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真夏のブラスバンド パレンケ・ラ・パパジェーラ

Palenque La Papayera.jpg

いぇ~い、真夏にぴったりの1枚じゃないですか。
パパジェーラといえば、コロンビアのバランキージャ特産ブラスバンド音楽ですよね。
お祭り好きがこれを聴いたら、じっとなんかしてらんないでしょう。

ぎらぎら照り付ける太陽の真下で、
極彩色の衣装や仮面を付けたバランキージャのカーニバルは、
いつだかテレビ番組で観た覚えがありますけど、
パレードで踊っている女のコが美人ばっかりだったのが忘れられません。
男なら一度は体験してみたいものですねえ、バランキージャのカーニバル。

コロンビアは南米の美女大国として有名ですけれど、
なかでもバランキージャは美女の産地として知られています。
そういえばシャキーラも、バランキージャの生まれでしたよね。
アメリカ生まれのレバノン系マケドニア人の父と、
カタルーニャ系の母のもとでシャキーラが生まれたように、
バランキージャは、インディオ、ムラート、黒人ばかりでなく、
さまざまな民族が混淆した文化を持つ町です。

そのバランキージャで育まれたパパジェーラと、
逃亡奴隷のコミュニティであるパレンケを結び付けたバンド名に、
おやと思いましたが、バランキージャはパレンケの住民が出稼ぎしたり、
移住した町でもあったんですね。知りませんでした。

さて、そのパレンケ・ラ・パパジェーラですが、コロンビアのバンドでなく、
なんとスイスのジュネーヴで05年に結成されたというのが面白い。
確かに今のコロンビアじゃあ、こんなルーツ・コンシャスな音楽はCDにならんもんなあ。
せっかくのクァンティック人気を、本家本元でフィードバックできない
ボンクラなコロンビア音楽界にはがっかりですよ。

コロンビアからの移民を中心に、ヨーロッパ人も加えたこのプロジェクト、
クンビア、ポロ、プイヤ、バンブーコ、ファンダンゴをレパートリーに
行進するパパジェーラを広めようと、
各地のフェスティバルで祝祭感イッパイの演奏を繰り広げ、人気沸騰中だとか。
野外フェスにこれほど似合う連中はいませんよ。
来年の夏、誰か呼びません?

Palenque La Papayera "RAMON EN PALENQUE" Buda Musique 860272 (2015)
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イピロス地方音楽の粋 アレヒス・ズンバス

Alexis Zoumbas  A Lamet For Epirus.jpg

「ヴァイオリンが歌う」とは、よく使われる形容ですけれど、
1曲目の絶妙なプレイに思わず引きずり込まれ、
息を押し殺したままじっと聴き耳をたて、終わった時には、息苦しさを覚えるほどです。
これほど繊細に歌うヴァイオリンも、ちょっと他にないかもしれないなあ。

ギリシャ北西部山岳地帯のイピロス地方出身のヴァイオリニスト、
アレヒス・ズンバスのSP録音集です。
1曲目の“Epirotiko Mirologi” には、「イピロスの哀歌」という英訳が付けられているとおり、
人が嘆きむせび泣くさまを、雄弁に表現したヴァイオリンのプレイが圧巻です。
ラストの12曲目でも、鳥のさえずりを模したような演奏に息を呑みました。

アレヒス・ズンバスは、1883年イピロス地方ヨアニナのグラメノという村に生まれ、
1910年にニュー・ヨークへ渡り、47年にデトロイトで亡くなった人。
本作は26年から28年にニュー・ヨークで録音されたSPから、12曲が収められています。
SPコレクター、クリストファー・クロスさんが2年前にリリースした
ギリシャ北西部イピロス地方のヴィンテージ録音集に続く第2弾になるわけですね。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2013-11-14

英訳された曲目を眺めてみると、シルト・トゥー・ステップ・ダンス、
マケドニアのダンス、アルバニアの羊飼いの曲、メイポール・ダンス、
盗賊のダンスなんてのもあります。
シルトというのは、ギリシャの横並びダンスですね。
メイポール・ダンスは、ヨーロッパ全域で親しまれるフォーク・ダンスです。
アレヒスのヴァイオリンにはチェンバロもしくはベース、またはその両方が伴奏に付きます。

解説によると、イピロスの音楽を特徴づける二つのタイプの曲に、
ミロロギとスカロスがあるそうです。
ミロロギは葬儀の嘆き唄で、古くは古代ギリシャの叙事詩の中にもみられ、
イピロスの祝祭の踊りパニイェリアの始めと終わりに、
必ず演奏されるのが習わしなのだとか。
一方、スカロスは、クラリネットとヴァイオリンで演奏される羊飼いの歌だそうです。

東欧的な旋律と、ギリシャのオリエントな香りもたっぷり含んだ音楽がなんとも味わい深く、
アレヒスのヴァイオリン演奏の華麗なアーティキュレーションにのせて、
イピロス地方音楽の粋を堪能させてくれる名演集です。

Alexis Zoumbas "A LAMENT FOR EPIRUS, 1926-1928" Angry Mom AMA04
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トルコ北部黒海沿岸の伝統舞踏ホロン エミネ・ジョメルト、オルハン・カンブル

Emine Cömert  HORON.jpg

この夏はホロンがくる!のだそうです。
エル・スールの原田さんのオススメで、聴いてみました。
トルコ北部黒海沿岸のラズ人民謡歌手エミネ・ジョメルトの、
アルバム・タイトルもそのものずばりな『ホロン』。

ホロンは初体験でありますが、こりゃあ強烈なトランス・ミュージックですね。
10分近い長尺の曲ばかりで、前半に歌とコーラスのパートがあるものの、
メインはダンス・パートの後半で、ケマンチェがインプロヴィゼーションを繰り広げます。
両面太鼓ダウルのツー・ビートにのせて、ケマンチェが縦横無尽に弾きまくるんですが、
スリリングな即興を延々と繰り広げていて、このケマンチェ奏者、スゴ腕だなあ。

平坦なツー・ビートの曲と、つっかかるようなビートの曲と、
リズム・パターンは二通りあるようなんですが、なんのエレクトロも用いてないのに、
まるでテクノのように聞こえるって、どーゆーわけなんでしょう。

ヴィデオを見ると、横に並んで踊る手つなぎダンスが、
まるでリヴァー・ダンスみたいと思ったら、
ラズの商人たちが西ヨーロッパまでホロンを伝え、
アイルランドのチェーン・ダンスの起源になったという説もあるんだそうです。
遠くアイルランドまで本当に伝わったのかどうかは別にしても、
ギリシャ、ブルガリア、マケドニア、アルメニアあたりの民俗舞踏って、
こういう横並びで踊るステップ・ダンスが多いですよね。

それにしても、ケマンチェ奏者オヌル・オスカンの超絶技巧はスゴイです。
旋回するメロディを延々反復するかと思えば、ぱっと場面展開して、
一足飛びに跳躍して高いキーで別のメロディに移っていったりと、
まさしく変幻自在。これで踊ったら、トランスしそうですね、ほんとに。

ケマンチェとダウルのたった二人で、
これだけスリリングな演奏を繰り広げる天然ミニマル・トランスもすごいんですが、
そこに、オマール・スレイマンのダブケもびっくりなシンセを取り入れ、
エレクトロニック・ダンス・ミュージックに仕立てる輩までいるんですね。
それがこちらの、オルハン・カンブル。

Orhan Kambur  CURCUN ELA.jpg

バグパイプのトゥルムが響き渡り、古風な伝統音楽が始まるかと思いきや、
そこに打ち込みの四つ打ちが滑り込み、さらにケマンチェが絡んでくるというオープニング。
歌がこれまた素っ頓狂で、コーラスとともに、ホイ、ホーイ、ホ~イ!と威勢のよいかけ声。
このキテレツなキャラは、イー・パクサといい勝負。ポンチャック・ホロンか?
バグラマーなども登場して、サウンドはけっこう伝統色豊かなんですけれど、
ドラムマシンの強烈なビートが耳残りします。

一方、打ち込みを使わない伝統様式の演奏では、
ハルク(民謡)歌手としての実力をオルハンは聞かせていて、
タハリール的な技巧なども披露しているんですけれど、
やはり面白いのは、エレクトロ・ポンチャック・ホロンの方ですねえ。

肩や手を組んだ男性もしくは女性同士が一列ないし半円に並んで踊るホロンは、
前かがみになって足を投げ出したり、突然じゃがみこんだりと、結構激しいダンスで、
これは黒海で捕れるいわしが、海で泳いでいる時に突然網にかかり、
もがく様子を表しているのだとか。
リゼ、トラブゾンといったあたりの黒海地域にも行ってみたくなりますね。

Emine Cömert "HORON" AK Sistem no number (2014)
Orhan Kambur "CURCUN ELA : SÖZLÜ TULUM HORON" Senseç Müzik no number (2014)
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レユニオンの風香るアルバム マヤ・カマティ

Maya Kamaty  SANTIÉ PAPANG.jpg

レユニオン新世代の女性シンガーのデビュー作が登場です。
ジャケットがステキで目にとまったんですが、このマヤ・カマティ嬢、
マロヤをロック化したレユニオンを代表するバンド、ジスカカンのリーダー、
ジルベール・プニアの娘さんだそうです。

詩人や文学者でもあるジルベール・プニアは、
カリスマティックなアーティストとして知られる人で、
マヤが小さい頃には、アラン・ペテルもよく家に遊びに来ていたんだそう。
アランはジルベールと同い年で、親友同士だったんですね。
アラン・ペテルは95年、マヤが10歳の時にアル中で亡くなってしまいますが、
13年にマヤが女性アーティストとして初のアラン・ペテル賞を受賞するとは、
縁のある話というか、よしみがあったことを感じさせますね。

マヤの音楽性は、父親たちのいかにもヒッピー世代らしい、
エキセントリックな面の強いマロヤ・ロックとは感覚の異なる、現代っ子らしいもの。
オーガニックなアクースティック・サウンドをまといながら、マロヤを知的な作風で聞かせます。
バックはウクレレ兼ギター、キーボード兼ギター、パーカッションの3人がメインで、
曲によりベース、ドラムス、トランペット、チェロなどがゲストで加わっています。
微量なエレクトロも交えた洗練されたサウンドが、よくこなれています。
アフロ色強いマロヤが苦手な人にとって、聴きやすいサウンドともいえそうです。

ウクレレの音色が運ぶ潮騒の香りと、カヤンブの横揺れのスウィング感が、
猛暑にうだるオツムにやさしく響きます。

Maya Kamaty "SANTIÉ PAPANG" Sakifo 88875013552 (2014)
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元祖シャンガーン・エレクトロ=ツォンガ・ミュージックを掘り下げて【後編】

General Mukza.jpg

ギターを使うのはオールド・スクールなツォンガ・ミュージックで、
ニュー・スクールはキーボード使いということを、前回の記事の最後にお話しましたが、
そこらへんの感覚は、ツォンガ・ディスコで一世を風靡したペニー・ペニーが引退した後、
ペニー・ペニーのツォンガ・ディスコを引き継いだジェネラル・ムズカを聴くと、
もっとよくわかります。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2013-12-04

ジェネラル・ムズカの世代になると、ギターを使わずにキーボードだけ使っているといっても、
リズムの感覚は痙攣するようなツォンガ伝統のビートではなく、
タメの効いた重量感のある、どっしりとしたビートを特徴としているんですね。
ムズカのスタイルはクロスオーヴァーと呼ばれているそうで、
ポップ/クワイトのサウンドとクロスオーヴァーしているということのようです。
面白いのはラストのリミックス・トラックのみ、
ハネるリズムの典型的なツォンガ・エレクトロが聞けるところでしょうか。

Joe Shirimani.jpg

もっとクワイト寄りのツォンガ・ミュージックというと、ジョー・シリマニという人がいて、
08年作の“MIYELA” では、四つ打ちのビートがまんまクワイトなトラックを聞かせてくれます。
こうなると、ツォンガ・ミュージックの個性が聴き取りにくいかと思うんですが、
そこにツォンガらしいビートや、キュートなシンセ音が交わって、
なるほどツォンガ・ディスコの系譜の人なんだなということがわかります。
このアルバムなんて、ツォンガ・エレクトロとクワイトをミックスさせてポップに聞かせた快作で、
広くヒットしそうな気がしますけれども。DJプレイにも、ぴったりじゃないですかね。

Matshwa Bemuda & Magenge Sisters  CHOM NA CHOM NO.10.jpg

そして最後は、シャンガーン・エレクトロ・サウンドの真打ちともいえる、
リンポポ州北部マラムレレを代表するシンガー、マツワ・ベムダことフレディ・マシンギ。
残念ながら06年に亡くなってしまった人なんですが、
今回1枚だけ手に入れた没後リリースの07年作が強烈。

痙攣するようなせわしないビート、飛び交うファニーでキュートなシンセ音。
ちりちりと16分音符を散らかすギターに、とぼけたヴォーカル。
さすが、ツォンガ・ミュージックの父と形容されるだけのことはあるサウンドで、
これはオネスト・ジョンズ盤を凌ぐ衝撃です。
彼が生み出したサウンドこそ、シャンガーン・エレクトロのオリジナルといえそうです。

General Muzka "OFF DUTY" no label CDS013 (2010)
Joe Shirimani "MIYELA" Sony/BMG CDPAR5030 (2008)
Matshwa Bemuda & Magenge Sisters "CHOM NA CHOM NO.10 - NCICA MINGOMA" no label no number (2007)
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元祖シャンガーン・エレクトロ=ツォンガ・ミュージックを掘り下げて【前編】

ワープからリリースされたノジンジャの新作を聴いていたら、
欧米の側から発見されたシャンガーン・エレクトロでなく、
南ア現地制作の音そのものを聴きたいという欲求が、むくむくと持ち上がってきました。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2015-06-13
同じことを感じた人はぼくのほかにもいたようで、
『ミュージック・マガジン』の先月号で大石始さんが、
「この音楽が現地でどのように聴かれているのか、その背景を知りたくなる」と書いていて、
うん、そうだよねえ、と思ったのでした。

で、調べてみたら、なんだあ、南ア盤がいっぱい出てるじゃない。
知らなかったというのもお恥ずかしい限り、調査不足もいいところですね。
南アのジャンル別ヒット・チャートを見ると、ポップやクワイトといったメインのジャンルのほかに、
ズールーのマスカンダと並んで、ちゃんとツォンガ・ミュージックが、
ひとつの民族系のジャンルとして並んでいることを、遅まきながら知りました。

あ、ちなみに、これまでシャンガーンとツォンガは、
同じ民族名をモザンビークと南アで別々に呼称していると理解していましたが、
両者は別の由来を持つ民族だということも知りました。
シャンガーン人がツォンガの言語や文化に同化してきた歴史があるため、
現在では同義のように用いられ、南アでもしばしば誤用されているとのことです。

というわけで、ツォンガ・ミュージックのヒット・チャートの顔ぶれを参考に、
南ア盤を取り寄せてみました。
カタログに数多くあったのが、トーマス・チャウキとジョージ・マルレケという2人の歌手。

Thomas Chauke  SHIMATSATSA NO.14.jpg   Thomas Chauke  SHIMATSATSA NO.22.jpg
Thomas Chauke  SHIMATSATSA NO.24.jpg   Thomas Chauke  SHIMATSATSA NO.26.jpg
Thomas Chauke  SHIMATSATSA NO.28.jpg   Thomas Chauke  SHIMATSATSA NO.29.jpg
Thomas Chauke   SHIMATSATSA NO.32.jpg

トーマス・チャウキは、52年リンポポ州サレマ村の生まれ。
80年代のバブルガムの流行にのってディスコ・サウンドを取り入れ、
ツォンガ・ディスコの人気グループになった歌手とのこと。

ギター、ベースとドラムマシンをバックに、ふわふわとした脱力ヴォーカルで歌っています。
ベースの硬質な響きやフリーなフレージングは、ンバカンガやマスカンダそっくりで、
バラフォンをサンプルした怪しいキーボード音がバックで鳴っているところが、
ツォンガ・ミュージックのキモのようですね。

どれを聴いても同じような内容なんですけれど、
時代が下るほどにビートがミニマルぽくなってくるところが面白く思えます。
シャンガーン・ディスコに通じるファニーな雰囲気のある、
アフロ・フューチャリスト・ダンス・ミュージックといえるかも。

George Maluleke  NO.18.jpg   George Maluleke  NO.24.jpg
George Maluleke  NO.25.jpg   George Maluleke   NUMBER 26.jpg

ジョージ・マルレケは、58年リンポポ州マラムレ近郊のバングワニ村の生まれ。
87年にデビューし、03年作“NO.18 - RI ORHELI” は、
南ア音楽賞ツォンガ部門の1位を取ったそう。
ジョージのスモーキーなヴォーカルは、なかなかに味わいがあります。
痙攣するようなビート感は、ジョージが弾くギターのトレモロを使ったフレーズが生み出していて、
スタッカートを効かせたベースがハギレのいいビート感を強調し、
ハネるリズムを強調したジョージのサウンドは、よりシャンガーン・エレクトロぽいといえます。

こうしてみると、主役の歌手がギターを弾いて歌うところは、
ズールー人のマスカンダとよく似ていますけれど、
ギターを使うのはオールド・スクールなんだそうで、
キーボードによるエレクトロ使いが今の主流なんだとか。

確かに、シャンガーン・エレクトロにぼくらが最初びっくりしたのも、
使用楽器がキーボードだけだったことですもんね。
ジョージのアルバムでも、09年作あたりからギターが目立たなくなり、
キーボードがメインとなって、サウンドの感覚もディスコというより、
ミニマルぽいエレクトロに変化しています。

ちょっと話が長くなってきたので、続きは次回に。

Thomas Chauke Na Shinyori Sisters "SHIMATSATSA NO.14 - SUKA DAVULOSI" CCP CDTCR(WCPB)001 (1995)
Thomas Chauke Na Shinyori Sisters "SHIMATSATSA NO.22 - MUGAWULA" CCP CDTCR(WB)026 (2002)
Thomas Chauke Na Shinyori Sisters "SHIMATSATSA NO.24 - MADZOLONGA" CCP CDTCR(WB)036 (2004)
Thomas Chauke Na Shinyori Sisters "SHIMATSATSA NO.26 - MAVHOLOVHOLO" CCP CDTCR(WB)046 (2006)
Thomas Chauke Na Shinyori Sisters "SHIMATSATSA NO.28 - SWELEMETEE!" CCP CDTCR(WB)055 (2008)
Thomas Chauke Na Shinyori Sisters "SHIMATSATSA NO.29 - XIHOLAKA XA MASEVE" CCP CDTCR(WB)059 (2009)
Thomas Chauke Na Shinyori Sisters "SHIMATSATSA NO.32 - VIRUS (COMPUTER YA NHLOKO)" CCP CDTCR(WB)070 (2013)
George Maluleke Na Va N’Wanati Sisters "NO.18 - RI ORHELI" CCP CDTCR(WB)028 (2003)
George Maluleke Na Van’wanati Sisters "NO.24 - KUHANYERIWA I VUKOSI" CCP CDTCR(WB)054 (2008)
George Maluleke Navan’wanati Sisters "NO.25 - SIKU RAMAKUMU" Sony CDPAR5042 (2009)
George Maluleke Na Van’wanati Sisters "NUMBER 26 - BYELA KHOKHOLO" Sony CDPAR5055 (2010)
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マダガスカル南東部のダンス・ポップス、マンガリバ トミノ

Thominot  Hazolahy.jpg

話題の映画『ギターマダガスカル』、もうご覧になりましたか?
関東近郊のアフリカ音楽ファンは、みなさん観たことと思いますが、
これから全国各地で公開されるので、お近くの際はぜったい必見の映画であります。
こんな本格的なアフリカ音楽のロード・ムーヴィーが日本で製作されるなんて
夢のようですよ、ホント。監督含む製作スタッフの若い世代の活躍に、
惜しみない拍手を送りたい気持ちでイッパイです。

映画にも出演しているギタリスト、デ・ガリが06年5月に来日した際、
当時小学6年生だった次女と一緒に日比谷公園のライヴに行ったことがあったので、
「観る?」と誘ったら、「行く~♡」というので、一緒に観てきました。
次女も今は大学3年生で、時の流れを感じずにはおれませんね。
デ・ガリのライヴ(イヴェント「アフリカン・フェスタ」への出演)を観ていた当時、
まさか彼が出演する映画を日本人が撮るなんて、想像だにしませんでしたもの。

D'Gary.jpg

映画館に行ったら、出演者のCDも販売していて、
トミノのマダガスカル盤が置いてあったのには、びっくり。
トミノのCDは持っていなかったので、これ幸いと買ってきました。
実はこの映画を観てはじめて、トミノがやっているマンガリバという音楽が
マダガスカル南東部にあることを知ったんでした。

いや、正確にいうと、マダガスカル南東部にすごく面白い音楽があることは、
トラニャロ(フォール・ドーファン)のグループ、ラバザで気付いていたんですけれど、
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2012-04-13
それをマンガリバと呼ぶことは、この映画で初めて知ったんです。

しかも、ラバザのリーダーであるR・クリスト・ベニーは、トミノのグループ、
ハズライの元メンバーで、04年にハズライを脱退し、ラバザを結成したのだそう。
アンタヌシ人の伝統音楽をポップ化したこのマンガリバは、
前のめりに疾走するダンス・ミュージックで、映画の中でも、
トミノに「故郷のステップをやってくれよ」と促された少女が、
鮮やかなダンスを披露するシーンが印象的でした。
マンガリバという音楽は、トミノの父親が60年代に作り出したというので、
そうだったのかあと、思わず膝を打ったのでした。

この映画を初めて見た時、5人ものミュージシャンのロード・ムーヴィーという贅沢な内容に、
これを完成させるまで、いったい何度現地に足を運び、
何年かかったのかと思わずにはおれませんでした。

106分に詰め込まれた情報量の多さは、
たとえば、故郷へ向かうギタリストの旅に同行し、親戚一同との再会シーンばかりでなく、
憑依儀礼や改葬の儀式といった宗教儀礼まで撮っていて、
撮影の許可を得るのは、けっして容易ではなかったはずです。
ちらっとしか登場しないシーンに、
使われずじまいとなったフィルムに記録されているだろう部分を想像しては、
その内容の濃さに圧倒されてしまいました。

だから、この映画がたったの2か月間で一気に撮ったという話を聞いた時は、
そんなことが可能なものなのかと、本当にビックリしてしまいました。
アフリカで仕事をした経験のある人なら、よくわかると思うんですが、
とにかく思うように事の運ばないのが、アフリカという土地柄です。
日本なら1日でできることが、平気で1週間、
ヘタすれば1か月かかってもできないなんてことがザラな場所で、
これを2か月で撮ったなんて、奇跡としか言いようがありません。

その秘密を、パンフレットにあったトミノの言葉に見つけました。
「撮影の中で一番印象深かったことは何ですか」という問いにトミノは、
「私の生まれた村を訪ねた時、私たちが訪ねたライ・アマン・ドゥレニベと呼ばれる
村々の長たちに対し、日本の人たちが示した敬意です」と答えています。
『ギターマダガスカル』でマダガスカルの人々が彼らの生活と文化を包み隠さず見せたのは、
撮影クルーたちが敬意と共感を持って彼らに接した、その姿勢こそにあったのでしょう。

Thominot "HAZOLAHY" Gasy Karavane no number (2013)
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<歌もの>ライの復権 マジッド・ハッジ・ブラヒム

Madjid Hadj Brahim  LYAME TBAYANE.jpg

くあ~、たまんねー。
80年代にさんざ聴いた、ポップ・ライの典型的なサウンド。
プロデューサーのラシード・ババ=アハメドが創り出した、あのサウンドですよ。
なつかしいっすねぇ。

このグルーヴがねぇ、もう、辛抱たまらんわけですよ。
オランの連中にかかると、なんで打ち込みのビートが、
こうもグルーヴィになるんでしょうかねぇ。

そして、この声!
実年齢以上の親父臭さと無頼を気取る歌いっぷりが、男を泣かせますよ。
ハレドそっくりのいい声だなあと感心していたら、
なんとこのマジッド・ハッジ・ブラヒムくん、ハレドの甥っ子なんですって!
うわぁ、そりゃ似てるわけだ。

今やハレドは、ライの枠を超えたスーパー・スター。
昔のようなオラン流ポップ・ライを歌うこともなくなってしまったので、
この甥っ子くんには期待をかけたくなりますね。
キャッチーなコーラスの1曲目なんて、“Didi” をホーフツとさせるじゃないですか。

打ち込みとシンセを多用するポップ・ライといっても、
アコーディオンやバンジョー、ベンディールなどを効果的に使い
ベルムー・メサウド流のホーン・セクションも、シンセ代用でしっかり鳴らしてくれます。

思えばライが失速し始めたのって、ライ’N’Bだの、レッガーダだのと、
<歌もの>のライが、<ダンス>仕様に変質したところにあったんじゃないですかね。
その意味でこのアルバムは、<歌もの>ライ復権の作のように、ぼくには思えます。

アルバム・タイトルは、『いつかわかってくれる日まで』(訳:ウアムリア奈津江さん。以下同じ)。
曲のタイトルも、「君を思う瞬間(とき)」「彼女を噂する人」「まだ君を愛している」
「哀れな僕のハート」「人生はからっぽ(君がいないから)」などなど、
ホセー・アントニオ・メンデスばりの、女々しさいっぱいな男ゴコロ溢れる恋歌ばかり。
これこそ<障害ある恋愛>をテーマとするライの本質そのもので、
やるせないマジッドの歌いぶりは、まさにライの王道をいっているわけであります。

Madjid Hadj Brahim "LYAME TBAYANE" AVM Edition CD980 (2013)
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ストリートのコンペティションからレコード・デビューへ コリントン・アインラ

Kollington Ayinla  MR. FOOLISH.jpg   Kollington Ayinla  IJOBA ALAGBADA.jpg

コリントン・アインラのデビュー作とセカンド作らしきCDが手に入りました。
オリジナルLPを見たことがなく、本当にデビュー作かどうか定かじゃないんですけどね。
今月号の『レコード・コレクターズ』のリイシュー・アルバム・ガイドの原稿に、
偶然にもコリントン・アインラ初期の名作、83年の“ORO IDIBO” を取り上げたばかりで、
もう少し早く見つけていたら、こっちを記事にしてもよかったかなあ。

リリース年の記載がなく、遠藤斗志也さんのディスコグラフィでも不明となっている
ムクソン・ミュージック盤で、遠藤さんのディスコグラフィにはMucson とありますが、
CDにはMukson と書かれています。
リリースは、シキル・アインデ・バリスターのデビューと同時期のはずで、69年頃でしょうか。
少し回転数が早いんじゃないかと思わせる、コリントンの少年のような若い声が印象的。
バックの演奏にアギディボが加わっているところや、途中で笛がフィーチャーされるところは、
シキル・アインデ・バリスターのデビュー作とおんなじですね。
お神楽富士ですよ、あはは。(↓参照)
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2011-08-11

“VOL.2” と書かれたセカンド作とおぼしき“IJOBA ALAGBADA” では、
成長した大人の声(?)で、聴き慣れたコリントンの強力なメリスマが炸裂します。
う~ん、やっぱりデビュー作の方は、回転数が早いのかな。
ちなみに、こちらでは笛は登場しません。

49年生まれのコリントン・アインラは、レゴス、メインランドのエビュート・メッタで育ち、
62年に地元のウェレのグループに加わり、
わずか3年後の65年には、ンナンジ・アジキウェ・カップという
ウェレのナショナル・コンペティションで優勝した経歴の持ち主。

シキル・アインデ・バリスターは、わずか10歳でアギディボ奏者として
地元ムシンのウェレのグループに加わり、すぐに歌手として頭角を現し、
コカ・コーラ社主催のウェレ・コンペティションで優勝しています。
60年代の頃からコリントンをライヴァルとして意識していたそうで、
フジの名のもとレコード・デビューする以前の
ウェレ・コンペティション時代から、二人はライヴァルだったんですね。
ちなみに二人とも、同じ67年に兵役にとられているんですよ。

それにしても、かたやエビュート・メッタ、かたやムシンですからねえ。
どちらもレゴスの庶民街、それもスラムがあるような、かなり貧しい住民の地区で、
そういった場所のストリートで若者たちが競い合ったコンペティションの雰囲気って、
どんなものだったのかなあ。

90年にナイジェリアへ行った時のムシンは、強烈だったもんなあ。
シキル・アインデ・バリスターのレーベルの直轄レコード店が線路沿いにあって、
そこのマダムと仲良くなったもんで、よく通ったんだけど、すごい町でしたよ。

Mushin_Nigeria 1990.jpg

ドブの下水がそこらに溢れ出て、町中に汚水や小便の臭いが漂っているし、
ナイフを手に喧嘩する男たちを目の当たりにするかと思えば、
高足の仮面踊りで人を脅かすタチの悪いカツアゲ集団に出くわしたりと、
ロクでもない町という印象は、今でも残っていますよ。
ヒップホップ誕生時のニュー・ヨークのサウス・ブロンクス地区って、
こんな町だったんじゃないかと思ったもんです。

Alhaji Kollington Ayinla and His Fuji Group "MR. FOOLISH" Mukson Music LRC(LP)01
Alhaji Kollington Ayinla and His Fuji Group "IJOBA ALAGBADA" Mukson Music LRC(LP)03
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野性と洗練を獲得したヴードゥー・ブラス ガンベ・ブラス・バンド

Gangbe Brass Band  GO SLOW TO LAGOS.jpg

ガンベ・ブラス・バンドの最新作、今回は会心の出来ですねぇ。
7年前の前作“ASSIKO” の出来に納得がいってなかったので、
レーベルを移してリリースした今作の方向性は、大賛成です。

“ASSIKO” の何がいけなかったかって、プレイもアレンジもあまりに優等生的すぎたこと。
もともとこのバンドは、クラシックやジャズの正規教育を受けたとおぼしき、
びしっと揃ったブラス・アンサンブルを聞かせるメンバーたちが揃っているので、
アフリカのブラス・バンドと聞いて想像するような、
ラフでワイルドなところはまったくないんですね。

ベニンの伝統的なヴードゥー音楽をベースにしながら、
それを高度に洗練されたブラス・アンサンブルを聞かせるところが彼らのユニークさで、
04年の“WHENDO” では、そんな彼らの持ち味が発揮されたアルバムとなっていました。
ところが、“WHENDO” の次作“ASSIKO” は、お行儀が良すぎるアレンジの中で、
譜面を読みながら演奏してるような端正さに、がっくりきてしまったんです。

ところが、今作はどうです。
窮屈なアレンジに縛られることなく、
メンバー全員がのびのびとホーンを鳴らしているじゃないですか。
ソロ・パートでも、“ASSIKO” とは比べものにならないブロウを響かせていますよ。
パーカッションを強化して、ベルの響きが耳残りするヴードゥーのリズムを、
これまで以上に押し出しているところも、花丸もの。
6曲目の“Ashé” では、ブラスをお休みして、パーカッションのみの伴奏による
コール・アンド・レスポンスで、本格的なヴードゥーを歌っています。

一方、彼らお得意のアフロビート調ヴードゥーも、今回はオープニングで披露。
ナイジェリアの演劇人ヒューバート・オグンデに捧げたその曲は、
ゆいいつレゴスでレコーディングされ、フェミ・クティもゲスト参加しています。
ちなみに、今回のアルバム・タイトルやジャケットも、
アフロビート色濃いものになっていますけれど、じっさいの中身はこのオープニング曲のみ。

聴く前はやや不安だった、
フランス人キーボード奏者ジャン・フィリップ・リキエルの起用も成功しましたね。
リキエルは、80年代ワールド・ミュージック全盛時代に流行したシンセ音を
いまだにプレイするような人なので、大丈夫か?と懸念したんですが、杞憂でした。
“Vrais Amis” では、アクースティック・ピアノで正統的なジャズの演奏を聞かせますが、
ガンベ・ブラス・バンドの洗練された音楽性とよく調和がとれ、浮いた印象を与えません。

以前より野性味を増し、一方で洗練された音楽性にも磨きを増して、
野性と洗練のバランスがとれたアルバム。
鮮やかなヴードゥー・ブラスの傑作登場です。

Gangbé Brass Band "GO SLOW TO LAGOS" Buda Musique 4734804 (2015)
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小学校低学年のヘヴィ・ロテ盤 ミリアム・マケーバ

Miriam Makeba  THE INDISPENSABLE 1955-1962.jpg

胸の奥底から、甘酸っぱいものが湧き上がってくるような、
なんとも表現しがたい懐かしい思い。
身体に染みこんだ半世紀前の記憶を呼び覚まされたのは、
フレモオ・エ・アソシエが復刻した、ミリアム・マケーバの初期録音集3枚組のディスク3。

ここにマケーバの62年作“THE MANY VOICES OF MIRIAM MAKEBA” が
まるごと収録されているんですけど、これをヘヴィ・ロテしてたのは、7歳か8歳だったか。
はっきり覚えていませんけど、とにかく小学校低学年の頃。
いやー、ほんとによく聴きました。

父親が聴いていたレコードのおかげで、
3・4歳の頃から、ぼくがミュージック・クレイズになったことは、
これまでも何度か書いたと思いますが、
幼稚園児で知ったセリア・クルースに次いで、ガキのぼくが夢中になったのが、
小学校低学年の時に聴いたミリアム・マケーバでした。
そのきっかけのレコードが、
この“THE MANY VOICES OF MIRIAM MAKEBA” だったんですよ。

真っ黒な背景にマケーバの顔を3つ合成したジャケット、
アメリカのカップから出たこのレコードは、当時日本盤でも出たんですよね。
親父はこのアフリカの歌手はいいぞと言いながら聞かせてくれたんですが、
親父より、ぼくの方がトリコになってしまったんでした。
B面最後の曲でフィーチャーされる、スティールドラムの音が不思議でねえ。
何十年ぶりかに聴き直しましたけれど、背中がぞくぞくするような快感に襲われました。

おそらく本作はこれが初CD化のはず。
アメリカ・デビュー作となった60年のRCA盤も、ディスク2と3に分かれて完全収録されています。
ディスク1と2には、デビュー当初のマンハッタン・ブラザーズに客演した録音に、
女性コーラス・グループ、スカイラークス時代の録音、マケーバが世界に知られることとなる
ミュージカル「キング・コング」と、歴史を追って編集されていて、
アメリカに亡命するまでのマケーバを俯瞰した、最良の編集作となっています。

Miriam Makeba "THE INDISPENSABLE 1955-1962" Frémeaux & Associés FA5496
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微分音の味わい ジプシー・シーサコーン

Yibsee Srisakorn  SEE KA SUNG NARK.jpg

ジプシー・シーサコーンの新作が出ましたね。
タイの仏教歌謡レーを歌う少女歌手なんですが、
新作は大人ぽくなって、浅田真央と見まがうお顔立ちになりました。
ただ残念ながら、ピヤピヤ音のキーボードとドン臭いドラムスのプロダクションが、
ひと昔前のルークトゥンに戻ってしまったようなプアさで、ガックリ。
やっぱ今のところ、ジプシーの最高作は、デビュー作につきるかなあ。

もっと本格的な伝統歌謡のフォーマットで歌わせたら、
すごい傑作を作れる人だと思うんですけれど、
地味なレーだけ歌ってたら、売れないんだろうし、
ルークトゥン調のプロデュースをしないと、幅広い人気を掴むことができないんでしょうねえ。

それにしても、ジプシーのデビュー作にはびっくりしました。
仏教歌謡レーは、タイ伝統音階の7等分平均律を5音音階の旋法で歌う、
タイの伝統色がたっぷり味わえる音楽なので、ずっと注目していたんですけれど、
その実像がよくわからないナゾの音楽でもありました。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2013-12-12
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2013-12-14

それまで男性歌手のレーしか聴いたことがなかったので、
こんなアイドル然としたジャケットの少女がレーを歌っているというのに、まずびっくり。
聴いてみたら、これまたすごい本格的な歌いぶりに、2度びっくりです。
微分音が揺れ動くこぶし使いが実に繊細で、その歌唱力の高さに圧倒されます。
きっと、ちっちゃい頃からずっと歌ってきた人なんでしょうねえ。
伝統歌謡の節回しがしっかり身についていて、完成度の高い歌唱を聞かせてくれます。

アコーディオン(一部オルガンも加わる)、ベース、ギターを中心に、
トー(太鼓)、チン(小シンバル)などのパーカッション数台というシンプルなバックで、
ぽこぽことしたのどかなリズムで、ずっと同じテンポの曲が続きます。
サックスやホーン・セクションがフィーチャーされる曲もありますが、
あくまでもアクセントをつける程度。聴き始めは単調なように思えても、
ジプシーの巧みな歌い回しに惹きつけられ、そのサウンドに入り込んでしまうと、
ゆったりと大きくうねるグルーヴには催眠性があり、ナチュラル・トリップできます。

微妙な起伏を繰り返すメロディもレーらしいところで、
<ふんがふんが>とハミング(?)するのは、レーの特徴といえます。
聴いたことのない人は、ちょっと意味不明かと思いますが、レーを知る人なら、わかりますよね。
そういえば、この<ふんがふんが>ハミングは、新作にはぜんぜん登場しません。

12年のセカンド作“HARM LHOK BORK KORN” は、新作“PRA ONG RAEK” と同じ
ルークトゥン調にお化粧したアルバムでしたけれど、
1曲ピーパート編成で中部タイ民謡のチョイを歌っていたのが聴きものとなっていました。
でも、やっぱりレーに派手なドラムスが入ると、うるさくってジャマだなあ。
デビュー作でもサンプルらしきハイハットの刻み音は聞こえますけれど、控えめな使い方なので、
歌の微分音をじっくりと味わうのにジャマではありませんでした。

むしろこの微分音の感覚は、西洋音階の12音音階に慣れた人には、相当抵抗があるはず。
先日のミャンマーのスライド・ギターも、「吐きそう」と表現していた人もいたくらいだから、
このタイの7等分平均律も、知らない人には結構なカルチャー・ショックだと思います。
なので、絶対音感保持者にはおすすめいたしません、ハイ。

ミャンマーの仏教歌謡がソーサーダトンなら、タイはジプシー・シーサコーンですよ。

Yibsee Srisakorn "SEE KA SUNG NARK" Four’s 4SCD5090 (2011)
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『淡淡幽情』カヴァー・アルバム 楊曼莉

楊曼莉 淡淡幽情.jpg

テレサ・テンの『淡淡幽情』をカヴァーするとは、こりゃまた大胆な。
熱狂的なテレサ・ファンが、眉を吊り上げそうな気もしますが、
中華歌謡の歴史的傑作に挑戦しようという試みは、
そんじょそこらの歌手にできる芸当じゃありませんよねえ。

そんなハードルの高い試みにトライしたのが、楊曼莉(ヤン・マンリー)。
大陸出身で、99年に香港へ移住後、歌手活動を始めた人です。
いわゆるカヴァー・シンガーと呼ばれる人で、中華歌謡のヒット曲や
日本の歌謡曲を専門に歌っているんですが、なかでもテレサ・テンのカヴァーが得意で、
香港のテレサ・テン・ファン・クラブにも認められ、
数多くのテレサ由縁のコンサートで歌っています。

ぼくがヤン・マンリーを初めて知ったのは、07年作の『一潮紅霞』でした。
これもテレサ・テンのカヴァー集なんですが、
ヤン・マンリーの声質じたいがテレサとよく似ているうえ、
歌いぶりも実に上手く真似ていて、驚かされたものです。
テレサ・テンのファンならばわかってもらえると思うんですが、
テレサのカヴァーと聞くと、聴きもしないうちから、「どうせダメだろ」と思いがち。

天才歌手テレサと同じように歌えるわけがないと考えてしまうからなんですが、
その昔、フェイ・ウォンとかいう、スカしたアーティスト志向のポップ歌手がカヴァーした、
できそこないのカヴァー・アルバムに怒り心頭となった古傷があるもので、
テレサのカヴァーと聞くと、人一倍神経質になってしまいます。
ですが、ヤン・マンリーはじっさいに聴いてみて、
これはテレサに迫るとナットクできた、数少ない人でした。

で、この『淡淡幽情』もよく歌えていて、立派な仕上がりになっていました。
オリジナル・アルバムの全12曲をまったく同じアレンジで歌っており、
一部曲順を変えているものの、完全カヴァー・アルバムになっています。

あまりによく出来ているので、ちょっと意地悪ですが、聴き比べをしてみました。
すると、う~ん、さすがに違いがはっきりしますね。
まず、ヴィブラートのナチュラルさが違います。
ヤン・マリーのヴィブラートには、はっきりと技巧を感じるんですけれど、
テレサのヴィブラートには、計算している感じがまるでないんですね。
自然と、語尾に美しいヴィブラートが付くという感じ。

そして、決定的な違いが、ディクションの明瞭さです。
テレサはどんなに小さくつぶやくように歌っている時でも、
発音が鮮明で、声が前に出てくるんですね。
声の輪郭がくっきりとしていて、エッジが立っているのが聴き取れるんですよ。

それに対して、ヤン・マリーの柔らかく甘い声は、
小さな音量で歌うと、声の輪郭がぼやけ、
どこか紗のかかったような、くぐもった感じに聞こえます。
テレサとヤンでは声の解像度がぜんぜん違うというか、
音量の小さい時に、それが歴然とした差となって表われます。

なるほど、どんなに上手く真似てみても、歌の天才とはこんなふうに違うのかと、
目を見開かされる思いがしますけど、それはわざわざ聴き比べてようやく感じること。
『淡淡幽情』初のカヴァー・アルバム、上々の出来栄えで、十分楽しめる内容です。

楊曼莉 「淡淡幽情」 雨林唱片 H230 (2014)
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40年ぶりの復活 ル・サヘル

Le Sahel  LA LÉGENDE DE DAKAR.jpg

西アフリカにリユニオンの波がきてる?

アフリカン・ポップス黄金時代の70年代を代表する
マリのアンバサデュールが再結成されたと思いきや、
今度はセネガルの幻のバンド、ル・サヘルも再結成ですよ。
セネガルで、独自のポピュラー音楽であるンバラが生み出されようとする時代に、
オーケストラ・バオバブ、スター・ナンバー・ワン、エトワール・ド・ダカールの陰で、
ごく短い時期活躍したバンドが、このル・サヘルです。

知名度の点でいえば、アンバサデュールに到底かないませんが、
今回のリユニオン作に限って言えば、軍配はサヘルに上がりますね。
アンバサデュールはたった4曲のミニ・アルバム、
しかも全曲過去曲の再演となれば、いかに素晴らしい内容とはいえ、
手放しに絶賛はしにくいもの。新曲を含めたフル・アルバムを期待したくなりますよね。

ところがサヘルの方は、往時のアルバムの再演はオープニングの“Caridad” のみ。
全13曲約55分というヴォリュームに、力の入れようがわかろうというもの。
サヘルは、75年にたった1枚“BAMBA” しかレコードを残さなかったバンドです。
当時のサルサから影響を受けた曲をやる一方、
オルガンとサバールのリズムをミックスさせた曲や、ンバラの萌芽を感じさせる曲など、
さまざまな音楽要素が交わった魅力を溢れさせていました。

40年を経てリリースされた今リユニオン作は、75年作の音楽性をそのままに、
いま現在のサウンドへアップデイトした内容に仕上がっているんですね。
たとえば、サルサの影響大の曲といえば、エディ・パルミエリの68年作“CHAMPAGNE” で
イスマエル・キンターナが歌った“Cinturita” のほか、
エル・グラン・コンボやロベルト・トーレスの曲を取り上げているし、
サンターナのラテン・ロックを思わせるような“Myster Tier” もやっています。

サバールこそ使われていないものの、セネガルの伝統的なリズムをベースに、
シェイク・ティジャーン・タルのオルガンがフィーチャーされる“Touba Touba” あり、
もろにンバラな“Guëth” “Garab” もあるなど、
ラテン一本槍でもなければ、ンバラ一直線でもない、
豊かな音楽性が楽しめるんですね。

サヘルのリーダーだった、オルガンのシェイク・ティジャーン・タルは、
セネガルのみならず、パリで制作されるアフリカン・ポップスのさまざまなセッションで
ひっぱりだこだったヴェテラン・ミュージシャン。
サヘル当時から歴史を積み重ねたプレイは、熟練の技を感じさせ、
引き出しの多いアレンジもさすがです。

サックスのチェルノ・コイテは、90年代にユッスー・ンドゥールの
シュペール・エトワールの一員として活躍し、“SET” ほかの諸作に参加、
21世紀になってからは、オーケストラ・バオバブの再結成作に参加した、
これまた大ヴェテランです。
ここでも迫力満点の切れ味鋭いブロウを聞かせてくれ、現役感ばりばり。

そして、本作で一番ウナらされたのが、イドリッサ・ジョップの円熟したヴォーカル。
苦み走った歌声の味わい深さは、若かった70年代とは違う味があり、シビれました。
すべて人力、生バンドによる贅沢なサウンドに、
アフリカン・ポップス黄金時代が蘇ってくるかのようです。

Le Sahel "LA LÉGENDE DE DAKAR" Celluloid 006642 (2015)
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フランス領ギアナのマルチニーク人シンガー ムリエール・フレリアグ

Murielle Fleriag  TOLOMAN.jpg   Murielle Fleriag  TRANSPARENCE.jpg

うわー、ごぶさたー! 
ムリエール・フレリアグ、今も歌ってたんだぁ。

フランス領ギアナの女性シンガーなんですが、ご存じでしょうか。
二十年ぶりにCDを見ましたけど、2年前に出ていたようで、これが4作目だそうです。
この人を知ったのは、95年のデビュー作“TRANSPARENCE”。
ズークというふれこみでしたけれど、エレガントなビギンも多く歌っていて、
アクースティックな音づくりとジャジーなムードに、いっぺんでファンになりました。

経歴が変わっていて、生まれはマルチニークながら、
フランス領ギアナへ渡り、長らくピアノ・バーで歌ってきたシンガーなんですね。
ジャジーな味わいは、クラブ・シンガーのセンスなのかもしれません。
フランス領ギアナという地の利のなさゆえ、知名度こそないものの、
歌手としての魅力は、エディット・ルフェールにも劣らないとぼくは思っています。

本作のプロダクションも、ストリングスをシンセで代用するなど、
予算をかけられないウラミは残るものの、
エレガントなビギンのメロディ、とろけるようなムリエールの歌い口は、
エディット・ルフェールを思わすところがあります。

デビュー作のちょっとクセのある声質も、
円熟してビター・スウィートないい味わいになりましたね。
パーカッションとコーラスをバックにしたベレなども歌っていて、
よりマルチニークの伝統寄りなサウンドも楽しめる本作、お気に入りとなりました。

Murielle Flériag "TOLOMAN" no label no number (2013)
Murielle Fleriag "TRANSPARENCE" MCA Production MDF13078 (1995)
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バカンス初日 セルジュ・ベノー

Serge Beynaud.jpg

定年退職の日を迎えました。
といっても、まだあと8年は働くつもりなんですけど、
その前にひと区切りの特別休暇。
会社員生活34年めにして、1か月もお休みなんて、まー、どうしましょ♡

あれこれ、やりたいことを書き連ねてみたら、
とてもひと月じゃ無理でしょ的なプランが次から次へと浮かんで、
業務計画だってこんなに熱心に作ったことありません(汗)みたいな、
よくばり休暇計画ができあがってしまいました。

そんな休暇計画を練っていたところに、
ウキウキ気分を守り立ててくれる、サイコーな一枚と出会ってしまいました。
コート・ジヴォワールのセルジュ・ベノー君のセカンド作。
クーペ=デカレの名で知られる、アフリカン・エレクトロなダンス・ポップスです。

クーペ=デカレ、ンドンボロ、クドゥロといったダンス・ポップスは、
いわばレゲトンみたいなもので、まともにお付き合いしてこなかったジャンル。
クラブで踊るぶんにはいいだろうけど、
おうちで聴くようなもんじゃないよねえ、ということなんですが、
特別休暇を前に、気持ちが盛り上がっているところに出くわしたアッパーなこの1枚は、
「祝ご卒業」みたいなアゲアゲ気分を、否が応でも高まらせてくれたのでした。
定年感謝式の入場曲に、これリクエストしちゃおうか、なんて思ったほど(もちろん自粛)。

セルジュ・ベノー君は、コート・ジヴォワール中部の都市ダロアの生まれ。
87年9月19日生まれって、自分は何してたかなと昔の日記帳を引っ張り出してみたら、
うわー、この頃かあ、と古い記憶がよみがえりました。
日本はバブル景気のイケイケまっただ中。
ぼくはといえば、毎夜終電もしくは上司からタクシー券もらって帰宅するという、
毎月100時間超の時間外が当たり前の、入社7年目でありました。

ダンス・ポップスに徹した潔さが快感の本作、
ミックスがバツグンによくて、このクオリティはインターナショナル・レヴェル。
音のシャワーを浴びるかのようなサウンドは、爽快そのものです。
オートチューン使いもイヤミがなく、エレクトロニックな手さばきが抵抗なく聞けます。
ハチロクと4/4がクロスするポリリズミックなビートの骨格を前面に押し出し、
肉体感を弾け出しているところが、もう痛快至極。
洗練されたテクスチャーがサウンドをいっそうダイナミックにしていて、腰にキますねー。

メロディアスな曲揃いだし、セルジュ・ベノー君の滑舌のいいヴォーカルはキレもバツグン。
人生初の挑戦も忍ばせた休暇計画を、祝砲のように盛り上げてくれる本作、
さー、これ聴いて、34年間の垢を洗い流しましょ♪

Serge Beynaud "TALEHI" Obouo Music OB10025 (2014)
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