ザディコの光と影 アメデ・アルドワン
最近またザ・バンドの『南十字星』を、よく聴き返しています。
「生涯の友」と呼びたいこのアルバムは、もう何百回聴いたかわかりませんけれど、
何度聴いても胸を締め付けられるのが、「アケイディアの流木」です。
この曲の背景を知りたくて、18世紀半ばのフレンチ・インディアン戦争のことを調べたり、
ケイジャンに興味を持つようになったのは高校三年のことだから、大昔の話ですね。
ケイジャンやザディコの奥の細道へと分け入り、
ザディコのロバート・ジョンソンともいうべきアメデ・アルドワンと出会った時は、
「アケイディアの流木」のルーツに、ようやく辿り着いたような気がしたものです。
「アケイディアの流木」は、オハイオ川流域の領有権をめぐって英仏が争った、
フレンチ・インディアン戦争が舞台となっています。
フランスの植民地だったカナダのアカディア地方から強制的に追放された、
フランス系住民アカディア人の物語が、歌のテーマですね。
ちなみにフランス語では「アカディア」と発音しますから、「アケイディア」という呼び名は、
フランスを追い出したイギリス側のまなざしということになります。
アメリカのルイジアナに移り住んだアカディア人は、独自のケイジャン文化を育み、
黒人と白人の交流によって、クレオール音楽のザディコを生み出しました。
記念すべきザディコの初録音となった、黒人アコーディオン奏者アメデ・アルドワンと、
ケイジャン・フィドルの白人パイオニア、デニス・マッギーのコンビによる29年の6曲を聴くと、
「アケイディアの流木」のメロディーが、いまだ写し絵のように頭の中に巡ります。
このレコーディングは、コロンビア・レコードがブラインド・ウィリー・ジョンスンの出張録音のため、
ニュー・オーリンズにやってきた折に残されたもので、
はじめてその事実を知った時は、ブルース・ファンとしても感慨深く思ったものです。
アメデ・アルドワンはこの29年の初録音後、翌30年にブランズウィックへ10曲録音し、
大恐慌を隔て、34年8月ブルーバードに6曲録音、同年末にはニュー・ヨークのデッカに呼ばれ、
アメデ一人で12曲を録音し、生涯に34曲を残しました。
これまでアメデのCDといえば、26曲収録のアーフリー盤が有名でしたけれど、
今回新たに、全34曲を2枚のディスクに収めたリイシューCDがお目見えしました。
曲順が録音順ではなく、アトランダムなのが玉にキズですけど、
新装版で再発されたロバート・ジョンソンの2枚組と肩を並べる、アメリカ音楽の歴史的名盤です。
白人農園主のダンス・パーティーで人気者だったというアメデの華麗なアコーディオン・プレイは、
人種差別の激しかった深南部においては、きっと嫉妬と羨望の的であったことでしょう。
白人男性のリンチにあって精神を破壊され、以後は悲惨な生涯を送ったという説や、
その他にもアメデの死については諸説があり、謎に包まれたままという人物像が、
ロバート・ジョンソンをホーフツとさせます。
そんな光と影の強さゆえ、アメデ・アルドワンのザディコは、
いまなおナマナマしい響きを失わないのでしょう。
Amede Ardoin "MAMA, I’LL BE LONG GONE : THE COMPLETE RECORDINGS OF AMEDE ARDOIN 1929-1934" Tompkins Square TSQ2554
2011-05-31 00:00
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日本のジャズ・ロックの名作 川崎燎とゴールデン・ドラゴン
まだ5月だっていうのに、梅雨入りはするわ、台風は迫ってくるわで、
雨の毎日に、体調も心持も下降気味。
今年は震災ストレスも重なって、ただでさえ気分が落ち込んでいるところに、
蔓延するネガティヴ情報の毒気にあてられ、心の平静を保つのも容易じゃありません。
「こんなことではいか~ん」と、うつむきがちな顔を上げるべく、川崎燎のライヴ盤を聴いています。
フュージョン全盛期の80年に出たアルバムですが、
当時人気の高中正義、渡辺香津美といったフュージョンとは、
だいぶ毛色の違うサウンドが繰り広げられているアルバムです。
はっきりいってこれはフュージョンじゃなくって、ジャズ・ロックですね。
CBSソニー(当時)が新たに発足させたフュージョン・レーベル、オープン・スカイからの作品です。
川崎燎がオープン・スカイから出した第1作『MIRROR OF MIND』では、
マイケル・ブレッカーやアンソニー・ジャクソン、ハーヴィー・メイソンらを起用して、
コマーシャルなフュージョンをやっていました。
当時売れた様子はありませんでしたけど、90年代のレア・グルーヴ・ブームで
DJの人気盤となったのには、ちょっと驚きましたね。
キラー・チューンと騒がれた“Trinkets & Things” は、
ケニー・バレルをホウフツとさせるフュージョン・ギターの名演でした。
オープン・スカイ第1作のフュージョン路線は、
レーベルからの要求もあったんだろうと想像しますけど、
第2作の『LITTLE TREE』から、川崎は自身のバンド、ゴールデン・ドラゴンとともに、
自ら開発したギター・シンセサイザーを駆使した、独自のジャズ・ロック・サウンドを展開します。
藤原新也の『全東洋街道』の写真をジャケットに使った『LITTLE TREE』は、
無国籍でオリエンタルなムード溢れる、実験色の濃いトータル・アルバムでした。
自作のギター・シンセサイザーを操り、独自の音楽世界を繰り広げる川崎の作編曲の非凡さは、
当時のフュージョン・シーンとしては、かなり異質な存在といえました。
そして、ギル・エヴァンスのジミ・ヘンドリックス・トリビュート・アルバムにも起用された、
川崎燎のギタリストとしての才能をいかんなく発揮したのが、オープン・スカイ第3作の『LIVE』です。
手数の多いタムの乱れ打ちによるダイナミックなドラミングで始まる冒頭の「アガナ」から、
圧巻といえるパフォーマンスを聞かせます。
「アガナ」の初演は、76年のイースト・ウィンド盤『PRISM』。
ドラムスを叩いているのは同じバディ・ウィリアムズなんですけれども、
『PRISM』と『LIVE』とでは、その迫力が天と地ほども違い、
リンカーン・ゴーインズのベースとの3人によるパフォーマンスは、まさにパワー・トリオそのものです。
当時東京12チャンネルで放映されたテレビ映像が、
今ではYouTubeで観ることができるので、ぜひ観ていただきたいものですが、
集中力みなぎる川崎のイマジネイティヴな熱演は、手に汗握ります。
一方、川崎の奥方イラーナ・モリーロ(CDではイラーナ・イグアナとクレジット)のヴォーカルを
フィーチャーしたエキゾティックな曲にも、これまたゾクゾクさせられてしまいます。
ぼくは『LIVE』を、日本のジャズ・ロックが残した名作と信じていますが、
川崎の独特のアクの強さが一般受けしないせいか、
当時も今もこのアルバムはあまり評価されていませんね。
じっさい、日本ではいまだに『LIVE』『LITTLE TREE』ともにCD化されていません。
余談になりますけど、ぼくが初めてインターネットで海外からCDを買ったのが、
アメリカでCD化されたこの『LIVE』でした。
あちこちの輸入CDショップに頼んでも、なぜか海外取り寄せができなかったので、
自宅でパソコンを購入してまっさきにやったのが、アメリカのアマゾンへのオーダーだったのです。
Ryo Kawasaki and The Golden Dragon "LIVE" Satellites VACV0007 (1980)
2011-05-29 00:00
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ブラジル大衆音楽の100年
70年代サンバ・ファンには感涙もののリイシューです。
74年の暮れから75年の年明けにかけてリオのラジオ局が放送した、
歴史的なラジオ番組「ブラジル大衆音楽の100年」が、
2枚組4セットのボックスで完全復刻されたのです!
音楽研究家リカルド・クラヴォ・アルビンの監修のもと、
ブラジル大衆音楽の100年を振り返るという企画で行われたこのラジオ公開番組は、
放送時間が13時間45分にも及ぶ、壮大なものでした。
プログラムは、19世紀末のショーロ、ルンドゥーに始まり、
サンバの創生期から戦前黄金時代の名曲の数々へと流れ、
戦後のバイオーンの流行や、ボサ・ノーヴァからMPBへと、
多彩な音楽でシーンが活性化していく様を追い、
サンバが復興した70年代現代へと繋げるというもの。
当時最高の音楽家たちが大挙出演していて、
アルタミーロ・カリーリョ、アベル・フェレイラなどのショーロのヴェテランから、
カルトーラ、パウリーニョ・ダ・ヴィオーラ、エルザ・ソアーレス、ベッチ・カルヴァーリョ、
ルイス・ゴンザーガ、ジャクソン・パンデイロ、アデミルジ・フォンセカ、
ドリス・モンテイロ、ジョニー・アルフ、ペリー・リベイロなどなど、
サンバ、北東部音楽、ボサ・ノーヴァの精鋭たちが、ずらりと顔を並べています。
ブラジル大衆音楽の成立からその変遷と発展を見事に綴ったこのメモリアル・ライヴは、
放送のナレイションの部分をカットして、8枚バラ売りのLPとして発売されたんですけど、
当時このレコードはまったく日本に輸入されず、
ぼくは知り合いのつてを頼り、ブラジル駐在の方にお願いして買ってきてもらいました。
そこまでして欲しかったのは、カルトーラの弾き語りが第7集で聞けると知ったからなんですね。
ちょうどその頃、ぼくはカルトーラのマルクス・ペレイラ盤2枚にゾッコンで、
これは是が非でも手に入れねばと必死になったのです。
この第7集では、上り調子のベッチ・カルヴァーリョがすばらしい歌声を披露しているほか、
パウリーニョ・ダ・ヴィオーラやエルザ・ソアーレスも聞け、大カンゲキしたものです。
もちろんこの第7集だけでなく、アルタミーロ・カリーリョのすばらしいフルートを楽しめる第1集や、
サンバ黄金時代の名曲を堪能できる第2集など、すべてが聴きもの。
いま振り返ってみると、ブラジル音楽と70年代に出会えたのは、本当に幸運でした。
そんな70年代にサンバと出会ったファンには、格別のボックスです。
V.A. "100 ANOS MÚSICA POPULAR BRASILEIRA" Discobertas DBOX02
2011-05-27 00:00
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クレオール・コネクション マリアナ・ラモス
マリアナ・ラモスの新作は、ポルトガル語圏とフランス語圏のクレオール音楽がブレンドした、
薫り高さを味わえるアルバムとなっています。
マリアナ・ラモスはカーボ・ヴェルデ人両親のもとセネガルで生まれ、
カーボ・ヴェルデで育った女性歌手。
04年のセカンド“BÍBÍA” がお気に入りで、よく聴いたものですが、
この新作では、さらにハイ・クオリティなクレオール・ポップを聞かせてくれます。
コラデイラ、フナナー、バトゥーケ、マズルカなど島の多彩な音楽を、
アコースティックなアレンジで調理しているんですけど、
そのサウンドのはしはしから、フレンチ・カリブのセンスが感じられるんですね。
それもそのはず、バックを務めているのは、カーボ・ヴェルデのミュージシャンのほか、
グアドループ出身のベーシスト、ティエリー・ファンファンなどのフレンチ・カリブ系ミュージシャンほか、
パリに集うクレオール・コネクションとでもいうべきメンバーたち。
マダガスカル出身のアコーディオン奏者レジス・ジザヴもいます。
そのせいか、島の泣き節モルナをやっても、泣きの部分が和らぎ、
哀切の表現にふくよかさがあります。
コラデイラやフナナーなどの曲でも、カーボ・ヴェルデの伝統をベースにしつつ、
サウンドの肌触りはクレオール・ポップなセンスに富んでいて、カラフルですね。
レジス・ジザヴのアコーディオンがカクシ味として利いているほか、
弦アンサンブルやホーンもすべて生音という贅沢さがたまりません。
ゲストの歌手として同郷のジョルジ・ウンベルトのほか、アンジェリーク・キジョーも参加していますよ。
カーボ・ヴェルデのソダージ感覚は抑えめに、
ポルトガル語、フランス語、クレオール語で歌うマリアナの歌い口はとてもさわやか。
ルーラといい、マリアナ・ラモスといい、カーボ・ヴェルデ新世代は、
歌・プロダクションともにアマチュアぽさが拭えなかったセザリア・エヴォーラ世代を
完全に乗り越えた感がありますね。
カーボ・ヴェルデとフレンチ・カリブの出会いが、さらにクレオール音楽を豊かにすることを、
マリアナ・ラモスの新作が証明したのでした。
Mariana Ramos "SUAVIDANCA" Casa Verde Productions 56253-2 (2010)
Mariana Ramos "BÍBÍA" Cap-Vert «Le Petit Pays» Et Do Soul 09406-2 (2004)
2011-05-25 00:00
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セネガリーズ・フォーキー ウマール・ンジャイェ・ホスルマン
セネガルのシンガー・ソングライターだそうです。
初めて聞く名前だったので、新人かなと思ったら、これが5作目だそう。
95年のデビュー作のタイトル曲“Xoslu” がセネガルで大ヒットとなり、
ホスルマンのニックネームが付いたとのこと。
ダカール生まれ、ゴレ島育ちというホスルマンがやるのは、
アクースティックなサウンドでフォーキーに聞かせる、新しいタイプのポップス。
セネガルのポップスといっても、ンバラではないんですね。
ホスルマンが弾くアクースティック・ギターに、ハラムやコラ、
フラニの笛、タマなどの打楽器が伴奏を務め、生音中心の音作りとなっています。
ベースがエレキ・ベースではなく、ウッド・ベースというのが珍しく、
伸びのある低音の豊かなサウンドが深みを加えていて、効果的ですね。
ンバラのようなアップ・テンポのダンス・ビートはなく、ゆったりとした曲がほとんどで、
ホスルマンによれば、ウォロフとセレールのリズムをミックスし、
フラニ(フルベ)のメロディーを使って作曲をしているのだそう。
ウォロフ色の強いンバラと違って、セネガル全国区的な音楽といえるのかもしれません。
のびのびと歌うホスルマンのヴォーカルもすがすがしさがいっぱい。
ユッスーの発声ともちょっと似ていて、いい声をしてます。
歌詞の多くが子供たちや若者に向けたメッセージ・ソングだというのも納得の、
まっすぐな歌いっぷりが胸をすきます。
セネガルで90年代に始まったという、
セネガリーズ・フォーキーともいえる新潮流の1枚ですね。
Oumar Ndiaye Xosluman "TALIBÉ" Coast To Coast/Dakar Sound CTC2990536/DKS026 (2010)
2011-05-23 00:00
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ショーロという音楽の理想郷
なぜこれほどショーロに惹かれ続けてきたのか、
ようやくはっきりとわかった気がしました。
30年以上聴いてきて、いまさらなんですけども。
それは、こだわりのない自由さが、
ショーロにはあるからなんですね。
あと、演奏者が競い合わないところも。
老若男女が一緒になって演奏を楽しむという、
風通しのよさに、とても憧れるんです。
日本にはこういう音楽の場って、なかなかありませんよね。
日本だと、師匠と弟子の徒弟制みたいな、
内向きの堅苦しい関係にすぐなりがちで、
ブラジル人のようにオープンで、自由な音楽の伝えられ方というものが、
成立しにくいと思うんですよ。そんなことないよっていう実例、なんかありますかね?
ジャズでたとえるなら、アフター・アワーズのジャム・セッションだけで
伝わってきたような音楽が、ショーロだということになるでしょうか。
ジャズは、ヘタクソなプレイヤーを追っ払うために、
音楽性を高度に磨き上げて発展していきましたが、
ショーロは、音楽的な向上心で仲間を追い出すようなことはしませんでした。
演奏者同士が競い合って、芸術性を高めるという方向にいかなかったのは、
ショーロが大衆の音楽であり続けたうえで、重要な意味があったと思います。
だからこそ、ショーロの音楽性は昔と大きく変貌することもなく、
アマチュアの娯楽として、みずみずしく生き永らえることができたんじゃないでしょうか。
ショーロの命脈を保ってきたのは、裏庭に集まった庶民の気楽なパーティーの
ローダ・ジ・ショーロという演奏の場でした。
そこで若者たちは、年長のヴェテランたちから、ショーロを学び取ってきました。
徹底した現場主義というか、裏庭のローダ・ジ・ショーロこそが学びの場だったんですね。
ショーロには、バークリー音楽院なんて必要ないってことです。
この映画では、そんな様子がプレイヤーたちの証言とともに、よく捉えられています。
伝説のショーロ・グループ、エポカ・ジ・オウロの古参メンバーが、
天才バンドリン奏者ジャコー・ド・バンドリンの死によって、グループの存続が危ぶまれたのを、
若きバンドリン奏者デオ・リアンの情熱と守り立てで継続できたと語る場面にも、
ジンときてしまいました。
自分の子供の世代にもあたる若いデオに、
大ヴェテランの古参メンバーが敬意を払っているところに感動したんです。
ブラジル人の演奏家って、年長者が権威的にふるまわないんですよ。
若者を育ててきた年長者であっても、一プレイヤーとしてはお互いに対等で、
演奏を楽しみあうことがなにより大事なんですね。
そんな親と子の世代の断絶がない音楽であることも、
ぼくがショーロになじみやすさを感じる理由のひとつです。
ショーロには、反抗のモードがないんですね。
ぼくがロックになじめない最大の理由のひとつが、
反抗や対抗といった文化的モードなので、
世代の断絶がないショーロやサンバといったブラジル音楽のありかたは、
ぼくにとって理想の音楽に映ります。
ショーロをテーマにした映画ではミカ・カウリスマキ監督の“BRASILEIRINHO” もありましたが、
これもショーロの魅力の源泉をよく伝える、優れたドキュメンタリー・フィルムです。
出演はルシアナ・ラベーロ、ジョエル・ナシメント、デオ・リアン、ニルジ・カルヴァーリョ、
マウリシオ・カリーリョ、エポカ・ジ・オウロ、トリオ・マデイラ・ブラジル、パウロ・セザール・ピニェイロ、
ゼー・ダ・ヴェーリョ、ニコラス・クラシッキほか多数。英・仏・西・伊語字幕あり。
[DVD] Dir: Milena Sá "NAS RODAS DO CHORO" Biscoit Fino BF100 (2010)
2011-05-21 00:00
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ダカールのラテン・ティンジ
ダカールの蒸し暑い夜。
港から生温かい風が吹くと、むわっとした湿気とともに、潮の強い香りが漂ってくる……。
イブラヒマ・シラの編集による新作リイシュー“AFRO LATIN VIA DAKAR” を聴いていると、
そんな夢想にとらわれます。
70年代末にンバラが誕生する以前のセネガルでは、
キューバ音楽をコピーしたラテン・サウンド全盛の時代が長く続いてきました。
当時の音源は、スター・バンドやバオバブなど一部の名門楽団を除き、多くがまだ未復刻のまま。
シラール・プロダクションの新シリーズ「アフロ・ラテン」のダカール編は、
長年の渇きをいやす良質のリイシューとなりました。
思えば、30年以上も前にオランダのダカール・サウンドが出した編集盤、
“LATIN THING” 以来の復刻といえるかもしれません。
未CD化音源を多数選曲したディスク2枚に、充実した解説も付いて、
やればできるじゃん、シラール!といったところ。
なんせシラール・プロダクションは、アフリカ音楽の膨大な音源を所有しながら、
昨年のアフリカ独立50周年記念ボックスといい、
テキトーに選曲した安易なコンピレが多くって、不満がたまってたんですよねえ。
このシリーズは心を入れ替えたのか、気合いの入った仕事をしてます。
じっとりと湿ったずぶずぶな「グアンタナメラ」を聞かせるフォンセカや、
反対にキレのあるすっきりとしたサウンドのオルケストル・ダカール・バンドやハラムなど、
スター・バンドやバオバブなどのトップ・バンドだけではなく、
シングルしか残さなかったバンドも聴きどころがいっぱいです。
キューバ音楽のすかっとした明るいサウンドと違って、
湿度の高く、ねっとりとした肌触りが、いいんですよ。
ナイトクラブで踊る男女の額から流れ落ちる汗の臭いが、
夜の空気に混じり合うようで、ダカールの黒い夜を思わせます。
こういうぐしゃぐしゃっとしたサウンドは、50~60年代のハイチのメラング楽団にも通じるようで、
ぼくにはたまらない魅力なんです。
このアフロ・ラテン・シリーズは、今後もリリースが予定されているようなので、
バマコ(マリ)、コナクリ(ギネア)、アビジャン(コート・ジヴォワール)、
ヤウンデ(カメルーン)編も期待したいですね。
欧米のレコード・コレクターによる、ロック/ソウル/ファンク系音源の復刻はもう腹一杯なので、
まだまだ手つかず状態の60年代アフロ・ラテンの復刻を、精力的にお願いしたいところです。
Baobab, Negro Orchestra, Star Band De Dakar, Amara Touré, Idy Diop, Tropical Band, Fonseca, Xalam and others
"AFRO LATIN VIA DAKAR" Syllart Productions 3237562
Royal Band, Number One De Dakar, Takarnasse, Canari De Kaolack, Mar Seck
"LATIN THING : DAKAR SOUND VOLUME 3" Dakar Sound DKS003
2011-05-19 00:00
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イロリンのダダクアダ オドライェ・アレム
ナイジェリアのヨルバ人には、エグングンという仮面舞踏の伝統があります。
仮面といってもマスクではなく、幾重にも重ねた美しく装飾した布を頭からすっぽりと被り、
全身を覆っているので、仮装といった方がイメージしやすいかもしれません。
日本でいえばお盆にあたる、祖先の霊を祀る儀式エグングン祭で登場します。
エグングンをヴィデオで観ると、祭りに集まる人にムチをふりながら暴れまわり、
なかなかにワイルドな踊りのようです。
そのエグングン祭を起源に持つという口承芸能ダダクアダが、
ナイジェリア西部クワラ州の州都イロリンに伝わっています。
ぼくはオドライェ・アレムという人のダダクアダのレコードを1枚だけ持っていますが、
数台のトーキング・ドラムをバックに、リード・ヴォーカルとコーラスが
コール・アンド・レスポンスするもので、
アパラをもっとシンプルにした感じといえば、わかりやすいでしょうか。
ただしメロディーの特徴は、アパラともサカラとも違っていて、
しゃべくり芸のような節回しや、新聞詠みのような演説調となったりするところに、
ダダクアダらしさが聴き取れます。
ダダクアダというのは、ヨルバの数あるトーキング・ドラムのひとつの名前でもあり、
ドゥンドゥン、アパラ、ガンガン、アダモ、ペンケレ、ダダクアダでひとつのファミリーとなっています。
ダダクアダの歌手には、アルハジ・オモ・ケケレ、
アルハジ・ジェイバデ・アラオ、アレム・オセといった人たちがいるようですが、
ぼくが聴くことのできたのは、オドライェ・アレムひとりだけ。
60~80年代に活躍したダダクアダのもっとも有名な歌手で、すでに故人です。
アパラのような打楽器陣の厚みに欠けるものの、表情豊かな味わい深い歌い口で、
じわじわと熱くなっていくコール・アンド・レスポンスに引き込まれます。
最近そのオドライェ・アラムのCDがまとまって手に入り、
こんなローカルのマイナーなアルバムが現地でCD化されているのに、びっくりしてしまいました。
ヨルバのイスラム系音楽というと、サカラ、アパラ、フジが有名ですけれど、
ほかにも地方色豊かな伝統音楽をもとに発展した音楽がさまざまあり、
ぼくが知るだけでも、ダダクアダ、アダモ、パンケレ、イジャラといった音楽があります。
それぞれちょっと聴いただけでは、なかなか区別がつかないんですけど、
ヨルバの奥深き伝統音楽をのぞきこみたいぼくには、たまらない世界なのです。
Alhaji Odolaye Aremu and His Dadakuada Group "VOL.1 ENIYAN NLANLA N LOOO!!!" Olatubosun ORCLP021 (1977)
Alhaji Odolaye Aremu and His Dadakuada Group "VOL.2 ATI ELEREE DADAKUADA ILORIN" Olatubosun ORCLP023 (1977)
Alhaji Odolaye Aremu and His Dadakuada Group "IGBA KAN KO LAYE GBO" Olatubosun ORCLP026
Alhaji Odolaye Aremu and His Dadakuada Group "LOJO IGBEYAWO" Olatubosun ORCLP031 (1978)
Alhaji Odolaye Aremu and His Dadakuada Group "A TI RIRA KO DESIN?" Olatubosun ORCLP038 (1978)Alhaji Odolaye Aremu and His Dadakuada Group "ALAKORI-ALAKOWE" Olatubosun ORCLP039 (1978)
Odolaye Aremu "E SAALO FAYE" Olatubosun ORCLP151 (1986)
Alhaji Odolaiye Aremu "OLOWE-MOWE" Ivory Music NEMICD0654
2011-05-17 00:00
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リアル・ザディコ健在 ジェフリー・ブルッサード
うわぉ! いまどきこれだけ重量感のある本格ザディコが聞けるとは。
ザディコもブルースとおんなじで、新録ものにはあまりそそられないんですけど、
これにはやられました。
『クレオールの帰還』というタイトルにも、ぐっときますねえ。
若手プレイヤーの多くが、R&Bやヒップホップ調のオシャレなザディコをこぞってやる中で、
これだけドロドロの、エグ味たっぷりなザディコをやってるんだから、痛快です。
「スムースなザディコなんぞ、しゃらくさいわい」とジェフリーが言ったかどうかは知りませんけど、
そんな熱血サウンドがぐつぐつとたぎったアルバムです。
なんでもジェフリーは、ボー・ジョックと肩を並べる本格派ザディコの立役者だそうで、
88年結成のザディコ・フォースというバンドで活躍していたとのこと。
ザディコ・フォースはシーンでの評価こそ高かったものの、
耳ざわりのいいイマドキのサウンドでないのが災いしてあまり売れず、
結局解散してしまったのだとか。
ザディコ・フォースのCDは未体験ですが、こりゃぜひ聴いてみなくちゃいけませんね。
ソロ活動に転じたジェフリーは、
自身のバンド、クレオール・カウボーイズ(なんて素晴らしいバンド名!)を率いても、
ザディコを口当たり良く薄めるようなことはせず、濃厚な風味を保ち続けています。
この新作でも、ルイジアナの沼地にはまって泥水を噛んだような、
ざらりとしたジェフリーのヴォーカルのダウンホームな味わいがたまりません。
ジェフリーのアコーディオン・プレイでは
3曲目の“I Love Big Fat Woman” が圧巻です。
これほどディープな蛇腹の響きは、今日びそうそう聞けるものじゃありません。
フィドルも達者なところを聞かせていて、芸幅の広さを見せつけられます。
アルバム全編、直球ど真ん中のストレイトな作りとなっていて、
スーパー・ヘヴィー級のザディコをさらりと自然体でやってのける
ジェフリーのスケールのでかさに、感服させられました。
Jeffery Broussard & The Creole Cowboys "RETURN OF THE CREOLE" Maison De Soul MDS1091 (2011)
2011-05-15 00:00
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フジ黄金期の名盤CD化 コリントン・アインラ
祝! ナイジェリア、フジの歴史的名盤、コリントン・アインラの82年代表作、
“AUSTERITY MEASURE” がついにCD化されました!
四半世紀前のサニー・アデ・ブームの余波で、フジに魅入られたファンの誰もが、
夢中になったアルバムですね。CDはタイトルとジャケットが変わってしまったので、
オリジナル盤LPの写真も掲げておきます。ああ、これかと、思い出した方も多いでしょう。
そんな昔の話、知らないよ、という若いあなた。
ナイジェリアのフジに興味があるなら、このCDを聞き逃したら、一生後悔しますよ。(←脅し)
コリントン・アインラは、フジを生んだシキル・アインデ・バリスターの最大のライヴァル。
70年代からシキルと互いに競い合ってフジの流行を盛り上げ、
コリントンは「バタ・フジ」と称するトラップ・ドラムを導入した独自のスタイルで人気を博しました。
そのバタ・フジで勢いにのったコリントンの脂ののったイスラミックなこぶし回しと、
コーラスとのかけあいが堪能できるフジ黄金期の傑作がこのアルバムです。
ひさしぶりに聴き直しましたけど、雄弁なリード・トーキング・ドラムと
疾走するトラップ・ドラムの迫力に興奮のるつぼと化し、心臓バクバクもん。
やっぱ、この頃のフジはスゴイ!
ステデイなリズムをキープしながら、アクセントでタムをムチのように叩いたり、
スネアのロールを織り交ぜたり、その他各種打楽器が繰り広げる当意即妙なインタープレイにも、
世界最高のパーカッション・ミュージックといいたくなります。
コリントン・アインラの旧作CD化はなかなか進んでいなかったんですが、
80~90年代のコリントン・レコードの作品が、最近になってようやくCD化しました。
CDには曲目表示がないうえ、一部オリジナルLPとタイトル違いのものもあって、
どのアルバムをCD化したものかわかりにくいのが困りものですが、
それ以上にがっくりなのは、盤質の悪いLPから音を起こしているのが多いこと。
80年代の作品で盤おこしかよ、と文句のひとつも言いたくなりますが、
なんせナイジェリアという国ですからねえ。
マスターが残っているとしても、そんなメンドくさいことしてCD作るより、
街のカセット屋みたく、LPからダビングするように安直に作ってんでしょうねえ、きっと。
というわけで、ちりノイズばかりでなく、音トビはあるわ、歪みはあるわの
極悪CDもカタログには多数交じっているので、買う場合はそれなりのお覚悟を。
ただし、この“AUSTERITY MEASURE” をCD化した
“SWEET SIXTEEN” は音質も良く、安心です。
このアルバムは原盤がコリントンでなく、コリントンへ移籍する前のオルモで、
のちにコリントンから“SWEET SIXTEEN” とタイトルを変え、カセットで再発されたもの。
ひょっとしてカセット起こしだから、音質がいいのかもしれませんね。
近年のコリントンに往年の輝きはなく、
パワフルだったヴォーカルも、すっかり力を失ってしまいました。
シキル亡き後、一番頑張って欲しいヴェテラン・フジ・アーティストですけど、
コリントンも明らかに太りすぎで、健康の方は大丈夫なんでしょうか。
シキルが糖尿病で逝ってしまっただけに、気がかりです。
フジ黄金期の一大傑作を聴き直し、その素晴らしさに感激するとともに、
あらためてコリントンの復調を願わずにはおれません。
Alhaji (Chief) Kollington Ayinla and His African Fuji '78 Organisation
"SWEET SIXTEEN" Kollington/High Kay Dancent no number
[LP] "AUSTERITY MEASURE" Olumo ORPS132 (1982)
2011-05-13 00:00
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ジャイポンガンは生きている ララス・ケンチャナ
ひさしぶりに聴くジャイポンガンの新作。
ジャイポンガンに夢中になったのは、ダンドゥットをはじめ、
インドネシアの音楽が大きなうねりとなって日本に紹介されるようになった、
80年代半ばのことです。
エレキ・ギターやドラムスを取り入れたダンドゥットに対し、
小編成のガムランとパーカッションによるジャイポンガンの伝統的な演奏は、
当時ナイジェリア音楽漬けだったぼくにとって、
ダンドゥットはジュジュで、ジャイポンガンはフジのように映りました。
ラマダーンの目覚まし音楽だったウェレという音楽から、
シキル・アインデ・バリスターが60年代後半にフジを創り出したように、
大衆芸能のクトゥック・ティルをもとに、
ググム・グンビーラが70年代前半にジャイポンガンを創り出したという生い立ちも似ていれば、
どちらも西洋楽器が入らず、伝統楽器だけで演奏されるところも同じでしたからね。
デデド率いるララス・ケンチャナというこのグループは、クンダンのビートを強調した、
イキのいいジャイポンガンを聞かせてくれ、
フィーチャーされるシンデン(ジャイポンガンの女性歌手)たちも、
ノドの強さやキレのある歌いぶりにキャリアを感じさせる、実力者揃い。
小編成のガムランに絡むルバーブやタロンペット(チャルメラ)のねっとりとしたフレーズも悩ましく、
スローな歌のパートと、クンダンが激しいビートで煽るパートの落差の大きな場面変化に、
ジャイポンガンならではの醍醐味をたっぷりと味わえます。
90年代に入ると、ジャイポンガンの急激なブームは去り、ぱったりと録音が途絶えてしまいますが、
06年にバンドゥンの若者たちが一念発起、ジャイポンガンを復活させました。
その作品が『革新的ジャイポン』。日本でも2年遅れでリリースされましたが、
タイトルどおり、目の覚めるような「革新的」なアイディアに溢れた名作です。
ポップ・スンダのスタイルを借りた曲で、3人のシンデンにハーモニー・コーラスをとらせるかと思えば、
クンダンのビートをさらに研ぎ澄まし、現代的なリズム処理をすることで、伝統を強化させるなど、
80年代のジャイポンガンをさらに進化させたサウンドに、感激したものです。
西ジャワのスンダ地方というローカルに還ったジャイポンガンが、
若者たちの手によって、いまも逞しく息づいているのは、頼もしく思います。
もう大ブレイクなんかしなくていいから、これからもコンスタントに便りを聞かせてください。
L.S. Laras Kencana "JAIPONG ABADI" Harika HCD261 (2008)
"INNOVATIVE JAIPONG" CMN/GNP CMNK111 (2006)
「ロボット・パーカッション/イノファティフ・ジャイポン」 ライス GNR810 (2008)
2011-05-11 00:00
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アオザイに映える緑 カム・リー
越境歌手の女王がニュ・クインなら、在ヴェトナム歌手の女王はカム・リーでしょうか。
そんなどーでもいいことを、ふと思いついたのは、
カム・リーの新作が、大力作といえるすばらしい出来だったからです。
ニュ・クインの新作を聴き惚れているところに、ダブルの喜びとなりました。
長年カム・リーのことを、フツーの欧米風ポップスを歌ってる越境歌手と思っていたら、
いつのまにかヴェトナムへ里帰りして、民歌路線の中華風ヴェトナム歌謡を歌っていたんですね。
04年の“EM GÁI QUÊ” は、ヴェトナム盤には珍しくスリップケースまで付いていて、
制作陣の力の入れようがよくわかる出来なんですけど、外見ばかりでなく、内容の方も
アメリカの越境レーベルと遜色ないプロダクションとなっていて、感心させられました。
現在はホーチミンに暮らすカム・リーですが、カリフォルニアで活動していた当時は、
二人の妹ハー・フオン、ミン・トゥエットとともに、三姉妹の越境歌手として人気を集めていました。
ミン・トゥエットはカム・リーと同じポップス歌手でしたが、
ザンカー(民歌)を専門とするハー・フオンは、ぼくもお気に入りの歌手でした。
実はぼくがカム・リーを知ったのも、ハー・フオンのお姉さんとして後から知ったんです。
越境時代、ポップス寄りのアルバムが多かったカム・リーは、
ヴェトナムに帰ると、妹のハー・フオンのような伝統ポップスのアルバムを多く発表し、
アオザイがまぶしい新作ジャケットも、「ザンカー」と書かれているとおり民歌路線。
ダン・バウ(一弦琴)、ダン・ニー(胡弓)、ダン・チャイン(箏)の響きを巧みに取り入れた、
ヴェトナム色を強調したサウンドとなっています。
“Bậu Nhớ Người Thương” では、曲中にヴォン・コ(望古調民謡)のパートも織り込まれ、
ポルタメントするヴェトナム独特のゆらぐギターをバックに歌うなど、
ニュ・クインのアルバム以上にヴェトナム伝統色を押し出したサウンドが楽しめます。
カム・リーのヴォーカルは、さらっとクセがなく、実にさっぱりとしています。
情感をこめないその歌いぶりは、艶っぽいニュ・クインに比べ、
あまりにそっけなく感じるかもしれませんが、
媚のないなめらかさはリスナーを選ばず、疲れを感じさせないシンガーです。
Cẩm Ly "GIÓ LÊN" KL no number (2010)
2011-05-09 00:00
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クレオールの愛の種 ティエリー・ファンファン
これはフレンチ・カリブの美味しいとこどりですねえ。
マルチニックやグアドループのアーティストをはじめ、
パパ・ウェンバ、アンジェリーク・キジョー、ピエール・バルーなど、
数多くのレコーディングで活躍してきたグアドループ出身のベーシスト、
ティエリー・ファンファンのソロ・アルバムです。
ベーシストのリーダー作というと、ポール・チェンバーズ(古っ!)からマーカス・ミラーまで、
ベース・ソロを前面に打ち出す自己主張タイプと、
音楽性重視で自分のソロは控えめというリシャール・ボナやヤミのような人までいろいろですけど、
ティエリーは果たしてどっちだろ?と聴き始めました。
冒頭いきなりエレキ・ベースのソロに始まり、
グアドループの太鼓カ(「グウォ・カ」の「カ」です)が叩き出すリズムにのって、
ヴァイオリンとチェロが優雅なメロディーを奏でる1曲目から、ベースを弾きまくり。
これは自己主張派かなと思ったら、目立ったソロはこの冒頭1曲目と短いラストだけ。
2曲目では、ラルフ・タマールをフィーチャーした、
ダンディズムあふれる色気たっぷりのビギンにやられます。
マダガスカルの才人レジス・ジザヴのアコーディオンが島を吹き抜ける風を思わせ、
フレンチ・クレオールらしいメロディーがいっぱいの演奏は、実に爽やかです。
『愛の種を蒔こう』」というタイトルも納得のエレガントな作品に仕上がっていて、
ビギン、マズルカ、ベレ、ズークといった島の音楽に、
ルンバ・コンゴレーズや本格的なカリビアン・ジャズも飛び出すなど、
多彩なレパートリーをポップに料理していて、楽しませてくれます。
ゲストも上記のラルフ・タマールやレジス・ジザヴほか、ヴェテランのデデ・サン=プリに、
トニー・シャスール、カリーン・ギオックの歌手陣、
売れっ子ビギン・ピアニストのダヴィッド・ファックールなど、
グアドループやマルチニーク島の精鋭たちが勢揃い。
初夏を思わす5月のまぶしい太陽に似合う1枚です。
Thierry Fanfant "SIMÉ LANMOU" Aztec Musique CM2304 (2011)
2011-05-07 00:00
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3.11以後 細野晴臣
『HOSONO HOUSE』が帰ってきたんですね。
細野さんの新作『HoSoNoVa』のことです。
まるでアナログのような音の良さ。
21世紀の今、70年代サウンドの手触りが蘇るのは、
なんだか不思議というか、感慨深いものがあります。
シラケの70年代に十代を過ごした、ぼくの個人的な心情を正直に話せば、
イケイケになった80年代バブルになじめず、
あらゆる神話が崩れ、価値を共有できなくなった90年代に未来を失い、
勝ち組と負け組に色分けられたゼロ年代に、
心の居場所を見失ったという思いがあります。
ノスタルジーをことさら拒否してきたので、
シニカルな暗さと軽薄さが織り交じった70年代に、
回帰したいという気持ちはありませんでしたけど、
あの時代の感触がふたたび帰ってくることは、もはやないのだと思うと、
一抹のさみしさを感じていたのも、正直なところ少しありました。
『HoSoNoVa』には、そのもう蘇ることはあるまいと思っていた、
70年代音楽の温かみが、たっぷりと溢れているじゃありませんか。
「ろっかばいまいべいびい」が生まれ変わったような、
「悲しみのラッキースター」には、胸がつまりました。
このアルバムには、3.11以降の世界のために作られたとしか思えない響きがあります。
これは、表現者としての鋭敏な才能が招き寄せた奇跡でしょう。
天才と呼ばれる表現者は、時に時代を見越した作品を生み出しますが、
このアルバムは大震災によって喪失した何かを、恢復させる作のように思えてなりません。
3.11以前にこのアルバムを細野さんが制作し、
人々が少し落ち着きを取り戻した震災ひと月後に出たのは、まさに運命的です。
『HoSoNoVa』を聴きながらふと思い出したのが、78年に観た細野さんのステージ。
ボブ・ディランの初来日ツアーで大騒ぎとなっていた時、
東京でたった一日、ひっそりと行われたレオン・レッドボーンのコンサートに、
オープニング・アクトとして登場したのです。
会場は3.11の大震災で天井が崩れた、あの九段会館でした。
オープニングに、MGMのタイトルをもじったフィルムがホリゾントに映し出され、
ライオンの代わりに、細野さんが吠えていましたっけ。
茶目っ気たっぷりのオープニング・タイトルが消えると、
細野さんとムーンライダースのピアニスト岡田徹の二人が登場しました。
ギターを抱えた細野さんがドンカマのスイッチを入れ、
「ホンコン・ブルース」や「ジャパニーズ・ルンバ」をひょうひょうと歌いました。
平然とリズム・ボックスを使ってしまう、東京人らしい自由さがいかにも細野さんらしく、
アーティストというより、芸人さんと呼んであげたい粋さが鮮やかでした。
そのあとのレオン・レッドボーンが割を食ったのは言うまでもありません。
細野さんの音楽家としての引き出しの深さは、レオン・レッドボーンが到底及ぶものではなく、
ぼくは退屈して、途中抜けして帰ってしまいました。
細野さんのソロ・コンサートを見に行った記憶は、あまりないんですけど、
考えてみれば、要所要所で細野さんが登場するステージをけっこう観ているんですね。
そのなかでも、とりわけ忘れられないのが、このレオン・レッドボーンの前座でした。
そもそも細野さんが前座で出るなんて、役者が逆だろ?という話ですけど、
ご本人はそんなこと、まるで気にもしてないといった風情がまた、細野さんらしかったのでした。
細野晴臣 「HoSoNoVa」 デイジーワールド/レーベルズ・ユナイテッド/スピードスター/ビクター VICL63777 (2011)
2011-05-05 00:00
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バンバラ・ミクスチャー アマドゥ&マリアム
アマドゥ&ミリアムがフジ・ロックに来るんですってねえ。
フェスじゃなくって、ソロ・コンサートでじっくり観たいんだけど、
クアトロあたりでやってくれないもんかなあ。
ご存知とは思いますが、アマドゥ&マリアムは、
マヌ・チャオとの共演でロック・ファンにも広く知られるようになった、マリの夫婦デュオ。
FIFAワールド・カップ2006年ドイツ大会の公式アンセムにも、フィーチャーされました。
彼らがこれほど国際的になるなんて予想だにしなかったので、
二人の成功にぼくも祝福を贈りたい気持ちです。
今にして思えば、彼らが世界にウけたのもよくわかります。
伝統的なマンデ・サウンドをポップ化しただけだったら、これほどの成功はなかったでしょうけど、
ブルースやファンク、レゲエなどをミックスする、
マリの伝統を飛び越えたミクスチャー・センスを二人は持っていました。
さらに、サイケデリックでキッチュな感覚をあわせもつ彼ら独自の個性も、
インタナショナルな支持を集めるうえで、有利に働いたように思います。
ミクスチャーと呼ばれる音楽は、ともすればアイデンティティの希薄さに繋がりますけど、
アマドゥ&マリアムの場合、外の音楽とミックスするほどに、
泥臭くファンキーなバンバラらしさが、かえって強調されます。
これでこそ、ミクスチャーの意味もあろうというものですね。
アマドゥ&マリアムの作品で、ぼくが一番好きなのは、
やっぱり99年の“TJE NI MOUSSO” ですね。
70年代ブルース・ロックのような懐かしい響きに、
泥臭いバンバラのメロディーが乗るという、えもいわれぬ不思議な感覚に
クラクラしたのが忘れられません。
そのミクスチャーぶりは、「上手な消化」というより「強引な折衷」なんですけど、
木に竹を接いだ感はなく、妙になじんでいる感触が面白いんですよね。
さらに、中身の音楽を象徴する、
アフリカン・キッチュなジャケット・デザインの秀逸ぶりも最高です。
フランスのメジャー・レーベルが、このデザインを採用したセンスに脱帽しました。
アメリカ人にはこのウイットがわからないらしく、
アメリカ盤は民俗音楽みたいなシブいジャケットに変えてしまって、
ああ、わかっちゃないなあ、とため息が出たものです。
Amadou et Mariam "TJE NI MOUSSO" Polydor 543067-2 (1999)
2011-05-03 00:00
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砂漠への愛惜 タミクレスト
デザート・ブルースのニュー・カマー、タミクレストの2作目が早くも届きました。
昨年のデビュー作も新人バンドとしては抜きん出た実力を感じさせましたが、
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2010-05-26
本作では歌・演奏ともにぐっとディープになり、
どろりと流れ出る情念の凄味に圧倒されました。
前作にも虚無感の漂うスロー・ナンバーがありましたけど、
本作の深い哀切や愛憎の凄味には、正直たじろぎます。
これを歌っているのが20代の若者とは思えないほど、老成した味わいがあります。
砂漠に対する愛惜や郷愁など、情動の切実さが痛いほど伝わってくる歌です。
ぼそぼそと歌うリーダーのウスマヌ・モッサは、けっしてうまい歌手じゃありませんが、
彼の楽曲の良さが、ざらりとした情動をあまさずに伝えています。
ウスマヌのソングライティング能力の高さは、
デザート・ブルースのミュージシャンの中でも抜きん出ているんじゃないでしょうか。
さらにこのバンドのいいところは、ドラムスが入っても、ビートがロック的にならないところ。
手拍子やユーユーが交叉するニュアンス豊かなリズムを、
ドラムスの割り切ったわかりやすいロック・ビートは台無しにしてしまうので、
トゥーマストのようなロックに走るバンドをぼくは好きになれないんですけど、
タミクレストのドラムスはそれがちゃんとわかっていて、好感度大です。
今回のジャケット・デザインも、前回のデビュー作とセンスが似ていて、
ネックレスのギターのペンダントが、なんとも「カワイイ」ですね。
中身のディープさとは裏腹のこの女子センスは、
コーラスの女性たちによるものなんでしょうか。
ぼくもこのペンダント、欲しいな♡
Tamikrest "TOUMASTIN" Glitterhouse GRCD721 (2011)
2011-05-01 00:00
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