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アンゴラの伝説 ンゴラ・リトモス

O Lendario Tio Liceu E Os Ngola Ritmos.jpg

ンゴラ・リトモスは、アンゴラ初のポピュラー音楽グループとして知られ、
アンゴラのポピュラー音楽史上、最重要とみなされているグループです。
アンゴラのポップスを年代別にまとめたフランス、ブダの名編集シリーズでも、
シリーズ第1弾の60年代集の冒頭2曲が、ンゴラ・リトモスでしたっけ。
表紙にもンゴラ・リトモスの写真が飾られていて、
アンゴラのポピュラー音楽を語るなら、ここから始めなければ話にならん!
といった確固たる編集姿勢が感じられたものです。

ANGOLA 60’s  1956-1970.jpg

だというのに、いまだンゴラ・リトモスの単独リイシューCDの1枚すらないんですからねえ。
どーなっとんじゃい、コラ。アンゴラの責任者、出てこ~い!
アフリカには、まだまだ掘り起こさなければいけない音源が山ほどある証左ですね。
音源は未復刻なんですが、ンゴラ・リトモスを率いたリセウ・ヴィエイラ・ディアスを懐古しながら、
アンゴラのポピュラー音楽の黎明期を振り返るドキュメンタリーが、
ポルトガルで10年に制作され、DVD化されていることに気づきました。

ンゴラ・リトモスは、のちに「アンゴラのポピュラー音楽の父」と称された
リセウ・ヴィエイラ・ディアスのもと、ドミンゴ・ヴァン=ドゥネン、アマデウ・エモリン、
マリオ・ダ・シルヴァ、マヌエル・ドス・パッソス、ニノ・ンドンゴによって47年に結成されました。
ギター2台とコンガ式の太鼓とスクレイパーを伴奏に、
カーニヴァル起源のカズクータのリズムをミックスしたダンス音楽のセンバや、
葬儀で歌われる嘆き歌に影響されたラメントなど、
民俗的な題材をモチーフにした曲をキンブンド語で歌い、
従来なかったモダンなアンゴラのポップスを作り出しました。

彼らが取り入れたディカンザというスクレイパーは、
のちにアンゴラを代表するシンボリックな楽器ともなります。
ディカンザは、ブラジルの木製のレコ・レコに似たスクレイパーです。
レコ・レコはいまでは金属製になっていますけれど、昔の竹筒でできたレコレコは、
表面の刻みをスティックで擦って音を出す打楽器で、30~40センチ位の長さのものですが、
ディカンザは1メートル近くもの長さがあるんですね。

50年代に入って女性歌手のロウデス・ヴァン=ドゥネンとベリータ・パルマの2人を迎えると、
グループの人気は絶大となり、アンゴラの文化的アイコンにまで押し上げられていきました。
リーダーのリセウはじめ、メンバーはアンゴラ解放人民運動(MPLA)のメンバーだったことから、
独立運動を支持する大衆に大きな影響力を及ぼすようになり、
植民地政府にとって危険な存在となっていったのでした。

そして、ついに59年、リセウとアマデウは不当逮捕され、
カーボ・ヴェルデのタラファル刑務所に送られたまま、10年間帰還を許されませんでした。
その後グループはリーダーを失いながらも、エウクリデス・フォンテス・ペレイラ、
ジョゼ・コルデイラ、ジェジェ、ショドらによって活動を続けました。
69年にリセウはようやく釈放されアンゴラへ帰国しますが、活動は厳しく制限され、
75年の独立を迎えるまで、実質的な活動は一切できませんでした。

そんなリセウの軌跡を追ったこのドキュメンタリーは、
リセウ逮捕後も活動を継続したンゴラ・リトモスがリスボンでTV出演した時の映像のほか、
元メンバーや関係者の証言から、アンゴラのポピュラー音楽黎明期に
リセウが果たした功績を浮き彫りにしています。

独立闘争時代にアンゴラのアンセムとなった“Muxima” を、
かつてのメンバーとともに歌う晩年のステージ・シーンも、感動的です。

[DVD] Dir: Jorge António "O LENDÁARIO "TIO LICEU" E OS NGOLA RITMOS" Lusomundo 663178D (2011)
Ngola Ritmos, San Salvador, Duo Ouro Negro, Sara Chaves, Lily Tchiumba, Os Kiezos, Vum Vum, Ruy Mingas and others
"ANGOLA 60’S 1956-1970" Buda Musique 82991-2
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