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ブラジルかぶれのカナ表記

Maria Rita.jpg

今月号の「ミュージック・マガジン」の輸入盤紹介で、
中村とうようさんが書かれておられたジルベルト・ジルの新作記事は、
ぼくにはちょっとショッキングでした。
ショックだったのは記事の内容ではなくて、とうようさんが書かれた
「マリア・ヒタ」「ヘファゼンダ」「ヘファヴェーラ」というカナ表記に、です。

かつてブラジル語のRやRRの表記は、ラ行で書かれていました。
とうようさんもこれまではそう書かれていましたし、それが一般的な表記でした。
ところがここ10年ほどは、ブラジル人の発音に近い
ハ行で書くのが通例となってきています。
「マリア・リタ」を「マリア・ヒタ」、
「ロベルタ・サー」を「ホベルタ・サー」と書くということですね。

でも、こういうカナ表記に、ぼくはすごく抵抗をおぼえます。
いくら発音がハヒフヘホに近いといっても、
ブラジル人がハヒフヘホと発音しているわけではなく、
Rの巻き舌が弱いから、日本人にハヒフヘホと聞こえるだけの話でしょう。
ブラジル語はHを発音しませんから、日本語のハ行の音はありません。
それなのに、日本人がそう聞こえるからといって、
ハ行で書くのって、おかしくないですか。

最近は、なんでもかんでもネイティヴの発音どおり
カナ表記しようとする傾向が強いようですが、
それによってスペルの綴りから大きく外れるのでは、
カナ表記の持つ大事な特性を奪うことになるんじゃないでしょうか。
カナ表記に正確さを求めるのも、程度問題であって、
正確さにこだわりすぎるのはナンセンスだと、ぼくは思っています。
外来語をカタカナに置き換えること自体が無理なのに、
正確さにこだわればこだわるほど、
もとの発音を知らない人にはますます伝わらなくなるからです。

たとえば、ブラジル語の<アォン>という発音は、
正確に書いたつもりでも、その発音を知らない人には、
<アォン>というカナ表記では本当の発音はまったく伝わりません。
それなら、<ォーン>と「近い」表記の方が、
一般にわかりやすく伝わりやすい表記となります。
外来語のカナ表記は、
一般の人にわかりやすいものであることが、第一になくてはなりません。
専門家やその言語に詳しい人にしか通じない表記は、不適当だという典型例です。
だから、ぼくは「カンサォン」「バイアォン」ではなく、
「カンソーン」「バイオーン」と書きます。
外来語のカナ表記は、その言語に明るくない一般の人向けのために書くものです。
「通」や「専門家」にはカナ表記なんかいらないんですよ。原語で読めるんですから。

ぼくが発音原理主義的な表記に抵抗を覚える理由を、
あえて説明すればこうなるのですが、
そもそもこういう表記が不快なのは、要するに、キザったらしいからなんですよ。
だって、すでに定着している固有名詞、たとえば「エリス・レジーナ」を
わざわざ「エリス・ヘジーナ」に書きかえるって、どんだけキザなんですか。
本人は「ブラジル通」ぶってるつもりなんでしょうけど、
読んでるこちらが恥ずかしくなります。
それじゃあ「リオ」も「ヒオ」と書くのかよ、なんて悪態ついてたんですけど、
最近じゃ、ほんとに「ヒオ」と書いてたりもするから、アキれてものもいえません。

その昔キザの代名詞といえば、
「おそ松くん」のイヤミじゃないですけど、フランスかぶれでした。
気取ったイメージの強いパリジャンにちなんで話をすると、
ブラジル語と同じRの巻き舌が弱いパリ方言では、「パリ」は「パヒ」と聞こえます。
だからといって、当時のどんなフランスかぶれも、
まさか「パリ」を「パヒ」とは書きませんでした。
ところが今のブラジルかぶれは、
「パリ」を「パヒ」と書くのと同じことをしているというわけです。

そんな傾向がどんどん当たり前になってきて、
今ではブラジルかぶれが「通」ぶって書いているというより、
初めから、Rはハ行と思いこんで書いている人がほとんどになってしまっています。
「マリア・ヒタ」に関しては、完全にそうでしょうね。
そのオカシなカナ表記の定着ぶりに、暗澹とした気持ちになっていたんですけど、
とうようさんまでもがそれに倣った表記に変えてしまったのを読み、
正直、ぼくの心も折れました。

まー、それでも、さすがにとうようさんは
「ジウベルト・ジウ」とは、書いていませんでしたけども。
最近の「ブラジル通」の方々のトレンドは、Lの発音を「ウ」と書くことらしく、
「ジウベルト・ジウ」「ガウ・コスタ」「ジョアン・ジウベルト」
「ノエウ・ホーザ」「ウィウソン・シモナウ」などといった表記を、
定着させんともくろんでいるようですから。

そのうち「ブラジル通」の方々は、「ブラズィウ音楽」と書き出すんでしょうか。

Maria Rita "SAMBA MEU" WEA 2564698109 (2007)
コメント(17) 

コメント 17

ぢの

おっしゃってること最もだと思います。
あの記事を読んで一番引っかかったのは「ヘファゼンダ」「ヘファヴェーラ」。あの二枚のアルバムを当時一番評価していたのがとうようさんでしたし、「レファゼンダ」「レファーベラ」って表記にもそれなりに思い入れが有るんじゃないかと思ってたので。編集部が勝手にやったことだと勝手に思ってるんですけど。
最近出たポルトガル語の辞書までおかしなカタカナに変わってて、音楽業界外もかなり汚染されてますよ。
by ぢの (2010-07-07 16:30) 

bunboni

とうようさんがカナ表記についてご自身の見識をお持ちになって、
厳格な表記をされていることは、長年の読者なら、みなさんご存知のはずです。
ぼく自身とうようさんの考えに強く影響を受けましたし、範ともしてきました。
そんなとうようさんの原稿を、編集部が勝手に修正するとは、考えにくいことです。
おそらく、とうようさんご自身に何か考えがあってのことなんだろうと思います。
その理由は私にはわかりませんが。

ポルトガル語の辞書の件は知りませんでしたが、
専門家が専門家に向けて書いたりする分は、構わないと思います。
問題は一般の人向けに書く文章に、そのような通じもしない表記で混乱を招くことだと思います。
by bunboni (2010-07-07 21:50) 

薺

はじめまして。いつも楽しく拝見させていただいてます。
自分はブラジルの音楽は全然聴かないので知りませんでしたが、”Maria Rita”は「マリア・ヒタ」だと思ってました(「世界は音楽でできている」にもそう書かれてましたよ)。

外国の人名のカナ表記は、確かに、現地の人が聞いたら笑っちゃうような名前も多いらしいですね。
↓のミュージシャンの名前のカナ表記も変だと思うんですが・・・。
http://www.sambinha.com/item/MAMER.html

日本語で紹介される外国のミュージシャンはカナ表記されるのに(しかも曲名まで)、日本の横文字ミュージシャンは何で常にアルファベット表記なんですか?日本人なのにガイジン気取りな表記で不快です。
by 薺 (2010-07-10 09:07) 

bunboni

日本の横文字ミュージシャンは、それが芸名なのでどーしようもありませんね。

問題は、> ”Maria Rita”は「マリア・ヒタ」だと思ってました の方です。
カナ表記を 「聞こえるもの」に合わせちゃいけないんです。
「聞こ える」音より「見える」表記を重視する、こんな当たり前の日本語教育が
いまやないがしろにされてるという、これは日本語の問題です。
先人が四苦八苦して蓄積してきたカナ表記の智恵を、
「聞こえる」からというみずからの無知で、ないがしろにする風潮が腹立たしいのです。
Rをハ行で書くのもガマンなりませんが、
ブラジル語の音節を閉じるLを「ウ」と表記する暴挙は、本当に許しがたいです。
子音を母音で表記するって、どーゆーことなんでしょう。
by bunboni (2010-07-10 09:44) 

ヒクソン・グレイシー

なるほど。
サウダージでなく、サウダーデですね!

by ヒクソン・グレイシー (2010-07-11 13:33) 

bunboni

ぼくは、発音原理主義にも与しなければ、ローマ字原理主義にも与しません。
したがって、「サウダーデ」と言いたいわけじゃありません。
ブラジル語なら「サウダージ」、ポルトガル語なら「サウダーデ」と書きます。

カナ表記は、「書く」「読む」「話す」「聞く」というそれぞれの観点から表記を考慮するものであって、
「聞こえる」という一方的な観点から、表記を決めるものではないと言っているのです。

日本人はLとR、BとVを耳で混同しますし、
フランス人はフランス人にとっての外国語の「シ」音と「チ」音を混同します。
聞こえるように転写すればするほど、混乱を招くことを十分理解していた先人たちは、
見えるように転写することを重視して、カナ表記を苦労して転写してきたんだと思います。
ぼくが先のコメントで「カナ表記の智恵」といったのはそういうことです。

「ことば」は聞こえるものだけではなく、話しもすれば、見えもするし、読めもし、書くものです。
「日本人の耳にはこう聞こえる」の主張が自明と思っている人は、
このことがわからない、もしくは理解できないんでしょうね。
要はバランスの問題です。
一方的な「聞こえる」でもなければ、「見える」だけでもないんです。
by bunboni (2010-07-11 14:49) 

ペイ爺

Nara Leon のような魅惑的な歌声ですね。しかも非常に官能的です。
母親の血が、脈々と流れているような気がします。
by ペイ爺 (2010-07-12 10:39) 

NO NAME

色々と論理が理解できませんが、cancaoをカンソーンと書いて、baiaoをバイオーンと書いても元のスペルは何もわからないんではないかと思います。語頭のrと、音節末のlの話しか頭にないので、とても残念です。
by NO NAME (2010-07-12 11:03) 

bunboni

「バイオーン」と書いても、元のスペルは何もわからないから、
「バイアォン」という何と発音したらよいかわからない珍妙な表記の方が良いとお思いなら、
いくらぼくがお話ししても、不毛かもしれません。
ぼくも、残念です、とお返しするしかありません。

現代仮名遣いのカナ表記にベストはありえず、せいぜいベターがあるだけです。
そのベターを検討するのに、どれだけの観点を考慮したのか。
言うまでもなく、「聞こえる」一点だけでものを考えるのは論外だってこと。
表音主義じゃダメだと挫折したところから、現代仮名遣いの歴史がスタートしてるんですから。
戦前や戦後まもなくの教育を受けた日本人は、
発音と表記の間にある本質的なずれの存在を理解していました。
したがって、発音と表記の一致など、あるはずもない幻想を抱くこともなく、
そのような人たちが、苦心しながら、見えるように転写するカナ表記を作ってきました。
昔の人がいかに効率的にカタカナ表記の仕方を考えたか、
その熟慮のプロセスの歴史を知らぬ無知な人たち、
あるいは、自己顕示の強い気取り屋さんたちが、単純な「聞こえる」主義を唱え、
長い年月を経て定着したルールを、ちゃぶ台返しの如くブチ壊しているのです。
by bunboni (2010-07-12 21:13) 

ペイ爺

ネットで「マリア・ヒタは故エリス・ヘジーナの実娘。」という紹介文を見ました。
確かに変な感じがしますね。

このアルバム、聴けば聴く程ジワーって、心地良さが広がります。

何だか微妙に「壺」からズレた感じの曲が多く、それが、最初は物足りなかったのですが、聴き続けると、この上ない快感に。母親は、問答無用って感じで、すぐど真ん中へ行く人だったので、対照的だとも思いました。
この暑い夏に涼を呼ぶ和菓子の様なマスト・アイテムです。

“Cria”という曲では、子供の声が聞えますが、Elisの孫になるのかしらん?(笑)

by ペイ爺 (2010-08-10 10:23) 

bunboni

すみません。正直に言うと、ブラジル語の誤読の典型例で持ち出しただけで、
ぼくはマリア・リタには魅力を感じません。
母親がエリスじゃなかったら、世に出ることのできた才能なんでしょうか。

by bunboni (2010-08-10 20:26) 

ペイ爺

〉ブラジル語の誤読の典型例で持ち出しただけで
そうだったんですか。この“after you”に掲載された作品が、全部が全部おススメというわけではないんですね。確かにこの作品に関する記述はありませんものね。

〉世に出ることのできた才能なんでしょうか。
その程度の存在なんですね。ネットでは「デビューもレジーナの娘ということを伏せて独力で勝ち取ったもの」という記載がありましたが、これもプロモーショナルな情報戦略の一部なのかもしれませんね(笑)

正直に言うと、“Sanba Meu”同様ネットなどで非常に評価の高い、デビュー作“Maria Rita”も併せて聴いたのですが、全く良いと思わずに、すぐに売り払ってしまいました。

この“Sanba Meu”も「最初は物足りなかった」と書きましたが、実はその段階で“Maria Rita”と一緒に売却しました。ただ、こちらはCDデータを破棄せずに、何気なしに聴いていたら、聴く程に「ジワーって、心地良さが広がった」こともまた、正直な感想です。

最初に書いたように、声も官能的で魅力的だと感じました。

by ペイ爺 (2010-08-11 14:51) 

chikaram

>そのうち「ブラジル通」の方々は、「ブラズィウ音楽」と書き出すんでしょうか。

書かないと思います。
あなたとて、ヘボン式をヘップバーン式と書け!
メリケン粉はアメリカン粉と書け!通ぶるな!
とは言わないでしょう?


私は、エリス・レジーナを聞きますし、サッカーも見ますし、
ブラジルの格闘技もたまに見ます。
人との会話では、もちろん[レ]ジーナと言いますが、
音楽を聴いているときは、心の中で[ヘ]ジーナと呼んでいます。
そうしないと、音楽もサッカーも格闘技も、親近感がでないのです。

これが通ぶった、恥ずかしい行為だというのなら、それまでです。

by chikaram (2010-08-29 23:00) 

インサック

私は今タイに住んでますが、所詮外来語の発音をカナ表記で正確に書くことはできないので、あまり神経質になることもないと思います。

そもそも。外来語のカナ表記は、「英語→日本語」が発祥だと思うので、アメリカ人が発音するようい置き換えればいいんじゃないですかね。
アメリカ語では「Brazil」の語尾は「ル」に聞こえます(本当は日本語の「ル」とは違いますが、一番近いという意味で)から、「ブラジル」でいいんじゃないかな?

by インサック (2010-08-30 00:05) 

bunboni

chikaramさま
私も 「ヘボン式をヘップバーン式と書け!
メリケン粉はアメリカン粉と書け!」などとは言いません。
世の中ですでに定着しているカナ表記を、わざわざ書き換えるような
書き手の自己顕示を「通ぶっている」と言っているのです。
> 人との会話では、もちろん[レ]ジーナと言いますが、
音楽を聴いているときは、心の中で[ヘ]ジーナと呼んでいます。
私もこの考えに賛成しているのです。

インサックさま
繰り返しになりますが、表記は「聞こえる」だけで書くべきでありません。
また、非英語圏の言葉をアメリカ語で聞こえるように表記すると、
さらに誤記は増えてしまいます。
たとえば、仏語圏のアフリカで「ギネア」や「ベニン」という国の表記が、
英語風に「ギニア」「ベナン」と誤記されているようにです。
by bunboni (2010-08-30 19:59) 

flacoloco

我が意を得たりで御座います。音楽や格闘技、サッカーのプロが通ぶってるのも馬鹿馬鹿しいですが、本当に困るのが言葉のプロであるNHKアナウンサーがサッカーの実況で同じ間違いをすることです。しかも過渡期だから統一性がありません。
ロナウドだったりホザーナ(Rosana)だったり、そう云えば"L"も同様に“ウ”で発音するんですよね。だったら、ブラジ“ウ”なのかと。
この手の問題で実害が出そうなのは日本以外の人との会話で通じなくなる恐れがあることでしょう。ヒオデジャネイロとかブラジウでは通じないかもしれませんし、もう一つの問題は「綴りが分からなくなる」ことです。この程度の語学の素養しかない人物はカタカナ表記しか知らないでしょうから、いざアルファベットで書こうとしても分からなくなるでしょう。ブラジル本国を含み世界的に"Rio"をヒオと発音する民族は存在しないのではないでしょうか。
by flacoloco (2011-07-07 10:31) 

bunboni

この話題、圧倒的多数に通じない現状なので、もう諦めモードでございます。
個人的な心情で申しあげれば、「ノエウ・ホーザ」などと書く人に、
ブラジル音楽を語ってほしくないというのが本音であります。
by bunboni (2011-07-07 21:33) 

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