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ロマンティックなシャルク エズギ・キュケル

Ezgi Koker  Sade.JPG

またまたトロけるような古典歌謡の女性歌手が、トルコから登場しましたよ。
エズギ・キュケル、28歳。
まだハタチ台ながら、いやその若さだからこそのみずみずしい柔らかなメリスマに、
オヤジはもうメロメロ。
デビュー作とは思えない力の抜けた歌い口と慈愛に満ちた歌いぶりに、
ただただため息がもれてしまいます。

ウード、カーヌーン、ベース、チェロ、ヴィオラの弦楽器が織り成す、
たおやかなアンサンブルもなにをかいわんやですが、楽曲の美しさにもうっとりさせられます。
作曲者のクレジットをみれば、タンブーリー・アリ・エフェンディ(1836-1902)、
ムアリム・イスマイル・ハック・ベイ(1865-1927)といった19世紀の作曲家に、
40年代に数多くの映画音楽を作曲したサーデッティン・カイナク(1895-1961)や
セラハッティン・プナール(1902-1960)の曲がバランスよく取り上げられていて、
いにしえの古典と大戦前後の軽古典のもっとも美味なところを、こころゆくまで味わえます。

芸術的ともいえる古典歌謡のレパートリーを揃えた本格的な作品ながら、
ことさら格調の高さを押し出さない歌と演奏が、今のトルコの良さですね。
この風通しの良さが、古典音楽を現代にいきいきと甦らせている秘訣でしょう。
21世紀の現代に、シャルクをこれほどロマンティックに響かせるなんて、
ほんとにいい仕事をしていると思います。

このトルコの自由さと対極にあるのが、イランの古典歌謡ですね。
ダストガーに忠実となるあまり、伝統保存の悪しき形式主義に陥っているかのよう。
型どおりに歌うだけのお行儀の良い演唱からは、生命力を感じ取ることができません。
イラン古典歌謡の大歌手といわれるシャジャリアンが、そのいい例じゃないでしょうか。

イラン音楽ファンを敵に回しそうですけど、ぼくはシャジャリアンにまったく魅力をおぼえません。
タハリールの技巧ですら、ぜんぜんスリルを感じないんだから、どうしようもないですね。
江差追分みたく、こぶしを回す数を数えてやってるんじゃないかっていう味気なさ。
最近欧米でも演奏活動をして評判となっている若手のムハンマド・モタメディも、
典型的なシャジャリアン以降の歌手といった感じですね。

イラン古典歌謡のアーヴァーズにナマナマしい生命力があったのは、ゴルパまで。
イランの古典音楽は芸術性を高めるあまり、洗練の退廃に至っているんじゃないでしょうか。
エグバール・アーザルやターヘルザーデなど、戦前のアーヴァーズ歌手が持っていた
パワフルでのびやかな歌唱表現を、もう一度取り戻してもらいたいものです。

自由な新風を送って魅力を増しているトルコ古典歌謡を聴いていると、
イランの音楽エリートたちが古典音楽を不自由にしてしまったのは、なんとも残念でなりません。

Ezgi Köker "SADE" Kalan CD592 (2012)
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