So-net無料ブログ作成
検索選択

初期ライを味わいつくすCDボックス

THE POWERFUL SOUND OF RAI.JPGライのヒット曲を編集したコンピレはクサるほどあるので、
これもまた似たようなもんだろと思ったら、
とんでもなかったですね。
なんと、これまでなかなか
耳にすることのできなかった、
80年代のポップ・ライ成立直前の、
べルベル系音楽の色濃い初期のライが
4枚のディスクにたっぷりと詰め込まれた、
オドロキのボックスなのでした。

いやー、それにしてもびっくりしましたね。
初期のライがどんな音楽だったのかは、
ライの母シェイハ・リミッティから想像するくらいで、
なかなか実際の音で
聴くことができませんでしたからねえ。
エレキ・ギター、キーボード、ベース、
ドラムスなどの西洋楽器導入以前の、
ウード、ヴァイオリン、アコーディオン、
ベンディール、ダルブッカなどを伴奏にしていた初期ライというと、
ライのアンソロジーで数曲聴ける程度だったのが、
いきなりまとめて40曲の大盤振る舞いですから。

ぼくが初期ライをまとめて聴くことができたのは、
シェブ・ハレドが79年にアズワウに残した録音ぐらいのものです。
以前の記事にも書いたことがありますけれど、
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2010-02-03
アコーディオンとパーカッションに、サックスもしくはヴァイオリン数台が加わる伴奏で、
電気楽器がいっさい入らないルーツ・ライのサウンドが新鮮でした。

しかしこのボックスを聴いたら、あのアズワウ録音なんて、もう聴けなくなっちゃいますね。
正直、アズワウ原盤の演奏はかなりショボく、録音もお粗末なものでした。
それに比べて、このボックスの原盤であるクレオパトラの伴奏陣の実力は、
アズワウとはケタ違いで、音質もこちらの方が極上です。
じっさい、シェブ・ハレドの録音を聴き比べてみれば歴然で、
このボックスに収録されたシェブ・ハレドのトラックはどれも素晴らしいものばかり。
シャバ・ザフアニアとのデュエット曲も最高です。

婆さん声でしか知らなかったリミッティの円熟した歌いぶりが聞けるのも、また聴きどころといえます。
数あるリミッティの逸話もなるほどと納得させる、
エロティックな艶女ぷりに圧倒されることウケアイです。
ほかにも、初期ライの重要人物といわれるムハメッド・ベルハヤティのベルベル色の濃い曲や、
アルジェリアン・シャービにしか聞こえない曲まで、ルーツ・ライの多様性がてんこ盛り。
一方、ポップ・ライにもっとも近付いたサウンドを聞かせるのに、
シフ・ムハメッドやフワリ・ベンシュネットがいます。
オルガンやドラムスを使っていますが、ヴァイオリンを全面にフィーチャーしているので、
いわゆるエレクトリックなポップ・ライとはひと味違うサウンドが楽しめます。

クレオパトラ原盤のこれらの録音がどのようにして残されたのかを知りたいところですが、
英・仏・西・伊の4カ国語付きのライナーには、
ライの一般的な説明が書いてあるだけで、突っ込んだ解説はまるでなし。
ボックスらしからぬ破格の廉価盤なので、まー、仕方ないですかねえ。

『パワフル・サウンド』とかいい加減なタイトルが付いていて、
そうと知らなければ、ちらと横目にして無視してしまいそうなボックスですけど、
プレ=ポップ・ライ時代といえる初期ライを味わいつくせる上物です。
ライのファンばかりでなく、アラブ・アンダルース音楽に関心のある方にもぜひ。

V.A. "THE POWERFUL SOUND OF RAÏ" Membran Music 223696-356
コメント(2) 

土埃舞うツァピク ダミリ

Damily Ravinahitsy.JPG   Damily Ela Lia.JPG

ツァピクはマダガスカル南西部の冠婚葬祭で演奏される伝統音楽。
マルヴァニ(箱琴)、ロカンガ(フィドル)などの弦楽器とアコーディオンで演奏されますが、
80年代半ばに南西部の街チュレアールでエレキ化されてポピュラー化し、
中央の首都アンタナナリヴにも伝わるようになりました。
地元ではカセットやCDも出ていますが、欧米リリースのCDとしてはコンピレがある程度で、
単独アルバムを出しているのは、このダミリぐらいじゃないでしょうか。

ギタリストの名前がグループ名にもなっているダミリは、5人編成のギター・バンド。
はじけるような細分化されたビートで、きぜわしく疾走するツァピクを痛快に聞かせます。
痙攣するような独特のツー・フィンガー・ピッキングと、
16分音符を多用したウネりまくるベースが聴きどころで、
コンゴのルンバ・ロック、南アのンバカンガやマスカンダの影響をうかがわせる、
タテノリのロック・ビートが特徴といえます。

メンバー各人の作った曲をそれぞれが歌っていて、
ハイトーンのぶっきらぼうな女声がひときわ印象的です。
08年の初CDはエレキ・ギター中心のクリーンなサウンドでしたが、
新作ではアクースティック・ギターをメインに据え、ツァピクの土臭さが強調されるようになりました。

辺鄙な農村地帯のギター・バンドといった雰囲気のツァピクは、
ザンビア周辺国で演奏されるカリンドゥラといい勝負の粗野なローカル・サウンドで、
クラムド・ディスクのヴィンセント・ケニスさんが聴いたら喜ぶかも。
曲が単調なわりには尺が長いので、ずっと聴いているとやや飽きもしますが、
基本はダンス・ミュージックなので、夜通しのパーティではこうじゃなきゃ通用しないんでしょう。

土埃舞うワイルドでトランシーなツァピクの魅力は、新作でさらに増したといえます。

Damily "RAVINAHITSY" Hélico HWB58004 (2008)
Damily "ELA LIA" Hélico HWB58120 (2011)
コメント(0) 

渡辺香津美が呼び起こしたグルーヴ イエロー・マジック・オーケストラ

YMO Trans Atlantic Tour.JPG   Yellow Magic Orchestra Live at The Greek Theater.JPG

社会人になって2年目の82年頃だったと思うんですけど、
当時一家に一台となりつつあったヴィデオを買うかどうか迷っていた時に、
背中を押す決め手となったのが、イエロー・マジック・オーケストラでした。
彼らの初のワールド・ツアー、79年ロサンゼルス公演のヴィデオ・ソフトが、
ビクターから出ていたんですね。
すでにさんざん目にしていた映像だったので、
これが家でいつでも好きなだけ観れるとあって、矢もたまらずヴィデオを購入したんでした。

その映像を繰り返し観ていたのは、その2年前の大学4年の頃。
当時付き合っていた彼女との待ち合わせに、
新宿高野の最上階にあったフルーツパーラーをよく使ってたんですけど、
そこに大きなプロジェクターがあって、
イエロー・マジック・オーケストラの30分弱のライヴ・ヴィデオを、
いつもBGMがわりに繰り返し映写してたんです。

これが観たくて、いつも彼女との待ち合わせの1時間前に行っては、
画面釘付けだったんですけど、
何に釘付けだったかといえば、渡辺香津美のギター・ソロ。
このライヴのキモは渡辺香津美だったんですね。彼がいたからこそ、
図らずもYMOメンバー3人のミュージシャンシップがムキ出しになり、
当時の3人が否定していたグルーヴを巻き起こす結果になっていたのです。
3人がどんなにジャストなビートで演奏しようとしても、
香津美がめちゃくちゃニュアンス豊かで有機的なソロを弾くので、
3人もそれに巻き込まれていってしまうところが見どころとなっていました。

もうおわかりかと思いますが、
これが『PUBLIC PRESSURE 公的抑圧』のもとになったライヴです。
レコードの方は、契約の関係で渡辺香津美のギターがカットされ、
坂本龍一がシンセをオーヴァーダブして出されましたが、
ヴィデオがOKだったのは、ぼくにとってはラッキーでした。

「The End Of Asia」では、起承転結を見事に構成してみせる香津美のソロに煽られ、
香津美に引き継がれた坂本が必死に長いソロを弾いてみたり、
「東風 Tong Poo」では、チャック・レイニーをホーフツとさせる細野さんのベースにのって、
香津美が生涯ベストといってもいい、神がかり的なソロ・パフォーマンスを繰り広げます。

正直ぼくはYMOにはまったく興味が持てませんでしたが、
このライヴはテクノでもポップでもありゃしない、もろにフュージョンだったわけで、
(今月号のミュージック・マガジンで高橋健太郎さんは「ジャズ・ファンク」と形容してますね)
だからこそ、ぼくはこのライヴに即ホレこんだのでした。

その後このライヴ、映像の方はDVD化され、音源の方もディスク化されましたが、
非YMOファンのぼくの大のフェヴァリット・アルバムとなりました。
79年のツアーのライヴは、ほかにも『FAKER HOLIC』にまとめられましたが、
香津美のソロ・パフォーマンスでこの時以上のものは、残念ながら聞けませんでした。
やっぱり、この79年8月4日のグリーク・シアターには、
香津美に何かが降りてきていたのかもしれません。

[DVD] YMO 「YMO 1979 TRANS ATLANTIC TOUR」 東芝EMI TOBF5024
Yellow Magic Orchestra 「LIVE AT GREEK THEATER 1979」 アルファ ALCA5150
コメント(2) 

肉食系ニュー・オーリンズ・ファンク ダンプスタファンク

Dumpstaphunk.JPG

あぁぁぁぁ、きもちえぇ~~。
やっぱこういうコテコテのファンクが、ぼくには一番だぁぁ。
だって理屈抜き、血が騒ぎますもん。
ダンプスタファンクのダーティでブラッキーなグルーヴに身悶えます。

これが初フル・アルバムというダンプスタファンク、いったいどういうグループかと思いきや、
キーボードにアーロン・ネヴィルの息子のアイヴァン・ネヴィル、
ギターにアート・ネヴィルの息子のイアン・ネヴィル、
ネヴィル・ブラザーズ・バンドの現メンバーのニック・ダニエルズと
元メンバーのトニー・ホールのツイン・ベース、
そしてレイモンド・ウェーバーのドラムスという豪華メンバー。

なるほどこのメンツならいいわけだと、簡単に片づけちゃいけません。
いくら毛並みがいいからといって、親の七光りで
70年代ファンクばりの肉体感を獲得できるわけじゃないですからね。
どろりとした濃い口のサウンドを横溢するエネルギーは、
イマドキのセンスを越えた才能が集まったことを証明しています。

スタジオ・ライヴでイッパツ録りしたようなストレイトなサウンドが、とにもかくにも快感。
インディ制作は弱みでなく、作りこんだプロダクションのトロンボーン・ショーティの去年の傑作が、
かえってまだるっこしく聞こえるほど、直球の強みを発揮したアルバムとなっています。
そういえば、ぼくは世間大絶賛のギャラクティックにぜんぜん反応できなくて、
ああ、とうとう自分も年寄りになっちまったのかと落ち込んでたんですが、
ダンプスタファンクを聴いて、年のせいじゃないと思い直しましたね。
ジャムバンド系のファンクって、サウンドがクリーンすぎて、腰に来ないんですよ。 
草食系若者向けのファンクじゃ、70年代ファンクを体験したオヤジは踊れません!

近頃濃ゆいファンクが聴けなくなったとお嘆きの
肉食系中高年オヤジの皆様方、聴くしかありません。

Dumpstaphunk "EVERYBODY WANT SUM" no label no number (2010)
コメント(3) 

マルチニック娘の見た東京 ゴールディー

Goldee.JPG

まばゆい夏の光を浴びるセクシーな唇に、思わず吸い込まれそうになるジャケット。
マルチニック出身の女性歌手ゴールディーのデビュー作です。
2年前にリリースされていたなんて、ぜんぜん知りませんでしたけど、出会えてよかったぁ。
これがとびっきりスウィートなのなんのって♡♡♡
この夏は、このアルバムでキマリですっ!

ズークRNBのシンガーとのことですが、ズークぽさはほとんどなく、
フレンチ・カリブ版オーガニック・ソウルといった仕上がりですね。
ゴールディーのスウィート・ヴォイスを、
ヴァイオリンやギターのアクースティックな弦の響きや、
ソプラノ・サックスなどが彩りを添えています。
トーク・ボックス使いのヒップホップふうトラックもありますけど、
全体には生音をいかしたオシャレなサウンドとなっていて、
去年のジョヴァンカに匹敵する上質なポップスといえます。

ゴールディーのモデルばりのプロポーションも目を見張り、
ライナーをめくりながら、顔ちっちゃ!足長っ!と思わず叫んじゃいましたが、
お顔の方も、なんだかアリシア・キーズに似てるような気がします。

ほとんどフランス語で歌っていて、このキュートな歌声、誰かに似てるなあと思ったら、
ズーク・マシーンの初代シンガー、ジョエル・ウルスルですね。
でも、お色気をふりまくジョエルより、ゴールディーの方がもっと自然な歌い方で、
作ったキュートさでなく、自然ににじみ出るスウィートさを持った人といえます。
押しの強さがまるでなくて、引っ込み思案な性格なのかな?と思わせるか弱く、
はかなげな歌いぶりに、オトコ心をきゅんきゅんくすぐられますよ。

マルチニック色はほとんどありませんが、
クレオール語で歌うビギンふうの10曲目には、やはり耳をそばだてられます。
この曲に続きレゲエへと流れていく終盤が、アルバムの山場でしょうか。

すっかりお気に入りとなって、ここ毎日聴いていたんですが、
アルバム2曲目“Chaque Jour” のヴィデオをYouTubeで観てびっくり!
なんと舞台は東京で、ゴールディーがワン・ルームの部屋を出て、
JRに乗ったり、渋谷や新宿の街を歩いたりしてるじゃありませんか。
意識していた日本人男性と、コンビニの前でばったり出会うというストーリーになっています。
マルチニックの人の目には、この東京の風景、いったいどんなふうに映るんでしょ。

Goldee "LE MOI DE MAY" Aztec Musique CM2249 (2009)
コメント(4) 

カビールのタフマン タクファリナス

Takfarinas Lwaldine.JPG

ぼくが大のごひいきにしているカビールのシンガー、タクファリナスの新作が届きました。
妙なポーズをとりながら、しっかりカメラ目線ないやらしさが、
タクファリナスのおとぼけキャラ全開で、期待が高まります。
いざ、と聴き始めると、オープニングから弦オーケストラが登場し、
たっぷりお金をかけたレコーディングとなっているようで、嬉しいじゃありませんか。

アクの強い声で、ねっとりとイヤらしく歌うタクファリナスの歌い口が、いいんですよぉ。
いかにもカビールの庶民派シャービらしい、下世話さがぷんぷんと臭ってくるようでたまりません。
タクファリナスは76年にアルジェリアでデビュー、80年代後半にフランスへ渡り、
ベルベル・コミュニティーの若者たちのハートをがっちり捕まえた人です。
ロック・スターのようなド派手なコスチュームで、ダブルネックのエレキ・マンドールをかき鳴らし、
スタジアムを満杯にするほどの実力者なんですね。
日本じゃあ、タクファリナスが好きなんて人に会ったこともないですけど、
あちらでは大スターなんですよ。
大スターといっても、隣の兄ちゃん的親しみに溢れているのが、タクファリナスの良さですけどね。

Takfarinas Salamet.JPG   Takfarinas Yal.JPG

はじめてタクファリナスを聴いたのは、95年の“SALAMET” でした。
ひたすらダンサブルなサウンドに、いっぺんでホレこんだんだっけ。
こんなノリのいいカビール系シンガーは、それまで聴いたことがありませんでしたからね。

“SALAMET” を聴くと、前橋に単身赴任していたときのことを思い出します。
単身寮から職場まで冬の群馬名物の強風、赤城おろしに耐えながら、
毎日このアルバムを聴きつつ、徒歩通勤したもんです。
前橋刑務所の煉瓦塀を越えると、利根川大橋があるんですけど、
ここを渡る時の赤城おろしがまたキツくってねえ。
耳が凍えて引きちぎれそうになるのを、
タクファリナスのヴォーカルを聴きながら歯を食いしばったもんです。

99年の大ヒット曲“Zaama Zaama” も忘れられないなあ。
この曲はフランスばかりでなく、アルジェリアやモロッコでもかかりまくって、
現地の子供たちが嬉しそうに歌ってたという旅行者の話を聞いたこともありました。
“Zaama Zaama” の入った“YAL” もずいぶんよく聴きました。

そういえば、タクファリナスとマイケル・ジャクソンのツー・ショット写真を見た覚えがありますが、
素ではしゃいでるふうのタクファリナスが、街角のただのあんちゃんぽくて面白かったですね。
6年ぶりの新作でも、アゲアゲのハウスあり、ヒップホップありのダンス・ポップに徹したシャービに、
ジャック・ブレルの「行かないで」のカヴァーなどもあって、バラエティたっぷりのできばえです。

汁気たっぷりべちょべちょねっとりと、情の濃いタクファリナスのエネルギッシュな歌いぶりも
まったく衰えておらず、同い年(1958年)生まれの者として、敬服するばかりです。

Takfarinas "LWALDINE : HYMNE AUX PARENTS" Mandole Production no number (2010)
Takfarinas "SALAMET" DME 3448963201428 (1995)
Takfarinas "YAL" BMG 74321648452 (1999)
コメント(0) 

サルサ魂健在なり ラッキー・セヴン・マンボ

Lucky 7 Mambo.JPG

いまや年に1枚買うかどうかになってしまったサルサ。
前に買ったのってなんだっけと考えてみたら、
おととしのマリオ・オルティス・オール・スター・バンドなんだから、
去年は1枚も買ってないわけか。おやおや。

もっとマメに聴くチャンスがあれば、ぼく好みのサルサが見つかるとは思うけど、
どうもそこまでして積極的に聴く気にはなれません。
あいかわらずCDショップで偶然耳にしたのを買ってるだけなので、
年一ペースになってしまいます。

そんなわけで2年ぶりに出会えたアルバムなんですが、
ロサンゼルスの新人グループというラッキ・セヴン・マンボのデビュー作です。
スピード感あふれるヴィブラフォンがバンドを鼓舞するバイラブレなサウンドは、
60年代ニュー・ヨーク・ラテンの黄金時代を飾ったジョー・クーバ楽団そのものです。
いや、こういう紹介のしかたをすると、昔のサルサ・ファンが、
十年一日の保守的サウンドを聴いて喜んでるように受け取られちゃうかもしれませんが、
単なる懐古調サルサなんかじゃありませんよ。
そんな後ろ向きなサウンドじゃ、腰はぴくりとも動きませんって。

モントゥーノでの歌の掛け合いといい、ばちっと決まった複雑なリフを伴うブレイクといい、
演奏のどこをとってもホンモノのスウィング感に溢れていて、
こういうのを聞かされたら、ステップを踏まずにはおれませんよねえ。
新人バンドといっても、メンバーは西海岸のサルサ・シーンで鍛え上げた精鋭揃いだから、
リズムのキレが違います。

「どこのバリオのサルセーロ達もみんなこう言うんだ/
ダンスパーティに行っても、ちっとも面白くない/
いい感じのスウィングが聞こえてこないからさ/
バンドの連中はハートがない音を奏でるばかり/
型どおりの演奏をしたってダメさ/味気ないトゥンバオのリズム」(Chata Kun-Kun)

こんな歌詞も嬉しくなりますね。続けて、

「僕達のリズムを届けたいんだ/
レゲトン好きもバチャータ好きもこのスウィングを聴いてごらん/
ロック野郎? 向こうへ行った行った行った!」

とも歌っていて、すっかりこの連中が気に入りました。

Lucky 7 Mambo "CHAPTER 1" no label no number (2011)
コメント(0) 

アンカラへ旅立った娘 ジェラール・ギュゼルセス

Celal Guzelses  SARK BULBULU_KLASIKLER 1.JPG   Celal Guzelses BIR GUZEL KI.JPG

高校2年の次女がトルコへと旅立ちました。
130カ国から千人を超す子供たちが参加する、「国際トルコ語オリンピック」へ出場するためです。
学校の先生の勧めでトルコ語教室へ通っているうちに、話がとんとん拍子で進み、
オリンピックの歌唱部門へ出場することになったんですね。

そんなオリンピックがあることも知らず、
娘からトルコに行きたいと相談された時は面くらいましたけど、
ぼくが一緒についていきたいくらいで、おお!ぜひ行ってこいと即答したものです。
ぼくも初めて海外に行ったのが高校2年の時だったので、
彼女にとってこのトルコ行きは、得難い体験ができるはずです。

オリンピックは約2週間アンカラで開催され、娘は学校行事の関係で、
閉会式を待たずに帰国する予定となっているんですけれど、
どんな土産話を持ち帰ってくるのか、いまから楽しみです。

娘を成田まで見送り、家に戻って思わず手を伸ばしたのが、
トルコの名歌手ジェラール・ギュゼルセスの往年のSP録音。
15年くらい前に出た復刻集を愛聴していましたが、
最近新たなリイシュー作を手に入れたところでした。

ジェラール・ギュゼルセスは、ヌーレッティン・セルチュクが完成させたトルコの古典声楽を、
大衆的なくだけた感覚で歌い、ナイトクラブの人気を集めた人。
ヌーレッティンの洗練とは対照的な、野性味のある歌が魅力です。
イラン古典声楽のタハリールにも似た技巧を用いますが、
どこか無骨なところがジェラールの持ち味といえます。
あー、ぼくもアンカラへ飛んでいきたくなりますね。

Celâl Güzelses "ŞARK BÜLBÜLÜ - KLASIKLER 1" Kilic no number
Celâl Güzelses "BIR GÜZEL KI" Coskun 96.34.Ü.044.109
コメント(8) 

ヴィンテージ時代のタハリール エグバール・アーザル、ターヘルザーデ

Eghbal Azar EGHBAL AZAR VOCALS VOL.Ⅰ.JPG   Eghbal Azar EGHBAL AZAR VOCALS VOL.Ⅱ.JPG
Eqbal Azar 3.JPG   Eghbal Azar SINGING AT 100s.JPG
Taherzadeh TAHERZADEH VOCALS.JPG   Taherzade 2.JPG

イランのタハリールくらい、人間の声が持つ表現力のスゴさに圧倒されるものはありません。
オホオホオホオホオホ…と裏声と本声を行き来する技巧を駆使するその唱法は、
古今東西のこぶし音楽で最高度の技巧と賞賛されるのも、素直にうなずけますね。

ぼくは二十年前、イランの名歌手ゴルパのCDでタハリールを初体験し、
イラン古典声楽アーヴァーズの魅力に取り憑かれましたが、
その後イランのマーフール文化芸術協会が復刻する、
ヴィンテージ時代のアーヴァーズの名録音を聴いて、
ますます古典声楽の世界にのめりこむようになりました。

蝋管時代のヴィンテージ録音を聴いてよくわかったのは、
ゴルパの華麗なるタハリールのテクニックが、かなり洗練されたスタイルだということ。
タハリールは時代が下るほど、繊細かつなめらかになっていったようです。
それが証拠に、カージャール朝末期の名男性歌手エグバール・アーザルの蝋管録音を聴くと、
そのパワフルなタハリールに圧倒されます。
昔のタハリールは、速く・強い、というのが特徴。
100年以上も昔の録音と思えないそのなまなましさは、圧巻です。
ハイ・トーンばかりでなく、低い声でもタハリールをやっていて、
その壮絶ともいえる響きには、頭がくらくらしてきます。

1866年生まれのエグバール・アーザルよりひと回り下の世代にあたる、
1882年生まれのターヘルザーデを聴くと、ひたすらパワフルだったタハリールが、
天上から降り注ぐような華麗さを伴う表現へと変化したことがわかります。
ターヘルザーデは、即興のタハリールと詩を連続して歌う技巧を駆使し、
より高度な声楽形式を完成させた人として知られていますが、
タハリールの表現を深めた人でもあるのでしょう。

ターヘルザーデは、タハリールなしで詩のみを吟唱している曲も歌っていますが、
有拍の作曲された歌謡詩タスニーフではなく、あくまでも即興詩のアーヴァーズであるところに、
こだわりというか、即興を重視する姿勢がよく表れています。
解説によれば、当時アーヴァーズの歌手とタスニーフの歌手の間には一線が引かれていて、
アーヴァーズの歌手がタスニーフを歌うのは、プライドが許さなかったのだとか。

フリー・リズムのパートを拍節のあるパートより重視するイランの古典音楽は、
西洋音楽でいえば、カデンツァをメインとするのにも等しいことといえます。
繊細な即興感覚を尊ぶ美意識は、アラブ音楽やトルコ音楽にもなく、
世界中の音楽のなかでも稀な、イラン独特のものといえますね。

Eghbal Azar "EGHBAL AZAR VOCALS VOL.Ⅰ" Mahoor Institute of Culture and Art M.CD45
Eghbal Azar "EGHBAL AZAR VOCALS VOL.Ⅱ" Mahoor Institute of Culture and Art M.CD46
Eqbâl Âzar "SONGS OF EQBÂL ÂZAR 3" Mahoor Institute of Culture and Art M.CD256
Abolhasan Egbâl Âzar "SINGING AT 100S" Mahoor Institute of Culture and Art M.CD138
Taherzadeh "TAHERZADEH VOCALS" Mahoor Institute of Culture and Art M.CD44
Tâherzâde "SONGS OF SEYYED HOSEYN TÂHERZÂDE 2" Mahoor Institute of Culture and Art M.CD285
コメント(2) 

ジャズ・ファンクの名盤復活 ジョー・ファレル

Joe Farrell PENNY ARCADE.JPG

うわー、なつかしい!
ジョー・ファレルの73年作がCD化されました。
これまで無視され続けてきたCTIの名盤ですよ。

ジョー・ファレルのアルバムでは、71年の“OUTBACK” ばかりが評価され、
「のちはロック色が強くなって面白くなくなった」などと、
ジャズ評論家にばっさり切り捨てられてたんですよねえ。
クロスオーヴァー/フュージョン系のアルバムくらい、
自分の好みと世評とのギャップが激しいジャンルもありませんが、
それにしてもこのアルバムは、あまりに過小評価されすぎでしたよ(怒)。

メンバーとして参加しているハービー・ハンコックの“HEAD HUNTERS” と
同じ73年のアルバムというのが象徴的なように、
ファンク色濃厚なサウンドが、当時のクロスオーヴァー・サウンドを特徴づけています。
70年代後半以降、クロスオーヴァーはファンク色が薄れてフュージョンへと変質しますが、
個人的にはこの頃のブラックネスあふれる、
ジャズ・ファンク・サウンドのクロスオーヴァーが大好きでした。

冒頭のタイトル曲から、テーマ・リフをユニゾンで叩くスティーヴ・ガッドのドラミングにしびれます。
ハービー・ハンコックのさざ波フレーズが随所で冴えまくり、
ジョー・ファレルもゴリゴリと吹きまくっていますが、
ファレルを煽るような尖ったバッキングを聞かせるギターのジョー・ベックがまたすごい。
ソロでは一転、主役のお株を奪うような熱演で、バンドをぐいぐいとひっぱっていきます。
アルバム全編でロックを強く意識したギターを弾いているんですけど、
ラストでは正統的なジャズ・ギターのスタイルで弾いたりと、職人芸的なところもみせてます。
ドン・アライアスのコンガが冴えるラテン・ナンバーも、
アルバムの絶妙なアクセントになってるんですね。

ウン十年ぶりに聴き直しましたけど、
メンバー全員がエネルギーに満ち溢れた快演揃いで、やっぱ名盤だわ、これは。

Joe Farrell "PENNY ARCADE" Wounded Bird WOU634 (1973)
コメント(0) 

ノルウェイのア・カペラ エペレモイア・ソングラグ

Eplemoya Songlag.JPG

全編ア・カペラのアルバム、なんていうと地味に思われるかもしれませんけど、
曲ごと表情の異なるカラフルな内容に、一気に引き込まれてしまいました。
エペレモイア・ソングラグと読めばいいのでしょうか。
ノルウェイのア・カペラ女声三重唱のデビュー作です。
トラッド・シンガーと二人のジャズ・ヴォーカリストから成るグループで、
2曲を除いて全曲トラディショナルとクレジットされたレパートリーを聞かせてくれます。

伝統歌集といっても、コンテンポラリーな感覚の北欧トラッドといった仕上がりで、
高度なハーモニーと洗練されたアレンジを施したア・カペラ集となっているんですね。
いかにも北欧らしい純度の高い頭声中心の発声で、
妖気を漂わせる4曲目など、マジカルな魅力にゾクリとさせられます。
リード・シンガーの後ろで、喉歌でリズム楽器や伴奏楽器代わりの効果音を務めたりと、
スリリングかつ実験的なインプロヴィゼーションをまじえながらも、
ユーモアのある3人の歌いぶりには温かみがあって、親しみが持てます。
クアルテート・エン・シーの魅力にも相通じるように思いますね。

ストーリーテリングの楽しさもあり、語り物としての興味もそそられるところですけど、
ノルウェイ語では、残念ながら歯が立ちません。
そのかわり音楽的な興味としては、ブルガリアの女声合唱や、
ホーミーが現れてもおかしくないような場面が出てきてハッとさせられたり、
マレウレウのウポポを思わせるようなところもあったりと、
興味のつきないアルバムとなっています。

ノルウェイにはクヴェディングと呼ばれる伝統的なア・カペラのスタイルがありますけれど、
3人のア・カペラは、クヴェディングを現代化させたものといえるのかもしれませんね。

Eplemøya Songlag "EPLEMØYA SONGLAG" Norcd NORCD1091 (2010)
コメント(0) 

エジ・リンコルンのムジジスク録音

Ed Lincoln DB070.JPG   Ed Lincoln DB071.JPG
Ed Lincoln DB072.JPG   Ed Lincoln DB073.JPG
Ed Lincoln DB074.JPG   Ed Lincoln DB075.JPG

またまたジスコベルタスがやってくれました。

ボサ・ノーヴァの時代に、スウィング感溢れるダンス・サウンドで若者たちを夢中にさせた、
バランソのピアニスト/オルガン奏者
エジ・リンコルンのムジジスク録音を完全復刻したボックスです。
60年から66年までのムジジスク盤6タイトルを、
オリジナル・フォーマットのまま復刻してくれたっていうのが、嬉しいですねえ。
当時のアルバムは30分前後の収録時間しかないので、
2イン1CDでリイシューされがちですけれど、
そうしなかったところに、リイシュー・レーベルの良心というか、復刻愛を感じちゃいますよ。
マスター・テープからリマスターした音質も極上なら、詳しいデータを完備した
いつものジスコベルタスのしっかりした仕事ぶりにも、頭が下がるばかりです。

ぼくはエジ・リンコルンのムジジスク盤を、66年の“ED LINCOLN” しか聞いたことがなく、
いきなりボックスに手を出すのは少しためらいもしましたが、
あらためて6作を聴いてみて、この人の存在感の大きさを再認識させられました。
エジの代表作として知られる66年の“ED LINCOLN” だけを聴いていた時は、
お手軽なポップ・サウンドをやっていた人ぐらいの認識だったのですけど、
じっくり聴いてみると、ブラジルのポップス王道ともいえる内容の濃さにウナらされました。

60年のムジジスク第1作のオープニングからして、
ブラジルのスタンダード・ポップス、アリ・バローゾの「ブラジルの水彩画」ですからね。
続いてジョー・ロコの「ロコモーション」に、コール・ポーターの「カン・カン」、
「センチメンタル・ジャーニー」といった北米のダンス・チューンに、
シャルル・アズナヴールの曲などの外国曲を織り交ぜながら、
ブラジルの渋谷系ともいえるオシャレなサウンドを、
ラウンジーなオルガンでカラフルに楽しませてくれます。
「センチメンタル・ジャーニー」のイントロで、機関車の音をオルガンで模してみせるなど、
あちこちに散りばめられたウイットのあるポップ・センスが、実によく利いたアルバムです。

エジは、50年代に若きバーデン・パウエルを従えて
レコーディング・キャリアを積んだ職人的な人だっただけに、
コーラスやヴォーカルの使い方も巧みなら、さまざまなリズムの扱いも鮮やか。
セルジオ・メンデスとも共通するポップ・センスの持ち主だったんですね。

こうして聴いてみると、外国曲のレパートリーを多く取り入れた
60年の“ÓRGÃO ESPETACULAR” がもっともポップス度指数が高く、
サンバのリズムを強調したバランソは、61年から64年までの4作で発揮されています。
なかでも64年の“A VOLTA” がもっともバランソ感覚が強く、
サンバランソといった形容がぴったりのアルバム。
サンバのリズムと合体させたクリフォード・ブラウンの“The Blues Work”など、
ゴキゲンにスウィングしてます。
ビリンバウとアタバーキをフィーチャーしたアフロ調の“Na Onda Do Berimbau” や、
ほかにもバイーア風味の曲をレパートリーに取り入れているところが注目されます。
自作のチャチャチャなどでラウンジー気分の盛り上がる62年の“ÁLBUM №2” では、
ボサ・ノーヴァの名曲“Estamos Ai” にフィーチャーされる流麗なハーモニカ・ソロが聴きどころ。
クレジットはないですけど、この曲の作者の
マウリシオ・エイニョルンが吹いていることは間違いないでしょう。

サンバを夢中になって聴いていた70年代当時にたくさんあったサンバ・グループ、
たとえばオス・オリジナイス・ド・サンバなどのアルバムには、
エレキ・ギターやエレピが加わった、グルーヴィーでポップなサンバがよく入っていたものでした。
エスコーラ系のサンバとは異なる、こういう庶民的で親しみのあるサンバが何なのか、
当時はよくわからずに聴いていたものですけど、これがバランソだったのですね。

ジスコベルタスにはさらなるバランソの名作復刻として、同じムジジスク原盤を使って、
オルランジーヴォとジョアン・ロベルト・ケリーのリイシューを期待したいものです。

Ed Lincoln "ÓRGÃO ESPETACULAR" Musidisc/Discobertas DB070 (1960)
Ed Lincoln "SEU PIANO E ÓRGÃO ESPETACULAR" Musidisc/Discobertas DB071 (1961)
Ed Lincoln "ÁLBUM №2" Musidisc/Discobertas DB072 (1962)
Ed Lincoln "SEU PIANO E ÓRGÃO ESPETACULAR" Musidisc/Discobertas DB073 (1963)
Ed Lincoln "A VOLTA" Musidisc/Discobertas DB074 (1964)
Ed Lincoln "ED LINCOLN" Musidisc/Discobertas DB075 (1966)
コメント(3) 

ヨルバの神々を歌う アサビオジェ・アフェナパ

Asabioje Afenapa.JPG

ナイジェリア、ヨルバのポピュラー音楽は、
ジュジュ、ハイライフ、フジ、アパラなどジャンルも多彩なうえ、名盤もたんまりあるのに、
ヨルバの伝統音楽はというと、あまり記憶に残るアルバムがありませんね。
お世話になった民俗音楽のレコードなら、いくつかあるものの、
それはどちらかというと、お勉強用というか研究向きのアルバムで、
愛聴したとはいいがたいものです。

そんなことにあらためて気付かされたのは、
ヨルバの伝統音楽を歌うアサビオジェ・アフェナパという女性歌手を知ったからです。
アサビオジェ・アフェナパの07年作“ISESE L’AGBA” は、
ヨルバの伝統的なバタ・アンサンブルをバックに、女性コーラスを従え、
みずみずしい歌声で歌っていて、目の覚めるようなフレッシュさを味あわせてくれました。

一聴して連想したのが、コロンビアのトトー・ラ・モンポシーナ。
民俗色あふれる打楽器アンサンブルをバックに、
華のある歌声で歌うところが、とてもよく似ています。
歌と演奏のフォーマットは、民俗音楽そのものなのに、
ポピュラー音楽のような親しみが溢れているところは、トトーとそっくりです。

いったいどんな人なのかと調べてみたら、
74年、ヨルバランド内陸の都市イバダンに生まれ、
親はエグングン司祭という、ヨルバの伝統宗教どっぷりの家庭環境で育った人なんですね。
8歳からイバダン文化センターで歌い、
18歳でオヨ州の代表として国立フェスティバルに出場したのを皮切りにキャリアを積み、
95年から自身のグループを率い、02年に“ESO NI IRE” でデビューしたそうです。
翌03年にセカンド作“ASABI SAGBAJA” を出し、
07年6月にはパリやベネズエラほかの欧米ツアーを行い、
ヨルバの伝統音楽を海外に紹介しています。

アサビオジェ・アフェナパの3作目にあたる“ISESE L’AGBA” は
イファ、オシュン、シャンゴ、オヤ、イェモジャ、オグン、オボニ、エグングンという、
ヨルバの8人の神様(オリシャ)に捧げた曲を歌っています。
ヨルバの神々に捧げる歌とリズムというと、
ミルトン・カルドーナの“BEMBE” を思い出すファンもいるかもしれませんね。
サンテリーアは海を渡ったヨルバの宗教音楽ですから、こちらが本家本元ともいえます。

彼女のYouTubeを観ると、3台のバタ・アンサンブルが伴奏を務めていて、
大型のイヤ・イル、中型のオメレ、3本の小型の太鼓を紐で縛ったクディが使われています。
トーキング・ドラムは使われていないので、
フジやアパラのようなパーカッション・アンサンブルの妙味は味わえませんが、
なによりアサビオジェの歌声が、音楽をとびっきり豊かにしているんですね。
ナイジェリアやガーナの伝統音楽や宗教音楽のレコードというと、
退屈なものが多いんですけど、これは飛び抜けた例外的傑作です。

Asabioje Afenapa "ISESE L’AGBA" Okanran-Onile no number (2007)
コメント(0) 

ニュー・オーリンズとブルースを歌うイギリス人俳優 ヒュー・ローリー

Hugh Laurie_Let Them Talk.JPG

ジョー・ヘンリーがプロデュースした新作アルバムという触れ込みに、
CDジャケ裏の曲目を見て、目が点になりました。
レッドベリー、リロイ・カー、ジェリー・ロール・モートン、シスター・ロゼッタ・サープ、
J・B・ルノアー、ブラインド・ブレイク、ミシシッピ・シークス、
プロフェッサー・ロングヘア、ジェイムズ・ブッカーといった曲がずらり並んでいます。

ブラック・ミュージック好きにはたまらない選曲で、
アルバムの主は一体どんな人と思ったら、イギリスの有名なコメディアンとのこと。
アメリカにも進出していて、医療ドラマ『ドクター・ハウス』で医師役を演じている人だそうです。
ぼくは観たことがないので、知らないんですけども。

ヒュー・ローリーさん、なかなかの趣味人といったレパートリーですが、
よくよく眺めてみれば、「セント・ジェイムズ病院」「君去りし後」「スワニー・リヴァー」
「ジョー・ヘンリー」などのポピュラー寄りの曲に加え、リロイ・カーの「シックス・コールド・フィート」、
ブラインド・ブレイクの「ポリス・ドッグ・ブルース」といった、有名なブルース・ナンバーばかり。
選曲はさほどマニアックではないにせよ、ロバート・ジョンソンの「ゼイアー・レッド・ホット」なんて
ブルース・ファンが嫌う曲を取り上げるあたりは、コメディアンらしいウイットでしょうか。

果たしてこういうレパートリーを、ジョー・ヘンリーがどう料理しているのか、
楽しみに聴いたのですが、う~ん、さすがにスキはありませんね。
正直、主役の歌は味わいに乏しいですけど、ヒューが弾くピアノはなかなかドラマティックで雄弁。
バンドが奏でるアメリカーナ・サウンドも説得力十分で、有無を言わさず聞かせます。

ドクター・ジョンとアーマ・トーマスが味のあるヴォーカルを披露しているほか、
アラン・トゥーサンがホーン・アレンジを担当するなど、ゲストもゴージャスです。
ヒュー・ローリーさんもこの出来ばえには、さぞご満悦のことでしょう。

Hugh Laurie "LET THEM TALK" Warner Brothers 2564674078 (2011)
コメント(6) 

肝っ玉母ちゃんのブルース ヤス・ヤス・ガール

The Yas Yas Girl Volume 1.JPGThe Yas Yas Girl Volume 2.JPGThe Yas Yas Girl Volume 3.JPG

70年代のタンザニアで活躍したという幻のバンド、
ウェスタン・ジャズ・バンドのリイシュー盤(Stern's/ライス)を手にして、
ヤス・ヤス・ガールを思い出したっていうのも、われながらメチャクチャな連想ですけど、
表紙の中央に映っている女性がそっくりなんだから、仕方ありません。
じっさいヤス・ヤス・ガールの写真と見比べてみたら、小首をかしげているポーズが似てるだけで、
ウェスタン・ジャズ・バンドの表紙に映ってる女性の方が、チャーミングでしたけれども。

いったい何の話だよ、といわれそうですけど、ヤス・ヤス・ガールの話です。
ご存じですか? ヤス・ヤス・ガール。
本名はマーリン・ジョンスンという、12年ミシシッピ生まれの女性ブルース・シンガーです。
その名を知っているのは、よっぽどの戦前ブルース・マニアだけだろうと思ってたら、
Pヴァインの戦前ブルース名盤コレクション・シリーズのラインナップにのっていて、びっくり。
いやあ、どれだけ売れるんでしょ。大丈夫ですかね?なんて余計な心配をしてたら、
このシリーズは再発とのこと。再発されるくらいだから、相応に売れたんでしょうね。すごいな。

それにしても「尻尻娘」とは、なんちゅー芸名なんでしょうか。
「ヤス」は「アス」のスラングで、「お尻」の意味。ニュアンスは「ケツ」の方が近いのかもしれません。
大酒飲みで、亭主の仕事を手伝って石炭運びの職にも就いてたというんだから、
たいした肝っ玉母ちゃんだったことが偲ばれます。

なんせこの芸名ですから、上品なブルースを歌っているはずもなく、
かなりきわどいボーディー・ソング(猥歌)も歌っていたんでしょうね。
強情で直裁な歌いっぷりと、ダウンホームな味わいが好みで、
ぼくは37年の初録音からクロノロジカルに編集した、ドキュメント盤3枚を愛聴してきました。

第1集はピアノ、ギター、ストリング・ベースをバックに歌っていて、
ギターにはビッグ・ビル・ブルーンジー、ロニー・ジョンソン、メンフィス・ミニーと、
豪華な顔ぶれが並びます。スティール・ギターをバックに歌った
“Please Come Back To Home” なんて珍品が聞けるのもミソですね。
第2集はトランペットとサックスの2管がバックに付く38年5月のセッションに始まり、
第1集よりカラッと明るいジャイヴ風味の強い曲が多く、
ブルージーな第1集に比べ、華やかな印象を残します。
第3集になるとブギウギを歌ったりもしていますが、歌が弾まずちょっと重たい感じ。
ブギはあまり得意じゃなかったのかもしれません。

Pヴァイン盤の選曲は手堅くまとまっているので、
ヤス・ヤス・ガールを楽しむには格好の一枚といえます。

The Yas Yas Girl (Merline Johnson)
"COMPLETE RECORDED WORKS IN CHRONOLOGICAL ORDER VOLUME 1 (1937-1938)" Document DOCD5292
"COMPLETE RECORDED WORKS IN CHRONOLOGICAL ORDER VOLUME 2 (1938-1939)" Document DOCD5293
"COMPLETE RECORDED WORKS IN CHRONOLOGICAL ORDER VOLUME 3 (1939-1940)" Document DOCD5294
コメント(2) 
メッセージを送る