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ユニークなアフリカン・コンポーザー イドリサ・スマオロ

Idrissa Soumaoro.jpg

イドリサ・スマオロという名に誰それ?と思ったのですが、
マリの名門バンド、アンバサドゥールでサリフ・ケイタや
アマドゥ・バガヨコと一緒に活動していた人とのこと。
そんな人いたっけと、資料をひっくり返してみたら、
たしかにイドリサがサリフと一緒に並んでいる、アンバサドゥール時代の写真がありました。

80年代にイドリサが作曲した“Ancien Combattant” が大ヒットを呼んだものの、
アフリカ全土で海賊版が出回ったことでイドリサはすっかり音楽ビジネスに嫌気がさし、
盲学校の教師へ転身したんだそうです。
そのイドリサが長いブランクを経て音楽活動を再開し、
本作で3作目を数えるそうですが、これがなかなか面白いんです。

ソングライティングが巧みで、マンデ・ポップはもとより、ブルース、ラテン、フラメンコなどなど、
いろいろな音楽を吸収したメロディーを書けるという希有な才能の持ち主。
アフリカのアーティストで、こういうタイプのコンポーザーというのは珍しいですね。
アンバサドゥール時代、客の求めに応じてどんな音楽でも演奏をしたから、
いろいろな音楽が身についたというような解説がありましたが、
それだけではない、この人ならではの柔軟な消化力がモノをいっているように思います。

ブルースの“Sigui Ka Fô”、オリエンタルふうなリフが耳残りする“Bô Kolo”、
ソウル・バラードの“Awnitié”、ワスル・サウンドの“Bèrèbèrè”、
ルンバ・フラメンカの“Mbaou Fo”、アフロ・ラテンの“Femmes, Je Vous Salue”、
カリブぽい“Né Ni Musiki”、アラビックな“M’mansou”とヴァラエティ豊かな曲調を、
丸みのある落ち着いた声で歌うイドリサのヴォーカルは、上手くはありませんが、味があります。

05年にアリ・ファルカ・トゥーレと録音した曲もあり、
レコーディングにはじっくりと時間をかけたようです。
また、それぞれの曲に的確な楽器編成とアレンジを施し、
センス良くまとめあげたフランソワ・ブレアンの仕事ぶりが光ります。
フランソワが絡んだレコーディングって、ほんとにハズレがありませんね。
伝統だけに縛られない、こんな歌謡性に富んだアフリカン・ポップもなかなかいいものです。

Idrissa Soumaoro "DJITOUMOU" Syllart Productions/Lusaffica 526442 (2010)
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スティールパン÷ダブ=涼 ミーモ

20100826_miimo.JPG

スティールパンをフィーチャーしたダブ・バンドというと、リトル・テンポ以来でしょうか。
ミーモという愛らしいバンド名に惹かれ、試聴してみたら、
涼しげなスティールパンの響きにダビーなベースを加えた1曲目の“Party Dub” から、
すっかりとりこになってしまいました。
青く澄んだ夏の空にぽっかりと浮かぶ白い雲を見るような、すがすがしいサウンドです。

エレクトロニカな音響を兼ね備えながら、歌ものを印象づけるメロディー・センスが、
彼らが叙情派ダブと呼ばれるゆえんでしょうか。
ミントの香り漂う心地よいサウンドと、蜃気楼のようなあわーいメロディーが合わさって、
ヒーリング効果をもたらしてくれます。
ゲストで加わったピアニカの音色も相性ぴったり。
アグレッシヴなビートを伴うトラックでも、チル・アウトな涼感は変わりません。
今月、毎朝の通勤ウォーキングの定番となり、
ムヤヨ・リフでたっぷり汗を流したあとの、クール・ダウン用として活躍してくれました。
2010年の酷暑を乗り切った一枚として、今後記憶に残りそうです。

そのミーモのミニ・ライヴが26日、新宿のタワレコであったので、仕事帰りに観てきました。
お客さんがぜんぜん集まらなくって、ちょっと気の毒でしたけど、
フックの効いたしなやかなドラムス、手堅いベース、カラフルな音作りをするスティールパンと、
たった3人とは思えぬ厚みのあるサウンドを生み出していました。
3人とも涼しい顔で淡々と演奏を進めるその様子から、
メンバーそれぞれが相応のキャリアの持ち主とわかります。

全体にはエレクトロニカの印象が強く、ダブへのこだわりはあまり感じられません。
ドラムスがコンテンポラリーでもフリーでもいけそうなスゴ腕とにらんだんだけど、どうだろう。
発展しだいでは、今後もっと面白くなりそうなミーモ、注目していこうと思います。

ミーモ 『ミーモ 3』 amorfon miimo3-2010 (2010)
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富山から世界へ スキヤキ・オールスターズ

20100825_Chiwoniso.JPG

楽しかったぁ~、昨日のスキヤキ・オールスターズ。
アフリカン・ポップスの楽しさを心から満喫した、気持ちのいい一夜でした。

今年で20周年を迎えた富山南砺市のワールド・ミュージック・フェスティバル、
スキヤキ・ミーツ・ザ・ワールド。
さすがに富山は遠くて、いまだに一度も体験できずにいますけど、
こういう音楽フェスが地方に根付いていることって、本当にすばらしいことだと思います。
東京のような都会で開かれる大企業頼りの音楽フェスだったら、
20年続くなんてありえないでしょう。

集客力のある大物アーティストを呼ぶわけではないとはいえ、
来日するアーティストの顔ぶれを見るたび、
しっかりとした目利きによって選ばれていることにも、感心させられます。
それで昨年思わず「観たかったなぁ」と地団駄を踏んだのが、ジンバブウェのチウォニーソ。
今年また再来日すると聞き、「あぁ、今年もまた見逃しかぁ」と諦めモードだったんですが、
なんとスキヤキ・オールスターズというフェスティバル発のセッション・バンドで、
東京に一夜だけやってくるというではありませんか。やったっ!
これは何がなんでも駆けつけなきゃと、当日仕事の出張先から、ばびゅーんと向かいましたよ。

ステージ最前列のど真ん中、
チウォニーソの目の前に陣取って踊ってたリーマンは私です。アハ。
オープニングが“REBEL WOMAN” 収録の“Kurima”。
CDより逞しくなった歌声にほれぼれしました。
デビュー当初の華奢な歌声も、いまではすっかりジンバブウェのお母さんという感じ。
こぼれる笑顔がとっても愛らしい人ですね。
で、お目当てはチウォニーソだったんですが、曲が進むにつれ、
セッション・バンドとは思えぬコンビネーションの良さに、ぐいぐい引きつけられ、
メンバーそれぞれの個性を引き出したレパートリーとその自在な演奏ぶりに、夢中になりました。

サウンドのカナメとなっていたのは、サカキマンゴーとトーゴのギタリスト、ピーター・ソロ。
ピーター・ソロはCDで聴く限り、コンゴリーズ・ルンバもアフロビートもなんでもこなす器用さが、
なんだか没個性に感じたりもしてたんですが、
ライヴではその柔軟な音楽性が、メンバーを一つにまとめる接着剤となっていました。
痩身なルックスもなかなかにカッコよく、女子から盛んに黄色い声も集めていましたよ。
カメルーンのエリック・アリアーナのヴォーカルも良かったし、
ステージを盛り上げるサカキマンゴーのショーマンぶりも、すっかり板に付いてますね。

お客さんもよかったなあ。スキヤキから追っかけてきた熱心なファンも一部にはいたようだけど、
ほとんどの人はぼくと同じで、富山には行けず今日を楽しみにきた人たちだったように思います。
ハチロクのポリリズムでも自然に踊れる、
アフリカン・ポップスの楽しみ方をちゃんと知っている人たちばかりで、
アフリカ音楽ファンが育ったことを実感します。

それにしても、こんなスゴイバンドが実現したなんて、正直びっくりです。
あとで話を聞くと、単なるセッション・バンドではなく、
スキヤキで出会ったアーティストたちが1年がかりの共同作業を経てできたユニットとのこと。
だからこそ、あの一体感だったわけですね。
このあと韓国をツアーし、その後にアフリカ・ツアーも企画されているとのことで、
「レコーディングもするんでしょ?」と訊いてみたら、「もちろん!」とのことで、
ぜひライヴ・レコーディングしてほしいなあ。

「スキヤキ・ミーツ・ザ・ワールド」その名を体現したスキヤキ・オールスターズ。
ツアーが大成功を収め、また凱旋コンサートをやってくれること、期待してます!

Chiwoniso "REBEL WOMAN" Cumbancha CMB-CD8 (2008)
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温故知新 オキシデンタル・ブラザーズ・ダンス・バンド・インターナショナル

Occidental Brothers Dance Band Intl.jpg   Occidental Brothers Dance Band Intl_back.JPG

いかにもハイライフらしいバンド名に、ジャケットだと思いませんか。
バックインレイ(写真右)なんて、いかにもアフリカ気分満点のビジュアルで、
二十年前ガーナにひと月滞在した時、アクラの野外ディスコで踊った
アフリカン・ブラザーズ・バンド・インターナショナルを思い出しました。

でも、バンド名を良く読むと、「オキシデンタル」とあるとおり、
ガーナのバンドではなく、アメリカのシカゴで活動する白黒混成バンドなんですね。
ギタリストのバンド・リーダーとシンガーがガーナ人で、ほかはアメリカ人。
だからなのか、ガーナのハイライフのリズム・セクションがぐだぐだになりがちなのに、
タイトに引き締まっていて、本場ものを凌ぐ演奏を聞かせてくれます。

ハイライフをベースに、スークースを取り入れたアフリカン・ポップを聞かせるんですが、
このテのマルチ・カルチュラルなバンドにありがちな、
本場ものを水で薄めたような味気なさとは無縁。
重量感のあるリズム・セクションなど、
ガーナのハイライフの弱点を補って余りあるところを聞かせます。

また感心したのがレパートリーで、
なんとジャン・ボスコ・ムウェンダの「マサンガ」とハイライフの古典「ヤー・アンポンサー」という、
アフリカン・ポップス史に残るシブい曲を取り上げています。
「マサンガ」ではジャン・ボスコ・ムウェンダのギター奏法を消化したうえで、
ゲストのヴァイオリンとともに、ユニークな弦楽アンサンブルを聞かせ、
ハイライフの古典「ヤー・アンポンサー」では、
クワメ・アサレの28年録音を忠実にコピーするという研究熱心ぶり。
いまやスタンダードとなっている「ヤー・アンポンサー」とはいえ、
アクースティック・ギター、ベース、拍子木の編成で、
オリジナル録音に迫るカヴァーをしたなんて例は、初めて聴きました。

バンド・リーダーのギタリスト、ノサンニェル・ブラドックは、ジャン・ボスコ・ムウェンダ、フランコ、
ドクチュール・ニコから影響を受けたと言っているくらいなので、
相当なアフリカ音楽研究家のようです。
現在バンドは、サンバ・マパンガラともコラボをしていて、レコーディング中とのこと。
今後も注目したいバンドです。

Occidental Brothers Dance Band International "ODO SANBRA" Occidental Brothers no number (2009)
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21世紀のブルーズン・ソウル トゥトゥ・ジョーンズ

Tutu Jones.jpg

くぅーっ! 出だし5秒で、総毛立ちました。
21世紀の今、これほど力のこもったブルーズン・ソウルが聴けるなんて。
のっけの1曲目から、Walking the back streets and crying~♪ などと歌ったりして、
リトル・ミルトンを意識しているのは、わかりやすいほどなんですけど、
70年代の焼き直しじゃん、なんて悪口を言わせぬ説得力があります。
リトル・ミルトンはもちろんのこと、ジョニー・テイラーやZ・Z・ヒルといった
ブルーズン・ソウル系シンガーをホウフツとさせるディープなアルバムです。

トゥトゥ・ジョーンズを知ったのは、これがはじめて。
テキサス出身のブルースマンだそうで、熟成した歌声から想像できるとおり、
すでに相応のキャリアを積んでいるようですが、近年はレコーディングから遠ざかっていたらしく、
本作は11年ぶりのスタジオ録音とのこと。
フェンダー・ローズとB-3オルガンに、なつかしのメンフィス・ホーンズと、
オヤジ泣かせのサウンドが、これでもかとばかりぶちこまれ、もう泣くしかありません。
うぉん、うぉん、うぉーーーーーん。

それにしても、このヴォーカルと演奏の一体感、サウンドのナマナマしさは、格別ですね。
スタックスやハイ・サウンドのリヴァイバルを狙った作品というのも、
いろいろありましたけど、このナマナマしさを再現することができませんでした。
たとえば80年代のマラコだって、どこかカラオケぽいというか、
歌と演奏が遊離した印象をぬぐえなかったのではないでしょうか。

重厚なリトル・ミルトンに比べ、どこか身のこなしが軽快なところも、
21世紀のブルーズン・ソウルらしくって、いいじゃないですか。
いい曲ばっかの全曲が自作ってのも、頼もしいかぎり。
全9曲40分弱というコンパクトさも、レコードみたいで気分がいいですね。
円熟した音楽が好物のぼくには、たまらない一枚です。

Tutu Jones "INSIDE OUT" Soul Tone no number (2009)
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オレンジ・キュラソー・レディー ジョヴァンカ

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ジョヴァンカの“WHILE I’M AWAKE” は、春からずっとヘヴィー・ローテーションの一枚。
こんな上質のポップスと出会えたのは、いったい何年ぶりでしょ。
ソング・ライティングのうまさ、ベニー・シングスのプロダクションもさることながら、
ジョヴァンカのチャーミングな声にメロメロです。

舌っ足らずなおこちゃま声の歌手なら、クサるほどいても、
成熟したレディーのコケティッシュな声ってのは、なかなかいないもの。
ジョヴァンカのこの声こそが、彼女の才能ですね。

そのジョヴァンカが来日するっていうので、観てきました。
17日、ビルボードライブ東京の2ndステージ。
10代の頃から、オランダを代表するモデルとして数多くのファッション・ショーに参加し、
「エル」や「コスモポリタン」の表紙を飾るほか、
ヨーロッパのトップ・モデルとして活躍しているだけあって、見事にステージばえする人で、
迫力のある容姿と目力の強さに、ハートずきゅんでした。
ラヴリーな声はCDのままで、これほど外見と声のイメージが違う人も珍しいですね。

ステージに立っているのが嬉しくってしょうがないといった様子の、
ういういしいパフォーマンスぶりが好感度高しで、
日本公演の最終ステージということもあり、オーディエンスへの感謝を繰り返していました。
今回の来日では買物三昧もし、箱根のロープウェイに乗ったりと、
3週間の滞在ですっかり日本を堪能したらしく、日本語もするすると出てきます。
「コドモノコロノオモイデ」というので何かと思えば、なんと「かえるのうた」を披露。
人柄も、めちゃくちゃカワイイ人ですね。

その次に歌ったラテンぽい曲(“I Remember” か?)も良かったなあ。
英語じゃない言葉が出てきたので、ひょっとしたらパピアメント語だったのかも。
振幅のあるリズムと伸びのある歌に、ジョバンカのラテンの血がかいまみれました。
はじめてジョヴァンカを知った時、オランダ人で黒人というので、
スリナムの出身かと思いましたが、キュラソーの移民二世と知って、なるほどとナットク。
ライヴ終了後、「キュラソーの歌を歌ったアルバムも、いつか作ってほしいな」といってみたら、
「そんなリクエストははじめてよ。ぜひやってみたいわ」と答えてくれたので、期待できそうです。

Giovanca "WHILE I’M AWAKE" Dox DOX093 (2010)
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叛逆児の夏 ムヤヨ・リフ

Muyayo Rif.jpg

くそ暑い夏をぶっとばせとばかりに、痛快なバンドがバルセロナから登場しました。
「ほ~ら、バテてる場合じゃねーぞ。元気出せー!」と、
あふれんばかりのエネルギーを放射しまくります。
素性をよく知らぬまま、試聴した印象が良くって買ってきたのですが、すっかり引き込まれて、
毎朝の通勤時のウォーキングを景気づける、格好の一枚となっています。

ぼくの場合、ウォーキングは1年365日、台風が来ようが大雪になろうが、
毎朝晩、通勤時二度の30分速歩がやみつきになって、もう8年になりますけど、
今年の夏は、歩き終えた後に流れる汗の量がハンパじゃないです。
でもムヤヨ・リフのサウンドを聴いていると、
全身から滝のように噴出す汗の不快さも忘れ、気分は爽快。

最高記録更新しまくりのこの夏にピッタリのこのバンドは、
ラジオ・ベンバ・サウンド・システムのベーシスト、ガンビートがプロデュースした新人バンド。
3人のホーンズに、エンジニアやマネージャーまでがメンバーに数えられて、総勢11人。
バルセロナのストリートでの演奏活動を制限する、公徳法に反対して制作された
コンピレーション・アルバム“BARCELONA POSTIZA” にも参加していました。
ゲストにコスト・リコの女性ヴォーカルのメリ、チェ・スダカのレオ、
ラジオ・ベンバのフリオが参加しているのは、バルセロナ・コネクションそのままですね。

レゲエ、スカ、ルンバをミクスチャーしたロック・サウンドにのせ、
スペイン語・英語・フランス語を交えてアジるように歌うスタイルは、まさにマヌ・チャオ直系。
バルセロナのミクスチャー・ロック・バンドって、ツカミはいいんだけど、演奏が雑なのが多くて、
2~3度聴くとイヤになっちゃうことが多いんですけど、
このバンドの演奏力は確かだし、音楽性も豊かで、その逞しさ、ホンモノです。

夏フェスにぴったりといった感じのバンドで、フジロックに来たら盛り上がりそうですねぇ。
酷暑の2010年の夏を記憶する1枚となりました。

Muyayo Rif "CONSTRUMÓN" Kasba KM00410 (2010)
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スーダンのヴェテラン健在 アブデル・カリム・エル・カブリ

Kabli in Ethiopia.JPG   Balad Alsamahat.jpg

スーダンの首都ハルツームが砂漠の中の廃墟のような街だったのは、ひと昔前の話。
中国やアラブの投資マネーによる建設ラッシュで、街は見違えるほど変貌を遂げたようです。
中国語のネオンサインが飾られたホテルや、湾岸諸国によくある奇抜な形のホテル、
巨大ショッピングモール、大型スーパーマーケット、レストランなどなど、
その復興ぶりを写真で見ると、かつての荒れ果てたハルツームが嘘のようです。

そんなハルツームの復興を象徴するように思えたのが、
スーダン歌謡の大物、アブデル・カリム・エル・カブリの新作です。
新作では短く「カブリ」と名乗っているアブデル・カリム・エル・カブリは、
スーダンのポピュラー音楽黄金期にあたる60年代から活躍するヴェテラン歌手。
詩的な才能を発揮するとともにスーダンの北部、東部、中央部の民謡を発掘し、
スーダンの文化的アイコンとして高く評価されている人です。
かつてPヴァインからイギリス盤の『リマーザ』が出たこともあるんですけど、
いまでは覚えている人もあまりいないかもしれませんね。

Su'aad.jpg

そのアブデル・カリム・エル・カブリが健在であることを知ったのは、ちょうど10年ほど前。
99年作の“SU’AAD” ではカブリが弾くウードに、
アコーディオン、オルガン、ヴァイオリン5台、タブラ2台、
ギター、ベース、コーラスを伴奏に、往年のスーダン歌謡をたっぷりと楽しませてくれました。
カブリの自主レーベルによる制作で、プレスはカナダ製。
インレイの印刷もきれいで、簡単な解説も付いていました。
レコーディングはハルツーム、ミックスはエジプトで行われていて、
打ち込みに頼りがちのお隣の国エチオピアン・ポップより、はるかに上質な仕上がりでした。

ただ残念なことに、カブリのレーベルのほかには、スーダン人在外コミュニティから
スーダン音楽専門のレコード会社が登場することはなく、
アメリカ、ワシントンのコミュニティから活発なリリースをするエチオピアン・ポップの影に、
スーダニーズ・ポップが隠れていたのは事実でした。

すっかり音沙汰が途絶えていたスーダン音楽だったので、
カブリの新作2作が突然届いたのは、もう嬉しいったらありませんでした。
08年作の『エチオピアのカブリ』の方は、オーケストラ編成の生演奏ではなく、
ホーンズとドラムス代用の打ち込みを使った、近年のエチオピアン・ポップのプロダクション。
全曲ダンス・チューンで女性の喉声も響き渡るなど、
なかなかに華やかなアルバムとなっています。
そしてさらに素晴らしいのが、最新作“BALAD ALSAMAHAT” の方。
マラヴォワを思わせる艶やかなヴァイオリン・セクションの響きもゴージャスなら、
サックスやピアノをカクシ味的に使ったオール生音のプロダクションは、
これぞスーダン歌謡の醍醐味。
横揺れのスウィング感も心地よく、少しソフトになったカブリの歌声を包み込みます。

ZAMAN AL NAS.JPG

さらに嬉しいのは、ヴィンテージ録音のCD化も進んでいたこと。
スーダンで80年代にベスト・セラーになったという73年作の“ZAMAN AL NAS”は、
ドンカマに導かれ、エレピ、サックス、エレキ・ギター、ベース、ドラムスが
キャバレーのハコバンふうの演奏を繰り広げます。
庶民的ムードいっぱいのありし日のスーダン歌謡が楽しめるばかりでなく、
1曲カブリのウード弾き語りも聴けるというスグレモノ。

Fi Aiz Allil.JPG

80年代の録音と思われる“FI AIZ ALLIL” は、
まるっこい音頭ふうのビートにのってカブリの低音ヴォーカルがよく映えます。
民謡調のメロディーがのどかな雰囲気を醸し出し、
後半のレゲエ似の後のりリズムも楽しいですね。

Hafl.jpg

そして圧巻は、88年のライヴ盤“HAFL (LIVE CONCERT)”。
観客が熱い反応を示すオープニングから熱気むんむん。
ウードを弾きながら一言一言を噛みしめるように歌うカブリに、ぐいぐいと引き込まれます。
中盤からは、横揺れの心地よいスウィング感あふれるダンス・チューンが続き、
アコーディオン、エレキ・ギター、ベース、ボンゴ、
ヴァイオリン・セクションの伴奏による柔らかなグルーヴに、
身体が自然に動き出してしまいます。
観客の歓声や拍手など、会場の様子をよく捉えた録音も臨場感いっぱいで、
コンサート会場に居合わせている気分になれます。

スーダン製CDなので、ディスクはCD-R、
インレイも表紙のペラ紙一枚だけの粗末なものですが、
内容の充実ぶりに、もっとヴィンテージ録音が聴きたくなりますねえ。
<エチオピーク>シリーズみたくスーダン音源を発掘しようって人、誰か現れないもんですかね。

近作では、カブリのほか大物のムハンマド・ワルディも出していて、
ムハンマド・アル・アミーンや若手女性歌手ハルム・アルヌールなどとともに、
少しずつではありますが、現在のスーダニーズ・ポップスが聴けるようになってきました。

それにしても、世界中のポップスのビートがますますソリッドになっていく現在、
スーダンほど丸っこく朗らかなリズム感を持つポップスがあるのは、奇跡的とも思えます。
経済の復興とともに、スーダニーズ・ポップスの今後の展開を期待したいものですね。

Kabli "KABLI IN ETHIOPIA" Kabli Trading & Inv. Co no number (2008)
Kabli "BALAD ALSAMAHAT" Kabli Trading & Inv. Co no number (2009)
Abdel Karim A. El. Kabli "SU’AAD" Kabli Trading & Investment Co KTI1999 (1999)
Abdel Karim Alkabli "ZAMAN AL NAS" Kabli Trading & Inv. Co no number (1973)
Abdel Karim Alkabli "FI AIZ ALLIL" Kabli Trading & Inv. Co no number
Abdel Karim Alkabli "HAFL (LIVE CONCERT)" Kabli Trading & Inv. Co no number (1988)
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ホワイト・グナウィ アマジーグ・カテブ

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ようやく届いた元グナワ・ディフュージョンのリーダー、アマジーグ・カテブのソロ・アルバム。
昨年フランスでリリースされたのに、いっこうに日本へ入ってこないし、
日本盤リリースの話も流れてしまい、何がどうなっているのやらとヤキモキしていました。
ようやく最近になって無事日本にも入荷するようになりましたけど、
インナーの謝辞に「あらゆる妨害をして私に闘争を強いた、わが敵たちに感謝します」とあり、
完成までにもいろいろと紆余曲折があったようですね。

アマジーグで忘れられないのは、4年前に来日した時の早稲田大学での講演です。
彼はその講演で、
「世界の多くの音楽は、奴隷の文化を起源に持っている」と熱弁をふるいました。
グナワは、16世紀に北アフリカへ連れてこられた黒人奴隷たちが創り出した音楽ですが、
アマジーグによれば、本来自分たちの言葉でない言葉(アラブ語)で、
本来自分たちの宗教でない宗教(イスラム教)のために作った、
いわばアメリカのニグロ・スピリチュアルと同じ音楽であり、
バイーア起源のサンバやジャマイカのレゲエも、グナワの仲間だというのです。

アマジーグはグナワをそう捉えることによって、アルジェリアの伝統と近代化の間に横たわる
拭いきれない断絶と不和をなんとか和解させ、融合したいと考えているようでした。
かつてアルジェリア人が、黒人を奴隷化した加害者であることを十分に自覚しながら、
文化的多様性を認め合うことの重要さを強調する
アマジーグのメッセージは十分理解するものの、
その饒舌すぎるメッセージはどこか抽象的で、観念論のようにも聞こえてなりませんでした。
ぼくが気になったのは、アマジーグがアルジェリア社会を外側から見つめていることで、
その立ち位置から語る言葉は、テロと内戦の90年代をサヴァイブしたアルジェリア人に、
はたして説得力を持つのだろうかということでしした。

そこでぼくは不躾ながら、
「マトゥーブ・ルネースをどう評価するか」と質問してみたのですが、
それまでの饒舌さからは一転、あいまいな答えではぐらかしました。
ぼくの問いもいささか意地悪だったかもしれませんが、
明快に答えられぬところに、亡命インテリの限界を見たような気がしたものです。

講演のあと、ぼくはアマジーグに
「レゲエとの共闘より、シャアビとの共闘を期待します」と言ったのですが、
それは誤解を招く言い方だったかなあと、あとになって反省したのでした。
アラブ、ベルベル、カビールなど分断されたアルジェリア社会の、
政治的アイデンティティの閉鎖性をブチ破ろうとするのなら、
レゲエのような世界標準化された音楽の力を借りて抽象化するのではなく、
アルジェリア歌謡を巻き込んだサウンドで、アルジェリアの人の心をつかんでほしい。
そんな思いで言ったつもりでしたが、あんな短い言葉じゃ、伝わるはずもありません。

それでもアマジーグは、イヤな質問や妙な意見を投げつけるおかしな日本人にも丁寧に接し、
手渡したCDに“FOR A JAPANESE GNAWI” とサインを入れてくれたのでした。

Amazigh Autograph.JPG

あれから4年、アマジーグのソロ・アルバムを楽しみに待っていましたが、
正直いって、もっとロック色が強まるんだろうなと予想していたのです。
ところが、あにはからんや、
なんとアルジェリア音楽へ接近した内容となっているじゃありませんか。
ラガ色が後退し、シャアビやライなどアルジェリア音楽を広範に扱ってマグレブ色を強めたのは、
まさにあの時ぼくが意見した方向性そのもので、正直びっくりです。

もう嬉しいったら、ありません。
ムース&ハキムがオリジンヌ・コントロレで、見事なアルジェリア移民歌を歌い上げたのも
刺激になったのかどうかはわかりませんが、アマジーグのこの方向性、ぼくは大賛成です。
ぜひこのアルバムが、アルジェリアで売れることを強く願わずにはおれません。
フランスや世界のワールド・ミュージック・ファン相手のセールスをあげることより、
アマジーグの思いがアルジェリア人に届くことの方が、はるかに意味があるはずですから。

Amazigh "MARCHEZ NOIR" Iris Music 3002 009 (2009)
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テクノクンビアのアイドル ルツ・カリーナ

Ruth Karina_Sangre Caliente.JPG   Ruth Karina_Sigue Mi Ritmo.JPG

ペルーにテクノクンビアという音楽があることを知ったのは、
10年前に住んでいた鶴見で馴染みにしていた、ペルー料理レストランでのことです。

店でペルーのテレビ番組を流してたんですけど、
いやー、最初に見た時のインパクトはすごかったですよ。
女性シンガーとダンサーのアマゾン裸族風コスチュームに、
はじめはあっけにとられ、次に吹き出してしまいました。
ビキニのおねーちゃんたちが、カラフルな鳥の羽を頭にいっぱい飾り立て、
腰を上下左右に揺り動かし、両足ぱっくり開いてダンス、ダンス、ダンス。
まー、お下劣♡
オヤジ涎じゅるじゅる、ガキんちょ大喜びのおばかダンスを繰り広げます。

はっきりいってそこのペルー料理、ぜんぜん美味しくなかったんですけど、
「ねー、テクノクンビアのヴィデオかけてよ」と、よくリクエストしたものでした。

テクノクンビアは、ゲリラ組織センデロ・ルミノソと政府軍との衝突が激化し、
リマへ大量に逃げ出したアンデス住民の間で生まれたチーチャが、歌謡ポップ化したものです。
アンデスの楽器をエレキ・ギターやドラムスに持ち替え、
ワイノのメロディーとクンビアのリズムをミックスしたチーチャは、80年代に大きく発展しました。
チャカロンやロス・シャピスといったスターも生まれ、
アンデス系住民の間で爆発的ヒットを呼びますが、
リマの一般市民からは、ガラの悪い連中が好む音楽と毛嫌いされていたようです。

Chacalon Y La Nueve Crema.JPG   Los Shapis.JPG

じっさいチーチャのドンだったチャカロンは殺害されてしまったし、
チーチャが聞かれる酒場では、ケンカや殺人がたえなかったといいます。
それが90年代に入り、クンビア色を強めてポップ化し、アイドル歌手も登場するようになり、
テレビの歌番組によって全国区的な人気を呼ぶようになったとのこと。
ぼくがレストランで見せてもらっていたのは、そんなヴィデオでした。

Rossy War.JPG   Agua Bella.JPG
Euforia_BAILANDO CON EUFORIA.JPG   Euforia_SEGUIMOS BAILANDO.JPG

10年前当時、蒲田に在日ペルー人たちが集まるお店があって、
テクノクンビアのCDもたくさん置いてありました。
ビキニブラ+ホットパンツ+黒革ロングブーツの姐御ロッシー・ワールや、
ガール・グループのアクア・ベジャなど、
その頃がテクノクンビアの一番華やかりし頃だったと思います。
音楽的にはチープなものですが、ぼくはエウフォリアというバンドをひいきにしていました。
ルツ・カリーナはエウフォリアの看板歌手で、
ソロ独立後にリリースしたアルバムもよく愛聴したものです。

不確かな情報ですが、ルツは01年に来日したというウワサを聞いたことがあります。
もしウワサが本当なら、観たかったですねえ。
アマゾン・コスチュームのダンサーも来たのかしらん。
最近はとんとテクノクンビアの話題も耳にすることがなくなり、新作CDも見かけません。
クラブ方面でのクンビア・ブームでふと思い出したのですが、
その後テクノクンビアはどうなったんですかね。

Ruth Karina Y Su Grupo Pa' Gozar "SANGRE CALIENTE" Iempsa IEM0416-2 (2000)
Ruth Karina Y Su Grupo Pa' Gozar "SIGUE MI RITMO" Iempsa IEM0490-2 (2001)
Chacalon Y La Nueve Crema "EL FARAON DE LA CHICHA" Horoscopo Pasteles Verdes CD001
Los Shapis "UNIENDO AMERICA" Colibri CDCOL00001450 (1994)
Rossy War Y Su Banda Kaliente "NUNCA PENSE LLORAR" Warner Music no number (1999)
Agua Bella "CARIÑO LOCO" Iempsa IEM0417-2 (2000)
Euforia "BAILANDO CON EUFORIA" Iempsa IEM0339 (1998)
Euforia "SEGUIMOS BAILANDO" Iempsa IEM0375-2 (1999)
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未来世紀コロンビア システマ・ソラール

Systema Solar.JPG

おお、そうくるか~。
はっちゃけたサウンドに思わず相好を崩しながら、そのネタ使いの深さにウナらされました。

コロンビアから登場した新世代グループ、システマ・ソラールのデビュー作。
いやー、痛快ですねえ。
アフロ系コロンビアの伝統音楽を、ヒップホップやダンスホールのマナーで
現代的にアップデイトしているわけなんですが、
これはなかなか「言うは易く行うは難し」の試み。
じっさい、これほど鮮やかにやってのけた例って、はじめて聴いた気がします。

ハウスやテクノで育った若者が生み出したデジタル・クンビアがいい例ですけど、
コロンビアの豊かな伝統音楽の魅力をさんざん知ったオヤジには、
正直新味に感じるところは少なくって、重低音の音響がウルサイだけ。
かといって、保守丸出しなクァンティックがいいかといえば、
あんなお手軽の演奏じゃ、こちとらの身体はぴくりとも動きません。
なんかもっと違う伝統の再構築の方法があるんじゃないかなあと思っていたので、
システマ・ソラールのアプローチは、まさしくツボでした。

もともとコロンビアには、雑食性の強いミクスチャー音楽を生み出してきた伝統があります。
クンビアにサルサやカリブ系のリズムをごった煮にして生まれたソン・カリベーニョや、
スークースを取り入れたチャンペータなどがそのいい例。
チャンペータなんかは、コロンビア版のサウンドシステムともいえるピコで発展したからこそ、
あのハチャメチャな雑食性を獲得したわけで、
やんちゃな若者がテクノ、ブレイクビーツでアプローチしたのは、
至極真っ当というか、大正解なわけですね。

若さほとばしる直感で、伝統音楽をサンプリングしたチョイスも確かなら、
未来世紀コロンビアを予言するかのような突き抜け具合は、
バングラ・ビートのパンジャビMCのデビュー時を思い起こさせます。

Systema Solar "SYSTEMA SOLAR" Chusma CR002 (2010)
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二十歳の夏物語 ジョン・クレマー

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大学3年の夏休み、友だち4人で南の島へ遊びに行きました。
当時付き合っていた彼女と、ぼくの友だちとその彼女というカップル二組で行ったんですけど、
旅の途中、それぞれのカップルでいろいろなぎくしゃくなどもあったりして、
う~む、今思えば青春映画のようでしたね。
夏が過ぎ、季節がめぐる頃には、ぼくも友だちも互いに彼女と別れてしまったので、
まさしく、ひと夏の恋物語でありました。

そんな旅行中の記憶が染みついているのが、ブラジリアン・フュージョンの本作。
ジョン・クレマーのテナー・サックスが熱くブロウし、
ホルヘ・ダルトのエレピも負けじと激しく疾走する1曲目の9分を超す大曲“Brazilia”は、
レンタカーを借りてビーチへと向かうドライヴ中に聴いたナンバー。
海が待ちきれないワクワクとした気分を、いやおうなく盛り上げてくれたものです。

このアルバム、真夏の太陽の下が似合うアッパーなナンバーはこの1曲目だけで、
あとはミディアム・スローなメロウ・チューンばかり。
ジョン・クレマーの書くメロディーはセクシーで、時にエロティックです。
オスカル・カストロ・ネヴェスのアクースティック・ギターとヴィクター・フェルドマンのピアノが、
ムーディーなメロディーの輪郭を際立たせ、恋人たちの時間を演出します。

泳ぎ疲れ、けだるくなった身体にやさしく流れる“Bahia”、
うたたねする彼女の寝息とともに聴いた“Tropical Snowflakes”、
日焼けした背中に彼女が爪を立てた“Copacabana”、
ホテルへの帰り道、渋滞にひっかかった車の中で、日没前の強い西日を受けながら、
ぼんやりと聴いていた“My Love Has Butterfly Wings”。
そのひとつひとつが映画のワン・シーンのように、二十歳の夏の甘い記憶を蘇らせます。

John Klemmer "BRAZILIA" MCA MCAD5864 (1979)
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真夏の白日夢 リトル・テンポ

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脳ミソも溶け出しそうな酷暑の午後。
こんな時間にぴったりの音楽はないかと、棚から引っ張り出してきたのが、
リトル・テンポのデビュー・マキシ・シングル。

スティールパンとスティール・ギターが渾然一体となって、
白日夢のようなサウンドを奏ではじめると、
なんだかもうどーでもよくなってきて、
リトル・テンポのサウンドに浸ったまま、午睡へと誘われます。

当時リトル・テンポを聴いて、日本のレゲエもここまで来たかと感慨深く、
なんだか誇らしい思いがしたもんです。
だって、こんなサウンド、ジャマイカ人にもイギリス人にもできっこないですもん。
日本人ならではのセンシティビティというか、オリジナルなサウンド表現が息づいています。

リリース当時、エディ・リーダーとリントン・クウェシ・ジョンソンが
フィーチャリングされているのにも驚きました。
エディ・リーダーはまだしも、リントンが共演をOKしたってのはスゴイですよねえ。
デビュー前のバンドが支払えたギャラなど、大した額ではなかったはずで、
リトル・テンポへの音楽的な共感を得られたからこそ、共演が実現できたのでしょう。

リントンのポエトリー・リーディングが加わると、サウンドもぐっと重心が下がって、
白日夢なんて雰囲気は吹っ飛んじゃいますが、
リトル・テンポのしなやかなビートは、ここでも不変です。

次作の『RON RIDDIM』では、空間と間の取り方に東洋の美意識がはっきりと刻み込まれ、
そのダブ・サウンドには、水墨画を見るような思いがしました。
その後リトル・テンポは、日本のダブ・バンドとしての地位を確かなものとしましたが、
ぼくが好きなのは初期のこの2作ですね。
とりわけ今もときどき引っ張り出しては聴くのが、このミニ・アルバムです。

Litttle Tempo 『USUAL THINGS』 カッティング・エッジ CTCR11052  (1999)
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のんびり、ゆっくり タニー&ザ・ボーイズ

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うだるような猛暑の毎日に、もうなーんにもしたくなくなりますね。
こんな時は、カリブののんびりとしたフォーク・ソングでも、ぼけーっと聞いてるのが一番。
そこで手が伸びるのが、タニー&ザ・ボーイズ。
カリブ海小アンティルのリーワード諸島にある、セント・マーティンという島のグループです。

島の名前は英語名ですが、政治・行政的には、
島の北部・南部でフランス領とオランダ領に分割されていて、
北側はフランス領のサン・マルタン(Saint Martin)、
南側はオランダ領のシント・マールテン(Sint Maarten)となっています。
血塗られた植民地奪取の歴史の痕跡が、こんな小さな島にもくっきりと残されているわけです。
ビーチのすぐ真上を、エール・フランスのジャンボ機が飛ぶ観光地としても有名なんですけど、
写真で見たこと、ありませんか?

このアルバムは、そのセント・マーティン島の南側、
オランダ領シント・マールテンで出されたもの。
92年にカセットでリリースされたアルバムが、07年にCD化されました。
カリプソ、メレンゲ、トゥンバほか島のフォークロアを、
バンジョー、クアトロ、ギター、アコーディオンの編成で、
おじいさんたちが軽快に歌っているんですね。
アコーディオンの音色も涼しげな風通しのいいサウンドが心地よく、
ハンモックにでも揺られながら聞けたら、気持ちいいでしょーねー。
古老たちの枯れた歌声も、極上の味わいです。

3年前このCDの存在を知り、ネットでいろいろ探してみたものの、
島のストアでしか売っていないということがわかり、がっくり。
でも、そんなんで諦めるようなヤワな私じゃございません。
シント・マールテンの観光局に問い合わせ、CDを制作した会社を教えてもらい、
その会社にメールして、なんとか直接購入する手はずを整えました。
先方がクレジット・カードを扱えず、
ウェスタン・ユニオン経由の外国送金しか受け取れないというので、
ウェスタン・ユニオンを扱ってるスルガ銀行の横浜支店までわざわざ出かけたりして、
いや、そらもう、えらい手間ヒマがかかりました。
そんな末、ようやく3ヶ月後に、手元にCDが届いた時は、嬉しかったですねえ。

いまでこそクリックひとつで、世界中から簡単にCDを買える便利な世の中になりましたけど、
昔はこれが当たり前だったんですからね。
海外からレコードを輸入するには、英文レターのイロハから覚えなきゃならない。
ぼくも二十代の頃、貿易実務なんちゃらとかいう通信講座で勉強しましたよ。
当時の個人輸入は、時間がかかる、手間がかかる、金がかかるの三重苦でした。
いい世の中になったもんです。

Tanny & The Boys "FÊTE : THE FIRST RECORDING OF TRADITIONAL ST. MARTIN FESTIVE MUSIC" Mountain Dove MDR0107 (1992)
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ベケの末裔が残した異色作 フィリップ・ラヴィル

Philippe Lavil.jpg

おととい土曜日のレコード・コンサート、
「フレンチ・カリブの誘惑 ~ マルチニック、グアドループのクレオール・ミュージック」には、
大勢のお客さまにお越しいただき、ありがとうございました。
今日はレコード・コンサートでかけられなかった、
フィリップ・ラヴィルの知られざるユニークなアルバムを取り上げたいと思います。

フィリップ・ラヴィルは、プランテーション経営のためマルチニックに移民してきた、
白人入植者ベケの末裔。
少年期にパリへ渡り、トロピカル系フレンチ・ポップスのアイドル歌手として成功した人です。
黒人にとっては、かつての征服者側の人間で、
レコード・コンサートでかけたビギンやカダンスのミュージシャンと出自も異なり、
選曲の流れにもそぐわないので、紹介のチャンスがありませんでした。

日本でフィリップ・ラヴィルが知られているとすれば、
90年に郷ひろみが「Wブッキング」のタイトルで、
フィリップの“La Chica De Cuba”をカヴァーしたことくらいでしょうか。
女性ファンをきゃーきゃー騒がせるキャラ立ちは、同じ位置にあるといえる二人です。
ワールド・ミュージック・ファンには、
ジョセリーヌ・ベロアールとデュエットした88年の“KOLÉ SÉRÉ”や、
マラヴォワの92年作“MATEBIS”へのゲスト参加で知られていますね。

そんなフィリップが3年前にリリース本作のジャケットには、ドギモを抜かれました。
なんと、俳優ロバート・ミッチャムが57年に残した名作“CALYPSO IS LIKE SO...”のパクリ。
カリプソ・マニアには有名なアルバムとはいえ、一般に知られているようなアルバムではなく、
ポップ・スターがよくまあこんなマニアックなまねをと、びっくりさせられたものです。

1曲目こそロバート・ミッチャムのアルバムと同じく、
マイティ・スパロウの「ジーンとダイナ」をやっていますが、
本格的なカリプソのレパートリーは、ほかにジャマイカ産の「ビッグ・バンブー」があるくらい。
ほとんどは、気分はカリプソふうな自作曲で埋められています。

ロバート・ミッチャムが本格的なカリプソ・アルバムを作りながら、
『気分はカリプソ』と謙虚なタイトルだったのに、
フィリップ・ラヴィルのタイトルがすばり『カリプソ』とは、少々厚かましいですね。
歌も英語ではなくフランス語なので本格的なわけがありませんが、伴奏は凝ってます。
クアトロをフィーチャーして、カイソを思わせるノスタルジックな雰囲気を醸し出すほか、
アンディ・ナレルが弾くスティール・ドラムも、近年の改良されたパンではなく、
ブリキ缶の響きも懐かしい旧型のものを使い、
50年代のオールド・カリプソの雰囲気を溢れさせています。

ロバート・ミッチャムの“CALYPSO IS LIKE SO...”がリリースされてから半世紀。
21世紀の今となって、ロバート・ミッチャムのアルバム絡みで
このアルバムを手に取るマニアの数などたかが知れており、
とてもヒットに結びつくとは思えません。
それでもあえてやったのは、フィリップがこのアルバムに
並々ならぬ思い入れがあったからなのでしょうか。

ベケの末裔が残した異色作、日本ではまったく話題になりませんでしたが、
このまま忘れ去られるには、ちょっと惜しいアルバムです。

Philippe Lavil "CALYPSO" Cream/RCA 88697112662 (2007)
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