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21世紀初のフュージョン傑作 ショウン・マーティン

Shaun Martin.jpg

これはよくできたフュージョン・アルバムですねえ。
フュージョンを聴いてカンゲキしたのって、すごいひさしぶり。21世紀に入って初、かも。
スナーキー・パピーのキーボーディスト、ショウン・マーティンのデビュー作です。
試聴機でチラ聞きした印象がすこぶる良く、家でじっくり聴き直してみたら、
たいへんな力作で、ウナってしまいました。

曲・アレンジとも、じっくり練りこんであって、
プロデュースの手腕が作品の成否を握るフュージョンにあって、
本作はまさに理想的な作りとなっています。
タイトルが示すとおり、シャウンはこのデビュー作を完成させるのに、
7年間をかけていて、なるほどそれだけの時間をかけただけの成果が、
しっかりと音楽に刻み込まれていますね。

アルバム冒頭、フェイド・インするグラスパーぽいクールなヒップホップ・ジャズの
アーバンなムードに浸っていると、いきなりセカンド・ラインもゴギゲンな
ニュー・オーリンズ・ファンクになだれこむという変わりように、持っていかれます。
すっかりアッパーな気分になって、いい感じに発汗していると、
今度は一転、美しいピアノの響きにクール・ダウンする曲へと移っていく趣向。

この冒頭3曲の流れは、何度聴いても、あっぱれというほかありません。
デイヴ・グルーシンの“MOUNTAIN DANCE” を
思い起こさずにはおれないM3“The Yellow Jacket” に続いて、
トランペットをフィーチャーしたM4“Lotus” はティル・ブレナーを思わすほか、
ジョー・サンプルの“RAINBOW SEEKER” に近い手触りもあったりして、
フュージョン名作を次々と連想させます。

これ以降の3曲はゲスト・ヴォーカルをフィーチャーした歌もので、
ゴージャスなストリングス・オーケストラを配した、
ミュージカル調のM5“Have Your Chance At Love”、
クリスタル・ジョンソンの名作“THE DAY BEFORE HEAVEN” を思わす
M6“Love Don't Let Me Down” のクールなヒップホップR&Bと、
曲ごと手を変え品を変えのアレンジとプロダクションが鮮やかです。

そしてM8“The Torrent” は、ピアノ・トリオによる60年代ふうモード・ジャズ。
ネルソン・マンデーラが死去した時にジョハネスバーグを訪れた時の思い出を曲にした
M10“Madiba” は、21世紀のジャズらしいコンテンポラリー・ジャズ。
マイりました。ショウン・マーティンの才能に降参です。

Shaun Martin "7 SUMMERS" Ropeadope/Shunwun Music no number (2015)
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サーフ・ロック・ギターとプンタ・ロック アウレリオ・マルティネス

20150825_Aurelio Martinez.jpg

スキヤキで来日したホンジュラスのアウレリオ・マルティネス、
予想外といっちゃあ申し訳ないけれど、すごく良かったです。
温かみのあるヴォーカルはCD以上にいい声だったし、
ナイジェリア、ヨルバ直系のダンスを披露したのにも、意表を突かれました。
おぉ、ガリフーナのルーツは、ヨルバだったのかあと、目ウロコでしたよ。
これまでガリフーナ音楽というと、亡きアンディ・パラシオの印象があまりに強く、
アウレリオは影が薄かっただけに、すっかり見直してしまいました。

アンディ・パラシオは、ガリフーナの伝統に回帰したストーンツリーの諸作で、
従来の中途半端なミクスチャー音楽に過ぎなかったプンタ・ロックを、
いきいきとした中米アフロ・カリビアン音楽として現代に蘇らせましたけれど、
アウレリオはアンディとはまた別のアプローチで、
プンタ・ロックをもっとポップに前進させられる人なんじゃないでしょうか。

そう強く感じさせたのが、バンドのリード・ギタリストの存在。
時代錯誤といえる、60年代ライクなサーフ・ロック・ギターは痛快でした。
最初はシャレか?とも思いましたけど、この人のスタイルなんですねえ。
一聴ミス・マッチなギターが、アウレリオの音楽をよりヴィヴィッドに響かせていて、
楽しくなっちゃいました。ライヴだといっそう盛り上がりますよ。

Aurelio @ Sukiyaki Tokyo 2015.jpg

なんでレコーディングでは、このギターを使わなかったのかなあ。
“LĀNDINI” で弾いている、グアヨ・セデーニョと同一人物なのかどうかは
確かめられなかったんですけど、もしプロデューサーのイヴァン・ドゥランが
サーフ・ロック・ギターをイヤがって弾かせないようにしたのだとしたら、問題だなあ。

あくまで憶測なので、もしもだったらの話ですが、マジメな伝統回帰のアプローチのせいで、
こういうポップ・センスを敬遠するようだったら、困りもの。
これがぼくの見当違いなら、ごめんなさい&前言撤回なんですけれど、次回作はぜひ、
このサーフ・ギターとガリフーナ・ドラムを生かしたプロデュースを期待したいものです。

ガリフーナ音楽に特有の、深い哀愁のこもったメロディを、
サーフ・ギターで歓喜の祝祭へと転化するエネルギーは、
プンタ・ロックを新たな地平へと進化させる可能性を感じさせます。

Aurelio "LĀNDINI" Real World CDRW205 (2014)
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オラン流ライを歌うモロッコ人シンガー シェブ・アマール

Cheb Amar  MIMOUNA.jpg

マジッド・ハッジ・ブラヒムのヘヴィ・ロテ、止まりません。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2015-07-17
オラン・スタイルのポップ・ライが、キラッキラしていた80年代末サウンドを、
これでもかというほど詰め込んだこのアルバム、
聴けば聴くほどにトリコになってしまうのでした。

すっかり<バック・トゥ・ポップ・ライ>になってしまった今日この頃、
タイミングよくもう1枚、王道スタイルのライを楽しめる1枚と出会うことができました。
それがこのシェブ・アマール。
94年にオラン最大のレーベル、ヴォア・デュ・マグレブからデビューした、
モロッコ、ウジダ出身のライ・シンガーです。

アルジェリア国境近くのモロッコ最東端のウジダは、
オランとともにライ揺籃の地で、シェブ・アマールも12歳の頃から、
シェブ・ハレドやシェバ・ファデラのレパートリーを、
結婚式で歌ってきたのだそうです。

アルジェリアでデビューしたのち、モロッコに戻ってレッガーダを歌い、
00年にはパリへ渡り、シェブ・アブドゥやシェブ・ビラールなどとともに活動して、
マグレブ全域から中東での人気を勝ち得た中堅シンガーの一人です。

さすがにマジッド・ハッジ・ブラヒムのような、オールド・スクールな歌ものではないにせよ、
オラン直系の泣き節を聞かせてくれるところが嬉しいじゃないですか。
近年のライでお約束のうっとーしいロボ声も、
数曲でごく控えめに使っている程度なので、これなら許せますよ。
ダンサブルな曲もレッガーダ調ではなく、祝祭のパーティ感覚で、
「アラウィ」と呼ばれるスタイルと聞きます。

この09年作のあとはまだ出ていないようですが、新作も期待したいですね。

Cheb Amar "MIMOUNA" Maghreb Music EMMCD200902 (2009)
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お悔やみ マリエム・ハッサン

Mariem Hassan con Leyoad.jpg

この夏は訃報があまりに多すぎます。
西サハラの女性歌手マリエム・ハッサンが8月22日、
アルジェリア、ティンドゥフの難民キャンプでこの世を去りました。

天命なら、それも仕方がないのかもしれません。
でも祖国を取り戻す闘いの途上で、ガンという病魔に侵され、
命尽きたマリエム・ハッサンの死を、ぼくは天命などと思いたくはありません。

悔しいです。ただ悔しいです。
これほど悔しく思うのは、ぼくがマリエムと同じ1958年生まれだからでしょうね。
ぼくはずっと、なぜマリエムの歌にこれほど心ゆさぶられるのか、
その理由がよくわからないままに聴いてきました。

マリエムがわずか17歳で政情不安な故郷を後にし、
四半世紀以上も難民キャンプで暮らしてきた歌手であることは、
彼女のCDを聴く前から知っていました。
そんな予備知識がある時ほど、その音楽に余談を持って接しないよう、
常日頃から気を付けているつもりなのに、
マリエムの激情のこもった歌には、一聴でヤられてしまったんです。

豊かな暮らしを享受してきた、はるか遠い東洋の国に住む人間が、
こうした歌に感動したなどと、簡単に言う資格があるのかという疑問は、
マリエムの歌を聴くたびまとわり続け、ぼくの脳裏から離れることはありませんでした。
それは、ぼくとマリエムが同い年であるがゆえ、
同時代に生きているという事実を意識せずにはおれなかったからです。

マリエムが歌う曲の歌詞など、ぼくは何ひとつわかっていません。
政治的メッセージが、彼女の歌に果てしない深みと力を与えてきたことは、
まぎれもない事実でしょうが、ぼくにはそれ以上に、子守唄で聞かせる
母性的な優しさに満ちた歌と語りが忘れられないのです。

もしマリエムが祖国に帰れる日がやってきたら、
平和な暮らしの中で、もっともっと幅広い歌を歌えた人だったはずです。
しかしそれも、もうかなわなくなってしまった。
それがどうにも悔しくてなりません。
バカヤローと叫びたい気持ちでいっぱいです。

Mariem Hassan con Leyoad "CANTOS DE LAS MUJERES SAHARUIS" Nubenegra INN1114-2 (2002)
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お悔やみ ドゥドゥ・ンジャイ・ローズ

Doudou Ndiaye Rose.jpg

アフリカ音楽の巨星がまた堕ちました。
セネガルの生んだ偉大なパーカッション・オーケストラ・リーダー、
ドゥドゥ・ンジャイ・ローズが、8月19日に85歳でお亡くなりになったそうです。

「アフリカ音楽・イコール・太鼓」のイメージは、良くも悪しくも一般的なものですが、
ドゥドゥ・ンジャイ・ローズのナマ演奏を聴いたことがある人なら、
その神がかり的なパーカッション・アンサンブルは、
芸術の域にまで磨き上げられていたことを知っているはずです。

80年代からたびたび来日して、多くのファンを日本に作ったばかりでなく、
ローズのオーケストラに魅せられた若者が、
ダカールへ修行に出かけたほどですからねえ。
太鼓サバールを習いに行った男たちも大勢いましたけれど、
サバール・ダンスに夢中になった女性たちも、
本場へ乗り込みダンス修行してきたものです。

あれから20年、セネガルのヴィデオ・クリップで、
日本人女性がセネガルの民族衣装を着て、
ンバラ・シンガーのバックで踊っているのを目撃するとは、想像だにしませんでしたよ。

話を元に戻して、ぼくがドゥドゥ・ンジャイ・ローズを
<アフリカ音楽の巨星>と呼ぶのをためらわないのは、
彼が民族音楽を超えた音楽家だったからです。
グリオの家系に生まれ、幼い頃から太鼓を叩いていたとはいえ、
セネガル独立前から、ジョセフィン・ベイカーと共演するような開かれた芸歴を持ち、
独立後の60年代にはセネガル国立舞踏団の団長を務めたローズは、
ただの<太鼓のグリオ>に止まっているわけがありませんでした。

その後ローズは、セネガル各地のリズムを総合化する取組みに力を入れ、
サバールのアンサンブルをオーケストラ化していきました。
ローズが生涯かけてクリエイトしたパーカッション・オーケストラは、
こうしてコンテンポラリー・アートの領域にまで高められていったのです。

それはいわば、伝統音楽であっても、民族音楽ではけっしてありませんでした。
その意味で、ローズもタンザニアのフクウェ・ザウォーセと同じく、
民族音楽から出発して、伝統音楽を芸術の域に高めた偉人の一人だったといえます。

ポリリズミカルに舞う切れ味たっぷりのシャープなビートに、
ダイナミックに躍動する多彩なリズムは、
宇宙のリズムと身体の鼓動を共振させるアフリカの美意識を、
ものの見事に体現していました。

ローズのナマ演奏を体験してしまうと、
CDではライヴの迫力にとても及ばず、もどかしい思いをさせられるんですけれど、
ローズのゆいいつの名盤と呼べるのが、97年に日本で制作された2枚組です。

それまでのアンコール盤やリアル・ワールド盤では捉えきれていなかった、
臨場感たっぷりの名演が、ギュー詰めになっています。
日本人がローズの魅力をきちんと理解していたということは、誇りですね。
といっても、今ではこの2枚組はもう廃盤でしょう。ぜひ復活してもらいたいものです。

Doudou Ndiaye Rose 「LAC ROSE」 クレプスキュール・オ・ジャポン CAC0039/40 (1997)
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ヘイシャン・ストリート・ストリング・バンド ブールピック

Boulpik  KONPA LAKAY.jpg

派手なペイントを施したルンバ・ボックスを、真正面からどーんと写したジャケット。
バハマやジャマイカの観光地によくいる、流しのメント・バンドかと思ったら、
ハイチのトゥバドゥだそう。そういや、ちゃんと、そう書かれてますね。

ハイチではこの楽器、<ルンバ・ボックス>ではなく、
<マニバ>というんだそう。キューバの<マリンブラ>のクレオール訛りですかねえ。
ギターのことをマタモと呼ぶのも、トリオ・マタモロスが由来だというので、
キューバに出稼ぎしていたハイチ人労働者が、
マリンブラを持ち帰ったんじゃないのかしらん。

こうしたストリング・バンドはカリブ海一帯にありますけれど、
英語圏とスペイン語圏とフランス語圏とでは、それぞれ味わいが違います。
英語圏のメロディは、バハマやジャマイカのメントに代表されるとおり、
もろダイアトニックで、わかりやすさ100%。
悪く言えば、深みがないともいえるんですけれども、
キューバのソン成立前のトローバや、ハイチの田舎のメラングやトゥバドゥには、
さまざまな文化が混淆した痕跡がメロディにくっきりと残されていて、とても魅力的です。
洗練されたひとつのスタイルにまとまる以前の、
混沌とした音楽には、雑味とともに複雑な旨みが隠れているのを感じます。

そんなことを改めて思わされたのが、このブールピックという、
トゥバドゥ・リヴァイヴァル・ブームにのって04年に誕生したグループ。
普段はビーチやホテルで観光客相手に歌っているストリート・バンドのようですが、
そういったグループにありがちな、
ヒット・ソングの凡庸なカヴァーやオリジナリティの乏しさがなく、
フレッシュな魅力をたたえたサウンドを聞かせてくれます。

ヴォーカルがコクのあるノドをしていて、聴き惚れちゃいました。
身体を使って仕事をしてる人の声って感じが、いいじゃないですか。
芸人風情もあって、味があります。
レパートリーの多くはリーダーのフランケル・シフランが書いていて、
そのほか、クーペ・クルエやタブー・コンボのヴォーカリスト、
シューブーの曲などをカヴァーしています。

ストリング・バンドにありがちなレイド・バックしすぎなところもなく、
若いメンバーによる目の覚めるようなシャープな演奏が好ましいですね。
メンバーのバンジョー、マニバ、拍子木のほか、
ゲストにヴァイオリンやアコーディオンを招いたアレンジも効いていて、
きりっと引き締まったアルバムになっています。
かつてのトゥバドゥ・ブームでわんさか出たアルバムの中でも、最高の出来ですよ。

Boulpik "KONPA LAKAY" Lusafrica 662252 (2014)
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ヴェテラン・センバ・シンガーの初ソロ作 アルトゥール・アドリアーノ

Artur Adriano  N'GOLA YABILUNKA.jpg

ほとんどというより、皆無といっていいほど国外に流通していないアンゴラ盤CDですが、
ポルトガル経由でごくわずかばかり、手に入れるルートがあります。
個人商店でやっている、おそらくアンゴラ移民のお店だと思うんですけれど、
ぼくはそこにリクエストして、アンゴラへバック・オーダーしてもらっています。
おかげで、すごく時間がかかるうえ、さんざん待たされたあげく、
オーダーした10枚中2枚しか手に入らないなんてことも、しょっちゅう。
まさしくハード・トゥ・ファインドなのであります(泣)。

そんな苦労をしつつ入手したアンゴラ盤の中で、
ひときわ光る作品を制作しているレーベルがあることに気付きました。
それが、前回記事のカリナ・サントスをリリースするシコーチという新興レーベルです。
キゾンバばかりでなく、70年代から活躍するヴェテラン歌手のアルバムも制作していて、
そのサウンド・プロダクションも、カリナ・サントスが好例だったように、ハイ・クオリティです。

今月号の『ミュージック・マガジン』にも、このレーベルの新作で、
フィエル・ディディという男性シンガーのアルバムを紹介したばかりなんですが、
こちらは別の1枚で、アルトゥール・アドリアーノを取り上げましょう。
アルトゥール・アドリアーノは、47年ルアンダのマルサル地区出身のヴェテラン・センバ・シンガー。
74年にキサンゲラに加入し、その後エストレーラ・ネグラ、ディヴアス・ド・リトモで歌手を務め、
05年にセンバ・ジ・オウロ(黄金センバ)賞を受賞しています。

70年代に残したシングル盤は、以前にも話題にしたアンゴラ国営ラジオの復刻シリーズ
“MEMÓRIAS” の一枚としてリリースされているみたいなんですが、ぼくは未入手。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2015-04-14
当時のアルトゥールのヒット曲“Belita” は、シングル盤で持っていますが、
フランス・ブダのアンゴラ・シリーズ“1972-1973” で聞くことができます。

Artur Adriano.jpg

そして、シコーチから11年になってリリースされた本作が、
アルトゥール・アドリアーノの初のフル・アルバム。
ノドを振り絞るようなパワフルな歌いぶりは、70年代と変わらず元気いっぱい。
少しがさついた粗い声も若い頃のままで、シャープなサウンドと快調なリズムにのせて、
センバやキラパンガを聞かせてくれます。
アルバム・ラストに、さきほどのブダ盤にも収録されていたのと同じ
“Belita” のオリジナル録音が再録されています。
アルトゥールにとって、やはりこの曲はトレードマーク的な代表曲なんでしょうね。

Artur Adriano "N’GOLA YABILUKA" Xicote Produções no number (2011)
[EP] Artur Adriano "Mãe Uebi - Belita" Ngora LD197
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ミクスチャー・ポップとして進化したキゾンバ カリナ・サントス

Karina Santos Pura Angolana.jpg

前回、20年以上も前のキゾンバの名作を取り上げましたけれど、
今聴いても古さを感じさせないのは、
パリでしっかりとプロデュースされた作品だったからで、
当時のアンゴラ国内でこれほどのプロダクションは、望むべくもありませんでした。

90年代にポルトガル盤でリリースされていたキゾンバのローカル・ポップは、
シンセをプリセットで鳴らす安直な使用や、稚拙な打ち込み使いなど、クオリティが低く、
いったい何枚のハズレ盤をつかまされたことか。もちろん全部処分しちゃいましたが。
そんなわけで、いつのまにかキゾンバをフォローする気も失せ、月日は流れていきました。

その後アンゴラのポップスといえば、リスボン郊外でアンゴラ移民が生み出した
アンダーグラウンドなクラブ・ミュージック、クドゥロが脚光を浴びたこともありましたね。
テクノ系のサウンドが大の苦手なぼくとしては、クドゥロの登場に、
正直な話、アンゴラのポップスはもうフォロー不要といった気分に陥りました。

ところが、年明けに70年代のアンゴラ音楽の復刻シリーズをまとめて入手した折、
最近のキゾンバもいくつかみつくろってオーダーしたところ、
プロダクションが見違えるほど向上していたのに、びっくり。
思えば、同じポルトガル語圏アフリカのカーボ・ヴェルデも、世紀が変わる前後あたりから、
アクースティックな音づくりがメインになって、ぐっとサウンドが向上したんだっけ。

いやあ、時代は変わったなあ。こういうサウンドが、聴きたかったんですよ~。
生音主体で、人力のドラムスが生み出すまろやかなリズムに、頬もゆるみます。
これまでアンゴラのポップスというと、男性シンガーが主で、
女性シンガーの影が薄かったんですけれど、
キュートな女性シンガーにも出会うことができました。

今回ご紹介するカリナ・サントスがそのひとり。
85年生まれで、06年にデビュー作をリリースし、12年の本作が2作目だそうです。
チャーミングな歌声も魅力ですが、注目はそのサウンド。
ひとことでいえば、キゾンバといって構わないと思いますが、
各曲ごとリズムやスタイルが異なり、バラエティ豊かな内容になっているんです。

センバにコンパのリズムをミックスして英語で歌う曲があるかと思えば、
キューバのサルサ・シンガーとデュエットした本格的なキューバン・サルサあり、
はたまたマラヴォワを思わせるヴァイオリン・セクションが伴奏につくキゾンバありと、
アレンジは実に多彩。

アコーディオンやカヴァキーニョを要所要所で効果的に使ってみたり、
ポルトガル・ギターをフィーチャーしたボレーロでは、
ゴージャスなストリング・アンサンブルも配され、
時間も予算もかけたプロダクションであることは明々白々。

90年代のキゾンバが、悪く言えば「できそこないのズーク」みたいなところがあったのに比べ、
進化した現在のキゾンバは、ビギン、コンパなどのフレンチ・カリブのリズムに、
サルサやメレンゲ、ルンバ・コンゴレーズを巧みにミックスしているのが特徴です。
1曲のなかで、センバとコンパとルンバ・コンゴレーズの要素が
ミクスチャーされているアレンジの進化は、
フレンチ・カリブのリズムの饗宴を聞かせるミジコペイにも通じるものを感じさせますね。
フレンチ・カリブ音楽ファンも狂喜することウケアイの、スウィートなキゾンバの傑作です。

Karina Santos "PURA ANGOLANA" Xicote Produções no number (2012)
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キゾンバの名作 フィリップ・ムケンガ

Filipe Mukenga.jpg

キゾンバの面白いアルバムを紹介してほしいというリクエストに、
まっさきに思い浮かんだのが、フィリップ・ムケンガでした。
これも『ポップ・アフリカ800』に入れてあげられなかった痛恨作なんですけれど、
親しみやすいポップスに仕上がった、素晴らしいアルバムなんですよ。
アフリカンドやカセ・マディを手掛けたことで知られる名アレンジャー、
ボンカナ・マイガが音楽監督を務めた、94年のアルバムです。

キゾンバというのは、90年前後にアンゴラで流行したセンバとズークをミックスしたスタイル。
アンゴラばかりでなく、カーボ・ヴェルデ、ギネア=ビサウ、サントメ・プリンシペなど、
ポルトガル語圏アフリカで大流行しました。
センバのセンチメンタルなメロディーと、ズークの快活なリズムがミックスした、
アフリカン・ポップスになじみのない人にも広くアピールする音楽で、
ディープなアフリカ音楽ファンは、あまり関心を示さないジャンルかもしれません。

若い頃はビートルズやシャルル・アズナヴールのファンだったというのもうなずける、
メロディ・メイカーとして洗練されたセンスを持つフィリップ・ムケンガは、
ジャヴァンやフローラ・プリンなどのブラジル音楽に影響を受けたシンガー・ソングライター。
このアルバムに収録されているフィリップ作の“Minha Terra, Terra Minha” も、
ジャヴァンの曲といわれたら、素直に信じてしまいそうなほど、ジャヴァンの作風そっくりです。

本作はズーク色の強いアレンジで、
キゾンバらしいポップなサウンドをまとったアルバムに仕上げながら、
ブラジルのMPBに影響を受けた曲のほか、
かつてはアコーディオンとハーモニカで演奏されたレビータをモダンにアレンジした、
奴隷時代の物語を歌にした伝承曲などを聞かせます。

こうした「トラディショナル」とクレジットされたレパートリーが素晴らしく、
アンゴラ人好みの泣きのメロディをエレガントにアレンジした“Humbiumbi” など、
アンゴラのサウダージに溢れた、極上のメロウ・トラックに仕上がっていますよ。

女性好みともいえるこの一枚、MPBファンにもウケそうだし、
クラブでもカフェでもプレイできそうで、再評価してもいいアルバムなんじゃないでしょうか。
(だったら、『ポップ・アフリカ800』に載せとけよって話ですよね。申し訳ありません)
ただし、とっくに廃盤なので、これから見つけるのは難しいかもしれませんが、
ワールド・ミュージック・ブーム時代に輸入されて、よく売れ残ってたアルバムだったので、
中古で見つかれば500円以下で売ってそう。ワールドの見切り品なんかにあったりして。
見かけたら、即買いをオススメします。

Filipe Mukenga "KIANDA KI ANDA" Lusafrica 08680-2 (1994)
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ブラジル前世紀の舞踏場を想う ヤマンドゥ・コスタ&グート・ヴィルチ

Yamandu Costa & Guto Wirtti  BAILONGO.jpg

時代は20世紀初めの頃でしょうか。
ブラジルの街角のダンスホールを描いたジャケットに一目惚れ。
ヤマンドゥ・コスタの新作と知って、即レジに持っていきました。
ヤマンドゥ・コスタの地元、ブラジル南部のパッソ・フンドで、
少年時代からの音楽仲間だったというベーシスト、グート・ヴィルチとのデュオ作です。

二人の自作曲のほか、ジャコー・ド・バンドリン、ルピシニオ・ロドリゲス、ヴィラ・ロボスといった
先人のショーロ曲のほか、ジャンゴ・ラインハルトやコロンビアのクラシック・ギタリスト、
ヘンティル・モンターニャの曲を取り上げて、演奏しています。
ショーロだけでなく、タンゴ、ミロンガ、チャマメなど、ジャケットどおり、
20世紀はじめの社交場で踊られていたダンス曲をテーマとしているようです。

ヤマンドゥのギターはすっかり円熟して、超絶技巧もギラギラしたところがなくなりましたね。
優雅な楽想のなかで、ここぞというところに、さらりと見せ場を作るようになって、
昔のような、これでもかといったテクニックの応酬が減りました。
それでも、ネックを幅広に使ったスライドを披露して、大きくヴィブラートをかけるところなんて、
ヤマンドゥのドヤ顔が見えるようですけれど。

音のヴォリューム、タッチの違いによる音色の使い分けなど、
自在な表現力を聞かせるヤマンドゥのギターは、いままさに脂がのっているという感じ。
グート・ヴィルチは、所々でソロも弾くものの、おおむねヤマンドゥのバックに専念しています。
グートが弾くベースはコントラバスではなく、
ギター型のベース、アクースティック・ベース・ギターなんですね。
イントロで弓弾きしている曲もあって、これはコントラバスを弾いているんだと思いますが。

二人の自作曲も古風なメロディ使いになっていますけれど、
ヴィラ・ロボスの「スコティッシュ・ショーロ」の優雅さは、やはりずば抜けています。
ヨーロッパの舞踏音楽とアフリカのリズムが、
ブラジルで結婚した最良のサンプルが、ここにあります。

Yamandu Costa & Guto Wirtti "BAILONGO" Funarte 5.071.096 (2014)
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ポップ・ジャズ・クロンチョン スンダリ・スコチョ

Sundari Soekotjo  IMPIAN SEMALAM.jpg

クロンチョン歌手スンダリ・スコチョのひさしぶりの新作は、
いつものグマ・ナダ・プルティウィではなく、プラチナムからのリリース。
先日のメメスの新作同様、ふかふかクッション入り、
二つ折りのトール・パッケージで、DVDも入っています。
DVDはCD本篇とは別物で、グマ・ナダ・プルティウィ旧作の
伝統クロンチョン・ヴィデオ8曲が収録。オマケでしょうかね。

サブ・タイトルの「クロンチョン・イン・ジャジー・ムード」ということからもわかるとおり、
今回の趣向は伝統クロンチョンではなく、
ジャズのセンスを取り入れた、ポップ・ジャズ・クロンチョンとでもいう内容。
ジャズというよりも、ムード歌謡といった方がいいですね。

スンダリ・スコチョのアルバムは4枚ほど持っているんですけど、
どれもあまり愛聴したという記憶がないんですよね。
折り目正しくクロンチョンを歌う人なんですけど、
どうも優等生的というか、正調クロンチョンを歌っても、
ポップ・クロンチョンを歌っても、どれも表情がみんな同じでねえ。

そういう意味で、味わいの乏しい人という印象は拭えないんですけれど、
今作はこれまでと違って、クラブ歌手が歌うような色っぽさもにじませて、
歌に華やいだ雰囲気が出ています。
娘のインタン・スコチョと男性歌手ヘンドリ・ロティンスルのゲストも成功しましたね。
この二人はクロンチョンの唱法をまったくせず(できず?)、
フツーのポップスのように歌っているので、スンダリの歌いぶりがくっきりと浮き上がります。

今回すごく気に入ったのが、イスマイル・マズルキ作の“Sabda Alam”。
すごくシャレたコード進行を持った曲で、
都会的で洗練されたオシャレなポップ・ジャズ・クロンチョン、ここに極まりみたいな曲です。
スンダリの柔らかな歌いぶりにも、爽やかな色香が漂い、最高の仕上がりとなっています。

[CD+DVD] Sundari Soekotjo "IMPIAN SEMALAM : KERONCONG IN JAZZY MOOD" Platinum GNPIDA011114 (2014)
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お悔やみ ラフィー・レアビ

Raphy Leavitt  PAYASO.jpg   Raphy Leavitt   MI BARRIO.jpg
Raphy Leavitt  CON SABOR A TIERRA ADENTRO.jpg   Raphy Leavitt  SE SOLICUTA UN CARIÑO.jpg

立て続けのお悔やみであります。
今度はプエルト・リコ・サルサのラフィー・レアビ。
享年65と、先日のマフムード・ギネアとひとつ違い。みんな早く逝きすぎだよー。
マイアミの自宅で亡くなったとのこと。
晩年はプエルト・リコを離れ、フロリダで暮らしていたんですね。

まだサルサがニュー・ヨークの音楽だった70年代前半。
ファニアのサルサばっかり聴いていた時に出くわしたラフィー・レアビには、
それはそれは、驚かされたものです。
といっても、当時リアルタイムに聴いたのではなく、
4・5年遅れの後追いで知ったんですけどね。
ボビー・バレンティン、ロベルト・ロエーナ、トミー・オリベンシアといった
プエルト・リコのオルケスタが、ニュー・ヨークのサルサとは違う手触りを持っていることに気付き、
ほかの楽団をいろいろと深掘りしていくうちに、ラフィー・レアビと出くわしたんでした。

まずびっくりしたのが、ラ・セレクタのデビュー作のタイトルを飾った“Payaso” です。
なんですか、このイヤな汗がじっとりとまとわりつくような不気味なホーンの響きは。
粘りつくリズムは、すっきりとシャープなニュー・ヨークのサルサからはけっして聞かれないもの。
摩天楼のきらびやかな輝きを映す、エレガントなダンス・ミュージックがお約束のサルサなのに、
こんなに泥臭くてもいいものかと、のけぞってしまいました。
当時、河村要介さんが「プエルト・リコの夜の深さ」と表現していましたけれど、名言でしたねえ。

演奏の稚拙さが、いっそう不安定な印象を強くもしているんですが、
サミー・マレーロの倒錯を感じさせる歌声もどこか不穏で、
悪霊が憑りつくような、寝しなに聴いたら悪夢を見ること必至なデビュー作です。

その後、ラ・セレクタは次第にスマートなサウンドを聞かせていくようになりますが、
楽団のトレードマークであるサミー・マレーロのヴォーカルには、
プエルト・リコの貧しい白人農民の哀切を秘めたヒバロ音楽の真髄が深く刻印されていて、
ヒバリートのアイデンティティを示していたように思えてなりません。

今夜はラ・セレクタのアルバムで、特にお気に入りの4枚を聴こうと思います。

Orquesta La Selecta De Raphy Leavitt "PAYASO" Borinquen DG1212 (1971)
Raphy Leavitt Y Su Orquesta La Selecta "MI BARRIO" Capitol/EMI Latin H2H42396 (1972)
Raphy Leavitt Y Su Orquesta La Selecta "CON SABOR A TIERRA ADENTRO" Multinational DG1335 (1977)
Raphy Leavitt Y Orquesta La Selecta "SE SOLICUTA UN CARIÑO" Bronco BR146 (1988)
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お悔やみ マフムード・ギネア

Mahmoud Guinia  Tichkaphone.jpg

グナーワのゴッドファーザーことマフムード・ギネアが8月2日、天に召されました。
享年64なんですね。もっと年だとばかり思っていたので、まだそんな若さとは意外でした。
祖父の代にエッサウィラへやってきたグナーワ一族のもとに生まれ、12歳から演奏を始め、
長年第一線で活躍し続けてきた、<マアレム>の称号を戴くグナーワ名人ですからねえ。
ということは、ぼくがマフムード・ギネアを知った90年代の初めは、
まだ40代になったばかりだったのかあ。

そのマフムード・ギネア初体験盤が、モロッコのティッカフォンからリリースされていたカセットを、
フランスのソノディスクが92年にCD化したアルバムです。
グナーワに興味を持ち始めた90年代の初め、ハッサン・ハクムーンがロック化を試みていた一方で、
現地直送の伝統グナーワが聞ける貴重な一作として、愛聴したものです。
拙著『ポップ・アフリカ800』でグナーワの項を新設するにあたり、
一発目に紹介すべきアルバムはこれと、迷わずに選んだものでした。

マフムード・ギネアは、80~90年代にティッカフォンへ相当数のカセットを録音していますが、
それ以前の70年代には、フィクリフォンというレコード会社からLPを出していたとのこと。
モロッコ盤LPにお目にかかったことはありませんが、
ティッカフォンのカセットは、いまでもモロッコで売られているようですね。
世界的にマフムード・ギネアが知れ渡るようになったのは、ビル・ラズウェルのプロデュースで、
ファラオ・サンダースと共演した94年作がきっかけでした。

そういえば、01年に広島で開催された「世界聖なる音楽祭」で来日しているんですよねえ。
観たかったなあ。写真家の石田昌隆さんは、07年にエッサウィラの城砦の外にある
マフムード・ギネアの自宅で、グナーワが催される儀式リラを体験されているんだそうです。
う~ん、うらやましい。

Maâlem Gania Mahmoud  Sonya Disque.jpg   Mahmoud Guinia  VOL.4.jpg

ぼくはといえば、モロッコへよく旅されていたサラーム海上さんが持ち帰った
モロッコ盤CDを聴いては、エッサウィラを夢見るばかりなのでありました(泣)。
そうだ、サラーム海上さんがモロッコから買い付けてきたCDには、
マフムード・ギネアの二人の弟モクタールとアブドゥラーのアルバムもありましたね。
二人ともマアレムだけあって、マフムードにひけをとらぬディープなグナーワを聞かせてくれます。

Maâlem Mokhtar Genia  LILA GNAOUI.jpg   Maâlem Abdllah Genia  LIVE.jpg

マフムード・ギネアのグナーワにバンバラ語の歌があるように、
マリから奴隷としてやって来たマフムードの祖父は、バンバラ人だったようです。
マアレムである父ブブカル・ギネア (1927–2000)の2番目の息子として生まれた
マフムード自身も、息子二人と娘一人をもうけていて、
いずれ二人の息子たちも、マアレムとなることでしょう。

最後に、名前の「ギネア」という読みですけれど、「ギニア」とも「ガニア」とも呼ばれ、
英文表記でもさまざまに書かれていますけれど、
アフリカの黒人王国ギネア Ghinea から取られた名前だと、ぼくは考えたいんですよね。
真偽のほどはわからないので、勝手な推測にすぎないんですが。
グナーワの名門一族の名として、
黒人奴隷の末裔であることを誇った名前なのではないかと。
だから、西アフリカの国名Guinea と同じで、ぼくは「ギネア」と書いています。
「ギニア」と英語読みをするのを、ぼくは反対しておりますので、ハイ。

Mahmoud Guinia "MAHMOUD GUINIA" Tichkaphone TCKCD12 (1992)
Maâlem Gania Mahmoud "MAÂLEM GANIA MAHMOUD" Sonya Disque CD037/99
Mahmoud Guinia "VOL.4" Mogador Music CDMM2005
Maâlem Mokhtar Genia "LILA GNAOUI" Ihia Music no number (2007)
Maâlem Abdllah Genia "LIVE" Ihia Music no number (2007)
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ナイト・キャップ・アルバム ジョイス・イレーヌ・ユール

Joyce Elaine Yuille  WELCOME TO MY WORLD.jpg

ここのところ、おやすみ前の1枚として重宝しているアルバムです。
CDショップの試聴機で見つけた、ジャズ・ヴォーカリストの新人さん。
温かみのある、中低音域が豊かな声質と、
イヤミのない素直な唱法に、耳が反応しました。

ニューヨークはイースト・ハーレム(おぉ、エル・バリオ!)出身の女性だそうですが、
ジャズ・ヴォーカリストというわりには、ソウルのフレイヴァーが強く、
ソウル・シンガーにしては、ずいぶんとジャズぽいタイプの歌い手さんですね。
たとえて言うなら、ロバータ・フラックみたいなタイプかな。
マーヴィン・ゲイやダニー・ハサウェイの曲をカヴァーしているんですが、
そのダニー・ハサウェイの“Tryin' Times” は、ロバータ・フラックも歌ってましたもんねえ。
フリー・ソウルという括りがぴったりくる人です。

バックのサウンドもなんだかセヴンティーズぽく、レア・グルーヴ気分が充満してます。
フィンランドのテナー・サックス奏者、ティモ・ラッシー率いる
フィンランド/イタリア混成チームのバンド・メンバーは、
尖ったところのない中庸サウンドを繰り出し、その手触りはスムース&クールそのもの。
豪快なブロウも、洗練されたサウンドに絡めとられ、歌伴の領域をはみ出すことはありません。

それが、ジョイスの魅力を十分に引き出していて、
静かに始まるオープニングから、次第にじわじわと熱を帯び、
ニーナ・シモンやサラ・ヴォーンを思わせるソウルフルな歌声に、
ぐいぐいと惹きつけられてしまいます。

最初、試聴機でつまみ聴きした時には、アーバン・テイストのソフトなサウンドが、
洒落てていいじゃないぐらいだったのが、聴けば聴くほどに味わいが増してくるんですよね。
ブルースやゴスペルの素養がほどよくブレンドされ、
ごく自然に滲み出ているところに、才能の高さを感じさせるデビュー作です。

Joyce Elaine Yuille "WELCOME TO MY WORLD" Schema SCCD473 (2015)
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長い休暇の終わりに マッド・カブ・アット・アッシュゲイト

20150731_Mad-Kab-At-AshGate.jpg

明日からまた仕事が始まりますが、
7月ひと月、いい長期休暇を過ごすことができました。
あれこれ欲張った計画を立てた1か月でしたけれど、
概ね計画どおりやりおおせたことに、とても満足しています。

長い休暇というと、じゃあ海外旅行と考えるところですが、今回はやめ。
それは本格的なリタイアのあとでもいいかなあと。
秩父のお祭りを見に、一泊の小旅行をするだけにしておきました。

それより今回の休暇は、<感謝>を優先したかったんですね。
34年間の会社生活とライフワークを支え、助けてくれた人に、
これまできちんとありがとうを言えてなかったという
後ろ髪引かれる思いが、ずっと残っていたもんで。

これまでさんざん好き勝手やらせてもらったんだから、
今回の休みは、お世話になった人にお礼をしにいったり、
お手伝いをしたり、掃除したりして、人の役に立ちたかったんです。
ひさしぶりに突然訪ねて行って、驚かれた人もいましたけれど、
みなさん笑顔で迎えてくれたのが、とても嬉しかったです。

で、休暇の締めくくりくらいは、自分の楽しみを入れようということで、
30日、マッド・カブ・アット・アッシュゲイトのライヴを観に、
西荻窪のCLOP CLOPへ行ってきました。
マッド・カブ・アット・アッシュゲイトは、
日本人ギタリストでぼくがいっちばん好きな、石渡明廣が新たに始めたバンド。
妙なバンド名ですけれど、バンド・メンバーと担当楽器の頭文字を組み合わせたそう。

思えば、石渡さんのファンになってから、もうずいぶんになるよなあ。
だって、天注組(古っ!)以来だもんねえ。
SALTやJAZZY UPPER CUTでの活躍も忘れられないし、
渋谷毅オーケストラではギタリストとしてだけでなく、
コンポーザーとしてなくてはならない存在になっていますよね。
石渡さんのキレのいいギターにいつもシビれるんですけれど、
石渡さんが書く曲が、またものすごく良くって、大好きなんですよ。
年を重ねて、ますます円熟した深みのある曲を書くようになりましたよね。

ギター、トロンボーン、ベース、ドラムスという変則の新バンド、
石渡さんのキャリアでも一二を争うバンドじゃないですか。
これに対抗できるのは、梅津さんのKIKI BANDだけでしょう。
小技の効きまくった、しなやかな湊雅史のドラミングはよく歌うし、
のほほんとした表情で、どっしりと屋台骨を支える上村勝正のベース・ライン、
パワフルなブロウをひょうひょうと吹き鳴らす後藤篤のトロンボーンは、
ソリッドでシャープな石渡のギターと好対照な冴えをみせ、最高の相性。

Mad-Kab-At-AshGate@CLOPCLOP.jpg

ライヴのお客さんはたったの5人しかおらず、それも店の関係者となじみの常連さんだけ。
フリの客はぼくだけみたいでしたね。
日本最高のジャズ・ロック・バンドの、最高のパフォーマンスを独り占めしてるみたいな。
う~ん、なんて贅沢。すっかり堪能した夏の夜でありました。

Mad-Kab-At-AshGate 「FUNNY BLUE」 アカオ AR001 (2014)
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