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理容師のショロン ゼー・バルベイロ

segura a bucha.jpg

サンパウロで活躍するヴェテランの7弦ギタリスト、ゼー・バルベイロのリーダー作。
最近のお気に入りのショーロ・アルバムです。
ゼーは52年の生まれで、本職は理容師さんというミュージシャン。
これが初リーダー作というのだから、アマチュアのショーロ・ミュージシャンにとって、
ソロ・アルバムを作るのがいかに難しいか、わかろうというものですね。
実力からすれば遅すぎるデビュー作なのですが、
さすが演奏はヴェテランらしく、懐の深さをくっきりと示しています。

7弦ギタリストのリーダー作というので、弦楽アンサンブルの編成かと思えば、
フルート、サックス、クラリネットの3管入りなのだから、驚かされます。
弦楽器奏者のリーダー作としても異例だし、
今日びのショーロで3管も入るのはとても珍しいです。
しかもその管楽器に存分にソロを取らせ、ゼー自身はほとんど裏方に徹しています。
自分のリーダー作というのに、この自己主張のなさっていったい何、と思ってしまったほど。

でも、それこそがほんとのショロンっていう感じがして、嬉しいじゃないですか。
オレがオレがの世の中でも、ショーロはそんな自己顕示とは無縁な音楽。
ミュージシャン同士それぞれが演奏を楽しむことに、
ショーロという音楽の良さがあるのですからね。

ライナーをバンドリン奏者のルイス・ナシフが書いていて、
この人のCDをたしか持っていたなあと思い出し、棚から引っ張り出してみたら、
ちゃんとゼー・バルベイロが参加していました。
このCDはRGEが倒産して廃盤になってしまいましたが、
その後ジャケットを変えてクアルッピから再発され、いまでもたまにCDショップで見かけます。
ぼくはローダ・ジ・ショーロの雰囲気いっぱいのジャケットが気に入っていたので、
洒落たジャケットに変わってしまったクアルッピ盤を残念に思ってましたけど、
いまやクアルッピもすべて廃盤となってしまったので、見かけたら即買いの1枚ですね。

Luis Nassif.jpg   Nosso Choro.jpg

ところで、ルイス・ナシフのCDライナーを見ていたら、
演奏はコンジュント・ノッソ・ショーロとクレジットされていて、
またまた、えっ!と思ってしまいました。
ノッソ・ショーロの97年作は、これまたぼくの大好きなショーロ・アルバムの1枚です。
いやー、これまで、ルイス・ナシフのアルバムとのつながりを全然意識してませんでした。
あわててCDを取り出してみたら、ほんとだ、ちゃんとゼー・バルベイロがいる。
デビュー作は遅かったものの、90年代からレコーディングの機会はあったんですね。

今回のデビュー作は、このノッソ・ショーロと趣が似通っていて、
ブレイクを多用したリズム・アレンジが聴きどころとなっています。
メンバー全員がのびのびと演奏しながら、リフなど決めるところはピシッと決めていて、
そのハツラツとした演奏ぶりに、心が浮き立ちます。

Zé Barbeiro "SEGURA A BUCHA!" Funarte no number (2009)
Luis Nassif "RODA DE CHORO" RGE 7040-2 (1996)
Nosso Choro "NOSSO CHORO" CPC-UMES CPC505 (1997)
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極寒のトロピカル マルクシャイダー・クンスト

Cafe Babalu.jpg

ミゲリート・バルデースの名曲「ババルー」をモチーフにした、
オープニングのタイトル曲“Café Babalu”にヤられちゃいました。
やる気のなさそうな脱力ヴォーカルに、
スライド・ギターが偽ハワイアンなムードをまき散らすというまがまがしさ。
そのダルな歌と演奏にあっけにとられていたら、
中盤からトレスが加わってキューバふうになるアレンジ。

いったいどこの国のバンドかと思えば、
バルト海沿岸のロシア極寒の都市サンクトペテルブルクのバンドだとのこと。
よくまー、そんな土地でこんな能天気なトロピカル・バンドが出てきたもんだ。

人を食ったトラックはこの1曲目が一番で、
2曲目からはスカをベースに、レゲエ、サルサなどのラテン音楽から、
ジプシー・スウィング、アフロビート、コンゴリーズ・ルンバまで網羅した、
多彩なミクスチャー・サウンドを聞かせます。

このテのミクスチャー・バンドというと、バルセロナあたりのバンドだと、
パンクぽい不良性が全面に出ますが、
このバンドはもっとオヤジくさいユーモアやウイットに富んでいるところが魅力。
スカ・バンドにありがちな単調・イケイケ系にならないところもいいですね。
演奏力が高く、歌より演奏のパートに比重が置かれているのも、実力の表れでしょう。
ノルウェーのファーマーズ・マーケットとも比類するライヴ・バンドといえそうです。

Markscheider Kunst "CAFE BABALU" Gala GL10510 (2008)
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フォークロア+エレクトロ シャンガーン・エレクトロ

Shangaan Electro.jpg

南アの辺境からおもしろいダンス・ミュージックが登場しました。
その名も、シャンガーン・エレクトロ。
南ア北部リンポポ州と、モザンビーク、ジンバブウェにまたがって暮らす
ツォンガ人のストリート・ダンス・ミュージックです。
シャンガーンはモザンビークの民族名で、
南アではツォンガと呼ぶものと思っていましたが、
最近では南アでもシャンガーンと呼ぶんですね。

さて、そのシャンガーン・エレクトロですが、
木琴をサンプリングした打ち込みを異常に早いテンポで打ち鳴らし、
痙攣するようなビートを繰り出すダンス・ミュージックです。
プロデューサーのノジンジャにいわせれば、「シャンガーンの連中は遅いと踊らない」んだそうで、
BPM180ぐらいの速さが、シャンガーン・エレクトロの肝とのこと。
要するに、木琴を使った伝統的なダンス・ミュージックを、
そのままエレクトロ化したっていう音楽なんですが、
ダンスホールやポンチャックにも通じるおマヌケな感覚が面白いですね。
わざわざチープな音を選んでるようなサウンドがユーモラスで、軽妙さが魅力です。

辺境ローカルのフォークロアなダンス・ミュージックをエレクトロ化するのが、
近年のアフリカン・ポップの新傾向で、これもそのひとつというわけですね。
クドゥロにはアタマが痛くなるだけのぼくですが、
このフォークロア版ミニマル・テクノ(?)みたいなサウンドには、ココロ惹かれました。

BBC, Tshetsha Boys, Mancingelani, Zinja Hlungwani, Tiyiselani Vomaseve, Nkata Mawewe
"SHANGAAN ELECTRO : NEW WAVE DANCE MUSIC FROM SOUTH AFRICA” Honest Jons HJRCD52
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2010年アフリカン・ポップの最高作 バロジ

Baloji.jpg

2010年上半期ベスト? いやいやいや、そんなもんじゃないですよ。
2010年最高作だと、はや宣言しちゃいましょう。
在ベルギーのコンゴ人ラッパー、バロジが、とんでもない傑作をものにしました。

「アフリカの年」から半世紀、コンゴ独立50周年を記念する今年にふさわしい、
コンゴ独立を祝うグラン・カレとアフリカン・ジャズの名曲、
“Indépendence Cha Cha”のカヴァーからアルバムはスタートします。
しかもバックは、故ウェンド・コロソイのバンドというこれ以上ない演出に、
オールド・ファンは泣くしかありません。

ラッパーのアルバムだというのに、全編生演奏なんだから、シビれます。
人力ならではのザラッとした音の質感と、アーシーなサウンドがたまりません。
オールドタイミーなホーンズをフィーチャーしたルンバ・コンゴレーズをはじめ、
バロジの強いこだわりで多くの曲にフィーチャーされたという、
バラフォンの響きも嬉しいじゃありませんか。

そして、なんといってもアルバムの最高の呼びものは、コノノNo.1と共演したトラックです。
YouTubeで話題沸騰となった、埃まみれのキンシャサのストリートでラップする、
バロジのクールなことといったら!
フォルクロールに眠る霊魂が蘇り、バロジに憑依したかのようです。

DVDには、この曲とさきほどの“Indépendence Cha Cha”のPVが収録されていて、
メイキング・ドキュメンタリーともにCD本編の価値を高めています。
そのヴィデオを観るたびにホレボレするのが、バロジのナイス・ガイぶり。
ベルギーでファッション・モデルやってるんじゃないかと思うほど、
立ち姿、歩き姿がキマってます。
ファッション誌に登場したら、日本の女子も注目必至だと思うんですけど、どーでしょう?

バロジの自作曲(共作含め)を中心としつつ、上記「独立チャチャ」のほか、
マヌ・ディバンゴやジョニー・ブリストルにマーヴィン・ゲイのカヴァーもあり、
マーヴィン・ゲイの“I'm Goin' Home”をカヴァーした“Nazongi Ndako (Part 1)”では、
アンプ・フィドラーにザイコ・ランガ=ランガのコーラス隊が参加しています。

ベルギーから連れて行ったミュージシャンと、
キンシャサ現地で起用したミュージシャンとのコラボもツボにはまりまくって、
ゲスト・ミュージシャンの起用も含め、プロジェクト・スタッフが良い仕事をしてます。
なんでもキンシャサのミュージシャンたちに、ロクなギャラを払わなかったとかで、
クラムド・ディスクのプロデューサー、ヴィンセント・ケニスさんが
ボロクソに言ってるとかの話ももれ伝わってきてますけど、
ともあれ今年度最高のアフリカン・ポップ・アルバム、まだの方は、ぜひ。

[CD+DVD] Baloji "KINSHASA SUCCURSALE" EMI 5099962993128 (2010)
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クール&ビューティー スラマ

Surama_Som Livre.JPG

真夏の昼下がり、エアコンのよく効いたところで聴きたい、もうひとつの定番がこれ。
イタリア在住ブラジル人モデル兼女優、スラマのデビュー作です。

上に掲げた写真は、06年にリリースされたブラジル盤。
オリジナルは、前年の05年に“E'STATO FACILE” のタイトルで出たイタリア盤ですけど、
艶然とスラマが微笑む見目麗しいブラジル盤のジャケットの方が
クールな音楽とよくマッチしているので、こちらを載せました。

スラマはニューヨークでモデル・デビューを果たし、パリ、イタリアへと活動の場を広げ、
ヘルムート・ニュートンをはじめ、J・R・デュラン、マルコ・グラヴィアーノといった
名だたるフォトグラファーのモデルを務めた、超一流のモデルさん。

まー、そういう人ですから、歌は当然余芸なわけで、歌唱力なんか期待しちゃいけません。
雰囲気勝負の舌っ足らずなウィスパー系ヴォーカルであります。
といっても、成熟したお姉さまのアンニュイ・ヴォイスなので、
アイドル歌手の幼児声には虫唾が走るぼくでも、まったく問題ございません。

このアルバムの売りは、なんといってもサウンド・プロデュース。
セルソ・フォンセカが務めただけあって、
ボサ・テイストのMPBのなかでも、超一級品のおしゃれなアルバムに仕上がっています。
イタリア系伊達男のトッキーニョがゲスト参加してスラマとデュエットするほか、
フランス語で歌ったナンバーもあり、セレブなイタリアンMPB(なんのこっちゃ?)を堪能できる、
クール&ビューティーな逸品といえますね。

そのシャレオツなアルバムの個人的使用法といえば、
仕事で客先を回る移動中に、iPodで聴くのがもっぱら。
どんな酷暑だろうと、外回りせにゃならぬ悲しき営業マンは、
汗まみれで湯気が立ち上るカラダの熱を、エアコンの効いた電車で追い払い、
耳からうたたかの偽セレブ気分を流し込み、ひとときの涼をとっているわけです。
がんばれ、じぶん。

Surama "SURAMA" Som Livre 0364-2 (2006)
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サムシング・クール ジューン・クリスティ

June_Christy_-_Something_Cool_St-1.jpg   JuneChristy Something Cool Mono.JPG

あぢー。
梅雨明けしたとたん、「アフリカか!」てな毎日ですが、
みなさまいかがお過ごしでしょうか。
暑すぎて家から一歩も出たくないような真夏の昼間、
エアコンできんきんに冷やした部屋で聴くお決まりの定番が、
ジューン・クリスティの“SOMETHING COOL”。

いわずと知れたジャズ・ヴォーカルの大名盤ですが、
ぼくが定番としているのは、60年に再録音したステレオ・ヴァージョンの方。
ちょっぴり声の枯れた、ジューンのハスキー・ヴォイスが好きなんですよねー。
大学1年生の時、最初に聴いたのがステレオ版の方で、
勤め人になってからモノラル版を聞いたんですけど、ステレオ版を愛しすぎていてダメでしたね。
モノラル版の方が声に潤いがあるのは確かなんですけど。

CDになってからは、ジャケが混乱しているのが困りものです。
モノラル版はジューンが目を閉じていて単色、
ステレオ版はジューンが目を開けていてカラーなのは、ご存知のとおり。
53~55年のモノラル録音をコンプリートに収録したCD表紙が、
なぜかステレオ版のカヴァーで出ていて、
モノラル版とステレオ版を2イン1で出したCDが、モノラル版のカヴァーで出ています。
2イン1の方でステレオ版を聞くぼくにとっては、表紙がモノラル版なのは違和感ありあり。
日本盤では正しく出ていたと思いますが、
アメリカ盤を買った人のなかには、中身を勘違いした人もいるんじゃないでしょうか。

[LP] June Christy "SOMETHING COOL" Capitol ST516 (1960)
[CD] June Christy "SOMETHING COOL : THE COMPLETE MONO & STEREO VERSIONS" Capitol Jazz 7243-5-34069-2-9 (1955/1960)
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夏が来た! タニヤ・サン=ヴァル

Tanya St. Val.JPG

夏だ!海だ!ていう年ではもうないですけど、夏が来ると、やっぱ気分はアガります。
毎年、夏気分を盛り上げる定番となっているのが、タニヤ・サン=ヴァルの“MI”。
これを聴かなきゃ、夏は始まらないという、ぼくにとって最高のアルバムです。
タニヤ・サン=ヴァルの最高傑作ってだけじゃなく、ズークを代表する1枚でしょう。

ズークは85年のカッサヴの大流行で、一躍カリビアン・ポップの最前線に躍り出ましたけど、
ごく短い期間の流行で終わり、あっという間に失速してしまいました。
このアルバムがリリースされた94年は、ズークにとって、もはや宴のあとの時代。
でも音楽的な成果でいうと、90年代に入ってからの方が、実りある作品が多く出たように思います。

ズーク登場当時のDX7を中心にしたデジタル・サウンドは、
はじめこそカッコよく響きましたけど、
次第に打ち込みの硬質なサウンドが耳につき、すぐに飽きがきました。
そもそもズークは島のホームランドで熟成された音楽ではなく、
フランスへ移民したスタジオ・ミュージシャンたちが、
パリでクリエイトした音楽だったことに、足腰の弱さがあったんでしょう。

90年代になると、DX7中心の80年代サウンドを脱皮して、
生音で勝負する傾向がズーク・シーンにも生まれてきます。
一方、R&B/ソウルへ接近するベクトルもあって、
タニヤもつまんないブラコン・ズークを作ったりもしてますが、
この“MI” ではパーカッションの生音をサウンドの要にして、
タニヤの生まれ故郷のグアドループへと回帰しています。

その強力なパーカッション陣を担っているのが、
パーカッションを中心に総勢30名近いメンバーを擁する、
グアドループのカーニヴァル・バンド、アキヨです。
このアルバムでは11人が参加し、ヴィデなどグアドループの伝統リズムを叩き出しています。

タニヤも島の娘らしいセクシーな歌声を響かせ、水を得た魚のよう。
ブラコン・ズークを歌っている時とは、声のうるおいがぜんぜん違います。
アクースティック・ギターを要所要所に効果的に使い、
ズークのデジタルぽさを抑えたサウンドづくりも成功しています。
全曲捨て曲なし。ラストのとびっきりチャーミングな“Bye Bye”まで、
みずみずしいカリビアン・サウンドがいっぱいで、夏満開です。

Tanya St. Val "MI" Philips 526548-2 (1994)
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お悔やみ パウロ・モウラ

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ブラジル音楽界最高のクラリネット兼サックス奏者、
パウロ・モウラが7月12日に亡くなったそうです。享年77。
毎年新作をリリースし、精力的に活動していたのになぜと思いましたが、
ガンだったとのこと。あまりに唐突な訃報は、ショックでした。

パウロ・モウラは、日本でサンバ・ブームが巻き起こった79年、
「ブラジリアン・カーニヴァル」の団長として来日し、全国公演を行いました。
ぼくは、スピック&スパンや長谷川きよしと共演した、
六本木ピットインのライヴを観たのを覚えています。
何年か前に、ジョイスのゲストで来日した時は、
ゲストなんかで来る人じゃないよ、とフンガイしたもんです。
パウロのグループでライヴを観たいなあと思ったものですが、それも叶わなくなってしまいました。

パウロ・モウラは、ショーロ、サンバ、ガフィエイラ、ボサ・ノーヴァ、ジャズ、クラシック、
そのすべてに精通したマエストロでした。
前にも書いたことがあるように、ショーロが好きなぼくにとっては、
83年のショーロ・アルバム“MISTURA E MANDA”が一番好きなアルバムですけど、
今日はもうひとつのフェバリットであるジャズ・アルバムを聴いて、ご冥福をお祈りしたいと思います。

そのアルバムは、33年生まれのパウロ・モウラの先達にあたる、
17年生まれのクラリネット兼サックス奏者カシンビーニョの曲を演奏した、99年ライヴ録音です。
カシンビーニョもショーロ、サンバ、ガフィエイラ、ジャズなどさまざまな音楽を演奏した人で、
数多くの名曲を作曲した作曲家としても知られる人です。
“MISTURA E MANDA”のラストに、カシンビーニョの“Ternura”が収録されていましたが、
このライヴ・アルバムでも再演しています。

ぼくの大好きなハーモニカ奏者マウリシオ・エイニョルンと
ギターのネルソン・ファイアがサイドを務め、二人のプレイはまさしくジャズそのものなのですが、
パウロ・モウラの歌心あふれるクラリネットの演奏は、
やはりショーロがベースとなっていることを強く感じさせます。
ジャズ・プレイヤーで、パウロのようにアドリブすべてがメロディーになる人といえば、
ポール・デズモンドくらいしか、ぼくには思いつきません。

Paulo Moura "K-XIM BLUES" Rob Digital RD046 (2002)
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魂が震える歌 O・V・ライト

O.V. Wright.jpg

アメリカのアマゾンに6月リリースの予告が載って以来、首を長ーーくして待っていました。
いわずと知れたサザン・ソウル不朽の名作、
O・V・ライトの“A NICKEL AND A NAIL AND THE ACE OF SPADES”でっす!
ボックスに手を出さず、ガマンしてたご同輩のみなさま、出ましたよーーー。

端麗辛口なこのアルバムを、あまりにも偏愛しすぎたせいで、
O・V・ライトのほかのアルバムを、ぼくはどーしても受け付けられません。
ソウル・ファンの間では“MEMPHIS UNLIMITED”が最高作ということになっていますけど、
ぼくには、あのアルバムの演奏は甘口に感じられてダメなんですよね。
初めてサザン・ソウルに魂抜かれたのが、このアルバムだったせいもあって、
ぼくにとってこのアルバムは生涯ベスト級の、かけがえのないものなのです。

O・V・ライトの歌の圧倒的な力。
聴く者の胸ぐらを掴み、ぶんぶんと手荒に振り回しながら、
気付くとすっかりO・V教信者に仕立てられる快感といえばいいのでしょうか。
はじめてこのLPを聴いたときの衝撃は、大きかったですねえ。
なんせ買ったその日からふた月近く、このアルバムばかり聴いてましたから。
一日に何度も何度も繰り返しかけるもんだから、母親にいやがられて、
「いーかげんにしなさいっ、何回聞いてるの!」とたしなめられたもんです。

出だしの「ドーーーーーーン・レッ・マイ・ベーーーイビー・ラーーーイッ!」と
振り絞るように歌うO・Vのヴォーカル、何百回聴いても、胸が締め付けられます。
う~ん、やっぱO・Vのヴォーカルは説教師だぁ。ゴスペルそのものですね。
今考えると、前回のチャーリー・パットンといい、15・16の多感な思春期に、
一生付き合える名作とすいぶんたくさん出会えたもんだと思います。
50過ぎても、当時と変わらぬ感動を味わえるのだから、ほんとに幸せです。

O.V. Wright "A NICKEL AND A NAIL AND THE ACE OF SPADES" Reel Music 66748-78008-2

【悲しい追記情報です】
3曲目の“Ace Of Spades”、歌が始まる前の“Hey! ”というシャウトが入らず、
なんかおかしいと思っていたら、なんと、かつて日本盤で入れ間違っていた
メルヴィン・カーターのヴァージョンであることを、ある方から教えていただきました。
なんでまた、今度はアメリカ盤で入れ間違いが??? バッド・ジョークです(泣)。
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チャーリー・パットンの全身写真

Charley Patton.JPG

7年前に発見されたチャーリー・パットンの全身写真をあしらったコンプリート集。
「コンプリート」に食指は動かなくても、この全身写真にはたまらず、即買ってしまいました。

これまでチャーリー・パットンの写真といえば、粒子の粗いバストアップの写真しかなかったので、
いきなりこの鮮明な全身写真が出てきた時は、ホントに驚きましたね。
ギターを手にしていたのにも、おおっ、と思いましたが、
さらに驚愕だったのが左手のフォーム。
指板を逆バレーする人差し指に、なんじゃこりゃ、とのけぞりました。
エンタテイナーでもあったという、パットン一流のハッタリだったのでしょうか。
あ、でも、サン・ハウスもこんな荒技を使っていたような…。

それにしても、パットンの指も細長くてきれいですねえ。
その昔、長年謎とされてきたロバート・ジョンスンの写真が公開された時、
初めて目にしたその顔以上に、左手の細長い指の美しさが印象的でした。

思い起こせば、チャーリー・パットンを聴いたのは高校1年生の時、
乏しいこづかいの中から買った、オリジン・ジャズ・ライブラリー盤が最初でした。
買ったのは、新宿のディスクユニオンの地下。
LPが置かれていたコーナーの場所も鮮明に記憶してます。
どきどきしながら針を落とし、すさまじいSPのノイズ音が始まったのにはびっくりしたものです。
パットン以前にも戦前ブルースは聴いていましたけれど、これほどひどいノイズは初めてでした。
まるで大雨が降ってるようなノイズに、こりゃ大失敗かと一瞬ガクゼンとしたものですが、
そのあと飛び出てきたパットンの強烈なダミ声と、
弦を激しく叩きつけるギターに、イッパツでウチ抜かれましたね。

当時は、同級生がディープ・パープルだの、吉田拓郎だのといってる時代でしたから、
こんなノイズまじりの戦前ブルースを聴いてるなんざ、完全に変人中の変人でした。
いくらブルース・ブームといったって、高校生には縁のない話でしたし、
スリーピー・ジョン・エスティスとロバート・ジュニア・ロックウッドがやってきた
第1回ブルース・フェスティバルよりも前のことですからねえ。
家に遊びに来る同級生の友だちに無理やり聞かせては、いやがられたもんです。アハハ。

オリジン・ジャズ・ライブラリーだの、バイオグラフだの、ヤズーだのと、
アメリカのコレクターズ・レーベルのレコードを1枚、また1枚と買っては、
それこそブルースを身体に染み込ませるように聴いたあの頃が、
一番熱心にブルースを聴いた時期でした。
その後CD時代になって、ドキュメント盤を中心に相当数のCDを買い直しましたが、
その愛着度合いでいったら、レコードとは比べ物になりません。
そのドキュメント盤を大量に買ったのも、もう20年も前のことで、
戦前ブルースのCDを買ったなんて、ほんとにずいぶんひさしぶりのことです。
パットンのブルースは、いつ聴いてもなまなましくリアルで、
さんざん聴いたオリジン・ジャズ・ライブラリー盤より、SPノイズもだいぶ改善していて、
一気に3枚組を聴き通してしまいました。

チャーリー・パットン 「ザ・コンプリート・レコーディングス」 Pヴァイン PCD18632/4
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蒸し暑く寝苦しい夜に ハムザ・ドルマット

Hamzah Dolmat.jpg   Senandung Melayu.jpg

前回話題にあげたシャリファ・アイニの伝統歌謡の名盤“LELA MANJA”で、
アルバムの共同名義人であるハムザ・ドルマットについて触れなかったので、
今日はハムザの話をしたいと思います。

ハムザ・ドルマットは60~70年代にマレイシア伝統音楽の分野で活躍したヴァイオリン奏者で、
P・ラムリーやスディルマンと並ぶマレイシア音楽の偉人の一人に数えられている人です。
そのわりにはレコードが少なくて、日本ではほとんど知られていませんね。
ぼくもこれまで、98年に復刻されたマレイシアEMI盤1枚しか持っていなかったんですけど、
このCDの演奏がすごく良くって、ぼくにとって忘れられない名前となりました。

ハムザはヴァイオリン奏者兼作曲家兼歌手の父と舞踏家の母のもと、
1923年にシンガポールで生まれました。
10歳でヴァイオリンを覚えてお父さんのグループに参加し、バンサワン劇場でキャリアを積みます。
その後ラジオやテレビへと活動を広げ、マレイシアを代表する伝統音楽家として名声を確立し、
多くの映画のサウンドトラックもプロデュースしました。
61年には、コンゴ動乱の国連平和維持軍として派遣されたマレイシア人兵士の慰問のため、
キンシャサへ訪問して演奏したこともあるそうです。

87年に亡くなるまで、250曲を越す伝統曲を録音したといいますが、
現在CDで聴けるのはそのごく一部にすぎません。
ぼくは、マレイシアEMI盤ではじめてハムザ・ドルマットの名前を意識したので、
シャリファ・アイニのアルバムがハムザとの共同名義になっていたことも、
ずいぶん後になってから気付きました。

ところが、そのシャリファ・アイニの79年名作の再発CDを入手したのと相前後して、
2002年にスリアからリリースされていた、ハムザの復刻CDを手に入れました。
スリアからハムザのアルバムが出ていたとはつゆ知らず、ちょっとした驚きでしたね。
当時日本に入ってこなかったのは、ハムザの知名度のなさゆえでしょうか。

どちらのアルバムも、アスリ、ジョゲット、ザッピン、イナンといったレパートリーを、
アコーディオン、レバーナ、タンバリンという少人数で演奏しています。
ハムザのヴァイオリンは辻音楽師ふうでもあり、なんともいえない深い味わいがあります。
よく歌うヴァイオリンやアコーディオンが、哀愁に満ちたメロディーをせつせつと奏でるのを聴くと、
胸に迫るものがありますね。

梅雨の蒸し暑さに胸が押しつぶされそうなこの季節、
しのび寄るヴァイオリンの響きが、寝苦しい夜を和らげてくれるようです。

Hamzah Dolmat "SEBUAH SENTUHAN KLASIK : A CLASSICAL TOUCH OF HAMZAH DOLMAT" EMI 7243-496410-20
Hamzah Dolmat "SENANDUNG MELAYU" Suria SRCD02-23544
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マレイシア伝統歌謡の名盤復活 シャリファ・アイニ

Sharifah Aini_2010.jpg  Sharifah Aini 1991.JPG  Sharifah Aini_LP.jpg

マレイシア歌謡の女王シャリファ・アイニによる伝統歌謡の名盤“LELA MANJA”が再発されました。
79年のオリジナルLPに、74年録音の2曲と、
カマリア・ノルが歌った71年録音の1曲を追加して91年にCD化されたアルバムは、
“ALBUM MELAYU DELI”の第1・2集と肩を並べる、マレイシア伝統歌謡の名作中の名作。
マレイシア伝統歌謡を知り始めの頃に聴いた一枚なので、とりわけ思い出深いアルバムです。

91年版CDは、白抜き赤枠の中に写真を配した新たなデザインとなっていましたが、
今回の2010年版CDは、オリジナル・ジャケットに近いデザインとなっています。
ただし写真はテイク違いで、シャリファの後ろに写るヴァイオリン奏者のハムザ・ドルマットが、
LPではヴァイオリンを抱えて座っていましたが、
CDの方は、立ってヴァイオリンを弾いている写真が使われています。
オリジナルLPの写真は、バック・インレイに飾られていますね。

内容の方も拡大ヴァージョンとなっていて、オリジナルLP11曲に9曲が追加。
91年版CDのラストに紛れ込んでいたカマリア・ノルが歌った曲はカットされ、
74年録音の2曲のほか、新たに同時期の録音と思われる7曲が追加されました。
というわけで、91年版CDを持っている古手のファンも、今回のCDは買う価値ありですよ。

ひさしぶりに聴き返しましたけれど、
伝統楽器の編成にピアノやヴァイブも加えた都会的で洗練された演奏の秀逸さや、
濃厚なこぶしを回すシャリファの堂々たる歌いっぷりに、あらためて圧倒されましたね。
この妖艶な味わいからマレイシア伝統歌謡を入門したせいもあって、
のちに登場したシティ・ヌールハリザが『チンダイ』で聴かせた、
まばゆいまでの若々しくフレッシュな衝撃も、あらためて思い出しちゃいました。

Sharifah Aini & Hamzah Dolmat "KENANGAN LELA MANJA" EMI 999632363-2 (2010)
Sharifah Aini & Hamzah Dolmat "LELA MANJA" EMI CDFH30109 (1991)
[LP] Sharifah Aini & Hamzah Dolmat "LELA MANJA" EMI EMGS5533 (1979)
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ブラジルかぶれのカナ表記

Maria Rita.jpg

今月号の「ミュージック・マガジン」の輸入盤紹介で、
中村とうようさんが書かれておられたジルベルト・ジルの新作記事は、
ぼくにはちょっとショッキングでした。
ショックだったのは記事の内容ではなくて、とうようさんが書かれた
「マリア・ヒタ」「ヘファゼンダ」「ヘファヴェーラ」というカナ表記に、です。

かつてブラジル語のRやRRの表記は、ラ行で書かれていました。
とうようさんもこれまではそう書かれていましたし、それが一般的な表記でした。
ところがここ10年ほどは、ブラジル人の発音に近いハ行で書くのが通例となってきています。
「マリア・リタ」を「マリア・ヒタ」、「ロベルタ・サー」を「ホベルタ・サー」と書くということですね。

でも、こういうカナ表記に、ぼくはすごく抵抗をおぼえます。
いくら発音がハヒフヘホに近いといっても、ブラジル人がハヒフヘホと発音しているわけではなく、
Rの巻き舌が弱いから、日本人にハヒフヘホと聞こえるだけの話でしょう。
ブラジル語はHを発音しませんから、日本語のハ行の音はありません。
それなのに、日本人がそう聞こえるからといって、ハ行で書くのって、おかしくないですか。

最近は、なんでもかんでもネイティヴの発音どおりカナ表記しようとする傾向が強いようですが、
それによってスペルの綴りから大きく外れるのでは、
カナ表記の持つ大事な特性を奪うことになるんじゃないでしょうか。
カナ表記に正確さを求めるのも、程度問題であって、
正確さにこだわりすぎるのはナンセンスだと、ぼくは思っています。
外来語をカタカナに置き換えること自体が無理なのに、
正確さにこだわればこだわるほど、もとの発音を知らない人にはますます伝わらなくなるからです。

たとえば、ブラジル語の<アォン>という発音は、正確に書いたつもりでも、
その発音を知らない人には、<アォン>というカナ表記では本当の発音はまったく伝わりません。
それなら、<ォーン>と「近い」表記の方が、一般にわかりやすく伝わりやすい表記となります。
外来語のカナ表記は、一般の人にわかりやすいものであることが、第一になくてはなりません。
専門家やその言語に詳しい人にしか通じない表記は、不適当だという典型例です。
だから、ぼくは「カンサォン」「バイアォン」ではなく、「カンソーン」「バイオーン」と書きます。
外来語のカナ表記は、その言語に明るくない一般の人向けのために書くものです。
「通」や「専門家」にはカナ表記なんかいらないんですよ。原語で読めるんですから。

ぼくが発音原理主義的な表記に抵抗を覚える理由を、あえて説明すればこうなるのですが、
そもそもこういう表記が不快なのは、要するに、キザったらしいからなんですよ。
だって、すでに定着している固有名詞、たとえば「エリス・レジーナ」を
わざわざ「エリス・ヘジーナ」に書きかえるって、どんだけキザなんですか。
本人は「ブラジル通」ぶってるつもりなんでしょうけど、読んでるこちらが恥ずかしくなります。
それじゃあ「リオ」も「ヒオ」と書くのかよ、なんて悪態ついてたんですけど、
最近じゃ、ほんとに「ヒオ」と書いてたりもするから、アキれてものもいえません。

その昔キザの代名詞といえば、「おそ松くん」のイヤミじゃないですけど、フランスかぶれでした。
気取ったイメージの強いパリジャンにちなんで話をすると、
ブラジル語と同じRの巻き舌が弱いパリ方言では、「パリ」は「パヒ」と聞こえます。
だからといって、当時のどんなフランスかぶれも、まさか「パリ」を「パヒ」とは書きませんでした。
ところが今のブラジルかぶれは、「パリ」を「パヒ」と書くのと同じことをしているというわけです。

そんな傾向がどんどん当たり前になってきて、
今ではブラジルかぶれが「通」ぶって書いているというより、
初めから、Rはハ行と思いこんで書いている人がほとんどになってしまっています。
「マリア・ヒタ」に関しては、完全にそうでしょうね。
そのオカシなカナ表記の定着ぶりに、暗澹とした気持ちになっていたんですけど、
とうようさんまでもがそれに倣った表記に変えてしまったのを読み、正直、ぼくの心も折れました。

まー、それでも、さすがにとうようさんは「ジウベルト・ジウ」とは、書いていませんでしたけども。
最近の「ブラジル通」の方々のトレンドは、Lの発音を「ウ」と書くことらしく、
「ジウベルト・ジウ」「ガウ・コスタ」「ジョアン・ジウベルト」「ノエウ・ホーザ」「ウィウソン・シモナウ」
などといった表記を、定着させんともくろんでいるようですから。

そのうち「ブラジル通」の方々は、「ブラズィウ音楽」と書き出すんでしょうか。

Maria Rita "SAMBA MEU" WEA 2564698109 (2007)
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ブラジルのビート エウテルペ

Euterpe.jpg

ペセ・カスティーリョのデビュー作、ほんといいですね。
ブラジルにひさしぶりに現れた、才能豊かなメロディー・メーカーだと思います。
毎朝の通勤で聴いてるんですけど、ふた月たっても全然飽きません。
あ、といってもディスク1の方の話で、インスト集のディスク2はちっとも聞いてないんですけど。
2枚組じゃなくて、別々に出せばよかったのにねえ。

さて、そんなところに、またしても嬉しくなるMPBアルバムが増えちゃいました。
それがこのエウテルペさん。ブラジル北部ロライマ州都のボア・ヴィスタ出身という、
新進女性シンガー・ソングライターのデビュー作です。
モデルみたいな容姿に、才気あふれるといった感じの顔立ちをした、
才色兼備な美人さんであります。

アルバム・タイトルに『ブラジルのビート』と記しているように、
アフロ・ルーツのカポエイラのリズムからアルバムはスタートし、
リオのガフィエイラやジャクソン・ド・パンデイロのココなど、
ブラジル各地の文化をモチーフにした曲を歌っています。

ナチュラルで柔らかな歌い方が好ましく、
ロベルタ・サー同様、自然体で歌う爽やかな歌い口に魅力のある人です。
サンバ・ソウル調の曲では、下町姉御のパウラ・リマが、
山の手ワーキング・ウーマンに変身した風な趣。
知的すぎず、ポップすぎず、ワイルドすぎずという、
すべてが絶妙なバランス感で保たれている作品。
そこにかつてMPBが持っていた、良質なアーティスティック性を感じさせます。

ジャケット・デザインも秀逸なんですが、ちょっと残念なのが、アーティスト名の赤いロゴ。
全体のバランスを崩していて、ちょっと無神経だなあと思ったら、
エウテルペのMySpaceには、右下に小さくアーティスト名が書かれたジャケットが載っています。
このデザインの方が断然いいんだけど、このヴァージョンのプレスはないのかしらん。

Euterpe "BATIDA BRASILEIRA" Funarte 199.023.114 (2010)
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アンサンブル・グルフィーオ・ミーツ・アミルトン・ジ・オランダ

SESSOES COM HAMILTON DE HOLANDA.jpg

さぞすごいセッションになっているだろうと、聴く前から予想はしてたものの、
いやー、すんげぇ~。バリバリです。

ベネズエラ都市弦楽最高のグループ、アンサンブル・グルフィーオと、
ブラジル、ショーロ界最高のソロイスト、アミルトン・ジ・オランダとのガチンコ・セッション。
録音は08年6月の4・5・6日の3日間、
グルフィーオのホームグラウンド、カラカスで行われています。
レパートリーはベネズエラとブラジル半々。

1曲目のガロートの“Desvairada”から、もう圧倒的。
アミルトンとグルフィーオの面々が次々とソロを応酬しあい、
息を呑むようなインタープレイを繰り広げます。
一方、抒情的なスローのヴァルスでは、音数を抑えながら、
ここぞというところに、キラリと光るフレーズを残していきます。
アミルトンがまったく違和感なくグループに溶け込んでいるのは、
チェオ・ウルタードのクアトロがリズム・カッティングでソロを取るのに対し、
アミルトンは単弦ソロと、アンサンブル面のバランスもうまく取れているからでしょう。

互いに相手の音をしっかりと聴きながら、自分の出方を探っていくために、
耳を研ぎ澄ませているような緊張感、とでも言えばいいのでしょうか。
熟達者ならではの強烈なオーラのようなものが、演奏のはしはしからビンビン伝わってきます。
ヴァイオリニストのアレシス・カルデナが2曲でゲスト参加しており、
バーデン・パウエルの曲では、クイーカを模したような芸達者なプレイを聞かせてくれます。

エストゥディアンティーナの伝統が芸術性を高め、
高度な音楽性を獲得したアンサンブル・グルフィーオの都市弦楽が、
ブラジルのショーロと出会ったことで、また新たな境地を切り開いた傑作といえます。
クラシックのオーケストラとセッションするカメラータ・クリオージャのプロジェクトより、
リズムの饗宴を堪能できるこういった試みの方が、ぼくは好きだなあ。

Ensamble Gurrufío "SESSÕES COM HAMILTON DE HOLANDA" no label DOP012 (2009)
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カフリンニャの香り デズモンド・デ・シルヴァ

Desomond & The Clan.jpg    Desmond Pays Tribute.jpg

スリ・ランカのバイラといえば、その昔、ニハール・ネルソンとアンタン・ジョーンズの2枚が
日本盤として出たこともありましたが、今ではもう完全に忘れ去られている音楽でしょうね。
90年代のバイラのアルバムは、歌手が誰だろうとバックはみな同じの粗製乱造の典型で、
トリニダッドのソカ同様、熱心に聴く気になれないジャンルのひとつでした。

チープな鍵盤系のサウンドがプロダクションを支配し、
一本調子のビートがひたすら疾走するアッパー系音楽であるところも、どこかソカによく似ています。
ソカはレストン・ポールか、フランキー・マッキントッシュがアレンジした作品ばかりで、
どれも同じサウンドとなっているように、バイラのレコーディングも、バックを務めるのが
ジプシーズとサンフラワーの寡占状態となっていることが、
プロダクションの質を落す原因となっていました。

そんなダメダメなプロダクションの変化に、ぼくが気付いたきっかけは、
バイラのトップ・スター歌手、デズモンド・デ・シルヴァの05年のアルバムでした。
シンセ一辺倒だったサウンドから一転、
アコーディオン、ヴァイオリン、マンドリンといったアクースティックな楽器を使い、
カフリンニャ時代を思わせる南国歌謡のノスタルジックな響きを醸し出しています。
思わず、「そうそう、こういうサウンドで聴きたかったんだよ」と喜んでしまいました。

実はこのCD、代々木公園で恒例になっているスリ・ランカ・フェスティバルでの貰い物。
ゴキゲンなバイラがかかっていた店のオヤジに、「これ誰?」と訊いたら、
「デズモンド・デ・シルヴァだよ!」というので、「いいねー」とかいいながら、
オヤジと一緒にケツ振りながら踊ってたら、オヤジに気に入られて、CDを貰ってしまったんでした。

そして、デズモンドのノスタルジック路線が本格的になったのを感じたのは、
07年に出た『ウォーリー・バスチャン・トリビュート集』でした。
ウォーリー・バスチャンは40年代にコーラス・バイラと呼ばれるスタイルを築いたパイオニアで、
「バイラの父」と称され、いまなおシンハラ人に敬愛されている歌手です。

ちょうど今月号の「レコード・コレクターズ」で、
ウォーリー・バスチャンのヴィンテージ録音集を紹介しましたけど、
そのウォーリーの曲を集めたデズモンドの新作は、
ヴァイオリン、マンドリン、バンジョー、ハーモニカなどの生音をいかしたアンサンブルで、
05年作の路線をさらに推し進めたカフリンニャの香り高いサウンドを聞かせてくれます。
デズモンドもこれまで以上に、コミカルな歌い口でバイラを歌っていて、
デズモンドの代表作と呼ぶのにふさわしいアルバムに仕上がっています。

Desmond De Silva & The Clan "MAL WAGE BAILA" Torana Music Box SPSK2121 (2005)
Desmond De Silva "PAYS TRIBUTE TO THE LEGENDARY WALLY BASTIAN" Maharaja Entertainments 4790238 (2007)
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