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蘇るソフィアタウン・ジャズ ムルンギシ・ゲガナ

Mlungisi Gegana  ONE STEP FORWARD.jpg

カイル・シェパードの5月の来日に刺激を受け、
最近の南ア・ジャズって、どうなってるんだろうとサーチしてみたら、
ぽつぽつとではありますけど、いい作品が出ていたんですね。

21世紀の南ア音楽は、ガラパゴス化の傾向がますます強くなっていて、
ポップスもジャズもフォローする気が、正直ほとんど失せてます。
南ア・ポップの特徴をどんどん薄めるばかりの、
グローバル化されたポップスだらけの状況に、ほんとガッカリなんですが、
ジャズの方は、南アらしい伝統の味わいがしっかりとにじみ出ていて、
まだまだ捨てたもんじゃありませんね。

そんな嬉しい発見が、聞き逃しの04年のこの作品。
東ケープ州クイーンズタウン出身のムルンギシ・ゲガナというベーシストのデビュー作。
クイーンズタウンといえば、名トランペッターのモンゲジ・フェザを生んだ町ですね。
61年生まれのゲガナは、86年にケープ・タウンに居を構え、
自己のバンドを率いてから本格的な活動を始め、その後ジョハネスバーグに移り、
スタジオ・ミュージシャンとして数多くのセッションをこなしてきた実力者だそうです。

本作は満を持してのデビュー作だったようですが、
2作目は10年後の14年になってようやくリリースしたというのだから、寡作の人です。
その2作目はまだ未聴なんですが、このデビュー作が素晴らしい。
楽曲がいいんですよ。
どの曲も、これこそ南アとうならされる陽性のメロディに溢れていて、
全曲ゲガナの作だというのだから、頼もしいじゃないですか。

テナー・サックス、トランペット、トロンボーンの3管に、
ゲガナのベースに、ピアノ、ドラムス、ギター、パーカッションという編成で、
ヴォーカルやコーラス入りの曲もあります。
かつてのソフィアタウンのジャズを蘇らせる気概を感じさせる、
ゲガナのミュージシャンシップが、アルバムに深みを与えています。

Mlungisi Gegana "ONE STEP FORWARD" Gallo Jazz CDGURB058 (2004)
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シャープでしなやか、豪胆にして繊細 タン・ニャン

Tân Nhàn  THƯƠNG.jpg

エル・スールの原田さんから、無断リンクならぬ
記事アップを要求されてしまった、タン・ニャンの新作。
http://elsurrecords.com/2016/08/23/tan-nhan-thuong/

彼女の13年作“YẾM ĐÀO XUỐNG PHỐ” を、
ヴェトナム版「ドラゴンフライ」とあちこちで持ち上げた手前、
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2014-03-18
タン・ニャンについて書くのはやぶさかではないので、喜んでお引き受けしますよ。

というわけで、首を長くして待ってたタン・ニャンの新作。
去年の作なんですけど、なかなか手に入らなくってねえ。
ヴェトナム盤は現地買付しか入荷ルートがないのだから、如何ともしがたく、
ワールド・ミュージック関係のディストリビューター皆々様方の無関心ぶりは、
遺憾を通り越して、ほんとに情けない思いがしますよ。

かつてオフィス・サンビーニャの田中勝則社長(当時)が、
旅先のシンガポールでシティ・ヌールハリザの“CINDAI” を聴いて衝撃を受け、
すぐさま販売元のスリア・レコードに連絡を取って、ライセンス契約を結んだことを思い出します。
ライスが『チンダイ』を日本盤として発売しなければ、
マレイシアの新しい伝統歌謡が、日本へ紹介されることはなかったでしょう。
それを思うと、これほどヴェトナムの音楽シーンが沸騰しているのに、誰も手を出さないのだから、
1枚のCDとの出会いに直感の働く才覚ある人物は、いまや皆無ってことだよね(タメ息)。

いつまでも欧米経由の配給ばかりに頼っていないで、
ヴェトナムのヴェッタン・スタジオやタン・ロンとライセンスしようっていう、
根性のある会社は出てこないもんですかねえ。
CDが売れないだの、マーケットが小さいだのと、愚痴ばかり並べるのは嘆かわしいですよ。

話題を元に戻して、タン・ニャン。やっぱすごいわ、この人。
伝統系歌手の中では、この人は抜きんでた実力の持ち主ですね。
アルバム冒頭の歌い出しから、空気を切り裂くようなシャープな歌声にノックアウト。
これだけシャープな声なのに、キンキンせず、節回しはむしろしなやかで柔らかさを感じさせます。

以前はタン・ニャンの歌唱力が強力すぎて、
もっと力を抜いて歌った方がと思っていたこともありましたけれど、
よくよく聴けば、この歌唱に余計な力は入ってないんですね。

声の押し出しが、ものすごくダイナミックなのだけれども、
抑揚の強弱からこぶし使いに至るまで、絶妙にコントロールされていて、
豪胆にして繊細という、相矛盾した側面を合わせ持つ歌唱に、圧倒されるばかりです。
これをトゥー・マッチと感じる人もいるでしょうけれど、
それでもタン・ニャンの高い技量は認めるはず。

ザンカー(民歌)をここまでテクニカルに完成させたスタイルで歌えるのは、
数多いザンカー歌手の中でも、タン・ニャンただ一人じゃないでしょうか。
大衆的な味わいを求めるムキには合わないシンガーですが、
この抜きん出た才能は、無視するわけにいかないでしょう。

Tân Nhàn "THƯƠNG" Thăng Long no number (2015)
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ジャズ新時代をリードしたエスビョルン・スヴェンソン E.S.T.

E.S.T.  SEVEN DAYS OF FALLING.jpg   E.S.T.  LIVE IN HAMBURG.jpg

以前ママル・ハンズの記事で、
「スウェーデンのエスビョルン・スヴェンソンを継ぐ人たち」と書き、
久しぶりにエスビョルン・スヴェンソン・トリオのCDを棚から取り出す気になりました。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2016-08-04

エスビョルン・スヴェンソンは、キース・ジャレットの影響下のピアニストという立ち位置から、
一歩も二歩もハミ出たポスト・ロック的なサウンド・メイキングを成し遂げた人で、
その大胆なリズム処理に、ジャズ新時代を予感させたものでした。

とはいいながら、そのいかにも白人的な音楽性というか、
北欧ジャズらしい純粋培養な美しさは、
ぼくが心底から惚れ込めるタイプのジャズではなく、
ECM作品にありがちな、アタマで感心はしても、
身体は悦ばないみたいな印象は拭えなかった、というのが正直なところ。
ジャズをはみ出た新しさを十分に感じじつつ、
当時それほど聴き込んだわけではありませんでした。

なので、10年ぶりに聴き返してみたら、
あれ? いいじゃん!と印象激変したのには、ちょっとびっくり。
ヒップホップを生演奏にフィードバックして、
新しいリズム表現を得たと騒がれるいまどきのジャズよりも新鮮で、
ライヴ盤のグルーヴ感たっぷり、ダイナミックな演奏には、身体の芯を揺さぶられました。

昔聴いた時は、ディスク2のラスト・トラックのような昂揚感あふれる演奏にも、
こういうのが好きな人はタマらないんだろうなという、醒めた感想を抱いていたのに、
どうしたことでしょう。素直に盛り上がれちゃって、ちょっと自分でも不思議な気分。
ママル・ハンズ、ゴーゴー・ペンギン、フォックス・キャプチャー・プランのような、
少女趣味なおセンチ・メロディに馴らされたせいなのかなあ。

クラシカルなメロディの美しさって、
どうもブルー・ノート育ち(レーベルにあらず、スケールの方ね)の人間には、
奥行きがないというか、深みがないように感じてしまうんですよね。
でも、それって、思い込みなのかも。
先入観を捨てて、もっと虚心で音楽と対峙する必要があるなと、
ちょっぴり反省する機会になったのでした。

E.S.T. (Esbjörn Svensson Trio) "SEVEN DAYS OF FALLING" ACT Music ACT9012-2 (2003)
E.S.T. (Esbjörn Svensson Trio) "LIVE IN HAMBURG" ACT Music 2CD6002-2 (2007)
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伝統をハミ出せ ヴィユー・カンテ

Vieux Kanté  THE YOUNG MAN’S HARP.jpg

ギタリストより、アフリカン・ポップスのライターとして知られるバンニング・エアは、
00年にマリのギタリストにスポットをあてた音楽書とコンピレーションCD
“IN GRIOT TIME : AN AMERICAN GUITARIST IN MALI” で有名になった人。
つい最近も、15年にジンバブウェのトーマス・マプフーモの評伝
“LION SONGS : THOMAS MAPFUMO AND THE MUSIC THAT MADE ZIMBABWE” と
編集CDが一緒に出されたのが記憶に新しいですね。

   IN GRIOT TIME  AN AMERICAN GUITARIST IN MALI.jpg   LION SONGS  THOMAS MAPFUMO AND THE MUSIC THAT MADE ZIMBABWE.jpg

そのバンニング・エアがスターンズから出したアルバムは、
05年に31歳の若さで夭逝した、マリのカマレ・ンゴニ奏者の復刻作。
ヴィユー・カンテというカマレ・ンゴニ奏者の名前は初耳と思ったら、
それもそのはず、生前に商業録音を残さず、
死の直前に制作した本作が、ゆいいつのアルバムといいます。

そんな知られざる人の録音をわざわざ復刻するんだから、
これは何かあるんだろうと思ったら、聴いてナットク。
カマレ・ンゴニという楽器の可能性を拡げた、びっくりサウンドを聞かせてくれます。
ヴィユー・カンテは、ペンタトニックにチューニングされている6弦のカマレ・ンゴニに、
弦を2本足して7音音階を演奏できるようにし、さらに10弦、12弦へと改造したそうです。

さらにハーモニクスやスライドを多用するなど奏法においても、
従来にないテクニックを編み出し、カマレ・ンゴニを革新した才人だったんですね、この人。
わずか31歳で亡くなってしまったなんて、残念すぎます。
ンゴニのアンサンブルで伝統を革新したバセク・クヤテと出会ったら、
きっと通じ合うものがあったはずだし、さらに世界進出の可能性だってあっただろうになあ。

アクロバティックな演奏には、音楽的野心に燃えた若々しい才能が溢れ出ていて、
素朴ながら力強く伸びのある歌声も、胸をすきます。
レイル・バンドの歌手セク・カンテの弟カバジャン・ジャキテをフィーチャーした曲もあり、
伝統から力強くハミ出そうとする強い意志が、音楽をみずみずしく輝かせています。

アフリカの現地に埋もれたままの、もしくは忘れ去れるだけの、
こうした才能を発見することこそ、非アフリカ人の役目だと思うんですよ。
くだらんアフロ・ディスコのレコードを復刻なんかしたって、なんの役にもたちゃしません。
知られざる才能がこうしてCD化されることで、世界に知られること以上に、
ヴィユーが取り組もうとしていた音楽的挑戦を、次世代のマリ人に引き継ぐことができます。

カセット音源でもマスタリングをきちんとすれば、こんなにいい音質になるのかと、驚きのクオリティ。
こういう地味な作品をライセンスしてリリースするところは、さすが老舗のスターンズ、
アフリカン・ポップスを世界に紹介するレコード会社の良心を感じさせます。

Vieux Kanté "THE YOUNG MAN’S HARP" Stern’s STCD1127
[Book] Banning Eyre "IN GRIOT TIME : AN AMERICAN GUITARIST IN MALI" Temple University Press (2000)
[Book] Banning Eyre "LION SONGS : THOMAS MAPFUMO AND THE MUSIC THAT MADE ZIMBABWE" Duke University Press Books (2015)

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生演奏のグルーヴみなぎるアフロ・ジャズ・ファンク ジャー・ウォブル

Jah Wobble and The Invaders of The Heart.jpg

先行発売された日本盤を試聴して以来、
本国UK盤がリリースされるのを、首を長くして待っていました。
ジャー・ウォブルとインヴェイダーズ・オヴ・ザ・ハートのアルバム。

ひとことでいえば、「70年代アフロ・ジャズ・ファンク、以上!」に尽きるアルバムで、
特に付け加えることもない内容なんですが、過去の焼き直しと捨て置けないのは、
ひとえにサウンドがイキイキとしていて、肉体感に満ち溢れているからなんですね。

スタジオに集まり、全員で「せーの!」でやったナマ演奏は、
アレンジらしいアレンジもない、いわばジャム・セッション。
うっかりすれば軽く流れそうなところなのに、この熱のこもったグルーヴは、並じゃない。
サックス、トランペットのソロも気合いが入っているし、
客演したトニー・アレンもツボにはまりまくり。

ぼくはジャム・バンド的なゆるい演奏が許せないので、
緊張感のないダラダラしたジャズ・ファンクなんてのが、一番イライラするんですが、
重量感のあるボトムに、たっぷりとしたエネルギーを感じさせる
このパフォーマンスには、嬉しくなりました。

さすがに酸いも甘いも知ったヴェテラン揃いなので、
緊張感もなくリラックスしたプレイぶりなんですが、レイドバックしすぎることもなく、
勘所を押さえながら楽器同士が聴きどころを作っていくところは、円熟の妙味といえますね。

いや~、いいなあ。簡単に作れそうで、なかなかこういう仕上がりにはならないんだよなあ、
こういうジャズ・ファンクって。成功の秘訣はなんだったのかしらんと思えば、
「ミュージック・マガジン」8月号の小野島大さんの記事で、
たった5時間のレコーディングで、アルバムにするつもりはなく、
自分たちの楽しみとしてやったというウォブルの発言に、思わず膝を打ちました。

なるほど、この自然体ぶりは、そういうことだったのか。
プレイヤー全員がセッションを楽しんでいる様子が、じかに伝わってくるもんね。
時間をかけたスタジオ・ワークで、パートごとにオーヴァーダブするようなレコーディングだったら、
こういうグルーヴは出ないよねえ。
ヴェテランたちがプレイする喜びを弾けさせた、ライヴ感たっぷりの生演奏が詰まった快作です。

Jah Wobble and The Invaders of The Heart "EVERYTING IS NOTHING" Jah Wobble JW001CD (2016)

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ぐらぐらファンク ネイオー

Nao  FOR ALL WE KNOW.jpg

ネイオーことネオ・ジェシカ・ジョシュアは、
87年ノッティンガム生まれの、イースト・ロンドン育ちのシンガー・ソングライター。
十代半ばの頃は、地元イースト・ロンドンが発信地となった
アンダーグラウンド・シーンのグライムに夢中になり、グライムMCに憧れることもあったとか。

その後、90年代のUKソウルの洗礼を受けてオールド・スクールなソウルに傾倒し、
ダニー・ハサウェイ、スティーヴィー・ワンダー、プリンスを聴きながら、
単なるシンガーになるのではなく、アカデミックな教育を受けた音楽家になりたいと考え、
ロンドンのギルドホール音楽院でジャズを学んだあと、
バック・シンガーやア・カペラ・コーラス・グループでキャリアを積んできたといいます。

そのネイオーのデビュー作のサウンドは、相当にユニーク。
一言で言ってしまえば、初期のプリンスに強い影響を受けた
エレクトロなソウル/ファンクということになるんでしょうが、
打ち込み主体のシンセ・ポップにありがちなエッジの立った音でなく、
手弾き感覚の強い、生演奏感覚のある柔らかなサウンド・テクスチャーが斬新です。

面白いのは、彼女が自分の音楽を「ぐらぐらファンク」と名付けていて、
何をもってwonky (ぐらぐら)と称しているのかはわかりませんが、
ポップなソングライティングと、人肌のぬくもりが伝わるエレクトロが絶妙の相性をみせます。
コケティッシュなヴォイスも温かみがあって、ホレました。

Nao "FOR ALL WE KNOW" Little Tokyo Recordings/Sony 88985304442 (2016)
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アマリア・ロドリゲスの先輩ファド歌手 エルミーニア・シルヴァ

Herminia Silva.jpg

アマリア・ロドリゲスのディスコグラフィ本と一緒に買ったのが、
トラジソンのファド新シリーズ“MEMÓRIAS DO FADO” 全6タイトルのうち、
アルマンディーニョ、エルシーリア・コスタ、エルミーニア・シルヴァ、
フェルナンド・ファリーニャの4タイトル。
既発CDとほとんど曲はダブリなんだよなと思いつつ、
表紙のイラストがとってもカワイイ♡こともあり、観念して購入。

この新シリーズはブックレット仕様で、解説が充実、
往年の写真やレコード・レーベルなどもふんだんに載せられていると聞いたので、
手を伸ばしたんだけど、アルマンディーニョなんてまったく同じ収録曲で、これで3枚目。
古典ファドの編集盤って、どれも同じような選曲で、
手を変え品を変え出すっていうの、もういい加減にしてくんないかなあ。

トラジソンが以前に出していた“ARQUIVOS DO FADO” というシリーズと、
今回シリーズのアルマンディーニョ、エルシーリア・コスタは、収録曲がまったく同じですからねえ。
あのシリーズのアマリア・ロドリゲスのデビュー当初の録音集“A DIVA DO FADO” だって、
なんで出すのか意味不明だったもんなあ。
ライスから『アマリア 1945』として日本盤も出ましたけれど、あのアルバムに収録された20曲は、
ブラジルのレヴィヴェンド盤“DAMA DO FADO” で全曲復刻済。
しかもレヴィヴェンド盤より曲数が5曲も少ないんだから、リイシューする価値ないでしょう。
レヴェイヴェンド盤は廃盤になっておらず、今も入手容易なんだから、なおさらですよ。

とまあ、古典ファドの似たりよったりの編集盤がどんどん積み上がるのに、
いい加減閉口してるので、うっぷん爆発しちゃいましたが、
気を取り直して、これから古典ファドを聴いてみようという方には、もちろんオススメできます。
あらためて再認識したのは、アマリア登場以前のファド歌手では、
エルミーニア・シルヴァが最高だということ。
歌手であるばかりでなく、ミュージカル女優としても活躍した
エルミーニアの自信に満ちた堂々たる歌唱は、当代随一でした。

まるでおしゃべりをするように、無理なく回るこぶしの鮮やかな技巧、
一気に高音へ駆け上がっていく声の美しさ、
鋭さと柔らかさを兼ね備えた唱法はスゴイの一語に尽きます。
ふんわりと包み込むような歌い口を聞かせるなど、さまざまな表情を持った歌い手で、
ひさしぶりに聴きホレちゃいました。

Hermínia Silva "MEMÓRIAS DO FADO" Tradisom MF005
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ツインテールの女子大生 キンポーパンチ

Khin Poe Panchi.jpg

ミャンマーの伝統歌謡に、少女ブームきたる?
メーテッタースウェに夢中になっているところに、新たなる少女が登場しましたよ。
その名も、キンポーパンチ。
語感がなんともユーモラス、なんて思うのは、
ミャンマーの人名に慣れていない日本人の勝手な感想ですね。ごめんなさい。

15歳だというキンポーパンチのCDは、今のミャンマーには珍しくジュウェル・ケース仕様で、
ディスクもRではなく、ぴかぴかの純正品。
レーベル面やライナーの印刷も、とってもきれい。
粗悪ソフトケースとCD-Rのミャンマー盤にすっかり慣れてしまっていたので、
おぉ、美しい!と、ちょっとカンゲキ。

ジャケットに写るキンポーパンチのほっぺには、
ミャンマー人おなじみのタナカが塗られています。
ツインテールにおこちゃまな身体つきで、15歳よりもっと年下にみえるんですが、
ご本人のフェイスブックによると、なんとヤンゴン大学に在学とのこと。

えぇ~、15歳で大学生???
んなわけないだろと思ったら、ミャンマーでは、5歳で幼稚園に入園、
小学校1~4年が6~9歳、中学校1~4年生が10~13歳、高校1・2年生が14・15歳、
大学1~3年生が16~19歳で、成人前に大学卒業してしまうんですって。
昨年このCDが出た時は15歳で、現在大学1年生というのは、間違いじゃなさそう。
ちなみに年齢の件では、メーテッターウスェは今年の1月10日で13歳を迎えたとのこと。
昨年の記事は間違いで、あの当時はまだ12歳だったのでした(驚)。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2015-10-11

ところで、肝心のCDの内容なんですが、これがすばらしい。
メーテッタースウェがサイン・ワインを使わず、
静謐な弦楽アンサンブルを伴奏としたシブいサウンドで迫っていたのに対し、
キンポーパンチの方は、華やかなピアノ(サンダヤー)に
サイン・ワインとフネーをフィーチャーしたミャンマータンズィンで、
その歌いぶりからは、はじける若々しさが溢れ出ています。

フェイスブックを見ると、コンテスト会場でキンポーパンチとメーテッターウスェが
一緒にいる写真がたくさん載っていて、二人で賞を取り合っているんでしょうかね。
あとひとり、二人よりもっと幼い7・8歳くらいの女のコもいて、
この3人がミャンマー伝統歌謡界の三人娘として活躍しているようです。

Khin Poe Panchi "ME YUELO SINPERME" Emperor Musc Group no number (2015)
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60年代フィリピンのノヴェルティ歌謡 シルヴィア・ラ・トーレ

Sylvia La Torre.jpg

第二次世界大戦前後のフィリピンで流行したクンディマン。
インドネシアのダンドゥットやタイのルークトゥンを聴き始めの頃に、
フィリピンにもなにか面白いポップスはないかと探して、出会った音楽でしたけど、
民俗的な味わいのほとんどない、ローマ・カトリック教会系のお行儀の良さは、
ぼくの求めるものではありませんでした。

19世紀スペイン統治時代の残り香を伝えるフィリピンの音楽には、
マンドリン・アンサンブルの伝統もありますが、
南米のエストゥンディアンティーナやショーロみたいなのを期待したらガッカリで、
大学のマンドリン・クラブみたいなもの。
大衆音楽にしては、フィリピンのポップスはハイ・カルチャーな匂いが強すぎます。

というわけで、「クンディマンの女王」と呼ばれるシルヴィア・ラ・トーレも、
クラシックふうな発声が、ちょっとハナにつく歌手と思っていたんですけれど、
この編集盤にはびっくりさせられました。スローなラヴ・ソングのクンディマンではなくて、
全編アメリカン・ポップス影響大の60年代ポップスが詰まっているんです。
クンディマンを歌う時とは唱法もがらりと変えて、おきゃんな(死語?)雰囲気をまき散らす、
ざっくばらんとした気取りのない庶民的な歌いっぷりを聞かせます。
やけっぱちに叫ぶ曲(“Laba-Laba-Laba”)までありますよ。

この時代らしいコミカルな歌謡性に富んだ曲は粒揃いで、
ロックンロールあり、カリプソあり、チャチャチャありと、楽しいことこの上なし。
バックも一流のオーケストラが務めているようで、演奏・アレンジともにスキがありません。
マンドリン・ソロがフィーチャーされるところは、フィリピンらしいところでしょうか。

マレイシアのサローマが活躍していたのと同時代に、
フィリピンにはシルヴィア・ラ・トーレがいたと、すっかり見直してしまった好編集盤です。

Sylvia La Torre "CLASSIC NOVELTIES" Synergy Music Corporation CD2189
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並外れた音楽家としてのスケールの大きさ リシャール・ボナ

Richard Bona & Mandekan Cubano.jpg

リシャール・ボナの最高傑作“BONAFIED” から3年、新作はラテンです。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2013-04-30

ルイ・ヴェガのプロデュースで一躍有名になった、
カラカス出身のトップ・パーカッショニスト、ルイシート・キンテーロに、
その従弟であるロベルト・キンテーロ、そしてピアニストのオスマニー・パレデスに、
ドラマーのルドウィッグ・アフォンソという、
二人のキューバ出身の俊才を擁するマンデカン・クバーノは、
ニューヨークのラテン・ジャズ/サルサ・シーンの腕利きプレイヤーを集めたユニット。
すでに4年前にこのユニットで来日していますけれど、アルバムは初ですね。

これまでのアルバムでも、ボナはラテン/サルサ調の曲をやっていたので、
異種格闘技的なところなどまったくなく、
いつもどおりドゥアラ語で歌うボナのまろやかな歌も、しっくりとなじんでいます。
腕っこきのトップ・プレイヤーが奏でるトゥンバオが、
キューバン・サルサになるのでもなければ、ソンになるのでもない、
ラテンのフォーマットを借りながら、そのスタイルを超えた音楽に仕上がるのは、
毎度のことながら、ボナの音楽家としての器の大きさに感じ入ります。

ラテンを基調とした表現を借りつつ、どこまでも柔和なボナの音楽の表情はいつもと変わらず、
アフリカ、カリブ、アメリカ、ヨーロッパを往来したトランスアトランティックの旅を経て、
ますます音楽性が懐の深いものに積み上げられてきましたね。
ライヴでもおなじみのサンプラーを使ったループによるヴォイス多重表現では、
母語のドゥアラ語で歌うことにこだわる、ボナの音の響きに対する繊細な感性が表われています。

以前、ボナにインタヴューした時に印象的だったのが、彼のベース訓練法。
ボナが片時もベースを放さず訓練する「ベースの虫」であることは知っていましたけど、
旅先で聴く鳥の鳴き声、渋滞のクラクションの音といった自然/人工音や、
異国で耳にした人の会話を録音して、
その音をベースで再現するというユニークな訓練法には驚かされました。

ちなみにボナは「練習」ではなく、「訓練」というんですね。
スケールの運指練習なんて退屈なことをいくらしても、音楽の訓練にはならない、
新しいアイディアなんか生まれないと、ボナは言います。
自然音や人の会話までもメロディ化するというトレーニングは、チャレンジングです。

「だからこそ新しいアイディアが生まれるんだ。どうすれば弾けるだろうかってね。
出来るまで弾き続けるんだ。楽しくってしょうがないよ。
単調でつまらない練習をいくらしたって、新しいテクニックなんて生み出せないよ。
そんな苦労は、意味ないんだ」

日本の女子高生の会話は、リズムに溢れてる!と強調していたボナ。
音楽をクリエイトすることについての考え方が、もう並外れていて、
音楽家としてのスケールの大きさに、あらためてぼくは敬意の念を持ちました。

繊細にして大胆。
共演者の出す音に即応して、場面をがらりと転化するジャズ・ミュージシャンとしての才気は、
やはり天才という言葉がふさわしく、マンデカン・クバーノを率いても、
そこから生み出されるのは、ボナ・ミュージックそのものです。

Richard Bona & Mandekan Cubano "HERITAGE" Qwest 234245 (2016)
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ジルベルト・ジル86年東京ライヴのオリジナル盤

Gilberto Gil  AO VIVO EM TÓQUIO_1.jpg

オリンピック、盛り上がっていますね。
開会式にはジルベルト・ジルにカエターノ・ヴェローゾ、
ウィルソン・ダス・ネヴィスも登場したんだそうで、
恥ずかしながら、見逃し三振のマヌケっぷりを発揮してしまいましたが、
ジルとカエターノが74歳という年齢を聞いて、あらためてショックを受けちゃいました。

え~、ジルって、もう70過ぎなのかあ。
う~ん、あらためて時の流れの残酷さを思い知らされるというか。
自分だって60近くなってんだから、当たり前ちゃあ、当たり前なんだけれども。
ジルを初めて観た、86年8月20日の来日公演。ちょうど30年前になるわけか。
あの時ジルは44歳で、まさに脂の乗り切った時期だったんだなあ。

懐かしくなって、当時のライヴ盤を取り出してみたら、
あ、このCDは珍しいかもと思いつき、話題に取り上げようかという気になりました。
このジャケットというか、CD表紙、見たことのある人、います?
一般に知られている東京ライヴのジャケットは、
黒縁の上下にジルの顔をクレヨン画で描いたデザインですよね?

日本のコンサート告知ポスターをそのまんまデザインしちゃったこのCD、
88年11月にリオのレコード屋さんで買ったものです。
LPは出ておらずCDのみのリリースで、
この時のライヴを観た者としては喜び勇んじゃいました。

ライナーには、来日公演のプログラムがそのまま転載されていて、
エリゼッチ・カルドーゾのライヴ・イン・ジャパンのブラジル盤LPで、
日本の雑誌記事をコラージュしていたのを思い出すデザインとなっています。
レーベル面には“MADE BY WARNER PIONEER CORPORATION, JAPAN” とあり、
どうやらブラジル国内向け商品として、
日本のワーナー・パイオニアに生産委託したCDだったみたいですね。

Gilberto Gil  AO VIVO EM TÓQUIO_2.jpg
Gilberto Gil  AO VIVO EM TÓQUIO_3.jpg

新婚旅行でブラジルに行った時に見つけたものなんですけど、
同じワーナー系列のCDで、ジョアン・ジルベルトの
85年モントルー・ジャズ・フェスティバルも、当時2枚組でCD化されていました。
ケースは2枚組仕様ではなく、バラのケース2枚をセットにしたものでしたけれどね。
これまたジルのライヴ盤同様、レーベルには日本製と書かれていて、
バックインレイは、ソングリストのみの白黒印刷という味気ないもので、
いかにもCD黎明期といった作りでしたねえ。
CDケース裏に、わざわざエンボス加工で“MADE IN BRASIL” とあるのが
ちょっと面白かったりして(ケースだけブラジル製?)。

Gilberto Gil  AO VIVO EM TÓQUIO_4.jpg

88年当時、ブラジルのCD流通はごく初期の段階で、
ブラジル国内にはまだプレス工場がなかったんだと思われます。
CD生産が早かったフィリップス系列のCDも、ディスクは西ドイツ製だったもんなあ。
86年頃から有名アーティストのベスト盤が、ようやくCDで出るようになったばかりで、
まだ単独アルバムのCDは出ておらず、初めて単独アルバムでCDが出たのは、
カエターノ・ヴェローゾの“CAETANO”(87)でした。
次いで、イヴァン・リンスの“MÃOS”(87)が出たのを良く覚えていますよ。

ジョアン・ジルベルトのモントルー・ライヴの2枚組CDも、
LPの裏ジャケットをデザインしたバックインレイをきちんと付け、
2枚組仕様のケースに入ったブラジル製ディスクが日本に入ってきたのは、
その後何年も経ってからでしたからね。
日本製ディスクに白黒バックインレイのオリジナルCDは、レアかも。
ま、あんまり意味のないマニア向けトリヴィアでありますが、
ジルの東京ライヴ盤のオリジナルは、コレクターズ・アイテムといえそうです。

Gilberto Gil "AO VIVO EM TÓQUIO" Geléia Geral/WEA 2292546942 (1987)
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大人になったセクシー・アイドル マヤ・ディアーブ

Maya Diab  MY MAYA.jpg

フォー・キャッツ出身?
あ~、あの歌のドヘタなレバノンのアイドル・グループね。
絵に描いたような「3日で飽きる」美人顔は、
アラブ版スパイス・ガールズ狙いのセクシー・アイドルらしいルックスであります。
メンバーが入れ替わり立ち代わり、15人ぐらい変わったはずのフォー・キャッツで、
結成時から解散まで在籍していたというのだから、グループの看板だったんだろうな。

まぁ、どっちにせよ、歌手の容姿はどーでもよろしい当方にとっては、
興味ないわと思っていたんですけど、クリップを観たら、おんや?
なかなかにアダルトな雰囲気たっぷりで、
ジャジーな歌いっぷりを聞かせてくれるじゃないの。
「レバノンのルビー(エジプトの若手ヘタッピー歌手)」とあだ名されたマヤも、
ちゃんと歌えるようになったってか(まー、モデル系美人に口の悪いこと)。

全編ミドル~スローの楽曲を揃え、EDM系のアッパー・チューン皆無。
プロダクションもアダルト・オリエンテッドな作りで、メロウなトラックを揃え、
せつなくも儚げな歌い口で、ほのかな色気を漂わせる風情がいい雰囲気であります。
揺れる女心を、吐息まじりにあえぐように歌うマヤ。う~ん、たまりましぇん。
すっかり大人になったねえって、当たり前か。30半ばだもんな。

なんでも、フォー・キャッツ解散後は、モデルやタレント業をしながら6枚のシングルを出し、
フェイルーズの息子でプロデューサーのジアド・ラハバーニとも、一緒に仕事をしていたようです。
本作は全曲新曲の初ソロ・アルバムで、
スタッフが力を入れて作ったことのよくわかる、充実のシャバービー・アルバムとなっています。

Maya Diab "MY MAYA" Watary no number (2015)
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ビルマ・ギターの名盤誕生 ウーティン

U Tin  MUSIC OF BURMA.jpg

快挙です!
昨年、世界初のミャンマーのスライド・ギターのCDを制作した井口寛さんが、
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2015-06-15
ミャンマー最高峰のギタリスト、ウーティンのソロ・アルバムを、
ついにものにしましたよ!

いや~、カンゲキ。
昨年夏、井口さんと会う機会があり、その折に、ぜひ名手ウーティンのギターを
録音してくださいよと熱烈要望したばかりなんですが、まさかこんなに早く実現するとは。
ウーティンからじきじきにギターを習ったという、
鹿児島在住のギタリスト柳田泰さんを介して、録音が実現したとのことで、
日本人の弟子がいたなんて、ビックリです。

ウーティンの略歴については、アウン・ナイン・ソーの記事で触れたので省くとして、
ミャンマーにハワイアン・スタイルのスライド・ギターが入ってきたのは、
イギリス統治下の20年代という説がある一方、43年という記録もあり、詳細は不明です。
タチンジー(古典歌謡)やカーラボー(流行歌謡)を演奏するために、
F G C F G C のチューニングに変え、バマー・ギター(「ビルマ・ギター」の意)と称されました。
ちなみに、メダリンと呼ばれるミャンマーのマンドリンも、同じチューニングとなっています。

バマー・ギター黎明期の名手にサヤコカー Saya Ko Kah という人がいて、
コロンビアに数多くのSP録音を残したようで、ぜひ聴いてみたいものですねえ。
無声映画の伴奏などで、40~50年代に盛んに演奏されたスライド・ギターも、
その後すっかり廃れてしまい、ウーティンが数少ない後継者として残ったものの、
レコーディングのチャンスはなく、世に知られないままとなっていました。

そして、そのウーティンもすでに80歳代半ばという年齢。
正直言って、録音を残すことに意義があり、
演奏内容の方はあまり期待していなかったんですが、CDを聴いてブッとびました。
これが、80代の老人の演奏だなんて。カクシャクとしたその演奏ぶりは、
先に出したアウン・ナイン・ソーとは格が違う。
まさにヴァーチュオーゾの名にふさわしいプレイで、
熟達した演奏ぶりは、みじんの衰えも感じさせません。

タチンジーの歌を、そのままギターに置き換えたプレイは、
ミャンマー独特の節回しやこぶしを、絶妙に表現しています。
歌い出しのざくっと入るニュアンスを、
強いピッキングで、切れ味のあるギターのフレージングでプレイするところなど、
力強さと繊細さのコントラストが、実に鮮やかです。

ウーティンのギターに比べると、若いアウン・ナイン・ソーのギターの歌わせ方は、
ずいぶんと淡泊で、ニュアンスが乏しく聞こえてしまいます。
やはりヴァーチュオーゾのヴァーチュオーゾたるゆえんは、
アタックの強い弦さばきに表われますね。
インレー・ミン・マウンのサウンしかり、バトゥル・セク・クヤテのコラしかりです。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2016-01-15
このアルバムでは、メタル・ボディと木製ボディの2種類のリゾネーター・ギターを弾いていますが、
そのどちらでも、妙技は変わりませんね。

歌のメロディをスライドでなぞるフレージングのほか、
サウン(竪琴)のフレーズを模したパートなど、単弦ソロを中心に分散和音が弾かれ、
コード・プログレッションはほとんど出てこないんですが、
3曲目の一部でちらりと、デルタ・ブルースのトレイン・ソングのような
リックが飛び出す曲などもあって、興味をそそられます。

長年謎のベールに包まれていたバマー・ギターの最高の名演が、
クリアな音質で聴けるという、またとないアルバム。
昨秋『CROSSBEAT Presents アコースティック・ギター・ディスクガイド』に寄稿した
「世界のアコースティック・ギタリストたち」に、ぜひ載せたかったなあ。
あの記事ではアウン・ナイン・ソーのCDを取り上げましたけど、
ウーティンのこともちゃんと書いておきましたからね。

スライド・ギター好きや、ミャンマー音楽のファン必聴の快作。
ライ・クーダーにも、ぜひ聞かせたいもんです。

U Tin "MUSIC OF BURMA BURMESE GUITAR" Rollers ROL003 (2016)
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ポスト・ロック・ジャズ・トリオ ママル・ハンズ

Mammal Hands  FLOA.jpg

おお、吹っ切れたなあ。
前作の“ANIMALIA” を聴いた時、大きくうねるリズムの上で、
サックスが雄大に歌う曲が何曲かあって、気に入っていたんですよ。
全編こんな感じでやってくれたら、良かったのにと思っていたんだけれど、
新作はまさに、そんな期待通りの仕上がりとなっていますよ。

マンチェスターのインディ・レーベル、ゴンドワナが送り出したママル・ハンズの新作。
ゴンドワナからはひと足先にゴーゴー・ペンギンが人気を博しましたけれど、
ぼくはゴーゴー・ペンギンより、ママル・ハンズの方を買っています。
ゴーゴー・ペンギンのミニマルな人力ドラムン・ベースは、ちょっと物足りないもんで。

ゴーゴー・ペンギンはピアノ・トリオですが、
ママル・ハンズはベースレスで、サックス、ピアノ、ドラムスのトリオ。
どちらも耽美さに淫するところがあって、そこがまだるっこしく感じるんですが、
新作はそこを抜け出して、もっと明快にやり切った感があって、気に入りました。

なんかこういう明快さって、日本のフォックス・キャプチャー・プランにも似てますね。
ポスト・ロックとクラブ・ジャズを折衷させたフォックス・キャプチャー・プランのサウンドと
ママル・ハンズの音楽性は、同時代的に共振するものを感じます。
どちらのバンドも黒っぽい要素がまるでなく、白人音楽の極北みたいな音楽性で、
アルペジオだらけなクラシック・ピアノのフレージングが目立ちます。
あと、少女趣味な曲調というか、やたらとセンチメンタルなメロディも、よく似てるよなあ。
スウェーデンのエスビョルン・スヴェンソンを継ぐ人たちが、大勢現れてきたってことかな。

ママル・ハンズは、大きく歌う重厚なサックスの音色が、
演奏をきれいごとに終わらせず、ナマナマしい表情を生み出しているところがハナマル。
ライヒとかの現代音楽の方に振り子を向かわせるより、
こういう爽やかなポスト・ロックに向かってくれる方が、好みです。

Mammal Hands "FLOA" Gondwana GONDCD014 (2016)
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真夏の白昼夢 トゥティ・マルヤティ

Tuti Maryati  ELEGI SANG BIDADARI.jpg

まるで白昼夢を見るかのよう。
トゥティ・マルヤティの歌声に、身も心も蕩けます。
なんて清らかな歌声なんでしょう。
それでいて、情けの深さが伝わる丁寧なこぶし回しに、もう身悶えるほかありません。

13年の正調クロンチョン・アルバム以来の新作。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2013-06-21
今回は、いわゆるポップ・クロンチョンのアルバムです。
でも「ポップ」という軽い語感がなんかそぐわなくって、
歌謡クロンチョンと呼ぶのがふさわしいな。

現役世代の作曲家たちが新たに作った曲ばかりなんですが、
それを正調クロンチョンのアスリであったり、ランガムであったり、スタンブルであったりと、
それぞれ伝統的なスタイルで作られているところが、いやぁ、美しいですねえ。
伝統をただ保存するのではなく、このように現代の音楽として更新していく姿は、
歴史ある音楽の継承のあり方として、理想形といえるんじゃないかな。
インドネシア大衆文化の懐の深さをおぼえます。

それにしても、トゥティの歌のうまさには、本当に舌を巻きます。
あの名歌手ヘティ・クース・エンダンさえも凌ごうかという素晴らしさですよ。
いつもアルバムごとに歌い口を変え、
曲の持ち味にもっともふさわしい歌唱で歌い分ける柔軟さにウナらされます。

真夏の避暑向けに、これはうってつけですね。
あ、でも、午睡用には向きません。
デリケートなトゥティの歌声に引き込まれ、
息づかいのひとつも聴き逃すまいと、耳を澄ましてしまうので、
眠るような余裕は露ほどもありません。

Tuti Maryati "ELEGI SANG BIDADARI" Gema Nada Pertiwi CMNP434 (2015)
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ナベサダに曲をパクられたタンザニアのロック・バンド サンバースト

Sunburst AVE AFRICA.jpg

相も変わらずアフロ・ロックやアフロ・ソウルの駄盤が、リイシューされてますねえ。
最近ではオーストリアのPMGが、
ナイジェリアの70年代ものをせっせとストレートCD化していて、
こんなもん、誰が聴くんだろと呆れてしまいます。
アフロ・ラテン、アフロ・ジャズ、アフロ・ロック、アフロ・ソウル、アフロ・レゲエなど、
クロスオーヴァーしたアフリカン・ポップスはいろいろあれど、
DJ/レア・グルーヴ界隈が掘ってるシロモノは、物珍しさだけのクズ盤ばかり。

そんななかで、これは面白いと耳が反応したのが、タンザニアのサンバーストです。
いわゆるB級ものですけれど、このバンドにはB級なりの良さがあります。
73~76年というごく短い期間しか活動しなかったバンドで、
シングル、LPの全録音をコンプリートに収めたばかりでなく、
ラジオ・タンザニアに残した未発表録音を発掘した編集盤となっています。
さすがはストラット、いい仕事していますねえ。

楽曲クレジットばっちり、バンドのバイオグラフィもしっかりと載せた解説は充実していて、
こうじゃなきゃ、リイシューする意味はないですよ。
ジャケットをコピーしただけのCDリイシューをしているDJ/辺境マニア向けレーベルは、
ストラットの足元にも及びませんね。少しは見習いなさいよ、ほんとに。

67年のアルーシャ宣言によって社会主義(ウジャマー)路線をとったタンザニアは、
自国の伝統文化に根差した音楽を奨励し、ロックやソウルなどの西洋音楽を排除したことから、
サンバーストのようなアフロ・ロックのバンドは、アンダーグラウンドな存在でした。
76年のゆいいつのLPも、ザンビアでザンロックをやっていたリッキ・イリロンガと出会い、
ケニヤのアフロ・ソウル・バンド、マタタとの合同ツアーを経て、
ルサカで録音したザンビア盤だったんですね。

解説を読んでいて、あらら、と驚かされたのが、
渡辺貞夫がサンバーストの曲を盗用していたという指摘。
75年モントルー・ジャズ・フェスティバルに渡辺貞夫が出演した際のライヴ
『SWISS AIR』に収録された“Pagamoyo”(“Bagamoyo”の誤記)は、
サンバーストのシングル曲“Enzi Za Utumwani” と同曲だとのこと。
フェイド・アウトで完奏せず、ファンの間で惜しまれていた曲ですけれど、
あの曲がまさか盗用だったとは、知りませんでしたねえ。

サンバーストのザンビア人歌手ジェームズ・ンプンゴの作曲者名はどこにもなく、
改題されて「Traditional」とクレジットされているのだから、これは言い逃れできないでしょう。
この曲はのちに、81年作『ORANGE EXPRESS』でも“Bagamoyo/Zanzibar” として再演され、
このアルバムはビルボードのジャズ・チャートでベスト・セラーに上ったにもかかわらず、
サンバーストは一銭も得ていないと、ライナーノーツで厳しく指摘しています。

70年代の初め、ナベサダは何度も東アフリカを訪問していたから、
その時にケニヤRCAから出ていたサンバーストのシングル盤を入手したんだろうなあ。
大のアフリカ好きだったナベサダは、アフリカをモチーフにした曲を多く書いていましたけれど、
盗用曲があったとは、ちょっと見損なっちゃたなあ。
それにしても、よく調べたもんです。
ヘヴィー・リスナーのDJだからこその発見といえますねえ。

丹念な調査も音楽を愛するからこそ。
音楽と音楽家に対する共感とリスペクトの精神がにじみ出た、リイシュー力作です。

Sunburst "AVE AFRICA" Strut STRUT128CD
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アマリア・ロドリゲス・レコード図鑑

Amalia No Mundo CD Book.jpg

どーーーーーーん!

LPよりわずかに小さいサイズのハードカヴァー・ブック。
全320ページ、オール・カラー、総重量2.6キログラム!!!
もはやこうなると、CDブックなんて呼べるシロモノじゃございません。
百科事典ですな、こりゃ。付属の2CDなんて、オマケみたいなもん。
アマリア・ロドリゲスのデビュー録音からラスト・レコーディングまでの
全レコードを掲載したディスコグラフィー豪華本。ずしりとしたヴォリュームに圧倒されます。

SP盤やオリジナルLPをただ並べるばかりでなく、コンピレーションやEP盤も網羅し、
アメリカ、フランス、イタリア、メキシコ、アルゼンチン、チリ、ベネズエラ、南アフリカ、日本など
ポルトガル国外で出された海外盤LPをふんだんに集め、
世界各国でリリースされたアマリアのレコードを集大成したコレクションとなっています。

さらに、ヴァージョン違いのジャケットも、色の濃淡やフォントの違いをわかりやすく並べ、
レコード・コレクターの心をくすぐる配慮が、すみずみまで行き届いた編集になっています。
クロノロジカルにレコードを並べ、膨大なデータも整理して、索引を付けてくれたのもありがたい。
美しくレイアウトされたデザインは、写真集をめくるのと同じ愉しみがありますね。

もちろん値は張りますよ。
でもねぇ、アマリア・ロドリゲス・ファンを自認する人なら、
この内容で、買うのに何をためらうことがありましょう。
なんの逡巡もせず、ソッコー、いただきましたよ。

アルゼンチンのアマリア・ロドリゲス研究者、ラミロ・ギナスーによる大労作で、
ポルトガルのトラジソンによるリリース。
2CDには、50年代初期録音が収録されています。
20世紀大衆音楽を代表する大歌手のレコードを集大成した、圧巻のレコード図鑑です。

[CD Book] Ramiro Guiñazú "AMÁLIA NO MUNDO : Sinais De Uma Vida Nos Sulcos Do Vinil" Tradisom (2014)
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真夏のマルチニークのベレ

CONCEPT BÈLÈ  SANBLÉ.jpg

真夏の季節にうってつけのパーカッション・ミュージックが届きました。
マルチニークのベレでありまっす。
ここ最近は、フレンチ・カリブのパーカッション・ミュージックというと、
グアドループのグウォ・カをよく耳にしていましたけれど、
マルチニークのベレのアルバムが出るのは、ひさしぶりな気がします。
奴隷時代に起源をもつパーカッション・ミュージックで、
現代もなおナマナマしさを失わないのは、レユニオンのマロヤと双璧でしょう。

この2枚組、歌い手と打楽器奏者総勢20名近くを集めた、企画アルバムなんですね。
歌い手がかわるがわるリードを取り、コーラスとコール・アンド・レスポンスするんですが、
老若男女さまざまな歌い手たちが、いずれもコクのあるノドを聞かせてくれて、
変化に富むばかりでなく、なんとも味わい深いんです。

伴奏は、樽型の太鼓ベレ(タンブーまたはジューバ)とチ・ブワ(2本のスティック)が基本。
数曲で、シャシャ(シェイカー)やコン・ランビ(ほら貝)も加わります。
ちなみに、チ・ブワのことを、架台に載せた竹だと勘違いしている人がいますけど、
竹はバンブー=フラペと呼ばれ、叩く方の短い棒の名前がチ・ブワなんですね。
チ・ブワはベレの基本のリズムを生み出し、
叩くのは必ずしも架台に載せた竹ばかりでなく、本作のジャケットでもおわかりのとおり、
横置きしたベレのボディを叩いたりします。

各曲には、ベレ、ベリヤ、カレンダ、ダミエ、グラン・ベレ、ベネズエル、クードメン、
ティング=バングなどの形式名が書き添えられていて、
リズムやダンスの型に、数多くのヴァリエーションがあることがよくわかります。
ダミエは格闘技、カレンダは戦いの音楽であるように、激しいダンスを伴うものが多く、
ワークソングのように短いフレーズの反復を延々と繰り返す内向きのダンスではなく、
外にエネルギーが向かう、跳躍を伴う瞬発力のあるダンスです。

CD2枚組全編、打楽器と唄とコーラスのみという、シンプル極まりないものですけれど、
パーカッション・ミュージック・ファンにはたまらない逸品。
ぎらぎらとした真夏の陽を浴びて、弾けるリズムの快感に酔いしれます。

V.A. "CONCEPT BÈLÈ : SANBLÉ" Konvwa Moun Bele 6971.2 (2016)
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宮古島の古謡 與那城美和

20160722_輿那城美和.jpg

宮古の唄を堪能してきました。
コンサートではなく、少人数のファンの集いといった
インティメイトな雰囲気で宮古民謡を楽しめたのは、
国吉源次さんを五反田にある20000114_国吉源次.jpg
沖縄料理居酒屋の結まーるで聴いた、00年1月以来ですね。

宮古民謡を知ったのも、国吉源次さんがきっかけで、
平岡正明の『クロスオーバー音楽塾』を読み、
沖縄に電話をしまくってレコードを送ってもらった
78年の冬のことでした(遠い目)。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2012-08-31

宮古民謡は、本島の民謡とはだいぶ趣が違って、
ひとことでいえば、朴訥。
華やかさを感じさせる本島や八重山の唄に比べれば、
ぐっと素朴な佇まいながら、
その底に宿る、揺るぎない強靭さを感じ取れるようになると、
こたえられなくなるんだな。

與那城さんのストレートな発声や、コブシを多用しない節回しはすがすがしく、
CDを聴いていた時から大好きだったんですが、
生で聴いた與那城さんの歌声は、高い調子でも低い調子でも声の音圧が変わらず、
いい歌い手だなあと、あらためて感じ入ってしまいました。

最近では、久保田麻琴さんのフィールド録音や映画「スケッチ・オブ・ミャーク」などで、
広く知られるようになった宮古の古謡ですけれど、
この夜もとりわけ印象的だったのは、無伴奏で歌った古謡「白鳥ぬアーグ」。
マイクなしで聴く與那城さんの発声に、身体の細胞を揺り動かされる思いがしましたよ。

輿那城美和@渋谷Li-Po.jpg

輿那城美和 「宮古島を唄う」 輿那城美和 MFGT01 (2013)
国吉源次 「宮古民謡特集」 丸福 F25-3
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フェラ・クティのお祖父さんの賛美歌 ジョサイア・ジェシー・ランサム=クティ

Black Europe  Bear Family.jpg
Black Europe Disc 37 Josiah Ransome-Kuti.jpgBlack Europe Disc 38 Josiah Ransome-Kuti.jpgBlack Europe Disc 39 Josiah Ransome-Kuti.jpg

ひさしぶりにピーター・バラカンさんのラジオ番組
NHK-FMウィークエンドサンシャインから、お呼びがかかりました。
いつもの1時間40分番組ではなく、夏の特番で3時間40分という拡大版でのゲスト出演です。
夏の特番への出演は、5年前に原田尊志さんと一緒に呼ばれた「カリブ海クルーズ」以来ですねえ。

ピーターさん、以前からフェラ・クティをじっくりと取り上げて特集したかったとのことで、
その相手役にとご指名されたんでした。
え~? でも、フェラ・クティを特集するのなら、
生前のフェラを取材した日本人ジャーナリストが何人もいるのに、
ワタクシでいいんですか?と最初ためらったんですが、是非ということだったのでお引き受けしました。

そんじゃあというわけで、フェラの生涯ときっちりと向き合い、
ファミリー・ヒストリーに始まり、幼少期から亡くなるまでの軌跡を追いながら、
アフロビートの音楽性を浮き彫りにした、番組構成案を立てさせてもらいましたよ。
たたき台のつもりで、選曲を含めた構成を作って提示したところ、
ピーターさんも番組ディレクターも、これで行きましょうと、そのまんま即決。
冒頭1曲目のフェラ・クティとの出会いのきっかけの曲のみ、ピーターさんに選曲してもらい、
あとは全部ぼくの選曲となってしまいました。

思えば、5年前にカリブ海音楽を特集したいという企画案をピーターさんからもらった時も、
アメリカのマイアミからバハマに出発して、カリブ海をぐるっと一周して、
南米・中米に停泊しつつ、最後はニュー・オーリンズに帰ってくるクルーズのアイディアを出したら、
それがそのまま番組構成になったんだよなあ。
選曲も、原田さんにキューバとプエルト・リコをお任せしたほかは、
全部やらせてもらっちゃったんだっけ。
ゲストに呼ばれて、ただトークするだけではなくて、
番組の構成や選曲をさせてもらえるのは、やりがいもあって、嬉しく楽しい限りです。
気心の知れたピーターさんの番組だからこそできることで、ピーターさんに感謝であります。

今回リスナーのみなさんにも、聴きものを用意しようと、
ランサム=クティ家の紹介ということで、
フェラのお祖父さんのキャノン・ジョサイア・ジェシー・ランサム=クティ牧師の2曲を選曲しました。
これは13年にドイツのベア・ファミリーが出した、500部限定44枚組ボックス“BLACK EUROPE” で
初CD化されたもの。あのボックスを買った人はそうそういないと思うので、
ジョサイア・ジェシー牧師の賛美歌を聴くのは初めてという方が、多いんじゃないでしょうか。

ヨルバ・キリスト教会の草分けとして伝説的な人物となったジョサイア・ジェシー牧師は、
67歳の時イギリスに招かれ、22年6月にロンドンで自作のヨルバ語の賛美歌43曲を録音します。
録音はイギリス、グラモフォン社のゾノフォン・レーベルから出され、21枚のSPが発売されました。
ゾノフォンには全世界向けの3000番台シリーズと
南アフリカ向けの4000番台シリーズがあったんですが、
ジョサイア・ジェシー牧師は3000番台シリーズで出た、シリーズ初のアフリカ人歌手だったのでした。

選曲のため、あらためてボックスに収録された
ジョサイア・ジェシー牧師の41曲をじっくり聴き直しましたが、
ピアノ伴奏の賛美歌という形式ではあるものの、低音で朗々とよく響く歌声は魅力的で、
メロディにヨルバらしさがはっきりと感じ取れるところも、とても興味深いものです。

放送は30日土曜日、朝の7時20分から11時までです。ぜひお聞きください。

Rev. J.J. Ransome-Kuti "BLACK EUROPE VOL.37-39" Bear Family BCD16095-37,-38,-39
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狂気が生み出した美 エリス・レジーナ

Elis Regina.jpg

エアコンの効いた車内で聴く、ドライヴ・ミュージックの定盤。
車を運転しなくなってから、かれこれ10年以上、
すっかりごぶさたどころか、まったく聴かないままとなっていることに気づきました。
エリス・レジーナぎらいのぼくが、なぜかこれだけは愛聴した晩年作。
エリスのアルバムと意識せず、
ブラジリアン・フュージョンとして聴いていたというのが、その理由なんですけれどね。

なんてったって、アルバム冒頭と6曲目(当時はLP両面のそれぞれ1曲目)がスゴイ。
回転数間違っちゃったのかと思うほど、尋常ならざるハイ・スピードで
ベースとドラムス、ホーン・セクションがせかせかと疾走する、超高速サンバ。
セーザル・カマルゴ・マリアーノが弾くエレトリック・ピアノの響きが、
都会の高層ビルや高速道路を映し出し、土の匂いなどまったくしない、
アスファルトで埋め尽くされた、アーバン・テイストのサンバをかたどります。

当時最先端だったスタイリッシュなサウンドにノックアウトされ、
苦手なエリス・レジーナの声もあまり気にならず、
むしろギスギスとしたか細く神経質な歌声が、クールなサウンドと奇妙にマッチしていました。
しかし、それはどこか狂気めいた危うさを感じさせるもので、
それが何を意味するのか、当時はわかりませんでした。

ちょうどこの頃エリス・レジーナは来日し、まったく期待せずに観に行ったんですけれど、
いやぁ~、ヒドいもんでしたよ。
力みまくった歌いぶりは、まさにプリテンシャスの塊って感じで、うんざりしました。
この時は、ライヴ・アンダー・ザ・スカイ79のブラジル・ナイトという、
今でいう音楽フェスだったんですけど、
エルメート・パスコアールのステージでは、客が悪乗りして最悪でした。
野外の音楽フェスって、ロクな思い出がないんですよね。
音楽を聴きに来るんじゃなくて、騒ぎに来るだけのバカな客が多すぎます。
不愉快な思いをしたくないので、野外フェスはすっかり敬遠するようになっちゃったなあ。

このわずか2年半後、エリスは突然他界するわけですが、
死因がコカイン中毒に加え、アルコール中毒のせいだったと伝わってきて、
あのアルバムに感じられた狂気の理由が、ようやくわかりました。
痩せた声で、不安定なヴィブラートを付けて歌うボレーロなど、
気持ち悪さの極致でしたけれど、そんなエリスの情緒不安定な歌いぶりは、
病気がもたらしたものと考えれば、至極納得がいくというものです。
思えばライヴでの熱唱もまるで楽しそうでなく、
どこか癇癪をおこしているようにみえたのも、そういうことだったんでしょう。

こんこんと湧き出る生命力を体現したサンバから肉体感を奪い、
エレクトリックでマシナリーなビートに変貌させたジャジーなサウンドは、
深い闇を抱えた病的なヴォーカルと結合して、
妖しいほどにメロウな味わいを生み出しました。
狂喜が生み出した美を湛える、奇跡的な作品といえます。

[LP] Elis Regina "ESSA MULHAR" WEA BR36.113 (1979)
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2代目サンバ/MPBコンポーザー ガブリエル・ヴェルシアーニ

Gabriel Versiani  AINDA SAMBO.jpg

クラウジオ・ジョルジといえば、今年のはじめにアウグスト・マルチンスとの共作で、
サンバ・ファンの頬を緩ませる快作をリリースしたばかりですけれど、
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2016-02-22
クラウジオの息子さんが、サンバ/MPBの良心的レーベル、
フィーナ・フロールからアルバムをリリースしたのには、驚かされました。

その息子の名は、ガブリエル・ヴェルシアーニ。
デビュー作かと思いきや、すでにこれが2作目とのこと。
ギタリスト、コンポーザーとして、すでにキャリアを積んでいる人だそうで、
本作でも父親ゆずりのソングライティングの才能が光っています。

本作のプロデュースを務めたのは、父親のクラウジオ・ジョルジ。
サンバの名シェフとも称されたクラウジオ・ジョルジは、
カルトーラとの共作曲もあるほど、長いキャリアを持つコンポーザーで、
ギタリストとしてもマルチーニョ・ダ・ヴィラをはじめ、
小野リサやサンディーとの共演歴もあるなど、数多くの歌手の伴奏を務めてきた人です。
サンバとMPBを併せ持った同じ資質の息子をプロデュースするのは、最適任でしょう。

そして本作の目玉は、ブラスバンドのオルケストラ・クリオーラを起用したこと。
サックス奏者ウンベルト・アラウージョが中心となり、
リオで結成されたオルケルトラ・クリオーラは、カリブ音楽ふうのグルーヴを
古いサンバに持ち込んだユニークな楽団で、本作に爽やかなサウンドをもたらしています。

サンバでホーンズといえば、ダンサブルなガフィエイラのサウンドが連想されますけれど、
そんな熱を感じさせない、もっとクールな雰囲気のあるウンベルト・アラウージョのアレンジは、
ボサ・ノーヴァやジャズを感じさせ、シャレたガブリエルの楽曲と見事にマッチしています。
アタマからシッポまで生演奏で占められたMPB、
親しみやすいポップさが嬉しいアルバムです。
これでガブリエルの歌に、表情がつくようになれば、言うことなしだな。

Gabriel Versiani "AINDA SAMBO" Fina Flor FF063 (2016)
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ノーヴァ・MPB フィオチ

Fióti  GENTE BONITA.jpg

セウ・ジョルジやロジェーを思わす、ストリート育ちの色気溢れるそのヴォーカル。
柔らかなギターのバチーダに導かれて歌い出すフィオチの歌い口に、背中ぞわぞわっ。
セウ・ジョルジほどやさぐれてはいないとはいえ、
どことなく影のある苦み走った声に、こりゃ、たまら~ん。

たった6曲入りのEP扱いというミニ・アルバムながら、
デジパックのジャケットには、コード付きの歌詞も載せた、
32ページにおよぶ分厚いソングブックが封入され、
デビュー作にかけた意気込みが伝わってきますよ。

「ノーヴァ・ムジカ・ポプラール・ブラジレイロ」とジャケットの片隅に謳われていますが、
サンバをベースにソウルやレゲエを取り入れた音楽性は、ことさら新しい要素はなく、
むしろ70年代MPBに回帰したポップ・アルバムといえます。
今の若手には、オールド・スクールな70年代MPBの方が、新しく感じられるんでしょうか。

フィオチことエヴァンドロ・フィオチは、
B-ヒップ・ホップの新進ラッパーとして注目を集めるエミシーダと兄弟。
クリオーロとの共演などで存在感を増すエミシーダを、
フィオチはレーベル運営などミュージック・ビジネス面から支える裏方役でしたが、
今度は自身も歌手デビューしたというわけですね。

サンパウロのミュージック・シーンに通じていることから、起用したミュージシャンも豪華で、
ロドリゴ・カンポスに日系ブラジル人ドラマーのクルミンはじめ、
サンパウロのユニークなミクスチャー・グループとして注目を浴びる
メタ・メタの女性ヴォーカリスト、ジュサール・マルサルと、
サックス奏者のチアゴ・フランサ(本作ではフルートをプレイ)が参加しているのが注目されます。
ロドリゴ・カンポスと共作したサンバ・ソウルでは、ロドリゴがカヴァキーニョを弾いていますよ。

6曲すべて趣向を変えたカラフルなサウンドで充実した内容のEP、
はやくもフル・アルバムへの期待が高まります。
デビューEPはすごく良かったのに、フル・アルバムが出たら、あれ?
なんてMPB作品もままあるので、そうならないことを期待しましょう。

Fióti "GENTE BONITA" Laboratório Fantasma PD0017 (2016)
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アラビック・ジャジー・ポップ リーム・タルハミ

Reem Talhami.jpg

パレスチナ人歌手のアルバム? これは珍しいですね。
リーム・タルハミは、90年代半ばにワシェムというパレスチナ人グループで
歌手を務めていたという人だそうで、これがソロ・デビュー作のようです。

ウード、ヴァイオリン、カーヌーンといった弦楽器に、
ベース、ドラムス、ダルブッカ、リクのリズム・セクションが付くだけという
シンプルな編成には、ちょっと意表を突かれました。

アラブのポップスといえば、ゴージャスなプロダクションの
シャバービーのような歌謡に耳慣れているせいか、
このシンプルなサウンドは、新鮮でした。

トルコの新作古典歌謡にも通じる味わいのサウンドともいえますが、
こちらは古典ではなく、まぎれもなくポップだという手触りを残すのは、
曲のモダンなセンスゆえでしょうね。
アラビック・ジャジー・ポップとでもいいましょうか。

リームは、エルサレムのルービン音楽舞踏アカデミーで声楽を学んだというだけあって
発声が美しく、こぶし回しも実に巧み。演劇的ともいえるその唱法は個性的で、
アルバムを聴き進めるうちに、ぐいぐい惹きつけられました。

そして驚いたのは、全曲の作曲とアレンジを、
レバノン人DJサイード・ムラッドが務めていたこと。
テクノ/ハウス系DJとばかり思っていたサイード・ムラッドが、
こんなシンプルなプロダクションで、アダルトな味わいを醸し出す曲を作るとは、
予想だにしませんでしたねえ。
そして作詞は、パレスチナの詩人で児童文学の作家としても有名なハレド・ジュマが、
このアルバムのために書き下ろしています。

物語を語るように歌うリームの繊細な歌いぶりと、
デリケートな弦楽アンサンブルの演奏は、まさしく詩的な美しさに満ち溢れています。
アルバム・リリースのお披露目コンサートは、ガザで行われたのだそうで、
その場所を選んだリームの思いは、パレスチナの人々の魂に強く響いたことでしょうね。

Reem Talhami "YIHMILNI ELLEIL" no label no number (2013)
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ニックネームは左利き サラミ・バログン

Salami Balogun ADLP1005.jpg   Salami Balogun OLPS0271.jpg

ユスフ・オラトゥンジに比べて、ほかのサカラのミュージシャンは、
ロクにCD化されていないといったボヤキを、以前ここに書いた記憶があります。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2013-08-16
サラミ・バログンのCDは、『ポップ・アフリカ800』に載せた1枚しか持っていなかったんですが、
今回まとまって5作が入ってきました。

サラミ・バログンは、13年にレゴスで生まれたサカラのミュージシャンです。
30年代にサカラを初めて録音したアビブ・オルワのグループに、
サカラ(平面太鼓のトーキングドラム)のプレイヤーとして雇われ、
左利きでサカラを叩く姿が評判となってレフティ(左利き)のニックネームが付き、
当時はレフティ・バログンを名乗っていました。

アビブ・オルワのグループには、のちにサカラの大物となるユスフ・オラトゥンジをはじめ、
ババ・ムカリア、バメケ、イドウ、ノシル・アイェケなどのトップ・プレイヤーたちが揃っていました。
ユスフ・オラトゥンジはバログンより4歳年上で、バログンはグループの最年少でした。
64年にアビブ・オルワが食中毒で死去すると、ユスフ・オラトゥンジやババ・ムカリアたちは
自分のグループを立ち上げ、グループを離れていきます。
バログンは、残った古参メンバーとともにグループを引き継ぎ、
打楽器のサカラから弦楽器のモロに持ち替え、サラミ・バログンを名乗ってサカラを歌い始めます。
ユスフ・オラトゥンジが破竹の勢いで成功を収めるのを横目にみながら、
レゴスを中心にじわじわと人気を広げ、やがてユスフのライヴァルとみなされるまでになりました。

今回手に入ったCDは、アデトゥンジとババラジェという二つのレーベルですが、
原盤はすべてオモ=アジェ・サウンド・スタジオです。
オモ=アジェの権利は、現在ババラジェが所有していますけれど、
オモ=アジェ・サウンド・スタジオのオーナー、S・アデトゥンジが、
個人レーベルとしてCD化しているようですね。

もっとも録音が古そうなのが、アデトゥンジの271番で、短い曲が12曲収録。
モロを弾いている曲とゴジェを弾いている曲が、半々ずつ収録されています。
声が若々しいので、60年代録音と思われます。
EP(もしくはSP)で出ていたものを、LP時代に再編集して出したものかもしれません。
針音のノイズが残念なんですけど、ぼくにとっては、これが今回最大の収穫でした。

Salami Balogun ADLO1003.jpg   Salami Balogun Plays Sakara Volume 3.jpg

そして、アデトゥンジの1003番は、バログンの初LPと思われる10インチ盤の第1集。
LP時代になると、片面ノンストップ形式になります。
この第1集ではモロは弾いておらず、ゴジェだけを演奏しています。
オモ=アジェの10インチ盤は、少なくとも第8集まで出ていたようで、
ぼくはモロを抱えているジャケット写真の第3集を持っています。

Salami Balogun Sakara Music.jpgSalami Balogun OLPS03.jpgSalami Balogun OLPS04.jpg

ババラジェ盤の3作の原盤は、12インチ盤と思われますが、
3番の1曲目(LPのA面)で、演奏の中ごろまでモロを弾いていて、
終盤でゴジェに持ち替えているのが聴きものです。
モロを弾いているのは初期だけだと思ってたんですけど、そうでもなかったんですね。

Salami Balogun "OLOYE EKO HEAD OF STATE" Babalaje Music ADLP1005A1
Salami Balogun and His Sakara Group "ITAN ANOBI" Adetunji OLPS0271
Lefty Salami Balogun and His Sakara Group "VOL.1 : ALHAJI ISHOLA AJOSE" Adetunji ADLP1003
[10インチ] Salami Balogun (Lefty) and His Group "PLAYS SAKARA VOLUME 3" Omo-Aje Sound Studio/Parlophone PNL1023
Salami Balogun "SAKARA MUSIC" Babalaje Music no number
Salami Balogun and His Sakara Group "LEFTY DOUBLE ALBUM 1" Babalaje Music OLPS03
Salami Balogun and His Sakara Group "LEFTY DOUBLE ALBUM 2" Babalaje Music OLPS04
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イジェサランドのアダモ アデダラ・アルンラ

Chief Adedara Arilhunra Loja Oba MILIKI DANFO.jpg

いやぁ、これはカンゲキ。アダモがCD化される日がやってこようとは。
日本全国のヨルバ・ミュージック・ファンの皆さま、お待たせしました。
アダモのアデダラ・アルンラがCD化されましたよ。

フツーのアフリカ音楽ファンにとっては、「誰だよ、それ」でしょうけど、
ディープなナイジェリア好きなら、アダモと聞いたら、ぴくんと反応するものがあるはず。
というのも、アダモのレコードはなかなか手に入りづらかったからで、
ぼくも90年にナイジェリア現地で入手した2枚しか持っていません。

アダモというのは、ヨルバ人のサブ・グループ、イジェサ人の伝統音楽です。
ヨルバランドの東端にあたるナイジェリア南西部オシュン州のイレシャには、
イジェサの王宮が置かれ、いまもオワ・オボクンと呼ばれる
最高指導者(俗に「王様」)による自治が行われています。
毎年オワ・オボクンの宮殿で行われるイウデ・イジェサのお祭りでは、
アダモが演奏されているそうです。

また、アダモは、数あるトーキング・ドラムの名前のひとつでもあることを、
以前ダダクアダについて書いた記事の中で触れました。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2011-05-17
トーキング・ドラムの名称が音楽の名前にもなっているように、
トーキング・ドラムはアダモの中心的役割を果たしています。

リズム・キープ役のトーキング・ドラムをバックに、
リード・トーキング・ドラムが自在に打ち込んでくる雄弁なプレイは、
アパラと同じスリルを感じさせるもので、
アダモもドゥンドゥン・ミュージックを出自としているのでしょう。

バウンスするトーキング・ドラムに、金属製の小物打楽器やシェケレなどの
各種打楽器が絡むアンサンブルは、ヨルバ・ミュージックの真骨頂ですね。
さらに、アデダラの枯れた節回しの味わい深さといったら、もうたまりません。
中盤からじわじわと熱気を増していくところは、ぼくが持っているLPと同内容。
70年代末か80年代初めの録音と思われます。

ちなみにこのCD、なぜかアルンラでなくアリフンラと書かれているのですが、
おそらくこれは誤記と思われますので、念のため。

High Chief Adedara Arihunra Loja Oba "MILIKI DANFO" Oluwatobi no number
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良質ブラジリアン・フュージョン ルイス・ド・モンチ

Luis Do Monte  FRACTAL.jpg

エルメート・パスコアールが在籍した伝説のブラジリアン・ジャズ・コンボ、
クアルテート・ノーヴォのギタリスト、エラルド・ド・モンチの息子がデビュー。
ルイス・ド・モンチも父親譲りのギタリストで、デビュー作の本作は、
お父さんのエラルドをはじめ、御大エルメートと奥さんのアリーニ・モレーノもゲスト参加。
メンバーには、エルメートのバンドで長年ドラマーだったネネほか、エルメート人脈がずらり。

エルメート一派じゃ、ぼくの守備範疇外だなと、なんの期待もせず試聴したところ、
ポップなメロディに、スムースなフュージョン・サウンドが飛び出したのには、ビックリ。
このサウンドのテクスチャーは、ジャズじゃなくて、フュージョンのセンスだよねえ。
ルイスのフレージングは、オーソドックスなジャズ・ギターのスタイルで、
トリッキーなお父さんのギター・プレイとは、まるで趣向が異なります。

イノセントなエルメートの音楽性からの影響も、ほとんど感じられません。
ということで、ぼくのようなアンチ・エルメート・ファンには、たいへん好ましい人でありますが、
エルメート・ファンからは、軟弱フュージョンとか悪口言われちゃいそう。

レパートリーは自作曲を中心に、お父さんの曲や、
ピシンギーニャやジャコー・ド・バンドリンの定番ショーロなどを演奏しています。
多重録音されたギターとドラムスで聞かせるピシンギーニャの“Lamento” や、
ギター3台で演奏したジャコーの“Noites Cariocas” は、
ジャズ・ショーロといた趣が聴きものとなっています。
ルイスは、エレクトリック、アクースティック(ナイロン・スティール両方)、カヴァキーニョのほか、
フレットレス・ベースやトランペットを多重録音で演奏しています。

正統派といえるジャズ・ギターの腕前ばかりでなく、
多重録音で生み出すサウンドの豊かなアイディアは、
プロデューサーとしての才能を強く感じさせる人ですね。

Luis Do Monte "FRACTAL" Biscoito Fino BF419-2 (2016)
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無調ジャズ スティーヴ・コールマン

Steve Coleman  INVISIBLE PATHS - FIRST SCATTERING.jpg

たま~にですけれど、無機的な音楽を聴きたくなることがあります。
幾何学的というか、アブストラクトな音列で満たされた演奏を欲するんですね。
あ、現代音楽の話じゃないですよ。ジャズの話です、はい。

それにはきわめて実用的な理由があって、書き物をする時、
情動を呼び覚まされるメロディだと、うっとうしいんですね。
それでも、なんらかの音は鳴らしていたいという時、
調性を感じさせる音程を避けた音の羅列が心地良く、仕事のジャマにもならないんです。
環境音楽じゃダメなの?と訊かれそうですけれど、
アンビエントなんかでも案外耳に引っかかるものがあって、
心地よい音が心地よくないんですよ。

そういう時の定盤になっているのが、スティーヴ・コールマンの07年ツァッディーク盤。
全16曲71分、すべて無伴奏アルト・サックス・ソロという、
コールマンのキャリアの中でも、もっとも異色といえるアルバムです。
変拍子ファンクのM-BASE路線のアルバムと違って、
話題すらのぼったことがないのは、いささか冷遇されすぎな感がありますけれど、
ぼくはコールマンの代表作と信じて疑っておりません。

サックスの無伴奏ソロというと、咆哮したり、もったいぶって吹いたりする
フリー・ジャズを連想しがちですけれど、
そんなギミックとは無縁の、律儀といえるほど丁寧な吹奏をしていて、
コールマン独自のサックスの語法で、淡々と演奏しているところがいいんです。

この「淡々と」というところがキモで、熱くブロウしまくるとか、
切れ味鋭くリズムにのるといった演奏でないからこそ、耳奪われる場面がなく、
気持ちよく聞き流せるんですね。
フリー・ジャズのように、音楽との対峙を人に求めるような演奏じゃなくて、
純音楽的というか、余計な精神性をまとわない演奏が、
ぼくにはとても好ましく聴けるのでした。

それにしても71分の長さで、一瞬たりとも耳なじむメロディが現れない無調ぶりは、
スゴイとしか言いようがないですね。
これもまた無調音楽、否、無調ジャズといえるんでしょうか。

Steve Coleman "INVISIBLE PATHS : FIRST SCATTERING" Tzadik TZ7621 (2007)
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ボルガタンガのハウリン・ウルフ ボラ・ナフォ

Bola Nafo  VOL.8  ZUO WAM TE YIRE ME.jpg

オウサム・テープス・フロム・アフリカがディスク化して世界に知られるようになった、
ガーナ北東部ボルガタンガのコロゴ弾き、ボラ。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2012-05-03
コロゴという音楽は、のちにキング・アイソバの登場によって、
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2014-07-12
大きな注目を浴びましたけれど、そのボラのガーナ盤新作を入手しました。

“VOL.8” と表紙にあるので、
オウサム・テープス・フロム・アフリカがディスク化したアルバムの次作にあたるようです。
“VOL.7” にはボラとしか書かれていませんでしたが、こちらではボラ・ナフォを名乗っています。
タンクトップにジーンズという普段着姿は、ガーナのそこいらにいるお兄ちゃんといった感じで、
山下清や石川浩司を思わせますね。

シンセ、ベース、ドラムマシンをバックに、コロゴを弾き語るスタイルに変化はありませんが、
新たな機材を買い替えたのか、レコーディング環境が良くなったのか、
チープさは一掃され、見違えるサウンド・クオリティとなりました。
前作は、チープなシンセ音が不協和音を奏でるという面白味もありましたけれど、
やはり本作ぐらいのクオリティがなければ、一部のマニアが喜ぶだけで終わっちゃうもんね。

ボラ・ナフォがキング・アイソバに触発されたことは、
オウサム・テープス・フロム・アフリカ盤の解説にも触れられていましたけれど
(二人はいとこ同士という不確かな情報もあり)、
ボラ・ナフォが師と仰いだのが、フラフラ人の伝統音楽コロゴをモダン化したガイ・ワンでした。
そのガイ・ワンことアバアネ・アカガーゴの名が本作の献辞に挙げられています。
ドイツのポエッツ・オヴ・リズム一派とコラボした7インチなどで、
一部に知られるだけのガイ・ワンですが、
そろそろ真打ち登場のソロ・アルバムを期待したいですね。

ところで、話は戻って、このボラ・ナフォの第8集、
どなるような奔放なヴォーカル・スタイルは、今回も圧巻です。
シンプルな反復を繰り返す曲を、濁りのある声を振り絞るように
パワフルに歌い切っていて、いや~、すんごい。圧倒されます。

粗っぽいようでいて、じっくり聴き込むと味わいのある節まわしをしていて、
聴けば聴くほどに、惹きつけられてしまいますね。
反復フレーズをひたすら繰り返す音楽は、
ミニマルなトランス・ミュージックといえるでしょうが、
そこに宗教的な呪術性は感じられず、むしろ人懐こいユーモアを感じさせるのがコロゴですね。
この音楽の出自は、ミンストレルにあるんじゃないのかなあ。

ミンストレルなら、単調な曲であることも、ヴォーカルの面白味もナットクできます。
キング・アイソバをリリースしたオランダのレーベルからリリースされた、
アイソバのフォロワー、プリンス・ブジュのデビュー作“WE ARE IN THE WAR” が
存外に退屈だったのも、ヴォーカルに面白味がなく、歌が平凡だったからですね。
コロゴという音楽じたいはシンプル極まりないものなので、
アイソバやボラのようなアクの強さが、歌に必要といえるのかもしれません。

Bola Nafo "VOL.8 : ZUO WAM TE YIRE ME" Africa Audiovisual no number
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フレンチ・クレオールのルーツ探訪 レイラ・マキャーラ

Leyla McCalla  A DAY FOR THE HUNTER, A DAY FOR THE PREY.jpg

デビュー作がラングストン・ヒューズの詩に曲をつけた作品なら、
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2014-04-23
2作目は、民族音楽学者ゲージ・アヴェリルの本の書名を
アルバム・タイトルにするという、相変わらず学究肌のレイラ・マキャーラ
(「マッカーラ」とか書かれてますけど、ピーター・バラカンさん、違いますよねえ)。

97年にシカゴ大学出版から出されたその本は、
ハイチの現代史とポピュラー音楽を概説した内容だとのこと。
本のタイトルは、ハイチの古いことわざ
“Yon jou pou chasè a, Yon jou pou prwa a” から取られています。

この本にインスパイアされて制作された新作、ということなんですが、
レイラの生硬な歌いぶりは変わっておらず、歌手としては好みになりにくいタイプ。
それでも手が伸びたのは、レイラのハイチをルーツとする
フレンチ・クレオール音楽に惹かれるからです。
ハイチ音楽ファンには、ほぉ、と嬉しくなるレパートリーが並んでいるんですね、これが。

まず、よく知られているハイチ民謡では、“Fey-O” が選ばれています。
90年代のミジック・ラシーンのムーヴメントで、
アリステッド支持派によるアンセムとして再評価された曲ですけれど、
一般には、サイモンとガーファンクルの『明日に架ける橋』のリマスターCDに収録された
エキストラ・トラック“Feuilles-O” で知られているといった方が通りがいいかな。くやしいけど。

農耕の精霊アザカに捧げたヴードゥーの宗教歌“Minis Azaka” は、
多くのハイチ人音楽家によってポピュラー化された曲です。
イッサ・エル・サイエの録音も残っていて、“LA BELLE EPOQUE VOLUME 2” で聴けます。

“Peze Café” も古いハイチ民謡で、クレオールで歌われる賛美歌になっています。
最近では、クンバンチャから登場したラクー・ミジクのアルバムの中でも歌われていましたね。
そちらでは、クレオール綴りの“Peze Kafe” と書かれていました。

ミジック・ラシーンのアーティストたちの精神的支柱となったハイチのシンガー・ソングライター、
マノ・シャルルマーニュの代表曲“Manman” も取り上げられていますよ。

こうしたハイチのクレオール・ミュージックに混じって、
フレンチ・クレオールで歌われるケイジャンの“Les Plats Sont Tous Mis sur la Table” や、
バンジョーとクラリネットがクレツマーの響きを醸し出す“Far from Your Web” が
とても魅力的に響きます。

これほど芳醇に文化が交叉したクレオール・ミュージックでありながら、
まったく土の匂いもしなければ、野趣な味わいもないのは、新世代ルーツ・ミュージックの特徴。
蒸留された純度の高さを示すものと、ここは好意的に解釈しましょう。

Leyla McCalla "A DAY FOR THE HUNTER, A DAY FOR THE PREY" Jazz Village JV570116 (2016)
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