な女性歌手ララ・バディを迎えたこと。
御年75のララ・バディは、トゥアレグ女性の伝統的な祝祭歌であるティンデ(ティンディ)を
アルジェリア南部タマンラセットに広めて、70~80年代に伝説化した人だそうです。

70年代トゥアレグたちは、弾圧から逃れるため、ディアスポラとして難民となっていきました。
男たちはゲリラとなり、リビアのゲリラ兵養成キャンプで誕生したティナリウェンの音楽が、
野営地から野営地へとダビングされ、
海賊カセットによって伝説化されたのはご存じのとおりですね。
その一方で、母系社会のトゥアレグ文化の中心をなす女性たちによるティンデが、
タマンラセットを中心に花開いていたということは、今回初めて知りました。

そのティンデが冒頭から歌われる今回のライヴ盤、
いつものティナリウェンのデザート・ブルースと違った雰囲気に包まれます。
ティナリウェンの男性メンバーたちが、♪ア~~~~~♪と
ドローンのような持続低音を唸り続けるのをバックに、
手拍子とパーカッションとベースが刻むリズムの上に、ララ・バディがチャントします。
これがトゥアレグ女性の伝統的なティンデ。
現地では、女性たちが布をかぶせた太鼓の周りに円陣になって座り、
太鼓を叩きながら、手拍子とウルレーションを交えたお囃しとともに歌われます。

ティナリウェンの方はいつものデザート・ブルースですけれど、
もはや風格を通り越して、滋味な味わいさえ感じさせる重厚さは圧巻です。
どれほどの悲哀や望郷の念が、一つ一つの歌に込められているのか、
その中身を想像さえつかないわれわれにも、圧倒的な説得力となって胸に迫ってきます。

Tinariwen "LIVE IN PARIS" Wedge 99254-5 (2015) [UK]
Tinariwen "LIVE IN PARIS" Wedge 87428-2 (2015) [US]
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ポルトガルが遺した音楽文化をたどって

VS01  GOA - GAVANA.jpgVS02  SRI LANKA – CANTIGAS DO CEILÃO.jpgVS03  SRI LANKA – BAILA CEILÃO CAFRINHA.jpg
VS04  DAMÃO, DIU, COCHIM, KORLAI – DESTA BARRA FORA.jpgVS05  MALACA – KANTIGA DI PADRI SA CHANG.jpgVS06 SUMATRA – KRONCONG MORITSKO.jpg
VS07  MACAU – FALA-VAI-FALA-VEM.jpgVS08  TIMOR – TATA HATEKE BA DOK.jpgVS09  MOÇAMBIQUE – MAKAYELA.jpg
VS10  S. TOMÉ – TCHILOLI.jpgVS11  CABO VERDE – DEZ GRANZI DI TERA.jpgVS12  BRASIL - O CAVALO MARINHO DA PARAÍBA.jpg

オフィス・サンビーニャの新作情報を見て、オドロきました。
ポルトガルのトラジソンから出ていた『ザ・ジャーニー・オヴ・サウンズ』シリーズが、
ライス・レコードからリリースされるとのこと。
もう15年以上も昔のシリーズですよ。
よくもまあ廃盤にならず、カタログに残ってたもんですねえ。

これ、素晴らしいシリーズなんですよ。
20世紀大衆音楽史に関心を持つ人なら、ゼッタイ聞き逃せないものです。
ポルトガルが大航海時代に世界各地へ遺した、音楽文化の痕跡をたどる企画で、
ポルトガルがかつて統治したアジア、アフリカ、南米の国々や地域の
民俗音楽とポピュラー音楽が分け隔てなく収録されています。

98年リスボン万博のポルトガル・パヴィリオンの公式CDとしてリリースされた全12タイトル。
ここでしか聞けない音源多数の貴重な録音集で、フィールド・レコーディングあり、
スタジオ録音あり、商業録音の復刻ありの、贅沢な編集内容となっています。
100ページを超す分厚いブックレットには、英語・ポルトガル語併記の充実した解説もあり、
研究資料として一級品というだけでなく、魅惑の南洋歌謡を存分に楽しむことができます。

これまでこのブログでは、本シリーズの“KRONCONG MORITSKO - SUMATRA” を
ちらっと取り上げただけですけれど、
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2013-05-02
拙著『ポップ・アフリカ700/800』には、モザンビークの合唱音楽マクワエラの名盤
“MAKWAYELA - MOÇAMBIQUE” を入れました。

アフリカ編では、サントメ島の“TCHILOLI - S.TOMÉ” も素晴らしいんです。
奴隷貿易の中継点だったサントメ島に息づく民俗劇の音楽チロリは、
ポルトガル人が伝えた中世の戯曲の脚本をもとに、
奴隷廃止後にブラジルから渡った労働者がもたらした音楽と融合して生まれたもので、
首から下げた太鼓、シェイカー、横笛によって演奏されます。
軽やかな笛の音色と弾む鼓笛隊のリズムは、ブラジル北東部のピファノのバンダそのもので、
アフロ・ブラジリアン文化がアフリカへ先祖帰りしてクレオール化した伝統芸能といえます。

またアジア編では、スリランカの村の歌自慢コンテストで歌われるカフリンニャが聴ける
“CANTIGAS DO CEILÃO - SRI LANKA” も聴きもの。
ポピュラー音楽が再土着化した姿は、ガーナの田舎で今も演奏されるパームワインのよう。
続編の“BAILA CEILÃO CAFRINHA! - SRI LANKA” でも、
南洋ミクスチュア歌謡の極みともいえる歌の数々に酔えます。

ただのフィールド・レコーディングの民俗音楽シリーズと思ったら大間違いの、
『ザ・ジャーニー・オヴ・サウンズ』シリーズ。
興味のある国や地域から、ぜひ聴いてみてください。

Collections : A Viagem Dos Sons / The Journey of Sounds
"GAVANA - GOA" Tradisom VS01
"CANTIGAS DO CEILÃO - SRI LANKA" Tradisom VS02
"BAILA CEILÃO CAFRINHA! - SRI LANKA" Tradisom VS03
"DESTA BARRA FOR A DAMÃO, DIU, COCHIM, KORLAI" Tradisom VS04
"KANTIGA DI PADRI SA CHANG - MALACA" Tradisom VS05
"KRONCONG MORITSKO - SUMATRA" Tradisom VS06
"FÁLA-VAI FÁLA-VEM - MACAU" Tradisom VS07
"TATA-HATEKE BA DOK - TIMOR" Tradisom VS08
"MAKWAYELA - MOÇAMBIQUE" Tradisom VS09
"TCHILOLI - S.TOMÉ" Tradisom VS10
"DEZ GRANZIN DI TERA - CABO VERDE" Tradisom VS11
"O CAVALO MARINHO DA PARAÍBA - BRASIL" Tradisom VS12
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エレクトロ・ボッサに仕上げた古典サンバ コレチーヴォ・サンバ・ノワール

Coletivo Samba Noir.jpg

カチア・Bとマルコス・スザーノがメンバーと聞いて、
へぇ~と思い、買ってきたものの、ロクに聴かずに放置したまんまだったCD。
暮れにCD整理をしていて聴き直したら、
そんなに悪くなかったので、あわてて処分候補棚から救出しました。

カチア・Bは、パリに渡ってクラブ・ジャズ系のミュージシャンと活動していた人で、
橋本徹のプロデュースで、J・ポップをボサ・アレンジにしたアルバムも確か出してましたね。
要するにオシャレ系のシンガーね、なんてずっとナメてたんだけど、
いつだったかブラジルで出したソロ・アルバムをチラ聞きしたら、
歌声が意外に良くって、好感度がぐーんとアップ。

そんな思いもあったので、マルコス・スザーノに加えて、
アート・リンゼイのグループで来日した7弦ギタリストのルイス・フィリーピ・ジ・リマや、
多くのセッションでひっぱりだこの鍵盤奏者ギリェルミ・ゲーがユニットを組み、
ノエール・ローザ、ルピシニオ・ロドリゲス、アンジェラ・マリア、アリ・バローゾ、
ドリヴァル・カイーミ、チト・マジなどのいにしえのサンバを、
エクスペリメンタルなサウンドで生まれ変わらせるという企画には期待を寄せたのでした。

ところがねえ、これのどこがエクスペリメンタル?
古臭いクラブ・サウンド丸出しのプロダクションに、思いっきり鼻白んだのでした。
実験的との謳い文句に、ロムロ・フローエスやパッソ・トルトあたりを連想してたので、超落胆。
で、1回聴いただけでほったらかし、売っちまうかあなんて思ってたんですが、
期待が大きすぎたんですかね。あらためて聴けば、アンニュイなムードがイヤミなくにじみ出る、
カチア・Bの自然体な歌いぶりは、とてもいい感じ。

先進的なところなどみじんもない、オシャレなエレクトロ・ボッサ。
アート・リンゼイをゲストに迎えたウィルソン・バチスタの“Meu Mundo E Hoje” なんて、
いい仕上がりです。ほかにも、エグベルト・ジスモンチ、カルロス・マルタ、ジャルズ・マカレーが
ゲストで参加しています。
やっぱ古典サンバはメロデイがしっかりしてるから、どんなに料理しても魅力的ですね。

Coletivo Samba Noir "COLETIVO SAMBA NOIR" Samba Town 5.071.185 (2015)
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ベイ・エリアのジャズ・ギタリスト ジョン・ショット

John Schott  ACTUAL TRIO.jpg

ギター・トリオのアルバムなんですけど、
レーベルがジョン・ゾーンのツァッディークと知って、
すんごいラディカルな演奏をする人なのかな?と身構えていたら、
拍子抜けするほど正統派なプレイに、ありゃりゃりゃりゃりゃ。

ジョン・ショットは、ベン・ゴールドバーグ、T・J・カーク、チャーリー・ハンターとの共演や、
トム・ウェイツほかジョン・ゾーンのプロジェクトに参加してきた、
ベイ・エリアのヴェテラン・ギタリストだそうです。
ツァッディークでの3作目にあたる本作は、
オークランドで4年間一緒に活動してきたアクチュアル・トリオの初録音とのこと。

ジム・ホールみたいなオーソドックスな曲の合間に、
風変わりなリズム構成を持つ“Egyptians” のような曲が入り込んでたりして、
なかなか気を抜けないのが、このアルバムの面白いところ。
ジョン・ショットのプレイも、ジム・ホールからジョン・アバークロンビー、
いろんな人のリックが聞こえてきますよ。
なめらかに弾けるくせに、
わざとひっかかるようなフィンガリングを聞かせるところもすごく面白い。

押し出しの強さはないものの、曲のモチーフに合わせた引き出しの多さが聴きどころ。
「ジェイムズ・ブラッド・ウルマーのために」というサブ・タイトルが付いた“Hemophilia” では、
ウルマーとは似ても似つかぬ繊細さで、ハーモロディクスを展開していますよ。

地味ながら、現代性を加味したギター・プレイに、繰り返し聴きたくなるスルメ盤です。

John Schott "ACTUAL TRIO" Tzadik TZ4011 (2015)
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作曲と即興の対話 ヘンリー・スレッギル・ゾーイド

Henry Threadgill Zooid  IN FOR A PENNY, IN FOR A POUND.jpg

あけましておめでとうございます。

年明け早々フリー・ジャズっていうのも、妙な取り合わせでしょうか。
ヘンリー・スレッギルの新作が出ていたことにずっと気付かず、
暮れぎりぎりに聴きながら、年間ベストに潜り込ませるのもためらわれ、
年明け第1弾とさせていただきました。

この新作2枚組、いつもと変わらぬスレッギル節が詰まっているんですけれど、
これまでになくわかりやすく、
完成度の高いコレクティヴ・インプロヴィゼーションに感じ入りました。
スレッギルの複雑なコンポジションを演奏するには、
長年一緒に演奏してきたメンバー同志の、あうんの呼吸が必要なわけで、
11年の前作“TOMORROW SUNNY / THE REVELRY, Spp” から、
ベースの武石務が抜けただけの今回のメンバーは、鉄板ですね。

変則的なリズム構成のうえに、怪しげな音を配列したスレッギルのコンポジションを
よく理解したメンツが奏でる即興演奏は、
いわゆるジャズの語彙から離れていて、フリー・ジャズと呼ぶ必要すら感じないものです。
音楽を最高度に自由な境地で演奏しているという意味では、
素直に、「フリー・ミュージック」と呼べばいいと思いますね。

スレッギルだって、この境地に至るまで、長い道のりがありました。
前衛ジャズの典型ともいえる、演劇的な演奏だって、さんざんやってきたし、
そういう皮相のジャズの語法やグルーヴの快感を捨てて、
スレッギル流の集団即興の方法論を作り上げ、
メンバーとともにこの叙事詩のような音楽を磨き上げてきたといえるんじゃないでしょうか。
かつての名盤“TOO MUCH SUGAR FOR A DIME” のカッコよさも忘れられないんだけど、
ゾーイドになってからのスカスカのアンサンブルの方がより自由度を増していて、ぼくは好き。

高い技量を発揮していても、聴き手に緊張を強いることなく、
ユーモアや遊びゴコロも感じさせる自然発生的な旋律が踊る演奏は、
ぼくが大好きなブラジルのショーロと、相通ずるものがあります。
フリー・ジャズとショーロの両方を聴く人はあまりいないかもしれませんが、
ぼくがヘンリー・スレッギルが好きなのは、
ショーロと同じように聴けるからという理由が一番大きいんですよね。

和声より対旋律の動きを追う面白さは、ショーロの醍醐味でしょう。
スレッギルの方は和声との調和をわざと無視して、旋律を動かしていくからこそ、
より複数の旋律を積み上げる快楽があるといえます。
一聴、耳障りな音が、耳障りの良い旋律に転化するところは、
ショーロにないスレッギルの音楽の魅力です。

サックス、フルート、チューバ、トロンボーンの管楽器と
ギター、チェロの弦楽器がちょこまかと動き回る様子は、
半径30センチくらいのところを、いったりきたりする独楽鼠のよう。
自分の周りで遊びまわる、カワイイ小動物を眺めている気分というか、
お掃除ロボットのルンバを眺めているような楽しさを覚えます。

Henry Threadgill Zooid "IN FOR A PENNY, IN FOR A POUND" Pi Recordings PI58 (2015)
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