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フレンチ・カリブの伝統の幹を太くしたズーク マディンカ

Madinn'K.JPG

え? え? どうなってんだ、こりゃ。
ズークがまた来てるってこと?
パトリス・ユルマンに続き、またまたゴキゲンなズーク・アルバムに出くわしちゃいました。

Mad In Karibeen 略してマディンカは、05年結成というマルチニック出身の8人組グループ。
中心メンバーであるヴァイオリンのジャン=クリストフ・ジェルマンは、
マラヴォワに影響されたバンドとしてかつて注目を浴びたマホガニーのメンバーだった人で、
現在はマラヴォワにも籍を置くマルチニックのトップ・ミュージシャンです。

オープニングのジェンルマンのヴァイオリンをフィーチャーしたカドリーユ・ナンバーは、
「ケルティック・クレオール」とでも呼びたくなる、魅惑的な仕上がり。
サルサ・タッチのピアノをバックにヴァイオリンがケルティックなメロディーを奏で、
リズムはカドリーユだという、相当にユニークなミクスチャー。よくまあこんなこと、思いついたなあ。
スコットランドのサルサ・ケルティカ以来の、びっくりミクスチャーですよ、これは。

カドリーユの伴奏楽器でアコーディオンが主流となる以前は、
ヴァイオリンが使われていたとはいえ、
いにしえのカドリーユの再現をネラっているつもりは、まったくなさそうです。
ほかにもコンパやカダンスなど、さまざまなフレンチ・カリブの音楽を
一ひねりも二ひねりも加えたアイディアで聞かせていて、そのセンスと技量たるや大したもの。
アクースティックな響きをいかしたプロダクションも申し分ありません。

終盤、ハイチのミジック・ラシーン顔負けのハード・ドライヴィングなララで締めくくるあたりも、
この連中、ただものじゃないと実感させます。表面的にはズークぽく聞こえても、
伝統の芯をしっかりと持った熟達者でなければ創り得ないサウンドにウナらされました。
ズークはスタジオ・ミュージシャンが生み出した音楽ゆえ、
伝統の根っこが細いと言われたものですが、
どうしてどうして、この四半世紀で伝統の幹を太くしたといえそうです。

Madinn’K "POZ’" Aztec Musique CM2309 (2011)
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ムラーユ・デリに溺れて アスミダール・ダルウィス

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インドネシア、北スマトラのメダンを拠点に活動していた楽団、
オルケス・ヌル・エル=スラヤ・メダンを知ったのが2年前のこと。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2009-10-02
まるで極上のターラブみたいとカンゲキしたのはぼくばかりじゃなかったようで、
その後一部のファンの間でも、話題になりましたね。

そのオルケス・ヌル・エル=スラヤ・メダンの歌手として活躍していた
女性歌手アスミダール・ダルウィスの音源が、一挙に5タイトル復刻されました。
タイトルは「ムラーユ・デリ」と、そのものずばり。
北スマトラの東海岸地域(デリ)で話されるマレイ語(ムラーユ)で歌われる
アラブ色の強いポップス集というわけです。

録音は70年代と思われ、オルケス・ヌル・エル=スラヤ・メダン以後のものでしょう。
アルバム名義を連ねるズル・ダルウィスは、アスミダールのだんなさんでしょうか。
ズルはところどころ合いの手を入れる程度歌うだけで、
ソロで歌うのは各アルバムに1曲あるかないかくらいだから、
実質、アスミダール・ダルウィスの録音集といえますが。

あ、でも、過剰な期待は禁物。
マレイシアのミュージックランドによる、やっつけ仕事ぽいカセットおこしの復刻なので、
かなりひどい音質のものまで交じっています。
第1集から第5集まで録音順に並べてあるようですが、各アルバムの最後の方には、
残り物の古い録音が入っていたりと、編集はかなり雑。
歌詞は付いていてもクレジット皆無の、あくまでも現地大衆向けの復刻シリーズです。

落ち着いた上品なご婦人とお見受けするアスミダールさんですが、
歌いぶりは少女のような可憐さで、ジャケットの写真とはずいぶんイメージが違います。
特に第3集なんて、めちゃくちゃなチャーミングな歌いっぷりに思わず目眩がしましたよ。
ジョゲットやアスリなどをもとにしたポップスを、
当時最先端のシンセサイザーを取り入れつつ、こなれたアレンジで聞かせてくれます。
アコーディオンの後ろで、ピコピコ鳴っているシンセのフレーズがカワイイですね。

第2集も第3集に劣らず歌謡ぽい曲が多くて、
アコーディオンとオルガンとホーン・アンサンブルに、ルバーナやヴァイオリンが絡んだり、
ドンカマみたいなリズム・セクションが加わる伴奏をバックに、しっとりと歌っています。
ただし第2集の難点は、モコモコの極悪な音質。修復した音でぜひ聴き直したいものです。

一方、第1集と第4集は、ゆったりとしたおだやかなリズムの伝統色の強い曲が多く、
アスミダールの歌も、色気を強調しない落ち着きのある歌いぶりを聞かせてくれます。
第4集は録音もクリアで、これは70年代ではなく、80年代以降の録音でしょう。
ほかのアルバムも、このくらいの音質で聞ければよかったんですけどねえ。

MELAYU DELI VOL.5.JPG

最後に1枚、相棒が変わった第5集ではさらに時代が下った録音のようで、
いきなりロックぽいギターが飛び出し、まるでダンドゥットのようなサウンドに驚かされます。
曲の途中でラップふうの英語が入るわ、ブレイクにティンバレスが出てくるわ、
スティールドラムの音(もちろんサンプルですけど)まで飛び出し、口あんぐり。
でも、今となってはこういう新しい録音の方が、チープに聞こえてしまいます。
中盤以降はロックぽいサウンドは影を潜め、ポップ・ムラーユ路線に戻りますけれど、
こういう歌謡を意識したサウンドでは、アスミダールの声が少女ぽくなるのが面白いところ。
この時代だからけっこうお歳がいってるはずなのに、
演出された歌声は衰えないということでしょうか。

Zul Darwis & Asmidar Darwis "MELAYU DELI VOL.1" Insictech Musicland 51357-69742
Zul Darwis & Asmidar Darwis "MELAYU DELI VOL.2" Insictech Musicland 51357-69752
Zul Darwis & Asmidar Darwis "MELAYU DELI VOL.3" Insictech Musicland 51357-69762
Zul Darwis & Asmidar Darwis "MELAYU DELI VOL.4" Insictech Musicland 51357-69772
Yan Yuneid & Asmidar Darwis "MELAYU DELI VOL.5" Insictech Musicland 51357-69782
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疑惑の回転数

Robert Johnson THE CENTENNIAL COLLECTION.JPG

噂のロバート・ジョンソンの『ザ・センテニアル・コレクション』、ついに買っちゃいました。
リマスタリングのたびに買い直してたらキリがないんで、
ワタシャ、最初の90年のコンプリート集ボックスで十分と思ってたんですが、
「旧版と音がぜんぜん違う!」の評判に負けてしまいました。

で、皆さんがおっしゃるとおり、ほんと、これはぜんぜん違いますね。
まるで目の前でロバートが歌っているような生々しさに、カンゲキしちゃいました。
SPからおこしてるのに、なんでこんなに音質を改善できるんでしょうか。
LP時代のメタル・マスターが発見されたとか聞きましたけど、それを使用したんですかね。

さて、もうロバートに関してこれ以上のオドロキはあるまいと思っていたら、
音質改善どころでない大事件が発覚。
なんとこれまで聴いていた録音の回転速度は正しくなく、
早まわしでピッチの高くなったロバートの歌を聴いていたという話が出てきたのです。
そこで回転数を修正したというサンプル音源を聴いてみて、びっくり。
たしかに、こちらの方がはるかにリアルです。

この事実を発見し、ウェブ・サイト「戦前ブルース音源研究所」で
さまざまな音源を発表されているのが、山本俊さんと菊地明さんのお二人。
このサイトでは、ロバート・ジョンソンばかりでなく、
ブラインド・ウィリー・マクテルやハーレム・ハムファッツなどの修正音源も
聴くことができるのですが、どれも耳からウロコ(?)の驚愕もの。
長年「鼻にかかった甲高い声」なんて形容されていたマクテルの修正音源には、
ガクゼンとするほかありません。

お二人はSP盤の溝のひとつひとつを数え、
(マクロで盤面を撮った写真を、フォトショップで画像拡大して数えるという地道な作業!)
溝と溝の幅(トレイス・ピッチ)から本来の音程を計測するという、
気の遠くなるような作業を経て、検証されているのだから頭が下がります。
お二人の研究成果によると、本来の78rpmで録音されていなければならないところ、
72rpmから90rpmまでの誤差で録音されている事実が明らかにされています。
ちなみに4.5rpm違えば半音近い誤差が生まれるというのですから、
なるほど、これじゃ「疑わしきソプラノ・ブルース」となるのも当たり前の話です。

お二人の画期的な偉業といえる研究のおかげで、
途端にぼくの積年の疑問が湧き上がってきてしまいました。
というのは、戦前録音のジャズ、カリプソ、ビギンなどの録音で、
明らかにピッチがおかしいものがたくさんあることです。
すぐ思い浮かぶだけでも、シドニー・ベシェ、アッティラ・ザ・フン、アレクサンドル・ステリオの録音で、
早回しとしか思えない不自然なものが多くあります。

トレイス・ピッチ可変の研究が進めば、ブルースに限らず、
多くの戦前録音の本当の音を聴くことができる日も近い。
これは、ドキドキ、ワクワクでっす!

Robert Johnson "THE CENTENNIAL COLLECTION" Columbia/Legacy 88697 85907 2
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とうようさんに教えてもらった最後のレコード クララ・ペトラグリア

Clara Petraglia.JPG

エル・スールの原田さんから、中村とうようさんがお気に入りだという、
ブラジルの女性歌手クララ・ペトラグリアを教えてもらったのは、3ヶ月くらい前だったでしょうか。
ブラジル各地の民謡を題材とした曲をギターで弾き語り、50年代に活躍した人とのこと。
試しに聴かせてもらったんですけど、その温かな歌声に、即、トリコになりました。

すぐに思い浮かんだのが、ハイチのロリータ・クエバス。
美しく端正な発声と、麗しい歌いぶりがそっくりなんですよ。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2010-06-05
パナマのシルビア・デ・グラッセの清楚な色気にも、通じるところがあるかなあ。
いずれにせよ、もろぼく好みの歌手で、
いかにも50年代らしいというか、この当時ならではの歌手という気がします。

50年代は世界各地で自国のフォークロアが再評価され、
民謡や古謡を採集して歌う、フォーク運動が盛んになった時代だったんですね。
フォーク歌手たちは、民謡や古謡を伝承してきたコミュニティ内部の人間ではなく、
外部から歌を発掘しにやってきた人たちで、
西洋クラシック音楽の教養も持った、いわばインテリでした。

そのためフォーク歌手の歌は、土臭さといったネイティヴな味わいが乏しく、
本来の民俗的な風合いがまるでない歌を歌う人も、なかにはいました。
たとえば、このクララ・ペトラグリアと同時代にブラジルで活躍した、
イネジータ・バローゾがそのいい例ですね。

知名度からいったら、イネジータはクララと比べものにならないほど超有名な歌手ですけど、
ぼくは昔からこの人がどうも苦手です。
歌手兼民謡研究家で女優でもあったイネジータは、
クララ同様ギター弾き語りで人気を博しましたが、
そのお行儀のよすぎる歌が、ぼくにはどうにもピンときませんでした。
イネジータのレコードはジャケットがいいので、今でも手放さずに持ってますけど、
こんな時でもないとお見せするチャンスはないだろうから、いくつかご披露しておきましょうか。

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イネジータの歌は、音楽学校の先生が民謡を歌っているみたいで、
ポピュラー音楽としての味わいはほとんどないんですけど、
クララ・ペトラグリアのは、お行儀よい歌であっても、ものすごく魅力を覚えるんですよね。
どこが違うんだと訊かれると、うまく説明できないんですけれども。

アメリカから58年に出た、クララのウェストミンスター盤“SONGS OF BRAZIL” には、
ココやブンバ・メウ・ボイといった北東部音楽から田舎風歌謡のトアーダに、
黒人奴隷たちの踊りバトゥーキや19世紀のダンス音楽ルンドゥ、
19世紀の流行歌謡モジーニャといったレパートリーが収められています。

上品なモジーニャがクララの持ち味にぴったりなのは、当然といえば当然ですけど、
そればかりではあまりに優等生的で、飽きがきてしまったはず。
だからこそ、フォークロアなメロディーやリズムを取り入れた選曲が光るんですね。

ココの軽やかなリズムで歌われる“Bia-Ta-Ta” や
早口ヴォーカルも聞ける“Meu Barco E Valeiro”、
ブンバ・メウ・ボイの“Pinga, Pinga, Pinga D'agua” など、
子供たちに民話の絵本を読み聞かせするお母さんのように聞こえます。

アマゾンのマラジョー島の歌“Rolinha” や漁師の歌“Destino De Areia” は、
ドリヴァル・カイーミが歌う「海の唄」を思わせ、その薫り高いロマンにグッときます。
ギターのボディを打楽器がわりに叩いて歌う“Batuque” も、
上品なアフリカ風味が微笑ましいですね。

ブラジルの多彩なメロディーとリズムを、軽やかなアルペジオにのせて歌ったこのアルバム、
歌とギターだけというシンプルさが成功した、ステキな作品集となっています。
ブラジルでリリースされたクララのアルバムを調べてみると、
シンテールから“CANÇÕES DO BRASIL” のタイトルで2作出ているようで、
このどちらかがアメリカ盤の原盤なのかもしれません。

とうようさんから教えてもらった最後の一枚、忘れられないアルバムとなりました。

[LP] Clara Petraglia "SONGS OF BRAZIL" Westminster W9807 (1958)
[10インチ] Inezita Barroso "INEZITA BARROSO" Copacabana CLP3005 (1955)
[10インチ] Inezita Barroso "LÁ VEM O BRASIL" Copacabana CLP3038 (1956)
[10インチ] Inezita Barroso "COISAS SO MEU BRASIL" RCA BPL3016
[EP] Inezita Barroso "INEZITA BARROSO" Copacabana CEP4527
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お悔やみ 中村とうようさん

ラテン音楽入門.JPGまさかこんなに早く、お別れをしなければならなくなるとは、
想像さえしませんでした。
4日前の月曜日、武蔵野美術大学で会期中の
「中村とうようコレクション展」を見に行ってきたばかりで、
なんと言ったらいいのか、胸がつまって言葉になりません。

ぼくは中村とうようさんに、
物心もついていないころから影響を受けていました。
ぼくばかりでなく、ぼくと父の親子二代で、
とうようさんのお世話になっていたのです。

昭和30年代のことです。ラテン音楽ファンだった父は、
とうようさん初の著書『ラテン音楽入門』を片手に、
ラテンのレコードを買い集めていました。
当時2歳だったぼくは父がかけるレコードが大好きで、
ソノーラ・マタンセーラやペレス・プラードにあわせて、毎日夢中になって踊っていたのでした。
父は『ラテン音楽入門』に推薦盤として書かれていたチローロのクック盤も入手し、
小学校低学年の頃には、チローロのレコードに合わせて太鼓を叩くのが日課でもありました。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2009-06-14
そんな小学生なんて、全世界探したって、ぼくのほかに誰もいなかったでしょう。

そしてとうよう編集長の『ニュー・ミュージック・マガジン』を読み始めたのは、
ようやく中学二年生になった72年の4月号からでした。
TBSラジオの「中村とうようのブルースの世界」も夢中になって聴きましたし、
ブルース・ブームを皮切りに、とうようさんの音楽の旅に誘われるように、
レゲエ、サルサ、サンバ、アフリカ音楽と、世界の音楽の扉を開け続けていきました。
音楽とは無縁な会社員となってからも、音楽への好奇心は止まることなく、
86年の名著『大衆音楽の真実』もどのくらいむさぼり読んだか、わかりません。

そんなとうようさんに初めてお会いしたのは、話は前後しますが、
大学生の時分、永田さんのお店ディスコマニアだったと記憶しています。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2009-10-12
その後勤め人となってからは、赤坂のトレビ、銀座のむとす、青山のかんかんといった
プリミティヴ・アート・ギャラリーで、ちょくちょくとうようさんとすれ違うようになりました。
とうようさんもぼくも、アフリカの楽器や仮面が好きだったからなんですが、
とうようさんが狙っていた楽器を、そうとは知らずにぼくが先に買ってしまったことがあったり、
そんな縁もあって、89年に季刊『ノイズ』第4号の「楽器の美」というコーナーへ寄稿を依頼され、
ぼくにとって初原稿となった「アフリカの楽器に魅せられて」という記事を
書かせていただいたことも忘れられません。

あれから20年。はじめて書き上げた単行本『ポップ・アフリカ700』の書評を、
とうようさんにいただけるなんて、思いもよらないことでした。
とうようさんの書評をいただけるだけでも感無量なのに、
冒頭いきなり「これは他の追随をまったく許さない名著だ」の言葉を見つけた時は、
本当に卒倒しそうなほど、驚きました。
あの書評をはじめて本屋で読んだ時の、全身が震えるような感動は、いまも忘れられません。
「熱意と誠実さ」という言葉で拙著を表現してくださったのは、ぼくの生涯の誇りとなりました。

父がバイブルのように大切にしたとうようさんの『ラテン音楽入門』は、
ぼくが高校生の時に譲り受け、今も大切に保管しています。
幼い頃ぼくがいたずらをして、カヴァーはなくなり、背ははがれ落ちているうえ、
色鉛筆でいたずら書きはしてあるわ、ページのあちこちが破れているわで、
ぼろぼろなんですけど、だいぶあとになって古書で見つけた美本よりも、
親子二代のかけがえのない思い出がこもった本なのです。

とうようさん、ほんとうにありがとうございました。どうか安らかにお眠りください。

中村とうよう 「ラテン音楽入門」 音楽之友社 (1962)
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バルスは死んだとか言われてるけど ロス・アビレス

Los Aviles.JPG

クリオージョ音楽の新着CDで、サヤリー二番煎じ作より気に入ったのがこちら。
クリオージョ音楽の名ギタリスト、オスカル・アビレスの息子
オスカル・アビレス・ジュニアを中心としたグループ、ロス・アビレスのアルバムです。

「バルスは死んだとか言われてるけど」と挑発的に歌うタイトル曲の1曲目から、
「馬鹿言っちゃあ、いけねえよ」といわんばかりの力強い歌声を聞かせてくれます。
豊かな肺活量で胸の奥底によく響く堂々たる声の持ち主と、
ノドを絞ったしょっぱい声を聞かせるシブい声の二人の歌手が代わる代わる歌う、
対照的な声の交叉が妙味となっていて、
やっぱりヴァルスは、こういう芳醇なヴォーカルがあってこその音楽だと思わされますね。

歌のパートが終わるや否や、歯切れのいい高音を響かせるギターが切り込んでくるところは、
さすがオスカル・アビレスの血筋を引いた、オスカル・アビレス・ジュニアならでは。
ギター2台、ベース、カホンという基本編成に、チャランゴ、フルート、エレキ・ベースなど、
曲ごとに手を変え品を変えた彩りを添え、聴き手を飽きさせません。
まるでリード・ギターのようなラインを弾くエレキ・ベースをフィーチャーしたアイディアなど、
なかなか斬新なアレンジとなっているほか、アコーディオンの音色を模したシンセや、
フルートの涼しげな響きもいいアクセントになっています。

神々しくも威厳のある歌と、伝統を保ちながら現代的なセンスもいかした演奏が
がっぷり四つに組み、まさにクリオージョ音楽の神髄を示す傑作となりました。

Los Aviles "¿DICEN QUE EL VALS SE MUERE?" Iempsa IEM0642-2 (2007)
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嬉しい二番煎じ ラス・ボセス・デ・ラ・グアルディア・ビエハ

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え? こんなのあり?

サヤリー・プロダクション制作のペルー、クリオージョ音楽黄金期を再現する一大プロジェクト、
“LA GRAN REUNION” と同企画のアルバムが新たに登場しました。
歌っているクリオージョ音楽の古老たちもサヤリー盤と半分以上同じなら、
バックの演奏者も、これまたほぼ同じメンバー。
完全なパクリといえる企画で、どうやってサヤリーと話をつけたんでしょ。

“LA GRAN REUNION” が日本盤でリリースされた時、
エスコーラ・ジ・サンバの老サンビスタを集めた、かつてのサンバの名企画アルバム
“ENCONTRO COM A VELHA GUARDA”『すばらしきサンバの仲間たち』(76)に
なぞられて評された方がいましたけれど、その伝で言うなら、
このアルバムはさしずめ“QUATRO GRANDES DO SAMBA”(77)ですかね。

ともあれ役者が同じなんだから、内容は悪かろうはずもありません。
サヤリー盤に比べると濃厚さに欠け、全体にあっさり聞けてしまうところが、
ちょっと物足りないところなんですが、そこは二番煎じの弱さでしょうか。
制作サイドの熱い思いがびんびんと伝わってくるサヤリー盤に比べ、
その「熱」というか、「こだわり」のようなものが足りなかったのかもしれません。
こちらの音楽監督は、ギターのレンソ・ヒルが務めています。

二番煎じといっても、コマーシャルなヒット作の「柳の下のどじょう狙い」ではなく、
こんな地味な企画の二番煎じなんだから、非難すべきものじゃありませんね。
サヤリー・プロダクションの仕事が良い影響を与えている証拠で、
クリオージョ音楽がさらに活発になってくれることを期待したいものです。

ハードカヴァーの美麗ブックレット装は、サヤリー盤にけっして見劣りしないもので、
全曲の歌詞と歌い手のポートレイトを収めているところも、“LA GRAN REUNION” と同趣向。
それにしても歌い手のオヤジの誰もかれもが、イイ顔していることといったら!

Las Voces De La Guardia Vieja "OFRENDA MAESTRA" Kijada no number (2010)
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気分はカリビアン・サマー・ブリーズ パトリス・ユルマン

Patrice Hulman ON NOUM.JPG

今年の夏休みは返上。
夏のリゾート・ミュージックで、海辺のドライヴやクルージング気分を味わって、ガマンです(泣)。
シャキシャキと歯切れのよいリズム・ギターと涼しげなシンセが生み出すズークは、
80年代後半に大流行した懐かしのレトロ・サウンド。
これほど典型的なズークを聴くのは、ほんとひさしぶりです。

ズークなんてと思っている方は多いでしょうし、ぼく自身もズークにはアキアキしてましたけど、
さすがに四半世紀も過ぎると、ひとつのジャンルとして定着して、
なかにはこういう良質のポップ作を見つけることもできるわけですね。
かつてのカッサヴのような重低音の利いたデジタル・サウンドや、
シンセ中心の厚ぼったいプロダクションのズークではなく、
小回りの利いたスペースを生かしたサウンドが、とびっきりさわやかに響きます。

主役のパトリス・ユルマンの若々しく伸びのあるヴォーカルも、涼感すっきり。
グアドループ島のホープと謳われるのもナットクの、いいシンガーです。
フックの効いたサビが冴えたキャッチーな1曲目なんて、ヒット性高しですね。
ハイチ音楽ファンとしては、6曲目のコンパにも泣かされます。
80年代みたいなシンセの音も涙がちょちょぎれますが、キレのあるドラムスとともに、
ロックぽいギターやラップをぶちこんだイキオイのあるサウンドは、
コンパの充実期をホウフツとさせます。

難はジャケットでしょうか。
スキンヘッドのパトリスを真っ正面から捉えたこのジャケ、
清涼感いっぱいの音楽にあまりにそぐわないというか、
わざわざ売上げ落とすようなマネして、どーすんでしょう。
ジャケに戸惑われた方、中身は極上のフレンチ・カリブAORです。

Patrice Hulman "ON NOUM" Aztec Musique CM2293 (2010)
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イラン近代化の時代に ルーアンギス

Roohangiz.JPG

先月エグバール・アーザルとターヘルザーデの話題を取り上げたばかりですけど、
またしてもイラン古典声楽の深淵に触れることのできる、とびきりの1枚に出会えました。
それがこのルーアンギス(と読むのでしょうか。どなたか教えてください)。
今回初めて知った名前で、どういう人かとあわてて調べてみると、
1904年、歴史と文学の古都シラーズに生まれ、1928年にプロ・デビューして、
イランを代表する女性歌手として活躍した人だそうです。

2005年にカルテックスから“PERSIAN TRADITIONAL MUSIC” シリーズの1枚として
リリースされていたようなんですが、こんなシリーズが出てたとは気付きませんでしたねー。
同時代のイランの名女性歌手カマール・オル=モルーク・ヴァジリの2タイトルと
レザー=ゴリ・ミルザ・ザリも出ていますが、レザー=ゴリはイラン・マーフール盤とダブり曲が多く、
ぼくはルーアンギスが一番のお気に入り盤となりました。

解説皆無で曲数表示も違っているというのは困りものですが、
1曲目のヴァイオリンを伴奏に歌う華やかなタハリールに、いきなりノックアウトをくらいました。
ルーアンギスのタハリールの技巧も見事なら、
歌に寄り添うヴァイオリンのなまなましいプレイがまたすごい。
歌手の息づかいまでも模写するかのようなフレージング、
その繊細なプレイからダイナミックに変貌する演奏ぶりに、ほれぼれとしてしまいました。
たいへんな名手であることは確かですが、この演奏家、いったい誰なんでしょうか。

ほかにもタール伴奏のアーヴァーズでタハリールを披露する曲もあり、
ルーアンギスの実力は明らかですが、
彼女の専門はタスニーフ(歌曲)だったらしく、このアルバムも大半がタスニーフで占められています。
曲によってはコーラスも伴ったオーケストラ伴奏がなんとも魅惑的で、
当時の古典音楽が西洋音楽の影響を排除していなかったことがうかがいしれます。
タスニーフのメロディーの美しさはまさに絶品で、古典音楽の堅苦しさはまったくありません。

この録音が行われた当時のイランは、西欧列強の従属から放たれ、
近代化へと向かおうとしていた時代。ダイナミックな時代のうねりが
古典音楽にも写し取られていたように感じるのは、まんざら深読みでもないでしょう。

Roohangiz "PERSIAN TRADITIONAL MUSIC VOL.4" Caltex 2598
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ペルーのチャランゴ ハイメ・グアルディア

Jaime Guardia Mi Voz Y Mi Charango.JPG   Jaime Guardia Charango Peruano En Mexico.JPG

ハイメ・グアルディアのアルバムを聴いている時って、
ペルーの山岳音楽を聴いているという意識が、どっか飛んじゃってる気がします。
逆に言えば、ウァイノを聴きたくなった時って、ハイメのCDには手を伸ばしませんね。

もちろんハイメ・グアルディアは、ペルー山岳音楽のチャランゴの達人で、
ハイメのウァイノは絶品なわけですけど、
それ以上にハイメの歌とチャランゴ演奏が芸術の域に達していて、
ペルー山岳音楽うんぬんのレベルを超えたアーティストだからこそ、
そんなふうに感じるんだと思います。

ハイメ・グアルディアと同じことを感じさせる演奏家に、
ベネズエラのクアトロ奏者チェオ・ウルタードやハワイのウクレレ奏者オータサンがいます。
要するにその楽器のヴァーチュオーソで、ずば抜けた天才クラスの人の演奏には、
ジャンルを超越した音楽の神様が宿っている、ってことなんじゃないでしょうか。
ベネズエラの都市弦楽を聴くとか、ハワイ音楽を聴くとかじゃなくて、
チェオ・ウルタードのクアトロや、オータサンのウクレレを聴くというふうに。

そんなことを、最近入手したハイメのペルー盤CD2タイトルを聴きながら、あらためて思いました。
“MI VOZ Y MI CHARANGO” は、
ハイメの代表作といえるイエンプサ盤LD1590のストレイトCD化で、
“CHARANGO PERUANO EN MEXICO” も、
76年のメキシコ、ディスコ・プエブロ盤DP1017が原盤。
メキシコ盤LPは3面開きのジャケットでしたけど、ペルーでもLPは出たんでしょうか。
2枚とも、ハイメのキレのいいチャランゴの至芸が堪能できる名作です。
メロディーに華麗な装飾を施しながら爪弾くきらびやかな音色はまさに絶品で、
トレモロのあとにさっと消音する奏法が、独特のビート感を生み出しています。

Jaime Guardia El Charango Del Peru.JPG   Jaime Guardia Y Su Charango.JPG

ハイメのCDでは、95年の日本編集のボンバ盤をそのままペルーのイエンプサがリリースした
“EL CHARANGO DEL PERÚ” が一番入手しやすく、
今年の春頃、表紙を変えて再プレスされたCDが日本にも入ってきましたね。
ほかにもコンフント・リラ・パウシーナ名義のアルバムで、
ハイメのソロ・アルバムから追加された5曲を聴くことができます。
このCDは2イン1形式になっているので、ライナーをひっくり返すと、
ハイメのジャケットに変えることもできます。

Jaime Guardia & Ricardo Alvarez.JPG   Cuarteto Musical Pauza De Jaime Guardia.JPG   Jaime Guardia De Ayer, Hoy Y Siempre.JPG

そのほか、ケーナのリカルド・アルバレスとの共演やクアルテート編成のアルバムもあり、
新しいところでは、02年作でも衰えぬチャランゴのプレイと滋味あふれる歌声が聴けます。
ただ残念なのは、ハイメが孤高の存在となってしまい、
ハイメを継ぐチャランゴ奏者がペルーから現れなくなってしまったこと。
そのせいで、チャランゴの主流がペルーからボリビアへと移ってしまった面も否めませんね。

Jaime Guardia "MI VOZ Y MI CHARANGO" Carlos Guardia no number
Jaime Guardia "CHARANGO PERUANO EN MEXICO" Carlos Guardia no number (1976)
Jaime Guardia "EL CHARANGO DEL PERÚ" Iempsa CD91150171
Conjunto Lira Paucina, Jaime Guardia "CONJUNTO LIRA PAUCINA / JAIME GUARDIA Y SU CHARANGO" Iempsa CD91150077
Jaime Guardia & Ricardo Alvarez "CON TODO MI CORAZON" Disco Independientes CD9030
Cuarteto Musical Pauza "EL SENTIR DEL PUEBLO" Disco Independientes CD9047
Jaime Guardia "DE AYER, HOY Y SIEMPRE" Carlos Guardia no number (2002)
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ファンキーなココ親爺 ジャクソン・ド・パンデイロ

Jackson Do Pandeiro_Copacabana CLP2017.JPG

左足の親指の上にパンデイロをのせ、
海辺の椰子に結わえたハンモックのうえで、リラックス・モードのおっさん。
おそらくデビューLPだと思うんですけれど、
ジャクソン・ド・パンデイロの55年の10インチ盤です。

ひさしぶりに昔のレコードをごそごそ引っ張り出してきたのは、
ジャクソン・ド・パンデイロの命日が、今日7月10日だということに気付いたからです。
亡くなったのは82年だから、今年で29年目になるんですね。
ジャクソン・ド・パンデイロは、ルイス・ゴンザーガと並ぶブラジル北東部音楽の偉人で、
ゴンザーガが「バイオーンの王様」なら、ジャクソンは「ココの王様」と称された人でした。

Forro Do Jackson.JPG   Jackson Do Pandeiro.JPG

ゴンザーガより軽妙かつコミカルな芸人気風を強く持った人で、
上のジャケットを見ても、膝枕をしているかと思えば、羽交い締めにされたりと、
コメディー・タッチのひょうひょうとしたキャラを売りにしていたことがよくわかります。

ジャクソン・ド・パンデイロの大ヒット曲“Chiclete Com Banana” は、
ジルベルト・ジルがカヴァーしてMPBシーンにも大きな影響を与え、
80年代にはバイーアのグループがグループ名にしたりと、その影響力は絶大でした。
ぼくがジャクソン・ド・パンデイロのファンキー味に気付かされたのは、
ベイビー・コンスエロが79年作“P'RA ENLOUQUECER” でカヴァーした
“Ziriguidum” がきっかけでした。

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生前ライヴ録音を残さなかったジャクソン・ド・パンデイロですが、
80年のツアー・ライヴ時の音源が発見され、74年のラジオ出演時の音源と
76年の未発表スタジオ録音とともにまとめあげた、画期的なリイシュー作が出ました。
またしてもジスコベルタスですよ、やってくれますねえ。

パンデイロを叩きながら、ヒット曲を次々とメドレーで歌い、
巧みなブレイクで観客をひきつけ楽しませるパフォーマンスは、
エンタテイナーとしての魅力が溢れてますね。
スタジオ録音をはるかに上回るワイルドな歌いっぷりは、ライヴならではの醍醐味で、
やっぱりジャクソン・ド・パンデイロの魅力は、このファンキーさにあると再認識しました。

[10インチ] Jackson Do Pandeiro "JACKSON DO PANDEIRO" Copacabana CLP2017 (1955)
Jackson Do Pandeiro "FORRÓ DO JACKSON" Copacabana 99301 (1958)
Jackson Do Pandeiro "JACKSON DO PANDEIRO" Rock RCCD014
Jackson Do Pandeiro "AO VIVO" Discobertas DB089
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時代を超える声 ノエル・ゴーディン

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マサチューセッツのシンガーだそうです。
そのジェントルな声に、イッパツでやられてしまいました。
なんていい声なんでしょうか。
その声ひとつで才能が保証されたといえる、稀有なシンガーです。
低音からミドル、ハイ、そしてファルセットと、
なめらかに行き来するその歌いぶりにも、ホレボレとしてしまいます。
音域によってさまざまな表情を見せる声もまた魅力です。

ホーンズとストリングスが惜しみなく使われていて、
プログラミング控え目なプロダクションが、オールド・ソウル・ファンには嬉しいですね。
オルガンの響きも効果的で、教会で歌っていた人なのかもしれません。
クラシックをことさらに狙っているふうでもなく、
イマドキのR&Bな曲もあるわけなんですが、
古いソウルと新しいR&Bのセンスが無理なく同居していて、
とても気持ちよく聴くことができます。

年明けからヘヴィー・ローテーションだったジョン・スタッダートといい、
今年は大人が楽しめる良質なR&Bアルバムと出会えますね。
流行に色目を使わない時代を超越した仕上がりは、
長く付き合えそうなアルバムになること、間違いありません。

Noel Gourdin "[FRESH]: THE DEFINITION" Entertainment One/Mass Apeal EOMCD2141 (2011)
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若者の勇気を力に カラ

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まっすぐな若さに、背筋が伸びるアイリッシュのアルバムです。

ドラムスとベースがゲストで加わったオープニングの
躍動感あふれる演奏ぶりに、目の覚めるような思いがしました。
正直ぼくは、ロック・バンド編成のアイルランド音楽にあまり興味がもてないんですけど、
このバンドのフォーク・ロック的な演奏は、抵抗感なく聞くことができました。
女性歌手の歌は青さの残る幼い歌い口で、トラッド的な味わいはあまりないんですが、
きっぱりとした歌いぶりが胸をすきます。

バンドの要となっているのは、イリアン・パイプスですね。
このパイパーだけがアイルランド人で、女性歌手はスコットランド出身、
その他のメンバーはすべてドイツ人とのことです。
パイパーと女性歌手は本作からの新参加メンバーだそうで、
アイリッシュ系というより、多国籍ケルティック・バンドといった方がふさわしいのかも。

インスト・ナンバーの雄大なスケール感を持った楽想が感動を呼びます。
それはまるで、正義感あふれる若者が怖れを知らぬ真摯な態度で、
困難に立ち向かう姿をみるかのようです。
いつの日もこういう若者の姿には、素直に胸を打たれますね。
したり顔でオトナの事情を迫る手合いと格闘している時、
こういう若者のまっすぐさが、大きな勇気となります。
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ムラーユ・クラシック ウジ・ラシッド

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『ムラーユ・クラシック』とは、またなんと魅惑的なタイトルなんでしょう。
往年のP・ラムリーとサローマ主演の映画の一場面みたいなジャケットに、
なんだこのマレイシア盤はと、思わずしげしげと眺めてしまいました。
ノスタルジック・ムードいっぱいのデザインに、60年代マレイシア歌謡の編集盤かと思いきや、
バック・インレイにはp1995 ©2011のクレジットがあり、再発CDのようです。

95年にこんなアルバムが出てたなんて知りませんでしたねー。
聴いてみれば、まごうことなくノスタルジックなムラーユ集となっていて、
女性歌手ウジ・ラシッドと男性歌手ハイル・アミルのデュオが6曲、
ウジ・ラシッドとサックス奏者のアフマド・ナワーブとのデュオが3曲、
そしてアフマド・ナワーブのサックスをメインにしたインスト3曲が収録されています。

クセのある声で、ねっとりと絡みつくような歌い回しのハイル・アミルと、
ソフトな低音が魅力のアフマド・ナワーブという、
好対照の男性歌手とデュオしているのも妙味で、
二人とそれぞれに歌ったP・ラムリーの曲“Cinta Abadi” では、
両者の個性を聴き比べることもできます。

軽やかな歌い回しで70年代後半から活躍する女性歌手ウジ・ラシッドは、
歌唱力はイマイチなんですが、不思議な魅力のある人です。
音程のあやしい不安定な歌い方が、独特のゆらぎと浮遊感のある歌いぶりにつながって、
しとやかなお色気を感じさせるんですよね。
そんなウジの魅力が発揮されたムラーユのアルバムでは、
99年の“BUKAN TERPAKSA” という傑作がありました。
久しぶりに“BUKAN TERPAKSA” も引っ張り出して聴き直しましたが、
うん、やっぱりいいアルバムですね。

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本作は“BUKAN TERPAKSA” ほどの高い完成度はないものの、
アコーディオンやスリンを使ったムラーユ歌謡らしい曲に、
スウィング調のアレンジで60年代ムードも漂わせる曲など、
ポップなアレンジを巧みに施していて、楽しませてくれます。

Uji & Hail (Uji Rashid & Hail Amir, Ahmad Nawab) "MELAYU KLASIK" EMI 9990980792 (1995)
Uji Rashid "BUKAN TERPAKSA" EMI 7243-5247052-5 (1999)
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カイ・ルオンの伝統を継ぐ姉妹 フーン・ラン&フーン・タン

Huong Lan.JPG   Huong Thanh.JPG

フーン・ランは、名作“DRAGONFLY” “FRAGILE BEAUTY” で
一躍有名になったフーン・タンのお姉さん。
大衆歌劇カイ・ルオンの曲ばかりでなく、民謡系ポップスも歌う大ヴェテランです。
歌の上手さでいえば、妹をはるかに凌ぐ姉ですけれども、
アメリカ西海岸の越境レーベルのプロダクションゆえ、打ち込みのドラムスが耳ざわりだったりと、
妹のアルバムのハイブリッドなサウンド・クオリティには到底及びませんでした。

そのため、フーン・ランのアルバムというと、できるだけ歌に集中し、
お粗末なバックを我慢して聴き続けてきたものですが、
07年の最新作“HÁT TỪ CỘI NGUỒN” は、バックを含め満足のいく仕上がりとなっています。
打ち込みが控え目となり、1弦琴のダン・バウや筝のダン・チャインなど、
ヴェトナムらしい弦の響きをちりばめたサウンドが、フーン・ランの練れたコブシ回しを引き立て、
これならニュ・クィン、アイ・ヴァン、カム・リーなど近年のヴェトナム歌謡ファンもオッケーでしょう。

フーン・ランとフーン・タンの父フー・フォックは、カイ・ルオンの大物俳優・歌手で、
二人は幼い頃から、演芸と隣り合わせの生活の中で育ちました。
特にフーン・ランは、早くから才能が見込まれ、
父の指導のもと、わずか5歳でステージ・デビューしています。
一方、フーン・タンは姉に憧れて歌手をめざし、中部ヴェトナムで歌の修行を積んだあと、
16歳で劇団入りしたそうです。

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フーン・ランの湿り気を帯びた艶のある歌と、
フーン・タンの舌の上でスッと消える、
砂糖菓子の軽やかな甘さを思わせる歌は、姉妹ながら実に対照的。
そんなくっきりと異なる二人の個性を味わうには、
フーン・タンが08年にリリースした、カイ・ルオン曲集がうってつけといえます。
このオコラ盤には、二人が共演した4曲が収録されていて、
ライナーに載っている写真(左:フーン・ラン、右:フーン・タン)を眺めながら、
ウェットなフーン・ランと、スウィートなフーン・タンという持ち味の違いを楽しむのも、また妙味です。

Hương Lan "HÁT TỪ CỘI NGUỒN" MFACES 8935082500105 (2007)
Huong Thanh "MUSIQUE DU THÉÂTRE CAI LUONG" Ocora C560222 (2008)
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