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ノスタルジックなトルコ産タンゴ歌謡 メフタップ・メラル

Mehtap Meral Ask.jpg

20世紀初頭、パリに伝わったタンゴは世界的なブームとなって、
アラブやアジアのすみずみまで広まったことは、よく知られていますよね。
ヨーロッパからほど近いトルコでは、早速20年代から、
アルゼンチン・タンゴを演奏する地元楽団が現れ始め、
イスタンブールを中心に、ダンス・パーラーやダンス・スクールが賑わったそうです。

やがて、トルコ語の歌詞によるタンゴ歌謡が作曲され始めると、
トーキー映画によってさらに大流行となり、
歌手のイブラヒム・オズギュルや作曲家のフェフミ・エジェが、
タンゴ歌謡の代表的な音楽家として名を馳しました。

タンゴ歌謡のブームは50年代半ばまで続き、
大衆歌謡の一ジャンルとして、その一翼を担いました。
また、世界中に広まり土着化したタンゴのなかでも、
古典歌謡の風味が溶け込んだターキッシュ・タンゴは、
トルコ独自の香りを放つ個性を宿したといえます。

しかし、その後のロックの世界的な流行によって、
タンゴは急速に古びた音楽となりはてて、長い年月忘れ去られてしまいますが、
近年の古典音楽の再評価と軌を一つにして、タンゴ歌謡も見直されるようになりました。
そのきっかけのひとつとなったのが、シェヴァル・サムが13年にリリースした、
タイトルもそのものずばりの『タンゴ』でした。

とばかり、ずっと思っていたんですが、
いやいや、その前にこれがあったんですねえ。知りませんでした。
83年アンカラ生まれの女性歌手、メフタップ・メラルが11年に出したデビュー作。
ぼくも最近手に入れてびっくりしたんですが、
本作に感化されて、シェヴァル・サムはタンゴに取り組んだんじゃないのかな。
そう思わせるほど、これがたいへんな意欲作なんですよ。

だいたいデビュー作で、ノスタルジックなタンゴ歌謡ばかりを歌うというのも、
ものすごくチャレンジングならば、タイトルも『愛』というド直球ぶりに、
なみなみならぬ意欲を感じさせます。
レパートリーも、ピアソラ作の“Git”、
セゼン・アクスが歌ったポップ・タンゴの“Ben Her Bahar Aşık Olurum” 以外は、
すべて自作のタンゴというのだから、舌を巻きます。
楽想も豊かで、ソングライティングの才能ありですね。

バンドネオンを中心とするタンゴ楽団の伴奏に、
エレクトロなトリートメントをうっすらと施しているところなど、
シェヴァル・サムはこれに倣ったなと思わせる、粋なアレンジが光ります。
メフタップ・メラルはケレン味なく歌っていて、
これほどの意欲作で力が入るかと思いきや、
意外なほど力の抜けた、さらりとしたセクシーな歌いぶりで、後味は爽やか。
ベタつかない美人って、いいもんです。

シェヴァル・サムは、ウードやカーヌーンも使って
古典歌謡とのミックスを試みていましたが、
メフタップ・メラルは大衆歌謡路線のターキッシュ・タンゴに徹しています。
日本未入荷がもったいない、知られざるトルコ歌謡の傑作盤ですよ。

Mehtap Meral "AŞK" ADA Müzik no number (2011)
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テン年代の『そよ風の伝説』 ムーンチャイルド

Moonchild VOYAGER.jpg

白日夢のようなサウンド。
ヘッドフォンから流れてくる甘美なエレピの響きに、
全身の細胞が泡立つのを覚えました。

この快感は、はるか昔、70年代に覚えがありますよ。
ダニー・オキーフの『そよ風の伝説』じゃないですか。
そう、「マグダレナ」でドニ・ハサウェイが弾いた、ウーリッツァーの響きです。
ほかにも、ミニー・リパートンの「ラヴィン・ユー」で
スティーヴィー・ワンダーが弾いた、エレピの音も思い出すなあ。

まごうことなき70年代サウンドを奏でるのは、
南カリフォルニア大学出身の若き3人組、ムーンチャイルドです。
すでに3作目といいますが、ぼくはこれが初体験。シビれました。

波間にたゆたう陽の光がきらめいて、
さまざまに表情を変えて行く映像を見るかのような、
キーボードとシンセサイザーが織りなす響き。
そのデリケイトな音の重なりが絶妙で、ため息がこぼれます。

鍵盤楽器の音の層が重ねられたり、さっと後退したりを繰り返すなかで、
ひそやかにギターが爪弾かれ、木管楽器の柔らかなリフが添えられます。
アクースティックな音像を浮き彫りにしながら、
その裏でエレクトロニックなビートが、秘めやかに鳴らされているんですね。

このエレクトロなグルーヴは、ディープ・ハウスやクロスオーヴァーの諸作、
たとえばオム・レコーズのカスケイドとか、
ネイキッド・ミュージックのブルー・シックスと共通するセンスを感じさせます。
鍵盤系の選び抜かれた音色や、統一感のあるサウンドは、
クラブ・ミュージックを通過した世代ならではでしょう。
こればかりは、70年代にはありませんでしたよね。

ネオ・ソウルにエレクトロのマナーとジャズのセンスを取り入れた
ムーンチャイルドのサウンドは、現実と幻の境を見失う甘美さに溢れています。
ウィスパリング・ヴォイスの女性ヴォーカリストが、
ふわふわした綿菓子のような歌声で夢見心地に誘い、天空へも上る気分。

「ソフト&メロウ」から「チル&メロウ」へ。
時代とともに形容は変われど、メロウネスの快楽は永遠です。

Moonchild "VOYAGER" Tru Thoughts TRUCD341 (2017)
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ウィンストン・マンクンク・ンゴジのあゆみ

Mankunku Yakhal' Inkomo.jpg

南アの名サックス奏者ウィンストン・マンクンク・ンゴジの68年デビュー作
“YAKHAL' NKOMO” が、南アのガロからLPリイシューされたんですね。
発売5年で10万枚セールスを記録した、南アでもっとも売れたジャズ・レコードの
ひとつとして知られ、ジャズ・マニアには有名なアルバムです。
今回はLPのみのリイシューで、CDは出ていないようです。

ぼくは“YAKHAL' NKOMO” を、07年のリイシューCDで聴いていましたが、
このCDは、クリス・シルダー(スヒルデル?)・カルテットに、
マンクンクがフィーチャリングされた、
69年の“SPRING” をカップリングしたお徳用盤となっていました。
ジャケット・タイトルともに“YAKHAL' NKOMO” を踏襲していますが、
“SPRING” が丸ごと収録されています。

“YAKHAL' NKOMO” “SPRING” ともども、典型的なハードバップで、
マンクンクが心酔していたジョン・コルトレーンの影響色濃いアルバムとなっています。
拙著『ポップ・アフリカ700/800』に選ばなかったのは、
北米ジャズをまんまコピーした、「純」ハードバップ・アルバムだからで、
タウンシップ・ジャズのような大衆性のある南ア・ジャズの要素はなく、
有名盤ではありましたけれど、遠慮させていただきました。

43年西ケープ州リトリートに生まれたマンクンクは、
“YAKHAL' NKOMO” 録音当時まだ24歳でした。
血気盛んな年頃で、当時多くのジャズ・ミュージシャンが
海外へ亡命したのにも関わらず、マンクンクは仲間の誘いを断り、
南アにとどまって演奏活動を続けることにこだわりました。

Winston Mankunku  JIKA.jpg   Winston Mankunku Ngozi  Molo Africa.jpg


マンクンクの南ア・ジャズらしいアルバムというと、もっとのちのアルバムで、
87年作の“JIKA” や98年作の“MOLO AFRICA” があります。
“JIKA” にはソロ・デビュー前のベキ・ムセレクも参加しているんですけれど、
南ア・ジャズの代表作という意味では、
ヒットした“MOLO AFRICA” を選ぶのが順当でしょうか。
う~ん、でもぼくはあんまり買っていないので、
これまた『ポップ・アフリカ700/800』には載せてないんですけどね。

この頃になると、マンクンクは豪放にブロウすることがなくなり、演奏もやや冗長なんです。
ヴェテラン・ピアニストのテテ・ンバンビサがいい感じでピアノを弾いているのに、
マンクンクがオーヴァー・ダブしたシンセサイザーがジャマして、耳ざわりなのも難。
コーラスを加えるなど、ポップな味付けをしたかったことは分かるんですが。

Winston Mankunku Ngozi  Abantwana Be Afrika.jpg

むしろ、完全アクースティックの編成で演奏した
03年の“ABANTWANA BE AFRIKA” の方が、落ち着いたサウンドで楽しめます。
ちなみに、ベースはハービー・ツオエリが務めています。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2016-11-24
心臓の持病を抱えていたマンクンクは、09年に66歳で亡くなってしまったので、
本作が遺作となりました。
マンクンク自身のサックスは、すっかりレイドバックしていますが、
南アにとどまり続けたジャズ・プレイヤーの気骨は、しっかり聴き取れますよ。

Mankunku "YAKHAL’ INKOMO" Gallo CDGSP3123 (1968)
Winston Mankunku "JIKA" Nkomo Music/Avan-Guard Music SVCD521 (1986)
Winston Mankunku Ngozi "MOLO AFRICA" Nkomo NK0010 (1998)
Winston Mankunku Ngozi "ABANTWANA BE AFRIKA" Sheer Sound SSCD098 (2003)
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サンパウロ発アヴァンなポスト・パンク キコ・ジヌスィ

Kiko Dinucci.jpg

音楽って、出会いだなあと、つくづく思いますね。
自分の守備範囲だけしか聞かずにいたら、
こんなポスト・パンクな轟音に満ち溢れたアルバムと
出会うチャンスなんて、まずなかったと思うんですよ。

キコ・ジヌスィの本ソロ・デビュー作に出会う発端となったのは、ロムロ・フローエス。
このサンパウロの前衛サンバ作家に惚れこんでいたぼくは、
ロムロが参加しているグループ、パッソ・トルトも聴き、
パッソ・トルト一派の音楽性に、とても惹かれていました。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2012-04-29

そのパッソ・トルトのメンバー、キコ・ジヌスィがソロ作を出したというので、
買ってみたんですが、飛び出してきたサウンドが、
見事なまでにポスト・パンクだったので、ビックリしてしまいました。

まったく不案内な音楽ゆえ、最後まで聴き通せるかしらと思ったんですが、
意外にも、当方もかすかながら持ち合わせているロック魂に火が点き、
いえ~ぃ!と盛り上がってしまったのですよ。

曲の構成が序破急か、てなほどメリハリが利いていて、冗長さ皆無。
アレンジがしっかりしていて、ムダな音がない。
ダークなムードの曲でもメロディアスなのは、パッソ・トルト一派の美点ですね。
曲ばかりでなく、ギターのリフも、アブストラクトな音列が並んでいるようで、
メロディはきれいなんだよなあ。こういうところにブラジルを感じますね。

激しく乱打するドラムス、咆哮するサックス、鬼のカッティングでかき鳴らすギター。
一点集中の突破力と肉体感溢れる出音が、胸をすきます。
破壊的な曲ばかりでなく、ユーモラスな曲調もあったりと、
いずれにせよ、アヴァンな音楽性で一本芯が通っています。

キコ・ジヌスィは、アドニラン・バルボーザやパウロ・ヴァンゾリーニなど、
パウリスタのサンビスタの影響をもろに感じさせるクルーナー・タイプの歌い手である一方、
ジョンゴやバトゥーキ、カンドンブレなどのアフロ・ブラジル音楽のリズムを再構築する、
前衛アフロ・ブラジル音楽ユニットのメター・メターでは、
トニー・アレンとも共演するという、多面的な音楽性の持ち主。
そんな豊かなバックグラウンドを持つキコだからこそ、
本作で発揮されるアヴァンなロックに、ぼくが夢中になれるのかもしれません。

手作り感溢れるペイパー・スリーヴの2色刷りジャケットは、
「黒/黄」、「オレンジ/黒」、「ピンク/ブルー」の3タイプがあり、
色合いのきれいなピンク/ブルーを買ったんですが、キコのサイトをのぞいてみたら、
この「ピンク/ブルー」が、どうやらデフォルトのよう。

キコのサイトでは、本作ほかパッソ・トルトやメター・メターなど、
これまでキコが関わったグループすべての音源が、フリー・ダウンロードできます。
本作にホレこみすぎて、メター・メターについては触れられませんでしたが、
またいずれ、別の機会にでも。

Kiko Dinucci "CORTES CURTOS" Red Bull Studios no number (2017)
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テレコ・テコからサンバランソへ オルランジーヴォ

Orlanndivo Bossa, Samba E Balanco.jpg   Orlann Divo  A Chave Do Sucesso.jpg
Orlann Divo 1963.jpg   Orlann Divo  Samba Em Paralelo.jpg

おー、ようやくブラジルで復刻されたか。
ずいぶん時間がかかりましたねえ。
ブラジル60年代に人気を博したバランソ歌手、オルランジーヴォのムジジスク盤3枚を、
ジスコベルタスがオリジナル・フォーマットで完全復刻。

01年にイギリスのホワットミュージックが復刻して、話題を呼びましたけれど、
ブラジル本国での復刻は、これが初。
バランソ時代の立役者エジ・リンコルンのムジジスク盤復刻の6CDボックスが出て、
オルランジーヴォの復刻を期待する記事を書いた時から、6年も経ってしまったんだなあ。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2011-06-08
そのオルランジーヴォ、今年の2月8日に亡くなっていたんですね。知りませんでした。

オルランジーヴォは、58年に作曲家としてプロ・デビューし、
のちに歌手としてエジ・リンコリンのグループに迎えられ、
61年にムジジスクからレコード・デビューした人。
ボサ・ノーヴァの時代に花開いたバランソ、
そしてオルランジーヴォが称したサンバランソは、
30年代のルイス・バルボーザやシコ・モンテイロなど、
街のダンサブルなサンバの流れを汲んだものでした。

62年のデビュー作“A CHAVE DO SUCESSO” に収録された“Amor Vai E Vem” を聴けば、
軽妙なマッチ箱のリズムに、シコ・モンテイロのテレコ・テコが
ちゃんと受け継がれているのが、聴き取れますよね。
ルイス・バルボーザやシコ・モンテイロの時代は、
ショーロの楽団が伴奏をつけていましたけれど、時代が下った50年代になると、
シコ・モンテイロの後輩にあたるジョルジ・ヴェイガたちは、
管楽器を含む大編成のガフィエイラの楽団が伴奏をつけるようになりましたけど、
バランソはオルガンを中心に、フルート、ギター、ドラムス、パーカッションという、
スモール・コンボによる軽やかで涼しげなサウンドが、
ボサ・ノーヴァの時代にマッチしたんでした。

ムジジスク時代の3作は、デビュー作とセカンドがエジ・リンコルンのアレンジでしたけど、
3作目はエジ・リンコルンの名が消え、
サックスがソロを取るなど、サウンドが華やかになっています。
1・2作目とは別のジャズ・サンバのミュージシャンを起用したと思われ、
ドラムスがやかましくって、これ叩いてるのエジソン・マシャードなんじゃないかな。
そのせいか3作目はバランソというより、ジャズ・サンバ色が強くなりすぎた感があります。

ムジジスク時代では、やっぱりセカンドが一番でしょう。
オープニングの“Samba No Japão” なんて、細野晴臣の『泰安洋行』ムード満点ですよね。
木琴や月琴ふうな音色のバンジョー(テナー・ギター?)をフィーチャーして、
偽オリエンタルなリフをまぶし、イントロとエンディングには、お約束の銅鑼も鳴りますよ。
ちなみに、このムジジスク時代、オルランジーヴォはワン・ワードではなく、
「オルラン・ジーヴォ」と名乗っていて、「オルラン」の n もダブルだったんですね。

Orlandivo  Copacabana.jpg

オルランジーヴォは、60年代にこの3作を残してレコーディングから離れてしまい、
77年になってようやく、ジョアン・ドナートのアレンジで、
セルジオ・メンデス・マナーのポップなアルバムを1枚作ります。
キュートな女性コーラスをフィーチャーしたこのアルバムでは、
自作曲以外にも、ボサ・ノーヴァの定番曲“A Felicidade” を歌ったりと、
サンバランソのエッセンスは聴き取りにくくなりますけど、
ソフト・ロック・ファンが再評価したとおり、
オルランジーヴォらしいポップ・センスが発揮された名作でした。

Orlandivo  Sambaflex.jpg

でも、ぼくがオルランジーヴォで一番好きなのが、
05年になって出した“SAMBAFLEX”。
このアルバムは、テレコ・テコからサンバランソに繋がる、粋なサンバを現代に復活させ、
オルランジーヴォの集大成といえるアルバムになっていました。
シコ・モンテイロの代表曲“Boogie Woogie Na Favela” を取り上げて、
ロカビリーやヒップホップまで取り入れたアレンジで歌い、
オルランジーヴォの遊びゴコロあふれる音楽性が見事に発揮されていましたね。

生涯わずかこの5作しか残さなかったオルランジーヴォですけれど、
ノエール・ローザから脈々と受け継がれる、
街の粋なサンバの正統派として、もっともっと評価されてほしい人です。

Orlandivo "BOSSA, SAMBA E BALANÇO" Discobertas DBOX62
Orlann Divo "A CHAVE DO SUCESSO" Musidisc/Discobertas DB464 (1962)
Orlann Divo "ORLANN DIVO" Musidisc/Discobertas DB463 (1963)
Orlann Divo "SAMBA EM PARALELO" Musidisc/Discobertas DB465 (1965)
Orlandivo "ORLANDIVO" Odeon/EMI 541574-2 (1977)
Orlandivo "SAMBAFLEX" Deckdisc 22058-2 (2005)
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ヒップホップ・ジャズ・ファンク・フロム・ダラス RC&ザ・グリッツ

RC & The Gritz  THE FEEL.jpg

ネオ・ソウルで思い出したんですが、
エリカ・バドゥのプロデューサー、RC・ウィリアムズ率いる
ヒップホップ・ジャズ・ファンク・バンド、RC&ザ・グリッツの新作、
すでにヘヴィ・ロテ4か月目突入です。

2月に来日して、その公演が終った後で、このアルバムを聴いたという、
自分の間の悪さが情けないんですが、観たかったなあ、え~ん。
デビュー作にノレなかったもので、新作が出てもやり過ごした自分がバカでした。
だって、デビュー作はこんなにジャジーじゃなかったもんなあ。

セカンドは、ネオ・ソウルの美味なところがふんだんにまぶされ、
レイヤーしたシンセにホーンズの絡むサウンドが極上リッチで、トロけます。
ベース代わりにモーグを使って、チューバがベース・ラインを吹くようなサウンドを出す
“Jazz And Reverse” なんて、すごく新鮮なアイディア。

そしてまた、しなやかなグルーヴといったら。
変拍子好きをうならせる7拍子のタイトル曲にもやられましたけれど、
粘っこいミッド・スローの“Feathers” にはトリコになりました。

なんて心地いいグルーヴなんだろうと思いながら、何度も聴くうちに、
ハイハットがものすごく奇妙なリズムを刻んでいることに気づきました。
これって、ハズれてるよね……。正確にハズしてるっていうと、
オカシな表現だけど、わざと遅らせたリズムでハイハットを踏んでいます。
しかも、時々拍を抜いたりして、揺らいだリズムを作っているんですね。

誰だ、このドラマー、とクレジットを見たら、なんと、クリス・デイヴ!
うわー、さすがだわー。この強烈にもたったリズムは、確かに彼の真骨頂。
どうやったら、こんなにハズしたリズムを叩けるんですかねえ。
ジャストのリズムとずれたリズムを同時に叩くなんて、人間業とは思えん。
レギュラー・ドラマーのクリオン・エドワーズのほか、クリス・デイヴ、
ジャミル・バイロン、マイク・ミッチェル、タロン・ロケット、ロバート・シーライトと、
新世代ジャズをリードするドラマーが勢揃いしているところも、聴きものですねえ。

ヴォーカルのクラウディア・メルトンは、
CTI時代のパティ・オースティンを思わせるし、
80年代にフュージョンを聴いていた人なら、懐かしいはずの
バーナード・ライトなんて人も参加しています。
81年にGRPからデビューした、天才少年キーボーディストですね。
思えばザ・グリッツのサウンドって、80年前後のフュージョンのテイストだよねえ。
その一方で、ジャジー・ヒップホップなところもあれば、
新世代ジャズのビート感も兼ね備えているんだから、鉄壁ですよ。

こんなに夢中になったヒップホップ・ジャズ・ファンク・アルバムは、
おととし出会ったエンパイア・オヴ・サウンド以来であります。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2015-11-06

RC & The Gritz "THE FEEL" Ropeadope no number (2016)
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クールなナイジェリアン・ネオ・ソウル ミスター・イージー

Mr. Eazi  ACCRA TO LAGOS.jpg

Youtubeでナイジャ・ポップの最新ヒットを眺めていると、
どのヴィデオもゴージャスで、金がかかっていることに驚かされます。
ナイジェリアの音楽ビジネスが、配信やヴィデオの広告売上へと移り、
CDなどハナから制作するつもりがなくなっている現状は、
フィジカル派にはツライものがありますねえ。

おお、これはいいなと、書き留めたアルバムが、ことごとく配信のみで、
ああ、またかと嘆息すること続きだったのですが、
これはフィジカルが出たんですねえ。
91年7月19日リヴァー州ポート・ハーコート出身のミスター・イージーこと
オルワトシン・オルウォレ・アジバデくんの2作目となるミックステープです。
ミックステープのアルバムがCD化するなんて、珍しいな。

生まれはポート・ハーコートですが、小学校からはレゴス、
大学はガーナのクマシにあるクワメ・ンクルマ科学技術大学へ通ったという、
まだ弱冠25歳の若者。
昨年ガーナ・ミュージック・アワードを受賞したガーナでも人気の歌手で、
ガーナとナイジェリアの音楽に関する彼のツイートが物議を醸し出し、
芸能ニュースをにぎわすこともあったようですね。
本作のタイトルも「アクラからレゴスへ」とあるように、
両国のファンを意識したものとなっています。

ミスター・イージーの音楽は、ヒップホップR&B寄りのメロディックなポップで、
アフリカらしいビート感をもったバックトラックがクールです。
ナイジェリアン・ネオ・ソウルといいたいスキマのあるサウンドが心地よく、
レイドバックした彼のヴォーカル・スタイルも哀感があって、いい感じ。

彼は自身の音楽を、「バンクー・ミュージック」と称していますけれど、
バンクーって、フフと並ぶガーナ料理の主食のことです。ご存じですか。
キャッサバとトウモロコシの練粉で作る、ちょっと酸味のある練り粥ですね。
いろいろなスープと一緒に食べるので、
さまざまな音楽をごったまぜしたという意味で名付けたとのこと。
「ガンボ」や「チャンプルー」と同じで、みんな料理に例えるのが面白いですね。

ミクスチャーというものの、ハイライフやアフロビートなどの要素はなく、
何をもってミクスチャーと称しているかは不明ですが、
アーバンナイズしたクールなシティ・ポップぶりは、十分魅力的です。

Mr. Eazi "ACCRA TO LAGOS" Starboy no number (2017)
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メンフィス・ソウルふたたび ドン・ブライアント

Don Bryant DON'T GIVE UP ON LOVE.jpg

号泣。

48年ぶりの新作だよ? 信じらんない気分。店頭でCDを持った手が震えました。
去年来日した時も、ほんとに?と思ったもんですけど、
ウィリアム・ベルに続いて、ドン・ブライアント、そして先日のスペンサー・ウィギンスと、
サザン・ソウルのレジェンドたちが立て続けに来日して、もう完全復活じゃないですか。
R&Bじゃねえよ、ソウルだよ、おっかさん!

そしてこの新作。
オープニングが“A Nickel and a Nail” ですよ。泣くしかないじゃないですか、もう。
ちょうど1年前のビルボードライブ東京のステージでもこれを歌ってくれて、
身体の芯がシビれたっけねえ。そん時の記憶が湧き上がってきましたよ。
アレンジはO・V・ライトのヴァージョンをほぼ踏襲。
O・Vの若き狂おしさとは違った、74歳という年齢の深みが胸に迫ります。

O・Vが Lord, Have mercy! と自嘲するようにシャウトすれば、
ドンはOh lord... と救いを求めるように唸ります。
粘っこく歌うドンの泥臭い歌いぶりは、これぞサザン・ソウルでしょう。
ハワード・グライムズの重厚なドラミング、チャールズ・ホッジのオルガン、
ヴィンテージ・ソウルを刻印するホーンズやストリングスも揃い、
往年のハイ・サウンドを支えてきた名手たちが繰り出すサウンドに、
ハンカチはもう2枚目です。

“How Do I Get There” では激しいシャウトを聞かせるかと思えば、
“It Was Jealousy” では、アル・グリーンばりの甘やかな歌いぶりを聞かせる。
年輪を重ね、さらりと歌う節回しひとつに、老練な味わいを醸し出すドンの歌いぶりに、
衰えはまったく感じられず、ほとばしる歌ぢからに圧倒されるばかりです。

2017年ベスト・ソウル・アルバム確定!と言いたいところですけど。
こうなると、スペンサー・ウィギンスの新作だって、ありそうじゃないですか。
その可能性も捨てきれないので、それまでベスト・ソウル・アルバムは保留としましょう。

Don Bryant "DON’T GIVE UP ON LOVE" Fat Possum FP1607-2 (2017)
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ジャズ・ショーロの愉しみ サムエル・ポンペーオ

Samuel Pompeo Quinteto.jpg

おお、これはジャズ・ショーロじゃないですか。
今では誰も演奏することのなくなったジャズ・ショーロは、
その名からわかるとおり、北米ジャズに影響されたショーロです。
歴史は古く、30年代にスウィング・ジャズがブラジルに輸入された時代まで遡ります。

といっても、ジャズより歴史の古いショーロゆえ、
当初は、外国で流行しているという新しいインスト音楽を、
ほんのお遊び程度に取り入れたにとどまり、
その後のショーロの発展に大きな影響を与えることはありませんでした。
第二次世界大戦前後に、ラダメース・ニャターリやガロートたちが、
ショーロのモダン化を図るなかで、ジャズ・ショーロを演奏しましたが、
これも実験的な試みに終わり、
のちの音楽家たちに受け継がれることはありませんでした。

廃れてしまったショーロの一変種であるジャズ・ショーロですけれど、
何年か前にサックス奏者レオ・ガンデルマンが出した、
ジャズ・ショーロのアルバムがありましたね。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2013-09-29
あれは、ショーロの歴史に精通したカヴァキーニョ奏者
エンリッキ・カゼスが仕掛けたアルバムでしたけれど、
本作はそうしたかつてのジャズ・ショーロに触発されたのではなく、
独自のアイディアで制作されたアルバムのようです。

サムエル・ポンペーオは、
サンパウロの交響楽団やビッグ・バンドで演奏してきたサックス奏者で、
MPBの世界でも、数多くの歌手の伴奏も務め、
現在は音楽学校で教鞭をとっているという人物。
ショーロやジャズのいずれかをプロパーとする音楽家ではないところが、
この企画を成功させた秘訣だったように思えますね。

サムエルはバリトン・サックス、ソプラノ・サックス、
バス・クラリネットを吹いていますが、ショーロ・マナーで吹奏していて、
一部のスロー曲をのぞき、ジャズ的な奏法やフレージングを慎重に避けています。
SP袋のジャケット・デザインや、
ノスタルジックなサウンドで始まるオープニングの演出含め、
ショーロとしてのアイデンティティをくっきりと表わしていますよ。

ガロートのショーロを改変したオリジナル曲を演奏していた、
ブラジルの新進ジャズ・ピアニスト、ヴィトール・ゴンサルヴィスは、
リズム・アレンジにくっきりとコンテンポラリー世代のジャズが刻印されていましたけれど、
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2017-03-22
サムエルの演奏からは、そうした現代的なジャズのセンスは感じられません。

では、ジャズ・ショーロの「ジャズ」の部分はどういうものかといえば、
60年代ジャズのモーダルなハーモニーを加えたまでの、いわばオーソドックスなもの。
ジャズがプログレッシヴなインスト音楽ならば、
ショーロは芸術性より娯楽性を優先させるインスト音楽であり、
そこがジャズ・ショーロのショーロたるゆえんです。

Samuel Pompeo Quinteto "QUE DESCAÍDA" P&MB Produções no number (2016)
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ブラジルの歌ものインストルメンタル・ミュージック トレイス・ノ・ソン

3 No Som.jpg

このサンパウロ出身のトリオもいいなあ。
パーカッション、ギター、ハーモニカ(ガイタ)という、
レシーフェのサラコチーアとはまた違った編成の変則トリオ。
トレイス・ノ・ソンのデビュー作です。

クラリネットを加えた2曲目の“A Primeira Dama” のような、
優雅なショーロ曲もやっていますけれど、彼らはショーロのトリオではなく、
インストルメンタル・ミュージックですね。
メンバーが歌う曲も少しあるんですけれども。

ハーモニカがクロマチックだけでなく、
曲によってダイアトニックやバスも使い分けているところがミソですね。
一部の曲で聞かれる、わざと音程をずらした演奏も面白いですね。
ファニーな感じのメロディにぴったりなんですけど、これ、どうやって吹いているんだろう。

サンバ、マラカトゥ、バイオーン、フレーヴォのリズムをベースとした、
ブラジルならではのインストルメンタル音楽ながら、
エレクトリック・ギターがソロを弾きながらユニゾンでスキャットをするなど、
ジャズの素養をしっかりと身につけていることが、聴き取れます。
ギタリストはマヌーシュ・スタイルのギターも聞かせたりと、
豊かな音楽性をうかがわせます。

曲はメンバーのオリジナルですけれど、1曲のみギンガの曲をやっていて、
ギンガ自身もゲストに加わっています。
不思議な浮遊感たゆたう、いかにもギンガらしい官能的な曲で、
このグループの音楽性によく馴染みます。

ラストは大勢の子供たちのコーラスをフィーチャーした楽しい曲で、
歌ものインスト音楽の秀作です。

3 No Som "3 NO SOM" no label no number (2017)
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アミルトン・ジ・オランダ・キンテートのライヴァル サラコチーア

Saracotia.jpg

アミルトン・ジ・オランダ・キンテートの良きライヴァルとなりそうな、
サラコチーアというレシーフェのグループを知りました。
バンドリン、7弦ギター、ドラムスの3人組で、3人とも83年生まれの同い年。
ベースレスという変則トリオで、アミルトン・ジ・オランダ・キンテートとは
編成が異なりますけれど、ショーロ、バイオーン、フォローをベースとしながら、
コンテンポラリー・ジャズの素養を身につけた音楽性を発揮しています。
08年に結成したグループで、15年にリリースした本作は2作目とのこと。

アクースティック編成の3人組ながら、カラフルなサウンドに仕上げているキー・マンは、
7弦ギターのロドリゴ・サミコ。
エフェクトを使ってエレクトロな音響を効果的に加えています。
ラファエル・マルキスのバンドリン・プレイと曲作りは、完全にショーロ・マナー。
それをコンテンポラリー・ジャズのセンスでリズム・アレンジするところが、
アミルトン・ジ・オランダ・キンテートと見事に重なります。

アミルトン・ジ・オランダ・キンテートとの違いといえば、
やはりレシーフェの出身らしく、ショーロばかりでなく、
フレーヴォやフォローの要素がふんだんに取り入れられ、
ノルデスチの香りをたっぷりとさせているところでしょう。
ロマンティックなヴァルサなど、より歌ゴコロに溢れたトラックが多く、
アミルトン・ジ・オランダ・キンテートのような、
急速調でリフやブレイクでキメまくったアレンジは控えめとなっています。

ゲストにアコーディオンやピアノを迎えた曲や、
虫の音などの自然音や列車の通過音、女性のヴォイスをコラージュした
アルバム・プロデュースもよくできていて、
若い才能が発揮されたインスト傑作といえます。

Saracotia "A VISTA DO PONTO" no label no number (2015)
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オリンダのテレイロでグルーヴ ボンガール

Bongar  Samba De Gira.jpg   Bongar  29 DE JUNHO.jpg

オリンダのアフロ・ブラジレイロ宗教ナソーン・シャンバのテレイロで活動する
6人組の若者のグループ、ボンガールの新作が手に入りました。
01年に結成したボンガールは、地元のコミュニティで40年以上続く、
シャンバの儀式や祭りで演奏をしているグループです。
06年にリリースしたデビュー作を気に入っていたので、
新作が手に入るとは嬉しい限り。

デビュー作は、メレ(太鼓)、パンデイロ、アゴゴ、マラカスなどのパーカッションのみで、
リード歌手とコーラスがコール・アンド・レスポンスする、オーセンティックな内容でした。
曲ごとに使われるパーカッションが違えばリズムも多彩で、
太鼓のリズムと手拍子がポリリズムを生み出すところや、
曲の途中でリズムがスイッチして変化していくところなど、
パーカッション・ミュージック・ファンには聴きどころイッパイのアルバムでしたけれど、
こういう音楽を聴き慣れない人には、たぶん単調に感じてしまうんだろうな。

でも、今度の新作は、
そういうパーカッション・ミュージックのツボがわからない人にも親しみやすい、
ノルデスチのグルーヴを感じられるアルバムになっていると思います。
デビュー作同様、コーラスと太鼓のアンサンブルには変わらないんですけれど、
曲ごとのリズムやアンサンブルが変化に富むようになったのに加えて、
中盤あたりからギターがポスト・ロック的な音響を加えたり、
コーラスのメロディがキャッチーだったりと、
耳をひく工夫があちらこちらに施されています。

今作の音楽監督を務めているのが、
パト・フーやゼリア・ダンカンのプロデュースで知られる、
サンパウロの才人ベト・ヴィラレス。元メストリ・アンブロージオのシバとともに、
ベト・ヴィラレス自身もギターを弾いて演奏に参加しています。

デビュー作では、赤のシャツに白のスボンという揃いの衣装で、
伝統を継承する真面目な好青年ふうだったメンバーたちが、
10年経って、ずいぶんムサくるしいオッサンに変貌したもんですねえ。
コミュニティの伝統的な宗教音楽というと、
閉鎖的で堅苦しいものかと想像しがちなんですが、
開放的な明るさに溢れた、みずみずしい音楽に目を見開かされますよ。

Bongar "SAMBA DE GIRA" no label no number (2016)
Bongar "29 DE JUNHO" no label no number (2006)
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ペルナンブーコのヴァイオリン弾き父子 マシエル・サルー、メストリ・サルスチアーノ

Marciel Salú  BAILE DE RABECA.jpg

裸電球が照らす、ペンキのはげ落ちた壁。
バイリ(ダンス・パーティ)がはねたあとなのか、
誰もいなくなり、虫の音しか聞こえない夜更けに、
ラベッカを弾く男がひとりと、外で踊る女がひとり。

たまんないなぁ、この写真。
場所はペルナンブーコの田舎町の集会場でしょうか。
屋根の瓦の下に、どでかいスピーカーが付いていて、
この前に大勢の人々が集まって、踊っていたんでしょうねえ。

ノルデスチのヴァイオリン、ラベッカ奏者マシエル・サルーの新作です。
6年前の前作は、ホーン・セクションや女性コーラスまでフィーチャーして、
華やかにしすぎたサウンドに、ちょっと違和感を感じて手放しちゃいました。
ロック・ファンには、ラベッカがぎこぎこ鳴って、
太鼓がどんどん叩かれるノルデスチの伝統色濃いダンス・サウンドより、
「いなたいマンギ・ビート」ぐらいのサウンドの方が、ウケがいいんだろうけど。

で、今作はどんなものかと心配したんですが、
ジャケットどおり、シブい伝統回帰のアルバムとなりました。
ノルデスチ音楽好きには、こういう土埃舞うサウンドの方が、断然いいですよね。
朴訥としたマシエル・サルーの歌い口もちょっと渋くて、いい感じ。

Marciel Salú  A PISADA É ASSIM.jpg   Marciel Salú  NA LUZ DO CARBURETO.jpg

デビュー作や2作目で聞かれた、
マラカトゥやコーコをベースとしたノルデスチのフォークロアを、
ロックを通過した世代のセンスでやるサウンドには、
マシエルの父親であるメストリ・サルスチアーノ世代の
オーセンティックな伝統サウンドとは明らかに違うグルーヴ感がありました。

Mestre Salustiano  SONHO DA RABECA.jpg

楽器編成の面でも、せいぜいエレクトリック・ギターやベースを数曲使う程度。
ほぼ伝統的なサウンドなのに、メストリ・サルスチアーノのアルバムと
聴き比べてみると、その感覚の差は歴然です。
世代が変わり、伝統が時代とともに移ろっていく姿が聴き取れますよね。
古い世代には重厚さが、新しい世代には軽妙な身のこなしがあって、
新旧世代それぞれの味わいが味わえます。

Maciel Salú "BAILE DE RABECA" Maciel Salú MS0004 (2016)
Maciel Salú e O Terno Do Terreiro "A PISADA É ASSIM" Marca Registrada MR0983 (2004)
Maciel Salú e O Terno Do Terreiro "NA LUZ DO CARBURETO" Chesf no number (2006)
Mestre Salustiano "SONHO DA RABECA" Cristiano Lins Produções TOP015 (1998)
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アフリカン・スタイリッシュなクールネス ジェドゥ=ブレイ・アンボリー

Gyedu Blay Ambolley  KETAN.jpg

ファンキー・ハイライフのヴェテラン、ジェドゥ=ブレイ・アンボリーの新作。
12年の“SEKUNDE” 以来、5年ぶりのアルバムですね。
前作が出たのと時同じくして、ジェドゥのデビュー作で、
ファンキー・ハイライフの代表的な名盤“SIMIGWA” もCD化されたんだけど、
覚えてる人、どれくらいいるかなあ。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2013-04-18

あの時、ジェドゥ再評価のまたとないチャンスだと思って、
“SEKUNDE” のレヴューをミュージック・マガジンに書いたんですけど、
まったく話題にもならず、CDもほとんど日本に入らなかったしねえ。
もちろん日本盤なんて、出ずじまい(しおしお)。

というわけで、今回の新作は日本盤が出ると聞いて、嬉しかったですよ。
エボ・テイラーやパット・トーマスの活躍によって、
やっとジェドゥにも注目されるようになったんですね。

ストラットによって再評価されたエボやパットと違い、
西洋人が制作に関わっていないジェドゥのアルバムは、
前作同様、ガーナ録音、ジェドゥ自身による作編曲・プロデュースです。
前作はオランダのレーベルでしたけれど、今回はドイツのレーベルからのリリース。
ミックスに、前作オランダのレーベルのスタジオを使っているので、
両レーベルは関係があるのかも。

西洋人絡みの制作でないゆえ、インターナショナル向けの余計な装飾がなくて、
好感持てますよ。クレジットを見ると、ミュージシャンは全員ガーナ人のようですけど、
演奏力は高く、これなら西洋人の手を借りる必要なんて、まったくないですね。
たまたま一緒に聴いていたウム・サンガレの新作が、
西洋人向けのアンビエントな音響を装飾しまくっていて、まあジャマくさいというか。
余計な音響を、脳内リミックスで引き算しながら聴いてたんですけど、
ジェドゥの本作を聴いたら、そんなメンドくさいことしなきゃならないアルバムなんか、
わざわざ聴く必要ないじゃんという気分になっちゃいました。

で、このジェドゥの新作。
ファンキー・ハイライフの人なんですが、前作同様、アフロビート色が強いです。
オープニングの“Afrika Yie”、8曲目の“I Don't Know Why”、
ラストの“I Get Myself To Blame” なんて、まんまアフロビート。
ほかのアフロ・ファンクなトラックでも、アフロビートなニュアンスを強く感じさせます。

それはバンドが弾き出すサウンドばかりでなく、
フェラ・クティの歌い口を強く思わすジェドゥの歌いっぷりのせいでもありますね。
いやあ、かっこいいですよ、ジェドゥの歌いぶり、クールです。
アフリカン・スタイリッシュと言いたくなりますね。

そして、“Teacher” という曲の作詞は、なんとフェラ・クティとクレジットされています。
曲のタイトルから、“Teacher Don't Teach Me Nonsense” かと思ったら違う曲で、
作曲はジェドゥによるもの。ジェドゥはフェラとも親交があったんですね。

ジャジーなアフロ・ファンクでジャムバンドふうの演奏があったり、
スティールドラムのサンプルを使ったポップなライト・ファンク調ありと、
聴きどころも多彩で、タイトル曲はラテン・タッチのイントロで始まるアフロ・ラテン調。
といっても、そのリズムは、クラーベというよりベル・パターンぽく、
ほかでもベル・パターンのリズムがはっきり聴き取れるところが、ガーナらしいですね。
むしろ印象的なのは、典型的なハイライフのメロディがまったく出てこないことで、
その意味では、ハイライフ色のないアフロ・ファンク・アルバムとなった新作なのでした。

Gyedu Blay Ambolley "KETAN" Agogo AR087CD (2017)
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43年の眠りを解かれたアフリカン・ポップスの至宝 ザイール74

Zaire74  Rice.jpg

世紀のタッグ・マッチの前夜祭として開かれた、音楽祭「ザイール74」の録音。
アリが勝利したタッグ・マッチは、
「キンシャサの奇跡」として伝説となりましたけれど、
音楽祭の方は、「ブラック・ウッドストック」の呼び名がついたものの、
映画化もレコード化もされず、人々の記憶から消え去ってしまいました。

それが再び注目を浴びるようになったのは、
30年以上もの間未発表となっていた125時間にも及ぶフィルムを、
新たに編集して制作された映画『ソウル・パワー』の公開がきっかけ。
主役級のジェイムズ・ブラウンに劣らぬ
タブー・レイやフランコのカッコよさに、ノケぞりましたよね。

「ザイール74」は、キンシャサの5月20日スタジアムで、
74年9月22日から24日までの3日間行われた巨大イヴェント。
アメリカからは、ジェイムズ・ブラウン、スピナーズ、B・B・キング、
ビル・ウィザーズ、クルセイダーズ、シスター・スレッジ、
セリア・クルース、ファニア・オール・スターズほかが出演しました。

対するアフリカ勢はというと、当時ギネアにいたミリアム・マケーバに、
地元ザイールの大スターが勢ぞろい。
今回CD2枚組に復刻されたのはそのアフリカ勢で、
タブー・レイ・ロシュロー&アフリザ・アンテルナシオナル、アベティ、
フランコ&TPOKジャズ、ミリアム・マケーバ、オルケストル・ストゥーカス、
ペンベ・ダンス・トゥループのパフォーマンスが詰まっています。

「74年」という、ルンバ・コンゴレーズ黄金期ど真ん中の年に、
タブー・レイやフランコに、ストゥーカスまでもが出演した
フェスティヴァルがあった事実だけでも、奇跡みたいですが、
加えて、当時最新鋭の16トラックのマルチ・トラック・レコーダーに記録されたのだから、
これはもうまさに、超絶・画期的な出来事だったわけです。

74年当時のザイールでは、テレビ映像などのライヴ録音がDVD化されているものの、
音質なんて推して知るべしのシロモノ。
いちおう「動く○○○○」が観られる、というレヴェルにすぎません。
レコードにいたっては、観客の拍手をオーヴァーダブした疑似ライヴしかなく、
ホンモノのライヴ録音なんて、まだありませんでした。
ゆいいつ、70年にパリのオランピアで録られたロシュローのライヴ盤があるとはいえ、
あの時代に、16トラックのマルチなんてものは存在しません。

というわけで、この2枚組聴いたら、
そのハイ・クオリティな音質にドギモ抜かれますよ。
2017年最高の話題作となること必至のこのアルバム、
日本盤解説を書きました。明日28日発売です。

V.A. 「ザイール74~ジ・アフリカン・アーティスツ」 ライス WRR-3226
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正調アラブ歌謡の神星 ヒバ・タワジ

Hiba Tawaji  30.jpg   Hiba Tawaji  LIVE IN BYBLOS.jpg

ジュリア・ブトロスと一緒に、ヒバ・タワジの新作も入ってきましたよ。
ひとつ前の旧作で、DVD付の2枚組ライヴ盤も同時入荷という、
これまたジュリア・ブトロスとまったく同じなんだから、奇遇じゃありませんか。

いやあ、それにしても、ヒバ・タワジの前作“YA HABIBI” は評判になりましたねえ。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2014-11-29
「ミュージック・マガジン」誌で、2015年ワールド・ミュージック部門の
ベスト・アルバム7位に選ばれたし、
ぼくの記事から1年半もかかったとはいえ、
『ヤ・ハビビ~ベイルートの若き宝石』のタイトルで、日本盤も出ましたからね。

ぼくがこれは素晴らしい作品だと思って、ここでいくら力説したとて、輸入もされず、
ましてや日本盤などリリースされることなどないアルバムがほとんどなので、
ヒバ・タワジが評価されたのは、本当に嬉しかったですよ。

さて、そのレバノン期待の若手女性シンガー、ヒバ・タワジの新作であります。
タイトルは、30歳を迎えたことを記念したもので、あわせて、
2枚のディスクに計30曲を収録したことも、ひっかけているんですね。

ジュリアの伴奏がプラハ市交響楽団ならば、
ヒバの方は、前作同様、ウクライナ国立管弦楽団とレバノン管弦楽団という布陣。
プロデュースも、これまた前作同様ウサマ・ラハバーニーなのだから、
聴く前から保証付き!てなものですが、期待にたがわず、大力作に仕上がっています。

ウサマ・ラハバーニーが作曲したミュージカルの歌曲を中心に歌っていますが、
前作のようなオペレッタ風の作品ではなく、
ディズニーの曲や、R&Bやフラメンコなどのテイストを加えた現代性も加味する一方、
サイード・ダルウィッシュの曲を取り上げるなど、アラブ古典にも目配りしています。
プロダクションは絶品というほかない、言葉を失う素晴らしさです。

現在のアラブ世界で、これ以上ない絢爛豪華な伴奏にのせて、
ヒバも見事な歌唱力で、それに応えています。
前作のイキオイ先行な熱唱ぶりも、だいぶ抑えられるようになりましたね。
ディスク2の4曲目“Bkhatrak” では、たおやかな歌いぶりを聞かせるなど、
前作にはなかった軽みもみせてくれていますよ。

ライヴ盤では、ロック・スターばりのカッコつけまくった登場で、
前に観たばかりの、微動だに歌うジュリア・ブトロスとは大違い。
ダンサーも従えて、ポップ・スターらしく振舞っています。
衣装替えのあとは、前作のレパートリーを中心に、
正調アラブ歌謡ど真ん中といったドラマティックなバラードを歌います。

ムハンマド・アブドゥル・ワハーブの曲では、
ウム・クルスームが歌う古いフィルムを投影するという演出をみせるかと思えば、
一転、ビヨンセの“Crazy In Love” もカヴァーしたりして。
アンコールでは、強力な歌唱力をどうだ!といわんばかりの歌いぶりで、
ああ、まだ若いんだなあと感じますけど、若くて実力のあるシンガーは、
こういう過剰なところを一度経ないと、円熟できないんだろうなあ。

ホイットニー・ヒューストンやマライア・キャリーが出てきたころを思わせる
ヒバ・タワジは、アラブ世界だけでなく、西洋のリスナーにもアピールする大器です。
今後さらにスケールの大きな歌手となっていく予感がありますよ。

Hiba Tawaji "30" Oussama Rahbani Productions no number (2017)
[CD+DVD] Hiba Tawaji "LIVE IN BYBLOS" Oussama Rahbani Productions no number (2015)
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大歌手然としていない大歌手 ジュリア・ブトロス

Julia Boutros  ANA MEEN.jpg   Julia Boutros  LIVE AT PLATEA.jpg

やっぱり、レバノンのジュリア・ブトロス、素晴らしいです。
最初は新作を聴いて、今回は記事を書くのをやめようと思っていたんです。
なんだか、だんだんご立派になっていく感じの歌いぶりに、
共感しづらくなってきたんですね。

今回もプラハ市交響楽団を伴奏に、プロダクションは完璧。
昔からのジュリアの魅力である、エレガントな曲もあるものの、
一方で、いかにも大歌手然とした、威圧的に歌う曲もあって、
おそらくレバノンへの祖国愛を歌ったものなんだろうなあと想像はしても、
その事情を理解していない異邦人には、
感情移入がしにくいものであることは、素直に認めざるを得ません。

反イスラエルを鮮明に打ち出していたジュリアの政治的姿勢が、
彼女の歌いぶりに与える懸念について、
以前「あでやかさを損なう政治的な正しさ」という記事に書きましたけれど、
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2012-04-07
いまだその懸念は拭えないままとなっています。

前作“HKAYET WATAN” の前にリリースされていた13年のライヴ盤を聴いても、
すっかり大歌手になったなあと思うと同時に、
力をこめて歌わなければならないような楽曲が増えたことに、
自分との距離が遠くなったのを覚えました。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2015-01-26

ところが、このライヴのCDを聴いたあと、DVDを観たら、がらっと印象が変わりました。
まず、ジュリア・ブトロスが、ちっとも大歌手ぽくないんですよ。
オーラがない、といっては失礼にあたるかもしれませんが、
近所のお姉さんが歌っているふうの風情は、正直、意外でした。

ジュリアは、コンサートの最初から最後まで、
中央のメイン・マイクの前に立って、ただ歌うだけ。
身体を揺することすらなく、にこにこと笑みを浮かべながら歌い続けます。
その笑顔は実にチャーミングで、とても親しみを感じさせるもの。
フェイルーズのような人を寄せ付けない高貴さとは真逆の、
ほんとにどこにでもいそうな、「隣のおねえさん」です。
オーケストラピットには、バンド・メンバーにプラハ交響楽団の面々、
20人近いバック・コーラスが勢揃いしています。

あまりにフツーの、フツーすぎるジュリアの雰囲気に引きこまれ、
声を張って強く歌う威勢のいい曲も、威圧感がないことに気づきました。
ジュリアの06年傑作“TA’AWADNA ALEIK… HABIBI” に収録されていた
代表曲“Habibi” を歌い終えたあと、感情の高ぶりを抑えられず、
わずかにこぼれた涙を、すっと拭うジュリアの所作に、グッときましたねえ。
そのあとに続いた“Atfal(蛍の光)” も、CDで聴いてたぶんには、
それほどピンとこなかったんですけど、とても感動的なものでした。

フィナーレにちょっとした愛国的な演出があるものの、
歌を聞かせることだけに徹し、演出を排したプログラムで、
終盤に観客が総立ちとなるのも、政治集会のような熱狂とは違う、
ジュリアの歌に共鳴するごく自然なものと受け止められ、
とてもすがすがしく感じられました。

レバノンの人々から愛されるそのライヴの様子を見てから、
あらためて新作を聴き直すと、聞こえ方がぜんぜん違ってくるから不思議です。
で、冒頭の、やっぱり……に続くわけなんですね。

最後に、上に挙げたライヴ盤ジャケットの写真は、スリップケース内の本体のものです。
スリップケースは銀色の光沢紙のため、スキャンすると真っ黒にツブれてしまうので、
本体のジャケット写真を載せました。念のため。

Julia Boutros "ANA MEEN" Longwing no number (2016)
[CD+DVD] Julia Boutros "LIVE AT PLATEA" Longwing no number (2013)
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南部ヴェトナムのほのかな郷愁 ハー・ヴァン

Hà Vân  XIN TRẢ TÔI VỀ.jpg   Hà Vân  CHUYẾN XE LAM CHIỀU.jpg

ノスタルジックな南ヴェトナム懐メロ集でデビューしたハー・ヴァン。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2015-12-14
83年生まれの33歳という若さながら、
ヴェトナムのアダルト向けポップスのトレンドとなった、
ボレーロ(ヴェトナム戦争前の抒情歌謡)を歌う歌手です。

レー・クエンのようなドラマティックな濃い口の歌手ではなく、
中庸の極みといってもいい、クセのない歌唱は、
リスナーを選ばず、万人に愛される人じゃないでしょうか。
ひらひらと軽やかに舞うコブシは、コブシを回していることすら意識させないほど自然で、
技巧を感じさせないそのさりげなさが、この人の持ち味といえます。
たおやかなバラード表現は、ハ・ヴィにも並ぶ実力を感じさせ、
ヴェトナム南部の情歌を歌うのに、これほどふさわしい人もいないんじゃないかな。

そのハー・ヴァンの新作が、昨年秋に2作同時でリリースされました。
“XIN TRẢ TÔI VỀ” と“CHUYẾN XE LAM CHIỀU” で、
後者は、ヴィン・スという44年サイゴン(現ホーチミン)生まれの作曲家の曲集です。
ヴィン・スは現在、癌の闘病中で、車椅子の生活を送り、相当弱っているものの、
自分のソングブックが制作されると聞き奮起し、
本作のミュージック・ヴィデオにも出演したのだそうです。

どちらも、デビュー作ほど懐古調を強調しておらず、
ヴェトナムの伝統的な弦や笛の響きも織り込んで、
民歌調でもなければ、懐古調でもない、中庸なサウンドに仕上げています。
こうしたいっさいの演出を排したハー・ヴァンの歌とサウンドの世界を、
「アジアの “歌謡曲” の一つの理想の境地」と評した原田尊志さんに、
ぼくも全面賛成です。

ハー・ヴァンのアルバムは、フィジカルではこの3作しか出ていませんが、
配信のみのデジタル・アルバムを5作
(うち1作はヴー・コック・ヴェトとのデュオ作)出していて、
昨年記事にしたアメリカ盤は、この配信曲から編集したものということが判明しました。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2016-11-28
デジタル・アルバムもとてもいい内容なので、フィジカル化してほしいなあ。

Hà Vân "XIN TRẢ TÔI VỀ" Audio Space no number (2016)
Hà Vân "CHUYẾN XE LAM CHIỀU : NHẠC SĨ VINH SỬ" Audio Space no number (2016)
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ジャーネットのトゥアレグ ナビル・バリ・オスマニ

Nabil Othmani  TAMGHART IN.jpg   Nabil Baly Othmani  AYT MA.jpg
Nabil Baly  KEL TUGDA IN.jpg   Nabil Baly  AMGHAR IN.jpg

ナビル・バリは85年、アルジェリア南東部のオアシスの町
ジャーネットのトゥアレグの音楽一家に生まれたシンガー。
父親のバリ・オスマニ(1953-2005)はウードの名手で、
詩人としても名高い歌手でした。
13歳でギターを弾き始めたナビルは、
父のバンドでダルブッカを叩いて修行を積んだようです。
ナビルの10年デビュー作“TAMGHART IN” では、
父の曲や父と共作した曲も多く取り上げていましたね。

そして祖母のハジャ・オスマニは、
女性が歌う祝祭歌ティンデの歌い手として尊敬されており、
先のデビュー作では、ハジャの曲も1曲取り上げていました。
その曲“La Helle” では、ハジャをフィーチャーし、
タマシェク語でタルリリットと呼ばれる、
トゥアレグ女性が鳴らす激烈なウルレーションを披露していました。

ナビルはエレクトリックとアクースティック両刀使いのギターに、
ウードやベースもこなしながら、トゥアレグの伝統音楽からデザート・ブルース、
シャアビやレゲエなども取り入れています。
伝統音楽からポップまで、無理なく消化した柔軟な音楽性は、
デビュー作当時から際立っていました。
デザート・ブルース一辺倒ではない才能に、注目してきましたが、
新作の“AMGHAR IN” にも、そんなナビルらしい音楽性が発揮されています。

フランス語で歌ったレゲエも抵抗感なく聞けるし、
むしろナビルの柔軟な音楽性が発揮されて、いい仕上がりです。
ラストの“Eduna Tigla” のポップなセンスにも、ウナらされました。
転調する曲づくりなど、
これまでのトゥアレグ人ミュージシャンになかった個性を感じさせます。

一方、前作のライヴ盤“KEL TUGDA IN” では、ナビルが弾くウードに、
太鼓と女性コーラスたちの手拍子のみというシンプルな編成で歌っていて、
伝統的なトゥアレグのメロディがシャアビ化した味わいを醸し出しています。
オーセンティックとモダンのどちらも行ける、奥行きのある才能の持ち主です。

Nabil Othmani "TAMGHART IN" Reaktion RE16 (2010)
Nabil Baly Othmani "AYT MA" Nabil Baly Othmani no number (2012)
Nabil Baly "KEL TUGDA IN" Nabil Baly Othmani no number (2015)
Nabil Baly "AMGHAR IN" Ezlan/Reaktion EZ001/1 (2016)
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若者の元に帰ってきたジャズ ジェフ・パーカー

20170514_Jeff Parker.jpg

トータスのギタリスト、ジェフ・パーカーが来日中。
5月中にトータスとスコット・アメンドラ・バンドのステージ含む
14公演が予定されているようなんですが、
残念ながら、自身のグループでの公演はないもよう。

ジェフ・パーカーを、ポスト・ロックのギタリストではなく、
シカゴAACMのジャズ・ギタリストとして認識してきた自分にとっては、
ちょっと残念なんですけど、渋谷のタワーレコードでミニ・ライヴをやるというので、
喜び勇んで観に行きました。

なんせ昨年出たジェフ・パーカーのソロ・アルバムは、
シカゴ音響派の面目躍如たる、痛快な仕上がりとなっていましたからねえ。
浮遊感のあるギターとサックスが、フリーキーにプレイすると
緩くひしゃげたサウンドスケープが、オーガニックな清涼感を醸し出し、
ネオ・ソウルにも通じるレイドバックなムードを溢れ出すところは、なんとも魅力的でした。

J・ディラの影響あらかたな、ヨレたビートを打ち出す
ジャマイア・ウィリアムスのドラミングは、新時代のジャズを映しているし、
同時にゆるいファンク風味やネオ・ソウルな趣味も感じさせ、
白昼夢を見るかのような、ラウンジーなオルガンの響きや、
ヒップホップを経由したロウなビート・ミュージックの質感をあわせ持っていたりと、
多様な音楽が複雑に交差する妖しさと心地よさが、ないまぜとなっていました。

ミニ・ライヴ前の公開インタヴューで、
ジャズ評論家の柳樂光隆さんから「影響を受けたミュージシャンは」と訊ねられると、
レニー・トリスターノ、ジョー・パス、グラント・グリーン、デレク・ベイリー、
高柳昌行なんて名前が出てきて、それぞれになるほどと、うなずくものがありました。

ノイズ・ミュージックをやっていたソロ・アルバムもあったもんなあ。
でも、今作はまったく趣向が違っていて、
J・ディラやQ=ティップなどのヒップホップからの影響を表出した、
テン年代らしいジャズとなったわけですね。

ジェフのようなマイナーなアーティストのソロ作が日本盤で出るのも驚きですけど、
それが話題となって、インストア・ライヴに若者が長蛇の列をなすんだから、
時代は変わったよねえ。
ほんとに今、ジャズが来てるんだなあという実感を強くしました。
ワールド系のライヴだと、ぼくと同年代の中高年ばっかで、若人の影が薄いんですが、
音楽を真剣に求める若者の熱気に、なんか感無量になっちゃいましたよ。
若者が夢中になってこそ、ポピュラー音楽。
中高年マニアの愛玩物だけになるようじゃ、ダメだよね。

Jeff Parker "THE NEW BREED" Inernational Anthem Recording Co. IARC0009 (2016)
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クレズマー・ミーツ・ジンタ フランク・ロンドン

20170512_Frank London_A Night In The Old Marketplace.jpg  20170512_Frank London_Di Shikere Kapelye.jpg

クレズマー・リヴァイヴァルの立役者フランク・ロンドンが来日し、
日本のちんどん・クレズマー楽団、ジンタらムータと共演するという絶好の企画。
ゲストには、ベツニ・ナンモ・クレズマーの時代から、現在のこまっちゃクレズマまで、
日本のクレズマー草分けとして音楽活動をしてきた
梅津和時と巻上公一の二人が顔を揃えるほか、チューバの関島岳郎、
トロンボーンの中尾勘二も参加するという最強の布陣で、役者、揃いすぎ。
これは見逃すわけにはいかないでしょう。

週末金曜日の5月12日、ちゃっちゃと仕事を片づけ、
会社を定時に出て、行ってきましたよ、秋葉原CLUB GOODMAN。
フランク・ロンドンといえば、忘れられないのがクレズマティックスのデビュー作。
あれは、衝撃的でした。
まだクレズマーを聴き始めて間もなく、ヴィンテージ録音を勉強中だったところに、
いきなり飛び出したクレズマティックスのラディカルなサウンドは、
単なるリヴァイヴァルを超えた強度がありました。

クレズマティックスでの活動ばかりでなく、さまざまなユニットやプロジェクトでの
旺盛な演奏活動によるジャンル横断と越境の旅こそが、
クレズマーの復興にどとまらない、フランク・ロンドンの活動の真骨頂でした。
今回の<クレズマー・ミーツ・ジンタ>も、そのひとつに数えられますね。

いやー、痛快な2時間半でした。
1部こそ、伝統的なクレズマー曲を中心に、
オーソドックスなクレズマーを演奏していましたけれど、
2部にゲストを迎えてからが、ハジけたねえ。
クレズマーばかりでなく、スウィング・ジャズあり、エチオピアあり、美空ひばりあり。
「悲しき口笛」「お祭りマンボ」までは、そんなに意外でもなかったけど、
フランクが発見した日本のクレズマー曲という前振りに始まった「魔法使いサリー」は、
新発見でありました。なるほど、確かにコーラスのところなんて、ユダヤ民謡ぽいかも。

Frank London @ Club Goodman 20170512.jpg

レパートリーも楽しかったけれど、
そこで繰り広げられる一人ひとりのパフォーマンスが、スゴかったですよ。
フランクのトランペットの出音の大きさといったら。
梅津さんのアルトの音といい勝負で、やっぱ一流のプレイヤーは、みんな出音がデカイ。
フランクはメンバーにどんどん指示を出してソロを回したり、
一方、メンバーはソロで自由に遊んでみせていました。
リードだけで吹いてみたり、おもちゃの楽器を鳴らしたり、
ヴォイス・パフォーマンスをしたりと、役者揃いのメンバーが引き出しを、
まあ、開けること、開けること。
最後は大団円で、感無量といった大熊ワタルのMCが、その夜を象徴していました。

Frank London "A NIGHT IN THE OLD MARKETPLACE" Soundbrush SR1010 (2007)
Frank London's Klezmer Brass Allstars "DI SHIKERE KAPELYE" Piranha CDPIR1467 (2000)
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超絶ストレンジなシャーデー・カヴァー・アルバム ザ・レヴェリーズ

The Reveries  THE MUSIC OF SADE.jpg

3年前に偶然知った、カナダのライアン・ドライヴァー。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2014-08-13
そのユニークな音楽性に惹きつけられていたものの、
どういう人なのかよくわからないままでいたところ、
トロントのインディ・シーンを取り上げた「ミュージック・マガジン」の4月号の特集で、
ライアン・ドライヴァーとその周辺について、ようやく知識を得ることができました。

特集記事の推薦CD19枚の中には、
件のライアン・ドライヴァー・クインテットの
“PLAYS THE STEPHEN PARKINSON SONGBOOK” も選盤されています。
ほかにはどんなアルバムがあるのかなと、いろいろチェックしてみたところ、
引っかかったのが、ライアン・ドライヴァーがメンバーとなっているユニット、
ザ・レヴェリーズの本作。

ザ・レヴェリーズは、カヴァー・プロジェクトを目的とするユニットで、
メンバーはライアン・ドライヴァーに、
シンガー・ソングライターでギタリストのエリック・シュノー、
前衛ジャズのマルチ・プレイヤー、ダグ・ティエリ、ドラマーのジーン・マーティンの4人。
07年にウィリー・ネルソンをカヴァーした1作目を出し、
続いて出した2作目が、12年リリースのシャーデー・カヴァー集なんですが……。

とんでもないね、このカヴァー・アルバム。
ベロベロに酔っ払ったおっさんが、シャーデーの曲を鼻歌で歌ってるみたいな素っ頓狂さ。
聴いてると、ニヤニヤ笑いが止まらず、思わず吹き出したりの連続。
CD聴きながら、こんなに笑ったのって、後にも先にもこれが初めてじゃないかな。

ぶつぶつとつぶやくように歌うさまは、泥酔状態を通り越して、
昏睡一歩手前のアブナさも、ぷんぷんと匂ってくるようじゃないですか。
オープニングの“No Ordinary Love” からラストの“Kiss Of Life” まで、
そんな調子でタガが緩みまくった、うわごとのような歌が続き、
バックでは、エフェクトがノイズをまき散らしたり、
マウス・スピーカーで奇声を出したりと、
いやあ、こんなストレンジな音楽聴いたことない!

前衛音楽というと、難解なもの、怖いもの、意味不明なもの、自意識過剰なもの
というイメージがつきまといますけど、そのいずれからも遠いことに、心底感心しました。
無意識過剰とも思える、よじれまくった歌いぶりや、
スカスカのアンサンブルの脱力ぶりは、
アウトサイダー・アートをホウフツさせるじゃないですか。
気取りがなく、ほのぼのとしていて、気安い親しみに溢れながら、
どこか不穏なほの暗さが、通奏低音のように流れるアヴァンなフォーク・ジャズ。

「ヤバい」というボキャブラリーが、これほど似合うアルバムもありません。
“LOVE DELUXE” を生涯の愛聴盤とするシャーデー・ファンのぼくも、
脱帽もののカヴァー・アルバムです。

The Reveries "MATCHMAKERS VOLUME 2 : THE MUSIC OF SADE" Barnyard BR0327 (2012)
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ライヴ・エレクトロニクスのジャズ マーク・ド・クライヴ=ロウ

Mark De Clive-Lowe  LIVE AT THE BLUE WHALE.jpg   Mark de Clive-Lowe  CHURCH.jpg

クラブ・ジャズのセンスを、ジャズの即興演奏の中に生かせる才人。
前作“CHURCH” を聴いて、マーク・ド・クライヴ=ロウをそう認識したのは、
間違いじゃなかったですね。
インプロヴァイザーであり、プロデューサーであるという資質を
鮮やかに示して見せたのが前作とすれば、
新作ライヴは、ジャズ・プロパーであることを明らかにして、
インプロヴァイザーの才能を発揮した快作となりました。

マーク・ド・クライヴ=ロウは、
ウエスト・ロンドンのブロークン・ビーツのパイオニアという触れ込みだったので、
前作で初めてこの人を聞いた時は、ちょっとびっくりしたんですよ。

豊富な音楽のボキャブラリーは、クラブ・ジャズで鍛えられたからでしょうけれど、
単なるビートメイカーとして機能させた音楽ではなく、生演奏の比重が高いというより、
全編、生演奏そのもの。エレクトロだって即興してるんだから、
これをジャズと呼ばずに何といおうって感じ。

これまでにも、ジャジー・ヒップホップ界隈で、
打ち込みの上物として生演奏をするなんてのはよくありましたけれど、
あれって、やっぱり発想はフュージョン的というか、
ジャズの即興とは別種のサウンド・クリエイティヴィティですよね。
だからクラブ・ジャズって、ジャズとは名ばかりの本質はフュージョンで、
イージー・リスニングとも親和性のあるダンス・ミュージックだと思ってます。

ところが、“CHURCH” でマークが示したのは、
そんな上モノと打ち込みの関係ではなく、
その場でサンプリングやループをして、演奏者とともに即興するという、
まさしく新世代のジャズとなっていたのでした。

そして、新作は管一人のカルテット編成で、マークはピアノ、キーボード、
ライヴ・エレクトロニクスとクレジットされています。
なんとサン・ラとアーマッド・ジャマルのカヴァーもやっていて、
これがまた聴きものなんですが、
惜しむらくは収録時間わずか28分弱と、やたら短いこと。EPか。

特にラストのアーマッド・ジャマルの“Swahililand” は、
演奏がグルーヴし始める3分すぎで、あえなくフェイド・アウト。
えぇ~! なんでここで終わるの!!
信じらんない、すっごくいい感じで始まったばかりなのに!!!
完奏を収録しないとは、許せん。来日してこの続きを聞かせてください~。

Mark De Clive-Lowe "LIVE AT THE BLUE WHALE" Mashibeats/Ropeadope MB004 (2017)
Mark De Clive-Lowe "CHURCH" Mashibeats/Ropeadope MB001 (2014)
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インプロ志向のUKジャズ・3ピース・バンド プレストン=グラスゴウ=ロウ

Preston Glasgow Lowe.jpg

デヴィッド・ギルモアの新作と交替だな、こりゃ。
ロンドンからすごいジャズ・ギタリストが出てきましたよ。
その名はデヴィッド・プレストン。
ベーシストのケヴィン・グラスゴウ、ドラマーのローリー・ロウによる
3ピース・バンドで、姓名を繋げたシンプルなバンド名を名乗っています。

オープニングから、圧倒的なテクニックでトリッキーなプレイを聞かせて、圧巻。
うっわー、スゲー。
カート・ローゼンウィンケルみたいな高速ピッキングに舌を巻いていたら、
パット・メセナーみたいなメロディ・ノートをくっきりと残すソロを披露したり、
アラン・ホールズワースを思わすオルタネイト・ピッキングのトーンを聞かせたりと、
何通りのギター・スタイルを持っているんだか。

めちゃくちゃテクニカルなプレイの連続に、
いやー、若さっていいよねえ、ギラギラしててと、おじさん、嬉しくなっちゃいました。
サウンド志向の淡泊な表現が主流になりつつある新世代ジャズで、
こういうインプロ志向のバンドって、これからは希少になるのかもしれないけど、
やっぱりジャズの醍醐味は、インプロよ。

ギターのことばっかり書いてしまいましたけれど、
ケヴィン・グラスゴウの6弦ベースもすごい。
デヴィッドのギターに絡んでくるフレージングにひらめきを感じます。トーンもいいね。
ローリー・ロウのドラミングは、柔軟でしなやか。
手数が多いのに、たっぷりとした重量感もあって、
長いソロもよく歌う、いいドラマーです。

3人の緊密なプレイはエネルギッシュそのものなんだけど、
同時にクールな佇まいを感じさせるところが、現代性でしょうか。
サウンドにはポスト・ロック的な快感もあります。

聞くところによると、去年の10月に来日してたそうで、うわー、観たかったなあ。
あいかわらずライヴ情報に疎い自分に嫌気がさすけど、
また来てくれるよね。待ってまーす。

Preston - Glasgow - Lowe "PRESTON - GLASGOW - LOWE" Whirlwind Recordings WR4686 (2016)
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フェイルーズの伝記映画

Fairouz DVD.jpg

え? フェイルーズの伝記映画? そんなものがあるの?

98年にフランスで公開された映画だそうで、ぜんぜん知りませんでしたねえ。
監督はフレデリック・ミッテラン。
ミッテラン元大統領の甥で、現在は自身も政治家になった人ですね。

05年にフランスでDVD化されていたことが、あとになって調べてわかりました。
今回ぼくが入手したのは、07年にEMIミュージック・アラビアが出したUAE盤DVD。
フランス盤DVDはPALなので、日本の通常のプレイヤーでは観れませんが、
UAE盤はNTSCのオール・リージョンなので、オッケーです。

それにしても、フェイルーズの伝記物語だなんて、
評判になったってよさそうなものだけど、
そんな映画があったなんて、話題にのぼったこともなかったですよねえ。

フェイルーズにちなんだ映画といえば、
『愛しきベイルート アラブの歌姫』が日本でも公開されましたけど、
あの映画は、フェイルーズを愛したベイルートの人々の物語で、
フェイルーズ本人はぜんぜん登場せず、あてが外れてしまって、
すごくがっかりしたのを覚えています。
確か、最後に、コンサート・シーンがちょっと出てくるだけだったよねえ。

フェイルーズ・ファンとしては、大いに不満が残るものだったので、
このDVDをカタログで見つけた時も、あの映画かと思ったんですけれど、
あちらは03年のオランダ映画なので、別物とわかってオーダーしたんでした。

いやあ、びっくりしました。
のっけからフェイルーズ本人が登場して、インタヴューに答えながら、
人生を振り返るというドキュメンタリーもの。
フェイルーズが出演した映画、テレビ番組、コンサートから、
フェイルーズの歌うシーンが次から次へと登場するので、
もう画面にくぎ付けになりっぱなし。

20~30代の頃の貴重なフィルムが、ふんだんに盛り込まれているんですけれど、
若いフェイルーズの美しいことといったら。
小学校の教室で子供たちと歌を歌う教師に扮したり、
結婚式でお祝いの歌を歌うなど、初めて観るものばかりで、
カラー映像の美しさにも、もうクラクラ。
若いフェイルーズは、ういういしさというより、
気品のある立ち振る舞いに、圧倒されます。
たたずまいが高貴で、もう存在感からして違いますね。本物の<お姫さま>です。

歌もクリスタル・グラスの如く繊細で、
完成されたコブシ回しの技量に、惹き込まれます。
あらためて、若い頃から歌声がちっとも変化していないのが、よくわかりました。
意外だったのは、インタヴューに答える地声がすごく低いこと。
歌と全然違うのに、驚かされました。

全編122分。英・仏語字幕。本編だけでも貴重な映像の連続ですけれど、
ボーナス・トラックとして、ヴィデオ・クリップが5曲付いています。
映画本編では、抜粋の歌のシーンを、完奏ヴァージョンで観れるので、
フェイルーズ・ファン必見のDVDといっていいでしょう。

[DVD] Dir: Frédéric Mitterrand "FAIROUZ"
Arte Video/EMI Muisc Arabia 0946 394610 97 (1998)
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13年ぶりの大人のゆりかご シーラ・マジッド

Sheila Majid  BONEKA.jpg

うわぁ、やっと新作を出してくれましたね、シーラ・マジッド。
ハリラヤ・アルバムがあったとはいえ、ポップ・アルバムのスタジオ新作としては、
04年の“CINTA KITA” 以来なんだから、本当にずいぶん待たされたものです。

「マレイシアのポップ・クイーン、シーラ・マジッドの完全復活」と書いてから6年。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2011-10-20
その記事を「再始動」と題したものの、
そこからまたしても、シーラの姿は視界から消えてしまったんですよね。

シーラのオフィシャル・サイトもまったく更新されず、
どーしちゃったんだよー、と嘆き節の日々で、
マレイシアの若手フォロワー、アティリア嬢に、
シーラの影を追ったりしていたものでした。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2014-01-23

ファンが長年待ち焦がれたこの新作、
プロデューサーには、インドネシアのトーパティが起用されています。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2016-06-07
前作のハリラヤ・アルバムでは、アチスのプロデュースに不満を感じていたので、
思い切って国外の才能に目を向けたのは、大賛成。

かつてシーラを輝かせた、ロズラン・アジズのプロデュースの手腕を知る者には、
クリシェやクリスダヤンティらを手がけた敏腕プロデューサー、
トーパティなら申し分ない人選といえます。
ラストの英語曲のバラードのみ、シーラの古くからのパートナー、
ジェニー・チンがプロデュースしていて、友情出演的な起用もファンには嬉しいところ。

さて、その新作、たおやかで柔らかなシーラの歌い口は、昔のままです。
もちろん20代、30代の時のような、キラキラッとした輝きはなくても、
大人のポップスを楽しませてくれる落ち着いた歌いぶりに、
長年の喉の渇きを癒されます。
ユーモラスな愛らしいメロディの1曲目から、楽曲も粒揃い。
力の抜けたゆるさが心地よい、大人のゆりかごのようなポップス・アルバムです。

Sheila Majid "BONEKA" Magada Entertainment/Universal 5756021 (2017)
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サルサの若大将 エドウィン・ペレス

Edwin Perez.jpg

すっかり興味を失っていたサルサ新作ですけれど、
去年あたりから、本格的に復調した兆しを感じるようになりました。
ちょうど一年前あたりにも、サルサ新作の記事を連投したおぼえがありますけど、
今年もきてますねえ、熱いやつが。

それが、この若手のエドウィン・ペレスのソロ・デビュー作。
若手と呼ぶものの、キャリアは十分。すでに中堅どころといってもよい人で、
ラ・エクセレンシアで10年のキャリアを積んでいるんだから、
満を持してのソロ・デビューなわけですね。

全10曲、オリジナル。キャッチーなメロディを書ける人ですよ。
エドウィンのヴォーカルとコロのコール・アンド・レスポンスも狂おしく、
切れ味バツグンのホーン・セクションとパーカッションが繰り出すグルーヴに、
シビれまくり。このティンバレスを叩いてるの誰?と思ったら、
ルイジート・キンテーロだって。うわ、そりゃ、スゴイわけだわ。

サルサはやっぱりこのグルーヴがなきゃ、ダメだよねえ。
スムースになっても、ポップになってもいいけど、
このキレとダイナミズムを失っちゃいけません。
サルサになくてはならない<熱>が、ここにはあります。

いいサルサを聴いていると、身体が黙っていない。
自然に足がステップを踏んで、腰が動いてしまう、バイラブレなサウンド。
エドウィン・ペレスのヴォーカルも、若い時のイスマエル・ミランダのような
「青春の光と影」の味わいがあって、もうたまりまへん。

Edwin Perez "LA VOZ DEL PUEBLO" Edwin Perez no number (2016)
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パナマ音楽をやらないパナマ元観光大臣 ルベーン・ブラデス

Ruben Blades  SON DE PANAMA.jpg

ルベーン・ブラデスの新作であります。
2年も前にリリースされていたのに、なんでまたラテン専門店のバイヤーさんは、
ずっと見逃してたんでしょう?という感じですが、これが日本初入荷。
ルベーンは、何年か前にタンゴ・アルバムを出したりしてた記憶がありますけど、
ぼくがルベーンを聴くのは、チェオ・フェリシアーノとの共演作以来だから、5年ぶり。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2012-06-14

それでも、そんなひさしぶりという感じがしないのは、
5年前なんて、ついこの前に思える老人に、自分がなったせい?
いやいや、そうじゃなくって、
それ以前のルベーン・ブラデスとの疎遠にしてた期間が、
ずっと長かったからなんですね。

なんせ、82年にウィリー・コローンとコンビを解消して、
シンセとドラムスを取り入れた自己のバンド、セイス・デル・ソラールを率いてからは、
ルベーンはぼくの視界から完全に消えていたもんで。
ぼくは、セイス・デル・ソラールのサウンドを受け入れられなかったんです。

というわけで、チェオの共演作まで、30年以上のブランクがあったので、
5年ぶりなんて、ぜんぜんひさしぶりじゃないわけなんですが、
15年新作の伴奏も、セイス・デル・ソラールではなく、
サルサのオルケスタなので、ぼくにとっては安心して聴けるというか、大歓迎。

今回共演しているのは、パナマのロベルト・デルガード率いるオルケスタ。
トロンボーン×3、トランペット×2、バリトン・サックスの6管編成による
厚みのあるサウンドで、にっこり。サルサはこうでなくっちゃねえ。
オープニングの曲を、ラストでゲスト歌手に歌わせているんですが、
これがサボール溢れる歌声で、シビれましたね。このメドロ・マデラって誰?

聴く前は、『パナマの音』というタイトルと、
パナマの国旗がずらっとはためくジャケットに、
おお、ルベーンも、ついにパナマの伝統音楽に挑戦かと色めき立ったんですが、
そうではなく、パナマのオルケスタを起用して、
パナマで録音したということなんですね。
なんだぁ。タンボリートやタンボレーラ、メホラーナでもやってるのかと思ったのに。

せめて、パナマの作曲家のレパートリーぐらい、取り上げればいいのにねえ。
カルロス・エレータ・アルマランの「ある恋の物語」とか、
リカルド・ファブレガの「パナマ・ビエホ」とか、
パナマにはいくらでも名曲があるんだからさ。
ルベーンはパナマの観光大臣をやったくせに、
いっこうに自分の音楽には、地元の音楽を反映させようとしませんね。

そういえばずいぶん昔の話ですけど、
晩年のミゲリート・バルデスがパナマ歌謡を歌った名作を引き合いにして、
中村とうようさんがパナマ音楽を手がけないルベーンを、
ディスってたことがあったっけなあ。
とうようさん、ちょっと天国から、ルベーンの尻にケリを入れてくれません?

Rubén Blades "SON DE PANAMÁ" Subdesarrollo no number (2015)
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OKとNGのはざま ラディオラ

Radiola  DOIS DE FEVEREIRO.jpg

バイーア・ロック! いんやー、キモチいい~。胸をすくじゃないの。
ブラジルからこういうイキのいい音楽がちっとも聞かれなくなっていたので、
イェーイ!と大声上げて、思わずスピーカーに向かって、コブシを振り上げちゃいましたよ。

なんだかここんところ、ブラジルの話題というと、
サンパウロやミナスのインテリ・エリートが作る、
クラシックとジャズとコンテンポラリーを組み合わせた、
小難しい音楽ばかりに注目が集まっていて、むず痒い気分だったんですよね。

なんだかさー、現代音楽とジャズを大学院で勉強しないと
演奏できないような音楽が増えちゃったよねえ。
いつからブラジルのポピュラー音楽って、そんなになっちゃったんだっけか。

だもんで、そんなアーティフィシャルな音楽を蹴散らすような、
このバンドのエネルギーに、一発でヤラれてしまったんでした。
ドラムスの暴れっぷりも、爽快そのものなら、
レコードをごきゅごきゅとコスりまくるスクラッチも、
いてこませー、みたいなエネルギーが溢れんばかりで、キモチいいったらありゃしません。

バイーア帰りの方が買ってきた、サルバドールのインディ・バンドのアルバム。
7人組のファンク・ロック・バンドで、実に吹っ切れたサウンドを聞かせてくれます。
一聴、力だけで押しまくる剛腕なバンドかと思いきや、
ヘッド・アレンジと思われるホーン・セクションの使い方はこなれているし、
ロックやファンクと同等に、
サンバやバイオーンがバンドのサウンド・カラーに染みこんでいます。
アイディア豊かなサウンドもアタマで作った感がなく、
しっかりと肉体感を滲みだしているところが、このバンドの良さですね。

で、ここまでの話は白いジャケットの06年デビュー作の話で、
カラフルなデザインの12年の3作目を聴いたら、女性ヴォーカリストが加わり、
がらっと音楽性が変わっているのでした。

Radiola  TEMPO SEM NOME.jpg

こちらはデビュー作のようなストレートなファンク・ロック・サウンドは影を潜め、
実験性の高い、といってもポップなサウンドで、さまざまなアイディアをぶちこんだ、
エクスペリメンタル・ロックへと変貌しています。

なるほどね。
ぼくの嗜好を熟知してくれているエル・スールの原田さんが、
「かなりロックですよ?(大丈夫ですか)」と、心配してくださったのも、ナットク。
でも、大丈夫でありました。というか、もろにぼく好み。

う~ん、どういうロックならOKで、どういうロックだとNGなんだろ。
実験的な音楽ということでも、エルメートとかウアクチはまったくダメなくせに、
なんでこれはOKなのか、自分でもよくわからん。
わからんのですが、スタジオに入って、メンバーがわいわい言い合いながら、
サウンドを作っているような感じがいいじゃないですか。
少なくとも、譜面とにらめっこしてる感はないよね。

データをやりとりして作るんじゃなくて、
スタジオで顔を揃え、せーので演奏している感じ。
エンタテイメントの精神を忘れず、自家中毒に陥らないのは当然として、
芸術的すぎないこと、ユーモアがあることも大事かな。
演奏に肉体感が宿る音楽の作り方に、カギはあるのかも。

Radiola "DOIS DE FEVEREIRO" Radiola RAD0001 (2006)
Radiola "TEMPO SEM NOME" Radiola no number (2012)
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真面目なシンギング ロビン・ステイプルトン

Robyn Stapleton  SONGS OF ROBERT BURNS.jpg

ロバート・バーンズの歌ほど知られている、スコットランドの詩人はいないでしょうね。
たとえその名前を知らなくても、
「蛍の光」や「故郷の空」を聞いたことない人はいないでしょう。
その「故郷の空」“Comin' Through The Rye” で始まり、
「蛍の光」“Auid Lng Syne” で締めくくられるロビン・ステイプルトンの2作目は、
ロバート・バーンズ曲集となっています。

「故郷の空」を聴くと、どうしてもザ・ドリフターズの「誰かさんと誰かさん」を
思い出してしまう世代なんですが、
なかにし礼がコミック・ソングに仕立てたあのHな歌詞は、
じっさいバーンズが書いた元歌に近い雰囲気がありました。
そもそもこの曲を、明治時代に教育的な唱歌にしたのが
間違いというか無理筋だったわけで、
いまでも英語圏では、この曲は春歌として扱われていると聞きます。

その“Comin' Through The Rye” も“Auid Lng Syne” も、
ロビンが歌うと、スコットランドらしい清廉な空気感が溢れ出しますね。
ロビンの節回しには、独特の格調の高さがあります。
持って生まれた気品というべきか、ちょっと人を寄せ付けないところもあって、
親しみのあるタイプとはいえないかもしれません。

Robyn Stapleton  FICKLE FORTUNE.jpg

いつも真面目で、真摯な態度がカタブツと敬遠されてしまう損な性格。
そんなイメージのある歌手ですけれど、ぼくは好きなんだな、こういうタイプ。
ロック的な感性とは真逆のタイプですね。
前作15年のデビュー作でも、きりっとしたシンギングを聞かせていて、
ピアノのみの伴奏や無伴奏歌など、裸に近い歌いぶりに、
この人の真面目さが美しく昇華しているようで、とても気に入っていたんですが、
2作目でもそんなロビンの伝統歌に対する意識の高さがうかがえる秀作に仕上がっています。

Robyn Stapleton "SONGS OF ROBERT BURNS" Laverock LAVE002CD (2017)
Robyn Stapleton "FICKLE FORTUNE" Laverock LAVE001CD (2015)
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