ショーロ耳で聴く ポール・デズモンド
もうCD化は実現しないものと諦めてましたが、よくぞ出してくれました。
ポール・デズモンド晩年の75年に録音されたライヴ3部作の1枚、アーティスツ・ハウス盤です。
覚えてます? デズモンドの柔和な表情をデッサン画にしたジャケットの、
俗に『ラスト・アルバム』といわれている、あのアルバムですよ。
CDジャケは、カナダ国旗のメイプル・リーフをデザインしたものに変わっていたので、
すぐに気付きませんでした。
デズモンドが75年10・11月にカナダ、トロントのバーボン・ストリート・クラブで演奏したライヴ音源は、
ホライゾンやテラークからもリリースされていて、
なかでもホライゾン盤“LIVE” は、晩年のデズモンドの代表作として有名です。
一連のライヴ作のなかで一番最初にリリースされたのがこのホライゾン盤だったので、
名盤との評価が定着したんでしょうけど、
演奏の質は、このアーティスツ・ハウス盤の方が上とぼくは思っています。
ホライゾン盤は、一部の曲で強く吹きすぎている箇所がいくつかあって、
ぼくはそれが耳ざわりに感じてならないんですけど、
アーティスツ・ハウス盤でのデズモンドのプレイは見事にコントロールされ、
デリケイトの極地ともいえる完璧な吹奏を聞かせてくれます。
そのまったく乱れることのないトーンゆえに、
このアルバムを聴いてると眠くなるとか、地味だとか悪口言う人もいるんですけど、
そりゃ、デズモンドの魅力がぜんぜんわかってない人の言葉ですね。
率直に言えば、ぼくはデズモンドをジャズと思って聴いていません。
ブラジルのショーロを聴くのと同じ感覚で聴いているので、
ジャズ評論家後藤雅洋さんの「ジャズ耳」に倣って、
「ショーロ耳」で聴いていると言わせていただきましょうか。
タンギングなどアタックをつけた装飾音を使わずに、なめらかなトーンで演奏する
デズモンドの歌心にあふれたプレイは、いわゆるジャズ的なスリルとは異質のものです。
まるで書き譜のように演奏するデズモンドのアドリブは、
新たなメロディを紡ぐようなプレイ・スタイルで、
主旋律からかけ離れずにソロ演奏をするショーロと、まったく同質の魅力がそこにはあるのです。
そしてデズモンドのもうひとつの魅力は、アルト・サックスの音色の美しさ。
どんな音域だろうと、柔らかでふくらみのあるトーンを出し、
濁りやカスレもないかわりにクリーンなだけでもない、
ヴィブラートをつけたコクのある豊かなサウンドは、
1曲目の“Too Marvelous For Words” のタイトルじゃありませんが、
まさに言葉にならない美しさです。
オードリー・ヘップバーンへのオマージュ曲“Audrey” など、そのアルトの音色だけで、
上質の羽布団にくるまれているような夢見心地を味あわせてくれます。
Paul Desmond’s Canadian Quartet "AUDREY : LIVE IN TORONTO 1975" Domino 891210 (1975)
2011-11-29 00:00
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アンデスの魅惑 ハイメ・グアルディア
ペルー山岳音楽の至宝ともいうべきハイメ・グアルディアの新作というので、
おおっと前のめりになって手に入れたら、すでに2年前に出ていたんですね。
ったくもー、ハイメくらいの大物の新作、ちゃんと流通させてほしいなぁ。
チーチャとか流行のイロモノ・グローカルばっかりに目を奪われていないでさ。
思わず愚痴っちゃいましたけど、
ペピータ・ガルシア・ミロという女性歌手とデュオをしたこの新作、パッケージがとても凝っています。
観音開きになっている表紙の扉を開けると、ブックレットを収めたホルダーが現れ、
ホルダーを開くとその下にCDが収められているという作りになっています。
実に手の込んだデザインで、手作り感の伝わる趣味の良さに嬉しくなっちゃいますねえ。
パッケージ好きとしては、パッケージ内のデザインや美しい写真を多数添えたブックレットともども、
丁寧な仕事を施したアート・ディレクションに、喝采を贈りたくなります。
そんな制作者の愛情がいっぱいに伝わるこのアルバム、
ギターのホセ・グアルディア、アルパのグレゴリオ・コンドリ、
ヴァイオリンのチマンゴ・ラレスという3人の名手を加えた楽団編成で、
ハイメとペピータが、ウァイノやヤラビなどの伝統的なレパートリーを歌っています。
古老然としたハイメの渋い歌と、スウィートなペピータのハイトーンの歌声が絶妙なバランスで、
「アンデスの魅惑」というタイトルそのままに、みずみずしい山岳音楽を彩りよく飾っているのでした。
アルパやヴァイオリンが加わったことで、サウンドにはアヤクーチョの民俗色が濃く表れていますが、
ハイメの卓越したチャランゴ演奏とペピータの土臭さのない澄んだ歌声は、
むしろ音楽を洗練へと引っ張る作用をしていて、
フォークロアな大衆音楽が芸術的洗練を極めた好サンプルともいえそうです。
音がとても良いので、気になってクレジットを見てみたら、
レコーディングはリマで行われていますけれど、ミックスとマスタリングはバルセロナとなっていて、
制作陣のこのアルバムへの力の入れようが、はっきりとわかりますね。
その後、このアルバムと同じメンバーによるコンサートが行われ、
2010年1月28日、リマの日系ペルー人劇場(!)でのライヴがDVD化されています。
巨体のハイメが小さなチャランゴを胸元高く抱えて弾く姿は、
KONISHIKIがウクレレを弾く姿そっくり。
かなりのご老体とお見受けしますが、プレイはまったく衰えておらず、
キレ味するどいリズム感に圧倒されます。
中盤でペルー南部アプリマック県出身のギター弾き語りの名手、
マヌエル・シルバが登場して2曲歌うのは、DVDだけのお楽しみ。
アルパとヴァイオリンのデュオ演奏もあったりと、
スタジオ盤とはまた違った演目が楽しめ、ファンにはこのDVDも必携でしょう。
ハイメ翁がお元気なうちに、ぜひ生で聴きたいものですけど、来日を望むのは無理でしょうか。
Jaime Guardia Y Pepita García-Miró "ENCANTOS ANDINOS" Cernícalo Producciones no number (2009)
[DVD] Jaime Guardia Y Pepita García-Miró "ENCANTOS ANDINOS : CONCIENTO EN EL TEATRO PERUANO JAPONÉS" Cernícalo Producciones no number (2010)
2011-11-27 00:00
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家族愛のサンバ・アルバム イヴォール・ランセロッチ
イヴォール・ランセロッチの新作? こりゃまたずいぶんと久しぶりですね。
イヴォール・ランセロッチは、40年近く裏方で活動してきた、リオ下町のサンバ作家。
ぼくがイヴォールの名を初めて意識したのは、デルシオ・カルヴァーリョの87年のアルバム
“AMAR É SOFRER” のプロデューサーとしてでした。
イヴォールはデルシオ・カルヴァーリョはじめ、パウロ・セザール・ピニェイロや
ジョアン・ノゲイラなどとも共作して、数多くのサンバを書いた人なんですけど、
いまではブラジル新世代の旗手ドメニコのお父さんといった方が、通りがいいかもしれませんね。
イヴォールが98年にリリースした、ボレーロを中心にサンバ・カンソーンなどを歌った
自作自演の自主制作盤は、ずいぶん愛聴したなあ。
あのアルバムは、息子のドメニコとモレーノ・ヴェローゾがプロデュースしたんでしたね。
ダニエル・ジョビンやルイス・アルヴィスも参加した、なかなか贅沢なレコーディングで、
インディ制作とはいえ、丁寧なプロダクションが施された隠れた名作といえます。
その証拠に、翌99年ダブリウがジャケットを変えて再発したうえ、
2004年に『永遠のボレロ』のタイトルで、日本盤まで出たくらいですからね。
イヴォールの歌いぶりはまことに頼りなく、その歌唱力はど素人並みと言わざるを得ませんが、
そのとつとつとした歌いぶりが胸に沁みるのは、
手のひらに零れ落ちる涙のしずくを、スロー・モーションで見るようなメロディーのきらめきゆえ。
イヴォールは、地味ながら泣きのある佳曲を書く人なんですけれど、
ところどころにハッとさせられるような、きらりと光るメロディーが出てきて、
その作風にはちょっと忘れられない味があります。
13年ぶりとなった新作ではだいぶ声も枯れてしまっていますが、
テレーザ・クリスチーナ、ペドロ・ミランダ、モイゼイス・マルケスなど多くの若いゲスト歌手が
イヴォールと一緒に歌って、華を添えています。
息子ドメニコとの共作曲ではドメニコとともに歌っているほか、
ドメニコの弟アルヴィーニョとも1曲共作して、一緒に歌っています。
アルバムの音楽監督に<ランセロッチ一家>とクレジットされているとおり、
家族愛にあふれたサンバ・アルバムとなっているのでした。
Ivor Lancellotti "BOLERO ETERNO" no label no numer (1998)
Ivor Lancellotti "EM BOAS E MAIS COMPANHIAS" Dubas 60252770669 (2011)
2011-11-25 00:00
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ウコゥク初体験 マレウレウ
オキがプロデュースしたミニ・アルバム『MAREWREW』にノックアウトをくらって、はや一年。
これは観にいかねば!と意気込んだものの、あんまり大きくない会場で聴きたかったもので、
今度で3度目となるマレウレウ祭りまで、初体験を引き延ばしてしまいました。
ちっちゃな会場を望んだのは、2002年に吉祥寺のスター・パインズ・カフェで聴いた、
今は亡き安東ウメ子さんのライヴが忘れられなかったからなんです。
あのライヴは、普通のコンサートとはちょっと異質な、スペシャルな体験でした。
アイヌの村の歌祭りに、よそ者がのぞかせていただいたとでもいった感じの体験だったんですよ。
満員となった小さなライヴ会場のすみずみまで広がる
アイヌの伝統歌のウポポは、まるで天然イオンのようでした。
声が織り成すトランシーな浮遊感に、えもいわれぬ心地よさに包まれたものです。
あの時のライヴが忘れられなかったものだから、
CDを聴いているだけでも高揚してしまう、アイヌの輪唱のウコゥクを生で聴いたら、
どれだけトリップするやらと、期待に胸を躍らせていました。
オキを中学の英語の教科書で知ったという、素晴らしい義務教育を受けた下の娘も、
「マレウレウ、観たい~♪」と連呼していたので、
20日の日曜日、渋谷のWWWへ一緒に足を運びました。
やっぱり生で聴くウコゥクは、すごい。
別世界へ連れて行かれるような、不思議な体感です。
アイヌ語の言葉の響きが重なり合って荘厳な世界を生み出すウコゥクは、脳天を直撃します。
う~ん、脳ミソの細胞が、シュワシュワと音を立てて発泡するような感じとでもいいましょうか。
MCでメンバーのマイさんが、
「聞いてると眠くなっちゃう。立ったまま寝ちゃってください」と言ってましたけど、
眠くなるどころか脳が活性化して、感覚がものすごく鋭敏になる気がしました。
そしてイヴェントの目玉、会場の観客とのウコゥク・セッションが、またすごかった。
昔、学校の音楽の授業でやらされた輪唱すら、
人に引きずられてマトモに歌えなかった記憶があるので、
1拍ずつずらして歌い継いでいく、
あんな難しいウコゥクが歌えるわけない!と思ったら、あ~ら、不思議。
拍子を取りながら歌ってみると、メロディがリズミカルなので、ちっとも難しくない。
自分の声と人の声が交わり重なりあい、やがて大きなうねりとなって、
歌の層が積み上がっていくのが、耳だけじゃなくって、全身で感じ取れるんですね。
自分の声も聞こえるんだけど、全体の大きな歌も聞こえるという不思議な感覚、
わー、これがウコゥクなんだぁ。これは体験してみないとわからない楽しさです。
ほんのさわりを教わっただけでも、これだけワクワクした気持ちにさせられるウコゥク、
マレウレウが目指す<ウポポ100万人大合唱>が実現したら、どんなにすごいんだろう。
ぜひその時は、ぼくも会場で体験したいです。
マレウレウ 『MAREWREW』 チカル・スタジオ CKR0115 (2010)
2011-11-23 00:00
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ツァピク・マン テタ
マダガスカルには、個性的なサウンドを持ったギタリストを生み出す土壌があるんでしょうか。
独特のチューニングと奏法で国際的にも有名になったデ・ガリに続き、
新たな才能が南西部チュレアールのツァピク・シーンから登場しました。
テタことクロード・テタは、67年マダガスカル南部の街、アンパニヒの生まれ。
ツァピクの中心地チュレアールから、140キロほど南に下った街です。
幼い頃からアコーディオン奏者の父やギタリストの兄弟とともに、
地方の祭りやダンス・パーティ、伝統的な冠婚葬祭でツァピクを演奏していたのだそうです。
テタのギターの腕前は、子供時分からずば抜けていて、
村人たちから「妖精の指を持ったギタリスト」と讃えられ、
大家族で貧しくもあったために、13歳で学業を捨て音楽で身を立てる決心をします。
88年に自分のバンドを結成して、マダガスカル南部じゅうに知れ渡るギタリストへと成長し、
やがて首都アンタナナリヴまで評判が届くようになります。
中央進出後はデ・ガリともたびたび一緒に演奏をしたり、
ジャズやブルースなどのミュージシャンとも演奏して、さまざまな音楽を学び取り、
自己のギター・スタイルを磨いていったようですね。
マダガスカルではすでに何枚かアルバムを出しているようですが、
ぼくがテタの名を知ったのは、今回のインターナショナル・デビュー作が初めてです。
このアルバムは、テタのアクースティック・ギターを前面に打ち出していて、
ゲストが加わる2曲を除き、テタの歌とギター以外、
相棒が操る小物打楽器だけというシンプルな内容。
レコーディングはチュレアールと、テタの生まれ故郷アンパニヒの西50キロにある、
アンツェポカという海沿いの町の家で行われています。
ジャケット写真の、質素な板張りの家の中でテタがギターを弾いているのが、
アンツェポカでのレコーディング風景と思われ、
ギターの響きともに波の音や機械音などが加わり、飾らない日常の姿が伝わってきます。
テタのギターは、ツァピクのトゥー・フィンガー・スタイルを基本としていますが、
その流麗なフィンガリングが奏でるメロディ・ラインやフレージングは相当に技巧的で、
泥臭いツァピクとはかなり手触りの異なる、洗練を感じさせます。
面白いのは、ゲストのアコーディオンが加わったツァピカ・ナンバーのごく一部で、
ナインスのコードを使ってモダンなセンスをちらっと聞かせるところ。
この曲以外で、ナインスなどのテンション・ノートはまったく使っていないので、
伝統的なツァピク・ナンバーでモダンなフレージングを使う対比が、鮮やかな印象を残します。
また、どうしても鮮烈なギターばかりに耳が引き付けられてしまいますけど、
テタの野性味あるヴォーカルも魅力があります。
奔放なかけ声などエネルギッシュな面ばかりでなく、ストーリーテラーのようにじっくり歌ったりと、
幅広いヴォーカル表現を持つ奥行きのある歌いぶりを聞かせているんですね。
ツァピクの泥臭く粗削りな魅力は、テタの歌にこそあり、
タイトルどおり、テタの身体に染み付いたツァピクのルーツがにじみ出た一作となっています。
Teta "FOTOTSE RACINES ROOTS" Balafomanga 860214 (2011)
2011-11-21 00:00
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J-POP JAZZを歌う逸材 樹里からん
いいねえ、この人!
こんなにケレン味なく歌える日本人ジャズ歌手、めったにいませんよ。
「夢で逢えたら」「別れのサンバ」「あまく危険な香り」「LA・LA・LA LOVE SONG」など、
日本のポップス名曲をジャジーにカヴァーした『TORCH Ⅱ』を偶然店で耳にして、
すっかり耳奪われてしまい、すぐさま買ってきたんですけど、
じっくりと聴くほどにウナらされ、すっかりマイってしまいました。
この人の歌には太い芯というか、幹があって、安心して聴くことができます。
芯があるから、力をふっと抜いて軽く歌っても、歌が揺るがない。
これ、けっして簡単なことではなくて、歌唱力のない歌手が口先で同じような真似をしたら、
歌がふらふらと不安定になるだけで、とてもじゃないけど落ち着いて聴いてらんないですよ。
よく雰囲気だけでごまかすフェイクもどきの歌を歌うシンガーがいますけど、
そんないんちきなシンガーと樹里からんが決定的に違うのは、発声の力強さですね。
ブレス遣いもコントロールが行き届いていて、ディクションの明解さにも胸をすきます。
ストレイトに歌うパートと奔放なフェイクの対比も鮮やかで、非の打ち所がありません。
これくらい実力のある人だと、「アタシ歌えるのよ」みたいな気取りがジャマして、
鼻白んだりすることもあるんですけれど、この人にはそれがない。
すっかりファンになって、前作の『TORCH』も買おうとしたところ、曲目を見て、ひるみました。
「恋人よ」「時代」「島唄」なんて、ぼくの大嫌いな曲がずらっと並んでるもんだから、
これはさすがにどうかと思いましたが、『TORCH Ⅱ』での原曲のイメージをがらりと変えた
斬新なアレンジを信頼して手を伸ばしたところ、想像以上の素晴らしさに狂喜乱舞。
あれだけ虫唾が走るイヤな曲が、ここまで抵抗なく聴けるのは、
もちろんアレンジの手柄もありますけど、やはり樹里からんの歌の解釈でしょう。
新時代のジャズ・シンガーと呼ぶにふさわしい、大型新人の登場です!
樹里からん 『TORCH Ⅱ』 ユニバーサル UPCH1855 (2011)
樹里からん 『TORCH』 ユニバーサル UPCH1828 (2011)
2011-11-19 00:00
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踊らないヤツはどいてろ オルケストラ・サガ
ごっきげ~ん! こいつぁ、サイコーだぁ!!
新時代のガフィエイラ・オーケストラが誕生しましたよ。
サンパウロの重量級ブラスを誇るビッグバンドのバンダ・マンチケイラに、
サンバ・ソウル/ファンクのビッグバンド、ファンク・コモ・レ・グスタの若きメンバーを集めた、
サンパウロの文化振興団体SESCによる新プロジェクトなんですが、
仕掛け人はなんとセウ・ジョルジだっていうんだから、驚かされます。
やってくれますねえ、セウ。最新作で惚れ直したばかりですけど、
今度は大衆的なガフィエイラ・パーティーにスポットを当てるとは。
あんたは、やっぱこっち(庶民)側の人だよ、うん。
思わず肩に手を回して、背中を叩きたくなります。
週末の下町のダンス・ホール。
男女が集い、踊り、恋の駆け引きの火花を散らす美しい場を彩る音楽。
そのガフィエイラ・サウンドの古今名曲をアップデイトし、
ゴージャスな質感は昔のままに、イマドキのセンスも加えつつ、
あくまでもダンスに奉仕するサウンドがたまらない傑作アルバムです。
ゲストを含めた参加メンバーも豪華ですよぉ。
ガブリエル・モウラ、ファビアーナ・コッザといったサンバ・ソウル・シーンを彩るシンガーから、
ウィルソン・ダス・ネヴィス、パウロ・モウラ、ボカートなど、実力者たちがずらり顔を揃えています。
クラリネットを吹くパウロ・モウラに至っては、
亡くなる直前のレコーディングだったんじゃないでしょうか。
管楽器の固定メンバーで7人もいるんだから、贅沢な布陣ですよねえ。
仕掛け人のセウ・ジョルジも、2曲でいい味出したしゃがれ声ヴォーカルを披露してくれてます。
ガフィエイラのノリノリのダンス・アレンジの中に、
ちらっとショーロ・アレンジが出てくるミュージシャンシップにも泣けますが、
アルバム・ラストがカルトーラの“Minha” というのには、参りました。
あの曲をガフィエーラ・サウンドに仕立ててしまうとは、脱帽です。
この粋なバランソに身体がムズムズしないようなヤツは、シッ、シッ、あっち行けでしょう。
たまにいるじゃないですか。クラブにいながら、腕組みしながら音楽聴いているようなヤツ。
ヤですよねえ。何しに来たんだよ、オマエは、と言いたくなります。
正しいステップを知ってるかどうかなんてこたぁ、どうだっていいんです。
ぼくだってそんなもの、知りゃしません。
じっとなんかしてらんない。身体が、足が、勝手に動き出す。
こういう音楽を楽しむ資格があるかどうかは、そこですよ。
Orquestra SAGA "SOSIEDADE AMIGOS DA GAFIEIRA" SESC CDSS02611 (2011)
2011-11-17 00:00
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知られざる60年代ジュジュのギタリスト ワレ・グローリアス
ナイジェリアのフィリップスは、ヴィクター・オライヤ、レックス・ジム・ローソン、
ヴィクター・ウワイフォなどのハイライフやユスフ・オラトゥンジのサカラなど、
数多くのナイジェリア音楽の名盤を60~70年代に残した名門レーベルです。
世紀を越えたあたりから、フィリップスの原盤権を持つプレミア・ミュージックが
過去のカタログを怒涛のごとくCD化していて、ナイジェリア音楽ファンには目が離せないんですけど、
新たにジュジュのワレ・グローリアスの旧作5タイトルが一挙にCD化されました。
ワレ・グローリアスをご存知の方は日本では皆無かもしれませんが、
ナイジェリア南西部オンド州アクレ出身のジュジュ・シンガー兼ギタリストで、
I・K・ダイロやトゥンデ・ナイチンゲールなどとともに、60年代のジュジュ・シーンで活躍した人です。
わずか15年程の活動期間で早逝してしまったため、現在では忘れ去られていますけど、
優れた作品を残したジュジュ・ギタリストの一人なんですよ。
とりわけ嬉しかったのは、愛聴した10インチ盤6386.002が
“OLOTUO” のタイトルでCD化されたこと。
筆頭のCD番号でCD化されたのは、やはりワレの代表作と評価されているからでしょうか。
きびきびと小気味よいギター・アンサンブルは、当時のトゥンデ・ナイチンゲールとも遜色なく、
曲の途中でテンポを上げ、リズムが一斉に疾走していくところなど、
ジュジュの醍醐味をあますことなく伝えてくれています。
レコード片面ノン・ストップのメドレー形式のアルバムなので、60年代後半の録音と思われます。
“OLOTUO” の同時期録音と思われる“ORI NI PE KOYENI” もいい出来で、
終盤にハーモニカを取り入れているところなど、新鮮です。
“OLOGBON OMO” はもう少し古い録音と思われ、若々しいコーラスも元気いっぱいで、
複数台のギターが、それぞれ気ままに弾いてるような自由さもいいですね。
反対に要注意盤は、“AKURE OLOYEMEKUN” と“IGBEYAWO”。
どちらもLP片面ノン・ストップ形式ではなく、短い曲を収録した初期録音で、
チューニングの狂ったギターを堂々と弾いたりしていて、ノケぞります。
“AKURE OLOYEMEKUN” でチューニングが狂っているのは最後の曲だけとはいえ、
アンサンブルに粗さもあり、あまりおすすめできません。
フィリップスには、デレ・アジョやジョシー・フライデーといったジュジュ・ギタリストも録音しているので、
プレミア・ミュージックには、続けてCD化をよろしくです。
[10インチ] Wale Glorious & His Aiyesoro Spots Band "WALE GLORIOUS & HIS AIYESORO SPOTS BAND" Philips 386.002
Wale Glorious "OLOTUO" Premier Music PLCD011
Wale Glorious "ORI NI PE KOYENI" Premier Music PLCD015
Wale Glorious "OLOGBON OMO" Premier Music PLCD013
Wale Glorious "AKURE OLOYEMEKUN" Premier Music PLCD012
Wale Glorious "IGBEYAWO" Premier Music PLCD014
2011-11-15 00:00
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トリオからカルテット、そしてセクステットへ カラカス・シンクロニカ
えええええっ! カラカス・シンクロニカが来るの?
11月10日って……明日じゃん!!
偶然手にしたチラシに、まじかよ!と口から心臓飛び出るほどびっくらこいて、
チラシ片手にダッシュでコンビニにかけこみました。
チケットをゲットすべく、はやる気持ちで画面操作を進めると、
なんと無情にも、販売終了のメッセージが。がーーーーん!!!
ベネズエラ大使館が毎年秋に開催するベネズエラ文化週間で、
歌手やミュージシャンを招聘するんですけど、
今年はなんとそれが、カラカス・シンクロニカだったとは。
2002年のベネズエラ文化週間で、都市弦楽のヴェテラン楽団エル・クアルテートが来日して以来、
会場で配られるアンケートの「今後呼んでほしいアーティスト」に、
毎回「カラカス・シンクロニカ」と書き続けたんですよ、ワタシ。
それがついに実現したっていうのに、見損ねたなんつったら、痛恨じゃすまないです。
あぁ、あとは当日券に望みをかけるしかないかと、肩を落として帰宅したら、
ベネズエラ大使館のご厚意による招待メールが届いていました!!!
あ、あ、あ、ありがとうございますぅーーーーーーっ(大泣)。
そんなてんやわんやがあった翌日の恵比寿ザ・ガーデンルーム。
メンバーが6人に増え、ドラム・セットまであったのは予想外でした。
98年のデビュー作“EL AGRIDULCE” では、
クラリネット、マンドリン、ギターのトリオ編成だったんですよね。
ベネズエラの都市弦楽アンサンブルのなかでも抜きん出た音楽性を持ったグループで、
たった3人の演奏とは思えない精緻なアンサンブルは、
当時ブラジルで活躍していたショーロ・グループのオ・トリオをホウフツとさせるものでした。
オ・トリオはギターのマウリシオ・カリーリョ、バンドリンのペドロ・アモリン、
クラリネットのパウロ・セルジオ・サントスと、カラカス・シンクロニカと楽器編成も同じで、
新世代南米弦楽アンサンブルの兄弟と思えたものです。
そして、パーカッションを加え4人編成となった02年のセカンド“ZAFARAFA” では、
多数のゲストにヴォーカリストも迎え、民俗色濃いカラフルなサウンドへと変貌していました。
デビュー作の高度なアンサンブルはそのままに、音楽性の幅をぐっと広げた作品で、
ソニー・ロリンズのナンバーをベネズエラの伝統リズムを使ってフラメンコの要素を加え、
丁々発止のインプロビゼーションを繰り広げるなど、
よりコンテンポラリーなインストルメンタル・ミュージックを志向した傑作に仕上がっていて、
どれだけ愛聴したことか。
『世界は音楽でできている』(音楽出版社)の「マイ・プレイリスト」にも選んだほどです。
『ヨーロッパ・アジア・太平洋・ロシア&NIS編』をお持ちの方は、99ページをご覧下され。
そして、この路線を拡大したのが、現在のセクステットなのですね。
以前とはクラリネットとパーカッションのメンバーが交代していましたが、
ベネズエラの伝統リズム、ホローポ、メレンゲ、ヴァルス、ガイタ、バンブーコなどをベースにしながら、
モダンなセンスで演奏する姿勢はまったく変わりありません。
ドラムスも伝統リズムを移し変えたパーカッション的な役割を果たしていて、
ドラムスというよりタンボールそのもの。
カラカス・シンクロニカが目指すのは、ちょうどブラジルのアミルトン・ジ・オランダ・キンテートが、
ショーロという枠を超えたコンテンポラリー・ジャズとも呼べる、
ブラジルの現代的なインストルメンタル・ミュージックを演奏するのと同じ方向性のものでしょう。
違いと言えば、アミルトンたちほどプログレッシヴではなく、
キューバやブラジルの要素を加えるなど、より汎ラテン的志向や、
ヴォーカル曲を多く取り上げるなど、歌もの志向があるところだと思います。
会場では、ジャケットの変わったデビュー作とセカンドに加え、
現在のメンバーで2010年に出した3作目にあたる新作も販売されていましたが、
この新作に沿った演奏が、コンサートの第2部で披露されました。
メランコリックないいメロディだなと思うと、マンドリンのペドロ・マルティンの曲なのに感心。
ペドロのアミルトン・ジ・オランダばりのマンドリン・プレイも目を見張りましたけど、
ソングライティングの才能も高く、デビュー当時からのオリジナル・メンバーのペドロが、
カラカス・シンクロニカのキー・パーソンなのは間違いないですね。
コンサート終了後、楽屋で司会の石橋純さんに
「デビュー作から10年来の日本人ファン」とぼくのことを紹介され、
メンバーから次々と熱い握手を求められちゃいました。ファン冥利につきますね。
Caracas Sincronica "EL AGRIDULCE" no label FD25298619 (1998)
Caracas Sincronica "ZAFARAFA" no label FD2522002572 (2002)
Caracas Sincronica "TÁBARA" no label FD2522010966 (2010)
2011-11-13 00:00
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2011年ベスト・ソウル・アルバム L・J・レイノルズ
こりゃあ、文句なしの2011年ベスト・ソウル・アルバムですよ。
ヴェテランが本気出すと、違いますねえ。圧倒的です。
ホーン・セクションたっぷり、ドラムスもナマですよ、生。
やっぱりソウルは生音に限りますって。
インディでこれほどの作品をよくぞ作ったものだと思います。予算かけたんでしょーねー。
ヴォーカル・グループの最高峰、ドラマティックスのリード・ヴォーカルを張ったL・J・レイノルズ。
60~70年代のリアル・ソウルを体現してきたシンガーが、
いま現在のサウンドで最高作を作ってくれたとことに、喝采を送りたいんですよね。
リヴァイバル狙いのサウンドじゃないってところが、嬉しいんですよ。
マーヴィン・ゲイの“Come Get To This” を
ステッパーにアップデイトしてカヴァーするなんて現役感が、泣けるじゃないですか。
サウンドはあくまでもコンテンポラリー。ステッパーのダンス・トラックに、
アーバン・タッチのミディアム・スロウ、せつないバラードと、
どこを切ってもL・Jのソウルフルな歌いっぷりが炸裂して、もうワクワクしっぱなし。
この胸をかきむしられるような気分を味わえてこそ、ソウルってもんです。
R&B好きの長女のiTunesに仕込んでやったら、娘もイッパツで気に入ったとのこと。
このアルバムでバックを務めた、70年代ソウルの現場で活躍してきたミュージシャンたちとともに、
来日してくれないもんかなあ。L・Jのシャウトを生で体験したいものです。
コットンクラブ、ビルボード、ブルーノートのスタッフの皆様方、ぜひご検討のほど。
L.J. Reynolds "GET TO THIS" Motor City Hits MCH8171 (2011)
2011-11-11 00:00
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22年かけた初の日本語アルバム 小野リサ
小野リサが89年に『カトピリ』で登場した時のショックは、忘れられません。
日本のブラジル音楽沿革みたいなお話になっちゃいますけど、
70年代末にサンバがブームとなり、それを機に、
日本にも本格的なブラジル音楽を演奏するミュージシャンが現れ始めました。
76年に新宿と下北沢のロフトで繰り広げられた長谷川きよしのサンデー・サンバ・セッションは、
ブームを先取りしたといえる、日本初の本格的なブラジル音楽セッションでした。
ぼくもパンデイロやタンボリンを持参して、何度も乱入させてもらった思い出があります。
そして79年にベター・デイズ・レーベルからデビューした
スピック&スパンのリーダー吉田和雄のドラミングは、ウィルソン・ダス・ネヴィスをホウフツとさせ、
日本もついにここまで来たか!の感を強くしたものでした。
なんせそれまでの日本人が演奏するブラジル音楽といえば、
「なんちゃってサンバ」や「なんちゃってボサ・ノーヴァ」ばかりでしたからねぇ。
日本で初めてボサ・ノーヴァを演奏した渡辺貞夫ですらそうでしたけど、
4拍子のサンバやら、クローズ・リム・ショットさえすればボサ・ノーヴァ一丁上がりみたいな、
できそこないのブラジル音楽がそこらじゅうに蔓延してたんですから、ええ。
70年代のフュージョン・アルバムを聴けば、そんな演奏がごろごろ出てきます。
80年代に入ったあたりから、演奏の方はだいぶホンモノぽくなってきましたが、
歌の方はさすがにポルトガル語の垣根が高く、本場ものにはとてもかないませんでした。
だからこそ、ブラジルに生まれ育って、ブラジル音楽をネイティヴとして体得した
小野リサの登場は、衝撃的だったわけです。
「ボサ・ノーヴァを歌う日本人歌手」というイメージがついてまわる小野リサですけど、
彼女はデビュー時から、ボサ・ノーヴァばかりでなく、サンバ・エンレードやガフィエーラのサンバ、
さらに古風なマルシャやバイオーンなど、ブラジルのさまざまな音楽を取り上げていました。
でも、小野リサは、ブラジル音楽マニアうけするシンガーとして受け入れられたのではなく、
彼女の柔らかな歌声に、ブラジル音楽の知識などまったくない一般の人がファンとなりました。
これは彼女のキャリアにとって、とても幸福なことだったと思います。
ブラジルで育ちブラジル音楽を愛した彼女が、
ボルトガル語で自分の好きなブラジル音楽を歌い続けることは、ごく自然なことだったと思いますが、
日本でデビューし、日本のレコード会社でアルバムを作り続けていくうえで
その姿勢を貫くのは、なかなかたいへんだったんじゃないでしょうか。
レコード会社から日本語で歌うことを要求されたのは、何度もあったに違いありません。
デビュー翌年の90年、彼女は初めての日本語曲「太陽の子どもたち」を歌い、
NHKみんなのうたでオンエアされ、一気に小野リサの名前が広まったこともありましたが、
日本語で歌ったのはそれ限りで、以後けっして日本語曲を歌うことはありませんでした。
にもかかわらず、彼女は一般の音楽ファンの間に確実に人気をのばし、
ポピュラリティーを確立していったのです。
爆発的なヒット曲もないのに、しっかりと自分のファンをつかみ、
妥協せずに自分のやりたい音楽をやり続け、そのなかでさまざまな音楽的な冒険もしてきた。
そんな理想的ともいえるポジションをキープし続けたのが、小野リサのこれまでの軌跡でした。
ぼく自身、2001年のハワイ音楽に挑戦した『ボッサ・フラ・ノヴァ』までお付き合いを続け、
それ以降の世界各地を旅するシリーズは失礼してしまいましたが、
ブラジル音楽の立脚点を見失うことなく、広くポップスを歌っていこうとする彼女に、
ぼくは共感の念を持ち続けていました。
そして音楽の旅の果てにたどり着いた新作はなんと、日本の歌謡曲だったのですね。
選曲とタイトルが気に入って、ひさしぶりに手を伸ばしたんですが、
最近は涙腺が弱くなったせいか、ぽろぽろと泣けてしまうオリジナル曲もあったりして、
聴き終えると、とても満たされた温かな心持になれる、ステキなカヴァー集となっているのでした。
つぶやくように歌う、彼女の子守唄のような歌唱スタイルも、すっかり完成されていますね。
考えてみればこの新作は、小野リサにとって初の全曲日本語アルバムです。
日本語を歌うまでに、デビューから22年もの歳月をかけたのは、
彼女にとってとても意味のある、熟成期間だったんじゃないかと思います。
ブラジル音楽という自分の根っこを大事にしながらも、
リスナーにブラジルを押し付けることのなかった彼女の姿勢は、
タイトルのカナ書き『ジャポン』にもよく表れています。
なんのことだか、おわかりですか?
『ジャパォン』などと書かないところが、ぼくが彼女を支持する理由なのですよ。
小野リサ 『ジャポン』 ドリーミュージック MUCD1254 (2011)
2011-11-09 00:00
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雨の日曜日の午後に 手島大輔トリオ+小寺良太
ひょろっとしたちょっと猫背の、イマドキの草食系男子ふうの若者。
それがマヌーシュ・スウィングのギタリスト、手島大輔くんなのでした。
インストア・ライヴがあるというので、日曜の午後、
新宿のタワーレコードまでぶらっと出かけてきました。
手島大輔という人を知らないまま、イラストがカワイイCDに惹かれて聴いてみたら、
ことのほか気に入ってしまって、ここのところ愛聴盤となっていたんです。
ジャンゴやローゼンバーグの曲のほか、オリジナル曲もまじえた
6曲入りのミニ・アルバムなんですけど、もっと聴きたいと思わせるサイズが、
ちょうどいい按配になっているんですね。
最近はインストア・ライヴといっても、そんなにお客さんが集まらないようですけど、
この日はまずまずの入り。大人から現役までの女子中心に、
あと、ぼくみたいなおっさん若干名で、スタート前すでに30人以上はいたかな。
若者4人が登場すると、リーダーの手島くん、おしゃべりは苦手なのか、
実にぎこちないMCで、なんとも妙な空気が会場を覆います。
メンバーは慣れっこらしく、茶々を入れたりするんですが、
手島くん、かなりの天然ボーイのよう。面白いキャラだね。
しっかり者のドラマーの小寺良太くんが、MCをサポートしつつ演奏が始まるんですが、
ギター・プレイの方はMCと打って変わり、実に鮮やかな演奏を披露します。
ギターを弾き出した途端、手島くんの顔も急にキリッと引き締まるから、面白いですね。
CDでも感心してたんですが、手島くんのアドリブ演奏にはひらめきがあって、歌心がある。
実は最近流行のマヌーシュ・スウィングのギターって、
腕自慢的な早弾きをやったり、無機的なラインを弾く人が目立つので、
ぼくはあんまり好きになれない人が多いんですけど、手島くんのプレイは違います。
オリジナル曲からもわかるとおり、なかなかの佳曲を書くメロディ・メイカーでもあり、
ソロ・ワークがメロディックで、色気さえ感じさせるところは、
マヌーシュ・スウィングのギタリストとして得がたい才能なんじゃないでしょうか。
手癖ぽいフレーズがまったく出てこないところも、感心させられました。
せっかくの休日、雨降りになってしまいましたけど、
おかげで気持ちのいい午後を過ごせましたよ。
手島大輔トリオinvite小寺良太 『BONJOUR』 プレイ PR001 (2011)
2011-11-07 00:00
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秋の夜長に聴く白人サンバ マルコス・サクラメント
秋の夜長には、ちょっと知的な感じの白人サンバを聴きたくなります。
パウリーニョ・ダ・ヴィオラのEMIオデオン盤やシコ・ブアルキのRGE盤もいいんですけど、
今日手が伸びたのは、マルコス・サクラメントの94年のデビュー作。
マウリシオ・カリーリョのギターと、マルコス・スザーノのパーカッションのみをバックに歌った
音数の少なさが、この季節にはぴったりくるんです。
ジョアン・ボスコみたいに才気みなぎるトガったサンバじゃなくって、
落ち着いた声でのびやかに歌う、包容力のあるサンバがマルコスの魅力です。
このデビュー作では、シコ・ブアルキやカエターノ・ヴェローゾの現代的な曲から、
ネルソン・カヴァキーニョ、パウリーニョ・ダ・ヴィオラのサンバに、
ノエール・ローザやウィルソン・バチスタ、
アタウルフォ・アルヴィスのような古典サンバまで歌っています。
こういう古典サンバをレパートリーにするところが、ぼく好みなんですよねえ。
古典を取り上げているからって、シブい味わいというわけではなく、
素直な歌声ですっきりと聞かせ、爽やかな後味を残すところがいいんです。
一聴ソフトな印象を与えながら、アップ・テンポのサンバでは、
力強くキレのある歌いぶりを披露していて、かつてクララ・ヌネスが歌った
“Canto Das Três Raças” やマノ・デシオ・ダ・ヴィオラの“Apoteose Do Samba” では、
さすがモシダージのメンバーとウナらせる、芯のあるパワフルな歌声を聞かせます。
マルコス・スザーノの多重録音によるパーカッションも大活躍していて、
スザーノ独特の重低音を効かせたパンデイロ・プレイも聴きどころです。
マルコス・サクラメントは本デビュー作以降、
クララ・サンドローニとのデュエットでサンバ王シニョーの作品集を制作するなど、
ツウのサンバ・ファンを喜ばせる、地味ながら本格派のアルバムを作り続けています。
06年の“SACRAMENTOS” も愛聴しましたけど、いまでも一番手が伸びるのは、
この94年にサッシからリリースされたデビュー作ですね。
ちょっとノエール・ローザにも似たギョロ目のマルコスが印象的なサッシ盤。
その後サッシの倒産で廃盤となっていましたが、
現在はビスコイト・フィノから再発されていますので、機会があればぜひ。
Marcos Sacramento "MARCOS SACRAMENTO" SACI 8030 (1994)
2011-11-05 00:00
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『シンクロ・システム』リヴィジッテッド キング・サニー・アデ
昨年のアルバム“MORNING JOY” で、日本でも少しは知られるようになった
ナイジェリア、ジュジュの大ヴェテラン、キング・サニー・アデの健在ぶり。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2010-06-11
今年は嬉しいことに新作を2枚、矢継ぎ早にリリースしてくれました。
まず1枚は、ナイジェリアで3月にリリースされたという “BRF”。
BRFって何?と思ったら、レゴス州知事Babatunde Raji Fashola の頭文字を縮めたもの。
ジャケット裏に、ファショラ知事その人が背広姿で写っています。
州知事選挙向けのキャンペーン・アルバムで、
アデの応援のかいあって、4月にめでたく現職を守って再選されたそうです。
アルバムはLP時代同様、長尺の2曲が収録されていて、
1曲目はおごそかに歌とリズムがスタートし、実に控えめというか、静かな演奏が続きます。
選挙応援用というので、さぞエネルギッシュなジュジュをやってるんだろうと
聴く前は予想していたので、これは意外でした。
2曲目はテンポをぐっと上げ、軽やかなフットワークのジュジュにスイッチしますが、
全体を通して、落ち着いたヴェテランらしいクールな仕上がりとなっています。
そしてもう1枚が、ナイジェリアのイバダンとアメリカでレコーディングされた“HAPPY MOMENTS”。
収録された4曲すべて、それぞれ表情の異なるジュジュを聞かせていて、
ヴェテランならではの懐の深い作品に仕上がっているんですね、これが。
アイディアに富んだシカケをふんだんに散りばめながら、
肩の力の抜けた余裕しゃくしゃくの演奏ぶりが楽しめる、痛快なポップ作です。
しなやかなビートで始まる1曲目の“Ojumo Tonmo” は、
アデとコーラスのクールな歌い口がすっきり爽やか。
16分音符を多用した高音のリード・ギターのリフも軽やかなら、
さりげなくリズム・チェンジしてルンバ・ロック調のパートを差し挟んだりと、演出も巧みです。
2曲目の“EYI MA DUN TO” は、本作でもっとも話題を呼びそうな異色ナンバー。
ステデイに6つを刻む8分の6拍子の曲で、
アクースティック・ギターが出てきて、おや?と思うのもつかの間、
笛がフィーチャーされるという意表をつく展開で、曲が進みます。
ヨルバ版「祭ばやしが聞こえる」といった感じの曲で、ワークソングふうのメロディーといい、
がやがやとした人々のざわめきをバックに入れているところといい、
かつてのアイランド盤の歴史的名作“SYNCHRO SYSTEM” を思い起こさせますね。
3曲目の“Emi Won Nile Yi” は、
ゆとりを感じさせるミディアム・テンポの心地よいグルーヴのジュジュ。
最後の4曲目“Oko Lolori Aya” は、アクセルを踏み込んだアップ・テンポのジュジュ。
ブレイクを多用したリズム・アレンジのなかで、
アデのトレードマークともいえる個性的なリード・ギターのフレーズや、
トーキング・ドラムのフィル・インが次々と交叉する、悶絶もののカッコよさ。
オルガン・ソロをフィーチャーしたジャム・バンド的な展開をみせるパートも聴きどころで、
ドキドキさせられっぱなしです。
全体にリラックスした演奏ながら、要所要所で聴かせどころを作り、
一本芯の通ったぴりっとしたアルバムに仕上げているところは、さすがアデとウナらされます。
この軽やかでポップな身のこなしは、流行を追うのをやめたアデが、
自身の持ち味を生かしたジュジュを煮詰めていった結果、生み出した境地でしょうか。
21世紀の“SYNCHRO SYSTEM” と呼ぶにふさわしい傑作ですよ、これは。
最後に追記情報。
“BRF” “HAPPY MOMENTS” ともに、レーベルはマスター・ディスクですが、
配給先が以前のNIRA・サウンド・ラボラトリーから、アデモラ・レコードに変わっています。
アデモラとは旧音源の使用権利も契約したようなので、
80年代のサニー・アラデ音源のCD化が期待できるかも。ひゃっほい!
King Sunny Ade "BRF" Master Disc no number (2011)
King Sunny Ade "HAPPY MOMENTS" Master Disc no number (2011)
2011-11-03 00:00
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風に揺れるヴィブラート ハー・ヴィー
ニュ・クインも霞む、すごい越境歌手と出くわしましたよ。
77年生まれ86年デビューという、ヴェテラン女性シンガーのハー・ヴィー。
いやあ、これまでまったく知りませんでした。
ニュ・クインと同じレーベル、トゥイ・ガーから今年リリースされたアルバムは、
全編しっぽりとしたヴェトナム演歌に満ち溢れ、
1曲目からそのデリケイトな歌いぶりに思わず息を呑み、そのまま魂を持っていかれます。
繊細なヴィブラート使いといい、息づかいまで完璧にコントロールされた歌唱なのに、
歌い込みすぎているといった感じがしないところが、すごいですよ。
情感の込め方がハンパでなく、ハー・ヴィーを聴いたあとにニュ・クインをかけたら、
えらくドライに聞こえてしまったくらいですからね。
胸の奥底にせつせつと迫る、情の細やかさを感じさせる歌ながら、
さらっとした軽さを失わず、さっぱりとした後味を残すのは、この人最大の魅力でしょう。
全曲バラードという、よっぽど歌える人じゃなきゃ、とてもじゃないけど持たない内容を、
最後までぐいぐいと耳を引きつけて放さないんだから、すごい実力です。
難点といえば、あまりに保守的なプロダクションでしょうか。
NHKの「新日本紀行」みたいなオーケストラ伴奏が、なんだかねえ。
もっとも打ち込み全盛のイマドキのレコーディングで、
これだけぜいたくにストリングスを使った伴奏も珍しく、
主役の歌の哀感を引き立てるためだけに徹した潔さという評価もありかもしれません。
風に揺れるヴィブラートが、たゆたうヴェトナム抒情を伝えてあまりあるアルバム、
この秋一番の感涙作ですね。
Hạ Vy "MẸ LÀ TÌNH YÊU" Thúy Nga CD11 (2011)
2011-11-01 00:00
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