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ショーロとフレーヴォのあるジャズ ヴィトール・ゴンサルヴィス

Vitor Goncalves Quartet.jpg

あ、あれ? このメロディ、なんだっけ。え~と、有名なショーロ曲だよねぇ。
あ、そうだ、ガロートの“Desvairada” だ。

え? それなのに自作曲とクレジットしてる? 何だそれ、けしからんやつだな。
あれ? でもこれ、変拍子じゃないの。
原曲は3拍子のヴァルサなのに、これは9拍子だぞ。
ほー、こりゃなんとも、ブラジルのジャズ・ミュージシャンらしい気の利いた解釈だなあ。
だから、タイトルもヒネリを加えて“Desleixada” として、自作曲としたわけか。
こりゃ、一本取られたなあ。

ブラジルの若手ジャズ・ピアニストのデビュー作を聴いていて、驚かされました。
おそらくこのアルバムを手に取るジャズ・ファンで、
4曲目に注目する人はいないだろうけど、
ブラジル音楽ファンなら、このガロートのショーロや、
バーデン・パウエルの“Samba Do Perdão” の解釈の斬新さは、瞠目するはず。

レシーフェで現在最高のフレーヴォ楽団スポック・フレーヴォ・オーケストラのために、
ヴィトールが書き下ろしたという、フレーヴォの“De Cazadero Ao Recife” も痛快。
これは、ぜったいブラジル人にしか書けない曲だよねえ。
音符が飛び跳ねるような運指も鮮やかなら、
最後の1音を、ピアニッシモで終わるところも、めちゃめちゃ粋です。

ジョビンの“Se É Por Falta De Adeus” もやってるけど、
これは独自の解釈はなく、ただ美しく演奏してるだけ。それが物足りなく覚えるほどだから、
このピアニスト、才能ありますねえ。変拍子を多用するところも、好みだなあ。
リリシズム溢れる自作曲だけだったら、
ECM周辺でもてはやされる最近のジャズと変わらず、
大して感心しなかったでしょうが、
ショーロとフレーヴォのあるジャズとなれば、支持せずにはおれませんよ。

Vitor Gonçalves Quartet "VITOR GONÇALVES QUARTET" Sunnyside SSC1462 (2017)
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ボレーロ・クイーン レー・クエン

Lệ Quyên  KHÚC TÌNH XƯA  LAM PHƯƠNG.jpg

昨年末にリリースされたレー・クエンの新作が届きました!
好みの分かれる歌手ゆえ、あぁ、またか、と思われる方もいらっしゃるでしょうが、
レー・クエンがお好きでない方は、どうぞ読み飛ばしてください。

はい。それでは、あらためまして、レー・クエン・ファンの皆様。
今回の新作は、ヴェトナムで「ボレーロ」と称されている戦前のロマンティック歌謡シリーズ
“KHÚC TÌNH XƯA” で、15年リリースの第3集に続くアルバムとなっています。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2015-05-22

ただし、今回は「第4集」という記載はなく、
副題にあるとおり、ラム・フォンという作曲家のソングブックとなっています。
これまで、特定の作曲家を取り上げたソングブック・アルバムでは、
ヴー・タイン・アンのアルバムがありましたけれど、
今回はそれに続く第2弾ということになりますかね。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2015-02-03

ラム・フォンは、
39年、ヴェトナム南部タイランド湾に面した港湾都市ラックザーの生まれ。
15歳の時から作曲を始め、未発表曲を含め200曲以上の作品を残した人だそうです。
60年代にヒット曲を次々と生み出す人気作曲家となり、
戦前のサイゴンのテレビや劇場で、ラム・フォンの曲が盛んに流れたとのこと。

南ヴェトナムでもっとも成功した作曲家と言われ、巨額の富を築いたそうですが、
サイゴン陥落後、すべての財産を残したままアメリカへ脱出し、
転落人生を送るという悲劇に襲われます。アメリカでは各地を転々としながら、
音楽とは無縁の下働きで食いつなぎ、辛酸を舐める人生だったそうです。

現在もアメリカで暮らしていて、レー・クエンが今回のアルバムを制作するにあたり、
アメリカ・ツアーの際に本人を訪ねたところ、
レーのことをテレビで観て知っていたとのこと。
まさか自分を知っているとは想像していなかったレーは、いたく感激したそうです。

オープニングの曲が穏やかな曲調で、
悲恋を情感込めて歌うこれまでのアルバムの雰囲気とちょっと違っていて、
おや、という気にさせられます。
続くタンゴ風のボレーロも、どこか軽やかさがあって、
これまでの濃い歌い口とはひと味違って、さっぱりとした風情があります。

ラム・フォンの作風を生かしてか、ドラマティックなアレンジを避けて、
メロディを引き立てる工夫をしているようです。
レーの歌いぶりも、歌世界にのめりこまない<引いた>歌いぶりで、
しつこさを感じさせません。
ラストのラテン歌謡にアレンジした風通しの良さも聴きものです。

これまでレーは、13年作の“DÒNG THỜI GIAN” で、ラム・フォンの
“Một Mình” を歌ったことがあり、今作にも同曲が収録されているんですが、
今回はがらりとアレンジを変えているんですね。
13年作ではピアノのイントロで始まり、ドラマティックなアレンジをしていたのに、
今回はギターとヴァイオリンのみのシンプルな伴奏で、
細やかな情感を漂わせながら丁寧に歌っています。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2014-02-18

CDのパッケージは、今回もホルダーケース仕様の豪華版で、
美麗フォトカードと裏表になった歌詞カード12枚入り。
ジャケットを含め、すべて中部の古都フエで撮られていて、
阮朝王宮はじめティエン・ムー寺やカイ・ディン帝廟など、
以前ぼくも訪れたフエの名所がロケーションされていて、懐かしい思いで眺めました。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2011-12-13

Lệ Quyên 2017.jpg

いまや「ボレーロ・クイーン」と形容されるまでになった
レー・クエンの絶好調、とどまることを知りません。

Lệ Quyên "KHÚC TÌNH XƯA : LỆ QUYÊN - LAM PHƯƠNG" Viettan Studio no number (2016)
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ダンドゥット・リバース カニア・パシソ

Kania Pasiso  JERA.jpg

前にリリン・ヘルリナとエリー・スサンの記事で話題にしましたけれど、
イラマ・トゥジュフ・ナダというインドネシアのレーベル、こりゃ、大変ですよ。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2017-01-31
また新たなる1枚を入手したんですけど、
これまたダンドゥットが一番輝いていた80年代サウンドで、もう大カンゲキ。

冒頭の大げさなオープニングがいかにもといった感じで、
いやがおうにも、期待は高まります。
曲が始まってみれば、ぎゅんぎゅんウナるロック・ギターに、グイノリのベース、
その合間をマンドリンとスリンが涼し気に吹き抜け、
手打ちのクンダンがパーカッシヴに鳴り響くサウンドが展開して、
往年のファンは、もう泣き濡れるしかありません。

主役のカニア・パシソのコケティッシュな歌いぶりが、またたまんない。
エルフィ女王様のなまめかしい歌いぶりを思わすところなど、百点満点ですよ。
ノリのいいダンドゥット・サウンドに、チャーミングな歌声が実によく映えます。
一方、しっぽりとした泣きの曲でも、嘆き節をしっかりと歌えるし、
歌唱力は文句なしでしょう。
若手にもこういう人がちゃんといるんですねえ。嬉しくなります。

曲もいいんです。
エルフィ・スカエシが歌ったマンシュール・Sの“Cincin Kepalsuan” や
ロマ・イラマの“Jera” と、昔の曲はしっかり作られていましたよねえ。
ダンドゥットがハウスやテクノを取り込んだEDM歌謡になり果ててからは、
明らかに曲作りの力が落ちたもんなあ。

懐古路線といわばいえ。イラマ・トゥジュフ・ナダのアルバムは全作聴きたいな。

Kania Pasiso "JERA" Irama Tujuh Nada CD7-006 (2015)
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天上から降り注ぐスピリチュアルズ ワシントン・フィリップス

Washingtin Phillips.jpg

謎の放浪エヴァンジェリスト、ワシントン・フィリップスを知ったきっかけは、
おそらく多くの人も同じだと思うんですけれど、ライ・クーダーでした。
ライ・クーダーが“INTO THE PURPLE VALLEY” で演奏していた
ワシントン・フィリップスの“Denomination Blues” のギターを、
一所懸命コピーしていたのが、高校1年生の時。

その後もライは、“PARADISE AND LUNCH” で“You Can't Stop A Tattler” を、
“CHICKEN SKIN MUSIC” で“Lift Him Up That's All” を、
原曲にないフックも加えながら、
ワシントン・フィリップスの曲をカヴァーしていましたよね。

そのライのヴァージョンが、あまりに耳タコになりすぎてたせいもあって、
そのあとだいぶ経ってから、アグラム・ブルースが80年に単独LP化して聴いた
ワシントン・フィリップスの原曲が、ライ・ヴァージョンとはまるで別物だったのには、
ずいぶん拍子抜けになった記憶があります。

正直、ワシントン・フィリップスが操る不思議な楽器によるスピリチュアルズは、
ぜんぜんピンとこなくて、
その後ドキュメントやヤズーがCD化したのもスルーしたままでした。
昨年になって突然、ダスト=トゥ=デジタルが
ワシントン・フィリップスのCDブックをリリースしたというニュースにも、
なんでいまごろ?と思ったもんでした。

ワシントン・フィリップス全録音の18曲中、未発見の2曲を除く16曲は、
とっくの昔にCD化されていたので、いまさらなんの意味がと思ったわけなんですが、
研究者たちのリサーチで多くの新事実がわかり、
それらの研究成果を披露したCDブックとしてお目見えしたとのこと。

CD時代になってから、ワシントン・フィリップスをまったく聴いていないし、
デジタル・リマスター化され、76ページに及ぶブックレットが付いているというので、
興味をそそられて手を伸ばしたところ、
遅まきながら、ようやくワシントンの魅力に気付かされました。

ライがアレンジしたギター・プレイのイメージが強すぎて、
当時は虚心淡々とワシントン・フィリップスに向き合えなかったんだと思うんですけれど、
あらためて聴いてみれば、ヘンリー・トーマスやファリー・ルイスといった
ソングスター世代のシンガーがブルースの合間に歌う、
スピリチュアルズやカントリー・ゴスペルのような味わいがあって、
しみじみと聞けましたよ。
ほのかな温もりが伝わる歌い口に、こんなに良かったっけかと、
昔の自分の耳の無さにガクゼンとしてしまいました。

研究成果の方もびっくりの連続で、
本人のバイオグラフィも、従兄弟のものと取り違えていたばかりか、
そもそもワシントン・フィリップスが弾いていた楽器も大間違い。
アグラム・ブルースのLPジャケットに
ハンマー・ダルシマーの写真があしらわれていたのが、
のちに弾いているのは、携帯式ピアノのダルセオラだとされていたんですよね。

ところが、このダルセオラ説もまちがいであることがわかり、
ツィターだったことがのちにわかったといいます。
ワシントン自身が manzarene と呼んでいた楽器は、
フレットレス・ツィターだったのではないかという説が、現在では有力だそうですが、
ツィター2台をくっつけた珍妙な楽器を抱えた写真が発見されたり、
さらに謎は深まるばかりとなっています。

30年ぶりに聴いたワシントン・フィリップスの宗教歌は、
天上からキラキラした光の粒が降ってくるような美しさがあって、
むしろ世俗的な愛らしさを感じたのでありました。

Washington Phillips "WASHINGTON PHILLIPS AND HIS MANZARENE DREAMS" Dust-to-Digital DTD49
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プロデューサー/研究者の功罪 アウレリオ

Aurelio  DARANDI.jpg

やったっ! アウレリオの新作が、願いかなったりで、思わず叫んじゃいました。

2年前に来日したホンジュラスのガリフーナのシンガー・ソングライター、アウレリオ。
生で観て、CDで聴く以上の魅力に目を見開かされたんでした。
トリのシェイク・ローが予想通り(?)、ぜんぜん魅力がなかったもんで、
アウレリオをトリで、いや、単独公演で観たかったというのが正直な感想でした。

アウレリオのヴォーカルの良さばかりでなく、ガリフーナの太鼓やダンスなど、
見所はいっぱいあったんですけれど、なんといっても、一番ノケぞったのが、
サーフ・ロック・スタイルで弾くリード・ギタリストの存在。
オーセンティックなガリフーナ音楽に、
場違いとも思えるサーフ・ロック・ギターが鳴り響くという、
最初ぽか~ん、やがてギャハハだったわけですけれど、
これ、オモろいわ~だったのでした。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2015-08-28

なんで、これをCDではやんなかったのかなあ。
このギタリストは、レコーディングに参加していなかったのかなと思い、
あとで調べてみたら、ちゃんとクレジットされているじゃないですか。
う~ん、それじゃあ、プロデューサーのイヴァン・ドゥランがこのギターを嫌がって、
このトーンでは弾かせなかったとしか思えないよなあ。

今回の新作は、アウレリオがツアー中の15年7月、
ちょうど来日するひと月前に、スタジオ・ライヴ方式でレコーディングされたもので、
あの時のライヴそのままに、サーフ・ロック・ギターが冴えわたっているのでした。
これまでのアウレリオのアルバムは、イヴァン・ドゥラン一人のプロデュースでしたけど、
今作のプロデュースは、アウレリオ自身の名が筆頭にあり、
イヴァンもクレジットされているものの、アウレリオの意向が強く働いたんでしょうね。
そのおかげで、サーフ・ロック・ギターがきちんとフィーチャーされたんだと思います。

伝統音楽とポップスのはざまにある音楽家にありがちな試練ではありますが、
伝統色を強く保持したがるプロデューサー側の意向で、
電気楽器の導入など、新たな音楽的冒険を阻まれることがありますよね。
だいたい、そういうプロデューサーというのは、外部からやってきた人間で、
その伝統のすばらしさを<発見>した人であるわけですけれど、
外から来た人間に、「伝統を守れ」などと言われる筋合いはないわけです。

世界へ出られないローカルな音楽にとっては、外部の人間の手助けが必要ですが、
だからといって、伝統を強要したり、音楽家自身の個性を殺すようでは、
出しゃばりすぎというものでしょう。
それぞれが果たすべき役割を間違えちゃいけません。

今回の日本盤にも、アウレリオが十代の時にやっていたグループ、
リタリランを日本に紹介し、レコーディングやツアーをした元青年海外協力隊員の人が
解説を書いていて、気になる箇所がありました。

「私はその後もしばらくホンジュラスに暮らすが、アウレリオと私はべつの道を歩んだ。
アウレリオは、伝統楽器にこだわる私の手法に限界を感じていたようで、
電気楽器をとりこんだ新しいガリフナ音楽をつくりはじめた。」

なるほど協力隊にいた人らしく、まっすぐでマジメな方なようで、
その後、ガリフーナ文化をテーマとする人類学の研究者となったとのこと。
この解説も、ガリフーナの歴史と音楽、
それに自分が関わったリタリラン時代の想い出話に終始し、
新作CDの中身についていっさい触れていないという、
研究者にありがちな鈍感さを感じさせるものでした。
つくづく音楽家は、こういう人たちと<うまく>付き合わなきゃいけないと思いますね。

アウレリオは世界に飛び出すことに成功しましたが、
ガリフーナ音楽が盛り上がるためには、
もっともっと多くの若者の才能が出てこなきゃいけません。
レユニオンのマロヤがこれだけ盛り上がりを見せたのだから、
ホンジュラスに、ニカラグアに、ベリーズに、
そしてまたアメリカにいるガリフーナの人々が、
いろんな音楽的な冒険をしながら、ガリフーナ音楽を推し進めてもらいたものです。

Aurelio "DARANDI" Real World CDRW216 (2016)
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エチオ・ポップのゴッドファーザー ギルマ・ベイェネ

Girma Beyene  ETHIOPIQUES 30.jpg

ギルマ・ベイェネのフル・アルバム!

お~、そこに目をつけるか。う~ん、さすがはフランシス・ファルセトですね。
エチオピーク・シリーズ30作目にして、
ついにエチオピア音楽黄金期の影の立役者にスポットが当たりました。
日本盤のタイトルが『復活!エチオ・ポップのゴッドファーザー』というのも、
付けもつけたりで、なかなか感慨深いものがあります。

ギルマ・ベイェネは、まだ高校生だった62年にラス・ホテル専属の
ラス・バンドのオーディションに合格し、歌手としてキャリアをスタートさせた人。
オーディションで歌ったのが、パット・ブーンのヒット曲だったというエピソードは、
今回初めて知りましたけれど、相当にアメリカン・ポップスかぶれだった人で、
ラス・バンドでは洋楽カヴァーを英語で歌う歌手という役回りを演じました。

ちなみにラス・バンドには、もう一人の歌手バハタ・ガブレヒウォットが
アムハラ語やティグレ語の曲を歌い、バンドの二枚看板となっていました。
ギルマは歌手として活躍するかたわら、ラス・バンドのピアニストからピアノを習い、
作曲やアレンジの勉強をして、65年にラス・バンドが再編されると、
バンド・リーダーとなり、歌手、ピアニストだけでなく、
作編曲にも才能を発揮するようになります。

この第2期ラス・バンドには、
ムラトゥ・アスタトゥケがヴィブラフォンで参加していたんですよ。
正規の音楽教育を受けたエリートのムラトゥより、
独学でピアニストになったギルマの方がエラかったわけですね。
じっさい、当時二人がアレンジした曲を数えてみても、
ムラトゥが40曲ほどだったのに対し、ギルマは60曲以上を手掛けていたのだから、
やっぱりギルマの方がエラかった(?)。

冗談はともかく、ギルマ名義の録音が69年にアムハへ残した4曲しかないのは、
歌手としてより、ピアニスト、作曲家、アレンジャーとしての道を歩むようになったからで、
70年代に入ると、ギルマス・バンド、オール・スター・バンドを率いて、
スウィンギング・アディス時代のサウンド・クリエイターとなったのでした。

ギルマの仕事でなんといっても有名なのは、
アレマイユ・エシェテと組んで残した名曲の数々で、
ロカビリー、R&B、ファンクを取り入れたファンキー・サウンドは、
アメリカン・ポップスに通じていたギルマならではの仕事だったんですね。

はじめに、ギルマについて「感慨深い」と書いたのは、
拙著『ポップ・アフリカ800』にギルマ・ベイェネの名を載せておきたくて、
いろいろと工夫した記憶が残っていたからです。
バヘタ・ガブレヒウォットのアルバムでギルマについて触れ、
ギルマ名義のアムハ録音4曲ほか、ギルマがアレンジした曲を多数収録した
“ÉTHIOPIQUES 8 : SWINGING ADDIS 1969-1974” を掲載するほか、
索引にも「ギルマ・ベイェネ」を載せるなど、選ぶアルバムがないゆえに、
きちんと触れておくべき音楽家と考え、配慮した覚えがあります。

ギルマは80年代初め、ワリアス・バンドでアメリカ・ツアーに出たまま、
アメリカへと亡命します。当時のメンギスツ政権下のエチオピアでは、
伝統音楽が奨励され、地方の音楽が見直される一方で、
西洋的な音楽が排除されるようになっていたので、
ギルマにとっては、自分の活躍する場がなくなったと感じていたんじゃないでしょうか。

長いキャリアを背景に制作されたギルマの初アルバムのバックには、
フランスのエチオ・ポップ・バンド、アカレ・フーベが起用されました。
アカレ・フーベは、往年のエチオ・サウンドを打ち出す
レア・グルーヴなセンスと一線を画していて、
それがかえって、アメリカン・オールディーズに触発されて生まれた
ギルマの個性とよくマッチしています。この起用は成功しましたね。

ジェントルなヴォーカルやジャジーなピアノ・プレイが、
ファンキーなサウンドの中で滋味な味わいを醸し出していて、
かつて録音した4曲も、新たな解釈を加えて再演されています。
クールなアフロ・ファンクの長尺曲など、洗練されたサウンドが、
ギルマのマルチな音楽性を鮮やかに引き出した、懐の深いアルバムです。

Girma Bèyènè & Akalé Wubé "ÉTHIOPIQUES 30 : MISTAKES ON PURPOSE" Buda Musique 860303 (2017)
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アフロポリタン・ヒップホップ コフィ

Kofi  ABLUME.jpg

ジョーイ・ル・ソルダットに関連して、
アフリカン・ヒップホップの諸作をいろいろ聴き回っているうちに、
面白い逸材と出くわしました。

それがベニン出身のコフィなるラッパー。
13年のデビュー作という“ABLUME” は、
バックトラックがヒップホップらしからぬ生音のロック感覚で貫かれていて、
そのナマナマしいサウンドに引き付けられました。こりゃ、非凡ですな。

コフィのラップはほとんどがフランス語なので、正直ぼくの好みではないんですが、
とにかくバックトラックのプロダクションが充実しているんです。
アクースティック・ギターのハーモニクスで始まるオープニングや、
ドラムスの生音は、ヒップホップらしからぬプロダクション。
大振りのどっしりとしたドラミングが雄大で、思わず乗り出しちゃいました。
ザ・ルーツあたりのヒップホップ/ファンクに通じるサウンドですね。

経歴が不明で、どうもブリッツ・ジ・アンバサダーと関係ある人のようなんですが、
確かにバックトラックの作りなど、ブリッツ・ジ・アンバサダーと共通点は多数。
この人を知ったのは、思いっきりの偶然で、
ジョーイ・ル・ソルダットのアルバムに参加していた
トーゴ人ラッパーのイロム・ヴァンスの15年作“INDIGO” を
バンドキャンプでオーダーしたら、なぜかコフィの本作をオマケで送ってくれたんでした。
レーベル・メイトでもないのに、なんで? 単なるオトモダチなのかしらん。

残念ながら、イロム・ヴァンスの方は、単なるアメリカのヒップホップのコピー。
“Voodoo Sakpata” なんて、そそるタイトルの曲があったので、
トーゴのヴードゥーとヒップホップの邂逅かと、聴く前は大期待だったんだけど、
アフリカンな要素などまるでない仕上がりで、ガッカリ。

オマケに救われたというか、コフィの方がみっけもんだったというわけです。
ライヴでコフィは、ドラムスとギターを演奏し、
バリトン・サックス兼ソプラニーノ奏者とベーシストの3人で
ステージに上がっているんだそう。
それまたユニークな編成で、ちょっと観てみたい気もしますね。
ラップに関しては、フランス語じゃなくて、ベニンの母語でラップすればいいのにな。

Kofi "ABLUME" Otoprode no number (2013)
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ブルキナベ・ラッパー ジョーイ・ル・ソルダット

Joey Le Soldat.jpg

ジャズ・ファンなら、すぐにわかりますよね、このジャケット・デザイン。
ハンク・モブレーのブルー・ノート盤“DIPPIN'” から借りてきたのは、一目瞭然。
パロディというより、オマージュを感じさせる仕上がりで、よくできています。
リード・マイルスのデザインを踏襲しながら、
コロンビア盤のステレオ・ロゴをあしらったりと、スノッブな関心もそそりますけれど、
地を単色の赤でなく、汚れた質感で仕上げたところに、
ヒップホップの気概を感じ取りたいと、ぼくは思います。

主役のジョーイ・ル・ソルダットは、ブルキナ・ファソの首都ワガドゥグで
活動する28歳のラッパー。本作は、14年にリリースしたソロ第2作です。
アフリカン・ヒップホップでは、ここのところブルキナ・ファソに注目が集まっています。
ワガドゥグではヒップホップの一大シーンが出来ていて、
ヒップホップのビッグ・イヴェントも行われ、盛り上がっている様子が伝わっています。
なかでもアート・メロディの人気は絶大で、
ちょうど1年前のミュージック・マガジンで、松山晋也さんと吉本秀純さんが揃って、
アート・メロディの最新作“MOOGHO” を取り上げていたのが印象的でした。

ジョーイ・ル・ソルダットは、
そのアート・メロディとフランス人ビートメイカーのレッドラムとともに、
WAGA3000というユニットで一緒に活動しています。
レッドラムは本作でもトラックメイカーとして参加しています。
14歳でウー=タン・クランを知って、
リリックを書き始めるようになったというジョーイは、
貧困、腐敗、暴力の日常を送る、
未来のないワガドゥグの若者の叫びをラップします。

リズム感が骨太で強靭。
フランス語でラップしても、
フランス語独特のもしゃもしゃした発声のキレの悪さがなく、ディクションは明快。
フランス語ギライのぼくが、まったく抵抗を感じないのは珍しいな。
とはいえ、やはり聴きものは、母語のモシ語によるラップで、
押し出しの強いフロウがゴツいことといったら。圧倒的な説得力で迫ってきますよ。

ギネア、コナクリ出身の女性ラッパー、アニー・カシーと
トーゴ人ラッパーのイロム・ヴァンスなどのゲストも華を添えます。
イントロこそ、バラフォンをフィーチャーしていますが、
サウンドにアフリカ的な響きを付加したトラックは、これのみ。
ダークでヘヴィなトラックあり、クロスビートを効果的に使ったバックトラックなど、
トラックメイクは多彩で、あくまで主役のフロウやライムによって、
アフリカン・ヒップホップのアイデンティティを打ち出していて、その意気を買えます。

ヒップホップの名門レーベル、ストーンズ・スロウのマスタリング・エンジニア、
デイヴ・クーリーがミックスに腕をふるっていて、
アフリカ最貧国ブルキナ・ファソ発の作品とは思えぬクオリティ。
アート・メロディは配信でしかリリースしていませんが、
ジョーイ・ル・ソルダットはフィジカルをリリースしていることにも、大好感。
こういう粋なジャケットを作るなら、フィジカルにしなきゃ、無意味でしょ。

Joey Le Soldat "BURKIN BÂ" Akwaaba Music/Tentacule no number (2014)
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クレオール・クルーナーの祝30周年ライヴ トニー・シャスール

Tony Chasseur  LIVE - LAKOU LANMOU.jpg   Tony Chasseur  LAKOU LANMOU.jpg

う~ん、この人はやっぱり、ライヴの方が断然輝くよなあ。
届いたばかりの新作を聴いて、実感しましたよ。

現在のマルチニークでサイコーにダンディな歌を歌うトニー・シャスールの、
デビュー30周年を記念するライヴ盤であります。
昨年のスタジオ盤“LAKOU LANMOU” をライヴでお披露目したもので、
16年10月にパリのラ・シガールで行われたコンサートが、
CD2枚とDVDに収録されています。

スタジオ盤と同じレパートリーが、見違える歌いっぷりで、
魅力倍増どころか、10倍増ぐらいになっているんですよ。
トニーって、スタジオ盤では端正にまとめすぎちゃうところがあって、
スムーズな歌いぶりが左から右に流れてっちゃうんだけど、
ライヴになると、がぜんイキイキとして、歌い口もぐっと生々しく、
冴えた歌いっぷりになるんですよね。

トニーが率いるビッグ・バンドのミジコペイが、その典型でしたよね。 
あのライヴDVDには、ほんとにブッとびました。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2015-03-07
え~、ミジコペイって、こんなに良かったっけかと、
あわててスタジオ盤引っ張り出して聴き直しましたけど、
まるで違うんですよ。やっぱりスタジオ盤はお行儀よく作った感が強くって、
それくらいライヴのダイナミズムは、段違いのスケール感があります。

というわけで、今回のデビュー30周年記念ライヴも同様。
スタジオ盤では味わえない、弾けまくり、キレまくるリズム、
フレンチ・カリブのクレオール・ジャズの名手たちが巻き起こすグルーヴに、
身体の芯がシビれまくります。
今作はホーンズばかりでなく、
ストリングス・セクションも配した贅沢なサウンドなんです。

トニーの闊達なスキャットやヴォイス・パーカッションも、
ライヴだから発揮されるスポンティニアスさで、客とのコール・アンド・レスポンスも巧み。
トニーって、一級のジャズ・ヴォーカリストにして、エンターテイナーですよ。
ミジコペイのDVDで圧倒されたトニーの才能を、ここでも再認識させられます。

ディスク1のビギン・ジャズあらためクレオール・ジャズ、
ディスク2のクレオール・ポップともに、トップ・クラスのミュージシャンを
入れ替わり立ち代わり使い、コーラスもミジコペイで登場した女性シンガーばかりでなく、
ゴスペル・クワイヤも起用して、これが盛り上がらずにおられよかといった場面の連続。

ああ、生で観たーーーーーーい! このグルーヴに身を浸して踊りた~い!
トニー、日本に来てぇーーーーーー! 誰か呼んでくださいーーーーーー!!!

[CD+DVD] Tony Chasseur "LIVE - LAKOU LANMOU : 30 ANOS DE CARRIÈRE À LA CIGALE" 3M - Mizik Moun Matinik CM2487 (2017)
Tony Chasseur "LAKOU LANMOU" 3M - Mizik Moun Matinik DHP055-2 (2015)
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コンテンポラリー・エチオ・ジャズ・ギタリスト、デビュー! ギルム・ギザウ

Girum Gizaw  Kelem.jpg

エチオ・ジャズのニュー・カマーが登場しました。
アディス・アベバのジャス・クラブで活動している
34歳のギタリスト、ギルム・ギザウです。

昨年6月にリリースされたデビュー作を聴いたんですが、
これがムラトゥ・アスタトゥケ譲りのエチオ・ジャズであるのと同時に、
コンテンポラリー・ジャズとして通用する
現代性も兼ね備えた作品となっているんですね。
エチオピア国内制作で、ムラトゥの孫世代から、
これほど本格的なジャズ作品が登場するのは、これが初でしょう。
歌謡中心のエチオピアでは、インスト作品じたいあまり作られないし、
かろうじてあるのは、カラオケふう「歌のない歌謡曲」式のアルバムぐらいですからね。

どういう人なんだろうと調べてみると、
エチオピア中部アセラの孤児院で育ったという人で、
6歳から教会で歌い始め、ギターを手にしたのは12歳のことだったそう。
高校卒業後、アディス・アベバの音楽学校で3年半ジャズを本格的に学び、
そこで出会ったマルウ・ケスキ=マエンパーというフィンランド人教師が弾く、
フィンガー・ピッキング・スタイルのギターに強い影響を受け、
2年間みっちり、そのスタイルを習得したんだそうです。

そんなフィンガー・ピッキング・スタイルを聴けるのが、
タイトル曲とラストのティジータで、
タイトル曲では、ギルムがアクースティック・ギターを爪弾く彼方で、
男性の語りや少年たちの合唱をコラージュふうにフィーチャーした、
映像的なトラックとなっています。
Youtubeにあがっているギルムのヴィデオを見ると、
演劇のパフォーマンスとの共演など、
ジャズの枠にとらわれない活動をしていることがうかがえます。

一方、エチオピアの伝統歌謡では、
独特の5音音階を駆使したジャズ・ギターらしいソロを聞かせていて、
マハムード・アハメッドの名唱で有名な
“Ere Mela Mela” では、流麗な速弾きも披露。
ソロを弾きながらユニゾンでスキャットする、
ジョージ・ベンソンばりのテクニックほか、
テクニカルなフレージングや独自のヴォイシングなど、
すでにその技巧は完成されていて、
このままインターナショナルなジャズ・シーンで通用する人ですよ。
ソロ演奏の“One Drop” でも、鮮やかなフィンガリングに耳をそばだてられますが、
エチオピアのグルーヴに溢れたリズム感も聞き逃せません。

ただ、全曲エチオ・ジャズと思いきや、
“Take Five” を取り上げているのにヤな予感が。
サッチャル・ジャズなんていう、最悪な前例がありますからねえ。
しかし、シタールでテーマのメロディを弾かせただけのサッチャル・ジャズと違い、
ギルムはテーマのメロディを崩し、
エチオピア訛りともいうべき歌わせ方で弾いていて、
通俗なキッチュに終わらせない非凡さが光ります。
う~ん、こういう解釈をきちんと取り入れているなら、
凡庸な選曲でも、文句は言いますまい。

つるんとしたサウンドの感触やスマートな仕上がりは、
イマドキのジャズが持つ共通項でしょうかね。
新世代らしい同時代感覚のあるジャズながら、
気がかりなのは、エチオピアの自主制作では誰にも知られず、埋もれかねません。
海外レーベルと契約して、ワールド・レヴェルで活躍してほしい、
コンテンポラリー・エチオ・ジャズの逸材です。

Girum Gizaw "KELEM (COLOR)" no label no number (2016)
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フィーリン・ハーモニー コンフント・ホセー・ドローレス・キニョネース

Conjunto De José Dolores Quiñones.jpg

そしてもう1枚、今回買ったヴィンテージ・ミュージック盤でカンゲキしたのが、
コンフント・ホセー・ドローレス・キニョネース。
ソフトなハーモニーの美しさにラテンの粋を感じさせる男性デュオ、
エルマーノス・ベルムーデスが歌うボレーロ集なんですが、
これはまさに、フィーリン・ハーモニーそのものですね。

なるほど、昨年アオラから出たコンピレーション『フィーリン・ハーモニー』の1曲目を
飾るわけだと納得の“Levante” が、本作の1曲目に収録されています。
ホセー・ドローレス・キニョネースという人は、
アオラ・コーポレーションのサイトの解説によると、
「1945年頃からメキシコやスペイン、フランスやイタリア、ノルウェーなどを転々とした
バカブンド的体質を持つ作曲家で、その作品は、ベニー・モレー、アントニオ・マチン、
ロランド・ラセリエ等のキューバ人やローラ・フローレス、ハビエル・ソリス、
ボビー・カポ、ダニエル・サントスなどなど広範囲なラテン系有名歌手にも
作品を取り上げられています」とのこと。
ぜんぜん、知りませんでした(汗)。

都会的センスのあるボレーロを書く人で、ホセー自身が弾くギターを中心とした
小編成のサウンドは、まさしくフィーリンのエッセンスを強く感じさせます。
ホセー・アントニオ・メンデスの“Mi Mejor Cancion” を取り上げてるところも、
まさしく同時代のフィーリンと共振していることをうかがわせるし、
なによりそのサウンドが、当時の新感覚に溢れているんですね。

まず、クラリネットを起用しているのに耳をひかれるんですが、
硬い音色でくっきりとした音像を残すクラリネットの裏で、
柔らかな響きのトロンボーンが対位法的なカウンター・メロディを吹くと、
サウンドがグッとふくよかになり、コンフントのサウンドがまろやかに包み込まれます。
曲によっては、トロンボーンでなく、サックスやフルートも聞かれるので、
マルチな管楽器奏者なのかもしれませんが、
この2管のアレンジがハーモニー・ヴォーカルとともに、
ボレーロを甘美に織り上げています。

わずか8曲22分足らずのアルバムなんですが、
フィーリン好きには堪えられないアルバムです。

Conjunto De José Dolores Quiñones
"CONJUNTO DE JOSÉ DOLORES QUIÑONES CANTAN: HERMANOS BERMÚDEZ"
Vintage Music 057
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ファンキー・チャ・チャ エル・グラン・フェジョーベ

El Gran Fellove.jpg

ヴィンテージ・ミュージックという聞いたことのないスペインのレーベルから、
興味をソソるタイトルのオールディーズ・ラテンのCDが、
いろいろ出ているのに気付きました。
気になったタイトルをいくつか買ってみたら、
届いたCDはペーパー・スリーヴのケースにCD-Rのディスクを突っ込んだだけで、
ライナーノーツもクレジットもない、曲目が書かれているだけの、アイソのない作り。
廉価盤シリーズなら諦めもするけど、お値段はフツーのCDと変わらないんだから、
ちょっとこれはないんじゃない?

ヴィンテージ・ラテンのレア盤を次々とCD-R化しているユニコよりは、
ジャケットの印刷もキレイだし、なにより音質がいいので、
購買意欲はかきたてられますけれども、でも、ちょっと、ねえ。
同じスペインでは、かつてトゥンバオという復刻専門の優良レーベルが
活躍していた時代を知っているだけに、「雑な仕事しやがって」という不満は残ります。

手にしたCDの裏面に、お店のサイト・アドレスが書かれていたので、
ほかにどんなのがあるのかしらんとアクセスしてみたら、驚愕!
カタログに載っていたタイトルは、なんと、3300以上。
ひえ~、なんだ、このレーベル。
こんな膨大なカタログを持ってるとは想像だにせず、ビックリ。
おかげで、カタログ全部チェックするのも大変で、2日がかりになっちゃいましたよ。

カタログは、ラテンに限らず、オールディーズ全般を扱っていて、
ジャズ、ロック、ムード、ダンス・オ-ケストラ、サウンドトラックなどがずらり勢揃い。
なんだか、昔のメモリー・レコードを思い出すなあ(50代以上のオヤジ限定の述懐)。
過去にCD化されたタイトルもありますけど、まったく見ず知らずのものも、たんまりある。
これ、ちょっと欲しいかも、と書き出したタイトルが結構な数になってしまって、
う~ん、どうするかなあ。1枚千円くらいなら、思い切って買っちゃうけど、
この値段じゃなあ。ぶつぶつぶつぶつぶつ。

閑話休題。
今回買ったCDで驚いたのが、エル・グラン・フェジョーベ。
メキシコRCAに録音した代表作2作は、
エル・スール・レコーズがすでに完全復刻してくれましたけれど、
ワトゥーシやツイストなんてやっているこのアルバムは聞いたことがなく、
“WATUSSI” というタイトルの66年ムサート盤とは違うようで、原盤は不明。
間違いなく初CD化でしょう。

のっけの“Watussi” からジャイヴィーな歌い口で迫るフェジョーベ、カッコよすぎます!
全編ファンキー一色に塗りつぶした歌いっぷりが、胸をすきますねぇ。
スムースでメロウな色気たっぷりな歌いぶりを聞かせる“Calypso” に、
「ワトゥ・チャ」を連呼するファンキーな“Mueve La Cintura”
キレまくるツイストのリズムにのせてシャウトしスキャットが爆発する“Sagcuiri”。
この役者ぶり、ぼくの大のごひいきのスキャット・シンガー、
ジョー・キャロルをホーフツとさせます。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2014-02-14

キューバン・ジャイヴの新たなる名盤登場、
フィーリン、ジャイヴ、スキャット好きの皆さん、お聴き逃しなく。

El Gran Fellove "EL GRAN FELLOVE" Vintage Music 095
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音楽ファンが知らない優良CDシリーズ

BGM 20 LIMA.jpg

へぇ~、こんなCDがあるのかぁ。
知ってます? 無印良品が店内で流しているBGMのCDシリーズ。
無印良品のお店にあまりなじみがないもんで、
こんなCDシリーズがあるなんて、ぜんぜん知りませんでした。
フツーのCDショップじゃ売ってないから、気づかないよねえ。

アイルランド、ブルターニュ、リオ・デ・ジャネイロ、ハワイ、プエルト・リコなどなど、
世界各地でレコーディングされた自主企画の録音が20タイトル以上もあって、
ライセンス契約のタイトルを含めると、
その数30を越す一大シリーズというのだから、タイヘンです。

まるでワールド・ミュージック・ファンのために
作られたようなラインナップなんですけど、
ほとんどのワールド・ミュージック・ファンが、これ、知らないでしょう。
なんせ無印良品のお店でしか売ってないんですからねえ。
店内で流すBGMのために、こんな贅沢なレコーディングをしてるとは、驚愕。

このBGMシリーズの20番が、ペルーのリマでレコーディングされた
クリオージョ音楽アルバムだというんだから、聞き捨てなりません。
しかもプロデューサーは、なんと、
サヤリー・プロダクションのフェルナンド・ウルキアガ。
なんだってぇ~? 思わず声が裏返っちゃいましたけど、
このレコーディングのコーディネーターを務めた
アオラ・コーポレーションの高橋めぐみさんから、
「ロサ・グスマンも1曲歌ってるのよ」と耳打ちされ、まじですか!

すぐさま無印良品のお店に駆け込み、手にしたCDは、
ダンボール紙のジャケットに、「20」の文字をエンボス仕上げしただけのそっけなさ。
なんとお値段、千円ぽっきりであります。安っ!
サヤリー・プロダクション諸作のキー・パーソンともなった
エドゥアルド“パペオ”アバンはじめ、ダビラ家のマキシモ・カルロス親子、
カルロス・カスティージョなど、
『ファミリア』『ラ・グラン・レウニオン』の立役者が勢ぞろい。

歌と演奏曲が半々のレパートリーという聴きやすさが、BGMたるゆえんでしょうけれど、
クリオージョ音楽シーンで活躍する名手たちによる演奏は、
サヤリー・プロダクション制作と寸分もかわらないハイ・クオリティで、
これが千円で楽しめちゃうって、もったいないような、申し訳ないような。
音楽誌に紹介されることもないので、ぼくみたいに気づいていない音楽ファンも
大勢いるはず。『リマ編』に限らず、このシリーズは要チェックですよ。

ネットのカタログをのぞいてみたら、『リオ・デ・ジャネイロ編』は、
先月話題にあげたサックス兼フルート奏者のエドゥアルド・ネヴィスが参加した
ショーロ・セッションのようだし、『ハワイ編』『アイルランド編』なんて、
もう売り切れになってますよ。
さらに、自主企画シリーズの『BGM』とは別に、
『BGM+』というライセンス契約シリーズものもあって、
そのラインナップをみたら、まー、ぼくの愛聴盤がずらり。

スコットランドの女性ハープ・デュオ、シーリスの96年の大傑作“PLAY ON LIGHT”、
アイルランドの女性歌手アイリス・ケネディの01年の名盤“TIME TO SAIL”、
ケルト音楽バンド、フルックの02年作“RUBAI”、
カーボ・ヴェルデの女性歌手ルーラの04年作“DI KORPU KU ALMA”。
これをセレクトした人とは、お友達になれそうですねえ。

Eduardo “Papeo” Abán, Calros Castillo, César Oliva, Rosa Guzmán, Leticia Curay, Calros Ayala and others
「BGM 20 LIMA」 無印良品 WQCQ634 (2015)
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ポップに進化したイムザード

Imzad  TARHA.jpg   Imzad  IMZAD.jpg

昨年、ライ歌手のカデール・ジャポネの新作に登場して驚かされた
アルジェリアのトゥアレグ人バンド、イムザードの近作2枚が手に入りました。
コンテンポラリーなセンスを発揮しながらも、トゥアレグらしいブルージーな感覚を
しっかりと背骨にしているところが、信頼に足るバンドです。
過去2作を取り上げた記事がこちら。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2013-08-30
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2014-07-28

14年作は前2作に比べると、幾分渋い仕上がりといえるでしょうか。
ミディアム・テンポのゆったりとした曲調が並んでいて、
全体に落ち着いたトーンになっているのが印象的です。
コンテンポラリーなセンスも今作は抑え気味で、
レゲエ・アレンジの“Adewagh Ad Mezwane” で、
控えめながらオルガンを導入したのが、ゆいいつの新機軸かな。

感情を表に出さず淡々と歌うアナスラム・エル・ハッサンと、
キレよく解き放つような歌いっぷりを聞かせるダナ・ベイという、
個性の異なるヴォーカリストの対比がこのバンドの妙味なら、
グルーヴィーなラインを弾くベーシストは今回もうなりをあげていて、
耳をひきつけられます。

ところが15年作では、がらりとサウンドを変えてきましたね。
手拍子に女声のウルレーションも華やかなアップテンポの曲でスタートして、
祝祭感を演出するかと思えば、続く2曲目では、初めてシンセサイザーが登場。
さらにはサックスを起用した曲もあり、従来とは大きくサウンド・イメージを変え、
前作の渋さから一転、ポップ感覚を強めたサウンドに仕上げています。

驚かされたのは、ツイストにアレンジした“Bess Essanagh”。
へー、カッコいいじゃない! ツイスト・ブルース・ロックだね、こりゃ。
このリズム・センスは新鮮で、ヤられました。

一方で、バンド名であり、今回のジャケットにも写っている
トゥアレグ女性の楽器イムザードも初登場しています。
これまでこのバンドの不思議だったんですが、イムザードを名乗りながら、
なぜかこれまでこの楽器をまったく使っていなかったんですけど、ついに来ましたねえ。
アルバム・タイトルともなっている曲名もすばりな“Imzad” の冒頭で、
メンバーたちがドローンのようなチャントを唸るなか、イムザードがフィーチャーされ、
まるでトゥアレグ女性のティンデが始まるかのようなイントロを聞かせます。

ほかにも、葦笛を使ったり、ヴァイオリンをフィーチャーしたりと、
随所にこれまでなかった新機軸のサウンド・メイキングをあちこちに施していて、
このバンドがポップに進化を遂げたことを、強くアピールしています。 

Imzad "TARHA" Padidou CD612 (2014)
Imzad "IMZAD" Padidou CD795 (2015)
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フルベの女性グリオ アワ・プーロ

Awa Poulo  POULO WARALI.jpg

オウサム・テープス・フロム・アフリカの新作は、
マリのフルベ人女性歌手による、ぴかぴかの新緑。
オウサム・テープスは、アフリカのローカルで流通している
カセットを発掘する再発専門レーベルでしたけれど、
最近はこうした新緑もリリースするようになったみたいですね。
アーティストとじかにライセンス契約したリリースは、
おととしのバラフォン奏者SK・カクラバのアルバム・リリースに続くものです。

フルベのグリオ歌手と聞いては、触手を伸ばさないわけにはいきませんよ。
マリばかりでなく、セネガルからカメルーンまで西アフリカの広い地域に暮らす
遊牧民フルベの音楽は、アフリカ音楽聴き始めの頃から、ぼくの大好物。
そのことはこのブログを始めた早々の記事で、打ち明けた覚えがあります。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2009-06-20

その記事では、ソンガイの歌手であるアフェル・ボクームが
フルベの歌も歌っていたことで、話題にしたんですけれど、
そのアフェル・ボクムが本作の1曲目にゲストで参加しています。
その曲は、フルベのグリオ歌手として名高いインナ・ババ・クリバリの曲。
解説によれば、アワ・プーロはインナ・ババ・クリバリの娘だといいます。
アルバム・ラストも母インナの曲で、1曲伝統曲があるほかは、すべてアワの曲です。

ンゴニ、ソク、エレクトリック・ギター、カラバシ、タマ、フルートに
女性コーラスを伴奏に歌うフルベ音楽らしいペンタトニックのメロディが、
滋味な味わいに富んでいて、とても和みます。
同じマリでも、マンデの華やかな音楽とはまったく別種の味わいで、
むしろソンガイの音楽と親和がありますね。

あと、フルベらしさを象徴するのが、フルートです。
便宜上フルートと称されることが多いんですけれど、
もちろん西洋楽器のフルートではなく、木製の笛です。
奏者が息を吹き込む音の混じり合う、ノイジーな音色が特徴的で、
フルベ音楽に限らず、最近はマンデ・ポップや、
セネガルその他西アフリカの音楽で広くフィーチャーされる機会が増えたので、
聞き覚えのある人も多いはずです。

インターナショナルなマーケットにめったに登場しない、フルベ音楽の貴重な一作です。

Awa Poulo "POULO WARALI" Awesome Tapes From Africa ATFA024 (2017)
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甘美なメロディに蕩けるビギン ロナルド・チュール

Ronald Tulle  F.W.I..jpg

タニヤ・サン=ヴァルの新作、すんごくイイじゃないですか。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2017-01-13
年明けから絶賛愛聴中で、毎朝の通勤が楽しいったらありゃしない。
タニヤの艶っぽい歌声もサイコーなら、楽曲も粒揃いで、捨て曲なし。
ファンの欲目とお思いの方もいるでしょうが、
こりゃあ、タニヤの代表作“MI” 以来の傑作といって間違いありません。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2010-07-19

2枚組全部を聴き終えても、まだタニヤの声が名残惜しく、
別のディスクに移るのが心残りでしょうがなかったんですが、
続けて聴くのに、最高といえる1枚を手に入れましたよ。
それがマルチニークのピアニスト、ロナルド・チュールの05年デビュー作。
10年以上も前のアルバムで、在庫処分のアウトレット品で買ったんですが、
これが極上のアルバムだったんですね。

そのオープニングの曲を歌っているのが、タニヤ・サン=ヴァルなんですよ~。
クレオールの粋をギュッと濃縮した、メランコリックなメロディが実に甘美で、
それを歌うタニヤのせつなげな吐息混じりの歌いぶりに、心を鷲づかみにされます。
AメロからBメロに転調する場面では、脳内のドーパミンが爆発しました。

このズークからビギンへと移る2枚の連続が、すごくいい繋がりなんですよね。
ロナルド・チュールといえば、ビギン・ジャズの大傑作“RAISING” が忘れられない人。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2015-10-07
10か月近く通勤途上でヘビロテだった“RAISING” は、
ミジコペイのライヴDVDとともに、15年のマイ・ベスト・アルバムにも選びました。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2015-12-30

“RAISING” の何が痛快だったって、マリオ・カノンジュと肩を並べる
ピアニストとしての腕前だけでなく、コンポーザー、アレンジャーの才能だったんですよね。
特にソング・ライティングの能力は傑出していて、
こんなに<あでやかな>メロディを書ける人は、世界を見渡したって、そうそういませんよ。

デビュー作の本作は、大勢のヴォーカリストをフィーチャリングした
歌ものアルバムになっているんですが、
ここでもロナルドの書くメロディがすごくいいんですね。
冒頭のタニヤ・サン=ヴァルの曲しかり、ラルフ・タマールが歌う2曲、
カッサヴのヴォーカリスト、ジャン=フィリップ・マテリーが歌った曲も、絶品です。

インストも聴きもので、
ミジコペイをホーフツとさせるダイナミックな展開のアレンジを施した、
ラテン・ジャズの“Rouen 86” は、アルバム最大のヤマ場となっています。
ホーン・セクションとヴィブラフォンを配し、
たった4管とは思えぬビッグ・バンドばりのサウンドに、胸躍るんですが、
そのスリリングなアレンジの妙を楽しめるのも、
ロナルドの曲の良さがあってこそなんですよね。

Ronald Tulle "F.W.I." Créon Music 8641322 (2004)
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再創造されたイングランドの伝統音楽 レディ・マイズリー

Lady Maisery  CYCLE.jpg

チャイルド・バラッドのタイトルからグループ名を取った、
イングランドの伝統音楽を掘り下げる女性トリオ。
前作“MAYDAY” から3年ぶりの新作がリリースされました。

レイガンズ・シスターズに始まり、
リチャード・ファリーニャ、トッド・ラングレンという冒頭の3曲に、むむむ。
選曲がまぁシブいというか、マニア度高っ。

古書や歴史的な音源などから古謡を発見してくる研究熱心さは、
このグループのデビュー時からの個性ですけれど、
アメリカの60年代フォークに目配りするほか、
鬼才トッドの多重録音ア・カペラを取り上げるとは感服。降参です。
なるほど、彼女たちの音楽的なアイディアの豊かさは、トッドに通じるのかもなあ。

イングランドの伝統音楽を、いかに表現するかという課題は、
アイルランドやスコットランドのような定型を持たないイングランドでは、
ことのほか重大な意味を持ってきましたよね。
50年代のフォーク・リヴァイヴァルの時代からずっと続いてきたその課題は、
イングランドの音楽家たちに高い音楽性を常に要求し、
新たに伝統を再創造する音楽的挑戦が求められてきました。

その道のりを知るからこそ、このレディ・マイズリーの新作には、
ここまでやってきたのかという、深い感慨を持たずにはおれません。
ハープ、コンサーティーナ、フィドル、バンジョー、
バンシタール(!)、ピアノ、カンテレなどなど、
さまざまな楽器を自在に駆使しながら、囚われない自由な発想で
サウンドを組み立てながら、生み出される音楽は、
イングランドの伝統を強固に感じさせるところが、スゴイ。

3人の屈託のないオキャンな歌いぶりは、実にハツラツとしていて、
カビ臭い伝統の世界とは無縁の、過去と未来を繋ぐ音楽を奏でています。

Lady Maisery "CYCLE" RootBeat RBRCD33 (2016)
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ガーリックの子守唄 ジェナ・カミング

Jenna Cumming  TÀLADH.jpg

全編、子守唄。
ガーリック(スコットランドのゲール語)で歌った、スコットランド古謡集です。

スコットランド、インヴァネスの出身、
現在は北西沖アウター・ヘブリディーズの島々のひとつ、スカルパイー島に暮らす
女性歌手ジェナ・カミングの2作目。デビュー作が出たのは05年だから、
11年ぶりのアルバムになるわけか。寡作の人ですねえ。

レパートリーの多くは、ジェナの娘が生まれた時にじっさいに歌ってきた子守唄とのこと。
ジャケットの表裏に載せられた、赤ちゃんを抱っこしたお母さんの写真は、
ジェナ自身なのかなと思ったら、そうではなく、
表紙のお母さんは本作のプロデューサーの娘で、
裏のお母さんは共同プロデューサーの娘さんだそうです。

そんなジェナ自身と制作スタッフの思いが込もったガーリック・ララバイ・アルバム、
ほとんどは無伴奏で歌われているんですけれど、無伴奏と意識させないさりげなさは、
子守唄という親しみやすさのせいでしょうか。
オルゴールやハープが伴奏に付く曲もわずかにあるんですが、
ジェナのシンギングに変化がないせいか、
伴奏のあるなしをほとんど意識せずに聴き通せるところが、本作の白眉と言えます。

静かに歌われる子守唄のアルバムには、歌が持つ治癒の力が備わっていて、
小品と侮れない深みがあります。
胸の奥深いところに、すうっと雫が落ちていくのを覚える、美しい作品です。

最後に、一言だけ不満を残しておくと、エコーをかけすぎた録音が残念ですね。
もっとデッドに録った方が、インティメイトな雰囲気が強調されたはずで、
その方が無伴奏の子守唄にはふさわしかったんじゃないでしょうか。

Jenna Cumming "TÀLADH" Clann Sona CSCD01 (2016)
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クランシー家のルーツを深めて ドーナル・クランシー

Dónal Clancy  ON THE LONESOME PLAIN.jpg

シャリンとしたギターの音色がいいなあ。
硬質なんだけど、タッチは柔らかくて、
シャープすぎず、まろやかにギターを歌わせています。
70年代にブルース・コバーンのアクースティック・ギターにホレこんだ
ギター・ファン(古っ!)には、たまらない響きじゃないでしょうか。

ドーナル・クランシーは、アイリーン・アイヴァーズのバンドで活躍し、
チーフタンズの99年の来日公演にも、
アイリーンとともにゲスト参加でやって来たギタリストだということを今、調べて発見。
え~、そうだったんだ。それなら、ぼくも恵比寿のザ・ガーデンホールで
観ているはずなんですけど、ぜんぜん印象に残ってないなあ。

ドーナルのバイオグラフィを読んだら、60年代アイリッシュ・フォークの名グループ、
クランシー・ブラザーズの一員だったリアム・クランシーの息子なんですね。
ドーナルは98年にニューヨークへ居を移して、アイリーン・アイヴァーズのバンドのほか、
00年にジョン・ドイルの後任ギタリストとしてソーラスに参加していたとのこと。
03年には、前に在籍していたダヌーに再加入したようです。
それじゃあ、ぼくもドーナルのギターを聴いていたのかなと、CD棚をチェックしてみたら、
ソーラス、ダヌーともども、ドーナル在籍時のアルバムは見つからず、
やはり今回で3作目というソロ作が初体験だったようです。

レコーディング・スタジオの録音風景を収めたジャケットには、
なにげにマーティン・カーシーのデビュー名作が床にころがっていますけれど、
ドーナルのギター・プレイには、バート・ヤンシュやデイヴィ・グレアムに匹敵する
気品がありますね。キリッしたプレイには、典雅な上品ささえ感じさせます。
トラッドの土臭さとは無縁の、伝統音楽を芸術的と呼べるレヴェルまで
磨き上げたギター・スタイルといっていいんじゃないでしょうか。

本作でギター・プレイとともにウナってしまったのは、彼の深い声です。
お父さんの時代のアイリッシュ・フォークとは趣が違い、
そのディープな歌声には、アイリッシュ・トラッドの奥の細道に分け入ろうとする
強い意志がうかがえます。

ドーナルは、08年に奥さんと3人の子供たちとともにアイルランドへ帰国し、
クランシー家のルーツに立ち返った音楽活動をしているとのこと。
本作は、父親の遺志を受け継ぎ、アイルランド伝統の物語を、
持ち前の深い声と、ギターの洗練された技巧によって織り上げた名作といえます。

Dónal Clancy "ON THE LONESOME PLAIN" Dónal Clancy DCLPCD16 (2016)
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アブストラクト・ヒップホップ・ジャズ スティーヴ・リーマン

Steve Lehman & Sélébéyone.jpg

コロンビア大学で博士号取得をした、アルト・サックス奏者のスティーヴ・リーマン。
超知性派フリー・ジャズの人、というくらいのことしか知らなかったんですが、
セネガル、ダカールのアンダーグラウンドなヒップホップ・シーンで活動する
ラッパーをフィーチャーしているという新作を聴いてみて、ビックリ。
こんな面白いジャズをやってた人だったのか。

ヒップホップのビートとジャズを、
「融合」というより「ぶつけ合った」といった印象の本作。
グループ名とタイトルに付けた「交差点」というウォロフ語が意図する通り、
アメリカ人ラッパー、セネガル人ラッパー、アメリカ人サックス奏者の3者が、
国籍やジャンルを越えたガチンコMCバトルを繰り広げています。

グラスパー一派のヒップホップとジャズのアプローチが、
ちっとも面白く聞こえないぼくにも、これは面白く、新鮮でしたね。
スティーヴのサックスのブロウと、ラッパーのフロウが同等に絡んでいて、
ラップをフィーチャーするとか、バックトラックとソロイストといった関係でなく、
スリリングなMCバトルをしているのは、まさにヒップホップのフリースタイルであり、
フリー・ジャズのインプロヴィゼーションでしょう。

リズム・アプローチも多彩で、スティーヴ・コールマンのファイヴ・エレメンツを
グレード・アップしたようなアンサンブルは、すごく刺激的です。
ただ、全面的にかっこいい!とハシャゲないのは、
エレクトロを駆使して作り込んだサウンドが、ウザいと感じる場面も多いから。
ソプラノ・サックス奏者作の陰鬱な曲も、ちょっとウンザリだなあ。
やっぱ、この人、アタマ良すぎるのが災いしてるような。

Steve Lehman Octet  MISE EN ABÎME.jpg

むしろ、前作のオクテット編成の方が、ぼくは好みでした。
作曲と即興を緻密に織り上げた作品で、
スティーヴのブロウにタイショーン・ソーリーのドラムスがぴたりと合わせていったり、
いわゆるジャズ的快感に満ち溢れていて、かっくいい~♪
スティーヴのアルトの太い音色もいいよなあ。
なんだかエリック・ドルフィーの生まれ変わりを見るようで、ホレボレとしちゃいましたよ。

いや、これ、2014年のジャズの大傑作じゃないですか。
もっと前に聴いてれば、ぜったい年間ベストだったのになあ。

Steve Lehman & Sélébéyone "SÉLÉBÉYONE" Pi Recordings no number (2016)
Steve Lehman Octet "MISE EN ABÎME" Pi Recordings no number (2014)
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オーネット門下生のフリー・ファンク対決 梅津和時×グラント・カルヴィン・ウェストン

梅津和時×Grant Calvin Weston  FACE OFF.jpg

梅津和時とグラント・カルヴィン・ウェストンの共演作!!
うわぁ、これは意表を突かれたなあ。

オーネット・コールマンのプライム・タイムのドラマーであり、
ジェイムズ・ブラッド・ウルマーを支えたドラマーとしても忘れられないウェストンと
梅津さんが、フリー・インプロヴィゼーションを繰り広げるだなんて、夢のよう。
ぼくにとってお二人は30年来、いや、もっとか、のファンですからね、
願ってもないアルバムです。

2017ベスト・ジャケット大賞を進呈したい傑作ジャケットは、
二人がメンチ切りしていて、『対決』というタイトルも戦闘モード丸出し。
ラストのオーネット・コールマンの“Lonely Woman” 以外、
すべて完全即興、しかも全曲ワン・テイクで録ったという、
おそるべき集中力による作品。

圧倒されるのは、梅津の引き出しの多さ。
淀みなく溢れ出す音列はラプソディカルでも、その饒舌さに文学性や演劇性がまとわず、
純音楽的な演奏に徹するところが、梅津の一番の魅力ですね。
そして、次々と繰り出す梅津の技に、
フレキシブルに対応するウェストンの柔軟なドラミングも最高。
梅津が引っ張る演奏もあれば、カルヴィンの手数の多いドラミングの後を追って
梅津が吹く曲もありの、完全な互角試合となっていますね。

また、4曲目のように、梅津に好きに吹かせたまま、
カルヴィンはクールにステデイなパターンで、リズムを叩く曲もあり、
二人が対決モードで丁々発止を繰り広げるばかりでもないところもいいな。
二人の協調ぶりも聴きどころな、オーネット門下生二人によるフリー・ファンクです。

梅津和時×Grant Calvin Weston 「FACE OFF」 ZOTT ZOTT101 (2016)
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街の声・山の音楽 ロサ・グスマン

Rosa Guzmán León Y Rolando Carrasco Segovia.jpg

いったい、どれくらい聴いたかなあ、ロサ・グスマンの2枚組。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2011-12-17
伴奏はギターとベースだけという地味なアルバムで、
しかも2枚組というヴォリュームにかかわらず、
半年間くらい毎日聴き続けたもんなあ。
この人の滋味な歌声には、ホントに惚れこみましたねえ。

そんな夢中になったロサ・グスマンですけれど、
その後音沙汰なくって寂しく思っていたら、嬉しい新作が届きました。
デビュー作がジャズ・ミュージシャンを起用した新感覚のクリオージョ音楽だったので、
今度はオーセンティックなクリージョ音楽で迫るのかなと思っていたら、
意外や意外、なんと「街の音楽(クリオージョ音楽)」ではなく、
「山の音楽(アンデス山岳地帯の音楽)」ウァイノを歌っているのでした。

これにはびっくりですね。
バリオという生粋のクリオージョ文化の中で育った人なのに、ウァイノも歌えるとは。
思えば、ロサがデビュー作で聞かせた魅力といえば、
バリオ育ちのクリオージョ歌手が持つ野趣な味わいとは違って、
「アフロ・クール」とも呼ぶべき独特の感覚にありました。
ドラマティックに歌い上げない、肩の力が抜けた自然体の歌い回しの中に、
クリオージョが持つ情愛をしっかりと滲ませることのできる人で、
そのさりげなさに、現代性が備わっているのを感じさせました。

そんなロサの魅力が、アンデス音楽を取り上げた本作でも、しっかりと表われています。
今回も伴奏はミニマムで、ギタリスト一人だけ。
アンデス・ギターの至宝ラウル・ガルシア・サラテと、
クリオージョ音楽の名ギタリスト、フェリックス・カサヴェルデに学んだ
若手ギタリストのロランド・カラスコ・セゴビアです。

アフロ・クールなロサの街の声が歌う、
アヤクーチョのウァイノ、アレキパのヤラビ、フニンのウァイノといった山の音楽は、
また独特の清廉な味わいがあります。
オーガニックな温かみは、クリオージョもウァイノでも変わらないロサの歌の良さですね。
2曲だけ、ベースとカホンが参加して歌うヴァルスもあって、
温もり溢れる滋味に富んだ歌声に、ああ、いいなぁと、思わず涙腺がゆるみます。

Rosa Guzmán León Y Rolando Carrasco Segovia "SONQOLLAY" Paqcha Sirena Producciones no number (2016)
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魔法にかかったリマ

Lima Bruja.jpg

先週の土曜日、四谷いーぐるで、ペルー音楽研究家の水口良樹さんと、
ペルーで現地録音した経験もお持ちのアオラ・コーポレーションの高橋めぐみさんによる、
「ペルー音楽映画とその周辺」と題したイヴェントが開かれました。

サヤリー・プロダクションを主宰するラファエル・ポラール監督による
『リマ・ブルーハ』の上映を目玉にしたイヴェントで、
『ラ・グラン・レウニオン』にカンゲキした音楽ファンとしては、
ずうっと観たくてしょうがなかった映画。喜び勇んで、馳せ参じましたよ。
http://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2010-09-17

映画は11年に公開され、ペルーで12年に数々の映画賞を受賞していて、
15年にDVD化もされていたようなんですが、
日本にはまったく入ってこなかったんですよねえ。
今回のイヴェントに合わせ、アオラ・コーポレーションが
DVDとブルー・レイの両仕様を輸入し、会場で販売していたので、
さっそくDVDも購入させていただきました。
ちなみに、DVDはオール・リージョンのNTSC方式。
しかも、なんと嬉しい日本語字幕付であります!

水口さんの解説によれば、リマの古老たちをレコーディングした
サヤリー・プロダクションのフェルナンド・ウルキアガは、このプロジェクトを
「ペルー版ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」と称されるのを嫌っているとのこと。

ブエナ・ビスタは、キューバ音楽を欧米人が発見したものでしたけれど、
このプロジェクトは外国人ではなく、同国人が見出したという点がまず違うし、
ブエナ・ビスタがプロの音楽家たちであったのに対し、
こちらはアマチュアの音楽家たちであることが、決定的に違うと指摘していたそうです。

ぼくも「ペルー版ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」と安易に書いていたので、
映画を観ながら、なるほどなと反省させられました。
リマという同じ街に生まれ育ちながらも、
こんな音楽文化が存在することをまったく知らずにいたというラファエルの証言は、
ブエナ・ビスタではなく、
むしろ70年代ブラジルのサンバ復興と共通するものがありますね。

リマ庶民の普段着姿のクリオージョ音楽が「発見」された場所は、
リマに暮らす住民といっても、おいそれと簡単には近づけない危険地帯。
まさしくリオのファベーラと同じように、
隔絶されたコミュニティの結社のような組織の中で、
クリオージョ音楽が育まれていたわけで、
リマの一般住民が知ることはできなかったわけです。

クリオージョ音楽とサンバを育んだ土壌の共通性を挙げてみれば、
リマのバリオとリオのファベーラ、
ペルーのハラナとブラジルのパゴージがありますね。
そこで歌う古老たちの顔だって、よく似てるじゃないですか。
黒サングラスのレンチョなんてカルトーラみたいだし、
ネルソン・サルジェントやベゼーラ・ダ・シルヴァそっくりのオッサンもいたぞ。

ま、それはともかく、20世紀初頭から都市の音楽として生まれ、
20~30年代に花開いた黄金時代を迎え、
劇場からラジオというメディアの発達とともに、大衆文化の一翼を担ったこと。
その後、商業化が進んで、大スターたちが活躍する華やかな芸能界とは別世界で、
貧しい庶民のコミュニティの中で音楽が育まれていったところは、
クリオージョ音楽もサンバも、同じ道のりを歩んだといえます。

そうか。ということは、“LA GRAN REUNION” は、70年代サンバ・ブームの再評価で、
俗に言う「裏山のサンバ」の記念碑となった
“ENCONTRO COM A VELHA GUARDA” のペルー版だったといえるのかもしれませんね。

【訂正とおわび】
水口さんから、サヤリー・プロダクションの主宰者は、
「映画でもカスタネットやカホンを叩いていたフェルナンド・ウルキアガ氏です。
ラファエル・ポラールは、フェルナンドに依頼されて
グラン・レウニオンのPVを作ったことから
このドキュメンタリーを作ることとなった若手映画監督です」とのご指摘をいただきました。
記事の該当箇所を訂正させていただきます。水口さん、ありがとうございました。

[DVD] Dir: Rafael Polar "LIMA BRUJA : Retratos De La Música Criolla" Sayariy Producciones y Tamare Films no number (2011)
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セネガル・日本同時デビュー サリウ・ニング

Saliou Gningue  YOON BI.jpg

去年の夏、セネガルでアーティストのマネージメントや
プロモーションをしているダカール在住の日本人女性から、
発売前の男性歌手のアルバムを聴いてほしいというメッセージが
フェイスブックに届きました。

送られてきたMP3の音源を聴いてみると、
一聴してグリオ出身とわかる、鍛え上げられたヴォーカルが飛び出し、
おおっ、これはと、耳を引きつけられました。
バックの演奏も、サバールとタマのパーカッシヴなサウンドが弾ける、
グルーヴ感いっぱいのンバラを展開していて、こりゃ、いい!とゴキゲンになったんでした。

サリウ・ニングというこの男性シンガー、
ダカール、ゲジャワイのグリオの出身で、幼い頃からサバールなど打楽器を演奏し、
歌の才能を認められ、シンガーとしてキャリアを積んだ人とのこと。
澄んだハイ・トーンの声で、高音に駆け上っていく節回しの中に
こぶしをつけていく妙技は、グリオならではといえます

その後、メッセージをくれたニング・もえこさんが
セネガルから一時帰国するというので、お会いしてお話を聞かせてもらいました。
苗字が同じなので、もしやとお尋ねしたところ、やはりご夫婦とのこと。
もえこさんは、00年にセネガルを旅して、
国立舞踊団のメンバーからダンスを学んだのをきっかけにセネガルにのめりこみ、
以来ダンスのワークショップやコンサートの運営などを主催する
「アフリカルチャー」を立ち上げて活動をしてきたんだそうです。

アルバム冒頭の1曲目“Mbeguel” で、
「わたしからあなたへ このうたをとどけよう
ひろいせかいにたったひとりのわたしのすきなあなたへ」
とサリウが日本語で歌っているのは、そういうことなのねと、ナットク。
ウォロフ語で「愛」というタイトルを付けられたこの曲では、
もえこさんもバック・コーラスを付けていて、
いやあ、当てられるなあ。新婚らしい微笑ましさであります。

“Yaay” では、速射砲のように乱打するサバールと、言葉を投げつけてくるタスが
鋭い切れ味で畳みかけてくる一方、サリウがふくよかな声で弾むように歌い、
シャープさとともに厚みのあるグルーヴを生み出します。
ラストのコラとフラニの笛をフィーチャーした“Nabi” は、
タマの超絶技巧にも耳奪われますが、
伝統寄りのサウンドのバックで、控えめに鳴らすシンセがカクシ味として利いています。

しっかりと作り込まれたサウンド・プロデュースが鮮やかで、
たった5曲27分弱のミニ・アルバムなのがなんとも物足りず、
もっと聴きたくなりますねえ。
実力確かな逸材なので、今後のフル・アルバムを楽しみに待ちつつ、
昨年実現しなかった日本ツアーも、期待しましょう。

なお、本デビュー作は、下記で扱っているとのことです。
BOGOLAN Market
東京都杉並区阿佐谷南3-12-7-1F
http://www.bogolanmarket.com/

boutique AMINATA
http://boutiqueaminata.blogspot.sn/p/work-shop.html
https://www.facebook.com/saliou99/posts/929281923876050

Saliou Gningue "YOON BI" African Sant AFSA001 (2017)
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カメルーンのアフロ・ファンカー タラ・アンドレ・マリー

Tala A.M..jpg

オーストリアのPMGによる70年代アフロ・ソウル/ディスコのリイシューLP/CD化が、
怒涛のイキオイで進んでいますね。
DJユースのマニア向けのラインナップなので、
フツーのアフリカ音楽ファンは、無視してオッケーと言いたいところなんですが、
ファンキー・ハイライフ名盤のパット・トーマスとエボ・テイラーの共演作や、
ガンビアのゲレワルなんてホンモノの名盤が紛れ込んでたりするから、油断なりません。

マヌ・ディバンゴやソリ・バンバをストレート・リイシューしている、
パリとロンドンに拠点を置くアフリカ・セヴンも、
一部マニア向けの嗜好が強く、どうもうさん臭いレーベルですね。
このレーベルに不信感を抱いたのは、
マヌ・ディバンゴの代表作“AFROVISION” のリイシューがきっかけでした。

このマヌの大傑作、日本ではとっくの昔にボンバがCD化しましたけど、
海外でのCD化はこれが初。
ボンバ盤はすでに廃盤となって久しく、アフリカ・セヴンから原盤提供された
クレオール・ストリーム・ミュージックが紙ジャケCD化して、
日本盤としても発売されたんですが、これが許しがたいシロモノだったんです。

クレオール・ストリーム・ミュージックのふれこみが、
「2014年最新デジタル・リマスター音源を使用。
「Big Blow」は貴重なロング・バージョンを収録。
アルバム・バージョンより2分ほど長いミックスになっている」というので、
“Big Blow” にロング・ヴァージョンがあるのか!と期待して聴いたら、
これがトンデモなミックス。

曲の一部をカット・アンド・ペーストして、水増ししただけの編集で、
しかもそのエディットの稚拙なことといったら、シロウトのDJがやったようなお粗末さ。
演奏の途中で音質ががらりと変わる、フンパンもののミックスなんですね、これが。
かの名演に、いったい何してくれたんだよと、頭に血が上りました。

前フリが長くなりすぎましたけれど、
そんなわけで、PMG同様アフリカ・セヴンも無視していたもので、
まさかタラ・アンドレ・マリーのこんな好編集盤が出てたとは、気付きませんでした。

タラ・アンドレ・マリーは、70年代のアフリカで、
最高にクールなアフロ・ファンク聞かせた、カメルーンの盲目シンガー。
70年代初めのデビュー時はフォーク・ロックのような音楽性だったのが、
70年代半ば頃から、ファンクへがらりとスタイルを変え、
80年代以降はカメルーンのフォークロアをファンク化して、
ベンド・スキンと称するスタイルを作り出した人です。

タラを有名にしたのが、初ヒットとなった73年の“Hot Koki”。
74年にアフリカにやってきたジェームズ・ブラウンが聴いて気に入り、
“Hustle!!! (Dead On It)” のタイトルで自作曲として発表したおかげで、
曲を盗まれたタラの名は、一躍アフリカ中に広まったのでした。
4年にわたる法廷闘争の結果、ジェームズ・ブラウンは盗作を認め、
タラに賠償金を支払っています。

今回、アフリカ・セヴンがコンパイルした編集盤も、
“Hot Koki” を皮切りに、73年から78年までのアルバムから選曲しています。
この時期は、タラはアフロ・ファンカーとして、もっともヒップなファンクを聞かせていた時期。
選曲も申し分なく、クールネスなタラのファンクの魅力を余すことなく伝えています。
なお、サブ・タイトルに「75年から78年」とあるのは誤りで、
デビュー作“HOT KOKI” のリリース年を75年と誤認したらしく、正しくは73年です。
さらに、アルバムの最後で72年のデビュー・シングル曲を選曲しているので、
正確には「72年から78年」ですね。

これまでタラの編集CDでは、レトロアフリックが09年に出していますが、
72年のデビュー・シングルから98年録音までを、アトランダムに並べた曲順が難でした。
前にも説明した通り、タラは時代によってがらっと音楽性を変えたミュージシャンなので、
その変遷を理解できるような曲順にすべきだったのに、
冒頭に90年代に完成させた自己のスタイルをタイトルとした92年の曲から始め、
次いで先ほどの73年の“Hot Koki” (レトロアフリックは74年と誤記)を置くのは、
なんとも座りが悪いものでした。せっかくの内容も、曲順が台無しにしていて、
拙著『ポップ・アフリカ800』に選ばなかったのも、そういう理由からです。

今回は70年代のファンク期にスポットをあてることで、
希代のアフロ・ファンカーの魅力を、くっきりと打ち出すことに成功しています。
さらに、そうしたファンク・チューンをずらりと並べたあと、
最後に72年のデビュー・シングル曲“Mwouop” で締めくくったのは、粋な計らいです。

タラのデビューに力を貸した、同郷のマヌ・ディバンゴがマリンバで参加した
爽やかなポップ曲で、フォーク・ロック期のタラの名曲です。
前のレトロアフリック盤でも収録されていましたが、
アルバム・ラストにそっと添えたという曲順が実に効果的で、
編集盤での曲順の大事さが、如実に示されたといえますね。

“Mwouop” を選曲するとは、コンパイラーのジョン・ブライアンという人、
タラの魅力をよくわかってますね。グッド・ジョブです。

Tala A.M. (Tala André Marie) "AFRICAN FUNK EXPERIMENTALS 1975-1978" Africa Seven ASVN018CD
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黄金時代のダンドゥット・サウンド復活 リリン・ヘルリナ、エリー・スサン

Lilin Herlina.jpg   Erie Suzan.jpg

去年ちょっと話題になったイッケ・ヌルジャナのアルバム、覚えてます?
ぼくは怒り心頭、ソッコー処分しちゃいましたが、
これのどこがダンドゥットなんだよっていう、単なるポップ・アルバムでしたよねえ。
ユニヴァーサルというメジャー・レーベルが作るんじゃ、
下層庶民のダンドゥットの臭みも、すっかり消臭されてしまってダメですねえ。

エルフィ・スカエシが女王様として君臨していた80年代のダンドゥット・サウンドは、
今や遠い昔話と思ったら、おおっ!とびっくりなCDに出くわしました。
冷凍保存していた80年代ダンドゥットを、たった今解凍したかのようなサウンド。
イラマ・トゥジュフ・ナダというインドネシアのレーベルによるアルバムで、
ナイジェリア製のCDジャケットより薄っぺらい紙パックに収まっています。

東ジャワ出身で実力派とみなされるリリン・ヘルリナのアルバムは、
まさしく黄金期のダンドゥットのサウンドで、もう感動もの。
手弾きのピアノのアルペジオの上に、音を重ねていくオルガンやシンセの鍵盤楽器に、
手打ちのグンダンの響きが、ダンドゥットの最高に輝いていた時代を甦らせてくれます。
マンドリンやロック・ギターのオブリガード、スリンの響きも、たまんねぇ~。

タイトル曲はロマ・イラマの相棒の女性歌手で、エルフィの後釜を務めた
リタ・スギアルトの代表曲。ほかにロマ・イラマの曲も、3曲歌っています。
リリンの歌いっぷりも熱が入っていて、
泣き節でのこぶしの回しっぷりの鮮やかさといったら、いよっ、姐さん、天下一品♪

エリー・スサンもまた同様。
往年のタラントゥーラを思わせるロック色を強めたダンドゥット・サウンドがたまりません。
レイノルド・パンガベアン作曲の“Tak Tik” をカヴァーしてるじゃないですか。
ロマ・イラマの曲も2曲歌っていますよ。
う~ん、86年に渋谷のシード・ホールで踊った、
レイノルド&カメリアのコンサートを思い出しますねえって、
すみませんね、オヤジは昔話が多くて。

そういえば去年は、アルジェリアのライでもカデール・ジャポネの新作が、
「バック・トゥー・ザ・80ズ」みたいなサウンドで狂喜しましたが、
当時のサウンドを新鮮に感じる若い世代が、リヴァイバルしてくれるのは嬉しいですね。
そんな音楽をちゃんとフィジカルでリリースしてくれているのも、ありがたい限り。

現地でも場末(?)でしか売っていないインドネシア盤やアルジェリア盤なれど、
なんとしても入手するファイトがわくってもんです。
そこに素晴らしい音楽が息づいているんだから。
大メジャーが作って大量に売りさばくポップスにはない味わいが、そこにあります。

Lilin Herlina "ABANG KUMIS" Irama Tujuh Nada CD7-004 (2015)
Erie Suzan "KASIH SAYANG" Irama Tujuh Nada CD7-010 (2015)
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アンゴラのアダルト向け極上クレオール・ポップ ネロ・カルヴァーリョ

Nelo Carvalho  Encontros.jpg   Nelo Carvalho  REENCONTROS.jpg

アンゴラのポップスの充実ぶりを象徴するアルバムですね。
ネロ・カルヴァーリョの12年ヒット作と、その続編として出された15年作。

ネロ・カルヴァーリョは、59年ルアンダ生まれのシンガー。
南部ナミベ州の町トンブアに2年ほど暮らしていた時、
少年グループのミニ・ジョーヴェンスに15歳で参加したのが、音楽活動のスタート。
75年にポルトガルのポルティマンへ移住すると、友達のシコ・レイテと一緒に、
当時ポルトガルで人気絶頂だったアンゴラ人コンビのフォーク・デュオ、
ドゥオ・オウロ・ネグロを真似して活動したそうです。

África Tentação  ANGOLA 79.jpg   África Tentação  MULHER DE ANGOLA.jpg

78年にアンゴラ人バンドのアフリカ・テンタソーンに参加して、
79年と80年のアルバムに録音を残したのが、ネロの初録音となったようです。
アフリカ・テンタソーンは、ポルトガルで活動していたバンドですが、
ブダ、アナログ・アフリカ、iPlayなど、数あるアンゴラの編集盤では、
ことごとく無視されて選曲されていません。
それもそのはず、ネロが参加した2作を聞けば、場末のハコバン並みのサウンドで、
B級以下の実力であることは歴然。

その後、81年に憧れのドゥオ・オウロ・ネグロの伴奏グループの一員に起用され、
85年にドゥオ・オウロ・ネグロのミロ・マクマホンが亡くなったあとも、
相棒のラウル・インディプウォとともに活動を続け、世界各国をツアーしています。
そして92年からソロ活動を始め、99年のライヴ盤がソロ・デビュー作となりました。

3作目にあたる12年作は大ヒットとなり、数々の賞を受賞しましたが、
それも納得のハイ・クオリティのアダルト向けポップスに仕上がっているんですね。
アフリカ、ラテン、フレンチ・カリブ、大西洋のさまざまなクレオール・ミュージックの
いいとこどりをしたサウンドにのせて歌う、ソフトでダンディなネロのヴォーカルに酔えます。
ためしに、“ENCONTROS” の各曲を書きだしてみましょうか。

1曲目はストリングス・アンサンブルが加わった麗しいボレーロ、
2曲目はカッサヴのジャコブ・デスヴァリューがプロデュース・アレンジしたズーク、
3曲目はカーボ・ヴェルデのキム・アルヴィス作の泣きのモルナ、
4曲目はディカンザのリズムをカクシ味にして、
一部ルンバも取り入れたたポップなアレンジのセンバ、
5曲目はジャジーなスロー、

6曲目はホーン・セクションにアコーディオンをフィーチャーした本格的なメレンゲで、
ブリッジがザイコ・ランガ=ランガばりのルンバ・コンゴレーズにスイッチするアレンジ、
7曲目はトレスの響きも印象的なボレーロに始まり、
ヴァイオリン・セクションが加わってチャチャチャにスイッチするアレンジ、
8曲目はカーボ・ヴェルデの歌手ティト・パリス作で本人も参加したコラデイラ、
9曲目はアコーディオンをフィーチャーしたセンバ、

10曲目は「ライ、ライ、ライ、ロ、ライ~♪」のハミングがジプシー・キングスばりのルンバ・フラメンカ、
11曲目はギネア=ビサウの俊才マネーカス・コスタがアレンジした、
センバとグンベーのリズムが交互する曲、
12曲目はアンゴラ人好みのラメント的なスロー・バラード、
13曲目はゲストの男女シンガーの歌とラップをフィーチャーしたファンク・ナンバー、
14曲目はヴァルデマール・バストスとデュエットしたセンチメンタルなスロー・バラード、
15曲目はキューバ、ハバナで録音したラテン・ポップス。

全15曲78分超の長さをまったく感じさせない、多彩なプロダクションとカラフルな楽曲に、
アンゴラのポップスの成熟ぶりがくっきりと示された傑作ですね。
アフリカ・テンタソーン時代のお粗末さとは、隔世の感がありますよ。

続編となった15年作“REENCONTROS” も、姉妹盤といえる極上の仕上がりです。
ゲストに母国の大物ボンガに、カーボ・ヴェルデのトー・アルヴィス、
グアドループの歌姫タニヤ・サン=ヴァルというゲストも嬉しい、
遅咲きのシンガー、ネロ・カルヴァーリョの傑作2編です。

Nelo Carvalho "ENCONTROS" Mimbu no number (2012)
Nelo Carvalho "REENCONTROS" Mimbu no number (2015)
África Tentação "ANGOLA 79" Sons D’África CD459/04 (1979)
África Tentação "MULHER DE ANGOLA" Sons D’África CD19/06 (1980)
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歳なんざぁ問題じゃない ロバート・フィンリー

Robert Finey  Age Don't Mean A Thing.jpg

超弩級のとてつもない新人が現れましたよ!

ルイジアナで大工をしていたという、ロバート・フィンリー、62歳。
自作曲で固めたデビュー作は、『歳なんざぁ問題じゃない』と、付けもつけたりのタイトル。
その昔、同じような意味のタイトルでデビューした15歳の女のコがいましたけど、
老いも若きも、とてつもない才能の前には、
年齢なんて関係ないことを思い知らされますねえ。

こんな王道のサザン・ソウルが、新作で聴けるなんて、もう夢のよう。
塩辛いディープな歌声と、滋味溢れまくったブルージーな歌いぶりに、涙腺爆発です。
くわぁ~、こいつぁ、たまんねぇ~。
これは、R&Bなんかじゃありませんね。ソウルそのもの、ソウルマンの歌いぶりですよ。
オーティス・クレイのハイ録音を初めて聴いた高校生の時の感動が、蘇りました。
サザン・ソウルは永遠に不滅です!

もうアタマが爆発して、ワケわかんなくなってますが、
ジャケットのバイオを読んだら、17歳で陸軍に入隊してドイツに駐留し、
その間に歌手のMOS(職種専門技能)を得て、
自分のバンドを率いて歌っていた経歴の持ち主なんですね。
除隊後、故郷のバーニスに帰って歌手活動を続けようとしたものの、
生活が維持できず、それで大工になったといいます。
しかし、年齢を重ねて視力が衰え、やがて視力を完全に失ってしまい、
再び音楽に活路を見出して、歌手活動を再開したんだそうです。

そんなロバートを後押ししたのが、ファット・ポッサムのブルース・ワトソンと、
ミシシッピ出身のシンガー・シングライター、ジンボ・マサス。
そしてバックアップするのは、バーケイズの元メンバーが立ち上げた
ヴェテラン・ミュージシャン・ユニットのザ・ボーキーズの面々。
ドラマーはあのハワード・グライムズですからね。
アル・ギャンブルが、ハモンドB-3を鳴らしまくってますよ(大泣)。

こんな人がいるんですねえ。やっぱりアメリカは広いなあ。
同時に届いたオーティス・レディングの『ソウル辞典』
50周年記念デラックス・エディションをそっちのけで、聴き入っています。

Robert Finley "AGE DON’T MEAN A THING" Big Legal Mess BLM0534 (2016)
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大人のためのインストゥルメンタル音楽 シルヴェリオ・ポンチス

Dilverio Pontes.jpg

前回思い出したように取り出したエドゥアルド・ネヴィスのアルバムで、
ジャズともショーロとも言い難い、なんて言ってた矢先に、
まったく同じ趣向の新作アルバムが届いちゃいました。

トランペットの大ヴェテラン、シルヴェリオ・ポンチスのソロ作。
95年にクアルッピから出した、トロンボーン奏者ゼー・ダ・ヴェーリャとの共同名義作の
ショーロ・アルバム“SÓ GAFIEIRA!” が忘れられない人です。
あのあともゼー・ダ・ヴェーリャとのコンビで、連作を出しましたよね。

今回のシルヴェリオの単独ソロ・アルバムでは、
オープニングから、心が浮き立つ見事なショーロ曲を聞かせたと思いきや、
ミュゼット・ジャズあり、古風なタンゴ・ブラジレイロあり、ガフィエイラ・スタイルのサンバあり、
チャチャチャのジャズ・アレンジあり、ブラスバンドをフィーチャーしたマルシャありと、
粋なスイング・ナンバー揃いのカラフルなトラックに、翻弄され続けます。

いやあ、これほど多様な音楽を混ぜ合わせながら、
いともすっきりと聞かせてしまう懐の深さは、
ブラジル人ならではとしか言いようがありませんね。
眉間にしわ寄せて、ひっちゃきになってる風なところなどまったくなく、
涼しい顔で演奏そのものを楽しみながら、
さらりと深い音楽性をにじみ出す大人の音楽。
あ~、エレガントすぎる。

う~ん、つくづくブラジルという国の文化の成熟ぶりに感服させられますな。
大人のためのインストゥルメンタル音楽といったところでしょうか。
おこちゃまには、もったいなくて聞かせたくありません。

Silvério Pontes "REENCONTRO" Des Arts ART10008-2 (2016)
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ジャズでもなければショーロでもない エドゥアルド・ネヴィス

Eduardo Neves  Equador.jpg

前回のショーロ・セッションの記事で触れた
サックス/フルート奏者エドゥアルド・ネヴィスのソロ作です。

買った当初に、「うわぁー、これ、いい!」と思わせるような
引きの強さがあるわけではないので、記事に書かなかったものの、
妙に胸に残って、繰り返し聴きたくなるアルバムなんですね、これが。
普段使いのつもりで買ったセーターが、
とても身体になじんで、すっかりお気に入りになったみたいな。
じわじわとその良さに惹き込まれる、スルメ盤であります。

いちおう、ジャズのアルバム、といっていいんだと思うんですよ。
なんですけど、ジャズにしては、あまりにも歌ごころ溢れんばかりなのは、
北米とも欧州とも違う、ブラジルのジャズならではといえます。
もちろんその訳が、ショーロの伝統を引き継いでいるからなのは、言うまでもありません。

1曲目から妖しいオリエンタルなメロディをラテンのニュアンスで、
不思議なアラボ=ラテンな曲を演奏するかと思えば、
2曲目もドラムスが叩くリズムはジャズのセンスですけれど、
主役のフルートの吹奏は、ジャズというよりショーロのセンス。
でも、これがショーロのアルバムかといえば、ジャズ・マナーの演奏も多く、やっぱり
「ジャズのアルバム、といっていいんだと思う」のふりだしに戻る、なんですね。

ブラジルには、こういうインストゥルメンタルのアルバムが多いですよね。
BGMにするには、あまりに聴きどころありすぎな、エスプリの効いた演奏集。
なんせ、ブラジルのレコード創世記は、歌ものよりインスト演奏の方が多かったんだもんねえ。
ジャズより歴史の古い、ブラジルのインストゥルメンタル音楽の奥行きの深さを感じます。

ぼくのごひいきのハーモニカ奏者ガブリエル・グロッシも1曲参加、
クラリネットのルイ・アルヴィン、トランペットのアキレス・ジ・モライスのプレイも
耳をそばだてられます。ルイのクライネットには泣かされました。いいね、この人。
ゲストの女性歌手が歌うトラックもすがすがしく、
静謐なメロディに立ち上るエドゥアルドのエモーショナルなサックス・ソロが際立ちます。

ジャズでもなければショーロでもない。
親しみやすいインストゥルメンタル音楽に仕上がっているところが、ぼく好みです。

Eduardo Neves "EQUADOR" Tenda Da Raposa TDR001 (2012)
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