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ジャズでもなければショーロでもない エドゥアルド・ネヴィス

Eduardo Neves  Equador.jpg

前回のショーロ・セッションの記事で触れた
サックス/フルート奏者エドゥアルド・ネヴィスのソロ作です。

買った当初に、「うわぁー、これ、いい!」と思わせるような
引きの強さがあるわけではないので、記事に書かなかったものの、
妙に胸に残って、繰り返し聴きたくなるアルバムなんですね、これが。
普段使いのつもりで買ったセーターが、
とても身体になじんで、すっかりお気に入りになったみたいな。
じわじわとその良さに惹き込まれる、スルメ盤であります。

いちおう、ジャズのアルバム、といっていいんだと思うんですよ。
なんですけど、ジャズにしては、あまりにも歌ごころ溢れんばかりなのは、
北米とも欧州とも違う、ブラジルのジャズならではといえます。
もちろんその訳が、ショーロの伝統を引き継いでいるからなのは、言うまでもありません。

1曲目から妖しいオリエンタルなメロディをラテンのニュアンスで、
不思議なアラボ=ラテンな曲を演奏するかと思えば、
2曲目もドラムスが叩くリズムはジャズのセンスですけれど、
主役のフルートの吹奏は、ジャズというよりショーロのセンス。
でも、これがショーロのアルバムかといえば、ジャズ・マナーの演奏も多く、やっぱり
「ジャズのアルバム、といっていいんだと思う」のふりだしに戻る、なんですね。

ブラジルには、こういうインストゥルメンタルのアルバムが多いですよね。
BGMにするには、あまりに聴きどころありすぎな、エスプリの効いた演奏集。
なんせ、ブラジルのレコード創世記は、歌ものよりインスト演奏の方が多かったんだもんねえ。
ジャズより歴史の古い、ブラジルのインストゥルメンタル音楽の奥行きの深さを感じます。

ぼくのごひいきのハーモニカ奏者ガブリエル・グロッシも1曲参加、
クラリネットのルイ・アルヴィン、トランペットのアキレス・ジ・モライスのプレイも
耳をそばだてられます。ルイのクライネットには泣かされました。いいね、この人。
ゲストの女性歌手が歌うトラックもすがすがしく、
静謐なメロディに立ち上るエドゥアルドのエモーショナルなサックス・ソロが際立ちます。

ジャズでもなければショーロでもない。
親しみやすいインストゥルメンタル音楽に仕上がっているところが、ぼく好みです。

Eduardo Neves "EQUADOR" Tenda Da Raposa TDR001 (2012)
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ショーロ・カリオカのセッション

SÓ ALEGRIA  TDR003.jpg

うわぁん、嬉しい~。
3年前に入手しそこねた、インディのショーロ・アルバムを見つけましたあ。

ブラジルのインディは、リリースされたらソッコー手に入れるのが鉄則。
あとから探そうたって、捕獲はまず絶望的になっちゃいますからねえ。
再プレスされるなんてことは、まずないので、
手に入れ損ねたら、中古で根気よく探すしかないんですけど、まあ無理筋であります。
というわけで、これも諦めていたCDだったので、
ひょっこり某ショップの新入荷で見つけた時は、飛び上がっちゃいました。

本作は、サンバやショーロのレコーディングでひっぱりだこの、
実力者4人が集まったショーロ・セッション。
以前ソロ作を話題に取り上げたことのあるバンドリン奏者ルイス・バルセロス、
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2015-04-20
パゴージ・ジャズ・サルジーニャス・クラブのオリジナル・メンバーの管楽器奏者エドゥアルド・ネヴィス、
ヤマンドゥ・コスタに続いて注目を浴びる7弦ギタリストのロジェリオ・カエターノに、
革新的なショーロ・グループ、ノ・エン・ピンゴ・ダグアの創設者で、
最近は犬塚彩子や渡海真知子のアルバム・プロデュースでも知られる、
パンデイロの名手でプロデューサーのセルシーニョ・シルヴァの4人です。

レーベルはテンダ・ダ・ラポサで、CD番号が3番の本作、
そういえばこのレーベルの1番は、サックス奏者のエドゥアルド・ネヴィスのソロ作でしたね。
そのソロ作でも、パゴージ・ジャズ・サルジーニャス・クラブでも、
エドゥアルドはジャズ奏者の顔でプレイしていましたけれど、
本作では完全にショーロのスタイルで演奏していて、ジャズはおくびにも出していません。

レパートリーはメンバー4人が持ち寄ったオリジナルのショーロ曲で、
歌心溢れるスロウな曲あり、ユーモアに富んだ曲調ありの
多彩なレパートリーで、4人の熟達したプレイを堪能できます。

腕自慢にならず、プレイヤー同士が楽しみながら演奏していて、
遊びごころに溢れたセッション。リラックスしていても、
実力のあるメンバー揃いなので、プレイは十分に聴きごたえあり。
過度にアーティスティックになることもなく、
すべてが程よくバランスのとれた、ショーロ・セッションの理想形です。

Celsinho Silva, Luis Barcelos, Eduardo Neves and Rogério Caetano "SÓ ALEGRIA" Tenda Da Raposa TDR003 (2013)
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センバを背骨にしたアフロ・ポルトゲーズ・クレオール・ミュージック ユリ・ダ・クーニャ

Yuri Da Cunha  O Intérprete.jpg

やあ~っと、手に入りました。
アンゴラの若手センバ歌手ユリ・ダ・クーニャの15年新作。
たくもー、なんでこんなにアンゴラものは流通悪いのかなあ。
ポルトガル盤であれ、アンゴラ盤であれ、フィジカルがまったく出回ってないんですよね。
新作すらハード・トゥ・ファインドという状況なんだから、やんなっちゃいますよ。
これじゃあ、アンゴラ音楽の盛り上がりが世間に伝わらないのも、無理ないよなあ。

08年作の“KUMA KWA KIÉ” と12年作の“CANTA ARTUR NUNES” にカンゲキしたのが、
ちょうど1年前。その時からずっと探していた15年新作だったわけですが、
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2016-03-21
期待にたがわぬ出来で、待ったかいがあったというもの(待ちたかないけど)。
あぁ、2016ベスト・アルバムに間に合わなかったのが、なんともシャクであります。

センバがアフロ・ポルトガル系クレオール・ミュージックとして進化した姿をくっきりと打ち出していて、
その仕上がりは、エディ・トゥッサの最新作と同等のクオリティ。
先人のセンバに対する敬愛の念は、エディ以上に強いものがあり、
往年のセンバ歌手アルトゥール・ヌネスのカヴァー・アルバムを出したユリらしく、
今回は伝説のンゴラ・リトモスの曲を、オープニングに取り上げています。

ギターとパーカッションの伴奏によるその曲“Bong'omona” は、
伝承歌をモチーフにしたとおぼしき曲で、
カーニバル・ソングのような快活さが、めっちゃチャーミング。
半世紀以上も昔のアンゴラを思わせる曲をオープニングにもってくるところで、
はやグッときちゃいましたよ。

センバでのみずみずしい歌いっぷり、
クレオール・ポップたるキゾンバで聞かせるシャープな切れ味も、
華のあるポップ・スターそのものですよね。
センバとメレンゲとルンバがひとつの曲の中で同居した“Celina” など、
アンゴラならではのクレオールの音楽性を発揮したサウンドにも圧倒されますよ。

さらに今作では、カーボ・ヴェルデ音楽との邂逅も聴きもののひとつとなっていて、
前のめりにつんのめるようなカーボ・ヴェルデのダンス音楽フナナーを鮮やかにキメているほか、
アルバム・ラストは、優雅なヴァイオリンの響きも麗しい歌曲モルナで締めくくっています。
ボーナス・トラックとクレジットされたこのモルナは、なんとトー・アルヴィスの共作。
トー・アルヴィスは、カーボ・ヴェルデの知られざる才人で、
06年にリリースした自主制作盤は、カーボ・ヴェルデ音楽屈指の名盤です。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2010-04-26

『アフリカン・ポップス! 文化人類学からみる魅惑の音楽世界』(明石書店 2015)で、
「カーボ・ヴェルデのクレオール音楽」の章を書かれた青木敬氏が、
本作を推薦ディスクに取り上げているのを見た時は、我が意を得たりと思ったものです。

昨年の『ミュージック・マガジン』9月号で紹介したエディ・トゥッサの新作が、
同誌のワールド・ミュージック年間ベスト10入りの栄冠に輝いたイキオイを借りて、
今年はぜひユリ・ダ・クーニャをごひいきに、よろしくお願いいたします。

Yuri Da Cunha "O INTÉRPRETE" LS Republicano no number (2015)
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コンゴ音楽のベル・エポックを回顧して ディノ・ヴァング&ントゥンバ・ヴァレンティン

Dino Vangu & Ntumba Valentin.jpg

ロシュローのアフリザ・アンテルナシオナルで活躍した
コンゴ・ルンバレーズの名ギタリスト、ディノ・ヴァングが、
トゥンバ・ヴァレンティンというトランペッターと共同名義で、新作をリリースしましたよ。
これがなんと、コンゴ音楽のベル・エポックを回顧した60~70年代の名曲集なんですね。

オープニングは、グラン・カレとアフリカン・ジャズ時代に
ロシュローが作曲した“Adios Tete”。
続いて2曲目は、グラン・カレと袂を分かったロシュロー、ニコ、ロジェらが旗揚げした
アフリカン・フィエスタ時代のロシュローの曲“Ndaya Paradis” です。
途中にディノ・ヴァングの代表曲“Kiyedi” も挟んで、
ラストはグラン・カレの一大名曲“Independance Cha Cha” で締めくくるというレパートリー。

う~ん、このまろやかさといったら。オールド・ファン泣かせですねえ。
ギターは、ソロもミ・ソロ(リード・ギターとリズム・ギターの間を取り持つ役割を果たすギター)も
ディノが弾いていて、ントゥンバともう一人のトランペッターとサックスの3管編成。
エレガントなルンバ・コンゴレーズに、メロメロになるほかありません。
オールド・スクールだの、ただの懐メロだのと、言いたいヤツには、言わせときゃいいんですよ。
このニュアンス豊かなサウンドは、
ウチコミのジャストなリズムで満足できるような鈍感なヤツには、もったいないって。

ベラ・ベラ、マキナ・ロカ・ディマイェなどのバンドを経て、
78年にロシュローのアフリザ・アンテルナシオナルの参加したディノ・ヴァングは、
ディジー・マンジェクとのコンビによるシャープなギター・ワークで一時代を築いたマエストロ。
本作はアンサンブルを重視したサウンドで、目立つソロなどは弾いていないものの、
多重録音したソロとミ・ソロのギターの絡みのうまさや、
ソロのトーンのきらきらとした響きに感じ入っちゃいますね。

フィーチャーされる5人の歌手いずれも、
黄金時代のルンバを歌うにふさわしい声と歌いぶりで、申し分ありません。
この優雅なダンス・ミュージックが、40年後にはケツをぐりんぐりん回して踊る
エロ・ダンスのンボンドロに変化してしまうなぞ、誰が予想できたでありましょうか。

Dino Vangu & Ntumba Valentin "LA BELLE EPOQUE MUSICALE DU CONGO" Ya Dino & Ntumba no number (2016)
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アンゴラの伝説 ンゴラ・リトモス

O Lendario Tio Liceu E Os Ngola Ritmos.jpg

ンゴラ・リトモスは、アンゴラ初のポピュラー音楽グループとして知られ、
アンゴラのポピュラー音楽史上、最重要とみなされているグループです。
アンゴラのポップスを年代別にまとめたフランス、ブダの名編集シリーズでも、
シリーズ第1弾の60年代集の冒頭2曲が、ンゴラ・リトモスでしたっけ。
表紙にもンゴラ・リトモスの写真が飾られていて、
アンゴラのポピュラー音楽を語るなら、ここから始めなければ話にならん!
といった確固たる編集姿勢が感じられたものです。

ANGOLA 60’s  1956-1970.jpg

だというのに、いまだンゴラ・リトモスの単独リイシューCDの1枚すらないんですからねえ。
どーなっとんじゃい、コラ。アンゴラの責任者、出てこ~い!
アフリカには、まだまだ掘り起こさなければいけない音源が山ほどある証左ですね。
音源は未復刻なんですが、ンゴラ・リトモスを率いたリセウ・ヴィエイラ・ディアスを懐古しながら、
アンゴラのポピュラー音楽の黎明期を振り返るドキュメンタリーが、
ポルトガルで10年に制作され、DVD化されていることに気づきました。

ンゴラ・リトモスは、のちに「アンゴラのポピュラー音楽の父」と称された
リセウ・ヴィエイラ・ディアスのもと、ドミンゴ・ヴァン=ドゥネン、アマデウ・エモリン、
マリオ・ダ・シルヴァ、マヌエル・ドス・パッソス、ニノ・ンドンゴによって47年に結成されました。
ギター2台とコンガ式の太鼓とスクレイパーを伴奏に、
カーニヴァル起源のカズクータのリズムをミックスしたダンス音楽のセンバや、
葬儀で歌われる嘆き歌に影響されたラメントなど、
民俗的な題材をモチーフにした曲をキンブンド語で歌い、
従来なかったモダンなアンゴラのポップスを作り出しました。

彼らが取り入れたディカンザというスクレイパーは、
のちにアンゴラを代表するシンボリックな楽器ともなります。
ディカンザは、ブラジルの木製のレコ・レコに似たスクレイパーです。
レコ・レコはいまでは金属製になっていますけれど、昔の竹筒でできたレコレコは、
表面の刻みをスティックで擦って音を出す打楽器で、30~40センチ位の長さのものですが、
ディカンザは1メートル近くもの長さがあるんですね。

50年代に入って女性歌手のロウデス・ヴァン=ドゥネンとベリータ・パルマの2人を迎えると、
グループの人気は絶大となり、アンゴラの文化的アイコンにまで押し上げられていきました。
リーダーのリセウはじめ、メンバーはアンゴラ解放人民運動(MPLA)のメンバーだったことから、
独立運動を支持する大衆に大きな影響力を及ぼすようになり、
植民地政府にとって危険な存在となっていったのでした。

そして、ついに59年、リセウとアマデウは不当逮捕され、
カーボ・ヴェルデのタラファル刑務所に送られたまま、10年間帰還を許されませんでした。
その後グループはリーダーを失いながらも、エウクリデス・フォンテス・ペレイラ、
ジョゼ・コルデイラ、ジェジェ、ショドらによって活動を続けました。
69年にリセウはようやく釈放されアンゴラへ帰国しますが、活動は厳しく制限され、
75年の独立を迎えるまで、実質的な活動は一切できませんでした。

そんなリセウの軌跡を追ったこのドキュメンタリーは、
リセウ逮捕後も活動を継続したンゴラ・リトモスがリスボンでTV出演した時の映像のほか、
元メンバーや関係者の証言から、アンゴラのポピュラー音楽黎明期に
リセウが果たした功績を浮き彫りにしています。

独立闘争時代にアンゴラのアンセムとなった“Muxima” を、
かつてのメンバーとともに歌う晩年のステージ・シーンも、感動的です。

[DVD] Dir: Jorge António "O LENDÁARIO "TIO LICEU" E OS NGOLA RITMOS" Lusomundo 663178D (2011)
Ngola Ritmos, San Salvador, Duo Ouro Negro, Sara Chaves, Lily Tchiumba, Os Kiezos, Vum Vum, Ruy Mingas and others
"ANGOLA 60’S 1956-1970" Buda Musique 82991-2
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グアドループのファム・ファタール タニヤ・サン=ヴァル

Tanya St-Val  VOYAGE.jpg

ズークが爆発した80年代半ば。
ズークのアイドル・シンガーとしてジョセリーヌ・ベロアールと人気を二分した
タニヤ・サン=ヴァルが、いまだ衰えぬ魅力を発揮しているのは、
デビュー作から30年来追っかけてるファンにとって、嬉しい限りです。

いくらアイドル・シンガーといえど、さすがに50を超えれば、
若い時の魅力と同じままというわけにはいかなくなるものなのに、
この人のチャーミングさは不変。
押しの強い肉食系・妖艶キャラが持ち味のタニヤだからこそ、
若さ勝負のカワイコちゃんタイプでは突破できない、年齢の壁を乗り越えられるのかも。
耳元で囁くように歌う甘やかさと、男をかしづかせるセクシーさは、
ファム・ファタールのような魔性を感じさせますよね。

さて、そのタニヤの新作、08年の“SOLEIL” 以来8年ぶりとなるアルバムです。
UVカット化粧品のポスターみたいなジャケットが、
グアドループからの風を感じさせ、爽やかじゃないですか。
なんと2枚組という力の入った作品で、それぞれ“SOLEIL” “LUNA” と題しています。

2枚の制作陣はそれぞれに違い、念入りに仕上げたんですね。
どちらも収録時間は30分前後で、1枚に収めることもできたはずですが、
あえて2枚組にしたのは、サウンド・カラーの違いを強調したかったんでしょう。

『お日さま』編は、原点回帰といえるシンセを重ねたサウンドで、
割り切った大振りのビートを強調したストレートなズーク。
一方の『お月さま』編は、ジャジーなズークを聞かせます。
スキマのあるサウンドで、ブーラ(太鼓)などのパーカッションを効果的に使い、
細分化されたリズムを強調していて、ぼくの好みは『お月さま』編の方。

寒い冬を忘れさせてくれる、嬉しいズーク快作。
ここんところズークを聴いてなかったなあという方にも、オススメです。

Tanya St-Val "VOYAGE" Netty Prod & Mizikarayib NP12-2016 (2016)
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アフロペルーのダイナマイトな夜 マヌエル・ドナイレ

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ダイナマイト! シビれたぁ~♪
新年早々、松が明ける前に、こんな素晴らしいアフロペルーのライヴを堪能できるなんて。
どうするよ、いきなり、こんなスゴいもん、観ちゃって。
今年は幸先のいいスタートが切れたなあ。

クリオージョ音楽/アフロペルーのヴェテラン歌手
マヌエル・ドナイレが来日するというニュースが飛び込んできたのが、昨年暮れのクリスマス。
栃木の真岡でペルー料理レストランを営んでいる在日ペルー人が招聘するとのことで、
事前に情報がキャッチできたのは、ラッキーでした。
こういうコンサートは、在日外国人コミュニティの間でしか情報が伝わらず、
いつも後になってから知って、地団駄を踏むってのがパターンでしたからねえ。

本場クリオージョ音楽の歌手の生を体験できるのは、
95年のエバ・アイジョン以来だから、なんと22年ぶりであります。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2010-11-14
1月6日、下北沢Com.Cafe 音倉。いやー、楽しみだなあ~。
なんちゃって、いきなり声がちっちゃくなっちゃうんですけど、
実はここだけの話、マヌエル・ドナイレのLPもCDも、手元にないんです(汗)。

え、え~と、97年にソノ・ラジオから出たベスト盤CDと、
もう1枚、ギターを持って座っている写真のCDもあったけど、どっちも処分しちゃったんです。
うわぁ~~、ごめんなさい、ごめんなさい。
だってね、CDで聴いたマヌエルの声、ちょっと変わっていて、え? この人、男だよね??
女声的というのか、テナー・ヴォイスというのともちょっと違う、中性的な不思議な声。
アルトゥーロ・サンボ・カベーロのような黒人的な声に夢中になっていたせいか、
マヌエルの声質は違和感が強く、好みじゃないやと、手放しちゃったんです! ごめんなさいっ!!

当時聴いた録音からすでに35年以上、現在のマヌエルの声はだいぶ変わって、
以前のような違和感はまったく感じられなくなっていました。
それどころか、こんなスゴい歌手だったとは。
オノレの不明に恥じ入るばかりです。

なんといっても、そのたっぷりとした声量といったらもう、
マイクなんて、いらないんじゃないかというほど。
そしてまた、歌いっぷりたるや、北島三郎と二重写しの「アフロペルーのサブちゃん」。
粘りに粘り、ぐう~っと引っ張る歌い方は、まさしくど演歌の世界。
泣き節でため込んだ激情を解き放つように歌う、ソウルフルな絶唱は圧巻でしたよ。

歌の世界に没入していく身振りは、オーティス・クレイのライヴを思い出すような
ソウル・ショウそのもの。いやあ、恥ずかしながら、
なぜこの人が「ダイナマイト・ネグロ」の異名をとるのか、やっと理解することができました。
名曲“Toro Mata” での即興や、客席とコール・アンド・レスポンスで巻き込んでいく煽りなど、
いまこの場に自分がいられる多幸感に、心底酔いしれました。

伴奏はギターとカホンの二人という最小限の編成でしたけれど、カンペキでしたね。
在日ペルー人最高のギタリスト、ヨシオ・ロリ・アゲナの堅実なプレイは、
どんなレパートリーも弾きこなす柔軟さが鮮やかだったし、
サンティアゴ・エルナンデスのカホンもダイナミックで、ソロも聴きごたえがありました。

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サンティアゴがステージの最後に歌ったアウグスト・ポロ・カンポスの名曲“Contigo Perú” では
素晴らしいノドを披露してくれて、もう自分が下北沢にいることさえ、忘れちゃいましたね。
ここはリマのペーニャかってな、夢うつつの気分でした。
ペルー人の男の子と女の子がマリネーラ・ノルテーニャを踊る演出も楽しく、
大カンゲキ、最高の一夜でしたよ。

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会場で販売していたCDは、なんとかつてのソノ・ラジオのベスト盤を、
マヌエルが自主制作で出し直したCD-R。
処分してしまったことを懺悔して買い直し、マヌエルのサインをいただきましたが、
こんな古いCDを手売りするということは、ほかにCDがないことの証左でもあります。

マヌエルは、ハイパー・インフレとセンデロ・ルミノソのテロで荒廃したペルーを92年に離れ、
以後ずっとアメリカで活動してきたんですね。
在米ペルー人コミュニティで歌い続けてきたとはいえ、
レコーディングからずっと遠ざかっているのは、あまりに残念すぎます。
円熟の頂点に立っている今こそ、がんがん録音を残してほしい人で、
ぜひとも新作の制作を熱望しておきたいと思います。

Manuel Donayre "GRANDES EXITOS" no label no number
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ヴェトナム伝統歌謡の傑作 ビック・トゥエン

Bich Tuyền  THƯƠNG VỀ MIỀN ÐẤT LẠNH.jpg

今回ヴェトナムから届いたCDで一番嬉しかったのが、ビック・トゥエンの13年作。
いやあ、ようやく手に入りました。長かったなあ。
どういうわけだか、現地に買付けを何度お願いしても見つからなかったもので、
もう入手できないかと思ってたんですけど、ようやっと、であります。うれしー♡

79年ヴェトナム南部カントー生まれ、ホーチミン育ちの
ビック・トゥエンという女性歌手を知ったのは、世紀をまたいでからでしたね。
デビューまもない02年作の“HOA TÍM LỤC BÌNH” で、初めてその歌声を聴きました。
アメリカ盤だったので、越境歌手とばかり思い込んでいたんですが、
ライセンスでヴェトナム原盤をアメリカでリリースしたものだったんですね。
だいぶあとになって、ヴェトナム現地で活躍する歌手だということを知りました。

越境歌手と疑わなかったのは、伝統歌謡のサウンド・プロダクションが垢抜けていたからで、
ヴェトナム現地のサウンドづくりも、ずいぶん向上したなあと、感心させられたんだっけ。
ニュ・クイン、タム・ドアン、フィ・ニュンなど、当時愛聴していた越境歌手のCDと、
まったく遜色のないプロダクションで、ヴェトナム現地シーンに注目するようになったのは、
思えばビック・トゥエンの本作がきっかけでしたね。

Bich Tuyền  HOA TÍM LỤC BÌNH.jpg   Bich Tuyền  CHIỀW CUỐI TUẦN.jpg

十代の頃から民謡歌手としてキャリアを積んできたビック・トゥエンは、
クセのない柔らかな歌声を聞かせ、これといった強い個性は感じさせないものの、
こぶしやヴィブラートを過不足なく使い、確かな歌唱力を披露しています。
07年作の“CHIỀW CUỐI TUẦN” では、さらに繊細な節回しを聞かせるようになり、
歌唱に磨きがかかりました。全編スローのレパートリーで占めたアルバムを、
飽きさせることなく、ラストまでしっかり聞かせる説得力がありますね。

02年作・07年作ともにぼくが手に入れたのはアメリカ盤でしたけれど、
今回ようやく入手した13年作はヴェトナム盤。
ヴェトナムのサイトで全曲聴いていたので、内容の素晴らしさはとっくに承知済。
ビック・トゥエンのさらりと丁寧な歌いぶりを支えるデリケイトなプロダクション、
ヴェトナム伝統歌謡のひとつの理想形がしっかりと出来上がっていて、
安心して、その世界に身をゆだねることができますよ。

一方で、アラビックなメロディを取り入れたアレンジをするなど、
コンテンポラリー・サウンドに新たな試みも加えていて、
歌手・制作スタッフともども、上り調子の絶好調を感じさせます。
マレイシア伝統歌謡最高の女性歌手シティ・ヌールハリザが、
スリア・レコードで次々と快作を連発していた、
ゼロ年代前半のイキオイと共通するものを感じさせますね。

Bich Tuyền "THƯƠNG VỀ MIỀN ÐẤT LẠNH" Saigon Vafaco no number (2013)
Bich Tuyền "HOA TÍM LỤC BÌNH" Thể Giới Nghệ Thuật no number (2002)
Bich Tuyền "CHIỀW CUỐI TUẦN" Vi-Vi Productions no number (2007)
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紆余曲折の再デビュー ヴィ・タオ

Vi Thảo  TÀU ĐÊM NĂM CŨ.jpg   Vi Thảo  CHUYẾN TÀU HOÀNG HÔN.jpg

新作と同時に再発売されたんですね。
ヴェトナムの新進女性歌手ヴィ・タオの12年作。

いったん12年にリリースされたものの、楽曲の権利関係がクリアされておらず、
発売中止の憂き目にあい、使用権の手続きに3年かけて、
15年にようやく再リリースとなったようです。
その間に新作を制作して、発売を見合わせていた「ボレロ第1集」の続編の
「ボレロ第2集」と共に、ドーンと勝負に出たといったところでしょうか。

あらためて、ヴィ・タオについて触れておくと、
04年のサオマイ・コンテストで注目されてデビュー作をリリースするも、
その後突如結婚して芸能界から引退してしまった女性歌手。
ところが、12年になって仕切り直しするかのように再デビューして、
2作目にあたるボレロ集を謳った“TÀU ĐÊM NĂM CŨ” を出すも、
さきほどの通り、発売中止になってしまったという、トラブル続きの不運な人。

その12年作をようやく入手したので聴いてみると、
レー・クエンが先鞭をつけた温故知新の戦前ヴェトナム歌謡曲集で、
古いヴェトナム歌謡のロマンティックな佳曲をしっとりと歌っています。
抒情味に深みはないものの、歌い口がスウィートなところは若々しくていいなあ。
ラスト9曲目が、ボーナス・トラック扱いとなっているのは、
今回の再発売ヴァージョンで追加したものなのかもしれませんね。

そして「ボレロ第2集」の副題のついた15年作は、なかなかの野心作。
プロダクションが保守的なロマンティック路線から少々逸脱していて、
冒険的ともいえるアレンジを、あちらこちらに施しています。
たとえば、4曲目や8曲目では派手なロック・ギターのイントロに、
この先どうなるのかと心配になるんですけれど、
歌が始まると、叙情的なメロディにちゃんと着地するというユニークな仕上がり。

6曲目では見事なブルース・ギターがフィーチャーされ、
その達者なフレージングにちょっと驚かされました。
ミュージシャンのクレジットがないんですけど、
これ、ヴェトナム人プレイヤーなんですよね? うまい人がいるなあ。
ほかにも、9曲目でスパニッシュふうのギターがフィーチャーされたりと、
これは大してうまくないんですけど、それが取って付けたように聞こえないのは、
アレンジャーの力量といえますね。

一方で、2曲目のタンコでは、短いながらギター・フィムロンのソロが聞けたり、
5曲目では琴や笛をフィーチャーしているものの、伝統歌謡でも、民歌でもない、
コンテンポラリーな仕上がりにしているところが新味です。
古い作曲家の作品を取り上げたノスタルジックなボレロ集が、ひとつのトレンドとなった今、
コンサバなプロダクションに風穴を開けようとする試み、支持できますね。

Vi Thảo "TÀU ĐÊM NĂM CŨ" Phương Nam Phim no number (2012)
Vi Thảo "CHUYẾN TÀU HOÀNG HÔN" Phương Nam Phim no number (2015)
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アーリー・エイティーズ ジョイス

Joyce Anos 80.jpg

ジョイスの“FEMININA” については、前にも書いたことがありましたね。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2010-09-23
その“FEMININA” を含む、ジョイスのもっとも輝いていた80年代前半の諸作が、
去年の暮れにブラジルでボックス化されました。

Joyce  FEMININA ANOS 80.jpg   Joyce  AGUA E LUZ ANOS 80.jpg
Joyce  TARDES CARIOCAS ANOS 80.jpg   Joyce  SAUDADE DO FUTURO  ANOS 80.jpg

80年の“FEMININA”、81年の“ÁGUA E LUZ”、83年の“TARDES CARIOCAS”、
85年の“SAUDADE DO FUTURO” の4作は、
ジョイスのキャリアで疑いなく最高の時期でした。
前の記事で「“FEMININA” 一枚で十分」とのたまいながら、ソッコーこのボックスを買ったのは、
“ÁGUA E LUZ” と“TARDES CARIOCAS” に喜び勇んだから。
2枚とも、ブラジル初の単独CD化なんですよ~(泣)。

“FEMININA” 続編ともいうべき“ÁGUA E LUZ” は、
日本盤では何度も単独CD化していましたけれど、
ブラジルでは一度もCD化されたことがなかったんですよねえ。意外でしょ。
“FEMININA” との2イン1CDはあったけれど、
ぼくの2イン1ギライは前の記事にも書いたとおりで、
これでようやく落ち着いて聴くことができます。

その後、EMIオデオンとの契約を打ち切り、
自主制作で出したのが、フェミニーナ盤の“TARDES CARIOCAS” でした。
何度かイギリスのファー・アウトがCD化しましたが、オリジナル・ジャケットを改変し、
曲順を変えているうえ、A面1曲目の“Diga Ai Companheiro” をカットするという、
意味不明の編集がフンパンものの欠陥商品でした。

メジャー・レーベルを蹴り、自分のやりたい音楽を追及したジョイスの気概がくっきりと示された、
予算の乏しい2色刷りのジャケット・デザインが、今回ようやく再現されました。
“Diga Ai Companheiro” もちゃんと収録されていますよ。
ただ今回はボーナス・トラックという扱いで、本篇の最後の曲順になっているのが不可解。
この曲に、なんか問題があるんですかね(謎)。

自主制作で出した後に、ポインターへ移籍して出した“SAUDADE DO FUTURO” は、
ぼくにとっては不要なCD化。LPはとっくの昔に売却しちゃったもんでね。
あらためて聴き直しましたけれど、ジルソン・ペランゼッタのDX7のサウンドが、
ジョイスのみずみずしさを損なっている印象は、変わりませんでした。

そして大名作の“FEMININA” には、5曲のボーナス・トラックが追加。
ジョイスがゲスト参加して歌ったアントニオ・アドルフォの77年作と78年作のほか、
アルバム収録曲をコーラス・グループのヴィヴァ・ヴォスがカヴァーしたトラックなどで、
悪くはないけれど、まあ蛇足のそしりは免れないでしょう。

というわけで、個人的に“ÁGUA E LUZ” と“TARDES CARIOCAS” CD化バンザイの
ボックスでありました。

Joyce "ANOS 80" Discobertas DBOX59
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ファドとボサ・ノーヴァ カルミーニョ

Carminho Canta Tom Jobim.jpg

あぁ、これはいいなあ。
ファド流儀で歌ってみせたボサ・ノーヴァ。

ファドといえば、こぶしをゴリゴリつけ、情念を吐き出すように歌うもの。
押しつけがましさをきらい、シロウトぽくとつとつと歌うボサ・ノーヴァとは対極で、
両者の音楽が持つ美学は、いわば水と油。

ファド歌手がボサ・ノーヴァを歌うなんて無謀な企画は、大失敗に終わるか、
「まあ、せいぜいこんなところだよね」程度で収まるのが関の山と想像しちゃいますよね。
オペラ歌手が民謡に挑戦!みたいな無茶ぶりというか。
ところが、本作はなかなかの仕上がりになっているんですよ。

これを聴いて、すぐ思い出したのが、
アマリア・ロドリゲスの傑作“COM QUE VOZ” で歌われた“Formiga Bossa Nova”。
あれもすごくユニークな仕上がりで、アルバムのフックとなっていましたよね。

これまでカルミーニョの歌唱は、ファドを歌うには深みがなくて、
ぜんぜん物足りないとぼくは思っていたんですけど、
声量や表現力にダイナミクスが不足している彼女の歌いぶりが、
かえってボサ・ノーヴァを歌うという企画に、上手くハマったといえます。

ブラジル語の発音とは違う、巻き舌のポルトガル語発音で、
ファド特有のタメた歌い方をせず、流れるように軽い調子で歌う節回しが、
ファドともボサ・ノーヴァとも違って、心地よく聴くことができます。

考えてみれば、これって、サンバ・カンソーンの歌い回しに近いのかも。
そう気付かされたのが、“A Felicidade” でした。
ちょっとここでは、カルミーニョの歌いぶりに力みがあって、
ほかの曲のような軽味に欠けているんですね。
その歌いぶりは、エリゼッチ・カルドーゾが歌ったオリジナル・ヴァージョンや、
エリゼッチのボサ・ノーヴァ第0号アルバムに似たところがあるように思えます。

ジョビン晩年のバンド、バンダ・ノーヴァが伴奏を付けたジョビン曲集の本作、
初めてカルミーニョをいいと思える作品に出会えました。

Carminho "CARMINHO CANTA TOM JOBIM" Biscoito Fino BF452-2 (2016)
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カリンボーで謹賀新年 ピンドゥーカ

Pinduca  NO EMBALO DO PINDUCA.jpg

あけましておめでとうございます。

年初めはブラジルはアマゾンの音楽、カリンボーの大ヴェテラン、ピンドゥーカの新作で、
元気いっぱいにスタートしたいと思います。
いやあ、かくしゃくとしてますねえ、ピンドゥーカ。
79歳になるのかぁ、見習いたいなあ、このヴァイタリティ。

「カリンボーの王様」と形容されるピンドゥーカ、
王様というより、近所の魚屋のオヤジみたいなキャラですね。
トレードマークのお飾り付き麦わら帽子をかぶって、いい笑顔をしてます。
若い頃は背広にネクタイ姿で、ドサ回りの演歌歌手みたいな雰囲気でしたけれど、
年取ってすっかり福顔となったご尊顔は、まるで布袋様のよう。
おめでたいお正月に、ぴったりであります。

36作目を数えるピンドゥーカの新作は、
ドナ・オネッチ婆ちゃんの新作がリリースされたのと同時期に配信されていたんですが、
なかなかフィジカルで出る様子がなくて、ずっとヤキモキしてました。
暮れになって日本に届いた時は、嬉しかったなあ。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2016-09-23

ホーン・セクションを従え、華やかな女性コーラス3人も加わった伴奏で、
ピンドゥーカお得意のポップなカリンボーをたっぷり楽しませてくれます。
人力ならではの、ツー・ビートが痛快ですねえ。
スカやクンビアに夢中になる若者は大勢いるんだから、
カリンボーに波が来たって良さそうなもんですけど、
クァンティックはカリンボーには興味がないのかな。

今作は、初期の70年代のシリーズ・タイトルの“NO EMBALO DO PINDUCA” を冠しているとおり、
多くの曲が再演で、当時のアレンジを踏襲しているんですね。
ベネズエラのシモン・ジュラスの代表曲“Caballo Viejo” を
“Cavalo Velho” として歌っているので、
意外に思っていたら、これも84年のアルバムで歌っていたもののの再演なんだそう。

どんな人も笑顔にして、踊りの渦に巻き込んでしまうダンス・アルバム。
ブラジルの地方音楽の豊かさに、胸熱となりますね。
「辺境グルーヴ」だとぉ? いっぺんシメたろか、コラ。

Pinduca "NO EMBALO DO PINDUCA" Na Music NAFG0112 (2016)
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マイ・ベスト・アルバム 2016

Gergos Dalaras & Nikos Platyrachos  TA ASTEGA.jpg   Lệ Quyên & Thái Thịnh  CÒN TRONG KỶ NIỆM.jpg
チャラン・ポ・ランタン 女の46分.jpg   岡本靖幸 「幸福」.jpg
Tiwa Savage  R.E.D..jpg   Yola Semedo  FILHO MEU.jpg
Joana Amendoeira  MUITO DEPOIS.jpg   Irineu De Almeida E O Oficleide.png
William Bell.jpg   Bonnie Raitt  DIG IN DEEP.jpg

Gergos Dalaras & Nikos Platyrachos "TA ASTEGA" Feelgood 52100330009
Lệ Quyên & Thái Thịnh "CÒN TRONG KỶ NIỆM" Viettan Studio no number
チャラン・ポ・ランタン 「女の46分」 エイベックス・トラックス AVCD93323
岡村靖幸 「幸福」 V4 XQME91004
Tiwa Savage "R.E.D." Mavin no number
Yola Semedo "FILHO MEU" Energia Positiva Produções 88875137432
Joana Amendoeira "MUITO DEPOIS” CNM CNM533CD
Everson Moraes, Aquiles Moraes, Leonardo Miranda, Iuri Bittar, Lucas Oliveira, Marcus Thadeu
"IRINEU DE ALMEIDA E O OFICLEIDE - 100 ANOS DEPOIS" Biscoito Fino BF390-2
William Bell "THIS IS WHERE I LIVE" Stax STX38939-02
Bonnie Raitt "DIG IN DEEP" Redwing RWR032

2015年に続き、2年連続の大豊作。

ついにナイジェリアに、新しい波が来ましたよ。
これからはポップの時代と、ティワ嬢とダレイ兄が証明。
そして長く低迷していた南アも、ジャズに突破口があったことが発覚。
イスラエルには目を向けるくせに、なんで南アは無視すんだよ、オイ。
南ア・ジャズ同様、雑誌メディアがまったく伝えないアンゴラの盛り上がりもスゴイ。
エディ・トゥッサを選びたかったけれど、前作の方が良かったので、ヨラ嬢を。

世界には、まだまだ自分の知らないお宝が、とめどもなく眠っていて、
自分の足で探す楽しみは、つきることがありません。
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たおやかなタイ歌謡 フォン・タナスントーン

Fon Tanasoontorn  TUENG WAY LAR BORK RUK.jpg

エル・スールでデッドストックのルークトゥンのCDを眺めていて、
色合いのきれいなジャケットに目が留まりました。
なんか見覚えのある顔だなと思いつつ、誰だか思い出せずに、
お持ち帰りして調べたら、フォン・タナスントーン。

あ、この人、すごい昔によく聴いた人だ!と思い出して、
棚を探したら、ありましたよ、98年のデビュー作。
正確には、再デビュー作か。ポップス歌手としてデビューしたものの目が出ず、
ルークトゥン歌手に転向しての初作品でしたね。

まるでアイドルみたいな顔立ちなのに、
歌声は若さに似合わぬ落ち着きのある声で、しっとりと歌っていて、
まずそのギャップにびっくりさせられたものでした。
口腔内で柔らかにふくらむ歌声の温かさは、
当時のタイの歌手にあまりいないタイプで、すごく新鮮だったんですよねえ。
清楚な歌いぶりに丁寧な節回し、特に歌の上手い人とは思いませんが、
歌謡歌手らしい雰囲気は申し分なく、すっかりファンになっちゃたんだっけ。

Fon Tanasoontorn  HAK AAI CHOAN POAN.jpg

さらにこのアルバム、プロダクションも絶品だったんです。
ホーン・セクションやストリング・セクションを使った生楽器主体の演奏で、
チープなシンセサイザーがまったく登場しないところは、喝采もの。
スローでは、田園の抒情を伝えるアコーディオンが活躍します。
ソー(胡弓)やラナート(木琴)などの伝統楽器を使った曲もある一方、
ストリングス・セクションが美しく舞い、クンダンやルバーナが響く合間を、
クラリネットが絡むムラユみたいな曲もあって、バラエティに富んでいるんです。
あらためて聴き返しましたけれど、うん、これ、ルークトゥンの名作だなあ。

この一作にホレ込んだくせに、その後のアルバムはぜんぜんフォローしてませんでした。
今回手に入れたデッドストックのCDは07年作で、約10年後のアルバムになるわけですけれど、
たおやかな歌いぶりはまったく変わっていなくて、
再デビューの時点で、すでに個性は完成されていたってことですね。

バック・インレイやライナーに、
お揃いの白ジャケットを着こんだ楽団を伴奏に歌うフォンが写っています。
60年代風のノスタルジックな演出をした写真をあしらっているのが暗示するように、
60年代タイ歌謡の伴奏さながら、ホーン・セクションやストリングス・セクションもたっぷり使い、
伝統楽器を使う曲があるのも、98年の再デビュー作と同じ趣向。
面白かったのが、スティール・ギターを使っていることで、昔流行ったのかな。

実は本作の企画、60年代ルークトゥンを演出したわけではなく、
なんとスナーリー・ラーチャシーマーの曲をカヴァーしたアルバムなんだそうです。
スナーリーのCDは、どれもバックが凡庸と言う印象が強く、昔何枚か聴いたものの、
すべて手放してしまったんですが、こういう伴奏で聴けたら、印象も違ったんだろうな。

ヴェトナムの抒情歌謡とも通じる都会的なセンスのフォンのルークトゥンは、
むしろルーククルンのような味わいがあるように感じます。泥臭さなんて、これぽっちもないもんね。
10年も前のアルバム、ルークトゥン・ファンの方には、何を今頃と笑われそうですが、
聞き逃さずにすんで良かった、と喜んでおります。

Fon Tanasoontorn "TUENG WAY LAR BORK RUK" Sure Audio CD090 (2007)
Fon Tanasoontorn "HAK AAI CHOAN POAN" BKP International BKPCD511 (1998)
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ホロン・ミーツ・バングラ・ビート ダウード・ギュロール

Davut Güloğlu  KATULA KATULA.jpg

エル・スールのサイトの新入荷をチェックしていて、
「初入荷」と書かれたトルコのCDに目が留まりました。
あれ? これ、確か持ってる、と思って棚をごそごそ探したら、あった、あった。

お店の解説文に、「表題曲は黒海のダンス音楽ホロンをバングラに!」とあって、
え、えぇ~、そ、そうだったっけ????
ていうか、ホロンって、去年知ったばっかりだし。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2015-07-27
内容をぜんぜん覚えてなくって、あわてて聴き直しました。

う~ん、なるほど。これ、ホロンだったのかあ。
打ち込みのエレクトロ・ビートと、生々しいバングラ・ビートが絡む合間を、
ケマンチェがけたたましく響くサウンド。
当時は、トルコのハルクにこんなのがあるのかと、驚いたんでした。
なんの情報もなかったので、これがどういう音楽なのか、ぜんぜんわからず、
ケッタイな面白さに、<異形のハルク>ぐらいの感想しか持てずにいたんでしたね。

ホロンの天然テクノぶりを知った今の耳で聴き返すと、
なるほどこれは、<ホロン・ミーツ・バングラ・ビート>と合点がいきます。
ホロンは、極め付けのエミネ・ジョメルトとオルハン・カンブル以来聴いてなかったので、
これを機にと、ダウード・ギュロールの旧作を探してみました。
サンプルをいろいろ聴いてみて面白かったのが、この07年作。

Davut Güloğlu  KAPAK OLSUN.jpg

こちらも1曲目がバングラ・ビートとのミクスチャーなんですね。
03年作の大ヒットで、この人の看板になったのかな。
打ち込みの単調なハネるビートに、高音がつんざくケマンチェが絡んでくると、
サウンドがすごくナマナマしくなって、肉体感がむき出しになるんですよね。
クラブでプレイしたらハマることうけあいのアゲアゲ感が、たまんねー。

ちょうどジャケットやライナーの写真で、
ダウード自身がボディビルダーばりのムキムキの上半身を、
これでもかとばかりに見せつけていて、
その方面のシュミがない自分には、「キモイ・暑苦しい」という感想しか浮かびませんが、
なるほどこの音楽には、よくお似合いであります。

Davut Güloğlu "KATULA KATULA" Şahin Özer Müzik Yapim no number (2003)
Davut Güloğlu "KAPAK OLSUN" Tokta Müzik no number (2007)
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アイルランドの妖精が運ぶクリスマス・キャロル カーラ・ディロン

Cara Dillon  Upon A Winter's Night.jpg

そして今年はもう1枚、嬉しいクリスマス・アルバムがあるんです。
それは、先月届いた北アイルランドの歌姫、カーラ・ディロンの新作。

14歳の時、学校の同級生と一緒に組んだ
4人の少年少女グループ、オイガでデビューしたカーラ。
イングランドのフォーク・ロック・グループ、イクエイジョンを経て、
01年にソロ・デビュー作を出した時は、すでに満を持してといった感がありました。
このデビュー作にノックアウトされて、ぼくは彼女の大ファンになりました。

Cara Dillon 20040124.jpg

04年にプロモーションで来日した時、ファンのためにささやかなミニ・ライヴが開かれて、
ご本人に会うことができたのも、忘れられない想い出。
小柄で華奢な身体、ちっちゃなお顔に、透き通るような白い肌をしていて、
天使が人の姿を借りたらかくやといった容姿。妖精のような人でしたよ。
一緒に来日したキーボード奏者のサム・レイクマンと、結婚したばかりだったんでしたね。
サムもまた童顔で、絵本から飛び出てきた兄妹のような二人は、ほほえましかったなあ。
これはその時の写真。もう12年も前か。

Cara Dillon 20040124 @Shibuya Twins Yoshihashi Mini Live.jpg

「カーラ」という英語風に発音された表記に疑問を感じていたので、
その時本人に質問をしてみたら、たしかにアイルランド人の発音では「キャラ」だけれど、
イギリスでは「カーラ」と発音するので、「どっちでもいいのよ」と言う鷹揚なお答え。
ちなみにご主人のサムは、「カーラ」と呼ぶとのことでした。

お人形さんのような顔立ちそのままの歌声は、あの頃からまったく変わっていません。
今年のクリスマスは、夢見心地です。

Cara Dillon "UPON A WINTER’S NIGHT" Charcoal CHARCD008 (2016)
Cara Dillon "CARA DILLON" Rough Trade RTRADECD019 (2001)
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今年のクリスマスはアイリッシュ ローシーン・エルサフティ&ローナン・ブラウン

Róisín Elsafty & Ronan Browne  AMHRÁIN NA NOLLAG.jpg

今年はとっておきのクリスマス・アルバムがあるんですよ。
年始めに入手してカンゲキし、クリスマスの季節まで寝かせておいた1枚。
アイルランド音楽ファンなら、もうとっくにご存知かもしれませんね。

アイルランド北西部コネマラの音楽一家に育ち、
母親からシャン・ノースの伝統を受け継いだ女性歌手ローシーン・エルサフティと、
クランのイーリアン・パイプス/フルート/ホイッスル奏者
ローナン・ブラウンによるクリスマス・アルバムです。

ローシーン・エルサフティは、02年の秋、アイルランド語による最高の全国祭典
エラハタス・ナ・ゲールゲで女性歌手部門1位に輝き、
その後も10年と14年のアイリッシュ・ミュージック・アワードの
ベスト・シャン・ノース歌手に選ばれた人。
彼女にとっても、これは最高作の1枚に数えられるんじゃないでしょうか。

ソフトな歌い口でゲール語を響かせるローシーンが、
定番のクリスマス・キャロルや「赤鼻のトナカイ」「ジングル・ベル」を歌えば、
そこにはお母さんの温かさイッパイの、愛情に包まれた夢見心地の世界が広がります。

リヴァーダンスのオリジナル・メンバーであり、
アフロ・ケルト・サウンド・システムのメンバーでもあった
ローナン・ブラウンのサウンド・クリエイティヴィティを発揮したプロダクションが鮮やか。
バックでうっすらと鳴らすキーボード奏者を使い、
少ない音数で効果的なサウンド・エフェクトを施しています。

ゴリゴリのアイリッシュの伝統魂を奥底に抱えつつ、
口当たりの良いアイリッシュの味わいを演出する手腕に、
ローナンのフトコロの深さを感じさせてくれますよ。

アイルランドのおとぎ話の世界へと誘う本作が、今年のクリスマスを祝ってくれます。

Róisín Elsafty & Ronan Browne with Tony Maher "AMHRÁIN NA NOLLAG : FAVOURITE CHRISTMAS SONGS IN IRISH" Cló lar-Chonnacht CICD200 (2015)
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ロッキン・バラフォン カナゾエ・オルケストラ

Kanazoé Orkestra  MIRIYA.jpg

フランスではバラフォンがきてるのか?
その名もバラフォニックスという、バラフォンをフィーチャーした
白人のアフロ・ファンク・バンドが登場したと思ったら、
今度はトゥールーズから、バラフォンが主役の
アフリカ/ヨーロッパ混成バンドのデビュー作が届きました。

ブルキナ・ファソ、ボボ=ディウラッソ近郊の村に生まれたバラフォン奏者の
セイドゥー“カナゾエ”ジャバテ率いる、カナゾエ・オルケストラです。
カナゾエの脇を固めるのが、マルチ・インストゥルメンタリストで、
ンゴニ、コラ、フラニの笛、ジェンベを演奏するママドゥ・デンベレと、
歌手のザキー・ジャラで、二人ともバラフォンを演奏し、
カナゾエとバラフォンの二重奏・三重奏を繰り広げています。
カナゾエはジュラ、ザキーはブワと民族は違いますが、3人ともグリオの出身者。
そして、ベース、ドラムス、パーカッション、サックスの4人がフランス白人です。

いやあ、アレンジがカッコえぇ~♪
思えば、80年代末のアフリカン・ポップスにはよくあったよねえ、
こういうキメまくりのリフ・アレンジ。
サリフ・ケイタの『ソロ』や『コヤン』の頃。覚えてます?
なんか、懐かしーなぁ。

エレクトリック・サウンドが主流の時代には、ドラムスとベースのリズム・セクションで、
ロックぽいリフをアレンジに取り入れるのが定石でした。
のちにサウンドがアクースティックに移行すると、ドラムスとベースが後退し、
パーカッションのアンサンブルがリズム・セクションの中心となって、
こういうアレンジは、影を潜めるようになったんでしたっけ。

伝統的なサウンドが前面に出てくると、
ギターやサックスがこういうキメのリフを鳴らすというのは、
なんともわざとらしく、そぐわなくなっちゃいましたもんねえ。
ドラムスとベースによる割り切りのいいビートと違って、
パーカッション・アンサンブルのニュアンス豊かなリズムとキメのリフとは、
相性が良くなかったともいえます。

でも、あらためて、アクースティックなアンサンブルで、
シンプルなベースとドラムスによるリズム・セクションをバックに、
リフやブレイクを要所要所で放つというのは、悪くないですよねえ。
伝統的なメロディの合間に取り入れられるリフが、実に軽快です。

サックスとバラフォンがユニゾンで長いリフを演奏したり、
ドラムスとパーカッションも加わってバンド全員がブレイクをきめたりするほか、
曲中にリズムが何度もチェンジするなど、リズム・アレンジがよく練られています。
80年代マンデ・ポップの再構築といった感がありますね。

シンセサイザーのような鍵盤系楽器は不在なので、80年代末のサウンドとは当然違って、
当時よくあったリフを多用したアレンジとはいえ、古臭さはありません。
特に成功の鍵となっているのは、サックスがジャズぽいフレーズを慎重に避けていることかな。
サックス奏者はジャズ・フィールドの出身と思われ、ちらりとジャズぽいフレーズも吹くんですけど、
アフリカ音楽をよく理解して、ジャズぽくならないように配慮しているようで、喝采もんです。

ごりごりの伝統メロディに、グリオ臭い歌、
そしてコロコロとよく歌うバラフォンのアンサンブル。
こういうサウンドに、ジャズの語法を持ちこんじゃいけませんよね。
ここは、ロッキンなサウンドが一番お似合いで、
だからこそリフやブレイクの多用が痛快な好アルバムです。

Kanazoé Orkestra "MIRIYA" Buda Musique 5722899 (2016)
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80年代ポップ・ライとデザート・ブルース カデール・ジャポネ

Kader Japonais  HKAYA.jpg

カデール・ジャポネを知ったのは、関口義人さん主宰のイヴェント「音樂夜噺」がきっかけでした。
http://ongakuyobanashi.jp/past_events/044/index.htm
イヴェントの内容は、ハレドの軌跡を追ったものだったんですが、
最後に粕谷祐己先生がかけられた、
ケッタイな芸名のライ歌手がとびっきり良くって、背中ぞくぞくが止まらなかったなあ。
すぐさま、カデール・ジャポネのCDを探し回ったことは、言うまでもありません。

あの時以来、ずいぶんひさしぶりに聴くカデール・ジャポネの新作。
うん、やっぱ、いいなあ、この人。
ハレド直系の歌いっぷりに、ますます磨きがかかりましたねえ。
さらに嬉しいのは、甘口のライ・ラヴにも、ダンス寄りのライアンビーにも頼らない、
80年代末のシェブ・ハレド、シェブ・マミがぶいぶい言わせてた当時のサウンド、
ラシード・ババ=アハメドが作り出したプロダクションを踏襲していることなんですよね。

79年生まれで、ハスニやナスロが好きでライを歌い始めたというジャポネの世代にとって、
このサウンドは「昔のライ」であって、流行のサウンドではないはずなんですけれども。
懐かしいアナログ・シンセの響き、ベンディールなどのパーカッションをふんだんに取り入れ、
トランペットやクラリネットもフィーチャーしたサウンドは、
80年代後半にポップ・ライをLPで初体験したファンにとって、頬が緩むものです。

そして、今作のとびっきりの聴きものが、ラスト・トラックのイムザードとの共演。
イムザードはタマンラセットで活動する、ぼくのごひいきのトゥアレグ人バンド。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2013-08-30
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2014-07-28
この曲のヴィデオもあるんですけれど、
<ライ・ミーツ・デザート・ブルース>のコラボは大成功ですね。
この企画で、まるまる1枚共演作を作ってくれないかなあ。

Kader Japonais "HKAYA" Villa Prod no number (2016)
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ただいま政治活動中 ユッスー・ンドゥール

Youssou Ndour & Le Super Etoile  SENEGAAL REKK.jpg

文化観光大臣になったユッスー・ンドゥール。
音楽活動は休止中と思いきや、ひさしぶりに新作を出すというのは、
任期切れをにらんだ地ならしかという、意地悪な感想しか思い浮かばないのは、
われながら冷淡だなあ。まあ、前にもこんな記事を書いたくらいなので、すみません。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2012-01-18

当方、すっかりユッスー熱も冷めてしまい、
フランス・ソニーからリリースされた新作を一応聴きはしましたけれど、
インターナショナル向け、ありがたいメッセージ・ソング含みの、
文化観光大臣というお立場に沿ったアルバムということで、以上、終わり。
「あ~、つまらん。お前の話はつまらん!」(大滝秀治ふうに)などとボヤいていたら、
セネガル国内向けに、別のアルバムを出してたんですか。

それがタイトルもよく似た、5曲24分弱というミニ・アルバム。
そういえば、ちょっと前にも伝統レパートリーのミニ・アルバムを出してましたっけ。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2015-11-22
あちらのミニ・アルバムは、文化観光大臣らしく民族衣装でしたけれど、
今作のジャケットは、音楽活動再開を予感させる出で立ちです。

内容は、キレのあるンバラをやっていて、おお、いいじゃない!
ユッスーのヴォーカルも、良い意味で力の抜けた歌いぶりに、
ケタ違いのダイナミクスが宿っていて、ヴェテランならではとウナらされます。
こういう充実したサウンドで、伸びやかな歌を聞かせてくれるんだから、
やっぱり期待したくなりますよねえ。

なんでインターナショナル向けでは、これがやれないのかなあ。
だいたい、インターナショナルとドメスティックで使い分けるのって、
イマドキ時代錯誤なマーケティングだよねえ。
なんだか、時代をつかまえそこなってるのを見るようで、ツライものがありますね。

Youssou Ndour & Le Super Etoile "SENEGAAL REKK" Prince Arts no number (2016)
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蘇る70年代オート・ヴォルタ

Bobo Yeye - Belle Epoque In Upper Volta.jpg

新たなる西アフリカ音源のリイシュー。これは、大労作ですねえ。
またしてもフローラン・マッツォレーニのお仕事ですよ。
フローランが今回手がけたのは、ブルキナ・ファソ。
サンカラ革命が起こる前の、まだ国名がオート・ヴォルタだった時代に、
オート・ヴォルタ第2の都市ボボ=ディウラッソで活躍したバンドの音源です。
CDまたはLP3枚組と写真集という仕様で、この写真集がスゴイ。

ボボ=ディウラッソの中心街にスタジオを構えていたという、
写真家ソリ・サンレによる70年代に撮影した貴重な写真111枚が、
ぎっしりと詰まっているんですが、時代の空気感を封じ込めた濃密さに、
頁をめくるたびにタメ息がもれました。

スタジオで撮られたポートレイトは、一人から二人、そしてグループと数が増えていきます。
続いて、ナイトクラブで踊る人々に、ライヴ演奏中のバンド・メンバーなど、
70年代当時のファッションや流行がヴィヴィッドに伝わってきて、
この時代のアフリカン・ポップスをこよなく愛するファンには、たまりませんね。
ぼくはCDを買ったので、ミニ写真集といった趣でしたけれど、
LPを買った人は大判の写真集で、迫力満点だったんじゃないのかな。

そして、3枚のディスクには、1枚目がヴォルタ・ジャズ、2枚目がダフラ・スタール、
3枚目がレ・アンバタブル・レオパール、エショ・デル・アフリカ、ウェドラオゴ・ユセフ、
イディ・オイドリッサが収録されています。

これまで、この時代のオート・ヴォルタの録音は、サヴァンナフォン、キンドレッド・スピリッツ、
アナログ・アフリカから編集盤が出ていて、ヴォルタ・ジャズやダフラ・スタールの録音も
1・2曲収録されていたものの、わずか数曲ではバンドの個性を捉えることができませんでした。
ヴォルタ・ジャズのシングル盤も2枚持ってはいたけれど、
これだけではよくわからなかったんですよね。
今回ディスク1とディスク2に、両者それぞれの録音がまるまる収録されたことで、
二つのバンドの音楽性がくっきりと見えるようになりました。

ギタリストのイドリッサ・コネがリーダーとなり、64年に結成されたヴォルタ・ジャズは、
セヌフォやマンディンゴなど自分たちの伝統音楽をモダン化するとともに、
ルンバ・コンゴレーズや、パチャンガなどのアフロ・キューバンに強く影響を受けたバンドでした。
63年にフランコ率いるO・K・ジャズが西アフリカをツアーしたのをきっかけに、
イドリッサ・コネがルンバに感化されたと、解説に書かれています。

一方、74年にヴォルタ・ジャズを脱退した歌手のテイジャニ・クリバリは、
自身のバンド、ダフラ・スタールを結成し、ヴォルタ・ジャズ時代のラテン色を取り払い、
同時代のギネアのバンドを彷彿させるマンデ・ポップを聞かせます。
ティジアリ・クリバニがマリ出身だったことに加え、
サリフ・ケイタ在籍時のレイル・バンド、シュペール・ビトン、シュペール・ジャタといった、
マリのトップ・バンドで活躍したマリ人ギタリストのズマナ・ジャラを擁し、
マンデ・サウンドの濃密な味わいを醸し出していますよ。

特に、初期の録音ではバラフォンをフィーチャーし、
ズマナ・ジャラのギターと引けを取らないソロを取っているんですね。
ミュート音でギター・フレーズを模したソロは、なかでも聴きものとなっていて、
ギターがバラフォンのフレーズを模すことはあっても、その逆というのは珍しい気がします。
後年の録音では、バラフォンがなくなり、オルガンに取って代わられますが、
初期の泥臭さのあるパンチの利いたマンデ・ポップは、ギネアのバンドにひけをとりません。

ヴォルタ・ジャズやダフラ・スタールに比べると、ディスク3収録のバンドは聴き劣りするものの、
写真集後半に掲載された、詳細なバイオグラフィと、レコード・ジャケットの写真、
ディスコグラフィは、貴重な資料といえますね。

最後に難をいえば、曲順ですね。
新旧録音をランダムに並べたのは、大減点もの。
特に、デイスク2のダフラ・スタールは、バラフォンをフィーチャーした初期録音と
オルガンをフィーチャーした後期録音とで、かなりサウンドが変化しているので、
それらが入り乱れて出てくる編集が、なんとも聞きづらいものとなっています。
ディスク3でも、2曲しか収録していないエショ・デル・アフリカの曲を、わざわざ離した曲順にして、
その間にもっと後年の音源を置くのも、まったくの意味不明。
大労作なだけに、このアトランダムな曲の並びだけが残念でしたね。

[CD Book] Volta Jazz, Coulibaly Tidiani et L’Authentique Orchestre Dafra Star, Les Imbattables Léopards, Echo Del Africa, Ouedraogo Youssef and Idy Oidrissa
"BOBO YÉYÉ : BELLE ÉPOQUE IN UPPER VOLTA " Numero NUM055
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マンデ・アクースティック・スウィング カンジャファ

Kandiafa  KABAKO.jpg

ヴァンサン・ドルレアンのレーベル、サン・コモンテールのカタログは、
いまのところ5タイトルがリリースされているようです。
ジャケット・デザインがフランス人らしいお仕事というか、どれも洒落ていて全部欲しくなってしまい、
ヴィユー・カンテのアルバムと一緒に、残りの4タイトルも買っちゃいました。

ざっと紹介すると、13年の初作品となったヴィユー・カンテに続き、
翌14年に、マンデとグナーワをミックスしたユニット、カッサ・カッサのCDシングル、
シュペール・スンジャタ・バンドなどで歌手を務めたフォディエ・サッコのソロ作、
若いカマレ・ンゴニ奏者ジャジェ・シセのソロ作の3タイトルがリリースされています。
そして今年16年に、若いンゴニ奏者カンジャファのCDシングルが出ました。

Kassa Kassa.jpgFodie Sacko.jpgDjadje Cisse.jpg

面白かったのが、このカンジャファことアブドゥライ・コネの作品。
編成がユニークで、主役のンゴニの伴奏に、ヴァイオリン、ウッド・ベース、
カラバシ、パーカッション、男女コーラスが付いていて、
レーベル制作のヴィデオを見ると、まるでダン・ヒックスとホット・リックスみたい。
というのも、ヴァイオリンとコーラスの二人が白人女性(フランス人?)で、
ナオミ・ルース・アイズンバーグとマリアン・プライスがそこにいるかのよう。
ちなみに、ウッド・ベースを弾いているのも白人です。

カンジャファは、ジャンゴ・ラインハルトとステファン・グラッペリに影響を受けたといい、
マンデの伝統的なメロディをベースにした自作曲に、
ジプシー・スウィングのサウンドをミックスしているんですね。
そしてまた、カンジャファが弾くンゴニも凄腕で、
鮮やかなフィンガリングで、わずか3弦とは思えないプレイを聞かせます。
まるでコラを弾いているかのようなフレージング、
強いタッチによる音の粒立ちの良さにも感心します。
ロックやブルースのフレーズを取り入れているのも、
今や彼のような若い世代では当たり前ですね。

キメのフレーズがカッコイイ“Keke Magni” では、
ヴァイオリンがソロを弾きながらユニゾンでスキャットしたりと、
聴かせどころを作る曲の構成も巧みで、
これまで誰もやったことがないマンデ・アクースティック・スウィングを聞かせてくれます。
う~ん、フル・アルバムを期待したいですねえ。

[CD Single] Kandiafa "KABAKO" Sans Commentaire SC SINGLE04 (2016)
[CD Single] Kassa Kassa "MBARA MASKINE" Sans Commentaire SC SINGLE01 (2014)
Fodié Sacko "BAROSSO" Sans Commentaire SC02 (2014)
Djadjé Cissé "MAMASSA" Sans Commentaire SC03 (2014)
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カマレ・ンゴニの暴れん坊 ヴィユー・カンテ

Vieux Kante  SANS COMMENTAIRE.jpg

31歳の若さで亡くなったマリのカマレ・ンゴニ奏者ヴィユー・カンテは、
05年の死の直前に制作した初カセットが、
この夏スターンズによってCD化され話題となったばかりですけれど、
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2016-08-24
実はその初カセットに先んじた録音があり、
すでに3年も前にリリースされていたことが判明しました。

01年にフランス人プロデューサーのヴァンサン・ドルレアンが録音した、
ヴィユーのカマレ・ンゴニのソロ・パフォーマンスがそれで、
13年にヴァンサン自身が立ち上げたレーベルの第1弾としてリリースされていたんですね。
バンドキャンプで偶然に発見した時は、えぇ、こんなのがあったの !? と驚いちゃいましたよ。

スターンズ盤では、このCDについて何も触れておらず、
スターンズ盤のCD制作にあたったバンニング・エアがライナーで、
「ゆいいつの商業録音」と書いていたのは、不可解としか言いようがありません。
ヴィユーのマネージャーとの間で正式に契約してCD化したのだから、
3年前の本作を知らないはずがなく、なんで無視したんでしょうね。

アルバム・タイトルの“SANS COMMENTAIRE” は、
ヴァンサンがレーベルにもその名を付けているほどで、強い思い入れを感じさせますが、
このタイトルの曲は本作に収録されておらず、スターンズ盤の1曲目に収録されているところも、
なんだかいわくありげというか、
ヴァンサン・ドルレアンとバンニング・エアの間になんかあったんですかね。

まぁ、そのへんの事情はわからないんですが、リスナーにはどうでもいいい話なので、
肝心の中身の話をしましょう。
スターンズ盤では、リズム・セクションにパーカッションを加えたアンサンブルの中で、
ヴィユーが改造した12弦カマレ・ンゴニのプレイが聞けましたが、
こちらは、ヴィユー一人によるソロ演奏となっています。
多重録音によって、カマレ・ンゴニを存分に弾き倒した圧巻のプレイが楽しめますよ。

スターンズ盤ではグリオのシンガーをゲストに呼んでいましたが、
こちらではヴィユー自身がすべて歌っていて、粗削りながら魅力あるヴォーカルを聞かせています。
マシンガンのようなトレモロや、クイーカのような効果音を出したりと、
トリッキーなプレイにハッとさせられる場面は多いんですが、
それらがハッタリぽく聞こえないのは、ジャズから学んだと思われるフレージングの組み立てや、
ハーモニクス奏法の効果的な使い方など、
伝統的な奏法と織り交ぜたバランスの良さを感じさせるからで、
ヴィユーの音楽性に伝統と革新が両立していることが、くっきりと示されています。

スタジオで録音したのではなさそうで、虫の音が聞こえてくるなど、
バマコの暗い闇夜が目に浮かぶようで、想像力をかきたてられます。
あぁ、行ってみたいなあ、バマコ。
アンサンブルとソロという編成の違いもあり、優劣つけがたい2作といえますね。
スターンズ盤を気に入った人ならば必聴の、カマレ・ンゴニの暴れん坊が残した傑作ソロ演奏です。

Vieux Kante "SANS COMMENTAIRE" Sans Commentaire SC01
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トビウオが跳ねる海を見つめて ソーロウグ・ニ・ヒャナワーン

Saileog Ní Cheannabháin  ROITHLEÁN  Raelach.jpg

いいジャケットですねえ。

海の波間にしぶきをあげて、跳ねまわるトビウオ。
濃い藍色と白いしぶきの向こうには、平らな陸地が横たわり、
土の合間にかすかな緑が見て取れます。
いつまでも観ていたくなる風景。
オリジナル・プリントが欲しくなっちゃうな。部屋に飾りたくなります。

ソーロウグ・ニ・ヒャナワーンと読むんでしょうか。
アイルランド人女性のソロ2作目。初めてこの人を知りました。
お父さんがシャン・ノースの歌い手で、
お母さんはクラシックのヴァイオリニストという音楽一家に育った人。
彼女自身もシャン・ノース・シンガーで、フィドルとピアノを演奏します。

オープニングのピアノのソロ演奏に引き込まれました。
アイリッシュにはこういうピアノ・スタイルがあるんですねえ。
コンサーティーナをピアノに移し替えた演奏法は、ぼくは初めてで、
すごく新鮮に聞こえました。いいですねえ、こういうピアノ。
ヤマハのアップライトを弾いているんだそうです。

ほかにもフィドル・ソロや無伴奏のシャン・ノースを披露していて、
どの曲にも、キリッとしたアイリッシュの伝統がしっかりと備わっています。
それでいて、この清涼感は、この人ならではの個性なんじゃないでしょうか。
シャン・ノースの美しさも、どこか古式ゆかしい口承伝統の上澄みをすくったような
純潔さを感じさせて、聴くほどにすがすがしさを覚えます。

コンサーティーナやフルートなどのゲストを迎えている曲もありますが、
ほとんどが彼女ひとりによる独奏・独唱で、そのシンプルな作りが、
余計な装飾のない、この人の音楽性の純度の高さを伝えます。

Saileog Ní Cheannabháin "ROITHLEÁN" Raelach RR008 (2016)
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老いがもたらした「古臭い」歌声で静かなる復活 シャーリー・コリンズ

Shirley Collins  LODESTAR.jpg

シャーリー・コリンズの新作?
えぇぇぇ~、ビッグ・ニュースじゃないですかぁ。
いったい、何年ぶりのレコーディングになるんですか、これ。
姉ドリーとの“FOR AS MANY AS I WILL” 以来の38年ぶり?
うわぁ、たいへんだ、こりゃ。

届いた新作に、思わずひとりごちしてしまいましたけれど、
世間でほとんど話題にのぼっていないあたりは、
ブリティッシュ・フォークという、このジャンルらしいところですかね。
もしこれがほかのジャンルだったら、今頃大騒ぎでしょ。
伝説的な歌手が40年ぶりにカムバックして、新作を出したなんつーたら、
音楽ジャーナリズムが、ここぞと持ちあげるところですよね。

でも、ブリティッシュ・フォークという地味なジャンルでは、そんなことは起きやしません。
そもそもファンの数だって、限られてますからねえ。
もう81歳になるんですか、シャーリー・コリンズって。ぼくの母より4つ若いだけかあ。
長き沈黙を破って、静かなる復活。
大げさに騒がれなくって、むしろ好ましく思いますよ。
好きな人だけが、大切に耳を傾ければいいんです。そういう歌手じゃないですか。

思えばシャーリー・コリンズが、ファンの前から消えたのは、
78年にアシュリー・ハッチングスとの結婚生活が破綻し、
そのショックでステージで声が突然出なくなるという事態にみまわれたからでした。
長い間深刻な失声症に苦しみ、ずっと歌えずにいたなんて、知りませんでした。

さて、この新作。
この声がシャーリーなの?と、正直、戸惑いました。
かつての面影は、まったくありません。
歌声はすっかり老人になっていますけれど、婆さん声というのともちょっと違って、
男だか女だかわからない、性別不詳な声になっています。

若い頃のシャーリーの女性らしい優しい声に物足りなさを感じ、
もっとぶっきらぼうでいいのにと感じていた自分にとっては、これは喜ばしい変化。
バラッド歌いにふさわしい「古臭い」声を宿したのは、勲章といえますよ。
そして昔と変わらないのは、シンギング。
どんな伴奏であろうと、自己の感情を表出しない伝承歌の世界に没入した歌いぶりは、
シャーリーの真骨頂でしょう。

20代の若き頃、かつての恋人アラン・ローマックスとともに、
アメリカ南部を旅して古謡を集めたシャーリー。
当時掘り起こした曲“Pretty Polly” を80過ぎて歌う姿に、
誰も興味を示さず、ほったらかされてきた古い唄を見つけ出して歌う、
フォーク・リヴァイヴァリストとしての深化を感じます。

Shirley Collins "LODESTAR" Domino WIGCD389X (2016)
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インド洋の東の果てのカシーダ ヌル・アシア・ジャミル

H. Nur Asiah Jamil  LAGU LAGU GAMBUS BAND O G EL BAHAR.jpg

こりゃ、たまりません。
頭クラクラ、みぞおちモヤモヤの、トロける南洋熱帯歌謡は、
インドネシア、メダンの女性歌手ヌル・アシア・ジャミルが歌うカシーダです。

それにしてもこのサウンド、ターラブそのものじゃないですか。
東アフリカ沿岸部のスワヒリ文化が育んだのがターラブなら、
マラッカ海峡を挟んだスマトラ島とマレイ半島のムラユ文化が育んだのが、カシーダ。
インド洋の西端と東端で奏でられてきたイスラム系音楽がそっくりという不思議さ。
アラブ文化が海を越え、流れ着いた果てで、同じように変容するなんて。

H. Nur Asiah Jamil  PANGGILAN KA’BAH.jpg   H. Nur Asiah Jamil, Rusnah, Hikmah  QASIDAH MODERN.jpg

ヌル・アシア・ジャミルのレコードは、
80年代のオルガンやエレクトリック・ギターなどが入った
カシーダ・モデルン(「モダン・カシーダ」の意)・スタイルのアルバムが
これまでCD化されていましたけれど(上の2枚)、
今回手に入れたのは、それよりずっと前の、70年代録音のものと思われます。
まだオルガンは使われておらず、アコーディオンがその役を担っています。

不揃いのヴァイオリン・セクションが鄙びた音色を奏で、
ルバーナとベースが淡々とリズムを刻み続けるなかを、
主役の女性歌手と女性コーラスが、淋しげなメロディを紡いでいくように歌うと、
どこか人生の諦念を感じさせるような思いがするのは、ぼくだけでしょうか。

ガンブースや笛もアクセントとしてフィーチャーされ、
ノスタルジックなエキゾ歌謡、ここに極まれり。
カシーダはこの時代の録音が最高じゃないですかね。
身体にへばりつくような潮風のじっとりとした湿気を感じるサウンドが、もうたまりません。

H. Nur Asiah Jamil "LAGU LAGU GAMBUS BAND O G EL BAHAR" Life WCD0283
H. Nur Asiah Jamil "PANGGILAN KA’BAH" Life MIK6001
H. Nur Asiah Jamil, Rusnah, Hikmah "QASIDAH MODERN" Life MIK6003
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天賦のバラード表現 ハ・ヴィ

Ha Vy  TAM SU.jpg

アジア歌謡の最高峰といっていいでしょうね。
ハ・ヴィのなめらかな歌声、繊細なヴィブラートと無理なく回るこぶしの奥底に、
ほのかに揺れる情感は、ヴェトナム歌謡が到達した最高のバラード表現でしょう。

はじめてこの人と出会った11年作の“MẸ LÀ TÌNH YÊU” が最高傑作すぎて、
その後の13年作“KỈ NIỆM TÌNH ĐẦU” は、ジャケットがいただけないこともあって、
パスしちゃいましたけど、今回はどうかなと聴いてみたのでした。

“MẸ LÀ TÌNH YÊU” に及ばないのは、楽曲の選択というプロダクション側の問題であって、
ハ・ヴィ本人の歌いぶりは、もう天賦の才としかいいようがありません。
たとえば、ぼくがいくらレー・クエンにホレ込んでいるといっても、
努力型のレーとハ・ヴィとでは、才能の開きは歴然としていて、
ハ・ヴィはテレサ・テンに匹敵する人といって、過言ではないでしょう。

イントロや間奏にヴェトナム伝統の響きをわずかに加えるほかは、
汎アジア歌謡曲の域を超えない伴奏とプロダクションながら、
ハ・ヴィの声がそこに乗れば、たちまちに主役の声を引き立てるためにそこにあるといった、
絶妙な味わいを醸し出すのだから、主役の存在感は絶大ですよね。

今作は、明るく朗らかな演歌調の曲も多く、泣き一辺倒ではないので、
広く歌謡ファンにアピールするともいえます。
もっとも、ぼくのような抒情歌謡の哀感に溺れたい向きには物足りなくもあり、
難しいところですが、伴奏のアレンジはさらに洗練されてきたのを感じます。

ただ、これだけはダメ出ししておきたいのは、
実質アルバム・ラスト曲の11曲目(これ以降、インストのカラオケ3曲の収録あり)。
このデリカシーのかけらもない打ち込みプロダクションは、サイテーです。
EDM仕様のイントロに、なんじゃこりゃと怒り心頭になりましたよ。
ハ・ヴィの歌が始まると、途端にサウンドがふくよかになるとはいえ、
それでもこの曲は聴くに耐えません。
というわけで、10曲目までをiTunes に落として聴いております。

Hạ Vy "TÂM SỰ" Thúy Nga CD014 (2015)
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南ヴェトナム大衆歌謡の味わい バン・タム

Băng Tâm  ÐÊM SẦU ÐÂU.jpg   Băng Tâm  EM VẪN… HOÀI YÊU ANH.jpg

こちらは、アメリカのヴェトナム人コミュニティで活躍する越境歌手です。
あでやかなアオザイのジャケットに引かれて曲目を見ると、
アルバム・ラストのタイトルの横に、「カイルオン」と書かれていますよ。これは期待できますね。
同い年に出たもう1枚のアルバムと合わせて、買ってみました。

冒頭から、歌謡ショーの世界そのもの。
いいですねえ。この大衆味は得難いものがありますよ。
ここ最近のヴェトナム本国の抒情歌謡が、
ホーチミンに暮らす都会人のノスタルジアを感じさせる傾向を感じさせますけれど、
こちらはもっと田舎の庶民的な演歌モードでしょうか。

主役のバン・タムは、81年2月3日ホーチミン生まれ。
94年に両親とともにアメリカへ移住し、カリフォルニア、オレンジ・カウンティで
歌手として成長した人とのことで、越境シーンでカイルオンも歌える人というと、
フーン・トゥイがいましたけれど、彼女よりもさらに若いんですね。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2012-12-21

ダン・バウ(一弦琴)、ダン・チャン(箏)、ダン・ニー(胡弓)、ティウ(笛)など、
ヴェトナムの伝統楽器をたっぷりフィーチャーしたオーケストレーションのアレンジも鉄板で、
アジア歌謡のなかでも、とりわけデリケイトな世界を繰り広げてくれますよ。
タンコ(欧米風と伝統調がスイッチする男女掛け合い歌)では、
なんと大ヴェテランのフーン・ランがゲストで登場します。

ギター・フィムロン、ダン・バウ(1弦琴)、ダン・キム(月琴)など、
ヴェトナム独特のゆらぐ弦が入り乱れる演奏をバックに、
たっぷりとこぶしを利かせたヴォンコ調の歌いぶりを披露して
フーン・ランと渡り合っているのだから、大したものです。

アルバム・ラストは、32分に及ぶカイルオン。
さすがにこれを楽しむには、言葉の壁があって、日本人には厳しいですが、
バン・タムの語りは歌声と変わらぬ愁いを含んだ柔らかな表情で、引き込まれます。
相方を務める男性の穏やかな歌い口にも、ヴェトナム人の心優しさを感じさせますね。

劇中歌の長尺の曲が並んだ“ÐÊM SẦU ÐÂU” に対して、
“EM VẪN… HOÀI YÊU ANH” の方は、歌謡アルバム。
ヴェトナム歌謡の保守王道まっしぐらな完成度の高いプロダクションで、
郷愁味たっぷりのバラード世界を楽しませてくれます。

Băng Tâm "ÐÊM SẦU ÐÂU" Asia Entertainment no number (2015)
Băng Tâm "EM VẪN… HOÀI YÊU ANH" Asia Entertainment no number (2015)
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冬の慕情 ハー・ヴァン

Hà Vân  MẸ LÀ CÁNH CÒ YÊU THƯƠNG.jpg

ひさしぶりにヴェトナムの伝統色溢れる、民歌(ザンカー)集と出会えました。
ちょうど一年前にも、南ヴェトナム懐メロ集で楽しませてくれたハー・ヴァンのアルバムです。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2015-12-14
とてつもなく歌のうまい人なんですが、実にさりげなく歌う人で、
けっしてその技巧をあからさまにオモテに出さないところは、
タン・ニャンとは真逆の個性といえますね。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2016-08-28

まずタイトル曲となっているアルバム冒頭の1曲目で、早くもやられちゃいました。
ギターとヴァイオリンだけの伴奏で歌うとは、ザンカーでは珍しい趣向です。
しっとりと歌うハー・ヴァンの慕情のこもった歌声に、胸が熱くなりましたよ。
身体の芯まで温めてくれるこの歌声は、寒い冬の季節にまたとありませんねえ。

2曲目以降は、コンテンポラリー・サウンドにダン・チャン(筝)や
ダン・バウ(一弦琴)の響きを添えたお馴染みのザンカーのプロダクションで、
ハー・ヴァンの美しいヴィブラートと鮮やかなこぶし使いを引き立てています。

また、レパートリーもいいんだな。
ハ・ヴィの11年の大傑作“MẸ LÀ TÌNH YÊU” で歌われていた“Đôi Ngả Chia Ly” に、
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2011-11-01
レー・クエンが“KHÚC TÌNH XƯA 2 : TRẢ LẠI THỠI CIAN” で歌った“Ai Khổ Vì Ai” も
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2012-08-21
カヴァーしていますよ。

このCDはアメリカのV・ミュージックから出たもので、
以前紹介したルー・アイン・ロアンと同じレーベルですね。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2016-02-24
ヴェトナムではリリースされている形跡がなく、
越境コミュニティ向けに制作されたものなんでしょうか。
ソフトケースという安っぽいパッケージは、まるでカンボジア製かミャンマー製みたいで、
海賊盤なのかと疑ってしまいます。

実は中身の方でも気になる点があって、曲間にかすかなプチ・ノイズが入るところや、
8曲目と13曲目でフェイド・アウトを待たずにブツッと終わるところは明らかな編集ミスで、
あちこちのアルバムから取ってきた海賊盤くさいんですが、
ハー・ヴァンの歌やバックのプロダクションには統一感があり、編集盤のようには聞こえません。

どうも出所不明の怪しさが釈然としないCDなんですが、内容はとびっきり。保証します。

Hà Vân "MẸ LÀ CÁNH CÒ YÊU THƯƠNG" V Music no number
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アダルト・オリエンテッド・シャバービー キャロル・サマハ

Carole Samaha  ZEKRAYATI.jpg

今年はシャバービーの当たり年ですねえ。

まず、ナワール・エル・ズグビーの新作に始まり、
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2016-05-14
シーリーンのゴージャスな歌謡アルバム、
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2016-06-21
王道のポップスに帰ってきたアンガーム、
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2016-06-27
大人の歌を聞かせるようになったマヤ・ディアーブ、
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2016-08-08
せつな系のジャナットと、
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2016-09-17
ゴキゲンなアルバムが立て続けにリリースされました。

通勤途上iPod でシャバービーを聴かない日は1日もないという、
絶賛シャバービー祭りが続くここ半年間でありますが、
これこそ今年最高の決定打といえるアルバムが届きましたよ。
それがレバノンの歌う女優さん、キャロル・サマハの7作目にあたる新作です。

ついにキャロル・サマハも、ロターナを離れたんですねえ。
ロターナ最終作となった13年の“EHSSAS” 以来3年ぶりとなる本作は、
UAEのカナワットへの移籍第1作となりました。

冒頭から打ち込みの四つ打ちで始まるんだけど、音色がいいんだよなあ。
柔らかくホップする響きが心地よくって、耳にぜんぜん痛くない。
エレクトロはセンス次第ですね、ほんとに。
前作も楽曲が良かったけれど、新作も1曲1曲趣向が凝らされていて、粒揃いです。
バラードからアップまで、多彩な表情をみせてくれます。

リズム・アレンジも巧みで、ダンス・トラックの途中で
伝統リズムにスイッチする場面など、ハッとさせられますよ。
ウード、カーヌーン、ダルブッカなどのアラビックな響きと、
オルガンやエレクトロとの練り込み方も巧いし、
一方、正統歌謡調の曲では、キエフ国立フィルハーモニー交響楽団を起用し、
ゴージャスな演出をしてるんですが、これまた見事にツボにはまっています。

前作に続き、今作でもムハンマド・アブドゥル・ワハーブの曲を取り上げ、
今回は“Aziza” に新たな歌詞を付けて歌うなど、
アラブ歌謡の王道を外さない制作ぶりは、百点満点じゃないでしょうか。

Carole Samaha "ZEKRAYATI" Qanawat no number (2016)
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