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レコード馬鹿の思い出話 嘉手苅林昌

嘉手苅林昌.JPG

喜納昌吉の「ハイサイおじさん」で沖縄音楽と出会い、
もっと沖縄の音楽を知りたいと思った時に絶好の参考書となったのが、
平岡正明さんの『クロスオーバー音楽塾』(講談社 1978)でした。
平岡さんがディスク・ジョッキーを務め、チャーリー・パーカーからアマリア・ロドリゲス、
テレサ・テン、ジミー・クリフ、ボラ・デ・ニエベ、ダミアまで語るという痛快な内容で、
平岡さんの著作でぼくが一番好きな本です。

なかでも、嘉手苅林昌を軸に沖縄の音楽、琉歌について語った回では、
平岡さんが熱くなりすぎて客とケンカになり、客が帰ってしまう一幕があり、
この本のハイライトともなっていました。
これを読んだら、その時に流されたという嘉手苅林昌のマルフク盤LPを、
聴かずにはおれないですよねえ。

しかし78年当時は今と違って、東京で沖縄のレコードを買うなど不可能な時代でした。
沖縄のレコードは沖縄だけで売られていて、どうしても欲しけりゃ、沖縄へ行って探すほかない。
あきらめきれなかったぼくは、御茶ノ水にあった旧電電公社の電話帳売り場で
沖縄県の電話帳を買ってきて、片っ端から沖縄のレコード屋に電話をかけまくりました。

どのくらいの数のレコード屋にかけたっけなあ。
とにかく、かけてもかけても、返事は毎度「ありませんねえ」。
なんせこのマルフク盤は、沖縄の本土復帰前に出たという、かなり昔のレコード。
そう簡単には見つかりませんでした。

何十件もかけた末に、ようやく在庫のあるお店と出くわした時は嬉しかったなあ。
「東京なんですけれど、送っていただけますか?」とお願いし、
届いた小包の住所を見たら、なんと八重山のレコード屋さんでした。
結局、沖縄本島のレコード屋にはどこにもなかったんですね。

そんな執念の末、ようやく手に入れたマルフク盤。
さあ、どんなにスゴい音楽が聴けるのかとわくわくして針を落としたんですけど、
嘉手苅林昌の歌は、微妙、というかなんというか、
内地の民謡歌手とはぜんぜん違う不可思議な歌いぶりで、
いいも悪いも、その時はまったく判断がつきませんでした。

ノン・ブレスでずーっと歌っていて、どこで息つぐのかと身構えて聴いていると、
拍の途中、しかも音節の途中という、とんでもなくヘンなところで息つぐ唱法に、
なんだこの妙な歌い方はと思ったものです。

結局、その後かなり沖縄音楽を聴きこんでから、
ようやく嘉手苅林昌の良さがわかるようになったんですけど、
沖縄音楽の入門にはまったく向かない歌手ですね。
いつものぼくだったら、とっくにレコードを売り払ったところですけど、
さすがに苦労の末手に入れたので、手放しはしませんでした。

そうそう、後日談ですけれど、このマルフク盤を手に入れた後、
とんでもなく高い電話料金の請求が家に届き、母親にこっぴどく怒られたっけなあ。
そりゃそうです。沖縄に数十本電話をかけたうえ、
そのたびに店の人がレコードの在庫を探すので、通話時間もけっこうかかったしね。
バカ息子の行状に母親も呆れ果てるばかりだった、大学2年生の冬の思い出であります。

嘉手苅林昌にとって初アルバムのこのマルフク盤は、64年録音、65年発売。
一部の曲はCD化されていて、「かいされー」「時代の流れ」が『風狂歌人』(ビクター 2000)に、
「ヒンスー尾類小」が『ジルー』(ビクター 2000)に収録されています。
マルフクからたくさん出ている名曲集的なコンピレにも、
ひょっとすると収録されている曲があるかもしれませんが、そこまでは未確認。あしからず。

[LP] 嘉手苅林昌 「嘉手苅林昌」 マルフク F8 (1965)
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