So-net無料ブログ作成

ボサ・ノーヴァのフロウを発明したリズムの天才 タクシー・サウダージ

Taxi Saudade BOSSA-MONK.jpg

「ボサ・ノーヴァを日本語で歌ったところで、しょせん借り物の歌謡曲にしかならない。
日本人が日本語でボサ・ノーヴァを歌えないのは、サンバのリズムがわかってないからだよ」
そんなことをしたり顔で言っていたぼくの後頭部を、
タクシー・サウダージのデビュー作は、思いっきり張り倒したのでした。
ここまで見事に、日本語をサンバのリズムに乗せて歌ってのけた人は、彼が初めてです。
サンバのニュアンスをしっかりと持ったその歌い口に、ぼくはすっかりまいってしまったのでした。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2014-07-22

衝撃的だったあのデビュー作から1年、早くも届いた2作目。
新作はボサ・ノーヴァばかりでなく、サンバやマルシャも取り入れ、
タクシー・サウダージのサンバ解釈がホンモノであることを、鮮やかに示しています。
でも今作のスゴさは、そんなところにあるんじゃないですね。
はっきりいって今作でのサンバは、アルバムにほんのアクセントをつけたにすぎません。

今回ぼくがブッとばされたのは、オープニングの<ボサ・ノーヴァ・ラップ>と、
シャンソンの大有名曲「枯葉」のカヴァーです。
<ボサ・ノーヴァ・ラップ>なぞと思わず口走ってしまいましたが、
冒頭のオリジナル曲「尊いこと」のヴォーカルは、
そうとしか表現しようのない、ユニークなヴォーカル・スタイルを聞かせてくれます。
ぼくはこの1曲で、タクシー・サウダージがリズムの天才であることを確信しましたね。

前作で彼は、日本語をボサ・ノーヴァのリズムにのせる類まれなるセンスを発揮しましたけれど、
新作ではそれをさらに深化させ、ラップにおけるフロウを、
ヒップホップでなくボサ・ノーヴァという土俵でやってのけているんですよ!
こんな斬新なリズムの挑戦をした人、誰ひとりもいません。よくまあ、考えついたなあ。
いや、おそらく、頭で考えたアイディアではないんでしょうね。
これほど自然体で表現できるのは、日本語の響きをリズムにのせていく天性のリズム感を、
身体の中にしっかりと持っているからこそなんでしょう。

さらに、その日本語をリズムにのせる勘の良さを証明してみせたのが、
あの超有名曲「枯葉」のカヴァー。
聴き慣れた「枯葉」の譜割りを変えて、彼独特のボサ・ノーヴァに仕上げているんですが、
このリズム・アレンジの新鮮さには、降参です。
「枯葉」のボサ・ノーヴァ・カヴァーなんて、とんでもなく凡庸になりそうなところを、
こんなふうに聞かせることができるのかというオドロキの仕上がりに、
タクシー・サウダージの天性のリズム・センスが如実に表れています。
ジョアン・ジルベルトの歌とギターのリズムのズレを研究し、体得したからこその芸当でしょうか。

タクシー・サウダージの真骨頂はリズムにあり、ですね。

Taxi Saudade 「BOSSA-MONK」 Ja Bossa Disc JBD001 (2015)
コメント(0) 

アフリカン・モダン・フォーキー ブリック・バッシー

Blick Bassy  AKÖ.jpg

カメルーンって、面白い才能を生み出す国だなあ。
ヤウンデ生まれのブリック・バッシーは、繊細な感性をうかがわせる、
モダン・フォーキーな歌を歌うシンガー・ソングライター。
ブリックが弾くギターに、チェロ兼バンジョーとトロンボーンの白人演奏家二人による
ユニークなトリオ編成。曲によってはサンプルやハーモニカも加わり、
品のいい室内楽ふうの演奏にのせ、ひ弱な歌い口で、とぼけた味の歌を聞かせます。

ノー・フォーマット!というレーベルらしい、いかにもヨーロッパ人好みの音楽といえますけれど、
ひ弱そうな音楽の根底に、おおらかなアフリカ性が横たわっているのが伝わってくるので、
アフリカン・ポップス・ファンにも十分アピールするものを持っている人です。
といっても、記号化されたアフリカン・サウンドはいっさい登場しないので、
リシャール・ボナにアフリカ性を感じ取ることのできるファン向けといえるかな。
じっさいブリックは、リシャール・ボナのセンシティヴさと共通する資質を感じさせますね。

ブリックは21人兄弟という大家族に生まれ、両親が建てた教会の合唱隊で5歳の時から歌い、
17歳の時に初めての自分のバンド、ザ・ジャズ・クルーを結成しています。
のちにマカズと改名するこのジャズ・フュージョン・グループで10年近く活動したのち、
パリに渡ってソロ活動を始め、05年にデビュー作を出して以降、本作が3作目とのこと。

面白いのが、デルタ・ブルースのスキップ・ジェイムズにインスパイアされて、
本作を制作したというエピソード。なんでまた、スキップ・ジェイムズ???
直接スキップ・ジェイムズの影響を感じさせる部分はありませんけれど、
ファルセットなどを交えながら、繊細な陰りを持つスキップ・ジェイムズの特異な音楽性に、
ブリックが共感したのも、わかるような、わからないような。
子供の頃の情景とダブるものを、スキップ・ジェイムズのブルースに感じているんだそうです。

ほかに影響を受けたミュージシャンに、ニーナ・シモン、マーヴィン・ゲイ、ビートルズに並んで、
カメルーンのギター弾きでマコッサを歌った第一人者のエボア・ロタンや、
アシコの王様ジャン・ビココ・アラディンを挙げているところは、やはりカメルーンの人ですね。
ちなみにブリックは、ジャン・ビココ・アラディンと同じバサ人で、
このアルバムでも全曲バサ語で歌っています。
母語で歌うことにこだわるのも、リシャール・ボナと共通していますね(ボナはドゥアラ語)。

Apple のiPhone 6 のCM で、ぼくもこのアルバムの存在を知ったクチですが、
わずか30分足らずの作品とはいえ、クオリティの高さに驚かされました。
朗らかな音楽の表情とユーモアあふれるステキな作品です。

Blick Bassy "AKÖ" No Format! NOF28 (2015)
コメント(0) 

お悔やみ ヴィクトル・デメ

20100612_Victor Démé.jpg

ブルキナ・ファソのマンディンゴ人シンガー、ヴィクトル・デメが今月21日に亡くなられたそうです。
まだ53歳という若さで、病院に向かう途中で息を引き取ったとのこと。
マラリアが死因だったというのには驚かされました。
成人したアフリカ人はマラリアの免疫を持つので、
亡くなるようなことはないとばかり思っていたんですが、
マラリアで命を落とすのは小児とは限らないんですね。

ヴィクトル・デメは、46歳にしてデビュー作をようやく出した苦労人の歌手です。
アビジャンでプロとなり、アブドゥライ・ジャバテのシュペール・マンデにも参加しましたが、
ブルキナ・ファソ帰国後は、音楽で生計を立てることができず、
仕立て屋をしながら、細々と歌い続けてきたという人でした。

08年にリリースしたそのデビュー作は、ブルージーなナンバーを力の抜けた声で歌い、
苦節の日々が滲む、味わい深いアルバムでした。
4万枚のセールスをあげ大成功となったデビュー作は、
『ブルキナファソからの黄昏アフロ・ブルース』という秀逸なタイトルが付けられ、
日本でもリリースされました。

Victor Deme  2010.jpg

10年6月には、日本にも来てくれたんですよ。
気さくな人柄で、歌手というより、近所のおじさんのような親しさを感じさせる人でしたねえ。
ニコニコしていた笑顔が印象的だったなあ。
遅咲きだったからこそ、まだまだ活躍してほしい人でした。残念です。

Victor Démé "VICTOR DÉMÉ" Chapa Blues CPCD001 (2008)
コメント(2) 

乞来日 セルソ・フォンセカ

Celso Fonseca  LIKE NICE.jpg

蕩けますねえ。
つぶやくように歌う、セルソ・フォンセカのセクシー・ヴォイス。
やっぱこの人は、ボサ・ノーヴァを歌うのが、一番魅力的。
09年のギター弾き語りアルバム“VOZ E VIOLÃO” も、どんだけ聴いたことか。
CDだけでは飽き足らず、収録曲の多いDVDもずいぶん観たもんです。
男のぼくが観てても、ゾクゾクするんだから、女性ファンはもうたまらんでしょう。

さて、そんなセルソのボサ・ノーヴァ・ヴォーカルを堪能できる新作は、
セルソの単独名義となっているものの、ロナルド・バストスとの共作曲が大半を占めていて、
01年の“JUVENTADE - SLOW MOTION BOSSA NOVA” の続編とも言うべき内容。
セルソ・フォンセカが爪弾くギターのバチーダに、
管弦楽オーケストラが絡むシルキーなサウンドは、
クラウス・オマーガンが指揮したオーケストレーションで知られるジョビンの名作
“THE COMPOSER OF DESAFINADO, PLAYS” “WAVE” と見事にオーヴァーラップします。

フェロモン出まくりだった“JUVENTADE - SLOW MOTION BOSSA NOVA” と比べると、
さすがに年月を経た感がありますね。
円熟味を増して、若いギラギラ感が削ぎ落ちたってところでしょうか。
甘美なメロディ揃いで、とろっとろだったあのアルバムに比べると、
本作は色彩感を抑えた、シブい味わいのアルバムとなっています。
あのアルバムが甘口すぎると感じていた人には、むしろ本作の方がなじみやすいはず。

来日を望んでいるファンは大勢いると思うんですが、ゲストで来たことはあるものの、
いまだ単独公演は実現せず。今度の新作を機に、そろそろどうですかね。

Celso Fonseca "LIKE NICE" Universal 060254732677 (2015)
コメント(0) 

トンブクトゥ・ソウル・ディーバ ハイラ・アルビー

Khaira Arby  Gossip.jpg   Khaira Arby  Timbuktu Tarab.jpg

待ってました! トンブクトゥのディーバ、ハイラ・アルビーの新作。

The Festival in The Desert.jpg初めてハイラ・アルビーを知ったのは、
04年の『砂漠のフェスティヴァル』のDVDでした。
といっても、ハイラが登場するのはステージではなく、
砂漠の人だまりの中で、
アクースティック・ギターを弾く男性を従えて歌う、
わずか1分にも満たないシーンなんですけれどもね。
その短いシーンながら、
グリオばりの朗々とした歌声を響かせ、
恰幅のいい身体を揺らしながら、
手拍子を叩き堂々と歌う姿に圧倒され、
ハイラ・アルビーの名前は、
即、脳裏に刻まれたのでした。

思えばあのDVDは、
メインで登場するティナリウェンやウム・サンガレより、
ハイラ・アルビーのようにチラッとしか出てこないシンガーやバンドの方が刺激的で、
シュペール・オンズの存在を知ったのも、『砂漠のフェスティヴァル』が初めてでしたね。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2014-02-26

さて、そんな強烈な印象を残したハイラ・アルビーですけれど、
その後調べてみると、トンブクトゥではティナリウェンを凌ぐ人気を誇る、
ソンガイ音楽のトップ・スターだということがわかりました。
グリオ出身かと思わせる素晴らしい歌声ですけれど、ハイラはグリオではなく、
ソンガイのほかトゥアレグとアラブのルーツを持つ人だったんですね。

当時すでに3枚の現地盤をリリースしていて、
そのうちの1枚“YA RASSOUL” はCDリリースされていることも判明したんですが、
マリ盤CDを日本で入手するのは不可能で、結局聴けずじまい。
それだけに、アメリカのクレモント・ミュージックから、
10年の世界デビュー盤“TIMBUKTU TARAB” が出た時はカンゲキしたものです。
(余談ですが、10年にCD番号なしで出た初版はすぐ廃盤となり、
13年にCLE005で再発されました)

本作はその世界デビュー盤に続くアルバムで、通算5作目にあたるアルバム。
前作同様、ロック感覚を吸収した若いメンバーたちによるバンド・サウンドが
キリッと引き締まっていて、ソウル・ディーバの歌いっぷりをいっそう輝かせています。
今回はデモ・バンドのホーン・セクションもゲスト参加し、さらにサウンドに厚みが増しました。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2012-09-12

マリのみでリリースされた過去2作の再発も計画中だそうで、期待が高まります。
アメリカ・ツアーも成功を収めていて、ぜひ日本にも呼んでもらいたいものですねえ。
アフリカのシンガーで今一番観たい人といえば、ハイラのほかにありません。

Khaira Arby "GOSSIP" Clermont Music CLE011 (2015)
Khaira Arby "TIMBUKTU TARAB" Clermont Music no number (2010)
[DVD] V.A. "THE FESTIVAL IN THE DESERT" Triban Union/Wrasse WRASS129 (2004)
コメント(0) 

無為の音楽 DJまほうつかい(西島大介)

DJまほうつかい(西島大介) 「LAST SUMMER」.jpg   西島大介直筆ドローイング.jpg

どういう風の吹き回しか、魔が差した(?)のか、わかりませんが、
生まれて初めてアンビエントのコーナーでCDを買いました。

DJまほうつかいという、本職は漫画家である西島大介の作品。
この人の漫画を読んだことはないんですけれど、
どこかで見たことがあるようなイラストに目が留まって、手に取ってみたら、
西島氏の直筆ドローイングが入ってたんですね。
そのドローイングに惹かれて、聴いてみたくなったんでした。

試聴してみると、ピアノ・ソロのアルバムで、
冒頭の即興曲の無為な表情に引き込まれました。
メロディがあるような、ないような、モチーフをそのままフレーズにして紡がれる曲。
手探りで鍵盤を押さえていくような演奏は、幼児が初めて音の出る楽器に接して、
驚き楽しむ無邪気さと共通するところがあります。

こういう無為な音楽を成立させるのって、とても難しいと思うんですよ。
ピアノの上達とともに、こういう素朴な音列を弾いて楽しむことを、人は忘れがちだし、
達者な演奏家が、あえてこういう「ヘタウマ」な音楽をやると、
作為のいやらしさがどうしてもつきまといます。
上手く弾きたいとか、きれいに弾きたいとか、人を感動させたいとか、
そういった雑念を取り払って、音を出すことそのものに没入するのは、
そうたやすいことではありませんよね。

キース・ジャレットに代表される、ナルシシズムの塊みたいな自己陶酔型のピアノは
虫唾が走る性分なので、現代音楽だろうが、アンビエントだろうが、フリー・ジャズだろうが、
こういう音楽はほとんど受け付けられないんですけれど、
この人のピアノを抵抗なく聴けたのは、無為の音楽に徹していたからだと思います。

乾いた叙情の伝わる曲や、愛らしさやせつなさがまじりあった曲も、
しみじみとしていいですね。
全編、無為の音楽に透徹された演奏かといえば、
3曲目の後半や6曲目の一部に、自意識が立つような場面もないじゃないですけど、
ぼくは、この人の演奏、とても気に入りました。

DJまほうつかい(西島大介) 「LAST SUMMER」 ウェザー[ヘッズ] HEADS207 (2015)
西島大介直筆ドローイング
コメント(8) 

ブラザヴィル伝説の名バンド ネグロ・バンド

Negro Band LES MERVEILLES DU PASSE 1959-1970.jpg   Negro Band  1958-2013 Re-Edition Des Merveilles Du Passe.jpg

アフリカのヴィンテージ録音でリリースされるのは、欧米の研究者による編集盤ばかりで、
当のアフリカからは、まったく登場しなくなってしまいましたね。
ジュジュ、ハイライフ、アパラなどの古いレコードを
せっせとCD化しているナイジェリアが例外中の例外といえますけれど、
ほかの国では、若者が昔の音楽を必要としていないし、
オールディーズを懐かしむ中高年層も存在しないってことなのかなあ。

そんなことに思いを巡らしたのは、
珍しくアフリカ人の手によるリイシュー盤が届いたからなんですね。
コンゴ共和国がフランスから独立した58年にブラザヴィルで結成された伝説のバンド、
ネグロ・バンドの60年代末録音集です。
これまでネグロ・バンドの録音は、60年代前半のシングルから10曲をCD化した
フェモカ盤が1枚ありましたが、貴重な内容ながら、音質には難がありました。

今回CD化したアニサ・ンガパイ・プロダクションというレーベルは、
ブラザヴィル出身のヴェテラン歌手で、
一昨年に亡くなったジャック・ルベロのCDも出しているので、
レーベルを主宰するアニサ・ンガパイという人、おそらくコンゴ(ブラザヴィル)人なんじゃないかな。

ネグロ・バンドは、クラリネット兼サックス奏者の
マックス・マセンゴが中心となって結成されたバンドで、
のちにオルケストル・バントゥーの母体となったロッカ・マンボとともに、
新興のレコード会社エセンゴの専属バンドとして活動し、
60年代前半に数多くのシングル盤を残しました。
68年にはパリのパテ・マルコーニでマラソン・セッションを行い、
69年に初のアルバム“A TOUT CASSER” をリリースしています。

今回CD化されたのは、この69年作に8曲を追加したもの。
このマラソン・セッションは、77年に2枚組LP(2C150-15971/2)として17曲がLP化されていて、
本CDでは2曲が入れ替わっています。
ラテン色の濃いサウンドを堪能できる、ネグロ・バンド黄金期を代表する最高の演奏集です。
日本未入荷なのが残念なんですけれど、グラン・カレあたりが好きな人なら、ゼッタイですよ。
関係各位の皆さま、ぜひ入れてください。

Negro Band "LES MERVEILLES DU PASSE 1959-1970" Anytha Ngapy Production NGAPY13005
Max Massengo & Le Negro-Band "1958-2013 RE-EDITION DES MERVEILLES DU PASSE" Femoca 1301
コメント(0) 

アダルト・シャバービー アマール・マヘル

Amal Maher  WELAD EL NAHARDAH.jpg

おぅ! 待ってました。エジプトの女性歌手アマール・マヘルの新作ですよ。
エジプトのシャバービーでは、イチ押しのシンガーであります。
かつてはアンガームびいきのワタクシでしたが、
10年のエレクトロ・シャバービー・アルバム“MAHADESH YEHASEBNI” に幻滅して、
今はアマール・マヘルに乗り換えさせていただいております、ハイ。

アマールがウム・クルスームに学んだ実力派シンガーであることは、以前書きましたが、
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2012-02-27
古典をしっかり身につけたコブシ使いの美しさは、若き日のアンガームを思わせ、
レバノンあたりのルックス重視なシャバービー・シンガーとは、
格の違う歌唱力を示していました。

惜しむらくは、これまで楽曲に恵まれず、
いまひとつその才能を爆発させられないでいるように思えたんですが、
前作“AARAF MENIEN” でようやくヒット曲にも恵まれ、
スター歌手としてひと回り大きく成長したのを感じさせました。

そして、4年のインターバルを経て、
じっくりと時間をかけて制作された新作は、前作をさらに凌ぐ出来栄え。
レバノンのシャーバビーのような、うるさい打ち込みは一切登場せず、
生音重視のデリケートなプロダクションは、
実力派シンガーの歌唱を浮き彫りにするのに、ふさわしい演出となっています。
思うに、ドガスカうるさいプロダクションって、
ヘタクソな歌をごまかすためにあるんじゃないかとも思えてきますね。

アマールもよく練られたアレンジに応えて、じっくりと歌を聞かせていて、
流麗な響きのストリングス・オーケストラが、
しっとりとした歌の味わいを、いっそう香ばしいものにしています。
内容が良いだけに、文句を言わせてもらいたいのが、ジャケットの人工的メイク。
美女が台無しなうえ、中身のデリケイトなプロダクションも台無しじゃないですか。
制作スタッフの神経を疑います(怒)。

Amal Maher "WELAD EL NAHARDAH" Mazzika MAZCD252 (2015)
コメント(4) 

秋刀魚とムラユ ジャミラー・アブ・バカル

Jamilah Abu Bakar  BAYUN TARI PANGLIMA.jpg   Jamilah Abu Bakar  BAYUN TARI PANGLIMA  VCD.jpg

マレイシアの伝統家屋の室内で、伝統衣装を身にまとった女性がたたずむジャケット。
昔のマレイのカンポン(村)の暮らしのイメージを、
グラフィック化したジャケットは、中身が伝統歌謡であることを伝えてくれます。
ムラユ歌謡を久しく聴いていなかっただけに、即飛びついちゃいましたよ。

誰のアルバムかと思えば、3年前、みずみずしい伝統クロンチョンを聞かせてくれた
新人女性歌手ジャミラー・アブ・バカルじゃないですか。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2012-03-06
いやー、こりゃ嬉しいですねえ。
ここのところマレイシアでは、このテの伝統歌謡がまったくといっていいくらい
リリースされなくなってしまったので、これは貴重な一作といえます。

今回はクロンチョンばかりでなく、シティ・ヌールハリザが
『東方のともしびコンサート』でも歌っていた“Jangan Ditanya” はじめ、
マレイシア伝統歌謡の名曲を交えながら歌ったポップ・ムラユ・アルバム。
ジャミラーは柔らかにこぶしを回しながら、若さに似合わない落ち着いた歌声で、
しっとりと歌っているんですよ。いいですねえ。
他の歌手だったら、ここで声を張るだろうなというところでも、
けっして強く歌わず、抑えた歌いぶりに徹するところは、好感度高しです。

アコーディオン、ガンブース、ルバーナの響きをたっぷりと生かしたムラユ、
リズム・セクションやシンセサイザーを取り入れつつ、チュック、チャックの音色が
耳残りするクロンチョンと、プロダクションも申し分ありません。
庶民の食卓には定番の秋刀魚が高騰して、いまや稀少な存在になりつつあるのと、
どこか似た境遇を感じる、マレイシアの庶民が愛した伝統歌謡の快作です。

Jamilah Abu Bakar "BAYUN TARI PANGLIMA" Warisan/PMP Entertainment WR1464/PMP6171 (2015)
[VCD] Jamilah Abu Bakar "BAYUN TARI PANGLIMA" Warisan/PMP Entertainment WR1567/PMP-V6176 (2015)
コメント(3) 

ブラジルのダンス音楽絵巻 アミルトン・ジ・オランダ

Hamilton De Holanda & O Baile Do Almeidinha.jpg

これまでになくポップに仕上がった、アミルトン・ジ・オランダの新作。
う~ん、こういうのを待ってたんですよぉ。

ここのところアミルトンは、精力的にレコーディングをしていて、
次々と作品を制作していますよねえ。
その仕上がりは、芸術志向に振れることもあれば、
今回のようにエンタテインメントに振れることもありと、
かなり振幅のあるアルバムづくりをしています。

天才的な技巧と表現力を兼ね備えたアミルトンゆえ、
それをフルに発揮するも良し、リラックスして弾くも良しなんですが、
過度にアーティスティックな演奏は似合わないと思っているので、
アンドレ・メマーリのような共演者は、持ち味が違うと感じてしまいます。

その意味で、ダンサブルなポップなナンバーを、ガフィエイラ・スタイルで演奏した
今回のアルバムは願ってもない企画で、アミルトンのキャリアの中でも、
大衆性と娯楽性に富んだ最右翼の作品に位置づけられると思います。

今回の編成は、ベース、ドラムスのリズム・セクションに、
サックス、フルート、トランペット、トロンボーンの管楽器を加えたアンサンブル。
ショーロやサンバばかりでなく、ショッチやフレーヴォなどの北東部リズムも取り入れ、
ブラジルのダンス音楽絵巻をたっぷりと見せてくれますよ。

ベースは、先日記事にしたばかりの、
ヤマンドゥ・コスタとのデュオ作で共演していたグート・ヴィルチ。
ドラムスはシャンジ・フィゲイレドで、ほかにもトランペットのアキレス・モラエス、
サックスのエドゥアルド・ネヴィスなど、
ブラジリアン・ジャズで活躍する精鋭が揃っています。

レパートリーはアミルトンの自作曲がほとんどですが、グート・ヴィルチの曲が2曲、
アミルトンとグートの共作が2曲あり、どれもメロディアスでポップな曲ばかり。
「踊れる」楽曲をテーマにしたとのことですが、
本当に踊るには、キメのブレイクが多すぎるかも。
レストランでライヴを楽しむようなダンス気分を味わえる一枚です。

Hamilton De Holanda & O Baile Do Almeidinha "HAMILTON DE HOLANDA & O BAILE DO ALMEIDINHA " Brasilianos BPR015 (2015)
コメント(2) 

マーマーエー物語【後編】

Mar Mar Aye Flyer.jpg

マーマーエーがアメリカに亡命していた2003年、
在日ミャンマー人社会の招きにより、初来日が実現しました。

当時、ミャンマー人の雑貨店によく通っていたぼくは、
マーマーエーの古いカセットのジャケットと同じ絵をあしらったチラシが、
店内に貼ってあるのに、おや?と気付きました。
イラストのほかは、びっしりとビルマ文字が書かれているだけで、
なんのチラシだかわからず、店の親父さんに訊ねてみると、
なんとマーマーエーのコンサートの告知だというじゃありませんか。

チケットも売っているというので、喜び勇んで購入すると、
これまたビルマ文字ばかりで、日時・場所すらわからず。
「9月21日 上野・水上音楽堂」だと教えてもらいました。
在日外国人コミュニティのコンサート情報というのは、
アクセスのない一般の日本人にはまったく伝わってこないので、
事前にコンサートの情報をキャッチできたのはラッキーでした。

Mar Mar Aye ticket.jpg

この時だって、マーマーエーの絵に目がとまらなければ、
店の人に訊ねることもなかっただろうし、
そもそも絵がなかったら、気付きようもなかったでしょうからね。
事後に歌手の来日情報を知って地団太を踏む、なんてことが何度もあったので、
この時ばかりは、すごく嬉しかったです。

さて、当日は、5時間にも及ぶ長丁場のプログラムで、
素人のカラオケのど自慢に始まる、ミャンマー演芸祭といった趣。
あいにくの雨模様で、そのうえ季節外れの寒さに震えた午後でした。
上野の水上音楽堂には屋根があるんですが、冷えた堅いベンチの上で、
マーマーエーのステージが始まるのをじっと待つのは、なかなかの苦行でしたよ。

20030921_Mar Mar Aye.jpg

カラオケ大会では、客席のマーマーエーが審査員を務めてコメントもするんですが、
間延びした進行で空き時間も多く、その間にマーマーエーにサインをいただきました。
声をかけるのに、一瞬臆してしまうような大物感を醸し出していて、
さすが大御所といったオーラを放つ人でしたが、ぼくの差し出した仏教歌謡集のCDに、
さっと早業で小さくサインを入れたのが印象的でした。
あとにもさきにも、こんなに小さくサインした人って、マーマーエー一人だけだなあ。

長いカラオケ大会がようやく終わり、ステージの準備が整うと、
サウン(竪琴)2台を伴奏に歌う女性歌手の前座が始まります。
そして、待ちに待ったマーマーエーが、いよいよステージに登場。
サンダヤー・トゥンエーヌエのキーボードのほか、ヴァイオリンなど
在日ミャンマー人演奏家を伴奏に、伝統歌謡をたっぷりと歌ってくれました。

Mar Mar Aye  2013.jpg

ちょうど同じ年の2月、ポップスから伝統歌謡まで幅広く歌うメースウィが来日して、
生のミャンマー伝統歌謡を経験したばかりだったんですけれど、
マーマーエーの歌は、格が違いましたね。
マーマーエーはこの後07年1月にも再来日したそうですが、
事前に情報をキャッチできず、見逃してしまいました。
もっともこの再来日時は風邪をひいていて、歌声はいまひとつだったとも聞きましたが。

さて、話は変わり、その後軍政に終止符を打ったミャンマーは、
それまでの政治的抑圧を緩め、マーマーエーも12年に帰国を赦されました。
13年1月にはヤンゴンの人民公園、2月には国立劇場でソロ・コンサートを開き、
祖国での音楽活動を再開していますが、
まだ一時帰国をしながらの活動となっています。
アメリカで心臓バイパス手術を受けたマーマーエーは、
ミャンマーの医療施設では不安があることに加え、
高額の医療費をミャンマーで稼ぐこともできないとして、
本格的な祖国復帰は、いまだ実現していないのでした。

2003年9月21日 上野・水上音楽堂 マーマーエー・コンサート告知チラシ
2003年9月21日 上野・水上音楽堂 マーマーエー・コンサート・チケット
Mar Mar Aye "NA CHE SHI SUU" no label no number
コメント(0) 

マーマーエー物語【前編】

Mar Mar Aye  THE PLEASANT MORNING SONGS.jpg

ミャンマーのレーベル、イースタン・カントリー・プロダクションのカタログは、
器楽演奏ばかりかと思っていたら、ミャンマー伝統歌謡の大御所
マーマーエーのアルバムがあったのは意外でした。
今日びミャンマー国内でこれほどしっかりと制作された古典歌謡は、
めったにリリースされないので、貴重な1枚です。
最近またエル・スールに入荷したようなので、
ミャンマーの伝統歌謡好きの人にはオススメします。

あらためて、マーマーエーこと本名エーミンの経歴を振り返ると、
まだミャンマーがイギリス支配下だった1942年7月26日、
フネー(ダブル・リードの笛)奏者の父ウー・エーと、歌手の母タン・ニッのもと、
南部イラワディ川下流大デルタの町ミャウンミャに生まれます。
母親の芸名がミャウンミャ・タンだったのは、
町を代表する歌手だったことを想像させます。

マーマーエーは8歳から歌い始め、13歳の時に歌った
“Thet Tan Paw Hmar Kasar-mae” が大ヒットとなり、一躍有名になります。
無声映画の時代から映画の挿入歌を歌い始め、
80年代までにミャンマー映画の8割近くを歌い、
彼女が残した録音は、6000曲以上に上るといいます。

歌手としてだけでなく、映画にも3作出演し、自伝的小説を2冊著しています。
さらに歌手として名声を得たのちは、後進の育成のために、
マーマーエー財団、歌手養成アカデミー、音楽出版社を設立し、
レコーディング・スタジオの運営にも携わりました。

ビルマ国営放送(BBS)で16年間要職を務め、国立音楽協会の一員となるなど、
名実ともにミャンマー音楽界の大物になったマーマーエーでしたが、
89年、大きな転機が訪れます。

ソウ・マウン率いる軍事クーデターによって体制維持を図った軍部は、
マーマーエーのアルバムをすべて発売禁止処分とし、
歌も放送禁止にして、マーマーエーの名をマスコミの場から抹殺したのです。
アウンサンスーチーが自宅軟禁されたのと時同じくして、
軍部は芸能者たちにも、容赦ない圧力をかけたのでした。
こうして多くの歌手同様、マーマーエーも98年にアメリカへ亡命します。

インディアナのフォート・ウェインに落ち着いたマーマーエーは、
ミャンマーの民主化運動に関わり、
民主化運動のキャンペーン・ソングなども歌うようになります。
08年には、サイクロン災害救援の募金活動をするなど、
軍事政権下で救援の手が届かない人々のために尽力しました。

少し長くなってきました。続きは次回にしましょう。

Mar Mar Aye "THE PLEASANT MORNING SONGS" Eastern Country Production no number
コメント(0) 

ミャンマーの木琴パッタラー チョー・ミョ・ナイン

Kyaw Myo Naing.jpg

木琴のころころとした音色が好きです。
アフリカのバラフォンやインドネシアのジェゴグのような、
倍音たっぷり、強烈なノイズを巻き起こすド迫力の木琴も大好きですけれど、
マリンバをもっと素朴にしたような木琴の響きは、
どこかトイ・ピアノに通じる愛らしさがあります。

そんな木琴ファンの心をくすぐるアルバムと出会いました。
それがこのミャンマーの木琴、パッタラーの演奏集。
セイン・ムーターなどの諸作で知られるミャンマーの古典音楽専門レーベル、
イースタン・カントリー・プロダクションからリリースされたアルバムです。

ジャケット写真で主役のチョー・ミョ・ナインがパッタラーを演奏していますが、
鍵盤が竹ではなく金属製なのは、どういうわけなんでしょう。
英文タイトルにも「シロフォン」とあるとおり、 
演奏されているのは鉄琴ではなく、竹の木琴パッタラーです。

木琴、太鼓、笛、小シンバルの4人という小編成による室内楽的な演奏は、
スンダのガムラン・ドゥグンにも通じる、静謐で穏やかな音色を響かせ、
場の空気を清めてくれます。
ミャンマー独特の音階に調律されたパッタラーが、
自在に伸び縮みするリズムに乗せて演奏されると、
十二平均律と均等拍に慣れた者には、あまりに異質で、眩暈がしてきますね。

でも、フレーズの終わりにテンポが遅くなるところは、
序破急の感覚を持つ日本人には馴染みも感じられます。
こういう<緩急をつける>リズム感は、
東アジアの水田稲作農耕から生まれたものなんじゃないかと想像します。

木琴の形状は、タイのラナートと同じ舟形の共鳴箱をしていて、
楽器編成もタイ古典音楽のピーパートとまったく同じという、
どちらもクメール宮廷音楽の流れを汲むものでありながら、
タイとはまったく雰囲気が異なるのが、面白いんですよ。

違いは、やはりメロディでしょうか。
タイの古典音楽を聴いてると、退屈で眠くなっちゃうことが多いんですけれど、
ミャンマーの古典音楽は、メロディに沿って拍の長さまで変わる、
謎めくフレーズがしょっちゅう現れるものだから、退屈してる間がありません。
ガムラン・ドゥグンほどクールだったり、神秘的なところはなく、
素朴な温かみが伝わってくる演奏に、ミャンマーの良さを感じます。

読書の秋に、BGMの良き相棒となってくれそうな1枚、
ぼんやりしたい時などにも、格好のアルバムですね。

Kyaw Myo Naing "MYANMAR XYLOPHONE TUNES" Eastern Country Production no number
コメント(0) 

秋の夜長のフィーリン アイデー・ミラネース

Haydée Milanés  CANTA A MARTA VALDÉS.jpg

厳しい夏が過ぎ、秋めいてくると聴きたくなるフィーリンですが、
今年は新たなアイテムが加わりました。
それが、アイデー・ミラネースの5作目にあたる新作。
ヌエバ・トローバの大物、パブロ・ミラネースの娘さんですね。
魅力のないお父上とは違って、アイデーはジャズやMPBの影響を受け、
現代っ子らしいセンスを持った歌い手さんとウワサに聞きます。

まだこの人のアルバムは持っていなかったんですが、
フィーリン第二世代を代表する女性作曲家
マルタ・バルデースのソングブックという今回の企画に、
初めて手を伸ばしたところ、うわぁ、スゴクいいじゃないですか。

マルタ・バルデースの代表曲である「パラブラス」「ジョラ」「パラブラス」などを、
ジャジーなサウンドをバックに、フェミニンな歌い口で歌っています。
マルタ・バルデースの醸し出す気品とは別ものの、
キュートな色香が漂うアイデーのフィーリンもまたいいですねえ。

ギターのアルペジオに導かれて歌い出すアイデーに、
自身が弾くピアノ、エンリケ・プラのドラムス、ホルヘ・レジェスのベースといった
ヴェテラン勢が音を重ねていき、トランペット・セクションが要所で脇を固めます。
多重録音のハーモニーで聞かせる曲は、まるでクアルテート・エン・シーみたいだし、
ミルタ・バティスタのアルパをフィーチャーした曲も粋な仕上がりで、
1曲1曲趣向を凝らしたアレンジが鮮やかです。

アルバム全編通して、余計な音を重ねない、引きの美学に徹したプロダクションで、
申し分のない仕上がりとなっています。
アイデーの気取らない素直な唱法も好ましく、
フィーリンという繊細なモダンさを表現するのに向いた資質の持ち主といえます。

マルタ・バルデースのフィーリンを歌うには、まだ若すぎるんじゃないの?
な~んて聴く前は思ってたんですが、どうしてどうして。
しっとりとしていて、いい味わいです。
マルタ本人が登場して、デュエットする1曲もお楽しみ。
秋の夜長にぴったりの1枚です。

Haydée Milanés "CANTA A MARTA VALDÉS" Bis Music CD982 (2014)
コメント(0) 

ニュー・オーリンズのハネるリズム リー・ドーシー

Lee Dorsey  YES WE CAN.jpg

“Yes We Can” と聞いて、オバーマ大統領ではなく、
リー・ドーシーを思い浮かべる皆さん、朗報です。
リー・ドーシーの70年の最高傑作“YES WE CAN” がようやくまともにCD化されました。

いまや名盤中の名盤で知られる“YES WE CAN” はぼくにとって、
ニュー・オーリンズR&Bに初めてイカれた、忘れがたきアルバムであります。
あれは高校2年生でしたねえ。リー・ドーシーを知っていたわけではなく、
アラン・トゥーサンがプロデュースしたレコードというので、買った記憶があります。
当時、アラン・トゥーサンがプロデュースしたザ・バンドの“CAHOOTS” に夢中だったもんで。

ぜんぜん知らない人のレコードをはじめて聴く時は、ドキドキするものですけれど、
ベースのイントロに始まり、ペケペケと珍妙な音を鳴らすギターにのせて歌われる
“Yes We Can [Part 1]” のキャッチーなメロディに、もう即ノックアウトでしたね。

童謡みたいな愛らしいメロディを、ユーモラスなアレンジで聞かせるユニークさは、
うきうきするニュー・オーリンズ独特のハネるリズムとあいまって、
なんともいえないトボけた味わいを醸し出しながら、
ホーン・アレンジは本格的という、奥行きの深いサウンドにマイりました。
ひょうひょうとしたリーのヴォーカルとコーラスのかけあいがまた楽しいのなんのって。

数々のノヴェルティな曲の合間に、哀愁漂う曲がさりげなく差し挟まれているところは、
喜劇役者がふとのぞかせる素顔のようで、ドキリとさせられます。
まだケツの青い高校生にとって、こういう音楽を作れる「大人の」音楽家に、憧れたもんです。
ダン・ヒックスやボビー・チャールズに共通する韜晦味を、リー・ドーシーに感じていたんですね。

クレジットこそないけれど、ミーターズによる軽妙なファンク・サウンドもサイコーで、
フックの利いたシンコペーションが、キモチいいったらありゃしない。
ニュー・オーリンズのハネるリズムの快感を、これほど味わえるアルバムもありません。

その名盤も、アメリカ、ポリドールが93年にCD化した時は、
未発表曲含め9曲追加してくれたのはいいんですが、曲順をバラバラに編集し、
LPを聴き慣れた者には憤懣やるかたないシロモノとなっていたのでした。
そのうえ、B面最後の“Would You?” が未収録という訳の分からない編集は、
正直、欠陥CDと言わざるを得ませんでした。

のちに77年作の“NIGHT PEOPLE” と2イン1にしたCDも出ましたけれど、
今回フィーヴァー・ドリームがリイシューしたCDは、オリジナルLPの曲順のあとに、
LP未収録の同セッション7曲を追加していて、これなら大満足であります。

Lee Dorsey "YES WE CAN" Fever Dream FDCD7510 (1970)
コメント(2) 
メッセージを送る